ノーマルビュー

Received — 2021年3月20日 tommy先生の「世相を斬る」

転勤します。

著者: tommyjhon
2021年3月20日 05:59
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、3/20(土) 庵原球場にいます。

さてと、
昨日の新聞発表で、いよいよ転勤になっていることが公表されました。

拡大したスクショ
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8年間在籍した清水東高校を離れ、伊豆長岡温泉の隣に位置する伊豆中央高校に転勤となりました。
これで、ワタシの教員キャリアは、
下田南定時制(3年)→沼津商業(3年)→長泉高校(8年、29歳から37歳)→富士高校(12年、37歳から49歳)→清水東高校(8年、50歳から57歳)→伊豆中央(残り3年)
となります。これでお判りかと思いますが、伊豆中央高校は決して辺境の地ではなく、昔勤務した思い出の三島田方地区の高校です。
伊豆中央高校は、源頼朝が流罪になった地にはありますが、決して「やらかしての島流し」ではありません。望んだ地への積極的転身です。


静岡県の高校転勤システム複雑怪奇で、公表されている部分と裏の部分がありますので、ここでは詳しく説明できませんが、ワタシは現在57歳で、正規教員としては残り3年となり、転勤するには最後の年齢です。(残り2年とあると転勤出来ません)
また、ちょっぴりと清水東の功労者であると自負しているので、いわば、「フリーエージェント」を行使できる立場でもあったのです。そして、この機会を活かし積極的に転勤を選びました。
もちろん、希望が100%叶うわけではありませんので、行き先は、ほんのつい最近までは知りませんでした。


転勤希望を宣言するにあたっては、消極的な理由と積極的な理由があります。もっと正確に言葉を使えば、ネガティヴな理由とポジティブな理由です。
まずは、ネガティブな理由から記します。


 ワタシは、母校富士高を49歳の時に潮時をと感じて離れ、教員経験上初めて富士川を超えて静岡県中部地区の進学校である、名門清水東高校に赴任しました。1年目は、仕事も少ないでくの坊を積極的に演じていたのでこのままお気楽生活を送ろうと考えていたのですが、1年後に学年主任を命じられ、何も分からないままその学年を率いることになりました。学年主任は前任校で経験していたのである程度の見込みはたったものの、同じ静岡県の進学校といえども、学校というのは、制度や生徒、伝統、職員などなどの要素で雰囲気はガラリと変わります。何とかして人並みの主任を全うしましたが相当なエネルギーを費やした感じがしました。
 学年主任を終えてホットしていると、今度は、教務主任を命じられてしまいました。教務主任という職は、管理職を除いた中間管理職の中においては、学校を統括するとても重要で繊細な作業は必要なポジションです。少なくても「細かな仕事」に関しては到底向いていない。しかも、当時の清水東高校は学校システムにかなりの問題を抱えていたので、その解決にかなりの頭脳を使いました。しかも、世界はどんどんIT化が進み、そのあたりのスキルの全くないワタシは、多くの人に迷惑をかけていたと思います。
 そんな2年間を過ごしていると、今度は進路指導主任(我が校では、進路部長といいます)をやらざるをえない状況が生まれてしまいました。実のところ、最後の学年主任の年からずっと3年部に所属していたため、毎年の進路指導にはそれなりに携わっていたので、その理由から白羽の矢がたったと思われます。
 そしてこの2年間、進路室の片付けからはじまり、多くの時間と労力を清水東の進路指導のために費やしてきました。1年目は、進路部長1年目だからとは思いますが、周囲のサポートが手厚くそれほど苦しくはなかったのですが、このコロナ禍に大揺れした令和2年度は、様々な対応に追われ、その中で、どんどん孤立感が深まり、精神的にどんどん追い込まれて行きました。先生方が悪いのではなく、自分から精神的な落ち込みの泥沼にはまっていったような感じがしました。
 過去に受け持った生徒の中で、「クラスの友達の言葉が、全部、悪口に聞こえる」と漏らし、登校障害に陥ってしまった生徒がいました(無事卒業しています)。時折、その感情を少なからず味わったように思えます。
別に対峙している生徒に原因があるわけでもなく、自分の精神的な疲労が重なっただけだとは思いますが、特に秋頃から2月にかけては、精神的な不健康が続きました。
これが、転勤希望のネガティブな理由です。


 みなさんもうお気づきだと思いますが、「もう疲れた」という言葉で集約させてください。
何に疲れたのか? 一番の理由はオーバフローです。今まで清水東高校で行ってきた仕事は、すべてワタシの小さな頭脳に収まりきれるものではなく、どれもこれも、身の丈以上の重要さでした。だんだん、自分の中で処理しきれない多くの困難に対処しなければなりませんでした。ただし、この困難さは、他の誰かならば普通に処理できる程度のものです。ワタシだから苦しんだのだと思います。


 不思議です、この困難が、もし、「県教委由来」の仕事ならば、むしろ逆にパワーがみなぎりどんなに大変でも力ずくで立ち向かったりできるに、教員の立ち去った進路室のドアの音だけで手や足が震えはじめるのです。


 もちろん、精神的な苦痛を沈めることが出来るプロセスは勉強しています。メンタルトレーニングの世界では、“クリアリングプロセス”といいます。本能的に、そして、後発的な学習によって培われたクリアリングプロセスによってなんとか基本的な精神状態は保つことができました。
その大きな手段が、SNSやブログなのだろうと思います。毎日、朝の4:00から6:00まで、パソコンの画面を見ながら、時折キーボードを打っている時だけは平常心でいられました。
今年、“定年したら長野の別荘に住む”などと騒いでいたのですが、よくよく考えれば、別荘を買いそこに住みたいのではなく、ネットサイトで、別荘の見取り図と周辺データを見ながらあれこれ妄想している時間が好きなだけかもしれません。
なので、現状は普通に元気です。


もちろん、これから意気揚々と我が清水東高校野球部の春季大会1回戦にでかけます。清水東高校になって、運動音痴のワタシが、たった一握り者しかできない、スタジアムのベンチに座ってチームを応援できるなんて、そうすべて清水東高校のお陰です。
さあ、頑張るぞ!(やるのは生徒なのに・・・・・) 








































Received — 2021年3月18日 tommy先生の「世相を斬る」

B社のスタディーサポートを行う

著者: tommyjhon
2021年3月18日 06:28
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


 ということで、明日が終業式・・・・・3学期は1,2年生だけなので、とうとう、集会の形式をいつものあの場所で行うことになりそうだ。
本日は、某教育巨大コングロマリットBネッセ社が提供する、スタディサポートという名の試験。(1.2年)
 つい数年前までは、このような教育産業が提供する商品を、堂々と平日にしかも学校行事として行ってはならない!!! という指導があった。
もちろん今でも、我が静岡県では、B社の模試などは授業日以外で行っている。(B社、K塾、S台、Yゼミなどすべて)
どこかの都府県では、B社の模試を平日の授業日にやっているところがあるようだ。
例えば、某K奈川県立H陽高校(名門)のHPから拾った、PDFのスクショ
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ほらね、学校の第1回実力テストと銘打ちながら、堂々とB社と書いてある。実力テストなんだから、平日に実施しているに違いない。


しかしながら、我が校がB社のスタディサポートを平日の今日に行うのは、文科省から奨励されていることなのである。B社模試を実力テストと称して、平日にやることが、文科省のお墨付きをもらっているかどうかは、定かではない。
では、文科省が、いわゆる高大接続改革、高校の教育改革で、大きく宣伝されたパンフレットがこれ、
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この“学びの基礎診断”測定ツールとして、B社の提供するテストが認められたのだ。
とにかく、学校教育行政が、説明配布資料として作り出すパンフレットは、小綺麗にまとまっているので、欺されやすい。
そして、つい最近の学びの基礎学力診断に関する有識者会議で実施資料が公開された。

そのスクショ
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要するに、Bネッセ社の完全勝利!!!、 完全一人勝ち。 結果的に、文科省はBネッセ社の提供商品に堂々と「文科省御用達」の御朱印を押しただけだったのだ。しかも、この「学びの基礎診断テスト」は、学校で絶対やらねばならない類のものである。
まあ、スタディサポートに関しては、我が校も実施しているので何とも言えないが、この表の通り、他に適当なものがないので、仕方がないのだ。また、B社は日本全国の高校生(卒業生をすべて含む)の膨大な情報量を蓄えているので、現場としては、“一番適当なもの”でもある。
ちなみに、別にワタシ個人としては、Bネッセ社と仲が悪いわけではなく、お互いにWINWINの関係ではある。


しかしまあ、この『学びの基礎診断ツール』の認定とか、例の英語4技能検定における『GTEC』の一人勝傾向とか、福武書店からスタートしたBネッセ社は教育行政まで取り仕切る巨大商社にまで登り詰めたのだ。
老衰している日本社会は、今後、老後の学習(頭を使わないとボケるなんて脅されて)などが推進され、おそらく、Bネッセ社は“しまじろうから墓場まで”というキャッチコピーのもと、日本の教育を取り仕切る巨大コングロマリットとなるだろう。


さあ、本日のオチ
新聞各社で報道されているが、文科省の最大の諮問機関である「中央教育審議会」の新メンバーが新聞発表された。
例えば、

さて、 今日のブログの途中で、「校内実力テスト(ベネッセ)」と堂々と平日にB社のテストを行っているに違いない学校のスクリーンショットを挿入してあるが、
その高校とは、新たに中教審の新委員となった人物が、校長を務めている高校のことである。


・・・・・今日はヤバイ記事かも?














Received — 2021年3月17日 tommy先生の「世相を斬る」

異なる手段で同じような目的に達する

著者: tommyjhon
2021年3月17日 06:11
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、例の“鬼より怖い”サンデー毎日に結果が掲載されたので、もう逃げも隠れもできない。某S水東高校の大学入試結果がバレていく。
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この情報は、私たちが必死になって合格日からリサーチして、やっとこさ送ることのできる大学通信社へのFAXからなりたっている。

ここの編集部がうるさくて結果を送らないとすぐに督促の電話がかかってくる。本当に鬼より怖いサンデー毎日&大学通信社なのだ。
このサンデー毎日最新号は、東大・京大以外は正確ではない。東北&名古屋などは、次回のお楽しみである。
 さて、我がS水東高校であるが、東大が3名(現役2、浪人1)京大が4名(現役3、浪人1)の合格者をだした。公立高校の性(さが)として、大学合格実績は学区の問題に左右される。母集団が、人口23万人の清水区を基本としている高校ではまずまずの実績だと思う。
 ちなみに、前任校の某F高校は、富士市・富士宮市を母集団としていて人口は合計37万人だ。浜松北高という学校が県下で一番の進学校だというけれど、現在の浜松市は人口80万人である。浜松北高校が凄いのではなく、それだけ選び抜かれた生徒が集まっているからである。

