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海水によるカーボンリサイクル技術

著者: contributor
2022年11月17日 10:27

2022 年度 NEDO の公募研究開発プロジェクト事業に採択

海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発を目指す

発表のポイント

カーボンニュートラルの実現に向けて、CO2 を分離回収し資源として有効活用するカーボンリサイクル技術はキーテクノロジーとして位置づけられています。
カーボンリサイクル技術の2030年実用化を目指し、海水を起点とした炭酸マグネシウムへのCO2固定化技術についてパイロットスケールでの試験を実施します。
高品質な有価物の併産と主力である炭酸マグネシウム派生製品の実用化を通して、カーボンリサイクル技術の早期社会実装を目指します。

2022年10月26日、学校法人早稲田大学(東京都新宿区、理事長:田中愛治)理工学術院の中垣隆雄(なかがきたかお)教授をPM(プロジェクトマネージャー)とし、同大理工学術院の秋山充良(あきやまみつよし)教授らの研究グループ(以下、本研究グループとする)と、株式会社ササクラ(本社:大阪府大阪市、代表取締役社長:笹倉敏彦)の島田統行(しまだのりゆき)らによる提案が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDOとする)による「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発/研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業」(実証研究エリア)において、プロジェクト「海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発」(以下、本プロジェクトとする)として採択されました。

本プロジェクトでは、広島県・大崎上島の実証研究エリアにおいて供給される石炭ガス化複合発電由来のCO2と、20トン/日の海水を用いてカーボンリサイクル技術のパイロットスケールの試験を実施します。あわせて、CO2を炭酸マグネシウムとして固定化し、コンクリート用の人工細骨材や壁面材として利用するための製造法も同時に開発します。

(1) これまでの研究で分かっていたこと(研究の背景)

CO2 を分離回収し資源として有効活用するカーボンリサイクル技術は、日本政府によって2021年6月に策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」*1において、カーボンニュートラル社会を実現するためのキーテクノロジーとして位置付けられています。2021 年7 月にはカーボンリサイクル技術ロードマップ*2も改訂されています。

カーボンリサイクル技術の2030 年の実用化に向けて、当該技術の開発を効率的に進めることを目指し、石炭ガス化複合発電の燃焼前分離としてCO2が回収されている大崎クールジェン(広島県・大崎上島)に付設された研究拠点において、CO2 有効利用に係る要素技術開発および実証試験を行い、経済性やCO2 削減効果などの評価がなされています。

(2) 今回のプロジェクトで新たに実現しようとすること

本研究グループと株式会社ササクラは、日揮グローバル株式会社とともに、NEDOの2020年度公募プロジェクト「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2排出削減・有効利用実用化技術開発/炭酸塩、コンクリート製品・コンクリート構造物へのCO2利用技術開発」(以下、前プロジェクトとする)に採択され、2020~2021年度にかけて実施して参りました。

※参考:研究開発テーマ「海水および廃かん水を用いた有価物併産CO2固定化技術の研究開発」
2020年7月15日プレスリリース、https://www.waseda.jp/top/news/69663

前プロジェクトでは、海水を用いて軟水・高純度石膏・芒硝・食塩・カリウム肥料などの有価物を併産しつつ、塩化マグネシウムの水和物を経由して酸化マグネシウムを得て、CO2を含むガスとの気固接触によって炭酸マグネシウムとして固定化するまでの工程をベンチスケールの試験設備で成功させました。

今回のプロジェクトでは前プロジェクトによる成果を基に、大崎クールジェンの実証研究エリアにおいてパイロットスケールに拡大し、以下の項目に取り組みます。

  • 現地の回収CO2と20トン/日の海水を起点として、前事業で開発した共飽和法とビーズミルによる研削鉱物化法を中心とした新プロセスを採用し、炭酸マグネシウムへのCO2固定化技術を実証します。
  • 得られた炭酸マグネシウムは新開発のコンクリート用の人工細骨材のほか、壁面材などの建築材へ利用し、それらの製造法も同時に開発します。
  • 国内火力発電所に付設された海水淡水化プラントを想定し、同発電所のCO2分離回収システムと組み合わせたCO2固定化の熱物質収支および経済性評価に関するフィージビリティスタディを実施します。

(3) このプロジェクトにより期待される波及効果

本プロジェクトでは、炭酸マグネシウムとして半永久的にCO2を固定化できるカーボンリサイクルの実現に大きな一歩となります。また、フィージビリティスタディを通して、構築するプロセスに関するCAPEX および OPEXなどの経済性評価、併産品およびカーボンリサイクル製品の市場性の評価、これらの市場性も考慮したCO2削減効果など具体的に検討します。また、経済性・市場性評価やCO2削減効果の結果を示すことで、カーボンリサイクル技術の収益化による早期社会実装につながることが期待されます。さらに、気候変動によって増加が見込まれる海外の淡水需要にも対応するとともに、現地のカーボンニュートラル化にも貢献します。

(4) 各機関の役割

早稲田大学
(協力企業)吉野石膏株式会社
中垣研究室

プロセス運転条件のファインチューニングを担当。特に最終製品に必要な炭酸マグネシウムの結晶構造を得るために、塩化マグネシウム水和物の熱分解と気固接触による炭酸塩化のプロセスを改良。得られた高純度石膏、炭酸マグネシウムは吉野石膏(株)にて試作品製造および品質評価を実施。

秋山研究室

炭酸マグネシウムを高い割合で含むコンクリート開発を担当。特に炭酸マグネシウムなどを用いた人工細骨材を開発し、従来のコンクリート製品と同等以上の強度発現の配合条件を探求。

株式会社ササクラ

広島県大崎上島の研究拠点において、海水20トン/日のプラントのEPC(エンジニアリング、調達、および建設設置)および連続運転を担当。また、塩酸発生抑制や炭酸カルシウム併産などオプショナルなプロセスも同時に開発・実証することで、技術ラインナップを強化。燃焼後のCO2分離回収付き国内火力発電への適用を想定したフルスケールプラントのフィージビリティスタディも実施。

 (5) 中垣PM(プロジェクトマネジャー)のコメント

CCUS*3は、カーボンニュートラルの実現において、当面依存せざるを得ない化石燃料由来のCO2に対して有力な解決策です。カーボンリサイクルはその中核技術であり、グリーン成長戦略の14テーマの一つとしても位置づけられています。一方、CO2フリー水素の利用を前提としたカーボンリサイクル製品は、コストや追加的なエネルギー消費などの観点で旧来の同等製品を代替するには時間がかかるとされ、間近に控えた2030年には先導的な役割として、水素を用いない炭酸塩などのカーボンリサイクル製品開発が期待されています。

海水淡水化プラントの廃かん水を用い、塩化マグネシウム/酸化マグネシウムを経由して炭酸マグネシウムへCO2を固定化する技術は2015年に中垣研究室が原案を開発しています。その後、早稲田大学西早稲田キャンパス(東京都新宿区)でのベンチスケール試験を経て、パイロットスケールレベルの実証試験着手に今回ようやく到達しました。高品質な有価物の併産と主力である炭酸マグネシウム派生製品の実用化を通して、カーボンリサイクル技術の早期社会実装を目指すとともに、海外の水資源の確保が困難な地域に対して、水供給とCO2固定化の一石二鳥で貢献していきたいと考えています。

※IEA(国際エネルギー機関)が主催するGHGT-14(2018年10月メルボルンにて開催)にて初めて発表、Proceedingsは2019年4月公開。「Feasibility Study of Net CO2 Sequestration Using Seawater Desalination Brine with Profitable Polyproduction of Commodities」https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3365716##(特願2019-080243「二酸化炭素の固定化方法」特許出願済み。)

(6) 事業名称情報

事業名称:NEDO カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発 /研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業(実証研究エリア)
テーマ「海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発」
実施期間:2022年度から2024年度までの3年間
(参考)カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発/研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業」(実証研究エリア)に係る実施体制の決定について https://www.nedo.go.jp/koubo/EV3_100252.html

 (7) 参画(共同研究)基幹・研究者情報

学校法人早稲田大学
理工学術院創造理工学部総合機械工学科 中垣隆雄 教授
理工学術院創造理工学部社会環境工学科 秋山充良 教授

株式会社ササクラ
 研究開発部研究開発室 室長 島田統行

 (8) 用語解説

*1: 「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」

日本政府によって2020年10月に、2050年カーボンニュートラルを目指すことが宣言されています。そこで、2050年カーボンニュートラルの達成のために、2021年6月に経済産業省を中心とした関連省庁が一体となって、経済と環境の好循環を作っていく産業政策=グリーン成長戦略が策定されました。「イノベーション」を実現し、革新的技術を「社会実装」することを目指し、成長が期待される14の重点分野を選定。それぞれに高い目標を設定し、日本の新たな成長戦略として捉えられています。
※参考)経済産業省 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html

 *2: カーボンリサイクル技術ロードマップ

2019年6月に経済産業省が中心となって策定した、カーボンリサイクル技術に関する目標、技術課題、タイムフレームを設定し、その拡大・普及の道筋を示しイノベーションの加速化を目的としたもの。2021年6月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定されたことの基づき、2021年7月に一部改訂されています。改訂においては、①進展のあった新たな技術分野(DAC、合成燃料)を追記、②カーボンリサイクル製品(汎用品)の普及開始時期を2040年頃に前倒しし、③国際連携の取り組みが追記されています。
※参考)経済産業省 https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210726007/20210726007.html

*3: CCUS

「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略で、発電所や工場などから排出されたCO2を分離回収し、そのCO2を地下貯留あるいは炭素を含む製品に利用しようという取り組みです。国内では、北海道苫小牧市において30万トンのCO2が地下に圧入されています。また、CO2を原料として,例えば航空機用の合成燃料(Sustainable Aviation Fuel、SAF)などに利用するプロジェクトなどが進んでいます。
※参考)資源エネルギー庁 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html

逆の位置のエポキシド還元的開裂反応

著者: contributor
2022年5月6日 11:37

従来とは逆のエポキシドの還元的開裂反応に成功
~ジルコニウムと可視光に着目した触媒を開発~

発表のポイント

  • エポキシドからラジカルを与えるジルコノセン/可視光レドックス触媒系を開発。
  • チタノセン触媒では切れなかった炭素–酸素結合を開裂することに成功。
  • 糖やテルペンなどの天然由来分子を含む幅広いエポキシドの開環を達成。

早稲田大学理工学術院の太田英介(おおたえいすけ)講師山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、世界初のジルコノセン/可視光レドックス触媒系を構築し、エポキシド (※1)の環を開き、ラジカル (※2)を生成する「還元的開環反応」の開発に成功しました。

エポキシドは反応性が高く、容易に合成可能なため、その有用化合物への化学変換は盛んに研究されてきました。一般的にエポキシドは他の分子の攻撃を受けて開環しますが、還元的開環反応ではエポキシドが開環した後、他の分子を攻撃することができます。この還元的開環反応には、チタノセン触媒 (※3)が古くから利用され、数々の反応がこの30年に渡って生み出されてきました。チタノセン触媒を用いる開環反応では、エポキシドの二つの炭素–酸素結合のうち、一方の結合が開裂します。今回、研究チームはジルコノセン触媒 (※4)により、チタノセン触媒では開裂しなかったエポキシドのもうひとつの炭素–酸素結合を開裂することに成功しました。チタノセン触媒と相補的に利用可能な触媒系の世界初の発見は、還元的開裂反応の進展に大きな役割を果たすと期待されます。

今回の研究では、ジルコノセンと可視光レドックス触媒 (※5)存在下、エポキシドに可視光を照射することで、炭素–酸素結合が開裂し、アルコールを合成することに成功しました。また、本触媒系を利用したアセタール形成反応や分子内環化反応も達成し、糖やテルペンなどの天然由来分子を含む40種類以上のエポキシドを様々なアルコールへと変換できました。

本研究成果は、Cell Press 社『Chem』のオンライン版に2022年5月3日(現地時間)に掲載されました。

論文名:Catalytic Reductive Ring Opening of Epoxides Enabled by Zirconocene and Photoredox Catalysis(ジルコノセン/可視光レドックス触媒系によるエポキシドの触媒的開環反応)

DOI: 10.1016/j.chempr.2022.04.010

(1)これまでの研究で分かっていたこと

エポキシドは反応性に富む、有機合成化学における基本的な構造です。多くの医農薬品にもこの構造が含まれており、通常は他の分子の攻撃を受けて開環します。一方、還元的開環反応を利用すると、エポキシドからラジカルを生成し、他の分子を攻撃することができます。この還元的開環反応は代替法がほとんどないユニークな反応で、現在有機合成分野で広く使われています。この反応の触媒にはチタノセンが頻用され、広範なエポキシドに適用できます。エポキシドの還元的開環反応では、まずチタノセン触媒が還元を受け、エポキシドが配位します。その後、エポキシドがもつ二つの炭素–酸素結合のうち一方が開裂します。チタノセン触媒を用いた場合は、安定な中間体(ラジカル)を与えるように炭素–酸素結合が開裂し、置換数の少ないアルコールを与えます。

その一方で、もう片方の炭素–酸素結合を切断しラジカルを生成する反応も、少数ながら報告されています。しかし、反応に利用可能なエポキシドや、開環後に攻撃できる分子が限られるという課題がありました。もし、チタノセン触媒反応と同様に、種々のエポキシドに適用でき、様々な分子へ攻撃できる反応が開発できれば、エポキシドから多様なアルコール類を合成でき、分子構築の幅が広がると期待できます。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科博士後期課程1年会田和広さん、修士課程2年平尾まりなさん、理工学術院太田英介講師山口潤一郎教授ら)は、ジルコノセン触媒を利用して、チタノセン触媒を用いた場合とは逆の位置で、エポキシドの炭素–酸素結合を開裂する触媒系の開発に挑戦しました。

研究グループの一部、右前が今回の研究の中心である会田和広さん

今回開発した還元的開環反応により40種類以上のエポキシドが様々なアルコールに変換可能であることが分かりました。複雑な構造を有する天然物誘導体のエポキシドを開環することも可能です。また、開裂によって生成したラジカルを利用して、様々な分子へ攻撃すること(官能基化)にも成功しました。

(3)そのために新しく開発した手法

今回、エポキシドの還元的開裂反応の開発にあたり、チタノセン触媒と同族元素をもつジルコノセン触媒に着目しました。チタノセンよりも酸素と強く結合するジルコノセンを用いれば、エポキシドの開環反応はより発熱的になると考えられます。物理化学の原理の一つBell-Evans-Polanyi則 (※6)に従うと、反応が発熱的になれば、遷移状態 (※7)の構造はより原系に近づくと予想されます。本研究では遷移状態の構造を変化させるアプローチで、今まで開裂しなかったエポキシドの炭素–酸素結合の切断を試みました。実際に、ジルコノセン/可視光レドックス触媒を利用した還元的開環反応では、チタノセン触媒を用いた場合とは逆の位置で、エポキシドの炭素–酸素結合を切断することに成功しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回開発した還元的開裂反応は、ジルコノセン触媒を炭素–酸素結合の開裂に利用した点において画期的です。古くから知られるジルコノセン触媒の新たな機能を引き出すことに成功しました。地殻内存在量が高いジルコニウムと可視光で駆動する本反応は、環境低負荷型反応の側面をもち、今後さらに改良を進めることで、将来的にはエネルギー問題にも貢献できる可能性があります。

