ノーマルビュー

時間に伴う細菌相互作用の変化を推定

著者: contributor
2021年7月15日 17:50

時間経過に伴う細菌相互作用の変化を推定する手法を開発

発表のポイント

  • これまでの手法は時間の経過に伴う細菌相互作用の変化を推定できなかった。
  • 時間の経過に伴う細菌相互作用の変化を推定する手法Umibatoを開発した。
  • 自然環境の生態系の解明や、近年急速に解明が進んでいるヒト常在菌叢の長期的な変化の追跡において活用が期待される。

早稲田大学大学院先進理工学研究科後期博士課程3年の細田 至温(ほそだ しおん)氏と、同大理工学術院の浜田 道昭(はまだ みちあき)教授らの研究グループは、時間の経過に伴う細菌相互作用の変化を推定することができる手法Umibato (unsupervised learning-based microbial interaction inference method using Bayesian estimation)を開発しました。

これまで細菌相互作用を推定するために用いられていた手法は、細菌相互作用が時間に伴い変化しないことを前提としていたため、時間の経過に伴い細菌相互作用が変化していることを推定することができませんでした。今回開発した手法により、細菌叢の時系列データ解析においてこれまで見過ごされてきた細菌の関係性の変化を捉えることが可能になります。将来的には、自然環境の生態系の解明や、近年急速に解明が進んでいるヒト常在菌叢の長期的な変化の追跡において活用されることが期待されます。

本研究成果は、2021年7月末に開催される計算生物学のトップの国際会議であるISMB/ECCB2021の口頭発表に受理されました。論文はISMB/ECCB2021の予稿として2021年7月12日(月)(現地時間)に『Bioinformatics』に掲載されました。

論文名:Umibato: estimation of time-varying microbial interaction using continuous-time regression hidden Markov model

(1)これまでの研究で分かっていたこと

細菌相互作用は、栄養のやりとりなどにより細菌同士が影響し合う現象です。細菌相互作用は代謝ネットワーク※1を構成する要因として宿主の健康に影響することが示されており、重要な研究対象となっています。これまでの研究では、細菌相互作用を推定するために、一般化ロトカ・ヴォルテラ方程式※2という微分方程式をベースとしたモデルが広く使われてきました。しかしこの方程式は細菌相互作用が時間に伴い変化しないことを前提としていました。そのため、何らかの環境条件が変化しそれに伴い細菌相互作用が変化するような場合に適用ができませんでした(図1)。現に、異なる栄養条件下では細菌相互作用が異なるということがすでに報告されており、この欠点は致命的でした。

図1:時間変化する相互作用と従来手法による推定結果の概念図。赤い矢印は細菌が増加するような寄与、青い矢印は細菌が減少するような寄与を示す。真の細菌相互作用が時間に伴い変化しているにもかかわらず、従来手法では時間変化を考慮していないためにそれらを推定できない。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

一般化ロトカ・ヴォルテラ方程式に細菌相互作用の時間変化を導入し、それらを統計モデルにより推定することを考えました。この手法により時間変化する細菌相互作用を推定できるようになりました。この手法の妥当性を人工データによる実験により検証しました。結果として、細菌相互作用が時間変化しない場合では既存手法の性能と提案手法の性能は近いものであったのに対し、時間変化する場合では提案手法の性能が既存手法より高いことが確認できました(図2)。

図2:人工データにおける性能評価。横軸はデータセットを示し、縦軸は真のパラメタと推定されたパラメタの相関係数を示す。バーが高いほど性能が良いことを示す。左の結果は時間変化を考慮していないデータセットのもので、中央と右の結果は時間変化を考慮したデータセットのものである。それぞれの6つの棒グラフのうち左端2つは提案手法であるUmibatoの結果で、時間変化を考慮したデータセットで既存手法より性能が良いことが分かる。

また、マウスの腸内細菌叢データに適用したところ、マウスが低繊維食を摂っている間に主に現れる相互作用が観測され、食事と細菌相互作用の関連性が示唆されました(図3)。

図3:推定された相互作用の変遷。7つのグラフはそれぞれ異なるマウスの腸内細菌叢データに対応する結果で、Subject4とSubject7はコントロール、すなわち低繊維食を摂っていないマウスのデータである。横軸は時間を示し、縦軸は相互作用の種類と低繊維食を示す。低繊維食と5種目の相互作用(State5)の関連が見られる。

(3)そのために新しく開発した手法

隠れマルコフモデル※3を拡張した連続時間回帰隠れマルコフモデルを提案しました。また、このモデルのパラメタ推定アルゴリズムを導出しました。また、このモデルとガウス過程回帰※4による細菌成長率推定を用いて、時間変化する相互作用を考慮した一般化ロトカ・ヴォルテラ方程式に基づく細菌相互作用推定手法Umibatoを開発しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

複雑な挙動を見せることの多い時系列細菌叢データの解析においてこれまで見過ごされてきた細菌の関係性の変化を捉えることが可能になります。自然環境の生態系の解明や、近年急速に解明が進んでいるヒト常在菌叢の長期的な変化の追跡において大いに活用されることが期待されます。

(5)今後の課題

主な課題として、二つ挙げられます。一つは、更なる実データへの適用です。公開されているデータの制限から、今回はマウス腸内細菌叢データに対する適用に留まりましたが、Umibatoはあらゆる環境の時系列定量細菌叢データで適用可能な手法です。もう一つは、実験による推定された相互作用の検証です。本研究で推定された関係性を実験的に検証することで、推定された相互作用の解明に繋がると考えられます。

(6)研究者のコメント

本研究では、長い歴史を持ちこれまで広く使われてきた方程式を、現代的なデータに対しより合理的に扱えるよう昇華させることができたと感じています。バイオインフォマティクスにおいて、興味深いアルゴリズムは生物学的意義での実用性に欠けることも多いですが、本手法ではそれらを両立できたと思います。本手法が細菌叢研究の一助となり、自然環境やヒト常在菌叢の解明を促進できれば幸いです。

(7)用語解説

※1 代謝ネットワーク
ここでは微生物同士の代謝物のやりとりで構成されるネットワーク。たとえば、ヒト腸内細菌叢ではネットワークにより最終的に産生された代謝物がヒトに影響を与える。

※2 一般化ロトカ・ヴォルテラ方程式
捕食者と被捕食者の個体数を表現する微分方程式であるロトカ・ヴォルテラ方程式を一般化した微分方程式。捕食と被捕食のような関係性だけでなく、相利共生関係(AとBが互いに増加に寄与する関係)や寄生関係(AがBの増加に寄与、BはAの減少に寄与する関係)も表現できるため細菌叢解析でよく用いられる。

※3 隠れマルコフモデル
音声信号処理や配列解析でよく用いられる統計モデル。離散的な時系列のデータから隠れた情報の変遷を推定することができる。本研究で提案した連続時間回帰隠れマルコフモデルは隠れマルコフモデルの一種で、実時間のような連続的な時系列を扱えるよう拡張されたモデルである。

