コメを新米と古米に区別した理由 実物通貨とコメ本位制
2025年5月30日 15:28
コメを新米と古米にはっきりと区別した理由に、コメが実物通貨でありコメ本位制が確立していたからという事実がある。
まず、江戸時代以前はまだまだ貨幣制度が全国に普及していたとは言いがたい状態だった。
清盛の宋銭や義満の明銭は、流通範囲が畿内(いわゆる天下)中心で、関東以北までは普及が及ばなかった。
その時代はコメを桝単位で計って文字通り通貨として利用していた。
江戸時代になると銅貨、銀貨、金貨の併用で全国共通の金属貨幣制度が確立したが、遠距離を金属貨幣を運んで決済することは困難であったために、商人の間では為替や手形が利用されるようになった。
さらに大名と商人の間では、藩の蔵屋敷や米蔵のコメを担保にして、藩札や米券が発行された。
藩札は実物のコメと交換できるので価値が担保され、信用が保たれた。
これをコメ本位制という。
藩札の担保となっているコメが新米のうちは担保価値が一定に保たれるが、古米や古古米になると担保価値が新米よりも落ちることになる。
そこで、藩札の使用価値を厳密に区別する必要上、担保に当てられるコメが新米か古米かはたまた古古米かの区別をつけたと考えられる。
当時のコメの保管技術は現代よりもはるかに低かったので、古古米まで保管していたかは疑わしい。
現代の古米、古古米の区別は食糧管理制度の遺物だ。
戦前戦中の食糧管理制度が戦後も維持されたため、農家が生産したコメは全量を政府が買い上げる仕組みが続いた。
ところがコメ消費量の減少で買い上げたコメが余るようになり、政府の負担が増えたため食糧管理制度が廃止された。
食管制度廃止後もなぜか売れ残ったコメを「非常時用の備蓄米」という口実で政府がストックするようになった。
市場で価格が決定する今の仕組みでは、売れ残りの古米が大量に供給されると価格が暴落するので、米価を維持するための政府の苦肉の策である。
市場価格維持という本来の目的とは異なる目的=高騰した米価を下げる目的、で「備蓄米」を放出することは、農水省と自民党の想定外の事態だったはずだ。
だからこそ、グズグズと時間稼ぎをしていたに違いない。
増産した新米が出回るころまでJAが備蓄米を抱え込んでいて、あとで買い戻してもらえば、市場価格は高値のままで推移するだろうという悪知恵だ。