(5)今後の課題

チタノセン触媒では切れなかった炭素–酸素結合の開裂に成功したものの、開裂する結合の選択性制御はまだ不完全です。また、エポキシド開裂後の変換反応が水素化、アセタール化、環化反応に限られることも課題です。今後は、より詳細な反応機構解明研究や綿密な反応設計、条件検討により、これらの課題を解決したいと考えています。

(6)研究者のコメント

本研究では、これまで類を見ないジルコノセン/可視光レドックス触媒系の開発に成功しました。前例のない触媒系の構築には苦労しましたが、この独自開発した触媒系を利用して、今後も様々な未踏反応の開発に挑戦します。

(7)用語解説

※1 エポキシド
三環性のエーテル化合物。有機合成に汎用され、容易に合成が可能。求核剤との反応に多用される。

※2 ラジカル
不対電子をもつ反応性の高い分子。化学結合が均等開裂することで生成する。

※3 チタノセン触媒
二つのシクロペンタジエニル基にチタンが挟まれた構造をもつ金属錯体。塩素原子をもつチタノセンジクロリドは最も代表的なチタノセン触媒。

※4 ジルコノセン触媒
二つのシクロペンタジエニル基にジルコニウムが挟まれた構造をもつ金属錯体。

※5 可視光レドックス触媒
可視光で励起され酸化還元反応を引き起こす光触媒。一つの触媒が酸化と還元の両反応を担うため、本触媒を利用した特徴的な反応が近年発見されている。

※6 Bell-Evans-Polanyi則
活性化エネルギーとエネルギー変化の間に直線関係が成り立つという経験則。この原理に従うと、発熱的である反応ほど活性化エネルギーは低くなる。

※7 遷移状態
原系から生成系への反応過程において、最もエネルギーの高い状態。

(8)論文情報

雑誌名:Chem
論文名:Catalytic Reductive Ring Opening of Epoxides Enabled by Zirconocene and Photoredox Catalysis(ジルコノセン/可視光レドックス触媒系によるエポキシドの触媒的開環反応)
執筆者名(所属機関名):Kazuhiro Aida, Marina Hirao, Aiko Funabashi, Natsuhiko Sugimura, Eisuke Ota, and Junichiro Yamaguchi (Waseda University) (会田和広、平尾まりな、船橋藍子、杉村夏彦、太田英介山口潤一郎)(早稲田大学)
掲載日時(現地時間):5月3日午前11時
掲載日時(日本時間):5月4日午前1時
掲載URL:https://doi.org/10.1016/j.chempr.2022.04.010
DOI:10.1016/j.chempr.2022.04.010

(9)研究助成

本研究は、科研費(基板(B)、学術変革研究A「デジタル有機合成」、若手研究)、ERATO、住友財団、福岡直彦財団、里見奨学会、JXTG エネルギー株式会社(現・ENEOS株式会社)による支援を受けて行われました。

「TWIns」ってどんなところ?

著者: contributor
2022年4月28日 09:23

-「TWIns」では、どんな研究が行われている?

 東京女子医科大学 × 早稲田大学

早稲田大学の工学の技術、東京女子医科大学の医療の技術を組み合わせ、 今までにない新しい医療機器の開発を行っています。

早稲田大学の岩﨑研究室では、膝の靱帯断裂の治療に用いる、体内で再生する治療機器を東京女子医科大学と共同開発しています。

学部 × 学科

あらゆる生命系の実験ができる、学生実験室があります。

先進理工学部生命医科学科と創造理工学部総合機械工学科の学生たちが それぞれの専門を活かし、共同で研究を行っています。

先進理工学部生命医科学科、武岡研究室のナノシートと呼ばれる厚さ数十~数百ナノメートルの高分子超薄膜の技術と、創造理工学部総合機械工学科、岩田研究室の電子デバイスの基盤技術を融合させ、ナノシート上にエレクトロニクスを実装する取組みを行っています。

ナノシートは生体適合性が高いため、電子化することで皮膚一体型のデバイスが実現可能であり、例えば皮膚密着型のウェアラブルチケットとして、イベント会場等への応用が期待出来ます。

研究室 × 研究室

壁に仕切られない実験スペースで、分野の異なる様々な研究が行われています。

ここはオープンラボと呼ばれる研究室ごとの仕切りのない実験スペースで、海外では珍しくないですが日本で導入している研究施設はまだ数少ないです。TWInsでは、先進理工学部生命医科学科の全研究室がここで研究活動を行っています。

仕切りがないことで他研究室の実験の様子もわかりやすく、「なにをやっているの?」というところから、共同研究のヒントが見つかることも。

また、TWInsの1階では、教育学部生物学専修と先進理工学部電気・情報生命工学科という異なる学部学科の学生たちが、隣接する同じフロアで研究活動を行っています。

いかがでしたか?少しTWInsでの活動を知っていただけたでしょうか。

今後もTWInsで行われる様々な先進的研究をご紹介していきます。

この度、公式youtubeチャンネルも開設したので、ぜひチャンネル登録をお願いします!

TWIns(東京女子医科大学・早稲田大学 連携先端生命医科学研究教育施設) – YouTube

宇宙線の鉄/ニッケル成分の高精度観測

著者: contributor
2022年4月19日 09:05

宇宙線の鉄・ニッケル成分の最高エネルギー領域に至るスペクトルを測定

発表のポイント

国際宇宙ステーション(ISS)搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、世界で最も高いエネルギー領域での宇宙線の鉄とニッケル成分の高精度な観測に成功した
これまで測定された宇宙線スペクトルの形状はスペクトル全体の総合的理解が困難な状況であったが、CALETの測定結果は、首尾一貫した実験的描像を描くことを可能にした
CALETで得られた信頼性の高い宇宙線原子核スペクトルは、天文学の他分野でも使用される重要な基礎データとなり得る

早稲田大学理工学術院主任研究員(研究院准教授)赤池陽水(あかいけようすい)、シエナ大学研究員Caterina Checchia、Francesco Stolziと、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他研究機関、イタリア、米国の共同研究グループは、早稲田大学理工学術院名誉教授 鳥居祥二(とりいしょうじ)が代表研究者を務める国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(CALET: 高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、銀河宇宙線中の鉄とニッケルの世界最高エネルギー領域に至る高精度なスペクトルの観測を成功しました。

ISSで5年間以上の定常観測を継続しているカロリメータ型検出器CALETは、核子あたり10ギガ電子ボルトから2.0テラ電子ボルトの広いエネルギー領域で、宇宙線中の鉄成分のスペクトル*3、*4の高精度直接観測を行い、テラ電子ボルト領域に至るまでスペクトルの冪(べき)は-2.60で一定であることを測定しました。さらに、宇宙線中のニッケル成分についても、核子あたり8.8ギガ電子ボルトから240ギガ電子ボルトの領域で観測を行い、鉄成分と同様にスペクトルの冪(べき)は-2.51で一定であることがわかりました。今回の結果は、より軽い原子核のスペクトルに一般的に見られているスペクトルの硬化が存在しないことを示しており、今まさに活発に議論されている銀河宇宙線の加速*5・伝播機構のモデル検証のために重要な情報を提供するものです。これまでの観測結果との比較を含めて、研究コミュニティへ速報する意義があると判断され、鉄成分の結果は2021年6月14日に、ニッケル成分は2022年4月1日に、それぞれ国際学術雑誌Physical Review Letters』誌に掲載されました。

宇宙線は約100年前に発見されて以来、素粒子や宇宙の謎を解明する重要な情報をもたらしてきました。しかし、高エネルギーの宇宙線がどこでどのように加速されるのかは、まだ未解明な部分が多く残されています。これまでの多岐にわたる観測から、我々が住む銀河系内を起源とする宇宙線(銀河宇宙線)は「超新星爆発に伴う衝撃波で加速され、銀河系内を星間磁場により拡散的に伝播して地球に飛来する」という“標準モデル”による理解が一般的です。

このモデルでは、地球で観測される宇宙線スペクトルの形状は単調な冪型(べきがた)のスペクトル(指数関数形状のスペクトル)が予測されます。しかし、近年の気球や人工衛星、ISSによる直接観測で、陽子やヘリウム、さらに炭素や酸素などの原子番号(電荷:Z)が6程度以下の軽い原子核では、単純な冪形状からのズレ「スペクトル硬化」が報告されています。これは“標準モデル”では理解できない結果であり、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、その解釈をめぐって現在活発な研究が繰り広げられています。その解明の重要な鍵となるのが、星の核融合反応による元素合成の最終段階で生成される鉄(Z=26)とニッケル(Z=28)です。これより重い原子核は、星が超新星爆発を起こす直前にはほとんど存在しないため、この鉄とニッケルが星の進化の最終段階や加速機構の直接的な情報をもたらす重要な宇宙線成分となっています。

鉄成分のエネルギー領域は、これまで磁気スペクトロメータ (PAMELA, AMS-02) とカロリメータ(ATIC, CREAM, NUCLEONなど)の2種類の検出器によって別々に観測されていましたが、全領域を単独の検出器で高精度に観測できたのは今回のCALETの観測が初めてです。また、ニッケル成分の観測はその存在量の少なさゆえに、高エネルギー領域での高精度な観測はこれまでほとんど行われていませんでしたが、今回観測に成功しました。

これらの観測結果から得られた重要な成果として、鉄とニッケルのエネルギースペクトルは誤差の範囲内で単一冪の形をしており、軽い原子核で観測されていたスペクトルの硬化について否定的な結果です。最終的な結論は、今後のさらに高統計かつ高エネルギー領域での観測の結果で確認する必要がありますが、今回のCALETの測定結果は、宇宙線の加速・伝播機構モデルにおける積年の懸案事項を解決し、首尾一貫した実験的描像を描くために重要な示唆を与えることが期待されます。さらに、信頼性の高い宇宙線原子核スペクトルは、天文学の他分野でも使用される重要な基礎データになりえます。

論文情報】

・雑誌名:Physical Review Letters 126, 241101, 2021
・論文名:Measurement of the Iron Spectrum in Cosmic Rays from 10 GeV/n to 2.0 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
・著者名:O. Adriani et al. (CALET Collaboration), corresponding Authors: Yosui Akaike, Caterina Checchia and Frncesco Stolzi
・DOI: 10.1103/PhysRevLett.126.241101
・紙面掲載:Volume 126, Issue 24, 14 June 2021

・雑誌名:Physical Review Letters 128, 131103, 2022
・論文名:Direct Measurement of the Nickel Spectrum in Cosmic Rays in the Energy Range from 8.8 GeV/n to 240 GeV/n with CALET on the International Space Station
・著者名:O. Adriani et al. (CALET Collaboration), corresponding Authors: Yosui Akaike, Gabriele Bigongiari, Caterina Checchia and Frncesco Stolzi
・DOI: 10.1103/PhysRevLett.128.131103
・紙面掲載:Volume 128, Issue 13, 1 April 2022

ウェブ掲載:

宇宙航空研究開発機構 JAXA https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/pickout/73228.html

早稲田大学 https://www.waseda.jp/top/news/79755

(1)これまでの研究で分かっていたこと

近年の目覚ましい発展により明らかになってきた、エックス線やガンマ線を含む宇宙における高エネルギー放射の最終的な理解には、その源となっている荷電宇宙線*2解が必須となります。これは、電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトル*3に,黒体輻射(ふくしゃ)に代表される熱的放射を観測しています。これに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速*5と伝播が隠されているためです。

地球に降り注ぐ宇宙線、そのなかでも特に銀河宇宙線を観測するには、大気の希薄な高い高度で直接捉える(直接観測)ことが不可欠です。そのため、国内外で飛翔体を用いた様々な装置が考案され観測が実施されてきました。この結果、「超新星残骸における衝撃波によって加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出す」という”標準モデル“による理解が進んでいます。

さらに2000年代に入って以降、素粒子実験で開発された粒子検出技術を駆使した宇宙線の直接観測が本格化し、南極周回実験や宇宙空間における観測が実施されています。その結果、陽子、ヘリウムや炭素、酸素等の主要な原子核成分に対し、単純な冪形状からのずれ、「スペクトル硬化」が示唆されています。これは宇宙線の加速や伝播機構に新たな仮説を導入した理論モデルの必要性を示唆しており、数多くの理論モデルが提案され、活発な議論が繰り広げられています。宇宙線の主成分である陽子についは、CALETの観測でもスペクトルの硬化を既に報告していますが、ヘリウム、炭素、酸素などの原子番号(電荷:Z)が6程度の軽い元素と、鉄、ニッケルといった重い元素におけるスペクトルの高精度観測による、両者のスペクトル構造の違いに注目が集まっています。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

現在の宇宙線の直接観測は、主に磁気スペクトロメータとカロリメータの2種類の検出器による観測が主流です。

磁気スペクトロメータは磁場を持つ検出器で、通過する粒子の曲がり具合とその向きから粒子の運動量と電荷の正負を測定する検出器です。原理的に高精度な観測を達成することが可能ですが、観測エネルギーがテラ電子ボルト以下に制限されます。その代表的観測装置であるAMS-02はISSにおいて、2011年から現在まで観測を継続し、鉄までの重原子核成分について高精度な観測結果を報告しています。

カロリメータ型検出器は、高エネルギーの入射粒子が生成する粒子シャワーを、厚い物質量を持つ検出器で吸収することでエネルギー測定します。このため、高エネルギー領域での観測に適しており、その代表例としてCALETがあげられます。CALETは世界で初めての宇宙空間での観測のために開発された本格的なカロリメータ型検出器です。そして、広いエネルギー測定範囲と確実な装置較正により、磁気スペクトロメータと従来のカロリメータ型検出器によってカバーされていた領域を単独の検出器として初めて観測し、AMS-02では困難なテラ電子ボルトを上回る高いエネルギー領域まで原子核成分の観測を達成しています。

(3)そのために新しく開発した手法

CALETは2015年8月にISSに搭載され、同年10月より宇宙線観測を開始し、現在まで5年以上観測を順調に継続しています。原子核のエネルギースペクトルを測定するためには、高い電荷選別性能とエネルギー測定性能を持つ検出器で長期間観測し、データを蓄積する必要があります。CALETは日本の本格的な宇宙線観測装置で、特に高エネルギー電子の観測に最適化されていますが、図1に示すように原子番号(Z)が1から28の陽子からニッケルまで、エネルギーと種類を判別できる電荷測定性能と1ギガ電子ボルトから1ペタ電子ボルト*1の6桁に及ぶ広いエネルギー測定性能を持ち、陽子や原子核成分の観測にも優れた測定性能を発揮します。

CALETは図2に示すように3種類の検出器を組み合わせて構成されている装置です。検出器上部に電荷測定器(Charge Detector: CHD)を配置し、入射粒子の電荷を測定します。中央の解像型カロリメータ(Imaging Calorimeter: IMC)は、粒子が入射した位置と飛来した方向を測定します。最下部の全吸収型カロリメータ(Total Absorption Calorimeter: TASC)は、地球大気より厚い物質量を持ち、高エネルギーの入射粒子が生成するシャワー粒子のエネルギーを測定します。この3つ検出器から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。特にTASCの厚さや使われている物質と信号の読み出し方法によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここが従来の観測装置に比べて高い性能を持っています。

