ノーマルビュー

Received — 2024年5月15日 tommy先生の「世相を斬る」

還暦老人清水東を振り返る⑨

著者: tommyjhon
2024年5月15日 06:04
全国の毒舌ファンの皆さま おはようございます。Tommyセンセです。

 ということで、好評連載の振り返るの記。
これからは、2017年4月からの教務主任(部長)時代の話。
清水東高校は、サッカーや頭脳を中心に本当に多くの逸材を世に送り出した高校で、ワタシが在籍していた時にも、溢れ出る強烈な才能と個性の持ち主が多くいたが、いずれも未だに原石レベルである。
 本日は、原石中の原石、(もう少しで)ブレーク予定での芸人さんをご紹介。
なんと、自作のプロフィールがWEBページに残されている。
佐野寛の年収は?彼女はいるの?整形?性格は悪い?気になる経歴 | ブログ (ameblo.jp)

佐野寛という奴で、高校時代は生徒会長を務めていた。 主要なSNSはX(旧Twitter)を使っている。
佐野寛(バターヤング)(@doutokushin46)さん / X (twitter.com)

 今の活動拠点は千葉テレビらしいのですが、早く全国区になってくれないかなあ?・・・・高校時代のお笑いセンスは、「まあまあ」と採点していた。


 さてと、これも突然に指名されて、何の準備もないまま動き始めた、教務主任のお仕事。これはもう学校の根幹を定めるレベルの案件が多く、なかなかブログに書けないこともある。とにかく、主任最初のGW(ゴールデンウィーク)の頃までは、県提出の公的文書を終わらせなければならず、とても苦しい毎日だった。そもそも性格的に細かいことに向いていおらず、このIT社会の到来とともに一昔前の教員という職業からは考えられないほどIOTが進化したにも関わらず、ワタシのPCスキルはほとんど素人レベルである。未だにWardやエクセルなどの超基本的ソフトも十分に使いこなせないでいる。かろうじて、人より優れているのが、このような早朝の時間にクダラネー時事ネタを出鱈目なタイピングで打ち続けていることだけだ。つまり、「技術的には大したことないが、執念深い性格」なのである。


 教務主任の仕事に関しては、執念だけが頼りだった。他に才能がない。
そして、当時の校長から厳命を受けて執念だけで達成したのが、学校の教育課程変更である。
当時、清水東高校のカリキュラム(生徒レベルでいうと時間割)は、基本設計の古さに加えて、SSH(スパーサイエンスハイスクール)対応も行われていて、極めて異質なものだった。
①甲週、乙週という2週間で一つのサイクルとなっていた。(A、Bを甲、乙に訂正しました。ケンスケ先生からのご指摘)
②なんと、60分授業である。
 この基本設計では、現在の理科基礎科目3科目必修(生物基礎・化学基礎・物理基礎)には到底対応できない。また、情報も必修化されたり、地歴公民科の新課程(歴史総合・地理総合・公共の必修化)にも対応できない。しかも、「総合的な探究活動」という訳のわからない授業も加えられた、スーパーマルチ履修(超多科目必修)をこなすことが出来ないだろうと、誰もが思っていた。(誰もが思っていたけれど、誰も手を付けることが出来ないでいた)。


 ワタシは、教務主任や進路課長の仕事をしながら、いつも心の中で呟いていた。「こんなん学校の重要業務は、OBがやれよ・・・・お前等、好きな仕事ばかりやって、みんなから嫌われるような泥臭い業務はやらないんだよな」
ただ、校長先生からの厳命なのでワタシの時代にこの難問をクリアしなければならない。
 そして、各教科の授業時間(1単位60分×週単位数×年間授業週間数)を分刻みで解体し50分授業として換算しながら、日本の高校というのは、実際にはどれくらいの授業数が必要なのか?という原点にまで戻って、カリキュラム(時間割)を作り変えた。もちろん、一単位を50分が文科省の標準授業時間である。


 このカリキュラム研究で、理解できた「普通科高校のカリキュラム規準」とは以下のものである。ただし、これは文科省が指定している標準単位(週の時間数)ては、かけ離れている。文科省レベルでの標準単位数は、受験を無視した机上の空論だ。清水東高校などの進学校には進学校のそれなりの規準が存在しているのである。この「それなりの規準」はうっすらと文科省も認めているような感じだ。というのは、共通テスト(当時はセンター試験)の配点割合を、進学校なりの規準として考えると、かなり現実的だったのである。
 以下、このような思考方法をそれなりの規準として用いた。
①センター試験で200点満点の教科(国語・英語・数学)は科目の違いはある(例えば、国語は現代文と古典、数学はI、ⅡB、など)けれど、1年から3年まで毎日1時間必要だ。つまり、3年間で15単位。
②センター試験で100点満点の科目(化学、物理、生物、日本史、世界史、地理)は、200点科目の1/2の点数なのだから、15単位の1/2の時間配分が必要だ。つまり、1年~3年までで7単位もしくは8単位。(例えば、化学基礎2単位ならば、化学では6単位)
③センター試験で50点の科目は200点科目の1/4だから、3,5単位程度(例えば、化学基礎2単位・化学基礎演習2単位もしくは1単位)
④あとは、文科省の規準でよろしい。(家庭科2単位、保健2単位など)
 そして、これらを基本理念として、増やすとことは増やし減らすとことは減らすようにして構築しなおして、1単位50分授業案を各教科に提示した。


 そうしたところ、各教科からは特別な異論も出ずに、この大改革はすんなりと決まった。だいたいは、カリキュラム変更が行われると各教科での時間数分捕り合戦がはじまって収拾がつかなくなるのであるが、このように全体を作り直す場合には、それなりの理論武装をしておくと、日ごろは意地の張り合いをする教科でも案外と納得してくれるものなのだ。
 また、このカリキュラム作成段階では、新教育課程(公共とか歴史総合とか)に対応できるようにしておいた。


 もう、ワタシがカリキュラムを作ってからすでに6年が経っていて、現在の清水東高校の教育課程がどのようになっているかはわからない。自動車の大幅なマイナーチェンジは通常5年おきに行われる。フルモデルチェンジは10年に一度だ(これは経済学)。教育課程も、5年をめどにマイナーチェンジ、10年でフルモデルチェンジが行われるべきだと思う。(文科省は、この周期を守っているフシがある)そして、ワタシの次の教務主任殿は、今でも教務主任であり(たぶん)、このブログの読者様でもあるので、これ以上迂闊なことは言えない。
 ただし、この教育課程を作り変える作業をしていた時の思考方法(一度全部分解して、どの科目がどれくらい必要なのか?から再構築すること)は、書き残して置きたかった。


 他にも(多くの先生方を敵にまわしたのに)公表しても意味がない制度改革をかなりした。どれも、「一度やろうと決めたことは執念だけでやりきる」というモチベーションだけだった。ところが、またしてもワタシのあずかり知らぬ人事上の出来事で、教務主任の職を2年間でおしまいにすることになる。この時の管理職のセリフは、
「お前が教務主任を続けて新しい進路部長を見つけるか、お前が進路部長をやって新しい教務部長を見つけるか、どちらか一方だ」
というものだ。
 結果的にワタシは進路部長となった。つまりは、新しい教務主任をお願いすることになった。S先生(読者様)、引き受けてくれて本当にありがとうございました。普通に考えれば、S先生の方が数段階上の適任者です。<m(__)m>
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