知った者の義務
2021年9月28日 04:53
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、2回目のワクチン接種から一夜明けた。内心ビクビクしていたのだが、全然倦怠感がない。熱も出ない。注射をした左腕の痛みも1回目よりも痛くない。どうしたんだ? 若い方が副作用が出やすいと言われてたが、この副作用の少なさ(何もない)は、老人として証明されたということか???それも情けない。
なので、元気にブログの更新。
本日のテーマは、「知ってしまった者の義務」。
これは、ワタシのオリジナルな言葉で、
ヒッチコックの名作、The Man Who Knew Too Much 日本名「知りすぎた男」
(4) Doris Day - Whatever Will Be Will Be Que Sera Sera (Best All Time Hits Forever 2014 / HQ) Mu©o - YouTu
(この映画の劇中歌が、「ケセラセラ」)
この映画のタイトルと、「 ノーブレス‐オブリージュnoblesse oblige」
を掛け合わた言葉である。
ちなみに、意味をコピッペすると、
「ノブレスオブリージュ」とは、身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観。もとはフランスのことわざで「貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬ」の意。
となる。
そうえいば、「ノブレスオブリージュ」なんて、日本の政治シーンていよいよ死語となった。
・・・・
政治家には、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、「政治家たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬ」
なんて、今の自民党政治にまったく見られないでしょ。
管はともかく、安倍晋三って人物は、なんとなく下品な感じがした。それは出自は立派だし、エリート政治家一家に育てられた人間だから、下品とは誠に失礼な言い方になるが、直感で、下品だと思う。
その根拠が、
この「ノブレスオブリージュ」の欠如ではなかろうか? 「身分にふさわしい振る舞い」なんてかけらもない。そう言えば、日本人としては、本当に気高くて華やかなで誰もが憧れる「桜を見る会」を勝手に選挙区民ご招待・芸能人の2ショットツアーに変えてしまったのも、安倍晋三だ。
そして、地歴公民科教員として身分を隠さずITデビューしHPで意見発信をし始めた頃から使っていた言葉が、「知ってしまった者の義務」である。
人よりも多くのことを調べ、思わず知ってしまった事実、疑惑、状況証拠、これらは、“別に授業とも関係ないし、わざわざ公表して敵を増やすこともない”ものだから、
何もわざわざ朝早くに起きて、キーボードをたたく必要もない。
しかしながら、「知ってしまった者の義務」として、はやり、どこかに残しておくべきものだと思う。授業で言えば、「知ってしまった者として、君たちには伝える」ことになる。
例えば、「核持ち込み疑惑」
この件に関しては、ウィッキでも公表されている。
日米核持ち込み問題 - Wikipedia
<要するに>
1967年(昭和42年)に佐藤栄作内閣総理大臣が「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を打ち出し、衆議院において非核三原則を遵守する旨の国会決議が行われた。「日本に他国から核兵器を持ち込まさせない」ということで1974年(昭和49年)に提唱者の佐藤がノーベル平和賞を受賞した。
<こういうこと>
しかし、この非核三原則には、しっかりと「密約」が存在している。ホントだよ。
でも、全国の、小中高校生は、1967年非核三原則表明、「持たず・作らず・持ち込ませず」・・・ノーベル平和賞受賞 までしか知らない。教科書にはここまでしか書かれていない。
でもそれでいいの?2021年段階では、これで済ませてはいけない。
<同じく、コピッペ>
2009年9月16日に鳩山由紀夫内閣で外務大臣となった岡田克也は、密約について調査し11月末を目途に公開するよう外務省に命令した。ここで、調査の対象となった密約は4項目であり、そのうち2つが日米間の核持ち込みに関するものである。
1960年1月の安保条約改定時の、核持ち込みに関する「密約」
同じく、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する「密約」
1972年の沖縄返還時の、有事の際の核持ち込みに関する「密約」
同じく、沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」
この調査命令に関し、同年9月18日、来日していたアメリカ合衆国東アジア・太平洋担当国務次官補のカート・キャンベルは、持込みに関する密約は事実存在し「非核三原則」は有名無実である旨言明した。
<ウィッキより>
もう、日米両政府が、「非核三原則は有名無実」と断定しているのだ。
これを知っているならば、教える義務もあるはずですよね。やっぱり、「知ってしまった者の義務」がそこにはある。国民のコンセンサス(同意)を得られるまで教え続ける義務がある。
そして、赤く色をつけた文章の2009年に注目して欲しい。
政権交代があってこそ、長年のもやもやが公式に解消されたのだ。
やはり、民主主義の目的とは、「政権交代が出来る制度の構築」なのだ。それは、今まで「隠されてきた事実」を公(おおやけ)に出来るチャンスでもある。
「森友問題」「桜を見る会」「河合杏里の買収疑惑」「中村格警視庁長官の逮捕令状握りつぶし事件」などなど、核持ち込み疑惑よりはかなりチンケで下品な事件ではあるが、国民のもやもやは必ず晴れる。
最後に、これも教科書に出てこないが、極めて重要な言葉をご紹介しよう。毎回毎回、ワタシの授業で教えるものである。
<授業プリント貼り付け>
後にアメリカの第3代大統領になった,トーマス・ジェファーソン(アメリカの独立宣言を起稿したことで有名)が,次の文章を残している。
----引用開始----
Confidence is everywhere the parent of despotism. Free government is founded in jealousy, and not in confidence. It is jealousy and not confidence which prescribes limited constitutions, to bind down those whom we are obliged to trust with power.
----引用終了---- デスポティズム【despotism】=専制政治。 また、独裁政治。
(一般訳)
信頼は,どこでも専制政治の親である.
自由な政府は信頼ではなく猜疑にもとづいて建設される.
われわれが権力を託さなければならない人々を制約的な憲法によって拘束するのは,信頼ではなく猜疑に由来する.
(現代口語訳)
政府を信頼なんかしちゃったら,あんた,いいようにされちゃうよ.
自由な政府ってのは,信じることではなく,疑うことでなりたつんだから.
権力を託さなければならない政治家を,憲法で制約しながら拘束するのは,これでもかと疑い,決して信じないのが大事だからなんだぜ
<貼り付け終わり>
例え、管であろうと、岸田であろうと、枝野であろうと、政権を信頼してはいけない。
この文章をワタシに紹介し、なんと口語訳まで作ってくれた、K氏は、
「知ってしまったものの義務」なんて言いながら、HP上で発信をし始めた頃、ホントに偶然に出会った(政治談義をする上での)先輩である。出会って教えを受けた者の義務として、書き残しておく。