還暦老人のブログ中断顛末(その1)そしてお土産。
2024年4月10日 05:42
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、本日から新天地での初授業。富士高、清水東、伊豆中央と進学中心高校から移ってのちょっと毛色の違う高校での初めての授業なので少し緊張している。とはいっても、最初の授業だから授業という授業をする気にもならず、昨日はかなり時間をかけてパワポのスライドを作った。「若者よ、もっとSNSを使おう」というテーマで自己紹介をする予定だ。
では、好評連載企画「還暦老人の人生を語る」は、いよいよブログ開設とブログ中断の顛末に関して。
ちなみに、前段のSNSに関してはFacebook日本版のスタートが2008年、Twitterの大流行が2010年(開設は2006年)らしいので、それよりも以前の話になる。HPビルダーでコツコツと日記や学校情報を発信していたワタシは2006年に、もっと簡単で軽く情報発信ができる、「ブログ」への移行をそそのかされた。2006年の8月、青森県でのことである。そそのかしたのは、神奈川県のかるた競技関係者である永吉先生というお方、単純に「外山先生のスタイルならば、ブログの方が効率的だよ」という建設的なアドバイスであって、永吉先生から悪の道に誘われたわけではない。
2005.8.3開設 : tommy先生の「世相を斬る」 (exblog.jp)
↓が、エキサイトブログ初の記事らしい記事。
青森点描 : tommy先生の「世相を斬る」 (exblog.jp)
なぜ、青森なのか? 当時、ワタシは「全国高等学校文化連盟小倉百人一首専門部事務局長」という仕事をしていた。この仕事、6月~8月にかけては殺人的に忙しく、今から考えると、よく体を壊すことなく出来たと我ながら感心する。
全国高等学校総合文化祭開催実績及び予定 | 文化庁 (bunka.go.jp)
初めて、“小倉百人一首競技かるた部門”が開催されたのが、第17回大会の埼玉県(平成5年8月4日〜8月8日)、静岡県での開催が平成12年、8月5日〜8月9日。静岡での通称が、「2000高総文」だったので、2000年が平成12年となるのだ。
そして、平成14年(2002年)の神奈川大会を区切りとして、それまで事務局長をしていた阿久津先生という方が事務局長を勇退することになり、それまで阿久津先生に文句ばかり言ってきた静岡県に次の事務局長が任されることになった。
もう数回前の記事でカミングアウトしてのとおり、ワタシはADHD系の人間なので、じっとしていることが大の苦手なので、(事務的な能力がそれほど高くないと自覚しているにもかかわらず)なんとなく引き受けるような雰囲気になってしまった。
それから富士高校を去る平成24年度(2012年)まで、ずっとこの仕事を続けることになる。
あのね、普通の進学高で理数科(特進コース気味の特別クラス)の担任をし、その後、学年主任をし、その間ずっと(運動部みたいな)百人一首部の顧問をし続けた期間、ずっと全国の事務局長だったのですよ。凄い働きぶりですよね。ここは長い教員人生の中で一番仕事が充実させられた時だった。(ワタシはいつでも好きで、やりたくてなったわけではない)、(愛する)母校富士高校を転勤した理由の一つは、この殺人的忙しさから逃げたいという思いだ。平成25年度の夏は絶対にもっと忙しくなることがわかっていた。(後で種明かし)
これだけ重要な仕事をやりきると、一般的には出世する。事実、ワタシは(静岡県の中堅有望教員が選ばれて招集される)マネジメント研修なる事業にも呼ばれたことがある。しかし、出世に通ずる道(出世街道)に乗るこはなかった。その理由の一つが、これだ。このSNSにどっぷり浸かり続けたワタシは、普通の人(普通の教員)よりも、ホントに充実した日々を過ごしてきた。特に、政治的な見聞はSNSがなければ実現しなかった。しかし、その分、かなり県教委からのお叱りをもらった。
読者の中には、この顛末を楽しみにしているかたが多いと思われる。しかし改めて振り返ると、何が原因でお叱りをうけたのかどうしても全部を思い出さない。お叱りを受けた頻度は、2~3年に1回くらいだと思う。なぜ、このように考えるかといえば、HP運営をはじめブログに移行しながら続けた24年間で、ほぼ全部の校長先生から説諭(厳重注意のうえ自粛を諭されること)をうけた記憶があるからだ。だいたい校長は2~3年に一度のペースで入れ替わる。
初めてのお叱りは、ある年の富士宮市長選挙で、露骨にある候補者を応援したことである。この方は高校時代の1年先輩で(当時は)若手の青年実業家(当時38歳)だった。この露骨な応援は、“若くても勇気を出してチャレンジする青年”を紹介したくて記事にしたのだが、当然の如く、対立陣営側から抗議がきた。その時は、HP上だったので、校長先生から、「HP上でも謝罪文を出せ」といわれ、謝罪の文章を書いた記憶がある。しかし、その謝罪文を書いたと同時に、HPの壁紙(この表現は今の世代ではわからないだろう)を反省ザルにしたので、また怒られた。
その後も、政治的な件では相当やられた。ブログによく登場していた、長尾たかし(当時、大阪14区民主党候補者)氏に関する文章でも叱られた記憶がある。その時は、いくら衆議院選挙真っ最中でも選挙区が違う(ワタシは静岡5区、長尾氏は大阪)ならば、応援はOKだと勘違いしていたが、法律によると選挙区が離れていても選挙期間中は応援活動を教員がしてはいけないそうだ。このことも、HPを運営していて初めて判った事実である。
そして、校長先生からのお叱りではなく、直接、静岡県教育委員会に召喚され半日にわたって御説教を受けたこともあった。これが巷で一番有名な敬愛する〇〇先生転勤事件なのだが、この事件は、プライバシーとその人物の尊厳に関わることなので、少し色合いが違う。でも、ここではまだ書けない(まだ、現役で活躍しておられるから)。
ところがだ、このブログが、2010年9月に、どうしても更新無期限延期にならざるをえない状況になってしまう。
無期限更新延期 : tommy先生の「世相を斬る」 (exblog.jp)
この無期限延期は、2011年になっても続け、
今年も我慢します : tommy先生の「世相を斬る」 (exblog.jp)
2013年もブログ更新せず、
2013・年頭所感 : tommy先生の「世相を斬る」 (exblog.jp)
とうとう、3年間、ブログ人生を中断することになる。
このやむを得ない中断は、政治的な活動でもなければ、プライバシーの侵害でもなければ、犯罪に関することでもなかったのだ。(教員は続けているので、犯罪でははいのは当たり前だけれど)
次回をお楽しみに・・・・・・・
そして面白いお土産動画を一つ。
ワタシが敬愛する歌手(声楽家)、倉藤理大さんの「せをはやみ」 かるた関係者必見。