生徒はお友達なのよ。
2021年3月9日 05:39
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、3/8(火) ただ今、学校では一瞬の普通授業。高校入試との関係から、秘密業務が重なりなかなか普通の授業がくめない状況が続く。来週は来週で、年末業務が忙しく生徒にはだらだらと行事をやらせながら終業式まで繋げていく。
まあ、高校生の3月というのは、かなり暇だ。3・4年前に「3月を遊ばせない」という標語をつくって、何とかこの暇な3月を有意義に過ごさせようと毎年毎年いろいろ画策しているが、なかなか思うようにはいかない。
ワタシはワタシなりに忙しく、合格した生徒が報告に来るし、後期試験の個別の指導もやらねばならないし、進路指導担当としての統計業務もある。
しかも、3月は人事異動の季節なので、先生方も落ち着かない。要するに、毎日気ぜわしいのよ。
Twitterをよく使うようになって全国の様々な「学校の先生」と言われる方々のツィートをフォローしていると、案外楽しい。自分の置かれた職場が、かなり優遇されていることも分かるがその逆もある。しかしだ、世の中の仕事場の中で、忙しい仕事トップ5には必ず入るのが中学校の先生であることは、ツィートの内容からもよく分かる。高校教員より中学校教員の方が、はるかに忙しいのは事実である。でも、高校の教員は職業としてあまり人気がなく、中学校の教員志望の方が全然数が多い。なんでだろう?
ワタシは、高校教員以外の先生にはまるっきり興味がなく、免許もとらなかった。小学生の指導や中学生の指導に何も魅力を感じていない。今でもそうだ。魅力を感じない主な理由は、その妙にこじれた関係にある。どうも、あの距離感が馴染めないのだ。小学校や中学校の先生って、一体、何を教えているのだろう?
高校生とは、すっきりした距離感が保ていている。それは、「友人関係」である。
実は、「ワタシの教え子」という感覚がどうしても好きではない。教員生活も35年が経ち相当数のいわゆる教え子達を送り出したが、別に自分の子供でもなく、何かを念入りに教えたわけでもない。そうえいば、よく“教えた生徒”であるはずの奴から、“トヤマ先生に教えてもらった記憶がない”とよく言われる。
ワタシが熱心に指導したのは、「小倉百人一首かるた競技」(これが正式名称、一般的には競技かるた)だが、この競技は、基本的なルールを知って、それなりの人と数多くの真剣勝負を繰り返せば、自然に強くなる競技なので、ワタシが秘術を尽くして教えることも別にない。そもそも、普通に生徒達は6ヶ月で僕より強くなってしまう。
担任も40代まではよくやったが、担任として高校生に何かを教えた記憶もあまりなく、しっかり指導した記憶もない。最後に3年間受け持ったクラスは、かなりアナーキーなクラスで、3年間でワタシの担任業務がかなり奪われた。①席替えをやる権力を奪われた。・・・・・勝手に朝早く集合して自分達で勝手に席替えしていた。②クラスの日誌を読む権利を奪われた。・・・いつのまにかワタシに提出せずに、どんどん生徒間で日誌が回るようになった。③・・・・その他いろいろ。
そもそも、30数年間、「起立・礼・着席」という号令をまともにやったこともない。生徒の誰よりもワタシはいい加減だった。
つまり、ワタシは、「教師と生徒(教え子)」という関係を構築できなかった。 もっと言えば、そのような権威主義が大嫌いである。進学校と呼ばれるところで長くやってきたお陰で、「あきらかに自分よりも頭がいい奴」というのはゴロゴロいたし、「自分よりも成功しそうな奴」も沢山いた。高校生に対してエラソーなことを言える能力など、ワタシにはない。
したがって、部活動もクラス経営もその他いろいろな高校での生活は、単純に、一緒にやってきただけなのである。“楽しそうなことを企画して一緒にやる“。これだけで、お給料を頂いてきたような感じだ。・・・・県民の皆様ごめんなさい・・・・
そういえば、教員生活35年、ワタシは、「自分教えた奴で同じ教科の高校教員」という人間を、一人しか作ることが出来なかった(彼は特殊な人材であって、ワタシよりSNSが上手い)。これは、再生産指数と考えればまさしく最低である。誰も「Tommyセンセのようになりたい」と言ってくれない。(T_T)
だからこそ、高校生と作り上げたのは、「友人関係」であって、師弟関係ではない。
この頃は、担任もやらず、部活の指導もせず、進路部長などと言って、一部屋を与えられているが、生徒との関係は、“一緒に受験と戦う戦友”だと思っている。
今年の受験では、いつもより多くの戦友を傷つけさせてしまったかもしれない。申し訳ない気持ちで一杯だ。
・・・・・たぶん、この地位を追われるだろうなあ・・・