図3はテラ電子ボルト領域のエネルギーを持つ鉄の原子核の観測例を示しています。上層から入射しCHDを通過した鉄がIMC内で核相互作用によって粒子シャワーを起こし、シャワーエネルギーがTASCによって測定されます。入射粒子のエネルギーがほぼ全て吸収される電子とは異なり、検出器からの漏れ出しは大きくなりますが、シャワーエネルギーの測定精度は高く、テラ電子ボルト領域まで含めて一様なエネルギー応答を有しています。これは磁気スペクトロメータでは得られない重要な特徴です。さらに、CHDとIMCを組み合わせること入射粒子の核種を正確に決定することができます。

(4)今回の研究で得られた結果及び知見

2015年10月13日から5年間以上にわたる継続的な観測で得られたデータを用いて、CALETにより測定された鉄とニッケルのエネルギースペクトルを図4に、他の観測データと比較して示します(赤点)。

黄色のバンドはCALETの観測に伴う現時点での統計誤差であり、緑色のバンドは系統誤差を含む全誤差です。図に示されているように、CALETの鉄のスペクトルの絶対値はAMS-02に比べて有意に低い観測結果でしたが、スペクトルの形状はAMS-02ともよく合致した結果となっています。一方CALETのニッケルの結果は、まだエネルギー領域が200GeV/nに限られるものの、鉄とのスペクトルの比はエネルギーによらず一定の値を示しており、両者がほぼ同じ加速・伝播機構で説明できることを示しています。

カロリメータによる原子核測定は独自の利点はあるものの難しさも大きく、系統誤差の見積もりも容易ではありません。CALETでは、加速器ビームによる性能検証実験やシミュレーション計算を駆使して詳細な系統誤差の評価を実施しています。さらに、鉄のスペクトルはAMS-02以外の多くの観測結果とは、誤差が大きいものの絶対値を含めて一致する傾向を示しています。AMS-02との絶対値の違いについては、まだ未知の系統的誤差に関する慎重な相互検証が必要です。

さらに、CALETは今後の観測データの蓄積により、原子核あたり100 テラ電子ボルト領域に至る陽子・原子核スペクトルを決定することで、電荷に比例する加速限界の発見を目指します。これは、超新星残骸における衝撃波加速のエネルギー上限に対する直接検証となります。一方、加速限界が見られず冪スペクトルが100テラ電子ボルト領域まで伸びている場合も、非常に重要な観測結果となります。衝撃波近傍における磁場増幅等により加速限界が実際に増大しているということを、荷電粒子の観測により直接示すことになるためです。

(5)研究の波及効果や社会的影響

CALETの観測には国内外から多くの関心が寄せられ、特に観測項目の一つである暗黒物質は宇宙における最大の謎の一つとして、新聞雑誌だけでなく国外向けのTV番組などでも放映されています。このことにより、CALETの科学成果だけでなくISSにおける「きぼう」の意義が再認識されるという成果も挙がっています。今回の成果もこれに続く波及効果を生むと期待されます。

(6)今後の課題

これまでに観測された荷電宇宙線のスペクトルは、硬化の現象が陽子、ヘリウムや炭素、酸素では既に確認されています。しかしスペクトル硬化の原因として提案されている理論モデルの正否の判定には、ここで報告した鉄やニッケルのようなさらに重い原子核におけるスペクトルのより精密な測定が非常に重要になります。さらに、ホウ素/炭素比のエネルギー依存性の観測も重要な役割を果たします。鉄やニッケルは星の元素合成過程の最終段階で生成され、超新星爆発に伴う衝撃波で加速され星間空間に放出される一次成分のみで構成されていますが、ホウ素は一次成分の宇宙線が銀河内を伝播中に星間物質と相互作用してできる二次的な成分です。このため、両者の測定が加速機構に加えて銀河内伝播の拡散過程を定量的に理解する上で重要になります。CALETはホウ素/炭素比テラ電子ボルト領域までの観測も実施しており、これまでの観測結果を総合することにより、スペクトル硬化の解明への貢献が可能になると考えられます。

(7)用語解説

*1 電子ボルト

エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルト、1015倍のペタ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。

*2 スペクトル硬化

冪の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が減っていくことを示します。逆に、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことは、スペクトルの軟化と呼ばれています。

*3 宇宙線

宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは陽子・原子核、電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。そのうち特に銀河系内の超新星爆発などで加速された宇宙線は銀河宇宙線と呼ばれています。

*4 スペクトル

本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。全宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7程度ですので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。

*5 宇宙線加速

高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。

 

深層予測学習型ロボット制御技術開発

著者: contributor
2022年4月15日 15:12

作業内容や環境が変化しても行動をリアルタイムに決定・実行可能な深層予測学習型のロボット制御技術を開発

本制御技術がロボット工学分野で最高峰を誇る国際学術誌Science Roboticsに掲載

早稲田大学理工学術院の尾形 哲也(おがた てつや)教授と日立製作所の研究グループは、ロボットの過去の学習内容と現実との差を認識し、次の行動をリアルタイムに決定・実行可能な、深層予測学習型のロボット制御技術を開発しました。本成果は国際学術誌「Science Robotics」に掲載*1されました。 本誌はScience誌の姉妹誌であり、2021年7月時点のインパクトファクタ(IF=23.748)はロボット工学分野で最高峰を誇ります*2

本ロボット制御技術は、生体の脳の働きを解釈可能な自由エネルギー原理*3を参考に、過去の学習内容と現実の差が最小になるように次の動作を決定・実行可能な計算アルゴリズムを考案したもので、未学習の作業内容や環境に対してもロボットが次の作業を柔軟に実行することができます。さらに本技術では、複数の予測モデルのうち、ロボットが状況に応じて予測モデルをリアルタイムに切り替えることで、急な作業内容や環境の変化にも柔軟に対応可能です。

今後、状況が変わりやすくロボットの導入が困難であった作業現場に本技術の適用を図ることにより、ロボットの適用範囲を拡大し、社会の労働力不足の解決をめざします。

※現場の状況とモデルの予測誤差を最小化する深層予測学習のロボット制御技術を用いて、自律的にドアを開け通過する機能を実証(動画)

■開発した技術の詳細

1.脳機能を参考とする深層予測学習技術

従来の機械学習では、ロボットが多様な作業に適用できるように、大規模なデータを用い最適な予測モデルを構築する方式が主に用いられてきました。しかし、実際にはロボットは想定外の事象に遭遇するため、事前に全ての状況に対応できる予測モデルを構築することは困難でした。そこで本研究では、予測モデルの不完全性を前提とし、現場の状況とモデルの予測誤差を最小化するアルゴリズム「深層予測学習」を考案しました。本技術は、生体が実世界と脳の予測誤差が最小となるように振る舞うことを説明する「自由エネルギー原理」を参考に開発したもので、ロボットは視覚運動情報に基づき近未来の状況を予測し、現実との誤差(ギャップ)を最小とするように次の動作を指令します。ロボットは学習時と現実の差を許容しながらリアルタイムに動作を調整し続けることで、未学習の状況下でも柔軟に作業可能です。

2.深層予測学習を用いた動作生成技術

ロボットの機械学習は従来、所望の動作を獲得するまで膨大な数の試行錯誤をすることで、人が考え付かない効率的な動作を獲得できる反面、機械学習に手間と時間を要することが課題でした。本技術では図2に示すように、人が遠隔操作によりロボットに必要な動作を複数回教示し(Step1)、さらに計算機内で数時間学習するだけで(Step2)、所望の動作をプログラミングレスで獲得できる手法を開発しました。ロボットが作業を実行する際には(Step3)、学習内容である過去の経験を想起し現実と比較、実世界に即した必要な動作をリアルタイムに予測することで、未学習の環境や作業対象物に対応することが可能になりました。本技術の有効性を検証するために、

一例として、実ロボットを用いた「ドア開け通過動作」を選定しました。人が日常的に行っているドア開けという簡単な動作でも、そのため、外見からのドアの認識に加え、ドアの動かし方(引く、押す)、ドアの構造(右開き、左開き)、ドアノブの位置・形状に応じた動作を検討する必要があり、人の脳はこれら一連の動作を過去の経験から適切かつ瞬時に判断します。一方で、ロボットでドア開けをする場合には、すべての状況に対応するために膨大な動作学習やプログラムを記述する必要がありました。これに対し本技術は、多種多様な用途・条件下で適用が可能であり、所望の動作を複数回教示するだけで、未学習のドアの模様やドアノブの位置、形状に対しても、ロボットが適切にドア開け動作を実行できることを確認しました。

3.複数予測モデルのリアルタイム切替技術

複数工程にまたがる作業をロボットが実行するためには、想定される一連動作の流れに加え、想定外の状況への対応を別にプログラムする必要があるため、多くの開発費やロボットの調整作業が必要でした。また、作業環境に想定外の外乱が生じた場合は、ロボットが状況の変化を認識し、作業を再計画するために多くの計算を要し、ロボットの機能停止や作業時間が増加する問題がありました。

本技術では、ロボットは「ドアを開ける」「通過する」といった個別動作ごとに予測モデルを記憶し、それらを組み合わせて一連の作業を実現します。各予測モデルはセンサからの情報を用いて、近未来の状況を示す予測画像を生成し、実際のロボットの視覚画像(実画像)と比較することで(Step1)、現実の状態にどの程度の正確性で作業可能かを示す指標(確信度)の時間変化をリアルタイムに計算します(Step2)。さらに、最も確信度が高い予測モデルをロボットが自律的に選択することで(Step3)、状況に適した行動を実行します。ロボットはこれらの計算をリアルタイムに行うため、動作を切り替えるタイミングや動作の流れを正確に設計することなく、1つの予測モデルでは対応しきれない複雑な作業に対応可能になりました。

*1 Horoshi Ito, Kenjiro Yamamoto, Hiroki Mori, Tetsuya Ogata, “Efficient multitask learning with an embodied predictive model for door opening and entry with whole-body control”, Science Robotics, 6 April 2022, Vol 7, Issue 65

*2日立調べ。

*3 自由エネルギー原理: 環境に対する予測可能性を上げるという原理によって、認識だけでなく行動も生成されるとする仮説に従った脳の理論

■役割分担

早稲田大学

  • 認知科学等に基づいた深層予測学習モデルの提案

日立製作所

  • 複数予測モデルによるリアルタイム切替技術の提案、実ロボットシステム開発と実験評価

■掲載論文

雑誌名:Science Robotics
論文名:Efficient multitask learning with an embodied predictive model for door opening and entry with whole-body control
執筆者名(所属機関名):Horoshi Ito(日立製作所、研究当時:早稲田大学大学院基幹理工学研究科博士後期課程), Kenjiro Yamamoto(日立製作所), Hiroki Mori(早稲田大学), Tetsuya Ogata(早稲田大学)
掲載日(現地時間):2022年4月6日(米国東部時間)
掲載URL:https://www.science.org/doi/10.1126/scirobotics.aax8177
DOI:10.1126/scirobotics.aax8177

ReDoS脆弱性の自動修正技術を実現

著者: contributor
2022年4月11日 12:07

プログラム中の文字列チェック機能の脆弱性を自動修正する技術を世界に先駆けて実現

~専門知識をもたない開発者でもReDoS脆弱性の修正が容易に~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田 純、以下「NTT」)と学校法人早稲田大学(本部:東京都新宿区 理事長:田中愛治 以下、「早稲田大学」)は、文字列のチェック機能の処理時間を長期化させコンピュータの負荷を大幅に増大させる攻撃を引き起こす脆弱性に対する実用的な自動修正技術を世界に先駆けて実現いたしました。文字列のパターンマッチに用いられる正規表現※1とは、特定の文字の並び(文字列)をルールに基づき簡略化して表現する方法で、Webサービスなどにおいてユーザの入力値が期待したものであるかの検証など幅広い場面で利用されています。難解な正規表現の仕組みやルールを深く理解し、検証すべき文字列を厳密に定義できていないと脆弱性になってしまうため、近年グローバルで大きな脅威となっています。この技術によって、専門知識をもたない開発者でもこうした正規表現の脆弱性の修正が可能となり、安全なサービスの実現が期待できます。

1.背景

ソフトウェアの脆弱性を悪用するサイバー攻撃は後を絶たず、世界中で大きな被害が報告されています。脆弱性とは、プログラムの不具合や設計上のミスなどが原因となって発生するセキュリティ上の欠陥であり、なかでも正規表現を用いた文字列のパターンマッチを行う機能に対して、処理時間が長くなる入力を与えることで計算リソースを消費しサービス運用妨害を引き起こす脆弱性をReDoS脆弱性※2と言います。

正規表現は、ほとんどのプログラミング言語に組み込まれて利用されており、入力文字列が意図されたパターンと一致するか否か(例えば、メールアドレスや電話番号の形式チェック)を判断するエンジン等として、さまざまなソフトウェア/サービスで幅広く利用されています。このReDoS脆弱性が原因で商用のサービスが停止するようなインシデントは、この数年の間にたびたび発生しており、グローバルで大きな脅威として注目を集めています。

2.研究の成果

正規表現は形式言語理論に端を発していますが、パターンマッチの発展・応用に伴って利用可能な演算子が拡張され、実際のソフトウェアで利用される実世界の正規表現※3は従来の理論では扱うのが難しいことが知られています。これまで、実世界の正規表現のReDoS脆弱性を自動的に修正する技術は存在しませんでした。

本成果では、実世界の正規表現を対象にReDoS脆弱性および脆弱性のないことを保証する条件を厳密に定義してReDoS脆弱性の修正問題を形式化し、その修正問題を解くアルゴリズムを考案し、理論的な保証付きのReDoS脆弱性自動修正技術を世界に先駆けて実現しました。

NTTは、実世界の正規表現におけるReDoS脆弱性の定義や修正問題の定義、修正アルゴリズムを考案し、早稲田大学理工学術院の寺内多智弘教授はNTTが考案した手法の理論的な正確さの検証を行いました。

本成果は、セキュリティとプライバシー分野の最難関国際会議IEEE S&P 2022(43rd IEEE Symposium on Security and Privacy)※4に採録されました。S&Pは、1980年から続くセキュリティ・プライバシー分野のトップレベルの国際会議であり、採択率12%程度の狭き門であることが知られています。

3.技術のポイント

本技術のポイントは、①従来の理論では扱いづらかった実世界の正規表現を対象に「ReDoS脆弱性」「ReDoS脆弱性がないことを保証する条件」「ReDoS脆弱性の修正問題」の3点を論理モデルとして明確に定義したこと、②論理モデルに基づいて定義された脆弱性がないことを保証する性質と、プログラムが満たすべき入出力の例をもとに自動でプログラムを生成する「Programming by Examples (PBE)」メソッド※5を用い、修正対象となる正規表現および利用者が望む正規表現に対するポジティブな例(受理される文字列)とネガティブな例(拒否される文字列)を与えると、それらの例を正しく分類し、ReDoS脆弱性がないことを保証した正規表現を出力するアルゴリズムを考案したことです。

このアルゴリズムではReDoS脆弱性がないことを保証するために、正規表現の書き方から曖昧さを排除し、任意の文字列に対してパターンマッチの方法を一意に定める条件を定義し、それに合う修正正規表現を出力させることにより、出力結果に理論的にReDoS脆弱性がないことを保証しています。

このように、プログラムがある性質を満たすことを論理的に検証し、特定の不具合が存在しないことを保証する手法は「形式検証※6」と呼ばれ、従来の発見型のレビューやテストによる網羅性を持たない検証の問題点を解決でき、高品質なソフトウェアを効率的に生成できると期待されています。

