ノーマルビュー

局面にフィットする”切り紙型”熱電発電デバイス

著者: contributor
2025年10月22日 14:14

局面にフィットする“切り紙型”熱電発電デバイス
高いフレキシブル性能と高い発電性能の両立を実現

ポイント

  • 薄いフィルム基板に切り込みを入れて立体化する切り紙の構造を利用し、人体などの曲面熱源に貼付可能でありかつ 高い発電性能を有する熱電発電デバイスを実現しました。
  • 平面状態で熱電素子を実装するため、熱電発電において有利な細長い熱電素子を容易に実装可能です。
  • 切り紙構造により立体的にすることで、平面状態よりも熱電素子に温度差が付き高い電力を発電可能です。
  • 切り紙構造により高いフレキシブル性を有しており、曲率半径0.1mmの屈曲変形や1.7倍に伸ばす延伸変形が可能です。
  • 今回考案した構造は、曲面の熱源に追従可能であるだけでなく放熱フィンとなる天板部も有しているため、高い発電性能を有しています。
  • ヒトの皮膚に貼付した際に体温を無線送信できることを示し、ウェアラブルIoT機器への応用可能性を示しました。

概要

近年、IoT (Internet of Things) デバイス※1の自立電源として、温度差から電力を得るフレキシブル熱電発電デバイスが注目されていますが、曲げたり伸ばしたりするフレキシブル性能と高い発電性能を両立させることは困難でした。

早稲田大学 理工学術院 岩瀬英治(いわせ えいじ)教授寺嶋真伍(てらしま しんご)講師(任期付き)らの研究グループは、熱電発電デバイス(Thermoelectric Generator: TEG)※2の新構造として図1のような切り紙構造の一種である「ポップアップ切り紙構造※3」を考案し、フレキシブル性能と高い発電性能の両立を実現しました。具体的には、曲率半径0.1㎜の屈曲変形や1.7倍の延伸変形させることができるにもかかわらず、これまで提案されたフレキシブル熱電発電デバイスの発電能力を凌駕しました。

このことを活かした応用として、曲面熱源であるヒトの体表に貼付し、ヒトの体温と空気の温度差で生じる発電を利用して体温の無線送信にも成功し、これまでにない発電性能を有した熱電発電デバイスであることを実証しました。今後、ウェアラブル機器や医療・福祉分野への応用が期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「npj Flexible Electronics」のオンライン版に2025年10月21日に公開されました。

論文名: Pop-up kirigami thermoelectric generator with high stretchability and conformal thermal interfaces

図1 曲げ変形および伸縮変形が可能なポップアップ切り紙型熱電発電デバイス(図中のNはN型の熱電素子を示し、PはP型の熱電素子であることを示す)

これまでの研究で分かっていたこと

IoTデバイスやウェアラブル機器の普及に伴い、バッテリー交換不要で環境から電力を得られる発電技術が注目されています。中でも、ヒトや配管のような曲面から熱を利用できるフレキシブル熱電発電技術は有望視され、近年、研究が盛んに行われています。

従来の研究において、シリコーンゴムなどのゴム材料を基板材料として適用することで、フレキシブルな熱電発電デバイスは提案されているものの、ゴム材料の熱抵抗が高く発電量を大きく損なっていました。すなわち、フレキシブル性能と高い発電性能にはトレードオフの関係がありました。そのため、材料に依らず構造によってフレキシブル性能を得る方法として、折り紙や切り紙の構造を利用したフレキシブル熱電発電デバイスが注目され始めました。しかしながら、これまでフレキシブル熱電発電デバイスに適用された折り紙や切り紙の構造は、ミウラ折り※4や七夕飾り(天の川)※5の構造といった一般的な折り紙や切り紙の構造であり、熱源への接触が面接触ではなく線接触であったり、大気への放熱面がないなど、熱電発電デバイスには不向きな構造でした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、熱電発電デバイスが抱えるフレキシブル性能と高い発電性能の両立が困難であるという課題を解決するため、新たな切り紙構造である「ポップアップ切り紙構造」を考案しました。

非伸縮性材料の薄いフィルム基板に切り線パターンを施し、平面状態で熱電素子を実装した後、立体的に展開させることで屈曲性・伸縮性を実現させ、多様な曲面熱源への適合性を可能にしました。

性能評価の結果、曲げや延伸といった変形を加えても、フラットな状態と同等の発電性能を維持できることを確認しました。また、曲率半径0.1mmの屈曲変形や1.7倍に伸ばす延伸変形が可能であることを示しました(図2)。したがって、緩やかに曲がった熱源のみならず、90度に曲がった角を持つような熱源であっても貼付可能です。

らに、開発した熱電発電デバイスを無線送信回路と接続したセンシングの実証では、ヒトの体表に貼付し、ヒトの体温と空気の温度差で発電することで、体温の無線送信実証にも成功し、ウェアラブルIoT機器としての有用性を実証しました。これまで、ヒトの皮膚の体温(34℃程度)と大気(22℃)の温度差から無線送信が可能な電力(100 μW)を得るのは困難であり、本熱電発電デバイスが高い発電性能を有しているといえます。これにより、電池交換や廃棄の必要無しに、血圧や体温などの健康状態をモニタリングすることが可能となります。

図2 各種変形時の性能計測結果

研究の波及効果や社会的影響

本研究により、従来困難だった「高いフレキシブル性能と高い発電性能を有する熱電発電」が可能となり、IoTデバイスやウェアラブル機器のメンテナンスフリー化が現実となります。また、以下のような波及効果と社会的インパクトを有しています。

1.エネルギー自立型IoT社会への貢献:

電池交換の不要な自己発電型センサとして、IoTネットワークの信頼性・持続性を大きく向上させることが可能です。特に、センサが多数設置されるスマートシティやインフラモニタリングにおいて、メンテナンスコストの低減と長期運用が期待されます。

2.ウェアラブルヘルスケアの進展:

人体に密着して安定した発電が可能であることから、バイタルサインを常時測定するヘルスケアデバイスへの応用が可能です。患者の体温や状態をリアルタイムで把握することにより、遠隔医療や高齢者の見守り支援にもつながります。

3.災害・非常時の電源確保

やかんなど身近な熱源から電力を得られるため、停電時や災害時にも携帯端末や通信機器の動作に必要な電力を確保でき、非常用電源としての有効性が期待されます。特に電力インフラの整わない地域や緊急避難所などにおいて大きな社会的価値を持ちます。

4.切り紙構造技術の新展開

これまでアートや一部の機構設計に限られていた切り紙技術を、熱設計と融合し、高性能なエネルギーデバイスへと展開した本研究は、複数分野にわたる融合研究の先駆例となります。

課題、今後の展望

本研究で提案したポップアップ切り紙構造は、本研究で用いた細長く硬い熱電素子だけでなく、カーボンナノチューブ(CNT)シートのような薄膜の熱電素子にも適用可能な構造であるため、様々な熱電材料へ展開することが考えられます。さらに、現在のフレキシブル基板で一般的に用いられている、ポリイミド銅基板を基板材料として用いており、立体化の工程以外は現在のフレキシブル基板の製造工程で実現可能なため、量産化・大面積への展開が容易であると考えています。

低コストで製造可能なフレキシブル熱電発電デバイスを開発することで、IoTセンシングデバイスやウェアラブル機器に利用可能な自立型電源を実現できると考えられます。

研究者のコメント

切り紙は、折り紙に比べると国際的な認知度がやや低めではありますが、学術的にも興味深い特徴を多数持っているため、電子デバイスとの相性は良いです。熱電材料のみならず今回提案したように構造についての研究が広く行われ、国際的に広く使用される未来を期待します。

キーワード

切り紙、熱電発電、IoT (Internet of Things)、フレキシブル電子デバイス、ストレッチャブルディスプレイ、ウェアラブル機器、次世代エレクトロニクス

用語解説

※1  IoT (Internet of Things) デバイス
センサや家電、機械などの「モノ」がインターネットにつながり、データを送受信する仕組みを指します。温度や動きなどを自動で測定・制御でき、スマート家電や医療機器、工場の監視装置などに広く使われています。電池交換が難しい場所で使われるため、自己発電機能を備えたIoTデバイスが期待されています。

※2 熱電発電デバイス(Thermoelectric Generator: TEG)
デバイスの両端に与えた温度差に対して、電圧が発生する熱電効果(ゼーベック効果)を利用した発電デバイス。デバイスに生じる温度差が発電量につながるため、温度の高い熱源には密着し、温度の低い大気には良く放熱することが重要である。

※3 ポップアップ切り紙構造
長手方向に圧縮することで高さ方向に立ち上げることのできる切り紙構造であり、電子部品を載せる平らで変形しない面を持ち、構造全体を引き伸ばすことができます。立ち上げ後には、熱電素子が実装された脚部は無変形であるため平面を保ったまま曲げ伸ばしができる構造です。

※4 ミウラ折り
日本の航空宇宙工学者・三浦公亮先生が考案した折り紙構造で、折り紙工学の分野において最も有名な折り紙構造です。折り紙工学における周期的パターン構造の一つで、平面を山折りと谷折りでタイル状に配置することで、1自由度構造として折り畳み・展開できるのが特徴です。人工衛星の太陽光パネルなどに応用されています。

※5 七夕飾り(天の川)
紙などのシート材に規則的で平行なスリットが入った構造で、引き伸ばすことができないシート材であっても、引き伸ばしが可能になります。引き伸ばすと、立体的で規則的な網目状パターンが現れるため、日本の七夕の時期には装飾品として扱われます。

論文情報

雑誌名:npj Flexible Electronics
論文名:Pop-up kirigami thermoelectric generator with high stretchability and conformal interfaces
執筆者名:Shingo Terashima(早稲田大学)*、Eiji Iwase(早稲田大学)
*:責任著者
掲載予定日時(現地時間):2025年10月21日
掲載予定日時(日本時間):2025年10月21日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41528-025-00454-z
DOI:https://doi.org/10.1038/s41528-025-00454-z

研究助成

研究費名:NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ
研究課題名:切り紙型熱電デバイスによる自立無線センサシステムの研究開発
研究代表者名(所属機関名):岩瀬英治(早稲田大学)

2025年度 W-SPRING・W-SPRING-AI博士フォーラムを開催

著者: contributor
2025年10月22日 14:13

2025年9月19日(金)、早稲田大学国際会議場において「W-SPRING・W-SPRING-AI博士フォーラム」を開催しました。

本フォーラムは、博士後期課程への進学を後押しするとともに、研究力向上とキャリアパスの多様化を支援するために国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が展開する事業である「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」および「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST)」の支援を受け、本学が運営している「早稲田オープン・イノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)」および「早稲田次世代AIイノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING-AI)」について、成果報告、分野融合・学生同士のネットワーク構築および将来の共同研究実施のきっかけの場作りを目的として開催するものです。

昨年度に続き2回目の開催であり、12の研究科からW-SPRINGおよびW-SPRING-AIの支援学生約200名が一堂に会し、交流を深めました。

冒頭、本学常任理事・W-SPRING事業統括の本間敬之(理工学術院・教授)から、本フォーラム開催にご協力くださった産業界等の方々への御礼とともに、学生に対して「W-SPRINGやW-SPRING-AIではイノベーションを牽引する博士人材を育成することを目的としていますが、博士の研究はしっかり深掘りしながら、それが社会にとってどのような価値があるのか、どのように産業に貢献するか、という意識を持ってもらいたいと考えています。本日は幅広い分野の博士課程に在籍する仲間が多く参加しています。このような機会を活用し、異分野の学生との議論を通して、俯瞰的に物事を見る力をつけてもらいたいと思います。ぜひ、学生同士の交流を深めてネットワークを広げてください。」と、メッセージが送られました。

常任理事・W-SPRING事業統括 本間敬之(理工学術院・教授)

続く、来賓の文部科学省科学技術・学術政策局長の西條正明氏からは、「博士課程で日々研究に邁進される皆さんは、まさに知のフロンティアを切り開く先駆者です。博士人材の持つ深い専門知識と課題発見解決能力などの汎用的能力や新たな知を創造する力は、イノベーションの質とスピードを強化し、企業の競争力を格段に向上させるものと確信しております。社会の多様なフィールドで活躍できる博士人材が育ち活躍することで、博士人材の価値が一層高まり、優秀な学生が博士課程に進学するという好循環を生み出すことが可能になると考えております。私どもも、昨年『博士人材活躍プラン』をとりまとめ、今年は経済産業省と共同で設置した有識者会議で『博士人材の民間企業における活躍促進に向けたガイドブック』『企業で活躍する博士人材ロールモデル事例集』『博士人材ファクトブック』の3点をとりまとめ、博士人材の活躍・活用を企業に伝える取り組みを行っています」と、博士学生への期待と、博士人材を応援する活動の紹介をいただきました。

文部科学省科学技術・学術政策局長 西條正明氏

また、W-SPRING-AI事業統括の鷲崎弘宜(理工学術院・教授)からは、本フォーラムの趣旨説明として学生に向けて、「三つの狙い」が伝えられました。

  1. アカデミアだけでなく、様々な業種の企業からも多くの人においでいただいている。自分の研究が社会においてどのように貢献できるか、どう実装を進めるかを考える機会としてもらいたい。
  2. 新しいアイデアやイノベーションは異分野の交流・連携から生まれる。今日は約200人の博士人材が集まっており、その中で少なくとも一人は自分の研究とのつながりや発展を見出せる人がいるはずである。ぜひ、その一人を見つけてほしい。そうした異分野連携を奨励すべく、学生間の異分野連携相乗型共同研究を募集する予定である。
  3. ポスターセッションやグループワーク、交流会などで、積極的に交流を進め、ヒューマンスキルを磨いてもらいたい。

W-SPRING-AI事業統括 鷲崎弘宜(理工学術院・教授)

趣旨説明ののち、30分ごと、4パートに分けてポスターセッションが行われました。全パートにおいて研究分野を限定せず混在させながら、ポスターには統一して自己紹介、研究概要、キャリアデザインを記載するフォーマットとすることで、異分野の学生が議論に入りやすい工夫を取り入れました。学生たちは、異分野のポスター発表にも積極的に参加して質問を重ね、議論を深めていました。

ポスターセッションの様子:時には複数の分野の学生がディスカッションする様子も見られた

ポスターセッションの様子:いずれのグループの学生も、指定されたセッション時間中、非常に真剣に研究成果やキャリアデザインについて議論した

午後の部は、まず2025年度より開始した異分野融合研究プロジェクトについて、今年度採択された2件のプロジェクトの発表がありました。

  1. The neural mechanisms underlying listening difficulties: A focus on speech perception and production.
  2. Visualizing the learning effects of “Failure”: An interdisciplinary approach to elucidating learning processes.

