ノーマルビュー

JST「次世代エッジ AI半導体研究開発事業」に新規採択

著者: contributor
2025年12月16日 14:38

環境循環型3D半導体製造革新と拠点形成を通じた、エッジAI社会を支える超高性能チップ実現へ

学校法人早稲田大学情報生産システム研究科は、国立大学法人横浜国立大学を研究代表者とする研究チームに参画し、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が公募する「次世代エッジ AI半導体研究開発事業」における「テーマ② 3D 集積技術の研究開発課題に採択されました。
※本事業の早稲田大学代表研究者は理工学術院・情報生産システム研究科の馬渡和真教授です。

採択課題情報

・事業名称:環境循環型3D 半導体製造革新と拠点形成を通じた、エッジAI 社会を支える超高性能チップ実現へ
・研究代表機関:横浜国立大学総合学術高等研究院
・研究分担機関:株)レゾナック、東京科学大学、早稲田大学、慶應義塾大学

事業概要

本事業は、クラウド側の消費電力増大という世界的な課題を解決し、エッジ側で高度な情報処理を可能とする革新的なAI 半導体の実現を目指す国家プロジェクトです。本採択課題は、将来のエッジAI 社会に不可欠な小型・高集積化と、地球環境に配慮したサーキュラーエコノミー型製造革新の両立を目標とし、特に以
下の4 つの技術課題に注力し、急速に拡大するエッジAI 市場における日本の競争優位を確立することを目指します。

  1. 環境循環型製造技術の確立:資源効率を高め、廃棄物を最小限に抑える「サーキュラーエコノミー型製造プロセス」の導入を加速し、半導体製造におけるグリーントランスフォーメーション(GX)を牽引します。
  2. チップレットに必須となる高度テスト技術の確立:複雑な3 次元積層(3D 集積)構造の品質と信頼性を確立するため、多層にわたる欠陥を高精度かつ効率的に検出・評価する「高度テスト技術」に取組み、次世代3D 半導体の量産プロセス技術を創造します。
  3. 革新的な冷却技術の開発:高集積化による発熱増大に対応するため、エネルギー効率が高く、極めて効率的な「水冷・マイクロ流路型冷却技術」の研究に取組み、AI 半導体性能向上の可能性に挑戦します。
  4. オープンイノベーション拠点整備:研究成果の社会実装を加速するため、株式会社レゾナック、東京科学大学、早稲田大学、慶應義塾大学をはじめとした関係機関と緊密に連携し、産学官連携の「オープンイノベーション拠点」を整備します。これにより、半導体産業の国際競争力の更なる強化と、実践的な教育を通じた次世代のグローバル人材育成を推進します。

2025年度 JST ASPIREに採択

著者: contributor
2025年12月16日 11:30

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が募集した先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)で実施する「TOPのためのASPIRE」において、このたび、本学理工学術院の青木隆朗教授の提案が採択されました。

本件は、協力相手国・地域の研究資金配分機関や研究機関などのプログラムで支援を受けている、または支援を受ける予定の研究者と、AI・情報、バイオ、エネルギー、マテリアル、量子、半導体、通信の7分野で国際共同研究を実施する日本側研究者からの提案を募集したものです。「TOPのためのASPIRE」では、7分野で計54件の応募から、青木教授の提案を含む17課題が採択されました。

採択課題

量子分野

  • 応募タイプ
    TOPのためのASPIRE
  • 課題名
    ナノフォトニクスと原子物理学の融合による統合的光量子技術の創成
  • 日本側研究代表者
    理工学術院 教授 青木 隆朗 ※研究紹介映像はこちら
  • 海外参画研究者所属機関
    フランス:トゥールーズ大学(CNRS)、ソルボンヌ大学
    ドイツ:ベルリン・フンボルト大学、ボン大学
    スペイン:カタルーニャ光科学研究所(ICFO)
    米国:パデュー大学、マサチューセッツ工科大学

 

先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)とは

我が国の科学技術力の維持・向上を図るため、政策上重要な科学技術分野において、国際共同研究を通じて我が国と科学技術先進国・地域のトップ研究者同士を結び付け、我が国の研究コミュニティにおいて国際頭脳循環を加速することを目指します。

本事業により、我が国と科学技術先進国・地域との間で、最先端の研究開発につながるネットワークを構築しつつ、次世代のトップ研究者を育成し、その流れを能動的に作り出すための仕組みを構築します。

(ASPIREウェブサイトより)

アルツハイマー病において成体神経新生が減少するメカニズムに新たな知見

著者: contributor
2025年12月12日 10:50

アルツハイマー病において成体神経新生が減少するメカニズムに新たな知見
~モデルマウスを用いた研究で明らかにになった、BMPシグナルの上昇と性差の関連~

発表のポイント

  • 記憶に関連する脳の海馬領域では、新たな神経細胞が生成される成体神経新生※2は加齢とともに減少し、アルツハイマー病患者ではより顕著に低下すること、また、成体神経新生を BMPシグナル※3関連遺伝子が抑制することが知られています。アルツハイマー病モデルマウスの実験において、雄マウスよりも雌マウスの方が、BMPシグナル関連遺伝子の発現が上昇し、記憶形成に有用な成体神経新生が抑制されることが明らかになりました。
  • マウス実験において、BMPシグナルを阻害する薬剤を投与したところ、成体神経新生が改善されることが明らかになりました。また、培養細胞の解析により、女性ホルモンがBMPシグナル関連遺伝子の発現を高めることを確認しました。
  • 以上より、女性ホルモンが関連してBMPシグナルが上昇し、記憶と関連の深い成体神経新生の低下がおきていることが示唆され、性差によりアルツハイマー病の有病率が高い背景の一端を解明しました。

認知機能が低下し、社会生活に支障をきたす認知症は、脳の加齢が大きな原因で、人口の高齢化とともに、その患者数の増加が大きな社会問題となっています。中でもアルツハイマー病が原因として一番多く、アルツハイマー病の病態については不明な点が多いものの、罹患率は女性で多いことが知られており、女性ホルモンとの関連が示唆されています。
脳で新しく神経細胞が作られる成体神経新生において、海馬における成体神経新生は記憶と関連しており、その制御メカニズムの研究が行なわれてきました。加齢とともに、記憶が低下することや、制御の仕組みとしてBMPシグナルが関与していることが知られています。
早稲田大学 理工学術院 大島登志男(おおしまとしお)教授らの研究グループでは、アルツハイマー病モデルマウスAPPNL-G-Fマウスにおける性差に着目した研究を行ない、女性ホルモンが関連して、BMPシグナルの上昇が起こり、記憶に関係する成体神経新生が抑制されていることを明らかにました。
本研究成果は2025年12月12日に「Biology of Sex Differences」に公開されました。

これまでの研究で分かっていたこと

加齢とともに海馬におけるBMPシグナルの上昇が起き、成体神経新生の低下との関連が示唆されており、さらに、アルツハイマー病患者脳ではBMPシグナルの上昇と成体神経新生の低下が関連することは分っていました。しかし、BMPシグナルと成体神経新生の関係について、性差に着目した研究はこれまで行われておりませんでした。疫学的にアルツハイマー病は女性で罹患率が高いことは分っていますが、その原因として女性ホルモンの関与が示唆されているものの、明らかになっていません。性差に着目することで、アルツハイマー病の病態解明につながる可能性があります。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法

本研究では、共著者の一人である西道元理研チームリ―ダーらが開発したアルツハイマー病モデルマウス※1のAPPNL-G-Fマウスを用いて研究を行いました。APPNL-G-Fマウスは、ヒト化したAPP(アミロイド前駆体タンパク質)遺伝子にSwedish変異,Iberian変異,Arctic変異(遺伝性アルツハイマー病の遺伝子変異)をノックイン法により導入した遺伝子組換えマウスで、2~3カ月でアルツハイマー病に特徴的なアミロイド病理が出現します。本研究で解析を行なった6カ月齢では顕著なアミロイド病理が見られました。実験により以下の結果が得られました。
1.海馬において、BMP4,5,6遺伝子の発現が野生型に比べ♀優位にAPPNL-G-Fマウスで上昇していた。
2. 海馬歯状回における神経幹細胞増殖を細胞増殖のマーカーのPCNAを用いて調べた。その結果、野生型に比べ♀優位にAPPNL-G-Fマウスで低下していた。
3. Aペプチドを野生型マウスの脳室内へ注入すると、BMP遺伝子発現の上昇と海馬歯状回の神経新生の低下が認められた。
4. BMP阻害剤により♀APPNL-G-Fマウスで低下していた神経新生が回復した。
5. 培養細胞Neuro2aの培養液にエストロジェンを添加することで、Neuro2a細胞のBMP遺伝子発現が上昇した。
以上の結果から、♀優位なBMP遺伝子発現の上昇がAPPNL-G-Fマウスの海馬で認められ、♀で優位な成体神経新生の海馬歯状回での低下があり、BMP阻害剤で回復したことから、BMPシグナルの上昇が成体神経新生を抑制している可能性が示唆され、女性ホルモンのエストロジェンがBMP遺伝子の発現上昇に関連することが、培養細胞の実験から示唆されました。

図1 主なBMP遺伝子発現のTg-female(APPNL-G-F♀)での上昇

 

6月齢の海馬におけるBMP4-6の遺伝子発現を定量PCR法で調べたところ、WT(野生型)に比べ、Tg(APPNL-G-F)で遺伝子発現が上昇しており、その傾向は♀で顕著だった。

図2 BMP阻害剤(LDN)を用いてBNPシグナル阻害を行なった結果

 

3週間BMP阻害剤を与えた1週間後に(A)、成体神経新生を調べた(B)。増殖細胞のマーカーのPCNA陽性細胞数がBMP阻害剤投与によりTg(APPNL-G-F)でWT(野生型)に比べ、同程度に回復することが分かった(C)。

研究の波及効果や社会的影響

まだ不明な点が多いアルツハイマー病の病態を、性差という観点から行なった研究成果です。

課題、今後の展望

本研究でBMP阻害剤が成体神経新生を改善することを示しましたが、マウスの学習・記憶などに対しての具体的効果を検討することが必要となります。また、アルツハイマー病はアミロイドベータに対する抗体医薬が臨床で使用され始めているが、病気の進行を緩めるところで止めるところには至っておらず、更なる病態解明が必要です。今回、研究に用いたAPPNL-G-Fマウスは、早期にアミロイド病理が再現出来るモデルマウスであり、APPNL-G-Fマウスで得られた知見はアルツハイマー病患者脳でも起きている可能性が高いことから、同マウスを活用した今後の更なる研究が期待されます。

研究者のコメント

本研究チームでは、ヒト疾患の病態解明や治療法の開発を目指しています。今回、人口の高齢化に伴い、大きな社会問題になっている認知症の病態解明に関する研究で新たな知見を得ることが出来ましたが、これは今後の研究に向けた一歩目であり、今後さらに研究を発展させていきたいと考えています。

用語解説

※1 アルツハイマー病モデルマウス
家族性アルツハイマー病家系の遺伝子変異をもつAPPを過剰発現させ、アミロイド病理を再現したモデルマウスが開発されてきたが、過剰発現がもたらす副次的な効果があった。その問題を解決したのがAPPNL-G-Fマウスである。

※2 成体神経新生
成体脳で新しく神経細胞が神経幹細胞から作られる現象で、神経幹細胞の増殖と分化の2つのプロセスがあり、それぞれに関わる分子やシグナル系の研究が行なわれている。海馬歯状回における成体神経新生が妨げられると、学習や記憶が妨げられる。

※3 BMPシグナル
骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Protein)が細胞の受容体に結合して、細胞内でシグナルを伝達する経路です。このシグナル伝達は、発生初期の細胞の分化や、骨、血管、顔面、神経などの形成、維持に重要な役割を果たす。

キーワード

アルツハイマー病、アルツハイマー病モデルマウス APPNL-G-F、成体神経新生、BMPシグナル、性差、定量PCR、エストロジェン

論文情報

雑誌名:Biology of Sex Differences
論文名:Sex-related upregulation of bone morphogenetic protein signaling inhibits adult neurogenesis in APP NL-G-F Alzheimer’s disease model mice
執筆者名(所属機関名):Xingyu Su(早稲田大学), Rina Takayanagi(早稲田大学), Hiroki Maeda(早稲田大学), Toshio Ohshima(早稲田大学)*、Takaomi C Saido(理化学研究所)
掲載日時:2025年12月12日
掲載URL:https://doi.org/10.1186/s13293-025-00799-0
DOI: https://doi.org/10.1186/s13293-025-00799-0
*:責任著者

研究助成

研究費名:科学研究費 基盤研究(C) 課題番号:22K06464
研究課題名:CRMP2リン酸化の神経回路形成および神経再生への役割解明とその応用
研究代表者名(所属機関名):大島 登志男(早稲田大学)

研究費名:早稲田大学特定課題研究
研究課題名:2024年度 アルツハイマー病モデルマウスにおける遺伝子発現変動の解析
2025年度 性差と腸内細菌に着目したモデルマウスを用いたアルツハイマー病研究
研究代表者名(所属機関名):大島 登志男(早稲田大学)

A Quick Visit to the Institute of Global Production & Logistics

著者: contributor
2025年11月18日 16:30

‘Learning Ecosystem’ to Drive Change in the Supply Chain Developed at Waseda

 

Digitalization, globalization and sustainability — and more recently pandemic-driven shifts in economic security, society is undergoing rapid change. Companies’ supply chains are facing an unprecedented era of transformation. Amid this, what can academia do to help restore vitality to Japanese manufacturing and brighten the prospects of the world economy through industry-academia collaboration? Here we introduce a research institute tackling these difficult issues through such collaboration.

Contributing to the “great transformation” of supply chains via academic approaches

──When you say ‘Global Production & Logistics’, what kind of research are you talking about?

OHMORI, Shunichi (Research Director/Faculty of Science and Engineering)

The short answer is supply-chain management for firms, especially in manufacturing: from procuring raw materials, transporting to production sites, managing inventory in warehouses, and delivering to stores — the whole chain. We also include service-operations management combining sales and consumption.

The environment surrounding manufacturing is especially harsh in Japan now, with layers of complex challenges coinciding — for instance, advances in the so-called Fourth Industrial Revolution, the acceleration of sustainability and social business as symbolized by the SDGs, and rising protectionism following globalization. The pandemic laid bare risks of supply-chain disruption, and with geopolitical risk came a forced reassessment of supply networks.

Especially acute in Japan is the issue of labor shortage. In logistics especially, the so-called “2024 problem” triggered concern over declining transport capability as stricter regulations limited overtime for truck drivers. Not only drivers, but white-collar staff in inventory management and demand forecasting are ageing and leaving the workplace, and the reliance on experienced “intuition” and judgement of veteran workers is catching up with the system.

Amid this backdrop, our mission is to analyze those challenges and examine solutions using knowledge from industrial engineering in order to build the next-generation global production and logistics systems that benefit business and society.

──There seems to be a strong expectation from industry for what academia can bring.

I believe so. Japanese manufacturing once had global leadership, but in recent years the changing environment I mentioned has steadily eroded international competitiveness. In our research we’ve engaged in joint studies and dialogues with top management and supply-chain practitioners at representative Japanese manufacturers. In that process, I’ve felt, more than ever, the rising expectations for academic approaches on how to enact transformation and concrete methods.

What I, personally, have felt from working with many companies is: Japanese firms at the site level have extremely high capabilities and the capacity to improve. Their daily operations are already near optimal, and their accumulated knowledge and efforts are globally enviable.

On the other hand, in our field we have a concept called the “Theory of Constraints”. It states a system’s overall performance is determined by its bottleneck. Like a chain is as strong as its weakest link, an organization or a supply chain is often held back by one constraint.

To achieve dramatic reform, you must change the constraint itself. But that affects other departments or other companies, and may even bring temporary chaos or negative impact, so it is by no means easy.

In that context, I believe the source of future competitiveness for companies is to clearly define the “ideal form” and long-term vision of the company, and advance reform with a whole-system optimization perspective — thereby overcoming that wall.

Our institute’s contribution lies in deeply understanding companies’ visions, organizing decisions into scenarios, building mathematical models and algorithms, and then doing simulations. This allows us to quantitatively show “if this decision is taken, what sort of result will emerge”, and we consider this assistance in strategic decision-making for companies with future foresight to be crucial.

Bridging the gap between “theory and reality” through joint research with industry

──What specifically do you do in the management-engineering approach?

For example, in joint research with a nationwide restaurant-chain company, we undertook a project to optimize delivery scheduling to stores. Because multiple stores exist in one region, improving logistics efficiency was the challenge. Previously each store hoped for its own delivery time — one wanted morning, another night — so even neighboring stores might receive two separate deliveries (morning and night) in the same area, which is inefficient. If we relax this constraint of delivering at the time each store demands, and align delivery times, then delivery routes can be consolidated, and fewer trucks can serve them.

Now imagine hundreds of stores in one region. Which stores should have their delivery logistics coordinated to yield the greatest efficiency? We built an algorithm and derived the optimum mathematically from among the vast combinations. By not being swayed by each store’s individual situation but enabling headquarters to take an aerial view and coordinate across them, logistics efficiency improved significantly.

However, a theoretically obtained optimum solution doesn’t necessarily fit the reality of problem-solving. There is always a gap between theory and reality, and it’s important to work with companies to close that gap. For example, if you give maximum consideration to each store’s circumstances, how will transport cost, manpower and time be affected? On the flip side, if you prioritize efficiency, how much burden does that place on the stores? Through such simulations we present several options, and let the company make a judgement.

And not only for delivery: supply chains involve many stages, so by viewing them end to end, if you optimize what used to function separately — different departments and companies — even a small improvement can significantly raise efficiency.

──So it’s research while confronting actual challenges in reality. 

While we often undertake joint research with companies, we first focus on formulating a ‘research question’ from a societal and academic standpoint. We answer that question using scientific methods, and our mission is to connect our findings to problem-solving in society and to creating new value.

Even in joint research we proceed only after the company understands that we’re targeting topics with large societal impact, not just an individual firm’s issue.

Because it is a ‘significant question’, it must be an unresolved problem. An obvious challenge easily solved with existing solutions or methods does not become a research theme. Therefore, in every joint research we’re always facing new challenges, iterating trials and errors, at times experiencing failure together and building up knowledge.

The field of supply-chain is very broad: from operations at the site, through management strategy, to the economy as a whole. It demands multi-layered perspectives. Because the methods and expertise required differ significantly at each layer, we have researchers from a variety of fields participating in the institute.

Also, many practitioners from industry join as research members, bringing awareness of real-world issues and business realities to the discussions. With students also joining these talks among specialists from different disciplines and industries, they don’t just learn theory — they directly experience the complexity of real-world operations and the weight of decision-making, which becomes a great growth opportunity for them.

 

Creating a community where university, industry and students learn from each other

──You have been director of this institute for about three and a half years now. What policy have you taken in your research advancement?” 

Including collaboration with companies and overseas researchers, I’ve kept expanding the network. The institute was originally founded in 2002 by my mentor, Professor Kazuho Yoshimoto, a Professor Emeritus of the School of Science and Engineering, with the theme of strengthening the link between production and logistics for productivity improvement. Over 20 years later the environment surrounding corporate management has changed greatly. I believe we should keep daringly taking on new things and systematizing them.

──What new activities have you begun?

We’ve branched out in many areas, but I’ve placed particular emphasis on building communities of practitioners in production and logistics. We’ve held research meetings for manager-class practitioners, meetings for procurement-executives and for logistics-executives — bringing together top runners active in supply-chain management and introducing the latest academic knowledge to them and getting feedback.