※4 ガウス過程回帰
ガウス過程という確率過程をベースとした回帰手法。柔軟な回帰を行うことができる。

(8)論文情報

雑誌名:Bioinformatics
論文名:Umibato: estimation of time-varying microbial interaction using continuous-time regression hidden Markov model
執筆者名(所属機関名):Shion Hosoda(早稲田大学、産総研・早大 生体システムビッグデータ解析 オープンイノベーションラボラトリ)、 Tsukasa Fukunaga(早稲田大学、研究当時:東京大学)、Michiaki Hamada(早稲田大学、産総研・早大 生体システムビッグデータ解析 オープンイノベーションラボラトリ)
掲載日(現地時間):2021年7月12日(月)
掲載URL:https://doi.org/10.1093/bioinformatics/btab287
DOI:10.1093/bioinformatics/btab287

(9)研究助成

研究費名:科研費 特別研究員奨励費
研究課題名:確率モデルを用いたヒト腸内細菌叢構造の解明と応用
研究代表者名(所属機関名):細田 至温(早稲田大学)

研究費名:科研費 新学術領域研究(研究領域提案型)
研究課題名:逆イジングモデル法に基づく機能未知な微生物遺伝子の機能推定
研究代表者名(所属機関名):福永 津嵩(東京大学 当時)

研究費名:科研費 基盤研究(A)
研究課題名:リピート要素のde novo発見に基づく長鎖ノンコーディングRNAの機能の解明
研究代表者名(所属機関名):浜田 道昭(早稲田大学)

【学部受験生の皆様へ】【特設サイト】早稲田の理工を体験しよう!(7/21公開)

著者: staff
2021年7月21日 08:47

当サイトでは、各学部/学科の特色や概要、模擬講義、研究室紹介等を映像コンテンツなどでご紹介します。各学部/学科の公式ウェブサイトと併せてご覧ください。また、「VRキャンパスツアー」では、理工学術院のある西早稲田キャンパスを、バーチャル・リアリティ映像でご紹介します。

オンライン(リアルタイム)型企画参加希望者の皆様へ

参加には事前予約が必要です。予約管理システム「早稲田大学オープンキャンパス2021」よりお申込みください。(8/2 16:00~ 予約受付開始)

タイムテーブル(3理工学部 企画一覧) ※参照用
・機械科学・航空宇宙学科および電気・情報生命工学科は、オンデマンド・コンテンツの配信のみとなります。
・各企画の内容や定員等の詳細につきましては、予約管理システム上でご確認ください。

オンライン企画参加を申し込む方は、以下についてご注意ください。

・企画内容の無断録画・録音を禁止します。SNS等へのアップロードも固くお断りします。
・相談時間には限りがあります。円滑な運営にご協力ください。1対1の個別面談では、約束の時間から5分経過してもZoomの入室がない場合は、相談を終了します。
・相談前にできる限り学部・学科のHPをご覧ください。本サイトからもご確認いただけます。

 

学部・学科の特色や概要

※学部名・学科名をクリック/タップすると、公式ウェブサイトをご覧いただけます。

基幹理工学部

数学科 応用数理学科 機械科学・航空宇宙学科 電子物理システム学科 情報理工学科 情報通信学科 表現工学科

↓↓動画はこちらから↓↓

 

創造理工学部

建築学科 総合機械工学科 経営システム工学科 社会環境工学科 環境資源工学科 社会文化領域

↓↓動画はこちらから↓↓

 

先進理工学部

物理学科 応用物理学科 化学・生命化学科 応用化学科 生命医科学科 電気・情報生命工学科

↓↓動画はこちらから↓↓

 生命医科学科 オンラインオープンキャンパスはこちらから

 

大学体験WEBサイトはこちらから
理工学術院英語教育センターWEBサイトはこちらから

 

VRキャンパスツアーで「早稲田理工」を体感しよう!

西早稲田キャンパスをVR映像でご紹介します。実験室や工房、図書館、カフェテリアなど、様々な施設の内部を360度で観ることができます。またキャンパスツアーガイド学生によるナレーションと、各施設のフォトギャラリー、動画もご覧いただけます。早稲田理工の雰囲気を、Web上で体感してみてください!

日本語版 英語版  VR Campus Tour (English version)

 

パンフレット・動画

理工学術院パンフレット(2021年5月発行) Brochure – Faculty of Science and Engineering

日本語パートと英語パートが両側からご覧になれます。 You can see the Japanese pages and English pages from both sides.

理工学術院紹介動画(日本語版)

 

理工学術院紹介動画(英語版) Movie – Faculty of Science and Engineering (English version)

 

受験生Q&A

基幹理工・創造理工・先進理工の各学部によくお寄せいただくご質問について、回答をQ&Aの形で公開します。

Q.基幹理工学部の学系制度はどのようなものですか。

A.1年次は全員が共通カリキュラムを勉強することで、十分な基礎学力や学科を越えた人脈なども得ることができます。また、入学の前と実際に大学の学びに触れた後で、志望する学科が変わる学生も少なくありませんが、本制度により2年次の学科選択時に本当に学びたい学科に進級することが可能となります。更に詳しい説明は以下のページをご参照ください。

https://www.fse.sci.waseda.ac.jp/exam/

 

Q.空間表現の試験内容はどのようなものですか。

A.「空間表現」試験に関するご案内を建築学科のWebサイトにて公開しております。以下のページをご参照ください。

http://www.arch.waseda.ac.jp/wp/dear/#sec05

 

Q.総合型選抜入試はどのようなものがありますか。

A.理工学術院において実施している総合型選抜入試は、以下の3入試が該当いたします。

◇早稲田建築AO入試(創成入試)

創造理工学部建築学科のみ実施。9月の出願となり、書類選考、筆記試験、面接試験で合否が決まります。

◇特別選抜入学試験

先進理工学部(一部学科)のみ実施。出願にあたり、数学オリンピックや化学グランプリ等での実績が必要となります。書類選考と面接試験を実施いたします。

※上記2つの入試については、以下のページで出願時期や試験に関する詳細をご確認ください。

https://www.waseda.jp/fsci/admissions_us/

 

◇英語学位プログラム特別入試(4月入学)

英語で学び学位を取得したい方向けのコース。書類選考と筆記試験、面接試験があります。詳細は以下URLを参照してください。

https://www.waseda.jp/fsci/about/education/english-based/#anc_21

※英語学位プログラム特別入試について、2022年度入試(2022年4月入学者募集)を最後とし、2023年度入試(2023年4月入学者募集)以降は募集を停止します。詳細はこちらをご確認ください。

Q.サークルはどのようなものがありますか。学業との両立はむずかしいですか。

A.早稲田大学には約500の公認サークルがあり、あらゆる分野での活動をしています。理工の多くの学生のみなさんも学業とサークルを両立し、学生生活を楽しんでいますので、ご安心ください。サークルの中には、理工の学生が中心のサークルも多数あります。

https://www.waseda.jp/inst/weekly/circleguide/

 

Q.キャンパスを見学したい場合、どうしたらいいですか。

A.キャンパス見学については、現在受付しておりませんが「VRキャンパスツアー」のコンテンツを、本特設ページに掲載しております。学生ガイドによる解説もありますので是非ご覧ください。

 

パンフレットご希望の方へ

理工学術院パンフレットを無料で送付いたします。ご希望の方は申請フォームからお申込みください。

 

