中1期末社会科テストで「十七条憲法が出された目的はなにか」という問いに対して「豪族どうしの争いを抑え、天皇中心の国家を目指そうとした」という回答をバツにされたとある生徒がクレイムを出した。
彼がそう書いたのは、冬期講習でそのように塾長が解説したからである。
「十七条憲法」は「役人どうしが仲良くやっていくためスロ-ガン」ではない。
「冠位十二階とセット」になった政策で、大和朝廷の仕組みが氏姓制度による役人登用で弊害が大きくなったためだ。
大和朝廷の高位高官は、氏姓制度によって有力豪族から選ばれる。
つまり十七条憲法で「仲良くやれ」と諭されている役人とは、有力豪族そのものである。
聖徳太子自身は物部氏と蘇我氏というトップ2の有力豪族と血縁関係にあった。
物部氏は大王(後の天皇)の隣に領地を持ち、大和朝廷の財政と軍事を担当する最有力の豪族であったが、当時は渡来系の豪族蘇我氏が急速に力を伸ばしていた。
当然、勢力争いが激しくなる。
しかも当時の豪族は「私兵」を抱えていて、勢力争いは私兵どうしの戦闘にまで発展した。
権力をめぐって血で血を洗う壮絶な戦いが展開された。
「お互い仲良くやろう」などという甘いものではない。
聖徳太氏自身も武器を持って戦闘に参加している。
この内乱状態を鎮めるために「大王(天皇)中心の国家」という目標を掲げたと見らえる。
ではこの大王とは一体だれのことか?
当時の天皇代行者である聖徳太子その人である。
つまり「蘇我も物部も大伴も争いばかりしていないで、私のいう事を聞いて剣を収めろ。」
と宣言しているのである。
ついては心のよりどころとして「仏教経典を読んでみろ。」「仏の教えに従って心安らかに過ごせ。」と諭している。
「十七条憲法」が対象としている役人が具体的に誰であり、大王が実は誰なのかを知らないとこの憲法の目的は、本当には理解できない。