We also emphasize overseas collaboration. We work with experts from industry and academia in the USA, Germany, China, Thailand and other countries, learning at various angles about the transformations taking place on the front line of supply chains.

In the U.S. we’ve learned from many advanced cases of supply-chain management. In the “Supply Chain Top 25” published annually by the research firm Gartner, we talk directly with CEOs of companies that are regulars in the list or in the “Masters” category. We gain the opportunity to learn how they drive supply-chain reform and respond to change.

In Germany we’ve visited cutting-edge factory automation and observed industry policy aimed at structural transformation of manufacturing through digital technology — the so-called “Industry 4.0”. Particularly, systems for data linkage between factories and companies and governance design were very suggestive for thinking about future Japanese manufacturing.

In China we visited Shenzhen, sometimes called the “hardware Silicon Valley”, and through entrepreneurs, manufacturing sites, venture capital and accelerators we learned how ideas take shape and grow into business. Through these on-site visits we aim to understand the manufacturing ecosystem that supports innovation and apply that to the future industrial competitiveness of Japan.

Through this practical knowledge, we don’t just learn theory, but we can also understand management decision-making and organizational transformation approaches that are globally applicable. I feel that knowing best practices around the world is extremely important for Japanese companies confronting challenges, in order to relativize those challenges and explore the next direction of reform.

──You said students also participate in your research activities. Are there results on that front too?

Yes. Facing real challenges that companies face, presenting solutions to people at the front line of operations and receiving feedback — for students it is definitely a large gain. We go on study tours to factories, companies and academic institutes domestically and overseas, and prominent practitioners in this field occasionally drop by unannounced, so I believe the stimulation is significant.

Including that, creating a ‘learning ecosystem’ in the field of supply-chain and service-operations management is my goal. For the university: discovery of new research opportunities and growth of students; for industry: acquisition of the latest theory and securing talent; for students: meaningful learning opportunities and paths to career. If a structure that fulfils each of these needs can be made, that would be ideal.

As a result, I hope Japanese manufacturing will regain strength and once again take the lead in solving global issues.

従来困難だった磁性体の結晶対称性由来の磁区を識別する手法を開発

著者: contributor
2025年11月14日 16:29

従来困難だった磁性体の
結晶対称性由来の磁区を識別する手法を開発

─ 超低消費電力・高速動作素子を実現するスピントロ二クス材料の開発に拍車 ─

発表のポイント

  • 高輝度放射光が生み出す円偏光を用いた共鳴非弾性X線散乱(RIXS)(注1)により、磁区(注2)を識別する新しい磁性体研究手法を開発しました。
  • 第三の磁性体と呼ばれる交替磁性体(注3)テルル化マンガン(MnTe)において、磁区の空間分布を定量的に評価できることを示しました。
  • 本手法は、従来の手法では識別できなかったスピントロニクス(注4)材料の結晶対称性に由来する磁区観測に広く適用されると期待されます。

交替磁性体は全体としての磁化がゼロでありながら、スピンの分極した電子バンドを持つため、スピントロニクス材料として注目されています。交替磁性体の代表例であるMnTeにおいては従来技術では識別が難しい結晶構造の対称性に由来する磁区の存在が詳細な電子状態解明の障害となっていました。

東北大学学際科学フロンティア研究所の鈴木博人助教らの研究グループは、早稲田大学先進理工学部の武上大介博士研究員、大阪公立大学大学院工学研究科の播木敦准教授らとの共同研究により、円偏光を用いた共鳴非弾性X線散乱(RIXS)による新たな磁区識別法を開発しました。本研究では、右・左回り円偏光の散乱強度の差である円二色性(RIXS-CD)(注5)を高精度で検出することで、従来の手法では識別できなかった結晶対称性由来の磁区を区別することに成功しました。今回開発した手法は、スピントロニクス材料の物性解明に寄与することが期待されます。

この研究成果は、米国物理学会が発行する学術誌Physical Review Lettersに2025年11月6日付で掲載されました。また注目論文として、同学会のPhysics Magazine誌で紹介されました。

【詳細な説明】

研究の背景

鉄(Fe)やマンガン(Mn)などを含む磁性体は、イオンがもつ微小な磁石の単位(スピン)が特定のパターンに従って巨視的に整列した状態を持ちます。磁性体の機能は、その整列のパターンと、磁区の配置によって大きく左右されます。磁区は、整列のパターンが一様に持続する領域であり、異なる磁区は情報記録媒体として利用することができます。従来、放射光を用いた磁区構造の識別には、X線磁気円二色性(XMCD)が広く用いられてきました。これらの手法は、主にスピンの向きが揃った強磁性体の磁区を区別することに有効です。

しかし近年、交替磁性体と呼ばれる新たな磁性体が注目を集めています(図1)。交替磁性体は、全体の磁化がゼロでありながら、強磁性体が示すような時間反転対称性を破る特徴的な磁気秩序を示します。具体的には、結晶格子内で入れ子になっている2つの副格子(注6)のスピンが空間回転を伴う対称操作で互いに結び付けられており、その結果として上向き・下向きのスピンを持つ電子の振る舞いに違いが現れます。こうした材料の磁区構造を識別することは、機能発現の根本理解や制御に不可欠ですが、これまでの実験手法では結晶対称性に関連した磁区を区別することができませんでした。

図1. 三種類の共線磁性体の概念図。強磁性体(左)はスピンの向きが揃った状態、反強磁性体(中央)はスピンの向きが相殺する状態。反強磁性体の2つの副格子は空間反転(P)や並進(t)で結びつく。第三の磁性体と呼ばれる交替磁性体(右)もスピンが相殺した状態だが、副格子を結びつけるには空間回転を伴う操作(図の場合は90度回転C4と並進t)を行う必要がある。

今回の取り組み

本研究では、交替磁性体の代表例であるMnTe単結晶を対象に、軟X線領域(MnのL₃吸収端、約640 eV(電子ボルト))における共鳴非弾性X線散乱(RIXS)実験を実施しました。RIXSは、X線が物質中の格子やスピンの集団振動にエネルギーを与えて散乱される過程を観測することで、振動モードのエネルギーと運動量の関係を明らかにできる手法です。今回は特に、右回り・左回り円偏光のX線を用いてRIXSスペクトルを測定し(図2)、それらの散乱強度の差である円二色性(RIXS-CD)を測定しました。

本手法の革新性は、マグノン(注7)励起におけるRIXS-CDが、磁気秩序が引き起こす鏡映対称性の破れに敏感であるという点にあります。図2に示す通り、今回の測定では、X線の入射・散乱角度を精密に制御しながら、試料の方位角(入射面を試料面内で回転させた角度)を変化させてRIXS-CDの角度依存性を調べました。その結果、入射角度に応じてRIXS-CDの強度が変化し、最大強度となる方向が存在することが明らかとなりました(図3)。これは、特定の交替磁区が優勢に存在していることを示唆するものです。

この観測結果を、第一原理電子状態計算(注8)と物質中の電子のふるまいを原子レベルで精密に再現する動的平均場理論(DMFT)に基づく理論シミュレーションと比較したところ、実験と理論が定量的に一致し、測定領域では結晶の回転対称性で結ばれる3つの領域のうち1つが約半分(47%)を占めていることが判明しました。さらに、他の2つの領域もそれぞれ22%、31 %存在することが推定されました。つまり、RIXS-CDの方位角依存性から、磁区の「構成比」を定量的に抽出することに成功しました。

また、今回観測されたRIXS-CDは、時間反転対称性の破れそのものではなく、磁気秩序による「鏡映対称性の破れ」に由来するものであることも理論的に明らかにしました。これは、広く用いられているXMCDが時間反転対称性の破れを検出しているのとは異なります。これはRIXS過程の非エルミート性(粒子の存在確率が保存しない性質)に起因する性質であり、RIXS独自の新しい対称性検出手段であると位置付けられます。

図2. 交替磁性体MnTeに対する円偏光を用いた共鳴非弾性X線散乱の概念図。左・右回り円偏光を持つX線をMnTe単結晶の面直方向から入射し、散乱されたX線の強度の差である円二色性を計測する。様々な面内角度で散乱X線強度を観測することで、MnTeの磁区を識別する。

図3. 異なる面内角度で取得された共鳴非弾性X線散乱スペクトル(上段)。円二色性を現す差分スペクトルの正の部分が赤、負の部分が青で示されている。下段は理論計算による実験データの再現。円二色性の面内角度依存性から、測定点における3つの磁区の分布割合(47%、22%、31%)が算出できる。

今後の展開

RIXS-CDは、強磁性体の磁化の検出に限らず、様々な対称性の破れを高感度に検出できる手法です。今後は、交替磁性体だけでなく、トポロジカル磁性体や、様々な量子物質に適用が期待されます。また、円偏光が持つ角運動量を活用することで、マグノンのカイラリティ(左回り、右回りの非対称性)を明らかにすることもできます。これはカイラリティを持つマグノンの特性を詳細に捉えることが可能となるため、マグノニクス材料の性質の解明にも貢献します。

本研究のRIXS-CD実験は、東北大学で合成されたMnTe純良単結晶を用い、英国の放射光施設Diamond Light SourceのI21ビームラインにて実施されました。同様の分光手法は、東北大学青葉山キャンパスにて2024年より稼働を開始した3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)においても、より高いエネルギー分解能で既に実現可能となっています。本研究をリードした鈴木助教は、「今回確立した測定手法をNanoTerasuの2D-RIXS分光器を用いてより高精度で行うことで、マグノンなどの集団励起の空間分布を効率的に可視化できます。RIXSは磁気デバイス試料の動作時にも適用可能です。今後は同様の測定手法を応用することにより、スピントロニクスの研究に貢献することが期待されます」と、今後の展望を語っています。

【謝辞】

本研究は、JSPS 科学研究費助成事業(JP22K13994, JP21K13884, JP23K03324, JP23H03817)、Quantum Materials for Applications in Sustainable Technologies Grant No. CZ.02.01.01/00/22_008/0004572、Deutsche Forschungsgemeinschaft under the Walter Benjamin Programme, Projektnummer 521584902の支援を受けて行われました。数値計算の一部は東京大学物性研究所スーパーコンピュータ共有利用(課題番号:2024-Bb-0005)を用いて行われました。共鳴非弾性X線散乱実験はDiamond Light Source利用課題(MM35709)により実施されました。また、本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。

【用語説明】

注1.共鳴非弾性X線散乱(RIXS):試料に含まれる化学元素の吸収端に合わせた軟X線を照射し、散乱されて出てくる光のエネルギーを調べる分光法のこと。RIXS はResonant Inelastic X-ray Scatteringの略称。

注2.磁区:物質の中で、イオンがもつ微小な磁石の単位(スピン)が一定のパターンで揃っている領域。

注3.交替磁性体:近年同定された新しいタイプの磁性体のこと。磁石の起源となる強磁性体(全体として磁化を持つ)や反強磁性体(磁化が相殺されゼロになる)とも異なる「第三の磁性体」として注目されている。交替磁性体では、磁化の総和がゼロであるにもかかわらず、強磁性体のような時間反転対称性の破れ(時間の流れの向きを逆向きにしたときに状態が変化する性質)に伴う応答が得られる。その結果、電子のバンド構造のスピン分裂や異常ホール効果が現れるなど、従来の反磁性体にはない性質を持つ。代表的な例としてMnTeの他にルチル型化合物であるフッ化マンガン(II)(MnF2)などが知られている。

注4.スピントロニクス:「スピン」と「エレクトロニクス」を組み合わせた言葉で、電子の持つ電荷とスピンの性質を利用して情報処理や記録を行う技術のこと。電子の電荷のみを利用する従来のエレクトロニクスと比べ消費電力が小さく、高速で動作する電子機器を実現できると期待されている。

注5.円二色性(Circular Dichroism: CD):右・左回り円偏光による吸収や散乱強度の差から、対称性の破れを検出する手法。X線吸収スペクトルの円二色性(X-ray magnetic circular dichroism: XMCD)は磁性体研究に広く用いられているが、今回はRIXSの円二色性を観測した。

注6.副格子:結晶中では、それぞれの原子は並進操作(平行移動)で他の原子と結びついている。この繰り返しの最小単位を単位格子と言うが、ある種の結晶では単位格子の中に複数の同一原子を含む。これを副格子と呼ぶ。

注7.マグノン:磁性体において、スピンの歳差運動(回転運動)が波のように伝わるスピン波を、量子力学的に記述した準粒子。

注8.第一原理電子状態計算(第一原理計算):計算対象となる物質系を構成する元素と結晶構造のみを入力パラメータとし、系の電子状態を計算する手法。

【論文情報】

タイトル:Circular Dichroism in Resonant Inelastic X-ray Scattering: Probing Altermagnetic Domains in MnTe
著者:D. Takegami, T. Aoyama, T. Okauchi, T. Yamaguchi, S. Tippireddy, S. Agrestini, M. Garcia-Fernandez, T. Mizokawa, K. Ohgushi, Ke-Jin Zhou, J. Chaloupka, *J. Kunes, *A. Hariki, and *H. Suzuki
*責任著者:Masaryk University Professor  Jan Kunes
*責任著者:大阪公立大学 准教授 播木敦
*責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 鈴木博人
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/512v-n5f9
URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/512v-n5f9

(参考)Physics Magazine誌での紹介記事
タイトル:Mapping Altermagnetic Domains
URL:https://physics.aps.org/articles/v18/s145

プロジェクト研究所ちょっとお邪魔します! グローバル生産・物流コラボレート研究所

著者: contributor
2025年11月12日 13:23

サプライチェーンに変革を起こす 早稲田発「学びのエコシステム」

 

デジタル化、グローバル化、サステナビリティ。さらにはパンデミックに経済安全保障。激動する社会の波を受け、企業のサプライチェーンはかつてない変革期を迎えています。その中で日本の製造業に活力を取り戻し、世界経済を明るく照らすためにアカデミアにできることは何か。産学連携で難題に取り組む研究所を紹介します。 

サプライチェーンの「大変革」に学術的アプローチで貢献する 

──「グローバル生産・物流コラボレート」といいますと、どのような研究が対象となるのでしょうか。 

大森峻一(所長/理工学術院教授)

ひと言でいえば、製造業を中心とする企業におけるサプライチェーン・マネジメント。原材料などの調達に始まり、製造現場への輸送、生産、倉庫での管理、そして販売店への配送といった一連の流れ、すなわちサプライチェーンに関する業務をいかに効率化するかについて研究しています。加えて、販売と消費を合わせたサービスオペレーション・マネジメントも研究対象に入ります。 

製造業を取り巻く最近の情勢は非常に厳しく、さまざまな問題が複雑に絡み合う中で企業は「大変革期」を迎えています。例えば、第4次産業革命などといわれるデジタル化の進展、SDGsに象徴されるサステナビリティへの対応やソーシャルビジネスの加速、グローバリゼーションの果てに巻き起こった保護主義の高まりなど、サプライチェーンに影響を及ぼす課題は山積です。コロナ禍によってサプライチェーンの分断リスクが顕在化し、地政学的リスクに伴い供給網の見直しを余儀なくされる、といったことも起きています。 

日本では特に働き手不足の問題も大きいですね。物流業界では「2024年問題」といって騒がれたように、働き方改革関連法の施行でトラック運転手の時間外労働時間に上限規制が設けられたことで、輸送力の低下が危惧されました。ドライバーだけでなく、在庫管理や需要予測に従事するホワイトカラーの人たちも高齢化などで職場から離れ、ベテランの経験と勘に頼ってきたツケが回ってきています。 

そうした中で、ビジネスと社会に役立つ次世代のグローバル生産・物流システムの構築を目指し、経営工学的な知見を生かして問題の分析と解決策の検討を行うことが私たちの使命です。

──アカデミアが持つ学術的な知見に対して、産業界からの要請や期待が大きいということですね 

そのように思います。日本の製造業はかつて世界を牽引する力を備えていましたが、近年では先ほど挙げたような環境変化により、国際競争力を保つことが次第に難しくなってきました。私たちは研究活動の一環で、日本を代表するようなメーカーの経営陣やサプライチェーンの実務担当者との共同研究や議論を重ねてきましたが、変革の方向性や具体的な方法について、学術的アプローチへの期待値がこれまで以上に膨らんでいることを実感しています。 

私自身、これまで多くの企業の方々とご一緒する中で感じるのは、日本企業には現場レベルで極めて高い能力と改善力が備わっているということです。実際、日々のオペレーションはすでに最適に近い水準で行われており、そこで働く人々の知見と努力は世界的に見ても誇るべきものです。 

一方で、私たちの分野には「制約理論(Theory of Constraints)」という考え方があります。システム全体のパフォーマンスは、“ボトルネック”となる制約条件によって決まるというものです。例えば、鎖の強さが最も弱い輪の強度で決まるように、組織やサプライチェーンも、どこか1カ所の制約条件が全体の可能性を抑えてしまうことがあります。 

飛躍的な改革を実現するためには、この制約条件そのものを変える必要があります。しかし、それは他部門や他社との関係にも影響を及ぼし、ときには一時的な混乱や負の影響を伴うこともあるため、決して容易ではありません。 

そのような中で、企業としての「ありたい姿」や長期的なビジョンを明確に定め、全体最適の視点から改革を進め、この壁を乗り越えていくことこそが、これからの企業の競争力の源泉になると考えています。 

私たちの研究所の貢献としては、そうした企業のビジョンを深く理解し、その実現に向けた意思決定をシナリオとして整理し、数理モデルやアルゴリズムを構築したうえでシミュレーションを行うことにあります。これにより、「もしこのような意思決定を行った場合、どのような結果が生じるか」を定量的に示し、企業が将来を見据えた戦略的な意思決定を行う際の支援を行うことが重要だと考えています。 

企業との共同研究で「理論と現実」のギャップを超える

──経営工学的アプローチというのは、具体的にどのようなことを行うのですか 

例えば、全国チェーンを展開する外食企業との共同研究で取り組んだ、店舗への配送スケジュールの全体最適化プロジェクトがあります。一定のエリアに複数の店舗が存在しているため、いかに物流の効率性を上げるかが課題でした。従来は、店舗ごとに希望する配送時間がまちまちで、ある店は朝の搬入を希望し、別の店では夜間を指定するというような状況でした。これでは、隣り合った店舗であっても朝と夜で同じ地域に2回行く必要があり、効率的ではありません。ここで、店舗の望むタイミングで届けるという「制約条件」を緩和して、配送時間をそろえれば、配送ルートもまとめられ、より少ない台数のトラックで回れます。  

では、一定エリアに数百の店舗があるとして、どの店舗同士の配送を調整すれば最も効率が上がるのか。膨大な組み合わせの中から最適解が得られるよう、アルゴリズムをつくって数理的に導き出します。個々の店舗の事情に振り回されず、本社が全体を俯瞰して調整を図ることで、ロジスティクスの効率が大きく改善するわけです。 

ただ、理論的に得られた最適解が、必ずしも現実の課題解決に使えるとは限りません。理論と現実の間には常にズレがあり、そのギャップを踏まえてどうするかを企業と協働しながら詰めていく作業が重要です。例えば、店舗の事情を最大限に考慮した場合、物流にかかるコストや人員、時間はどうなるか。逆に最も効率性を重視した場合、店舗にどれだけの負担を強いることになるか。そうしたシミュレーションでいくつかの選択肢を示し、企業に判断してもらうのも一つの方法でしょう。 

配送に限らず、サプライチェーンにはさまざまな段階がありますから、その全体を通して見て、従来は別々に機能していた部門と部門を結びつけて最適化すれば、ちょっとの改善で格段に効率を高めることも不可能ではありません。 