新たな高精度ノイズ除去法の開発

著者: contributor
2021年7月12日 12:41

スパースモデリングを用いた高精度ノイズ除去法の開発に成功

発表のポイント

  • 数理最適化手法を用い、感圧塗料法の後処理法として高精度のノイズ除去法を開発した。
  • 微小な圧力変化の計測において、従来の感圧塗料計測法に比べ、半導体圧力センサーでの計測値とのずれを2%以内に抑える精度の高い手法を構築することができた。
  • 新たな手法は、圧力変化が小さく計測が困難であった鉄道車両や家電製品などに対し適用可能な手法となり得る。

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業および東北大学流体科学研究所一般公募共同研究において、早稲田大学理工学術院松田佑(まつだゆう)准教授、井上智輝(いのうえともき)(同大学院創造理工学研究科修士課程1年)、東北大学大学院工学研究科の野々村拓(ののむらたく)准教授、東北大学流体科学研究所永井大樹(ながいひろき)教授、愛知工業大学の江上泰広(えがみやすひろ)教授らの研究グループは、周囲の圧力に応じて発光強度が変化する感圧塗料(Pressure-Sensitive Paint; PSP)*1による機器表面の圧力分布計測(PSP計測法*2)の後処理法として、圧力分布の再構成にスパースモデリング*3を用いたノイズ除去法を開発しました。航空機や鉄道車両の安全性や燃料消費率の改善を行う上で、機器表面での気体の流れ構造(圧力分布)を詳細に把握することは非常に重要です。高速で圧力変化が大きなものにしか適用できなかった測定法が、少ない変数で効率的にデータをモデリングする新たな手法により、低速で圧力変化の小さなものにも適用可能となり得ます。これにより、機器の低騒音化やエネルギー効率の向上等、人間をとりまく環境における重要な課題への取り組みに、今後大きく貢献することが期待されます。

新たな手法の概要

本研究成果は、2021年7月9日(金)AM 9:00(東部時間)に米国物理学会(AIP)によって設立されたAIP Publishing社『Physics of Fluids』で公開されました。

論文名:Data-Driven Approach for Noise Reduction in Pressure-Sensitive Paint Data Based on Modal Expansion and Time-Series Data at Optimally Placed Points

(1) これまでの研究で分かっていたこと

近年、機器表面での圧力分布を計測可能な手法としてPSP計測法が注目されています。PSP計測法は、その発光強度の変化から圧力分布を計測でき、従来の半導体圧力センサーなどの点計測法*4に対して高い優位性があります。一方で、PSP計測法における大気圧近傍での微小な圧力の変化の計測には大きな課題がありました。これは、微小な圧力変化の検出には、微小な発光強度変化を検出する必要があり、カメラのショットノイズなどに信号が埋もれてしまうためです。そのために、これまでにノイズを低減して微小な圧力変化を検出するための様々な方法が提案されてきましたが、これらの方法は経験に基づいたパラメータ設定や、PSP以外の他センサーでの計測が必要であったため、汎用性の高い手法とは言えませんでした。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、PSP計測の後処理法としてスパースモデリングを用いたノイズ除去法を開発しました。手順として、まずはノイズを多く含む原画像を、固有直交分解(Proper Orthogonal Decomposition; POD)*5によるモード分解*6を行いました。得られたモード分解データから、流体現象を効率的に表現できる空間位置、すなわち最適センサー位置を特定します。この空間位置において、得られている時系列データをフィルタリングし、フィルタリングされた時系列データを説明できるように各モードの係数を決定します。このときなるべく簡単なモデルで表現できるように、スパースモデリングを用います(図1)。

図1 提案手法のフローチャート

本研究では、東北大学流体科学研究所の小型低乱風洞*7において提案手法の妥当性を評価する実証実験を実施しました。角柱後方に生じるカルマン渦列*8によって生じる圧力分布を、PSPによって計測を行いました(図2)。

その結果、今回新たに提案した手法(以下、本手法)によって、PSP計測データのみから、ノイズの影響を大幅に低減した計測データの再構成を行うことに成功しました。また、本手法により再構成された圧力データは、半導体圧力センサーを設置した箇所で、従来データとの計測値のずれが2%以内と、極めて高い一致を示すことから、精度も十分に高いことが実証されました。従来は、PODモードのうち、エネルギーの大きい上位の6、7のモードから、流れ場の構造を議論されることが多くありました。このたびの成果により、本研究のスパースモデリングの観点に基づくと、細かい流れ構造を表現するためには、より下位のモードも必要であることを明らかにしました。

(3) 研究の波及効果や社会的影響

現在PSP計測法の大きな欠点のひとつとされている微小な圧力の変化の計測が可能となることで、家電製品をはじめとする、広範な機器の流動の実験解析にPSP計測法の適用が可能になると期待されます。また、半導体圧力センサーを使用する従来法では、配線をする必要があったため、回転体表面の圧力分布などには適用できませんでしたが、本手法は半導体圧力センサーなどのデータが不要であるため、それらへの適用が期待されます。

(4) 今後の課題

今後はより一層、微小な圧力変化の検出が可能なPSP計測システムの構築を目指し、「PSPセンサー」、「データ取得法」、「データ後処理法」の各段階において、継続的に研究を推進していきます。

(5) 研究者のコメント

各種機器表面での圧力分布の計測は、機器の低騒音化やエネルギー効率の向上など、人間をとりまく環境において依然として極めて重要な課題への取り組みに大きく貢献することができます。また気体の流れは肉眼では見ることができませんが、これを可視化計測することは、現象の直観的理解を容易にするだけでなく、科学的な興味を喚起する上でも重要な技術と考えています。

(6) 用語解説

※1 感圧塗料(Pressure-sensitive paint; PSP)
感圧塗料(PSP)は、一般に酸素消光作用を有するりん光分子と、これを模型表面に保持固定するためのバインダーから構成される塗料。

※2 PSP計測法
PSPに含まれるりん光分子の放つ発光の強度が圧力に応じて変化することから、PSPの発光強度分布を計測することで圧力分布を計測する手法。

※3 スパースモデリング
データを説明(モデリング)する際に、なるべく少数の変数により効率的にデータを説明する手法。

※4 点計測法
半導体圧力センサーなどのようにセンサーを設置した箇所でのみデータ取得が可能な方法。

※5 固有直交分解(Proper Orthogonal Decomposition; POD)
主成分分析(Principal Component Analysis; PCA)や特異値分解(singular value decomposition; SVD)とも呼ばれる。流体工学の分野ではPODとして知られる。多次元データからデータを効率的に展開できるような基底を求める手法。

※6 モード分解
現象を互いに独立な成分(モード)に分離すること。ある現象は、いくつかのモードの重ね合わせで表現できるという考え方。

※7 小型低乱風洞
東北大学流体科学研究所に設置されている風洞設備。

※8 カルマン渦列
円柱や角柱の後方に生じる互い違いに並んだ渦の列。

(7) 研究助成

研究費名:JST さきがけ:JPMJPR187A
研究課題名:圧縮センシングを活用した高精度空力診断システムの構築
研究者名(所属機関名):松田佑(早稲田大学)

