国立駿河療養所、神山復生病院を訪ねる とやまかずゆきのブログ
2025年2月14日 08:22
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。 Tommyセンセです。
ということで、昨日は、一日中、御殿場。
そして、ここにも連れて行ってもらった。
国立駿河療養所
知る人ぞ知る、ハンセン氏病の療養施設で、さすがに(旧日本軍)が、作った施設だけあって広大な敷地である。
ただ、この国立駿河療養所自体の寿命も、残り少ない。そう近くない将来、この大きな施設を持てあましてしまう時が来るだろう。御殿場市内にあり、裾野市からも近く、治療施設も整ったこの場所を、これからどのように管理し、活用するかを、厚生労働省と御殿場市は考えなければいけない時期に来ている。
もちろん、(たとえそれが負の歴史であったとしても)後世に残すべき遺産としての価値もあるが、この恵まれたインフラは地域医療にとってものちなり重要だる
その後、日本で初のハンセン氏病患者の治療を行った神山復生病院の記念館も訪れた。
復生記念館のご案内・見学について | 一般財団法人 神山復生会 神山復生病院 | 静岡県御殿場市
<コピッペ>
神山復生病院は、1886年(明治19年)、パリ外国宣教会のジェルマン・レジェ・テストウィド神父(1849~1891)が宣教の中、一人のハンセン病者と出会い、社会で放置された同病者の救済を思い立ち、御殿場の鮎沢村(現在の御殿場市新橋[にいはし]に家屋を借用して6名の患者を収容したことから始まりました。
その後、神山に場所を移し、日本初のハンセン病の療養施設として多くの病者が治療生活を送ってきました。そして、1943年に開発された特効薬プロミンによりハンセン病は不治の病から治る病になりました。
ハンセン病への理解とここで暮らしてきた方々の歴史を後世に残すために、1897年(明治30年)に建てられて、2002年(平成14年)まで事務所として使われてきた建物を記念館として開館。ハンセン病の長い歴史を伝える資料を展示しています。2016年(平成28年)、創立時の姿に復元しリニューアルオープンいたしました。
<コピッペ終わり>
1930年代に入り、この御殿場の地に国立駿河療養所が建てられたのも、この復生病院がここで長い間、患者さんを治療してきた歴史があったからだ。
また、同行されたジャーナリスト氏(大学教授でもあり、以前は新聞記者をされていた方)から、
つまり、今回の目的は、「北駿地区(裾野・御殿場・小山町)の医療の現状と未来」を考えることでした。
目指すは国会議員といえども、地域の問題を無視するわけにはいかない。ワタシは、選挙区の皆様の利益代表としての立場も大きい。
北駿地区は、首都圏にも近く、今後、誰もが住みやすさを享受できる田園都市として発展する可能性が高い地区である。しかしながら、最大の泣き所が、救急医療と地域医療の拠点となる、公営の総合病院の存在だ。設置に向けて頑張ります。