ノーマルビュー

Received — 2021年3月29日 tommy先生の「世相を斬る」

離任の挨拶

著者: tommyjhon
2021年3月29日 06:18
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、まずはお別れの歌。ワタシの一番好きなアーティスト、ハイファイセットの曲です。




今日は、正真正銘、清水東高校最後の勤務で、離任式の日です。


 数日前に、「ずっと離任式の挨拶を考えている・・・・」という記事を書いたところ、数人の先生から、「期待してますよ」とか「楽しみにしてますよ」と声をかけられて逆に緊張してしまい、離任式の挨拶文が全然まとまらない。自分でハードルを上げなければよかったと後悔している。
 まあ、このブログに書きながら整理してみよう。・・・・離任式に参列予定の方々は、これ以上読まないでね。
<Tommyセンセ 離任の挨拶>
 みなさん、お久しぶりです。Tommyセンセです。
この度の人事異動で、伊豆中央高校に転勤となりました。清水東高校では8年間勤務しました。そのうち6年間は3年部に在籍していたので、8年間のうち修学旅行に行った回数はなんと1回、たった1回です。教員には“修学旅行度数”という指標がありまして、通常は1/3であるはずなのに、ワタシの場合は、1/8。これは差別です。修学旅行は、君たちの一番の楽しみと同時に教員の楽しみでもあるわけです。それなのに、この偏った修学旅行指数は到底許されるものではありません。断固講義します。文句を言いたいです。伊豆中央高校では1年部に所属が決まり、これで、修学旅行指数が1/9に低下することが決まりました。この差別的な扱いを許しません。・・・・・・・・この話題は止めます。
****やり直し******
 みなさん、お久しぶりです。Tommyセンセです。
清水東高校には8年間お世話になりました。みなさんが在籍していたこの2年は、「進路部長」という要職をやらせてもらいました。みなさんの進路指導をまとめる立場です。したがって、今日は、やはり、「進路指導」のことを話します。


 諸君、大学受験を嫌いにならないで下さい。大学受験に立ち向かって下さい、大学受験と戦ってください。
なぜならば、大学受験は、人生の縮図です。人生そのものなんです。受験によって人生が決まるなどと言っているわけではありません。受験は人生だと言っているのです。


これから先、君たちは、仕事を持ち、家庭を持ち、社会の一員として生きていきます。でも、その社会では、人間が余っています。今の地球は人口爆発によって、人間という在庫がどんどん増加して困っている状態なのです。要するに「他に代わりはいっぱいいる」状況で生きています。
受験も同じことです。大学側からしてみれば、何もあなたが必要なわけではないのです。あなたの他にも代わりは一杯います。誰でもいいのです。誰でもでいい中で、君たちが生き残っていくこと。これが人生の縮図たる所以(ゆえん)なのです。


私自身、今まで一生懸命仕事をしてきました。生徒に教えること以外にも仕事が多くあって、それらにはしっかり取り組んで来ました。その原動力は、自分には見えないもう一人の他者の存在です。
毎日、「お前の代わりは沢山いるんだよ」「代わりは誰でもいんだよ」と天の方から声がしています。
毎回、「もし、僕でなかったら、どうやってこの分野を教えていただろうか?」「もし、僕でなかったらもっと生徒は点数を取れたかもしれない」「もし、授業担当が僕でなかったら、もっと生徒は頭がよくなっていたかもしれない」・・・・こんな自問自答を繰り返しているのです。
ワタシがあなた方の先生ではなくて、他の人がやっていたのならどうなっているのだろうか?


・・・ワタシは清水東高校生徒が嫌いになるときがあります。それは、期末テストなどで答案を返す授業の時です。ワタシはよく採点ミスをします。そして生徒がその採点ミスを見つけて点数を直しにきます。「先生、2点上がります」とか、そして謝ります「すみません」、とその時、なんと、清水東高校の生徒は、ワタシが点数を直した行為に対して、「ありがとうございました」とお礼をいうのです。もうその仕打ちは止めて下さい。嫌みの30倍です。「ああ、やっぱりワタシは教員として失格だ、答案の点数も正しく数えられないバカ者だ」と凄い反省している時に、「ありがとうございました」と言われるのです。まるで、傷口に塩を塗る行為なのです。
こんな時は、「先生、しっかりして下さい」と言ってもらいたい。
「あんたなんか先生やっている資格あるの? 他に代わりはいっぱいいるのよ」と素直に言って下さい。ここで、変に「ありがとうございます」などというと、絶対に先生が勘違いをします。
自分は生徒にとってかけがえのないオンリーワンの存在なのだと。冗談でなはい、生徒は「もし、あなた以外の先生ならば、もっとよく出来たかもしれない」のです。


 自分ではない、他の人物が々仕事をやっていたらどうなるか? ワタシ達は、隣の人と競争しているのではなく、自分の代わりにいるはずであろう人物と競争しているのです。
仕事も受験も同じです。人の人生全部同じです。人と違うことをやるならば、人と同じことは出来なければいけないのです。
仕事で花を咲かせようとするならば、他の人ができることが普通にできて自分なりのオリジナリティがなければいけないのです。自分だけのオンリーワン、といくらSMAPがささやいても、
他人と同じことは同じように出来なければダメななのです。


 受験は、頭脳だけが試されるシステムではありますが、「他の人が出来る問題は全部出来て、自分だけが他の問題をやや出来た場合に合格する」という構造が、人生と同じなのです。
みんながやっていることを、おろそかにしてはいけません。(つまりは、宿題)。その上部構造として自分の勉強が存在しているのです。在校生諸君、受験が大切だから、授業中の宿題は無視などと考えている人がいたら、必ず失敗します。受験の構造に反しているからです。


 ワタシは教員人生をあと3年残しています。
同じことを追求し続けていきます。「あなた以外の先生ならば、もっとよく出来たかもしれない」といい仮定と戦い続けます。
このブログも発信しし続けます。
・・・・・「あなたは、教員としてふさわしい人物であったのか?」を自問自答しながら、もう一度、ゼロからのスタートです。




PS 追伸 
昨年、「世界史A」という授業で、スティーブ・ジョブ氏のスタンフォード大学での演説(歴史に残る名演説)やトランプ大統領の就任演説を扱ったことで、どうも、文体が(それらのお手本に)流されている。あと3年という教員人生の終わりに近づいているこの時期になっても、「世界史A」は上手くいかない。嫌いだ。

Received — 2021年3月28日 tommy先生の「世相を斬る」

お別れソングNO1(57歳じじい編)

著者: tommyjhon
2021年3月28日 09:08
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。 日曜日なのでちょっと遅めの更新です。


ということで、明日が離任式。


おニャン子クラブの“じゃあね”。
お別れの時は、これをBGMで流してね。


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では、床屋に行って参ります。

Received — 2021年3月26日 tommy先生の「世相を斬る」

勉強し続けてますよ。“安倍にもわかる授業”を目指します。

著者: tommyjhon
2021年3月26日 05:31
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


やっと、副島隆彦先生の著作2冊
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を読了。
副島先生が絶賛しておられた、『中国製造2025』
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も、半分くらい進んだ。


・・・・ワタシは20年くらい前に、副島先生の講演に行き、その中で
「先生は自分で決めるものだよ」。というフレーズに出会って以来、副島先生を社会科学の先生として勉強してきた。この姿勢は今でも変わらない。
日本人の「中国嫌い」の偏見は、もう慢性的疾患のようで、じわじわと日本を蝕んでいくでしょう。
・・・・・なんで、中国に習わないのだろう?


そして、ただ今、アマゾンで思わずクリックしてしまった。
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と、
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これ。
『安倍でもわかる・・・・・・』
と書いてあるので、高校生には絶対分かると思う。
これから仕事することになる、某I中央高校は、5クラス編成の小さいクラスで、1年生5クラスと2年生1クラス、3年生2講座、なんと、生徒の半分以上と関わることになってしまった。
ほとんどの授業が、「政治経済系」なので、
これからのキャッチコピーは“安倍でもわかる”
にしよう。
ワタシは現自民党政権を擁護する気持ちは、これっぽちもない。I中央高校のみなさん、お楽しみに。






Received — 2021年3月25日 tommy先生の「世相を斬る」

某I中央高校に行ってきます。

著者: tommyjhon
2021年3月25日 05:43
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、
本日は、4/1からの新天地となる某I中央高校への出張。グーグルで調べると片道36.8㎞らしい。この往復の経路が登録されて、交通費(ガソリン代)が算出されるのだが、これはかなり折衝をしないといけない。
そして、この重要なタイミングで歯の治療をしなければならなくなった。某I中央高校の保健室に駆け込んで、近くの腕のいい歯医者を教えてもらおう。
もし仕事が早く終わった場合を考えて、“日帰り入浴セット”も持参する。長岡温泉の隣だから。


何でも新しいことをやるときには、心が時めくものだ。 今は、そんな心境である。
では、本日は手短に。


Received — 2021年3月24日 tommy先生の「世相を斬る」

もうすぐ離任式

著者: tommyjhon
2021年3月24日 06:15
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、普通に出勤。今日は、次々年度の研究(修学)旅行に関する旅行会社の入札プレゼンテーションに参加する。「なんで、この学校を去ることが決まっている職員が参加しなければならないのか?」
よく理解できないのだがルールではそうなっている。
旅行社の面々がわざわざ進路室に寄ってくれたのは理由があるからなのね!!!!!!!


