ノーマルビュー

Received — 2024年5月24日 tommy先生の「世相を斬る」

還暦老人、教員人生を振り返る最終章

著者: tommyjhon
2024年5月24日 06:02
全国の毒舌ファンの皆さま おはようございます。Tommyセンセです。

 ということで、この「教員生活を振り返るの記」も最終章に突入。
2022年4月、なんと伊豆中央高校の進路課長となってしまった。理由は、転勤したてのワタシをバレーボール部や進路課で拾ってくれて爺(ジジイ)の面倒を見てくれた、K先生が静岡県内の研修所に引き抜かれたことだった。彼はワタシよりも20歳若く、若手人材登用という名目の元で数年間進路課長として苦労されていた(でも頼りになったのだよ)。まあ、コロナと急激な制度改革の中で相当な仕事量だったと思う。薄々気が付いていたことだが、某IC高校は、若手教員と牢名主教員だけがいるような学校で決して教員間の意思疎通が十分とは言えなかった。しかしながら、若手教員のスキルは相当なものでICTの活用に関しても、かなり先取りしていた。
 そんな学校で残り2年間、進路課長をやれ、という。
小説っぽくかけば、当時の管理職は、K先生の転勤がキッカケとはいえ、ワタシの死に場所を作ってくれたのだと思う。戦艦武蔵のように滅びたくはないが、戦艦大和のような最後ならば納得がいく。残り2年間、あなたに十分なポストを用意してあげるから、しっかり任務を全うして往生しなさい。というメッセージを頂いたのだと解釈した。
 だけどね、転勤して2年目で、今度は卒業生を出した経験もないところで、いきなりの要職はキツイ。「制度、仕組み、物品のある場所、フォルダ、公文書の場所」、それらを理解するところから始まった。若い教員から質問されることも多いのだが、「知らない」では済まされない。とりあへず知っているふりをしてその場をしのぎ、そこから一生懸命に調べることもあった。
 ただし、某IC高校は大学への進学率がぼぼ100%の学校である。その点に関しては同じ仕事であるので、前の勤務校や前々の勤務校と最終目標は同じだ。一般に某IC高校は地域3番手の進学校だといわれている。地域一番手は某N高校で、それは自他ともに認めるところである。次点が某M北高校という元女子高である。この某M北高校が気に入らない(関係者の皆さまごめんなさい)。なにせ、三島駅から歩いて3分という恵まれた場所に位置し、ただそれだけの理由で生徒集めが出来る。某IC高校は、この3校では一番南に位置する学校であって、伊豆半島の中で、「南」という位置感覚は、それだけ田舎であることと同義だ。おりしも日本全体が急激な人口減少中で、若者の人口が激減する中、伊豆半島も例外ではなく、例え、「逃げるは恥だが役に立つ」で全国的に有名になった伊豆箱根鉄道があるといえども、そこで生活する人々は増えていない。




そんな場所に位置するのだから、某IC高校に、“出来る連中”が集まってくるわけではない。しかし、某IC高校の卒業生たちは、地道に努力を重ね、地域では「まじめで礼儀正しく、いつも一生懸命努力する誠実な校風」という評判を得てきた。
 きっと、しっかり勉強しろ!!!!! という𠮟咤激励を続ければ、それなりの進路には合格できるだろう。


 ただし、「しっかり勉強させる」だけでは、退職まであと2年という人間として不満足だ。
そうしてたどり着いた結論は。「ゼロシーリング(天井を設けない)」。(当時は使っていない言葉だけども)
 某IC高校では、先生も生徒も、進学に関する志が低かった。それはそうだ、過去の進学実績を見てもそれほどの難関校には行けていない。国公立大学の合格実績は50人(25%)そこそこである。(進路課長になる前年は、その25%を切っていて、あまり出来ない学年だった)。しかし、長い間、進路関係の仕事をしてきて、よくわかった事実は、(露骨にいうけど)「出来ない奴は出来ない」のである。
今まで、某F高や某S水東高で勤務していたけれど、どうみても出来ない奴は出来ない。出来ないけど、高3になって急激に伸びた奴は、高1の時には出来て、それから怠け続けた奴であって、最初から出来ない奴はいつまでたっても出来ない。どこの高校でも、静岡県はきれいに輪切りにされて入学するから、入学時の学力はほぼ同じである。
しかし、受験期になると、どうしても埋まらない差がついている。これって何だろう。
 それは、順位付けと関係がある。とワタシは結論付けている。人間は、生物学的(つまりは本能的に)に、「獲得することよりも失うことを異常に嫌う。」「自分の地位を維持する時は、極めて執念深い」逆に「獲得できない獲物を、獲得することにはそれほど興味がない」というものだ。それは、原始人として何千年も生きている間に形成されたDNAだと思う。


 例えば、岸田首相。
国民の皆さま、岸田文雄なる政治家を注目していましたか?日本の歴代内閣で若いころからいろいろな大臣を経験していたが、最初から首相候補として期待されていることはなかった。菅の退陣によって、むしろ棚から牡丹餅みたいな感じで一気に総理大臣になった。国民、そして自分自身も、総理大臣になる(なるべきだ)と考えていなかっただろう。そして、今のような不人気である。普通ならば、辞めちゃう。でも、彼は総理大臣の地位にとことん執着している。かれだけではない、総理大臣って、どれだけ人気がなくても徹底的に執着するものである。歴代総理を見ても、辞任表明は、周りの人間の支持を失った(つまり、明らかに再選できない)からで、支持率が低ければひくいほど総理大事に執着する。
つまり、「総理になることは目標ではない」が、「総理になると、一日でも長くその地位に執着する」のだ(人間すべて)。


 高校生は、「自分が一番」だと思う奴ほど勉強する。「自分はダメ」と思った時点でやらなくなる。つまりは自己肯定感のみが、人間を伸ばすのである。なので、高校を楽しく過ごすには、高校1年生1学期の時点で、成績上位にはいることが絶対に重要で、そうなったら、「成績上位」の地位を失わないように勝手に努力してくれる。
どこの高校でも成績1番の奴が一番勉強するのである。
 勉強したから成績がいい、のではなく、成績がいいから勉強する、のだ。


 某IC高校に赴任して、パッと理解したのは、「先生方が、出来ない生徒を出来るようにしようとかなりのエネルギーを使っている」ことである。様々な先生像ってのがあって、出来ない奴を手厚く面倒を見ることができる先生は、とってもいい先生である。だけど、それは決して結実しない。特に、学校全体の進路指導って仕事は、学校全体の底上げであって、そのためには、「トップの生徒がどこまで頑張れるか?」「実績を残すのか?」という結果が一番重要だ。
 進路課長2年間の結果で、某IC高校は、旧帝大に合格者を出すことが出来た。(ワタシの仕事は、受けさせたことだけ)あと数年、某IC高校の生徒も先生方も、「IC 高校の成績上位者は、旧帝大を狙える」と思うに違いない。これが「底上げ」というのであって、成績下位者を減らすことではない。


 次回に続きます。
 
 














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