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制約を圧縮して表現する量子技術を開発

著者: contributor
2025年8月29日 13:12

制約を圧縮して表現する量子技術を開発 
量子計算機による組合せ最適化解法の高精度化を実現 

ポイント

  • 現実世界の組合せ最適化問題を量子計算機で解くには一般に現れる多くの制約(守らなければならないルール)を効率的に取り扱うという課題がありより汎用的で精度の高い手法の開発が求められてきました  
  • 本研究では、組合せ最適化問題がもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する技術を構築し、その技術をもとに、探索対象となる組合せの個数を削減し、探索効率を向上する量子アルゴリズムを開発し、精度の改善を実証しました 
  • 本手法は量子計算機に簡単に導入できることから本技術を取り込んだ量子ソフトウェアの開発により、精度高く現実世界の組合最適化問題を解くことが期待できます 

概要

 量子計算機を現実世界の組合せ最適化問題に活用するためには、組合せ最適化問題※1がもつ制約を効率的に取り扱うことが重要となります。これを受け、早稲田大学高等研究所准教授の白井達彦(しらい たつひこ)、同大学理工学術院教授の戸川望(とがわ のぞむ)らの研究グループは、組合せ最適化問題がもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する技術(図1)を構築し、組合せ最適化の探索効率を向上するための新しい手法を開発しました。さらに本研究グループは、この手法をゲート型量子計算機※2に適用し、実量子計算機を模したシミュレータで精度の改善を確認しました。

図1 組合せ最適化問題のもつ制約を量子計算機で圧縮して表現するための手法の概要。
図1の補足:図中央上は量子回路を表し、量子ゲート※3(左から制御NOTゲートとXゲート)を作用させることで、表(図中央下)で示した変換を実行する。

これまでの研究で分かっていたこと

現実世界のあらゆるところに存在する組合せ最適化問題は大規模になるほど、従来型のコンピュータで最適解を得ることが困難になるため、様々な解法が研究されています。中でも近年、ゲート型量子計算機といった量子力学の原理にしたがって動作する新しいタイプの計算機が注目されています。量子計算機は国内外で研究開発され、一般のユーザーもクラウド上で使用できる段階になっています。
しかし、量子計算機を活用するにはまだ課題が多くあります。とくに制約をもつ組合せ最適化問題を解くことは社会的に重要である一方で、現在の量子計算機では十分な精度を達成することは難しいという課題があります。これまで、この困難を克服するためさまざまな手法が開発されてきました。しかし、これらの手法は、特定のタイプの制約に適用範囲が制限されており、社会課題に現れる複雑な制約をもつ組合せ最適化問題を解くことは依然として困難です。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 今回の研究では、現実世界の組合せ最適化問題に現れる制約に対して汎用的に適用可能な手法を実現しようと試みました。そこで、探索の効率化を実現するため、制約を満たす解の集合を圧縮して表現することを考えました。たとえば、図1では、1個の果物をAlice(以下A)とBob(以下B)のどちらかに与えるという問題を考えます。それぞれAとBに1個ずつの量子ビットを対応させ、量子ビットが1のとき果物を与える、量子ビットが0のとき果物を与えないとします。すると2個の量子ビットが必要となります。このとき、果物の個数は1個ですので、2個の量子ビットのうち、一方は0、もう一方は1とする必要があります。これが制約です。ところが量子計算機は一般に制約を満たさない解を出力します。たとえば、2個の量子ビットの両方が0あるいは両方が1となるような解です。このような制約を満たさない解があるとエネルギー地形が複雑化(凸凹)するため、量子アルゴリズムの精度を悪化させる要因となります。そこで、制約を満たす解の個数が2個であることに着目し、1個の量子ビットでこれらを表現することを考えます。具体的には、図1の表で与えられる変換を考えます。このとき、x_A^’を0に固定した解空間を考えると、x_B^’=0とx_B^’=1がそれぞれ制約を満たす解に対応しています。このように、もともと2個の量子ビットで表現されていた制約を満たす解空間を1個の量子ビットで圧縮して表現できることがわかります。こうしたもともとの問題で必要とする量子ビットの個数より、少ない個数の量子ビットで表現された空間を圧縮空間と呼びます。圧縮空間では探索する必要のある解の個数が減るため、精度高く最適解を探索できることが期待されます。
今回の研究では、ゲート型量子計算機を用いて圧縮空間を構築する方法を明らかにしました。圧縮空間を与える変換は、ゲート型量子計算機で操作する量子ゲートを組み合わせて表すことができます。そこで、組合せ最適化問題の制約に応じて、圧縮空間を構成する量子ゲートの組合せを探索するための量子アルゴリズムを開発しました。この方法は、原理的にはあらゆるタイプの制約に適用でき、現実世界に現れる多くの組合せ最適化問題に対して有効です。さらに典型的な制約をもつ組合せ最適化問題に対して、具体的に本手法が適用可能であることを示しました。実際に、量子計算機で解くことが困難とされる3つのタイプの組合せ最適化問題に対して、本手法を組み込んだ場合(提案手法)と組み込まなかった場合(従来手法)とを比較した結果、提案手法で得られた答えの精度が高いことがわかりました(図2)。