──現実に起きている課題を直視しながら研究を進めるわけですね 

私たちは企業の皆様と共同で研究を行うことも多くありますが、あくまで「研究」として、社会的な観点からも学術的な観点からも「重要な問い(Research Question)」を設定することを最も重視しています。 

その問いに対して科学的な手法で答えや解決策を導き出し、その成果を社会における問題解決や新たな価値創出につなげることが、私たちの使命です。共同研究を進める際にも、個々の企業様の課題解決にとどまらず、社
会全体へのインパクトが大きいテーマに取り組むことをご理解いただいたうえで、一緒に研究を進めています。

また、「重要な問い」であるためには、それが未解決問題でなければなりません。既存のソリューションや手法で容易に解決できるような自明な課題は研究テーマとはなりません。したがって、共同研究では常に新しいチャレンジに向き合い、試行錯誤を重ね、ときには一緒に失敗も経験させていただきながら、知見を積み上げていくことを大切にしています。 

サプライチェーンという領域は非常に広く、現場の運用から経営戦略、さらには経済全体の動向まで、多層的な視点が求められます。各レイヤーで必要となる方法論や専門知識も大きく異なるため、研究所には多様な分野の研究者に参画いただいています。 

また、実業界からも多くの実務家の研究員に参加していただき、現場の課題意識やビジネスのリアリティを踏まえながら、研究の社会的価値を高めるための議論を日々重ねています。こうした異分野・異業種の専門家との議論に、学生たちも加わることで、理論だけでなく実務の複雑さや意思決定の重みを直接体験し、大きな成長の機会へとつながっています。

大学と企業と学生が学び合うコミュニティの創出を

──大森先生がこの研究所の所長になられて約3年半。どのような方針で研究を進めてこられましたか。 

企業との連携や海外の研究者との協働も含めて、ネットワークを広げることを念頭に活動してきました。もともとこの研究所が発足したのは2002年、私の恩師である吉本一穂先生(理工学術院名誉教授)が立ち上げ、その名のとおり生産と物流の結びつきを強めながら生産性の向上や物流の効率化を追究することをテーマとしていました。それから20年以上を経て、企業経営を取り巻く環境は大きく変わっています。新しいことにどんどん挑戦し、仕組み化していきたいと考えています。 

──新しく始められたこととして、どのような活動がありますか 

いろいろと手を広げてきましたが、生産・物流に関する実務家の方々とのコミュニティづくりには特に力を入れています。マネージャークラスの研究会、調達系役員の研究会、物流系役員の研究会というように、サプライチェーン・マネジメントの第一線で活躍する各界のトップランナーにお集まりいただき、学術研究にもとづく最新の知見を紹介してフィードバックをいただくといった活動です。 

海外との連携にも力を入れています。アメリカ、ドイツ、中国、タイなど、各国の産業界や学術界の有識者と協働し、サプライチェーンの最前線で起きている変革を多角的に学んでいます。 

アメリカでは、サプライチェーン・マネジメントの先進的な事例を多く学んでいます。調査会社のガートナー(Gartner)が毎年発表する「サプライチェーン・トップ25」では、世界を代表する企業が殿堂入り(Masters Category)として評価されています。私たちは、そうしたガートナーランキングの常連企業や殿堂入り企業の経営者の方々から直接お話を伺い、どのようにサプライチェーン改革を進め、変化に対応しているのかを学ぶ機会を得ています。 

ドイツでは、最先端のファクトリーオートメーションを視察し、デジタル技術によって製造業の構造転換を図る産業政策──いわゆる「インダストリー4.0」の現場に触れてきました。特に、工場や企業間でのデータ連携の仕組みやガバナンス設計は、今後の日本のものづくりを考えるうえで非常に示唆に富むものでした。 

また、中国では「ハードウェアのシリコンバレー」とも呼ばれる深圳を訪れ、起業家、製造現場、ベンチャーキャピタル、アクセラレーターなどを通じて、アイデアがどのように形となり、ビジネスとして成長していくのかを学んでいます。こうした現地視察を通して、イノベーションを支えるモノづくりのエコシステムを理解し、今後の日本の産業競争力に生かすことを目指しています。 

こうした実践知に触れることで、単に理論を学ぶだけでなく、グローバルに通用する経営の意思決定や組織変革のアプローチを理解することができます。世界各地でのベストプラクティスを知ることは、日本企業が直面する課題を相対化し、次の変革の方向性を探るうえで非常に重要だと感じています。 

──研究活動には学生も参加されるとのことですが、こちらも成果が上がっていますか 

そうですね。企業が抱える現実の課題と向き合い、実務の最前線にいる方々に解決策をプレゼンし、フィードバックをもらう。学生にとって得るものが大きいことは間違いありません。研究所主催のスタディツアーで国内外の工場や企業、学術機関などへ視察にも行きますし、この分野で名の知れた錚々たる企業人がふらっと訪ねてこられたりもしますので、刺激は大きいのではないでしょうか。 

そうしたことも含めて、サプライチェーンとサービスオペレーションのマネジメント分野における「学びのエコシステム」を創ることが、私の目標です。大学には新たな研究機会の発見と学生の成長を、企業には最新理論の獲得と人材確保を、そして学生には意義ある学びの機会とキャリアへの道を。それぞれのニーズを満たせる仕組みができたらいいですね。

その結果、日本の製造業が再び強さを取り戻し、世界の課題解決に先導的役割を果たせるようになれればと願っています。 

音の波動を可視化する 及川先生に聞く音コミュニケーションの世界

著者: contributor
2025年11月12日 13:12

2025年度の「教えて! わせだ論客」のテーマは「コミュニケーション」。複数の専門家の視点から、コミュニケーションについて考えます。第5回のゲストは、「音響工学」を専門とする及川靖広教授(理工学術院)。音を物理現象として捉え、聴覚コミュニケーションを支援する研究などに取り組む及川教授に、「快適な音コミュニケーション」について伺いました。

音の専門家から見たコミュニケーションとは?

音も波動の一種なので、発する側と受け取る側の「波動のやりとり」だと思っています。そして、同じ音でも人によって受け取り方は異なります。コミュニケーションにおいて大切なのは、その「違い」を理解し、他者の感じ方を尊重することだと思います。

INDEX
▼「点」ではなく空間全体の「場」として音を理解する
▼みんな同じようで、違う音を聴いている
▼音に耳を澄ますように、社会を観察してほしい

「点」ではなく空間全体の「場」として音を理解する

及川先生の専門である「音響工学」「音響信号処理」とは、どのような研究分野なのでしょう?

「音響工学」とは、音の性質を理解した上で、工学的に人や社会のために役立てる学問分野です。私が常に意識しているのは二つのアプローチで、一つは、物理現象として音を扱うアプローチ。もう一つは、聞いている人間が感じ取る知覚現象として捉えるアプローチです。それらが混ざり合っている部分が「音響」とも表現され、その音を認知・理解する分野は心理学のカテゴリーでもありますので、幅広い研究領域だといえます。

そして、例えばマイクというのは音を電気信号に変換する道具で、電気信号がケーブルや電子回路を通ってスピーカーへ送られるわけですが、その電気信号をコンピューターで処理する技術のことを「音響信号処理」といいます。この技術は、イヤホンのノイズキャンセリング機能やスマートフォンの音声認識などに応用されています。

ただし、マイクで拾える音はあくまでもマイクがある場所における「点」の情報にすぎません。実際の音は、空間全体に広がりながら伝わっていく。物理学的に音は空気の振動の伝わりですから、音波が空間的・時間的にどう分布しどう変化していくのか、この音の空間的な広がりを、磁場や電場という言葉と同じように、「音場」と呼び、音の現象を本質的に観測・解析する研究をしています。

※空間のある地点での振動が次々と周囲に伝わる現象。

先生の研究事例を具体的に教えてください。

10年ほど前、デンマーク工科大学で客員教授をしていた時期に、「歯の骨伝導を利用した音声デバイス」を開発しました。骨伝導とは、鼓膜を介さずに骨の振動で音を伝える方法です。聴覚障がい者の中には、音を受け取る神経細胞は正常でも、鼓膜や中耳などの障がいによってそこまで音が届かない人がいます。そうした人たちに別経路で音を届けたいと思って、新たなデバイスを考案しました。

マウスピース型の歯骨伝導デバイス。左は、電気信号で圧電素子を振動させ、その振動を骨伝導により聴覚神経に伝えるデバイスで、右はBluetoothで無線化を検討したもの

近年は、「光学的手法による音の可視化技術」の開発にも力を入れています。これは、レーザー光や高速度カメラを使い、空気中のわずかなゆらぎから音の波を“見える化”する技術です。この方法を使うと、スピーカーや楽器から音がどう広がり、どのように干渉するのかを観察できます。つまり、音の伝搬を動画として記録できるということです。

シンバルをたたいた時の音の広がりの様子。スティックがプレートを打撃した時に音が発生、伝搬していく様子を観測できる ※クリックして動画を再生

また、この可視化技術をコンサートホールの音響設計にも応用する研究をしています。模型によるシミュレーションだけでなく、実際の空間で音がどう動くのかを見ることができれば、設計の精度は格段に上がります。

みんな同じようで、違う音を聞いている

「快適な音コミュニケーション」の前提となる基礎知識はありますか?

「快適な音コミュニケーション」の仕組みをデザインする上で、「音をどう聞き、どう伝えるか」を物理的に探究することは重要です。そのためには、「音の発生」「空間の伝播」「耳による知覚」の三つの領域を知っておく必要があります。

まず、「音の発生」。人の声や楽器の音、さらには機械の動作音まで、音の出方には無限のバリエーションがあるので、「音を出すこと」が音コミュニケーションの出発点になります。

次に、「空間の伝播」。音は空気を介して伝わります。壁や天井で反射し、干渉し、減衰していく。その“空気の中の旅”を理解することが、音響工学の核心です。先ほどの「光を使った音の可視化技術」を使えば、音がどのように空間を伝播していくかをリアルタイムで観測できます。これによって、音のコミュニケーションを自在にデザインできる可能性が広がります。

最後に、最も人間的な領域である「耳による知覚」。同じ音を聞いても、人によって感じ方は異なります。味覚や視覚と同じように、聴覚にも個人差がある。私はいつも学生たちに、「みんな同じようで、違う音を聞いている」と説明しています。だからこそ、「心地よい音」「伝わる音」は一様ではありません。

この3領域を組み合わせて、「快適な音コミュニケーション」を追究していくことになります。

近年、力を入れている研究は何ですか?

音と「AR(拡張現実)」や「MR(複合現実)」を結び付けた研究にも力を入れています。AR技術を使って、実空間に音の分布を重ねて表示すれば、どこからどんな音が出ているかを3Dで見ることができるんです。例えば、車のエンジン音など騒音とされる音波が、車体のどこからどう伝わっていくのかを特定し設計に役立てたり、建築の分野でも「静かで快適な空間」をデータとして再現したりすることが可能です。

 

写真左:アイドリング状態にある自動車で、エンジンルームから発生する音を3Dで表現した様子
写真右:左側に配置したスピーカーから発生している音波が、パーティションの影響を受け、どのように回り込んで空間に伝わるかを3Dで可視化した様子

また、256個のスピーカーを組み合わせて、音場そのものを創生するシステムも開発しています。「仮想の音空間」を造り出し、音に包まれることができるわけです。そうした「身体で聞く」体験をデザインすることで、いわゆる「気配」なども仮想空間で再現できるかもしれません。

 

本庄キャンパス 環境情報実験棟に実装した、256個のスピーカーを組み合わせた「音場創生システム」。256個のスピーカーを独立して駆動することが可能で、高速1bit信号処理を用いることにより、シンプルなシステムとして実現した

音に耳を澄ますように、社会を観察してほしい

及川先生が考える「コミュニケーション」とは?

「波動のやりとり」だと思っています。「波動」を発する側と受け取る側が、物理的に情報を交換する境界領域にコミュニケーションがあります。この空間を物理的にもっと詳しく理解することが、コミュニケーションの質を高めることにつながるのではないでしょうか。

また、先ほどもお伝えした通り、「人はみんな違う音を聞いている」という前提を持ってほしいと思います。同じ音を聞いても、年齢や環境、感性によって聞こえ方が違うのは人間として自然なことです。大切なのは、その「違い」を理解し、他者の感じ方を尊重すること。音に限らずとも、コミュニケーションにおいて、相手と自分が同じ受け取り方をしているとは限りません。だからこそ、「どう伝わるか」「どう響くか」を意識してコミュニケーションをとることが大切だと思います。

最後に早大生に向けてメッセージをお願いします。

「先が読めない時代」といわれますが、本当にそうでしょうか。アンテナを張っていれば、未来の兆しは必ず感じ取れる。音もそうです。小さな揺らぎの中に、大きな変化の前触れがある。だからこそ、“量”を増やすよりも、感覚を研ぎ澄ますことを大切にしてほしいですね。「拡張」よりも「精度」。音に耳を澄ますように、社会や人の動きを丁寧に観察してほしいと思います。

及川 靖広(おいかわ・やすひろ)

理工学術院表現工学科教授。博士(工学)。早稲田大学理工学部電気工学科卒業。スウェーデン王立工科大学客員研究員などを経て、2007年より現職。専門は音響工学、音響信号処理、コミュニケーション音響、音場の計測と制御。光学的手法を用いた音の可視化、骨伝導デバイス、AR音響空間の研究などを通じて、「音を通じたコミュニケーションの理解と創造」をしている。

取材・文:丸茂 健一
撮影:石垣 星児

2025 年度「STI for SDGs」アワード 奨励賞を受賞

著者: contributor
2025年11月11日 13:20

科学技術・イノベーション(Science, Technology and Innovation:STI)を用いて社会課題を解決する優れた取り組みに対して、さらなる発展や同様の社会課題を抱える国内外の地域への水平展開を促し、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)の達成に貢献することを目的として、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)により創設された「STI for SDGs」アワードについて、理工学術院中垣隆雄教授(プロジェクトマネージャー)、理工学術院秋山充良教授が参画する研究プロジェクトが奨励賞を受賞しました。

【受賞団体】早稲田大学、株式会社ササクラ、吉野石膏株式会社
【プロジェクト名】海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証
【概要】海水を原料に、炭酸マグネシウムとして CO2を固定化するとともに、石膏や肥料などの有価物を生産する独自のカーボンリサイクル技術を開発。温暖化防止への取り組みとして、早期の本格的な社会実装が期待される。

今回受賞したプロジェクトは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の公募事業である「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発/研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業(実証研究エリア)」に採択された研究プロジェクトとなります。

なお、第7回目となる2025年度の「STI for SDGs」アワードでは、書類および面接審査を経て、文部科学大臣賞1件、科学技術振興機構理事長賞1件、優秀賞4件、奨励賞4件、次世代賞2件が受賞しました。

理工学術院 中垣隆雄教授

 

授賞式の様子

 

Waseda Researcher – Ayumi Ishii

著者: contributor
2025年11月4日 13:07

早稲田大学では、国際研究大学としての地位確立の担い手となる注目の若手・中堅研究者を、次代の中核研究者として選出しています。

その一人である先進理工学部の石井あゆみ准教授は、近赤外光や偏光などの「目に見えない」光を検出・操作し、強い光や電気エネルギーとして利用する研究を進めています。

地球に住む私たちにとって無限でクリーンなエネルギー源といえる光。今よりも自由に利用できるようになったら、どのような未来が見えてくるのでしょうか。石井先生に伺いました。

【次代の中核研究者】石井 あゆみ(先進理工学部 准教授)

 

国際エンジニアリングアワードで国内最優秀賞! 全方位移動ロボットを提案

著者: contributor
2025年11月11日 09:51

「諦めずに取り組むことで、多角的なスキルを身に付けることができた」

大学院先進理工学研究科 修士課程 2年 天野 創太(あまの・そうた)

西早稲田キャンパス 55号館にて。「Sphebot」と共に

幼少期から機械に関心を持ち、現在は先進理工学研究科の澤田秀之研究室 でロボット開発に取り組む天野創太さん。災害現場や起伏のある地形での探索を想定した、全方位移動可能な球体ロボット「Sphebot(スフィボット)」を発表し、2025年9月に、世界28カ国から2,100件を超える応募が寄せられ、国際的に権威のあるJames Dyson Award(以下JDA)2025で国内最優秀賞を受賞しました。学部生の頃から本格的にロボット開発に携わってきた天野さんに、ロボットに興味を持ったきっかけや製作の裏側、今後の展望などを聞きました。

――ロボットに興味を持ったきっかけは何ですか?

高校生の頃ボート部に所属していた際には、使用するマイクシステムの修理もしていたそう

小学生のときに、ドイツの「フィッシャーテクニック」というおもちゃを買ってもらったのがきっかけです。レゴブロックのように組み立てて遊ぶものなのですが、センサーやモーター、マイコンなどが付いていて、機械や構造の仕組みを学べるものになっていました。それで遊んでいる中で、ロボットに興味が湧いていったように感じます。また、中学生になると、勉強の合間の自由時間にパソコンで遊ぶようになり、当時Googleが無償で提供していた「SketchUp」というCAD(※1)ソフトウェアで設計するのが一番の気晴らしでした。

(※1)設計や製図を行うためのソフトウェア。

――今回、JDAに「Sphebot」を応募しようと思ったのはなぜですか?

学内で開催されていたJDAの説明会に参加したことがきっかけです。話を聞いてみると面白そうで、コンペティションで求められる内容が、自分が製作しているロボットと相性が良さそうだとも感じたんです。JDAではデザインが特に重視されるため、プロトタイプの中から募集内容に適したものを選び、デザインをブラッシュアップしました。プレゼン動画では、動作イメージの表現にもこだわりました。

「Sphebot」は、学部4年生の頃から製作していたもので、もともと研究室で開発が進められていたロボットを継承し、一人でプロジェクトを進めてきました。脚によって本体を持ち上げられる変形式の球体にすることで、脚型ロボットのように段差を越える柔軟性に加え、車輪のようなスムーズな移動性も得られ、新たな形状のロボットを世に送り出せるのではないかと考えました。

「Sphebot」の動作イメージ。JDAでのプレゼン動画から

――JDA2025で国内最優秀賞を受賞した感想や、アワードを通して苦労したことについて教えてください。

他の応募作品を見ても世界中から素晴らしいアイデアが集まっていたので、まさか選ばれるとは思っていませんでした。そのため、結果を聞いた時は本当にびっくりしましたし、素晴らしい作品の中から最優秀賞に選んでいただけたのは、非常に光栄です。

実物の「Sphebot」と

苦労をしたのは、時間のやりくりですね。このプロジェクトは一人で進めていたので、何をやるにも全て自分で動かなければなりませんでした。特にプレゼン資料のCG制作は大変で、高性能なPCを使っても動作が重く、うまく表現できないこともしばしば。また、実機はシミュレーションでうまくいっても実際には動かないこともよくあるので、そのエラーを一つ一つ取り除いていく作業も大変でした。ただ、諦めずに取り組むことで、今回のJDA2025に限らずこの3年間の研究を通して、多角的なスキルを身に付けることができたと感じています。

――そもそもロボット開発はどのように進めているのですか?