研究費名:東北大学流体科学研究所一般公募共同研究:J20L106
研究課題名:構造化照明を用いた高精度PSP計測手法の開発
研究代表者名(所属機関名):松田佑(早稲田大学)、永井大樹(東北大学)

研究費名:スズキ財団一般科学技術研究助成金
研究課題名:感圧センサーシートの開発による空力画像計測の実用化
研究代表者名(所属機関名):松田佑(早稲田大学)

研究費名:JST CREST:JPMJCR1763
研究課題名:次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析
研究代表者名(所属機関名):平田直(東京大学地震研究所)
研究者名(所属機関名):野々村拓(東北大学)

(8) 論文情報

雑誌名:Physics of Fluids
論文名:Data-Driven Approach for Noise Reduction in Pressure-Sensitive Paint Data Based on Modal Expansion and Time-Series Data at Optimally Placed Points

執筆者名(所属機関名):井上智輝(早稲田大学)、松田佑(早稲田大学)、伊神翼(東北大学)、野々村拓(東北大学)、江上泰広(愛知工業大学)、永井大樹(東北大学)

掲載日時(現地時間):2021年7月9日(金)AM 9時(東部時間)
掲載日時(日本時間):2021年7月9日(金)PM 11時
DOI:10.1063/5.0049071

日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム開催報告

著者: staff
2021年7月9日 15:23

2021年6月19日(土)、「日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム~両校の実質的連携を目指した研究交流~」をWeb開催いたしました。日本医科大学と本学とは2009年に大学間協定を締結し、共同研究等に取り組んでまいりました。さらに2019年以降、両校の連携をより実効性あるものとするための対話を続け、2020年1月に研究面における実質的な研究連携に合意しました。本シンポジウムは、医学に関する両校における最新の研究成果を紹介し、さらなる連携推進を図ることを目的として開催しました。

本学総長の田中愛治は冒頭挨拶で、「日本医科大学・弦間学長との対話の中で、本学理工系研究の強みは、AIを含む情報工学、ロボット工学、ナノテクノロジーであると申し上げ、日本医科大学の坂本理事長や弦間学長らの執行部の先生方に頷いていただいた。超高齢社会を迎え新展開が期待される医学分野において、日本医科大学の高い研究レベルに、医理工連携という形で早稲田がお手伝いすれば、共同研究を通して、日本医科大学が日本の医学のあり方を変革されることに早稲田もある程度は貢献できるのではないかと思う」と話しました。
日本医科大学との連携では研究面のみならず、教育面でも進んでいます。まず、日本医科大学と本学附属校・系属校との高大接続連携に関する協定締結を2020年7月に結びました。この協定に基づき、2022年4月の入学者から日本医科大学の医学部に、早稲田大学高等学院・同本庄高等学院・早稲田実業学校高等部から各2名ずつ、合計6名の卒業生を推薦入学させていただけることになりました。その背景としては、「高校時代に受験勉強に偏らずにオールラウンドに勉強して来た優秀な高校生の方が、医学部に入ってから伸びている」という日本医科大学の先生方の教育理念があったことにも、総長の田中は触れました。
次に、日本医科大学で選抜された3年生を、本学の理工系研究室に3週間迎え入れて交流を図る「研究配属」の新しい取組など、教育面からの貢献についても示し、「本シンポジウムがさらなる連携促進の契機となり、日本医科大学との協力の中で、医学教育の改革に対し本学が貢献していけることを期待している」旨を述べました。
続いて登壇された日本医科大学理事長の坂本篤裕氏は、近年、連携が真の意味で実践されてきたとの認識を話され、医学に関する様々な課題解決に資する本学との連携への意欲を語られました。

左:早稲田大学総長・田中愛治、右:日本医科大学理事長・坂本篤裕氏

セッション1およびセッション2では、連携研究の成果報告を含めて、6名の講演があり、いずれの講演に対しても活発な議論が行われました。講演は以下の通りです。

【セッション1】
座長:日本医科大学大学院医学研究科長/脳神経外科学教授・森田 明夫、早稲田大学研究推進部長/理工学術院教授・合田亘人
  • 清家 正博(日本医科大学 内科学(呼吸器内科学) 教授)
    「肺がんにおける医工連携研究」
  • 浜田 道昭(早稲田大学 理工学術院 教授)
    「AIアプタマー創薬プロジェクト」
  • 横堀 將司(日本医科大学 救急医学 教授)
    「ウイズコロナ・ポストコロナに求められる医⼯学連携」
【セッション2】
座長:早稲田大学教務部長/理工学術院教授・本間 敬之、日本医科大学研究部長/泌尿器科学教授・近藤 幸尋
  • 棟近 雅彦(早稲田大学 理工学術院 教授)
    「医療におけるマネジメントシステム:通常医療および災害医療」
  • 小川 令(日本医科大学 形成外科学 教授)
    「創傷治癒のメカノバイオロジーとメカノセラピー」
  • 岩田 浩康(早稲田大学 理工学術院 教授)
    「AI/ロボット技術を駆使した先制医療への挑戦」

セッションの後の閉会挨拶では、まず日本医科大学学長の弦間昭彦氏から、「最先端の研究成果や、医療現場の現状等を共有でき、両校の連携を発展させる一歩になるシンポジウムとなったのではないか。本日伺っただけでも、医療側のニーズを解決できそうに思える研究が多くあり、こんなことまで可能なのか、と非常に勉強になった。具体的な内容を持ち合い、お互いの研究を見ることが重要であると再認識し、今後、連携を大きく進歩させられる実感を持った」とお話しになりました。つづいて本学副総長の須賀晃一からは、本シンポジウム関係者への感謝の言葉とともに、「自身は経済学が専門であるが、それでも非常に胸がおどるような講演内容だった。先進国を中心に社会の高齢化が進む中で、健康や医療に対する考え方を再検討する時代になっている。ぜひ次回以降は本学の人文社会科学系で医療や高齢化社会に関する研究を進めている研究者とも対話してみていただきたい」と、今後への期待も述べられ、閉会となりました。

左:日本医科大学学長・弦間昭彦氏、右:早稲田大学副学長・須賀晃一

タンパク質摂取時間と筋量増加の関係

著者: contributor
2021年7月9日 15:08

体内時計に合わせた朝のタンパク質摂取タイミングが筋量増加に効果的

発表のポイント

  • タンパク質摂取による筋量増加効果は、量だけでなくタイミングも影響することを明らかにした。
  • 筋量増加は体内時計を介して引き起こされ、それが正常に機能していることが重要である。
  • 朝食時のタンパク質摂取による筋量増加には、筋肉の合成を高める作用が強い分岐鎖アミノ酸が関わっている。

長崎大学医歯薬学総合研究科神経機能学の青山晋也(あおやましんや)助教(早稲田大学重点領域研究機構 次席研究員、2015年-2019年)および早稲田大学理工学術院柴田重信(しばたしげのぶ)教授金鉉基(キムヒョンギ)講師を中心とする研究グループは、タンパク質の摂取タイミングが、筋量増加効果に影響があることをこのたび明らかにいたしました。