 過去2年間、進路部長として生徒の大学進学に携わってきた。その前は教務主任だったが3年部に在籍しており、3年部に籍を置いたのが合計5年間続いている。ずっと大学進学に首を突っ込んでいると、だんだんと信念が生まれてくる。
 そして、かれこれ9年間も「倫理」を教えてきたので、世界の哲学者のことも詳しくなった。自他共に認める「一番倫理感のない人間が倫理を教えている」ことをやってきた。
その中に、モンテーニュという結構な思想家がいる。
こういう顔の人で、
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画像のように、 『エセー』(『随想録』ともいう。)という名言集を20年かけて書き上げた。一番有名な言葉が、 クセジュ( Que sais-je? ).
「我、何をか知る」すなわち「わたしは何を知っているだろうか? である。一般的には名言というが、かっこよく言うと、箴言(しんげん)と表す。
モンテーニュの箴言は、よく知られており、
・①いつかできることは、すべて今日でもできる。
・②この世には、勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある。
・③結婚は鳥カゴのようなものだ。 カゴの外の鳥は餌箱をついばみたくて中へ入りたがり、 カゴの中の鳥は空を飛びたくて外へ出たがる。

これらが、モンテーニュの言葉だ。①はよく先生が使う言葉で、③は大人の真実だ。
この箴言集『エセー』の第一章の表題が、
「様々な方法で、人は同じ結果に到達する」



 である。要するに、どんな手段をとっても結果は同じ、高校生活に限って言えば、「どこの高校を選んでも、人は同じ大学に進学する」ということになる。
人間って、平等な権利はあるけれども、平等な能力を持って生まれていない。頭のいいやつには、どんなことをしても頭では勝てない。もちろん、足の速い奴に足の遅い奴が一生勝てないことと全く同じことである。
しかし、同じような頭脳の持ち主であれば、同じ大学に合格するはずである。たとえ、違う高校に進んでも、同じ結果になるはずであるべきなのだ。
 静岡県下には、実に多くの進学有名校が存在する。それは、静岡県が東西に長いことや、昔は学区制が厳しく地元愛が強いで土壌あることなどがその理由だ。その中で、過去の某S水東高校は、理数科といういわゆる全県を学区とする学科(しかも県下で3校のみ)があり、そこで県下のとびきりの頭脳をかき集めていた時代があった。今は、その理数科(その他多くの特進コース)がいろいろな高校に設置されているので、そのアドバンテージはかなり消滅した。


 でも、理屈は変わらない。
同じような頭脳の持ち主であれば、同じ大学に合格するはずである。たとえ、違う高校に進んでも、同じ結果になるはずであるべきだ。

 ただし、この信念(理屈)は、検証できないのである。その若者に関しては、高校選びは一度きりなのだから。
だからこそ、進学実績というのは恐ろしい。本当に恐ろしい。進学校で進路に関わる人間が、一番恐れるのは、「同じような頭脳の持ち主が大学選びや大学合格で差をつけられる」ことなのである。
 今年の初回「大学入学共通テスト」は、案外と素直な問題が多く、しかも、それなりに(正しい方法かどうかはともかく)ひねってあったので、結果的に、「頭の善し悪しが露骨に点数に響く」ようなテストとなった。
従って、理屈で言うならば、「800点以上とった生徒は、どこの学校でも東大京大などの超一流の難易度大学に入るはず」であり、「700点くらいとった生徒は、数学さえ出来れば旧帝国大学に入れるはず」であり、「600点以上とった生徒は、国公立大学に進学できるはず」なのだ。


それが、もし隣のS岡高校に進学していたらどうだったのか? 某S水東高校ならばどうなのか? こうやって、たった一度の人生しかない生徒達の運命を決めていることになる。
この頃は、大学進学にも「地域格差」の圧力がどんどん高まってきて、
同じような頭脳の持ち主なのに、首都圏の裕福な家庭に生まれた人間と、地方の普通の家庭に生まれた人間とでは、進学する大学が違ってしまう。ことになってしまっている可能性が高い。
これは、人間性や幸福度などのことではなく、「大学進学用脳みそ」だけのことに限定すると、こういう結果になっていると思われる。


でもでもでも、絶対にこんな格差があってはならない。
「様々な方法で、人は同じ結果に到達する」

となるべきなのだ。


ねっ、大学進学に立ち向かうこと、って恐ろしいでしょ。(高校での)生徒と先生の関係って、決して師弟関係ではないのです。(目に見えない結果と戦う)戦友なのです。
読者の皆様、分かってください。


・・・・・PS、ということで、昨日は2年生の希望者に集まってもらって某Yゼミナールの有名英語講師による英語力向上特別講座を開催した。Yゼミの本部校では、ワタシのブログがこそこそ読まれているらしい。今回はどうだったでしょうか?



















Received — 2021年3月16日 tommy先生の「世相を斬る」

「新聞を読みましょう」と高校生に呼びかける疑問

著者: tommyjhon
2021年3月16日 06:02
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、Twitterから拾った記事。

私たちが、高校生の時代、先生方からことあるごとに「新聞を読め」と言われ続けてきた。特に、“天声人語”のようなものを読め、とまでいわれた。
社説は毎日読みなさいと言い切った先生もいた。


うううううーーーーーーん、どうなんでしょ、今時の先生方は新聞を読めと薦めるのでしょうか? 自分は新聞を読んでいるのでしょうか?
今の職員室を観察していても、誰も新聞なんて読んでいません。今や新聞を読む姿は、仕事をやらない人間の象徴とまでなっておりますな。


「新聞を読め」と生徒に教えていた時の意味って何だったのでしょう? 時事問題を知ること? 文章作法? もう今やどちらもスマホで簡単にできる。
文章の作法など、こうやって教えればよい。
Twitterで、内田樹先生をフォローする
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内田樹先生のサイトを「お気に入り」にしておく。

時々、チェックして更新された時点で拝読する。
内田先生の書籍をアマゾンでチェックする。



ここで、高校生はひとひねり。
自分のスマホからアマゾンにアクセスしたところで、クレジット登録していないので簡単に買うことができない。だから、家にあるお父さんやお母さんのパソコンからアマゾンにアクセスして注文すればいい。(親は、子供に書籍の購入を迫られたら、断れない)


ワタシは、この頃、堂々と
「Twitterを使え」と言うようになった。
偽名で裏アカウントつくって、面白そうなものをどんどんフォローすればいい。


偽善者ぶって「新聞を読みなさい」などをいう大人よりも、遙かに必要な情報が詰まっていると思う。
たしかに、SNSを悪用する奴は後を絶たないが、だからと言ってSNSが諸悪の根源ではない。悪い奴は悪く、いい奴はいい奴なんだ、SNSがあろうとなかろうと。


みなさん、ワタシのtwiiterもフォローしてください。「リツイート」で繋がりましょう。真実の世界に・・・・・
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Received — 2021年3月15日 tommy先生の「世相を斬る」

3月最終週(勉強を効率よくする方法)

著者: tommyjhon
2021年3月15日 06:03
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


 ということで、3/19(金)の終業式を控え、なんとなく、何かやってる最終週。本日は、ほぼ1年半ぶりに決行する、生徒会主催(要するに生徒が勝手にやっている)の球技大会。
・・・どちらかというと、球戯大会の方がイメージに近い。
こういう行事が学校になくて、1年間、ホントにつまらなかった。
 明日は、2年生のために、外部講師を招聘したイベントがあるので、ワタシも少しは仕事が出来る。


まあ、こういうだらだらした日は、さっさと終えて部活動に励む人もいれば、さっさと春休みの課題にいそしむ奴もいる。どっちでもいいよ。
しかし、部活動に励む奴もとにかく春休みの課題だけはしっかりこなして欲しい。苦しんで課題をやるのではなく、まるで歯磨きをするがごとく、今風の言葉でいえば、ルーティーンのように課題(宿題)を続けるのが重要である。


ワタシは一応進路部長なので、大学進学に関してとやかく言わせてもらうと、
「受験勉強は、大変だ。頑張らなくてはいけない」とみんな思うのだが、どうしても差がついてしまう。人間は、頭の構造に関しては不平等だ。頭が悪い奴は頭が悪いし、頭のいい奴は、今のレベルにおいてはあたまがいい。


ただし、学校(組織)の仕組みとして、構造的に自然と頭がよくなってしまう仕組みを持っているか否かで、君たちの“考える力(理解力)”は大きく違ってくる。
学校の宿題や課題、週のテスト、などなど、これらのタスクは、別に生徒達をいじめるために存在するのではなく、生徒にとっては1年生から3年生までひたすら続けることによって、「自然と土台の基礎力が身についてしまもの」なのだ。つまり、進学校という組織は、知らない間に受験に耐えうる頭脳が身についている構造を、学校単位で提供する場である。
これは、地域や学校の校風ごとに違いがあり、東京の一流進学校が、某S水東高校同じ「自動的基礎力向上装置」を構造として持っているわけではない。おそらく、首都圏の一流進学校は、地域・塾・予備校・家庭の4機構が複雑に絡み合って「自動的基礎力向上装置」となって機能している。だから、彼ら首都圏一流進学校の進学実績が、すべて高校に帰結するわけでもない。
我が某S水東高校では、相当程度に学校が主体となって、この「自動的基礎力向上装置」を作り上げている。その一部が、課題であり、宿題であり、週テストである。
ワタシの専門科目である、「公民」は1年生の時に一生懸命勉強しても、それほど効果があがらない。全然、「自動的基礎力向上装置」に関与していないので、1年生で宿題も課題も一切出さない。受験を控えた高校3年生でも一切ださない。「自動的合格点ゲット装置」としての「公民」は11月以降にフル回転することが一番効果的なので、そのようにしている。


 もしかすると、某S水東高校(清水東高校だよ、ホントは)に進学が決まった諸君の中には、暇つぶしに、「清水東高校」と検索していて、ヒットしているかもしれない。
そのような(奇特な、奇っ怪な?)新入生には是非とも理解して頂きたい。


高校の「宿題・課題・テスト」ってのは、“自動的基礎力構造装置”と理解して欲しい。
だから、ここは、一生懸命やってはいけない所なのだ、普通に、歯磨きをするがごときに日常生活の一部分として当たり前のように続けることが大事なのだ。


高校3年間で、一生懸命やるべき所は、その上に位置する構造の部分であって、
それが、「もっと勉強してみる」とか、「読書は続ける」とか、「部活は命がけでやる」とか、なのよ。高校生は、「自動的学力構造装置」の部分、つまり機械的なことを一生懸命やってはいけないのだ。
勉強時間と成績が一致しないのは、以上の理由があるからで、1年生や2年生の時など、宿題・課題・週テの勉強などは、
「ぢれだけ一生懸命やるか?」ではなく、「どれだけ、短時間に終わらせるか?」の問題なのよ。














Received — 2021年3月12日 tommy先生の「世相を斬る」

2011.3.11(ワタシは原発をこう教えている)

著者: tommyjhon
2021年3月12日 06:15
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、今日は3.12(金)。静岡県下の公立高校では合格発表が行われます。


さて、2011.3.11から10年の節目、今年は特に大震災の追悼番組(特集)が多くのメディアで扱われた。しかし、あの大震災で世界を恐怖のどん底に陥れた原発事故に関しては、やはりどこでも腰の引けた報道だったように思う。
この10年間、原発事故に関してワタシがどのように授業で扱ってきたかを披露する。
原子力発電に関して、YESかNOかで問われれば、基本的には反対であって、核兵器に関しても反対の立場をとる。ただし、高校生相手に、「賛成?反対?」などという原理主義的な話し合いを行わせても、何ら得るものはない。とも思う。
この10年間、ワタシは次のようなテーマで原子力発電と福島原発の事故のことを教えてきた。


