ノーマルビュー

Received — 2020年10月4日 tommy先生の「世相を斬る」

教育実習終わる

著者: tommyjhon
2020年10月4日 05:56
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


 ということで、コロナの影響で日程が延びに延びていた教育実習がだいたい終わった。我が、地歴公民科に来ていた実習生も、一人が木曜日に研究授業を終え、もう一人が明日月曜日に研究授業になる。ワタシが担当した実習生のS君は、研究授業のあとに先輩の先生方から様々な小言を言われて少し落ち込んでいた。


 が、先生という職業の中でも、得意不得意があって、自分が得意としている観点からすると、小言の一つも言いたくなるってことだ。黒板に綺麗な展開をする人が見れば、黒板の字が汚いと怒られるし、ノートなんか見ずにすらすら授業が出来る人からすれば、「授業中、下を見すぎ!!!」なんて怒るのさ。


 実習を担当したS君の名誉のために、指導担当から反論しておく。
おそらく、彼が試みたグループ活動の形態と、彼が問題提起した【主発問】のレベルは、非常に高度で生徒の頭脳を活性化させるような刺激に満ちたものであった。「高度」というのは、単に難解という意味ではない。「生徒が自分たちの頭脳をフルに使わないとできない、普通に教科書には書いていない問題で、且つ、フルに使えば何となく理解できそうな問題」という意味である。
そして、S君が用いた題材は、来年から「ワタシの授業で、【主発問】としてきっと使われる」ものだ。こういうことを10日間くらいワタシと実習生S君は、ディスカッションしながら考え抜いていたのだ。


 そもそも、数学や理科の先生と私たち公民科の先生は、授業に臨む立場が全く違う。数学の先生などは、「教えなければならない題材」がほぼ決まっている(進学校は特に)。与えられた問題をどうやってわかりやすく生徒に伝達できるかが(そして生徒は自分のものにするために演習を繰り返す)、主な授業のミッションだが、公民科、とくにAL(アクティブラーニング)的な授業を展開する場合には、「教える題材、発問する題材」をどうやって選ぶか?が一番重要なのであって、教科書に書いてあることは、教科書を読めば分かる(少なくとも日本語としては)のだから、
その中から、どうやって「生徒が興味を引き、自ら考えるようになり、他の教科にもインフルエンスするような題材」を見つけることが、授業の肝心なことである。


 「どうやって教えるか?」を考える前に、「何を教えるか?」と「何を考えさせるか?」で、頭脳をフルに使っているのだ。だから、実習生S君に、毎日ずっと指摘したのは、「教えてはいけない!!!!!」「説明してはいけない!!!!」であって、1回も「もっと丁寧に・・・」などとは言わなかった。
S君が授業の最後に取り上げたのは、「ふるさと納税の仕組み」であった。ワタシもふるさと納税をよく使うが、日本の統治システムの中ではかなりよく出来た制度で、お金の流れを理解することで、多くの理解が派生する。この「ふるさと納税のお金の流れ」に関しては、生徒がS君の話を理解しようとして必死になり、もうGW(グループワーク)の時には、頭がへとへとに疲れて思考できていなかった。
 このときに、授業を見学していたワタシと、若手でも優秀なK先生は、「ああ、生徒が頭を使い切っちゃった、そこまで教えてはいけないよ・・・・・・・・」と同じ感想を漏らしてしまった。
でもね、S君、教育実習に来てくれてありがとう。君が来てくれなかったら、「地方自治」をテーマにした学習をあそこまで深く考えることはなかったでしょう。来年からワタシが継承します。ひさしぶりに、“共同作業”ができてホントにたのしかった。
 
 進路部長という立場なのか? 教員間の巡り合わせなのか? 年齢による思考力の限界なのか? この頃ずっと、“孤独感”にさいなまれていたので、少しワタシも元気になった。


 
















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