文化祭ウィークにそろそろ突入?
2025年5月21日 14:45
全国の毒舌ファンの皆様、こんにちは Tommyセンセ(現 立憲民主党静岡県第5区総支部長)です。
ということで、5月も下旬を過ぎ、多くの高校では学校祭(文化祭&体育祭)のシーズンのを迎える。
今年は、5月31日~6月2日、もしくは、6月7日~8日だろう。というのも、勤務した各高校のHPをチェックしても、正確には何日かを教えてくれていない学校の方が多かった。
昔は、学校祭というと、近隣の悪ガキ(同級生たち)や中学生、そして(似合いもしない服を着て妙にカッコよくなった)OGやOBが冷やかしにくる場所だったが、この頃は、おじいちゃんやおばあちゃんが可愛い孫たちの高校生活を見学にくる日として定着している。高校生の孫を見に来たおじいちゃん、おばあちゃん、学校は、段差多い構造になっていますので、足元に気を付けて見学してください。
高校3年生は、運動部がインターハイ予選、文化部がこの時期の文化祭を最後にして引退する(もちろん、文化祭を秋に実施する学校などの例外はあるが、)。この引退は、体力の限界ではない。下級生に練習場所を譲れ!という意味だ。高校3年生になってからもずっと部活動を続けられては、下級生にとっては活動する場所がない。週一回程度の部活動ならば、3年生といえどもワイワイ参加した方が、精神衛生上むしろいいと思うのだが、やはり居心地が悪いのだろう。
38年間、それなりに部活動の顧問をしながら、時には、月100時間以上の残業をしていた。
一番熱心だった時は、残業という概念すらなかった。部活動を指導している立場上、生徒全員を帰らせ、学校の施錠を確認するまでは、自分は変えることができないと普通に思っていた。
この頃は、働き方改革の波で、教員の常軌を逸した勤務形態が改革の標的になった。教員側の訴えというよりは、「教員のなり手がいない」「すぐに辞めてしまう」「教員の精神的な病も多い」というような、無言の訴えの方が、雇用側(教育委員会や文科省)の重い腰を上げさせたのだろう。
働き方改革の波に、飲み込まれそうなのが部活動だ。中学校や高校の「不本意部活顧問」の精神的負担は本当に大きい。正直言えば、私も若いころ持たされた剣道部の顧問をやっていた時は、かなり辛かった。
もうすぐ、文化祭が始まるが、ここで主役となるのが“文化部”である。読者の皆様をはじめ、多くの方々は、文化部の中でも花形の吹奏楽部(日本の吹奏楽部は、世界的にみると上手すぎるらしい)や演劇部などは「頑張っているね」と温かい目で応援してくれるが、写真部などの“帰宅部”っぽい部活は、汗と涙の運動部と比較されて、半ば蔑視されている。(この傾向は、運動部の顧問をしている先生方にも当てはまる)
かく言う私も、同じような見方をしていたが、ある時、ある高校で、文化祭の準備に忙しそうな写真部の部長に、
「いいねえ、なんとなく楽そうで・・・・・・」
と声を掛けたら、
「先生‼、野球部とかの運動部のようにモチベーションの高い奴らをまとめるのは簡単でしょうが、僕たちのようなほとんどモチベーションのない奴らを、なんとか一つの方向に導いて、文化祭を成功させる方が、はるかに部活動の運営としては難しいですよ‼」
と逆に叱られた。
以来、文化部の部員を逆に尊敬するようになり、部活動を、「精神を鍛える」とか「運動能力を高める」とか「試合に勝つ」という視線で見ることをやめた。
運動能力という考えよりは、筋肉を含む身体の機能に目が向くようになり、それよりも何よりも、「部活動とはマネジメント能力育成の場である」という認識を強くするようになり、且つ「生徒主導の活動で、マネジメントを重視する」ようになった。
この話は、ブログでは再掲となるのだが、昨日、ある教育界の重鎮と話をする機会があり、その方は、中学校の部活動の地域社会への移行に対して、そうとうな慎重派であって、その思いは、「先生方が気持ちを込めて半世紀以上かけて作り上げてきた部活動が、そう簡単には移行ができない」という意見の持ち主であった。その方のおっしゃる「先生が気持ちを込めて作り上げてきた部活動」というフレーズの中には、部活動でマネジメント機能を学ぶ側面が表現されていると思ったのだ。
文化祭に行かれる皆様、舞台の出来栄えや作品の巧拙も気になるところでしょうが、どうか生徒たちのマネジメント機能も、観察してくださいな。