異なる手段で同じような目的に達する
2021年3月17日 06:11
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、例の“鬼より怖い”サンデー毎日に結果が掲載されたので、もう逃げも隠れもできない。某S水東高校の大学入試結果がバレていく。
ここの編集部がうるさくて結果を送らないとすぐに督促の電話がかかってくる。本当に鬼より怖いサンデー毎日&大学通信社なのだ。
このサンデー毎日最新号は、東大・京大以外は正確ではない。東北&名古屋などは、次回のお楽しみである。
さて、我がS水東高校であるが、東大が3名(現役2、浪人1)京大が4名(現役3、浪人1)の合格者をだした。公立高校の性(さが)として、大学合格実績は学区の問題に左右される。母集団が、人口23万人の清水区を基本としている高校ではまずまずの実績だと思う。
ちなみに、前任校の某F高校は、富士市・富士宮市を母集団としていて人口は合計37万人だ。浜松北高という学校が県下で一番の進学校だというけれど、現在の浜松市は人口80万人である。浜松北高校が凄いのではなく、それだけ選び抜かれた生徒が集まっているからである。
過去2年間、進路部長として生徒の大学進学に携わってきた。その前は教務主任だったが3年部に在籍しており、3年部に籍を置いたのが合計5年間続いている。ずっと大学進学に首を突っ込んでいると、だんだんと信念が生まれてくる。
そして、かれこれ9年間も「倫理」を教えてきたので、世界の哲学者のことも詳しくなった。自他共に認める「一番倫理感のない人間が倫理を教えている」ことをやってきた。
その中に、モンテーニュという結構な思想家がいる。
こういう顔の人で、
画像のように、 『エセー』(『随想録』ともいう。)という名言集を20年かけて書き上げた。一番有名な言葉が、 クセジュ( Que sais-je? ).
「我、何をか知る」すなわち「わたしは何を知っているだろうか? である。一般的には名言というが、かっこよく言うと、箴言(しんげん)と表す。
モンテーニュの箴言は、よく知られており、
・①いつかできることは、すべて今日でもできる。
・②この世には、勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある。
・③結婚は鳥カゴのようなものだ。 カゴの外の鳥は餌箱をついばみたくて中へ入りたがり、 カゴの中の鳥は空を飛びたくて外へ出たがる。
これらが、モンテーニュの言葉だ。①はよく先生が使う言葉で、③は大人の真実だ。
この箴言集『エセー』の第一章の表題が、
「様々な方法で、人は同じ結果に到達する」
である。要するに、どんな手段をとっても結果は同じ、高校生活に限って言えば、「どこの高校を選んでも、人は同じ大学に進学する」ということになる。
人間って、平等な権利はあるけれども、平等な能力を持って生まれていない。頭のいいやつには、どんなことをしても頭では勝てない。もちろん、足の速い奴に足の遅い奴が一生勝てないことと全く同じことである。
しかし、同じような頭脳の持ち主であれば、同じ大学に合格するはずである。たとえ、違う高校に進んでも、同じ結果になるはずであるべきなのだ。
静岡県下には、実に多くの進学有名校が存在する。それは、静岡県が東西に長いことや、昔は学区制が厳しく地元愛が強いで土壌あることなどがその理由だ。その中で、過去の某S水東高校は、理数科といういわゆる全県を学区とする学科(しかも県下で3校のみ)があり、そこで県下のとびきりの頭脳をかき集めていた時代があった。今は、その理数科(その他多くの特進コース)がいろいろな高校に設置されているので、そのアドバンテージはかなり消滅した。
でも、理屈は変わらない。
同じような頭脳の持ち主であれば、同じ大学に合格するはずである。たとえ、違う高校に進んでも、同じ結果になるはずであるべきだ。
ただし、この信念(理屈)は、検証できないのである。その若者に関しては、高校選びは一度きりなのだから。
だからこそ、進学実績というのは恐ろしい。本当に恐ろしい。進学校で進路に関わる人間が、一番恐れるのは、「同じような頭脳の持ち主が大学選びや大学合格で差をつけられる」ことなのである。
今年の初回「大学入学共通テスト」は、案外と素直な問題が多く、しかも、それなりに(正しい方法かどうかはともかく)ひねってあったので、結果的に、「頭の善し悪しが露骨に点数に響く」ようなテストとなった。
従って、理屈で言うならば、「800点以上とった生徒は、どこの学校でも東大京大などの超一流の難易度大学に入るはず」であり、「700点くらいとった生徒は、数学さえ出来れば旧帝国大学に入れるはず」であり、「600点以上とった生徒は、国公立大学に進学できるはず」なのだ。
それが、もし隣のS岡高校に進学していたらどうだったのか? 某S水東高校ならばどうなのか? こうやって、たった一度の人生しかない生徒達の運命を決めていることになる。
この頃は、大学進学にも「地域格差」の圧力がどんどん高まってきて、
同じような頭脳の持ち主なのに、首都圏の裕福な家庭に生まれた人間と、地方の普通の家庭に生まれた人間とでは、進学する大学が違ってしまう。ことになってしまっている可能性が高い。
これは、人間性や幸福度などのことではなく、「大学進学用脳みそ」だけのことに限定すると、こういう結果になっていると思われる。
でもでもでも、絶対にこんな格差があってはならない。
「様々な方法で、人は同じ結果に到達する」
となるべきなのだ。
ねっ、大学進学に立ち向かうこと、って恐ろしいでしょ。(高校での)生徒と先生の関係って、決して師弟関係ではないのです。(目に見えない結果と戦う)戦友なのです。
読者の皆様、分かってください。
・・・・・PS、ということで、昨日は2年生の希望者に集まってもらって某Yゼミナールの有名英語講師による英語力向上特別講座を開催した。Yゼミの本部校では、ワタシのブログがこそこそ読まれているらしい。今回はどうだったでしょうか?