ノーマルビュー

Received — 2022年6月23日 tommy先生の「世相を斬る」

政党と選挙を考える(政治分野講義)

著者: tommyjhon
2022年6月23日 05:35
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、日本は参議院議員選挙に突入した。

選挙期間中であって、特定候補の応援などは、立場上(教育公務員)法律違反らしく、この18日間は、それらしいことを書けない。(昨年の衆議院選挙で散々な目にあったので懲りた)


 ただ、政治学としての記載は許されているはずなので、選挙期間中であることを十分に配慮しながら、政治史や政治学を、高校で教えている立場として、解りやすく記録しておく。(これは、もうすぐ退職を迎える老教師の義務である。)


 昨日、参議院選挙の立候補者の第一声を、各メディアが報道していた。その中で自民党の候補者が「・・・・責任政党として・・・」と述べていた。自民党は、現状総理大臣を選出して内閣を組織している与党なので、責任政党と自称したのだろうが、与党が責任政党で、野党は無責任政党なのではない。政党は、常に国民に責任がある。これは、与党と野党のどちらであっても変わらない。


 政党は、様々な理由で公的存在である。
①国会において議論を交わし、政策を練り上げていく(議論を尽くしての多数決が理想だ)。
②その議論の、論点を国民に示し、選挙において判断してもらう(政党がなければ、判断材料が不明確だ)。
③政党人は、選挙期間中であってもなくても、選挙民(地元民という表現は国政選挙においては間違っている)の意見を聞いて、国民の様々な価値(意見)を集約させる。
④政党は、政治家を育成し、国会などの議会に、政治家を送りだす。
思いつくまま、与党も野党も、「責任のある存在」である理由を示してみた。ワタシは、「政党が政治家を育成する」という事に関して、日本人は無自覚だと思う。


 政権党は、国民に政治的判断を委任されている。委任されている立場上、国民の審判を受けなければならない。
日本の憲法解釈では、選挙で議員を選ぶときは、「命令委任」ではなく、「自由委任」であるとされている。命令委任というのは、「公約をした政策が守られないのならば、議員を辞めさせることのできるシステム」であり、「自由委任とは、公約を破っても、議員の地位に変わりはない」という解釈である。つまり、公約違反も仕方がないとされる。
ところが、日本では、これが悪用されていて、選挙公約と実際の政治活動が全く逆であることも許されている。
今回の選挙では関係ないので、ここは実名を挙げる。
東京都知事に立候補してダントツの票を集めた小池百合子都知事の選挙公約は酷かった。
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まあ、「目指します」と書いてあるので許されるのだろうが、これはやり過ぎだ。(明らかに実現不可能でしょ)


 政党は国民に対して責任があるが故に、責任の所在をハッキリさせて、シロクロ決着をつけるシステムが、政治運営上求められる。 
つまり、「よかったのか、悪かったのか」は国民に解りやすいように決着をつけなければならない。
この決着の付け方を最優先したののが、二大政党制という歴史的に造成されてきた政治スタイルである。2大政党制には、様々な意見を集約しきれない。死票が多く発生するなどの欠点がある。しかし、責任の所在はハッキリされていて、ダメならば政権が交代する。


<第二章>
 日本は、明治の御維新に寄って、西洋の政治システムが大雑把に輸入されたものだから、イギリス流の議員内閣制を目指したものの、2大政党制による政権交代の機能までは、定着しなかった。御維新の後150年たっても、
「選挙で選ぶ」ことは出来ても、「選挙で責任を明確化して、ダメならば落とす」ことが出来ない。
国民が出来ないのではなく、そのような機能を持たせる選挙制度を作ることが出来なかった。


 それが、衆議院の「小選挙区と比例代表をミックスさせた」制度であり、参議院の“奇っ怪な選挙制度”である。
衆議院の選挙では、二大政党制をつくらせる「小選挙区制度」と多党制を作らせる「比例代表制度」がミックスされている。これが、今の日本の政治を作っているのであって、大政党が衆院選挙で完勝することも、小さな政党が1議席くらいで生き残っているのも、この制度がなせる技なのである。


 参議院の選挙制度はもっと奇っ怪である。選挙とは、国民に解りやすく審判してもらう政治システムであるのに、「定数2」などという不思議な状況である。定数2では、基本的に政権交代が起きない。野党が力をつけていくに従って、定数2を一ずつ分け合うようになり固定化される。
仮に、「定数2」を与党が独占し、そこから野党が力をつけ票数を集めて「定数2が1-1」となり、その後、その野党が政権をとるための「野党が定数2を独占」するまでに、どれくらいの時間が必要なのかを考えて欲しい。・・・永遠に無理だわ。


<第3章> 
したがって、日本での政権交代は、国会議員の集合離散によって行われる。民意ではない、国会議員の粘着と離別で政権が交代する場合の方が多い。
日本の55年体制(保守波が合同して自民党が1955年に結成されたことに由来)になって以来、非自民党による政権は2回しか誕生していない。1993年の非自民連立政権(細川護煕首相)と2009年の民主党政権(鳩山首相)である。
この政権交代のきっかけが、いずれも、小沢一郎によってなされたのは偶然ではない。
小沢一郎 - Wikipedia

小沢一郎は、日本で一番「選挙に関して勉強していた」政治家である。


例えば、ウィッキから引用すれば、
1982年(昭和57年)に自民党総務局長(現在でいう選挙対策委員長)に就任する。1983年(昭和58年)の第13回参議院選挙で(初の厳正拘束名簿式)比例区での順位付けを担当した際、「現職優先」を主張した中曽根らに対し、党員党友の集め具合や後援会の規模などのデータを駆使し、20位以内に新人を9人送り込む筋論を押し通した。その後に行われた旧京都2区の2人欠員による衆院補選に際し、執行部内では2人擁立を避けて1人擁立に留める意見が大勢を占めていたが、小沢は 2人擁立論を主張、谷垣禎一と野中広務の新人2人を擁立し、絶妙な票割りで2人とも当選。首相の中曽根に「まるで名医の手術を見ているようだ」と絶賛された。



となる。
小沢一郎の出現以来、日本の政党は多くの就業離散が行われ、民主党政権が瓦解した今となっては、選挙による政権交代はかなり不可能な状況になってきた。
小沢一郎は、元来2大政党制論者であるので、目指したのはイギリス流の2大政党による政権交代システムなのだろう。
しかし、日本の選挙システムでは、政権の獲得は、議員の離散と再結集でしか実現できないことも良く理解していた。


現状の日本は、自民党が一強ほか他弱の政党政治である。そして政権交代システムを作り出す責任のある(ここで、最初の文脈に戻る。小論文の基礎基本)野党には、小沢一郎を超える選挙の理解者は存在ししていない。


・・・どうだ、これならば選挙期間中でも許されるだろう!!!!!


















 








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