基本的には、CADで設計し、試作をするという流れを繰り返します。シミュレーションが必要なときには、3DCGのソフトウェアを仲介して、ゲーム開発用のプラットフォームの空間内に読み込み、物理シミュレーションを行います。これらの方法により、「実際に動作するか」「どういう見た目になるのか」を見ながら実機を完成に近付けていきます。研究室や自宅にある3Dプリンターで試作を繰り返しながら、動作を検証し、最終的に現在の「Sphebot」の設計に至るまでには2~3年を費やしました。

ロボットに関するアイデアは、日常の中でよく浮かびます。特に車を運転しているとき、「こう動いたら面白いかも」「この配置ならうまくいきそう」と思い付くことが多いです。今回の「Sphebot」の動作機構も、そんな日常のひらめきから生まれました。

 

写真左:「Sphebot」の部品を製作している時の様子
写真右:部品の試作に使用している自宅の3Dプリンター

――大学ではどのようなことを学んでいますか?

大学でバレーボールをしている時の一枚。南東北総体のTシャツを着ている中央左が天野さん

私は先進理工学部の応用物理学科出身で、基礎物理から量子力学や相対性理論まで幅広く学びました。澤田研究室は計測情報工学という応用的な分野に軸を置いていて、制御理論や形状記憶合金、最近はディープラーニング(※2)の研究にも力を入れています。研究室では各々がプロジェクトを立ててひたすら研究に励んでおり、見つけてきた論文を紹介し合って常に知識をアップデートしたり、新しい技術や発見について助手や博士課程の学生と議論したりしています。研究で忙しい日々ではありますが、学部生の頃から続けているバレーボールは良い気分転換になっています。

(※2)人工知能技術の一種で、データから特徴を自動的に学習する技術。

――最後に、今後の展望について教えてください。

JDA2025では完成したイメージを発表したのですが、球体が転がるときのランダムな動きをうまく制御できるよう、今後も機械学習を含め検討を続けていきたいです。最終的には、周囲の環境を自ら認識し、地図を生成しながらどんな地形でも思い通りの動きができる、アニメやSF映画に出てくるようなロボットキャラクターのような動作の実現をイメージしています。ただ、時間的な制約もあるため、中長期的な目標については新しく入ってくる研究室の後輩にも託しながら、見守っていければと思います。

自分の展望は、あと半年ほどで研究室を離れてしまうので、これまで培ってきたスキルや経験を生かして、自身の可能性をさらに広げることです。就職後も、面白いアイデアが浮かべば、どんどんロボットを作っていきたいですね。

第912回

取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
人間科学部 3年 西村 凜花

【プロフィール】

愛車のMAZDA CX-5と一緒に

愛知県出身。愛知県立旭丘高等学校卒業。高校時代はボート部に所属し、インターハイにも出場した。現在は週に1~2回バレーボールで体を動かすのが趣味。車の運転も好きで、日本全国を走り回り、毎年地球一周分くらい運転しているそう。

ヤーン・テラー効果における新奇な現象を発見

著者: contributor
2025年11月13日 09:49

ヤーン・テラー効果における新奇な現象を発見
~電子の軌道とスピンの新しい結合形態がみつかる~

発表のポイント

  • 固体中の電子のスピンが秩序化すると、それによってヤーン・テラー効果が誘起されて結晶が歪むという新しい現象を見出しました。
  • Co1-xFexV2O4という物質を測定し、FeO4正四面体のヤーン・テラー効果に由来する構造相転移が、 VとCo/Feのスピンが秩序化する温度において起こることを見出しました。
  • Co1-xFexV2O4のFe2+はeg軌道の縮退の解け方が決まらない状態にありますが、スピンが秩序化すると、スピンの方向が決まり、スピン軌道結合を通じてeg軌道の縮退の解け方を一意に決めるため、構造相転移が起こることを明らかにしました。
  • 量子力学における二準位系を磁場によって制御できることになり、将来的には量子情報への応用の可能性をも示唆するものです。

これまで、ヤーン・テラー効果を示す物質はこれまでに数多く知られていましたが、物質の磁性のもととなる電子のスピンがその現象に絡むことはほとんどありませんでした。
早稲田大学 理工学術院 勝藤拓郎(かつふじたくろう)教授らの研究グループは、固体中の電子のスピンが秩序化すると、それによってヤーン・テラー効果が誘起されて結晶が歪むという、これまでに知られていなかった新しい現象を見出しました。
このことは、量子力学における典型的な二準位系の問題を磁場によって制御でき、将来的には量子情報への応用の可能性を示唆するものです。
本研究成果は、国際学術誌「Physical Review Letters」に2025年10月29日に公開されました。
論文名:Coupling between orbital and spin degrees of freedom in Jahn-Teller ions for Co1-xFexV2O4

これまでの研究で分かっていたこと

ヤーン・テラー効果とは、1937年にヤーンとテラーの論文によって示された効果です。分子や結晶中の電子の軌道にエネルギーが等しいものが複数ある場合(すなわち縮退した軌道※1がある場合)、分子あるいは結晶を歪ませることにより、特定の軌道のエネルギーを下げて(すなわち縮退を解いて※1)その軌道を電子が占有することにより、系全体のエネルギーを下げられるというものです。ヤーン・テラー効果を示す物質はこれまでに数多く知られていましたが、物質の磁性のもととなる電子のスピンがその現象に絡むことはほとんどありませんでした。電子のスピンはある温度以下で秩序化するのですが、多くの系でスピンの秩序化が起こる温度はヤーン・テラー効果によって分子や結晶の変形が起こる温度よりも遥かに低く、両者の間に相互作用が発生しないためです。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

縮退した軌道を電子が占有する系において、電子のスピンが秩序化すると、それによってヤーン・テラー効果が誘起されるという、これまでに知られていなかった新しい現象を見出しました。さらに、電子のスピンと軌道角運動量の間に存在するスピン軌道結合※2がこうした振舞のもととなっていることを明らかにしました。
今回研究の対象としたのはAB2O4で表される立方晶のスピネル構造(図1左)をとる物質群です。このうちFeV2O4と言う物質は、正四面体の頂点にある酸素イオンと正四面体の中央にあるFe2+のイオンによるヤーン・テラー効果によって正方晶への構造相転移が起こる物質として知られています。一方、同じ構造のCoV2O4と言う物質はCo2+に軌道の縮退がないため、ヤーン・テラー効果による格子変形は起こりません。我々はこの物質の混晶系Co1-xFexV2O4のxを様々に変化させた単結晶試料を作製し、それらの磁化と歪を詳細に調べた結果、VとCo/Feのスピンが秩序化する温度(ネール温度)において、FeO4のヤーン・テラー効果による構造相転移が起こることを見出しました(図2左)。さらにFeの量を減らしていくと、構造相転移温度は減少しないが、歪の大きさが大きく減少する(図2右)という特異な振る舞いを見出しました。なお、Co1-xFexV2O4の磁性と構造はこれまでに回折手法を用いて研究されてきましたが、この手法は結晶の小さな歪を見逃しがちであり、結果として間違った相図が報告されてきたことも明らかになりました。

図1 (左)スピネル構造 (右) 正四面体の頂点にある4つの酸素に囲まれたFe2+のeg軌道の状態と歪

図2 Co1-xFexV2O4の(左)電子相図。Tsは構造相転移温度、TNはネール温度。(右)正方晶歪の大きさ

今回得られた正しい相図は、「スピンが秩序化するとヤーン・テラー効果が起こって構造相転移を起こす」ということを強く示唆する結果となっています。スピネル構造のAサイトにおいて二重に縮退したeg軌道※3が存在する場合、立方晶が一軸方向に伸びるのか縮むのか、さらにその一軸が立方晶の等価な3つの軸のいずれであるかによって、eg軌道の縮退の解け方が様々に異なるため(図1右)、逆にどれが選ばれるかが決まらない状態(フラストレーション)にあります。こうした状態でスピンが秩序化すると、スピンの方向が決まり、その結果スピン軌道結合を通じてeg軌道の縮退の解き方を一意に決めるため、結果的に構造相転移が起こることになります。このような振る舞いは、二重に縮退した軌道とそれと結合した結晶格子の歪、および磁化(スピンの秩序の度合い)を考慮したモデルによって再現できることも示しました。

研究の波及効果や社会的影響

二重に縮退したeg軌道のヤーン・テラー効果は、量子力学における典型的な二準位系の問題であり、それを1テスラ以下の磁場によって制御できるという事実は、量子情報への応用の可能性を示唆するものです。現状ではFe2+イオン1個の状態を制御したり読み出したりすることは困難ですが、結晶中のFe2+イオンの数は極限まで減らすことによって、Fe2+1個の状態を磁場によって制御し、かつ読み出すことが可能になれば、量子情報への応用の道が開けると考えられます。

課題、今後の展望

量子情報へ応用するためにはFe2+イオンの数を減らすとともに、Fe2+1個の磁性を測定することが必要となり、その技術開発が求められます。さらに、FeV2O4のFeをCoで置換するのではなく、Vの方を非磁性のイオンで置換することによりFeのスピンの秩序化を抑制すると、軌道とスピンの結合はあるが、それらが同時にフラストレーションした新しい状態を形成することが期待されます。このような2つの自由度が絡まり合って(エンタングルメント)揺らぐ状態はこれまでに知られておらず、基礎科学的な興味があります。

研究者のコメント

本研究成果では、物質中における軌道自由度と呼ばれる軌道縮退に由来した電子の自由度と電子のスピンの新たな結合の形態を示したことに意義があると思います。これを用いて新たなデバイスを構築していくのが次のステップであると思っています。

用語解説

※1 縮退した軌道
原子やそれが周期的に配列した固体中にある電子は、軌道と呼ばれる状態を占有することが知られています。その際に、エネルギーが同じになる軌道のことを縮退した軌道といいます。何等かの理由により縮退していた軌道のエネルギーが異なることになったとき、縮退が解けるといいます。

※2 スピン軌道結合
電子のもつ軌道角運動量と、同じ電子が持つスピンとの間の相互作用であり、軌道角運動量とスピンの内積で表されます。

※3 eg軌道
電子の軌道のうち、二重に縮退した(entarted)軌道で、空間反転した際に符号が変化しない(gerade)ものをeg軌道といいます。一般的に、遷移金属の軌道(d軌道)は、立方晶中で二重縮退したeg軌道と三重に縮退したt2g軌道となります。

キーワード

ヤーン・テラー効果、軌道縮退、スピン軌道結合

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters
論文名:Coupling between orbital and spin degrees of freedom in Jahn-Teller ions for Co1-xFexV2O4
執筆者名(所属機関名):Minato Nakano (早稲田大学)、Taichi Kobayashi (早稲田大学)Takuro Katsufuji* (早稲田大学)
*:責任著者
掲載日時:2025年10月29日
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/5kwm-sljw
DOI:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/5kwm-sljw

研究助成

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(B)
研究課題名:複合自由度に由来する新規磁気伝導物質の探索と新規物性
研究代表者名(所属機関名):勝藤拓郎(早稲田)

研究費名:新学術領域研究(研究領域提案型)公募研究
研究課題名:軌道自由度による超構造を用いた量子液晶状態の探索
研究代表者名(所属機関名):勝藤拓郎(早稲田)

スキルミオンの流体挙動と論理ゲート機能

著者: contributor
2025年11月13日 09:47

スキルミオンの流体挙動と論理ゲート機能を理論的に発見
~ナノ磁気構造体の流体力学の創成とそのデバイス機能の開拓に道

発表のポイント

  • 磁性体中に発現する「スキルミオン」と呼ばれる粒子状のナノ磁気構造体が無数に集まると、流体のように振る舞うことを発見しました。
  • 「スキルミオン流体」をアルファベットのHの形状をした磁性体素子に流すと、AND(論理積)やOR(論理和)に対応する論理演算ができることを数値シミュレーションにより発見しました。
  • これらの流体挙動と論理演算機能は、位相幾何学的な磁化配列を持つスキルミオンが無数に集まった結果として現れる創発的な現象と機能です。
  • この成果により、スキルミオン1個1個を制御する高度な技術が不要となり、スキルミオンの素子応用の研究・開発が促進されると期待されます。また、ナノ磁気構造体の流体力学を研究対象とする科学分野が創成されるとともに、新たな機能を開拓する応用研究の展開が期待されます。

ナノサイズ(ナノは10億分の1)の磁気構造体であるスキルミオン※1は将来の磁気デバイスの素材として期待されていますが、極めて微小なスキルミオン1個1個を精密に制御する難しさが、研究・開発における大きな課題になっています。
早稲田大学理工学術院総合研究所 張溪超(ちょうけいちょう) 次席研究員/研究院講師と、同大理工学術院 望月維人(もちづきまさひと) 教授、信州大学工学部 劉小晰(りゅうしょうし) 教授らの研究グループは、この課題を克服するために、無数のスキルミオンを集合体として活用する可能性について検証しました。数値シミュレーションにより、膨大な数のスキルミオンの集合体の挙動を調べた結果、電流存在下で流体のように振る舞うことや、AND(論理積)やOR(論理和)に対応する論理ゲート※2としての機能を持つことを発見しました。この成果により、スキルミオンを使った素子の実現を阻んでいた課題が解決され、その素子応用の研究・開発が促進されると期待されます。また、ナノサイズの磁気構造体の流体力学※3を研究対象とする新しい科学分野が創成され、その現象と機能を開拓する研究の展開も期待されます。
本研究成果は、2025年11月1日 (土)にProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 誌にオンライン掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと

スキルミオンは位相幾何学(トポロジー)※4で特徴付けられる特殊な磁化(原子レベルでのN極-S極の向き)配列を持つナノサイズの磁気構造体であり、2010年頃に、キラル磁性体※5や、強磁性体/重金属積層系※6などの空間反転対称性の破れた磁性体で発見されました。このナノ磁気構造体は、磁性体中で非常に安定に存在し、まるで粒子のように振る舞います。特に、磁性体に電流を流し、スキルミオンを構成する磁化にトルク(回転力)を与えることで、スキルミオンを動かすことができます。驚くことに、スキルミオンは通常の磁気構造体(磁壁)に比べて10万分の1から100万分の1の極めて小さな電流で動かすことができます。
このように、安定して微小電流で動かせるスキルミオンを、次世代のメモリ素子や論理ゲート素子の情報ビットとして応用するために、世界中で精力的な研究が行われています。その中でも、磁性体の細線中に生成した一つ一つのスキルミオンを電流で動かし、スキルミオンが「ある・ない」で「0,1」を表現するスキルミオン・レーストラックメモリ※7と呼ばれる磁気メモリ素子が精力的に研究されています。
しかし、スキルミオン・レーストラックメモリの研究・開発では、個々のスキルミオンを情報ビットとして使うために必要な「読み出し(検出)」、「書き込み(生成)」、「消去」、「伝送」する技術の実現が容易ではないことが課題となっています。つまり、スキルミオン1個1個を高い精度で検出し、ナノサイズの領域に指定された数だけ生成・消去し、トラップされたり失われたりすることなく確実に伝送するといった高度な技術の必要性が、スキルミオンをメモリ素子などに活用する上で大きな障害となっているのです。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

我々の研究グループは、スキルミオン1個1個を制御するのではなく、無数のスキルミオンの集まりを情報ビットとして活用することで、この課題の解決を目指しました。スキルミオンの集合体を情報担体として活用することは、個々で制御する場合と比べて、以下の3つのメリットがあると考えられます。
① 精密な位置に厳密に指定された数のスキルミオンを生成しないといけないという問題が解消する。
② 無数のスキルミオンを磁気細線で構成された回路の中を巡回させることで、スキルミオンを消去する必要がなくなり、そのための高度な技術が不要となる。
③ 無数のスキルミオンの集まりは、1個1個のスキルミオンよりもはるかに容易かつ精度よく検出できるため、高度な読み出し技術が不要となる。
本研究では、強磁性体と重金属の二層構造の材料で図1(a)のようなアルファベットのH(を横に寝かせたような)形状の素子を作り、そこに膨大な数のスキルミオン[図1(b)参照]を流した時の挙動を、数値シミュレーションにより調べました。具体的には、上下2本の横棒(パイプAとB)の左端(入力AとB)どちらか一方から、あるいは両方から無数のスキルミオンを注入した時の振る舞いを調べました。その結果、無数のスキルミオンは、全体としてあたかも層流や乱流※8のような流体挙動を示すことを発見しました。さらに、このスキルミオン流体がAND(論理積)やOR(論理和)の論理ゲートとして振る舞うことを発見しました。

図1: (a) スキルミオンの流体挙動をシミュレーションにするために用いたアルファベットのHを横に寝かせた形状の磁性体素子。強磁性体/重金属積層構造でできている。
(b) 入力端子から(a)の素子に注入する無数のスキルミオンの概念図。(c)-(e)の左側の図では青い点のように見えている。
(c) 入力Aからのみスキルミオン流体を注入した時の挙動。スキルミオン流体は上の横棒(パイプA)を流れ続ける。
(d) 入力Bからのみスキルミオン流体を注入した時の挙動。最初、下の横棒(パイプB)を流れていたスキルミオン流体はジャンクション部を通って、上側のパイプAに流れ込む。
(e) 入力AとB両方からスキルミオン流体を注入した時の挙動。上の(d)の場合とは異なり、パイプBを流れていたスキルミオン流体はパイプAに跳ね返される結果、パイプBを流れ続ける。(c)-(e)の左パネルは磁化分布を表しており、「0」「1」の数字は入力端子と出力端子におけるスキルミオンの有無に対応している。右パネルはスキルミオン流体を構成するスキルミオンの軌跡を表している。

強磁性体/重金属積層構造において、電流からトルクを受けたスキルミオンは、電流に対しやや斜めの方向に駆動されます。その結果、図1(a)のような「横向きH型素子」の中を流れるスキルミオン流体は、二本の横棒部分(パイプAとB)では右方向に流れていこうとしますが、縦棒にあたるジャンクション部では右斜め上方向に流れていこうとします。これにより、下の横棒(パイプB)の左端(入力B)から注入されたスキルミオン流体は、上の横棒(パイプA)にスキルミオン流体が流れていない時はジャンクション部を通り、上の横棒(パイプA)を流れるようになる一方、上の横棒(パイプA)にスキルミオン流体が流れている場合は跳ね返されてそのまま下の横棒(パイプB)を流れ続けることになります。

図2:横向きのH字型磁気デバイスに注入したスキルミオン流体が示すAND(論理和)とOR(論理積)の論理ゲート機能の概念図。(a) 出力AはORに対応する出力を吐き出す。(b) 出力BはANDに対応する出力を吐き出す。

図1(c)のような振る舞いの結果、スキルミオン流体はAND(論理積)とOR(論理和)の論理演算※2を自然に表現することができます。具体的には、「横向きH」の上下2つの横棒の左端をそれぞれ入力端子AとB、右端をそれぞれ出力端子AとBと見なした時に、出力端子Aにスキルミオン流体が流れるかどうかがORの出力に対応し、出力端子Bにスキルミオン流体が流れるかどうかがANDの出力に対応します[図2参照]。つまり、出力端子Aに注目すると、入力端子AとBどちらか一方、あるいは両方にスキルミオン流体を注入した時にだけ、出力端子Aにスキルミオン流体が流れてくるので「OR(論理和)」が表現される一方、出力端子Bに注目すると、入力端子AとB両方にスキルミオン流体を注入した場合にだけ、出力端子Bにスキルミオン流体が流れてくるので「AND(論理積)」が表現されます。この現象を活用することで、安定で動かしやすいスキルミオンの特徴を保持しつつ、高い制御性を実現できるため、堅牢で省電力な論理ゲート素子の実現が期待できます。

研究の波及効果や社会的影響

磁気構造体であるスキルミオンは、言ってみれば磁性体を構成する各原子の上にある電子スピンの向きが織りなす模様に過ぎません。それにもかかわらず、その模様が膨大な数集まると、まるで水のように流れ、流体として振る舞うこと、そして、そのようなスキルミオン流体が論理ゲートとしての機能を備えているということは驚くべき発見です。この現象や機能を活用することで、堅牢性と省電力性を兼ね備えた次世代の論理ゲート素子の実現が期待できます。さらに、今回の発見は、スキルミオン流体が基礎科学の観点からも技術応用の観点からも大きな可能性を秘めていることを示しています。