明日は、(マツモト)いよいよ、伊豆中央高校に出張して新年度の職員会議に参加する。わくわくしてきたので、思わず、もし「異動してこられた先生方を代表して、Tommyセンセから挨拶を頂きます」なんてフラれた時の内容を考えてしまう。
金曜日も無用に出勤する。・・・・今週は、お客さんがひっきりなしに来てくれるので、進路室も大賑わいだ。片付けが進まない。


そして、29日が離任式となる。
実は、この離任式がどうなるか?まだ正確には決まっていない。基本案は、Zoomによるリモート離任式なのだけれど、講堂を使ってその映像を流すことも考えられているらしい。離任式の主演の一人としては、パソコン内蔵カメラに向かって話をするよりも、講堂の舞台を使わせてもらうのが一番いい。
離任式の挨拶って、言葉だけではなく、体全体を使ってやるものなのよ。
①空手が特異のある先生が、わざわざ自分で買ってきた木製バットを割って見せたパフォーマンスを見たことがある。
②応援団のエールを自演し母校の校歌を歌って去った先生がいた。
③「離任式での言葉を考えてこなかったので、ありがとうとだけ言います」という挨拶を何度も聞いた。
この③的挨拶は、全部、嘘っぱちっだ。
ワタシたち離任する者は、もう離任式の挨拶しか考えていない。他のことは手につかず、それしか考えていない。
さあ、今回はどういう言葉で絞めようか?
20年前の長泉高校での離任式、
「生徒諸君、人生は、所詮、カネだ。稼いだ者が正しい。男は、目指せ年収3000万円、女は、目指せ年収3000万円の男の妻」
と本当に言った。離任式後の宴会で、ワタシは校長先生に「最後の言葉は問題がある」と諭されたが、今考えると、20年後に女性蔑視発言によってオリンピック組織委員長が辞任する世の中になることを予言したような言葉だった。
12年前の離任式
「ワタシは母校富士高で教壇にたち、明らかに自分より頭のいい生徒たちに恵まれて、自分自身が成長できました。お礼に、富士高が大地震の避難所になる場合を想定して、毎年、収穫できるものを残して置きます」
「それは、桃・栗・柿です」
と喋って去ってい言った。実は、その前日にホントに桃の木と栗、柿の木をジャンボエンチョーで買ってきて植えておいたのね。今は実がなっているよ。


さあ、今年は何を話そうか?
第一の悩み)
生徒向けに話していることがだんだん教員向けになってしまうかもしれない。
第2の悩み)
ワタシの次に話す先生が相当人気のある先生なので、ウケを狙っても、たぶん負ける。
第3の悩み)
今年は退任(定年退職)される先生が、校長先生を含めて6人もいらっしゃる。もちろんその6人が主役である。あまり目立ってはいけない。
第4の悩み)
マスクで話さなければならない。
麻生太郎に聞いておけばよかった。離任式くらい許してくれよ。


さあ、悩みどころだ。

Received — 2021年3月22日 tommy先生の「世相を斬る」

転勤します(その2)

著者: tommyjhon
2021年3月22日 05:44
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。 3/22(月)今日も元気に某S水東高校に通勤します。
ということで、「政治・経済系情報発信ブログ」としては、
こんな写真(Twitterからの拾いもの)
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をネタに一言言いたい。また、
このニュースに関しても言いたい。



ただ、前回のブログで、
転勤にはネガティヴな理由とポジティブな理由があると告白し、ネガティブな理由しか書いていなかった。だから、今回は、ポジティヴな理由を記すことにする。


先週の金曜日、ワタシの異動が発表になると、あれだけ転勤オーラを振りまいていたのも関わらず、全然気づかない人が多くいて、声をかけてくれる多くの人が残念がっていた。(当たり前だ、ワタシの存在を快く思わない人は声などかけてくれない)。
その「残念です、寂しいです、これから我が校はどうなってしまうのですか?」などという心優しい言葉を聞くたびに、なんとなく、2時間枠で放送する、安直なサスペンスドラマの犯人のような心境になった。
 つまり、
自分勝手な恨みや私怨だけで犯罪を実行したのはいいけれど、刑事さん達に諭され、ようやく自分の行為が家族や仲間を不幸のどん底に陥れたことを理解して、ロケ地の岬の突端で泣きじゃくる身勝手な犯人。
のような感じになって、実際に気持ちも高ぶってしまった。


 ただ、そんな私怨だけではない。ワタシの転勤はむしろ今後の教員人事のお手本となるべき美談に近いものになったはずである(あと一歩のところで)。


 ワタシの教員人生は、静岡県の伊豆半島の突端にある静岡県下田市ではじまった。今は「下田高校」として合併してしまったが、下田南高校定時制の教員として初勤務地に赴任したのである。当時は、右も左も分からない若輩者で教員としてのスキルもなければ体の芯から漲るはずの教員魂みたいなものにも欠けていた。簡単にいえば足手まといの教員だったと思う。その下田の地で、今の女房と出会った。女房は女房で、伊豆半島の突端中の突端、下田より南にある、南伊豆分校に同期として赴任していた。この「足手まとい感覚」は30年たった今でも共有されていて、お互いに、「できれば下田の地で恩返しがしてみたい」と夕食の際に話していたこともある。
経験をかなり積んだ今なら、最初の3年間よりはお役に立つ仕事ができるだろう、とも思っていた。


 しかも、静岡県の南北に長い地形の中で、伊豆半島の突端である下田市や松崎町、やや利便性は回復するが、毎日峠を越えないと通勤できない伊東市などは、“積極的に転勤したくない土地”として有名なところである。まあ、そんな田舎に誰も行きたくないのだ。そこで、我が某S岡県の教育委員会は、高校の先生に「10年3校ルール」というのを特別につくって、強制的にそのような辺境の地に教員を異動させている。10年3校ルールとは、初任採用から10年間で3校の勤務地を経験してもらい、その中に必ず「僻地などを1回課す」という仕組みである。したがって、下田のような学校は、初任校か2校目である確立が高く、人生で言えば結婚適齢期の人物が多くなるのだ。つまり、若い人だらけ、かくいう私たちもそうだった。ただ、彼らは、それほど土地に愛着がない。できれば早く転勤したいと思っている。


 ならば、ワタシなんかどうでしょう? ①もう子育てが終わり、家族は経済的に自立している。②割と生きていく力はあるので、57歳でも単身赴任をいとわない。③下田市にそれなりの愛着がある。④若い教員に人畜無害であり、且つ、適切な指導も期待できる(なんちゃって)。
ほらね、こういう人物を、若者が嫌う辺境の地に赴任させることは、静岡県内教員事情の中では、最適な解答であるともいえるのです。
だからこそ、静岡県は、今後の若手教員(困難なことがあるとすぐに辞めてしまうケースもかなりある)を大切に育成するためには、(それなりに暇なジジい)教員に積極的に辺境の地に行ってもらうべきなのです。他の50代の教員に取材してみると最初の赴任地に愛着を感じている教員は案外多いことが分かった。


 こうして、公務員のお手本(県民の皆様に尽くしても尽くしてもまだ尽くしたりないと思うドM思考が、公務員の本質だ)ともいうべき、人事異動の先駆けを是非やってみたい、というのがワタシの転勤におけるポジティブな理由である。
だから、残り3年となり、単身赴任をともなう場所で、ホントによかったのだ。今まで話したことは同じように管理職にも話していた。


 ワタシは身勝手に、次の赴任先は下田市か伊東市だろうと勝手に思い込んでいた。伊東市の勤務でも単身赴任となる。伊東市にある高校には、昨年度、ワタシの片腕となって働いてくれた若手教員が勤めている。彼らも非情なルールによって峠を越えなくてはいけない場所に赴任させられたのだ。昨年度は、進学実績を大きく落とした年であって多くの責任はワタシにあるのだが、そんな雰囲気の中で転勤してしまった。彼らだけに大変な思いを背負わせてはいけない。


 ところがところが、なんと、伊豆中央高校なのである。伊豆の中央というばまさしく、伊豆半島の中央に存在し、伊東に行くにも、下田に行くにも、松崎に行くにも、必ず通らなければならない場所にある。しかしながら、通勤できてしまう距離ではある。最近は、伊豆縦貫道なる道路ができて交通の便もかなりよくなった。きっと、県教育委員会で、不必要な忖度(そんたく、流行語)が働いたのかもしれない。・・・・伊豆という希望は尊重し、単身赴任だけはやめてやった・・・・違う違う、伊豆半島ならば単身赴任でよかったのに。


 でも、転勤することには変わりはない。しかも、伊豆中央高校となると、かつて沼津商業に勤務していたころの生徒や長泉高校に勤めていたころの生徒が、ちょうど高校生の子供をもつ時期になっている。富士高校や清水東では、同級生の子供をいじめまくるという面白い経験を何度もさせてもらった(本気に解釈しないで下さい)。今度は、教えた子供の子供を教える、親子2代制覇を経験できるかもしれない。やはり、積極的な転勤であるわけです。
伊豆中央高校の保護者の皆様、積極的にカミングアウトして下さいね。
こういう顔の先生です。
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Received — 2021年3月20日 tommy先生の「世相を斬る」

転勤します。

著者: tommyjhon
2021年3月20日 05:59
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、3/20(土) 庵原球場にいます。

さてと、
昨日の新聞発表で、いよいよ転勤になっていることが公表されました。

拡大したスクショ
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8年間在籍した清水東高校を離れ、伊豆長岡温泉の隣に位置する伊豆中央高校に転勤となりました。
これで、ワタシの教員キャリアは、
下田南定時制(3年)→沼津商業(3年)→長泉高校(8年、29歳から37歳)→富士高校(12年、37歳から49歳)→清水東高校(8年、50歳から57歳)→伊豆中央(残り3年)
となります。これでお判りかと思いますが、伊豆中央高校は決して辺境の地ではなく、昔勤務した思い出の三島田方地区の高校です。
伊豆中央高校は、源頼朝が流罪になった地にはありますが、決して「やらかしての島流し」ではありません。望んだ地への積極的転身です。


静岡県の高校転勤システム複雑怪奇で、公表されている部分と裏の部分がありますので、ここでは詳しく説明できませんが、ワタシは現在57歳で、正規教員としては残り3年となり、転勤するには最後の年齢です。(残り2年とあると転勤出来ません)
また、ちょっぴりと清水東の功労者であると自負しているので、いわば、「フリーエージェント」を行使できる立場でもあったのです。そして、この機会を活かし積極的に転勤を選びました。
もちろん、希望が100%叶うわけではありませんので、行き先は、ほんのつい最近までは知りませんでした。


転勤希望を宣言するにあたっては、消極的な理由と積極的な理由があります。もっと正確に言葉を使えば、ネガティヴな理由とポジティブな理由です。
まずは、ネガティブな理由から記します。


