ノーマルビュー

南海トラフ地震臨時情報巨大地震注意に関する注意事項

著者: tommyjhon
2024年8月10日 05:28
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

というここで、師匠のFacebook Facebook(Katopapa)画像を拝借。


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昨日の夜は、さすがにビビった
神奈川5弱の震源 南トラ想定域外 - Yahoo!ニュース でも、これは南海トラフ地震とは無関係らしいので、ホッと一息。



なぜに、この臨時情報がだされたのか?という根拠はおそらくこの3つ。
まずは、師匠のFBから貼り付け
<貼り付け 始め>
思い出すのは、2011年3月11日の東日本大震災の前震があったのは2011年3月9日11時45分に起きた三陸沖地震で、その時はマグニチュード7.3。

数十センチの津波もあった。
そしてこの約2日3時間後に本震。
今日は8月8日(木)なので、アホな単純計算で8月10日(土)19時以降は注意(←冗談ですけど)。
もし発生すれば株式市場はむろん大荒れになるんで待ちに待った『変化の換金』のチャンス!
カネ儲けせねば😃
それとポリタンクに水くらいは用意しておこう。
こういう時のアレは全裸だとアレなのでプレイするなら着衣のまま横ずらしがいい❤️

<貼り付け終わり、ピンクに色づけした箇所は、R指定>


みんな忘れていた(ワタシも)が、あの東日本大震災の2日前にもマグニチュード7以上の大きな地震に見舞われていたのだ。
三陸沖地震 (2011年3月) - Wikipedia (ウィッキには、はっきりと前震と書かれている)

このタイミングに揃えると、今日の3月10日が一番危ない。


そして、2つめの根拠が、
昭和東南海地震 - Wikipedia



三河地震 - Wikipedia



昭和南海地震 - Wikipedia



の3連チャンの大地震。これがいずれも南海トラフ地域で起きたものだからだ。
昭和東南海地震 1944年12月7日
三河地震  1945年1月13日
昭和南海地震 1946年12月21日
この3連チャン地震の期間はちょうど2年間、しかも1年おきに続いた。



最後の根拠が、安政の2日連続の大地震。

安政東海地震 - Wikipedia

安政南海地震 - Wikipedia

この2連チャンはなんと32時間後。
しかも、その1年後には 江戸でも!!!!!
安政江戸地震 - Wikipedia





 これらの連続地震が根拠となっての
巨大地震注意報なんだろう。


 でも、時間的には32時間後はクリアできたし、今日を生き延びれば、あと2年間も間は気をつければいいのだし、日本人全体がそれほどビビる必要もない。
それよりも、
 この画像
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を瞬時に貼り付け、2日後を予言した師匠が「令和のノストラダムス」に成り上がってしまうのが不安だ。
カトパパダムスになるかも。


この記事を書いたワタシも、預言者の端くれとなるので、今日の地震にはご注意(ちょっと期待)を!!!!!!




















還暦老人のビフォーアフター

著者: tommyjhon
2024年8月9日 03:34
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

 ということで、今日は8月9日(金)、昨日で夏休み前半の出勤が終わり。だらだらと、入試指導や欠席補充の生徒指導をした中で、メイン作業は社会科準備室の片付け。
我がS水西高校は来年3月に新校舎に移転する予定で、社会科準備室のある棟は解体することになるだけに、廃棄するものはすべて3月までに廃棄しなければならないのだが、
この社会科準備室は、通常ほとんど先生がおらず、過去の遺物が散乱し、準備室とは名ばかりのゴミ屋敷と化していた。そもそも先生方は職員室で仕事をするものだし、このご時世で冷房機器のない準備室など、普通は誰も寄りつかない。誰も寄りつかないことをいいことに、不要品の収納場所となっていて、過去に在籍した先生方の不要品も段ボール箱に入れられたまま数年間放置されていた。ハッキリって本当にゴミ屋敷だった。


