盛り上がらない東京五輪は構造的な変化
2021年7月13日 05:37
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、東京五輪開幕まであと10日になった。7月23日(金)には、いよいよ開会式ではある。
しかし、全然盛り上がらない。
開催地東京は、コロナ禍で緊急事態宣言発令中で、外出や飲食が抑制されている中で、盛り上がらないのは当然ではある。
ただ、東京五輪が盛り上がらないのは、コロナ禍の影響だけではない。その裏には、オリンピックが抱える構造的な変化があると思う。
ワタシは、曲がりなりにも「地歴公民科」の高校教師であるので、時事的な流れの中でただ単に、時流に流されて扇動的なブログを書くだけでは存在価値がない。(そもそも、人間としての存在価値もいがが・・・・・)
少し、別の観点で見てみる。それは、「社会の構図的な変化」である。ただ今、「世界史A」の授業では、“ファシズム”を取り扱っている。世界がファシズムに踊らされていた時代、一つの大きな要因になっったのは、よくも悪くも、巨大メディアであった。ヒットラーもムッソリーニも、メディアから誕生したと言ってもいい。
戦後の世界がこのような発展を遂げた大きな理由も、TVを中心とする巨大メディアがその一翼を担っていた。オリンピックも、1980年を転機に、巨大メディアが実権を掌握するイベントに変化していった。
しかし、巨大メディアが世界を左右する時代が、徐々に、そおっと、菌が繁殖するように変化している。
まずは、オリンピックのそのものが変わりつつある。
オリンピック新競技|Beautiful JAPAN towards 2020(ビューティフルジャパン)|東京2020オリンピック・パラリンピック (panasonic.jp)
1980年のロス五輪で公開競技として始められたのは、野球&ソフトボールである。とうとう、五輪とは全く関係ない路線を歩んでいたプロスポーツと五輪がとうとう融合した瞬間だ。アメリカで盛んな、バスケットや欧州で盛んなフットボールも、五輪にプロ選手を出すようになった。しかし、この東京五輪の新競技は、それとうは正反対の個人選手だけが狭い空間で楽しむ、エクストリーム系競技が、一気に採用された。
「空手」(ちょっと違うかな?)・「スポーツクライミング」「サーフィン」「スケボー」
エクストリーム系競技も、当初は「反オリンピック系」として人気があったものである。
Summer X Games 2021 Returning In July With Events In Three Southern California Locations (forbes.com)」
もはや、スポーツは団体競技として熱狂するだけのものでなく、個人が自分の限界に楽しみながら挑戦するものに、裾野を広げたのである。
そして、それを支持する若者達は、全然、巨大メディアを頼っていない。
「毎日テレビを見るの老人ばかり」キー局が冷や汗をかく"テレビ離れ"の最新データ (msn.com)
なんと、
<コピッペ>
この中で、平日の1日に少しでもテレビを見る人の割合(行為者率)は79%と、2015年調査の85%に比べ、5年間で6ポイントも減少。1960年の調査開始以来、初めて8割を切った。
年齢別にみると、50代以下は軒並み減少。とくに、10~15歳は56%(2015年調査78%)と22ポイント減、16~19歳は47%(同71%)と24ポイント減、20代は51%(同69%)と18ポイント減、と、いずれも激減した。つまり、今や10代や20代の若者は、2人に1人がテレビを見ないということになる。
また、30代も63%(同75%、12ポイント減)、40代68%(同81%、13ポイント減)、50代83%(同90%、7ポイント減)と、いずれの世代も「テレビ離れ」が加速している。
9割以上の高水準を保っているのは、70歳以上95%、60代94%とシニア世代に限られてしまった。
2010年までは、9割の人がテレビ漬けの日々を過ごし、若者世代も8割以上が毎日テレビを見ていただけに、この5年間の「テレビ離れ」のスピードは半端ではない。
<コピッペ終了、太字はワタシ>
というショッキングな調査結果もでている。
つまり、オリンピック開会式に代表される“マスゲーム”的なイベントは、開会してみても、おそらく若者に相手にされない。
若者は、TVもみず、個人的な楽しみを動画サイトで楽しんでいるだけなのだ(統計的にはこの集団が、50%もいることになる)。
たぶん、東京オリパラは、巨大メディアと(コロナの失敗で、自嘲気味に開催にひた走る)政治利権団体の予測以上に盛り上がらないだろう。
それは、
(老人達の想像以上に早く到来してしまった)「個人主義」の時代だからである。
・・・・要するに、「緊急事態宣言」とか「オリンピック開催」とかの、集団主義的な政策やイベントは、老人が思う以上に、若者は乗ってこないのだ。