食事から摂取するタンパク質は、骨格筋の合成や筋量の維持・増加に重要であることが知られていますが、朝・昼・夕食といった3食の中での摂取量の偏りが及ぼす影響については、これまで不明な点が多くありました。本研究グループは、筋量増加効果を得るためには、筋肉の体内時計(1周期約24時間の概日時計※1)が重要であることを突き止め、タンパク質の1日の摂取量だけでなく、摂取するタイミングも重要であることを解明しました(図1)。筋量増加には、体内時計に合わせたタンパク質の摂取が効果的であることから、この摂取タイミングをうまく活用することで、筋力や筋量が低下しやすい高齢者の健康を効率よく維持・増進できる可能性があります。

本研究成果は、米国Cell Press社によって刊行されるオープンアクセスジャーナル『Cell Reports』のオンライン版に2021年7月6日(火)AM11:00(東部時間)に掲載されました。

論文名:Distribution of dietary protein intake in daily meals influences skeletal muscle hypertrophy via the muscle clock

(1) これまでの研究で分かっていたこと

食事から摂取するタンパク質は、骨格筋の合成や筋量の維持・増加に重要であると言われています。各国の食事調査から多くの国では、タンパク質の摂取量は朝食に少ないこと、また、朝・昼・夕食といった3食の中で摂取量に偏りがあることが知られています。この1日の中での食事の偏りが、骨格筋の機能と関係するという報告が疫学調査などから示されていましたが、朝の不足だけでなく、反対に夜の不足ではどうなるのか、といった詳細については不明な点が多くありました。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、マウスを用いた動物実験を行い、1日の中でタンパク質を摂取する時間帯が異なることが過負荷※2による筋肉量の増加に影響することを明らかにしました。また、タンパク質の摂取時間による効果の差を生み出すキー因子として、体内時計を司る時計遺伝子に着目し、摂取タイミングによる筋量増加効果に対する体内時計の関与を分析しました。加えて、ヒトを対象とした研究では、3食におけるタンパク質摂取と筋力や筋量との関係性について調査しました。

① タンパク質の摂取タイミングは筋量増加に影響する

マウスを1日2食の条件下で飼育し(図2、起床後の餌を朝食、就寝前の餌を夕食と定義)、1日の総タンパク質摂取量を揃えた上で各食餌のタンパク質含量を変化させた場合、朝食に多くのタンパク質を摂取したマウスでは、夕食に多く摂取したマウスや朝・夕食で均等に摂取したマウスに比べて筋量の増加が促進しました(図2右)。1日のタンパク質摂取量が同じ場合、朝(活動期のはじめ)に重点的に摂取した方が筋量の増加には効果的であることを示しています。

② 朝食のタンパク質摂取による筋量増加には分岐鎖アミノ酸が関わる

分岐鎖アミノ酸※3は筋肉の合成を高める作用が強いアミノ酸であることが知られています。そこで朝食でのタンパク質摂取による筋量増加効果はタンパク質中に含まれる分岐鎖アミノ酸が関与しているのかを明らかにするため、先ほどと同様にマウスを1日2食の条件下で飼育し、朝食または夕食に分岐鎖アミノ酸添加食を摂取させた際の筋量を測定しました。その結果、朝食の分岐鎖アミノ酸添加食の摂取は夕食での摂取に比べて筋量が増加しやすいことがわかりました。このような朝食での摂取効果は他のアミノ酸(餌のタンパク質源であるカゼイン※4中に含まれる分岐鎖アミノ酸以外のアミノ酸)を添加した餌ではみられませんでした。つまり、朝食でのタンパク質摂取による筋量増加には分岐鎖アミノ酸が大きな役割を果たしていることを示唆しています。

③ タンパク質摂取タイミングによる筋量増加は体内時計を介して引き起こされる

なぜ朝(活動期初期)における摂取が筋量を増加させやすいのか、そのメカニズムを解明するため、本研究グループは1周期約24時間の概日時計(体内時計)に着目しました。全身の様々な細胞に存在する体内時計は数十種類の時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群によって構成され、様々な生理機能に昼夜のリズムを持たせています。本研究グループはこの時計遺伝子が栄養素の吸収や代謝などの生理機能の日内変動を引き起こし、タンパク質やアミノ酸の摂取タイミングによる筋量増加効果が生み出されているのではないかと考えました。そこで、時計遺伝子Clockに変異の入ったClock mutantマウスや、時計遺伝子Bmal1を筋肉で欠損させた筋特異的Bmal1欠損マウスを用いて、朝食と夕食のタンパク質の摂取パターンと筋量について計測しました。分析の結果、これらのマウスでは朝食のタンパク質摂取における筋量増加効果がみられず、摂取タイミングによる筋量の増加効果には筋肉の体内時計が関わることを明らかにしました(図3)。

④ 高齢女性において、朝食でのタンパク質摂取比率は筋機能と正の相関を示す

高齢女性を対象に、3食のタンパク質の摂取量と骨格筋機能との関係性を調査しました。その結果、夕食で多くのタンパク質を摂取しているヒトに比べて、朝食で多くのタンパク質を摂取しているヒトでは、骨格筋指数※5や握力が高く、1日のタンパク質摂取量に対する朝食でのタンパク質摂取量の比率と骨格筋指数は正の相関を示すことがわかりました(図4)。観察研究であるため因果関係はまだ不明な点がありますが、ヒトでも朝のタンパク質が筋肉量の維持・増加に有効である可能性が示されました。

(3) 研究の波及効果や社会的影響

朝(活動期のはじめ)のタンパク質摂取による筋量増加作用には体内時計が重要という本研究結果から、体内時計に合わせたタンパク質の摂取が筋量増加には効果的である可能性があります。これは反対に夜間勤務やシフトワーク、朝食欠食など体内時計を乱すような生活リズムの場合、朝食のタンパク質摂取による筋量増加の恩恵は受けにくい可能性も考えられます。また、追加検証は必要ですが、タンパク質の量だけでなく、摂取タイミングもうまく活用することで、筋力や筋量が低下しやすい高齢者の健康を効率よく維持・増進できるかもしれません。

(4) 今後の課題

実際に時計遺伝子がどのような分子メカニズムでタンパク質の摂取タイミングによる効果を生み出しているのか、また、ヒトを対象とした介入研究によって朝食のタンパク質摂取による有効性を評価する必要があり、解明すべき課題はまだまだ多くあります。

(5) 研究者のコメント

本研究ではタンパク質の摂取タイミングが筋量の増加に重要であり、特に朝(活動期のはじめ)の摂取効果が高いことが示されました。しかし多くの国の食事調査では朝食のタンパク質摂取量は少なく、不足しがちとなっています。今後、朝食のタンパク質の摂取をすすめる上で、朝食でも摂取しやすいタンパク質豊富なメニューなどの開発も望まれます。

(6) 用語解説

※1 概日時計
睡眠・覚醒や体温など、生体の様々な機能の日内変動を制御するシステム。ClockやBmal1などの時計遺伝子が働くことで、約24時間のリズムを刻むことができる。概日時計は、栄養素の消化吸収、代謝などの日内変動にも関わる。

