全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、今日は一日中家に籠もって、中間テスト作り。
中間テストはまだまだ先なのですが、事情により10月からは学校に行けない。したがって、前もって作成しないといけない。
この頃の高校では、テスト問題の中に「思考力」を問う問題、「表現力」を問う問題、「知識」を問う問題をわけて作らないと行けないというルールがあり、これがメチャメチャ面倒である。
さて、この一日だけで出来るのでしょうか?
そういえば、昔は、テストを事後に公開していたんだけど、この頃はすっかりご無沙汰してしまった。今日は前回の前回の期末テストで出題した、思考実験の問題を公開しますので、日曜日でお暇な読者さん達は考えてくださいネ。
<公開はじめ>
【1】 応用問題(授業では扱っていません。自分の意見を書いてもらう問題です、よく考えてやりましょう。時間配分に注意してね)
トロッコ問題とは、「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という形で思考実験を行った倫理学(哲学)上の問題・課題である。。
フィリッパ・フットが1967年に提起し、ジュディス・ジャーヴィス・トムソン 、フランセス・キャム、ピーター・アンガーなどが考察を行った。
人間は一体どのように道徳的なジレンマを解決するかについて知りたい場合は、この問題は有用な手がかりとなると考えられている。
なお、以下で登場する「トロッコ」は路面電車を指しており、人力によって走らせる手押し車と混同しないように注意されたい。
まず前提として、以下のようなトラブルが発生したものとする。(上図)
線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。
① この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?
なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする(置き石その他の障害物で脱 線や停止はできないものとする)。また、A氏およびトロッコの運転手の法的な責任の所在を棚に 上げており、道徳的な見解だけが問題にされている。
つまり、あなたは道徳的に見て「許される」あるいは「許されない」で答えよ、という課題だ。
単純化すれば「5人を助けるために他の1人を殺してもよいか」という問題である。
もしも、命の問題を、数的(量的)に扱うならば、 (あ) 。
しかし、道徳的(倫理的)にこれが正しいとはいえない。
5人の命を救うためには、A氏は、分岐盤ののレバーを動かさねばならない。つまりは、A氏は、 (い) 。
さて、
トロッコ問題に似ているが回答の傾向が異なる「歩道橋」問題がある。この問題は、分岐器を切り替えて1人を犠牲にするかどうかではなく、1人を上から線路上に落とすかどうかを問う
A氏は線路の上にある橋に立っており、A氏の横にC氏がいる。
C氏はかなり体重があり、もし彼を線路上につき落として障害物にすればトロッコは確実に止まり5人は助かる。
だがそうするとC氏がトロッコに轢かれて死ぬのも確実である。
C氏は状況に気づいておらず自らは何も行動しないが、A氏に対し警戒もしていないので突き落とすのに失敗するおそれは無い。C氏をつき落とすべきか?
トロッコ問題では1人を犠牲にすることが許されるという回答をする人が多いのに対し、
歩道橋問題では許されないという回答をする人が多いという、研究結果がある。
つまり、人間は同じように人の命を絶つ場合は、 (う) 。
この問題は、将来の人間社会に大きな問題提起を行った。いずれ、AIによって交通機関の自動運転技術が開発される。
そこには、 (え) 。
問 この文章の 線部に、全体文の意味が整うように、適当な文章を自分で考えて入れよ。
<問題公開終わり>
私のテスト作りの信念は、与えられたテスト時間で、頭脳をフルに使って思考する。というものでした(過去形!!!!!)
やっぱりただ単に知識だけでは、学力はつきません。
どんなことにも、頭脳を使って対処するのです。
ちなみに、頭脳も心も精神も全て同じものです。
人間は、心と体の2つで出来ています。他にはありません。学生のみなさん、「何も考えないで、身体を動かせ!」という指導は、100%間違ってますよ。