ノーマルビュー

世界初 テラヘルツ波信号を分配・送信

著者: contributor
2023年5月16日 11:05

世界初、大容量テラヘルツ波信号を光ファイバ無線技術で異なるアクセスポイントに分配・送信する技術を実現

Beyond 5G時代の無線システム社会実装に向けて 途切れることのない通信や省エネルギー化に期待~

【ポイント】

大容量テラヘルツ波信号を異なるアクセスポイントへ透過的に分配・送信することに世界で初めて成功
新規開発のテラヘルツ波-光変換デバイスと光ファイバ無線技術で、毎秒32ギガビットの大容量光アクセス通信を実証
 光・電波融合技術が可能にするテラヘルツ波Beyond 5Gネットワークへの重要な一歩

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)、住友大阪セメント株式会社(住友大阪セメント、代表取締役 取締役社長: 諸橋 央典)、国立大学法人名古屋工業大学(名古屋工業大、学長: 木下 隆利)及び学校法人早稲田大学(早稲田大、理事長: 田中 愛治)は共同で、テラヘルツ波となる285ギガヘルツの周波数帯で毎秒32ギガビットの大容量テラヘルツ波無線信号を異なるアクセスポイントへ透過的に分配・送信*1するシステムの実証に世界で初めて成功しました。

これを可能にしたのは、新規開発のテラヘルツ波-光変換デバイスと光ファイバ無線技術*2です。今回開発したシステムは、テラヘルツ波帯の電波のデメリットとされる「遠くに届きにくい、広い範囲をカバーしにくい」といった課題を克服することができ、無線信号のカバー範囲を拡大し、Beyond 5Gネットワークにおけるテラヘルツ波通信の展開に道を開くことができます。

本実験結果の論文は、光ファイバ通信国際会議(OFC 2023)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2023年3月9日(木)に発表しました。

※本研究成果における早稲田大学代表研究者は、理工学術院、川西哲也教授です。

【背景】

テラヘルツ波通信は、Beyond 5Gネットワークのアクセスポイントで超高速データレートを得るための有力な候補です。しかし、テラヘルツ波の信号は、第5世代移動通信システム(5G)で使用されているマイクロ波帯やミリ波帯の信号に比べ、伝搬損失*3が非常に大きいため、長距離の送信や屋外から屋内など、障害物のある環境での通信が困難となります。また、テラヘルツ波帯の電波はカバー範囲が狭いため、ユーザーの移動がある場合、途切れなく通信を実現することが困難です。このような課題を克服するためには、テラヘルツ波信号を透過的に分配・送信することが重要ですが、これまでこれらを効率よく実現する技術はありませんでした。

【今回の成果】

今回、NICT、住友大阪セメント、名古屋工業大及び早稲田大は共同で、テラヘルツ波信号を光信号に変換し、様々なアクセスポイントに透過的に分配・送信する技術を確立することに世界で初めて成功しました。

要素技術の一つ目は、共同開発した、テラヘルツ波を光信号に変換するテラヘルツ波-光変換デバイスで、強誘電体電気光学結晶(ニオブ酸リチウム)を利用した高速光変調器*4です(図1参照)。結晶の厚さを従来比5分の1以下である100マイクロメートル以下とすることで、285ギガヘルツのテラヘルツ波にも対応可能な高速性を実現しました。

二つ目は光ファイバ無線技術で、テラヘルツ波信号の行き先を変更できる機能を付加した点です。テラヘルツ波信号を搬送するために、波長可変レーザにより生成した異なる波長のレーザ光を用い、波長を切り替えることで、テラヘルツ波信号をスムーズに切替え可能にしました。これにより、特定の波長が割り当てられた異なるアクセスポイントすなわちユーザーの位置に応じて配信することが可能になります。

これらの開発技術を組み合わせることで、4QAM変調*5で毎秒32ギガビットの大容量テラヘルツ波信号を直接光信号に変換し、異なるアクセスポイントに分配・送信する伝送システムの構築・実証に成功しました。また、テラヘルツ波の信号を10マイクロ秒以下という極めて短い時間で切り替えることができる可能性を示しました。

本成果を応用することにより、テラヘルツ波信号をあるアクセスポイントから他のアクセスポイントへ透過的に伝送することが可能となります。また、アクセスポイント間のテラヘルツ波信号の経路制御や切替えを行うことで、途切れることのない通信や省エネルギー化が期待されます。

【今後の展望】

今後は、今回確立したテラヘルツ波-光変換デバイスと光ファイバ無線技術を活用し、Beyond 5G時代の無線システムに向けた更なる高周波化、高速化及び低消費電力化を目指した技術検討を進めていきます。また、技術検討と並行し、国際標準化活動並びに社会展開活動を推進していきます。

なお、本実験結果の論文は、光ファイバ通信分野における世界最大の国際会議の一つである光ファイバ通信国際会議(OFC 2023、3月5日(日)~3月9日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間3月9日(木)に発表しました。

<役割分担>

NICT: 光・無線直接伝送技術の設計・技術開発・実証実験・標準化活動
住友大阪セメント: 無線信号を光信号へ変換するデバイス、高速光変調器の設計・技術開発・標準化活動
名古屋工業大学: 光局発信号発生器、光ファイバ無線技術の研究開発
早稲田大学: 光ファイバ無線技術の研究開発

<採択論文>

国際会議: 第46回光ファイバ通信国際会議(OFC 2023) 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: Transparent Relay and Switching of THz-wave Signals in 285-GHz Band Using Photonic Technology
著者名: Pham Tien Dat, Yuya Yamaguchi, Keizo Inagaki, Shingo Takano, Shotaro Hirata, Junichiro Ichikawa, Ryo Shimizu, Isao Morohashi, Yuki Yoshida, Atsushi Kanno, Naokatsu Yamamoto, Tetsuya Kawanishi, Kouichi Akahane

<用語解説>

*1 透過的に分配・送信

テラヘルツ波が遮られる壁などの遮蔽物があった場合、その場所でテラヘルツ波を光信号に変換し、光ファイバで伝送した後に再度テラヘルツ波に変換することで、テラヘルツ波が遮蔽物を透過したと考えてシステムを構築することができる。このためには、光信号とテラヘルツ信号を何度も行き来できる多段のRoF*2システムを簡便な構成で構築することが必要である。

*2 光ファイバ無線(RoF: Radio over Fiber

無線信号で光信号を変調することで、無線信号を直接光ファイバで伝送する技術。携帯電話や地上デジタル放送の電波不感地帯対策で既に利用されている。
NICTでは、本技術と高速受光デバイスを利用し、空港滑走路上の異物を検知するレーダーシステムや高速鉄道へミリ波信号を送り届けるシステムの実現を報告してきた。

過去のNICTの報道発表

・2021年7月15日 ミリ波無線受信機を簡素化する光・無線直接伝送技術の実証成功
https://www.nict.go.jp/press/2021/07/15-1.html

・2018年4月26日 時速500kmでも接続が切れないネットワークの実現に目途
https://www.nict.go.jp/press/2018/04/26-2.html

*3 伝搬損失

電波が大気中を進む際、空気や空気中の水分などにより、吸収されたり、散乱されたりする。これにより、電波の強度は徐々に弱くなる。これを伝搬損失と呼ぶ。

*4 光変調器

入力した電気信号を光信号に重畳するデバイス。基幹光ファイバ通信等で利用されている。デジタルデータ信号だけでなく、無線信号等を光信号へ変換する際にも用いられている。
今回は、強誘電体電気光学材料(ニオブ酸リチウム)を薄くし、電極構造を最適化することで、285ギガヘルツの光・無線変換が可能な高速性を実現した。

*5 直交振幅変調(QAM: Quadrature Amplitude Modulation

光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種。On-Off Keying(OOK)と呼ばれるOnとOffの2つの状態(1ビット)で情報(21=2通り)を示す方式に対して、4QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点が4個で、1シンボルで2ビットの情報(22=4通り)が伝送でき、同じ時間でOOK方式の2倍の情報が伝送できる。

 


補足資料

1. 今回開発したシステムの基本構成

図4は、今回開発した伝送システムの概略図を表しています。

下記の手順により、285ギガヘルツ・毎秒32ギガビットのテラヘルツ波無線信号伝送を実現しました。

(1)光ファイバ無線信号送信機

275.2ギガヘルツの周波数間隔を持つ2波長を用い、一方の波長は9.8ギガヘルツの信号で変調し、もう一方は無変調とした。変調された信号と変調されていない信号を再結合し、周波数間隔285ギガヘルツ(=275.2+9.8ギガヘルツ)のRoF信号を生成した(図4 (1)の右上の図参照)。

(2)テラヘルツ波無線送信機

光ファイバを伝送後、テラヘルツ波変換部にて、高速光検出器をベースとした光電変換器により、RoF信号から285ギガヘルツのテラヘルツ波信号へ変換し、パワーアンプで増幅した。

(3)中継ノード

受信した信号は、RFプローブを用いて、新たに開発した高速光変調器に接続し、光信号に変換した。テラヘルツ波信号の変調と切替えには、制御回路を備えた波長可変レーザを使用した。変調された信号は増幅され、波長ルータに接続され、異なるアクセスポイントに転送された。

(4)アクセスポイント

受信した光信号は、別の高速フォトダイオードに入力され、再び285ギガヘルツのテラヘルツ波信号に変換された。この信号を増幅し、48 dBiのレンズアンテナで自由空間へ送信した。

(5)テラヘルツ波信号受信機

約5 m伝送した後、別のレンズアンテナで受信し、増幅した後、サブハーモニックミキサで10.2ギガヘルツに下方周波数変換した。最後に、信号を増幅してリアルタイムオシロスコープに送り、オフラインで復調した。

2. 実験結果

図5の実験結果のグラフは、異なる波長で送られてきた信号の誤り率を示しています。ビットレートが上がると誤り率が上がりますが、毎秒32ギガビットまではデータ伝送可能であることが示されました。誤り訂正前のエラーベクトル振幅値(EVM: Error Vector Magnitude、伝送誤りに相当)で、4QAMにおいては、オーバーヘッド20%で帯域幅32ギガビットに相当します。

(b)は、受信時の4QAM信号で、4つのシンボルがはっきり見えるほど信号品質が良い(エラー訂正が少なくて済む)ことになります。

(c)は、テラヘルツ信号の切替えを行っているところを可視化した図で、横軸が時間、縦軸が信号強度になります。途中くぼんでいる部分が切替えを行っているところ(データが止まっているところ)ですが、テラヘルツ波信号の切替えを10マイクロ秒以下で行える可能性を示しました。

銀河宇宙線ヘリウム 高精度観測に成功

著者: contributor
2023年5月9日 15:05

銀河宇宙線のヘリウム成分を250テラ電子ボルトまで直接観測に成功
30テラ電子ボルト以上でスペクトル軟化の兆候を検出

国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟搭載高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)による測定

発表のポイント

国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、銀河宇宙線の一つであるヘリウムのエネルギースペクトルを250テラ電子ボルトまで高精度に観測することに成功し、30テラ電子ボルト以上でエネルギー軟化の兆候を検出しました。
陽子とヘリウムは核子当たりのエネルギーで60テラ電子ボルトまで、スペクトルの冪の変化においては同様な構造を持つことがわかりました。
一方で、冪の傾きが陽子とヘリウムでは異なっていることから高エネルギー領域では何か異なる加速・伝播機構がある可能性が生じたため、その理論的な検証が求められています。

早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員 小林兼好(こばやしかずよし)早稲田大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居祥二(とりいしょうじ)、シエナ大学研究員 Paolo Brogi、と宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関、イタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)は、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(以下、CALET*1:高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、銀河宇宙線*2のヘリウムのエネルギースペクトル*3を250テラ電子ボルトまで高精度に観測し、30テラ電子ボルト*4以上の領域でエネルギースペクトル軟化*5の兆候を観測しました。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』に、“Direct Measurement of the Cosmic-Ray Helium Spectrum from 40 GeV to 250 TeV with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station”として、2023年4月27日(木)<現地時間>にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

宇宙線は星の進化の過程で生成された元素が、特にその最終段階で超新星爆発などにより宇宙空間にばら撒かれ、超新星残骸で生成された衝撃波によって加速されると考えられています*6。しかし、この衝撃波加速やその後の宇宙空間への拡散などについては、まだまだ不明な部分が多く、その解明には宇宙線諸成分のエネルギースペクトルの高精度観測が不可欠です。

宇宙線の生成、加速、伝搬過程は「超新星残骸における衝撃波によって加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出す」という”標準モデル”による理解が進められてきました。このモデルでは、地球で観測される宇宙線スペクトルの形状は単調な冪(べき)型のスペクトル*7が予測されます。しかし、この予測に反する数100ギガ電子ボルトにおけるスペクトルの単一冪からのズレとして、宇宙線の主成分である陽子やいくつかの原子核についてはテラ電子ボルト領域に至る漸次的な「スペクトル硬化*8」が報告されています。これは”標準モデル”では理解できない結果であり、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、その解釈をめぐって現在活発な研究が繰り広げられています。

「きぼう」で定常観測を継続するCALETはこれまでの実験に比べ、高精度なエネルギースペクトルの直接観測に成功してきました*9。既に陽子を始め、ホウ素、炭素、酸素でスペクトル硬化を報告しており、スペクトル硬化の高精度観測に注目が集まっています。さらに陽子ではエネルギーのより高い領域で「スペクトル軟化」も観測され、昨年発表しました。

近年の目覚ましい発展により明らかになってきた、エックス線やガンマ線を含む宇宙における高エネルギー放射の最終的な理解には、その源となっている荷電宇宙線の理解が必須となります。これは、電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトルが主に、黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速と伝播が隠されているためです。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

陽子ではエネルギーの高い領域で新たにスペクトル軟化が観測されましたが、陽子固有の現象なのか、スペクトル硬化のように複数の原子核で共通の現象なのか、陽子の次に重い原子核、ヘリウムにも同様にスペクトル軟化の傾向があるのかが注目されています。2021年にはDAMPE(DArk Matter Particle Explore)*10実験によりヘリウムのテラ電子ボルト領域に至る漸次的なスペクトル硬化および30テラ電子ボルト付近からスペクトル軟化の兆候が報告されました。そこで今回我々はヘリウムの高精度解析を行い、40ギガ電子ボルトから250テラ電子ボルト*2と、DAMPE実験が観測した80テラ電子ボルトよりも高いエネルギー領域まで、宇宙線ヘリウムスペクトル*3、4の高精度直接観測に成功しました。