異分野融合研究プロジェクト発表の様子

次に基調講演として、W-SPRING-AI副事業統括の尾形哲也(理工学術院・教授)から“Embodied AI: Empowering robots with foundation models”というタイトルでロボット研究の最前線や社会実装に向けた活動の紹介がありました。

オンラインで講演したW-SPRING-AI副事業統括 尾形哲也(理工学術院・教授)

続いて行われたグループワークでは、「AIがどれほど進化してもなお、人間にしか解決できない課題とは何だろうか?」をテーマに、異分野のグループに割り振られた博士学生たちがディスカッションを重ね、その結果を2分間のプレゼンテーション資料としてまとめ、発表しました。各グループに、産業界やアカデミアで活躍するファシリテーターが1名ずつ参加し、議論を始めるきっかけやテーマに関する助言をもらいながらグループワークが進められました。プレゼンテーションでは、内容の充実度はもちろんのこと、短い時間で聴衆に印象を残すための資料や話し方の工夫が多く見られました。すべてのグループの発表後、ファシリテーターを代表して6名から、総評と企業紹介がありました。

グループワークの様子:自由にツールを用いながら議論を積み上げていく学生たち

グループワークの様子:グループワーク終盤では、プレゼンテーションでどう引き付けるか、にもこだわる様子がみられた

グループワークを終えたのち、発表の様子

懇親会・ネットワーキングでは、ファシリテーターから「いかに良い『問い』を見つけるかを博士研究においても意識してほしい」「今回のように、分野に横串を通してチームで議論を進められるのが早稲田の良いところである」「グループワークでは『AIにできないこと』が問いであったが、ビジネスの視点からは『AIに(だけ)できることが何か』を探すことも重要」といったコメントをいただきました。

様々な分野、学年の博士学生たちが、自身の持つ知見を用いて意見を交わし、多様な業界・業種のファシリテーターの助言を受け入れながらより良い結果を導き出そうとする様子が、今後の日本を牽引する博士人材として頼もしく感じられたイベントとなりました。

 

 

早稲田オープン・イノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)

将来の我が国の科学技術・イノベーションの基盤となり、社会課題の解決に取り組む博士学生を育成するとともに、博士の多様なキャリアパスを確立させることを目指して、2021年度から開始し、2024年度から2期目を迎えた博士学生支援プログラムです。経済的支援として、博士学生一人当たり最大で年間290万円を240人に、最長3年間支給するとともに、学位取得後を見据えたキャリア開発・育成コンテンツをカリキュラムに組み込むことで、博士人材が産業界で幅広く活躍するための素養を身に付け、社会実装を目的とした融合的研究に専念できるよう支援しています。

本プログラムの実施を通じて、社会の課題解決と産業界のニーズに応え得るべく、博士課程の教育改革をこれまで以上に押し進め、日本の産業競争力の強化と社会の持続可能な発展に寄与していきます。

(本プログラムは、文部科学省/JST「次世代研究者挑戦的研究プログラム<Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation(SPRING)>」に採択されています)

早稲田次世代AIイノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING-AI)

博士学生が、領域横断に AI イノベーションを生み出し続け、世界的な AI 技術・応用の研究をリードし、同分野の研究を本格的に推進・先導するリーディングサイエンティストに成長することを目指して、2024年度から博士学生への支援を開始いたしました。経済的支援として、博士後期課程の学生一人当たり最大で年間390万円を最長3年間支給するとともに、学位取得後を見据えた育成コンテンツをカリキュラムに組み込むことで、次世代AI分野に関する高度な専門性と研究遂行能力を身に付けると同時に、自身の研究に専念できるよう支援します。

本プログラムの実施を通じて、次世代 AI 分野におけるイノベーション創出や日本の産業競争力強化に貢献していきます。

(本プログラムは、文部科学省/JST「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業 次世代AI人材育成プログラム(博士後期課程学生支援)」に採択されています)

ユーティリティデータを活用した業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始

著者: contributor
2025年10月15日 15:38

ユーティリティデータを活用した業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始
~地域のリソース最適活用と脱炭素社会の実現を目指して

学校法人早稲田大学スマート社会技術融合研究機構(以下:早稲田大学)、株式会社 REDER(以下:REDER)、株式会社ネクステムズ(以下:ネクステムズ)、株式会社 NTT データグループ(以下:NTT データグループ)、株式会社NTT データ(以下:NTT データ)は、地域全体で脱炭素化を推進することを目指し、地域の労働力やエネルギーなどのリソースの過不足をマッチングし、有効活用する実証実験を開始しました。地域全体での脱炭素化の実現には、単一事業者や単一業界での取り組みでは限界があり、業界横断でのデータ連携・活用と共通エコシステムの形成が不
可欠です。本実証では、まず電気・水道・ガスといったエネルギーリソースを対象とし、それらユーティリティ分野の事業者間で安全にデータを連携させる仕組みを地域密着型の先行モデルで検証します。将来的にはさまざまな地域への展開や、共通のデータ連携エコシステム注 1 の構築により、事業者の開発・運用コストを抑えつつ、地域全体の脱炭素化と持続可能な社会の実現を目指します。
※本事業の早稲田大学代表研究者は理工学術院の林泰弘教授です。

背景

近年、地域社会では人口減少や高齢化に伴い、労働力や資源の不足が大きな課題となっています。特に離島や中山間地域では、生活や産業を支える電気・水道・ガスといったエネルギーインフラサービスを安定的に維持するために、限られたリソースを効率的に活用する仕組みが必要です。
このような背景から、REDER、ネクステムズ、早稲田大学、NTTデータグループ、NTTデータは、各種リソース情報を管理する事業者間でのデータ連携・活用の仕組みが必要と考え、ユーティリティデータを軸とした業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始しました。
従来は各事業者が個別にシステムを構築してきたため、開発・運用コストの負担が課題となっていました。本実証では、共通的なデータ連携エコシステムを形成することで、事業者間の協力を容易にし、これまで分断されていたリソースを地域全体で共有・活用できる仕組みの実現を目指します。これにより、各事業者の負担を抑えつつ、持続的に機能する新しい地域モデルの構築が可能になります。

実証実験の概要

実証期間:2025年度~2027年度
実証エリア:沖縄県波照間島
実証内容:

(1) 水道の揚水稼働やガスの利用状況など電力の需給バランスに影響を与えるさまざまな要素を対象にした、異なる事業者間のデータ連携を実現するプラットフォームの構築
  • エネルギーリソースは複数の事業者によって分散管理されていますが、いずれも安定供給に対して相互に影響を及ぼす特性をもつため、協調的に活用することが不可欠です。そのため、これらを事業者間で調整・最適化する調停機能をプラットフォームに備えます。
  • 異なるリソースの調停にあたっては、事業者間で機微な情報の共有が求められる場合がありますが、心理的な障壁から実行に踏み切れない事業者も少なくありません。こうした障壁を下げるため、データを秘匿化したまま扱える機能をプラットフォームに組み込み、安全かつ安心して連携できる環境を整えます。
(2) さまざまな事業者を実証フィールドに誘致し、構築したプラットフォームを用いた新規サービス・ビジネスに係る実証のコーディネート<h/5>
  • 例えば、農機・建機のレンタルやMaaS注2などのサービスと連携しバッテリー(着脱式を含む)の稼働率を高める事例は、地域で発電した再エネ由来の余剰電力をバッテリーの充電向けに有効活用できる可能性を秘めています。しかし、事業者間での調停が必要で、これまで実サービス化が進まない状況にありました。こうした状況に対し、実データを使用できるフィールドと調停機能を備えたプラットフォームを提供し、新規サービス創出を加速させます。
図1:実証実験のイメージ

 

ユースケース例:
① 水需要や発電量の予測などの情報を掛け合わせて、貯水・造水設備や蓄電池の稼働量を調停および最適化し、地域全体のコストを抑制。
② 各家庭や施設の太陽光発電・蓄電池の稼働情報などを統合し、発電と消費を調停およびバランスさせることで、地域全体のエネルギー利用効率を向上。

 

図2:ユースケース例①のイメージ
図3:ユースケース例②のイメージ

 

各社の役割

早稲田大学:需要予測の高度化および有識者などによる議論の場の提供
■収集される各種データを活用した需要予測の高度化手法の構築
■さまざまな分野の学識者、機構会員、企業有識者、学生などの参画・議論の場の提供

REDER:実証を行う事業者の誘致
■波照間島においてさまざまな事業者を募っての実証コーディネート
■オンサイトの各ユーティリティ計測をAPI連携する機能の構築
■ユーティリティ計測と連携し、社会マクロでのバッテリー(着脱式を含む)の稼働率最大化

ネクステムズ:実証のフィールドおよび分散型再エネ電源機器の提供
■自治体や住民との合意形成
■分散型再エネ電源機器注3(太陽光/蓄電池/EVなど)の需要側EMSの連携

NTTデータグループ/NTTデータ:ユーティリティ領域をはじめとする地域リソース情報連携基盤の提供
■安全かつ柔軟にデータを連携・活用できる企業間・組織間データ連携の総合サービス「X-CuriaTM(読み:クロスキュリア)」を基にした、地域リソース情報連携基盤の構築およびユーティリティ領域への適用
■上記により業界横断のデータ連携に必要な機能の抽出および改善の実施

今後について

2025年度後半からプラットフォームの検討・構築を実施し、2026年度中に他事業者を誘致しての実証を開始予定です。将来的には波照間島での実証結果を踏まえ、業界横断の安心安全なデータ連携の仕組みを他の地域に展開することを目指します。

(注1)「データ連携エコシステム」とは、事業者や組織同士が安全にデータを共有し合い、新しいサービスを生み出すための共通基盤や仕組みです。
(注2)「MaaS」とは、Mobility as a Serviceの略であり、地域住民や旅行者のトリップ単位での移動ニーズに応じて、複数の公共交通機関やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済などを一括で行うサービスです。
(注3)「分散型再エネ電源」とは、家庭や事業所などが各地に分散して所有しているエネルギー源のことです(例:太陽光発電や蓄電池)。
*「X-Curia」は日本国内における株式会社NTTデータの商標です。
*その他の商品名、会社名、団体名は、各社の商標または登録商標です。

ベンゼン環の一発変換で創薬加速

著者: contributor
2025年10月13日 15:51

ベンゼン環の一発変換で創薬加速
芳香族ケトンを一度で多様なヘテロ環に

ポイント

  • 医薬品開発で重要な「芳香族環のヘテロ芳香環への置換」を、ワンステップで可能にする新反応を開発しました 
  • 古典的な反応を利用しつつ、従来の「進まない」という常識を覆し、多段階でしかできなかった変換を一度で実現しました。 
  • 医薬品や天然物由来の複雑な分子にも適用可能で、高収率かつ温和な条件で変換できます 
  • 医薬分子の構造多様化や物性改善を加速し、新薬創出に貢献する基盤技術として期待されます 

概要

ベンゼン環(芳香環)をヘテロ芳香環に置き換える「ヘテロ芳香環スワッピング」は、医薬品の溶解性や安定性を高める有効な手法ですが、従来は複雑な多段階反応が必要で汎用性が低いという課題がありました。 

早稲田大学の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、古典的なClaisen※4/逆Claisen反応※5を応用し、芳香族ケトン※1とヘテロ芳香族※2エステルを一度に反応させることで、ワンステップで多様なヘテロ芳香族ケトンを合成する新手法を開発しました。本反応は高効率で進行し、医薬品や天然物由来の複雑分子にも適用可能です。この成果は創薬研究や新材料開発に広く応用されることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月9日 (木)に「Nature Communications」に掲載されました。
論文名:Heteroaromatic Swapping in Aromatic Ketones

これまでの研究で分かっていたこと

製薬企業の創薬研究者は、薬の性能を向上させるために、生物活性をもつ化合物(シード化合物)を有機合成化学の手法で改変し、より高活性で代謝安定性の高い薬へと作り直してきました。その中でも、芳香環(ベンゼン環)を、窒素などを含む大きさの近いヘテロ芳香環に置き換えると、水溶性や代謝安定性が改善されることが知られています。実際に、抗てんかん薬ペランパネルは、シード化合物のベンゼン環をピリジン環に変えることで、生物活性が約3倍向上しました。
ヘテロ芳香環にはピリジン環以外にも多様な種類があるため、研究者はさまざまなヘテロ芳香環に変換して活性を確認したいと考えてきました。これが「ヘテロ芳香環スワッピング」※3と呼ばれる手法です。しかし、ヘテロ芳香環の導入は合成の初期段階に行われることもあり、例えば、ヘテロ芳香環の導入から5工程かけて化合物を合成した場合、10種類の化合物を作ろうとすると50回の反応を行う必要あります。もし最終段階で、ワンステップ(1工程)で置換できれば、同じ10種類でもわずか10回で済みます。そのため、効率的に「ヘテロ芳香環スワッピング」を実現する簡便な方法の開発が強く望まれていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回、私たちの研究グループは、芳香族ケトンとヘテロ芳香族エステルを一度の反応で混ぜ合わせ、芳香族環を様々なヘテロ芳香環に置き換える新しい「ヘテロ芳香環スワッピング」を開発しました。この反応は、古典的なClaisen反応と逆Claisen反応を組み合わせたもので、容易に入手できる試薬と、温和な条件下で高効率に進行します。これにより、従来は多段階を必要とした変換を、ワンステップで実現することが可能になりました。さらに、この手法は官能基耐性※6が高く、医薬品や天然物など複雑な分子にも適用できることを実証しました。例えば、抗精神病薬である芳香族ケトン「ハロペリドール」の芳香環をワンステップで、ピリジン環をもつ新規類縁体へと変換可能です。ピリジン環のみならず25種類以上のヘテロ芳香環に変換できることもわかっています。

研究の波及効果や社会的影響

今回開発した「ヘテロ芳香環スワッピング」は、薬の開発における大幅な効率化を可能にします。従来は複数の工程を必要としていた構造改変をワンステップで実現できるため、研究者は短期間で多くの候補化合物を合成できるようになり、新しい薬の探索や最適化が大きく加速すると期待されます。
さらに本成果は、古典的なClaisen反応では中間体が安定で、逆Claisen反応は進行しないと考えられていた通説を覆すものです。ケトンに電子的な差をもつ中間体であれば、逆Claisen反応が容易に進行することを明らかにし、教科書の記載に影響を与える学術的成果としても意義をもちます。

課題、今後の展望

今回開発した芳香族ケトンの「ヘテロ環スワッピング」は、幅広い分子に適用可能である一方で、すべての基質に対応できるわけではありません。特に電子的に豊富なヘテロ芳香族や一部の単純なケトンでは反応が進みにくく、さらなる基質適用範囲の拡大が課題となります。最大の課題は、ベンゼン環の隣にケトンを持つ必要があるため、すべてのベンゼン環に適用できない点です。
今後は、この制限を克服し、より多様なベンゼン環をもつ化合物に適用できるような新しい改良法の開発を進めていきます。これにより、より幅広い医薬品候補化合物や機能性化合物に本手法を応用できるようになり、創薬や材料開発における可能性がさらに広がると期待されます。

研究者のコメント

教科書に明記されてきた通説に例外があることを示せたのは、私たちにとって大きな驚きであり、大きな達成感を得ています。このシンプルで実用的な手法は、創薬研究に携わる多くの研究者の助けになると確信しています。今後も有機化学の基礎反応を新しい視点から見直し、社会に貢献できる分子変換技術を生み出していきたいと考えています。

用語解説

※1 芳香族ケトン
ベンゼン環などの芳香環にカルボニル基(C=O)が結合した化合物。医薬品や機能性分子の合成中間体として広く使われています。

※2 ヘテロ芳香環
ベンゼン環のような芳香環の一部が窒素や酸素、硫黄などの原子に置き換わった環構造。薬の溶解性や安定性を改善する効果があり、多くの医薬品に利用されています。

※3 ヘテロ芳香環スワッピング
既存の芳香環を、異なるヘテロ芳香環に入れ替える手法。薬の効力や安全性を高めるための手法の一種で、創薬研究において注目されています。

※4 Claisen反応(クライゼン反応)
エステルやケトンのエノラートが縮合して1,3-ジカルボニル化合物をつくる有機化学の基本反応。19世紀末にドイツの化学者ルートヴィヒ・クライゼンが発見。

※5 逆Claisen反応
1,3-ジカルボニル化合物が逆方向に分解し、2つのカルボニル化合物(今回はケトンとエステル)に戻る反応。

※6 官能基耐性
反応の際に分子内の他の部位(アルコールやアミンなどの官能基)が壊れずに残る性質。耐性が高いと複雑な分子にも適用しやすくなります。

キーワード

芳香族ケトン、ヘテロ芳香族、分子編集、Claisen反応、逆Claisen反応、医薬品化学、骨格変換、合成化学、構造多様化、創薬

論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文名:Heteroaromatic Swapping in Aromatic Ketones
執筆者名:Hikaru Nakahara(早稲田大学)、Ryotaro Shirai(早稲田大学)、Yoshio Nishimoto(京都大学)、Daisuke Yokogawa(東京大学)、Junichiro Yamaguchi*(早稲田大学)
掲載予定日時(現地時間):2025年10月9日
掲載予定日時(日本時間):2025年10月9日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-64041-6
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-64041-6
*:責任著者

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名:結合交換反応の開発と機械学習最適化
研究代表者名:山口潤一郎(早稲田大学)
助成番号:JP21H05213

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名:ラジカル生成過程の観測と追跡を可能とする高精度電子状態理論の開発
研究代表者名:横川大輔(東京大学)
助成番号:JP23H04911

その他、JST CREST (JPMJCR24T3)や科学研究費補助金(25K01775)も一部ご支援をいただきました。

 