 ワタシは、母校富士高を49歳の時に潮時をと感じて離れ、教員経験上初めて富士川を超えて静岡県中部地区の進学校である、名門清水東高校に赴任しました。1年目は、仕事も少ないでくの坊を積極的に演じていたのでこのままお気楽生活を送ろうと考えていたのですが、1年後に学年主任を命じられ、何も分からないままその学年を率いることになりました。学年主任は前任校で経験していたのである程度の見込みはたったものの、同じ静岡県の進学校といえども、学校というのは、制度や生徒、伝統、職員などなどの要素で雰囲気はガラリと変わります。何とかして人並みの主任を全うしましたが相当なエネルギーを費やした感じがしました。
 学年主任を終えてホットしていると、今度は、教務主任を命じられてしまいました。教務主任という職は、管理職を除いた中間管理職の中においては、学校を統括するとても重要で繊細な作業は必要なポジションです。少なくても「細かな仕事」に関しては到底向いていない。しかも、当時の清水東高校は学校システムにかなりの問題を抱えていたので、その解決にかなりの頭脳を使いました。しかも、世界はどんどんIT化が進み、そのあたりのスキルの全くないワタシは、多くの人に迷惑をかけていたと思います。
 そんな2年間を過ごしていると、今度は進路指導主任(我が校では、進路部長といいます)をやらざるをえない状況が生まれてしまいました。実のところ、最後の学年主任の年からずっと3年部に所属していたため、毎年の進路指導にはそれなりに携わっていたので、その理由から白羽の矢がたったと思われます。
 そしてこの2年間、進路室の片付けからはじまり、多くの時間と労力を清水東の進路指導のために費やしてきました。1年目は、進路部長1年目だからとは思いますが、周囲のサポートが手厚くそれほど苦しくはなかったのですが、このコロナ禍に大揺れした令和2年度は、様々な対応に追われ、その中で、どんどん孤立感が深まり、精神的にどんどん追い込まれて行きました。先生方が悪いのではなく、自分から精神的な落ち込みの泥沼にはまっていったような感じがしました。
 過去に受け持った生徒の中で、「クラスの友達の言葉が、全部、悪口に聞こえる」と漏らし、登校障害に陥ってしまった生徒がいました(無事卒業しています)。時折、その感情を少なからず味わったように思えます。
別に対峙している生徒に原因があるわけでもなく、自分の精神的な疲労が重なっただけだとは思いますが、特に秋頃から2月にかけては、精神的な不健康が続きました。
これが、転勤希望のネガティブな理由です。


 みなさんもうお気づきだと思いますが、「もう疲れた」という言葉で集約させてください。
何に疲れたのか? 一番の理由はオーバフローです。今まで清水東高校で行ってきた仕事は、すべてワタシの小さな頭脳に収まりきれるものではなく、どれもこれも、身の丈以上の重要さでした。だんだん、自分の中で処理しきれない多くの困難に対処しなければなりませんでした。ただし、この困難さは、他の誰かならば普通に処理できる程度のものです。ワタシだから苦しんだのだと思います。


 不思議です、この困難が、もし、「県教委由来」の仕事ならば、むしろ逆にパワーがみなぎりどんなに大変でも力ずくで立ち向かったりできるに、教員の立ち去った進路室のドアの音だけで手や足が震えはじめるのです。


 もちろん、精神的な苦痛を沈めることが出来るプロセスは勉強しています。メンタルトレーニングの世界では、“クリアリングプロセス”といいます。本能的に、そして、後発的な学習によって培われたクリアリングプロセスによってなんとか基本的な精神状態は保つことができました。
その大きな手段が、SNSやブログなのだろうと思います。毎日、朝の4:00から6:00まで、パソコンの画面を見ながら、時折キーボードを打っている時だけは平常心でいられました。
今年、“定年したら長野の別荘に住む”などと騒いでいたのですが、よくよく考えれば、別荘を買いそこに住みたいのではなく、ネットサイトで、別荘の見取り図と周辺データを見ながらあれこれ妄想している時間が好きなだけかもしれません。
なので、現状は普通に元気です。


もちろん、これから意気揚々と我が清水東高校野球部の春季大会1回戦にでかけます。清水東高校になって、運動音痴のワタシが、たった一握り者しかできない、スタジアムのベンチに座ってチームを応援できるなんて、そうすべて清水東高校のお陰です。
さあ、頑張るぞ!(やるのは生徒なのに・・・・・) 








































Received — 2021年3月18日 tommy先生の「世相を斬る」

B社のスタディーサポートを行う

著者: tommyjhon
2021年3月18日 06:28
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


 ということで、明日が終業式・・・・・3学期は1,2年生だけなので、とうとう、集会の形式をいつものあの場所で行うことになりそうだ。
本日は、某教育巨大コングロマリットBネッセ社が提供する、スタディサポートという名の試験。(1.2年)
 つい数年前までは、このような教育産業が提供する商品を、堂々と平日にしかも学校行事として行ってはならない!!! という指導があった。
もちろん今でも、我が静岡県では、B社の模試などは授業日以外で行っている。(B社、K塾、S台、Yゼミなどすべて)
どこかの都府県では、B社の模試を平日の授業日にやっているところがあるようだ。
例えば、某K奈川県立H陽高校(名門)のHPから拾った、PDFのスクショ
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ほらね、学校の第1回実力テストと銘打ちながら、堂々とB社と書いてある。実力テストなんだから、平日に実施しているに違いない。


しかしながら、我が校がB社のスタディサポートを平日の今日に行うのは、文科省から奨励されていることなのである。B社模試を実力テストと称して、平日にやることが、文科省のお墨付きをもらっているかどうかは、定かではない。
では、文科省が、いわゆる高大接続改革、高校の教育改革で、大きく宣伝されたパンフレットがこれ、
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この“学びの基礎診断”測定ツールとして、B社の提供するテストが認められたのだ。
とにかく、学校教育行政が、説明配布資料として作り出すパンフレットは、小綺麗にまとまっているので、欺されやすい。
そして、つい最近の学びの基礎学力診断に関する有識者会議で実施資料が公開された。

そのスクショ
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要するに、Bネッセ社の完全勝利!!!、 完全一人勝ち。 結果的に、文科省はBネッセ社の提供商品に堂々と「文科省御用達」の御朱印を押しただけだったのだ。しかも、この「学びの基礎診断テスト」は、学校で絶対やらねばならない類のものである。
まあ、スタディサポートに関しては、我が校も実施しているので何とも言えないが、この表の通り、他に適当なものがないので、仕方がないのだ。また、B社は日本全国の高校生(卒業生をすべて含む)の膨大な情報量を蓄えているので、現場としては、“一番適当なもの”でもある。
ちなみに、別にワタシ個人としては、Bネッセ社と仲が悪いわけではなく、お互いにWINWINの関係ではある。


しかしまあ、この『学びの基礎診断ツール』の認定とか、例の英語4技能検定における『GTEC』の一人勝傾向とか、福武書店からスタートしたBネッセ社は教育行政まで取り仕切る巨大商社にまで登り詰めたのだ。
老衰している日本社会は、今後、老後の学習(頭を使わないとボケるなんて脅されて)などが推進され、おそらく、Bネッセ社は“しまじろうから墓場まで”というキャッチコピーのもと、日本の教育を取り仕切る巨大コングロマリットとなるだろう。


さあ、本日のオチ
新聞各社で報道されているが、文科省の最大の諮問機関である「中央教育審議会」の新メンバーが新聞発表された。
例えば、

さて、 今日のブログの途中で、「校内実力テスト(ベネッセ)」と堂々と平日にB社のテストを行っているに違いない学校のスクリーンショットを挿入してあるが、
その高校とは、新たに中教審の新委員となった人物が、校長を務めている高校のことである。


・・・・・今日はヤバイ記事かも?














Received — 2021年3月17日 tommy先生の「世相を斬る」

異なる手段で同じような目的に達する

著者: tommyjhon
2021年3月17日 06:11
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、例の“鬼より怖い”サンデー毎日に結果が掲載されたので、もう逃げも隠れもできない。某S水東高校の大学入試結果がバレていく。
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この情報は、私たちが必死になって合格日からリサーチして、やっとこさ送ることのできる大学通信社へのFAXからなりたっている。

ここの編集部がうるさくて結果を送らないとすぐに督促の電話がかかってくる。本当に鬼より怖いサンデー毎日&大学通信社なのだ。
このサンデー毎日最新号は、東大・京大以外は正確ではない。東北&名古屋などは、次回のお楽しみである。
 さて、我がS水東高校であるが、東大が3名(現役2、浪人1)京大が4名(現役3、浪人1)の合格者をだした。公立高校の性(さが)として、大学合格実績は学区の問題に左右される。母集団が、人口23万人の清水区を基本としている高校ではまずまずの実績だと思う。
 ちなみに、前任校の某F高校は、富士市・富士宮市を母集団としていて人口は合計37万人だ。浜松北高という学校が県下で一番の進学校だというけれど、現在の浜松市は人口80万人である。浜松北高校が凄いのではなく、それだけ選び抜かれた生徒が集まっているからである。

 過去2年間、進路部長として生徒の大学進学に携わってきた。その前は教務主任だったが3年部に在籍しており、3年部に籍を置いたのが合計5年間続いている。ずっと大学進学に首を突っ込んでいると、だんだんと信念が生まれてくる。
 そして、かれこれ9年間も「倫理」を教えてきたので、世界の哲学者のことも詳しくなった。自他共に認める「一番倫理感のない人間が倫理を教えている」ことをやってきた。
その中に、モンテーニュという結構な思想家がいる。
こういう顔の人で、
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画像のように、 『エセー』(『随想録』ともいう。)という名言集を20年かけて書き上げた。一番有名な言葉が、 クセジュ( Que sais-je? ).
「我、何をか知る」すなわち「わたしは何を知っているだろうか? である。一般的には名言というが、かっこよく言うと、箴言(しんげん)と表す。
モンテーニュの箴言は、よく知られており、
・①いつかできることは、すべて今日でもできる。
・②この世には、勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある。
・③結婚は鳥カゴのようなものだ。 カゴの外の鳥は餌箱をついばみたくて中へ入りたがり、 カゴの中の鳥は空を飛びたくて外へ出たがる。

これらが、モンテーニュの言葉だ。①はよく先生が使う言葉で、③は大人の真実だ。
この箴言集『エセー』の第一章の表題が、
「様々な方法で、人は同じ結果に到達する」



 である。要するに、どんな手段をとっても結果は同じ、高校生活に限って言えば、「どこの高校を選んでも、人は同じ大学に進学する」ということになる。
人間って、平等な権利はあるけれども、平等な能力を持って生まれていない。頭のいいやつには、どんなことをしても頭では勝てない。もちろん、足の速い奴に足の遅い奴が一生勝てないことと全く同じことである。
しかし、同じような頭脳の持ち主であれば、同じ大学に合格するはずである。たとえ、違う高校に進んでも、同じ結果になるはずであるべきなのだ。
 静岡県下には、実に多くの進学有名校が存在する。それは、静岡県が東西に長いことや、昔は学区制が厳しく地元愛が強いで土壌あることなどがその理由だ。その中で、過去の某S水東高校は、理数科といういわゆる全県を学区とする学科(しかも県下で3校のみ)があり、そこで県下のとびきりの頭脳をかき集めていた時代があった。今は、その理数科(その他多くの特進コース)がいろいろな高校に設置されているので、そのアドバンテージはかなり消滅した。