CALETによって科学観測を開始した2015年10月13日から2022年4月30日までのデータを用いて、測定されたヘリウムのエネルギースペクトルを図1に示しました(赤点)。灰色のバンドはCALETの観測に伴う現時点での系統誤差を含む全誤差です。青色で示したDAMPE実験とは絶対値も誤差の範囲内で一致しています。さらにDAMPE実験が観測した80テラ電子ボルトよりも高い、250テラ電子ボルトまでスペクトル軟化の傾向が続いていることを明らかにしました。

図2では昨年発表した陽子のデータを用い、陽子とヘリウムの比の核子当たりのエネルギースペクトルを示しました(赤点)。先行実験から大幅に誤差を縮小し、傾きが大きく変わることなく核子当たり60テラ電子ボルトを超える領域まで続くことがわかりました。また、図からわかるように、エネルギーの増大とともに陽子に対するヘリウム割合が増えていることがわかります。”標準モデル”からは変化しないことが予測されることから、陽子とヘリウムには高エネルギー領域では何か異なる加速・伝播機構があるということを示唆しており、今後に理論的な検証が必要な課題となっています。

(3)そのために新しく開発した手法

CALET は世界で初めて宇宙機に搭載された宇宙線シャワーを可視化できるカロリメータ型の観測装置です。これまでは磁石を採用したマグネットスペクトロメータ型のPAMELA とAMS-02 が、電荷の正負の判定による反粒子を含む観測に現在成果を挙げていますが、カロリメータ型装置は、電荷の正負の判定ができないものの、よりエネルギーの高いテラ電子ボルト以上まで可能です。CALETはこれまで高精度観測が困難で未開拓な領域であったテラ電子ボルト領域での観測を行い、ヘリウムのスペクトル軟化兆候を得ることができました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究グループによる今回の成果は、CALETが昨年発表した宇宙線の主成分である陽子の10テラ電子ボルト以上でのスペクトルの軟化に続き、ヘリウムでもスペクトルの軟化が起こっている兆候を観測しました。陽子とヘリウムは核子当たりのエネルギーで250テラ電子ボルトまで、スペクトルの冪の変化においては同様な構造を持つことがわかりました。スペクトルの軟化が何らかの共通の原因で陽子とヘリウムで起こっており、今後、宇宙線の加速・伝搬機構の議論が活発化することが予想されます。

(5)今後の課題

スペクトル硬化の現象はこれで陽子、ヘリウム、ホウ素、炭素、酸素で観測されました。これまでの宇宙線加速・伝播機構の理論的解釈では、”標準モデル”により説明することが難しく、新たな加速もしくは伝播機構による解明が急がれています。今のところCALETでは酸素より重い原子核である、鉄、ニッケルでは観測されておらず、より高いエネルギー領域でスペクトル硬化が起こるのか、検証を進めてきます。

一方で、陽子、ヘリウムのスペクトル軟化の1つの解釈として、”標準モデル”による超新星残骸における衝撃波加速は、電荷に比例した加速限界を予見します。超新星残骸で達成可能な最高エネルギーは典型的に、陽子で60テラ電子ボルト、ヘリウムで120テラ電子ボルトと見積られています。一方で地上観測実験により3ペタ電子ボルト付近でスペクトル軟化(スペクトルの形状が足の膝に似ているので、ニー:Kneeと呼ばれている。) が測定されています。これは超新星残骸での衝撃波加速が限界を迎え、宇宙線組成が電荷に比例して軽原子核からより重原子核へシフトすることによる構造と考えられています。地上観測実験では粒子の判別が困難なため、上記の超新星残骸モデルの検証には、陽子、ヘリウムを始めとする原子核の系統的なスペクトル軟化を宇宙空間で計測するCALETによる観測は決定的な役割を果たすことができます。

CALETは今後、さらにデータを蓄積し、また高エネルギー側での系統誤差を減らすことにより、酸素よりも重い重原子核成分の核子あたり10テラ電子ボルト付近でのエネルギー硬化、また核子あたり10テラ電子ボルトを超えるエネルギー領域の陽子・ヘリウムスペクトル軟化を高精度に決定することで、さらなる宇宙線加速、伝搬機構の検証を目指します。

(6)研究者のコメント

本研究で観測しているエネルギー領域の宇宙線は超新星爆発が起因で、地球に届く過程で加速、伝搬が起こり地球にたどり着くため、宇宙線を観測すると宇宙の多くのことがわかります。CALETでの観測で電子、陽子、今回のヘリウムを始めさまざまな原子核でのスペクトルを解明してきました。これからも安定的な観測を続け宇宙の謎を解明していきたいと考えています。

(7)用語解説

1:CALET(高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)

2015年8月にISS・「きぼう」に搭載され、同年10月より宇宙線観測を開始した宇宙線電子望遠鏡「CALET」は、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験で、すでに7年以上安定的な観測を行っています。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置ですが、確実な電荷決定と広いエネルギー測定範囲により、陽子や原子核成分の観測にも強力な性能を有しています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測することになります。カロリメータは、図3のように3つの層からできています。

図3の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、入射粒子の電荷を測定します。第2の層(IMC)では、主に粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線についてかなり広範囲に理解することが可能と考えています。特に第三の層の厚さや使われている物質と信号の読み出し方法によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まります。CALETはとりわけこの点においてCALET以前の観測装置に比べて高い性能を保有しています。

2:宇宙線

宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは原子よりもさらに小さい陽子や電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。

3:スペクトル

本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7程度ですので、高いエネルギーになるにつれ急激に流束が減少します。

4:電子ボルト

エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルト、1015倍のペタ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。

5:スペクトル軟化

スペクトル硬化とは逆に、冪の絶対値が大きくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことを示します。

6:宇宙線加速

高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。

7: 冪型スペクトル

変数xに対しする分布関数がxα になる分布を、冪の値がαの冪関数型分布と呼びます。変数をエネルギー(E)にとった場合の流束の分布をエネルギースペクトルと言い、宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、Eγで表されます。冪の値はマイナスでγの値は2.7程度であるので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトルが主に、黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速と伝播が隠されているためです。

8:スペクトル硬化

冪の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が減っていくことを示します。

9:これまでのCALETによる宇宙線諸成分(電子、水素(陽子)、炭素、水素、鉄、ニッケルなど)の観測
10: DAMPE

中国科学院が2015年12月に打ち上げた宇宙線観測を目的とした初めての科学観測衛星。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review Letters 130, 171002, (2023)
論文名:Direct Measurement of the Cosmic-Ray Helium Spectrum from 40 GeV to 250 TeV with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
執筆者名(所属機関名):O. Adriani et al. (CALET Collaboration), Corresponding Authors: K. Kobayashi, P. Brogi
掲載日時(現地時間):2023年4月27日(木)
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.130.171002#fulltext
DOI10.1103/PhysRevLett.130.171002

(9)研究助成

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名:CALET長期観測による銀河宇宙線の期限解明と暗黒物質探索
研究代表者名(所属機関名):鳥居祥二(早稲田大学)

 

従来比1/17のサイズに-シリコン光回路

著者: contributor
2023年4月27日 14:46

低消費電力AIを実現するシリコン光回路を従来比17分の1のサイズにコンパクト化、AIの基本動作の実証に成功

株式会社KDDI総合研究所(本社:埼玉県ふじみ野市、代表取締役所長:中村 元)と学校法人早稲田大学(本部:東京都新宿区、理事長:田中 愛治、責任者:宇髙 勝之 教授)は、AIの低消費電力化と高速化の実現を目指し、従来比で約17分の1の面積の光AIアクセラレーター用シリコン光回路を試作し、時系列データの予測を行うことに成功しました。AIの活用は拡大の一途をたどっており、莫大な数のコンピューターが必要とされています。KDDI総合研究所と早稲田大学はさらなる研究開発を進め、低消費電力、高速な光AIアクセラレーターの実用化に向けた基盤技術の確立を目指していきます。

【背景】

自然な文章を生成するAIを使ったチャットボットが公開され、世界中の注目を集めています。このような最先端を走るAIを動作させるためには莫大な数のコンピューターが必要であり、消費電力の削減や処理の高速化が課題となっています。一般に用いられるAIは電子回路上で動作していますが、一部の演算を光回路に置き換える光AIアクセラレーターは、消費電力の削減に有効で、かつ学習や推論の高速化が可能なことから、研究開発が盛んになっています。

中でもシリコン上に形成した光回路は、電子回路や他の光素子との集積化が容易な上、小型化できると期待されています。一方で光アクセラレーターを実用化するには、大規模に集積しやすくする必要があり、より一層の小型化が求められています。

【今回の成果】

KDDI総合研究所と早稲田大学は、従来比で約17分の1の面積の光AIアクセラレーター用シリコン光回路を試作し、時系列データの予測を行うことに成功しました。シリコン上に光回路(面積:0.25mm×0.92mm)を試作し、性能比較のため標準的に用いられているタスクであるSanta Fe波形(注1)の予測をさせたところ、正解データと予測データの誤差が非常に小さく、その構造の有効性を示すことができました。

【回路面積縮小の工夫】

これまで研究されてきたシリコン上に形成した光回路では、AIのモデルの一つであるリザバーコンピューティング(注2)を動作させるために、現在の情報と過去の情報を混ぜ合わせる必要があり、以下のいずれかの構造を採用していました。

  1. 信号をネットワーク状に形成された光回路で何度も混ぜ合わせる構造

現在の情報と過去の情報が効果的に混ざるようなタイミングとするためにネットワークの節間の距離を確保する必要があり、素子面積が広くなる(16mm2)。ニューロン数(神経細胞数)を増やすとさらなる面積が必要。

  1. 長い渦巻き状マルチモード光導波路構造

進む速度が異なる光波が多数存在できるマルチモード光導波路の性質を利用して現在の情報と過去の情報とを混ぜ合わせるために長い(4cm程度)光導波路が必要とされる。渦巻き状に収容しても2mm ×2mm 程度の面積が必要。

今回の試作では、構造2に比べて導波路幅を2倍広くし、さらには蛇行状の導波路構造を採用して長さを調整することにより、短い導波路長でゆっくりと進む光波(高次モード)を多数発生させ、さらには信号の高速化することで現在の情報と過去の情報が十分に混ざり合うように設計しました。

なお、今回の成果は米国サンノゼで開催される光エレクトロニクス関連の総合的な国際学術会議CLEO2023(The Conference on Lasers and Electro-Optics)において採択され、2023年5月8日(現地時間)に発表します。

【今後の展望】

光AIアクセラレーターがさまざまなシーンで利用されるように、光回路の構造探索や規模拡大を進め、GPUベースのAIアクセラレーターに比べて10分の1の低消費電力、かつ高速な光AIチップの基盤技術の確立を目指します。

■ KDDI総合研究所の取り組み

KDDI総合研究所は、2030年を見据えた次世代社会構想「KDDI Accelerate 5.0」を策定し、その具体化に向け、イノベーションを生むためのエコシステムの醸成に必要と考えられる「将来像」と「テクノロジー」の両面についてBeyond 5G/6Gホワイトペーパーにまとめました。新たなライフスタイルの実現を目指し、7つのテクノロジーと、それらが密接に連携するオーケストレーション技術の研究開発を推進します。今回の成果は7つのテクノロジーの中の「ネットワーク」に該当します。

■ 早稲田大学の取り組み

早稲田大学では、現在全学でカーボンニュートラル社会を目指した研究教育体制の構築に取り組んでいます。その中で、一層進展する高度情報化社会のための低消費電力大容量ネットワーク技術と並んでAIなどの高度情報処理技術の高速化・低消費電力化が不可欠と考えており、シリコンフォトニクス集積回路(SiPIC: Si Photonic Integrated Circuits)を用いた光信号処理デバイス技術の検討と実証を目指しています。

 

(注1)1992年に米国のSanta Feで開催された時系列予測コンテストにおいて使用された時系列データで、不安定なレーザーから出力されたパワー変動を記録したもので、予測性能を評価するときに標準的に用いられるデータの一つ。

(注2)時系列データの予測に主に適用される機械学習の手法の一つで、入力層、リザバー層(ランダムにニューロンが接続された層)、出力層からなる構造を有する。学習により出力層の結合の重みだけを変える単純さが特徴で、それにより高速な学習が可能となる。

アルファ線飛跡をリアルタイム画像に

著者: contributor
2023年4月27日 10:50

世界初 物質中のアルファ線飛跡のリアルタイム画像化に成功

アルファ線内用療法など、様々な研究分野への応用に期待

発表のポイント

  • 世界で初めて物質中のアルファ線の飛跡をリアルタイムで画像化することに成功
  • 新しい高分解能放射線イメージング検出器の開発により実現
  • アルファ線内用療法*1など、今後様々な研究分野への応用に期待

早稲田大学理工学術院の山本 誠一(やまもと せいいち)上級研究員(研究科教授)および片岡 淳(かたおか じゅん)教授らのERATO片岡X線ガンマ線イメージングプロジェクト(研究総括:片岡 淳教授)は、東北大学未来科学技術共同研究センターの吉野 将生(よしの まさお)准教授、鎌田 圭(かまだ けい)准教授、吉川 彰(よしかわ あきら)教授、矢島 隆雅(やじま りゅうが)大学院生、名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻の中西 恒平(なかにし こうへい)助教と共同で、高分解能放射線イメージング検出器を開発し、放射線の一種であるアルファ線が物質中を飛んでいる様子(飛跡)を短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)として可視化することに成功しました。アルファ線は、物質中では数十マイクロメートル程度と極めて短い距離しか飛ばないことから、アルファ線の物質中の飛跡をリアルタイムで観察することは、これまで不可能と考えられていました。今回、研究チームが新しいイメージング検出器を開発し、世界で初めてイメージングを可能にしたことで、今後、アルファ線を用いた放射線治療*2など、様々な科学分野への応用が期待されます。

本研究成果は、2023年4月26日(水)午前10時(英国時間・夏時間)にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』で公開されました。

論文名:Development of an ultrahigh resolution real time alpha particle imaging system for observing the trajectories of alpha particles in a scintillator
DOI:10.1038/s41598-023-31748-9

(1)これまでの研究で分かっていたこと

アルファ線はX線やガンマ線などの放射線の一種で、最近では放射線治療の分野で注目されています。アルファ線は、物質中で飛んでから止まるまでの距離が数十マイクロメートルと極めて短い上に、放射線のエネルギーが高く、短い距離で大きなエネルギーを与えるので、細胞などが受けるダメージが大きいと考えられています。一方で、この性質を放射線治療に利用して、アルファ線を放出する核種をがん患者に投与して治療するアルファ線内用療法の研究も進んでいます。

