ノーマルビュー

Received — 2024年5月21日 tommy先生の「世相を斬る」

還暦老人伊豆中に転勤する

著者: tommyjhon
2024年5月21日 05:42
全国の毒舌ファンの皆さま おはようございます。Tommyセンセです。

ということで、一回休載のこの「教員生活を振り返るの記」を再開します。


 2021年の春、清水東高校を離れ伊豆中央高校に転勤となった。
どうしても、転勤したかったワタシは、「転勤させてくれるのなら、どこでもいい。単身赴任も辞さない」と当時の校長先生に伝えていた。65歳定年制が段階的に導入されそうで、残り3年の任期は伸びそうだったが、当時は今ほど腰の具合も悪くなく物価高もそれほどでもないので、校長には、大丈夫です3年間勤めあげたら教員生活にピリオドを打ち、他の仕事でもやります。と答えた。精神的な負担も大きい、この仕事を4年も5年も続ける気力は残っていなかった。


 「単身赴任も辞さない」と伝えたのだがそれはそれで不憫に思ったのか、校長先生は、次の面談で、「外山センセ、通勤圏内を教えて欲しい、どこまでなら通勤が可能か?」と質問してこられた。ワタシは、「そうですね、伊豆中央高校が限界でしょうね」とそれほど深い意味もなく答えた。沼津商業高校(駿東郡清水町)や旧長泉高校(駿東郡長泉町)での勤務経験があったので、駿東郡、三島市、田方郡の土地感覚は理解していた。伊豆中央高校近辺ならば十分通勤できる。


 この発言がきっかけで、伊豆中央高校に決まったようなものだ。
伊豆中央高校は進学校である。ただ、付近に韮山高校や三島北高校も並立しているので、特別な俊英が集まるわけではないが、ほぼ全員が大学進学を目的に入学してくる。また、歴史も案外古くワタシが高校入学した昭和54年に開校した。卒業生は、地元に戻って働く割合が高く、市役所とか教員、警察消防などの公務員として働いているOBOGがうじゃうじゃいる(実感としてわかった)。
ただし、日本全体、伊豆半島、両方の現状の影響をもろにうけて人口減少が極度に進み、転勤したときは5クラス、今は4クラスしか募集していない。また、伝統的に部活動が盛んで、運動部・文化部とも一生懸命に活動している。


 そんな高校に転勤してみて、初めて気づいた。「この学校で僕の居場所を見つけるのは結構大変なことだ」と。トップ進学校ではないので、今までの進路指導のノウハウがそのまま生かせることはない。部活動は盛んだといっても、特殊な部活動しか指導できないワタシが正顧問になることはない。
また、新学習指導要領の完全に体得したわけではないので、ICT教材や「協同的な学び」の実践も中途半端だ。などなど、
このワタシを拾ってくれたのは、転勤当時の進路課長であったK先生である。男子バレー部の副顧問として使ってくれたり、進路課の一員として混ぜてくれたりした。聞けば私より20歳も若いという。つまり当時は38歳。傍から見ても大変そうである。進路課長という職は、半ば強引に「あれをやってくれ!!!!!」と指示することがある。周りが年上の先輩ばかりだとそう簡単に出来ない。


 したがって、転勤1年目は、1年生の副担任で男子バレーボール部の副顧問、進路課、という軽いポジションでのスタートとなった。伊豆中央高校の1年生を担当し、感慨深くもあり危機感も感じたことが、生徒が英国数理社の5教科をあまりにもフラットに考えていたことである。今までの20年間の勤務校では、「予習復習は英数国中心、理社は3年生になってから慌てる」という高校生作法があまりにも一般的だったので、ワタシとしても、1年の担当となった時には受験意識も全く植えつけず、復習させる感覚もなく、テスト作り工学(テクノロジー)も特殊なものだった。富士高校や清水東高校で用いた1年生のテスト作り工学の基本設計は、以下のようにしておいた。
①授業中は、考えさせるテーマを重視する
②授業の復習さえすればテストができるなんていう甘いテストは作らない。
③テストの時間は60分間、みっちり考えさせる。
④テスト時間中、頭脳をフル回転させて、今までの知識をすべて出し尽くして、やっと解答できるようなテストが理想だ。
⑤細かな知識は3年で十分だ。
⑥だって、勉強の中心は英数国だもの。
清水東高校から転勤するとき、実に多くのメッセージをいろんな形(色紙、カード、口頭)で生徒からいただいた。その中で、涙を流して喜びかつ感激したフレーズは次のようなことである。「センセ、お世話になりました。センセの授業やテストは、なんか他の教科で使う脳みそとは違う場所を使っているような気がして、難しくもありましたがとっても楽しかったです・・・」

 
 ところがだ、このような天邪鬼的な思考は、真面目で素直な伊豆中央の生徒には受け入れられないかった。特に1年生は、中学校の影響をもろにうけていて、テスト勉強は英数国理社の5教科をフラットに勉強するべきだと思い込んでいた。「イヤイヤ違うのよ、英語・古典・数学(特に英数)に相当な時間と体力を賭けなければダメよ、地歴公民(ワタシの担当教科)なんて、余力で十分。」などという助言は聞き入れてくれんかった。高校で特別に出来る人間は、「初出の問題にファイトが湧く」のだが、真面目で普通に勉強する人間は、「初出の問題を拒否する」のであった。
 しかし、考えてみれば、授業に関してこれほど悩むということは、他の仕事はあまりないと同じことである。
副顧問・副担任を満喫していたら、なんと、痛風にか罹ってしまった。交通事故もちょっとあったり、腰痛も悪化したり、この痛風そうどうなどがあり、1年目で精神的には楽をしたのだが、身体的には老化現象がどんどん進展していった。


 こんな1年を過ごした春、例の「1年副担任をやらせてもらうと次の年に超大変な仕事が回ってくる」の法則と、「お前がウンと言わないと、次の人事が決められないよ」の命令が、同時に降りかかってきた。当時、家族の近親者がコロナに罹患し、自宅待機であって、久しぶりに出勤した途端、この法則が発動されたのだ。
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