 でも、理屈は変わらない。
同じような頭脳の持ち主であれば、同じ大学に合格するはずである。たとえ、違う高校に進んでも、同じ結果になるはずであるべきだ。

 ただし、この信念(理屈)は、検証できないのである。その若者に関しては、高校選びは一度きりなのだから。
だからこそ、進学実績というのは恐ろしい。本当に恐ろしい。進学校で進路に関わる人間が、一番恐れるのは、「同じような頭脳の持ち主が大学選びや大学合格で差をつけられる」ことなのである。
 今年の初回「大学入学共通テスト」は、案外と素直な問題が多く、しかも、それなりに(正しい方法かどうかはともかく)ひねってあったので、結果的に、「頭の善し悪しが露骨に点数に響く」ようなテストとなった。
従って、理屈で言うならば、「800点以上とった生徒は、どこの学校でも東大京大などの超一流の難易度大学に入るはず」であり、「700点くらいとった生徒は、数学さえ出来れば旧帝国大学に入れるはず」であり、「600点以上とった生徒は、国公立大学に進学できるはず」なのだ。


それが、もし隣のS岡高校に進学していたらどうだったのか? 某S水東高校ならばどうなのか? こうやって、たった一度の人生しかない生徒達の運命を決めていることになる。
この頃は、大学進学にも「地域格差」の圧力がどんどん高まってきて、
同じような頭脳の持ち主なのに、首都圏の裕福な家庭に生まれた人間と、地方の普通の家庭に生まれた人間とでは、進学する大学が違ってしまう。ことになってしまっている可能性が高い。
これは、人間性や幸福度などのことではなく、「大学進学用脳みそ」だけのことに限定すると、こういう結果になっていると思われる。


でもでもでも、絶対にこんな格差があってはならない。
「様々な方法で、人は同じ結果に到達する」

となるべきなのだ。


ねっ、大学進学に立ち向かうこと、って恐ろしいでしょ。(高校での)生徒と先生の関係って、決して師弟関係ではないのです。(目に見えない結果と戦う)戦友なのです。
読者の皆様、分かってください。


・・・・・PS、ということで、昨日は2年生の希望者に集まってもらって某Yゼミナールの有名英語講師による英語力向上特別講座を開催した。Yゼミの本部校では、ワタシのブログがこそこそ読まれているらしい。今回はどうだったでしょうか?



















Received — 2021年3月16日 tommy先生の「世相を斬る」

「新聞を読みましょう」と高校生に呼びかける疑問

著者: tommyjhon
2021年3月16日 06:02
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、Twitterから拾った記事。

私たちが、高校生の時代、先生方からことあるごとに「新聞を読め」と言われ続けてきた。特に、“天声人語”のようなものを読め、とまでいわれた。
社説は毎日読みなさいと言い切った先生もいた。


うううううーーーーーーん、どうなんでしょ、今時の先生方は新聞を読めと薦めるのでしょうか? 自分は新聞を読んでいるのでしょうか?
今の職員室を観察していても、誰も新聞なんて読んでいません。今や新聞を読む姿は、仕事をやらない人間の象徴とまでなっておりますな。


「新聞を読め」と生徒に教えていた時の意味って何だったのでしょう? 時事問題を知ること? 文章作法? もう今やどちらもスマホで簡単にできる。
文章の作法など、こうやって教えればよい。
Twitterで、内田樹先生をフォローする
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内田樹先生のサイトを「お気に入り」にしておく。

時々、チェックして更新された時点で拝読する。
内田先生の書籍をアマゾンでチェックする。



ここで、高校生はひとひねり。
自分のスマホからアマゾンにアクセスしたところで、クレジット登録していないので簡単に買うことができない。だから、家にあるお父さんやお母さんのパソコンからアマゾンにアクセスして注文すればいい。(親は、子供に書籍の購入を迫られたら、断れない)


ワタシは、この頃、堂々と
「Twitterを使え」と言うようになった。
偽名で裏アカウントつくって、面白そうなものをどんどんフォローすればいい。


偽善者ぶって「新聞を読みなさい」などをいう大人よりも、遙かに必要な情報が詰まっていると思う。
たしかに、SNSを悪用する奴は後を絶たないが、だからと言ってSNSが諸悪の根源ではない。悪い奴は悪く、いい奴はいい奴なんだ、SNSがあろうとなかろうと。


みなさん、ワタシのtwiiterもフォローしてください。「リツイート」で繋がりましょう。真実の世界に・・・・・
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Received — 2021年3月15日 tommy先生の「世相を斬る」

3月最終週(勉強を効率よくする方法)

著者: tommyjhon
2021年3月15日 06:03
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


 ということで、3/19(金)の終業式を控え、なんとなく、何かやってる最終週。本日は、ほぼ1年半ぶりに決行する、生徒会主催(要するに生徒が勝手にやっている)の球技大会。
・・・どちらかというと、球戯大会の方がイメージに近い。
こういう行事が学校になくて、1年間、ホントにつまらなかった。
 明日は、2年生のために、外部講師を招聘したイベントがあるので、ワタシも少しは仕事が出来る。


まあ、こういうだらだらした日は、さっさと終えて部活動に励む人もいれば、さっさと春休みの課題にいそしむ奴もいる。どっちでもいいよ。
しかし、部活動に励む奴もとにかく春休みの課題だけはしっかりこなして欲しい。苦しんで課題をやるのではなく、まるで歯磨きをするがごとく、今風の言葉でいえば、ルーティーンのように課題(宿題)を続けるのが重要である。


ワタシは一応進路部長なので、大学進学に関してとやかく言わせてもらうと、
「受験勉強は、大変だ。頑張らなくてはいけない」とみんな思うのだが、どうしても差がついてしまう。人間は、頭の構造に関しては不平等だ。頭が悪い奴は頭が悪いし、頭のいい奴は、今のレベルにおいてはあたまがいい。


ただし、学校(組織)の仕組みとして、構造的に自然と頭がよくなってしまう仕組みを持っているか否かで、君たちの“考える力(理解力)”は大きく違ってくる。
学校の宿題や課題、週のテスト、などなど、これらのタスクは、別に生徒達をいじめるために存在するのではなく、生徒にとっては1年生から3年生までひたすら続けることによって、「自然と土台の基礎力が身についてしまもの」なのだ。つまり、進学校という組織は、知らない間に受験に耐えうる頭脳が身についている構造を、学校単位で提供する場である。
これは、地域や学校の校風ごとに違いがあり、東京の一流進学校が、某S水東高校同じ「自動的基礎力向上装置」を構造として持っているわけではない。おそらく、首都圏の一流進学校は、地域・塾・予備校・家庭の4機構が複雑に絡み合って「自動的基礎力向上装置」となって機能している。だから、彼ら首都圏一流進学校の進学実績が、すべて高校に帰結するわけでもない。
我が某S水東高校では、相当程度に学校が主体となって、この「自動的基礎力向上装置」を作り上げている。その一部が、課題であり、宿題であり、週テストである。
ワタシの専門科目である、「公民」は1年生の時に一生懸命勉強しても、それほど効果があがらない。全然、「自動的基礎力向上装置」に関与していないので、1年生で宿題も課題も一切出さない。受験を控えた高校3年生でも一切ださない。「自動的合格点ゲット装置」としての「公民」は11月以降にフル回転することが一番効果的なので、そのようにしている。


 もしかすると、某S水東高校(清水東高校だよ、ホントは)に進学が決まった諸君の中には、暇つぶしに、「清水東高校」と検索していて、ヒットしているかもしれない。
そのような(奇特な、奇っ怪な?)新入生には是非とも理解して頂きたい。


高校の「宿題・課題・テスト」ってのは、“自動的基礎力構造装置”と理解して欲しい。
だから、ここは、一生懸命やってはいけない所なのだ、普通に、歯磨きをするがごときに日常生活の一部分として当たり前のように続けることが大事なのだ。


高校3年間で、一生懸命やるべき所は、その上に位置する構造の部分であって、
それが、「もっと勉強してみる」とか、「読書は続ける」とか、「部活は命がけでやる」とか、なのよ。高校生は、「自動的学力構造装置」の部分、つまり機械的なことを一生懸命やってはいけないのだ。
勉強時間と成績が一致しないのは、以上の理由があるからで、1年生や2年生の時など、宿題・課題・週テの勉強などは、
「ぢれだけ一生懸命やるか?」ではなく、「どれだけ、短時間に終わらせるか?」の問題なのよ。














Received — 2021年3月12日 tommy先生の「世相を斬る」

2011.3.11(ワタシは原発をこう教えている)

著者: tommyjhon
2021年3月12日 06:15
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、今日は3.12(金)。静岡県下の公立高校では合格発表が行われます。


さて、2011.3.11から10年の節目、今年は特に大震災の追悼番組(特集)が多くのメディアで扱われた。しかし、あの大震災で世界を恐怖のどん底に陥れた原発事故に関しては、やはりどこでも腰の引けた報道だったように思う。
この10年間、原発事故に関してワタシがどのように授業で扱ってきたかを披露する。
原子力発電に関して、YESかNOかで問われれば、基本的には反対であって、核兵器に関しても反対の立場をとる。ただし、高校生相手に、「賛成?反対?」などという原理主義的な話し合いを行わせても、何ら得るものはない。とも思う。
この10年間、ワタシは次のようなテーマで原子力発電と福島原発の事故のことを教えてきた。


