全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、老眼鏡を学校に忘れてしまったこの週末、パソコン画面が全然見えなかったので、やっと今日になって更新。
久しぶりのoffだったので、愛車(クロスカブ110)を駆ってブラブラ旅にでる。まだまだ、バイクに関しては幼稚園生なので、人気のない車の少ない道路を選んでしまう。
人気が無いといえば国道52号線近辺で疑問なし。
今日はなぜワタシの山梨愛が強いのかを告白する日記となる。

今回のロードマップ。地図は山梨県南部町をスタートしているが、もちろん富士市の我が家からスタートした。
最初の休憩地点、身延駅。

50年前と随分駅舎が変わったけれど、いつもの思い出深い身延駅だ。


変わらないのは、超ローカル線、身延線の駅だけだ。
富士、柚木、入山瀬、富士根、源道寺、富士宮、西富士宮、(ここまでなら誰でも言える)、沼久保、芝川、稲子、十島、井出、寄畑、内船、甲斐大島、身延、塩ノ沢、波高島、下部、甲斐常葉、市ノ瀬、久那土、甲斐岩間、落居、鰍沢、市川大門・・・・・・
ワタシは、小学生の頃身延線の駅を市川大門までは暗唱できていた。

身延駅から少し下部温泉に寄り道。

下部温泉の元祖らしき宿屋の前で愛車の写真。

下部温泉の中心街にある老舗っぽい旅館も売り出し中。誰も買い取り手がいないとここも廃墟となるのかなあ。山梨県の南部国道52号線沿線が栄えたのは、高度経済成長時代の建設ラッシュ(砂利産業)とダムの建設ラッシュの時だけで、農業も含めてこれといった産業もない。
gyousyameibo.pdf (town.ichikawamisato.yamanashi.jp)
身延の北側に、六郷町というの街があり、印章(はんこ)生産日本一だったのだが、電子化と少子化にともない一躍衰退産業となった。リンク先は、そのハンコ産業を支えている公的補助金の一覧表である。(すげえなあ)
下部温泉から、一路、早川町に向かう。
早川町 | 「日本で最も美しい村」連合 (utsukushii-mura.jp)
ホントに何もない町なのでが、ここはワタシの生涯を決めた故郷である。
ここで生まれ、ここで育ったわけではない。母に連れられ毎月のように通った、おばあちゃん(おじいちゃん)の家があった町なのだ。だから、母親とともに実家に帰るとき身延線の駅名を教えて貰って知らず知らずに諳んじていた。早川町の母の実家には、身延駅からバスで行かなければならない。
ワタシが、子どもの頃でも早川町は過疎化が進みバスの運行も少なくなって、時が経つと、実家に行くのはもっぱら父親の車になった。
我が家は、今に言うステップファミリーで母親も父親も再婚同士である。ワタシは父親の連れ子だった(生みの親は脳腫瘍で早死にしたらしい。今は顔も思い出せない)ので、結婚する時にはもうワタシがいた。父の話では、初めて母の実家に行くときは、自家用車では山道が不安だったので、近所からジープを借りたそうだ。昭和40年代の早川町では、その早川がよく土砂崩れを起こし道路が通行止めとなり、バスなどは河原を迂回させられた。だからジープなのだ。
その母親の生まれ育った家は、早川町西宮という地にあった。家が取り壊されたのは10年くらい前に知ってたが、そこは今や人気料理店の駐車場になっている。
おすくにのこだわり | 月夜見山荘 (tsukuyomi-osukuni.com)
食べログも
『綺麗な空気と美味しい蕎麦@山梨県早川町』by キチ・ジョージ : 手打ち蕎麦と山の食 おすくに - 早川町その他/そば [食べログ] (tabelog.com)
のれんをくぐって、一度味わいたいのだが、席に座った途端に母やおばあちゃんやおじいちゃんや、囲炉裏や、瓶たたえられた飲み水や重たい布団、おやつの桑の実などなどの思い出が、どんどんあぶれ出てきそうでできない。

