ノーマルビュー

医師を目指す受験生へ 弱点を放置すると「命取り」になる

2025年5月3日 16:22
医師を目指す受験生は、自分の弱点を放置すると「命とり」になる。
これは一般論ではなく、具体的な事例に元づく大原則だ。
共通テストでは、国公立医学科以外の学部なら、弱点科目があってもある程度得意科目でカヴァ-できる。
ところが、医学科は共テ総合点のボーダラインが85%以上のところがほとんどのため、80点未満の科目が複数あると、他の得意科目でカヴァ-できない。
特に理系は化学で85%の以上の得点は、至難のわざだ。
とすると国語英語社会に80%取れない苦手科目があれば、総合点で85%は超えない。
苦手を放置すると、2年、3年の浪人はあっという間である。
苦手を放置する生徒は中学時代からその傾向が強い。
心理学者アドラ-によれば、苦手克服のような苦痛を伴う挑戦を行う性格は、10歳くらいまでに形成される。
それを過ぎると、困難にぶつかるたびに挑戦して乗り越えようとするタイプと、逃げ回ろうとするタイプにはっきりと別れる。
毎回逃げ回ってばかりいる生き方をアドラ-は「負のライフスタイル」と呼ぶが、簡単に言えば「負け犬根性」だ。
その特徴は、
常に言い訳を繰り返す。
他人のせいに転嫁する。
医師がオペでミスして「今回は運が悪かったが、次に成功すればいいさ。」では済まされない。
「私はミスしませんから。」が当然の態度だ。
苦手科目を持つ生徒は、計算力、単語語彙力など反復練習が必須の能力に欠点がある場合が、多い。
同じ動作同じ処理を正確、迅速に繰り返すことのできる人間は、ゾーンに入るコツを知っている。
ゾ-ンとは集中力が極限まで高まった無我の境地であり、周囲の音も聞こえなくなる最高度の状態である。
集中しながらリラックスしている。
凡人はなかなかゾーンに入るのは難しいが、自分を追い込む状況を作ることで、ゾ-ン体験が出来る。
その格好の機会が校内テストだ。
特に静高の中間期末テストは科目数が異常に多いので、常識的に全科目で高得点できるとは思えない。
だが、それをやってしまう生徒がいる。
テスト週間には飲まず食わずで10時間以上連続学習できる。
ゾ-ンを未体験な生徒は、今度の中間テストはその絶好の機会だ。




憲法記念日 憲法改正に関する考え

著者: tommyjhon
2025年5月3日 08:28
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。(Tommyセンセ、元)です。

ということで、本日は憲法記念日です。国会議員を目指す者として、これを機会に、私の憲法に関する考えを書く。


結論は、憲法改正に反対である。日本は、平和憲法のままでいいと思う。なぜ、改正しようとするのかの意味もわからない。アメリカの占領下、GHQの原案の元に作られた押しつけ憲法であるからといって、この憲法に欠陥があるわけではない。

欠陥があれば改正しようとするのはわかるが、例えば、緊急事態条項などの追加は、全くの不要で、
実際には首都圏直下の大地震が起きたとしても、内閣組織がすべて機能不全い陥るとは考えられない。大地震によって政治機能が失われるという発想は、過去の大ヒット映画『日本沈没』のようなSFであって、現実的には起こらない。大地震が起きたことを想定するならば、首都機能を分散して置く方が正しい国家運営だ。

自衛隊の不記載も欠陥とされている。しかし、自衛隊の存在は、憲法に反しているわけではなく、個別自衛権の基づいた組織である。
憲法9条は、
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項:
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 


と書かれている。重要なのは、「国際紛争を解決する手段としては」の部分で、この一言で、個別自衛権を認めていることになる。加えて、第2項の「前項の目的を達するため」の一文で、個別自衛権として考え得る範囲の軍事力を禁止している。


 これを四文字熟語で、専守防衛という。専守防衛でどこが悪い。専守防衛をかかげた日本を、率先して攻撃しようと試みる国があるか?と国際社会に聞きたい。
「中国や北朝鮮のような独裁国家は、突然に何かをしてくる」と日本国民の恐怖を煽り立てる政治家や政党が多いが、だからこその外交というものがあろう。


③立憲主義を守れ
自民党の改正案には、第102条に「全て国民はこの憲法を尊重しなければならない」と書かれている。
現行憲法には、この文言はない。
一見、当たり前のように見えるが、これは憲法の根本思想とは大きくことなる考え方である。
現行憲法では、
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。とだけ書かれており、「国民」に憲法を守れとはうたっていない。


これを立憲主義という。 
過去の歴史の中で、国民の敵はすべて政府(為政者)であった。彼らはいつも権力(徴税権、警察権など)を背景に、国民に過酷な要求をつきつけてきた(戦争に行け!など)、その要求は、ほとんどが国民の自由を奪うものであった。
そこで、多くの血を流しながらうまれた市民国家では、


憲法を作り、為政者の権力を制限し、国民を政府から守るシステムを作り上げた。
これが立憲主義だ。


 国民は生まれながらに自由で財産を持ち、幸せに暮らす存在である。この自由と財産を奪うのは政府(為政者たち)である。だからこそ、憲法を制定して国民を政府(為政者)から守るのだ。


その憲法に、「全て国民はこの憲法を尊重しなければならない」と記すならば、憲法を制定した者たち(今の状況でいうと自民党とその背後にいる奴ら)に服従することに他ならない。
もっと言うと、


国民は生まれながらに自由で財産を持ち、幸せに暮らす存在である。
とは、永遠な宇宙の法則であり、掟(おきて)である。
だから、せっかく稼いだなけなしの庶民の財産を奪おうとする行為は、許されないのだ。


高校で教員となって以来、ずっと、このように信念をもって教えてきた。
自民党が、専守防衛の原則を捨て、憲法改正に舵を切ったことも、ワタシが「このままでは日本が危ない」「自民党を倒すことに命を懸ける」という行動に至ったきっかけでもある。




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