還暦老人教員生活を振り返るの記最終章⑤
2024年6月1日 06:41
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、このシリーズの最後を書き上げて、伊豆中央の清流祭に遊びに行きます。
【公式】静岡県立伊豆中央高等学校(@izuchuo_hs_official) • Instagram写真と動画
教員生活をまずは、10行で振り返ろう。
①それほどのも強い意志のないまま、周りの人(特に、当時付き合っていた彼女)に流されて教員になってしまった。
②でもなったからには、高校時代から始めた競技かるたの世界で「高校日本一」の生徒を育てようと決意した。
③かるた部のある長泉高校に赴任するまで、6年間かかった。でも、その間に結婚ができ、子どもにも恵まれて家庭生活の基盤を築くことができた。
④家族を作るのと、かるた部の指導をすることの順番が逆になったいたら、ずっと独身だったかもしれない。(こういう人は実際にいる)
⑤高校かるた日本一は、長泉高校と富士高校で達成した。記録を辿ってみると、富士高校に在籍していた最後の4年間、全国選手権では東京都暁星高校以外に負けていない。憎たらしいなあ。
⑥学年主任とか、進路課長などを任されたとき、やはり競技かるたの世界で培養された「勝負に勝つ」というエネルギーがその分野でわき上がってきた。
⑦実現可能な勝負は倒せそうな対戦相手を決めることが必要だ。
⑧それは、国公立大学の数であったり、旧帝国大学の数であったり、京大の現役合格者数であったり、抱える生徒の度数分布を分析することからはじまる。
⑨本当に偶然だと思うが、伊豆中央高校はワタシにいい死に場所を与えてくれた。進路課長として上手くいけば心地よく教員人生を終えることが出来る。
ということで、伊豆中高校での最初の2年間、
国公立大学の合格者数は、43人⇒53人と上がった。伊豆中央高校の学校目標では、国公立大学合格者数を25%と謳っている。200人定員ならば50人だ。なので、最後の年、令和5年度卒業生(令和6年入試)の目標は60人じゃ。そして、長らく旧帝大(東北や名古屋など)に合格していないと聞いていた(記録でさかのぼれない)ので、旧帝大にも合格者がでるといいなあ、これも目標にしよう!!!!!
実はこの学年の3年生は、ワタシが伊豆中央に赴任してきた時の入学生である。その時には1年部副担だったので、生徒達には「ワタシも残り3年の教員生活、君たちも3年間の高校生活、ともに有終の美を飾ろう!!!!!」といっていた。
だから、校長先生から「貴方の世代から、希望すれば定年が延期されるよ」と打診があった時は、即座に断った。この3年生と共に誓い合ったことを裏切ってはならない。
長い間、進路指導をしてみて、受験で一番重用なのは2月であると気づいていた。1月のセンター試験(共通テスト)や入試検討会くらいまでは、「勉強しなければならない」という雰囲気なり空気なりに支配されているので、どんな奴でもそれなりに勉強をする。実際にどこの学校でも、秋に推薦入学などで合格した生徒でも、センター試験(共通テスト)は受験させるという方針で指導している。
ところが、2月になると、生徒は学校に来たり来なかったり、周りは勉強する奴もいれば、何もしない奴もいる。中にはアルバイトに精を出す人間がいるかも知れない(禁止しているいないは関係ない)。全体で醸し出される「勉強しよう」という空気は一気に消える。
でも、よく考えれば2月の勉強科目は、3~4科目でいいのだし、大学によっては2科目でも十分合格できるのだから、2月の過ごし方によって、合否は相当変わる。受験は、勉強した生徒の学力が伸びていく段階から、勉強をやらない生徒が脱落していく段階になるのが2月なのだ。脱落する者の中には、諦めた生徒以外に、もう進学先が決まった生徒も含まれる。