環境省「地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」に新規採択

著者: contributor
2025年10月8日 17:34

再エネ導入を加速する次世代蓄電技術開発に着手

シリコン系負極を活用した高性能リチウムイオン電池で電力安定供給とカーボンニュートラルを推進

国立大学法人信州大学、TDK株式会社、国立大学法人鳥取大学、学校法人早稲田大学、ヴェルヌクリスタル株式会社の5者は、環境省が公募した「令和7年度 地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」において、研究開発課題「再エネの導入促進に資するSi系負極を用いた系統用電力貯蔵システムに関する技術開発」(以下、本事業)が採択されたことをお知らせします。
本事業は、2050年カーボンニュートラル社会の実現に不可欠な再生可能エネルギー(以下、再エネ)の導入拡大を加速させるため、電力貯蔵システムの高度化を目指すもので、既存のリチウムイオン二次電池(以下、LIB)に使用されている黒鉛負極をSi系負極に置き換えることで、高エネルギー密度と高出力/長寿命の次世代LIBを開発・実証し、早期の社会実装を図ります。
※本事業の早稲田大学代表研究者は理工学術院の門間聰之教授です。

本事業の目的と技術的優位性

再エの出力変動を補い、安定した電力供給を可能にするためには、高エネルギー密度と高出力を両立した電力貯蔵システムが喫緊に求められています。しかし、現在の技術では、この両立は困難でした。本事業で開発するSi系LIBは、従来の黒鉛の代わりにSi系負極を用いることで、エネルギー密度を飛躍的に向上させ、かつ高い出力と長寿命化を同時に実現します。この革新的な技術は、既存の製造プロセスを転用できるため、他の次世代電池技術に比べて早期の社会実装が期待されています。また、主要材料であるシリコンは国内での供給安定性が高く、経済的な優位性も備えています。

実施体制と今後の展望

本事業は、令和7年度10月から2年半にわたり、各機関の専門性を結集して研究開発と実証を進めます。信州大学が代表機関として全体を統括し、材料評価、セル試作、劣化機構解析を分担します。共同実施者である鳥取大学はSi系複合材料の開発と基本性能評価を、早稲田大学は高度な解析技術を用いて劣化機構を解明します。ヴェルヌクリスタル株式会社は要素技術を統合したシステム開発を、TDK株式会社は開発した電極合材で試作したセルでの信頼性評価と事業化に向けたロードマップの策定を担当します。
本技術の社会実装を加速させることで、我が国のエネルギー安定供給とカーボンニュートラル社会の実現に貢献してまいります。

ムーンショット型研究開発制度のプロジェクトマネージャーに小澤徹教授が新規採択

著者: contributor
2025年10月8日 17:30

このたび、内閣府が統括する「ムーンショット型研究開発制度」における目標10のプロジェクトマネージャーとして、本学から新たに小澤 徹教授の研究開発プロジェクトが採択されました。

採択プロジェクト

プロジェクトマネージャー

小澤 徹(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト

「核融合研究のパラダイムを刷新する数理モデルの定式化と解決法のイノベーション」

本研究開発プロジェクトは、プラズマ科学と数理科学の協働により、フュージョン分野の革新的な発展につながる研究課題を数学的に定式化し、その課題解決に挑戦し、核融合技術の基盤を築く取り組みです。数理を共通言語とする学際的な研究開発体制により、核融合炉の「設計ツール」の概念構築と数理的基盤形成を通じて社会実装や人材育成を推進し、研究開発プログラム計画を遂行します。また、本研究開発プロジェクトの推進により、フュージョンエネルギーの実用化・産業化の実現された社会像を目指し、ムーンショット目標10の達成に貢献します。

ムーンショット型研究開発制度

日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな制度で、内閣官房、内閣府、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省等が連携し、研究開発を推進します。総合科学技術・イノベーション会議で決定された10のムーンショット目標について、各目標における研究開発全体責任者であるプログラムディレクターの下、プロジェクトマネージャーは、ムーンショット目標達成および研究開発構想実現に至るシナリオの策定、研究開発プロジェクトの設計、研究開発体制の構築、研究開発プロジェクトの実施管理などを行います。

目標10では、フュージョンエネルギー(核融合反応によって生まれるエネルギー)の実用化に向けて、様々な応用技術が実装された2050年の社会からバックキャストし、その鍵となる課題解決に挑戦する研究開発を実施し、イノベーション創出を目指します。

ムーンショット目標

1. 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

2.2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現

3.2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現

4.2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現

5.2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出

6.2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現

7.2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現

8.2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現

9.2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現

10.2050年までに、フュージョンエネルギーの多面的な活用により、地球環境と調和し、資源制約から解き放たれた活力ある社会を実現

本学では、これまでに以下5名が「ムーンショット型研究開発制度」にプロジェクトマネージャーとして採択されており、プロジェクトを実施しています。

菅野重樹(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「一人に一台一生寄り添うスマートロボット」

竹山春子(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「土壌微生物叢アトラスに基づいた環境制御による循環型協生農業プラットフォーム構築」

由良 敬(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発」

青木 隆朗(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「ナノファイバー共振器QEDによる大規模量子ハードウェア」

中垣 隆雄(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「岩石と場の特性を活用した風化促進技術“A-ERW”の開発」

誘電正接0.001未満を実現―世界最高水準の低誘電材料を発見

著者: contributor
2025年10月2日 17:03

誘電正接0.001未満を実現―世界最高水準の低誘電材料を発見
~次世代高速通信(6G)に貢献する回路基板材料の新展開~

発表のポイント

  • 高周波電気信号への応答性が低い硫黄を含む高分子を基盤構造に、世界最高水準の低誘電特性を示す新しい有機材料を開発した。
  • 硫黄原子と酸素原子を交互に配列する分子設計にも拡張し、170 GHzというミリ波帯でも低誘電特性を維持できることを実証した。
  • 本材料は、第6世代移動通信システム (6G) の実現に向け、高速・大容量・低遅延の通信を支える回路基板材料としての応用が期待される。

早稲田大学 理工学術院の小柳津研一 (おやいづけんいち) 教授および渡辺清瑚 (わたなべせいご) 次席研究員らの研究グループは、株式会社ダイセル(本社:大阪市北区、代表取締役社長 榊 康裕)と共同で、これまで達成が難しいとされてきた誘電正接0.001未満の低誘電材料の開発に成功しました。
低誘電材料は、次世代の高速・大容量通信に欠かせない要素技術ですが、通信に用いる電波の周波数が高くなるほどエネルギー損失が増大する課題を抱えています。来たる6G通信の実装 (2030年頃) に向けて、材料の電気絶縁性を飛躍的に高めることが強く求められています。本研究では”ポリ(フェニレンスルフィド)誘導体”という構造に着目し、高周波電気信号への応答性を大幅に抑制することで、従来材料を凌駕する世界最高水準の低誘電特性を実現しました。本研究は、高速大容量通信における回路基板材料の新たな設計指針を提示するものであり、将来的には「より多くのデータを、より高速で、より高品質に」伝送できる通信技術の実現につながる可能性があります。
本研究成果は、2025年8月16日 (土曜日) 午前7時 (英国時間) にNature系列誌「Communications Materials」にオンライン掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと

近年、モノのインターネット (IoT) や人工知能 (AI) の急速な発展に伴い、多量のデータを高速かつ高品質に伝送する技術への需要が一層高まっています。しかし、情報通信機器の回路基板に用いられる電気絶縁材料 (低誘電高分子材料) は、通信に用いる電波の周波数※1が高くなるとともに伝送損失※2の増加を引き起こし、通信時の発熱や品質劣化を招く課題を抱えています。2030年頃に実装が見込まれる6G通信※3に向けては、30-300 GHzのミリ波帯でも優れた電気絶縁性を維持できる回路基板材料の開発が急務となっています。

低誘電材料の性能を表す指標には、誘電率※4と誘電正接※5の2つがあり、特に誘電正接は伝送損失の値を大きく左右するため重要な指標とされています。これまで、ポリイミド※6やポリ(フェニレンオキシド) (PPO)※7など多くの低誘電材料が開発されてきましたが、分子内に存在する極性※8の影響から、低誘電率 (3以下) かつ低誘電正接 (0.001未満) を両立する材料の実現は困難でした。例外的に、PTFE※9に代表されるフッ素樹脂は、フッ素原子の分極率※10が低く0.001未満の誘電正接を示しますが、近年は環境規制により含フッ素化合物の使用が制限されており、これに代わる新たな分子設計指針が求められてきました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究グループは、低誘電プラスチックの分子構造から極性を持つ官能基を排除し、電気信号への応答性を極限まで抑えることで、誘電率や誘電正接を更に低減できると考えました。そこで、極性の低いスルフィド結合※11と分子運動性の低いベンゼン環※12から構成される”ポリ(フェニレンスルフィド) (PPS) 誘導体”に着目し、電気信号に伴う分子振動を抑えられる化学構造を導入することで、従来の低誘電材料を凌駕する低誘電特性を実現できることを見出しました。

そこで、研究グループは、従来の低誘電材料であるPPOの酸素原子を硫黄に置換したジメチル置換PPS (PMPS) と、これらの交互共重合体※13 P1に新しく着目しました (図1)。

図1: 本研究における低誘電化の戦略

図1の補足:従来のPPOと、本研究で見出した高分子 (PMPS、P1) の分子設計と誘電特性 (10 GHzにおける値)。PPOの酸素がPMPSでは硫黄に変わり、分子の極性が小さくなることから、高周波電気信号への応答性が低くなり誘電正接 (Df) が低下する。(CCライセンスに基づき、論文中の模式図を一部改変及び翻訳)

誘電特性を測定したところ、分子構造に含まれるPMPS骨格の割合が多いほど、スルフィド結合の低い極性に由来して誘電正接が減少し、特にPMPSでは10 GHzにおいて0.001未満の極めて低い値を示しました。一方、硫黄は高い分極率を有することから誘電率は増加したものの、最大でも2.80に留まり、低誘電材料として十分に機能することが分かりました。すなわち、PPS誘導体は従来材料と同等の低い誘電率を保ちながら、誘電正接を大幅に低減できることが明らかとなりました。

図2: P1の特異的な誘電特性

(a) 10-170 GHzにおける誘電正接スペクトルと傾きkDfの一覧. P2は交互共重合体P1の位置異性体 (メチル基の位置が異なる構造体)、PPSはポリ(p-フェニレンスルフィド)を指す。P1のみが極小値 (紫部) を有し、スペクトルの傾きも小さいことから周波数依存性が小さい。
(b) P1とPMPSの極性を表す模式図。
(c) P1とPMPSの静電ポテンシャル (左) およびMulliken電荷 (右) の分布。硫黄はやや正に、酸素は負に帯電していることがわかる。(CCライセンスに基づき、論文中の模式図を一部改変及び翻訳)

さらに、PPO骨格とPMPS骨格を交互に配置したP1は、他の高分子と異なり周波数が増加しても誘電正接がほぼ変化せず、80 GHzにおいても安定して0.002未満の低誘電正接を維持しました。また、この低い周波数依存性は170 GHzという更に高い周波数帯でも維持されました (図2a)。詳細な機構を調べると、PMPS骨格とPPO骨格が交互に並ぶP1でのみ極性が微小に偏り、高分子鎖間に静電相互作用※15が発現することで電気信号に伴う分子運動が抑制され、幅広い周波数帯においてエネルギー損失を抑えられることが分かりました (図2b, c)。

研究の波及効果や社会的影響

近年の情報通信の高速化は著しく、低誘電材料の開発競争もこの5年程度で急速に激化しています。要求水準は年々上がる一方で、所望の低誘電特性を実現する高分子材料の設計指針は確立されていませんでした。本研究は、分野における壁の1つである「誘電正接0.001未満」を突破する新しい手法として、「硫黄を使った分子設計」というアイディアを初めて実証したものです。
今後、このコンセプトを多様な高分子構造に展開することで、更に優れた低誘電特性を示す材料が網羅的に開拓されることが期待できます。得られた材料が第6世代移動通信システム (6G) に実装されれば、「より多くのデータを、より高速で、より高品質に」伝送できるようになり、データの処理速度の飛躍的向上、IoTの普及拡大、ウェアラブル機器の高性能化など、大きな社会的波及効果も期待できます。

課題、今後の展望

本成果では、極めて低い誘電正接を示す有機材料の分子設計を初めて実証しましたが、その下限がどこにあるのかは未知数です。今後は、PPS誘導体の構造を部分的に改変した高分子や、他の硫黄含有ポリマー、さらには架橋高分子にも対象を拡張し、高分子材料が到達し得る低誘電特性の限界を追究したいと考えています。

研究者のコメント

これまで取り組んできた高屈折率高分子の研究を発展させ、「屈折率と表裏の関係にある誘電率の制御にも応用できるのでは?」と着想したのが本研究の出発点です。当初は「屈折率が高ければ誘電率も高い」と予想していましたが、実際にはスルフィド結合の性質により誘電率は意外に低く、加えて誘電正接が大幅に低減することを見出しました。本成果は低誘電材料開発におけるブレイクスルーであり、情報社会を支える革新的技術への第一歩になると確信しています。

用語解説

※1 周波数
1秒間に電波が振動する回数。周波数が高いほど、より多くの情報を伝送できる。

※2 伝送損失
情報通信において、電気信号が減衰する度合い。周波数の1乗、誘電率※3の平方根、誘電正接※4の1乗に比例する。

※3 6G通信
2030年頃に実装が予定されている、30-300 GHzの電波を用いた通信技術。現行の5G通信と比較して省コストかつ更に高速・低遅延・大容量の通信や、同時多数の情報デバイス接続が可能となる。

※4 誘電率
外部から電場が加わった時に、電子が偏る程度を表す指標のこと。回路基板に用いる高分子材料の場合、誘電率は低い方が好ましい。

※5 誘電正接
外部から交流電場が加わった時に、エネルギーが熱として損失する程度を表す指標。極性基や運動性の高い官能基が電気信号に応答し、局所的に運動することが損失の原因とされている。回路基板に用いる高分子材料の場合、誘電正接は低い方が好ましい。

※6 ポリイミド
イミド結合を有するエンジニアリングプラスチックの総称。高分子鎖間での相互作用が強く、耐熱性や電気絶縁性に優れる。

※7 ポリ(フェニレンオキシド) (PPO)
芳香環と酸素原子の繰り返し構造から成るエンジニアリングプラスチック。耐熱性や電気絶縁性に優れる。工業的には、ポリスチレンとブレンドして成形加工性を高めたノリル樹脂が用いられることが多い。

※8 極性
分子構造の中で、電荷がプラス(正)とマイナス(負)に偏る程度のこと。極性の低い分子ほど外部電場に応答しにくくなり、損失が小さくなる。

※9 PTFE
テフロン樹脂 (ポリ(テトラフルオロエチレン)) の略称。耐熱性や耐薬品性、電気絶縁性に優れる。フライパンの撥水コーティングなどにも用いられる。

※10 分極率
電場や光が加わった際に、原子周囲の電子の偏りが生じる性質。硫黄は分極率が高く、酸素は分極率が低い原子として知られている。分極率の低い分子ほど電荷を貯めにくく、損失が小さくなる。

※11 スルフィド結合
炭素原子と硫黄原子が2つの電子を介して形成する化学結合。炭素と硫黄は電気陰性度 (電子を原子が引き付ける能力) の差が小さいことから極性※8が低い。

※12 ベンゼン環
6つの炭素原子が正六角形に結合した平面状の化学構造。高分子に組み込まれると,剛直性が高く、熱的・化学的安定性に優れた官能基として働く。

※13 交互共重合体
2種類の化学構造が、交互に連結された高分子のこと。例えば、2種類の高分子の単位構造をそれぞれA, Bとすると、交互共重合体はABABAB…という分子配列を有する。

キーワード

ポリ(フェニレンスルフィド)、含硫黄高分子、低誘電特性、周波数、高速大容量通信、ミリ波、6G、回路基板材料

論文情報

雑誌名:Communications Materials
論文名:Poly(phenylene sulfide) derivatives as ultralow dielectric loss materials with stable frequency response
執筆者名(所属機関名):Seigo Watanabe1,2, Shuma Miura2, Tomohiro Miura2, Yoshino Tsunekawa2, Daisuke Ito3, Kenichi Oyaizu1,2,*
*:責任著者
1早稲田大学理工学術院総合研究所
2早稲田大学先進理工学研究科応用化学専攻
3株式会社ダイセル
掲載日時(現地時間):2025年8月16日7時
掲載日時(日本時間):2025年8月16日15時
掲載URL:https://doi.org/10.1038/s43246-025-00917-w
DOI:10.1038/s43246-025-00917-w

