ノーマルビュー

高1重要 校内テスト対策が入試対策の基本形 5月からも校内テスト対策を継続します

2024年4月29日 14:40
昨日やった数学校内テスト対策を反復練習して、解法を完全に駆使できるようにしておこう。
数学と理科は校内テストのテスト勉強がそのまま入試対策になる。
難関大や国公立大医学科の入試で現役合格する生徒は、例外なく校内テストの得点が高い。
校内テストは想定問題を解きながら、標準問題の解答に習熟していく方法がベストだ。
特に数学と理科はこのやり方が効率が良い。
入試では数学の半分は典型問題で、物理は8割以上が典型問題だ。
典型問題を完全解答すれば、現役合格の確率は飛躍的に高くなる。
校内テストではこれだけは外せないという典型問題を必ず出題する。
5月からも、想定問題を変えながら得点率を上げていきます。
全員が8割以上得点できるようにします。
数学の中間テスト平均点は5割から6割ですが、9割以上を目指そう。
学力テストは平均点が3割から4割くらいまで下がるので、想定問題対策をより強化します。
学力テストは最高点が80点台になることがしばしばだが、全て典型入試問題だ。
学年最高点を取って掲示板に貼り出そう。




中3重要 理科 運動方程式と力学的エネルギ―を使いこなす

2024年4月29日 14:20
昨日やった「運動方程式と力学的エネルギ-の組み合わせ」で、速さの入試問題は全て簡単に解ける。
特に運動方程式に
①Θ→②F→③a→④vの関係を最大限活用することだ重要だ。
この関係は「図やグラフ」との相性がよく、視覚的にも理解しやすい。
①→④までの流れを文章で的確に説明できるようにしておこう。
それが完全にできるのは附中では新星生だけだ。
ガリレオは①②④の関係は把握していたが、②→④のつながりを解明することはできなかった。
ガリレオの研究結果をもとに、ニュ-トンは加速度という概念を導入して「運動方程式」を発明(発見)した。
ニュ―トン自身が言っているように「偉大な先人の肩の上に乗って」近代物理学の扉を開いた。
高校物理は力学が中心でその第一歩は運動方程式を立てることから始まる。
③の加速度は微分計算から求めるが、以前に黒板に書いたように簡単な式だ。
力学的エネルギ―は
1)h→2)位置エネルギ― →3)運動エネルギ― →4)水平面上の最高速度v→5)仕事の大きさ
この関係を説明できるようにしておこう。
また1)のhが大きくなればなるほど4)のvが大きくなり5)の仕事の大きさも大きくなることも、文章で説明できるようにしよう。
運動方程式による説明も力学的エネルギ―による説明も、結局はvが決まる現象を別角度から説明している。


 

還暦老人清水東高校時代を語る

著者: tommyjhon
2024年4月29日 09:20
全国の毒舌ファンの皆様おはようございます。Tommyセンセです。

 ということで、息子の事情(その年の夏は熱くなるぞ!!!!!!)と、全国事務局を9年もやって辟易していたことと、ちょうど3年の学年主任の任務が終わったこと、などのタイミングが合って、堂々と転勤希望を書き、堂々と表明した。管理職との面談では転勤に関しての好感触を得ていた。管理職には上の事情をすべて伝えた。この時の校長は裏切るような人ではないし、自分は優先順位No1の功労者であると自負していた。管理職からは、「どうだい、地方の高校で3年くらい勤務してみる気はあるかい?」という不思議なお誘いをうけたこともあった。これは、望んで地方の学校に行った人間は、若手が多いその学校の中間管理職に就きながら3年間を過ごし、その任務が終わった暁には管理職(教頭)に昇格させるよ。という、いかにも公務員ぽい人事なんだろう。ワタシは、第一の理由である息子の事情によって、即座に断った。地方から草薙球場に毎回足を運ぶなんて面倒くさい。