①原発事故とPL法
 PL法とは、いわゆる製造物責任法のことで、製品による事故があった時には、無過失責任がメーカーにともなうことを定めた法律である。もちろん、「政治経済」「現代社会」という高校で扱う教科にも必修ワードとして記載されている。
ところが、こと原子力発電所には、この製造者責任が該当しない。それこそ、「原子力損害賠償に関する法律」で明記されているのだ。
http://www.magazine9.jp/kaeru/130306/
したがって、2011からの福島原発事故に対する対応は、製造業者ではなく、この原発を運営稼働させてきた東京電力のみの責任が問われてきた。本来ならば、こんな危ない装置を危険を承知していながら販売してきたメーカーの責任を追及してもよいはずだ。しかし、もし原発を製造し販売するにあたって、この製造物責任を盛り込めば、絶対に原発なんか売れないだろう。
当時、世界一の原発メーカーとして日本に売りつけていたのはGE(ジェネラルエレクトリック社)である。・・・結局、アメリカの会社が儲けただけなの。
ちなみに、日本の原発メーカーも世界で原発ビジネスを展開しているが、もし、この製造物責任を盛り込んで契約したとなると、それだけで一気にその会社は吹っ飛ぶぞ。
このことを教えてくれたのは、この本である。
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②沸騰水型原子炉と加圧水型原子炉
 原子力発電所といっても、すべてが同じ型式でできているのではない。原子力発電の形式は大きく2つある。よく考えれば、地上に露出している原子力発電所が危険であるのと同様に、世界の海中を黙って航行している原子力潜水艦も危険きわまりない乗り物である。しかし、原子力潜水艦を全廃仕様とする動きはない。何が違うのか?
http://www.oshietegensan.com/atomic/atomic_j/2178/
それは、沸騰水型原発と加圧水型原発の違いである。いろいろなサイトで検索して欲しいが、圧倒的に加圧水型の方が安全なのだ。原子力船はすべて加圧水型。
福島原発は、安全でない沸騰水型であった。
日本政府もそのあたりはわきまえているようで、福島原発以来、再稼働がされているのは、加圧水型原発である。
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とにかく、沸騰水型の原発は安全度が全く違うので、絶対に廃炉にするべきだ。静岡県にある浜岡原発は沸騰水型であって危険な方である、再稼働させてはいけない。


③福島原発事故は本当に危険だったのか?
この件に関しては、専門家を頼るしかない。私たちは福島原発に近寄ることができず、ましては中をのぞき込むことも出来ない。
では、誰を頼るのか? ワタシがここで下した結論は、東大や京大の原子力専門家ではなく、実際に、チェルノブイリや中国の核実験場まで出向いて、放射能汚染を測定してきた、現場第一主義の専門家が一番頼りになるということだ。その先生は高田純先生という。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4860034171/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i5
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実際に福島原発周辺をガイガーカウンターでこまめに計測した、放射線防護学の高田先生の主張に完全に同意する。福島は安全だ。


④この原発事故に関して。政府の責任はあるのか?
ある!!!!
日本の国会議員センセがたも、高級料理ばかり食べて人間だけではない。この原子力発電に関してしっかり勉強して、なんと2006年(事故から5年も前)にこのような事故が起きる可能性を指摘していた国会質疑があったのだ。









この映像の生(なま)答弁書
http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b165256.htm

<コピッペ>
一の3について 我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない。
一の4について スウェーデンのフォルスマルク発電所一号炉においては、平成十八年七月二十五日十三時十九分(現地時間)ころに、保守作業中の誤操作により発電機が送電線から切り離され、電力を供給できなくなった後、他の外部電源に切り替えられなかった上、バッテリーの保護装置が誤設定により作動したことから、当該保護装置に接続する四台の非常用ディーゼル発電機のうち二台が自動起動しなかったものと承知している。
一の5について 我が国において運転中の五十五の原子炉施設のうち、非常用ディーゼル発電機を二台有するものは三十三であるが、我が国の原子炉施設においては、外部電源に接続される回線、非常用ディーゼル発電機及び蓄電池がそれぞれ複数設けられている。
 また、我が国の原子炉施設は、フォルスマルク発電所一号炉とは異なる設計となっていることなどから、同発電所一号炉の事案と同様の事態が発生するとは考えられない。
一の6について 地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、原子炉の設置又は変更の許可の申請ごとに、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(平成二年八月三十日原子力安全委員会決定)等に基づき経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認しているものであり、御指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。
一の7について 経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。
一の8について 原子炉施設の安全を図る上で重要な設備については、法令に基づく審査、検査等を厳正に行っているところであり、こうした取組を通じ、今後とも原子力の安全確保に万全を期してまいりたい。
二の1について 経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。<コピッペ>
この時期に、すぐさま改善をしておけば、福島原発事故は未然に防ぐことはできたのだ。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-13/2013011301_04_1.html
日本人の多くが(反共思想に凝り固まっているので)、共産党を評価しないが、共産党の指摘は完全に正しかった。これを無視したのは、もちろん、バカの象徴、安部晋三である。


⑤ソフトパワー論
ソフトパワーとは、ソフト・パワー(英: soft power)とは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力のことである。 対義語はハード・パワー。
(ウィッキ)
のことである。原子力の平和利用(原発推進)に関して、ソフトパワー戦略の中心にいたのは、まさしく、あの、ゴジラである。
最初は、水爆大怪獣として出現した。=恐怖の象徴
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そして、他の怪獣から日本を守ることになった=正義の象徴
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しかし、モスラも犠牲者だった。原子力の悲劇!!!!
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ここで、モスラとゴジラは、宇宙の怪獣キングギドラを倒すのである=平和の使者・日本の救世主


これでまさしく、ゴジラによる、原子力平和利用の推進力となったのだ。


これで、福島原発事故の後に制作された、「シンゴジラ」の意味が分かるでしょ。


・・・・・・ワタシは、このように、授業を展開しております。
Received — 2021年3月10日 tommy先生の「世相を斬る」

2011.3.11から10年

著者: tommyjhon
2021年3月10日 06:08
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、どこのメディアでも、震災からの10年を特集している。
まさに、日本を変えた2011.3.11だった。


少し、思い出話を。


 我が家では、2011年にちょうど受験期を迎えていた。長男が大学受験、弟が高校受験である。次男の方は、それほど影響がなかったが、次男の友達の中には、静岡を離れて高校に行く奴が数人(いわゆる●●留学)いて、そこの合宿所が被害にあってかなり不便をしていたと聞いた。もっと、危なかったのは長男の方で、国公立大学後期試験を控えて某大学の下見をしていたまさにその大学構内で被災した。自分が揺れを感じる前に、大学のビル群から一気に人が溢れ出して、むしろその人間の形相に驚いたという。長男はなんと6時間かけて宿泊先のホテルに戻り、朝、4時間かけて、もう一度後期試験の大学に向かった。そして、正門に「後期試験は中止です。合否はセンター試験の成績のみで決定します」との張り紙。結果的に不合格になって長男殿は私立大学に進学していった。その長男殿も昨年結婚し、もうすぐパパになる(ワタシは正真正銘のジジィとしてデビューする)。それが10年という歳月なんだろう。


 ワタシは、当時某県立富士高校で1年の学年主任をしていた。某F高校では、2年生の7月になると、高原教室という某F高生にとっての最大のイベントがある。この高原教室というのが修学旅行であって、第一次登山ブームが起きていた今から60年前くらいにスタートした(苦行と感動が入り交じった)高校独自の行事である。なんと、山小屋にも宿泊するのだ。某F高生は(教員も)、奥日光の山々を登り、尾瀬を縦走して、心身ともに鍛えられるのだ。尾瀬の縦走が晴天に恵まれると、20㎞の行軍の後に一面のニッコウキスゲのお花畑が見られる天国体験になるし、雨天に見舞われると、稲妻が横切る豪雨の中で山小屋を目指す彷徨を味わえる。(教員としてどちらも経験した。氷のように冷たい雨の中を歩いた時には、生徒に内緒でワンカップ大関をお土産物屋で買って一気に飲み干したこともある)、転勤して今の高校に移った時には、ちょっとだけ「高原教室ロス」の気分になって、せっかく、修学旅行の行き先ががオーストラリア・シドニーだったのに、それほど感動しなかった。


 さて、その高原教室が出来そうにない。なにせ、私たちが行こうとしている、奥日光やトレッキングをしようとしている尾瀬の大湿原付近は、ご存じのように東京電力の管轄で、大災害にあった東京電力界隈は、避難者の一時的な宿泊場所として提供されていた。その地で高原教室を強行するわけにはいかない。
学校内では、アーバン(都会)派の“反高原教室”的態度を露骨に表す(特に生徒の安全にばりかり気を遣う管理職)先生も多く、どうしても高原教室を継承したいワタシにとっては、相当邪魔な存在だった。学年主任のワタシが、上手に対案をださなければ、あの時点で、高原教室は終了していただろう。
そこで、2011年3.11の直後に高原教室担当の旅行社を呼び、代替案の検討に入った。この仕事は、おおやけになると反対派(教員・生徒保護者など)に一気に潰されそうだったので、管理職にも黙ってたった一人で検討していった。
その時の条件は、①尾瀬や奥日光と同等な達成感と感動を得られること、②“京都奈良派”を納得させるような論理があること、③そして、つぎの年からは奥日光尾瀬ルートに戻そうという機運が生まれること。の3つである。
 そこで、某F高校のお隣の進学校である沼津東高校が長年実施している実績がある、志賀高原4泊5日のコースを選び、3月末の職員会議で提案した。(その時は、担当旅行社JTBのお陰で、宿泊先のホテルも登山ルートもすべて計画済みだった。)先生方も、「沼津東高校のルートだったら大丈夫だろう」ということで、それほどの反対も出なかった(内心、ドキドキ)。また、その登山行程を見たある先生は、「尾瀬よりも、ライトでマイルドな高原教室になりそうだね」とも言ってくれた。ワタシは、ことあるごとに、この「ライトでマイルドな高原教室」のキャッチコピーを使って、生徒や保護者の方々にコマーシャルしていた。


 ところが、ライトでマイルドと言うキャッチコピーとは裏腹に、本当はヘビーでハードな苦行ともいえるコースだったのである。志賀高原は、もちろんスキーの聖地であってワタシもウインターシーズンは何回も行っている。しかし、その時はすべてゴンドラとリフトで標高2000㍍まで運んでくれる。しかし7月の志賀高原は、自分の足で登らなければならない。スキーの聖地である理由の一つが、ゲレンデを整備するに適当な山々がいくつも連なっているからである。そこを縦走するとなると、日本有数のゲレンデのアップダウンを何回も繰り返すことになるのだ。
しかも、7月のクソ暑い時期に。