研究助成

研究費名:有機エネルギーマテリアル化学の確立と展開
研究課題名:文部科学省 科研費 基盤研究(A) (21H04695)
研究代表者名(所属機関名):小柳津研一(早稲田大学)

研究費名:ソフト分極構造の多重集積による光・電場機能高分子の革新
研究課題名:文部科学省 科研費 挑戦的研究 (開拓) (22K18335)
研究代表者名(所属機関名):小柳津研一(早稲田大学)

研究費名:両親媒性共重合体を鍵材料とするポリフェニレンスルフィドの革新的接着と相溶化
研究課題名:文部科学省 科研費 若手研究 (25K18083)
研究代表者名(所属機関名):渡辺清瑚(早稲田大学)

上記のほかに、みずほ学術振興財団 工学研究助成、池谷科学技術振興財団 単年度研究助成 (No. 0371233-A)、天野工業技術研究所 研究助成 の支援により実施されました。

「CREST」「さきがけ」および「ACT-X」に採択

著者: contributor
2025年9月19日 09:37

2025年度JST戦略的創造研究推進事業に採択

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の2025年度戦略的創造研究推進事業(「CREST」、「さきがけ」および「ACT-X」)において、本学の研究提案からCREST1件、さきがけ1件、ACT-X2件が採択されたほか、さきがけの特定課題調査として1件が決定しました。

CRESTは採択60件/応募826件(うち私大の採択は2件)、さきがけは採択168件/応募1,734件(うち私大の採択は11件)、ACT-Xは採択110件/応募745件(うち私大の採択は6件)と、年々応募件数が増加している中での採択となりました。

本採択を受け、他の研究者や産業界等ともネットワークを構築しながら、挑戦的な基礎研究を推進し、新たな科学知識に基づく革新的技術シーズの創出を目指します。

決定した本学からの研究提案は以下のとおりです。

CREST

戦略目標:量子フロンティア開拓のための共創型研究
研究領域:量子・古典の異分野融合による共創型フロンティアの開拓
青木 隆朗(理工学術院 教授)
【研究課題】次世代加工による超高協同係数ナノフォトニック共振器QED

 

さきがけ

戦略目標:ゆらぎの制御・活用による革新的マテリアルの創出
研究領域:ゆらぎの理解と制御による材料革新
廣井 卓思(理工学術院 准教授)
【研究課題】ソフトマテリアルの表面選択的ゆらぎ計測法の開発

 

さきがけ(特定課題調査)

※次年度への再応募を条件とした短期間での調査・研究活動

戦略目標:実環境に柔軟に対応できる知能システムに関する研究開発
研究領域:実世界知能システムの基盤創出
三宅 太文(次世代ロボット研究機構 次席研究員)

 

ACT-X

戦略目標:人間理解とインタラクションの共進化/文理融合による社会変革に向けた人・社会解析基盤の創出/信頼されるAI/数理科学と情報科学の連携・融合による情報活用基盤の創出と社会への展開/Society 5.0を支える革新的コンピューティング技術の創出
研究領域:次世代AIを築く数理・情報科学の革新
伊藤 潤成(大学院先進理工学研究科 修士課程1年)
【研究課題】部分観測下におけるSim2Real転移手法の開発
河井 雪野(大学院基幹理工学研究科 博士課程2年)
【研究課題】AutoMLに向けたクラスタリングの数理情報基盤

 

戦略的創造研究推進事業とは

戦略的創造研究推進事業は、我が国が直面する重要な課題の克服に向けて、挑戦的な基礎研究を推進し、社会・経済の変革をもたらす科学技術イノベーションを生み出す、新たな科学知識に基づく創造的な革新的技術のシーズ(新技術シーズ)を創出することを目的としています。そのために、大学・企業・公的研究機関等の研究者からなるネットワーク型研究所(組織の枠を超えた時限的な研究体制)を構築し、その所長であるプログラムオフィサー(研究総括等)による運営の下、研究者が他の研究者や研究成果の受け手となる産業界や広く社会の関与者とのネットワークを構築しながら、研究を推進します。(出典:JSTホームページ)

2025年度 JST「戦略的創造研究推進事業 情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)」に採択

著者: contributor
2025年9月18日 10:20

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業 情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)」の公募において、2025年度の新規研究開発課題として、本学からの提案が採択されました。
応募件数138件のうち採択課題は11件で、私立大学からは唯一の採択となりました。

採択課題

甲藤 二郎(理工学術院・教授)

【研究開発課題名】学習型符号化と生成AIの統合による生成型通信

 

戦略的創造研究推進事業 情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)

情報通信分野の重要性が世界的にもますます増していることを踏まえ、Society5.0以降を見据えた未来社会における大きな社会変革を実現可能とする革新的な情報通信技術の創出と、革新的な構想力を有した研究人材育成に取り組み、日本の情報通信技術の強化を目指すプログラムです(プレスリリース文より)

寝室の換気量、現行の2倍が望ましい可能性

著者: contributor
2025年9月10日 09:12

寝室の換気量、現行の2倍が望ましい可能性

ポイント

  • 寝室内換気と睡眠の質の関係について、過去17本の研究を整理・分析しました。
  • 寝室の換気状況を示す指標として用いられる二酸化炭素濃度が1,000ppmに達すると、睡眠効率や深睡眠割合が低下することを確認しました。
  • 安全側に余裕を持たせて睡眠の質が低下する可能性を十分に低く抑えるには、寝室内の二酸化炭素濃度を800ppm以下に保つことが望ましく、現行の住宅換気基準の少なくとも2倍の換気量が必要であると推計されました。
  • 本研究成果は、住宅の設計規格や換気設備の改良、省エネルギー型換気技術の開発につながることが期待されます。

概要

早稲田大学スマート社会技術融合研究機構 研究助手の秋元 瑞穂(あきもと みづほ)、同大学理工学術院教授の田辺 新一(たなべ しんいち)およびデンマーク工科大学教授のPawel Wargockiらの国際研究チームは、寝室内換気と睡眠の質の関係について、同グループの研究成果に加え、国内外で発表された関連研究を含めて整理・分析しました。

その結果、寝室の換気状況を示す代表的な指標である二酸化炭素濃度※1が1,000ppm※2に達すると睡眠効率※3や深睡眠※4割合が低下すること、さらに安全側に余裕を持たせて睡眠の質が低下する可能性を十分に低く抑えるには800ppm以下を目標とすべきであることが明らかとなりました。また、この水準を満たすためには、現行の住宅換気基準の少なくとも2倍の換気量が必要であることを示しました。

本研究成果は、Taylor & Francis社発行の国際学術誌『Science and Technology for the Built Environment』(論文名:New research on bedroom ventilation and sleep quality suggests that building standards should be revisited (ASHRAE 1837-RP))に掲載され、2025年7月21日(月)にオンライン版が公開されました。

キーワード:
睡眠の質、換気量、二酸化炭素(CO₂)濃度、寝室環境、睡眠効率、深睡眠、室内空気質(IAQ)、住宅換気基準

研究の背景と目的

これまでの研究でも、寝室の不十分な換気が睡眠の質に及ぼす影響には関心が寄せられてきました。特に、室内のCO₂濃度が高まると、覚醒時に眠気や集中力の低下が生じることは広く知られているものの、寝室内の換気不足や、その結果として生じるCO₂濃度の上昇が睡眠に与える影響については、これまで統一的な結論を導くことが困難でした。これは、実際に報告されてきた研究が、対象とする人数や年齢、測定した睡眠指標(睡眠効率、深睡眠割合、入眠潜時※5など)、さらに換気の方法(窓開け、機械換気など)においてそれぞれ異なっていたためであり、結果を直接比較することが難しい状況にあったからです。

研究の方法と明らかになったこと

本研究グループは、同グループの研究成果を含め、2020年1月から2024年8月までに発表された、寝室の換気状況と睡眠の質を同時に測定した合計17本の研究を整理・分析しました。対象には、実際の住環境で寝室の状況を調べた研究に加え、換気条件を意図的に操作して睡眠への影響を検討した研究も含まれており、寝室内のCO₂濃度や換気条件と、睡眠効率、深睡眠割合、入眠潜時といった睡眠指標との関係を比較しました。これらの研究はまだ数は多くないものの、近年着実に増加しており、国際的にも注目が高まっています(図1)。

図1:睡眠中の換気と睡眠の質を同時に測定した論文数と被引用数の推移
2024年8月時点での状況を示しており、論文数が年々増加していることがわかる。

分析の結果、寝室内のCO₂濃度が高くなると睡眠の質に影響が及ぶことが確認されました。図2は、レビュー対象とした研究を縦軸に並べ、それぞれの研究の種類(実際の住環境での調査か、換気条件を操作した実験的研究か)や対象者の年齢属性とともに整理し、横軸に報告されたCO₂濃度を示したものです。整理・分析した17本の研究のうち、一部は複数の条件で実験を行っており、図2には合計22件の実験データが反映されています。そのため研究番号が同じでも、条件の異なる結果が複数プロットされている場合があります。

例えば研究番号3では、実験室内のCO₂濃度がおよそ800 ppm、1,900 ppm、3,000 ppmの条件で比較されています。その結果、800 ppmに比べて1,900 ppmや3,000 ppmでは睡眠の質に統計的に有意な低下(p<0.05)が確認されました。このように、黒く塗りつぶされたプロットは有意な低下が認められた条件を、白抜きのプロットは比較対象や有意差が認められなかった条件を示しています。

図2:寝室内CO₂濃度と睡眠の質に関する各研究の結果
縦軸にはレビュー対象とした研究番号が並び、それぞれの研究の種類(横断研究=実際の住宅で実態調査を行った研究、介入研究=実験室・実際の住宅で換気条件を変えた研究)と対象者の年齢属性が整理されている。なお、同じ研究番号が複数示されているのは、1つの研究で条件の異なる実験結果を含むためである。

横軸には寝室内CO₂濃度を示し、黒いプロットは平均値、赤いプロットは95パーセンタイル値。塗りつぶされたプロットや灰色の帯は統計的に有意な差(p<0.05)が確認された水準を示し、白抜きは有意差が確認されなかったことを示す。CO₂濃度は絶対値で表す。なお、研究番号12は人工気候室にて実験的にCO₂を追加して濃度を上昇させた研究であり、他の研究と必ずしも直接比較できない。

図2から、脳波計や腕時計型睡眠計によって測定された睡眠の質に有意な低下(p<0.05)が報告された最も低い絶対CO₂濃度は約1,000 ppmであることが読み取れます。一方で、統計的に有意差が確認された条件(塗りつぶし)と比較された参照条件(白抜き)の中で最も高い濃度は850 ppmでした。(それぞれ図中に青丸で示す。)ただし、850ppmという値はあくまで参照条件にすぎず、NOAEL(無影響量)と位置づけることはできません。本研究グループは、センサーの測定精度(±50 ppm程度)を考慮し、安全側に余裕を持たせて800 ppm以下を暫定的な目標水準とすることが合理的だと提案しました。

さらに、図3は外気のCO₂濃度を420 ppmと仮定し、睡眠中の人からのCO₂産生量に応じて、寝室内のCO₂濃度を800 ppmや1,000 ppmといった目標値以下に保つために必要な外気供給量を推計したものです。この図から、成人が睡眠中の寝室でCO₂濃度を800 ppm以下に維持するには一人当たり約8 L/s(リットル/秒)の外気供給が必要であることが読み取れます。この換気量は、現在推奨されている住宅の換気量より明らかに多く、また住宅で広く採用されている0.5回/h換気※6よりも高い値に相当します。例えば、床面積10m2・天井高2.5mの寝室(容積25m3)で考えると、一人で滞在する場合はおよそ1時間に1回、二人で滞在する場合はおよそ30分に1回、部屋全体の空気が入れ替わる換気量に相当します。現状、この水準に対応する規格は限られており、欧州規格EN 16798-1の最も厳しいカテゴリーI(屋外濃度+380 ppm以内)が該当します。また、一部の病院規格(例:米国暖房冷凍空調学会ASHRAE Standard 170、日本の病院設備設計ガイドラインHEAS-02)でも同様のレベルが規定されています。

なお、必要換気量は「屋外濃度との差」と「室内のCO₂産生量」によって決まります。就寝時はCO₂産生量が覚醒時より小さいため、寝室で800 ppmを目標とする場合でも、一般オフィスで1,000 ppmを目標とする場合と同程度(約8–10 L/s・人)の換気量が必要になる目安です。

図3:寝室内CO₂濃度を抑えるために必要な外気供給量の推計
外気CO₂濃度を420 ppmと仮定し、睡眠中の人のCO₂産生量(9、10、11、15 L/(h・人))と、目標とする寝室内CO₂濃度(800 ppmや1,000 ppmなど)に応じて必要な外気供給量を推計したもの。睡眠中のCO₂産生量は、9 L/(h・人)が高齢者、10 L/(h・人)が子ども、11 L/(h・人)が成人、15 L/(h・人)が夜間に目覚めやすい人や代謝量の高い人を想定している。成人の睡眠中の寝室を想定した場合、CO₂濃度を800 ppm以下に維持するには、一人当たり約8 L/sの換気量が必要である。

研究の波及効果や社会的影響

これまで住宅の換気は、主にシックハウス対策や結露防止、感染症対策を目的として議論されてきましたが、本研究は睡眠という生活行動と換気環境を結び付け、寝室で目安となるCO₂濃度を提示した点に特徴があります。睡眠の質が日々の生活に影響することを踏まえると、こうした知見は住宅設計や換気のあり方を検討するうえで有用な基礎情報となります。

今後の展望

本研究は既存研究を整理・分析したレビューであり、対象となった研究数がまだ多くないこと、また研究ごとに条件や評価方法に違いがあることが課題として挙げられます。また、CO₂濃度は寝室の換気状況を示す指標として広く用いられていますが、CO₂のみを操作した研究は限られており、特に1,000ppm未満の低濃度での比較データが不足しています。そのため、今後さらなる研究の積み重ねが必要です。

本研究で得られた知見をもとに、比較可能なデータが増えていくことが重要であり、私たち自身も実際の寝室での実験や調査を継続することで、より確かな知見を蓄積していきたいと考えています。

用語解説

※1 CO₂(=二酸化炭素)濃度
室内の空気に含まれる二酸化炭素の割合を示す指標。単位は ppm(parts per million、百万分の一)。人が呼吸でCO₂を排出するため、室内の換気状況を示す目安として広く使われている。

※2 ppm
気体の濃度を表す単位で、「100万分の1」を意味する。例えば、800 ppm は空気100万分のうち二酸化炭素が800含まれる状態を表す。

※3 睡眠効率
布団やベッドに入っていた時間のうち、実際に眠っていた時間の割合。一般的に85%以上で良好とされる。

※4 深睡眠
睡眠段階のひとつで、脳波では徐波(ゆっくりした波)が多く出現する状態。身体の回復や記憶の整理に重要とされる。

※5 入眠潜時
布団やベッドに入ってから実際に眠りに入るまでの時間を指す。短いほど寝つきが良いとされ、長い場合は寝つきにくさや睡眠の質の低下を示すことがある。

※6 換気回数(回/h)
室内の空気が1時間あたりに何回入れ替わるかを示す指標。例えば0.5回/hは「2時間で部屋全体の空気が1回入れ替わる」ことを意味する。

論文情報

雑誌名:Science and Technology for the Built Environment
論文名:New research on bedroom ventilation and sleep quality suggests that building standards should be revisited (ASHRAE 1837-RP)
執筆者名(所属機関名):秋元 瑞穂*(早稲田大学)、Xiaojun Fan(カリフォルニア大学バークレー校シンガポール研究拠点)、Li Lan(上海交通大学)、Chandra Sekhar(シンガポール国立大学)、田辺 新一(早稲田大学)、David P. Wyon(デンマーク工科大学)、Pawel Wargocki(デンマーク工科大学)
論文掲載日:2025年7月21日
掲載URL:https://doi.org/10.1080/23744731.2025.2531317
DOI:10.1080/23744731.2025.2531317

研究助成

研究費名:科研費 特別研究員奨励費22KJ2956
研究課題名:室内環境が良質な睡眠に与える影響に関する研究
研究代表者名(所属機関名):秋元瑞穂(早稲田大学)