課題、今後の展望

今回の発見は、スキルミオン流体が秘める豊かな可能性の一端を明らかにしたことに過ぎないと考えています。また、粒子的な振る舞いを見せるナノサイズのトポロジカル磁気構造体※9は、スキルミオン以外にも近年次々に発見されています。これらの磁気構造体も膨大な数集まることで流体としての挙動を示す可能性があります。さらに、流体の性質は、それを構成する個々の粒子や粒子間の相互作用の性質に強く依存することを考えると、今後まったく新しい挙動や性質を示す「磁気構造体の流体」が発見されてもおかしくありません。様々なナノ磁気構造体を対象に、その流体として挙動や現象を広く探索・解明し、普遍的な物理を追求する研究の展開が重要になります。さらに、これらの研究を通じて、「ナノ磁気構造体の流体」ならではの新しい物質機能を探索し、そのスピントロニクス※10への応用の可能性を探ることも重要な課題であると考えています。

研究者のコメント

今回の研究成果は、「スピントロニクス」という現代物理学の最先端の研究領域に、物理学における古典的な基礎学問である「流体力学」の概念を取り入れた画期的な成果と言えます。これにより、「ナノ磁気構造体の流体力学」とも呼ぶべき新しい研究分野が創成され、まったく新しい物理学の概念や、これまでにない応用研究の展開が生まれることを期待しています。

用語解説

※1 スキルミオン
磁性体中に現れる磁化が渦状、あるいは噴水状に配列した磁気構造のことです。中心の磁化は下向きですが、外側に向かうにつれてなめらかに回転し、最外周では上向きとなります。通常、数nm(ナノメートル)〜数百nmの大きさの円形状をしており、磁性体中で粒子のように振る舞います。スキルミオンを作ったり、消したりするには、必ず局所的に磁化を反転する操作が必要になりますが、この操作は比較的大きなエネルギーを要するために起こりにくく、スキルミオンは安定で、熱揺らぎや外部からの擾乱に強い磁気構造になっています。

※2 論理演算、論理ゲート
論理演算とは、「真(True)」と「偽(False)」という二値(0と1でも表される)を入力として、その組み合わせに基づき一定の規則で出力を決める操作のことをいいます。これは日常の「はい・いいえ」に対応する単純な判断を、数学的に扱えるようにしたものです。代表的な論理演算には以下のようなものがあります。
・AND(論理積):両方が真のときだけ真を返す
・OR(論理和):どちらか一方でも真なら真を返す
・NOT(否定):入力が真なら偽、偽なら真を返す
これらを組み合わせると、より複雑な条件判断を記述することができます。論理ゲートは、この論理演算を物理的に実現する最小単位の装置です。電子回路では、トランジスタやダイオードを使って0と1の信号を処理する仕組みとして構成されます。たとえば、ANDゲートは「二つの入力端子が両方1のときだけ出力が1になる」回路です。コンピュータは、これらの基本的な論理ゲートを大量に組み合わせることで、加算や乗算、記憶、プログラム実行など、複雑な情報処理を行っています。つまり、論理ゲートは現代の情報処理装置の最も基本的な構成要素なのです。

※3 流体力学
液体や気体の運動と力学的性質を研究する学問分野です。水や空気のように形を保たず流れる物質を「流体」と呼び、その流れ方や力の伝わり方を数理的に扱います。

※4 位相幾何学(トポロジー)
図形や空間構造を、その連続変形における等価性や非等価性、連続変形しても保たれる性質に着目して分類する幾何学のことを位相幾何学といいます。

※5 キラル磁性体
キラル磁性体とは、結晶構造やスピン(原子レベルでの磁化:N極-S極に相当)配置に「左右非対称性(キラリティ)」を持つ磁性体のことを指します。ここで「キラリティ」とは、右手と左手のように、鏡映像と重ね合わせることができない性質を意味します。多くのキラル磁性体は反転対称性を欠いた結晶構造を持ちます。そのため、電子スピン間には通常の対称的な(スピン対の上下を反転させても同じ)交換相互作用に加えて、非対称的交換相互作用(スピン対の上下を反転させるとエネルギーが変わる)であるジャロシンスキー・守谷相互作用が働きます。この相互作用が、らせん磁気構造(ヘリカル構造やコニカル構造)やスキルミオン格子といった、通常の強磁性体では見られない特異なスピン秩序を安定化させます。キラル磁性体の代表的な例にはB20型化合物であるMnSiやFeGe、β-Mn型のCo-Zn-Mn合金、絶縁磁性体のCu2OSeO3などがあります。

※6 強磁性体/重金属積層系
強磁性体薄膜と重金属薄膜を交互に積み重ねた人工構造のことを指します。この系では、強磁性体が持つ磁気的な性質と、重金属が持つ電子の運動と磁性を結合する効果を併せることにより、通常の磁性体では得られない多彩なスピントロニクス機能を実現できます。本研究では、特にナノスケールのトポロジカル磁気構造を安定かつ電流で操作できる「スキルミオン生成・駆動デバイス」としての機能に注目しました。

※7 スキルミオン・レーストラックメモリ
スキルミオンを情報の担体として用いる、新しい概念の不揮発性メモリ素子のことです。細長い磁性ナノワイヤー(レーストラック)中にスキルミオンを作り、その「いる」「いない」を「0」「1」として情報を表現します。電流を流すと、スキルミオンが滑らかに移動するため、情報を配列したまま読み書きが可能になります。スキルミオン・レーストラックメモリには様々な特徴や長所があります。まず、スキルミオンのサイズが数nm〜数百nmと小さいため、高密度な記録が可能です。さらに、スキルミオンは非常に小さな電流(磁壁に比べると10万分の1から100万分の1)でも駆動できるため、エネルギー効率に優れ、低消費電力で稼動できます。さらに、スキルミオンはナノ秒オーダーで移動できるため、高速動作が可能です。一方で、「スキルミオンの生成・消去技術の制御性」、「スキルミオンの運動が電流方向からそれてしまう現象(軌道逸脱)の抑制」、「安定動作のための材料探索とデバイス設計」といったいくつかの解決すべき課題や困難があります。これらの課題が解決されれば、スキルミオン・レーストラックメモリは、次世代の超高密度・低消費電力メモリとして、従来のフラッシュメモリやハードディスクを凌駕する可能性があります。

※8 層流、乱流
流体の運動は流れの秩序性に応じて大きく層流と乱流に分類されます。これは、流体力学における基礎的かつ重要な概念です。層流(Laminar Flow)は、流体の分子が互いに混じり合うことなく、平行な層をなして規則正しく流れる状態であり、摩擦損失が比較的小さく、流れが滑らかで予測しやすいという特徴があります。一方で、乱流(Turbulent Flow)は、流れが不規則に渦を巻き、速度や圧力が時間的・空間的に大きく変動する状態であり、エネルギー散逸が大きく、摩擦抵抗や混合効率が増大する傾向があります。理論的には、層流はナビエ–ストークス方程式の解を比較的単純な形で記述できる一方、乱流は非線形性が強く、その取り扱いには統計的手法や数値流体力学が必要になります。また、層流と乱流の遷移は、流体の慣性力と粘性力の比を表す「レイノルズ数(Re)」によっておおよそ判定されます。具体的には、レイノルズ数がおよそ2000より小さい場合は層流が現れ、およそ4000より大きい場合は乱流が現れます。また、中間領域では遷移流と呼ばれる両者が混在する複雑な流れが現れます。

※9 トポロジカル磁気構造体
スキルミオンと同様に位相幾何学的に特徴付けられる磁化配列を持つ磁気構造のことです。スキルミオンと同様、連続変形により一様磁化状態に戻すことができないため、一度生成されると熱揺らぎや外部からの擾乱に強く、安定に存在できます。

※10 スピントロニクス
物質中の電子は、電気的な性質を担う「電荷」の自由度に加え、磁気的な性質を担う「スピン」の自由度を持っています。この電子のスピン自由度を積極的に活用し、エレクトロニクス技術への応用を目指す研究分野をスピントロニクスと呼びます。

キーワード

スキルミオン、ナノ磁気構造体、スキルミオン流体、流体力学、論理演算、論理ゲート

論文情報

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
論文名:Nanofluidic logic based on chiral skyrmion flows
執筆者名(所属機関名):張 溪超/Xichao Zhang (早稲田大学 理工学術院総合研究所・研究院講師)
*望月維人/Masahito Mochizuki (早稲田大学 理工学術院先進理工学部応用物理学科・教授)
夏 静/Jing Xia (Sichuan Normal University 四川師範大学)
Yan Zhou (The Chinese University of Hong Kong香港中文大学)
Guoping Zhao (Sichuan Normal University 四川師範大学)
劉 小晰/Xiaoxi Liu (信州大学工学部電子情報システム工学科・教授)
Yongbing Xu (Nanjing University 南京大学/University of York)
掲載日時(現地時間):2025年10月31日
掲載日時(日本時間):2025年11月1日
掲載URL:https://doi.org/10.1073/pnas.2506204122
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2506204122

研究助成

研究費名:科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST
研究課題名:Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(課題番号:JPMJCR20T1)
研究代表者名(所属機関名):于秀珍(理化学研究所)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)
研究課題名:スキルミオンが持つ新しい物質機能・物性現象の開拓とスキルミオニクスの創出(課題番号:JP25H00611)
研究代表者名(所属機関名):望月維人(早稲田大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)
研究課題名:キメラ準粒子の理論(課題番号:JP24H02231)
研究代表者名(所属機関名):村上修一(東京大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究
研究課題名:ナノ機能界面のトポロジカル磁気テクスチャのデバイス機能の創出(課題番号:JP25K17939)
研究代表者名(所属機関名):ZHANG XICHAO(早稲田大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)
研究課題名:磁気スキルミオンの物性とその論理演算・メモリ素子への基盤構築(課題番号:25K01606)
研究代表者名(所属機関名):劉 小晰(信州大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)
研究課題名:スピンソリトンを用いた室温量子リザーバーコンピューティング(課題番号:24K21711)
研究代表者名(所属機関名):劉 小晰(信州大学)

近赤外光も利用可能なアップコンバージョン型ペロブスカイト太陽電池の開発に成功

著者: contributor
2025年10月29日 15:14

近赤外光も利用可能なアップコンバージョン型
ペロブスカイト太陽電池の開発に成功

~色素増感型希土類ナノ粒子とのハイブリッド化により近赤外光を可視光に変換して活用~

発表のポイント

  • 近赤外光※1を電気エネルギーに変える新技術を開発。
  • 有機色素と希土類※2ナノ粒子を組み合わせ、近赤外光を可視光に変換。
  • 色素増感型希土類ナノ粒子により可視光に変換されたエネルギーを鉛系ペロブスカイト太陽電池が吸収(利用)することで、高効率・広帯域な太陽光利用を可能とする次世代太陽電池の開発につながると期待。

概要

太陽光発電は再生可能エネルギーの中でも最も注目される技術ですが、現在の主流である鉛系ペロブスカイト※3太陽電池は主に「可視光」しか利用できず、太陽光の半分近くを占める「近赤外光」は無駄になっていました。一方、赤外光感度を有する系ペロブスカイト太陽電池では変換効率が低いという問題がありました。早稲田大学理工学術院石井 あゆみ(いしい あゆみ)准教授、桐蔭横浜大学医用工学部の宮坂 力(みやさか つとむ)特任教授らの研究グループは、微弱な近赤外光を吸収できる有機色素を希土類系ナノ粒子に固定化し、その光を「アップコンバージョン※4」により可視光へと変換する技術を開発しました。さらに、このナノ粒子をペロブスカイト太陽電池に組み込むことで、従来の鉛系ペロブスカイト素子では利用できなかった近赤外光を電気に変換することに成功しました。本研究は、従来の限界を超える次世代型の高効率太陽電池の実現に大きく貢献する可能性のある成果です。

本研究成果は、2025年10月23日(木)に『Advanced Optical Materials』に掲載されました。

図:色素増感型希土類アップコンバージョンナノ粒子が太陽光スペクトルの近赤外領域を吸収し可視光に変換、その可視光をペロブスカイトが吸収し発電する。

キーワード

近赤外光、 アップコンバージョン、ペロブスカイト太陽電池、色素増感、希土類ナノ粒子、有機無機ハイブリッド

これまでの研究で分かっていたこと

太陽光発電は再生可能エネルギーの中でも特に期待されている技術であり、その中でも「ペロブスカイト太陽電池」は高い変換効率と低コストな製造法から、シリコンに次ぐ次世代太陽電池として注目を集めてきました。近年の研究により、ペロブスカイト太陽電池はすでに変換効率26%を超える成果を上げており、シリコン太陽電池に迫る性能を示しています。ペロブスカイト太陽電池は、太陽光の中で主に可視光領域の光を利用します。一方で金属にスズ(Sn)を使うことで近赤外の光を利用することもできますが、スズ系ペロブスカイトでは鉛系の材料に比べて品質がまだ十分でなく、また、シリコン半導体のようにバンドギャップが小さいために出力電圧が0.9 V以下に落ちて変換効率も低下するのが欠点でした。

これに対し、この近赤外光を有効に利用する技術のひとつとして「アップコンバージョン」が古くから研究されてきました。アップコンバージョンとは、低エネルギーの近赤外光を吸収し、それを組み合わせて高エネルギーの可視光に変換する現象です。特に希土類イオンを含むナノ粒子は、赤外光を可視光へ変換できる性質を持つため、光デバイスやバイオイメージングなど幅広い分野で注目されてきました。しかし、この希土類材料には大きな課題がありました。光を吸収する能力が非常に低く、レーザーのような強力な光を当てなければ十分な発光を得られなかったのです。そのため、太陽光のような自然光の下では実用化が難しいとされてきました。

そこで近年、新しいアプローチとして「有機色素による光増感」が提案されました※5。有機色素は近赤外光を強く吸収できるため、これを希土類イオンに組み合わせることで光吸収の弱点を補える可能性があると考えられてきました。実際に、近赤外光を吸収する色素をナノ粒子に付加し、そのエネルギーを希土類イオンへと移すことで、弱い励起光でもアップコンバージョン発光を引き出す研究成果が報告されています※6。ただし、色素とナノ粒子の結合安定性、また太陽電池材料との適合性といった課題が残されていました。

つまりこれまでの研究では、ペロブスカイト太陽電池は「可視光の高効率利用」に優れる一方で、「近赤外光を十分に利用できない」あるいは「近赤外光を取り入れると変換効率が低下する」という課題に直面していました。一方、アップコンバージョン技術は近赤外光を利用する有望な手段として知られていましたが、光吸収効率が極めて低いという根本的な制約がありました。本研究では、この問題を解決するために、波長の長い「近赤外光」を光吸収係数の高い有機色素によって効率的に吸収し、そのエネルギーをアップコンバージョン過程を通じて高エネルギーの可視光に変換し、最終的にペロブスカイト層で光電変換に利用する手法を採用しました。このアップコンバージョンを組み込んだペロブスカイト太陽電池により、近赤外光のエネルギーを可視光吸収に相当する高電圧出力へと変換することに成功しました。具体的には、1.2 Vに近い開放電圧を維持しながら赤外光感度を得ることに成功し、エネルギー変換効率として16%以上を達成しました。

今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法 

今回の研究で目指したのは、「ペロブスカイト太陽電池に近赤外光の利用機能を持たせること」でした。ハロゲン化鉛系ペロブスカイトは、太陽光の中で主に可視光領域の光を吸収します。ここで、近赤外光も吸収し、それを可視光に変換して電池に取り込めれば、太陽光をより幅広く利用でき、発電効率の飛躍的な向上が期待されます。

そのために本研究グループは、「有機色素を化学的に結合した希土類系アップコンバージョンナノ粒子」を開発しました(図1)。具体的には、まず近赤外光を強く吸収する有機色素の一つであるインドシアニングリーン(ICG)を選び、その分子を希土類イオンを含むナノ粒子の表面に固定しました。ICGは太陽光の中の近赤外領域の光を効率よく吸収することができ、そのエネルギーをナノ粒子内部の希土類イオンへと渡します。その結果、弱い近赤外光でも希土類イオンから可視光が放出されるようになりました。

さらに、このナノ粒子の表面を「ペロブスカイト(CsPbBr3)」で覆うという界面処理を新たに導入しました(図2)。この処理により、粒子表面でのエネルギー損失が抑えられるだけでなく、太陽電池の本体であるCsPbI3ペロブスカイト層との親和性が高まりました。つまり、異なる材料同士を組み合わせても、結晶構造が乱れたり欠陥が増えたりせず、むしろ滑らかに組み込めるようになったのです。

この改良型アップコンバージョンナノ粒子をCsPbI3太陽電池に導入したところ、従来のセルと比べて光電流密度が顕著に増加しました。つまり、これまで利用できなかった近赤外光がアップコンバージョンナノ粒子により可視光に変換されたのち、ペロブスカイトがそのエネルギーを吸収することで電気へと変換されていることを実証できたのです(図3)。さらに、分光感度スペクトル(IPCE)の測定からも、通常では応答のない近赤外領域で確かな電流応答が確認されました(図4)。これらの結果は、色素→希土類→ペロブスカイトという多段階のエネルギー移動を介した近赤外光での発電が確かに生じていることを示しています。

このようにして本研究では、近赤外光を効率よく吸収できる有機色素と、アップコンバージョン能力を持つ希土類ナノ粒子、そして高効率なペロブスカイト太陽電池を組み合わせるという新しい手法を確立しました。これにより、従来のペロブスカイト太陽電池が抱えていた「近赤外光利用の壁」を越え、太陽光全体をより効率的に活用するための基盤を築いたと言えます。

図1 色素増感型希土類アップコンバージョンナノ粒子の構造と近赤外光照射下での可視光発光の写真

図2  CsPbBr₃で被覆したアップコンバージョンナノ粒子の構造とペロブスカイト受光層への導入した際の断面SEM像

図3 左:色素増感型アップコンバージョンナノ粒子の吸収と発光特性。 発光波長はペロブスカイト層の吸収と一致する。 右:エネルギーダイアグラム。ペロブスカイト層内に置いて、 色素→希土類→ペロブスカイトという多段階のエネルギー移動が生じる。

図4 左:太陽光照射下(1sun)での電流-電圧特性(緑:ナノ粒子あり、黒:ナノ粒子なし)。右:アップコンバージョンナノ粒子を含むペロブスカイト素子の分光感度スペクトル。

研究の波及効果や社会的影響

本研究の成果は、太陽電池のエネルギー変換効率を大きく押し上げる可能性を秘めています。従来、太陽光発電の理論限界(ショックレー・クワイサー限界)は「受光層の吸収帯(バンドギャップ)に基づく設計」によって規定されてきましたが、今回のように近赤外光を可視光へと変換して取り込む仕組みを導入することで、その限界を超える道が開けます。これは学術的にも大きな意義を持ち、太陽電池研究の新しい方向性を提示するものです。

社会的には、再生可能エネルギーの効率向上に直結する成果です。特に太陽光発電は設置面積に制約があるため、同じ面積でより多くの電力を生み出せる技術は、普及を加速させる強力な鍵となります。加えて、今後この技術が大規模なソーラーファームだけでなく、住宅用パネルや携帯機器、さらには建物や車の窓に組み込まれる太陽電池にも応用されれば、日常生活におけるエネルギー自給の可能性を広げることになります。

