袴田事件及び冤罪の勉強
2023年3月14日 05:51
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。
ということで、今度こその「袴田巌さん無罪」に繋がる再審請求の道が開けた。
「袴田事件」元被告の再審開始、東京高裁が認める…証拠の衣類血痕「捏造」の可能性にも言及(読売新聞オンライン) - Yahoo!ニュース
この事件は、「検察側の証拠品ねつ造」という絶対にあってはならない手法で無罪の人間に死刑判決を言い渡した冤罪事件なのである。
袴田巌さんに対して行われた、拷問のような取り調べは、もう規定の事実となっていて、これらの完全に憲法違反と言って間違いない方法で自白を強要させたことは、日本の司法史の中でも一番恥ずかしい汚点だ。
袴田事件のようなでっち上げ事件は、半世紀前の出来事だけではない。
例えば、御殿場事件(容疑者に100%のアリバイ立証された後で、事件の日付が変更された?????)
御殿場事件の真相~井上さゆりの現在&犯人のその後や冤罪説まとめ (newsmatomedia.com)
例えば、高知県白バイ事件(白バイが衝突したのではなく、バスが衝突したかのように、スリップ痕がねつ造された!!!!!!)
高知白バイ衝突死事故 - Wikipedia
この御殿場事件には、袴田事件と同じような背景がある。それは、袴田巌さんが、当時有名な不良だったことだ。
そして、袴田巌さんには、元プロボクサーという肩書きが必ずついてくる。当時、プロボクサー崩れというレッテルは「反社会的人間」の象徴として使われていた。
おそらく、当時の警察も最初は、“事件が起きた味噌工場に勤めていた町で有名なワル”であった袴田巌さんを犯人と推定したのだろう。ワタシは清水の街で8年間仕事をしていたが、当時の袴田巌さんが、「どうしようもないワル」であったということを実際に聞いたことがある。
ここで思い出して欲しいのが、静岡県で起きたもう一つの冤罪事件である、島田事件だ。「死刑判決⇒再審請求⇒冤罪事件として認定」の先駆けとなる事件の一つである。島田事件の被害者(つまり死刑判決を受けてしまった赤堀さん)も、犯人としてでっち上げられた人である。赤堀さんが容疑者になった決め手は、過去の犯罪歴であり、逮捕は別件逮捕だった。
島田事件 - Wikipedia
この島田事件で犯人をでっち上げた人物を紅林麻雄といい、以後、犯人を過酷な拷問で自供に追い込み、証拠をねつ造して犯人に仕立て上げる手法を、紅林手法というようになった。
紅林麻雄 - Wikipedia
この紅林麻雄の手法を継承した部下達が、袴田事件を担当しているのだ。
二俣事件の真犯人に迫る『蚕の王』、著者・安東能明さんが語る「冤罪」生んだ捜査の問題点 - 弁護士ドットコム (bengo4.com)
また、島田事件では、被害者の殺害された状況を鑑定した医師として、古畑種基という名前が出てくる。
<ウィッキのコピペ>
地裁公判中に裁判官は東京大学教授の古畑種基に被害者の殺害方法について再鑑定を依頼し、古畑は被害者が強姦され胸部を打撃され首を絞められて殺害されたと、赤堀の供述調書に適合する鑑定結果を報告した。
<コピッペ終了>
実は、この古畑種基なる東大教授もかなりの人物なのだ。
古畑種基は、血液学の世界的な権威で、現在も使われるABO方式の血液型を発見した人物なのだが、犯罪における証拠品鑑定ではかなりヤバイ鑑定を次々に行っている。
<ウィッキよりコピッペ>
古畑が鑑定を行った殺人事件のうち、弘前事件(判決:懲役15年)、財田川事件(判決:死刑)、松山事件(判決:死刑)、島田事件(判決:死刑)には鑑定に問題があり、実際には冤罪だった。これらのいずれの事件も後に再審で判決が覆されている。古畑はいわゆる四大死刑冤罪事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)のうち、3件に関わっていることになる。
<コピッペ終了>
しかも、この古畑種基が1975年、5月6日に亡くなったことで、いくつもの無罪判決が言い渡されるようになった。
免田事件は、1979年に再審決定
財田川事件では、は1976年(昭和51年)10月12日に最高裁が「3つの疑問と5つの留意点」を指摘して高松地裁に差し戻した。
松山事件でも、 1979年(昭和54年)12月6日に再審が認められた。この事件で、警察は留置所に前科5犯のスパイを送り込み、「警察の取調べで罪を認めても、裁判で否定すればいい」と斎藤に言って自白に追い込んでいたことが判明。また証拠とされた男性の掛け布団の血痕は、警察の捏造であるとされた。(ウィッキ)
島田事件は、 1969年(昭和44年)5月9日に行った第四次再審請求も1977年(昭和52年)3月11日付で静岡地裁が棄却を決定したが、赤堀および弁護人は3月14日付で即時抗告を申し立て、これを審理した東京高裁は1983年(昭和58年)5月23日付で静岡地裁の原決定を取り消し、審理を地裁に差し戻すことを決定した。(ウィッキ)
ほらね。古畑が死んでから、一気に再審請求が認められ、どんどん無罪判決がでるようになったのだ。
この古畑の死と再審決定の経緯を見てみると、警察&検察(もしかして裁判所も?)が、真実を追及するのではなく、自分たちの権威を守るために動いていることがわかる。
袴田さんも、赤堀さん(島田事件)も、谷口さん(財田川事件)も、警察&検察&裁判所の無意味なメンツだけで死刑になりそうだったのだ。
ワタシは、この冤罪事件に関して授業でも堂々と古畑種基や紅林麻雄という実名を出して扱っている。
そして、袴田事件では、真犯人だろうという人物も推定され、その人は袴田さんが釈放された(2014年3月27日)、翌日に不可解な死を遂げている(自殺かもしれない)。袴田事件の真犯人と噂の長女は現在どこに?真相を知る目撃者が自殺? | 北朝鮮・政治・時事ネタ専門『生臭寺院』 (namagusa.com)
もう、二度と冤罪事件を作ってはいけない。
救う道は、取り調べ段階からの完全可視化しかありえないのだが・・・・
日本弁護士連合会:取調べの可視化(取調べの可視化本部) (nichibenren.or.jp)
ただ今の法制度の中では、可視化率は全体の3%程度しかない。
最後に、袴田巌さんを紹介する際、今でも“元プロボクサー”というレッテルを使う。もと従業員ではなく、必ず元プロボクサーだ。どうも、拳で相手を殴りあうボクシングという格闘技が偏見を持たれているようで切なさを感じている。
皆様には、“ノブはボクサー”という名曲をご紹介。
では学校に行ってきます。