還暦老人、成績会議の前に思う。(そういえば、キャリアパスポートってあったなあ)
2024年7月12日 05:52
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、何気なくX(旧Twitter)を見ていたら、面白い投稿が・・・・
XユーザーのSenさん: 「私は小学生と中学生の子を持つ親だけれど、子どもらのキャリアパスポートなんて要らない。 何の為にやっているのか全く理解できない。 大学教授の実績作りの為に翻弄されるのは虚しい。 教育的な成果が出なかったら、無駄にした時間や紙の責任を取ってほしい。 #教師のバトン https://t.co/6pGnEp7whM」 / X
画像がこれ
小学校から高校までを1冊に「キャリア・パスポート」が描く軌跡(1)キャリア・パスポートとは何か (kyobun.co.jp)
どうやら、文科省の「キャリヤ・パスポート事業」の推進役が、この藤田晃之(ふじたてるゆき)という奴らしいなあ(ワタシと同い年)。
そして、
小学校やら中学校やらから、確かに「キャリアパスポート」なる資料が送られてくるが、
この「キャリアパスポート」をワタシは一度も目にしたことがない。この事業が始まってから、高等学校を3校まわったけれど、どこの学校でも活用した例しがない。
きっと、小学校や中学校の時には、「高校に入っても使うからね、真剣に作りなさいよ」と先生方から言われ、一所懸命に書いただろう。でもね、申し訳ないが、高校では一切使ってません。
文科省で、鳴り物入りで導入が決められ、一躍、キャリア教育の切り札となってしまったのに、導入初年度からこれほど無視された事業も珍しいなあ。
でも、こうやって事実を書くと、文科省から、「キャリアパスポートの適切な使用について(通知)」などという文書が県教委に送られ、そのコピーが各高校に送られるのだろう。でもね、意味のないことはやれません。
ほとんどすべての児童・生徒にとって、「キャリア教育」というのは、「夢の実現の歴史」ではなく、「夢を諦める暗黒史」です。その軌跡を記録して何か価値があるのでしょうか?
実際、学校教育というシステムは、「勉強すればするほど、選択肢が広がる」ように設計されていて、凡人は「学校教育の中で選別されていく中で、苦しみながらも将来の人生設計を絞っていく」作業をしていくものです。
キャリアパスポートの理念は、「自分がどのように成長してきたか」を自認し、「次はどのような課題に取り組みたいか」を自責し、「実際はどうだったか」を振り返るようなことなのでしょう。でも、「何が出来た」の裏には「それ以外は出来ない」が必ずあるのです。
教育制度って、残酷な制度なんです。この制度を維持していかなければ、社会財産としての「人材の適正配分」ができないのです。
高校は夢を叶える場所でもありますが、もっと多くの場合、夢を諦める場所でもあります。
ワタシは、高校から巣立っていく生徒に、「何か書いて!!!!!」と頼まれることがありますが、絶対に「BYE-BYE」と書くことにしてます。「夢」などという気色悪い言葉は絶対にかかない。 高校って(小学校も、中学校も)、制限時間がくる(3年間)と、追い出されるものなのです。どんな未熟な人間でも・・・