アルファ線が放出される場所を短時間で特定し、飛ぶ範囲を確認するためには、アルファ線が物質中を線状に飛んでいる様子(飛跡)を観察する必要がありました。しかし、短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)で観察する技術は、これまで存在しませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、新しいイメージング検出器の開発により、アルファ線が実際に物質中を飛ぶ様子をリアルタイムで画像化することに成功しました。

(3)そのために新しく開発した手法

開発したアルファ線飛跡イメージング装置では、図1のように、放射線が当たって光を放出する透明な材料(シンチレータ*3)にアルファ線を当てます。これまで、アルファ線がシンチレータに入射しても飛跡が短く発光も微弱なため、この発光から線状の飛跡を明瞭に画像化することは困難と考えられていました。今回、アルファ線の飛跡画像化に適したシンチレータを開発し、これに超高感度カメラと超高倍率の画像拡大装置を組み合わせ、アルファ線がシンチレータ中を飛んだときに発生する短い飛跡の微弱な発光を、細長い鮮明な線状の画像として得ることに成功しました。

図1 開発したイメージング装置の原理図:アルファ線入射によりシンチレータ中に生じる短く微弱な発光を、超高感度カメラと超高倍率画像拡大装置の組み合わせにより、細長い線状の飛跡画像として測定

その結果、図2のようにシンチレータ中のアルファ線の飛跡を、一秒以下の明瞭な連続画像として得ることに成功し、動画として観察できるようになりました。

図2 アルファ線が物質中を飛ぶ画像(0.5秒測定):白色の細長い部分がアルファ線の飛跡

(4)研究の波及効果や社会的影響

開発した装置を用いると、粒子状のアルファ線放出核種からは、放射状に放出されるアルファ線画像が得られるものと期待されます。またアルファ線内用療法の細胞研究に応用すれば、腫瘍細胞などに取り込まれた核種から放出されるアルファ線の飛跡が画像化できる可能性もあります。

さらには、アルファ線の物質中の飛跡を、短時間の連続画像として画像化できるようになったことにより、高エネルギー物理実験分野などにも応用される可能性があります。今回のアルファ線飛跡の画像や動画は、霧箱*4のように一般の方にもイメージしやすく、放射線に関する科学教育などへの利用も期待できます。

(5)今後の課題

今回得られた画像におけるアルファ線飛跡はいろいろな形状をしていますが、これはシンチレータへのアルファ線の入射角度が異なるためです。形状の違いを利用して、アルファ線がシンチレータに入射した角度が計算できるので、アルファ線飛跡の三次元分布評価も可能と考えています。またアルファ線画像の明るさから入射したアルファ線のエネルギーを求めることもできます。

一方で、本研究グループは、今回実験に用いたシンチレータの表面状態の改良を進めています。表面状態が悪いと光の散乱が起こり、画質が低下します。表面を滑らかにすることで、より鮮明にアルファ線の飛跡が見えるようになり、画像をさらに拡大することによって、今以上に細かいアルファ線飛跡構造を観察できる可能性があると考えています。

(6)研究者のコメント

私たちはこれまで、長年に渡り、アルファ線が飛ぶところを光学的にリアルタイムで画像化できないかと考えていました。今回、シンチレータ中を飛ぶアルファ線を一秒以下の短時間間隔で画像化できるようになり、ようやく夢が実現しました。今後も次なる夢の実現に向けて、世界初の画期的な放射線検出器を開発し続けたいと考えています。

(7)用語解説

*1 アルファ線内用療法
アルファ線を放出する放射性物質を患者に投与して、がんを治療する方法

*2 放射線治療
がん患者を、放射線を用いて治療する方法。放射線の種類としては、X線やガンマ線、粒子線などが良く使われるが、最近はアルファ線を放出する放射性物質を患者に投与する治療方法の研究が進んでいる。

*3 シンチレータ
放射線が当たることにより発光する物質。放射線の検出や画像化するときに用いられる。

*4 霧箱
荷電粒子による電離により、気体中に分散している微粒子が集まり大きな粒子をつくる現象(凝結作用)を用いて荷電粒子の飛跡を検出する装置

(8)論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Development of an ultrahigh-resolution, real-time alpha-particle imaging system for observing the trajectories of alpha particles in a scintillator
執筆者名:Seiichi Yamamoto1、Masao Yoshino2、Kei Kamada2、Ryuga Yajima2、Akira Yoshikawa2、Kohei Nakanishi3、Jun Kataoka1
1.早稲田大学 理工学術院
山本 誠一(論文責任著者)、片岡 淳
2.東北大学 未来科学技術共同研究センター
吉野 将生、鎌田 圭、吉川 彰、矢島 隆雅
3.名古屋大学 大学院医学系研究科総合保健学専攻
中西 恒平
掲載日時(英国時間・夏時間):2023年4月26日(水)午前10時
DOI:10.1038/s41598-023-31748-9

(9)研究助成

本研究は、戦略的創造推進事業 ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージング」(R3~8年度;グラント番号 JPMJER2102)、科学研究費補助金基盤研究(B)「チェレンコフ光閾値以下のエネルギーの放射線照射による水の発光現象の医療応用」(R4~8年度;グラント番号22H03019)、および科学研究費補助金基盤研究(A)「マイクロ共晶体構造を応用した量子線弁別型超高解像度イメージング装置の開発」(R1~5年度;グラント番号19H00672)の支援を得て実施したものです。

Nature Communications誌のTop 25 Life and Biological Sciences Articles of 2022に選出

著者: contributor
2023年4月20日 12:02

2023年4月1日より本学に着任した理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科の水内良 専任講師らの論文が、2022年にNature Communications誌に掲載された生命・生物科学分野の論文のうち、もっともダウンロードされた25報である「Top 25 Life and Biological Sciences Articles of 2022」に選ばれました。生命・生物科学分野(Life and Biological Sciences)は、Nature Communications誌が設定した7つの分野:Health Sciences、SARS-CoV-2、Life and Biological Sciences、Social Sciences and Human Behaviour、Chemistry and Materials Sciences、Earth, Environmental, and Planetary Sciences、Physicsのうちのひとつになります。

選出された論文について

【表題】Evolutionary transition from a single RNA replicator to a multiple replicator network

【著者】Ryo Mizuuchi, Taro Furubayashi and Norikazu Ichihashi

【誌名・巻号等】Nature communications, 13(1), 1460 (2022)

水内講師は「原始地球において生命がどのように生まれたか」という、生命の起源をひもとく研究、特に、RNAなどの単純な生体分子から複雑な生命システムが生まれる道筋について、その解明に取り組んでいます。理論的には、このような進化の複雑化は、新しい複製因子が次々と登場し、互いに影響しあって複製ネットワークを形成することで起こりえると考えられていますが、その実証は困難でした。

本論文では、単純化したRNA複製システムを試験管内に構築し長期的に進化実験を繰り返すことで、複製→複製エラーによる突然変異と新たな形質の獲得→特定の変異と形質を持つ複製体の増加による進化を観察しました。その結果、突然変異により複製酵素の遺伝子が壊れた「寄生体RNA」が出現すること、またそれらの寄生体RNAが正常な宿主RNAの複製を一部阻害するものの、継代サイクルを240回転しRNAが約600世代の進化を経た後には、宿主と寄生体が共存した5種類のRNAに分岐して安定し、互いに複雑な複製ネットワークを形成することを明らかにしました。

今後さらに、これら複製システムが置かれる場=進化が起こる環境(区画構造)を工夫することで、どのような環境で進化が促進されるか、あるいはより長いRNA構造の獲得につながるか等の検討を進めることができると考えられます。

試験管内で自己複製するRNAが複雑なネットワークへと進化する様子を示した模式図

図 試験管内で自己複製するRNAが複雑なネットワークへと進化する様子を示した模式図(画像提供:水内良)

Novel, Highly Sensitive Biosensor Set to Transform Wearable Health Monitoring

著者: contributor
2023年4月18日 10:58

Novel, Highly Sensitive Biosensor Set to Transform Wearable Health Monitoring

Researchers from Japan have developed a new wearable biosensor that can detect extremely small changes in tear glucose and blood lactate levels

Wearable wireless biosensors are an integral part of digital healthcare and monitoring. Commonly used chipless resonant antenna-based biosensors are simple and affordable, but have limited applicability due to their low sensitivity. Now, researchers from Japan have developed a novel, wireless, parity–time symmetry-based bioresonator that can detect minute concentrations of tear glucose and blood lactate. This highly sensitive, tunable, and robust bioresonator has the potential to revolutionize personalized health monitoring and digitized healthcare systems.

Researchers have developed a novel, wireless, PT-symmetric wearable resonator that can detect tear glucose and blood lactate levels in the micromolar range. The resonator is composed of an inductance–capacitance–resistance (LCR) reader and an LCR sensor with an enzyme-based chemiresistor. The setup has a high quality (Q) factor, making it highly sensitive.

Wireless wearable biosensors have been a game changer in personalized health monitoring and healthcare digitization because they can efficiently detect, record, and monitor medically significant biological signals. Chipless resonant antennae are highly promising components of wearable biosensors, as they are affordable and tractable. However, their practical applications are limited by low sensitivity (inability to detect small biological signals) caused by low quality (Q) factor of the system.

To overcome this hurdle, researchers led by Professor Takeo Miyake from Waseda University, Professor Yin Sijie from Beijing Institute of Technology, and Taiki Takamatsu from Japan Aerospace Exploration Agency, have developed a wireless bioresonator using “parity–time (PT) symmetry” that can detect minute biological signals. Their work has been published in Advanced Materials Technologies.

In this study, the researchers designed a bioresonator consisting of a magnetically coupled reader and sensor with high Q factor, and thus, increased sensitivity to biochemical changes. The reader and sensor both comprise an inductor (L) and capacitor (C) that are parallel-connected to a resistor (R). In the sensor, the resistor is a chemical sensor called a “chemiresistor” that converts biochemical signals into changes in resistance. The chemiresistor contains an enzymatic electrode with an immobilized enzyme. Minute biochemical changes at the enzymatic electrode (in response to changes in the levels of biomolecules such as blood sugar or lactate) are thus converted into electrical signals by the sensor, and then amplified at the reader.

Explaining the technical concept behind their novel biosensor, Miyake says, “We modeled the characteristics of the PT-symmetric wireless sensing system by using an eigenvalue solution and input impedance, and experimentally demonstrated the sensitivity enhancement at/near the exceptional point by using parallel inductance–capacitance–resistance (LCR) resonators. The developed amplitude modulation-based PT-symmetric bioresonator can detect small biological signals that have been difficult to measure wirelessly until now. Moreover, our PT-symmetric system provides two types of readout modes: threshold-based switching and enhanced linear detection. Different readout modes can be used for different sensing ranges.”

The researchers tested the system (here containing a glucose-specific enzyme) on human tear fluids and found that it could detect glucose concentrations ranging from 0.1 to 0.6 mM. They also tested it with a lactate-specific enzyme and commercially available human skin and found that it could measure lactate levels in the range of 0.0 to 4.0 mM through human skin tissue, without any loss of sensitivity. This result further indicates that the biosensor can be used as an implantable device. Compared to a conventional chipless resonant antenna-based system, the PT-symmetric system achieved a 2000-fold higher sensitivity in linear and a 78% relative change in threshold-based detection respectively.

Sharing his vision for the future, Miyake concludes, “The present telemetry system is robust and tunable. It can enhance the sensitivity of sensors to small biological signals. We envision that this technology can be used for developing smart contact lenses to detect tear glucose and/or implantable medical devices to detect lactate for efficient monitoring of diabetes and blood poisoning.”

This novel PT-symmetric wireless wearable bioresonator may soon usher in a new era of personalized health monitoring and efficient digitized healthcare systems!

Reference

Title of original paper: Wearable, Implantable, Parity-Time Symmetric Bioresonators for Extremely Small Biological Signal Monitoring
DOI: 10.1002/admt.202201704
Journal: Advanced Materials Technologies
Article Publication Date: 08 April 2023
Authors: Taiki Takamatsu1, Yin Sijie1, Takeo Miyake1,2
Affiliations:
1 Faculty of Science and Engineering, Graduate School of Information, Production and Systems, Waseda University, Japan
2 PRESTO, Japan Science and Technology Agency, Japan

早稲田大学材料技術研究所 計算材料科学連続セミナー(構造材料第2シリーズ) オンライン開催 5/12~7/4

著者: contributor
2023年4月12日 12:56

早稲田大学材料技術研究所 計算材料科学連続セミナー(構造材料第2シリーズ)2023年5月~2023年7月 オンライン開催

 

主催:早稲田大学 各務記念材料技術研究所/環境整合材料基盤技術共同研究拠点

材料科学研究における計算の重要性は近年ますます高まっています。時間とお金をかけた実験でなくても、計算によってある程度の精度で材料特性の予測が可能になりつつあること、また実験で得られるデータ量が膨大となり、シミュレーションを含めた数値解析が必須となっていること、などが理由です。

早稲田大学材料技術研究所はこれまでに、学外者向けの材料科学のセミナー(オープンセミナー、教育プログラム)を定期的に開催してきた実績があります。こうした経験を生かし、2021年度から、文部科学省の共同利用・共同研究拠点として計算材料科学連続セミナーを実施しております。

本セミナーでは、構造材料をターゲットにしたミクロからマクロにわたる幅広いスケールでの有限要素シミュレーションに関する基礎と応用について、セミナーを実施いたします。具体的には、有限要素法のプログラムの基礎となっている理論的背景から、金属加工のための非線形解析、性能を最大限に発現させるトポロジー最適化、複合材料の均質化法に基づくマルチスケールシミュレーション手法について適用事例を交えながら4名の先生に解説頂きます。

(2023年度後期は「化学材料」の第2シリーズが開催される予定です。)

1.日時

計算材料科学連続セミナーの構造材料第2シリーズは、4回に分けて開催いたします。
各回の開催日時、講演タイトル、および講師(敬称略)は以下の通りです。

第1回
5/12(金)10:00-16:00 ※12:00‐13:00 昼休憩
「有限要素法の基礎と複合材料への応用」
末益 博志(上智大学名誉教授)

第2回
6/1(木)13:00-15:30、6/2(金)13:00‐15:30 ※計300分
「金属材料加工のための非線形有限要素シミュレーション」
浜 孝之(京都大学 エネルギー科学研究科 エネルギー応用科学専攻 資源エネルギー学講座 教授)

第3回
6/13(火)10:00-16:00 ※12:00‐13:00 昼休憩
「トポロジー最適化の基礎と積層造形及び複合材料開発での活用について」
竹澤 晃弘(早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 機械科学・航空宇宙学科 教授)

第4回
7/3(月)13:00-15:30、7/4(火)13:00‐15:30 ※計300分
「均質化法/有限要素法に基づく先進構造材料のマルチスケールシミュレーション」
松田 哲也(筑波大学 理工情報生命学術院 システム情報工学研究群 構造エネルギー工学 准教授)