①原発事故とPL法
 PL法とは、いわゆる製造物責任法のことで、製品による事故があった時には、無過失責任がメーカーにともなうことを定めた法律である。もちろん、「政治経済」「現代社会」という高校で扱う教科にも必修ワードとして記載されている。
ところが、こと原子力発電所には、この製造者責任が該当しない。それこそ、「原子力損害賠償に関する法律」で明記されているのだ。
http://www.magazine9.jp/kaeru/130306/
したがって、2011からの福島原発事故に対する対応は、製造業者ではなく、この原発を運営稼働させてきた東京電力のみの責任が問われてきた。本来ならば、こんな危ない装置を危険を承知していながら販売してきたメーカーの責任を追及してもよいはずだ。しかし、もし原発を製造し販売するにあたって、この製造物責任を盛り込めば、絶対に原発なんか売れないだろう。
当時、世界一の原発メーカーとして日本に売りつけていたのはGE(ジェネラルエレクトリック社)である。・・・結局、アメリカの会社が儲けただけなの。
ちなみに、日本の原発メーカーも世界で原発ビジネスを展開しているが、もし、この製造物責任を盛り込んで契約したとなると、それだけで一気にその会社は吹っ飛ぶぞ。
このことを教えてくれたのは、この本である。
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②沸騰水型原子炉と加圧水型原子炉
 原子力発電所といっても、すべてが同じ型式でできているのではない。原子力発電の形式は大きく2つある。よく考えれば、地上に露出している原子力発電所が危険であるのと同様に、世界の海中を黙って航行している原子力潜水艦も危険きわまりない乗り物である。しかし、原子力潜水艦を全廃仕様とする動きはない。何が違うのか?
http://www.oshietegensan.com/atomic/atomic_j/2178/
それは、沸騰水型原発と加圧水型原発の違いである。いろいろなサイトで検索して欲しいが、圧倒的に加圧水型の方が安全なのだ。原子力船はすべて加圧水型。
福島原発は、安全でない沸騰水型であった。
日本政府もそのあたりはわきまえているようで、福島原発以来、再稼働がされているのは、加圧水型原発である。
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とにかく、沸騰水型の原発は安全度が全く違うので、絶対に廃炉にするべきだ。静岡県にある浜岡原発は沸騰水型であって危険な方である、再稼働させてはいけない。


③福島原発事故は本当に危険だったのか?
この件に関しては、専門家を頼るしかない。私たちは福島原発に近寄ることができず、ましては中をのぞき込むことも出来ない。
では、誰を頼るのか? ワタシがここで下した結論は、東大や京大の原子力専門家ではなく、実際に、チェルノブイリや中国の核実験場まで出向いて、放射能汚染を測定してきた、現場第一主義の専門家が一番頼りになるということだ。その先生は高田純先生という。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4860034171/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i5
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実際に福島原発周辺をガイガーカウンターでこまめに計測した、放射線防護学の高田先生の主張に完全に同意する。福島は安全だ。


④この原発事故に関して。政府の責任はあるのか?
ある!!!!
日本の国会議員センセがたも、高級料理ばかり食べて人間だけではない。この原子力発電に関してしっかり勉強して、なんと2006年(事故から5年も前)にこのような事故が起きる可能性を指摘していた国会質疑があったのだ。









この映像の生(なま)答弁書
http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b165256.htm

<コピッペ>
一の3について 我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない。
一の4について スウェーデンのフォルスマルク発電所一号炉においては、平成十八年七月二十五日十三時十九分(現地時間)ころに、保守作業中の誤操作により発電機が送電線から切り離され、電力を供給できなくなった後、他の外部電源に切り替えられなかった上、バッテリーの保護装置が誤設定により作動したことから、当該保護装置に接続する四台の非常用ディーゼル発電機のうち二台が自動起動しなかったものと承知している。
一の5について 我が国において運転中の五十五の原子炉施設のうち、非常用ディーゼル発電機を二台有するものは三十三であるが、我が国の原子炉施設においては、外部電源に接続される回線、非常用ディーゼル発電機及び蓄電池がそれぞれ複数設けられている。
 また、我が国の原子炉施設は、フォルスマルク発電所一号炉とは異なる設計となっていることなどから、同発電所一号炉の事案と同様の事態が発生するとは考えられない。
一の6について 地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、原子炉の設置又は変更の許可の申請ごとに、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(平成二年八月三十日原子力安全委員会決定)等に基づき経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認しているものであり、御指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。
一の7について 経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。
一の8について 原子炉施設の安全を図る上で重要な設備については、法令に基づく審査、検査等を厳正に行っているところであり、こうした取組を通じ、今後とも原子力の安全確保に万全を期してまいりたい。
二の1について 経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。<コピッペ>
この時期に、すぐさま改善をしておけば、福島原発事故は未然に防ぐことはできたのだ。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-13/2013011301_04_1.html
日本人の多くが(反共思想に凝り固まっているので)、共産党を評価しないが、共産党の指摘は完全に正しかった。これを無視したのは、もちろん、バカの象徴、安部晋三である。


⑤ソフトパワー論
ソフトパワーとは、ソフト・パワー(英: soft power)とは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力のことである。 対義語はハード・パワー。
(ウィッキ)
のことである。原子力の平和利用(原発推進)に関して、ソフトパワー戦略の中心にいたのは、まさしく、あの、ゴジラである。
最初は、水爆大怪獣として出現した。=恐怖の象徴
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そして、他の怪獣から日本を守ることになった=正義の象徴
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しかし、モスラも犠牲者だった。原子力の悲劇!!!!
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ここで、モスラとゴジラは、宇宙の怪獣キングギドラを倒すのである=平和の使者・日本の救世主


これでまさしく、ゴジラによる、原子力平和利用の推進力となったのだ。


これで、福島原発事故の後に制作された、「シンゴジラ」の意味が分かるでしょ。


・・・・・・ワタシは、このように、授業を展開しております。
Received — 2021年3月10日 tommy先生の「世相を斬る」

2011.3.11から10年

著者: tommyjhon
2021年3月10日 06:08
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、どこのメディアでも、震災からの10年を特集している。
まさに、日本を変えた2011.3.11だった。


少し、思い出話を。


 我が家では、2011年にちょうど受験期を迎えていた。長男が大学受験、弟が高校受験である。次男の方は、それほど影響がなかったが、次男の友達の中には、静岡を離れて高校に行く奴が数人(いわゆる●●留学)いて、そこの合宿所が被害にあってかなり不便をしていたと聞いた。もっと、危なかったのは長男の方で、国公立大学後期試験を控えて某大学の下見をしていたまさにその大学構内で被災した。自分が揺れを感じる前に、大学のビル群から一気に人が溢れ出して、むしろその人間の形相に驚いたという。長男はなんと6時間かけて宿泊先のホテルに戻り、朝、4時間かけて、もう一度後期試験の大学に向かった。そして、正門に「後期試験は中止です。合否はセンター試験の成績のみで決定します」との張り紙。結果的に不合格になって長男殿は私立大学に進学していった。その長男殿も昨年結婚し、もうすぐパパになる(ワタシは正真正銘のジジィとしてデビューする)。それが10年という歳月なんだろう。


 ワタシは、当時某県立富士高校で1年の学年主任をしていた。某F高校では、2年生の7月になると、高原教室という某F高生にとっての最大のイベントがある。この高原教室というのが修学旅行であって、第一次登山ブームが起きていた今から60年前くらいにスタートした(苦行と感動が入り交じった)高校独自の行事である。なんと、山小屋にも宿泊するのだ。某F高生は(教員も)、奥日光の山々を登り、尾瀬を縦走して、心身ともに鍛えられるのだ。尾瀬の縦走が晴天に恵まれると、20㎞の行軍の後に一面のニッコウキスゲのお花畑が見られる天国体験になるし、雨天に見舞われると、稲妻が横切る豪雨の中で山小屋を目指す彷徨を味わえる。(教員としてどちらも経験した。氷のように冷たい雨の中を歩いた時には、生徒に内緒でワンカップ大関をお土産物屋で買って一気に飲み干したこともある)、転勤して今の高校に移った時には、ちょっとだけ「高原教室ロス」の気分になって、せっかく、修学旅行の行き先ががオーストラリア・シドニーだったのに、それほど感動しなかった。


 さて、その高原教室が出来そうにない。なにせ、私たちが行こうとしている、奥日光やトレッキングをしようとしている尾瀬の大湿原付近は、ご存じのように東京電力の管轄で、大災害にあった東京電力界隈は、避難者の一時的な宿泊場所として提供されていた。その地で高原教室を強行するわけにはいかない。
学校内では、アーバン(都会)派の“反高原教室”的態度を露骨に表す(特に生徒の安全にばりかり気を遣う管理職)先生も多く、どうしても高原教室を継承したいワタシにとっては、相当邪魔な存在だった。学年主任のワタシが、上手に対案をださなければ、あの時点で、高原教室は終了していただろう。
そこで、2011年3.11の直後に高原教室担当の旅行社を呼び、代替案の検討に入った。この仕事は、おおやけになると反対派(教員・生徒保護者など)に一気に潰されそうだったので、管理職にも黙ってたった一人で検討していった。
その時の条件は、①尾瀬や奥日光と同等な達成感と感動を得られること、②“京都奈良派”を納得させるような論理があること、③そして、つぎの年からは奥日光尾瀬ルートに戻そうという機運が生まれること。の3つである。
 そこで、某F高校のお隣の進学校である沼津東高校が長年実施している実績がある、志賀高原4泊5日のコースを選び、3月末の職員会議で提案した。(その時は、担当旅行社JTBのお陰で、宿泊先のホテルも登山ルートもすべて計画済みだった。)先生方も、「沼津東高校のルートだったら大丈夫だろう」ということで、それほどの反対も出なかった(内心、ドキドキ)。また、その登山行程を見たある先生は、「尾瀬よりも、ライトでマイルドな高原教室になりそうだね」とも言ってくれた。ワタシは、ことあるごとに、この「ライトでマイルドな高原教室」のキャッチコピーを使って、生徒や保護者の方々にコマーシャルしていた。


 ところが、ライトでマイルドと言うキャッチコピーとは裏腹に、本当はヘビーでハードな苦行ともいえるコースだったのである。志賀高原は、もちろんスキーの聖地であってワタシもウインターシーズンは何回も行っている。しかし、その時はすべてゴンドラとリフトで標高2000㍍まで運んでくれる。しかし7月の志賀高原は、自分の足で登らなければならない。スキーの聖地である理由の一つが、ゲレンデを整備するに適当な山々がいくつも連なっているからである。そこを縦走するとなると、日本有数のゲレンデのアップダウンを何回も繰り返すことになるのだ。
しかも、7月のクソ暑い時期に。