4.今後の展開

本技術は、世界中で幅広く使われている正規表現の脆弱性を自動的に修正する技術であり、安全なソフトウェアの創出を可能にするものと期待されます。

発表について

本成果は、2022年5月22~26日に開催されるセキュリティとプライバシー分野の最難関国際会議IEEE S&P 2022(43rd IEEE Symposium on Security and Privacy)にて、下記のタイトル及び著者で発表されます。(所属組織名は投稿時のもの)

タイトル:Repairing DoS Vulnerability of Real-World Regexes
著者:Nariyoshi Chida (NTT Secure Platform Laboratories), Tachio Terauchi (Waseda University)

用語解説

※1 正規表現

コンピュータで特定の文字の並び(文字列)をルールに基づき簡略化して表現する方法の1つで、特定の文字列のパターンを検索・抽出・置換するときに用いられる。

※2 ReDoS脆弱性

ReDoSとはRegular Expression Denial of Serviceの略で、正規表現のパターンマッチにかかる処理時間を長期化させて計算リソースを消費し、サービス停止を引き起こすような正規表現の脆弱性のことを表す。

※3 実世界の正規表現

形式言語理論において正規言語を表すために導入された純粋正規表現とは異なる性質を持つ、実際のソフトウェアで利用されている拡張された正規表現のことを表す。具体的には、純粋正規表現にはない演算子(後方参照、先読み)を利用可能な正規表現を示している。

※4 S&P

IEEEが主催するセキュリティとプライバシー分野のトップ会議 IEEE Symposium on Security and Privacyであり、最先端のセキュリティ対策技術が発表される。

※5  Programming by Examples (PBE)メソッド

プログラミングの知識を持たないエンドユーザでもプログラムを生成できるようにする手法の1つで、プログラムが満たすべき入出力の例を与えると、それを実現するプログラムを自動で生成する技術。

※6 形式検証

プログラムの状態をモデル化し、ある性質を満たしていることを論理的に検証する高信頼なソフトウェアを設計・開発する手法。

Most Distant Galaxy Candidate Yet

著者: contributor
2022年4月11日 10:08

Figure 1 Three-color image of HD1, the most distant galaxy candidate to date, created using data from the VISTA telescope. The red object in the center of the zoom-in image is HD1. (Credit: Harikane et al.)

An international astronomer team has discovered the most distant galaxy candidate to date, named HD1, which is about 13.5 billion light-years away. This discovery implies that bright systems like HD1 existed as early as 300 million years after the Big Bang. This galaxy candidate is one of the targets of the James Webb Space Telescope launched late last year. If observations with the James Webb Space Telescope confirm its exact distance, HD1 will be the most distant galaxy ever recorded.

To understand how and when galaxies formed in the early Universe, astronomers look for distant galaxies. Because of the finite speed of light, it takes time for the light from distant objects to reach Earth. If an object is 1 billion light-years away, it means that the light left that object 1 billion years ago and had to travel for 1 billion years to reach us. Thus studying distant galaxies lets us look back in time.

The current record holder for the most distant galaxy is GN-z11, a galaxy 13.4 billion light-years away discovered by the Hubble Space Telescope. However, this distance is about the limit of Hubble’s detection capabilities.

HD1, a candidate object for the earliest/most-distant galaxy at 13.5 billion light-years away, was discovered from more than 1,200 hours of observation data taken by the Subaru Telescope, VISTA Telescope, UK Infrared Telescope, and Spitzer Space Telescope. “It was very hard work to find HD1 out of more than 700,000 objects,” says Yuichi Harikane, an assistant professor of ICRR, the University of Tokyo, who discovered HD1. “HD1’s red color matched the expected characteristics of a galaxy 13.5 billion light-years away surprisingly well, giving me a little bit of goosebumps when I found it.”

The team conducted follow-up observations using the Atacama Large Millimeter/submillimeter Array (ALMA) to confirm HD1’s distance. Akio Inoue, a professor at Waseda University, who led the ALMA observations, says, “We found a weak signal at the frequency where an oxygen emission line was expected. The significance of the signal is 99.99%. If this signal is real, this is evidence that HD1 exists 13.5 billion light-years away, but we cannot be sure without a significance of 99.9999% or more.”

HD1 is very bright, suggesting that bright objects already existed in the Universe only 300 million years after the Big Bang. HD1 is difficult to explain with current theoretical models of galaxy formation. Observational information on HD1 is limited and its physical properties remain a mystery. It is thought to be a very active star-forming galaxy, but it might be an active black hole. Either possibility makes it a very interesting object. In recognition of its astronomical importance, HD1 was selected as a target for the cycle 1 observations by the James Webb Space Telescope, launched last year. Yuichi Harikane, who is leading these observations, says, “If the spectroscopic observation confirms its exact distance, HD1 will be the most distant galaxy ever recorded, 100 million light-years further away than GN-z11. We are looking forward to seeing the Universe with the James Webb Space Telescope.”

This research will be published in the April 8, 2022 issue of The Astrophysical Journal as Yuichi Harikane, et al. “A Search for H-Dropout Lyman Break Galaxies at z~12-16”. This work was supported by the Japanese Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT), the Japan Society for the Promotion of Science (17H06130, 19J01222, 20K22358, 21K13953), and the NAOJ ALMA Scientific Research Grant (2020-16B).

Figure 2 Earliest galaxy candidates and the history of the Universe.
(Credit: Harikane et al., NASA, ESA, and P. Oesch (Yale University))

Journal: The Astrophysical Journal
Title: “A Search for H-Dropout Lyman Break Galaxies at z~12-16”
Authors: Yuichi Harikane, Akio K. Inoue, Ken Mawatari, Takuya Hashimoto, Satoshi, Yamanaka, Yoshinobu Fudamoto, Hiroshi Matsuo, Yoichi Tamura, Pratika Dayal, L. Y. Aaron Yung, Anne Hutter, Fabio Pacucci, Yuma Sugahara, and Anton M. Koekemoer
DOI:10.3847/1538-4357/ac53a9
URL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ac53a9
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2021arXiv211209141H/abstract

135億光年彼方の最遠方銀河候補発見

著者: contributor
2022年4月11日 10:06

135億光年かなたの最遠方銀河の候補を発見

図 1 研究チームが発見した、観測史上最遠方の銀河候補HD1の擬似カラー画像。拡大図の中心にある赤い天体が、今回発見された最遠方銀河候補HD1です。VISTA望遠鏡による3色の観測データを合成することで、画像に色をつけています。(クレジット: Harikane et al.)

1.発表者

播金 優一(東京大学宇宙線研究所 宇宙基礎物理学研究部門 助教)
井上 昭雄(早稲田大学 理工学術院先進理工学部 教授)

2.発表のポイント

  • 135億光年かなたの宇宙に明るく輝く銀河の候補を発見しました。現在見つかっている銀河の中で最遠方の候補です。
  • 発見された銀河は非常に明るく、これまでの銀河形成モデルでは予想されていなかったような天体です。
  • 銀河候補はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の第1期観測ターゲットになっており、今後の観測でこの時代の宇宙について、大きく理解が進むことが期待されます。

3.発表概要

東京大学宇宙線研究所の播金優一助教、早稲田大学理工学術院先進理工学部の井上昭雄教授を中心とする国際研究チームは、135億光年かなたの宇宙に存在する明るい銀河の候補、HD1を発見しました。この発見はHD1のような明るい天体が、ビッグバン後わずか3億年の宇宙に既に存在していたことを示唆しています。この銀河候補は昨年末に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の第1期観測のターゲットになっており、分光観測により正確な距離が確認されれば、これまでの記録を塗り替える最遠方の銀河になります (注)。

本成果を記した論文は、2022年4月8日に米国の天文学誌『アストロフィジカル・ジャーナル』(The Astrophysical Journal) の電子版に掲載されました。

論文名:A Search for H-Dropout Lyman Break Galaxies at z~12-16

4.発表内容

① 研究の背景・先行研究における問題点

最遠方銀河の観測は、単に人類の知の地平線を広げるだけでなく、天文学的には宇宙で最初に誕生した初代銀河の形成を知る上でも重要です。初期宇宙において銀河がいつどのように生まれたのかを理解するために、天文学者たちはより昔、つまりより遠方の銀河を探してきました。これまで見つかった銀河の中で最も遠方のものは、ハッブル宇宙望遠鏡が発見した134億光年かなたの銀河、GN-z11でした。しかしさらに遠方の135億光年かなたの銀河は、これまで候補すら見つかっていませんでした。これは135億光年かなたの銀河からの光の波長は宇宙の膨張のために1.7マイクロメートルよりも伸びてしまうため、ハッブル宇宙望遠鏡のカバーする1.7マイクロメートルまでの波長では観測が難しかったためです。

② 研究内容

そこで播金優一助教らは、ハッブル宇宙望遠鏡よりも長い波長をカバーしている地上望遠鏡の観測データを用いて、GN-z11よりも遠方の宇宙に存在する銀河を探査しました。研究チームをリードした播金優一助教はこう語ります。「135億光年かなたの銀河を探すには現状では長い波長をカバーしている地上望遠鏡の画像を使う必要があるのですが、このような試みはこれまで行われてきませんでした。これは地上望遠鏡はハッブル宇宙望遠鏡に比べて感度が悪く、普通は暗いと考えられている遠方銀河の探査には不向きだと思われていたためです。しかし我々は最近の複数の研究結果から明るい遠方銀河も実は存在するのではないか、と仮説を立て、地上望遠鏡の画像データを使って135億光年かなたの銀河を探し始めました。」

すばる望遠鏡、VISTA望遠鏡、UK赤外線望遠鏡、スピッツァー宇宙望遠鏡の合計1200時間以上の観測によって得られた70万個以上の天体データから、135億光年かなたの最遠方銀河の候補天体、HD1が発見されました。「70万個以上の天体からHD1を見つけるのはとても大変な作業でした。」実際にHD1を発見した播金優一助教は話します。「銀河の探索条件を変えながら何度も画像データを調べ上げて、数ヶ月かけてやっとHD1に出会うことができました。HD1の色は赤く、135億年前の銀河の予想される特徴と驚くほどよく一致しており、見つけた時には少し鳥肌が立ちました。銀河のスペクトルモデルを使った詳細な解析を経て、私たちはHD1は135億年前の銀河だという解釈が最も妥当だと結論づけました。しかし確証を得るためには、正確な距離を測ることのできる分光観測が必要です。」

そこで研究チームは酸素輝線を検出するために、ALMA望遠鏡を用いて分光観測を行いました。分光観測をリードした井上昭雄教授はこう語ります。「我々は酸素輝線が予想される周波数に弱いシグナルを見つけました。シグナルの有意度は99.99%です。もしこのシグナルが本物なら、HD1は135億光年かなたに存在していることの証拠になりますが、99.9999%の有意度がないと確証は持てません。一方でシグナルが弱いことは酸素が少ないこと、つまりHD1はできたての初代銀河のような性質を持つことを示しているのかもしれません。」

HD1は非常に明るく、これはHD1のような明るい天体がビッグバン後わずか3億年の宇宙に既に存在していたことを示唆しています。HD1の存在は、これまでの銀河形成の理論モデルでは予言されていませんでした。HD1に関する観測的な情報は限られており、物理的な性質は謎に包まれています。非常に活発な星形成をしている銀河だと考えられますが、一方で活動的なブラックホールだという説もあります。どちらの説でも非常に興味深い天体です。

③ 社会的意義・今後の予定

HD1はその天文学的な重要性が認められて、去年に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の第1期観測のターゲットになっています。播金優一助教はこの宇宙望遠鏡による観測も主導しています。「HD1はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の分光器の1つ、NIRSpecにより観測が行われる予定です。もし分光観測により正確な距離が確認されれば、GN-z11より1億光年遠い、これまでの記録を塗り替える最遠方の銀河になります。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡では他にもワクワクするような観測がたくさん予定されており、今から観測が非常に待ち遠しいです。」

※今回の研究は、科学研究補助金 (番号 17H06130, 19J01222, 20K22358, 21K13953) 、国立天文台ALMA共同科学研究事業2020-16Bによるサポートを受けています。

5.発表雑誌

雑誌名:The Astrophysical Journal (2022年4月8日掲載)
論文タイトル:A Search for H-Dropout Lyman Break Galaxies at z~12-16
著者: Yuichi Harikane, Akio K. Inoue, Ken Mawatari, Takuya Hashimoto, Satoshi, Yamanaka, Yoshinobu Fudamoto, Hiroshi Matsuo, Yoichi Tamura, Pratika Dayal, L. Y. Aaron Yung, Anne Hutter, Fabio Pacucci, Yuma Sugahara, and Anton M. Koekemoer
DOI番号:10.3847/1538-4357/ac53a9
URL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ac53a9
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2021arXiv211209141H/abstract

注記

(注) 今回見つかった銀河候補HD1の推定赤方偏移はz=13.3でした。赤方偏移は宇宙論的距離を表す際に使われる指標です。Planck 観測機チームが2015年に公表した宇宙論パラメータ (Planck Collaboration 2016, “Planck 2015 results. XIII.Cosmological parameters”, “TT,TE,EE+lowP+lensing+ext” in Table 4; H0 =67.74 km/s/Mpc, Ωm=0.3089, ΩΛ=0.6911) を用いて赤方偏移から距離を計算すると134.8億光年となり、HD1は134.8億年前に存在していたことになります。一方で宇宙は膨張していますので、現在の宇宙では我々とこの銀河候補の距離は134.8億光年以上になります。参考としてGN-z11は赤方偏移がz=11.0で、133.8億光年かなたの宇宙に存在しています。また今回の研究ではHD1の他に、134.4億光年かなた (赤方偏移z=12.3)に存在する銀河の候補、HD2も見つかっており、こちらもジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測が行われる予定です。

図2 発見された最遠方銀河候補と宇宙の歴史。最遠方銀河候補HD1は推定赤方偏移z=13.3と、GN-z11(赤方偏移z=11.0)よりも約1億光年遠い宇宙に存在すると予想されています。(クレジット:Harikane et al., NASA, ESA, and P. Oesch (Yale University))

“発酵おから”の抗肥満効果

著者: contributor
2022年3月23日 13:42

“発酵おから”による脂質代謝改善と抗肥満効果

発表のポイント

  • 産業廃棄物でもある “おから” の有効利用のため、麹菌による発酵を試みた
  • 発酵おからは、未発酵おからに比べ、有用成分である栄養プロファイル含有量が増加
  • 高脂肪食に発酵おからを混合したことにより、マウスの脂質異常・肥満が大きく改善された

概要

早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科 修士課程2年在籍の市川 なつみ(いちかわ なつみ)と、同学術院の柴田 重信(しばた しげのぶ)教授、およびシンガポールの南洋理工大学Ken Lee准教授を中心とする研究グループは、麹菌を用いておからを固体発酵させることが有用成分を変化させ、総フェノール量、タンパク質含有量、アミノ酸含有量といった栄養プロファイルが改善されることを発見しました。また、高脂肪食に発酵おからを混合することにより、マウスの脂質代謝が改善され、抗肥満や脂質異常の改善効果を示すことを明らかにいたしました。

本研究成果は、『Metabolites』に、”Solid-State Fermented Okara with Aspergillus spp. Improves Lipid Metabolism and High-Fat Diet Induced Obesity”として、2022年2月23日(水)付けでオンライン掲載されました。