 第2の理由は、自力で解決ししなければならない。要するに全国事務局長の後任探しだ。全国にも声かけて見たけれど誰も引き受け手がいない。(それはそうだろう。面倒くさいのだから)、そんな中、ワタシの富士高校百人一首部時代1代上、浜松北高校の加藤先生が引き受けてくれた。加藤先生も凄い先生で、浜松北高校にかるた部を創設し数年で全国選手権で優勝させてしまった。しかも、静岡県内で行われた、全国国民文化祭やねんりんぴっくなどのイベントも仕切り、県内事務局長もさらさらとやっていた。国語の先生でITにも通暁していて、公認読手の資格も得ているスーパーティーチャーである。ワタシは、加藤先生の一年後輩だから、困ったときはいつも甘えていた。
 その加藤先生が事務局長の仕事を引き受けてくれたので、一番重い肩の荷がおりた。しかし、その加藤先生も実は転勤で、かるた部のない磐田南高校に移るという。加藤先生は、そんなことを一言も口にせずに、ワタシのお願いを引き受けてくれたわけだ。百人一首競技かるた業界で、加藤先生は一番の恩人である。今でも加藤先生には甘えてしまう。(他の先生は、何かと理由をつけて引き受けてくれなかった)


 もう一つ、競技かるた業界には悩みがあった。富士高校百人一首部の後継顧問問題である。ワタシが育ったこの部活、栗栖先生が創部してから12年間は栗栖先生が指導して下さった。栗栖先生が去られた後も、富士高校は日本一の称号を10年間維持していた。しかし、その後は群雄割拠の時代となり、百人一首競技かるたの裾野も広がり、指導者がいないとなかなか強豪校のレベルは維持できなくなっていった。栗栖先生にとっても高校の指導者を育てるのは悲願だったと思う。そんな中で、富士高校百人一首部からは、嶋先生・加藤先生・飯田先生(長泉高校や沼津東高校を指導)、そしてワタシなどが高校の教員として戻ってきた。
 自分が富士高校百人一首部の顧問となってからも、全国優勝もしたいが、部活の顧問を作るのも大きな目標の一つであった。この当時、富士高のOGの一人が、筑波大学を経て静岡県西部地区で国語の教員をしていた。現顧問の稲葉絵美先生である。彼女が、スタンバイをしてる状況であったので、ワタシの転勤と同時か、一年遅れくらいのタイミングで富士高校に戻ってくれるだろうという状況にはなっていた。


 本日の最後の話題。この百人一首業界が全国で急激に人気をつかむようになったのは、漫画『ちはやぶる』が連載されたからである。我々のような昔からの業界人間でさえ、『ちはやぶる』人気にあやかった。
その漫画『ちはやぶる』には、ライバル高校が存在し、それは静岡県の藤崎高校だという。どう考えても、富士高校のことだ。
事実、アニメ化された時に、富士高がモデルであったことがアニメ内で証明されてしまう。
【聖地巡礼】ちはやふる-富士編- : 週末ひとり旅 (livedoor.jp)

↑このブログで検証してみる。
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藤崎高校の最寄り駅の絵、どう考えても、身延線竪堀駅じゃろ!!!!! 電車通学する富士高生が一日2回必ず見る風景である。
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富士高の正門とそっくり。まるで写真。
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正面から見る学校の全景も、まるで写真。


ところがだ、この本格的競技かるた漫画『ちはやぶる』連載当時、富士高校の顧問は、ワタクシ外山先生である。ここまで、富士高校に似せる(寄せる)のならば、当時の顧問はこのような先生でなければならない。
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藤崎高校のかるた部顧問が、こういうキャラクターだったら、漫画『ちはやぶる』は、日本だけでなく世界的な大ヒットになったはずなのだ。しかし、『ちはやぶる』の漫画では、
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こうなっていた。桜沢翠(みどり)先生だという。


ワタシは、百人一首の業界からやんわりと否定されていた。
業界から、「『ちはやぶる』にかるた業界の発展を託す以上、富士高校の顧問は若くて美人でなければ困るのだ」と言われていたのだろう。



そうか、これが引き際なのだ。


なみに、ワタシが転勤して一年後、待望の稲葉絵美先生が転勤されて富士高校顧問となった。ちなみに、彼女はこの様な先生である。
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(画像は、フェイスブックのプロフィールから拝借、本人公認の似顔絵だ)
さらば、富士高。


そして、転勤の内示があったその夜、元富士高校野球部監督で、今は母校清水東の監督をしていた、あの八木道政(あえて敬称略の呼び捨て)から、一本の電話がかかってる。転勤に関して、外部から一番早く電話をくれたのは、やはり八木先生だった。ワタシを野球部顧問として拾ってくれたのである。


 さて、いよいよ清水東高校編に移ります。








 


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