図2.手法の比較
図2の補足:縦軸横軸の値は各組合せ最適化問題の最適解が得られる確率を表しています(1が最も精度が高い)。縦軸に提案手法、横軸に従来手法を示しました。四角(赤色)のデータは最大kカット問題※4(k=3,4)、丸(緑色)のデータは二次ナップサック問題※5、三角(青色)のデータは二次割当問題※6を表し、それぞれシミュレータを用いて実験を行った結果をプロットしています。データが対角線の上側にあることは、提案手法において従来手法より性能が改善していることを示しています。

研究の波及効果や社会的影響

本手法を使うことによって、より精度高くさまざまな制約をもつ組合せ最適化問題を解くことができます。本手法は量子計算機に簡単に導入することができることから、現在のまた近未来的に実現する量子計算機の性能を最大限引き出すための量子ソフトウェア開発の要素技術として利用されることが期待されます。たとえば、今回の手法により交通流の最適化が実現すると、渋滞の解消や二酸化炭素排出量の削減など社会的問題へ大きく貢献する可能性があります。

課題、今後の展望

本手法では、組合せ最適化問題のもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する手法を開発しました。今後、量子計算機の性能が向上するとともに、一層広範囲の組合せ最適化問題に適用可能となることが期待されます。また、圧縮空間を構築する方法は、組合せ最適化問題にとどまらず、化学計算や機械学習などへの応用が考えられます。実世界に見られるさまざまな具体的な問題に対して、本手法の有効性を検証していきます。

研究者のコメント

本研究ではゲート型量子計算機を精度高く利用するための手法を開発しました。本研究で開発した手法を使うことで、量子計算機の性能が最大限発揮され、今後新たに量子計算機を活用できる事例が増えることを期待します。

キーワード

組合せ最適化、制約、量子アルゴリズム、圧縮、量子ソフトウェア

用語解説

※1 組合せ最適化問題
膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。

※2 ゲート型量子計算機
現在の計算機を構成するビットを量子ビットで置き換えた計算機であり、量子ゲートと呼ばれる演算を量子ビットに作用させることで動作する。

※3 量子ゲート
ゲート型量子計算機における演算素子。図1で示した、制御NOTゲートとXゲートは、古典計算における排他的論理和やNOTに対応する。

※4 最大kカット問題
与えられたグラフの頂点集合を、異なる部分集合間を繋ぐ辺の数を最大にするようにk個の部分集合に分割する組合せ最適化問題。

※5 二次ナップサック問題
ナップサックの容量と品物の価値が与えられたとき、容量を超えない範囲でナップサックに入れる品物の総価値を最大化する組合せ最適化問題。

※6 二次割当問題
工場と地点が同じ個数与えられたとき、各工場を各地点に割り当てたときの地点間の輸送コストの合計を最小化する組合せ最適化問題。

論文情報

雑誌名:IEEE Transactions on Quantum Engineering
論文名:Compressed space quantum approximate optimization algorithm for constrained combinatorial optimization
執筆者名(所属機関名):Tatsuhiko Shirai*(早稲田大学)、 Nozomu Togawa(早稲田大学)
掲載日時:2025年8月25日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/11139119
DOI:https://doi.org/10.1109/TQE.2025.3602404

研究委託

研究委託元:NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
研究課題名:JPNP16007「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発/量子計算及びイジング計算システムの総合型研究開発」
代表機関:国立研究開発法人産業技術総合研究所
本学の研究代表者名:戸川望(早稲田大学)

研究助成

研究費名:科研費・若手研究
研究課題名:23K13034「非平衡量子開放系における物性制御法の開発」
研究代表者名:白井達彦(早稲田大学)