 4日間の行程は、A隊B隊で少しずれるが、
1日目、移動と志賀高原の湿原トレッキング。(ここで捻挫してその後をずっとホテル待機した、体育の有名な先生がいた)
2日目、横手山から草津白根山。ここは、尾瀬にも負けない感動ものの、コマクサ群生地だ。
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3日目 岩菅山、もしくは、志賀山&大沼
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志賀山&大沼がここ。
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そして、
「ライトでマイルドな尾瀬」の象徴として使わせてもらった写真。
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4日目、クラス別研修。(要するに一日みんなで遊びましょう、という日)
ワタシは、理数科1組に混ぜてもらって、長野のネイチャーコースを満喫した。
その1、千曲川ラフィティング。
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その2、斑尾高原ジップライン。
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5日目(この日が帰着の日)、つまり、例年では日光東照宮に行くのが、松本城に変わった。
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と、山登りはハードでヘビーだったものの、高校生の修学旅行先としては、120点満点の
「たった1年だけの、高原教室」
を完成させた。


ちなみに、たった1年だけで、特別で、特異な、場所と行程だったので、普通の修学旅行では考えられない、バカみたいな企画も実行した。
①夜も深まって就寝時間を迎えようとしていた頃に、ホテルの館内放送で生徒をたたき起こして、バス8台で、ゲンジボタルを見に行った。
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② 志賀高原の98会館(長野冬季五輪の表彰式施設)を貸し切っての大閉校式。(要するに、舞台での芸やダンスのらんちき騒ぎ)
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だって、夏の志賀高原に団体で宿泊すると、このホールがすべて無料で使わしてくれるのだ。
もちろん、高原教室では恒例のキャンプファイヤーもやりました。バトンの先に松明(たいまつ)をつけてグルグル回す芸もやりましたよ。
しかも、この大閉校式の終了は、25:00!!!!! なんと生徒教員みんなで、夜中の1時まで騒ぎ続けたのでした。
・・・・・この高原教室には、当時の教頭先生も同行していたのだけれども、10年間、黙ってくれてどうもありがとうございました。(もう時効だからいいでしょう)




ということで、2011.3.11、日本で被災して犠牲なった方々が2万人、その他、有史以来の大災害、日本を大きく変えた原発事故。
本来ならば、慰霊・追悼のブログを書くべきですが、


ワタシの教員人生、最大の思い出を、暴露話を含めて書いちゃいました。
この某F高の志賀高原世代は、その1年後、史上に残る進学実績をあげることになるのでした。
関係者の皆様、あれから10年を記念してブログに残すことで、深い感謝の意を申し上げます。
Received — 2021年3月9日 tommy先生の「世相を斬る」

生徒はお友達なのよ。

著者: tommyjhon
2021年3月9日 05:39
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、3/8(火) ただ今、学校では一瞬の普通授業。高校入試との関係から、秘密業務が重なりなかなか普通の授業がくめない状況が続く。来週は来週で、年末業務が忙しく生徒にはだらだらと行事をやらせながら終業式まで繋げていく。
まあ、高校生の3月というのは、かなり暇だ。3・4年前に「3月を遊ばせない」という標語をつくって、何とかこの暇な3月を有意義に過ごさせようと毎年毎年いろいろ画策しているが、なかなか思うようにはいかない。
 ワタシはワタシなりに忙しく、合格した生徒が報告に来るし、後期試験の個別の指導もやらねばならないし、進路指導担当としての統計業務もある。
しかも、3月は人事異動の季節なので、先生方も落ち着かない。要するに、毎日気ぜわしいのよ。


 Twitterをよく使うようになって全国の様々な「学校の先生」と言われる方々のツィートをフォローしていると、案外楽しい。自分の置かれた職場が、かなり優遇されていることも分かるがその逆もある。しかしだ、世の中の仕事場の中で、忙しい仕事トップ5には必ず入るのが中学校の先生であることは、ツィートの内容からもよく分かる。高校教員より中学校教員の方が、はるかに忙しいのは事実である。でも、高校の教員は職業としてあまり人気がなく、中学校の教員志望の方が全然数が多い。なんでだろう?
ワタシは、高校教員以外の先生にはまるっきり興味がなく、免許もとらなかった。小学生の指導や中学生の指導に何も魅力を感じていない。今でもそうだ。魅力を感じない主な理由は、その妙にこじれた関係にある。どうも、あの距離感が馴染めないのだ。小学校や中学校の先生って、一体、何を教えているのだろう?


 高校生とは、すっきりした距離感が保ていている。それは、「友人関係」である。
実は、「ワタシの教え子」という感覚がどうしても好きではない。教員生活も35年が経ち相当数のいわゆる教え子達を送り出したが、別に自分の子供でもなく、何かを念入りに教えたわけでもない。そうえいば、よく“教えた生徒”であるはずの奴から、“トヤマ先生に教えてもらった記憶がない”とよく言われる。
ワタシが熱心に指導したのは、「小倉百人一首かるた競技」(これが正式名称、一般的には競技かるた)だが、この競技は、基本的なルールを知って、それなりの人と数多くの真剣勝負を繰り返せば、自然に強くなる競技なので、ワタシが秘術を尽くして教えることも別にない。そもそも、普通に生徒達は6ヶ月で僕より強くなってしまう。
担任も40代まではよくやったが、担任として高校生に何かを教えた記憶もあまりなく、しっかり指導した記憶もない。最後に3年間受け持ったクラスは、かなりアナーキーなクラスで、3年間でワタシの担任業務がかなり奪われた。①席替えをやる権力を奪われた。・・・・・勝手に朝早く集合して自分達で勝手に席替えしていた。②クラスの日誌を読む権利を奪われた。・・・いつのまにかワタシに提出せずに、どんどん生徒間で日誌が回るようになった。③・・・・その他いろいろ。
そもそも、30数年間、「起立・礼・着席」という号令をまともにやったこともない。生徒の誰よりもワタシはいい加減だった。
 つまり、ワタシは、「教師と生徒(教え子)」という関係を構築できなかった。 もっと言えば、そのような権威主義が大嫌いである。進学校と呼ばれるところで長くやってきたお陰で、「あきらかに自分よりも頭がいい奴」というのはゴロゴロいたし、「自分よりも成功しそうな奴」も沢山いた。高校生に対してエラソーなことを言える能力など、ワタシにはない。
したがって、部活動もクラス経営もその他いろいろな高校での生活は、単純に、一緒にやってきただけなのである。“楽しそうなことを企画して一緒にやる“。これだけで、お給料を頂いてきたような感じだ。・・・・県民の皆様ごめんなさい・・・・
そういえば、教員生活35年、ワタシは、「自分教えた奴で同じ教科の高校教員」という人間を、一人しか作ることが出来なかった(彼は特殊な人材であって、ワタシよりSNSが上手い)。これは、再生産指数と考えればまさしく最低である。誰も「Tommyセンセのようになりたい」と言ってくれない。(T_T)


 だからこそ、高校生と作り上げたのは、「友人関係」であって、師弟関係ではない。
この頃は、担任もやらず、部活の指導もせず、進路部長などと言って、一部屋を与えられているが、生徒との関係は、“一緒に受験と戦う戦友”だと思っている。
今年の受験では、いつもより多くの戦友を傷つけさせてしまったかもしれない。申し訳ない気持ちで一杯だ。
・・・・・たぶん、この地位を追われるだろうなあ・・・

 
Received — 2021年3月5日 tommy先生の「世相を斬る」

聖火リレー

著者: tommyjhon
2021年3月5日 06:01
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


いよいよ、(ほとんどの国民が出来るとは思っていない)東京五輪の聖火リレーが始まるらしい。
https://2020.yahoo.co.jp/torch/prefecture_list

世間体に敏感な方々は、どんどんご辞退なされている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/919d035f70697088b358bb92709434e304eccbd1



では、この聖火リレーに関するうんちくを、玉木先生のサイトから
<玉木センセの日記、コピッペ>
3月3日(水)
朝ベッドのなかで久し振りに立花隆『サピエンスの未来』の続きから読む。なるほど。「見る」という行為が如何に重要なものかわかる。相当以前のことになるが虫明亜呂無氏が選集を出した直後に亡くなられお葬式をお手伝いしたときに山口瞳氏が会葬者を代表して挨拶してくださり「虫明さん。あなたは見ることのできる人でした」と話された言葉を今も憶えている。うん。「見ることができる」ためには膨大な知識と教養の背景が必要なのだ。ワン。ベッドから出て黒兵衛と散歩のあと終日デスクワーク。某広報誌の連載に「聖火リレーの嘘」を書くか「スポーツジャーナリズムの嘘」を書くか大いに迷う。1936年ベルリン五輪に始まった聖火リレーはナチスがギリシア人の直系アーリア人であることを示すために利用されると同時に東欧南欧の道路事情をスパイ。3年後にその道路をナチス機甲師団の戦車が突き進んで第2次大戦となったのですよね。2008年の北京五輪では世界の五輪開催都市を巡り長野を走ったときはスタート直前にトーチの聖火が消えてしまい100円ライターで点けるシーンが名古屋のモーニングショウに映し出されてしまいましたね。その番組のコメンテイターとして出演していた小生は司会のM・Rさんと顔を見合わせて呆然としてしまいましたね。ソー言えば1964年東京五輪の聖火点灯を見た古典芸能関係者がそれまでボウボウと火を燃やしていただけの薪能に火入れ式なんてのを始めたそうです。と生前の野村万之丞さんに教わりました。伝統とはすべて起原の忘却(フッサール)なんですね。晩飯後の映画劇場は『黒部の太陽』。石原慎太郎と三船敏郎が組んで映画界の五社協定の支配に反抗して創った映画。一昨昨日の日曜日(土曜だったかな?)NHK-BSで石原裕次郎のドキュメンタリーが素晴らしかったので石原プロ第一作(三船プロとの合作)を録画。ナカナカ素晴らしい映画で前半のトンネル内に大量の水が噴き出す事故まで見る。後半は明日。裕次郎が役柄で対立する父親がナカナカの迫力だと思ったら辰巳柳太郎だった。この頃60年代はダム建設も映画創りも人材もヤル気も漲っていましたね。それが64年の東京五輪に…今は…?
<貼り付け終わり>
大好きだった作家の山口瞳氏のお名前がでてきてびっくり。若い人は、山口瞳など知らねーだろうなあ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/山口瞳