 4日間の行程は、A隊B隊で少しずれるが、
1日目、移動と志賀高原の湿原トレッキング。(ここで捻挫してその後をずっとホテル待機した、体育の有名な先生がいた)
2日目、横手山から草津白根山。ここは、尾瀬にも負けない感動ものの、コマクサ群生地だ。
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3日目 岩菅山、もしくは、志賀山&大沼
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志賀山&大沼がここ。
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そして、
「ライトでマイルドな尾瀬」の象徴として使わせてもらった写真。
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4日目、クラス別研修。(要するに一日みんなで遊びましょう、という日)
ワタシは、理数科1組に混ぜてもらって、長野のネイチャーコースを満喫した。
その1、千曲川ラフィティング。
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その2、斑尾高原ジップライン。
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5日目(この日が帰着の日)、つまり、例年では日光東照宮に行くのが、松本城に変わった。
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と、山登りはハードでヘビーだったものの、高校生の修学旅行先としては、120点満点の
「たった1年だけの、高原教室」
を完成させた。


ちなみに、たった1年だけで、特別で、特異な、場所と行程だったので、普通の修学旅行では考えられない、バカみたいな企画も実行した。
①夜も深まって就寝時間を迎えようとしていた頃に、ホテルの館内放送で生徒をたたき起こして、バス8台で、ゲンジボタルを見に行った。
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② 志賀高原の98会館(長野冬季五輪の表彰式施設)を貸し切っての大閉校式。(要するに、舞台での芸やダンスのらんちき騒ぎ)
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だって、夏の志賀高原に団体で宿泊すると、このホールがすべて無料で使わしてくれるのだ。
もちろん、高原教室では恒例のキャンプファイヤーもやりました。バトンの先に松明(たいまつ)をつけてグルグル回す芸もやりましたよ。
しかも、この大閉校式の終了は、25:00!!!!! なんと生徒教員みんなで、夜中の1時まで騒ぎ続けたのでした。
・・・・・この高原教室には、当時の教頭先生も同行していたのだけれども、10年間、黙ってくれてどうもありがとうございました。(もう時効だからいいでしょう)




ということで、2011.3.11、日本で被災して犠牲なった方々が2万人、その他、有史以来の大災害、日本を大きく変えた原発事故。
本来ならば、慰霊・追悼のブログを書くべきですが、


ワタシの教員人生、最大の思い出を、暴露話を含めて書いちゃいました。
この某F高の志賀高原世代は、その1年後、史上に残る進学実績をあげることになるのでした。
関係者の皆様、あれから10年を記念してブログに残すことで、深い感謝の意を申し上げます。
Received — 2021年3月9日 tommy先生の「世相を斬る」

生徒はお友達なのよ。

著者: tommyjhon
2021年3月9日 05:39
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、3/8(火) ただ今、学校では一瞬の普通授業。高校入試との関係から、秘密業務が重なりなかなか普通の授業がくめない状況が続く。来週は来週で、年末業務が忙しく生徒にはだらだらと行事をやらせながら終業式まで繋げていく。
まあ、高校生の3月というのは、かなり暇だ。3・4年前に「3月を遊ばせない」という標語をつくって、何とかこの暇な3月を有意義に過ごさせようと毎年毎年いろいろ画策しているが、なかなか思うようにはいかない。
 ワタシはワタシなりに忙しく、合格した生徒が報告に来るし、後期試験の個別の指導もやらねばならないし、進路指導担当としての統計業務もある。
しかも、3月は人事異動の季節なので、先生方も落ち着かない。要するに、毎日気ぜわしいのよ。


 Twitterをよく使うようになって全国の様々な「学校の先生」と言われる方々のツィートをフォローしていると、案外楽しい。自分の置かれた職場が、かなり優遇されていることも分かるがその逆もある。しかしだ、世の中の仕事場の中で、忙しい仕事トップ5には必ず入るのが中学校の先生であることは、ツィートの内容からもよく分かる。高校教員より中学校教員の方が、はるかに忙しいのは事実である。でも、高校の教員は職業としてあまり人気がなく、中学校の教員志望の方が全然数が多い。なんでだろう?
ワタシは、高校教員以外の先生にはまるっきり興味がなく、免許もとらなかった。小学生の指導や中学生の指導に何も魅力を感じていない。今でもそうだ。魅力を感じない主な理由は、その妙にこじれた関係にある。どうも、あの距離感が馴染めないのだ。小学校や中学校の先生って、一体、何を教えているのだろう?


 高校生とは、すっきりした距離感が保ていている。それは、「友人関係」である。
実は、「ワタシの教え子」という感覚がどうしても好きではない。教員生活も35年が経ち相当数のいわゆる教え子達を送り出したが、別に自分の子供でもなく、何かを念入りに教えたわけでもない。そうえいば、よく“教えた生徒”であるはずの奴から、“トヤマ先生に教えてもらった記憶がない”とよく言われる。
ワタシが熱心に指導したのは、「小倉百人一首かるた競技」(これが正式名称、一般的には競技かるた)だが、この競技は、基本的なルールを知って、それなりの人と数多くの真剣勝負を繰り返せば、自然に強くなる競技なので、ワタシが秘術を尽くして教えることも別にない。そもそも、普通に生徒達は6ヶ月で僕より強くなってしまう。
担任も40代まではよくやったが、担任として高校生に何かを教えた記憶もあまりなく、しっかり指導した記憶もない。最後に3年間受け持ったクラスは、かなりアナーキーなクラスで、3年間でワタシの担任業務がかなり奪われた。①席替えをやる権力を奪われた。・・・・・勝手に朝早く集合して自分達で勝手に席替えしていた。②クラスの日誌を読む権利を奪われた。・・・いつのまにかワタシに提出せずに、どんどん生徒間で日誌が回るようになった。③・・・・その他いろいろ。
そもそも、30数年間、「起立・礼・着席」という号令をまともにやったこともない。生徒の誰よりもワタシはいい加減だった。
 つまり、ワタシは、「教師と生徒(教え子)」という関係を構築できなかった。 もっと言えば、そのような権威主義が大嫌いである。進学校と呼ばれるところで長くやってきたお陰で、「あきらかに自分よりも頭がいい奴」というのはゴロゴロいたし、「自分よりも成功しそうな奴」も沢山いた。高校生に対してエラソーなことを言える能力など、ワタシにはない。
したがって、部活動もクラス経営もその他いろいろな高校での生活は、単純に、一緒にやってきただけなのである。“楽しそうなことを企画して一緒にやる“。これだけで、お給料を頂いてきたような感じだ。・・・・県民の皆様ごめんなさい・・・・
そういえば、教員生活35年、ワタシは、「自分教えた奴で同じ教科の高校教員」という人間を、一人しか作ることが出来なかった(彼は特殊な人材であって、ワタシよりSNSが上手い)。これは、再生産指数と考えればまさしく最低である。誰も「Tommyセンセのようになりたい」と言ってくれない。(T_T)


 だからこそ、高校生と作り上げたのは、「友人関係」であって、師弟関係ではない。
この頃は、担任もやらず、部活の指導もせず、進路部長などと言って、一部屋を与えられているが、生徒との関係は、“一緒に受験と戦う戦友”だと思っている。
今年の受験では、いつもより多くの戦友を傷つけさせてしまったかもしれない。申し訳ない気持ちで一杯だ。
・・・・・たぶん、この地位を追われるだろうなあ・・・

 
Received — 2021年3月5日 tommy先生の「世相を斬る」

聖火リレー

著者: tommyjhon
2021年3月5日 06:01
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


いよいよ、(ほとんどの国民が出来るとは思っていない)東京五輪の聖火リレーが始まるらしい。
https://2020.yahoo.co.jp/torch/prefecture_list

世間体に敏感な方々は、どんどんご辞退なされている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/919d035f70697088b358bb92709434e304eccbd1



では、この聖火リレーに関するうんちくを、玉木先生のサイトから
<玉木センセの日記、コピッペ>
3月3日(水)
朝ベッドのなかで久し振りに立花隆『サピエンスの未来』の続きから読む。なるほど。「見る」という行為が如何に重要なものかわかる。相当以前のことになるが虫明亜呂無氏が選集を出した直後に亡くなられお葬式をお手伝いしたときに山口瞳氏が会葬者を代表して挨拶してくださり「虫明さん。あなたは見ることのできる人でした」と話された言葉を今も憶えている。うん。「見ることができる」ためには膨大な知識と教養の背景が必要なのだ。ワン。ベッドから出て黒兵衛と散歩のあと終日デスクワーク。某広報誌の連載に「聖火リレーの嘘」を書くか「スポーツジャーナリズムの嘘」を書くか大いに迷う。1936年ベルリン五輪に始まった聖火リレーはナチスがギリシア人の直系アーリア人であることを示すために利用されると同時に東欧南欧の道路事情をスパイ。3年後にその道路をナチス機甲師団の戦車が突き進んで第2次大戦となったのですよね。2008年の北京五輪では世界の五輪開催都市を巡り長野を走ったときはスタート直前にトーチの聖火が消えてしまい100円ライターで点けるシーンが名古屋のモーニングショウに映し出されてしまいましたね。その番組のコメンテイターとして出演していた小生は司会のM・Rさんと顔を見合わせて呆然としてしまいましたね。ソー言えば1964年東京五輪の聖火点灯を見た古典芸能関係者がそれまでボウボウと火を燃やしていただけの薪能に火入れ式なんてのを始めたそうです。と生前の野村万之丞さんに教わりました。伝統とはすべて起原の忘却(フッサール)なんですね。晩飯後の映画劇場は『黒部の太陽』。石原慎太郎と三船敏郎が組んで映画界の五社協定の支配に反抗して創った映画。一昨昨日の日曜日(土曜だったかな?)NHK-BSで石原裕次郎のドキュメンタリーが素晴らしかったので石原プロ第一作(三船プロとの合作)を録画。ナカナカ素晴らしい映画で前半のトンネル内に大量の水が噴き出す事故まで見る。後半は明日。裕次郎が役柄で対立する父親がナカナカの迫力だと思ったら辰巳柳太郎だった。この頃60年代はダム建設も映画創りも人材もヤル気も漲っていましたね。それが64年の東京五輪に…今は…?
<貼り付け終わり>
大好きだった作家の山口瞳氏のお名前がでてきてびっくり。若い人は、山口瞳など知らねーだろうなあ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/山口瞳



それはともかく、オリンピックの聖火リレーに関する部分のコピッペ
<コピッペ>
1936年ベルリン五輪に始まった聖火リレーはナチスがギリシア人の直系アーリア人であることを示すために利用されると同時に東欧南欧の道路事情をスパイ。3年後にその道路をナチス機甲師団の戦車が突き進んで第2次大戦となったのですよね。

<コピッペ終了>
聖火は決して、聖なる火という意味だけではない。
そして、フッサールの言葉
「伝統とはすべて起原の忘却」



・・・どこかで使おう、この言葉。


では、高校入試の採点に行って参ります。(3/4 6:00 更新)
Received — 2021年3月4日 tommy先生の「世相を斬る」

総務省の接待疑惑で絶対報道されない、自民党とメディアの関係

著者: tommyjhon
2021年3月4日 06:09
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、本日は、表題の件に関して解説します。
ただ今政界では、管首相の長男であり且つ東北新社役員である管正剛による総務省接待問題で大揺れです。
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そして、総務省の高級官僚であった山田氏の高額ゴチ問題
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この写真で、クローズアップされているのは、山田内閣広報官の後任に決まった小野日子(おのひかりこ)だが・・・・まあ、なんという女子会だ(嘆息)