バイオ模倣非接触汗センサーを開発

著者: contributor
2025年8月29日 09:32

バイオ模倣非接触汗センサーを開発
~脱水・熱中症の早期予測、義手などへの応用に期待~

ポイント

  • バラの花びらを模したマイクロテクスチャ※1により、汗中イオンを非接触で高感度に測定できる薄膜センサーを開発しました。
  • 従来比で最大3倍の水分保持力と約2倍の自己洗浄性能※2があることを実証し、運動中でも安定したデータ取得を実現しました。また、2 mmの空間を隔てても測定可能なため、皮膚への粘着剤が不要で長時間装着時のかぶれリスクが低減できます。
  • 脱水・熱中症の早期予測や、義手・外骨格などヒューマンマシンインタフェース※3への応用が期待できます。

概要

身体活動や労働中の電解質バランスの乱れは、脱水、けいれん、疲労を引き起こす可能性があります。従来の発汗センサーは水分を保持できないため、皮膚に直接接触させる必要がありますが、これが長時間または動的な使用時には皮膚刺激を引き起こし、測定精度を低下させる要因となります。早稲田大学理工学術院梅津 信二郎(うめず しんじろう)教授の研究グループは、バラの花びらが少量の水分を保持しつつ、余分な水をはじくという自然の特性に着目しました(バラの花びら効果※4)。研究チームはこの微細構造をイオン選択膜※5に再現することで、水分を保持しつつ皮膚に優しい非接触型発汗センサーを開発しました。この生体模倣センサーは、医療、スポーツ、産業分野におけるリアルタイムの水分状態モニタリングにおいて期待されています。
この研究成果は、「Cyborg and Bionic Systems」に2025年8月5日にオンライン公開されました。

図1:イオン選択膜(ISM)電気化学センサーと参照電極は、カーボンナノチューブフォレスト(CNTF)スポンジ上に構築されています。水滴接触角の測定により、水との相互作用の違いが観察できます。CNTFは超疎水性を示し、Ag/AgCl対電極は中程度の接着性を示し、ISMは低い接着性を示しています。本研究では、ISMに微細構造を導入することで接着性の向上を目指しています。

キーワード:
生物模倣、マイクロテクスチャ、汗センサー、イオン選択膜、非接触センシング、ウェアラブル

これまでの研究で分かっていたこと

汗中のナトリウム濃度は脱水や筋機能低下の指標として注目されてきました。しかし、汗センサーに使用される従来のイオン選択膜は疎水性ゆえ汗を十分保持できず、皮膚に強く貼り付ける必要がありました。そのため、粘着剤にて皮膚に貼る必要がありましたが、粘着剤による長時間の装着は、皮膚炎や衛生面の問題を引き起こすことが報告されていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、バラ(Rosa rubiginosa)の花びら表面にあるシワ・突起構造をPDMS(ポリジメチルシロキサン)モールド経由で塩化ポリビニル(PVC)系イオン選択膜(ISM)に忠実に転写しました。得られたバイオ模倣ISMの主な特徴は以下の通りです。

〇接触角の大幅低減と汗付着性の強化
未処理ISMの接触角は90°でしたが、花びら型シワを導入した生体模倣膜(バイオミメティック・メンブレン)では76.8°まで低減し、上向き・下向きいずれの配置でも汗滴を確実に保持できることを確認できました。境界付近の付着力が増した結果、重力方向に依存しない安定した液膜形成が可能です。

〇水保持量の向上と自己洗浄機構
静置試験では、バイオ模倣ISM(Sensor A/B)の最大水保持量は未処理膜の約3倍に増加しました。さらに動的試験で15 mgの荷重を与えても4サイクル以上水滴を保持し続け、閾値を超えると一括排出してチャネルをリセットする「自己洗浄」挙動を示しました。

〇表面積16〜22 %増によるNa⁺感度1.1〜1.2倍向上
SEM画像解析から、シワ/突起導入によって膜の実効表面積が理論値でSensor Aは16 %、Sensor Bは22 %拡大しました。Sensor Aは花びらの外側の表面を模倣しており、水との接着性が高く、Sensor Bは花びらの内側の表面を模倣しており、優れた自浄作用を持っています。この粗密な3D構造により、NaCl 溶液を用いたOCP測定の感度が約1.1〜1.2倍向上し、Nikolskii–Eisenman式理論値の76〜82 %に迫る性能を達成しています。

〇2 mm非接触ギャップでも1 s以下の応答で安定計測
3Dプリント流路に0.5〜2 mmの空隙を設定してNaCl 溶液を循環させたところ、最も広い2 mmでも応答時間はテント秒オーダー(<1 s)で、電位波形のドリフトは自己洗浄機構により最小限に抑えられました。