それはともかく、オリンピックの聖火リレーに関する部分のコピッペ
<コピッペ>
1936年ベルリン五輪に始まった聖火リレーはナチスがギリシア人の直系アーリア人であることを示すために利用されると同時に東欧南欧の道路事情をスパイ。3年後にその道路をナチス機甲師団の戦車が突き進んで第2次大戦となったのですよね。

<コピッペ終了>
聖火は決して、聖なる火という意味だけではない。
そして、フッサールの言葉
「伝統とはすべて起原の忘却」



・・・どこかで使おう、この言葉。


では、高校入試の採点に行って参ります。(3/4 6:00 更新)
Received — 2021年3月4日 tommy先生の「世相を斬る」

総務省の接待疑惑で絶対報道されない、自民党とメディアの関係

著者: tommyjhon
2021年3月4日 06:09
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、本日は、表題の件に関して解説します。
ただ今政界では、管首相の長男であり且つ東北新社役員である管正剛による総務省接待問題で大揺れです。
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そして、総務省の高級官僚であった山田氏の高額ゴチ問題
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この写真で、クローズアップされているのは、山田内閣広報官の後任に決まった小野日子(おのひかりこ)だが・・・・まあ、なんという女子会だ(嘆息)


本日の本題は、菅首相の長男でもなく、山田真貴子元広報官でもなく、もっともっと大きな組織体である、総務省と電波利権の関係である。
安部晋三元首相は、自己の演説の中で何百回となく、
「悪夢の民主党政権」という言葉を使った。
しかし、総務省と放送業界(つまり東北新社)、総務省と通信業界(つまり、文春砲のターゲットになったNTT)との関係を考えれば、国民にとっては、
“天使の民主党”であり、“悪魔の自民党”だったのだ。


ここからは、探し出した、電波利権に関しての記事を時系列ごとに貼り付ける。
まずは、2009年8月の記事。民主党政権が誕生する前夜の記事である。

<コピッペ>
注目が集まっているのは、民主党が2009年7月23日に発表した政策集「インデックス(INDEX)2009」。「内閣」「行政改革」「分権改革」など21の分野について同党の基本政策を示したもので、総選挙で注目を集めるマニフェスト(政権公約)は、これをベースに作成されている。
   21項目のうちのひとつが「郵政事業・情報通信・放送」。NHK改革や、通信放送行政を総務省から切り離して「通信・放送委員会」(日本版FCC)を設置することなどを提唱。その中の1項目に「電波の有効利用」を掲げており、具体的な政策としては(1)電波利用料に電波の経済的価値を反映させることによる電波の効率利用促進(2)適当と認められる範囲内でオークション制度を導入することも含めた周波数割当制度の抜本的見直し、などが挙がっている。08年の政策集にも、この方針は盛り込まれていたが、政権交代が視野に入る中、政策の実現が現実味を帯びてきた形だ。
   電波オークションは、1994年に米国で始まり、94年7月から08年11月にかけて85回が実施されている。落札総額は、780億ドル(7兆3000億円)に達している。米国以外では、00年から、英・独・スイスのEU諸国が導入。現在では、OECD(経済協力開発機構)加盟30か国のうち23か国が導入している。

<コピッペ終了>
つまりは、民主党政権は、公共の財産である電波の周波数割り当てをオークションにかけて、国庫収入を増やそうと総務省に働きかけている。
<この記事によると、コピッペ>
大阪大・大阪学院大の鬼木甫(おにき・はじめ)名誉教授(情報経済論)は、その背景に、「既得権益」の存在を指摘する。
「オークションが導入されて困るのは、今電波を使っている人。具体的には、電話会社や放送局などの既存ユーザーです。電波利用料を支払ってはいますが、本来の電波の市場価値と比べると30分の1~50分の1程度。ほとんどタダみたいなものです。」
   しかし、日本では地上波の完全デジタル化を2011年に控え、これまでのアナログ波の「跡地」利用に注目が集まっている。09年6月に地デジに移行した米国では、アナログ波の「跡地」をオークションにかけ、携帯電話会社などが約200億ドル(2兆円)で落札している。鬼木氏が米国のケースをもとに試算したところによると、日本の「アナログ波跡地」を、すべて商用ベースでオークションで売却した場合、1.7兆円の収入が見込めるという。国内で電波オークションが実現した際には、いわば「電波埋蔵金」が出現する形で、「財源が不明確」との批判を浴びている民主党にとって魅力的なのは間違いない。
   鬼木氏は、
「オークション導入がプラスになるのは、まず一般国民。これに新規参入を望む潜在的ユーザーです。これまで、通信事業者は事実上タダで電波を使ってきましたので、平気で無駄遣いをしてきました。ところが、オークションを導入すれば、一生懸命帯域を節約しようと努力するし、そのための技術も発展します。新規参入も増えますし、業界の活性化が進みます」
と、今回の動きを歓迎している。民主党政権が誕生すれば、通信業界にも大きな変化が起こるのは間違いなさそうだ。



という、まさしく、国民の利益に繋がる制度改革だった。
とかろが、



2013年の記事にがこれ、
①この電波オークションは、野党自民党の強力な反対により、一度も審議されることなく廃案になった。
②安部晋三政権は、この電波利権をオークション化する流れを一時的にストップした。


 <記事中の結論をコピッペ>
オークションによる周波数配分が先進国の主流であることに変わりはない。自民党は反対するだけでは政権与党として無責任だ。オークションの問題点を改善するための新たな議論の場を作るべきだろう。


もう一つ、安部晋三政権に移行する時の“電波利権”の記事



そして、2017年、安倍政権中、総務省の幹部らが接待を受ける理由を裏付ける注目記事



2017年、総務省が、とうとう電波利権のオークションに関しての検討に入った。 この当時の総務大臣は、野田聖子。
そして、この電波オークションの検討が、実現することはなかった。


要するに、総務省が電波事業者を揺さぶるために、「電波オークション」という武器を使って
「俺らの言うこと聞かないと、電波オークションを制度化して、使用料を爆あげするよ」
と脅しているのだ。


・・・・・・・東北新社もNTTも、接待する根底には、この電波オークションが深く絡んでいるのだ。
・・・・・・・この真実は、当事者のマスコミからは絶対に口に出せない案件である。






Received — 2021年3月3日 tommy先生の「世相を斬る」

思い出の卒業式

著者: tommyjhon
2021年3月3日 06:15
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、本日から静岡県の高校入試が始まるのでタイミングが悪い気がするが、教員生活35年の中で、一番感動して忘れられない卒業式のことを書いておく。
主役は、倉藤理大センセである。
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本物のプロ歌手である。ユーチューブでは、



 この倉藤センセとは、前任校・某F高時代に知り合った。
最初は、胡散臭いデカい単なる時間講師として、F高に来ていただけだった。ただ、何もない平らな机の上に、自分の携帯電話だけをおいて音楽室の授業に向かう姿が妙に気になっていた。
何となく教員仲間と相談して、「寂しそうな倉藤センセを宴会に誘おう」という流れになり、勇気を出して誘った。
 それからは、大展開が始まり、我々教員仲間でも生徒の間でも、倉藤人気がうなぎ登りに登って、「某F高に倉藤アリ」の存在にまであっという間に駆け上がった。ワタシが某F高を後にして8年がたつけれど、必ず何かの宴会で会っている。ワタシは、倉藤センセが好きである。
そして、酒を飲みながらの楽しい話の中で、必ず、「倉藤センセの第一発見者は誰だ?」との話になって盛り上がる。


 では、思い出の卒業式の話。
この倉藤センセとのお付き合いの中で、ワタシはこのようなイヤミをつぶやいたことがある。
「ねえっ、先生は音楽の教師でしょ、芸術の授業は、音楽・書道・美術と3つあって、美術と書道の生徒作品は廊下に展示してくれたりして僕たちが目にすることができるけど、音楽選択者の高校時代の作品ってないよね???????」
 
 こんな会話をした年、倉藤先生は、1年生音楽の授業を「合唱イベント」としてリサイタル化してくれた。その歌声は週に2回だけの授業で創られたものとは思えない完成度で、興味本位にのぞき見したワタシ達教員の度肝を抜いた。


 次の年には、12月祭(ちっちゃな文化部イベント)で、1年生音楽選択者全員による発表会が行われた。
進学校の「芸術」というちっぽけな授業が、学校の主役にまで上り詰めた瞬間である。


 そんな時代に、ワタシは学年主任だった。(とっても苦労したが)教員生活で一番楽しい3年間だった。今、振り返ると8人の担任の先生のうち1名が管理職となり、3名が進路指導主事となり、2名が学年主任として活躍しているのだから、先生に恵まれていただけなのに、今でも自分が一番頑張った3年間と勘違いしている。ちなみに、この学年が1年生の3月に東日本大震災が起き、その対応も大きな仕事だった。(この話はいずれ)


 学年主任として、2013年3月1日某F高校第●●回卒業式を迎えた。
高校の卒業式としては何の特徴もない普通の卒業式が行われた。担任の先生による呼名があり、卒業証書の授与があり、祝辞があり、送辞があり、答辞があった。校歌を斉唱して式が終わる。
本当に普通の卒業式である。ここまでは。


 “卒業生退場”と司会者の声があがる。
同時に会場には“蛍の光”が流れる。これも定番の光景だ。しかし、この時から普通ではない卒業式が始まった。それまでとはまったく違った荘厳な響きとともに宇宙空間がすべて凝縮されたような気分になった。ワタシだけでなく先生方全員がそう証言している。
この「蛍の光」の演奏は某F高の吹奏楽部が担当し、合唱を1年生音楽専攻の全員(約100名)が担当してくれたのだ。総指揮はもちろん、倉藤理大センセである。
倉藤センセは、卒業生のために、吹奏楽部と音楽選択者による壮大な“贈りもの”を用意してくれていた。
卒業生320人は、どんどん感情が高ぶってきたのだろう。退場するスピードがどんどん遅くなってきた。卒業生全員が、「ずっとこの場にいたい」と思い始めたのだろう。全然、退場してくれないのである、みんなが。
その全然退場してくれない長い時間、倉藤センセはずっと指揮棒を振り続けてくれた。生徒達はずっと歌い続けてくれた。ワタシはずっと泣いていた。3年生の担任の先生方もずっと泣いていた(と思う)。大多数の生徒の目は赤く腫れていた。


