ノーマルビュー

Received — 2024年3月25日 tommy先生の「世相を斬る」

還暦老人メンタルトレーニングを語る

著者: tommyjhon
2024年3月25日 11:04
全国の毒舌ファンの皆さま おはようございます。Tommyセンセです。

ということで、好評連載中の教員人生を語るの記。


 元長泉高校かるた部で指導者人生をスタートしたワタシは、全国優勝できるチームを預かりながらも、全国大会の舞台で滑り続けていた。自嘲気味に「シルバーコレクター」と称したが、完全に自虐ネタである。競技者としてはそれほどでもないので、自らがお手本を見せることもできない。かるた競技は誰でもそれなりに強くなることは出来るとは思うが、一流選手になるためにはそれなりの才能が必要である。そんなことは高校1年生の時から身をもって体験していた。ワタシは長泉高校かるた部の強さ序列ではいつも6~7番手の選手だった。
 そこで、答えを“競技者として強くなる普遍的な方法”に求めた。より体格が必要である競技ではウエイトトレーニングなどが普遍的な方法である。パワーは格段に強くなる。晩年、野球部の(なんちゃって副部長)を務めたが、当時の監督は、「野球で全力疾走が必要なのは一試合15分」と割り切る徹底的な合理主義者であって、単純なランニングなど目もくれなかった。そう考えると、野球部の選手が校内マラソン大会で優勝するなど、完全な競技のミスマッチである。(大谷翔平に一番不釣り合いなのはマラソンだ)
 競技かるたは、筋力も体力もそれほど必要ではないので、普遍的な方法として縋りついたのが、“メンタルトレーニング”である。
2000年当時、世の中にメンタルトレーニングなる練習方法が一気にメジャーになっていった。その嚆矢になったのが、西田文郎著の『NO1理論』だと思う。
Amazon.co.jp: No.1理論 ―ビジネスで、スポーツで、受験で、成功してしまう脳をつくる「ブレイントレーニング」 eBook : 西田文郎: Kindleストア

_e0041047_09075502.jpg
この西田文郎氏を始めとする指導グループがサンリという企業を起していた。
メンタルトレーニングなら株式会社サンリ (sanri.co.jp)

この本を読みこみ、友人に紹介をしてもらって、サンリの門を叩いた。(指導をうけるというよりも、講義を聴くだけ)


そして、このメンタルトレーニングを自己流に解釈し、自己流に伝えていった。
結果的に、長泉高校かるた部は、ワタシの監督時代に2度の全国優勝を果たす。しかし、メンタルトレーニング技術は、その要因の、ほんのちょっとだけ貢献した。それよりも、もっと大きくワタシの生き方に貢献してくれた。
今や、メンタルトレーニングは一つの業界を構成してスポーツ業界をはじめとする様々なところで、競技者(サラリーマンも)をサポートしてくれている。なんと、ワタシの教えた生徒から、プロのトレーナーも出現している。
(1) Facebook 宇佐美円香 さんという方だ。詳しくはFacebookで検索しね。彼女は富士高時代の生徒で長泉高校とは関係ないけれど、ここ2年くらい仕事でお世話になっている。彼女もこのブログの読者の一人なので、プロが読まれている場面で、(ブードゥー教かもしれない自己流)メンタルトレーニング論を書き連ねることは無理がある。

 ただし、少しは他の競技の指導者も高校教員には数多くいて多少は参考になるかもしれない。また、ワタシの行き方に大きく貢献してくれたとあるが、人間を一瞬にして「頼りになる人間」と「あてにならない人間」に振り分けできるのは、このトレーニングノウハウを逆手にとって身に着けているからだと思う。
例えば、「将来の夢は教員です。」と答えた奴に希望はない。教員という仕事は、夢を実現する手段の一つであって、教員になってからが本当の教師への道が始まるのだ。18歳の少年少女が22歳で実現できることを“夢”と語ってはいけない。
 メンタルトレーニングの第一歩は、目標設定なり達成手段なりを、正しく順序だてて明確に構成しなおすことである。大谷曼荼羅というのが流行語になったが、まさしくあの通りだ。
_e0041047_09282453.png

 こうやって、今できることとできないことを明確にして、出来ることを出来るようにしてメンタルを強くしていくのである。
メンタルトレーニングでは、出来ないことを無理にやらせるのは“脳みその構造”(人間の精神の構造)として全くの逆効果である。何かに取り組前に、人間は知らず知らずのうちに守りに入ってしまい、体(身体)が脳をストップする前に脳(精神)が体を逆にストップさせてしまうのである。おそらく、この脳(精神)と身体の関係を上手に“出来る方向(達成可能な方向”に向けていくのがメンタルトレーニングの理論だ(と解釈している)。


