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高1重要 今日は物理のテスト対策 数学と同じように順番に鮮明に頭に入れよう

2024年5月9日 12:56
静高の物理校内テストといえば長い間、簡単すぎて入試に役に立たないという点で、定評があった。
ところがこの3年ほどで様変わりして、思考力問題がかなり盛り込まれた「頭を使う良問ぞろい」のテスト問題に変身した。
平均点も数学並みに下がっている。
それに呼応して脱落者が出る時期が早まり、2学期最初には早々に「物理モームリ」症候群が女子を中心に広まる。
物理は「入試で一番おいしい科目」「満点が取りやすい科目」「生物の平均点の2倍」の定番科目だ。
力学の最初、特に運動方程式を完璧にものにすれば、ペースに乗れる。
中間テストではまだ運動方程式は出ないが、期末テストには出てくる。
今日は、数学と同じように重要問題を頭に入れてから、セット問題です。

高1重要 昨日の数学テスト対策まとめ教材を何度も反復 全て網羅されている

2024年5月9日 12:46
昨日の数学テスト対策まとめ教材を反復練習しよう。
中間テストに出る問題は全て網羅されています。
類題も典型問題です。
新高1生が苦労するのは「単元の全体像」を把握することだが、コツは典型問題を教科書と授業の時系列的に順番に並べて、問題解答ごと覚えてしまうことだ。
昨日のテスト問題では「2次方程式の解の配置」も後半に出てきたが、まとめ教材にはコンパクトにコツがまとめられている。
新星授業で重点的に学習したが、完全に忘れていた生徒がいた。
解の公式などを使っていたが完全にピント外れだ。
これは、全体地図が頭に入っていないからで、昨日の教材は目的地に最短距離で到達するマイルスト-ンになっている。
全体地図と目印となる問題を鮮明に頭に刻み付けよう!!
次は物理だ。

還暦老人清水東を振り返る⑥

著者: tommyjhon
2024年5月9日 05:49
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

 ということで、痛風の痛みも沈静化し、何となく普通の歩行ができるようには回復した。整形外科に行って、叱られながら薬をお願いするのは嫌なのでロキソニンは大切に大切に使わなければならない。痛風の原因が“ぜいたく病”であって、高カロリー&高タンパクの食品であることは判っている。飲み過ぎも良くないことは知っている。知っているけどやめらないから痛風になるのも理解はしている。でも、そうやって同じモノを食べ同じ酒を飲み続ける奴の中でも、痛風になるのは希な例だ。全員が全員発症するわけではない。
 しかしながら、お医者さん達はワタシのことをまるで犯罪者のように扱う。「お酒の飲み過ぎが悪い」「あなたの食べる物が悪い」俺は、犯罪者ではなく被害者なのだ。もっと、優しく接してくれてもいいだろうに・・・・つまりは、(全部そうなのだけれど)痛風などで医者の世話になりたくない。やはり、ロキソニンは大切に使おう。


 好評振り返り記は、2014年からの学年主任時代。
学年主任として勤務していると、クラス×7なので、クラスの大きな出来事は7倍の数にのぼる。退学者の数も7倍となり、自分に対するダメージも7倍になる。生徒が不登校になって結果的に退学していく場合、直接のきっかけがほとんどないことが多い。推理ドラマなどを見ていると、必ず事件には原因があり契機があるのが普通なのだが、不登校って原因も契機もほとんどわからないことが多い。
 大きく理解できるのは、「学校に行くこと」という作業は、その子にとっては相当なエネルギーのいる行動なのだが、体内にそのエネルギーがなくなってしまった、と考えるようにしている。少しずつだがエネルギーが充填するのを待つしかないし、他の学校に行けば、また、別の種類のエネルギーを使うことができるかもしれない。経験上、引きこもりの生徒が復活する場合、誰の支援も受けないで自分から動き出すこと、自分から行動することが多かった。例え親であっても引きこもりを治すことは出来ないと思う。(あくまでも私見)。退学者がでると学年主任は相当に凹む。
 
 モンスターペアレントの対処でも、相当な体力と気力を使った。
ある日ある時、あるクラスの親から電話があった。17時過ぎだと思う。ワタシはなんとなくアドレナリンがでていたので、ここが仕事場とばかりその電話を担任から受け継いだ。そして、受話器を置いたのは19時を過ぎていた。内容は、今でも思い出せない。きっかけがなんなのかを思い出すことは出来ないが、受話器を持っていた左手は、右手で一本ずつ受話器から外してあげなければならなかった。その電話中の2時間で硬直していた。内容は思いだせないのだが、なぜ長くなったのかは振り返ることが出来る。決着がつかないからだ。ワタシ達学校側に落ち度はない、親側からする子どもに落ち度はない。普通なら第三の方法で解決すればいいだけだ。しかし、相手は、第三の道を拒んでいる。こんな感じでずっと膠着状態が続き、受話器を持つ左手は完全に硬直してしまった。
 この親との関係は、このような感じで卒業まで続いた。3年間、親の心はほぐれることはなかった。


 少子化の現在、一人一人の大切さは、30年前、50年前よりも比べるべくもなく大きい。命を計量してはいけないが、4人も5人も子どもがいるのと、やっと授かった一人っこでは、親が過保護になるのは当たり前だ。でも、過保護になる分、耐性が失われているような感じがしている。子ども達に生き抜く力が無くなっている(あくまでも私見)。社会的耐性って言葉があるかどうかわからないが、多少のことは自分で解決できるようになって欲しいなあ。
 先生として、何か生徒が訴えてきた場合、「ざまあみろ」とは言ってはいけないものなのか?


 特に、リアクションの小さい(少ない)子ども達は、将来がとても心配である。
教師としての経験上、表情の少ない子どもは、内面に大きな問題を抱えている場合が多い。これは正しいと思う。


 昔、教師同士の間で、「先生、廊下に画鋲が落ちていました」と申し出られて困った、という話で大笑いしたことがある。
廊下に落ちている画鋲なんてそこいらの窓枠に差しておけば問題ないのに、なぜいちいち先生にもってくるんだ。
こういうのを、生きる力だというのだろうが、こんなん学校で身につけることではないよなあ・・・・・・・・・


 ということで、今日は学年主任として辛かった話。
そして、今日の授業は、「世の中には、物質と精神しか存在しない」という高尚なテーマをやります。・・・・どちらもセンセの仕事なんだけど、ただ今、再任用ハーフだから授業ダケ。気楽なもんだ。 






  
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