 ワタシは、再任用ハーフ教員という“授業以外に何も仕事がないぐーたら教員”であったので、職員室で仕事をすることもなく、お喋りばかりで人他の(まともな)先生の邪魔をするわけにもいかない。昨年までは、立場上、このお喋りがかなり重要で、上司への進言(ほとんどがいやみ)や同僚へのアドバイス(ほとんどが無駄話)などが必要とされていた。また、苦手な情報処理業務も職員室内でのおねだり(「ねっ、これやって」、「はい、進路課長わかりました」というパワハラ)で済ませたので、職員室での時間が大切だったが、今は何もない。したがって、ずっとそのゴミ屋敷と化していた社会科準備室に常駐していたが、3ヶ月も過ぎると、呼吸器系の病気もきになってくる。


 どうせ、今年度の3月には完全に破棄するものだし、その3月まではそこで出勤時間の半分を過ごす(残り半分は教室)ことになるので、一念発起して、某S水東高校の社会科準備室を生き返らせることにした。そもそも、ワタシは教員として今の高校に何も貢献していないので、その罪滅ぼしでもある。


 ここからは、キレイになった準備室の写真を載せるのだけれど、片付け始めた時はブログに載せるこtなど思いも付かず、ビフォーの写真が一枚もない。
したがって、キレイになって整頓された写真から、過去のゴミ屋敷を想像して下さい。(記事としての価値がないけど)


 
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じゃーーん。南に大きなまどがあるので、夏は異常に暑い。しかも今年だ!!!! 毎日タオル2本とTシャツ1枚が汗でびしょ濡れになった。
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 誰も使っていない机(持ち主は一応決められている)が、机らしく蘇った。木製の昭和の本立てはすべて破棄、棚に隠されていた平成の書類もすべて破棄。


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棚に溢れていた、過去の教科書見本や資料見本、問題集の束などもすべて破棄。(業界人だけにその量ががわかる、山川出版社の刊行物も過年度ものもすべて破棄)


 ちょうとよいタイミングで、産廃業者のコンテナが校内に設置されていたので、不燃物(埋め立てゴミのこと)はそこに持って行って放り投げた。この往復作業が一日5回くらいで10日間程度。廊下は台車を使ったが、某S水西高校は古い校舎ゆえに段差が異様に多く、スムーズに台車が使えない。しかも、某S水西高校の教室配置は、社会科準備室だけが二階にある。(他の教科準備室は1階)
 こういう準備室で一番の不要物は、過去の文書類と書籍資料なのだけれど、これも、一部台車、階段は手作業ですべて撤去した。紙類を縛る紙紐は、合計3玉を消費した。結果的に燃えるゴミの倉庫の半分の量となった。技能員さんがいつも作業をしてくれる“イナバの物置”の半分を社会科から出した紙類で占拠した。
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(そうそう、このサイズ)
この紙類(リサイクル品)を台車を使ってゴミ出しすること、1日でこれも5回くらい、一週間。
もう一度、キレイになった準備室の写真を貼っておこう。
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さて、ここからはゴミの山から出土した、考古学的遺産の数々を写真展示。
日本史的なものから、地理的なもの、そして部活的なものも含めて面白かったよ。


まずは、昭和の“和綴じ本”
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大変貴重なものらしいけど、読む気にはなれない。
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竹製の定規。上の2つは、5ミリ単位という大雑把さが貴重。


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 これは鞴(ふいご)という風を送る道具。
まだ使えるので、BBQにいかが?


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絶対に読まない辞典類。この哲学事典の類いが、日本の哲学教育をダメにしたと確信している。西洋の哲学者の文章を、日本語に訳しただけで「哲学」だと勘違いしてはいけない。(哲学をダメにしたのではなく、哲学教育をダメにした)
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縄文の人々が、木の実などをすり潰しために使った、スリ皿とスリ石。(多分、模造品)・・・・昔の高校生は、これを見て感動したのかなあ?
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古い紙幣のコレクション。きっと何方かセンパイ教員の持ち物だったと思う。しかしそれほどの価値はないと見た。


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よくわからないでしょうが、箱根の地形模型です。


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どこかの寺の仏像写真。見覚えがあるけれど、特定できない。しかし、なぜこれだけが単体として残っているのだろう?


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アイヌの彫り物と茶碗。
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酒造メーカーかいただいたおちょこセット。若者よ、昔の大人はこれでお酒を飲んだのだよ。(案外、健康を意識していたのね)


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これは、持ち主に返したいと思います。


最後は、ワタシが一番感動した、5インチのフロッピーディスク。
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これこそ、昭和遺産!!!!!!(うん、平成?)
 