研究費名:ASHRAE 1837-RP
研究課題名:The Effects of Ventilation in Sleeping Environments
研究代表者名(所属機関名):Pawel Wargocki(デンマーク工科大学)

なお、本研究は Danish the 20th December Foundation および鹿島学術振興財団(The Kajima Foundation)からの支援も受けています。

制約を圧縮して表現する量子技術を開発

著者: contributor
2025年8月29日 13:12

制約を圧縮して表現する量子技術を開発 
量子計算機による組合せ最適化解法の高精度化を実現 

ポイント

  • 現実世界の組合せ最適化問題を量子計算機で解くには一般に現れる多くの制約(守らなければならないルール)を効率的に取り扱うという課題がありより汎用的で精度の高い手法の開発が求められてきました  
  • 本研究では、組合せ最適化問題がもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する技術を構築し、その技術をもとに、探索対象となる組合せの個数を削減し、探索効率を向上する量子アルゴリズムを開発し、精度の改善を実証しました 
  • 本手法は量子計算機に簡単に導入できることから本技術を取り込んだ量子ソフトウェアの開発により、精度高く現実世界の組合最適化問題を解くことが期待できます 

概要

 量子計算機を現実世界の組合せ最適化問題に活用するためには、組合せ最適化問題※1がもつ制約を効率的に取り扱うことが重要となります。これを受け、早稲田大学高等研究所准教授の白井達彦(しらい たつひこ)、同大学理工学術院教授の戸川望(とがわ のぞむ)らの研究グループは、組合せ最適化問題がもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する技術(図1)を構築し、組合せ最適化の探索効率を向上するための新しい手法を開発しました。さらに本研究グループは、この手法をゲート型量子計算機※2に適用し、実量子計算機を模したシミュレータで精度の改善を確認しました。

図1 組合せ最適化問題のもつ制約を量子計算機で圧縮して表現するための手法の概要。
図1の補足:図中央上は量子回路を表し、量子ゲート※3(左から制御NOTゲートとXゲート)を作用させることで、表(図中央下)で示した変換を実行する。

これまでの研究で分かっていたこと

現実世界のあらゆるところに存在する組合せ最適化問題は大規模になるほど、従来型のコンピュータで最適解を得ることが困難になるため、様々な解法が研究されています。中でも近年、ゲート型量子計算機といった量子力学の原理にしたがって動作する新しいタイプの計算機が注目されています。量子計算機は国内外で研究開発され、一般のユーザーもクラウド上で使用できる段階になっています。
しかし、量子計算機を活用するにはまだ課題が多くあります。とくに制約をもつ組合せ最適化問題を解くことは社会的に重要である一方で、現在の量子計算機では十分な精度を達成することは難しいという課題があります。これまで、この困難を克服するためさまざまな手法が開発されてきました。しかし、これらの手法は、特定のタイプの制約に適用範囲が制限されており、社会課題に現れる複雑な制約をもつ組合せ最適化問題を解くことは依然として困難です。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 今回の研究では、現実世界の組合せ最適化問題に現れる制約に対して汎用的に適用可能な手法を実現しようと試みました。そこで、探索の効率化を実現するため、制約を満たす解の集合を圧縮して表現することを考えました。たとえば、図1では、1個の果物をAlice(以下A)とBob(以下B)のどちらかに与えるという問題を考えます。それぞれAとBに1個ずつの量子ビットを対応させ、量子ビットが1のとき果物を与える、量子ビットが0のとき果物を与えないとします。すると2個の量子ビットが必要となります。このとき、果物の個数は1個ですので、2個の量子ビットのうち、一方は0、もう一方は1とする必要があります。これが制約です。ところが量子計算機は一般に制約を満たさない解を出力します。たとえば、2個の量子ビットの両方が0あるいは両方が1となるような解です。このような制約を満たさない解があるとエネルギー地形が複雑化(凸凹)するため、量子アルゴリズムの精度を悪化させる要因となります。そこで、制約を満たす解の個数が2個であることに着目し、1個の量子ビットでこれらを表現することを考えます。具体的には、図1の表で与えられる変換を考えます。このとき、x_A^’を0に固定した解空間を考えると、x_B^’=0とx_B^’=1がそれぞれ制約を満たす解に対応しています。このように、もともと2個の量子ビットで表現されていた制約を満たす解空間を1個の量子ビットで圧縮して表現できることがわかります。こうしたもともとの問題で必要とする量子ビットの個数より、少ない個数の量子ビットで表現された空間を圧縮空間と呼びます。圧縮空間では探索する必要のある解の個数が減るため、精度高く最適解を探索できることが期待されます。
今回の研究では、ゲート型量子計算機を用いて圧縮空間を構築する方法を明らかにしました。圧縮空間を与える変換は、ゲート型量子計算機で操作する量子ゲートを組み合わせて表すことができます。そこで、組合せ最適化問題の制約に応じて、圧縮空間を構成する量子ゲートの組合せを探索するための量子アルゴリズムを開発しました。この方法は、原理的にはあらゆるタイプの制約に適用でき、現実世界に現れる多くの組合せ最適化問題に対して有効です。さらに典型的な制約をもつ組合せ最適化問題に対して、具体的に本手法が適用可能であることを示しました。実際に、量子計算機で解くことが困難とされる3つのタイプの組合せ最適化問題に対して、本手法を組み込んだ場合(提案手法)と組み込まなかった場合(従来手法)とを比較した結果、提案手法で得られた答えの精度が高いことがわかりました(図2)。

図2.手法の比較
図2の補足:縦軸横軸の値は各組合せ最適化問題の最適解が得られる確率を表しています(1が最も精度が高い)。縦軸に提案手法、横軸に従来手法を示しました。四角(赤色)のデータは最大kカット問題※4(k=3,4)、丸(緑色)のデータは二次ナップサック問題※5、三角(青色)のデータは二次割当問題※6を表し、それぞれシミュレータを用いて実験を行った結果をプロットしています。データが対角線の上側にあることは、提案手法において従来手法より性能が改善していることを示しています。

研究の波及効果や社会的影響

本手法を使うことによって、より精度高くさまざまな制約をもつ組合せ最適化問題を解くことができます。本手法は量子計算機に簡単に導入することができることから、現在のまた近未来的に実現する量子計算機の性能を最大限引き出すための量子ソフトウェア開発の要素技術として利用されることが期待されます。たとえば、今回の手法により交通流の最適化が実現すると、渋滞の解消や二酸化炭素排出量の削減など社会的問題へ大きく貢献する可能性があります。

課題、今後の展望

本手法では、組合せ最適化問題のもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する手法を開発しました。今後、量子計算機の性能が向上するとともに、一層広範囲の組合せ最適化問題に適用可能となることが期待されます。また、圧縮空間を構築する方法は、組合せ最適化問題にとどまらず、化学計算や機械学習などへの応用が考えられます。実世界に見られるさまざまな具体的な問題に対して、本手法の有効性を検証していきます。

研究者のコメント

本研究ではゲート型量子計算機を精度高く利用するための手法を開発しました。本研究で開発した手法を使うことで、量子計算機の性能が最大限発揮され、今後新たに量子計算機を活用できる事例が増えることを期待します。

キーワード

組合せ最適化、制約、量子アルゴリズム、圧縮、量子ソフトウェア

用語解説

※1 組合せ最適化問題
膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。

※2 ゲート型量子計算機
現在の計算機を構成するビットを量子ビットで置き換えた計算機であり、量子ゲートと呼ばれる演算を量子ビットに作用させることで動作する。

※3 量子ゲート
ゲート型量子計算機における演算素子。図1で示した、制御NOTゲートとXゲートは、古典計算における排他的論理和やNOTに対応する。

※4 最大kカット問題
与えられたグラフの頂点集合を、異なる部分集合間を繋ぐ辺の数を最大にするようにk個の部分集合に分割する組合せ最適化問題。

※5 二次ナップサック問題
ナップサックの容量と品物の価値が与えられたとき、容量を超えない範囲でナップサックに入れる品物の総価値を最大化する組合せ最適化問題。

※6 二次割当問題
工場と地点が同じ個数与えられたとき、各工場を各地点に割り当てたときの地点間の輸送コストの合計を最小化する組合せ最適化問題。

論文情報

雑誌名:IEEE Transactions on Quantum Engineering
論文名:Compressed space quantum approximate optimization algorithm for constrained combinatorial optimization
執筆者名(所属機関名):Tatsuhiko Shirai*(早稲田大学)、 Nozomu Togawa(早稲田大学)
掲載日時:2025年8月25日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/11139119
DOI:https://doi.org/10.1109/TQE.2025.3602404

研究委託

研究委託元:NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
研究課題名:JPNP16007「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発/量子計算及びイジング計算システムの総合型研究開発」
代表機関:国立研究開発法人産業技術総合研究所
本学の研究代表者名:戸川望(早稲田大学)

研究助成

研究費名:科研費・若手研究
研究課題名:23K13034「非平衡量子開放系における物性制御法の開発」
研究代表者名:白井達彦(早稲田大学)

バイオ模倣非接触汗センサーを開発

著者: contributor
2025年8月29日 09:32

バイオ模倣非接触汗センサーを開発
~脱水・熱中症の早期予測、義手などへの応用に期待~

ポイント

  • バラの花びらを模したマイクロテクスチャ※1により、汗中イオンを非接触で高感度に測定できる薄膜センサーを開発しました。
  • 従来比で最大3倍の水分保持力と約2倍の自己洗浄性能※2があることを実証し、運動中でも安定したデータ取得を実現しました。また、2 mmの空間を隔てても測定可能なため、皮膚への粘着剤が不要で長時間装着時のかぶれリスクが低減できます。
  • 脱水・熱中症の早期予測や、義手・外骨格などヒューマンマシンインタフェース※3への応用が期待できます。

概要

身体活動や労働中の電解質バランスの乱れは、脱水、けいれん、疲労を引き起こす可能性があります。従来の発汗センサーは水分を保持できないため、皮膚に直接接触させる必要がありますが、これが長時間または動的な使用時には皮膚刺激を引き起こし、測定精度を低下させる要因となります。早稲田大学理工学術院梅津 信二郎(うめず しんじろう)教授の研究グループは、バラの花びらが少量の水分を保持しつつ、余分な水をはじくという自然の特性に着目しました(バラの花びら効果※4)。研究チームはこの微細構造をイオン選択膜※5に再現することで、水分を保持しつつ皮膚に優しい非接触型発汗センサーを開発しました。この生体模倣センサーは、医療、スポーツ、産業分野におけるリアルタイムの水分状態モニタリングにおいて期待されています。
この研究成果は、「Cyborg and Bionic Systems」に2025年8月5日にオンライン公開されました。

図1:イオン選択膜(ISM)電気化学センサーと参照電極は、カーボンナノチューブフォレスト(CNTF)スポンジ上に構築されています。水滴接触角の測定により、水との相互作用の違いが観察できます。CNTFは超疎水性を示し、Ag/AgCl対電極は中程度の接着性を示し、ISMは低い接着性を示しています。本研究では、ISMに微細構造を導入することで接着性の向上を目指しています。

キーワード:
生物模倣、マイクロテクスチャ、汗センサー、イオン選択膜、非接触センシング、ウェアラブル

これまでの研究で分かっていたこと

汗中のナトリウム濃度は脱水や筋機能低下の指標として注目されてきました。しかし、汗センサーに使用される従来のイオン選択膜は疎水性ゆえ汗を十分保持できず、皮膚に強く貼り付ける必要がありました。そのため、粘着剤にて皮膚に貼る必要がありましたが、粘着剤による長時間の装着は、皮膚炎や衛生面の問題を引き起こすことが報告されていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、バラ(Rosa rubiginosa)の花びら表面にあるシワ・突起構造をPDMS(ポリジメチルシロキサン)モールド経由で塩化ポリビニル(PVC)系イオン選択膜(ISM)に忠実に転写しました。得られたバイオ模倣ISMの主な特徴は以下の通りです。

〇接触角の大幅低減と汗付着性の強化
未処理ISMの接触角は90°でしたが、花びら型シワを導入した生体模倣膜(バイオミメティック・メンブレン)では76.8°まで低減し、上向き・下向きいずれの配置でも汗滴を確実に保持できることを確認できました。境界付近の付着力が増した結果、重力方向に依存しない安定した液膜形成が可能です。

〇水保持量の向上と自己洗浄機構
静置試験では、バイオ模倣ISM(Sensor A/B)の最大水保持量は未処理膜の約3倍に増加しました。さらに動的試験で15 mgの荷重を与えても4サイクル以上水滴を保持し続け、閾値を超えると一括排出してチャネルをリセットする「自己洗浄」挙動を示しました。

〇表面積16〜22 %増によるNa⁺感度1.1〜1.2倍向上
SEM画像解析から、シワ/突起導入によって膜の実効表面積が理論値でSensor Aは16 %、Sensor Bは22 %拡大しました。Sensor Aは花びらの外側の表面を模倣しており、水との接着性が高く、Sensor Bは花びらの内側の表面を模倣しており、優れた自浄作用を持っています。この粗密な3D構造により、NaCl 溶液を用いたOCP測定の感度が約1.1〜1.2倍向上し、Nikolskii–Eisenman式理論値の76〜82 %に迫る性能を達成しています。

〇2 mm非接触ギャップでも1 s以下の応答で安定計測
3Dプリント流路に0.5〜2 mmの空隙を設定してNaCl 溶液を循環させたところ、最も広い2 mmでも応答時間はテント秒オーダー(<1 s)で、電位波形のドリフトは自己洗浄機構により最小限に抑えられました。

〇CNTスポンジ電極を用いたウェアラブル実証
ISMとAg/AgCl参照電極をCNTスポンジ上に集積し、手首装着型デバイスとして20分間(8 km/h)のトレッドミル試験を実施しました。気泡混入や汗流量低下時でも信号は閾値内にとどまり、FFT解析でも運動周波数に一致するノイズは検出されず、動作中のドリフトは静的条件と同程度でした。

図2:非接触型センシングチャネルの図。 接着性が強化されたことにより、センシング電極および参照電極は、表面張力の力で汗を引き寄せることが可能になりました。これにより、使用時の快適性や汗の再循環を高めるために、調整可能なギャップを設けることができます。

これらの結果は、長時間装着時の皮膚負担軽減と高精度計測を両立する新たなウェアラブルセンサー技術として大きな意義を持ちます。

研究の波及効果や社会的影響

熱中症対策やアスリートの水分管理をリアルタイムで行えるため、医療・スポーツ分野での事故防止に寄与します。また、粘着剤不要のため高齢者や皮膚疾患患者でも長期使用が可能であり、在宅モニタリング市場の拡大が見込まれるとともに、義手・外骨格などのヒューマンマシンインタフェースに電解質フィードバックを組み込むことで、安全性と快適性が向上します。

課題、今後の展望

現行のPVC膜は微細転写限界が5 µm程度であり、サブマイクロ構造の完全再現が課題です。また、CNTスポンジ電極の機械的耐久性向上と量産プロセスの確立が必要です。今後はAIによる発汗データ解析と組み合わせ、個人最適化された脱水予測アルゴリズムを開発します。

研究者のコメント

本研究は自然に存在するデザインが、技術を進化させ、私たちの生活の質を向上させるために賢く応用できることを示しています。自然の微細構造を模倣することで、現実環境下におけるセンサーの性能を向上させました。私たちの目標はよりスマートで効果的な医療のために、誰もが使える生体統合型ツールを開発することです。

用語解説

※1 マイクロテクスチャ:
数µmオーダーの微細凹凸構造の総称。

※2 自己洗浄性能:
水滴が界面を一括で滑落し、表面を清浄に保つ性質。

※3 ヒューマンマシンインタフェース:
人と機械をつなぐ情報入出力系の総称。

※4 バラの花びら効果:
水滴が付着したまま落ちにくい一方、量が増えると滑り落ちる二面性を持つ現象。

※5 イオン選択膜(ISM):
特定イオンのみを選択的に透過させ、電位変化を生じる薄膜材料。

論文情報

雑誌名:Cyborg and Bionic Systems
論文名:Bio-Inspired Microtexturing for Enhanced Sweat Adhesion in Ion-Selective Membranes
執筆者名(所属機関名):Marc Josep Montagut Marques1*,Takayuki Masuji2, Mohamed Adel3, Ahmed M. R. Fath El-Bab4, Kayo Hirose5*, Kanji Uchida4, Sugime Hisashi6, Shinjiro Umezu12*
1Department of Integrative Bioescience and Biomedical Engineering, Waseda University, Tokyo, Japan
2Department of Modern Mechanical Engineering, Waseda University, Tokyo, Japan
3Mechanical Engineering Department, Helwan University, Cairo, Egypt
4Department of Mechatronics and Robotics Engineering, Egypt-Japan University of Science and Technology (E-JUST), Alexandria, Egypt
5Department of Anesthesiology and Pain Relief Center, The University of Tokyo Hospital, Tokyo, Japan
6Department of Applied Chemistry, Kindai University, Osaka, Japan