2.開催方法

オンライン(Zoomミーティング利用)

3.セミナー内容の詳細

講演タイトル
日時
講師(敬称略) 講演内容
第1回
「有限要素法の基礎と複合材料への応用」
5/12(金) 10:00-16:00
※12:00‐13:00 昼休憩
末益 博志  近年構造・材料設計に有限要素法が広く利用されている。有限要素法で正しい解が導かれるには、数学理論に基づいて膨大なプログラムが構築されているからであり、また数学的に保証されているので新規な手法の導入が可能になった。本セミナーではこのプログラムの基礎になっている変分原理とのかかわりを解説する。本セミナーの後半では有限要素法が複合材料の構造問題にどのように使われているのかを概説し、複合材料の問題の理解と有限要素法の効用に関して解説する。
第2回
「金属材料加工のための非線形有限要素シミュレーション」
6/1(木) 13:00-15:30
6/2(金) 13:00‐15:30
※計300分
浜 孝之  自動車をはじめとする輸送機器では、軽量化に資する素材と加工プロセスの適用拡大が喫緊の課題であり、シミュレーションを用いた工程設計支援が不可欠となっている。本講義では、金属材料加工のための有限要素シミュレーションについてその基礎的な考え方を概説する。また、昨今注目されている結晶塑性モデル(結晶粒レベルの微視変形に基づき巨視的変形を予測するマルチスケール解析手法)についても、その基礎と適用事例を紹介する。
第3回
「トポロジー最適化の基礎と積層造形及び複合材料開発での活用について」
6/13(火) 10:00-16:00
※12:00‐13:00 昼休憩
竹澤 晃弘  近年、積層造形技術が著しく発展し、ものづくりでの活用法が活発に検討されている。従来の製造法では難しい複雑な形状でも製造できることから、性能と見栄えの良い構造を創出する手段として、構造最適化、特にトポロジー最適化が関連技術として注目を集めている。本講義では、このトポロジー最適化の基礎について解説するとともに、積層造形品及び複合材料の設計に活用した例を紹介する。
第4回
「均質化法/有限要素法に基づく先進構造材料のマルチスケールシミュレーション」
7/3(月) 13:00-15:30
7/4(火) 13:00‐15:30
※計300分
松田 哲也  複合材料等の先進構造材料は、μmオーダーのミクロ構造から、mmオーダーのメゾ構造、さらにはmオーダーのマクロ構造まで、多階層的なマルチスケール構造を有しており、その特性解析・構造解析にはマルチスケールシミュレーションが有用である。本セミナーでは、均質化法/有限要素法を用いたマルチスケールシミュレーション手法について解説するとともに、複合材料等への適用事例を紹介する。

4.受講修了証の発行

以下の要件を満たした方には「受講修了証」を発行いたします。
・第1回から第4回まですべての回を受講すること。
・第4回受講終了後、所定のアンケートに回答すること。

5.申込手続き

参加費:無料

申込フォーム:こちらのページから

4回全部に参加しても、個別の回に参加しても、どちらでも結構です。
受付期間は各回の日程の1週間前の17:00までです。※第1回のみ5/8(月)17:00締切

6.お問い合わせ

早稲田大学 各務記念材料技術研究所  [email protected]

早稲田大学各務記念材料技術研究所
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-8-26
TEL 03-3203-5166 FAX 03-5286-3771

特集Feature Vol.25 水素貯蔵材料で持続可能なエネルギー社会の実現へ

著者: contributor
2023年4月12日 09:17

エネルギー材料科学者
花田 信子(はなだ のぶこ)/理工学術院 専任講師

水素貯蔵材料で持続可能なエネルギー社会の実現へ

質問に丁寧に答える花田信子先生2023年現在、地球温暖化の原因と考えられている温室効果ガス削減に向け、「カーボンニュートラル」が世界的潮流となっています。カーボンニュートラル実現に向けた方策のひとつに挙げられるのが、水素の利用です。再生可能エネルギーを利用して水素を製造し、燃料電池等を用いて電気や熱エネルギーを取り出す。その反応過程において、二酸化炭素は発生しません。第19回(令和四年度)日本学術振興会賞を受賞した先進理工学部の花田信子 専任講師は、水素を利用しやすくするための水素吸蔵・放出材料やその工業化プロセスを研究しています。研究テーマを選んだきっかけや、取り組みについて伺いました。(取材日:2023年2月9日)

専門を決めたのは、大学1年生のときの授業

高校生の頃から、じっくりと考え、解くことで答えを導き出すことができる物理や数学が好きでした。大学受験に至っても、物理も数学も好きなままで、最後までどちらにも決めきれなかったため、入学後に専門を決められる大学を選びました。専門を決める契機は、いざ入学し、さてどうしようか、と思いながら何気なく履修した教養の授業。燃料電池の実用化に向けた水素吸蔵の話を聞き、物理に進んだら学問を社会に活かすためのモノづくりができるのではないかと、興味をもちました。卒業研究配属で、水素吸蔵の講義をしていた先生の研究室に入り、現在に至るまで、水素吸蔵をキーワードに未来のエネルギー問題について考え、試行錯誤する日々を送っています。

室温で動作する高容量の水素吸蔵合金

卒業研究では、水素吸蔵材料であるマグネシウム(Mg)合金について、混合条件の最適化を研究することにしました。学会発表等の経験を積んで研究が楽しくなり進んだ大学院では、材料を水素化マグネシウム(MgH2)に絞り、その特性を向上させる研究を進めました。

MgH2は、重量あたりの水素吸蔵量は大きいものの、表面活性が低く水素吸蔵・放出反応速度が遅いことが欠点で、特性向上のために触媒を添加する必要がありました。当初は、触媒材料として鉄やコバルト、ニッケル等の金属ナノ粒子を用い、短時間のボールミリング法でMgH2と合成する手法を研究していました。良い成果をまとめられたので、さらに良い材料がないかと検討していたところ、金属酸化物でも触媒機能が発現するという報告を読み、Nb2O5を試してみることにしました。従来はボールミリングの時間を短縮できることをメリットと考えていましたが、Nb2O5については、長時間行った場合にのみ十分な触媒特性が得られる、という結果になりました。なぜ長時間必要なのかと、化学状態や分布状態を丁寧に評価してみたところ、Nb2O5がMgH2によって還元されてNbO等になり、それがMgH2表面にナノレベルで均一に分散されて、触媒機能を発現していることが分かりました。さらに、水素放出特性については、これまで400度程度に温度を上げる必要があったところ230度まで上げれば動作し、水素吸蔵特性では、通常300度前後で動作させるところ、室温での動作確認ができたのです。反応速度も十分であり、これだ、という結果が得られた瞬間でした。

触媒添加したMgH2の水素吸蔵放出特性

触媒添加したMgH2の水素吸蔵放出特性

実用化に向けて

博士号取得後は、扱う材料を少しずつ変えたり、より大容量の水素を得るために液体アンモニア(NH3)の電気分解に挑戦したり、さらには水素精製・貯蔵システム設計運用に取り組んでみたりしながら、評価・分析技術を磨いていきました。

早稲田大学には2017年に着任し、現在は、アンモニアや水素吸蔵合金を中心に実用化に向けたプロセスの改善を進めています。また、Mgの研究を再開するに至りました。そのひとつとして、ボールミリング法以外で同等の性能が出せる触媒添加Mgを作製する手法を探索しています。最終的に目指す姿・性能は見えていますので、そこに近づけるための要件をひとつずつ探しているところです。

また、もう一つのプロセス改善方針として、スケールアップのための水素貯蔵タンクの研究も進めています。大学の実験室では1g程の分量で試料を作り各種計測・分析を行っていますが、工業的には100kgやトン単位での製造が必要になります。1gのMgH2の粉であれば気になりませんが、100kgとなると、反応の過程での発熱・吸熱反応も無視できず、一定温度にするために、熱を取り除いたり加えたりする必要があります。また、MgH2は水素吸蔵・放出の過程で膨らんだり縮んだりしますが、くり返しにより試料がボロボロに割れて微粉化する現象が起こります。試料を入れたタンクの中で微粉化した粉が隙間を埋めて詰まり、ガチガチに固まってしまう結果、水素吸蔵・放出特性が落ちたり、タンクが割れてしまったりするという問題が起こります。この改善のため、溶液中でカーボンナノチューブとMgH2を混合してろ過し、乾燥させて薄いシート状にした試料を用いる手法を開発しています。

カーボンナノチューブは、直径が数ナノメートル、長さが数マイクロメートルの細長いチューブ状の材料で、MgH2はこのチューブの束の間でうまくからめとられるようにして固定されます。MgH2粒子は数マイクロメートルオーダーと、カーボンナノチューブと比べると大きいため、水素吸蔵・放出により割れて微粉化しても、カーボンナノチューブの束にからめとられたまま、動いたり落ちたりしないことが確認できています。さらに、タンクの中に入れたシート状試料に温度調節した水素ガスを直接送り込むことで、効率よく温めたり冷やしたりすることが可能となります。従来はタンクの外側からヒーター等で温度調節していたのですが、タンク自体を温めたり冷やしたりすることになるため効率が悪かったのです。また、水素ガスを用いることで、ガスとしての不純物も混ざらない、というメリットもあります。

水素を熱媒体としたMgH2水素貯蔵タンクの構造

水素を熱媒体としたMgH2水素貯蔵タンクの構造

学生ひとりひとりの個性に寄り添いながら

早稲田大学は私立大学でありながら、研究のレベルが高く、その一端を担っている学生の能力も高いです。学生同士での議論も活発で、その中から生まれる面白いアイデアが研究の幅を広げてくれます。学生自身が主体的に自分で課題を考え、解決する方法を考えられるように導くことができれば、教育者冥利に尽きますね。その方法は、学生ひとりひとり異なっており、個性に寄り添いながら、見つけていきたいと思っています。また、様々な計測機器を有する物性計測センターも研究を進める上での大きな力になっています。センター技術職員の中には、博士号を持っている方もいて、ある程度研究を理解して対応してくださるので、非常に助かっています。学生が機器を使う際にも、たくさんのアドバイスをしてくださいます。
このような良い環境に身を置けていますので、全力で社会の役に立つ研究を進めていきたいと思っています。

学生とのディスカッション風景

学生たちと議論する様子

プロフィール

花田信子先生花田 信子(はなだ のぶこ)
広島大学大学院先端物質科学研究科量子物質科学専攻博士課程修了、博士(学術)取得。広島大学自然科学研究支援開発センター 産学連携研究員、ドイツ・カールスルーエ研究所ナノテクノロジー研究所 客員研究員、上智大学理工学部機能創造理工学科 研究プロジェクトポストドクター、筑波大学大学院システム情報工学研究科構造エネルギー工学専攻 助教を経て、2017年から早稲田大学先進理工学部応用化学科 講師、2021年から現職。専門は機能材料工学、プロセスシステム工学。第19回(令和4(2022)年度)日本学術振興会賞受賞。

 

 

代表論文
  • Natsuho Akagi, Keisuke Hori, Hisashi Sugime, Suguru Noda, Nobuko Hanada, “Systematic investigation of anode catalysts for liquid ammonia electrolysis”, Journal of Catalysis, 406 (2022) 222-230.
  • Kosuke Kajiwara, Hisashi Sugime, Suguru Noda, Nobuko Hanada, “Fast and stable hydrogen storage in the porous composite of MgH2with Nb2O5 catalyst and carbon nanotube”, Journal of Alloys and Compounds, 893 (2022) 162206.
  • Keisuke Yoshida, Kosuke Kajiwara, Hisashi Sugime, Suguru Noda, Nobuko Hanada, “Numerical simulation of heat supply and hydrogen desorption by hydrogen flow to porous MgH2sheet”, Chemical Engineering Journal, 421 (2021) 129648.
  • Nobuko Hanada, Yusuke Kohase, Keisuke Hori, Hisashi Sugime, Suguru Noda , “Electrolysis of ammonia in aqueous solution by platinum nanoparticles supported on carbon nanotube film electrode”, Electrochimica Acta, 341 (2020) 135027.

糖尿病網膜症 無線測定システム開発へ

著者: contributor
2023年4月10日 16:54

コンタクトレンズにも搭載可能な感度2000倍に改善できる新しい原理の無線回路計測に成功

糖尿病網膜症や敗血症を無線で測るシステム開発へ

発表のポイント

  • スマートコンタクトレンズ等にも搭載可能な、新しい原理の回線回路(パリティ時間(PT)対称性共振結合回路(並列接続))を実現した。
  • 涙中糖度(0.1-0.6 mM)を無線で計測することに成功し、皮膚を介して血中乳酸を(0.0–4.0 mM)無線で計測することに成功した。
  • 本成果は、糖尿病網膜症や敗血症を無線で測るシステムの開発につながると期待される。
概要

早稲田大学大学院情報生産システム研究科の高松 泰輝(たかまつ たいき)助手、三宅 丈雄(みやけ たけお)教授の研究グループは、新しい原理の無線回路(パリティ時間(PT)対称性共振結合回路(並列接続))を開発し、センサ感度が2000倍に改善することを確かめました。本システムは、検出器側に負性抵抗を搭載することで効果を得るため、従来型センサ回路をそのまま利用できる特徴を有しています。本技術によって、これまで計測が困難であった涙中糖度(0.1 – 0.6 mM)の無線計測を実現しました。すなわち、健常者(平均値0.16±0.03 mM, 0.1-0.3 mM)と糖尿病患者((平均値0.35±0.04 mM, 0.15-0.6 mM)を数値で評価することが可能であり、世界で失明原因第1位の糖尿病網膜症の治療効果や予防に貢献し得るものとして期待されます。さらに、皮膚を介した血中乳酸の計測も本計測システムで実現したため、2.0mM以上で致死率が増加する敗血症のモニタリングへの応用も期待されます。

本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム(START)大学・エコシステム推進型大学推進型、東電記念財団、カシオ科学振興財団、キヤノン財団の助成によって実施されたものであり、「Advanced Materials Technologies」に4月8日(土)にオンライン版で公開されました。

微弱な生体信号を無線で測る新しい原理の共振結合回路システム

(1)これまでの研究で分かっていたこと

コンタクトレンズは、屈折異常を矯正して視力を補強するウェアラブルな高度医療機器としての利用が一般的でしたが、近年、これらレンズと電子デバイスを組み合わせた「スマートコンタクトレンズ」の開発が盛んです。その使途用途は、主に①視覚拡張機器、②生体情報計測機器、③疾病治療機器に大別され、これら新市場に向けた材料・デバイス・システム開発が進んでいます(図1)。これまでに、米国やスイス等の新興企業から幾つかのプロトタイプ(スマートコンタクトレンズ)が開発されてきました。しかし実用化が進まない主な要因は、無線システムの設計にあり、この仕様をどうするかによって性能(センサ機能、検出方式および消費電力)と価格(センサレンズ、無線計測器、レンズ素材)が大きく異なるためです。