〇CNTスポンジ電極を用いたウェアラブル実証
ISMとAg/AgCl参照電極をCNTスポンジ上に集積し、手首装着型デバイスとして20分間(8 km/h)のトレッドミル試験を実施しました。気泡混入や汗流量低下時でも信号は閾値内にとどまり、FFT解析でも運動周波数に一致するノイズは検出されず、動作中のドリフトは静的条件と同程度でした。

図2:非接触型センシングチャネルの図。 接着性が強化されたことにより、センシング電極および参照電極は、表面張力の力で汗を引き寄せることが可能になりました。これにより、使用時の快適性や汗の再循環を高めるために、調整可能なギャップを設けることができます。

これらの結果は、長時間装着時の皮膚負担軽減と高精度計測を両立する新たなウェアラブルセンサー技術として大きな意義を持ちます。

研究の波及効果や社会的影響

熱中症対策やアスリートの水分管理をリアルタイムで行えるため、医療・スポーツ分野での事故防止に寄与します。また、粘着剤不要のため高齢者や皮膚疾患患者でも長期使用が可能であり、在宅モニタリング市場の拡大が見込まれるとともに、義手・外骨格などのヒューマンマシンインタフェースに電解質フィードバックを組み込むことで、安全性と快適性が向上します。

課題、今後の展望

現行のPVC膜は微細転写限界が5 µm程度であり、サブマイクロ構造の完全再現が課題です。また、CNTスポンジ電極の機械的耐久性向上と量産プロセスの確立が必要です。今後はAIによる発汗データ解析と組み合わせ、個人最適化された脱水予測アルゴリズムを開発します。

研究者のコメント

本研究は自然に存在するデザインが、技術を進化させ、私たちの生活の質を向上させるために賢く応用できることを示しています。自然の微細構造を模倣することで、現実環境下におけるセンサーの性能を向上させました。私たちの目標はよりスマートで効果的な医療のために、誰もが使える生体統合型ツールを開発することです。

用語解説

※1 マイクロテクスチャ:
数µmオーダーの微細凹凸構造の総称。

※2 自己洗浄性能:
水滴が界面を一括で滑落し、表面を清浄に保つ性質。

※3 ヒューマンマシンインタフェース:
人と機械をつなぐ情報入出力系の総称。

※4 バラの花びら効果:
水滴が付着したまま落ちにくい一方、量が増えると滑り落ちる二面性を持つ現象。

※5 イオン選択膜(ISM):
特定イオンのみを選択的に透過させ、電位変化を生じる薄膜材料。

論文情報

雑誌名:Cyborg and Bionic Systems
論文名:Bio-Inspired Microtexturing for Enhanced Sweat Adhesion in Ion-Selective Membranes
執筆者名(所属機関名):Marc Josep Montagut Marques1*,Takayuki Masuji2, Mohamed Adel3, Ahmed M. R. Fath El-Bab4, Kayo Hirose5*, Kanji Uchida4, Sugime Hisashi6, Shinjiro Umezu12*
1Department of Integrative Bioescience and Biomedical Engineering, Waseda University, Tokyo, Japan
2Department of Modern Mechanical Engineering, Waseda University, Tokyo, Japan
3Mechanical Engineering Department, Helwan University, Cairo, Egypt
4Department of Mechatronics and Robotics Engineering, Egypt-Japan University of Science and Technology (E-JUST), Alexandria, Egypt
5Department of Anesthesiology and Pain Relief Center, The University of Tokyo Hospital, Tokyo, Japan
6Department of Applied Chemistry, Kindai University, Osaka, Japan

掲載日時(現地時間):2025年8月5日(火)
掲載URL:https://spj.science.org/doi/10.34133/cbsystems.0337
DOI:10.34133/cbsystems.0337

研究助成

研究費名:挑戦的研究(萌芽)
課題名:リアルタイム汗測定を行うための生物模倣したマイクロ流路の開発(24K21600)
代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学理工学術院)

研究費名:基盤研究(B)
課題名:汗生理学構築のためのリアルタイムモニタリングシステム(23K26069)
代表者名(所属機関名):廣瀬 佳代(東京大学医学部附属病院)

研究費名:基盤研究(B)
課題名:成熟化した人工心筋細胞組織を対象としたスマート薬効評価システム(23K26077)
代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学理工学術院)

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