本日の本題は、菅首相の長男でもなく、山田真貴子元広報官でもなく、もっともっと大きな組織体である、総務省と電波利権の関係である。
安部晋三元首相は、自己の演説の中で何百回となく、
「悪夢の民主党政権」という言葉を使った。
しかし、総務省と放送業界(つまり東北新社)、総務省と通信業界(つまり、文春砲のターゲットになったNTT)との関係を考えれば、国民にとっては、
“天使の民主党”であり、“悪魔の自民党”だったのだ。


ここからは、探し出した、電波利権に関しての記事を時系列ごとに貼り付ける。
まずは、2009年8月の記事。民主党政権が誕生する前夜の記事である。

<コピッペ>
注目が集まっているのは、民主党が2009年7月23日に発表した政策集「インデックス(INDEX)2009」。「内閣」「行政改革」「分権改革」など21の分野について同党の基本政策を示したもので、総選挙で注目を集めるマニフェスト(政権公約)は、これをベースに作成されている。
   21項目のうちのひとつが「郵政事業・情報通信・放送」。NHK改革や、通信放送行政を総務省から切り離して「通信・放送委員会」(日本版FCC)を設置することなどを提唱。その中の1項目に「電波の有効利用」を掲げており、具体的な政策としては(1)電波利用料に電波の経済的価値を反映させることによる電波の効率利用促進(2)適当と認められる範囲内でオークション制度を導入することも含めた周波数割当制度の抜本的見直し、などが挙がっている。08年の政策集にも、この方針は盛り込まれていたが、政権交代が視野に入る中、政策の実現が現実味を帯びてきた形だ。
   電波オークションは、1994年に米国で始まり、94年7月から08年11月にかけて85回が実施されている。落札総額は、780億ドル(7兆3000億円)に達している。米国以外では、00年から、英・独・スイスのEU諸国が導入。現在では、OECD(経済協力開発機構)加盟30か国のうち23か国が導入している。

<コピッペ終了>
つまりは、民主党政権は、公共の財産である電波の周波数割り当てをオークションにかけて、国庫収入を増やそうと総務省に働きかけている。
<この記事によると、コピッペ>
大阪大・大阪学院大の鬼木甫(おにき・はじめ)名誉教授(情報経済論)は、その背景に、「既得権益」の存在を指摘する。
「オークションが導入されて困るのは、今電波を使っている人。具体的には、電話会社や放送局などの既存ユーザーです。電波利用料を支払ってはいますが、本来の電波の市場価値と比べると30分の1~50分の1程度。ほとんどタダみたいなものです。」
   しかし、日本では地上波の完全デジタル化を2011年に控え、これまでのアナログ波の「跡地」利用に注目が集まっている。09年6月に地デジに移行した米国では、アナログ波の「跡地」をオークションにかけ、携帯電話会社などが約200億ドル(2兆円)で落札している。鬼木氏が米国のケースをもとに試算したところによると、日本の「アナログ波跡地」を、すべて商用ベースでオークションで売却した場合、1.7兆円の収入が見込めるという。国内で電波オークションが実現した際には、いわば「電波埋蔵金」が出現する形で、「財源が不明確」との批判を浴びている民主党にとって魅力的なのは間違いない。
   鬼木氏は、
「オークション導入がプラスになるのは、まず一般国民。これに新規参入を望む潜在的ユーザーです。これまで、通信事業者は事実上タダで電波を使ってきましたので、平気で無駄遣いをしてきました。ところが、オークションを導入すれば、一生懸命帯域を節約しようと努力するし、そのための技術も発展します。新規参入も増えますし、業界の活性化が進みます」
と、今回の動きを歓迎している。民主党政権が誕生すれば、通信業界にも大きな変化が起こるのは間違いなさそうだ。



という、まさしく、国民の利益に繋がる制度改革だった。
とかろが、



2013年の記事にがこれ、
①この電波オークションは、野党自民党の強力な反対により、一度も審議されることなく廃案になった。
②安部晋三政権は、この電波利権をオークション化する流れを一時的にストップした。


 <記事中の結論をコピッペ>
オークションによる周波数配分が先進国の主流であることに変わりはない。自民党は反対するだけでは政権与党として無責任だ。オークションの問題点を改善するための新たな議論の場を作るべきだろう。


もう一つ、安部晋三政権に移行する時の“電波利権”の記事



そして、2017年、安倍政権中、総務省の幹部らが接待を受ける理由を裏付ける注目記事



2017年、総務省が、とうとう電波利権のオークションに関しての検討に入った。 この当時の総務大臣は、野田聖子。
そして、この電波オークションの検討が、実現することはなかった。


要するに、総務省が電波事業者を揺さぶるために、「電波オークション」という武器を使って
「俺らの言うこと聞かないと、電波オークションを制度化して、使用料を爆あげするよ」
と脅しているのだ。


・・・・・・・東北新社もNTTも、接待する根底には、この電波オークションが深く絡んでいるのだ。
・・・・・・・この真実は、当事者のマスコミからは絶対に口に出せない案件である。






Received — 2021年3月3日 tommy先生の「世相を斬る」

思い出の卒業式

著者: tommyjhon
2021年3月3日 06:15
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、本日から静岡県の高校入試が始まるのでタイミングが悪い気がするが、教員生活35年の中で、一番感動して忘れられない卒業式のことを書いておく。
主役は、倉藤理大センセである。
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本物のプロ歌手である。ユーチューブでは、



 この倉藤センセとは、前任校・某F高時代に知り合った。
最初は、胡散臭いデカい単なる時間講師として、F高に来ていただけだった。ただ、何もない平らな机の上に、自分の携帯電話だけをおいて音楽室の授業に向かう姿が妙に気になっていた。
何となく教員仲間と相談して、「寂しそうな倉藤センセを宴会に誘おう」という流れになり、勇気を出して誘った。
 それからは、大展開が始まり、我々教員仲間でも生徒の間でも、倉藤人気がうなぎ登りに登って、「某F高に倉藤アリ」の存在にまであっという間に駆け上がった。ワタシが某F高を後にして8年がたつけれど、必ず何かの宴会で会っている。ワタシは、倉藤センセが好きである。
そして、酒を飲みながらの楽しい話の中で、必ず、「倉藤センセの第一発見者は誰だ?」との話になって盛り上がる。


 では、思い出の卒業式の話。
この倉藤センセとのお付き合いの中で、ワタシはこのようなイヤミをつぶやいたことがある。
「ねえっ、先生は音楽の教師でしょ、芸術の授業は、音楽・書道・美術と3つあって、美術と書道の生徒作品は廊下に展示してくれたりして僕たちが目にすることができるけど、音楽選択者の高校時代の作品ってないよね???????」
 
 こんな会話をした年、倉藤先生は、1年生音楽の授業を「合唱イベント」としてリサイタル化してくれた。その歌声は週に2回だけの授業で創られたものとは思えない完成度で、興味本位にのぞき見したワタシ達教員の度肝を抜いた。


 次の年には、12月祭(ちっちゃな文化部イベント)で、1年生音楽選択者全員による発表会が行われた。
進学校の「芸術」というちっぽけな授業が、学校の主役にまで上り詰めた瞬間である。


 そんな時代に、ワタシは学年主任だった。(とっても苦労したが)教員生活で一番楽しい3年間だった。今、振り返ると8人の担任の先生のうち1名が管理職となり、3名が進路指導主事となり、2名が学年主任として活躍しているのだから、先生に恵まれていただけなのに、今でも自分が一番頑張った3年間と勘違いしている。ちなみに、この学年が1年生の3月に東日本大震災が起き、その対応も大きな仕事だった。(この話はいずれ)


 学年主任として、2013年3月1日某F高校第●●回卒業式を迎えた。
高校の卒業式としては何の特徴もない普通の卒業式が行われた。担任の先生による呼名があり、卒業証書の授与があり、祝辞があり、送辞があり、答辞があった。校歌を斉唱して式が終わる。
本当に普通の卒業式である。ここまでは。


 “卒業生退場”と司会者の声があがる。
同時に会場には“蛍の光”が流れる。これも定番の光景だ。しかし、この時から普通ではない卒業式が始まった。それまでとはまったく違った荘厳な響きとともに宇宙空間がすべて凝縮されたような気分になった。ワタシだけでなく先生方全員がそう証言している。
この「蛍の光」の演奏は某F高の吹奏楽部が担当し、合唱を1年生音楽専攻の全員(約100名)が担当してくれたのだ。総指揮はもちろん、倉藤理大センセである。
倉藤センセは、卒業生のために、吹奏楽部と音楽選択者による壮大な“贈りもの”を用意してくれていた。
卒業生320人は、どんどん感情が高ぶってきたのだろう。退場するスピードがどんどん遅くなってきた。卒業生全員が、「ずっとこの場にいたい」と思い始めたのだろう。全然、退場してくれないのである、みんなが。
その全然退場してくれない長い時間、倉藤センセはずっと指揮棒を振り続けてくれた。生徒達はずっと歌い続けてくれた。ワタシはずっと泣いていた。3年生の担任の先生方もずっと泣いていた(と思う)。大多数の生徒の目は赤く腫れていた。


 倉藤センセは偉大だ。音楽の力も偉大なんだ。
文部科学省では何も語られない、教育委員会でも何も話題にならないが、このような卒業式が実際にあった。

Received — 2021年3月1日 tommy先生の「世相を斬る」

卒業式祝辞

著者: tommyjhon
2021年3月1日 06:01
全国の毒舌ファンの皆様 おはようござます。Tommyセンセです。


ということで、本日は3/1(月)
文科省の法令によると、卒業式は3/1以降にしか実施できないので、3月のこの日に、とにかく早く3年生をいち早く追い出すがごとくに、我が某S水東高校も卒業式を行います。
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうござます。


このハレの日にあたり、静岡県高校教育界のアウトロー、Tommyセンセが僭越ながら祝辞を申し上げます。


 卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。
これで、宿題・課題・テスト・教員などなどに苦しめられた高校からやっと自由になれます。特に今年の3年生は、コロナ感染防止のために、理不尽な生活を余儀なくされ、インターハイもなければ、学校祭もない。夏休みもたった10日間。戦後最悪の高校3年生生活でした。
75年前に新しい日本が始まって以来、昼休みにぺちゃくちゃおしゃべりをしながらお弁当を食べる普通の生活が奪われたことなど、一度もありませんでした。一年中、マスクをを強要される生活など、これまた一度もありませんでした。こんな生活が日常などと思わないでください。あなた方が過ごした1年間は、すべてが異常だったのです。
 コロナ禍だけがあなた方に異常をもたらした訳ではありません。文科省か行き当たりばったりに始めた“高大接続改革”の集大成の年として始まった高校生活は、大人の方が勝手に企画して、勝手に自爆してしまった教育改革企画に翻弄された一年だったのです。
まずは、Eポートフォリオ。要するに“学びの計画と実施を記録に残す試み”ですが、電子化を企てて見事に失敗しました。すみません。高校生の不安定さ(不安定なのが青年期なのですが)に乗じて一儲けを企んだ、B社(Bネッセ)やR社(リクルートのこと)にまんまと大人が欺されました。
そして、英語4技能検定。
 これは、大学入試センターも大手教育ビジネスにのって、もっと君たちを翻弄させました。申し込みまで終了したところで、あっというまの頓挫。日本の高校生達に、「無理な制度設計は、失敗を生む」という典型的な失敗例を見せつけてくれました。 そういえば、もう忘れたかもしれませんが、共通テスト数学と国語では、「記述式」が導入される予定になっていましたが、この試みの中で、生き残ったものは、共通テスト数学ⅠAが10分延長されたことだけです。