今後の課題、展望

今回の成果は近赤外光を利用した発電の実証という大きな一歩ですが、実用化に向けてはまだ課題が残されています。まず、色素やナノ粒子が太陽電池内で長期間安定して働くかどうか、耐久性の評価が必要です。ペロブスカイト自体の安定性も未解決の課題であり、湿気や熱による劣化を防ぐ工夫が求められます。また、今回の研究では鉛を含む材料を用いていますが、環境負荷を軽減するためには「鉛フリー」の代替材料を探索することも今後の重要な方向性です。

展望としては、この技術を大面積のパネルへ応用するスケールアップ研究や、さらに高効率な色素やナノ粒子の開発が進めば、理論限界を超える超高効率太陽電池の実現が現実味を帯びてきます。持続可能な社会を支える基盤技術として、再生可能エネルギー利用の大きな進展に寄与することが期待されます。

研究者のコメント

太陽光の中でこれまで利用できていなかった近赤外光を電気に変えることができれば、太陽電池の性能は飛躍的に向上します。本研究はそのための一つの具体的な解決策を提示できた成果だと考えています。今後は安定性や環境性の課題に取り組み、より持続可能で実用的な次世代太陽電池の実現を目指して研究を進めていきたいと思います。

用語解説

※1 近赤外光:
およそ750~2500 nmの領域の光で、人の目には「見えない光」。私たちが地上で受ける太陽光エネルギーの約4割を占める。

※2 希土類:
周期表のランタニド系列(La~Luの15元素)に加えて、スカンジウム(Sc)やイットリウム(Y)を含む17元素を指す。地殻中に比較的豊富に存在する。希土類元素を含むアップコンバージョン材料は古くから報告されており、例えば、イッテルビウム(Yb)イオンからエルビウム(Er)やツリウム(Tm)イオンへのエネルギー移動を介することで、980 nmの近赤外光を青・緑・赤色などの可視光に変換することができる。一方で、アップコンバージョン発光は、希土類イオンの離散的なエネルギー準位間の電子遷移を利用した現象であり、禁制遷移であることから、発光効率が著しく低く(1%程度)、光吸収能も非常に低い(モル吸光係数e = 1-10 dm3mol−1cm−1、有機色素の1/10000)。

※3 ペロブスカイト:
天然鉱物カルシウムチタン酸塩(CaTiO3)の結晶構造に由来する、一般式 ABX₃(A:有機または無機カチオン、B:金属カチオン、X:ハロゲン陰イオン)で表されるペロブスカイト型結晶構造をもつ化合物群の総称。太陽電池分野では主に、ハロゲン化鉛ペロブスカイト(例:CH3NH3PbI3、CsPbI3など)が利用されている。これらの化合物は、高い光吸収係数、長いキャリア拡散長、低い欠陥密度、溶液プロセスによる低温製膜が可能といった特性を有しており、高い光電変換効率を実現できる次世代光電変換材料として注目されている。

※4 アップコンバージョン:
アップコンバージョンとは、2つ以上の光子が連続して吸収されることで、励起波長よりも短波長の光が放出される現象であり、近赤外光などの低いエネルギーの光を可視や紫外光といった高いエネルギーに変換することができる。代表的な機構として、有機系材料の二光子吸収や三重項―三重項消滅、希土類イオンを含むナノ粒子の多段階励起などが挙げられ、古くから研究が行われている。

※5  A. Ishii, M. Hasegawa, “Solar-Pumping Upconversion of Interfacial Coordination Nanoparticles”, Sci. Rep., 7, 41446 (2017).

※6  A. Ishii, Y. Adachi, A. Hasegawa, M. Komaba, S. Ogata, M. Hasegawa, “Multicolor Upconversion Luminescence of Dye-Coordinated Er3+ at the interface of Er2O3 and CaF2 nanoparticles”, Sci. Tech. Adv. Mater., 20, 44-50 (2019).

論文情報

雑誌名:Advanced Optical Materials
論文名:NIR-Harvesting Upconversion CsPbI3 Perovskite Solar Cells with Dye-Hybridized Nanoparticles
執筆者名(所属機関名):Ayumi Ishii,*[a] Shuhei Matsumura,[a] Mitsunori Ota,[b] Ryusuke Mizoguchi,[b] and Tsutomu Miyasaka*[c]*責任著者

[a] Department of Chemistry and Biochemistry, School of Advanced Science and Engineering, Waseda University
[b]Faculty of Life & Environmental Sciences, Teikyo University of Science
[c]Graduate School of Engineering, Toin University of Yokohama

掲載日時:2025年10月23日(木)
DOI: https://doi.org/10.1002/adom.202501682
掲載URL: https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adom.202501682

研究助成

研究費名:JST さきがけ(JPMJPR17P2)A-STEP(JPMJTR23T8)
研究課題名:光エネルギー超高効率利用を可能とする有機無機ハイブリッドアップコンバージョン材料の開発
研究代表者名(所属機関名):石井 あゆみ(早稲田大学)

世代を超えてテロメアDNAを維持する新たな仕組み

著者: contributor
2025年10月24日 16:49

世代を超えてテロメアDNAを維持する新たな仕組み
線虫テロメレースRNAによる「イントロン・ヒッチハイク」

概要

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター配偶子形成研究チームの澁谷大輝チームディレクター、竹田穣基礎科学特別研究員、石田森衛研究員、梶川絵理子テクニカルスタッフⅠ、発生ゲノムシステム研究チームの近藤武史チームディレクター、生命医科学研究センター高機能生体分子開発チームの田上俊輔チームディレクター、東京大学定量生命科学研究所の齊藤博英教授、早稲田大学理工学術院の浜田道昭教授らの国際共同研究グループは、線虫[1]のテロメレース[2]RNAが遺伝子のイントロン[3]中に存在することを発見し、生殖細胞でテロメア[2]が次世代に向けて伸長される新しいメカニズムを解明しました。
本研究成果は、世代をまたいでDNAを継承する生物生存戦略の新たな分子メカニズムを提案し、生命進化の理解に貢献するものです。
真核生物のDNA末端にあるテロメアは細胞分裂のたびに短縮するため、やがて細胞は染色体を維持できなくなり寿命を迎えます。しかし、次世代へと引き継がれる唯一の細胞系譜である生殖細胞では、テロメアが伸長されて次世代に伝達され、世代を経てもテロメアが短縮することなく、種の存続が担保されます。
今回、国際共同研究グループは、テロメアを伸長する酵素の活性化に必須なテロメレースRNAを線虫で同定したところ、既知の生物種の中で唯一、線虫のテロメレースRNAだけが、タンパク質をコードする遺伝子のイントロンに存在する特殊なRNAであることを発見しました。生殖細胞で発現する遺伝子のイントロンにテロメレースRNAが「ヒッチハイク」することで、次世代に向けた生殖細胞特異的なテロメアの伸長を行い、種の存続を保証するという巧妙な仕組みが明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『Science』オンライン版(10月23日付:日本時間10月24日)に掲載されました。

イントロン・ヒッチハイクにより線虫の生殖細胞(青)で発現するテロメレースRNA(赤)

 

背景

真核生物の染色体は線状のDNAで構成されています。細胞が分裂するとき、染色体DNAはDNA合成酵素の働きにより複製されますが、酵素反応の仕組み上、染色体末端のDNA(テロメア)には複製できない領域が残されます。従ってテロメアは細胞分裂のたびに短縮され、これにより、体をつくる細胞の寿命(分裂回数の上限)が規定されます。一方、次世代へと引き継がれる唯一の細胞系譜である生殖細胞では、テロメアが十分に伸長されて次世代に伝達されることで、種の存続が担保されています(図1左)。もしテロメアが生殖細胞で伸長されなければ、テロメアは世代を経るごとに徐々に短縮され、最終的に種は絶滅に至ります。
テロメアの伸長には、細胞分裂の際に働くDNA合成酵素とは異なる「テロメレース」と呼ばれる酵素が必要なことが知られています。テロメレースは、タンパク質とRNAから成るホロ酵素[4]として機能し、RNAを鋳型として逆転写反応[5]によりDNAを合成し、テロメアを伸長させます(図1右)。例えば、半永続的に増殖する多くのがん細胞では、このテロメレースが異常に活性化することでテロメアが維持され、分裂限界を超えて半永続的に増殖できます。一方、健康な生体内では、例外的に幹細胞と生殖細胞のテロメレースが活性化されています。特に生殖細胞では、その特別に長いテロメアを維持するために、体性幹細胞にも増してテロメレースの活性が高いことが知られています。転写制御など一部の調節機構は明らかになってきているものの、テロメレースの組織特異的な活性化メカニズムの全体像はまだ十分には解明されていません。

図1テロメアの長さの制御

 

左:テロメアは細胞分裂のたびに短縮するが、がん化した細胞や体性幹細胞ではテロメレースが活性化することで、比較的長いテロメアが維持される。生殖細胞は中でも特殊で、次世代へとテロメアを伝達するために、非常に長いテロメアが維持されるが、そのメカニズムの多くは未解明である。
右:テロメレースは逆転写酵素であるタンパク質と鋳型RNAから構成される。逆転写反応により、RNAを鋳型としてテロメアDNAを合成する。

澁谷チームディレクターは、生殖細胞におけるテロメレース活性やテロメアが世代を超えて維持される仕組みを調べるため、世代時間が3日と短い線虫(Caenorhabditis elegans、以下C. elegans)を用いて研究してきました。C. elegansのテロメレースの構成分子のうち、テロメレースタンパク質TRT-1は、ヒトのテロメレースタンパク質との相同性から、2006年に同定されています。しかし、その酵素活性に必須な相方となるテロメレースRNAは、先行研究における試行錯誤にもかかわらず、C. elegansやその他の線形動物門に属する線虫類いずれにおいても発見されていませんでした(図2)。これは線虫類のテロメレースRNAが他の動物のものとは全く異なる配列や構造を有する可能性や、あるいは特殊なゲノム上の位置に存在することで、通常の遺伝子予測では発見が難しい特殊なRNAであることに起因すると推測されていましたが、詳細は明らかになっていませんでした。

図2 後生動物のテロメレースRNA

 

海綿動物からヒトに至る多くの後生動物でテロメレースRNAが同定されている。これらは全て独自のプロモーターから転写されるnon-coding RNA遺伝子としてコードされており、H/ACAタイプの核小体低分子RNA(snoRNA)に似た配列を持つ。線虫を含む線形動物門では、いまだにテロメレースRNAは未同定であった。なお昆虫類では例外的に、H/ACAタイプとは異なる核内低分子RNA(snRNA)タイプのテロメレースRNAを持つもの(ハチ目)、small non-coding RNAタイプを持つもの(鱗翅目(りんしもく))、トランスポゾン転移型のテロメアを持つもの(ショウジョウバエ)がいる。

研究手法と成果 

テロメレースの発現量は多くの生物において、テロメアの異常な伸長を防ぐために必要最小限に抑えられていることが知られています。この絶対量の少なさが生体内でテロメレースを研究する上での大きな障壁の一つになっています。国際共同研究グループは、C. elegansのテロメレースRNAを同定するために、まず遺伝子改変した線虫個体からテロメレースタンパク質TRT-1を大量につくらせて、精製し、そこに結合するRNAをeCLIP法[6]により回収するスクリーニング手法を考案しました。その結果見つかったRNAは、予想外なことにモータータンパク質[7]をコードする遺伝子nmy-2[7]のイントロン領域の配列であることが分かりました(図3)。国際共同研究グループはこのRNA配列をテロメレースRNAの候補として、「telomerase RNA component-1(terc-1)」と命名しました。

図3 C. elegansテロメレースRNA「terc-1」の発見

 

テロメレースタンパク質TRT-1に結合するRNAを回収し、その配列を解読した。さまざまな長さのRNAが回収されたが、それらと一致するゲノム配列を検索したところ、モータータンパク質をコードする遺伝子nmy-2のイントロン領域のセンス鎖(タンパク質合成に直接関わる情報を含む鎖)に集中していた。この領域には、C.elegansのテロメアDNA配列に見られる繰り返し配列5’-(TTAGGC)-3’に相補的な「鋳型配列(5’-UAAGCCUAAG-3’)」が含まれていた。一方、TRT-1なしにRNAを回収した場合には、nmy-2遺伝子に対応する配列は見いだされなかった(コントロール)。

イントロンは、遺伝子内にあるいわゆる「ジャンク配列[3]」であり、通常は遺伝子が転写された後に切り捨てられて分解されます。イントロンに存在する長鎖非コードRNA[3](intronic long non-coding RNA)がテロメレースRNAを生成する例は、菌や植物を含めた全真核生物でこれまで報告がなく、この実験結果はにわかには信じ難いものでした。しかし、C. elegansに近縁な他の線虫類においても、nmy-2のイントロン領域に類似した配列が確認され、これらは2次構造の面でも高い類似性を示したことから、terc-1が線虫類に保存された配列であることが分かりました。また、①terc-1の配列には、C. elegansテロメアDNAに相補的な「鋳型配列[8]」が含まれていました(図3)。②terc-1配列を欠失させた遺伝子改変線虫は世代を経るごとに徐々に産仔(さんし:出産)の数が減少し、最終的に約15世代以内に死滅しました。③これらの遺伝子改変線虫のテロメアDNAの長さを調べたところ、世代を経るごとに徐々にテロメアが短縮していました(図4)。これらの観察結果などから、terc-1がテロメレースRNAとしての機能を有しており、世代を超えたテロメアの維持や個体群の存続に必須な役割を持つことが証明されました。

図4 terc-1変異体で見られるテロメアの経世代的な短縮

 

C. elegansの全細胞からDNAを回収し、テロメアの長さを可視化した電気泳動像。テロメアの長さは細胞によってさまざまだが、野生型C. elegansの泳動像と比較し、terc-1の全長を欠損させた個体や鋳型配列を欠損した個体、およびテロメレースタンパク質TRT-1を欠損させた個体では、テロメアが世代を経るごとに徐々に短縮することが分かる。これらの欠損個体群は、最終的に約15世代で死滅した。kbp(k=1,000、bp=塩基数):核酸の長さを表す単位。

次に国際共同研究グループは、C. elegansの細胞内でterc-1が生成される仕組みを調べました。マウスやヒトの場合は、テロメレースRNAをつくるための専用の遺伝子が存在し、その遺伝子からまず前駆体RNAが転写された後、不要な配列が削られて成熟したテロメレースRNAになります。一方、C. elegansでは、nmy-2遺伝子が転写された後にイントロンが切り離される過程である「スプライシング[9]」がterc-1の発現に必須であり、このスプライシングを阻害するような変異を入れた線虫株ではterc-1が全く発現せず、terc-1欠損個体同様にテロメアの経世代的な短縮が観察されました。さらに、前駆体RNA(スプライシングされたイントロンRNA)から不要な配列を削り「成熟型のテロメレースRNA(terc-1)」を形成する過程はC. elegansにも存在しましたが、この過程を担うタンパク質は哺乳類のものとは異なり、RNA分解酵素に近いものであることが分かりました。
最後に、国際共同研究グループは「なぜterc-1はnmy-2遺伝子のイントロンに存在する必要があるのか」という最大の疑問に答える検証実験を考案しました。そこで、terc-1を本来のnmy-2遺伝子のイントロンから、組織特異的な発現を示す別の遺伝子のイントロンに移植した遺伝子改変C. elegansをゲノム編集技術により作製し、経世代的に観察することでその個体群が存続可能かを検証しました。
その結果、生殖細胞特異的に発現する遺伝子や、生殖細胞を含む全身細胞に発現する遺伝子のイントロンにterc-1を移植した個体群ではテロメアが世代を超えて維持されることが明らかになりました(図5)。またこれらの個体群は実験室で半永久的に継代飼育することが可能でした。それに対して、生殖細胞では発現しない遺伝子(例えば皮下組織、筋組織、神経細胞、咽頭組織特異的な遺伝子)のイントロンにterc-1を移植した個体群は、terc-1欠損個体同様にテロメアの極度な短縮により約15世代以内で絶滅することが明らかになりました(図5)。

図5 terc-1の移植実験

 

terc-1をnmy-2遺伝子のイントロンから、組織特異的な発現を示す遺伝子のイントロンへと移植した(左図)。生殖細胞特異的に発現する遺伝子(pgl-1)や、生殖細胞を含む全身で発現する遺伝子(eft-3)のイントロンに移植した場合のみ、後期世代においてもテロメアが野生型と同じレベルの長さに維持されていた(右図)。Chr:Chromosomeの略で染色体。

nmy-2遺伝子も、生殖細胞で発現が亢進(こうしん)することが知られており、これらの実験結果を併せて考えると、terc-1が生殖系列で活性化する遺伝子のイントロンに「ヒッチハイク」することで、ホスト遺伝子のプロモーター[10]依存的に発現し、スプライシング過程を経て成熟し、生殖細胞におけるテロメアの伸長を担保しているという、大変巧妙な種の生存戦略が浮かび上がってきました。
また、生殖腺だけで特異的に発現するpgl-1遺伝子のイントロンに移植した場合でもテロメアが経世代的に維持されたことから(図5)、C. elegansでは生殖細胞以外の全身の細胞のテロメアを維持する上で、生殖腺におけるテロメレースの活性化が必要十分であることも同時に証明されました。

今後の期待

テロメレース活性化のメカニズムはこれまで細胞のがん化との関連で盛んに研究されてきましたが、本研究を皮切りに、正常な生体内におけるテロメレース活性化制御の研究が進展することが期待されます。テロメレースの活性化は幹細胞の維持や種の存続に必須であり、その制御メカニズムの解明は基礎生物学および医学的な観点から今後重要な課題といえます。
本研究で見つかったnmy-2遺伝子イントロン中のテロメレースRNA様の配列は、C. elegansのみならず、近縁種のC. briggsaeやC. japonicaにおいても存在することから、イントロン・ヒッチハイクによるテロメレースRNA発現制御は線虫類に広く保存されたメカニズムであると考えられます。一つの仮説として、タンパク質をコードしない機能的RNAを組織特異的に発現させる仕組みとして、イントロン・ヒッチハイクはテロメレースRNAにとどまらず、経世代的なエピジェネティック形質の遺伝や生殖細胞の発生に機能する非コードRNAやsmall RNA[3]などにも同様に用いられている可能性があります。本研究から浮かび上がったこの新たな問いを追究することで、世代を超えて(進化のレベルでは種を超えて)生物が存続する「連続性」の秘密が解き明かされていくことが期待されます。

論文情報

<タイトル>
Nematode telomerase RNA hitchhikes on introns of germline-up-regulated genes
<著者名>
Yutaka Takeda, Masahiro Onoguchi, Fumiya Ito, Io Yamamoto, Shunsuke Sumi, Tatsuyuki Yoshii, Morié Ishida, Eriko Kajikawa, Jingjing Zhang, Osamu Nishimura, Mitsutaka Kadota, Shunsuke Tagami, Takefumi Kondo, Hirohide Saito, Michiaki Hamada, and Hiroki Shibuya
<雑誌>
Science
<DOI>
10.1126/science.ads7778

補足説明

[1] 線虫
線形動物門に属する体長1mmほどの多細胞生物。総細胞数がわずか1,000個と少数ながら、消化器官・神経・筋肉・生殖組織など、動物の基本的な構造を備えている。さらに世代時間が3日と短いことから、寿命研究のモデル動物としても利用されている。

[2] テロメレース、テロメア
DNA合成酵素は鋳型鎖の末端までDNAを複製することができないため、DNAは複製のたびに少しずつ短くなっていく。しかし、真核細胞のゲノムDNA末端には特徴的な繰り返し配列が存在し、こうした末端の短縮が直ちに遺伝情報に影響を与えないようになっている。この末端配列と、染色体末端を保護するタンパク質から成る構造をテロメアと呼ぶ。また、テロメアDNAを伸長する酵素をテロメレース(テロメラーゼ)と呼ぶ。