大豆加工品の需要に伴い、おからは産業廃棄物として大量に出てくるため、その利活用が課題となっています。本研究グループは、麹菌のAspergillus oryzae(A. oryzae)とAspergillus sojae(A. sojae)を組み合わせ、固体発酵によっておからの機能性が向上することを発見し、発酵おからが抗肥満、脂質代謝異常の改善効果を示すことをマウスのモデルで見出すことに成功しました。今回開発した発酵おからは、肥満や脂質異常症を改善できる食材になることが期待できるとともに、環境と経済の両面で、食品廃棄物の問題解決、有用な機能性食品の改良、SDGs(持続可能な開発目標)への貢献も期待できます。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

おからは食物繊維やタンパク質、ポリフェノール等を含み、栄養価が高いことが知られています。また、様々な食用微生物を用いた固体発酵※1により、おからの栄養成分が向上することも知られています。しかし、発酵おからは機能性食品としての利点があるにも関わらず、これまで肥満に対する効果について調査した研究は限られていました。さらに、おからの廃棄処理の多さから、その利活用が課題となっていることから、発酵おからの機能性を検証することで食品廃棄物の問題と肥満予防を同時に解決できるのではないかと考えました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、安全性が担保されている日本の伝統的な麹菌6種類ほどから、Aspergillus oryzaeA. oryzae)とAspergillus sojaeA. sojae※2などを組み合わせ、固体発酵によっておからの機能性向上を試みました。さらに、開発した発酵おからの摂取が食事誘発性肥満に及ぼす影響をマウスモデルで定量的に明らかにしました。固体発酵と成分分析を南洋理工大学が担当し、マウスによる検証を早稲田大学が担当するという共同研究の成果です。

① 麹菌を用いた固体発酵により肥満抑制に対するおからの栄養構成が向上

本研究では、6種類の中からA. oryzaeA. sojaeの混合麹菌を用いて4日間固体発酵させたところ、おからの栄養因子が大きく変化しました。総フェノール量、タンパク質量、総アミノ酸量(図1右)、糖類は増加し、食物繊維量が減少しました。

② 麹菌固体発酵おからはマウスの脂質代謝を改善し、脂肪の蓄積を抑制

固体発酵させることにより栄養構成が向上した発酵おからが、実際に肥満に対してどのような影響を与えるかを調べるために、高脂肪食に発酵おからを混ぜ、脂肪重量や血清パラメータなどを測定しました。マウスを(1)通常食、(2)高脂肪食+カロリーコントロール食*、(3)高脂肪食+未発酵おから、(4)高脂肪食+発酵おから の4群に分け、以下の餌を各群に与えて3週間飼育しました。その結果、発酵おからは未発酵おからと比較して、脂肪蓄積と体重増加を抑制することが分かりました(図2上)。また、発酵おからの添加により肝臓中、血清中のコレステロールが減少しました(図2下)。脂質の代謝や合成に関わる遺伝子発現が変化していたことから、発酵おからは脂質代謝を改善することによって脂肪蓄積や体重増加を抑制することが示唆されました。

(3)研究の波及効果や社会的影響

麹菌を用いた固体発酵おからは栄養成分が増加し、さらに脂質代謝を改善することが明らかとなりました。世界人口の3分の1近くが「体重過多」または「肥満」である現代において、肥満問題の解消は急務であり、本研究で開発した発酵おからもまた、機能性食品としての実用化が期待できます。さらに、おからの廃棄問題は日本のみならず、今回共同研究したシンガポールにおいても深刻な問題であり、機能性改善により食品産業でのおからの利用が進めば、環境と経済の両面で廃棄問題の解決、SDGs(持続可能な開発目標)にも貢献できる可能性があります。

(4)今後の課題

実際に固体発酵おからのどの栄養素が脂肪蓄積に大きく寄与したのかを解明することで、より高機能な発酵おからの開発につなげることができます。また、発酵おからの全成分を同定しておらず、固体発酵おからの安全性の検証、風味の検証あるいは詳細な作用機序解明など、実用化のためには多くの解決すべき課題があります。

(5)研究者からのコメント

本研究では、日本の伝統的な麹菌を用いた固体発酵により機能性の高いおからを開発することができました。近年、健康志向が高まっていることも受け、日本の文化でもある大豆製品、発酵食品のさらなる発展が期待されます。

(6)用語解説

※1 固体発酵
自由流動性の水分がない状態での微生物による発酵方法のひとつ。液体発酵に対し、固体を主な媒体として発酵が行われ、分離や培養制御など困難な点もあるが、酵素生産・発現など有利な点も多い

※2  Aspergillus oryzaeA. oryzae) とAspergillus sojaeA. sojae
清酒、醤油、味噌などの日本の伝統的な発酵食品の製造に用いられる微生物のなかでも、代表的な麹菌の一種。

(7)論文情報

雑誌名:Metabolites
論文名:Solid-State Fermented Okara with Aspergillus spp. Improves Lipid Metabolism and High-Fat Diet Induced Obesity執筆者名(所属機関名):Natsumi Ichikawa1,#, Li Shiuan Ng2, Saneyuki Makino1, Luo Lin Goh2, Yun Jia Lim2, Ferdinandus2,Hiroyuki Sasaki1, Shigenobu Shibata1,* ,Chi-Lik Ken Lee 2,*
# 筆頭著者、*責任著者
所属機関名:1.早稲田大学 理工学術院、2.Division of Chemistry and Biological Chemistry, School of Physical and Mathematical Sciences, Nanyang Technological University
掲載日時(オンライン):2022年2月23日(水)
URL:https://www.mdpi.com/2218-1989/12/3/198
DOI:https://doi.org/10.3390/metabo12030198

(8)研究助成

  • 研究費名:JST未来社会創造事業
    研究課題名:時間栄養学視点による個人健康管理システムの創出
    研究代表者名(所属機関名):柴田 重信(早稲田大学)
  • 研究費名:科学研究費 基盤研究A
    研究課題名:ライフステージ別の体内時計応用の健康科学研究
    研究代表者名(所属機関名):柴田 重信(早稲田大学)

低温で効率よくCO₂の再資源化に成功

著者: contributor
2022年3月23日 13:40

低温で効率よく二酸化炭素を再資源化することに成功

発表のポイント

  •  2050年カーボンニュートラル社会の実現に向けて、二酸化炭素を容易に再資源化できる技術が期待されている。
  • 新規材料を用い、従来よりも大幅に低温な400~500度においても二酸化炭素の80%以上を反応させ、再資源化することに成功した。
  • 反応速度も工業的な要求を十分に満たせるほどの速さを実現した。

早稲田大学理工学術院の関根 泰(せきね やすし)教授らの研究グループは、コバルトとインジウムという元素を組み合わせた新規材料を用い、従来に比べて大幅に低温で効率よく二酸化炭素を再資源化することに成功しました。

2050年カーボンニュートラル社会の実現に向けて、二酸化炭素を容易に再資源化できる技術が期待されています。しかし、二酸化炭素の再資源化には700度以上という高温な温度条件が必要であり、その条件を満たしていても、反応を効率良く進めることが難しい現状にありました。

今回研究グループは、新規材料を用い、従来よりも大幅に低温な400~500度においても二酸化炭素の80%以上を反応させることに成功しました。また、その際の反応速度も工業的な要求を十分に満たせるほどの速さ(材料1kgあたり1日に17.7キログラムの二酸化炭素を転換可能)を実現しました。国内外で数多くの研究が行われている中で、本研究成果は二酸化炭素の再資源化の社会実装に向けて進むきっかけになりえます。

本研究成果は、2022年3月17日(木)にイギリス王立化学会の『Chemical Communications』のオンライン版で公開されました。

論文名:Efficient CO2 conversion to CO using chemical looping over Co-In oxide

(1)これまでの研究で分かっていたこと

2050年カーボンニュートラル社会の実現に向けて、二酸化炭素の再資源化は一つの切り札とされています。二酸化炭素を集めること、ならびにそれを反応させて再資源化させることは、いずれも難しい技術です。特に、化学原料として重要な一酸化炭素を二酸化炭素から作るには、従来700度以上の過酷な条件が必要でした。さらにそのような条件であっても、反応を効率良く進めることは難しく、また高温故に材料選定などにもいろいろな制約が存在しました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、高温において二酸化炭素から一酸化炭素を作ることが難しいという問題は、従来の手法の延長では解決できないと考えました。そこで新しい手法を用い、独自に開発した材料によって、高性能化・低温化を実現させようと考えました。この結果、多様な材料を体系的に検討し、コバルトをインジウム酸化物に修飾した新規材料が、本手法のために優れた結果を見出すことを発見しました。この材料は、従来の700度以上必要な条件に比べて、大幅に低温な400~500度においても二酸化炭素の80%以上を反応させられるという画期的な性能を示し、その際の反応速度も工業的な要求を十分に満たせるほどの速さ(材料1kgあたり1日に17.7キログラムの二酸化炭素を転換可能)を実現しました。また、その際の反応メカニズムをSPring-8などの最先端の分光により明らかにしました。

ケミカルループによって二酸化炭素が再資源化されるイメージ

(3)そのために新しく開発した手法

本研究グループは、1.ケミカルルーピング※1という反応場を分ける手法を編み出し、2.そのための優れた材料を生み出し、3.なぜその材料が優れているかを最先端分光などで解析し、これらのPDCAサイクルによって高性能化を実現しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

カーボンニュートラル実現に向けて、化石資源利用からの脱却が期待され、二酸化炭素の再資源化による物質や燃料群の合成技術の開発は待ったなしの状況です。国内外で数多くの研究が行われている中で、このように飛躍的に高い性能・低い温度を実現した本技術は、今後、二酸化炭素の再資源化の社会実装に向けて進むきっかけになりえます。

本手法で従来の化学反応の熱力学平衡(実線)を大きく上回る低温・高性能を実現

(5)今後の課題

ケミカルルーピングという反応場を分ける手法は、まだ産業界ではそう馴染みのある手法ではないため、今後これを実際に運用していくにあたっての課題を見出して解決していく必要があると考えられます。具体的には、反応のサイクルを重ねることによる材料の粉化や劣化をどう抑制するか、などを、今回の共同研究先であるENEOS社と共に検討していきます。

(6)研究者のコメント

国内外で数多く研究されている二酸化炭素再資源化ですが、このような高性能・低温化を実現できたことは非常に喜ばしく、早期に社会実装に向けて共同研究先のENEOS社などの企業とタッグを組んで進めて行きたいと考えています。

(7)用語解説

※1 ケミカルルーピング
材料の酸化と還元を独立した条件で行い、これを繰り返すことで従来の反応に比べて低温化が可能で、生成ガスの分離が不要になる手法。

(8)論文情報

雑誌名:Chemical Communications (イギリス王立化学会)
論文名:Efficient CO2 conversion to CO using chemical looping over Co-In oxide
執筆者名(所属機関名):牧浦 淳一郎(早稲田大学)・柿原 聡太(早稲田大学)・比護 拓馬(早稲田大学)・伊藤 直樹(ENEOS)・平野 佑一朗(ENEOS)・関根 泰(早稲田大学)
掲載日(現地時間):2022年3月17日
掲載URL:dx.doi.org/10.1039/d2cc00208f
DOI:10.1039/d2cc00208f

脱炭素化 触媒技術の開発事業に採択

著者: contributor
2022年3月15日 13:12

令和4年度地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業」に採択

2022年3月14日(月)に、環境省が公募した「令和4年度地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業」に、本学が参画する提案事業が採択されました。

提案事業名称:

革新的多元素ナノ合金触媒・反応場活用による省エネ地域資源循環を実現する技術開発

「地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業」とは

2050年カーボンニュートラル、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比46%減、更に50%減の高みに向けて、挑戦を続けていくという目標を達成するためには、水素などの脱炭素燃料の活用により脱炭素化を加速させるとともに、プラスチック資源などの活用を始めとした循環経済への移行が求められます。

脱炭素技術や資源循環技術の化学反応を促進させるために用いられる触媒には貴金属やレアメタル等が多用されていますが、需要に追従するように価格高騰が起きやすく、脱炭素化を促進する上で触媒材料の資源制約がボトルネックとなる可能性があります。上記の課題解決のためには、資源制約を生じさせることなく、廃プラスチックや地域の未利用資源等を原料にして、反応の高度化により資源循環を実現する触媒が必要です。

本事業では、地域資源循環を可能とする、革新的で比較的安価な触媒等に係る技術を開発・実証し、社会実装を促進することで、大幅な二酸化炭素の削減や化石燃料に依存しない循環経済の実現に寄与することを目的としています。

引用:環境省WEBサイトより

提案事業の概要

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、大幅な二酸化炭素の排出削減や化石燃料・資源に依存しないサーキュラーエコノミーを実現することが期待されています。本事業では、京都大学がシーズを有する革新的多元素ナノ合金触媒と、早稲田大学がシーズを有する非在来型触媒反応の融合による画期的な次世代プロセスを開発し、バイオマス地域資源循環システムの開発、そこからの水素などの製造とその実証を、大学と企業の連合体にて進めてまいります。

事業者

国立大学法人京都大学★、学校法人早稲田大学、株式会社クボタ、住友化学株式会社、株式会社フルヤ金属(★代表事業者)

共同実施者

国立大学法人九州大学、学校法人明治大学、国立大学法人名古屋工業大学、国立大学法人信州大学、独立行政法人国立高等専門学校機構明石工業高等専門学校、公益財団法人高輝度光科学研究センター、国立大学法人大阪大学、学校法人慶應義塾大学、国立研究開発法人理化学研究所、自然科学研究機構分子科学研究所、国立大学法人高知大学、国立大学法人静岡大学、株式会社東芝

早大における事業代表者

理工学術院 関根泰教授

関根教授からのコメント

欲しいときに欲しいだけ化学反応を駆動させる、という理念のもとで、オンデマンド駆動化学を提案してまいりました。本事業ではこれに次世代多元素ナノ合金触媒を融合させて、これまでに無い新しい世界を創出し、計算化学・データ駆動化学・高精度分析とリンクし学理確立を進め、世の役に立つプロセスを仕上げていきたいと思います。

内容に関するお問い合せ先

早稲田大学研究推進ワンストップ窓口
https://waseda-research-portal.jp/inquiry/

 

春ウコンに含まれる活性成分を同定

著者: contributor
2022年3月14日 12:56

認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患の予防に向けて期待高まる

春ウコンに含まれる3つの生物活性成分を同定

coronarin Dが神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を強く促進

発表のポイント

秋ウコンと比べて研究が遅れている春ウコンについて、in vitro神経分化誘導システムを用いてクルクミン以外の活性成分の探索を行った

神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を強く促進する春ウコンの活性成分として、coronarin Dを見出すことが出来た

認知症やパーキンソン病をはじめとした神経変性疾患に対する予防サプリメントへのcoronarin Dの機能応用が期待できる

早稲田大学理工学術院の大塚悟史(おおつかさとし)招聘研究員(研究当時)、および中尾洋一(なかおよういち)教授らの研究グループは、春ウコンCurcuma aromaticaに含まれる生物活性成分として①coronarin C、②coronarin D、③(E)-labda-8(17),12-diene-15,16-dialの3種類を同定しました。そのうち、coronarin Dには神経幹細胞※1からアストロサイト※2への分化誘導を強く促進する活性があることを見出しました。