掲載日時(現地時間):2025年8月5日(火)
掲載URL:https://spj.science.org/doi/10.34133/cbsystems.0337
DOI:10.34133/cbsystems.0337

研究助成

研究費名:挑戦的研究(萌芽)
課題名:リアルタイム汗測定を行うための生物模倣したマイクロ流路の開発(24K21600)
代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学理工学術院)

研究費名:基盤研究(B)
課題名:汗生理学構築のためのリアルタイムモニタリングシステム(23K26069)
代表者名(所属機関名):廣瀬 佳代(東京大学医学部附属病院)

研究費名:基盤研究(B)
課題名:成熟化した人工心筋細胞組織を対象としたスマート薬効評価システム(23K26077)
代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学理工学術院)

ZEB関連技術実証棟「SUSTIE」が世界最大規模の環境建築技術賞においてアジア地域優秀賞を受賞

著者: contributor
2025年8月18日 16:34

ZEB関連技術実証棟「SUSTIE」が世界最大規模の環境建築技術賞においてアジア地域優秀賞を受賞

三菱電機ZEB関連技術実証棟「SUSTIE」

三菱電機株式会社(東京都千代⽥区、執行役社⻑:漆間 啓)と株式会社三菱地所設計(東京都千代⽥区、代表取締役社⻑:谷澤 淳一)と学校法人早稲田大学(東京都新宿区、理事長:田中 愛治)は、「三菱電機ZEB関連技術実証棟『SUSTIE(サスティエ)』」(神奈川県鎌倉市/以下「SUSTIE」)が、米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE)※0が主催する世界最大規模の環境建築の技術賞「ASHRAE Technology Awards Program」の新築オフィス部門(Commercial Buildings(new))において、アジア地域優秀賞「Regional Winner」(2025-2026 ASHRAE Regional Technology Award Regional Winner)を受賞したことをお知らせします。
※ 早稲田大学は理工学術院の田辺 新一 (たなべ しんいち)教授がコンセプト立案協力・検証・評価を担当しました。

世界最大規模の環境建築技術賞「ASHRAE Technology Awards」

「ASHRAE Technology Awards」(1999年より毎年開催)は、などの観点と運用データに基づく評価で革新的な環境建築を表彰する、世界最大規模の権威ある技術賞です。「SUSTIE」は、このたびASHRAEの地域別カンファレンス(ASHRAE Region XIII Chapters Regional Conference)において、新築オフィス部門におけるアジア地域の「Regional Winner」を獲得しました。これにより、日本を含むアジア地域の代表プロジェクトとして、2026年に開催予定世界最優秀選考へ進むことが決定しました。引き続き、「世界一の環境建築」を目指してまいります。

「環境配慮」「快適・健康」の3認証を全て最高ランクで取得した日本初の中規模オフィスビル

徹底した省エネルギー化およびカーボンニュートラル化に取り組んだ「SUSTIE」は、BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)の最高評価『ZEB』※1に加え、快適で健康性の高い空間の創出によりCASBEE-スマートウェルネスオフィス※2の最高評価「Sランク」とWELL認証※3の最高評価「プラチナ」を取得した、日本初の建築物です。竣工後の実運用においても、AIやIoT、シミュレーション技術などを用いて、より高効率なエネルギー運用を目指して継続的な改善に取り組んでいます。

これからの社会が求める《プロトタイプ建築》を提示する「SUSTIE」の4つのポイント

カーボンニュートラル社会の実現を目指す上で、ZEBの普及はとなっています。同時に、労働⼈⼝の減少を⾒据え、オフィスワーカーの健康増進や⽣産性の向上を実現する快適な執務空間の創出は、これからのオフィス設計の重要なテーマです。「SUSTIE」はこれら社会課題の同時解決を目指し、省エネ性と健康・快適性を最⾼水準で両⽴した建築です。

ポイント(1):都市部での『ZEB』普及を見据えた設計アプローチで『ZEB』を実現

「SUSTIE」では、まず、①開口や庇などを用いた《建築的な工夫》(パッシブデザイン)、②《高効率設備機器の導入》(アクティブデザイン)を重ね合わせる段階的な設計により徹底的な省エネ化を実現。その上で、③《オンサイトにおける創エネの最大化》に向け、太陽光パネル(約360kW)の全てを建物上に設置し、敷地制約の高い都市部での中規模ビル『ZEB』実現性を示しました。

パッシブデザインとアクティブデザインを組み合わせた設計

ポイント(2):《建築的な工夫》自然エネルギーの積極的な利用でエネルギー消費量を削減

また、吹抜上部の熱だまりを利用した重力換気や自然換気窓の活用などにより、建物全体で空調負荷の削減を図っています。

「SUSTIE」の特長である大吹抜空間。北面の大開口にLow-e複層ガラスを採用し、明るさを確保しつつ冷暖房負荷を低減。

ポイント(3):《高効率設備機器の導入》ZEBとウェルネスを両立する設備設計

一部の執務室では、パッケージエアコンで天井内を冷却・加熱し、アルミ製天井パネルの放射効果を用いて気流感のない仕組みで室内を調温する「天井チャンバー型空気式放射空調システム」を導入。徹底した省エネとオフィスワーカーの快適性の向上を両立する設備計画を、建物内の随所で展開しています。

ポイント(4):《運用における取り組み》AIで省エネと快適性を両立する、独創的な「ZEB運用」

設計時のBIMデータをもとに構築したデジタルツイン環境で、各設備の動作や温湿度・照度などを事前にシミュレーションし、エネルギー収⽀や快適性への影響などを予測しています。さらに、AIを活用した多目的最適化技術を組み合わせて、最適な運用計画を立案・実行することで、実運用で得たデータを次の検討に活かす「日々進化する建築」を実現しています。また、三菱電機と三菱地所設計が共同実証中の「人位置情報検知サービス※4」の導入により、オフィスワーカーのABW(Activity-Based Working)を支援し、省エネ・快適性の両立に貢献しています。
こうした取り組みににより、年間エネルギー消費量(実績値)でもZEB』を達成しています。また、ビルに関わるCO2排出量全体の削減を目標として、運用時のZEB』だけではなく、機器容量の縮減、冷媒量の低減、機器更新の容易化等、エンボディドカーボン※5削減にも取り組んでいます。

1・2年目の一次エネルギー消費量[MJ/㎡・年]

設計値でのZEB』取得に加え、運用1・2年目の実績値(a, b)でも、年間の創エネルギー量が消費エネルギー量を上回りZEB』を達成。

2025年8月16日にSuwon Convention Centerで開催された表彰式

建築概要

建物名称 三菱電機株式会社ZEB関連技術実証棟「SUSTIE」
所在地 神奈川県鎌倉市⼤船五丁⽬1番1号
用途 事務所
構造形式 S造
階数 地上4階、最高高さ:19.77m
建築面積 1.954.52㎡
延床面積 6,456.32㎡
取得認証 BELS:ファイブスター(5つ星)、設計一次エネルギー消費量106%削減、『ZEB』
WELL認証:プラチナランク、CASBEE スマートウェルネスオフィス:Sランク
建築主 三菱電機株式会社
設計監理 株式会社三菱地所設計
施工 株式会社竹中工務店(建築工事)、株式会社弘電社(電気設備工事)、三菱電機システムサービス株式会社(太陽光発電設備工事)、三菱電機冷熱プラント株式会社(空調衛生設備工事)
コンセプト立案
協力・検証・評価
 田辺 新一(早稲田大学理工学術院教授)

 

日本国内における「SUSTIE」の評価

「SUSTIE」はこれまでに下記の賞を受賞しています(2025年7月現在、主要賞のみ)。

2021年8月 日経ニューオフィス賞 ニューオフィス推進賞 (主催:一般社団法人ニューオフィス推進協会)
2021年12月 JIA優秀建築選2021 100選 (主催:公益社団法人 日本建築家協会)
2023年5月 第49回 東京建築賞 奨励賞 (主催:一般社団法人東京都建築士事務所協会)
2023年12月 2023年度 省エネ大賞 省エネ事例部門 省エネルギーセンター会長賞 (主催:一般財団法人省エネルギーセンター)
2024年5月 第12 回 カーボンニュートラル賞 関東支部賞 (主催:一般社団法人建築設備技術者協会)
2024年5月 第62回 空気調和・衛生工学会賞 技術賞 (主催:公益社団法人空気調和・衛生工学会)

 

商標・特許関連

SUSTIE:三菱電機株式会社の登録商標です。

注釈

※0 米国暖房冷凍空調学会(ASHRAE/American Society of Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers、本部:米国・アトランタ)は、1894年に設立された、132カ国以上にわたり、5万人を超える会員を擁する、空気調和に関する世界最大の国際的学会です。
※1 評価対象設備のエネルギー消費量の削減率が、基準ビルに対して100%以上となるビル。
※2 一般財団法人建築環境・省エネルギー機構による、建物利用者の快適・健康の維持増進を支援する建物の仕様・性能・取り組みへの評価。
※3 米国Delos社の開発した建築物の環境性能を評価する国際認証。人間工学的側面(生産性向上等)の評価に加え、利用者のウェルネス(快適・健康)を重視する点が特徴。国際的な指標として認められている。
※4 空調機が屋内在室者の持つ端末と通信することで位置情報を取得し、屋内マップ上に在室者の位置と室内の温熱環境情報などを一覧で表示するシステム。
※5 建築の資材調達~建設~運用~解体に至るライフサイクル全体で排出されるCO2のうち、運用時のエネルギー消費と水消費を除くその他全ての活動で排出されるCO2。

破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指す「創発的研究支援事業」に理工学術院市川准教授が採択

著者: contributor
2025年8月18日 16:33

2024年度の創発的研究支援事業の採択

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が募集した2024年度の創発的研究支援事業に、理工学術院の市川幸平准教授の研究課題が採択されました。今回、応募総数2,262件に対し、246件が採択されており、採択率は約11%という結果となりました。

2024年度 採択者

  • 市川 幸平(理工学術院 准教授)
    【研究課題名】多波長観測と月の掩蔽観測で暴く超巨大ブラックホールの起源

 

JST創発的研究支援事業とは

2020年度に設立され、特定の課題や短期目標を設定せず、多様性と融合によって破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指す「創発的研究」を推進するため、既存の枠組みにとらわれない自由で挑戦的・融合的な研究を、研究者がその研究に専念できる環境を確保することを含め、原則7年間(途中ステージゲート審査を挟む、最大10年間)にわたり長期的に支援する事業です。また、創発を促進するため、支援期間中は異分野を含む多様な研究者同士が相互に触発し、切磋琢磨する「創発の場」を設けることで、破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指します。

 

AI・量子共通基盤の研究開発を開始

著者: contributor
2025年8月5日 12:17

AI・量子共通基盤の研究開発を開始
~国内10機関が連携し、量子コンピューターの利用促進へ~

学校法人早稲田大学(所在地:東京都新宿区、理事長:田中愛治)は、2025年7月31日にNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)に採択された「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業(g5-3)量子コンピューターの産業化のためのミドルウェア開発」(注1)の取り組みにおいて、KDDI株式会社、株式会社KDDI総合研究所、株式会社セック、株式会社Jij、株式会社QunaSys、国立研究開発法人産業技術総合研究所、学校法人慶應義塾、国立大学法人大阪大学、学校法人芝浦工業大学とともに、AI・量子共通基盤の研究開発を実施します。
量子技術を巡る国際競争が激しさを増すなか、内閣府が掲げる「量子未来社会ビジョン」(注2)においても、量子技術の社会実装や産業化の強化が重要方針として示されています。本研究開発を通じて2027年度末までに、量子コンピューター利用の敷居を下げ、さまざまな産業分野で量子技術を手軽に活用できる技術を確立します。これにより、AIと量子コンピューターの計算資源を融合し、量子技術に関する専門的な知識がなくても利用できる「AI・量子共通基盤」の構築を目指します。
なお、早稲田大学の代表研究者は、理工学術院の戸川望(とがわ のぞむ)教授です。

<背景と課題>

・2019年のGoogleによる量子超越の発表以降(注3)、世界的に量子コンピューターの技術が進化し、主要IT企業が実機配備やクラウドサービスの提供を始めるなど量子コンピューターの産業化が加速しています。

・日本においても内閣府が「2030年までに量子技術の利用者を1,000万人、国内生産額を50兆円にする」を目標に掲げており、エネルギーや製造・物流、材料開発などの分野でのユースケース開拓に向けた取り組みが進められています。

・その中でも特に、量子コンピューターの利用者には高度な専門性が必要であることや、プロバイダーが量子コンピューターを安定的に運用する技術が未成熟であることなど、量子コンピューター市場の活性化に向けては多くの障壁があります。

■利用者が抱える課題

・現状、量子コンピューターの利用者は、量子情報や量子力学のような高度で専門的な量子技術の知識が必要です。量子コンピューター市場の活性化に向けて利用者を拡大するためには、専門的な知識を持たなくても直感的に利用できるプラットフォームが不可欠です。

・量子コンピューターには超伝導方式・中性原子方式・光方式など多様な方式が存在します。さまざまなクラウドサービスの中から、ユースケースに応じて適切な計算資源を選択することができる仕組みが必要です。

■プロバイダーが抱える課題

・量子ビットの状態が非常に不安定で、量子コンピューターを長時間にわたって安定稼働させることが困難であるため、安定的に運用する技術を成熟させる必要があります。

<本研究開発について>

■概要

量子コンピューターの産業利用加速に向け国内10機関で以下の2つの共同研究テーマに取り組みます。共同研究では、産業技術総合研究所の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(注4)に設置された量子・古典ハイブリッドコンピューティングのテストベッド(以下 ABCI-Q)を活用し、研究開発を推進していきます。

図1 本研究開発の概要図

(1)計算資源を最適に割り当てるミドルウエア技術の開発

量子コンピューターの機能が抽象化されたAPIや、量子技術の知識を学習した生成AIを導入した統合開発環境(以下 IDE)を構築し、利用者が専門的な知識を持たなくても利用できるプラットフォームを開発します。また、AI・量子共通基盤の利用者がアプリケーションを実行する際に最適な計算資源を自動的に割り当てるロードバランシング技術(注5)の開発にも取り組みます。

さらに、プラットフォーム上で開発したアプリケーションを多数の利用者へ提供するためのアプリケーションサービスプロバイダー(以下 ASP)を開発し、量子コンピューターの利用者拡大を促進させます。

(2)量子コンピューターの運用技術の開発

各量子コンピューターの運用に必要となるテレメトリデータの抽出と蓄積方法を開発し、量子コンピューターの運用技術を確立します。また、極低温冷凍機や制御装置といった周辺機器のテレメトリデータを基に障害検知・管理技術を確立します。

<本研究開発の推進体制について>

本研究開発は、KDDI株式会社と株式会社KDDI総合研究所がプロジェクト全体のマネジメント及び技術要件定義の統括を行い、産学官による研究チームで推進します。

この中で、早稲田大学は、研究開発テーマ「計算資源を最適に割り当てるミドルウエア技術の開発」のうちIDEプロトタイプのAPI開発を担当します。特に、最適化アプリケーションの高性能化に関するAPIの研究開発を行います。本研究開発を通して、通信分野をはじめ、量子コンピューターのユースケースの探索や創出に貢献します。

