「もののけ姫」のラストシーンでは、崩壊してしまったタタラ場を前に、エボシ御前は「また一からやり直しだ。」と宣言する。
この映画の最初の構想ではエボシ御前は物語の途中で命を落とすことになっていたが、宮崎駿監督の考えで片腕を失うだけで生きながらえるように変更された。
エボシ御前は、この先この共同体をどう再生していくのだろうか。
宮崎監督は決して続編を作らない。
あとは視聴者の皆さんが勝手に想像してくださいという事だろう。
そこでその後を想像、構想してみる。
タタラ場=製鉄所をまた始めるのは、2つの意味で間違った選択である。
タタラ場は大量の砂鉄と膨大な薪を必要とする。
これが環境破壊を引き起こし、動物たちの反乱、総決起を引き起こしたのがこの物語だ。
歴史的な事実としても、この物語の舞台となった中国山地では砂鉄採掘のために自然破壊が進んだ。
間違った選択であるというもう一つの理由は、安土桃山時代に「製鉄所兼鉄砲工房」を運営することは、信長に目を着けられて、いずれは攻められる運命にあることを意味する。
歴史的にも当時の「鉄砲の大量生産基地」であった自治都市堺は信長の武力に屈し、その鉄砲工房群は彼の支配下に置かれた。
エボシ御前の共同体が生きながらえるヒントは、その共同体の中にある。
エボシ共同体の中には「ハンセン病患者」が含まれている。
言ってみれば民間の「ハンセン病療養所」でもある。
医療行為を行うためには、薬が必要だ。
そこで山地の中で薬草を見つけ、それを栽培する。
起業家精神の旺盛な彼女は、薬草の品種改良を重ね、新薬を次々と開発していくだろう。
その新薬をエボシ共同体の女たちが全国に売り歩く。
富山の薬売りの商法だ。
これなら秀吉家康の時代になっても、永続していくビジネスだ。
最先端の新薬を提供できるので、病院としても大いに機能する。
映画「赤ひげ」の舞台になった小石川療養所は、薬草栽培のための小石川植物園が始まりでもある。