[3] イントロン、ジャンク配列、長鎖非コードRNA、small RNA
ゲノムDNAの配列のうち、遺伝子として機能する以外の機能不明な配列はしばしばジャンク(がらくた)と呼ばれる。ヒトゲノムの場合、全ゲノムの3分の2は転写されていると推定されているが、そのうちタンパク質の配列情報がコードされた領域(エキソンと呼ばれる)はごくわずかであり、mRNAが成熟する過程で切り離され分解される配列(イントロン)など、タンパク質情報を持たない「非コードRNA」が大半を占める。長鎖非コードRNAは、非コードRNAのうち200塩基よりも長いものを指し、このうちイントロンに存在するものを特に長鎖非コードRNA(intronic long non-coding RNA)と呼ぶ。一方、長さが20~30塩基程度の短い非コードRNAをsmall RNAと呼ぶ。

[4] ホロ酵素
タンパク質成分の他に、活性に必要な非タンパク質成分を含む酵素。テロメレースはタンパク質と鋳型RNAから成るホロ酵素に分類される。

[5] 逆転写反応
RNAを鋳型にして相補的なDNAを合成する酵素反応。

[6] eCLIP法
タンパク質とそこに結合するRNAを生体内において架橋し、その後目的のタンパク質を結合RNAと共に精製する手法。精製されたRNAは、配列が読まれた後、ゲノム上にマッピングされる。これにより目的のタンパク質に結合するRNAの塩基配列とそのRNAをコードするDNA領域が網羅的に決定される。

[7] モータータンパク質、nmy-2
ミオシンのように、細胞内でアデノシン三リン酸(ATP)の分解で生じる化学エネルギーなどを用いて、力学的な仕事をするタンパク質をモータータンパク質と呼ぶ。nmy-2は、線虫の生殖細胞などで発現する非筋肉型ミオシン遺伝子。

[8] 鋳型配列
テロメレースがテロメアを合成する際に鋳型として用いられるRNA配列。テロメアDNA配列と相補的な10塩基程度のRNA配列がこの鋳型配列として機能する。

[9] スプライシング
遺伝子が発現する過程で、DNAからRNAが転写されたのち、ジャンク配列であるイントロンが切り離される過程を指す。スプライシングにより、RNAはタンパク質などをコードするエキソン領域だけがつなぎ合わされた成熟RNAになる。一方、スプライシングで切り離されたイントロンは、通常分解されて捨てられる。

[10] プロモーター
DNA上で遺伝子の上流に存在し、遺伝子の転写のスイッチとして機能する配列。ある遺伝子が組織特異的に発現する場合、このプロモーター配列が組織特異的な転写のon/offを決定していることが多い。

国際共同研究グループ

理化学研究所
生命機能科学研究センター
配偶子形成研究チーム
チームディレクター 澁谷大輝  (シブヤ・ヒロキ)
基礎科学特別研究員 竹田 穣  (タケダ・ユタカ)
研究員 石田森衛  (イシダ・モリエ)
テクニカルスタッフⅠ 梶川絵理子 (カジカワ・エリコ)
発生ゲノムシステム研究チーム
チームディレクター 近藤武史  (コンドウ・タケフミ)
技師 西村 理  (ニシムラ・オサム)
技師 門田満隆  (カドタ・ミツタカ)
生命医科学研究センター
高機能生体分子開発チーム
チームディレクター 田上俊輔  (タガミ・シュンスケ)

東京大学 定量生命科学研究所
教授 齊藤博英  (サイトウ・ヒロヒデ)
講師 吉井達之  (ヨシイ・タツユキ)
特任助教 角 俊輔  (スミ・シュンスケ)
大学院工学系研究科
特別研究学生 井藤郁弥  (イトウ・フミヤ)
(京都大学大学院 医学研究科 医科学専攻 大学院生)

早稲田大学 理工学術院 先進理工学部
教授 浜田道昭  (ハマダ・ミチアキ)
主任研究員 小野口真広 (オノグチ・マサヒロ)

ヨーテボリ大学(スウェーデン)
博士研究員(研究当時) 山本唯央  (ヤマモト・イオ)
博士研究員 ジンジン・ジャン (Jingjing Zhang)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)「超世代的テロメアDNA維持機構の解明(研究代表者:澁谷大輝)」、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団による助成を受けて行われました。

局面にフィットする”切り紙型”熱電発電デバイス

著者: contributor
2025年10月22日 14:14

局面にフィットする“切り紙型”熱電発電デバイス
高いフレキシブル性能と高い発電性能の両立を実現

ポイント

  • 薄いフィルム基板に切り込みを入れて立体化する切り紙の構造を利用し、人体などの曲面熱源に貼付可能でありかつ 高い発電性能を有する熱電発電デバイスを実現しました。
  • 平面状態で熱電素子を実装するため、熱電発電において有利な細長い熱電素子を容易に実装可能です。
  • 切り紙構造により立体的にすることで、平面状態よりも熱電素子に温度差が付き高い電力を発電可能です。
  • 切り紙構造により高いフレキシブル性を有しており、曲率半径0.1mmの屈曲変形や1.7倍に伸ばす延伸変形が可能です。
  • 今回考案した構造は、曲面の熱源に追従可能であるだけでなく放熱フィンとなる天板部も有しているため、高い発電性能を有しています。
  • ヒトの皮膚に貼付した際に体温を無線送信できることを示し、ウェアラブルIoT機器への応用可能性を示しました。

概要

近年、IoT (Internet of Things) デバイス※1の自立電源として、温度差から電力を得るフレキシブル熱電発電デバイスが注目されていますが、曲げたり伸ばしたりするフレキシブル性能と高い発電性能を両立させることは困難でした。

早稲田大学 理工学術院 岩瀬英治(いわせ えいじ)教授寺嶋真伍(てらしま しんご)講師(任期付き)らの研究グループは、熱電発電デバイス(Thermoelectric Generator: TEG)※2の新構造として図1のような切り紙構造の一種である「ポップアップ切り紙構造※3」を考案し、フレキシブル性能と高い発電性能の両立を実現しました。具体的には、曲率半径0.1㎜の屈曲変形や1.7倍の延伸変形させることができるにもかかわらず、これまで提案されたフレキシブル熱電発電デバイスの発電能力を凌駕しました。

このことを活かした応用として、曲面熱源であるヒトの体表に貼付し、ヒトの体温と空気の温度差で生じる発電を利用して体温の無線送信にも成功し、これまでにない発電性能を有した熱電発電デバイスであることを実証しました。今後、ウェアラブル機器や医療・福祉分野への応用が期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「npj Flexible Electronics」のオンライン版に2025年10月21日に公開されました。

論文名: Pop-up kirigami thermoelectric generator with high stretchability and conformal thermal interfaces

図1 曲げ変形および伸縮変形が可能なポップアップ切り紙型熱電発電デバイス(図中のNはN型の熱電素子を示し、PはP型の熱電素子であることを示す)

これまでの研究で分かっていたこと

IoTデバイスやウェアラブル機器の普及に伴い、バッテリー交換不要で環境から電力を得られる発電技術が注目されています。中でも、ヒトや配管のような曲面から熱を利用できるフレキシブル熱電発電技術は有望視され、近年、研究が盛んに行われています。

従来の研究において、シリコーンゴムなどのゴム材料を基板材料として適用することで、フレキシブルな熱電発電デバイスは提案されているものの、ゴム材料の熱抵抗が高く発電量を大きく損なっていました。すなわち、フレキシブル性能と高い発電性能にはトレードオフの関係がありました。そのため、材料に依らず構造によってフレキシブル性能を得る方法として、折り紙や切り紙の構造を利用したフレキシブル熱電発電デバイスが注目され始めました。しかしながら、これまでフレキシブル熱電発電デバイスに適用された折り紙や切り紙の構造は、ミウラ折り※4や七夕飾り(天の川)※5の構造といった一般的な折り紙や切り紙の構造であり、熱源への接触が面接触ではなく線接触であったり、大気への放熱面がないなど、熱電発電デバイスには不向きな構造でした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、熱電発電デバイスが抱えるフレキシブル性能と高い発電性能の両立が困難であるという課題を解決するため、新たな切り紙構造である「ポップアップ切り紙構造」を考案しました。

非伸縮性材料の薄いフィルム基板に切り線パターンを施し、平面状態で熱電素子を実装した後、立体的に展開させることで屈曲性・伸縮性を実現させ、多様な曲面熱源への適合性を可能にしました。

性能評価の結果、曲げや延伸といった変形を加えても、フラットな状態と同等の発電性能を維持できることを確認しました。また、曲率半径0.1mmの屈曲変形や1.7倍に伸ばす延伸変形が可能であることを示しました(図2)。したがって、緩やかに曲がった熱源のみならず、90度に曲がった角を持つような熱源であっても貼付可能です。

らに、開発した熱電発電デバイスを無線送信回路と接続したセンシングの実証では、ヒトの体表に貼付し、ヒトの体温と空気の温度差で発電することで、体温の無線送信実証にも成功し、ウェアラブルIoT機器としての有用性を実証しました。これまで、ヒトの皮膚の体温(34℃程度)と大気(22℃)の温度差から無線送信が可能な電力(100 μW)を得るのは困難であり、本熱電発電デバイスが高い発電性能を有しているといえます。これにより、電池交換や廃棄の必要無しに、血圧や体温などの健康状態をモニタリングすることが可能となります。

図2 各種変形時の性能計測結果

研究の波及効果や社会的影響

本研究により、従来困難だった「高いフレキシブル性能と高い発電性能を有する熱電発電」が可能となり、IoTデバイスやウェアラブル機器のメンテナンスフリー化が現実となります。また、以下のような波及効果と社会的インパクトを有しています。

1.エネルギー自立型IoT社会への貢献:

電池交換の不要な自己発電型センサとして、IoTネットワークの信頼性・持続性を大きく向上させることが可能です。特に、センサが多数設置されるスマートシティやインフラモニタリングにおいて、メンテナンスコストの低減と長期運用が期待されます。

2.ウェアラブルヘルスケアの進展:

人体に密着して安定した発電が可能であることから、バイタルサインを常時測定するヘルスケアデバイスへの応用が可能です。患者の体温や状態をリアルタイムで把握することにより、遠隔医療や高齢者の見守り支援にもつながります。

3.災害・非常時の電源確保

やかんなど身近な熱源から電力を得られるため、停電時や災害時にも携帯端末や通信機器の動作に必要な電力を確保でき、非常用電源としての有効性が期待されます。特に電力インフラの整わない地域や緊急避難所などにおいて大きな社会的価値を持ちます。

4.切り紙構造技術の新展開

これまでアートや一部の機構設計に限られていた切り紙技術を、熱設計と融合し、高性能なエネルギーデバイスへと展開した本研究は、複数分野にわたる融合研究の先駆例となります。

課題、今後の展望

本研究で提案したポップアップ切り紙構造は、本研究で用いた細長く硬い熱電素子だけでなく、カーボンナノチューブ(CNT)シートのような薄膜の熱電素子にも適用可能な構造であるため、様々な熱電材料へ展開することが考えられます。さらに、現在のフレキシブル基板で一般的に用いられている、ポリイミド銅基板を基板材料として用いており、立体化の工程以外は現在のフレキシブル基板の製造工程で実現可能なため、量産化・大面積への展開が容易であると考えています。

低コストで製造可能なフレキシブル熱電発電デバイスを開発することで、IoTセンシングデバイスやウェアラブル機器に利用可能な自立型電源を実現できると考えられます。

研究者のコメント

切り紙は、折り紙に比べると国際的な認知度がやや低めではありますが、学術的にも興味深い特徴を多数持っているため、電子デバイスとの相性は良いです。熱電材料のみならず今回提案したように構造についての研究が広く行われ、国際的に広く使用される未来を期待します。

キーワード

切り紙、熱電発電、IoT (Internet of Things)、フレキシブル電子デバイス、ストレッチャブルディスプレイ、ウェアラブル機器、次世代エレクトロニクス

用語解説

※1  IoT (Internet of Things) デバイス
センサや家電、機械などの「モノ」がインターネットにつながり、データを送受信する仕組みを指します。温度や動きなどを自動で測定・制御でき、スマート家電や医療機器、工場の監視装置などに広く使われています。電池交換が難しい場所で使われるため、自己発電機能を備えたIoTデバイスが期待されています。

※2 熱電発電デバイス(Thermoelectric Generator: TEG)
デバイスの両端に与えた温度差に対して、電圧が発生する熱電効果(ゼーベック効果)を利用した発電デバイス。デバイスに生じる温度差が発電量につながるため、温度の高い熱源には密着し、温度の低い大気には良く放熱することが重要である。

※3 ポップアップ切り紙構造
長手方向に圧縮することで高さ方向に立ち上げることのできる切り紙構造であり、電子部品を載せる平らで変形しない面を持ち、構造全体を引き伸ばすことができます。立ち上げ後には、熱電素子が実装された脚部は無変形であるため平面を保ったまま曲げ伸ばしができる構造です。

※4 ミウラ折り
日本の航空宇宙工学者・三浦公亮先生が考案した折り紙構造で、折り紙工学の分野において最も有名な折り紙構造です。折り紙工学における周期的パターン構造の一つで、平面を山折りと谷折りでタイル状に配置することで、1自由度構造として折り畳み・展開できるのが特徴です。人工衛星の太陽光パネルなどに応用されています。

※5 七夕飾り(天の川)
紙などのシート材に規則的で平行なスリットが入った構造で、引き伸ばすことができないシート材であっても、引き伸ばしが可能になります。引き伸ばすと、立体的で規則的な網目状パターンが現れるため、日本の七夕の時期には装飾品として扱われます。

論文情報

雑誌名:npj Flexible Electronics
論文名:Pop-up kirigami thermoelectric generator with high stretchability and conformal interfaces
執筆者名:Shingo Terashima(早稲田大学)*、Eiji Iwase(早稲田大学)
*:責任著者
掲載予定日時(現地時間):2025年10月21日
掲載予定日時(日本時間):2025年10月21日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41528-025-00454-z
DOI:https://doi.org/10.1038/s41528-025-00454-z

研究助成

研究費名:NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ
研究課題名:切り紙型熱電デバイスによる自立無線センサシステムの研究開発
研究代表者名(所属機関名):岩瀬英治(早稲田大学)

2025年度 W-SPRING・W-SPRING-AI博士フォーラムを開催

著者: contributor
2025年10月22日 14:13

2025年9月19日(金)、早稲田大学国際会議場において「W-SPRING・W-SPRING-AI博士フォーラム」を開催しました。

本フォーラムは、博士後期課程への進学を後押しするとともに、研究力向上とキャリアパスの多様化を支援するために国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が展開する事業である「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」および「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST)」の支援を受け、本学が運営している「早稲田オープン・イノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)」および「早稲田次世代AIイノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING-AI)」について、成果報告、分野融合・学生同士のネットワーク構築および将来の共同研究実施のきっかけの場作りを目的として開催するものです。

昨年度に続き2回目の開催であり、12の研究科からW-SPRINGおよびW-SPRING-AIの支援学生約200名が一堂に会し、交流を深めました。

冒頭、本学常任理事・W-SPRING事業統括の本間敬之(理工学術院・教授)から、本フォーラム開催にご協力くださった産業界等の方々への御礼とともに、学生に対して「W-SPRINGやW-SPRING-AIではイノベーションを牽引する博士人材を育成することを目的としていますが、博士の研究はしっかり深掘りしながら、それが社会にとってどのような価値があるのか、どのように産業に貢献するか、という意識を持ってもらいたいと考えています。本日は幅広い分野の博士課程に在籍する仲間が多く参加しています。このような機会を活用し、異分野の学生との議論を通して、俯瞰的に物事を見る力をつけてもらいたいと思います。ぜひ、学生同士の交流を深めてネットワークを広げてください。」と、メッセージが送られました。

常任理事・W-SPRING事業統括 本間敬之(理工学術院・教授)

続く、来賓の文部科学省科学技術・学術政策局長の西條正明氏からは、「博士課程で日々研究に邁進される皆さんは、まさに知のフロンティアを切り開く先駆者です。博士人材の持つ深い専門知識と課題発見解決能力などの汎用的能力や新たな知を創造する力は、イノベーションの質とスピードを強化し、企業の競争力を格段に向上させるものと確信しております。社会の多様なフィールドで活躍できる博士人材が育ち活躍することで、博士人材の価値が一層高まり、優秀な学生が博士課程に進学するという好循環を生み出すことが可能になると考えております。私どもも、昨年『博士人材活躍プラン』をとりまとめ、今年は経済産業省と共同で設置した有識者会議で『博士人材の民間企業における活躍促進に向けたガイドブック』『企業で活躍する博士人材ロールモデル事例集』『博士人材ファクトブック』の3点をとりまとめ、博士人材の活躍・活用を企業に伝える取り組みを行っています」と、博士学生への期待と、博士人材を応援する活動の紹介をいただきました。

文部科学省科学技術・学術政策局長 西條正明氏

また、W-SPRING-AI事業統括の鷲崎弘宜(理工学術院・教授)からは、本フォーラムの趣旨説明として学生に向けて、「三つの狙い」が伝えられました。

  1. アカデミアだけでなく、様々な業種の企業からも多くの人においでいただいている。自分の研究が社会においてどのように貢献できるか、どう実装を進めるかを考える機会としてもらいたい。
  2. 新しいアイデアやイノベーションは異分野の交流・連携から生まれる。今日は約200人の博士人材が集まっており、その中で少なくとも一人は自分の研究とのつながりや発展を見出せる人がいるはずである。ぜひ、その一人を見つけてほしい。そうした異分野連携を奨励すべく、学生間の異分野連携相乗型共同研究を募集する予定である。
  3. ポスターセッションやグループワーク、交流会などで、積極的に交流を進め、ヒューマンスキルを磨いてもらいたい。

W-SPRING-AI事業統括 鷲崎弘宜(理工学術院・教授)

趣旨説明ののち、30分ごと、4パートに分けてポスターセッションが行われました。全パートにおいて研究分野を限定せず混在させながら、ポスターには統一して自己紹介、研究概要、キャリアデザインを記載するフォーマットとすることで、異分野の学生が議論に入りやすい工夫を取り入れました。学生たちは、異分野のポスター発表にも積極的に参加して質問を重ね、議論を深めていました。

ポスターセッションの様子:時には複数の分野の学生がディスカッションする様子も見られた

ポスターセッションの様子:いずれのグループの学生も、指定されたセッション時間中、非常に真剣に研究成果やキャリアデザインについて議論した

午後の部は、まず2025年度より開始した異分野融合研究プロジェクトについて、今年度採択された2件のプロジェクトの発表がありました。

  1. The neural mechanisms underlying listening difficulties: A focus on speech perception and production.
  2. Visualizing the learning effects of “Failure”: An interdisciplinary approach to elucidating learning processes.