本研究成果は、米国化学会誌『Journal of Agricultural and Food Chemistry』に2022年3月4日(金)付けでオンライン掲載されました。

【論文情報】

雑誌名:Journal of Agricultural and Food Chemistry
論文名:Coronarin D, a Metabolite from the Wild Turmeric, Curcuma aromatica, Promotes the Differentiation of Neural Stem Cells into Astrocytes

 これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

春ウコン(Curcuma aromatica)は、2000年以上前からアジアを中心に漢方や生薬として広く親しまれてきた食材であり、抗炎症作用や、抗酸化作用、神経保護作用など様々な生物活性を有することが報告されています。これらの多様な春ウコンの効能が経験的に蓄積されてきた結果、現代でも漢方や生薬として利用されていると考えられます。

これまで春ウコンの有効成分について機能解析が進められてきましたが、その多くはウコン由来の主要な有効成分として有名なクルクミンが中心であり、その他の有効成分の探索および機能解析は限られていました。例えば、クルクミンには神経幹細胞の増殖やニューロン※3への分化を促進する作用が知られていますが、それ以外の春ウコン成分の神経幹細胞の増殖、分化調節活性については深く研究されていませんでした。

一方、成人脳内の一部の領域に存在する神経幹細胞は、必要に応じてニューロンやグリア細胞※4などの神経系細胞に分化することで中枢神経系機能のバランスを保っています。近年、グリア細胞の一種であるアストロサイトがアルツハイマー病の原因タンパク質の一つアミロイドβ※5の分解に関わっていることが報告されています。また、アストロサイトの機能異常やアストロサイト数の減少がアルツハイマー病やうつ症状などの神経変性疾患の発症に関与することも明らかになりつつあります。このような背景から、機能異常に陥ったアストロサイトの機能回復を標的とした神経変性疾患治療薬の開発が進められています。しかし、現時点では“正常なアストロサイトそのものの数を増加させる”といった予防医学的観点に立った医薬品の開発研究例は限られています。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

そこで本研究グループは、未だ研究の余地が残されている

アストロサイトへの分化誘導を促すことで正常なアストロサイト数を増やす”

という予防医学的な目標を設定しました。そのうえで、未知の生物活性成分が豊富に含まれていると考えられる春ウコンから、アストロサイトへの分化誘導促進活性成分を探索しました。

具体的には、独自に開発したマウスES細胞※6由来神経幹細胞のin vitro神経分化誘導システム※7によるアッセイ系※8を用いて、神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を促進する活性成分の探索を行いました。アストロサイトへの分化誘導促進活性を指標として、春ウコン抽出物から各種クロマトグラフィーによって活性成分の精製を行いました。これによりラブダン骨格※9を有する3種類の化合物を活性本体として得ることができました。これらの活性化合物についてMSおよびNMRなどの各種スペクトル解析を行った結果、それぞれ① coronarin Cおよび ② coronarin D、③ (E)-labda-8(17),12-diene-15,16-dialと同定することができました(図1)。

 

各化合物の活性を比較した結果、3つの化合物の中ではcoronarin Dが一番強くアストロサイトへの分化誘導を促進し、コントロール条件に比べてアストロサイト分化率が約3倍(3.19±0.366)に増加しました(図2下)。これに対し、coronarin Cおよび(E)-labda-8(17),12-diene-15,16-dialは、類似の構造部分を共有するにもかかわらず、coronarin Dと比較して弱い効果(それぞれコントロール比1.30±0.121、1.45±0.265)しか示さないことが分かりました(図2下)。以上のような構造―活性相関解析の結果、アストロサイトへの分化促進活性には二環性部分(図1青枠部分)に加えて、15-ヒドロキシ-Δ12-γ-ラクトン構造に含まれる二重結合の位置が重要であることが示唆されました(図1赤丸部分)。

アストロサイトへの分化誘導過程で活性化されるシグナル経路のひとつにJAK/STAT※10シグナル経路があります。転写因子のSTAT3※11は活性型のJAK によりリン酸化を受けて活性化される(pSTAT3)と、核内移行してGFAPなどアストロサイトで多く発現している遺伝子の転写を促進する結果、アストロサイトへの分化を誘導することが知られています。そこで、coronarin Dが本シグナル経路を活性化させるか確認するために、フローサイトメトリーを用いてpSTAT3陽性細胞率を分析しました。その結果、coronarin Dはコントロールに比べてpSTAT3陽性細胞率を大幅に増加させました。このことから、JAK/STATシグナル経路を介してアストロサイトへの分化誘導を促進している可能性が示唆されました(図3)。

研究の波及効果や社会的影響

高齢化が進むわが国においては、認知症やパーキンソン病をはじめとした神経変性疾患患者数の増加と、それに伴う医療費負担の増大が問題になっており、その対策は急務と言えます。加齢に伴って生じる神経変性疾患への対策には、治療薬・予防薬の開発が重要なのはもちろんですが、日々摂取する食品もしくはサプリメントを通して予防ができれば、その波及効果は大きいと考えられます。

今回、神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導を強く促進する春ウコンの活性成分として、coronarin Dを見出すことができました。春ウコンは生薬や漢方もしくは食品としても広く使用されてきた歴史があります。アストロサイトへの分化誘導促進成分として今回我々が見出した春ウコン由来のcoronarin Dを食事やサプリメントを通して継続的に摂取することで、加齢による神経変性疾患に対する予防効果が期待できます。また、coronarin Dは元来食品成分であるために、安全性が確認されている天然成分として医薬品開発への応用も期待されます。

今後の課題

今回の成果では、coronarin DがJAK/STATシグナル経路を介してアストロサイト分化を促進している可能性が示唆されたため、今後はこのシグナル経路に関与する遺伝子群や種々の生体分子に注目してcoronarin Dの精密な作用機序解析を行う必要があります。また、今回はマウスES細胞由来の神経幹細胞を用いて活性を評価しましたが、今後はヒトiPS細胞由来の神経幹細胞を用いてヒト細胞における活性の確認や、動物モデルを用いたin vivo活性の評価を行った上で、臨床応用に向けた知見を積み重ねる必要があります。

研究者のコメント

神経幹細胞のアストロサイトへの分化を調節する食品についての研究は限られています。今回、本研究グループが見出した春ウコン由来のcoronarin Dの作用機序解明が進めば、神経変性疾患に苦しむ患者を救う医薬品開発や、加齢に伴う神経変性疾患の予防を通して、健康寿命の延長に貢献できると信じています。

用語解説

※1 神経幹細胞

神経活動を担うニューロンや、その機能を支持するアストロサイトなどのグリア細胞に分化する能力を持つ幹細胞。成人脳内の海馬や側脳室などに分布して必要に応じてニューロンやグリア細胞に分化することで、生涯を通じて神経系細胞を供給し続けることが知られている。

※2 アストロサイト

グリア細胞のひとつで星状膠細胞とも呼ばれている。神経ネットワークの構造の維持のほか、各種神経伝達物質のやり取りにも関与し、脳の機能維持や可塑性に調節している。

※3 ニューロン

神経細胞。樹状突起で他の神経細胞から受け取った刺激を、軸索を通じて別の細胞に伝達することで神経伝達機能を担う。

※4 グリア細胞

神経系を構成する細胞のうち、ニューロン以外の細胞の総称。アストロサイトやオリゴデンドロサイト、ミクログリアなどのグリア細胞がニューロンと協調して神経活動を支えている。

※5 アミロイドβ

アルツハイマー病の原因タンパク質のひとつである40個程度のアミノ酸からなるペプチド。これが異常凝集したものが老人斑として脳内に蓄積することがアルツハイマー病の病理学的特徴の一つとして知られている。

※6 マウスES細胞

マウス胚性(embryonic stem)幹細胞。受精後3、4日目の胚盤胞から取り出して作製される多能性幹細胞の一つで、自己複製能とあらゆる組織の細胞への分化能を持つ細胞のことである。

※7  in vitro神経分化誘導システム

生体内で起こる神経幹細胞からニューロンやアストロサイトなどの神経系細胞への分化誘導過程を培養器内で再現したもの。今回はマウスES細胞由来の神経幹細胞を用いており、培養条件を変えることで細胞増殖と分化誘導の割合を調節することが可能になる。

※8 アッセイ系

被験物質の存在、量、または機能活性を定性的もしくは定量的に評価、測定するための試験。本研究では、各化合物の神経幹細胞からアストロサイトへの分化誘導効率を評価した。

※9 ラブダン骨格

天然の二環性ジテルペンであるラブダンを基本構造とし、ラブダンまたはラブダンジテルペンと総称される幅広い天然化合物を構成する基本骨格。ラブダン骨格を有する化合物には抗菌作用や抗炎症作用など様々な生理活性があることが確認されている。

※10 JAK/STAT

細胞間の情報伝達を行うシグナル経路のひとつ。サイトカインなどの分子が細胞表面の受容体に結合することで活性化したJAK(リン酸化酵素のひとつ)が転写因子STAT3をリン酸化することでシグナルが伝達される。

※11 STAT3

細胞の増殖や分化、細胞死を調節する転写因子。非活性化状態では細胞質に存在するが、JAK によりリン酸化を受けて活性化される(pSTAT3)と、核内移行して標的遺伝子の転写を促進する。活性型であるpSTAT3によってアストロサイトへの分化が誘導されることが知られている。

論文情報

雑誌名:Journal of Agricultural and Food Chemistry
論文名:Coronarin D, a Metabolite from the Wild Turmeric, Curcuma aromatica, Promotes the Differentiation of Neural Stem Cells into Astrocytes
執筆者名(所属機関名):大塚悟史1、2、川村緑1、藤野修太郎1、中村文彬1、新井大祐1、伏谷伸宏2、3中尾洋一1、2*(1:早稲田大学先進理工学部 化学・生命化学科、2:早稲田大学理工学術院総合研究所、3:一般財団法人 函館国際水産・海洋都市推進機構、*責任著者)
オンライン掲載日:2022年3月4日(金)
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.2c00020
DOI10.1021/acs.jafc.2c00020

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 21H02073、18H02100(中尾洋一)、26221204(吉田稔、国立研究開発法人 理化学研究所)、20KK0130(中山二郎、九州大学 農学研究院)、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「革新的技術創造促進事業」(異分野融合共同研究)(14538918、中尾洋一)の助成を受けて行われたものです。

“つよく”・“しなやか”な新しい結合

著者: contributor
2022年3月2日 16:52

ファンデルワールス力による“つよく”・“しなやか”な新しい結合

-強磁性トンネル接合素子の構成材料としてグラフェン二次元物質/規則合金の異種結晶界面に期待-

発表のポイント

  • ファンデルワールス力により、異種結晶界面が“つよく”・“しなやか”に結合することを発見
  • グラフェンとL10規則合金の界面に垂直磁気異方性が誘起されることを発見
  • 六方晶グラフェンと正方晶L10規則合金の異種結晶界面の原子位置を理論と実験の両方により正確に決定
  • X nm世代のMRAMに向けたグラフェン/L10規則合金記録層に期待

概要

情報機器でのエネルギー消費増大問題を解決するために、計算機用の高性能な不揮発性磁気メモリ(MRAM)*1の開発が求められています。東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター、東北大学電気通信研究所、早稲田大学(理工学術院 平田秋彦教授)、高エネルギー加速器研究機構、神戸大学、東京工業大学、パリ南大学、フランス国立研究センターの国内6機関・国外2機関と協力して、それぞれが得意とする専門分野を学際的に協働することにより、六方晶系の二次元物質*2(グラフェン)と正方晶系のL10規則合金(L10-FePd)の異種結晶界面をファンデルワールス力*3により”しなやか”に結合させ、かつ界面電子密度の増加により”つよい”混成軌道を誘起し、界面垂直磁気異方性を出現させることに成功しました。六方晶のグラフェンと正方晶のL10-FePdは結晶系が異なる異種結晶界面のため、どのような界面の原子位置関係になるか想像ができません。そこで、直接観察実験と理論計算を比較することにより、グラフェン/L10-FePdの原子位置を正確に決定することに成功しました。本研究により、界面磁気異方性とL10-FePdのもつ高い結晶磁気異方性の両方を利用する道筋が示され、X nm世代*4のMRAM用の微小な強磁性トンネル接合(MTJ)素子*5への利用が期待されます。

本研究成果は、米国化学学会発行の科学誌 ACS Nanoの2022 年 2月28日(米国東部標準時EST)にOnline掲載されました。

論文名:Unveiling a Chemisorbed Crystallographically Heterogeneous Graphene/L10-FePd Interface with a Robust and Perpendicular Orbital Moment

背景

年々増大する情報機器でのエネルギー問題を解決するためには、計算機に用いられている揮発性メモリを不揮発性磁気メモリ(MRAM)に代替していくことが重要となります。現在のMRAMに用いられている強磁性トンネル接合(MTJ)素子は、CoFeB/MgOの界面垂直磁気異方を利用しており、四重界面とすることにより1 X nm世代に適合したMRAMの研究開発に成功しています。X nm世代のMRAM用のMTJ素子の実現を目指して、形状磁気異方性の利用、多重界面などが検討されています。そのような状況のなか、X nm世代に向けた新たな材料の選択肢として高結晶磁気異方性を有するL10規則合金も注目されています。しかし、FePt, FePd, CoPt, MnGaなどのL10規則合金とMgOトンネル障壁には約10%もの大きな格子ミスフィット率があるため、界面構造が乱れて高品質なMTJ素子を作製することができません。この問題を解決する方法として、本研究グループは二次元物質の間に生じるファンデルワールス力に着目しました。二次元物質はファンデルワールス力により金属と緩やかに結合するため、格子ミスフィットの影響を回避して、平滑な界面を形成する可能性が期待できます。また、二次元物質であるグラフェン、h-BNなどはスピン依存トンネル伝導により1000%近いトンネル磁気抵抗(TMR)変化率*6が理論的に予測されています。また、MgOトンネル障壁に比べて接合抵抗を低く抑えることができることも報告されています。これらの二次元物質の特徴はX nm世代のMTJ素子に求められる要求の多くを満たしています。そこで本研究グループは、代表的な二次元物質であるグラフェンをトンネル障壁材料とし、L10-FePd規則合金を記録層とする新しいMTJ素子の研究に着手しました。量産化プロセスを念頭にL10-FePd規則合金層を物理蒸着法であるスパッタ法により、グラフェンを化学蒸着法により製膜し、一貫した真空プロセスを選択しました。以上の背景を踏まえ、グラフェン/L10-FePdのMRAMへの有用性を明らかにするために、本研究では、以下の3つの項目について調べました。

(1)ファンデルワールス力で結合したグラフェンと規則合金界面は平滑であるか
(2)界面垂直磁気異方性は誘起されるか
(3)結晶系の異なる界面(異種結晶界面)の原子位置はどのようになっているのか
また、その原子位置関係はエネルギー的に安定しているのか