※2 過負荷
協働筋(ヒラメ筋と腓腹筋)の部分切除により足底筋に過負荷をかけて筋肥大を誘導するモデル。

※3 分岐鎖アミノ酸
側鎖に分岐した構造を持つアミノ酸の総称で、バリン、ロイシン、イソロイシンがある。

※4 カゼイン
牛乳のタンパク質の大半を占めるタンパク質。栄養学分野の研究用飼料でよく用いられるタンパク質源。

※5 骨格筋指数
四肢の筋肉量(kg)を身長(m)の2乗で除した値(kg/m2)。骨格筋量の指標として用いられている。

(7) 研究助成

研究費名:SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」
研究課題名:高齢者に配慮した時間栄養・運動に基づく次世代型食・運動レシピの開発
研究代表者名(所属機関名):柴田 重信(早稲田大学)

研究費名:未来社会創造事業(食・運動・睡眠等日常行動の作用機序解明に基づくセルフマネジメント)
研究課題名:時間栄養学視点による個人健康管理システムの創出
研究代表者名(所属機関名):柴田 重信(早稲田大学)

研究費名:科学研究費 若手研究
研究課題名:朝食のタンパク質不足が筋肥大を抑制する分子メカニズムの解明
研究代表者名(所属機関名):青山 晋也(長崎大学)

研究費名:日本栄養・食糧学会 栄養・食糧学基金 若手研究助成
研究課題名:タンパク質摂取の時間パターンが筋量を調節する分子機序の解析
研究代表者名(所属機関名):青山 晋也(長崎大学)

(8) 論文情報

雑誌名:Cell Reports
論文名:Distribution of dietary protein intake in daily meals influences skeletal muscle hypertrophy via the muscle clock
執筆者名(所属機関名):Shinya Aoyama1,2#, Hyeon-Ki Kim1#, , Masaki Takahashi3, Yu Tahara1, Shigeki Shimiba4, Rina Hirooka5, Mizuho Tanaka5, Takeru Shimoda5, Hanako Chijiki5, Shuichi Kojima5, Keisuke Sasaki5, Kengo Takahashi5, Saneyuki Makino5, Miku Takizawa5 ,Kazuyuki Shinohara2, Shigenobu Shibata1*
(青山晋也1,2#、金鉉基1#、高橋将記3、田原優1、榛葉繁紀4、廣岡里菜5、田中瑞穂5、下田武尊5、千々木華子5、小島修一5、佐々木啓佑5、高橋健吾5、牧野真之5、滝澤美紅5、篠原一之2、柴田重信1*

所属機関名:
1:早稲田大学 理工学術院
2:長崎大学 医学部 神経機能学
3:東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院
4:日本大学 薬学部
5:早稲田大学 大学院先進理工学研究科

# 筆頭著者、*責任著者

掲載日(東部時間):2021年7月6日(火)AM 11時
掲載日(日本時間):2021年7月7日(水)AM 1時
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.109336

電池材料粒子内部の高分解可視化

著者: contributor
2021年7月8日 11:24

電池材料粒子内部の高精細な可視化に成功

多次元イメージング計測とデータ科学の連携

【発表のポイント】

  • 電池材料など複雑・不均一な内部構造を分析するナノ顕微鏡や化学分析ツールが求められている
  • リチウム電池正極活物質粒子内部の化学状態を高分解可視化
  • 放射光計測データのデータクラスタリングにより構造の抽出・分類に成功
  • 先端材料のナノ機能分析の効率化に期待

【概要】

電池材料などとして使われる、内部構造が複雑な先端材料の働きについては未だ不明な点が多く、内部の形状だけでなく化学状態を高解像で可視化するツールの確立が急務です。東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 石黒志助教(理化学研究所放射光科学研究センター 客員研究員)、高橋幸生教授(理化学研究所放射光科学研究センター チームリーダー)、東北大学大学院工学研究科 上松英司大学院生(理化学研究所放射光科学研究センター 研修生)、早稲田大学 大久保將史教授、産業技術総合研究所 細野英司博士、北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 ダム ヒョウ チ教授らの共同研究グループは、リチウム電池正極材料の一つであるニッケル−マンガン酸リチウム粒子の1粒に対して、2次元空間での試料の高空間分解能化学状態可視化技術である「タイコグラフィ-XAFS法」[1][2] 測定を大型放射光施設「SPring-8」[3] で行い、計測データを粒子内部のマンガンとニッケルの元素分布や価数分布のデータマイニングと連携させることで、粒子内部の複数の不均一な構造の可視化に成功しました。

本研究成果は今後、さまざまな先端機能性材料のナノ構造・化学状態分析に応用されるものと期待できます。

本研究成果は、米国現地時間令和3年6月17日に、学術専門誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」のオンライン版に掲載されました。

【詳細な説明】

背景

近年、電池材料などに使われている先端機能性材料は、ますます複雑化しています。一方、実動中に「材料の働きが隅々まで行き渡っているのか?」、「一部しか働いていないのではないか?」、「どこから劣化しているのか?」などという問いについては、特にナノスケールの領域で未だに多くの事象がブラックボックスとなっています。リチウム電池正極材料も粒子レベルで形状・組成・構造を均一に合成できるわけでなく、電池としての働きは本質的に不均一であり未知な部分も多くあります。より高性能・高効率な材料開発のためには、材料の構造・機能の関係性を試料内部深くまで高解像で明らかにする手法が望まれています。

放射光X線計測は電子顕微鏡よりも厚い試料の内部まで観察できることに強みがあります。その中でもX線の可干渉性(コヒーレンス)[4] を利用したイメージング技術であるX線タイコグラフィは、非常に高い空間分解能と感度を実現できる次世代のX線顕微法であり、放射光施設を中心に利用法の研究が進められています。これまで共同研究グループはX線タイコグラフィ法に、X線吸収分光分析法であるX線吸収微細構造(XAFS)を組み合わせた「タイコグラフィ−XAFS法」の開発を行い、数十 nmオーダーの空間分解能により、不均一な試料中の微小領域の化学状態を調べられるようになりました。更に近年、計測は飛躍的に高分解能・高次元化され、得られる情報量が爆発的に増えてきており、高度情報処理との連携が必要不可欠になってきています。

 本研究の成果

本研究では、共同研究グループがこれまでに開発を推し進めてきた「タイコグラフィ−XAFS法」をリチウム電池正極活物質であるスピネル型ニッケル−マンガン酸リチウム(LNMO)粒子に適用し、データマイニングの手法を駆使して、不均一な内部構造の可視化を検討しました。スピネル型LNMOは高いエネルギー密度と作動電圧を有する正極活物質として注目されています。しかし、充放電サイクルに伴う性能劣化が実用化への大きな課題となっており、その主要因としてLNMO粒子内部のナノスケールでの組成・価数等の不均一性が関連すると予想されています。「タイコグラフィ−XAFS法」によるスピネル型LNMO粒子の観察は、大型放射光施設SPring-8の理研ビームラインBL29XUで行いました。Ni及びMnの2元素の各K殻吸収端近傍のX線エネルギー点で、LNMO粒子を2次元走査しながら回折パターンを測定し、位相回復計算を実行することで、Ni及びMnの各K殻吸収端でそれぞれ80 nm、60 nmの空間分解能の再構成振幅・位相画像と対応するXAFS及び位相スペクトルを得ることに成功しました。再構成画像から得られるXAFS及び位相スペクトルを分析することで、Ni及びMnの元素組成比分布や価数分布粒子全体の電子密度分布を得ることができます。