 倉藤センセは偉大だ。音楽の力も偉大なんだ。
文部科学省では何も語られない、教育委員会でも何も話題にならないが、このような卒業式が実際にあった。

Received — 2021年3月1日 tommy先生の「世相を斬る」

卒業式祝辞

著者: tommyjhon
2021年3月1日 06:01
全国の毒舌ファンの皆様 おはようござます。Tommyセンセです。


ということで、本日は3/1(月)
文科省の法令によると、卒業式は3/1以降にしか実施できないので、3月のこの日に、とにかく早く3年生をいち早く追い出すがごとくに、我が某S水東高校も卒業式を行います。
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうござます。


このハレの日にあたり、静岡県高校教育界のアウトロー、Tommyセンセが僭越ながら祝辞を申し上げます。


 卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。
これで、宿題・課題・テスト・教員などなどに苦しめられた高校からやっと自由になれます。特に今年の3年生は、コロナ感染防止のために、理不尽な生活を余儀なくされ、インターハイもなければ、学校祭もない。夏休みもたった10日間。戦後最悪の高校3年生生活でした。
75年前に新しい日本が始まって以来、昼休みにぺちゃくちゃおしゃべりをしながらお弁当を食べる普通の生活が奪われたことなど、一度もありませんでした。一年中、マスクをを強要される生活など、これまた一度もありませんでした。こんな生活が日常などと思わないでください。あなた方が過ごした1年間は、すべてが異常だったのです。
 コロナ禍だけがあなた方に異常をもたらした訳ではありません。文科省か行き当たりばったりに始めた“高大接続改革”の集大成の年として始まった高校生活は、大人の方が勝手に企画して、勝手に自爆してしまった教育改革企画に翻弄された一年だったのです。
まずは、Eポートフォリオ。要するに“学びの計画と実施を記録に残す試み”ですが、電子化を企てて見事に失敗しました。すみません。高校生の不安定さ(不安定なのが青年期なのですが)に乗じて一儲けを企んだ、B社(Bネッセ)やR社(リクルートのこと)にまんまと大人が欺されました。
そして、英語4技能検定。
 これは、大学入試センターも大手教育ビジネスにのって、もっと君たちを翻弄させました。申し込みまで終了したところで、あっというまの頓挫。日本の高校生達に、「無理な制度設計は、失敗を生む」という典型的な失敗例を見せつけてくれました。 そういえば、もう忘れたかもしれませんが、共通テスト数学と国語では、「記述式」が導入される予定になっていましたが、この試みの中で、生き残ったものは、共通テスト数学ⅠAが10分延長されたことだけです。


 私事ですが、進路部長として、この大学入試改革に懐疑的だったワタシは、早くからこの大学入試改革の破綻を言い当てておりました。さすがに、「破綻するから受験しなくてイイよ」と言うことの出来ない立場なので、英語検定に関しては、それなりの仕事と準備をしました。しかし、Eポートフォリオに関しては、自分の直感と信念を貫き、B社の「CLASSI(と言う名のソフト)もR社のスタディアプリも無視しました。他の高校が、右往左往する中で、この慧眼を褒めてください。


 要するに、“くだらねー1年間、くだらねー3年間”だったのです。
でも、これら2019年~2021年にかけての大きな変革(とその失敗)は、戦後史を丁寧に研究すると、容易に想像できたことなのです。ワタシは、授業中に、「戦後史は5の倍数に注意せよ」
「5の倍数で必ず何かが起きる」と説明してきました。ウソではありません。君たちが高校1年生の授業でも教えていました(2018年)。
そうなんです、1945年・1950年.55年.60年.65年・・・1985年.1995年、2000年(この年はズレが生じて2001年)2010年(これもズレがあって2011年)そして、2020年。
必ず大きな変動がある年だったのです。


 さてと、本題に戻って、卒業生の皆さん。
今日一日くらいは3年間を振り返ってください。それで充分です。もうそれ以上は振り返らないでください。
あなた方ならば、この3年間より、もっと次の3年間の方が充実しているはずです。高校生活で学ぶことよりも大学生活で学ぶことの方が100倍多いはずです。(大学生活全般を含む)
単なる勉強だけでなく私生活を含めれば、絶対に大学生活の方が、充実しています。
恋愛生活においても、高校時代のそれは、単なる疑似恋愛のことでした。しかし、大学生活のそれは、「もしかしたら、その責任を一生とるかも?????」と考えるほどリアルです。
リアルだからこそ、充実しているのですよ。逃げないでね・・・・・


 そして、大学を卒業し社会人として生活する頃になると、もっともっと充実する生活が待っています。(まあ、大変と言えば大変ですが・・・)
高校時代に夢だったことが、少しずつ現実になっていきます。また、高校時代や大学時代に挫折して諦めたことも、もう一度チャレンジできます。
高校時代は、大学受験などで、
「自分の意思よりも、自分の能力が最優先の時代」でしたが、大人になれば、自分の意思の方が優先できる時代が必ずやってきます。


 ワタシは、「ブランドを立ち上げる」ことがちょっとした夢でした。今でも自分のことを(ガキみたいに)Tommyセンセと名乗るのは、どうしても「Tommy」というブランドを立ち上げたいからでした。でも、大学時代に本気でつきあっていた彼女の“まともな先生みたいな仕事についてくれたら結婚してあげる”という甘言にのって教員になってしまったワタシは、その夢をずっと封印していました。もちろん、その彼女からはフラれました。
 しかし、とうとう35年越しの夢に向かって新たなチャレンジを始めます。Tommyのブランドをいよいよ立ち上げます。
例えば、
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試作品が出来ております。読者の皆様でセレクトショップもしくはお土産店を営んでおられる方がいましたら、是非販売をお願いします。(300円で利益がでます!!!!)


ほらね。今まで体験した世界よりも、大人の方が全然面白いです。


ここからが本当の祝辞。
卒業生のみなさん、
「高校時代が、一番楽しかった」などという一番くだらない、一番つまらない人生を絶対に送らないでください。
「高校時代を忘れさる」ほど素敵な人生を歩んでください。


微力ながら、少しくらいお世話します(特に女子生徒)。
・・・・・・最後は、お決まりのセクハラ発言でしゅ。m(_ _)m。




























 


Received — 2021年2月26日 tommy先生の「世相を斬る」

解答速報2021

著者: tommyjhon
2021年2月26日 05:39
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、河合塾のサイト
https://kaisoku.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/21/

駿台のサイト
https://www2.sundai.ac.jp/sokuhou/index.html
で、主要国立大学の前期試験の解答速報がバンバンでてくる時期になった。


では、ワタシも解答速報出しましょう、とイキがって、とあるブログにPDFで貼り付けてみた。

もしよろしかったら、開いてみてください。
というのも、この頃はフェイスブック
https://www.facebook.com/tommytoyama や、Twitter  https://twitter.com/tommytoyama で、同業者の友達が多く出来、その多くが、高校教育を含めた日本の“学校教育システム”に一家言を持っている人々なので、少しは反応が多くなるかなと思っている。


 ワタシ達、公立高校の教員を含めた公務員という人種は、どうもSNSを有効活用するという思想に欠けていて、どちらかというとSNSを敵視することが多い。一番敵視されてるのは、クラスLINEやツイッターだと思われる。なんと、県の教育委員会には、人物を特定するためのパトロールシステムまで存在している。
でも、民主主義界を代表するこの方も、
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ヘヴィーユーザーなのだから、公務員だからSNSを使ってはいけないというルールはない。先生方だってLINEで連絡取り合っているのに・・・・
個人的には、もっともっとSNSを学校として利用してもいいと思う。
某N山高校(韮高)の公式フィエイスブックは楽しいよ。
https://www.facebook.com/nirako


ということで、ワタシの思想がたっぷり詰まった期末テストをみてもらいたい。(しかしながら、もちろん生徒を相手にしたテストだから、書かれていることは真実である)














Received — 2021年2月24日 tommy先生の「世相を斬る」

選挙は装置である

著者: tommyjhon
2021年2月24日 05:36
全国の毒舌ファンの皆様 おはおようございます。Tommyセンセです。


ということで、ますます窮地に立たされるスガ首相。

バンド上がりで就職もせずプラプラしていたバカ息子を、総務大臣秘書官として仕事を与えた、バカ親。
その総務大臣・総務大臣秘書官時代パイプを活かして、総務省の許認可行政の対象となる放送界の「東北新社」に息子が入社した。
その息子が総務省幹部を接待していた、
その時のお詫び台詞が
菅首相「私の長男が関係して、結果として、公務員が倫理法に違反する行為をすることになった。心からおわび申し上げ、大変申し訳なく思います」
だとさ、「結果として」は余分でしょ。そのような結果になるのは当たり前だ。君の息子は、総理大臣の息子である威を借りて総務省の官僚を接待したのです。
正確には、「結果としてバレてしまったので、(いやいやながらも、口だけは)心からお詫び申し上げ・・・・・」ですよ。


こういう輩(やから)は、国民の手で成敗しなければならない。次の総選挙では、何が何でも自民党を落選させなければならないのだ。30数年間、高校で社会科(地歴公民科)の教員として働いてきて、毎年毎年、同じ主張をしてきたのだが、どうしても生徒(日本人達全員)に伝わらなかったのは、
“選挙とは、選ぶのではなく落とす装置である”
という仕組み。国民が、ダメだと烙印をおされた為政者を、合法的に断罪できる“民主的な(クーデターではなく、内線でもなく)”装置として生み出されたのが選挙である。
だから、「他に変わる人間がいない」とか「他の政党が信用できない」などというのは、国民を洗脳している奴らに、既に欺されている奴らの頭の悪い言い分である。
政治というものは、「細かなことは為政者が決める。大きなことは国民が決める。為政者がダメなときは、国民が引きずり下ろす」ってことだけだ。


衆議院の任期は2021年10月までである。どんなに遅くなってもこの秋には、衆議院の総選挙が待っている。この選挙は、“落とす装置”としての選挙である。他のどの政党に与党をやらせてもいいのだ。とりあへず、この安倍→管という腐った(身内優遇)政治を終わらせるのが選挙なのである。


では、新聞スキャンダルになっている「桜」「森友」「マスク」「総務省」「日本会議」とは別の意味での、この政権を倒すべき決定的証拠画像。
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国民を貧乏にしたのは、間違いなく、自民党政権である。!!!!!!!








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