全てを理解するためには界面に特化した専門的な評価が必要になるため、本研究グループの研究者各々の得意とする専門性を集約して、課題に取り組みました。

研究内容

L10-FePdエピタキシャル膜をマグネトロンスパッタ法によりSrTiO3単結晶基板上に製膜し、その後、化学気相体積(CVD)法によりグラフェンを成長させることにより、グラフェン/L10-FePdを作製しました。グラフェンはハニカム構造の六方晶、L10-FePdは正方晶の結晶系であり、グラフェン/L10-FePdは異なる種類の結晶系により界面が形成されています(ここでは、異種結晶界面と呼びます)。この異種結晶界面の界面構造を調べるために、原子間力顕微鏡、X線反射率、走査型透過電子顕微鏡を用いました。界面磁性を調べるために深さ分解X-ray Magnetic Circular Dichroism(XMCD)*7を用いました。さらに、異種結晶界面の原子位置は第一原理計算をもとに走査型透過電子顕微鏡像のシミュレーションを行い、実験で得られた像と比較することにより決定しました。

1)ファンデルワールス力で結合したグラフェンと規則合金界面は平滑であるか

原子間力顕微鏡観察によりL10-FePd表面は平坦となっていることが確認され、その後に製膜されたグラフェンとL10-FePdとの界面はX線反射率により平坦な界面であることが明らかとなりました。また、走査型透過電子顕微鏡による直接観察法によりL10-FePdとグラフェンの界面が平坦になっていることが確認されました。以上の結果から、異種結晶界面のように大きな格子ミスフィットが存在しているにもかかわらずファンデルワールス力による結合は界面構造を乱さないことがわかりました。

図1 (a)グラフェン/FePdの3種類の走査型透過電子顕微鏡像(BF、ABFおよびHAADF-STEM像)を撮影し、軽元素であるカーボンと重元素であるFeとPdを同時に観察した。(b)第一原理計算から最もエネルギー的に安定な原子位置を基にしてSTEM像のシミュレーションを行った。(c) 第一原理計算から算出されたFePdとグラフェンのカーボンとの原子位置関係の概念図。

2)界面垂直磁気異方性は誘起されるか

図2(a)に示すように、偏光した軟X線を用いて深さ分解XMCDにより表面からおよそ2.5 nmまでの深さを分割して、磁気特性の深さ方向の変化を調べました。磁場は垂直方向および面内方向から30°傾けることにより垂直方向への磁気異方性について評価しました。深さ分解XMCDは高エネルギー加速器研究機構 Photon Factory BL-16のビームラインを利用しました。図2(b)に深さ方向に分解されたXMCDスペクトルを示します。図2(c)に界面付近、図2(d)に内部層の偏光X線による吸収(XAS)スペクトルおよびその差分であるXMCDスペクトルを示します。界面と内部層の垂直入射(θi = 90º)XMCDスペクトル[図2(c)および2(d)]、および30°に傾けたXMCDスペクトル[論文を参照のこと]をそれぞれSUMルールにより解析すると、界面付近の軌道磁気モーメントが垂直方向に異方性を有していました。この結果から、界面垂直磁気異方性が異方的な軌道磁気モーメントにより誘起されていることがわかりました。従って、異種結晶界面には界面垂直磁気異方性が存在していることが明らかとなりました。以上のことから、グラフェン/FePdはFePdの高い垂直結晶磁気異方性に加えて、界面垂直磁気異方性も付与されており、記録情報の高い安定性が期待できることがわかりました。

図2 (a)偏光した軟X線を用いた深さ分解XMCDの測定セットアップの模式図, (b)界面から2.5 nm厚さまでのXMCDスペクトル, (c)界面, (d) 内部層の右回りと左回りの円偏光によるXASスペクトルと、その差分であるXMCDスペクトル

3)結晶系の異なる界面(異種結晶界面)の原子位置はどのようになっているのか
また、その原子位置関係はエネルギー的に安定しているのか

グラフェンは六方晶系、L10-FePdは正方晶系であるためグラフェン/L10-FePdは異種結晶界面です。異種結晶界面による大きな格子ミスフィットのある界面原子位置を調べるためには、まずはじめに、第一原理計算を用いてファンデルワールス力による界面が最もエネルギー的に安定になる方位を調べる必要があります。図1(c)に示すように、グラフェンのアームチェアがFePdの面内格子の辺と平行になる原子位置関係が最もエネルギー的に安定であることがわかりました。また、そのときのグラフェンのハニカム構造は維持されていますが、僅かではあるものの正方晶のFePdの原子位置の影響を受けて歪んでいることがわかりました。実際に作製したグラフェン/L10-FePdの相対的な配置がどうなっているかを調べるために、第一原理計算から得られた原子位置をもとにSTEM像のシミュレーションを行いました。図1(b)に計算したSTEMシミュレーション像を示します。グラフェンの面内方向に沿ったコントラストの明暗についてラインプロファイルを調べたところ、STEM実験像と計算したSTEMシミュレーション像が良い一致を示していることがわかりました。このことは、第一原理計算により予測した界面の原子位置関係が実際の界面において実現していることを意味します。つまり、L10-FePd上のグラフェンはファンデルワールス力のエネルギーが最も安定化する原子位置関係になることが明らかとなりました。グラフェンは僅かに歪みながらもファンデルワールス力により”しなやか”に結合していることがわかりました。

グラフェンとL10-FePdの層間距離を調べたところ、第一原理計算およびSTEM像観察の両方でおよそ0.2 nmとなっていることがわかりました。また、STEM実験像ではグラフェンの第一層と第二層の層間距離は0.38 nmであり、グラファイトの層間距離とほぼ一致していました。グラフェンとL10-FePdの層間距離が短くなっていることはファンデルワールス力のなかでも”つよい”結合となるChemisorptionタイプであることがわかりました。X線反射率においても界面での電子密度が高くなっていることが判明しており、界面垂直磁気異方性の起源は層間距離の短縮により電子密度の増大および混成軌道が強化されたためと考えられます。以上のような微視的な構造解析を多岐の方法により解析し、界面磁性を説明する試みは少なく、学術的な価値の高い成果となります。

最後に、MRAMへの応用の可能性を検討するために、マイクロマグネティクスシミュレーションを行いました。String法によるマイクロマグネティクスシミュレーションによりグラフェン/L10-FePdの記録情報の熱安定性を調べたところX nm世代においても10年間、記録情報を保持できるほどの十分な垂直磁気異方性であることがわかりました。これは、グラフェン/L10-FePdの界面磁気異方性とL10-FePdの高い結晶磁気異方性の相乗効果による成果です。グラフェン/FePdの異種結晶界面を利用した微小ドットはX nm世代をターゲットとしたMTJ素子の記録層の1つの候補として有望であることが示唆されました。

将来の展望

本研究により、二次元物質である六方晶系グラフェンと正方晶系規則合金を組み合わせたハイブリッドMTJ素子がX nm世代において有望であることがわかりました。本研究は二層構造ですが、参照層を加えたMTJ素子としたときの特性を調べていく必要があります。現在、日仏共同研究を主軸に国内とも綿密に連携を取りながら、MTJ素子の研究を遂行しています。また、グラフェンのファンデルワールス力の”しなやか”でありながら”つよい”結合は広く二次元物質に展開することができるため、h-BN、WS2などの二次元物質の多彩な物性と正方晶晶系の高機能金属、高機能酸化物などとの異種結晶界面をファンデルワールス力により繋ぐことにより、新しい電子デバイスへの発展が期待されます。

研究経緯

本研究は、東北大学、早稲田大学、神戸大学、東京工業大学、高エネルギー加速器研究機構、パリ南大学、フランス国立科学研究センターとの共同研究の成果です。また、本研究は日本学術振興会研究拠点形成事業(Core-to-Core Program, 課題番号JPJSCCA20160005)の支援を受け、日英仏の3国間の共同研究のもと二次元材料のトンネル障壁への応用について検討してきました。また、本研究は指定国立大学東北大学のクロスアポイントメント制度による東北大学とパリ南大学(Pierre Seneor教授)、フランス国立科学研究センター(Bruno Dlubak研究員)の共同研究成果でもあります。東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センターおよび東北大学先端スピントロニクス研究開発センターの支援を受けています。このような支援により、試料作製は東北大学とパリ南大学、フランス国立科学研究センターの協働により遂行しました。また、界面磁性を高エネルギー加速器研究機構のS型課題(課題番号 2019S2-003)によりフォトンファクトリー、BL-16ビームラインを用いて評価しました。界面構造をナノテクプラットフォームの支援(課題番号A-20-TU-0063)により走査型透過電子顕微鏡を用いて東北大学内において評価しました。界面の平均的な構造を共同利用研究(課題番号73)によりX線反射率法を用いて東京工業大学で測定・評価し、その解析をブルカージャパンの支援により行われました。界面の理論計算は早稲田大学、神戸大学、東北大学電気通信研究所の協働により行われました。このように、本研究は多数の機関の共同研究の結果を集約した成果です。

論文題目

題目: Unveiling a Chemisorbed Crystallographically Heterogeneous Graphene/L10-FePd Interface with a Robust and Perpendicular Orbital Moment
著者: Hiroshi Naganuma(責任著者), Masahiko Nishijima, Hayato Adachi, Mitsuharu Uemoto, Hikari Shinya, Shintaro Yasui, Hitoshi Morioka, Akihiko Hirata(平田秋彦、早稲田大学理工学術院教授), Florian Godel, Marie-Blandine Martin, Bruno Dlubak, Pierre Seneor, Kenta Amemiya
掲載誌: ACS Nano
DOI: 10.1021/acsnano.1c09843

用語説明

*1  不揮発性磁気メモリ(MRAM)

データの保存に不揮発性である磁化状態を利用しており、DRAMおよびSRAMなどの揮発性メモリの代替により消費電力を低減することができることから次世代メモリとして注目されています。揮発性メモリはメモリセル(データ読み/書きの最小単位)に電荷を蓄積することでデータを記録しており、MRAMとは記録原理が異なります。MRAMはメモリセルに、2つの磁性体層の間に絶縁体層を挟み込んだ*4で説明する強磁性磁気トンネル接合(MTJ)という構造をもつ素子を用います。磁性体の磁化方向(N極とS極)が2層ともそろっている状態が「0」、不ぞろいな状態が「1」をあらわします。

*2  二次元材料(物質)

二次元の面内方向の結合は強く、面直方向にはファンデルワールス力による弱い結合により貼り合わされている物質のことです。二次元材料としてはグラファイトの1層だけ剥がしたグラフェンに関わる研究が多く行われてきていますが、近年、h-BN, WS2など多くの二次元物質の研究が展開されています。

*3  ファンデルワールス力

原子間に働く分子間力であり、原子位置関係、結晶対称性などにより物理吸着と化学吸着の2種類が二次元物質と金属材料の間では生じるとされています。物理吸着のときの原子間力は化学吸着のときの原子間力に比べて弱く、原子間距離が長くなることが報告されています。

*4  強磁性トンネル接合(MTJ)素子

強磁性/極薄絶縁層/強磁性の3層が基本構造で、1つの強磁性層を記録層、もう1つの強磁性層を固定層として磁化状態を記録する不揮発性磁気メモリへ応用されています。(磁化方向の書き換えは*3を、読み出しは*6を参照のこと)

*5  1X nm世代、X nm世代

強磁性トンネル接合(MTJ)素子の接合直径のことです。この接合直径を小さくすることで不揮発性磁気メモリ(MRAM)の集積度を高めることができます。現在は1X nm世代の研究開発が盛んに行われており、X nm世代の基礎研究が次々に報告されています。X nm世代では形状磁気異方性の利用、界面数を増やすなどが提案されています。

*6  トンネル磁気抵抗(TMR)変化率

強磁性トンネル接合(MTJ)素子の2つの強磁性層の磁化が平行のときスピン偏極電子の透過率は高く、反平行のとき透過率は低くなる効果です。磁化の相対角度に応じてMTJ素子の抵抗が変化することから、不揮発性磁気メモリ(MRAM)の読み出しの原理となっています。一般に、磁化の平行・反平行時の電気抵抗を用いてTMR変化率を算出し、TMR変化率が高いとデジタル信号における”0”と”1”の判別が明瞭となる、また磁化反転効率が高くなることからMRAMにおいて重要なパラメーターとなっています。

*7  深さ分解X線磁気円二色性(XMCD)

X線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism XMCD)とはX線の吸収分光であり、磁性体の試料に円偏光させたX線を照射したときに、吸収スペクトルが試料の磁化方向と円偏光の磁化方向に依存して異なる現象のことです。そのXMCDを応用した軟X線領域の深さ分解XMCD法は、磁性薄膜の磁気状態の深さ方向の分布をナノメートルを超える分解能にて元素選択的に観察することができます。

遷移金属酸化物の近藤効果を実証

著者: contributor
2022年2月3日 11:38

遷移金属酸化物の近藤効果を初めて実証

~電子相関物性の設計・探索の新たなプラットホームを開拓~

大阪府立大学(学長:辰巳砂 昌弘)大学院 工学研究科 播木 敦 助教、博士前期課程1年 加瀬林 啓人さん、早稲田大学 理工学術院 溝川 貴司 教授、京都大学 化学研究所 島川 祐一 教授、広島大学 田中 新 准教授らは、マックスプランク研究所 Liu Hao Tjeng 教授、ウィーン工科大学 Jan Kuneš 教授らのグループと共同で、銅(Cu)とルテニウム(Ru)からなる酸化物(CaCu3Ru4O12)のX線光電子分光(注1)を測定し、独自に開発した計算パッケージを用いて、高精度な理論解析を行いました。

その結果、CaCu3Ru4O12では、遷移金属の酸化物ではほとんど報告例がない近藤効果(注2)が実現していることを初めて実証しました(図1)。近藤効果は、電気抵抗がゼロになる超伝導現象や電子の質量が有効的に異常増大する重い電子現象など、様々な量子物性の発現メカニズムと密接な繋がりがあります。今回の結果は、近藤効果が実現する遷移金属酸化物の物質群(四重ペロブスカイト遷移金属酸化物、注3)の存在を示唆するもので、更なる物質合成を進めることで、近藤効果に由来する新奇物性の発見が期待されます。

なお、この成果は、米国物理学会が刊行する学術雑誌「Physical Review X」にて、1月27日(日本時間)にオンライン掲載されました。

<本研究のポイント>

ペロブスカイト遷移金属酸化物CaCu3Ru4O12のX線光電子分光実験データを測定し、最新の量子理論手法を用いて解析した結果、近藤効果が実現していることを実証した
希土類化合物だけでなく、遷移金属酸化物でも近藤効果が発生することを示した
今後、遷移金属酸化物の構成元素を制御することで、近藤効果が紡ぎ出す磁気応答や超伝導、重い電子状態などの新奇量子物性の発見が期待される

<研究の背景>

遷移金属の酸化物や希土類元素(注4)からなる化合物は、電気抵抗がゼロになる超伝導体や磁性材料として、現代のテクノロジーを支えています。これらの物質の多種多様な性質には、電子が持つ磁石のような性質 -スピン- が重要な役割を果たしています。スピンは電子に内在する性質で、このスピンが規則的に配列すると、我々が普段目にする磁石が出来上がります。しかし、ある物質では温度を下げると、この電子のスピンが巨視的なスケールで消失する現象が起こります。これが、近藤効果と呼ばれる現象です。1964年に近藤淳博士により、この現象は「磁性元素と伝導電子の間の量子力学的な相互作用」に由来することが明らかにされましたが、その後の研究から、超伝導や磁性から素粒子物理学や原子核物理学まで、広範囲の物理現象の根幹と深い関わりがある現象であることがわかってきました。材料科学においては、量子情報デバイスの素子としても期待される半導体量子ドットの設計や、電子のスピンを利用して高効率デバイスの創造を目指すスピントロニクスの分野でも重要な役割を担い始めています。近藤効果は、希土類元素の化合物では多くの物質で発見されており、電子質量が異常増大する重い電子現象や超伝導などを理解・設計する基本概念として定着しています。その一方で、遷移金属の酸化物では、近藤効果の実現がはっきり裏付けられた物質はこれまで見つかっていませんでした。