これらの各化学状態パラメータの空間分布は、LNMO粒子内に組成・化学状態に複数の要素が不均一に分布していることを示唆するものです。この結果を踏まえて、これらのパラメータ間の相関性を分類抽出する目的で、データクラスタリング[5]を用いて調べたところ、統計的に3つの相関性分布G1,G2,G3にグループ分けすることができました。G1,G2,G3各グループのもつ相関関係を注視すると、それぞれ規則型、不規則型、不純物相と予想される構造分布をもち、主成分であるG1粒子中心部、その他は粒子が外郭部に分布する傾向があるということが示唆されました。

今後の期待

本研究成果は現状では、測定粒子は電池として働く前の止まった状態ですが、次の段階として正極活物質粒子が実際に電池として働いている“その場(オペランド)”でのタイコグラフィ-XAFS計測・データクラスタリングへと展開することで、データ解析の力を駆動力にして、充放電過程での動的な化学反応においても、主反応・副反応などを分類することが可能になると予想されます。タイコグラフィXAFS計測は、次世代放射光施設での光源性能の向上の恩恵を最大級に受ける測定技術であるので、今後、更なる計測時間の短縮化・空間分解能の向上・オペランド計測の普及・高度化が見込めます。それに伴い、計測から得られる情報量が爆発的に増加します。その結果、データマイニングなど高度情報処理の積極的な活用により、電池・触媒など先端材料の機能の根源がより効率的に理解され、設計・開発が促進されるものと期待できます。

 【謝辞】

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号 18H05253, 19H05814, 19H05815, 19H05816, 20K15375)及び文部科学省「人・環境と物質を繋ぐイノベーション創出ダイナミックアライアンス」プロジェクトの支援を受けたものです。

【論文情報】

タイトル:Visualization of Structural Heterogeneities in Particles of Lithium Nickel Manganese Oxide Cathode Materials by Ptychographic X-ray Absorption Fine Structure

著者:Hideshi Uematsu, Nozomu Ishiguro*, Masaki Abe, Shuntaro Takazawa, Jungmin Kang, Eiji Hosono, Nguyen Duong Nguyen, Hieu Chi Dam, Masashi Okubo, Yukio Takahashi

掲載誌:The Journal of Physical Chemistry Letters

DOI:10.1021/acs.jpclett.1c01445

筆頭著者:上松英司(東北大学 大学院工学研究科 金属フロンティア工学専攻 修士2年・東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター・東北大学多元物質科学研究所)

責任著者:石黒 志(東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター・東北大学多元物質科学研究所)

【用語説明】

[1] X線タイコグラフィ

コヒーレントX線回折イメージング手法の一つ。X線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点からのコヒーレント回折パターンを測定する。そして、回折パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する手法。

[2] X線吸収微細構造(XAFS)

X線吸収スペクトルの吸収端付近にみられる固有の構造。XAFSの解析によって、X線吸収原子の電子状態やその周辺構造などの情報を得ることができる。XAFSは、X-ray Absorption Fine Structureの略。

[3] 大型放射光施設「SPring-8」

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

[4] 可干渉性(コヒーレンス)

波と波が重なり合うとき、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質。

[5] データクラスタリング

機械学習・データマイニング手法の一つ。「教師なし学習」に分類され、多数のデータ群{xi}から、出力結果yを未知のまま、その背後に存在する本質的な相関性を分類する解析手法であり、未知の事象の存在を予測するのに力を発揮する。

「公開講演会 環境資源未来塾(2021年度第2回)」(2021/7/28)

著者: staff
2021年7月7日 15:18

演題:公開講演会 環境資源未来塾(2021年度第2回)

日時:2021年7月28日(水)10:00-12:00

会場:Zoomによるオンライン講演会(後日URLをお送りいたします)

講師:細野 高啓(熊本大学 大学院先端科学研究部 准教授)
高橋 史武(東京工業大学 准教授)

対象:学部生、大学院生、教職員、一般の方

参加方法:参加無料、事前申込制

事前申込先:https://forms.gle/pRdgSW9onqrdh3aw7
上記URL入力フォームにて、「お名前」「所属」「メールアドレス」「講演会参加の目的」を入力してお申し込み下さい。
早稲田大学の学生は、学籍番号もご記入下さい。

申込締切:2021年7月21日(水) 15:00

主催:創造理工学部 環境資源工学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

7月度予約受付中【全学年対象】卒業生とのトークセッション

著者: staff
2021年7月2日 19:47

7月度予約受付中

2021年 6月~12 月、早稲田大学の卒業生が活躍する企業から、
毎月数社厳選し完全オンラインのトークセッションを実施します。
先輩社員が各月のトークテーマに沿って企業概要や仕事の内容などをお伝えし、
座談会では直接の会話や質問もできます。
ぜひ積極的に参加して、自身の仕事研究に生かすだけでなく、
今後のキャリアのことを考えるきっかけにしましょう。

《参加にあたってのお願い》
イベント参加にあたって、事前にZoomを最新版に更新していただくようお願い致します。
更新されていない場合、ブレイクアウトルーム間の自由移動ができない場合があります。

【7月度】

■日程:2021年7月1日(木)2日(金)8日(木)9日(金)16日(金)

■時間:各日12:15-13:15

■テーマ:【ベンチャー】【地方創生】【大手と中小】【グローバル】

■登壇予定企業(五十音順): ※登壇日は上記フライヤーを参照

茨城いすゞ自動車、東京ガス

アイシン、スズキ、データビズラボ

タムラ製作所グループ、ブラザー工業、北海道ガス

ココナラ、ベスト学院、万田発酵

キャリア・マム、スタイレム瀧定大阪、日本旅行東北

■参加方法:下記イベント特設ページより、事前予約が出来ます。
https://job.mynavi.jp/conts/2023/tv/special/wasedauniv-talksession/(定員有)

 

 

【過去実施分】

6月度

 

 

 

 

 

 

【イベント内容に関するお問い合わせ】

早稲田大学キャリアセンター:career#list.waseda.jp(#を@に置き換えてください。)

7月度予約受付中【全学年対象】卒業生とのトークセッション

著者: contributor
2021年7月2日 19:38

7月度予約受付中

2021年 6月~12 月、早稲田大学の卒業生が活躍する企業から、
毎月数社厳選し完全オンラインのトークセッションを実施します。
先輩社員が各月のトークテーマに沿って企業概要や仕事の内容などをお伝えし、
座談会では直接の会話や質問もできます。
ぜひ積極的に参加して、自身の仕事研究に生かすだけでなく、
今後のキャリアのことを考えるきっかけにしましょう。

《参加にあたってのお願い》
イベント参加にあたって、事前にZoomを最新版に更新していただくようお願い致します。
更新されていない場合、ブレイクアウトルーム間の自由移動ができない場合があります。

【7月度】

■日程:2021年7月1日(木)2日(金)8日(木)9日(金)16日(金)