図1:スマートコンタクトレンズにおける新産業創出

このような背景の中、三宅研究グループは、量子効果を取り入れたパリティ・時間(PT)対称性共振結合回路(Gain-Loss結合回路、並列接続)を新たに開発することで共振結合系の高Q値化※1を実現し、共振回路型バイオセンサ(化学抵抗器:数百 Ω)における微弱な抵抗変化(数Ω,これまでは計測が困難な信号)を増幅しながら測る無線計測システムを開発しました。例えば、涙に含まれる糖度(グルコース)を計測する場合、計測対象は微弱な信号変化(0.1~0.6 mM)となるため、既存技術(Loss-Loss 結合回路)における読み取りでは、グルコース濃度に伴う共振特性の変化率(感度)を読み取ることが極めて難しいものでした。一方、Gain-Loss 結合回路を用いた場合、結合系のQ値を理想的に高くすることができるため、高感度な無線計測が実現可能です。しかしながら、既存技術の回路系(直接接続)では、センサ側に溶液抵抗を含む高抵抗な糖度センサ(化学抵抗器(R1):数百 Ω)を直接組み込むことはできず、よって微弱な抵抗変化(r:数Ω)を共振回路特性に反映することは困難でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回、三宅研究グループでは、Gain-Loss結合のセンサ側に2極式バイオセンサ(化学抵抗器)を並列に接続することで、共振回路の振幅変調(AM)を成し遂げました。また、並列接続共振回路におけるパリティ・時間(PT)対称性について理論的な成立を証明し、実験的に結合系Q値の増加(高感度化)、および、微弱な生体信号を無線で計測するに成功しました(図2)。

図2:従来回路および新回路による計測システ

涙に含まれる生化学成分は、夾雑物を多く含むため、一般的に、反応選択性を有する酵素電極が用いられます。しかし、涙中糖度は、濃度が極端に低いため(0~0.5 mM)、得られる信号が微弱です(抵抗値変化が小さい)。既存技術(古典的なLoss-Loss共振結合回路)では、これを無線で測ることは非常に困難であるため、センサの特性を示すのみに留まり、無線で測るまでには至っていないのが現状でした(図2左図:従来法)。そこで、三宅研究グループで開発した繊維型酵素センサを新回路に組み込むことで、無線で高感度に計測することに成功しました(感度:2000 Ω/ 0.1mM、図2右図、図3:提案手法)。その結果、0.05 mM単位の糖度を見分けることが可能となるため(健常者の糖度: 0.05-0.2 mM、糖尿病患者の糖度: 0.15-0.5 mM)、糖尿病患者(現在までに1000万人以上いる)の健康管理に利用できることに加え、国内では失明原因第2位、グローバルでは失明原因第1位の糖尿病網膜症の無線計測が実現できることを実証しました。本システムは、センサ側の抵抗値(R1)と極性の異なる負性抵抗(-R2、ただし|R1 |=|R2 |)を検出器に設置するのみで良いため、既存のセンサをそのまま利用できことが特徴です。また、センサ側に電源を設置することが不要となるため、使い捨てレンズなどの消耗品センサの単価を抑えることが可能となります。なお、本無線計測システムは、ヒトのみを対象とするものでなく、犬などのペット産業にも応用することができます。

図3:従来法と新手法による糖度の無線計測

さらに、本無線計測の仕組みは、上述した体表計測に加え、体内への応用にも技術的優位性を示します(図4)。一般的に、体内埋め込みデバイスへの無線給電および無線計測を実現する際、皮膚において交流電場のエネルギー吸収が生じるため(誘電損失)、給電効率および計測感度が著しく低下します。実際に、市販のヒト皮膚を用いてエネルギー損失を確認したところ、皮膚によって計測インピーダンスが1/4低下し、さらに、無線計測(血中乳酸濃度)の感度が低下することを確認しました。

図4:皮膚を介した無線計測への応用

一方、PT対称性の仕組みを利用すると、皮膚抵抗を加味した負性抵抗を調整(チューニング)できるため、高いセンサ感度を維持させたまま無線計測が可能となります。

(3)研究の波及効果や社会的影響

今回の研究により、高感度で高利得な無線センサおよび計測システムを構築することに成功しました。ここでは、敗血症(乳酸アシドーシス)のバイオマーカーで知られる血中乳酸を測定対象とし、敗血症が疑われる患者の乳酸濃度(0-4.0 mM)を無線で測れることを確かめました。従って、本技術は、従来技術と比較して高感度・高利得などの技術的優位性を持ち、かつ、体表および体内埋め込みなど目的とする無線計測システム(センサ・リーダ・システム)として、幅広く利用することができます。

(4)今後の課題・研究者からのコメント

今後はこの研究成果の事業化に向け、本計測レンズを用いて医学部眼科の先生と共同で臨床試験に取り組んでいきます。また、本プロジェクトにご興味のある企業からのお問い合わせをお待ちしています。

(5)用語解説

※1 共振結合系の高Q値化
共振回路における共振のピークの鋭さを表す値「Q」(Quality factor)が大きいほど、共振回路の損失が少ない回路を実現できたと言えます。

(6)論文情報

雑誌名:Advanced Materials Technologies
論文名:Wearable, Implantable, Parity-Time Symmetric Bioresonators for Extremely Small Biological Signal Monitoring
執筆者名(所属機関名):Taiki Takamatsu, Y. Sijie, Takeo Miyake(Waseda University)
掲載日時:2023年4月8日(土)
掲載URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/admt.202201704
DOI:10.1002/admt.202201704

(7)研究助成

日本医療研究開発機構 官民による若手研究者発掘支援事業(Grant Number JP20he0422009j0001)、研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム(START)大学・エコシステム推進型大学推進型、東電記念財団、カシオ科学振興財団、キヤノン財団

令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 5名の教員が受賞

著者: contributor
2023年4月7日 17:42

このたび、早稲田大学の研究者5名が、科学技術分野で顕著な功績があったとして、「令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰」を受賞しました。
科学技術分野の文部科学大臣表彰は、科学技術に携わる者の意欲向上を図り、日本の科学技術水準の向上に寄与することを目的としており、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者に対し授与されています。

今後も本学では、中長期計画「Waseda Vision150」における研究ビジョンである「世界の平和と人類の幸福に貢献する研究」の実現に向け、未来をイノベートする独創的研究の促進を図ってまいります。

科学技術賞(研究部門)

氏名 所属・役職 業績名
尾形 哲也 理工学術院・教授  深層予測学習によるロボットのマルチタスク学習に関する研究
柴田 重信 理工学術院・名誉教授  時間栄養と時間運動の確立と健康科学への応用研究
竹山 春子 理工学術院・教授  シングルセル技術による環境有用微生物の深層解析研究
GUEST Martin Andrew 理工学術院・教授  tt*方程式および量子コホモロジーに関する一連の研究

若手科学者賞

氏名 所属・役職 業績名
水内 良 理工学術院・専任講師  自己複製分子システムを用いた原始生命進化に関する研究

 

最適な分子配置を正確かつ高速に予測

著者: contributor
2023年4月5日 14:56

世界初 次世代コンピューティングにより固体表面への分子吸着予測に成功

発表のポイント

  • 次世代コンピューティングの一つである量子インスパイアード技術※1「Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer」※2(以下、「デジタルアニーラ」)を用いた、固体表面への分子吸着の予測に世界で初めて成功
  • 組合せ爆発を起こさずに分子の吸着配位を高速に探索する新手法を開発
  • 分子配置の組合せが多い複合材料などにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能に

早稲田大学大学院先進理工学研究科博士1年の三瓶 大志(さんぺい ひろし)氏・七種 紘規(さえぐさ こうき)氏ならびに同大理工学術院の関根 泰(せきね やすし)教授らの研究グループは、慶應義塾大学理工学部の田中 宗(たなか しゅう)准教授、ENEOS株式会社とともに、次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式に属する富士通株式会社の量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」を用いて、固体表面への分子吸着を予測することに成功しました。量子インスパイアード技術を固体表面への分子吸着予測に活用する取り組みは世界初となります。

今回、「デジタルアニーラ」を用いて、組合せ爆発を起こさずに吸着配位を高速に探索する新しい方法を開発しました。本手法では、特に多くの分子が吸着している領域において、従来法よりもはるかに高速に、安定な分子配置を発見できることがわかりました。一例として、従来は38601秒かかっていた16分子の吸着の予測を、準備時間(1回のみ必要)2154秒と、「デジタルアニーラ」による計算132秒だけで完了でき、圧倒的な高速性を示すことができました。

今回の研究の位置づけ

また、得られた結果を株式会社Preferred NetworksとENEOS株式会社が共同で設立した株式会社Preferred Computational Chemistryが提供する汎用原子レベルシミュレータMatlantisで解析した結果、本手法による予測が正しいことがわかりました。この手法により、特に分子配置の組合せが多い複合材料や大規模モデリングにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能になります。

本研究成果は、2023年3月27日(現地時間)にアメリカ化学会の『JACS Au』のオンライン版で公開されました。

論文名:Quantum Annealing Boosts Prediction of Multimolecular Adsorption on Solid Surfaces Avoiding Combinatorial Explosion
DOI:10.1021/jacsau.3c00018

(1)これまでの研究で分かっていたこと

分子の表面への吸着現象は、触媒反応など多様な分野において必ず発生する重要な過程です。これらは理論計算を行うことで、原子レベルで触媒反応や吸着を捉えることが可能でした。このような理論計算により分子や原子の吸着に注目して触媒性能を評価する研究はこれまでにも多く存在しています。しかしこれら理論計算は、少ない分子の計算による精密な計算が主であり、分子の数が増えると組合せ爆発が起こるため、膨大な時間がかかることが課題でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

このように網羅的に高被覆率の吸着構造の探索を行うことは、正確な評価ができるが分子数に対して指数関数的な時間がかかります。一方、逐次探索による被覆率の影響評価は、少ないコストで済むが不正確なモデル構築で仮定して進めるため、正確性に欠けることが知られています。そこで研究グループは、富士通株式会社が有する組合せ最適化問題に特化したアニーリング方式に属する量子インスパイアード技術である「デジタルアニーラ」を活かして、表面化学分野における分子の吸着を予測することができないかと考え、取り組んできました。

(3)そのために新しく開発した手法

今回研究グループが開発した手法を図に示します。アニーリング方式では、最適化の対象となる式をQUBOと呼ばれる形式で記述する必要があります。そのためには固体表面への多分子の吸着という多値変数を、複数の2値変数で表現しなければなりません。このような中で、独自に吸着構造をQUBOと呼ばれる形式のモデルへと転換する手法を構築し、さらにそれを「デジタルアニーラ」によって解くことで、最適な構造を短い時間で計算して予測することが可能になりました。

本手法は、特に多くの分子が吸着している領域において、従来法よりもはるかに高速な探索と安定な分子配置を発見できることがわかりました。一例として、従来は38601秒かかっていた16分子の吸着の予測を、準備時間(1回のみ必要)2154秒と、「デジタルアニーラ」による計算132秒だけで完了でき、圧倒的な高速性を示すことができました。

また、得られた結果を株式会社Preferred NetworksとENEOS株式会社が共同で設立した株式会社Preferred Computational Chemistryが提供する汎用原子レベルシミュレータMatlantisで解析した結果、本手法による予測が正しいことがわかりました。これは、元の構造さえわかっていればモデルを組めるため、ニューラルネットワークポテンシャル※3による答え合わせが可能なことによります。この手法により、特に分子配置の組合せが多い複合材料や大規模モデリングにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能になります。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回の発見は、触媒反応や材料の合成などの多様な表面が関わる化学において、多くの分子の吸着を高速に正確に行うことができるという革新的な手法を作り上げ、次世代のコンピューティングを活かした化学の予測という新分野を開拓します。

(5)今後の課題

本研究は次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式を化学に用いた最初の報告です。今後、分子の傾きなどを組み入れて、多様な分子の吸着を予測できるように開発を続けていきたいと考えています。

(6)研究者のコメント

これまでの計算化学は正確ですが時間がかかることが課題でした。「デジタルアニーラ」は次世代コンピューティングの一つとして注目されており、組合せ最適化問題を解く手法として優れていることが知られ、物流分野などでは最近多く用いられてきています。これを化学における吸着に応用しようというのは初めての取り組みであり、困難を伴いましたが、多様なアイデアの組み合わせで実現することができました。今後のカーボンニュートラルに資する新たな化学反応の予測にこれらを応用していきたいと考えています。

(7)用語解説

※1 量子インスパイアード技術
量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く技術

※2 Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer(デジタルアニーラ)
現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。https://www.fujitsu.com/jp/digitalannealer/index.html

※3 ニューラルネットワークポテンシャル
従来からある原子シミュレータに対して、深層学習モデルを組み込むことで、原子スケールで分子や材料の挙動を再現して大規模な計算・予測・探索を行うことができること。

(8)論文情報

雑誌名:JACS Au
論文名:Quantum Annealing Boosts Prediction of Multimolecular Adsorption on Solid Surfaces Avoiding Combinatorial Explosion
執筆者名(所属機関名):Hiroshi Sampei#*1, Koki Saegusa#*1, Kenshin Chishima*1, Takuma Higo*1, Shu Tanaka*2, Yoshihiro Yayama*3, Makoto Nakamura*4, Koichi Kimura*4, and Yasushi Sekine*1
*1 早稲田大学
*2 慶應義塾大学
*3 ENEOS株式会社
*4 富士通株式会社
掲載日(現地時間):2023年3月27日
掲載URL:https://doi.org/10.1021/jacsau.3c00018
DOI:10.1021/jacsau.3c00018

(9)研究助成

研究費名:環境省
研究課題名:令和4年度地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業
(革新的多元素ナノ合金触媒・反応場活用による省エネ地域資源循環を実現する技術開発)
研究代表者名(所属機関名):関根 泰 教授(早稲田大学理工学術院)

世界初 共振で結晶の屈曲を大きく増幅

著者: contributor
2023年3月29日 17:31

結晶の共振固有振動による大きく高速な屈曲を世界で初めて発見

メカニカル結晶はアクチュエータやソフトロボットへ実用化する段階に到達

発表のポイント

光や熱などの外部刺激を動きに変換する「メカニカル結晶」の開発において、これまで光異性化・相転移・光熱効果などの現象が駆動源として用いられましたが、高速かつ大きな動きを創出することは難しく、課題でした。

