ワタシの根本思想(還暦老人ブログを語る)
2024年3月7日 05:40
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、本日は採点日。
学校で缶詰めとなって一日中答案の採点をする。一昨日、昨日、今日と、先生方は定刻になると一斉に学校を追い出される。先生方が揃って仕事場から帰るのだが、この風景は極めて珍しいものである。普通、ワタシ達は仕事が終わった者から適当に帰宅しはじめ、残ってサービス残業(部活・教材・校務など)を勝手にやり、概ね仕事を与えられない老人からバツが悪そうに帰っていくようになっている。
でも、この時期だけは管理職が学校を管理するのが絶対条件になるので、管理職以上に居残りすのは許されない。
したがって、いつものように生徒と向いあうことができないので、比較的余裕がある。
余裕があるついでに、今までブログに載せていないことを告白してみる。
ワタシは、「Tommyセンセ」を名乗り、37歳の頃からネット上で日記なるものを書きづづけてきた(キーボードをたたき続てきた)。もちろん、これにはお手本がある。
山口瞳 - Wikipedia
若い者は全然知らない作家だろうが、ワタシは、山口瞳の新刊が出るたびに書店に走って行った者の一人である。当時はアマゾンなどなかった。
こんな方である。
1963年(昭和38年、ワタシが生まれた年)に 『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞している。この作品も10代の頃読んだ(変わったガキだ)
江分利(エブリ)満(マン)というのは、どこにもいる男という洒落で、山口瞳自身のことを指す。これは、徹底的な私小説の作家である。
そして、山口瞳は、
『週刊新潮』に31年間もの間、死ぬまで一度も穴をあけることもなく、コラムを書き続けた。これは、『男性自身』というロングセラーとしてまとめられている。
なので、Tommyセンセも、明らかに外山和之という一教員であるのだが一応、主人公がTommyセンセということで成り立たせている。
WIKI(ウィッキ)にも編集されているが、山口瞳が『男性自身シリーズ、私の根本思想』の中で、自身の戦争に関する思想を述べている。
以下は、ウィッキを編集したものである(原本を探すには時間がかかるので)
<以下抜粋>
「我が生涯の幸運は、戦争に負けたことと憲法九条に尽きると思って居る」
「人を傷つけたり殺したりすることが厭で、そのために亡びてしまった国家があったということで充分ではないか」
「もし、こういう(非武装の)国を攻め滅ぼそうとする国が存在するならば、そういう世界は生きるに価しないと考える」
<終わり>
反論があるだろうが、ここに「最後に、家族だけは絶対に守る。家族を守るためになら竹槍も使う」
というフレーズを使えば、まさしくリバータリアンの思想である。
一時期、(嘘つき戦争賛美作家である)阿川弘之や、(意図的なのか無自覚のままか、知らないが、結果的に日本人を右側に傾けてしまった)司馬遼太郎なども好きになって、右翼っぽくなったこともあるが、やっぱり最後は「山口瞳流のワタシの根本思想」に落ち着ていいる。
「もし、こういう(非武装の)国を攻め滅ぼそうとする国が存在するならば、そういう世界は生きるに価しないと考える」
いい言葉だな。
ワタシなりの“日本”という国の解釈は、
東アジアの隅っこに、度重なる戦争がいやで大陸から逃げてきた人々が作った国がありました。その恵まれた技術力を生かし、大陸の文明を上手に受け入れて、(戦国時代のような)多少の内乱はあったものの、天皇制という中央集権国家を作り上げて、今まで1500年くらい反映していました。
1800年代後半から、欧米列強の日本に対する争奪戦が始まりました。日本は稲作文化を中心に人口過密な国であり、労働集約型の生産体制を使って列強との貿易関係を作り上げて一流国近くまではたどり着きました。
その後、アメリカ帝国の巧妙な罠にはめられ太平洋戦争を始めてしまい、結果的には世界で唯一の被爆国となり、アメリカ合衆国の属国になりました。
しかし、そのアメリカ帝国(合衆国)の開明派(GHQ)の手によって占領下に作られた日本国憲法は、日本を徹底的な平和国家とするように構成されており、アメリカ合衆国側から見れば、
「自分たちが日本支配のために作らせた憲法が、逆に日本支配の邪魔をしている」構造になっています。
この矛盾する支配構造の中で、むかしから手先が器用で勤勉な国民性によって、かろうじて生きながらえているのが今の日本です。
そしてTommyセンセはいつも思うのです。
こういう国を滅ぼうそうとする国が仮にあるならば(たとえそれが中国であろうと、アメリカであろうと)、そんな世界は、生きるに値しない。