 例をあげる。高校の運動部では、「インターハイ優勝」や「甲子園優勝」を目標として掲げるチームが多い。生徒がその気になっていない、その実力が備わっていないチームが目標を「インターハイ」などをしている時点で、生徒の誰も成長しない。だって成長する理由がないのだから。
監督や顧問の中で、“見栄で”とか、周りの手前上とかで、目標だけ大きくする方がおわれるが、そういう人間はワタシのカテゴリでは、信用できない人間だ。花巻東とか大阪桐蔭だったらその目標も理解できる。甲子園優勝などを掲げるチームは、目標そのものが“言い訳”になっていることがわからないのだろうか?
 
 したがって、(次の例)「お前たち、メンタルが弱いから、メンタルトレーニングを行う」というメンタルトレーニングの導入は、100%逆効果である。頭の構造を「メンタルが弱い」とレッテル貼りしてしまったら、頭(精神)の構造を作り変えるトレーニングをすることはできない。メンタルのトレーニングは、「知らず知らずのうちに鍛えられてくる」ものである。
 その辺にいるでしょ。「メンタルを鍛えろ」と訓示を垂れる人間が・・・・・信用できない人間NO2だよ。
メンタルは、出来ないことが出来るようになって初めて鍛えられるもの(次のタスクもできるようになると錯覚して、その次も・・・その次も・・・)である。「この子はメンタルがダメだから・・・・」という指導者は、「その子ができるようになる技術指導を出来ない」指導者なのだ。
先ほどの登場した宇佐美メンタルトレーナーを伊豆中央高校に招いだ時、一番初めに生徒にやらしていたのは、紙を指先で切る奥義だった。(本人からの指摘があり、本当は、紙で木を切る、でした。


一瞬、どの生徒も出来ないと思ったに違いない。紙ははさみで切るものであって、指で切るものではない。(ここも削除し、さすがに木は紙で切れるわけがないと信じている)しかし、やり方(体の動かし方)によっては切れるのである。「出来ないと思っていたことが出来るようになる」ことから始めるというのは、やはり鉄則なんだな。と20年来の勉強を後付けで証明してくれた。
 このことは、進路指導にも生きていて、「信頼できる奴」と「信頼できない奴」に分けることが簡単にできる。信頼できる奴は、「出来ないことを目標に立てたり、カッコいい目標をカッコよく言ったりする奴」であって、勉強が出来る奴は常に謙虚だ(つまり積み重ね)。


 これらのことから、ワタシは百人一首競技の指導を、「体の使い方、暗記の仕方」という技術指導だけにすることにした。何かが出来るようになれば次が出来るようになるのだ。そして、ワタシ自身は、メンタルトレーニングを(自分勝手に)卒業し、「身体の使い方」に興味が移っていく。(以降の連載をお楽しみに)


 肝心のメンタルトレーニングは、実は競技かるたの世界そのものが、メンタルを勝手に強くしているものだ、と気が付いていた。競技かるたの世界は、競技力の段階によってA級からB級・・・今やF級までにクラス分けしている。F級を卒業しなければE級に昇格できないし、E級を卒業しなければD級になれない・・・・ワタシトて実力でA級には到達した。その級に連動しているのが段位であって、4段以上を一般的にA級選手という。全日本かるた協会の主な収入源もその昇段料にある。
 したがって、A級で何度も優勝を繰り返す猛者たちは、メンタルがとてつもなく強い。もう、メンタルが強いから競技かるたが強くなったのかか、競技かるたが強いからメンタルが強くなったのか、全然考察できないくらいだ。
一般男性諸君「気が強い女」を探したければ、競技かるたの世界に行ってごらん!!!!(このブログの読者には、強豪のA級選手もいるから、文句がくるかもしれない。文句が来た途端、すぐ訂正の連絡をだします)
 ゼロから競技かるたを始めた選手は、A級選手くらいになることで、かなりのメンタルの持ち主となる(少しずつ、実現可能な目標をクリアしていて、自信をもって競技に臨む人間)これは、大阪桐蔭や花巻東のレギュラー選手にもいえることである。そこに上り詰めるだけで凄い。県内の強豪チームの選手が、甲子園に行って実力を発揮できないのは、このステップを上がっていけない典型だ。「県内で優勝」を目標にしている選手は、甲子園にでたとろで目標を失う。
 また、競技かるたは、高校生になって初めて取り組む競技である。(その当時は・・・今や漫画ちはやぶるのおかげで、この前提がくずれた)だから、その学校のs先輩が同じことをやって全国優勝したとなれば、同じことをすれば優勝レベルになるこては当たり前のこととして、次の選手の脳(精神)に植えつけられる。目標設定が楽な競技だ(だった)


