一球入魂
2024年6月21日 06:14
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、せっかく早起きしたのに、Youtube動画を見ていたら時間がどんどん過ぎてしまって、もうブログを書く時間ががない。
この頃、ずっと追いかけているテーマに、「一球入魂」がある。
一つの球に、魂を入れる。という言葉は、どういう意味があるのか?
よく野球部の指導者や選手達が使うけれど、
「魂(たましい)を入れる」というのは、どういう意味なのだろう?
「一球」というのは、わからないでもない。 野球でもバスケでもバレーでも卓球でも同じ事で、一つの球(たま)の事ではない。物体である球(球)に魂を入れてしまうようなオカルティックなスポーツなどどこにもない。これは、「一瞬」という意味に置き換えてもいい言葉だ。ある緊張した場面で、という意味なのだろう。
そして、「入魂」に関して、公民科「公共」の授業を3時間くらい費やした。
「魂」って、何だろう?
日本人は、「魂」に霊的な響きや雰囲気を感じる。日本人は「霊」について認識しているのか? 【宗教】⇒【ブッダの教え】⇒【日本の仏教】⇒【霊は何処に行くか】⇒【平田篤胤の研究成果】と進んだ。
でも、西洋系の学問では、「魂」とは、精神のことあり、頭脳のことであり、理性のことであり、思考力のことである。ここに霊的な思考などない。人間は、魂(スピリット)と肉体(ボディ)で成り立っている。この2つのうち、魂(スピリット)がなくなることが死である。ボディがなくなることを死とは言わない。
結論として、
「一球入魂」というのは、
“緊張・緊迫した場面場面でも、思考を切らすことなく、想定しうるすべての変化に対応できるように肉体をコントロールする過程”
と定義すればいいのだ。
おそらく、スポーツの声かけの場面で良く出てくる「集中」とか、「集中しろ」とかいう言葉も同じ意味なのだろうけど、
ひたすら、考えることもなく、ただ肉体の運動としてしか、部活動に取り組んでいない、子ども達は理解できていないかもしれない。
だって、「集中!!!!!」とか、「入魂」とか、「精神力」(つまり、これも緊迫した場面でもしっかり思考しろという意味)だとかの意味を、日本の指導者は教えてくれないのだから。