ところが、2月の生徒に対する過ごさせ方が、高校によって大違いなのだ。2月22日まで、みっちりと講座を設けている学校もあれば、2月の初旬で家庭学習に入りあとは自由登校という学校もある。2月22日まで講座を開設している学校であってもくる生徒がまばらだったりする。富士高校の3年学年主任の時、生徒はみんな最後まで学校にきて授業を受けていた。清水東高校では自由登校という言葉を学校の行事からなくした。
伊豆中央でも、教務課の時間割担当の先生が協力してくれて、2月22日までの3年生の授業を確保してくれた。授業と言っても中身はその先生任せで、生徒の出欠もならないのだけれど、「毎日1時間目には、化学の先生が教室にくる」「毎日4時間目は数学の宿題を出さなければならない」とか「英作文の添削をしてくれるのは3時間目だ」という生徒側から見た感覚は、2月をリズム良く勉強することに大きく貢献した。
後は、結果を待つのみである。ここで上手く合格者がでたら、3年部の先生の大きな経験になるし、2月も授業のシステムが結果を残すことが証明される。
ということで、気分良く伊豆中央で進路課長の役を終え、退職ができたのさ。
受験生って、基本的には「頑張ろう!!!」とか「勉強しよう!!!!」という意気込みを持っている。そういう人間に対して「頑張れ!!!」とか「勉強しろ!!!!」というのは、愚かしいと思う。ワタシ達教員の仕事は、「頑張れ!!!!」とかの声をかけることではない。
ワタシ達教員の仕事は、「自然と頑張ってしまう環境」をつくることであるし、「自然と大学に合格してしまうシステム」を構築することである。
この典型的な例が、進学高の2月の過ごし方であって、「あとは、個人のやる気」ですます学校と、「2月も自動的に登校して添削を受けてしまうシステム」をもつ高校では大違いである。
「自然と目標達成してしまうシステム」を構築した部活動は、強い。「自然とやる気がでてしまうクラス」の担任の声かけは、上手い。「自然と勉強してしまうシステム」が出来上がっている学校は進学に強い。
教員人生が、副担任と部活顧問⇒担任と部活顧問⇒中間管理職っぽい仕事⇒課長と成り上がってく中、常に考えていたのは「システム(構造)」である。言っておくが構造と役割分担は違う。進路課長や教務課長の仕事を、単に先生方の役割分担と勘違いしている方も時々おられるが、それは浅はかだ。
教員だって、「自然と頑張ってしまうシステム(構造)」とか「自然と上手くいくシステム(構造)」とかがで働くと気持ちよく働けるものなんだ。
教科指導だっても構造論を貫いた。ワタシは公民なので、「公民は10月かスタートすれば十分だ、英語や国語、数学は、料理に例えれば煮込み料理であって何十時間も手を加えなければ美味しくならないが、公民はチャーハン的な科目であって本番のテスト前に、大火力の鍋でガーっと作った方が美味しいのだ」といつも言っていた。
(実際のところ、公民という教科は積重ね的な勉強が必要ない)
構造を考える(変える)ことによって大きな変化をもたらす。というキャッチフレーズは、近年「行動経済学」で大きく取り上げられた。
この一連のCMは、3年部の若手先生が、学年集会で使ったものである。(わかってるじゃん!!!!!)・・ということでワタシの仕事も終わった。
ワタシは、倫理分野で学習するレヴィストロースやミシェル・フーコーを学んでから、この構造という言葉に目覚めた。
ワタシにレビストロースを紹介してくれたのは、内田樹先生のHPである。
内田樹の研究室 (tatsuru.com)
ちなみに、内田樹先生をしたのも、パソコン上であって、ワタシは本当に実生活でであった先輩の先生方にも深く感謝申し上げるが、パソコン上の先生方、活字上の先生方にも感謝申し上げる。ワタシの教員生活を支えてくれたのだ。
では、この「還暦老人、教員生活を振り返るの記」を終わります。カッコよく書くと、・・・・とを祈念して筆を置く。
次回からは、毒舌日記に自動変換。