 ここまでのことを本能的にやってのけたのが、高校のクラブ活動として競技かるたを育て上げ、その栗栖先生の元で、実際に全国優勝を実現してしまったのが、富士高校かるた部なのである。今から、60年前くらいのことだ。自分が指導者になってみて、メンタルトレーニングなどを勝手に解釈してみて、初めて理解できたことだ。
先生は、対戦相手のことは、強いとは一切言わず、「勝つのは少しかったるい相手だがチャンスがないわけではない」と言いながら選手を送り出していった。自分たちチームを「弱い」とは一切言わなかった。選手として負けても「経験だけの差」とか「運だけの差」と必ず評してくれた。
 長泉高校かるた部は、その栗栖先生が、初代顧問として作り上げた高校の部活動である。生徒たちは入部してすぐに、目標を「全国優勝」として掲げたことだろう。これは荒唐無稽のおとぎ話ではなく、実際にそうだから。(最初の出場は、準優勝だった)栗栖先生は、「ここで優勝したら他の高校に申し訳ない」と口にしていたが、優勝してもおかしくなかった。


 そうして、メンタルトレーニングを勝手に自分なりに(競技かるた風に)アレンジしたワタシは、大きなことに気づく。
全国優勝といっても、インターハイの100メートル競走ではなく、かるた競技の団体戦なのだ。それならば、彼らの到達目標は、案外低いところに設定できる。
かるた競技の団体戦というのは、5人が一斉に一対一の競技として対戦するので、3勝2敗でも勝は勝ちである。別に相手チームに5-0で勝つ必要はない。しかもしかも、この並び順(選手を当てるシステム)は、対戦の直前になってランダムに唐突に決まる。自分のチームは、1番手に●●、2番手に▽▽、3番の場所に◇◇と並び順を申告し、相手チームもおなじことをする。なので、主将(一番強い)と5将(一番弱い)が当たることもあれば、主将が主将とあたることもある。一難力の差が感じられる対戦は、主将VS主将、副将VS副将、三VS三、四VS四、五VS五、なのだが、この確率は、5の階乗、5×4×3×3×1しかない。つまり1/120しかない。逆に、主将VS5将、副将VS4将、三将VS主将、4将VS副将、5将VS三将(この並びが一番大逆転を起しやすい、ジャイアントキリング並び)だって、確率的にはありうるのだ。


 ならば、先ほどのメンタルトレーニングで述べた、「目標可能な到達目標」は、全国優勝ではなく、全国優勝にならぶ実力とすればいいだろう。しかもしかも、競技かるたの競技としての最大の特徴は、大接戦の最終形態が一枚VS一枚(通称イチイチ)になることだから、どんなに実力差があっても、二勝二敗最後はイチイチという展開になる。そうなれば50%の確率で勝つことができる。全国優勝は一番素晴らしい栄誉だが、全国優勝が目標ではなく、全国優勝を50%の確率まで引く出せるレベルが目標なのだ。
 この気づき以来、自分の指導する部活の目標を「全国選手権の決勝戦で、二勝二敗最後はイチイチ」のレベルまで引き下げた。
これで、相当楽になった。生徒も理解しやすかったと思う。
そして、たった全国で8校というレベルで始まった高校かるた競技世界は、ワタシが長泉高校を去るころから、勝つのはそれほど簡単ではないレベルに上がっていく。特に静岡県内の某高校の台頭がすさまじかった。


 他の競技にでも、同じことで、「強豪校と大接戦、あとは運」というのが、一番の(高校生らしい)到達レベルである。
そして、監督は、メンタルのことを絶対に勝因、敗因にしてはいけない。強いメンタルを作り出すのはこの技術が習得できているという自己の身体であって、メンタルの弱い競技者の出現は、その技術を習得させることが出来なかった指導者の技能と責任である。


 と、定年を迎えるまで書くに書けなかった部活動の指導について書いてみた。
簡単に言えば、「出来るようになる指導をしてくれる指導者」が一番素晴らしいのである。ワタシが出会ったリトルシニアの指導者や、長年静岡の県内中学の吹奏楽で指導してきたS山(読者よ)、自らも声楽家として活躍しているK藤、今のI豆中央の男子バレー部コーチのZさん、とかね。


 今日は、再任用ハーフで4月から採用されることになった、清水西高校に午後から出張でして、なんとブログの更新時刻は11:00!!!!






























 












































❌