全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。 久しぶりの更新となります。
ということで、昨年11月に101歳という超高齢で亡くなった中曽根康弘元首相の葬儀が行われるという?何で今頃?
しかも、総額で約2億円。
SNSでは、この費用の出所が、コロナ対策に当てるという名目で国会承認させた予備費から支出するという件で相当な批判を浴びている。
今日は、ワタシ的に、「中曽根元首相は、日本の資産を半減させた国賊である」論を書いておく。このネタは、授業でも何回となく扱っているもので、事件としても35年がたっている。でも、決して葬り去れるようなちっぽけな問題ではなく、現代の政治経済を大きく変えた大事件なのだ。
中曽根元首相というと、「日本を不沈空母とする」などの右翼的発言に見られるとおりレーガン大統領との蜜月な関係を築き、1985年には三公社民営化を果たすなど、当時世界的に流行した新自由主義(アダムスミスなどを古典派自由主義とする)を日米欧で推進した人物だと考えられてる。
しかし、1985年、中曽根首相・竹下大蔵大臣(現財務大臣)の元で行われたプラザ合意なる、日本資産売り渡し合意を許すわけにはいかない。
そして、このプラザ合意は、日本の学生達を経済音痴に陥れる大きな「掟破りの経済政策」でもあった。
プラザ合意とは、https://volunteer-platform.org/words/politics-economy-treaties/plaza-accord/
<上のリンク先より引用> 太字赤文字はTommyセンセ
プラザ合意とは、1985年9月22日にアメリカ・ニューヨークのプラザホテルで行われた、G5(日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスによる先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)によって、過度なドル高の是正を目的に行われる、①外国為替市場での協調介入、協調行動への合意です。1981年にアメリカの大統領に就任したロナルド・レーガンは、高インフレ抑制を実現させることを目的にして、②軍事費や社会保障などへの予算拡大によって、政府支出を大幅に増加させたり、減税を大規模に実施するなどの政策によって、結果的にインフレの収束を目指すレーガノミクスを実施していました。それによって③金利は上がり、世界中の資金がアメリカに集中的に流入し、ドル高が進行しました。それらを要因にインフレは改善したものの、インフレが収束して景気が改善していくとともに、結果的に金融緩和が進行し、貿易赤字は増大してしまいました。それによって膨大な貿易の赤字を抱えることになりました。さらにアメリカは貿易赤字と同時に、戦後の積極的な財政運営や、ベトナム戦争などの軍事費によって財政赤字も抱えていて、いわゆる「双子の赤字」に苦しむことになりました。
そのことによって世界経済が悪影響を被ることを懸念して、G5はプラザ合意取り決め、それに従って、通貨を各国一律で10%から12%の幅で切り上げることを目指して、③協調介入を実施しました。プラザ合意は実質的に、日本や西ドイツに対して貿易赤字を抱えていたアメリカへの対応策であり、プラザ合意が発表されると、円は1ドル240円から1年が経つ頃には150円台までに達しました。1987年2月にG5にカナダとイタリアを加えたG7が開催され、行き過ぎたドル安の是正を目指して、パリでルーブル合意を取り決めました。合意によって一定の効果はあったものの、それらは各国の協調の不安定さから、プラザ合意から続いたドル安を止められず、ドル安傾向は継続することになります。④日本はこの急激な円高進行によって輸出が鈍り、景気は減退することになりました。日本政府はそれらの対応策として、内需経済の拡大による経済成長促進を目指して、国内需要の充実、公共投資の拡大などの積極的な財政をとることになります。さらに⑤日本銀行は公定歩合の引き下げを行い、金融緩和を実施しました。これらの影響で株式市場や不動産市場に資金が動き、これらがいわゆるバブル景気へと繋がります。
<引用終わり>
1)プラザ合意は、「市場における需要供給の価格メカニズムを、各国政府が勝手にいじくった前代未聞の魔の手である」
経済学では、変動相場制を、需要と供給の関係で決まると教えている。(赤字部分①)しかしながら、この経済メカニズムを、資本主義の先導を走るはずの先進5カ国が、意図的に介入して狂わせたのだ。
2)アメリカ経済をみんなで助けた。!!!!!!
赤字②のように、アメリカ政府は財政拡大による赤字に悩んでいた。(のにも関わらず、大型の減税などをしやがった)・・・これは自業自得である。しかし、この財政赤字は、各国がアメリカ国債を買うことによって支えてきた。つまり、アメリカの赤字国債を、日本が一生懸命買って穴埋めをしてあげたのさ。だから、(アメリカ国債を買うために)どんどん円をドルに換えるドル買いが進んでいた。
3)ここで突然
円高・ドル安に向けて介入したのだから、アメリカでのドル資産は、半減した。③
もし、アメリカの銀行口座(結果的にアメリカ国債になる)に、100万ドルの預金があったとしよう。1ドル240円の時は、2億4000万円の価値があった。ところが、1ドル150円に高騰したらどうなるか? 100万ドルが1億5000万円にしかならない。 日本がせっせとアメリカに投資した日本資産が半額になるのだよ。
4)しかも、日本の輸出産業は、円高で大打撃を被った。
④で示したとおり、急激な円高で、輸出する日本製品の価格は、倍額になった。・・・売れるはずないだろう!!!!!
5)政府&日銀は、円高不況に対して素早く、公定歩合の引き下げ等の対策を打ったが、結果的に、バブルを引き起こした。
さあ、ここも考えどころである。一気に円高になって、輸出品の価格が高騰して“円高不況”に陥った(わざと、日本政府がそうさせたのであるけれど)。ところが、円高によって逆に輸入品の価格が下落して、日本人の購買力は相対的に高まり、円高になっても輸出品はそれほど影響をうけなかったのである(さすが、1980年代の日本製品)。だから、かえって景気がよくなったのだ。
6)最後の大失敗。
円高不況を克服して、バブル経済が発生していた頃、日本は景気がいいのにもかかわらず、低金利政策を続けていた。これも、ブラックマンデー以後のアメリカ経済を、支えるために、金利を絶対にアメリカの金利よりも低く設定していたからである。だから、バブルになったのだ。
ということで、日本の経済が、バブル→バブル放置→バブル潰し→30年間の冬期低迷と狂ってしまった原因は、中曽根康弘&竹下登が政権を担当していた1980年代後半にある。日本が家アメリカの経済的属国になったのも、(さまざま政策で)アメリカに隷従する国になったのも、あうべて、中曽根康弘時代がきっかけなのだ。
それ以前の日本の指導者は、(少しは)アメリカ政府に対し、面従腹背を貫いていた。
めんじゅう-ふくはい【面従腹背】
うわべだけ上の者に従うふりをしているが、内心では従わないこと。▽「面従」は人の面前でだけ従うこと。「腹」は心の中のこと。「背」は背くこと。
ところが、中曽根康弘以後、自民党の指導者は、すべての政策がアメリカに対して隷属的なものしか行わず、どんどん反知性的(いわれるがまま、なすがまま)に傾いていった。
その反知性の結晶ともいうべき安部晋三政権(と、継承した管政権)が、中曽根元首相の、政府自民合同葬を盛大にやる理由があるのだ。
ワタシは、現代の高校生でも、この1985年のプラザ合意をしっかり理解することで経済への理解は60%くらい深まると思って教えている。