表1 参画する研究機関と役割

参画機関 役割
KDDI株式会社 ・プロジェクト全体の統括、および事業開発
・ASPの開発
株式会社KDDI総合研究所 ・プロジェクト全体の技術要件定義
・AI・量子資源を最適に割り当てる技術の実装
・量子プログラムを生成するAIモデルの開発
株式会社セック ・量子システムの障害検知技術および運用システムの開発
株式会社Jij ・最適化計算の精度推定技術等の開発
・IDEプロトタイプの開発
・最適化パッケージの実装
株式会社QunaSys ・化学計算の精度推定技術等の開発
・消費資源推定技術の開発
・化学計算パッケージ開発
国立研究開発法人産業技術総合研究所 ・ABCI-Q環境の提供、および環境に関する情報提供
・ジョブスケジューラの開発
学校法人早稲田大学 ・IDEプロトタイプのAPI開発
学校法人慶應義塾 ・IDEプロトタイプのAPI開発
国立大学法人大阪大学 ・量子システムの障害検知技術の開発
学校法人芝浦工業大学 ・量子プログラムを生成するAIモデルの開発

<研究者のコメント>

早稲田大学は、これまでもKDDI株式会社とKDDI総合研究所等と共同して、通信分野をはじめ、量子コンピューターのユースケースの探索や創出に取り組んできました。さらに具体的なユースケースのもと、最適化アプリケーションの高性能化に関して多くの要素技術を創出してきました。本研究開発では、これまでの研究開発成果を高度化するとともに、これらの成果を統合開発環境に組み込み、量子コンピューターのユースケース探索や拡大を通して、量子未来社会ビジョンの実現に貢献したいと思います。

<用語解説>

(注1)2025年3月26日「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に係る公募について
(注2)出典:2022年4月22日「量子未来社会ビジョン ~量子技術により目指すべき未来社会ビジョンとその実現に向けた戦略~」(内閣府 統合イノベーション戦略推進会議)
(注3)2019年のGoogleによる量子超越の発表
Quantum supremacy using a programmable superconducting processor | Nature
(注4)産総研:量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター
(注5)ここでのロードバランシングとは、多くのリクエストを複数の計算機に均等に分散させるだけではなく、利用者の要件や計算機の状態を加味し、アプリケーションの実行に最も適した計算機を選択する技術のこと。

<参考>

量子コンピューターに関する過去の報道発表
2025年2月27日ニュースリリース KDDI、KDDI総合研究所、Jij、QunaSys、早稲田大学、AI・量子共通基盤の構築に向けパートナーシップ締結

発酵ガスから化学原料へ

著者: contributor
2025年7月21日 16:51

発酵ガスから化学原料へ
~ほしいときにほしいだけ低温で~

ポイント

  • 食品廃棄物等の資源を発酵して得られる発酵ガス(バイオガス)はメタンと二酸化炭素の混合ガスであり、温暖化を引き起こす二大要因のガスである。
  • この2つから化学原料を作るうえで、従来の方法では炭素析出※1が多く、実用化が困難であったが、今回、世界で初めてメタンと二酸化炭素から化学原料(合成ガス)をほしいときにほしいだけ低温で産み出すことに成功した。
  • 従来の方法では、800℃程度の熱が必要だったが、今回開発した技術により、200℃以下で同等の性能を炭素析出なく得ることができた。

概要

 食品廃棄物やバイオマス系の資源を発酵して得られる発酵ガス(バイオガス)は、メタンと二酸化炭素が半分ずつ含まれています。メタンと二酸化炭素は、温暖化を引き起こす二大要因のガスでもあり、この2つから化学原料を作る方法は従来から知られていましたが、非常に高温を必要とし、かつ炭素の析出が多く、実用化が困難な方法でした。
早稲田大学理工学術院関根 泰(せきね やすし)教授とクラサスケミカル株式会社の研究グループは、世界で初めてメタンと二酸化炭素から化学原料(合成ガスと呼ばれ、大規模かつ工業的に製造・使用されており、燃料や化学品の源となる)を、ほしいときにほしいだけ低温で産み出すことに成功しました。従来の方法だと800℃程度の熱が必要でしたが、今回開発された技術だと200℃以下で同等の性能を得ることに成功しました。低温プロセスは加温の時間が短縮でき、かつ使用エネルギーも大幅に節約することができます。これまで課題であった炭素析出もほとんど起こらず、安定にエネルギー効率よく発酵ガス(バイオガス)から化学原料をオンデマンドで作ることのできる技術を誕生させることができました。
本研究成果は、2025年7月18日(金)に『ACS Catalysis』のオンライン版で公開されました。

図 左が今回発見したスムーズに進む方法、右が炭素(coke)で汚れやすい従来の方法

これまでの研究で分かっていたこと

 これまでメタンと二酸化炭素の反応(ドライリフォーミング)は800℃で進むことは知られていましたが、工業的要請によって反応器※2を小さくするために高圧にすると炭素が大量に発生してしまい、反応が継続できなくなります。二大温暖化ガスであるメタンと二酸化炭素を直接反応させて化学原料とすることは、夢の技術でしたが実用化は困難だと思われていました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 今回、独自に開発した触媒(1wt%Ru/La2Ce2O7担持触媒)を用いて、表面イオニクス※3(プロトンホッピング※4)を活かした高圧でのドライリフォーミングを検討しました。その結果、熱による触媒反応の平衡転化率の限界を大きく超え、非常に低い温度(従来は800℃、今回は200℃)において、高いCH4/CO2転化率※5、優れたH2/CO比※6、低い炭素析出と高い安定性を同時に実現することができました。この際に、表面イオニクスを介した低温での表面反応性種の被覆率の増加により、効果的かつ相乗的に性能を向上することが各種分光技術や計算化学などによって証明されました。

研究の波及効果や社会的影響

 バイオマス系や食品系の廃棄物の嫌気発酵(メタン発酵)によって得られるバイオガスは、これからのカーボンニュートラル時代に地産地消で得ることができる貴重な資源です。バイオガスを化学原料へほしいときにほしいだけ低温かつ安定的に転換できる技術は、今後、多様な用途、複数の地域での活用が期待できます。

課題、今後の展望

 今後も協働パートナーであるクラサスケミカル株式会社と、さらなる大型化・効率向上に向けて研究を重ね、実用化に向けて活動してまいります。

研究者からのコメント

 加圧で低温の環境において、炭素を作ることなく安定に発酵ガス(バイオガス)から化学原料(合成ガス)を産み出すことは、これまで絶対に不可能だと思われていましたが、それを覆すことができたのは大きな喜びです。これを活かして新たな化学反応の体系を協働先とともに築いていきたいと思います。

用語解説

※1 炭素析出
固体の触媒材料の上に「すす」のような炭素が積もってしまうこと。これが起こると、汚れとして触媒を劣化させ、反応を継続できなくなる。

※2 反応器
中に固体の触媒材料を詰め、ガスを流して反応させるための管。今回の場合、その触媒の周囲に電極が接触して電位をかけている。

※3 表面イオニクス
固体触媒の表面でイオンが動くこと。

※4 プロトンホッピング
水素イオン(プロトン:H+)が固体触媒表面で動くこと。

※5 CH4/CO2転化率
メタンならびに二酸化炭素がどれくらい反応したかを示す割合。

※6 H2/CO比
生成してくる合成ガス(水素と一酸化炭素の混合ガス)の中の水素と一酸化炭素の比率。この値は、次に合成ガスを用いる上で適度な値が望まれる。

論文情報

(7)論文情報

雑誌名:ACS Catalysis
論文名:Electrically assisted low-temperature dry reforming of methane suppressing carbon deposition under high-pressure conditions
執筆者名:Clarence Sampson1 Takumi Masuda1, Taisuke Horiguchi1, Saori Ichiguchi1, Hiroshi Sampei1, Hitoshi Matsubara2, Shintaro Itagaki2, Gen Inoue2, Yasushi Sekine1* *責任著者

1 Department of Applied Chemistry, Waseda University, 3-4-1, Okubo, Shinjuku,Tokyo 169-8555, Japan
2 Technology Development Department, Oita Complex, Crasus Chemical Inc., 2, Nakanosu, Oita-city 870-0189 Japan

掲載日時:2025年7月18日(金)
DOI: 10.1021/acscatal.5c03126
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.5c03126

研究助成

この研究の一部は文部科学省科研費(24KJ2090ならびに23K20034)ならびに環境省のプロジェクトの支援によって行われました。

多孔性結晶中のNaイオンの高速拡散機構を新たに提唱

著者: contributor
2025年7月2日 09:21

多孔性結晶中のNaイオンの高速拡散機構を新たに提唱
-次世代ナトリウムイオン電池の新規正極の開発を加速-

ポイント

  • Naイオン電池の有望な電極材料である多孔性結晶プルシアンブルー(PB)中のLi+・Na+・K+の拡散機構を、スーパーコンピュータを利用した高精度計算により解明。
  • Na+が室温以下で十分高速に拡散すること、PB結晶の動的な歪みの小ささがその拡散機構に寄与することを示唆。
  • Naイオン電池の開発や、室温以下で安定動作する電池の設計指針構築に貢献。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 化学生命科学研究所の館山佳尚教授、早稲田大学 先進理工学研究科の伊藤暖大学院生(博士後期課程3年)らは、スーパーコンピュータ「富岳」(用語1)を用いた高精度計算により、Naイオン(Na+)電池(用語2)の有望な電極材料であるプルシアンブルー(PB、用語3)結晶におけるNa+の拡散機構とPB結晶の動的な無歪み性が室温以下の高速拡散に重要であることを提唱しました。これは「大きい孔が拡散に有利」という典型的な考え方を書き換え、また開発競争が加速するNaイオン電池の正極材料(用語4)設計指針を飛躍的に前進させる成果です。
近年、資源制約フリー(用語5)なNaイオン電池の研究が著しく加速しており、電池性能を決定づける正極材料の性能向上は重要な課題となっています。その解決法の一つとしてPB正極の利用が注目を集めていますが、PB正極の充放電速度向上の鍵となるNa+拡散の観測・制御は難しく、PB正極の材料設計の課題となっていました。
本研究では、スーパーコンピュータ「富岳」等を利活用することで、温度効果も含めた高精度な原子レベルの計算、第一原理分子動力学計算(FPMD、用語6)を世界に先駆けて実行しました。その結果、Li+、Na+、K+の拡散特性の比較を通して、Na+が室温以下でも高い拡散係数を維持すること、その要因としてPB結晶の動的な無ひずみ性が重要であることを示しました。得られた知見は、一般の多孔性結晶内のイオン拡散の基礎学理に新たな視点を与えるものであると同時に、室温以下で優位に駆動するNaイオン電池の材料開発にも大きく貢献するものと言えます。

本研究の成果は、米国化学会が出版する学術雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に6月30日付(米国東部時間)で掲載されました。

背景

持続可能な社会の実現に向けて、再充電可能な電池は極めて重要な役割を果たしています。リチウム(Li)イオン電池はその中心的な技術として発展してきたものの、地球上のLi資源分布の偏りが課題とされています。一方、資源が均等に分布しているナトリウム(Na)はLiと化学的性質が似ているため、近年では、Liの代替金属としてNaを用いたNaイオン(Na+)電池の開発競争が激化しています。特に、Naイオン電池の性能を左右する正極(図1a)の候補材料の決定が主な競争課題であり、層状酸化物を用いた研究が主流となっています。一方、層状酸化物タイプの材料は界面の劣化・酸素発生等による電池性能の著しい低下を引き起こす課題があります。それを回避する解決法の一つとして、プルシアンブルー(PB)正極の利用が注目を集めています。
立方体構造を有する金属有機構造体(MOF、用語7)の一種であるPB(図1b)は良好な正極性能(高速充放電特性、長寿命)を示すとともに、製造・材料コストが低いことがとりわけ魅力となっています。一方、PB電極性能の向上に向けて世界中で研究開発が進められているものの、明確な材料設計指針は確立されていません。これは、実験研究の詳細な合成・観測条件によって、正極性能の評価にばらつきがあり、直接比較を困難にさせているためです。故に、正極性能評価の汎用的な指針となる、欠陥や不純物のない理想的な結晶中のNa+拡散機構は未解明な点が多いのが現状です。
本研究では、PB結晶中のNa+拡散機構を解明するべく、スーパーコンピュータ「富岳」等を用い、原子レベルの第一原理分子動力学計算(FPMD)を実施することで、Na+拡散メカニズムの全貌を明らかにしました。さらに、Na+と化学的性質が似ておりイオンサイズが異なるLi+、カリウムイオン(K+)(図1c)を用いた計算も実施することで、PB結晶中のNa+拡散機構の比較検討を行いました。本研究では、立方体構造が3方向に二つずつ並ぶ結晶構造(合計八つのケージ)を想定し(図1b)、その内部で各イオン(A+ = Li+、Na+、K+)が四つ含まれる場合のA+拡散機構を解明しました。室温以上(高温から室温)と低温極限(絶対零度)における拡散機構の解明には、それぞれFPMD計算と第一原理遷移状態計算(用語8)を用いました。二つの手法を駆使し、広い温度範囲(高温から低温極限)で、A+イオンサイズの違いに着目したNa+拡散機構の比較検討を行いました。

図1. (a)イオン二次電池の模式図。負極から正極へと、リチウムイオンなどのプラスの電荷を帯びたイオン(濃いピンク色の丸)が移動することで、電流が流れる。 (b)正極材料の一種であるプルシアンブルー(PB)結晶。(c)PB結晶の孔の中で拡散するA+(= Li+、Na+、K+)イオンとそのサイズの比。

研究成果

高精度FPMD計算を行い、Na+は室温付近でも高い自己拡散係数(用語9)を維持し、拡散に必要な活性化障壁(用語10)も低いことが分かりました(図2a)。一方、Li+は高温でよく拡散するものの、高い活性化障壁を乗り越える必要があり(図2a)、K+は高温と室温においても拡散しませんでした。この結果は、室温付近においてPB正極が優れたNa+伝導体であることを示しています。

図2. (a)第一原理分子動力学計算を用いて算出したLi+、Na+の27〜427℃の温度範囲における自己拡散係数(D*)とアレニウス式(用語11)に基づくプロットから得られた活性化障壁(EaMD)。(b)第一原理遷移状態計算を用いて算出した低温極限(絶対零度)におけるA+イオン(Li+、Na+、K+)の活性化障壁の表。

PB結晶の低温領域における優れたNa+拡散機構を解明すべく、第一原理遷移状態計算を行いました。結果、PB結晶中でNa+は面心からずれた偏位面心(off-FC)位置を最安定位置にとり(図3a)、この間の活性化障壁は低い(129 meV、図2b)ため、容易にNa+が拡散することが示されました。さらに、Na+が拡散する際、結晶構造が動的にひずまずに保たれることが、低い活性化障壁と室温以下でも高い自己拡散係数を実現する鍵であることが明らかになりました。
Li+とK+は、低温極限(絶対零度)でも、Na+より高い活性化障壁を有することが分かりました。イオンサイズが小さいLi+は面心位置(図3b)を最安定位置としており、この位置の間の活性化障壁は比較的高い値を示しています(332 meV(図2b))。これは、大きなPB結晶のケージの面がLi+側に引き寄せられるように大きくひずむ(図3d)ことで、高い活性化障壁と室温以下の低い自己拡散係数が実現することを示しています。一方、イオンサイズが大きいK+(図1c)は、非常に大きな活性化障壁(978 meV(図2b))を必要とすることが分かりました。なお、欠陥を有するPB結晶では、高温でのみK+が有限の自己拡散係数を示すことが分かり、K+は欠陥を含むPB結晶中でのみ拡散することを示しています。

図3. 2 × 2 × 2のPBケージ構造において、(a)四つのNa+イオンが偏位面心位置と(b)四つのLi+イオンが面心位置のみを占有する場合の安定配置。(c-d)Na+、Li+の拡散に伴う動的なPB結晶のひずみ。 Na+、Li+が面心位置にいる際の結晶構造ひずみ(矢印はひずみ方向)を示している。

Li+、K+と比較することで、PB結晶は室温以下でより高速充電が可能なNaイオン電池の正極材料であることが示唆されました。この優位性の要因として、結晶構造が動的にひずまずに保たれることが高Na+拡散機構の実現において重要であることが考えられます。一般的に、電池の劣化は正極材料のひずみや膨張によって引き起こされます。したがって、本研究結果は、Naイオン電池の正極材料として、PB結晶が低温〜室温で高速充電が可能であるだけでなく、長寿命化が期待できることを示唆していると言えるでしょう。