 私事ですが、進路部長として、この大学入試改革に懐疑的だったワタシは、早くからこの大学入試改革の破綻を言い当てておりました。さすがに、「破綻するから受験しなくてイイよ」と言うことの出来ない立場なので、英語検定に関しては、それなりの仕事と準備をしました。しかし、Eポートフォリオに関しては、自分の直感と信念を貫き、B社の「CLASSI(と言う名のソフト)もR社のスタディアプリも無視しました。他の高校が、右往左往する中で、この慧眼を褒めてください。


 要するに、“くだらねー1年間、くだらねー3年間”だったのです。
でも、これら2019年~2021年にかけての大きな変革(とその失敗)は、戦後史を丁寧に研究すると、容易に想像できたことなのです。ワタシは、授業中に、「戦後史は5の倍数に注意せよ」
「5の倍数で必ず何かが起きる」と説明してきました。ウソではありません。君たちが高校1年生の授業でも教えていました(2018年)。
そうなんです、1945年・1950年.55年.60年.65年・・・1985年.1995年、2000年(この年はズレが生じて2001年)2010年(これもズレがあって2011年)そして、2020年。
必ず大きな変動がある年だったのです。


 さてと、本題に戻って、卒業生の皆さん。
今日一日くらいは3年間を振り返ってください。それで充分です。もうそれ以上は振り返らないでください。
あなた方ならば、この3年間より、もっと次の3年間の方が充実しているはずです。高校生活で学ぶことよりも大学生活で学ぶことの方が100倍多いはずです。(大学生活全般を含む)
単なる勉強だけでなく私生活を含めれば、絶対に大学生活の方が、充実しています。
恋愛生活においても、高校時代のそれは、単なる疑似恋愛のことでした。しかし、大学生活のそれは、「もしかしたら、その責任を一生とるかも?????」と考えるほどリアルです。
リアルだからこそ、充実しているのですよ。逃げないでね・・・・・


 そして、大学を卒業し社会人として生活する頃になると、もっともっと充実する生活が待っています。(まあ、大変と言えば大変ですが・・・)
高校時代に夢だったことが、少しずつ現実になっていきます。また、高校時代や大学時代に挫折して諦めたことも、もう一度チャレンジできます。
高校時代は、大学受験などで、
「自分の意思よりも、自分の能力が最優先の時代」でしたが、大人になれば、自分の意思の方が優先できる時代が必ずやってきます。


 ワタシは、「ブランドを立ち上げる」ことがちょっとした夢でした。今でも自分のことを(ガキみたいに)Tommyセンセと名乗るのは、どうしても「Tommy」というブランドを立ち上げたいからでした。でも、大学時代に本気でつきあっていた彼女の“まともな先生みたいな仕事についてくれたら結婚してあげる”という甘言にのって教員になってしまったワタシは、その夢をずっと封印していました。もちろん、その彼女からはフラれました。
 しかし、とうとう35年越しの夢に向かって新たなチャレンジを始めます。Tommyのブランドをいよいよ立ち上げます。
例えば、
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試作品が出来ております。読者の皆様でセレクトショップもしくはお土産店を営んでおられる方がいましたら、是非販売をお願いします。(300円で利益がでます!!!!)


ほらね。今まで体験した世界よりも、大人の方が全然面白いです。


ここからが本当の祝辞。
卒業生のみなさん、
「高校時代が、一番楽しかった」などという一番くだらない、一番つまらない人生を絶対に送らないでください。
「高校時代を忘れさる」ほど素敵な人生を歩んでください。


微力ながら、少しくらいお世話します(特に女子生徒)。
・・・・・・最後は、お決まりのセクハラ発言でしゅ。m(_ _)m。




























 


Received — 2021年2月26日 tommy先生の「世相を斬る」

解答速報2021

著者: tommyjhon
2021年2月26日 05:39
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、河合塾のサイト
https://kaisoku.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/21/

駿台のサイト
https://www2.sundai.ac.jp/sokuhou/index.html
で、主要国立大学の前期試験の解答速報がバンバンでてくる時期になった。


では、ワタシも解答速報出しましょう、とイキがって、とあるブログにPDFで貼り付けてみた。

もしよろしかったら、開いてみてください。
というのも、この頃はフェイスブック
https://www.facebook.com/tommytoyama や、Twitter  https://twitter.com/tommytoyama で、同業者の友達が多く出来、その多くが、高校教育を含めた日本の“学校教育システム”に一家言を持っている人々なので、少しは反応が多くなるかなと思っている。


 ワタシ達、公立高校の教員を含めた公務員という人種は、どうもSNSを有効活用するという思想に欠けていて、どちらかというとSNSを敵視することが多い。一番敵視されてるのは、クラスLINEやツイッターだと思われる。なんと、県の教育委員会には、人物を特定するためのパトロールシステムまで存在している。
でも、民主主義界を代表するこの方も、
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ヘヴィーユーザーなのだから、公務員だからSNSを使ってはいけないというルールはない。先生方だってLINEで連絡取り合っているのに・・・・
個人的には、もっともっとSNSを学校として利用してもいいと思う。
某N山高校(韮高)の公式フィエイスブックは楽しいよ。
https://www.facebook.com/nirako


ということで、ワタシの思想がたっぷり詰まった期末テストをみてもらいたい。(しかしながら、もちろん生徒を相手にしたテストだから、書かれていることは真実である)














Received — 2021年2月24日 tommy先生の「世相を斬る」

選挙は装置である

著者: tommyjhon
2021年2月24日 05:36
全国の毒舌ファンの皆様 おはおようございます。Tommyセンセです。


ということで、ますます窮地に立たされるスガ首相。

バンド上がりで就職もせずプラプラしていたバカ息子を、総務大臣秘書官として仕事を与えた、バカ親。
その総務大臣・総務大臣秘書官時代パイプを活かして、総務省の許認可行政の対象となる放送界の「東北新社」に息子が入社した。
その息子が総務省幹部を接待していた、
その時のお詫び台詞が
菅首相「私の長男が関係して、結果として、公務員が倫理法に違反する行為をすることになった。心からおわび申し上げ、大変申し訳なく思います」
だとさ、「結果として」は余分でしょ。そのような結果になるのは当たり前だ。君の息子は、総理大臣の息子である威を借りて総務省の官僚を接待したのです。
正確には、「結果としてバレてしまったので、(いやいやながらも、口だけは)心からお詫び申し上げ・・・・・」ですよ。


こういう輩(やから)は、国民の手で成敗しなければならない。次の総選挙では、何が何でも自民党を落選させなければならないのだ。30数年間、高校で社会科(地歴公民科)の教員として働いてきて、毎年毎年、同じ主張をしてきたのだが、どうしても生徒(日本人達全員)に伝わらなかったのは、
“選挙とは、選ぶのではなく落とす装置である”
という仕組み。国民が、ダメだと烙印をおされた為政者を、合法的に断罪できる“民主的な(クーデターではなく、内線でもなく)”装置として生み出されたのが選挙である。
だから、「他に変わる人間がいない」とか「他の政党が信用できない」などというのは、国民を洗脳している奴らに、既に欺されている奴らの頭の悪い言い分である。
政治というものは、「細かなことは為政者が決める。大きなことは国民が決める。為政者がダメなときは、国民が引きずり下ろす」ってことだけだ。


衆議院の任期は2021年10月までである。どんなに遅くなってもこの秋には、衆議院の総選挙が待っている。この選挙は、“落とす装置”としての選挙である。他のどの政党に与党をやらせてもいいのだ。とりあへず、この安倍→管という腐った(身内優遇)政治を終わらせるのが選挙なのである。


では、新聞スキャンダルになっている「桜」「森友」「マスク」「総務省」「日本会議」とは別の意味での、この政権を倒すべき決定的証拠画像。
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国民を貧乏にしたのは、間違いなく、自民党政権である。!!!!!!!








Received — 2021年2月22日 tommy先生の「世相を斬る」

『大学最新情報』が出来た。

著者: tommyjhon
2021年2月22日 06:18
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、我が校の進路室発行冊子は
①『進学情報』 ②『合格体験記』③『本校OBによる最新大学情報』の3つ。この中で、コロナ禍で発行ができないのではないかと危惧されていた、最後の『最新大学情報』がとうとうできあがった。
だって、『最新大学情報』と言っても、今年の大学1年生は、一度も学校に行ったこともなく、サークルにもクラブにも属することもなく、ひたすらのリモートの授業を受けさせられ、オンラインのつまらない映像を見させらられ、突然、メールに課題が送信され、容赦なく締め切りに追われる毎日の繰り返しだった。
 しかし、毎年毎年、発行しているこの貴重な冊子を、コロナだからと言って発行中止にするのではなく、むしろ、コロナだからこそ、この最悪な1年を記録に残すべきだという先生方の強い意志によって、『最新大学情報 2020版』が出来上がった。残念ながら、まだ、実物をチェックしていないので、どのような記録が残されているのかが少し心配だが、逆に教育に熱心な大学、学部、不熱心な大学があぶり出されたと思う。
 執筆を担当してくれた、我が校OBOGの50名の諸君、本当にありがとう。某S水東OBOGがこの1年間、コロナ禍の大学1年生としてどのように過ごしてきたか。もうこれで歴史的な資料として残ります。深謝m(_ _)m


 そして、本日は3年生の特指(補講のことをこのように言っている)の最終日。ワタシの小論文講座もこれでお仕舞い。生徒がエラくなったというより、ワタシがエラくなった。(毎年同じことで、自分自身の解釈力は上昇したが、教える技術はたいしたことない)
最終日だから、尊敬する内田樹先生の文章にしようと思っていたところ、コロナ禍の大学教育に関して、なんともタイムリーなコラムが発表されていた。



またもや、浅はかな私たちに考えるヒントを下さってありがとうございます。内田先生!!!!  次の学校での授業構想の大きなヒントが見つかりました。
お礼を込めて、全文、貼り付けします。
<コピッペ始め>
 コロナが学校教育に問いかけたこと
2021-02-21
 感染がまだ収束していない段階で、「ポストコロナ期に社会はどう変わるか」を問うのはいささか前のめりの気もする。でも、そういう未来予測を行うことはたいせつなことだと私は思っている。いまの時点で「予兆」として見えて来たもののうちいくつかはのちに現実化し、いくつかはそのまま立ち消えになる。何かは実現し、何かは実現しない。「起きてもよいはずのこと」のうちいくつかは起こらない。なぜ「起きてもよいこと」は起こらなかったのか、それを思量することは私たちの社会の基盤をかたちづくっている「不可視の構造」を手探りするためには有効な作業だと私は思う。
 歴史家は「起きたこと」について「それはなぜ起きたか」を説明してくれるが、「起きてもよかったのに起きなかったこと」については何も教えてくれない。歴史家の仕事ではないからよいのだが、私は気になる。いまコロナ感染爆発の渦中にあって、いくつかの社会的変化の予兆が見えている。よい予兆もあるし、悪い予兆もある。ここでそれがどうなるか予測してみたい。だから、私がこれから書く文章はできたらコロナ収束後、あと一年か二年あとに読んだ方が面白いかも知れない。
 よい予兆はいくつかの制度が「弱者ベース」で設計され直され始めたということである。きっかけは大学の授業が2020年の4月からオンライン化されたことだった。
 
