ノーマルビュー

Received — 2021年4月13日 tommy先生の「世相を斬る」

「高校で勉強ができるようになる方法PART2」

著者: tommyjhon
2021年4月13日 05:47
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、前回の続きのお話です。今回のネタの参考文献はありません。完全オリジナルです。
前回の要点は、
「とりあへず、いい点をとってみよう」「とりあへず、いい成績をとってみよう」でした。人は何かを失う!!!!と思ったときに必死になって頑張るのです。
 ワタシは高校教員でありながら、「夢や目標に向けて頑張ろう」という陳腐なメッセージを贈ることを止めました。多くの若者は、夢に向かって頑張るのではなく夢を実現可能なものにだんだん縮小しているだけです。
 人間は“成功体験”でしか成功しません。「自分は出来たことがある」という経験だけが人間を成長させます。それは、「過去に出来たこと」が「今出来ない」という事実が一番耐えがたいからです。これを“自信”と言い換えることもできます。分野が分散していても構いません。「●●で優勝したことがある」という経験は「▼▼でも出来るはずだ」に変わります。勉強も、その分野の一つですから、例え勉強がなるで出来ない人でも、過去に素晴らしい実績があればその人は成功します。ただし、意識の中でその誇りやプライドを持ち続けなければなりませんよ、もちろん。


今回は、「今までずっと出来なかった人々」がどうすれば出来るようになるか?のお話です。
1)学年集会を思いだそう
 日本の中学校・高校、どこでも学年集会が時々行われます。学校は集会が大好きです。(集会を否定してはいません、集会は感動を一斉に伝えることが出来るので個人的にも好きです)でもでも、学年集会は、集合するときがとても厳しい。時には「チャイムが鳴る終わるまでに整列・着席するように」などという時間制限が設けられています。(その割には放送設備に準備に手間取っているくせに・・)
 なので、学年集会で、整列が遅れたりすると、強面の先生からいつも怒られます。「誰だ!!!!!! 遅れたのは????」「遅い!!!!!、のろのろしてるな!!!!!!」
だいたいは、一番遅れ人が生け贄になります。
 でもでも、考えてみればこれは理不尽です。遅れた人は、何らかの原因で教室をでるのが遅れたのに廊下や階段が狭くて追い越せないから遅れたのであって、遅れようとした意思があって遅れたわけではありません。たまたま、スタートで遅れたのが理由なのです。(時には、その前の授業が長引いたこともあるでしょう)
よく考えると、学年集会に遅れるのは、遅れた人が悪いのではなく先頭のグループが急がなかったからなのです。
先頭のグループがダッシュで集合すれば、一番後ろの人々も余裕綽々で集合することができます。先頭が、ダラダラおしゃべりをしながらゆっくり歩いていると迷惑なのです。その集団の全体が不利益を被るのです。
 だから、本来、学年集会が時間通りに始まらない理由は、先頭集団の遅さであるわけでして、たまたま遅れた人が悪いわけではありません。
・・・・・・先生方、怒る人を間違えてますよ・・・・・


2)勉強が出来ないのは、自分が悪いわけではい
同じことが、高校の学習にもあてはまります。高校の学習レベルを決めるのは、「出来ない人」でもなく、「真ん中の人」でもなく、「一番出来る人」です。その集団で一番出来る人が、学習ペースを作るのです。あとの人間達は、数珠つなぎになってついて行くだけ。「出来ない人」でも、出来る人達の中の集団についていれば、出来ない集団にいる人々よりもできるようになります。
 強引に解釈すれば、「自分が出来ない理由は自分ではない」のです。
もし、中間テストで悪い点をとってしまったら、堂々と、一番出来た人を叱咤して下さい。「お前が、その程度の点しか取れないから、おれも出来なくなるなったんだ」と。
 あとは、「数珠つなぎ」が出来ていれば問題ありません。


3)ちょっと出来る人を見習う 
キーワードは「数珠つなぎ」なんです。一学年8クラスであったならば必ず1番から320番まで序列がつきます。でも、その密着度の濃い320人集団になっていれば全員が勉強が出来る集団ということになります。
出来ないと思った人は、すぐ近くの出来る人に追いついて下さい。(これは案外簡単にできるものです)
“自分よりちょっと出来る人”、これが大目標です。


・・・自分よりちょっと出来る人を見習うこと、自分よりちょっと出来る人のまねをする。・・・・・・そうすれば、今まで出来なかった人も(自然と)出来るようになります。


4)結論 
 20年もの長きに渡って、「案外有名な進学校」で勤務してきました。一番大嫌いな人間の種類は、「出来そうにもないことをエラそうに“出来ます”という奴ら」です。
そういう奴らが受験を迎えると。「到底合格しない大学」を受験します。彼らは、合格すること、ではなく、受験したことを自慢したいのです。大学進学は、合格最低点を証明することはできますが、1点差で落ちた人物と100点差で落ちた人物を区別することはできません。
「到底合格できない大学」を受験するという行為は、自分を見つめたくない人間がやることです。
「やれば出来る」と思っている人は、やってみて下さい。
「勉強すれば出来る」と思っている人は、勉強してみて下さい。


・・・・今日お話は、オチがない。・・・




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