ノーマルビュー

Received — 2022年6月19日 tommy先生の「世相を斬る」

静岡ネットの会

著者: tommyjhon
2022年6月19日 09:50
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

ということで、まったりした日曜日の午前中。ブログ更新も超ゆっくりスタート。


 昨日は、表題の会合で静岡市に出張。本日はかるた協会の仕事で午後から静岡市に出張。来週には、三島のハローワークに出張。28日も全県の進路指導課長の集まりが掛川市であって出張。・・・忙しい日々が続くなあ。
 この昨日出張した「静岡ネットの会」なる団体は、県下の16校(たぶん)が所属する、進路課長の研究協議機関である。静岡県の進学高校には、かなりハードルの高いヒエラルキーがあって、トップの進学高(韮山・富士・沼東・清水東・静岡・掛西などなど)の研究協議会が独立してある。確か「連絡会」という略称だ。「ネットの会」というのは、ヒエラルキーでいうとその次の階層に属する進学高の集まりである。
 この階層では、話題が進学状況(露骨に言うと実績)だけでなく、学校の置かれたセンシティヴ(進学以外の学校状況)な話題もでてくる。この階層の進学高(伊豆中央高校も含めて)の最大の問題は、「クラス数の減少」である。我が校は1学年5クラスだが、1学年4クラスの高校も存在する。となると、それに応じて教員数も減少し、授業も補講も、学校行事も、実施が難しくなる。行政的な事情では、8クラスの学校も5クラスの学校も同じ仕事量なのだけれど、教員数が減少すると、補講(課外授業・特別な授業)などの進路行事が、極めて困難だ。4クラス規模となると、英・国・数の主要科目の担当者が、各学年1人という配置がありうる。その学年の英語指導を1人の人間に任せるという組織は破綻している。
 
 この会合には、県の行政職の方も出席しておられたが、「さっさと統合させて8クラス~9クラス単位の高校に衣替えしろ」と言いたかった。言えなかったけど・・・・
このように、担当する先生の数が減ってくると、学校の学習システムが、組織の力から個人の力に移ってしまい、個人の力量頼みの指導ということになる。
進路指導の中身というのは、ほぼ教員の日常業務の範囲外の話であるから、教員の熱エネルギーがなければ何もできない。
①勤務時間外でも授業をやってくれ。
②土曜日に授業をやってくれ。
③生徒面談は、限りなくやってくれ。
④いつでも悩みを聞いてくれ
⑤調査書は期日前に必ず完成してね(もう8月~募集が始まる)
⑥大学の入試問題研究もしないとダメだよ。
・・・・
 まだまだ、続くのだが、これらは進学高に勤務する先生と、その担任だけが課される日常業務外の仕事であって、「ワタシはやりませんよ」と宣言されたらこちらは何もできない。大規模な高校では、60人前後の正規教員が所属しているので、「ワタシはやりませんよ」という先生が1人ふたりいても目立たないのだが、規模が小さい高校でこの状況だと、完全に機能がストップしてしまう。我が高校は、エネルギーの多い先生方が揃っているので、今の所問題がないように機能しているが、高校の中には、「ワタシはやりませんよ、勤務時間以外は・・・」という仕事スタイルの先生が出現することによって機能不全に陥ったところもあるという。


 この頃は、「働き方改革」とか「ワークライフバランス」とかのトレンドによって、教員の勤務時間うんぬん(云々という漢字もあるが、読めない人もいるので)を論ずる人がいるが、この人達から見れば、不倶戴天の敵ような存在が、「進路課長」なのだろう。ワタシがお願いする仕事はすべて、「忙しくさせる」仕事である。
したがって、心の中ではいつも「申し訳ない」気持ちが一杯であるが、もう一方では、「この仕事は面白いよ(時間を超えて・・・)」と囁き続けている。生徒達には、「勉強って面白いよ」というのと同じで、高校生を目一杯育て上げて進路実現を図るのは「面白い仕事」であって、思わず時間を忘れてしまうものでもある。


 生徒が(勉強を続けて)育っていくことに関しては、1/3が本人の責任であり、1/3が家庭の責任であり、1/3は教員団(学校)の責任であると思う。
(反論を覚悟して敢えて言えば)勤務時間うんぬんよりも責任論であって、失敗したらその何倍もの時間を使っても償わなければならないものでもある。生徒も先生も相手を選べない構造になっている学校社会(規模を大きくすれば、この泥縄は若干解消される)では、どんな生徒に対しても責任が1/3だけは存在するのだから、この責任を果たすためならば、「能力のない人間」はその分を自分の時間を犠牲にしてまでもやるべきである。


 という堂々巡りの中で、この進路課長という中間管理職は相当なエネルギーと頭脳と戦略が必要であって、自分(ワタシ)の能力では、2年ぐらいが限界である。それ以上続けると、人間として破綻をきたすと感じることがあった。前勤務校の終盤はまさに破綻しかかっていたと自分でも思う。


 これと言った趣味のない人間ではあるが、学生時代から「ジグソーパズル」は好きだった。今、6月。3月までに約300ピースのパズルを完成しなければならないのだけど、難しいほど面白いので、これからも自分なりに頑張ります。もちろん、パズルのピースには、生徒・教員・その他の関係者が加わっている。


・・・最後は、観念的すぎていい文章ではなくなった。


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