本研究グループは、結晶に光を当てることで固有振動が起きて高速屈曲が生じ、この固有振動と同じ周波数の光を与えることによって生じる共振(共振固有振動)により、屈曲が大きく増幅することを世界で初めて発見しました。

共振固有振動を用いることであらゆる結晶を高速で大きく屈曲させることができるため、汎用性のある高速アクチュエーション機構として、ソフトロボットなどへの応用が期待されます。

早稲田大学(東京都新宿区、総長:田中愛治)ナノ・ライフ創新研究機構の小島秀子(こしまひでこ)招聘研究員と、同大理工学術院朝日透(あさひとおる)教授、同大学大学院先進理工学研究科4年(一貫制博士課程4年)・日本学術振興会特別研究員(DC1)の萩原佑紀(はぎわらゆうき)らの研究グループ(以下、本研究グループ)は、東京工業大学(東京都目黒区、学長:益一哉)物質理工学院の森川淳子(もりかわじゅんこ)教授らと、結晶に光を当てることで固有振動が起きて高速屈曲が生じることを発見しました。さらにこの固有振動と同じ周波数の光を与えることで、共振により屈曲が大きく増幅することを世界で初めて発見しました。今回の共振固有振動を用いることで、汎用性の高い高速結晶アクチュエータやソフトロボットの実現が期待されます。

本研究成果は、Springer Nature社発行による『Nature Communications』誌のオンライン版に2023年3月13日(月)(現地時間)に掲載されました。

論文名:Photothermally induced natural vibration for versatile and high-speed actuation of crystals

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

光や熱などの外部刺激を動きに変換する「メカニカル結晶」は、軽くて柔らかいアクチュエータ※1やソフトロボット※2への応用が期待されています(参考文献1)。私たちは過去15年間、結晶を動かす原理として、光異性化※3(参考文献2)や相転移※4(参考文献3)に注目して、多数のメカニカル結晶を開発しました。しかし、光異性化や相転移する結晶は数が限られています。特に、光異性化については屈曲する動きが遅く(数秒)、厚い結晶は屈曲しないといった問題点がありました(参考文献4)

本研究グループは2020年、光熱効果※5によって厚い結晶が25 Hzの高速で屈曲することを発見しました(参考文献5)。その後、別の結晶を用いて、光熱効果による屈曲の機構をシミュレーションにより明らかにしました(参考文献6)。しかし、この光熱効果による屈曲は小さく(0.2–0.5度)、大きな動きを創出することが課題でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

物体に外力を加えると、特有の周波数(固有振動数)で振動し続ける現象を固有振動といいます。この固有振動と同じ周波数の外力を加えると、共振と呼ばれる現象が発生して、振動が増幅されます。例えば、地震の際、建物の固有振動数と地震の周波数が一致すると共振して激しく揺れ、倒壊する恐れがあります。ギターやサックスなどの楽器は、弦やリードの動きで音(振動)を作り、箱や筒の中で共振させることで音を増幅しています。このように固有振動は私たちの日常に広く関わっていますが、動く材料を創るという観点では注目されていませんでした。

本研究の最初の目的は、熱膨張の大きい有機結晶に注目して、光熱効果による大きな屈曲を創出することでした。その研究中に、100ミリ秒で1.2度の光熱効果による大きな屈曲と同時に、390 Hzの高速で0.1度の微小な固有振動が起きていることを初めて発見しました(黒、図1a)。驚くことに、この固有振動と同じ390 Hzのパルス光を照射すると、共振により固有振動が3.4度に増幅されました(黒、図1b)。つまり、共振固有振動によって、結晶の高速で大きな屈曲が創出できることを世界で初めて発見しました。

この仕組みを解明するため、本研究グループは、光熱効果による熱が結晶内を伝導してできた温度勾配により結晶が変形し、同時に生じた熱応力※6が結晶の振動を起こすという機構を仮定し、結晶の屈曲をシミュレーションしました。その結果、共振を伴わない屈曲と共振により増幅された屈曲の両方を再現することができました(赤、図1a, b)。

さらに、結晶の形状を変えると200­–700 Hzの様々な共振固有振動が観察され、長く薄い結晶では「大きい屈曲」が、短く厚い結晶では「素早い屈曲」が創出できることがわかりました(図2a)。この共振固有振動について屈曲速度とエネルギー変換効率(光→屈曲運動)を、光異性化、光熱効果、非共振固有振動による屈曲と比較した結果、最も速い屈曲速度(0.2–0.7 m s-1)かつ最も高いエネルギー変換効率(~0.1 %)が得られることがわかりました(図2b)。

(3)そのために新しく開発した手法

正確な周波数のパルス光を照射するため、電子工作に広く用いられているArduino※7による制御システムを構築しました。光熱効果と固有振動の合わさった屈曲をシミュレーションするため、物体のあらゆる物理現象の計算に適している有限要素法※8を用いました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究において共振固有振動によって結晶を高速で大きく屈曲させられることを初めて発見し、シミュレーションによる再現にも成功しました。固有振動の共振に注目することで、あらゆる結晶を高速で大きく屈曲させることが可能です。また屈曲はシミュレーションできるため、結晶の種類やサイズ、光の照射条件などを変えれば望みの動きを設計することができます。

最終的にはこれまでの光異性化や相転移では難しかった、汎用性の高い高速結晶アクチュエータやソフトロボットの実現に期待が高まります。このような実用化へのアプローチにより、ヒトとロボットが融和して日常的に触れ合う、未来社会の創成に貢献できます。

(5)今後の課題

現状、固有振動で結晶が動く例はまだ本研究の1例のみなので、今後は別の結晶についても検討し共振固有振動の汎用性について実証する必要があります。さらに高速な固有振動を起こすことが出来れば、幅広い応用先の考案につながるため、高い固有振動数を持つヤング率※9の高い結晶に注目し検討する必要があると考えます。

(6)研究者のコメント

光で動く結晶はこの15年間で多数報告されてきました。今回、本研究グループの発見により、共振固有振動を用いてあらゆる結晶を高速で大きく動かせることがわかりました。本研究により、メカニカル結晶は実際にアクチュエータやソフトロボットへ実用化する段階に進んだと考えています。今後はアクチュエータやソフトロボットへの応用にも挑戦し、基礎研究から実用化まで、幅広く研究を展開したいと思います。

(7)用語解説

※1 アクチュエータ

光や電気といった入力信号を動きに変換する素子。

※2 ソフトロボット

金属など固い材料を用いず、柔らかい材料のみからなるロボット。

※3 光異性化

ある分子が光を吸収して別の分子に変化すること。

※4 相転移

光や熱などにより、材料がある状態から別の状態に変化すること。

※5 光熱効果

物質が光を吸収して熱を発生すること。

※6 熱応力

材料が熱的に膨張することで生じる力。

※7 Arduino

電気機器を制御するコンピュータの一種。

※8 有限要素法

物理現象を近似的に解くための数値解析手法。

※9 ヤング率

材料の変形しにくさを表す物性値。

参考文献】

  1. Koshima H. (ed) Mechanically Responsive Materials for Soft Robotics (2020). DOI: 10.1002/978352782220
  2. Koshima H. et al., Am. Chem. Soc., 2009. DOI: 10.1021/ja8098596
  3. Taniguchi T. et al., Commun., 2018. DOI: 10.1038/s41467-017-02549-2
  4. Koshima H. et al., J. Chem., 2021. DOI: 10.1002/ijch.202100093
  5. Hagiwara Y. et al., Mater. Chem. C., 2020. DOI: 10.1039/d0tc00007h
  6. Hasebe S. et al., Am. Chem. Soc., 2021. DOI: 10.1021/jacs.1c03588

(8)論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文名:Photothermally induced natural vibration for versatile and high-speed actuation of crystals
執筆者名(所属機関名):Yuki Hagiwara*a, Shodai Hasebe*a, Hiroki Fujisawa*b, Junko Morikawa*b, Toru Asahi*a, Hideko Koshima*a   
*a: 早稲田大学、*b: 東京工業大学
掲載日(現地時間):2023年3月13日(月)
掲載日(日本時間):2023年3月13日(月)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41467-023-37086-8
DOI10.1038/s41467-023-37086-8

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:文部科学省 科研費 基盤研究(B)
研究課題名:熱と光で自在に動くロボット結晶の開発
研究代表者名(所属機関名):小島 秀子(早稲田大学)

研究費名:文部科学省 科研費 特別研究員奨励費
研究課題名:光熱効果によるメカニカル結晶材料の多様化と可能性の拡大
研究代表者名(所属機関名):萩原 佑紀(早稲田大学)

研究費名:早稲田大学 アーリーバードプログラム
研究課題名:光熱駆動高速結晶メカニカルリレーの開発
研究代表者名(所属機関名):萩原 佑紀(早稲田大学)

最新の注目研究者をピックアップ

著者: contributor
2023年3月29日 09:42

早稲田大学の最新の注目研究者をピックアップした動画:Research Recap at Waseda University 2023を公開しました。是非ご覧ください。

本動画に登場する研究者

0:04  所千晴教授 (理工学術院)

研究分野:Environmental materials and recycling technology
Recent research: A Novel, Single Electrical Pulse Method for the Recycling of Lithium-Ion Battery Cathodes 
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100000777_en.html
2021年度早稲田大学リサーチアワード(大型研究プロジェクト推進)受賞者

0:11  三宅丈雄教授  (理工学術院)

研究分野:Soft electronics and biomedical engineering
Recent research: Controlling Biological Cells Electrochemically with Bioiontronics
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001422_en.html
2022年度早稲田大学PI飛躍プログラム支援対象者

0:22  コアド アレックス教授  (商学学術院)

研究分野:Business Economics and Entrepreneurship
Recent research: Growth Patterns and Exit Routes of Firms in Japan
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100002156_en.html
2021年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞者

0:28 大久保將史教授  (理工学術院)

研究分野:Batteries for a carbon neutral society
Recent research: Novel Materials and Optimal Electrochemical Conditions for Enhancing Ecofriendly Aqueous Batteries
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100002881_en.html
2021年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞者

0:36 有村俊秀教授  (政治経済学術院)

研究分野:Carbon Pricing: Emissions Trading and Carbon Tax
Recent research: Impact of Regional Emission Trading Systems on a Firm’s Overall Carbon Footprint
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100000111_en.html
次代の中学研究者2021

0:46 原太一教授  (人間科学学術院)

研究分野:Autophagy and food sciences
Recent research: Dietary Regulation of Autophagy for a Long and Healthy Life
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001493_en.html

0:53 渡邊克巳教授 (理工学術院)

研究分野:Cognitive science and Experimental psychology
Recent research: How do our own voices affect our emotional states?
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001331_en.html
次代の中学研究者2021

1:04 青木隆朗教授 (理工学術院)

研究分野:Quantum optics
Recent research: Towards Distributed Quantum Computing with Photon-based Coupling between Distant Atoms
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001117_en.html
次代の中学研究者2021

1:13 田中雅史講師 (文学学術院)

研究分野:Neuroscience
Recent research: Dopamine Drives Cultural Transmission of Song Learning in Zebra Finches 
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001998_en.html
2022年度早稲田大学PI飛躍プログラム支援対象者

〔お知らせ〕実験装置リモート化プロモーションビデオの公開について

著者: contributor
2023年3月27日 09:59

材研の提案する実験装置のリモート化

 

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下、材研)は文部科学省より共同利用・共同研究拠点の認定を受け、「環境整合材料基盤技術共同研究拠点」の名のもと、多様な研究を展開しています。

共同利用・共同研究により、日本各地の多くの研究者が材研を利用していますが、新型コロナウイルス感染症の拡大により移動が制限され、研究の遂行が困難になった時期がありました。このことを受け、材研では各種実験装置のリモート化、すなわち電子顕微鏡など分析装置の観察像を遠隔地からリアルタイムで共有できる仕組みの構築に着手しました。

現在では社会全体がポストコロナの流れになり、コロナ前のような移動も可能になりつつありますが、「リモートで対応できることは今後もリモートで」という新しい考え方・行動様式により、材研が提案する実験装置のリモート化は引き続き重要なコンセプトであると考えています。

しかし、実験装置のリモート化と言っても実際どのように利用するのか、なかなかイメージが難しいのではないでしょうか?そこで実験装置のリモート化について紹介するための動画を制作しました。この動画をご覧いただき、ぜひ材研の利用をご検討ください。

研究設備とその利用方法はこちらをご覧ください。

 

2023年3月
早稲田大学各務記念材料技術研究所

A Sowing, Pruning, and Harvesting Robot for Synecoculture Farming

著者: contributor
2023年3月22日 11:01

A Sowing, Pruning, and Harvesting Robot for SynecocultureTM Farming

Researchers develop a four-wheeled, two orthogonal axes mechanism robot to maintain plants grown under solar panels

Synecoculture, a new farming method, involves growing mixed plant species together in high density. However, it requires complex operation since varying species with different growing seasons and growing speeds are planted on the same land. To address this need, researchers have developed a robot that can sow, prune, and harvest plants in dense vegetation grown. Its small, flexible body will help large-scale Synecoculture. This is an important step towards achieving sustainable farming and carbon neutrality.

Researchers have developed a small and flexible agricultural robot for Synecoculture farming. It has a four-wheel mechanism, two axes stand, robotic arm, camera unit, maneuvering system, and farming tools.

Synecoculture is a new agricultural method advocated by Dr. Masatoshi Funabashi, senior researcher at Sony Computer Science Laboratories, Inc. (Sony CSL), in which various kinds of plants are mixed and grown in high density, establishing rich biodiversity while benefiting from the self-organizing ability of the ecosystem. However, such dense vegetation requires frequent upkeep—seeds need to be sown, weeds need to be pruned, and crops need to be harvested. Synecoculture thus requires a high level of ecological literacy and complex decision-making. And while the operational issues present with Synecoculture can be addressed by using an agricultural robot, most existing robots can only automate one of the above three tasks in a simple farmland environment, thus falling short of the literacy and decision-making skills required of them to perform Synecoculture. Moreover, the robots may make unnecessary contact with the plants and damage them, affecting their growth and the harvest.

With the rising awareness of environmental issues, such a gap between the performance of humans versus that of conventional robots has spurred innovation to improve the latter.

A group of researchers led by Takuya Otani, an Assistant Professor at Waseda University, in collaboration with Sustainergy Company and Sony CSL, have designed a new robot that can perform Synecoculture effectively. The robot is called SynRobo, with “syn” conveying the meaning of “together with” humans. It manages a variety of mixed plants grown in the shade of solar panels, an otherwise unutilized space. An article describing their research was published in Volume 13, Issue 1 of Agriculture, on 21 December 2022. This article has been co-authored by Professor Atsuo Takanishi, also from Waseda University, other researchers of Sony CSL, and students from Waseda University.