異分野融合研究プロジェクト発表の様子

次に基調講演として、W-SPRING-AI副事業統括の尾形哲也(理工学術院・教授)から“Embodied AI: Empowering robots with foundation models”というタイトルでロボット研究の最前線や社会実装に向けた活動の紹介がありました。

オンラインで講演したW-SPRING-AI副事業統括 尾形哲也(理工学術院・教授)

続いて行われたグループワークでは、「AIがどれほど進化してもなお、人間にしか解決できない課題とは何だろうか?」をテーマに、異分野のグループに割り振られた博士学生たちがディスカッションを重ね、その結果を2分間のプレゼンテーション資料としてまとめ、発表しました。各グループに、産業界やアカデミアで活躍するファシリテーターが1名ずつ参加し、議論を始めるきっかけやテーマに関する助言をもらいながらグループワークが進められました。プレゼンテーションでは、内容の充実度はもちろんのこと、短い時間で聴衆に印象を残すための資料や話し方の工夫が多く見られました。すべてのグループの発表後、ファシリテーターを代表して6名から、総評と企業紹介がありました。

グループワークの様子:自由にツールを用いながら議論を積み上げていく学生たち

グループワークの様子:グループワーク終盤では、プレゼンテーションでどう引き付けるか、にもこだわる様子がみられた

グループワークを終えたのち、発表の様子

懇親会・ネットワーキングでは、ファシリテーターから「いかに良い『問い』を見つけるかを博士研究においても意識してほしい」「今回のように、分野に横串を通してチームで議論を進められるのが早稲田の良いところである」「グループワークでは『AIにできないこと』が問いであったが、ビジネスの視点からは『AIに(だけ)できることが何か』を探すことも重要」といったコメントをいただきました。

様々な分野、学年の博士学生たちが、自身の持つ知見を用いて意見を交わし、多様な業界・業種のファシリテーターの助言を受け入れながらより良い結果を導き出そうとする様子が、今後の日本を牽引する博士人材として頼もしく感じられたイベントとなりました。

 

 

早稲田オープン・イノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)

将来の我が国の科学技術・イノベーションの基盤となり、社会課題の解決に取り組む博士学生を育成するとともに、博士の多様なキャリアパスを確立させることを目指して、2021年度から開始し、2024年度から2期目を迎えた博士学生支援プログラムです。経済的支援として、博士学生一人当たり最大で年間290万円を240人に、最長3年間支給するとともに、学位取得後を見据えたキャリア開発・育成コンテンツをカリキュラムに組み込むことで、博士人材が産業界で幅広く活躍するための素養を身に付け、社会実装を目的とした融合的研究に専念できるよう支援しています。

本プログラムの実施を通じて、社会の課題解決と産業界のニーズに応え得るべく、博士課程の教育改革をこれまで以上に押し進め、日本の産業競争力の強化と社会の持続可能な発展に寄与していきます。

(本プログラムは、文部科学省/JST「次世代研究者挑戦的研究プログラム<Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation(SPRING)>」に採択されています)

早稲田次世代AIイノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING-AI)

博士学生が、領域横断に AI イノベーションを生み出し続け、世界的な AI 技術・応用の研究をリードし、同分野の研究を本格的に推進・先導するリーディングサイエンティストに成長することを目指して、2024年度から博士学生への支援を開始いたしました。経済的支援として、博士後期課程の学生一人当たり最大で年間390万円を最長3年間支給するとともに、学位取得後を見据えた育成コンテンツをカリキュラムに組み込むことで、次世代AI分野に関する高度な専門性と研究遂行能力を身に付けると同時に、自身の研究に専念できるよう支援します。

本プログラムの実施を通じて、次世代 AI 分野におけるイノベーション創出や日本の産業競争力強化に貢献していきます。

(本プログラムは、文部科学省/JST「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業 次世代AI人材育成プログラム(博士後期課程学生支援)」に採択されています)

ユーティリティデータを活用した業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始

著者: contributor
2025年10月15日 15:38

ユーティリティデータを活用した業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始
~地域のリソース最適活用と脱炭素社会の実現を目指して

学校法人早稲田大学スマート社会技術融合研究機構(以下:早稲田大学)、株式会社 REDER(以下:REDER)、株式会社ネクステムズ(以下:ネクステムズ)、株式会社 NTT データグループ(以下:NTT データグループ)、株式会社NTT データ(以下:NTT データ)は、地域全体で脱炭素化を推進することを目指し、地域の労働力やエネルギーなどのリソースの過不足をマッチングし、有効活用する実証実験を開始しました。地域全体での脱炭素化の実現には、単一事業者や単一業界での取り組みでは限界があり、業界横断でのデータ連携・活用と共通エコシステムの形成が不
可欠です。本実証では、まず電気・水道・ガスといったエネルギーリソースを対象とし、それらユーティリティ分野の事業者間で安全にデータを連携させる仕組みを地域密着型の先行モデルで検証します。将来的にはさまざまな地域への展開や、共通のデータ連携エコシステム注 1 の構築により、事業者の開発・運用コストを抑えつつ、地域全体の脱炭素化と持続可能な社会の実現を目指します。
※本事業の早稲田大学代表研究者は理工学術院の林泰弘教授です。

背景

近年、地域社会では人口減少や高齢化に伴い、労働力や資源の不足が大きな課題となっています。特に離島や中山間地域では、生活や産業を支える電気・水道・ガスといったエネルギーインフラサービスを安定的に維持するために、限られたリソースを効率的に活用する仕組みが必要です。
このような背景から、REDER、ネクステムズ、早稲田大学、NTTデータグループ、NTTデータは、各種リソース情報を管理する事業者間でのデータ連携・活用の仕組みが必要と考え、ユーティリティデータを軸とした業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始しました。
従来は各事業者が個別にシステムを構築してきたため、開発・運用コストの負担が課題となっていました。本実証では、共通的なデータ連携エコシステムを形成することで、事業者間の協力を容易にし、これまで分断されていたリソースを地域全体で共有・活用できる仕組みの実現を目指します。これにより、各事業者の負担を抑えつつ、持続的に機能する新しい地域モデルの構築が可能になります。

実証実験の概要

実証期間:2025年度~2027年度
実証エリア:沖縄県波照間島
実証内容:

(1) 水道の揚水稼働やガスの利用状況など電力の需給バランスに影響を与えるさまざまな要素を対象にした、異なる事業者間のデータ連携を実現するプラットフォームの構築
  • エネルギーリソースは複数の事業者によって分散管理されていますが、いずれも安定供給に対して相互に影響を及ぼす特性をもつため、協調的に活用することが不可欠です。そのため、これらを事業者間で調整・最適化する調停機能をプラットフォームに備えます。
  • 異なるリソースの調停にあたっては、事業者間で機微な情報の共有が求められる場合がありますが、心理的な障壁から実行に踏み切れない事業者も少なくありません。こうした障壁を下げるため、データを秘匿化したまま扱える機能をプラットフォームに組み込み、安全かつ安心して連携できる環境を整えます。
(2) さまざまな事業者を実証フィールドに誘致し、構築したプラットフォームを用いた新規サービス・ビジネスに係る実証のコーディネート<h/5>
  • 例えば、農機・建機のレンタルやMaaS注2などのサービスと連携しバッテリー(着脱式を含む)の稼働率を高める事例は、地域で発電した再エネ由来の余剰電力をバッテリーの充電向けに有効活用できる可能性を秘めています。しかし、事業者間での調停が必要で、これまで実サービス化が進まない状況にありました。こうした状況に対し、実データを使用できるフィールドと調停機能を備えたプラットフォームを提供し、新規サービス創出を加速させます。
図1:実証実験のイメージ

 

ユースケース例:
① 水需要や発電量の予測などの情報を掛け合わせて、貯水・造水設備や蓄電池の稼働量を調停および最適化し、地域全体のコストを抑制。
② 各家庭や施設の太陽光発電・蓄電池の稼働情報などを統合し、発電と消費を調停およびバランスさせることで、地域全体のエネルギー利用効率を向上。

 

図2:ユースケース例①のイメージ
図3:ユースケース例②のイメージ

 

各社の役割

早稲田大学:需要予測の高度化および有識者などによる議論の場の提供
■収集される各種データを活用した需要予測の高度化手法の構築
■さまざまな分野の学識者、機構会員、企業有識者、学生などの参画・議論の場の提供

REDER:実証を行う事業者の誘致
■波照間島においてさまざまな事業者を募っての実証コーディネート
■オンサイトの各ユーティリティ計測をAPI連携する機能の構築
■ユーティリティ計測と連携し、社会マクロでのバッテリー(着脱式を含む)の稼働率最大化

ネクステムズ:実証のフィールドおよび分散型再エネ電源機器の提供
■自治体や住民との合意形成
■分散型再エネ電源機器注3(太陽光/蓄電池/EVなど)の需要側EMSの連携

NTTデータグループ/NTTデータ:ユーティリティ領域をはじめとする地域リソース情報連携基盤の提供
■安全かつ柔軟にデータを連携・活用できる企業間・組織間データ連携の総合サービス「X-CuriaTM(読み:クロスキュリア)」を基にした、地域リソース情報連携基盤の構築およびユーティリティ領域への適用
■上記により業界横断のデータ連携に必要な機能の抽出および改善の実施

今後について

2025年度後半からプラットフォームの検討・構築を実施し、2026年度中に他事業者を誘致しての実証を開始予定です。将来的には波照間島での実証結果を踏まえ、業界横断の安心安全なデータ連携の仕組みを他の地域に展開することを目指します。

(注1)「データ連携エコシステム」とは、事業者や組織同士が安全にデータを共有し合い、新しいサービスを生み出すための共通基盤や仕組みです。
(注2)「MaaS」とは、Mobility as a Serviceの略であり、地域住民や旅行者のトリップ単位での移動ニーズに応じて、複数の公共交通機関やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済などを一括で行うサービスです。
(注3)「分散型再エネ電源」とは、家庭や事業所などが各地に分散して所有しているエネルギー源のことです(例:太陽光発電や蓄電池)。
*「X-Curia」は日本国内における株式会社NTTデータの商標です。
*その他の商品名、会社名、団体名は、各社の商標または登録商標です。

ベンゼン環の一発変換で創薬加速

著者: contributor
2025年10月13日 15:51

ベンゼン環の一発変換で創薬加速
芳香族ケトンを一度で多様なヘテロ環に

ポイント

  • 医薬品開発で重要な「芳香族環のヘテロ芳香環への置換」を、ワンステップで可能にする新反応を開発しました 
  • 古典的な反応を利用しつつ、従来の「進まない」という常識を覆し、多段階でしかできなかった変換を一度で実現しました。 
  • 医薬品や天然物由来の複雑な分子にも適用可能で、高収率かつ温和な条件で変換できます 
  • 医薬分子の構造多様化や物性改善を加速し、新薬創出に貢献する基盤技術として期待されます 

概要

ベンゼン環(芳香環)をヘテロ芳香環に置き換える「ヘテロ芳香環スワッピング」は、医薬品の溶解性や安定性を高める有効な手法ですが、従来は複雑な多段階反応が必要で汎用性が低いという課題がありました。 

早稲田大学の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、古典的なClaisen※4/逆Claisen反応※5を応用し、芳香族ケトン※1とヘテロ芳香族※2エステルを一度に反応させることで、ワンステップで多様なヘテロ芳香族ケトンを合成する新手法を開発しました。本反応は高効率で進行し、医薬品や天然物由来の複雑分子にも適用可能です。この成果は創薬研究や新材料開発に広く応用されることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月9日 (木)に「Nature Communications」に掲載されました。
論文名:Heteroaromatic Swapping in Aromatic Ketones

これまでの研究で分かっていたこと

製薬企業の創薬研究者は、薬の性能を向上させるために、生物活性をもつ化合物(シード化合物)を有機合成化学の手法で改変し、より高活性で代謝安定性の高い薬へと作り直してきました。その中でも、芳香環(ベンゼン環)を、窒素などを含む大きさの近いヘテロ芳香環に置き換えると、水溶性や代謝安定性が改善されることが知られています。実際に、抗てんかん薬ペランパネルは、シード化合物のベンゼン環をピリジン環に変えることで、生物活性が約3倍向上しました。
ヘテロ芳香環にはピリジン環以外にも多様な種類があるため、研究者はさまざまなヘテロ芳香環に変換して活性を確認したいと考えてきました。これが「ヘテロ芳香環スワッピング」※3と呼ばれる手法です。しかし、ヘテロ芳香環の導入は合成の初期段階に行われることもあり、例えば、ヘテロ芳香環の導入から5工程かけて化合物を合成した場合、10種類の化合物を作ろうとすると50回の反応を行う必要あります。もし最終段階で、ワンステップ(1工程)で置換できれば、同じ10種類でもわずか10回で済みます。そのため、効率的に「ヘテロ芳香環スワッピング」を実現する簡便な方法の開発が強く望まれていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回、私たちの研究グループは、芳香族ケトンとヘテロ芳香族エステルを一度の反応で混ぜ合わせ、芳香族環を様々なヘテロ芳香環に置き換える新しい「ヘテロ芳香環スワッピング」を開発しました。この反応は、古典的なClaisen反応と逆Claisen反応を組み合わせたもので、容易に入手できる試薬と、温和な条件下で高効率に進行します。これにより、従来は多段階を必要とした変換を、ワンステップで実現することが可能になりました。さらに、この手法は官能基耐性※6が高く、医薬品や天然物など複雑な分子にも適用できることを実証しました。例えば、抗精神病薬である芳香族ケトン「ハロペリドール」の芳香環をワンステップで、ピリジン環をもつ新規類縁体へと変換可能です。ピリジン環のみならず25種類以上のヘテロ芳香環に変換できることもわかっています。

研究の波及効果や社会的影響

今回開発した「ヘテロ芳香環スワッピング」は、薬の開発における大幅な効率化を可能にします。従来は複数の工程を必要としていた構造改変をワンステップで実現できるため、研究者は短期間で多くの候補化合物を合成できるようになり、新しい薬の探索や最適化が大きく加速すると期待されます。
さらに本成果は、古典的なClaisen反応では中間体が安定で、逆Claisen反応は進行しないと考えられていた通説を覆すものです。ケトンに電子的な差をもつ中間体であれば、逆Claisen反応が容易に進行することを明らかにし、教科書の記載に影響を与える学術的成果としても意義をもちます。

課題、今後の展望

今回開発した芳香族ケトンの「ヘテロ環スワッピング」は、幅広い分子に適用可能である一方で、すべての基質に対応できるわけではありません。特に電子的に豊富なヘテロ芳香族や一部の単純なケトンでは反応が進みにくく、さらなる基質適用範囲の拡大が課題となります。最大の課題は、ベンゼン環の隣にケトンを持つ必要があるため、すべてのベンゼン環に適用できない点です。
今後は、この制限を克服し、より多様なベンゼン環をもつ化合物に適用できるような新しい改良法の開発を進めていきます。これにより、より幅広い医薬品候補化合物や機能性化合物に本手法を応用できるようになり、創薬や材料開発における可能性がさらに広がると期待されます。

研究者のコメント

教科書に明記されてきた通説に例外があることを示せたのは、私たちにとって大きな驚きであり、大きな達成感を得ています。このシンプルで実用的な手法は、創薬研究に携わる多くの研究者の助けになると確信しています。今後も有機化学の基礎反応を新しい視点から見直し、社会に貢献できる分子変換技術を生み出していきたいと考えています。

用語解説

※1 芳香族ケトン
ベンゼン環などの芳香環にカルボニル基(C=O)が結合した化合物。医薬品や機能性分子の合成中間体として広く使われています。

※2 ヘテロ芳香環
ベンゼン環のような芳香環の一部が窒素や酸素、硫黄などの原子に置き換わった環構造。薬の溶解性や安定性を改善する効果があり、多くの医薬品に利用されています。

※3 ヘテロ芳香環スワッピング
既存の芳香環を、異なるヘテロ芳香環に入れ替える手法。薬の効力や安全性を高めるための手法の一種で、創薬研究において注目されています。

※4 Claisen反応(クライゼン反応)
エステルやケトンのエノラートが縮合して1,3-ジカルボニル化合物をつくる有機化学の基本反応。19世紀末にドイツの化学者ルートヴィヒ・クライゼンが発見。

※5 逆Claisen反応
1,3-ジカルボニル化合物が逆方向に分解し、2つのカルボニル化合物(今回はケトンとエステル)に戻る反応。

※6 官能基耐性
反応の際に分子内の他の部位(アルコールやアミンなどの官能基)が壊れずに残る性質。耐性が高いと複雑な分子にも適用しやすくなります。

キーワード

芳香族ケトン、ヘテロ芳香族、分子編集、Claisen反応、逆Claisen反応、医薬品化学、骨格変換、合成化学、構造多様化、創薬

論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文名:Heteroaromatic Swapping in Aromatic Ketones
執筆者名:Hikaru Nakahara(早稲田大学)、Ryotaro Shirai(早稲田大学)、Yoshio Nishimoto(京都大学)、Daisuke Yokogawa(東京大学)、Junichiro Yamaguchi*(早稲田大学)
掲載予定日時(現地時間):2025年10月9日
掲載予定日時(日本時間):2025年10月9日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-64041-6
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-64041-6
*:責任著者

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名:結合交換反応の開発と機械学習最適化
研究代表者名:山口潤一郎(早稲田大学)
助成番号:JP21H05213

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名:ラジカル生成過程の観測と追跡を可能とする高精度電子状態理論の開発
研究代表者名:横川大輔(東京大学)
助成番号:JP23H04911

その他、JST CREST (JPMJCR24T3)や科学研究費補助金(25K01775)も一部ご支援をいただきました。

 

環境省「地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」に新規採択

著者: contributor
2025年10月8日 17:34

再エネ導入を加速する次世代蓄電技術開発に着手

シリコン系負極を活用した高性能リチウムイオン電池で電力安定供給とカーボンニュートラルを推進

国立大学法人信州大学、TDK株式会社、国立大学法人鳥取大学、学校法人早稲田大学、ヴェルヌクリスタル株式会社の5者は、環境省が公募した「令和7年度 地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」において、研究開発課題「再エネの導入促進に資するSi系負極を用いた系統用電力貯蔵システムに関する技術開発」(以下、本事業)が採択されたことをお知らせします。
本事業は、2050年カーボンニュートラル社会の実現に不可欠な再生可能エネルギー(以下、再エネ)の導入拡大を加速させるため、電力貯蔵システムの高度化を目指すもので、既存のリチウムイオン二次電池(以下、LIB)に使用されている黒鉛負極をSi系負極に置き換えることで、高エネルギー密度と高出力/長寿命の次世代LIBを開発・実証し、早期の社会実装を図ります。
※本事業の早稲田大学代表研究者は理工学術院の門間聰之教授です。

本事業の目的と技術的優位性

再エの出力変動を補い、安定した電力供給を可能にするためには、高エネルギー密度と高出力を両立した電力貯蔵システムが喫緊に求められています。しかし、現在の技術では、この両立は困難でした。本事業で開発するSi系LIBは、従来の黒鉛の代わりにSi系負極を用いることで、エネルギー密度を飛躍的に向上させ、かつ高い出力と長寿命化を同時に実現します。この革新的な技術は、既存の製造プロセスを転用できるため、他の次世代電池技術に比べて早期の社会実装が期待されています。また、主要材料であるシリコンは国内での供給安定性が高く、経済的な優位性も備えています。

実施体制と今後の展望

本事業は、令和7年度10月から2年半にわたり、各機関の専門性を結集して研究開発と実証を進めます。信州大学が代表機関として全体を統括し、材料評価、セル試作、劣化機構解析を分担します。共同実施者である鳥取大学はSi系複合材料の開発と基本性能評価を、早稲田大学は高度な解析技術を用いて劣化機構を解明します。ヴェルヌクリスタル株式会社は要素技術を統合したシステム開発を、TDK株式会社は開発した電極合材で試作したセルでの信頼性評価と事業化に向けたロードマップの策定を担当します。
本技術の社会実装を加速させることで、我が国のエネルギー安定供給とカーボンニュートラル社会の実現に貢献してまいります。

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