社会的インパクト

中国の電気自動車用電池メーカーなどが2025年4月、低温(約–40℃)で高速充電可能なNaイオン電池 “Naxtra”を発表し、Naイオン電池の実用化に向けた世界的な動きが加速しています。正極材料としてのPBは、長寿命・高エネルギー密度かつ低コスト化を実現しており、欧米のスタートアップ企業を中心に研究開発競争が激化しています。一方、合成条件や組成の違いにより、PBの正極材料としての機能にはばらつきがあり、その材料開発指針は未だ確立していません。
本研究では、原子レベルの計算で最も高精度な手法であるFPMD計算を採用し、A+拡散機構について系統的な理論化学研究を世界で初めて行いました。Li+、K+との比較を通じて、PBが室温以下で駆動するNaイオン電池正極材料として有望であることを明らかにしました。本成果はNaイオン電池開発に対して大きく貢献すると同時に、PBと類似した多孔性を持つMOF材料のA+拡散機構に関する基礎化学を大きく前進させ、電池や触媒をはじめ孔内のイオン伝導を活用した、放射性イオン吸着剤や化学センサー等への材料開発への波及効果も期待されます。

今後の展開

本研究により、欠陥や不純物のない理想的なPB結晶構造がNaイオン電池の正極材料として高い可能性を持つことを理論的に示しました。しかし現実には、欠陥のないPB正極の合成は難しく、実用材料では意図していない結晶構造の欠陥や水和水(結晶内に含まれる金属イオンと相互作用している水分子)などの不純物が電池性能を抑制する要因となっています。また、PB結晶は高温で有毒ガスを発生する可能性があるため、これらの抑制するための仕組みを、材料科学の観点から取り組むことが重要です。今後は、欠陥や水和水も含んだ実際の材料条件に近づけた研究に展開することで、蓄電技術の実用研究との接続を図ります。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)GteX(革新的GX技術創出事業)「資源制約フリーなナトリウムイオン電池の開発」(JPMJGX23S4)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)「分散型国際ネットワークが実現する基盤蓄電技術革新とネットゼロ社会」(JPMJAP2313)、および戦略的創造研究推進事業CREST「分子結晶全固体電池の創製」(JPMJCR22O4)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP24KJ2098、JP24H02203)、文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「物理-化学連携による持続的成長に向けた高機能・長寿命材料の探索・制御」(JPMXP1020230325)の支援を受けて行われました。本研究のシミュレーションは、東京工業大学(現 東京科学大学)のスーパーコンピュータ TSUBAME 4.0、物質・材料研究機構の材料数値シミュレータ、および理研のスーパーコンピュータ「富岳」を用いて実行しました。また文部科学省HPCIプログラム利用課題(課題番号:hp230153、hp230205、hp240224)の協力を受けました。

用語説明

(1) スーパーコンピュータ「富岳」:理化学研究所と富士通が共同開発した日本のスーパーコンピュータで、世界トップレベルの計算性能を誇る。材料開発や創薬、気候予測など、幅広い先端研究に活用されている。
(2) Naイオン(Na+)電池:リチウムの代わりにナトリウムイオンを使う電池で、リチウムよりも資源が豊富で安価なため、次世代の蓄電技術として期待されている。
(3) プルシアンブルー(PB):200年以上前から顔料などに使用されている鉄を含む青色の錯体化合物で、安価かつ合成が容易であり、近年はNaイオン電池の正極材料などの新たな用途が注目されている。高いエネルギー密度と優れた安定性を併せ持つことが特徴。
(4) 正極材料:電池の放電・充電時にイオンの出入りが起こる「正極側」の主要な構成物質であり、電池の性能(エネルギー密度、寿命、安全性など)を大きく左右する中核材料。
(5) 資源制約フリー:限られた希少資源に依存せず、地球上に広く存在する元素を活用することで、持続可能性と安定供給を実現するという考え方。
(6) 第一原理分子動力学計算(FPMD):経験パラメータを利用しない量子力学方程式に基づいて計算された力を用いて原子の時間発展を追跡する動力学シミュレーションで温度や動的挙動を考慮できる。実験に依らない高精度計算手法として近年広く利用されている。
(7) 金属有機構造体(MOF):金属イオンと有機配位子が結合して形成される多孔性材料。高い表面積と構造多様性を持ち、ガス吸着や触媒などに応用される。
(8) 第一原理遷移状態計算:経験パラメータを利用しない量子力学方程式に基づいて計算された力で、始状態と終状態の間で最もエネルギーを使わずに変化できる構造変化(反応経路)を求める計算手法。
(9) 自己拡散係数:粒子が外部の力を受けずに自身の熱運動によって移動する速さを示す係数。分子動力学計算などで評価され、リチウムイオン伝導性などの指標になる。
(10) 活性化障壁:化学反応や物質中のイオン移動が起こるために必要な最小限のエネルギー。値が低いほど反応や拡散が起こりやすく、電池性能にも大きく影響する。
(11) アレニウス式:拡散係数(D)の温度依存性(T)を表す近似式(D =D0exp(-Ea/RT))。Eaは活性化障壁、Rは気体定数。

論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Dissimilar Diffusion Mechanisms of Li+, Na+, and K+ Ions in Anhydrous Fe-Based Prussian Blue Cathode
執筆者名:Dan Ito, Seong-Hoon Jang, Hideo Ando, Toshiyuki Momma, Yoshitaka Tateyama
掲載予定日時(日本時間):2025年6月4日
DOI:10.1021/jacs.5c05274

研究者プロフィール

館山 佳尚(タテヤマ ヨシタカ) Yoshitaka TATEYAMA
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授
研究分野:計算材料科学、物性理論、電気化学

伊藤 暖(イトウ ダン) Dan ITO
早稲田大学 先進理工学研究科 ナノ理工学専攻 博士後期課程3年
東京科学大学 物質理工学院 応用化学コース 特別研究学生
研究分野:計算材料科学、理論化学、固体イオニクス

ナノ多孔体の結晶性を制御する新たな合成方法を開発

著者: contributor
2025年7月2日 09:20

ナノ多孔体の結晶性を制御する新たな合成方法を開発
カーボンニュートラルの実現に資する触媒材料、エネルギー変換材料開発へ期待

ポイント

  • ナノスケールの細孔をもつ金属酸化物材料は、触媒や吸着・分離材、エネルギー材料など幅広い分野で応用・研究されており、なかでも、単一の大きな結晶に無数のナノ細孔が空いている”単結晶性ナノ多孔体”は単結晶とナノ多孔体の性質を兼ね備えるユニークな材料として注目されています。
  • 本研究では、合成の難しかった金属酸化物の”単結晶性ナノ多孔体”合成のブレークスルーとなりうる技術を開発しました。細孔を形成する鋳型としてナノ多孔体を用いて、金属塩化物を染みこませて蒸気としてナノ細孔中を拡散、気相輸送させて酸化することで鋳型内での結晶成長を実現しました。
  • 作製した酸化鉄ナノ多孔体は、一般的な微結晶からなるナノ多孔体に比べて触媒活性や熱安定性が向上していることを確認しました。

概要

早稲田大学理工学術院の松野 敬成(まつの たかみち)講師らは、酸化鉄ナノ多孔体※1 の結晶子サイズ※2を制御する新しい合成方法を開発しました。鋳型となる多孔体の内部で前駆体の塩化鉄を気相拡散※3させ、鋳型中で酸素と反応させることで結晶が成長し、”単結晶性ナノ多孔体※4”が得られることを見出しました。酸化鉄の一種であるα-Fe2O3について細孔構造・結晶子サイズを制御し、従来の微結晶からなるナノ多孔体よりもて触媒活性や熱安定性が高いことを確認しました。

本研究成果は、アメリカ化学会発行の学術誌「Chemistry of Materials」に2025年6月30日8:00 (EST)にオンライン公開されました。
論文名: Quasi-Single-Crystalline Inverse Opal α-Fe2O3 Prepared via Diffusion and Oxidation of FeCl3 Precursor in Nanospaces

キーワード
金属酸化物、ナノ多孔体、単結晶性ナノ多孔体、ナノ空間、鋳型、金属塩化物、気相輸送、酸化鉄

図 開発手法による単結晶性ナノ多孔体生成の様子

これまでの研究で分かっていたこと

金属酸化物ナノ多孔体は金属酸化物由来の機能と、ナノ細孔に由来する高比表面積・大細孔容積などの特徴を併せもっており、触媒や分離・吸着材、電極、エネルギー材料など多岐にわたって応用・研究されています。組成や細孔構造などの各種パラメーターの制御は物性・特性に相関するため、その制御は重要です。これまでに界面活性剤ミセル※5やシリカ、炭素などを鋳型として細孔構造を転写することで種々の金属酸化物ナノ多孔体が合成されてきました。その細孔壁は通常、数ナノメートル(nm)~十数nm程度の微結晶で構成されますが、数百nm~数マイクロメートル(μm、100万分の1メートル)の結晶にナノ細孔が空いた”単結晶性ナノ多孔体”では粒界の少ない単結晶の特徴を併せもち、太陽電池や触媒材料として優れた性能を示すことが知られています。しかし、このような”単結晶性ナノ多孔体”の合成は一般的に困難で、水熱反応※6や低融点の金属塩の熱分解などの方法によって限られた組成のみが報告されている状況でした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのための手法

従来材料における制約は合成方法に起因するため、本研究では課題解決に向けて金属酸化物の組成・細孔構造・結晶子サイズの同時制御を実現する新しい方法を開発しました。今回は酸化鉄の一種であるα-Fe2O3に注目し、その細孔構造と結晶子サイズの同時制御を達成しました。地殻中に豊富に存在する鉄の酸化物は酸化還元触媒や電極材料などに広く用いられています。

α-Fe2O3ナノ多孔体の精密制御を実現するためには鋳型法※7が有効でした(図1)。球状シリカナノ粒子が集積した多孔体に前駆体水溶液を含浸・乾燥し、空気中で加熱することで酸化物を形成しました。その後、シリカを塩基性水溶液で溶解することで細孔構造の制御されたα-Fe2O3ナノ多孔体を得ました。

図1 α-Fe2O3ナノ多孔体の合成

前駆体に塩化鉄を用いたナノ多孔体は数百nm~数μm程度のサイズで、結晶方位が粒子全体で揃っていることが分かりました(図2)。一方で、これまで結晶子サイズの大きいナノ多孔体の合成に用いられてきた、融点の低い硝酸塩を用いた場合は数十nm程度の微結晶で細孔壁が構成されていました(図2)。硝酸塩は熱分解によって核形成・結晶成長が起きますが、塩化物は直接的な熱分解を起こさず酸素との反応により酸化物を形成するため、結晶性に大きな違いがみられたと考えられます。また、鋳型中で気相から塩化物が連続的に供給されることで結晶が成長したと考えられます。

図2 α-Fe2O3ナノ多孔体の透過型電子顕微鏡像とその制限視野電子回折(SAED)パターン※8
高速フーリエ変換(FFT)パターン※9。(左)塩化物前駆体から合成、(右)硝酸塩前駆体から合成。

単結晶性のナノ多孔体は微結晶からなる多孔体に比べて高い耐熱性を示しました。また光フェントン反応※10によるメチレンブルーの分解をモデル反応として触媒活性を比較したところ、比表面積が小さいにもかかわらず、単結晶性ナノ多孔体の方が2倍程度速く色素を分解することが分かりました。

これらの結果は単結晶性の細孔壁をもつナノ多孔体の有用性を示しています。

研究の波及効果や社会的影響

従来の方法では合成可能な”単結晶性ナノ多孔体”の組成に制限がありました。本研究では、前駆体となる塩化物を外部から供給するのではなく、元々鋳型の中に含浸しておき空気中で加熱・酸化するだけで鋳型内部での原料の拡散と連続供給による結晶成長が可能であることを見出しました。このような新しいナノ多孔体の精密合成は優れた特性をもつ金属酸化物ナノ多孔体の発掘に貢献し、ナノ多孔体が用いられる幅広い分野への波及効果が期待できます。

課題、今後の展望

今回の検討では鋳型中での塩化物の酸化によりα-Fe2O3の結晶子サイズの制御に成功し、一般的な微結晶からなるナノ多孔体との違いを明らかにしましたが、本手法が他の組成にどこまで適用できるかはまだ分かっていません。FeCl3以外の金属塩化物でも同様の反応過程を経て単結晶性の金属酸化物ナノ多孔体の合成が期待できるため、今後本手法で合成可能な組成を明らかにしていきます。同時に、鋳型内部における結晶成長メカニズムを明らかにし、無機合成化学の学理を深耕することも重要です。以上に加えて、応用評価を進め、カーボンニュートラルの実現に資する触媒材料、エネルギー変換材料への展開を目指します。

研究者からのコメント

ナノ多孔体を構成する組成・細孔構造・結晶性などのファクターと機能には密接な相関があり、設計の自由度が向上することで新しい応用展開や適用できる範囲の拡大が期待できます。所望のナノ多孔体を得るための合成化学は機能性材料を設計するうえで重要な基盤技術の1つであり、本手法によって新しい材料群の創出が期待されます。

用語解説

※1 ナノ多孔体
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔をもつ物質。通常の緻密な物質とは異なり、高比表面積・大細孔容積を有するため、その特徴を活かして触媒や吸着・分離材、エネルギー材料など幅広い用途で利用される。

※2 結晶子サイズ
結晶性材料を構成するうちの、単一とみなせる結晶の大きさ。一般的なナノ多孔体の細孔壁はナノサイズの結晶の集合体であり、大きな結晶で構成されるナノ多孔体の合成は重要な課題の1つ。

※3 気相拡散
金属塩化物は比較的高い蒸気圧をもち、単独では熱分解による酸化物の形成が起こらないため、加熱することで気体として安定な状態で拡散する。本研究では鋳型に染みこませた金属塩化物が鋳型中を気体として拡散することで連続的に前駆体が供給され、金属酸化物の結晶が成長した。

※4 単結晶性ナノ多孔体
結晶性ナノ多孔体の中でも、単一の結晶中に多数のナノ細孔をもつナノ多孔体。通常の結晶性ナノ多孔体の細孔壁は微結晶から構成されるが、細孔壁が大きな結晶からなる場合は粒界が少ないため特徴的な物性を発現する。

※5 界面活性剤ミセル
両親媒性である界面活性剤分子が自発的に集合(自己組織化)することで形成されるナノ構造体。典型的には水中でミセル形成の臨界濃度以上になったとき、親水基を外側、疎水基を内側に向けて自己組織化し、球状・ロッド状・ラメラ・3次元構造など多様な集合構造をとる。

※6 水熱反応
水と前駆体を反応容器に密閉して加熱することで高温・高圧条件下で物質を合成する方法。

※7 鋳型法
有機分子や無機粒子などの鋳型と金属酸化物との複合体を作製し、鋳型のみを除去することで鋳型の形状を反映した金属酸化物ナノ多孔体を得る方法。無機粒子としてはシリカや炭素のナノ粒子、ナノ多孔体などが用いられる。

※8 制限視野電子回折(SAED)パターン
電子線の回折により原子スケールの周期性(結晶性)を確認することができる。今回のケースではスポットが観測されており、一つの多孔体粒子の中で結晶方位が揃っており単結晶的であると分かる。

※9 高速フーリエ変換(FFT)パターン
撮影画像をFFT変換した画像。今回のケースではナノスケールの周期性を反映しており、スポットが観測されたことから球状細孔の規則的な配列が確認された。

※10 光フェントン反応
過酸化水素と鉄イオンを含む水溶液にUV光を照射することでヒドロキシラジカルを発生させ、有機物を分解する反応。本研究では鉄イオンの代わりに酸化鉄ナノ多孔体を溶液中に分散させて、メチレンブルーの分解反応を行った。

論文情報

雑誌名:Chemistry of Materials
論文名:Quasi-Single-Crystalline Inverse Opal α-Fe2O3 Prepared via Diffusion and Oxidation of FeCl3 Precursor in Nanospaces
執筆者名(所属機関名):Daichi Oka, Kohei Takaoka, Atsushi Shimojima, Takamichi Matsuno* (Waseda University)
掲載日時(現地時間):2025年6月30日(月)8:00 (EST)
掲載日時(日本時間):2025年6月30日(月)21:00 (JST)
掲載URL:https://doi.org/10.1021/acs.chemmater.5c00155
DOI:10.1021/acs.chemmater.5c00155

研究助成

研究費名:JST創発的研究支援事業
研究課題名:微小な圧力を駆動力としたナノ多孔質圧電触媒の開拓(JPMJFR2224)
研究代表者名(所属機関名):松野敬成(早稲田大学)

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