Otani briefly explains the novel robot’s design. “It has a four-wheel mechanism that enables movement on uneven land and a robotic arm that expands and contracts to help overcome obstacles. The robot can move on slopes and avoid small steps. The system also utilizes a 360o camera to recognize and maneuver its surroundings. In addition, it is loaded with various farming tools—anchors (for punching holes), pruning scissors, and harvesting setups. The robot adjusts its position using the robotic arm and an orthogonal axes table that can move horizontally.”  

Besides these inherent features, the researchers also invented techniques for efficient seeding. They coated seeds from different plants with soil to make equally-sized balls. These made their shape and size consistent, so that the robot could easily sow seeds from multiple plants. Furthermore, an easy-to-use, human-controlled maneuvering system was developed to facilitate the robot’s functionality. The system helps it operate tools, implement automatic sowing, and switch tasks.

The new robot could successfully sow, prune, and harvest in dense vegetation, making minimal contact with the environment during the tasks because of its small and flexible body. In addition, the new maneuvering system enabled the robot to avoid obstacles 50% better while reducing its operating time by 49%, compared to a simple controller.

“This research has developed an agricultural robot that works in environments where multiple species of plants grow in dense mixtures,” Otani tells us. “It can be widely used in general agriculture as well as Synecoculture—only the tools need to be changed when working with different plants. This robot will contribute to improving the yield per unit area and increase farming efficiency. Moreover, its agricultural operation data will help automate the maneuvering system. As a result, robots could assist agriculture in a plethora of environments. In fact, Sustainergy Company is currently preparing to commercialize this innovation in abandoned fields in Japan and desertified areas in Kenya, among other places.”

Such advancements will promote Synecoculture farming, with the combination of renewable energy, and help solve various pressing problems, including climate change and the energy crisis. The present research is a crucial step toward achieving sustainable agriculture and carbon neutrality. Here’s hoping for a smart and skillful robot that efficiently supports large-scale Synecoculture!

This robot successfully sows, prunes, and harvests complex vegetation grown in the shade of solar panels. Its maneuvering system reduces operation time by 49%.

Reference

Authors: Takuya Otani1, Akira Itoh2, Hideki Mizukami2, Masatsugu Murakami2, Shunya Yoshida2, Kota Terae2, Taiga Tanaka2, Koki Masaya2, Shuntaro Aotake2,3, Masatoshi Funabashi3, and Atsuo Takanishi2
Title of original paper: Agricultural Robot under Solar Panels for Sowing, Pruning, and Harvesting in a Synecoculture Environment
Journal: Agriculture
DOI: 10.3390/agriculture13010018
Affiliations: 1: Waseda Research Institute for Science and Engineering, Waseda University, 2: Faculty of Science and Engineering, Waseda University, 3: Sony Computer Science Laboratories, Inc., Tokyo

About Professor Takuya Otani from Waseda Research Institute for Science and Engineering

Takuya Otani is an Assistant Professor at the Faculty of Science and Engineering at Waseda Research Institute for Science and Engineering. He received his Ph.D. degree from Waseda University in 2016. He is a member of the Virtual Reality Society of Japan, Japanese Council of IFToMM, Japan Society of Mechanical Engineers, Robotics Society of Japan, and IEEE. He received the Waseda e-Teaching Good Practice Award in 2021. His research interests include robotics and intelligent system, intelligent robotics, haptics, humanoid robotics, and mechanics and mechatronics. His recent work involves developing efficient robots for Synecoculture agriculture.

About Waseda University

Located in the heart of Tokyo, Waseda University is a leading private research university that has long been dedicated to academic excellence, innovative research, and civic engagement at both the local and global levels since 1882. The University has produced many changemakers in its history, including nine prime ministers and many leaders in business, science and technology, literature, sports, and film. Waseda has strong collaborations with overseas research institutions and is committed to advancing cutting-edge research and developing leaders who can contribute to the resolution of complex, global social issues. The University has set a target of achieving a zero-carbon campus by 2032, in line with the Sustainable Development Goals (SDGs) adopted by the United Nations in 2015.

To learn more about Waseda University, visit https://www.waseda.jp/top/en

About Synecoculture

Synecoculture is a method of farming that produces useful plants while making multifaceted use of the self-organizing ability of the earth’s ecosystem. Advocated by Dr. Masatoshi Funabashi of Sony Computer Science Laboratories, Inc., it is characterized by a comprehensive ecosystem utilization method that considers not only food production but also the impacts on the environment and health.

*”Synecoculture” is a registered trademark or a trademark of Sony Group Corporation.

About Sustainergy Company

Sustainergy Company, a Tokyo-based renewable-energy startup, its management philosophy is “making the world sustainable through energy”, has been developing and operating solar power generation projects in Japan, including large-scale farm-based solar power generation (Agrivoltaics). The company noticed that the space under the solar panels of many solar power plants is underutilized and thought that if Sony CSL’s Synecoculture farming method could be applied to the semi-shaded area under the solar panels, the degraded soil could be restored, and the land could be turned into greenery and farmland, thereby enabling both food production and renewable energy production on the same land. Sustainergy Company is preparing to commercialize this project in abandoned farmlands in Japan, desertified areas in Kenya, and other countries. To learn more about Sustainergy Company, visit https://sustainergy.co.jp/.

TWIns学生実験紹介動画~ある日の実験~を公開しました

著者: contributor
2023年3月14日 10:46

TWIns学生実験紹介~ある日の実験~

TWInsで行われている学生実験の様子を紹介

TWInsでは、研究室それぞれでの研究活動のか、学部学生が学生実験を行っています。この日は、学部3年生を対象にした「生物学実験」や「生命医科学実験」が行われていました。

実験を教えているTA、機器利用をサポートしている職員、実験中の学生にインタビュー

教員とともに学生に実験を教えているTAや、実験に使用する機器のメンテナンスや利用サポートをしている技術系職員、実験中の学生にインタビューを行いました。それぞれ、どんな想いで実験に関わっているのでしょうか。

TWInsの様々な実験施設を紹介

主に学生実験を行っている共用実験室をはじめ、講義室や組織形態実験室での実験の様子もご紹介します。普段はなかなか見ることのできない、高度な実験施設での実験の様子をぜひご覧ください!

今後もTWInsでの研究活動やイベントの模様を発信していきます。

TWIns公式youtubeチャンネルの登録もぜひ宜しくお願いいたします!

TWIns(東京女子医科大学・早稲田大学 連携先端生命医科学研究教育施設) – YouTube

組合せ最適化問題を解く新手法を開発

著者: contributor
2023年1月26日 14:43

制約をもつ組合せ最適化問題をイジング計算機で効率的かつ高精度に解くための新たな手法を開発

変数の個数を削減し性能向上、ソフトウェアへの応用に期待

発表のポイント

イジング計算機で現実世界の組合せ最適化問題を解くためには、最適化問題に含まれる多くの制約群を効率的に取り扱う必要がある。

本研究では、線形制約をイジング計算機で取り扱うための新しい手法として、組合せ最適化問題の記述に必要な変数の個数を削減し、イジング計算機の性能を改善する手法を構築した。

本手法を取り込んだイジング計算機ソフトウェアの開発により、高精度に現実世界の組合せ最適化問題を解くことが期待できる。

量子アニーリング計算機※1をはじめとするイジング計算機※2を現実世界の組合せ最適化問題※3に活用するためには、組合せ最適化問題がもつ制約を効率的に取り扱うことが重要となります。この問題に対して、早稲田大学理工学術院講師の白井達彦(しらい たつひこ)氏、同大学理工学術院教授の戸川望(とがわ のぞむ)氏らの研究グループは、線形制約※4をもつ組合せ最適化問題を、イジング計算機で効率的に解くための新しい手法(以下、本手法とする)を開発しました(図1)。この手法は、制約を用いて束縛スピンを自由スピンで表現することにより、自由スピンのみで組合せ最適化問題を記述するもので、本研究グループは、本手法を量子アニーリング計算機等のイジング計算機に適用し、既存イジング計算機でその有効性を確認しました。

本研究成果は、米国のIEEE Computer Societyが発行する『IEEE Transactions on Computers』online版にEarly Access Articlesとして2023年1月24日(火)(現地時間)に掲載されました。論文名:Spin-variable reduction method for handling linear equality constraints in Ising machines

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

現実世界のあらゆるところに存在する組合せ最適化問題は、大規模になるほど従来型のコンピュータで最適解を得ることが困難になるため、様々な解法が研究されています。中でも近年、量子アニーリング計算機をはじめとしたイジング計算機と呼ばれる新しいタイプの計算機が注目されています。イジング計算機は組合せ最適化問題の答えを得るのに特化した計算機です。イジング計算機は国内外で研究開発され、一般のユーザーもクラウド上で使用できる段階になっています。

しかし、イジング計算機を活用するにはまだ課題が多くあります。とくに、イジング計算機を使う際には、組合せ最適化問題を、スピン(イジング計算機における計算の単位。+1あるいは-1の二値をとる。)を変数にもつイジングモデルに変換する必要があります。ハードウェア制約により、現状のイジング計算機に入力可能なスピンの個数が制限されるため、組合せ最適化問題を少ないスピンの個数で効率的にイジングモデルに定式化することが重要となります。制約をもつ組合せ最適化問題をイジングモデルに定式化する手法として、これまでペナルティ法※6が用いられていました。しかし、ペナルティ法では十分なスピン数の削減を達成できてはいませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、連立一次方程式を解く一般的な手法である変数消去法のアイデアに基づいて、制約をもつ組合せ最適化問題をより少ない変数で記述する手法を構築しました。

まず、線形制約を利用することで、自由スピンと束縛スピンとに分離することを考えます。束縛スピンは、自由スピンの線形関数によって与えられます。たとえば、図1は、4個の頂点をもつグラフを2個の頂点をもつ2個のグラフに分割する問題です。各頂点について1個のスピンを対応させます。すると4個のスピンが必要となります。4個のスピンのうち、2個は赤丸(+1)、2個は青丸(-1)とする必要があります。これが制約です。ところが4個のスピンすべてを必ずしも独立に扱う必要はありません。4個のスピンのうち、任意の3個を自由スピン、1個を束縛スピンとします。すると、3個の自由スピンのうち1個が赤丸(+1)のとき束縛スピンは赤丸(+1)、一方で2個が赤丸(+1)のとき束縛スピンは青丸(-1)となることがわかります。自由スピンの値から自動的に束縛スピンの値が決まることになります。つまり、1個の束縛スピンを用いずに3個の自由スピンだけを用いて「3個の自由スピンのうち1個か2個を赤丸(+1)にせよ」という問題に置き換えることができます。本来4個のスピンが必要であった問題を、3個のスピンで記述できたことになります。

この考えを使い、我々は束縛スピンを用いずに、自由スピンのみを用いてもともとの組合せ最適化問題を記述できることを明らかにしました。上記のように組合せ最適化問題を自由スピンのみを用いて記述しているため、従来手法であるペナルティ法と比較して、必要なスピンの個数を削減することができます。自由スピンを変数とするイジングモデルを与えることによって、既存のイジング計算機に本手法を導入することができます。

 (3)そのために新しく開発した手法

本手法を用いて線形制約をもつ組合せ最適化問題をイジング計算機で解法することを考えます。さきほどの例では、4個のスピンのうち任意の1個を束縛スピンとしましたが、実際の線形制約の場合には、束縛スピンを任意に選択することはできません。つまり、どのスピンを束縛スピンあるいは自由スピンとして選択するかがポイントとなります。

そこで、束縛スピンを選択するための条件を理論的に明らかにしました。この条件が満たされるとき、本手法によって組合せ最適化問題の解の最適性が保たれることを理論的に証明しました。さらに本研究では、多数の線形制約をもつ組合せ最適化問題を、本手法で記述するためのアルゴリズムを提案しました。このアルゴリズムを用いることで、現実世界に現れるほぼすべての線形制約つき組合せ最適化問題に対して、本手法を適用することができます。とくに典型的な制約をもつ組合せ最適化問題に対して、具体的なイジングモデルの一般形を与えました。

(4)従来手法との比較

工場と地点が同じ個数与えられたとき、各工場を各地点に割り当てたときの地点間の輸送コストの合計を最小化する組合せ最適化問題である「二次割当問題」は、これまでイジング計算機で解法することが困難とされてきました。この二次割当問題に対して、本手法を組み込んだ場合と組み込まなかった場合(ペナルティ法)とを比較しました。その結果、必要なスピン数を削減しつつ、平均して残留エネルギー7を19%削減し、本手法の有効性が確認できました(図2)。

(5)研究の波及効果や社会的影響

本手法を使うことによって、必要最小限の変数の個数で組合せ最適化問題を解くことが可能になるため、イジング計算機を実利用する際に、変数の個数を削減し、また制約をもつ組合せ最適化問題を解法しやすい形式で解くことができます。本手法は既存のイジング計算機に簡単に導入することができることから、本手法を組み込んだソフトウェアの開発によって、イジング計算機で線形制約を取り扱う手法のスタンダードとなることが期待されます。

(6)今後の課題

イジング計算機は現在活発にハードウェアの性能向上が図られています。しかし、現状では利用可能なスピン数が限られているために、扱うことのできる組合せ最適化問題のサイズが限定されています。本研究は、イジング計算機が扱う問題のサイズを拡大するための有力な手法の一つですが、今後はさらに、実世界に見られる様々な問題に対し適用し、本手法の有効性を検証していく必要があります。

(7)研究者のコメント

本研究で開発した手法を使うことで、今後イジング計算機の性能がさらに改善し、新たにイジング計算機を活用できる事例が増えることを期待します。

 (8)用語解説

※1 量子アニーリング計算機

組合せ最適化問題を高速に解決すると期待される計算機。量子効果により量子重ね合わせ状態を実現させ、それを初期状態として用意し、徐々に量子効果を弱める。同時に組合せ最適化問題を表現するイジングモデルの効果を強めることにより、イジングモデルの安定状態を実現させるという機構で動作する。

※2 イジング計算機

組合せ最適化問題をイジングモデルで表現し、組合せ最適化問題を解決するマシンの総称。上記、量子アニーリング計算機はイジング計算機の一種である。

※3 組合せ最適化問題

膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。制約とは守らなければならないルールをさす。

※4 線形制約

変数が満たす必要のある線形等式のこと。たとえば、図1で赤丸と青丸の個数が等しいという制約は、という線形等式で与えられる(は番目の頂点が赤色、は番目の頂点が青色に対応する)。