2024年7月28日(日) 基礎力養成コース 第1回入校式およびメインレクチャー、サブレクチャーを行いました。

 2024年7月28日、連日続く真夏日の中、FSSの入校式を行いました。今年は、応募者90人から選抜された受講生63人のうち、60人が理学部B棟の講義室に元気な顔を見せてくれました(他2人はオンライン参加)。  まずは受 […]

還暦老人静岡県の高校野球を語る

著者: tommyjhon
2024年8月7日 06:58
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

ということで、確か今日から夏の甲子園大会の開会式。
バーチャル高校野球(夏の甲子園) - スポーツナビ (yahoo.co.jp)



 このクソ暑い中(特に関西は日本中で一番暑い、毎年)、前近代的な甲子園球場だけを使って決勝までは、なんと16日間の競技日程でいわゆる甲子園大会が行われる。世界中からメジャーと言われる様々な近代スポーツ競技のトップアスリートが集まって行う、オリンピックだって16日間だ。しかも、なんと学生限定の試合なのにだ。
 この甲子園大会に関しては、どこの大手メディアも、教育関係者も、「おかしい?」と批判しないのが不思議だ。高校生を16日間も、ホテルで隔離して家に帰さないのは、虐待に近い。(国際人権団体はどうとらえるのだろう)しかも、甲子園球場だけで試合をする関係上、すべての出場校が試合をするまでに1週間もかかる。普通なら2カ~3日間、いったんは家に帰って休養すればいいのに、甲子園出場校は家に帰ってはいけないらしい。近所の高校であっても家には帰れない。理由は、公平性を担保するためだと聞いたことがある。それならば、甲子園球場以外にも試合をして日程を短縮する方が合理的だ。大阪ドームも神戸のほっともっとスタジアムも使えば良い。


 この非合理的(不条理な)な試合形式は、野球がオリンピックに採用されたことで露骨に現れた。本来、大人数で行うボールゲームは、一対一で対戦する格闘競技などと違って、「番狂わせ」がとても起こりやすい競技である。したがって、予選では必ずリーグ戦形式で行われる。サッカーもバレーも7人制ラグビーも最初はリーグだったはずだ。また、せっかく全国大会(オリンピックではオリンピック)にまで出場したのに、はかなく1試合だけで帰国(帰宅)させられるのは可哀想という思想も働き、一対一のの競技であってもオリンピックでは、だいたいが2回の出場チャンスが与えられる。(敗者復活戦など)


 人権問題(生徒の健康面も含む)や、スポーツ競技としての合理的配慮の問題を無視して、極めてへんてこな全国大会が今日から行われる。
この特殊性に関して、「日本の伝統だからさ」とか「特別なんだ甲子園は」という理屈だけで、終わりにしてほしくはないのだが、なんと言っても、日本一の大手メディア(朝日新聞社とNHK)が支配しているゆえに、甲子園批判をすると多くの関係者の仕事がなくなる。
甲子園に一番批判的なジャーナリストは、玉木正之先生である。
玉木正之公式WEBサイト『カメラータ・ディ・タマキ』 (tamakimasayuki.com)

そういえば、野球こそは、戦争礼讃の日本語を普及させた張本人で、捕殺(フライアウト)とか、犠打とか、打撃(別に人を狙って球を打ち返しているわけではない)、切り込み隊長(一番バッター)とか、主砲(4番バッター)とか・・・ 原爆の日で「核兵器のない世界」を訴えたメディアが次の日には平気な顔で「切り込み隊長が出塁し、主砲がきれいな放物線を描いた打撃を見せた」とアナウンスするのは可笑しくないか?