■時間:各日12:15-13:15

■テーマ:【ベンチャー】【地方創生】【大手と中小】【グローバル】

■登壇予定企業(五十音順): ※登壇日は上記フライヤーを参照

茨城いすゞ自動車、東京ガス

アイシン、スズキ、データビズラボ

タムラ製作所グループ、ブラザー工業、北海道ガス

ココナラ、ベスト学院、万田発酵

キャリア・マム、スタイレム瀧定大阪、日本旅行東北

■参加方法:下記イベント特設ページより、事前予約が出来ます。
https://job.mynavi.jp/conts/2023/tv/special/wasedauniv-talksession/(定員有)

 

 

【過去実施分】

6月度

 

 

 

 

 

 

【イベント内容に関するお問い合わせ】

早稲田大学キャリアセンター:career#list.waseda.jp(#を@に置き換えてください。)

悪臭問題を解決できるスルフィド合成

著者: contributor
2021年6月29日 14:40

悪臭問題に解決策 芳香環交換反応を利用したスルフィド合成法の開発
~独自の金属触媒でスルフィド類の芳香環を付け替える~

発表のポイント

  • 芳香環交換反応により芳香族スルフィド部位を他の芳香族化合物に移動させることに成功。
  • 独自に開発した金属触媒を用いて幅広い芳香族スルフィド化合物の合成を実現。
  • 悪臭の原因となるチオール類を用いない、新たなスルフィド合成法を提供。

早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、独自に開発した金属触媒により、芳香環※1のスルフィド部位を異なる芳香環へと移動させるスルフィド合成法の開発に成功しました。

芳香族スルフィド※2は医農薬、有機材料に頻出する重要化合物です。これまで芳香族スルフィドをつくる場合、「強烈な悪臭を発するチオール※3」をスルフィド化剤として使用する手法が一般的でした。その悪臭、毒性からチオールの使用、保管に際しては特別な排気設備や周囲環境への配慮など細心の注意を払う必要があります。そのためチオールを用いない芳香族スルフィド合成法が求められていました。

今回の研究では、独自に開発したニッケル触媒(Ni/dcypt)と芳香環交換反応※4という概念を用いて、新たな芳香族スルフィド合成法の開発に成功しました。取扱いが容易な無臭の芳香族スルフィドをスルフィド化剤として使おうというユニークな発想のもとに生まれた新反応です。

今回の研究により、医薬品などを含む40種類以上の化合物を様々な芳香族スルフィドに変換可能であることが分かっており、悪臭問題を解決できる斬新な芳香族スルフィド合成法を提供することとなります。

本研究成果は、アメリカ化学会『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に2021年6月28日(月)(現地時間)に掲載されました。

論文名:Ni-Catalyzed Aryl Sulfide Synthesis through an Aryl Exchange Reaction (ニッケル触媒による芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィド合成)

(1)これまでの研究で分かっていたこと

芳香族スルフィドは医薬品や農薬、有機材料といった有用化合物に頻出する重要化合物です。これらの芳香族スルフィド化合物はチオール類を用いたSN2反応※5やクロスカップリング反応※6など様々な手法で合成できます。これらは信頼性の高い手法であるもののチオール類は高い毒性や悪臭を有する化合物であり、取扱いに際し、特別な排気設備や周囲環境への配慮が必要といった課題が残されていました。さらに、これらの反応の多くは塩基を必要とするため適用可能な化合物にも制限がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科博士後期課程3年一色遼大さん、同1年黒澤美樹さん、高等研究所武藤慶講師、理工学術院山口潤一郎教授)は芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィドの新たな合成法の開発に挑戦しました。

研究グループ 前左:一色遼大さん 前右:黒澤美樹さん 後左:山口潤一郎教授 後右:武藤慶講師

今回見出したスルフィド合成法により40種類以上の化合物を様々な芳香族スルフィドに変換可能であることが分かりました。複雑な構造を有する医薬品候補化合物を変換することも可能であり、新たな医薬品候補化合物を簡便に提供することにも成功しています。悪臭問題を解決するのみならず、これまでのスルフィド合成法で必須であった塩基を用いる必要がないため、比較的温和な条件で進行します。また詳細な機構解明研究により、この新形式反応の反応機構が明らかとなりました。

(3)そのために新しく開発した手法

本研究グループは2020年2月に、芳香環交換反応を利用した世界初のエステル合成法の開発に成功しました (参照: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.0c00291)。

今回、この芳香環交換反応で得られた知見を応用すれば、チオールを用いないスルフィド合成が実現できると考えました。膨大な反応条件検討の結果、研究室で開発したニッケル触媒(Ni/dcypt)を用い、ピリジルスルフィドをスルフィド化剤とすることで種々の芳香族化合物(芳香族エステル、フェノール誘導体、芳香族ハロゲン化物)との芳香環交換反応が進行し新たな芳香族スルフィドが生成することを見出しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回開発したスルフィド合成法はチオールを使用しないため、その悪臭や毒性問題を解決できます。また、安価で容易に入手可能な様々な芳香族化合物を変換することができ、医薬品化合物の直接変換にも利用することができます。環境調和に優れた芳香族エステルやフェノール誘導体を原料にできる点や、調製や取扱いが容易なピリジルスルフィドをスルフィド化剤にできる点から研究室スケールはもちろん、工業規模での応用も期待できます。

(5)今後の課題

適用可能な化合物も多く非常にユニークな方法であるものの、反応に高温を必要とすることが今後の課題です。反応はまだ発見されたばかりであるため、今後、より綿密な触媒改変、反応条件の検討により、これらの課題を克服したいと考えています。

(6)研究者のコメント

安価に得られる芳香族化合物を有用化合物に変換する新奇反応の開発を継続して行ってきました。3つの新しい反応形式を開発し、その1つがこの芳香環交換反応です。すでに反応のコンセプトは昨年報告することができましたが、有用化合物に変換するという課題を乗り越えたのが本研究の成果となります。一色さん、黒澤さんの活躍がなければこの考えを実現するには至りませんでした。今後も、あっと驚くような高難度有機反応を開発していきたいと考えています。

(7)用語解説

※1 芳香環
ベンゼン環をもつ環状構造。これらをもつ有機化合物を芳香族化合物という。芳香族化合物は特有の香りを発する。

※2 芳香族スルフィド
芳香環にメルカプト基(SR)がついたもの。医農薬や機能性材料に用いられる。

※3 チオール
末端に水素化された硫黄をもつ有機化合物(HSR)。悪臭をもつ。

※4 芳香環交換反応
2種類以上の芳香環(アリール)を交換すること。概念は単純ではあるが、実際は互いの芳香環を同時に反応させることができる触媒が必要である。

※5 SN2反応
有機化学における一般的な反応形式の一つ。二つの化合物が結合の切断を伴いながら新たな結合を作り出す反応。

※6 クロスカップリング反応
金属触媒を用いて二種類の化合物を連結させる反応。2010年のノーベル化学賞にも選ばれている。

(8)論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Ni-Catalyzed Aryl Sulfide Synthesis through an Aryl Exchange Reaction (ニッケル触媒による芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィド合成)
著者:Ryota Isshiki, Miki B. Kurosawa, Kei Muto, and Junichiro Yamaguchi(一色遼大、黒澤美樹、武藤慶山口潤一郎
掲載日(現地時間):2021年6月28日(月)
DOI:10.1021/jacs.1c04215
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.1c04215

❌