 ほとんどの大学はオンライン授業の経験がなかった。だから、準備はたいへんだったと思う。少なからぬ教員は「大学の授業は対面で行うべきものだ。『師の謦咳に接する』ことなしに教育が成り立つのか」という深い疑念を抱いていた。それでも、なんとか4月から授業が手探りで始まった。最初はサーバーが落ちたり、音声が消えたり、テクニカルな失敗があったが、数週間でそういうトラブルはだいたい収まった。そして二月ほど経ったところで教員たちはある変化に気がついた。それは脱落する学生が少ないということである。
 これまでだと5月の連休明けくらいで、授業についていけない、授業に興味がもてないという学生が脱落する。科目によっては履修者の30%が姿を消す。それがオンライン授業では激減した。それについて大学教員たちから興味深い話を聴いた。
 これまで大学というのは「学生が主体的に学ぶ場」だとされてきた。事実はどうあれ、建前はそうだった。だから、積極的に学ぶ意志を持たない学生に、教員側が「手を差し伸べる」ということはしなかった。不登校や学業不振の学生をケアするのは「学生相談室」とか「心理相談室」の仕事であって、教員が何十人、何百人いる履修者の出欠を気にすることはなかった。ところがオンラインになると、欠席者に配布物を送ったり、来週までの課題を伝えることができるようになった。「質問があればメールでどうぞ」というメッセージを送ることができるようになった。すると、欠席者が次の週には来るようになった。それで分かったのだが、彼らが授業を聴く意欲を失ったのは、「教員に個体識別されていない」ということが一因だったのである。自分が教室にいてもいなくても、それによって何も変わらない。その存在感の希薄さ、自己評価の低さが彼らの学習意欲を殺いでいたのである。だから、教員から(オンラインであれ)固有名で名前を呼びかけられたことで、ささやかながら社会的承認を得て、少しだけ救われたのである。その結果、前期が終わった時点で、定期試験を受けたり、課題を提出したりした学生の数は前年度を上回ることになり、平均点も上がったと聞いた。
 オンライン授業がこんなふうに成功するとは思わなかったという驚きの声を聴いて、私はむしろこれまで私たち大学教員がどれほど学生たちに対して「無慈悲」に接してきたのかを思い知ることになった。たしかに大教室の授業の場合、教員は学生を固有名で認知していないし、よほど積極的な学生でない限り、廊下で教員に声をかけたり、オフィスアワーに研究室のドアを叩いて質問に来るというようなことはしない。だから、ある程度基礎学力があり、授業にそれなりに興味もありながら、いま一つ意欲が足りないという学生はわずかなきっかけで授業に来なくなるのだが、そういう学生を授業に「呼び戻す」ための装置を大学は持っていなかったのである。
 大学は「学習強者ベース」で制度設計されていた。「学習強者」は自分の興味に従って科目を選び、研究室を訪ねて質問をし、大学が無償で提供しているさまざまな教育資源を活用できる。もちろん、それが高等教育ということなのだ。だが、自信のなさやわずかな気後れで、「そういうこと」がどうしてもできない「学習弱者」である学生もいる。そして、その方が多数派なのである。私たちは彼らのことを大学のフルメンバーとして遇してはこなかったのである。
 学校には「学習弱者」のための学習トラックも必要だ。そのことを感染症に強制されたオンライン授業で多くの大学教員が気づいた。もちろん、これまで通り「学習強者」がアカデミアを最大限に活用できる仕組みは変わらないにしても、「学習弱者」を「呼び戻す」仕組みを標準装備することに多くの大学はこれから取り組むだろう。対面授業ができず、友だちができず、クラブ活動も休止を余儀なくされて、大学教育はこの1年間で大きな痛手を負ったけれど、そこから学んだこともあった。
 その一方で高校生は自殺が増えた。そうかも知れないと思う。コロナのせいで、高校生にとっての「楽しいこと」は全部なくなった。修学旅行も文化祭も運動会も部活もなくなった。さらに全国一斉休校の余波で、彼らはその後「詰め込み授業」を強いられている。7限まで授業をしないと学習指導要領の要求を満たせない。生徒たちが授業内容を理解しているかどうかよりも終わらせることの方が優先する。授業が理解できない生徒たちを個別的にケアするだけの余力は疲れ切った教員たちにもない。そうやって落ちこぼれた生徒たちは教室にいる理由を見失う。それが自殺が増えたことの一因ではないかという話を高校の現場の教員から聴いた。厚労省は高校生の自殺増加の主因を「進路の悩み・学業不振」としているが、それではあまりに説明が足りないのではないか。
 高校と大学で事態が逆転しているように私には見える。学校にとって、学校に通う子どもたちにとって何が一番たいせつなのか。それはそこにいるだけで、社会から認知され、必要とされているということを実感できるという経験ではないのか。自分はこの集団のフルメンバーであるという自尊感情を抱けるということではないのか。
 コロナを奇貨として学校教育についてもう一度根源的に考え直すことを私たちは求められていると思う。
(2021-02-21 09:10)

Received — 2021年2月20日 tommy先生の「世相を斬る」

子供がいない!!!!!!

著者: tommyjhon
2021年2月20日 06:13
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
我が校の新聞部って県を代表する新聞部なんですが、今回の紙面作りはいまいち。
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もっと、注目を引くような一面にしなければ、読者は獲得できないよ。
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「進路部長、共通テストのヤマを外し、謝罪!!!!!!!」とかね。


ということで、「Tommyセンセのブランド化計画」なる極秘プロジェクトが着々と進んでおりまして、とうとう、昨日、第一弾が到着。
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さあ、お楽しみに。
第2弾もすでに発注済み。


ということで、35年間、いろいろなことがあったけれど、案外楽しかった我が業界であるが、少子化の影響をもろにうけて、激変の真っ最中。
・・・・「高校が成り立たない!!!!!!!!」・・・・



ここに、静岡県の公立高校志願倍率がでているから、是非、クリック。


では、我が校が載っている箇所を、スクショ。
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今もその高校で頑張っている生徒さんや先生方には申し訳ないが、某S西高校や、某S西高校の定員割れ状況が凄まじことになっている。
そもそも、高等学校(16歳から18歳が学ぶ学園)には、それなりの適正スケールってものがあり、何となく、1学年8クラスだとして設計されてきた。そもそも、定員が200人とか160人とかの高等学校は、それ自体で様々な指導がやりにくいとは思うが、その定員数で、倍率が0.54とは・・・・・中学生はどこにいってしまうのだろう?
ついでに、東部地区もスクショ
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景気のいい一部の高校を除き、ほぼ全入状態。
吉原●●、吉原● とか、全然生徒が集まらなかった。 あの名門N津東高校も、なんと実質倍率が1.00。・・・つまり全入しちゃう。
ある日の小論文添削で、「少子化は、日本の静かなる有事」という言葉が出てきたが、ホントにこれは異常事態だぜ。静岡県は、もっと思い切った対策をしないと、高校での教育活動が成立しなくなるぞ。


最後は、ある事情により、妙に気になる伊豆半島の状況。


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もう一度、相模湾を眺めながら暮らそうかな?








Received — 2021年2月18日 tommy先生の「世相を斬る」

期末テスト出来たぜ!!!

著者: tommyjhon
2021年2月18日 06:30
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、学年末の1年生「現代社会」のテストがやっと完成した。
 月曜日から着手し、昨日(水)の夕方、やっと脱稿した。あちは、模範解答とつくると同時に校正をかければ印刷だ。これで、今日からはゆっくりと別の仕事に着手出来るぞ。
結果的に、テスト作成に費やした時間は10時間を超える。常々、生徒には「俺がテストを作る時間くらいは勉強してよ」というが、本当にそうして欲しい。・・・・「1年生現社」だから、あんまり期待していないけれど・・・・


 テスト本番は、来週の木曜日だから中身のことは書けないけれど、今回も、“現代社会テスト作成史上初の試み”とか、“おそらく日本で誰も作らない新作”みたいな問題を随分と登場させた。
今回のテスト作りでの新たな挑戦は、金融庁のホームページ

や、首相官邸のホームページから資料を抜き出し、加工して使ったことだ。



どこにでも教材は隠れているってことを改めて認識した。(生徒はおそらく、「HPから拝借したよ」と前もって教えてもたどり着かないだろう)


この頃、年度末になって、若い教員からいろいろ質問される。きっと「〇〇年度、職員研修」などという報告書を書いているのだろう。その時に言ったことだが、教員の命は“テスト作成”にある。
 だいたいの教員は案外勉強していない。正直言えば、一度、思いっきり勉強してしまうと、数年間はその貯金で生活できる。しかし、その怠け心を押し込めて、もう一度、自分が教えている教材と真っ正面で対峙して教材に切り込む時間は、テストの作問だけだ。毎日の授業で、同じことが出来る先生方は神様のように尊敬してしまうが、そんなカミワザは、凡人には出来ない。せめてテストの作問の時だけは、禅僧のように取り組みたい。


 ワタシのテスト作りにおける信念は、「60分間、生徒の頭脳を大活躍させる」である。覚えてきたから出来る、という類いの問題は1/5、つまり20点分だけ。あとの80点分は、その場で、持っている頭脳を駆使してもらう。もちろん、その場で記述させる問題も多い。そのための表やグラフや画像もバンバン使用する。今回のテストでは、グラフや表が8つくらい登場する。
今回は、問題相互の関連性にも注意をはらった。例えば、問12を正確に記述するためには、問8~問10をかみ砕いて理解しないと出来ない問題とか。

もちろん、記号問題も、虫食い問題(空欄に適語を入れよ)も存在する。ただし、空欄も記号も、問題文を相当読み込まないと出来ないよ。
記号問題(①~④のうちから一つ選べ)に関しても、相当な吟味をしている。
 
 選択肢を使う問題は、このようにして作る。
今では、もう当たり前のことだが、世の中には、“大学入試問題加工ソフト”なる商品がある。ワタシが利用しているのはこれ。

こつこつと買い集めて、そろそろ過去問20年分くらいは手に入れた。そう、ワタシのパソコンデータには、全国の入試問題(自分の専門分野だけだけれど)が20年間分存在しているのだ。
そして、出題するテーマでその大量のデータから、問題をかき集める。これが大体紙ベースにして30枚くらいの問題集が出来る。この中から、そのまま使ったり、さらに加工して使ったりして、2,3問の出題となる。だから、“時給1点”の世界なのよ。