遠くに見えるのが、その食堂(宿屋でもある)、車のところがおばあちゃんの家だった。

泳いだことのあるプール(すべて湧き水なので、しぬほど冷たかった)

湧き水を貯めていた、(スイカとビールを冷やすための)水場。誰も使う人がいないので涸れている。

ばあちゃんの家から桑畑を挟んだお隣さん、確か「大島さん」だったと思うが、家が壊れたままになっている。
父と母が結婚したとき、もう僕は隣にいた。母の兄弟は数え切れないほど多く、年齢的にもごちゃごちゃしていた。詳しくは聞かなかったけれど、おじいちゃんもおばあちゃんもステップファミリ-だったのだろう。母の兄弟はワタシにも優しかった。おじいちゃんとおばあちゃんはワタシの母親を何かと頼りにしていたらしく、この地にわたしも頻繁に通ってしばらく滞在したこともあった。

その時の遊び場所、桑畑は今こんな感じ。・・・・・・・
しばらく感傷に浸ってから、山道をバイクで進むことにする。昼飯と温泉の時間だ。

山梨県早川町の紅葉は、見頃二歩手前。

最終目的地の奈良田湖に到着。早川町をどんどん奥深くまで行くとこの人工湖にたどり着く、これ以上先は、北岳や甲斐駒に登る登山道となるため自家用車は通行止めとなる。この奈良田湖には、有名な温泉が湧いている。

奈良時代から続く温泉だ。言い伝えでは称徳天皇も浸かったとされる。(嘘だろうけど?)

ほらね、更衣室も秘湯っぽい。
この奈良田温泉は、ワタシの温泉史上、最もにゅるにゅるの湯である。アルカリ性温泉は、入るとお肌がツルツルになる美人の湯として評判になるが、ここの湯は、つるつるを通り越して、にゅるにゅるになる。お風呂にローションをかき混ぜたみたいだ。(やったことないけど)
そして、併設の食堂で、蕎麦。

奈良田の里を後にする。

帰り道、ワタシにはもう一つの使命があった。

この早川町を頻繁にダンプが通りすぎる。とにかくすれ違う車はほとんどがダンプだ。(土曜日なのに)

それが、この土木現場。何やら大きな土台を作っている。

ここも、

もっとアップにすると↑

肝心な場所は、見られない。↑
ここが、中央リニア新幹線のトンネル工事現場である。
静岡県に住んでいると、中央リニアが出来る実感が全然湧かないのだが、山梨県側では着々と工事が進んでいるのだ。川勝知事がいくら文句を言っても工事は止まらない。

この山肌が↑掘り進められ、南アルプスを貫通することになる。この山の反対側はもう静岡県だ。よく見ると、貫通用ミサイルの発射台に見える。
ここから世界最先端のトンネル掘りが始まるのだ。
この進捗状況を観察する為にも、早川町に行くべきだ。

黒く塗りつぶしてある場所が、中央リニア工事地点、黒い〇印が、元おばあちゃんの家。
ということで、10月28日(土)の旅でした。(バイク初心者だから、肩が凝るのよ)
一転して、10月29日は裾野市民グラウンドに、これもバイクで行く。あるSNS友達から誘われたのさ。

懐かしい、“ねばれはしれ清水東”の横断幕。

でも、試合中にベンチから全員が出迎える光景は相手チームだけ。(対磐田東)

しかたがないので、虹だけを撮ることにする。


この日の思い出は、虹だけ、絶対に虹だけ、清水東0ー3磐田東というスコアは忘れよう。
そういえば、清水東高校サッカー部が全国大会に出られなくなって30年くらい経っている。
ちなみに、山梨県の韮崎高校(かつての名門、中田英寿の出身校でもある)と清水東(5大会連続でW杯戦士を送りだした)は、年に一度、両校で“昔を懐かしむ練習試合”をやるらしい。(未確認情報)
ではまた来年!!!!!!
最後に、我が伊豆中央高校からの富士山。

今日は、ハロウィンということなので、学校にはコスプレで行きます。(いつものやつだけど、これが最後)