 まっ ここまでは高校野球全般についての“敢えて書いた批判記事”、本当のワタシは、野球が好きである。自分自身も高野連に少し関わったし、子どもも高校野球にどっぷり浸かった。(そうとう深いところまで関わったと)
昔は、こういう記述によってモンスターペアレントとか、クレーマーとかトラブルメーカーとか言われたもんだ(今となっては、プチ自慢)。
だから、ここからば頑張れ静岡県代表の掛川西高校の応援記事。


 さて?、今でも静岡県のことを『野球王国』と形容するのだろうか? どうやら静岡県静岡市で天覧試合が行われた頃の言葉だだろう。
<ウィッキより> 
1930年(昭和5年)5月29日、静中校庭において天覧試合(対静岡商)が行われた。両校ではこれを記念し、翌1931年より毎年5月に定期戦を開催。中断2回、対外試合自粛3回、中止1回[6]を挟み、1931年(昭和6年)以降の戦績は46勝27敗(2024年5月末)。

<終わり>・・・・・学校の校庭で天皇陛下が高校野球をご覧になられる、というのもスゲーなあ。やはり高校野球だけは特別なんだろう???
これ以来、静岡県は「〇〇王国」が、「サッカー王国」「高校かるた王国」となっていった。・・・どうも王国が好きな県民なのだ。


 でも、どうやら、『野球王国』という称号は、強いからではない。
高校サッカーで静岡県が『サッカー王国』と称された所以は、藤枝東・清水東・浜名・静岡工業・静岡学園・東海大付属と、全国レベルの高校が数校あってそれらの各高校がそれぞれ実績を残したからだ。
ただ単に強い高校が存在するというだけならば、今や、「野球王国」と「サッカー王国」は青森県になっていなければならない。でも、仙台育英と東北高校が争う宮城県も、健大高崎と前橋育英が争う群馬も、横浜と東海大相模が争う神奈川も、「野球王国」とは言われない。この言い争いは続く・・・・・・


 どうも、静岡県の誇る「野球王国」と「サッカー王国」に関しては、違う定義が存在するように思う。
この点では、全国に散らばる読者諸氏にお聴きしたい。


 この定義のヒントが、今回甲子園に出場する掛川西高校にあると思う。
 静岡県立掛川西高等学校ホームページ (pref.shizuoka.jp)
以下は、HPからのデータである。
なんと、創立は明治13年 初代校長は岡田良一郎(二宮尊徳の弟子で、衆議院議員)
以後、静岡県小笠地区(中遠地域)のトップ高であり続け、昭和61年からは理数科(医学部&東大京大コース)も設置されている。
今の進学実績はこんな感じ。(国公立120名~140名、うち、旧帝国大学&医学部で20名がアベレージ)
R6ef <¶Á(HPji .xlsx (pref.shizuoka.jp)



 ワタシ的にいうと、うちの女房は、この掛西の出身で実家も掛川にあった。うちの奥さんは、中学時代まではソフトボーラーであって、野球が大好きのだ。
この小笠地区(掛川地区ともいう)は、静岡ではまれな“サッカー不毛地帯”であって、野球だけが盛んな地域である。
おそらく、静岡県民にアンケートをとってもらうする。
「あなたは、静岡県でどこの高校が甲子園に行ってもらいたいですか?」というアンケートだ。


 たぶん、一位は静高だと思う。(これは異論はないでしょ)
そして、第2位は、掛川西高校だと思う。それくらい、掛川市民(小笠地区に暮らしている人々)にとって、掛川西高校が野球で活躍するというのが悲願なのだ。
青森県民は、青森山田に甲子園に行ってもらいたいか? 群馬県民は健大高崎に甲子園に行ってもらいたか? 熊本県民は、本音では熊本工業か済々黌にいっておらいたいのである。
 その地区の進学高が本気で甲子園を狙うところが静岡県の凄いところであることが野球王国である理由の一つだ。



 また、静岡県には、パワー系&アスリート系野球部が育たないのも、野球王国である理由なのだ。
簡単にいうと、全国から運動能力のある選手をかき集めても、その強さが続かずに高校自体の雰囲気が挫折してしまい、強豪私立が育たない不思議な静岡県でもある。
常葉大学菊川 常葉橘 加藤学園 日大三島 飛龍(旧沼津学園) 東海大付属 静清高校 藤枝明誠 聖隷クリストファー など、私立の強豪はたくさんあるのだが、
どこも公立高校風の野球スタイルで、王者という称号が長続きしない。この頃常葉菊川も勝てないし、鳴り物入りで監督を招聘した日大三島も勝ち続けることが出来ない。
 つまり、静岡県の私立高校は、どんだけパワー系&アスリート系ジュニアをかき集めても静岡県では勝てないのだ。・・・・不思議だね。