 では、どのような問題がイイ問題なのか? これは、若い先生が本当に質問に来た。
ワタシが答えたのは、「東大や京大に出てくるような難問が、上手な誘導によって、自然と解答に近づいてしまうような、問題」と答えておいた。
当たり前だ、進学校の定期テストは、入試問題に直結するのである。そして、私たちは解答を教えるのではなく、「解法」をおしえるのだ。しかも、定期テスト中は、生徒の頭の中が、もうアドレナリンで一杯になっている状態だから、思考力MAXである。この思考力MAXの状態を自然と作り上げて、それなりに解答に近づいていく過程が一番重要なのだ。単純に難しい問題として、いきなり出題しても、凡人生徒は、その問題そのものを飛ばしてしまって着手しない。


 前任校でご一緒させていただいた、ある化学の先生は、一連の問題の途中に、超難解な問題を出すことで有名だった。その先生が言うには、「問題を解くことよりも、問題を解く順番を考えるクセを身につけさせるためだ」そうだ。なるほど。


 こういう作問作成の一大潮流が、職員室に沸き上がる高校ってのが、「本当にいい高校」である。自分達が作る問題を、みんなで議論し合って、お互いの知識や頭脳をたかめあっていく。
これも有名な話だけど、勤続年数の比較的短い学校事務の方が、「進学校の先生方は、職員室で勉強している」と驚くのだそうだか、これも当たり前。高校の先生方が勉強しなくて、生徒が勉強するわけがない。 やはり、ワタシのルーツは前任の某F高校にある。あの時代は本当に職員室で鍛えられた。


 こういう少し真面目な話をしていくと、無意識のうちに、“自然と”という単語がでてきてしまう。
ワタシ達が、働いている高校というのは、“生徒を教える”場所ではなく、“生徒が自然と勉強したり、学んでしまう構造”
を作り出す所なのである。この“自然と勉強が出来てしまう”構造を作ることが大切であって、教員団という組織は、個性的である必要もなく、スーパースターが揃う必要もない。“生徒が自然と大人として育っていく組織”だけが必要なのである。


今から7年前、今の勤務校で学年主任を任せられた時、一番最初に導入をしたのが、職員室学年団のお菓子BOXである。
意味深いでしょ。


つまりは、テストの作問というのは、「テスト時間中に、思考力をMAXにさせてしまう、醸成システム」なのだ。




Received — 2021年2月16日 tommy先生の「世相を斬る」

マスク

著者: tommyjhon
2021年2月16日 06:11
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、日本の感染者が明らかに減っている。



でも、感染拡大状況が沈静化すると、どうせまた人が一斉に動き出すのだから、今後、日本のコロナ感染者は、永遠にゼロにはならないだろう。
世界中が期待しているワクチンに関しても、集団免疫を形成するまでにはあと数年かかるだろう。
田中宇氏は、このようなコラムを書き上げておられる。



ということは、
これからの人類は、永遠に顔にマスクをつけ続けて暮らすのだろうか?
こりゃどこかのB級SF映画の世界じゃないか?


田中宇氏の表現によれば、「日本でも、欧州でも、アメリカでも、いい加減な対策しか行っていない」のであるから、このコロナは永遠なのだ。


ワタシの教員生活もあと3年となった。もう、この重責生活には耐えられないので、どこかに転勤になるかもしれない。「まあ、その時はどこでもいいや!」との覚悟はあるが、
それよりも、残り3年間の授業が、「マスク高校生」相手の授業をやらなければならないとなると、これは大事(おおごと)だ。


 そもそも、今年一年間、ワタシをもっとも苦しめたのは、「生徒の顔が覚えられない老化現象」がさらに加速したからだ。今年、授業開始が5月の終わりからで、途中、なんの遊びもなく、くだらない話もなく、1年間の範囲をただただ終わろうとするだけだったので、授業中に、生徒との会話を楽しむなんて余裕はぜんぜんなかった。だから、3年生で顔と名前が一致しない生徒が、そのまま卒業していく。この頃は、ずずうしくも、「お前、誰?」と聞くことが多いが、それ以上に名前も顔も分からないまま話をしていることの方が多い。


 この1年間、どうしても、生徒の名前と顔を覚えることが出来なかった。
その主たる原因は、マスクであることは間違いない。 
もはや、生徒を、髪型と目の形で記憶付けするのは、57歳のじじいにとって不可能である。しかも、多くの生徒とは、週に2回しか授業でお会いできない。
 
 そして、覚えられない現象を増長させているのが、進学校特有のカリキュラムパターンで、ワタシの専門科目は「公民」だから、1年生と3年生しか担当しない。しかも、人よりちょっとだけ「進路」に関して詳しいので、某S水東高校に8年間在籍していても、1年から3年まで、学年をもちあがったのはたった1回だけなのだ。
8年間の学年部を順番に書くと、3.1.2.3.3.3.3.3.となる。もう、ずっと3年部。つまりはたった1年だけのお付き合いが続いている。
ただでさえ、名前を覚えるのが大変なのに、とうとう、この1年間は、ずっとマスク顔が続いた。
 ワタシは、1年間で一度も生徒の全体顔を見ていない。


ああ、このまま、残りの教員生活でも、ずっとマスク顔が続くのか!!!!!!!!
来年からは、毎回の授業で、生徒写真を持ち続けて授業をやるはめになるかもしれない。
1年生も、あと2~3回で授業が終わる。 ずっと、つまらない授業で、申し訳ございませんでした。 70%は、つまらない授業をしていたワタシの責任です。でも残り30%は、マスクの責任です。
マスクが悪い!!!!!! マスクが悪い!!!!! マスクが悪い!!!!・・・・・以下永遠に繰り返し、コロナの流行のように・・・・・・




























Received — 2021年2月15日 tommy先生の「世相を斬る」

森的ワールド

著者: tommyjhon
2021年2月15日 06:04
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。(バレンタインデーが日曜日なってしまって、供給元を失った)Tommyセンセです。


ということで、森喜朗の後任がなかなか決まらない。それはそうだろう、あと1,2ヶ月で中止を決めなければならない東京オリパラの葬儀委員長なんて誰がやるものか!!!!
この呪われた東京五輪は、もうさっさと中止にした方が、これ以上の犠牲(金銭的・コロナ的・世論的)を払わなくてすむ。
ワタシは、女性登用論を無視しても、
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この招致四人臭から、選出し、最後までの五輪後始末をするべきだと思う。


そして、このようにスポーツにいざこざが起きたとき、必ず注目すべきは、玉木正之先生の意見である。



大切なコラムは、この下のリンク。

<玉木氏の2/13付けのコラムから貼り付け>
(前略)
それにしても日本社会の「後進国ぶり」は反省しなければならないですね。デジタル後進国にワクチン後進国にスポーツ後進国。箱根駅伝も甲子園大会の高校野球も男子だけで馬鹿騒ぎ。柔道の日本選手権で日本武道館が使えるのは男子だけですからね。そういう男子偏重大会の主催者の多くがメディアなんですからね。日本のメディア(ジャーナリズム)はオリパラ組織委のドタバタ劇を嗤えない(批判できない)ですね。あ。日本のマスメデイアはオリパラ組織委のメディア委員会にも参加しているのだ!それでイインカイ?
(後略)
<別の部分を貼り付け>
『週刊SPA!』から森前組織委会長についての電話取材を受ける。彼に対する評価は「森ワールド(日本のスポーツ界)」のなかでしか出来ないですよね。IOCバッハ会長が彼の「女性蔑視発言」を彼の謝罪(になってない謝罪)で最初簡単に解決済みにしようとしたのは明らかにIOC自身が内包している「女性差別等の差別の歴史」に問題がありますね。そもそもクーベルタンは女性のスポーツに反対していたし(男性の勝利者に冠を与えるのが女性の役割と彼自身が書いてますからね)第5代会長のブランデージはナチス・ヒトラーを高く評価して最近人種差別主義者・女性差別主義者・植民地主義者として批判されました。第7代会長サマランチ侯爵はナチスと親密な関係だったスペインのファシスト党(ファランヘ党)の党員でしたからね。IOCはそういう過去を自ら表に出して反省し日本のスポーツ界も根強く残る「森的なる体質」を反省して完全に払拭する必要がありますね…
<終了>


先ほどリンクした、玉木正之先生のコラムを占める最後の言葉は、
<貼り付け>
 新型コロナが現れた今、オリンピックはどうあるべきか? を考えるのは、商業主義と肥大化で身動きのとれないIOCや組織委でもなければ、「政治的威信」をかけて大会を開こうとしている国家でもなく(東京は新型コロナに打ち勝った証(あかし)として、北京より先に五輪を開催しなければならない、と言った政治家もいる!)、我々自身ーースポーツを愛し、世界の平和を願うのはず我々自身のはずだ。
<貼り付け終わり>


オリンピックの選手達が、開催を決めればいい!!!!


Received — 2021年2月13日 tommy先生の「世相を斬る」

自己肯定感

著者: tommyjhon
2021年2月13日 06:57
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、表題の「自己肯定感」も小論文指導のお題の一つ。
これに関しては、晩ご飯を食べながら、
「親のわがままで、好きでもない、得意でもないスポーツ競技をずっとやらされておいて、高校時代に破滅する子供達」のケーススタディで女房と盛り上がった。


・・・最初は、子供がやりたがったから、といってスポーツ少年団の活動にいつの間にか親の方が夢中になり、さほど上手でもない子供が自分の意思とは無関係にその競技を続けさせられる。
という悲劇を何回となく見てきた。
この現象は、子育て上、かなり深刻な問題だ。


もう、どこの教育現場でも「自己肯定感」の低い子は、高い子供よりも自分の能力を発揮できないことが証明されている。
私たち(老夫婦のこと)は、高校現場に身を置いている。サッカーでも野球でも、高校生の段階で、急に才能が花開くなんてことはほとんどない。もちろん、自分の才能のなさを理解して、それなりに高校時代を精一杯頑張ろうとするまともな高校生の方が、当たり前だが、数は多い。


でも、高校に入ってからは、他の競技でセカンドチャンスを作ろうとする生徒も相当数存在する。このようなセカンドチャンス競技が、高校に存在し、(中学までで自分の才能のなさから)一度挫折を味わった若者を再生できる部活動が、それとなく存在している高校って、偏差値以上に価値が高いのだと思う。


例えば、ハンドボール部、登山部 弓道部・・・誰もが素人だからスタートは一緒だよ。という勧誘が売りの部活ってのは相当価値が高い。囲碁部・将棋部(今は違うかなあ?)自然科学部・・・
日本には、未だに文化部蔑視の風潮がまだ残っている。そして、この差別的傾向は、サッカー部とか野球部で活躍している集団達によっても再生産される。
しかしだ、「自己肯定感」の面からすると、このようなセカンドチャンス部活動の存在は、教育現場で、大きな意義をもつものだ。


確かに、メジャー部活動での活躍は、たんさん新聞にも取り上げられるし、将来の道も開けてくるし、親も夢を見ることができるので、それはそれでの価値は充分ある。しかし、そういう時こそ、セカンドチャンス部活動をしっかり支援する(ことが出来る)高等学校というのが、懐の深い、いつまでも愛され続ける、真の名門高校なだと思う。


最近見つけた、「自己肯定感」醸成のための決定的なTwitter投稿をご紹介。
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・・・・昨日は、「小論文演習」の授業で、“システム”のことを熱く語ってしまった。










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