全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
とうことで、昨日(9/3)のお昼過ぎに、何気なく学校のパソコンを開いてネットを立ち上げた。そうしたら、なんとスガ首相が総裁選不出馬のニュース。
「政治経済の先生」を自称しているワタシとしては、午後の授業でこの話をスルーするわけにはいかない。高校生に対峙している大人として、「よくわからない」では済まされないし、単純に「ニュースに注目しよう」と言うだけで逃げることも出来ない。だって、我々は生徒に「思考力・表現力」を身につけさせる立場なんだから。このニュースを耳にして以来、ずっと思考している。
この頃、政治経済の教員として、より深く考え、より多くのことを生徒に伝えてきたのは、「大手メディアと政治」のことである。先のアメリカ大統領選も大手メディアとトランプやバイデンとの関係の視点でずっと見てきた。日本でもこの1年は、「オリンピックと大手メディアの関係」が国民により露骨に伝えられた一年であったし、「大手メディアとコロナ対策(何を批判できて、何を批判できなかったか)」「大手メディアと電通」などが、ボンクラな国民にもよくわかってきた年だった。
当然、午後イチの政治経済の授業で語ったことは、この自民党大騒動で野党の存在感が何も報道されなくなり、自民党の政治家の顔だけがTVで注目され、本来ならば、失政の責任は国民の選挙による政権交代によって負ってもらうという政党政治の本質が、単に自民党の顔と看板を変えることで済ますことになるだろう、ということだった。
この自民党による電波ジャックを解説したのは唯一、報道ステーション(テレ朝)の後藤健次氏の解説である。リンクさせるから、最後の方を見て
(1) 菅総理“出馬”から一転 なにが?後藤謙次氏に聞く(2021年9月3日) - YouTube
とりあべず今の為政者に政治をやってもらう。ダメならば、国民の手で引きずり下ろす。上手くいっているのならば続けてもらう。ただし、長期間の政権は碌なことをしない可能性が高い(国民に必要なのは猜疑心)ので、必ず定期的に選挙は行う。 という一連のサイクルが現代(近代)の政治システムであり原理原則である。しかしながら、大手メディアの報道姿勢はこの原理原則を理解できていない。大手メディアがこうなので国民の思考も原理原則からはズレている。政治原理を大切にするならば、「政治が安定している」という言葉の定義は、この「政治家に任せてみる(授業では信託と教える)、ダメならば引きずり下ろす(抵抗権・選挙権と教える)」のシステムが平和裏に機能していることだ。
ところが、国民の多くは「政治が安定している」の定義を、“政権がずっと同じ状態”てあると錯覚している。大手メディアを作り出す人間達もすべてがことように錯覚している。例え(明らかに失政が続く)スガ政権であっても、長く続くことの方が、(安定しているから)国民にとってよいことだ。という思考がどうしても言葉の隅々に出てしまっている。したがって、よく考えれば当たり前のような矛盾を指摘することがメディアとして出来ていない。Twitterの呟きの方がよほどまともな思考と表現をしている。その明らかな思考実験を2つ紹介する。
1) スガ首相が「コロナ対策に専念するから総裁選に出馬しない」と宣言したのに、河野大臣(ワクチン担当)が堂々と総裁選にでてよいのか?
内閣総理大臣は内閣の長である。河野大臣はその一員であって、内閣は“連帯して行政権を行使し、連帯して責任を負う”立場にある(憲法通り)。内閣総理大臣が自分のイチ所属政党の総裁という立場より、コロナ対策の方が重要であると判断した中で、その主流政策を担当する河野大臣が、総裁選を戦っていいのか?内閣総理大臣が「コロナ専念」を選択したのだから、内閣(に属する人々)は「コロナ専念」をするべきだろう。これは、近代政治原則を大きく逸脱している。

(写真注、ワタシはこの人を政治家として信用できない、人間的に下品だと思う)
2) 岸田氏のコロナプランは誰にアピールしているのか
自民党総裁選挙に向けていち早く出馬表明した岸田文雄氏が、総裁選を勝つ抜くために「コロナプラン」を発表した。よく出来ているプランである。
<新聞記事のコピッペ>
コロナ患者の病床を確保し「医療難民ゼロ」を目指すと表明。事業者支援として数十兆円規模の経済対策を実施するとした。公衆衛生上の危機発生時に強い指揮権限を有する「健康危機管理庁」の創設も提唱した。
政府のコロナ対策に関し「国民の中には説明が十分ではないという声が多数ある」と指摘。その上で「たぶん良くなるだろうではなく、常に最悪の事態を想定して危機管理を行う」と強調した。
おいおい、こんな素晴らしいプランを考えていたならば、なぜ、自民党の総裁に進言しない??????
自民党の総裁選挙に勝つためならば、それまで国民を放っておくつもりか。自民党の総裁選に勝つために、「コロナ対策プラン」を提言するのは、思考としては逆である。「自分が考えた国民のためのプラン」ならば、この1年間の間に、いくらでも進言する機会があったはずだ。岸田氏が今になって、「コロナ対策プラン」を出すことは、「総裁選のために、いままで出さなかった」ことと同じ意味になる。
論理的に飛躍していないとは思うのだが、順序はこうなる。
①自民党の総裁選を勝ち抜いた人物が、内閣総理大臣となる。
②内閣総理大臣が行政を担当する。
③自民党の総裁選で敗れると、政策に関しての進言が出来ない。(だから総裁選に出る)
④自民党は、「国民の声を聞く」といい、野党よりもはるかに多い当選者を出してる。
⑤しかし、総裁選で敗北した多くの国会議員達の意見は、国政に届いていない。
⑥つまり、自民党に投票した多くの「国民の声」は、総理大臣に届いていない。
結論:
これから1ヶ月間、自民党による大手メディアの“電波ジャック”は続く。前々回のブログで、政局の大きな変化の時には芸能人が麻薬で逮捕される、という記事を書いた。現代政治は大手メディアの意向がすべてを左右するといっても言い過ぎではない。大手メディアが、取り扱うか否かが全てだ。この総裁選中の一ヶ月、ニュース報道は、自民党一辺倒になり、野党の存在は忘れ去られるだろう。
しかし、ここにあげた(1)も(2)も、総じて「政権党である自民党の責任」である。
政党政治の原理原則は、「ダメならば引きずり下ろす」という選挙システムなのだ。
大手メディアが報道すべきなのは、「9月末の自民党総裁選」ではなく、「10月の衆議院議員総選挙」なのである。