 だから、掛西頑張れ、なのである。どうせ、1回戦の日本航空高校にパワーと運動能力で敵わない。山梨県は静岡県の真逆になってしまい、かつての名門、日川、甲府商業、甲府工業が勝てず、いつも東海大甲府か山梨学院大付属か日本航空高校の3校の争いである。(しかも、甲子園でもそこそこ強い)
でもね、山梨県民は、日本航空高校をそれほど応援していないよ。
 でも、静岡県民は、(いつもは静高、静商を応援している偏狭な静岡市民であっても)君たち掛川西を応援しているよ。


 ちなみに、高校野球名物の、応援団による応援風景でも掛川西応援団は全国レベルである。(バンカラの部)
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確か、この漫画の元ネタは、名門掛西応援団。














 


 












 






 




































還暦老人月曜日は休み。

著者: tommyjhon
2024年8月6日 05:16
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

ということで、令和のブラックマンデーで、世の中が大変なことになってる(また、いつか書きます)。


とうとう、パリ五輪でチーム球技種目(男女バスケ、男女サッカー、男女バレー)がすべて終わった(またいつか書きます)。


パリ五輪、柔道の国別対抗団体戦は、手に汗握る大接戦で、柔道団体戦の面白さが最大に発揮されていた。
それに比べて、某小倉百人一首競技かるた業界では、「団体戦に関するルール」に関して、大揉めに揉めている。なんでだろう?(これについては、静岡県かるた協会副会長としてではなく、ヴァーチャルな空間に生きる、なぞのブロガー“Tommyセンセ”として、書きます。


そして誰も興味ない話題、Tommyセンセの月曜ドライブ日記。


いつもは、愛車クロスカブ110にのって何処を彷徨う月曜日なんだけれど、昨日(8/5)は、あまりにも暑いので、クロスカブ110をあきらめ、もう一つの愛車、ヤリスクロスで出掛けた。
ワタシが乗るヤリスクロスゴールドブラックツートンのカラーリングは、密かなファンが多い。


ここに行ってきた。
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奥蓼科にある御射鹿池というところ。単なる農業用水の池なのだけれど、東山魁夷によって日本中で有名になった池だ。


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この絵とか
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この絵とか・・・・とにかく東山魁夷さんって、この御射鹿池が大好きだ。


実際は、
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まあ、東山魁夷さんの絵とそっくりな池が、そこにある感じ。


そしてもう一つのお目当てが、この御射鹿池から歩いて5分くらいの崖下にある、明治温泉という旅館。
【公式】 山の宿 明治温泉 | 蓼科・奥蓼科温泉郷の秘湯一軒宿 (meijionsen.jp)



ここの冷泉がすばらしい。
田舎の日帰り温泉というと、受付の愛想のないお爺さんが、眠そうに「はい、1000円ね」というだけなのに、ここ明治温泉では、若くてチャキチャキして活動的な仲居のお姉さんが、細かく説明してくれて、とても好感が持てた(その笑顔で一気に好きになった)。
ここからは、借り物の画像。(他に入浴客がいて、撮影ははばかれたのです)


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こんな感じの鉄泉で、源泉温度は26℃くらいだ。源泉につかるのは今の時期が一番のお勧めですと言っていた通り、とても気持ちよくて1時間も浸かっていた(交互にね)


帰るとき、その美人な仲居さんに「どうでしたか」と聞かれたので、
「ここ数年に入った冷泉では、一番よかったです」と本音で答えたのだけれど、「あらま、そう言ってもらうのが一番嬉しいです」と返してくれた。本当にいい人だ。


ここからは、ワタシの写真。
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御射鹿池が農業用水として作られた頃の、明治温泉。
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建物は、かなり老朽化しているけど・・・・・いいところだよん。
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 ひとっ風呂浴びて、さらば!!!!!
メニュー | みんなのテンホウ (tenhoo.jp)

お昼ごはんは、長野県地域限定ラーメンチェーンである、テンホウさんで。


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