ノーマルビュー

Received — 2023年12月25日 tommy先生の「世相を斬る」

進路課長2学期終業式講話

著者: tommyjhon
2023年12月25日 05:40
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

ということで、12月21日(木)に行われた終業式でのワタシの講話。


 あるアメリカの大学で、このような実験が行われた。大学生をA、Bの2つのグループに分ける。Aには能力の高い人を集め、Bのグループには能力の低い子を集めた。(この場合の能力とは何か?などの屁理屈は置いておく)。
同じ問題をやらせて、自己採点をさせてみた。
能力の高いAグループに、自己採点の結果を聞くと「いやーーーダメでした」「まだまだミスがありますね」「不満足です」と答えた。
能力の低いBグループに、同じように質問すると、「出来ました」「完璧です」「やりきりました」という自己肯定的な答が多くなった。


 これらの結果は、脳の奥底に眠る古い遺伝子の反応が融雪のもとで出てくるものらしい。
人類は、人類の歴史を徹底的にたどれば、99%の時間は、類人猿としての歴史らしい。この実験結果は、猿として生きていた時代の産物なのだ。
若い猿達(今の高校生、君たち)は、猿山というボスざるを中心にしたヒエラルキーの中で、“能力がある”とボスざるに睨まれれば、もうこれから徹底的に潰される。ボスざるの力が強いうちは、能力をひけらかしてはいけないのだ。逆に能力の低い若い猿は、猿山の維持にとっては無用なので、どんどん見捨てられていく。能力が低い猿は、自分を大きく(能力があるように)見せないと、これも命が危ない。


 受験を指導していて、生徒を指導していて、こんな光景が散々見られたのも事実だ。
能力のある生徒達に受験の感想を聞くと、「いやーーミスしてしまいました」「難しくて出来なかったです」と答える。
馬鹿なヤツ(直接、この言葉は使っていない)に受験の感想を聞くと、「完璧です」「よく出来ました」「大丈夫です」とだいたい答える。
 合否結果とは関係なしに、だいたいこうなる。


 同じ事が、冬休みのような長い休みの後の会話でも成り立つ。出来るヤツに「どうだった?勉強進んだ?」と問えば、「まだまだですね」「案外できませんでした」「やり残しあります」と答える。逆に馬鹿なヤツに「どうだった?」と聞くと、「ちゃんとやりました」「大丈夫です」(何が大丈夫なものか)、「完璧です」と必ず答える。


 1,2年生の皆さん(受験生である3年生も含みます)、能力の高い人間は自己に対する評価が低いのです。出来ないヤツほど、自分の能力を大きく見せようとするのです。勉強の結果とかは、数値を見るだけでなく、日頃の会話の中でバレているのですよ。
さりげない会話を少し分析してみてください.自分の奥深いところにある遺伝子がどのように働いていたがが推測できます。
推測できたら言動が変わり、言動が変わると行動が変わりますよ。


 以上です。


こんな感じでやりました。


 同じように、ダメな先生って、すぐに生徒のアラを探し出して最初に怒る。「言いたくないけどね、」と断りをいれて謙虚なふりをしながら最初に生徒のミスを指摘するよね。そして、とりあへず(生徒という相手に)マウントポジションをとってから、威圧的に説教するでしょ。
そもそも、先生と教師という覆すことの出来ない絶対的な優位性があるのにも関わらず、もう一段、優位なポジションをとりながら説教するでしょ。ヤダネーーー。


 期末テストが終わった直後、緊急に学年集会があった。その時に、最初に壇上に上がったある先生は、生徒の身なりのだらしなさをチクチクとイヤミを言いながら指摘していた。それが一番ダメな教師なのよ。
サルの話でいえば、(生徒のミスがあったとき)徹底して生徒を潰しにきているだけでしょ。学校は、猿山のようにヒエラルキーで成立しているところではないんだ。
期末テスト後の学年集会なんて、一番生徒が開放感に溢れている時でしょ。身なりなんて誰も気にしてないよ。ただ心の中で「ああ、またもでました学年集会、きっと勉強しろって言われるだけ」と思いながら集まってくるんだよ。それを突然、「だらしがない」って怒るなよ。 


 しかもしかも、すぐにマウントポジションをとる傾向のある教員って、その性向を無自覚に発揮していることによって、「自分は教師に向いている」と錯覚しがちなんだ。
 いいセンセの基準って生徒の能力を引き出すことが出来るかどうかが基準であって、しかも、その先生によって引き出されたどうかがわからないことが最高の先生なんだよ。  


定年を迎えるので、最後の方は過激になっちゃいました。








 




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