広島の日
2025年8月6日 10:57
全国の毒舌ファンの皆様、おはようございます。Tommyセンセ(現立憲民主党静岡県第5区総支部長)です。
ということで、今日は広島に原爆が落とされた日
被爆から80年、広島原爆の日 核なき世界、我々の責務(中国新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
もちろん、ワタシは生まれているはずもなく、原爆に関しての知識は広島で残されている遺品や文章による記録(黒い雨)から得たものでしかない。それでも、「これ以上は見たくない」という感情にかられる。
そして、戦争だけは起こしてはいけない。と個人的にも決意し、学校では、なぜ、戦争が起きるのかを教え(①、②)、なぜ、戦争がダメなのかを教え、(③)、ではなぜ今でもなくならないかを教えてきた(④)、ただ、現役教員時代は、『戦争論』に長い時間をかけることが出来ず、忸怩たるものがあった。(なぜ、『戦争論』に時間がかけられなかったのか?それはテストに出ないからである。)
①を回答する。 「なぜ、戦争が起きるのか」の答えは、宗教である。(細かな思想は省くが)世界宗教にまで広まったキリスト教やイスラム教、(仏教の変形も)は、人々を恐怖に陥れることから始まる。イエスや仏陀などは、生きているうちは本当にいい人だった。と思う。平和な人だった。悪者は教団である。宗教は教団が組織されると、他の人間との差別化をははかるため、教義を作りあげた。そこに、数々の恐怖を作り上げた。悪魔・地獄・裁き・無間地獄・・・・本当は悪魔などおらず、地獄などもなく(もちろん天国もないけど)、神の裁きなどもない。もちろん、人間には「死後の世界」など存在しない。恐怖の次に創作したのは“憎しみ”である。きっと、憎しみの底には欠乏があったのだろう。奪い合いが戦いの始まりだ。日本人は、太平洋戦争中、“悪魔的存在”とみなされた。
②を回答する。 「なぜ、戦争が起きるのか」の答えは、物欲である。日本は太平洋戦争に向かった大きな原因は、やはり「欧米と比べて貧乏だった」のだ。そして、帝国主義を見習って「戦争に勝ちさえすれば、豊かになれる」と錯覚し、実現しようとした。もちろん、古代の戦争も「鉄資源」とか「広大な平野」などに始まる。
③「なぜ戦争がダメなのか」
ワタシは、歴史も教えていたので、古代からの戦争も客観的に教える。ただ、日本の戦国時代の“豊臣軍3万”とか、“徳川方10万”とかの表現にはバカバカしさを感じ、本当に笑ってしまう。この当時、真剣に争っていたのは“武士階級”であって、この武士階級の戦いのために、農民(土木作業員)が動員されたのだ。死をかけて本気で戦ったのは一握りの武士だけで、豊臣軍3万の大多数を占める農民(土木作業員)は周りで見ていただけだよ。
だが、この戦争たるものが、日露戦争やロシア革命期を経て、第一次世界大戦頃になると、国力を総動員して戦う、“総力戦”になった。簡単にいうと、民間人まで巻き込む事態に変容した。
もうここで、戦争は“起こしてはいけないもの”に変化していったのだ。
この大きな変化の象徴が、核兵器である。この核兵器の使用によって第二次大戦は終結した。核兵器の使用を正当化する連合軍(アメリカ側)の主張がこれだが、正直否定することは出来ない。第二次大戦は民間人の数十万から数百万を犠牲にすることだけが戦争終結の道だと教えた。だから、二度と戦争を起こしてはいけないのである。
したがって、核兵器は、もう二度と使えない兵器である。抑止力という戦力均衡論以外では・・・・今、核兵器を所有している大国は、二度と使えない兵器を「相手が持っているから」という理由だけで所有している。
そして、ワタシは日本国憲法こそが、逆の“抑止力”であったの考えている。
日本国憲法を作ったのは、核兵器などで多くの民間人が犠牲になったうえで、敗戦した日本人である。これからの理想に燃えている
<前文の抜粋>
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。<中略> 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
<後略>
しかし、この日本国憲法が“押しつけ憲法”であるという批判も多い。(自主憲法制定を党是とする政党もある)
もちろん、押しつけたのは連合軍だ。
だが、逆に連合軍が押しつけた背景に、“連合軍の思い”を感じないわけにはいかない。連合軍(正確にいうとマッカーサーと背後にいて草案を完成させたGHQの人たち、彼らはアメリカの超エリート将校だ)の反省の言葉である。彼ら勝ち組も、この80年前の戦争を日本国憲法の前文のように見事に分析していた。
・独裁政権はダメだ
・自由が国土中に認められていなければ、戦争につながる。
・恐怖と欠乏が戦争の原因だ
・国際社会全体で平和を維持しよう。
・国会は、正当に選挙された代表者で構成する
日本国憲法は、日本人が考えたものでもない。アメリカ軍の押しつけ憲法でもない。核兵器しか戦争を終結させることが出来なかった人類全体の合作である。敗者と勝者がその垣根を越えて作り上げた、「人類の戦争終結宣言」ともいえる。
④ なぜ今でもなくならないかを教えてきた。 一つはやはり欠乏だ。中東の情勢も宗教と欠乏だ。
そして、世界を牛耳る「軍需産業複合体」の存在だ。軍需産業で経済を回してはいけない。そして、彼らのコマーシャルによって、民間に(無用な)恐怖をすりこまれ、もしかしたら〇〇が攻めてくるかもしれないと恫喝されている。民衆を無用な恐怖で洗脳してくる。
例えば、「もし、台湾に中国が軍事侵攻したらどうなるのか?」という恫喝や洗脳がはびこっているが、この答えは、「日本が何もしなければ、日本に何も起こらない」だろう。(少しは不自由になるだろうけれど)
逆に、「もし、北朝鮮が核を完全に破棄したら、韓国と中国とアメリカとロシアは、一気に北朝鮮に侵攻するか」これも、「そんなことはない」と答えるでしょうね、今の国際社会は。
・・・・・今日は外出を自粛し、エアコンのもとで、広島原爆の日に関連した、自分なりの『戦争論』の概略を書いてみました。
なぜ、憲法改正反対であるかの答えです。