※5 グラフ分割問題

与えられたグラフの頂点集合を2個の部分集合に分割する問題。それぞれの部分集合に含まれる頂点の個数を等しくするという制約の下、異なる部分集合の間を繋ぐ辺の数を最小にする組合せ最適化問題。

※6 ペナルティ法

制約つき最適化問題を制約なし最適化問題に変換する一つの方法。

※7 残留エネルギー

イジング計算機で組合せ最適化問題を解いた際に得られた解の精度を評価する指標の一つ。得られた解の目的関数の値と真の最適解の目的関数の値の差で与えられ、値が小さいほど解の精度が良いことを表す。

 (9)論文情報

雑誌名:IEEE Transactions on Computers
論文名:Spin-variable reduction method for handling linear equality constraints in Ising machines
執筆者名(所属機関名):Tatsuhiko Shirai(早稲田大学), Nozomu Togawa(早稲田大学)
※ 所属は論文投稿時
掲載日(現地時間):2023年1月24日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/10025381
DOI:https://doi.org/10.1109/TC.2023.3239539

(10)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名・研究課題名:科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「地理空間情報を自在に操るイジング計算機の新展開」(JPMJCR19K4)
研究代表者名:戸川望(早稲田大学・教授)
早稲田大学における研究代表者名:理工学術院 教授 戸川望

研究費名・研究課題名:基盤研究(C)「量子古典ハイブリッド計算技術による物質シミュレーション高速化手法の研究」
研究代表者名:田中宗(慶應義塾大学・准教授)
早稲田大学における研究代表者名:理工学術院 講師 白井達彦

最大性能の巨大負熱膨張物質

著者: contributor
2023年1月23日 15:09

最大性能の巨大負熱膨張物質

材料組織観察の結果を用いた物質設計

【要点】

最大の体積減少を示す負熱膨張物質を開発

コヒーレント放射光と電子顕微鏡による材料組織観察に基づいて物質を設計

光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材としての活用を期待

【概要】

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の西久保匠、酒井雄樹両特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授、量子科学技術研究開発機構の綿貫徹放射光科学研究センター長、大阪公立大学の森茂生教授らの研究グループは、昇温することでこれまでで最大の9.3%の体積収縮を示す巨大負熱膨張(用語1)物質Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3を開発した。

負熱膨張物質は、光通信や半導体製造装置などの構造材で、精密な位置決めを妨げる熱膨張を相殺(キャンセル)できる。体積の大きい低温相と小さい高温相が空間的に混在しながら共存する様子を初めて観測し、その結果に基づいて体積収縮を最大化する化学組成を決定した。

研究成果は1月18日に米国化学会誌「Chemistry of Materials」のオンライン版に掲載された。

研究グループには、東京工業大学の今井孝大学院生(研究当時)、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗主幹研究員、河口彰吾主幹研究員、量子科学技術研究開発機構の押目典宏研究員、島田歩派遣職員、菅原健人技術員、大和田謙二グループリーダー、町田晃彦上席研究員、東レリサーチセンターの久留島康輔研究員、早稲田大学の溝川貴司教授が参画した。

研究の背景

物質の多くは、温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。日常生活においては熱膨張の体積変化の影響は大きくないが、光通信や半導体製造など、精密な位置決めや部材の寸法管理が要求される局面では、このわずかな熱膨張が機能や精度低下につながる問題になる。例えばLSIでは、Siチップと基板、充填剤の熱膨張の違いが信頼性の低下につながる。そこで、温度が上昇すると収縮するという、“負の熱膨張”を持つ物質によって、構造材の熱膨張を相殺(キャンセル)することが試みられている。

これまで最大の体積収縮を示す物質は、同グループが見つけたペロブスカイト構造(用語2)の鉛(Pb)、ビスマス(Bi)、バナジウム(V)、酸素(O)からなる酸化物Pb0.8Bi0.2VO3で、400 Kから800 Kの昇温で7.9%の体積収縮が観測されていた。ベースとなる物質のPbVO3は代表的な強誘電体(用語3)であるPbTiO3と同じ極性(用語4)の正方晶構造を持ち、室温で圧力を加えると10.6%の体積減少を伴って非極性の立方晶相へ転移するが、常圧下で昇温すると分解してしまい、負熱膨張は示さない。PbをBiで置換すると、常圧での昇温によって立方晶相へ転移する負熱膨張を示すようになるが、Pb0.8Bi0.2VO3の低温正方晶相の体積がPbVO3より小さいため、温度上昇による体積収縮は10.6%ではなく、7.9%に減少してしまう。体積の大きな低温正方晶相と体積の小さな高温立方晶相が相分率を変えながら共存するため、平均の体積は連続的に減少する。これら2相が作る材料組織を最適化することで負熱膨張が起こる温度範囲を制御できると期待されるが、2相がどのように空間的に分布しているかはこれまで不明であった。

研究成果

今回の研究では、PbVO3のPbをBiではなくストロンチウム(Sr)で置換すると、正方晶の体積が減少しないまま立方晶相と2相共存するようになること、また、温度を変えても2相共存状態が変化せず、正方晶や立方晶単相に変化しないため、安定に取り出せることを見いだした。そこでPb0.82Sr0.18VO3に対して走査透過電子顕微鏡(用語5)観察を行い、正方晶と立方晶の接合界面を原子スケールで観察することに成功した。さらに、大型放射光施設SPring-8(用語6)のビームラインBL22XUでブラッグコヒーレントX線回折イメージング(用語7)と呼ばれる観察を行い、1つの結晶粒の中の正方晶相、立方晶相の空間的な分布を明らかにした(図1)。

また、立方晶を出現させる効果を持つSrに加えて、温度変化による相変化を促す効果を持つBiでもPbを置換することで、PbVO­3が本来持つ大きな体積変化を保ったままで負熱膨張を起こすことに成功し、SPring-8のビームラインBL02B2での放射光X線回折実験(用語8)で調べた微視的な格子定数(用語9)の変化から、Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3では低温正方晶相と高温立方晶相の体積差が11.1%もあり、450 Kから700 Kへの昇温で 9.3%もの体積収縮を示すことを確認した(図2)。この値はこれまでで最大であり、Smartecの商品名で市販されているマンガン窒化物負熱膨張材料の1.4%や、BNFOの商品名を持つBiNi0.85Fe0.15O3の2.4%と比べて巨大である。

図1 走査透過電子顕微鏡で観察した正方晶相と立方晶相の接合界面(左)と、ブラッグコヒーレントX線回折イメージングで明らかにした1つの粒子の中の立方晶相の分布(右)。

 

図2 Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3の低温正方晶相(極性)と高温立方晶相(非極性)。低温相を加熱すると、2相共存を介して、11.1%体積が小さい高温相に転移する。

社会的インパクト

負熱膨張材料は、半導体や精密加工で問題になる熱膨張を解決できるとして、大きな注目を集めている。今回の成果はこれまでで最大の体積収縮を示す材料を発見しただけでなく、材料組織の観測手法を確立した点で、今後の材料開発に大きく貢献すると期待される。

 今後の展開

今回開発したPb0.8Bi0.1Sr0.1VO3は、9.3%も体積が収縮する巨大な負熱膨張を示すが、温度履歴(用語10)が大きいという問題を持つ。こうした問題は正方晶相、立方晶相が共存する材料組織を最適化することで解決できると考えられるため、ブラッグコヒーレントX線回折イメージングによる組織観察で、昇降温を繰り返すことによる組織の変化を明らかにし、温度履歴の低減につなげたい。

付記

本研究の一部は、神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー:東正樹 東京工業大学 教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表:腰原伸也 東京工業大学 教授)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)の助成を受けて行った。

【用語説明】

(1) 負熱膨張

通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

(2) ペロブスカイト構造

一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

(3) 強誘電体

誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、また、外部電場によってその方向を変化できる物質。

(4) 極性

結晶構造中の陽イオン、陰イオンの変位のため、正の電荷と負の電荷の重心が一致せず、電気分極を持つこと。

(5) 走査透過電子顕微鏡

電子顕微鏡の一種。1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する。

(6) 大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

(7) ブラッグコヒーレントX線回折イメージング

数十ナノメートル~数マイクロメートルサイズの結晶粒子一粒を3次元可視化する計測技術。コヒーレントX線を利用したイメージング(コヒーレントX線回折イメージング)の一種で、結晶特有のブラッグ回折を利用する。原子の並び方に敏感であり、密度差として区別が難しい結晶内部の歪分布や相共存状態などを精度よく調べることが可能。今回は量研機構の専用装置を用いた。

(8) 放射光X線回折実験

物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

(9) 格子定数

結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。

(10) 温度履歴

昇温時の体積収縮と降温時の膨張が起こる温度が一致しないこと。

【論文情報】

掲載誌: Chemistry of Materials
論文タイトル:Polar-Nonpolar Transition Type Negative Thermal Expansion with 11.1% Volume Shrinkage by Design
著者:Takumi Nishikubo, Takashi Imai, Yuki Sakai, Masaichiro Mizumaki, Shogo Kawaguchi, Norihiro Oshime, Ayumu Shimada, Kento Sugawara, Kenji Ohwada, Akihiko Machida, Tetsu Watanuki, Kosuke Kurushima, Shigeo Mori, Takashi Mizokawa and Masaki Azuma
DOI:10.1021/acs.chemmater.2c02304

全国の高等専門学校生を対象とする新たな編入学制度(指定校推薦)を開始

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2023年1月16日 14:35

早大理工、2024年度から導入

全国の高等専門学校生を対象とする新たな編入学制度(指定校推薦)を開始

早稲田大学(東京都新宿区、総長:田中愛治、以下、早大)は、早大理工系の三学部(基幹理工学部創造理工学部先進理工学部、以下、早大理工)にて、工学系の学科・コースを有する全国の高等専門学校(以下、高専)に在籍する専門学校生を対象とした新たな編入学試験制度(指定校推薦、以下、新入試制度)を、2024年度より導入いたします。

【新入試制度概要】

制度名称:高等専門学校対象編入学試験(指定校推薦型)
実施学部:基幹理工学部創造理工学部先進理工学部
入学時期:2024年4月1日
試験方式:学校推薦型選抜(指定校推薦型入試)
編入年次:2年次または3年次(学科によって異なります)【下表参照】。
募集人員:各学科 若干名
募集学科:

推薦依頼指定校:早大内部基準に従って、学部ごとに毎年選出します。
推薦依頼時期:2023年1月中旬
※選考日程、出願可能な早大理工の学部・学科等の情報は、対象となる推薦依頼指定校に個別に伝達しています。

1.新入試制度導入の背景

早大は、創立150周年である2032年を見据えた中長期計画「Waseda Vision150」を策定し、その教旨で謳われている「学問を活用」する力を備えた「模範国民の造就」を一層進めるべく、教育研究の改革を進めています。早大の教旨における「模範国民」とは、地域や国内というローカルな場から、アジアや世界というグローバルな場に渡る様々なレベルにおいて、複雑化する現代の課題解決に挑む、叡智・志・実行力を兼ね備えた人材を指します。

早大が建学以来取り組んできたこのような人材育成をさらに加速するためには、高い志を持った優秀な学生を募集していく必要があります。新型コロナウイルスや地球温暖化など、明確な答えのない問題への対応が一層求められている現在、変化に対して受け身ではなく、主体的に関わりながら自ら問題を解決できる人材を育成するためには、多様なバックグラウンドを持つ入学者の選抜を実施することが必須と考えています。

早大は入試改革を「Waseda Vision150」における13の核心戦略のトップに据え、真に求める人材に入学してもらうべく検討と実践を継続的に推進しています。

2.新入試制度の目的

早大理工では、入試改革の具現化の一環として、新入試制度を導入することとしました。目的は以下の通りです。

  • 高等学校普通科出身の学生等とは異なる経験・技能を有する高専生を幅広く受け入れることによって、学生間の交流による相乗効果を高めていきます。
  • 早大の教育・研究リソースによって、理工系の専門家を志向する高専生が持つ潜在能力や将来の可能性を開花させていきます。
  • 高度な人材を輩出している高専と信頼関係を構築することによって、高専における早大理工の存在感を高めていきます。

3.新入試制度の目標

早大理工は、新入試制度の導入によって毎年一定数の高専生を幅広く受け入れることを目指しています。これによって成し遂げたい目標は以下の通りです。

  • 全国に設置されている高専に指定校枠を幅広く設け、首都東京の新宿にキャンパスが位置し、ダイバーシティに富み、奨学金制度や学生寮が充実する早大理工で学ぶ意欲を抱く優秀な学生を推薦していただくことで、入学者の出身地域の多様性の確保を目指していきます。
  • 大学編入を希望している高専生にとって、早大理工への編入が自身の未来を拓く魅力的な選択肢として位置付けられることを目指していきます。
  • 編入生の受け入れを出発点として、高専の教員との交流に発展させ、強い連携体制の構築を目指していきます。

4.2年次編入について

早大理工が実施している教育の全体的な特徴は、大学院への進学を前提とした高度な専門教育を入学後比較的早い段階から実施していることにあります。また、早大理工の各学科では、標準的な専門科目に加えて他大学の理工系学科では設置されていない学科独自の専門科目を、所属学生の専門性を高めるために多数用意しています。

新入試制度を設けるにあたり、早大理工は、上述した専門教育の特徴、受入学科の学問分野、受入学科と高専学科のカリキュラムの連続性を考慮したり、高専生が編入前に高専で取得した単位を、早大入学後の学部卒業単位としての認定を積極的に精査したりするなど、各学科のカリキュラムに合わせて編入した高専生の育成を第一に制度設計を行いました。そのため、編入学は3年次からが一般的ですが、新入試制度では導入する9学科のうち7学科で「2年次編入」としました。

5.出願資格

在籍学校長が人物、学業ともに優れていると認めるもので、以下、a ~ e のすべてを満たす者。

a. 推薦依頼のあった高等専門学校の学科・コースに在籍し、2024年3月に高等専門学校(本科)を卒業見込の者。
b. 推薦を依頼する早大理工の学部・学科への入学を第一志望とする者。
c. 入学後の勉学に関して明確な志向と意欲を持ち、それにふさわしい能力を備えた者。
d. 出願開始日から起算して、過去2年以内に受験したTOEFL-iBT(TOEFL-ITPは不可)、
IELTS(Academic Module)、TOEIC(IP、Speaking & Writingは不可)の内いずれかのスコアを出願期間内に提出可能な者。
e. 学業成績において、次の基準を満たす者。
① 4年次の学年の学科現員に対する学業成績の席次が、上位10%以内の者
② 席次を定めない高等専門学校では、在籍学校長が①と同等と認めて推薦する者

以上

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