<研究内容>

本研究では、銅(Cu)とルテニウム(Ru)の2つの遷移金属元素を含む酸化物CaCu3Ru4O12(図2)に着目し、近藤効果の検証に挑みました。この物質に関しては、近藤効果を示唆する過去の実験結果もありますが、一方で近藤効果とは全く相寄れない実験結果も報告されていました。この状況を打破すべく、本研究グループは、高純度なCaCu3Ru4O12のサンプルを合成し、CuとRuの電子を直接観測できるX線光電子分光の実験を行いました。国内外の高輝度放射光施設(国内のSPring-8、台湾の國家同歩輻射研究中心、韓国の浦項放射光源)を利用し、広い範囲の波長の入射X線で実験することで、CuとRuの電子それぞれを分離して観測することに成功しました。その結果、Cuの電子は、近藤効果を示す希土類化合物と類似のスペクトル(運動エネルギー)を示すことが確認できました。この新しい実験データを、独自に開発した第一原理手法(密度汎関数理論)と量子多体手法(動的平均場理論)を実装した解析パッケージにインプットすることで、CaCu3Ru4O12の結晶内部のCuとRu電子の運動(図2)を再現できる理論モデル(多軌道ハバードモデル)が完成しました。

この理論モデルを、スーパーコンピュータ(オーストリア・ウィーンのVienna Scientific Cluster)を用いて数値的に解くと、低温下で存在するべきであるCu電子のスピンが消失する様子が我々の目の前に浮かびあがりました。詳細に解析すると、Ruの伝導電子が雲のようにCu電子のスピンを取り囲んで結合し、スピンを打ち消した(遮蔽した)多体束縛状態(注5)を形成していることがわかりました(図1、図3を参照)。さらに、この束縛状態が壊れ始める温度、すなわちCuのスピン(局在モーメント)が見え始める近藤温度と呼ばれる特性温度が非常に高い(500K以上)ことを突き止めました。実験的にこの温度に到達するのは困難を極めますが、今回正確な理論モデルが得られたおかげで、高精度数値シミュレーションを利用して近藤温度の評価が可能になりました。これは、過去の実験で、温度を上げてもCuのスピンが現れないという近藤効果と一見矛盾する結果が得られた問題を解消する重要なポイントで、CaCu3Ru4O12の近藤効果を決定づけるものです。

今回の解析から、四重ペロブスカイト構造(化学組成式AA’3B4O12)の、A’部分にCuを、B部分に遍歴性の高い伝導電子を提供できる遷移金属元素(今回はルテニウム)を配置することで、近藤効果を実現できることがわかりました。今後、B部分を他の元素で置換することで、Cu電子のスピンとの伝導電子の相互作用を調整し、近藤効果の強弱(近藤温度)を制御できると考えられます。したがって、四重ペロブスカイト構造を有する遷移金属酸化物は、近藤効果が紡ぎ出す磁気応答や重い電子現象、超伝導などの現象を探索・探究する新しいプラットホームになると期待されます。

<社会的意義、今後の予定>

本研究により、遷移金属酸化物のCaCu3Ru4O12で近藤効果が初めて実証されました。本研究で得られた結果は、物性物理学を中心に広範囲の物理現象の源である近藤効果を実現・探究する新たなプラットホームを提案するという学術的な意義があります。また、現在のテクノロジーを支える遷移金属を用いた材料科学の分野に、近藤効果に由来する特異な磁気・電気応答を示す物質(四重ペロブスカイト構造の遷移金属酸化物)を設計・合成するための新たな指針を与えます。遷移金属の酸化物において、近藤効果が普及し、化学的制御が可能になることで、次世代量子情報デバイスやスピントロニクスにおける新しい素子やスピン伝導の制御法の開発に繋がると考えられ、今後の研究が期待されます。

<発表雑誌>

本研究の成果は、米国物理学会が刊行する学術雑誌「Physical Review X」にて1月27日(日本時間)にオンライン掲載されました。

<雑誌名>Physical Review X

<論文タイトル>CaCu3Ru4O12: A High Kondo-Temperature Transition Metal Oxide

<著者>播木敦、加瀬林啓人(大阪府立大学)、溝川貴司(早稲田大学)、島川祐一、菅野聡(京都大学)、田中新(広島大学)、Liu Hao Tjeng, Takegami Daisuke, Chun-Fu Chang, Deepa Kasinathan, Simone Altendorf, Katharina Höfer, Federico Meneghin, Andrea Marino, Junwon Seo, Dong-Hoon Lee, Gihun Ryu, Alexander Christoph Komarek (マックスプランク研究所)、Yen-Fa Liao, Ku-Ding Tsuei, Chien-Te Chen (国立シンクロトロン放射光研究所)、Chang-Yang Kuo(マックスプランク研究所、国立シンクロトロン放射光研究所)、Cheng-En Liu,(マックスプランク研究所、国立交通大学)、Chi-Nan Wu,(マックスプランク研究所、国立清華大学)、Jan Kuneš(ウィーン工科大学)、Kyung-Tae Ko, Jonghwan Kim(浦項工科大学)、 Axel Günther(アウクスブルク大学)、Stefan Ebbinghaus(マルティン・ルター大学)

<DOI番号>10.1103/PhysRevX.12.011017

 <SDGs達成への貢献>

大阪府立大学は研究・教育活動を通じてSDGs(持続可能な開発目標)の達成に貢献をしています。本研究はSDGs17のうち、「7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「9:産業と技術革新の基盤をつくろう」等に貢献しています。

 <研究助成資金等>

本研究の一部は、科学研究費助成事業(科研費)(21K13884、19H05823 and 20H00397)、研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)、European Research Council(No.646807-EXMAG)、Deutsche Forschungsgemeinschaft (No.320571839) and SFB 1143 (No.247310070)、 からの支援を受けて行われました。

 <用語解説>

(注1)X線光電子分光

X線を物質に照射すると、アインシュタインの発見した光電効果により、光電子が物質の表面から放出されます。この光電子の運動エネルギーを精密に測定することで、物質内部の構成元素の周りを運動している電子のエネルギー状態(バンド構造)を調べることができます。これをX線光電子分光と呼びます。

(注2)近藤効果

通常の金属は温度を下げると、原子の熱振動が抑制されるため、電気抵抗が減少します。しかし、磁性を持った不純物原子(例えば、ニッケルや鉄原子)が金属の中に存在した場合、温度を下げるとある温度以下で電気抵抗が上昇に転ずる場合があります。この現象そのものは1930年代から知られていましたが、その微視的な説明は1964年に近藤淳博士によって初めて与えられ、「近藤効果」と呼ばれています。

(注3)四重ペロブスカイト遷移金属酸化物

四重ペロブスカイト遷移金属酸化物は、一般式AA’3B4O12で表され、A’とBに遷移金属元素が入ります。Aには、アルカリ金属、アルカリ土類金属などのイオンが入ります。広く普及している従来のペロブスカイト遷移金属酸化物(一般式ABO3)と比べて、2種類の遷移金属元素が含まれ、その間の電荷やスピンの相互作用が新たな自由度として働き、多彩な物性が現れることが知られており、精力的に研究が行われています。

(注4)希土類元素

希土類元素とは、原子番号57のランタン(La)から71のルテチウム(Lu)の15元素に、原子番号21のスカンジウム(Sc)と39のイットリウム(Y)を加えた17種類の元素の総称です。現代のテクノロジーを支える様々な分野で使用されており、私たちの身の回りの光ファイバ、レーザー、磁石、光磁気ディスクの中に含まれています。

(注5)多体束縛状態

近藤効果を示す物質では、局在したスピンとその周りを運動する伝導電子のスピンが互いに反対を向いている場合には、有効的に引力相互作用が働きます。この相互作用が十分強い場合、そのエネルギースケールより十分温度を下げると、伝導電子の集団はスピンに束縛されることになります。この状態を多体束縛状態(近藤一重項)と呼びます。

New Study Suggests an Alternative Technique for Determining the True Activity of Catalysts

著者: contributor
2022年2月1日 11:28

New Study Suggests an Alternative Technique for Determining the True Activity of Catalysts

Researchers from Japan perform reliable estimation of the activity of water-splitting catalysts with an unconventional technique

Electrolysis of water into hydrogen and oxygen is a potential source of clean hydrogen fuel. However, the process requires efficient electrocatalysts. Unfortunately, conventional techniques often overestimate their efficiency. Now, researchers from Japan demonstrate an alternative technique for gauging the electrocatalytic performance accurately, opening doors to a smooth transition from lab-scale studies to large-scale hydrogen fuel generation and commercialization of new catalysts with no activity loss issues from overestimation of activity with transient voltammetry techniques.

Electrolysis of water or “water electrosplitting” has received a great deal of attention recently owing to its potential as a clean source of hydrogen, the oft-touted fuel of the future. However, two issues have long stood in the way: the large amount of energy lost, and the cost of electrocatalysts (catalysts used for electrolysis). Fortunately, several new kinds of electrocatalysts have made their appearance, which could potentially solve these issues.

The screening of new electrocatalysts is conventionally performed with techniques such as “linear sweep voltammetry” (LSV) and “cyclic voltammetry” (CV), which involve applying a constantly changing voltage to an electrode and monitoring the resulting current. As this current depends on the rate of oxidation or reduction occurring at the electrode, the measured current readings can be used to determine the effect of an electrocatalyst on the speed of the electrolysis reaction.

However, an obvious drawback of these techniques is that they cannot accurately record the “steady-state” response of the electrocatalyst as it does not experience a particular applied voltage long enough to do so. As a result, substantially high current readings are often recorded, which do not reflect the true catalytic activity, hindering the development of efficient electrocatalysts and promotion of the same to large-scale processes.

In a new study published in the Journal of The Electrochemical Society, Assistant Professor Sengeni Anantharaj from Waseda University, Japan, along with his collaborators Dr. Subrata Kundu from CSIR-Central Electrochemical Research Institute, India, and Prof. Suguru Noda from Waseda University have now found a way around this problem, demonstrating an alternate technique called “sampled current voltammetry” (SCV) as a more reliable indicator of electrocatalytic performance at a constant steady-state applied voltage.

“Screening catalysts accurately is just as important as developing new catalysts for all energy conversion reactions,” says Anantharaj, speaking of his motivation. “Our work has highlighted a way to make accurate measurements of electrocatalytic activity previously not possible with conventional transient techniques.”

Researchers from Waseda University, Japan, suggest an alternate technique for measuring steady-state electrocatalytic activity more reliably over conventional transient techniques, opening up a potential route to efficient hydrogen generation from water splitting.
Photo courtesy: Sengeni Anantharaj from Waseda University

Before applying the SCV technique, the researchers analyzed the errors resulting from LSV. To show the deviation in current values, they used a steady-state technique called “chronoamperometry” (CA), which is the most accurate method of all yet time consuming to measure current at constant voltages and compared it to the values obtained from LSV.

To determine the activity of electrocatalysts used in electrolysis, they measured the current readings of both the oxygen-producing and hydrogen-producing half-cell reactions. Using a stainless-steel (SS) electrode, precipitated Co(OH)2 (cobalt hydroxide), and platinum foil as catalysts in a KOH (potassium hydroxide) solution, the researchers found that the current density readings from LSV and CA differed significantly, with the difference growing wider at higher applied voltages.

Using the same setup, they then applied the SCV technique and recorded the current densities at various fixed voltages obtained from the steady-state CA responses. “To validate the suitability of SCV, we recorded the CA responses of the SS electrode at various regularly increasing voltages for 130 seconds, within which the SS interface was able to reach a steady state,” elaborates Anantharaj.

From the sampled current readings, the researchers found negligible difference compared to the steady-state CA technique, demonstrating the reliability of the SCV in correctly determining electrocatalyst’s behavior at different voltages. Additionally, while the SCV is particularly useful in the search for a suitable electrocatalyst for water electrosplitting, it can be used to screen electrocatalysts accurately for any electrochemical reaction.

“By addressing the long-standing problem of catalyst performance loss when promoted from the lab to the practical processes, our work could speed up the worldwide adoption of large-scale hydrogen generation from electrolysis,” comments Anantharaj.

It certainly appears we’re now one step closer to the wide adaptation of hydrogen-powered future!

Reference

Authors: Sengeni Anantharaj1,2, Subrata Kundu3 and Suguru Noda1,2
Title of original paper: Worrisome Exaggeration of Activity of Electrocatalysts Destined for Steady-State Water Electrolysis by Polarization Curves from Transient Techniques
Journal: Journal of The Electrochemical Society
DOI: 10.1149/1945-7111/ac47ec
Latest Article Publication Date: 5 January 2022
Affiliations:
1Department of Applied Chemistry, School of Advanced Science and Engineering, Waseda University
2Waseda Research Institute for Science and Engineering, Waseda University
3Electrochemical Process Engineering (ECE) Division, CSIR-Central Electrochemical Research Institute (CECRI), India

高精度な電極触媒活性評価手法を開発

著者: contributor
2022年2月1日 11:26

電極触媒の活性を評価する高精度手法を開発

発表のポイント

  • 水の電気分解反応を具体的な対象として、サンプリング時間を短く設定することができる「サンプルドカレントボルタメトリー(SCV)」と呼ばれる方法を開発。
  • 新たな方法は、従来の過渡応答法における過大評価問題を解決し、定常法における所要時間を短縮することができる。
  • 電極触媒の活性をより高精度に評価できるため、電解槽を円滑に実用化することが可能となる。

概要

早稲田大学理工学術院総合研究所センゲニ アナンタラジ次席研究員および理工学術院野田 優(のだ すぐる)教授らは、電極触媒の活性をより高精度に評価するために、一定電位間隔の短時間クロノアンペロメトリー※1に基づく新しい準定常法を開発しました。この新たな手法により、従来の過渡応答法における過大評価の問題と、従来の定常法における所要時間の長さを解決することができ、精度の高いデータを迅速に得ることができます。本手法は、水電解による水素製造や二酸化炭素の電解還元、燃料電池などの電極触媒開発に活用できます。より正確にデータを蓄積することで、これらのデバイスのより正確な設計やエネルギー変換効率の向上を支え、再生可能電力の高効率利用などを通じて次世代エネルギーの確保や低炭素化などの社会課題の解決に繋がることが期待されます。

本研究成果は、米国・電気化学会発行の『Journal of The Electrochemical Society』に、“Worrisome Exaggeration of Activity of Electrocatalysts Destined for Steady-State Water Electrolysis by Polarization Curves from Transient Techniques” として、2022年1月5日(水)にオンラインで公開されました。

上図:Pt電極を用いた1 M水酸化カリウム水溶液の水電解による水素生成反応の各手法による性能比較。時間がかかるが正確な値の得られるCA(クロノアンペロメトリー)と比べ、簡便で一般的に利用されるLSV(リニアスイープボルタンメトリー)は性能が過大評価されるが、本法(SCV)は正確な値が得られる。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

水の電気分解によるH2合成、N2還元によるNH3合成、CO2還元によるCH4合成などの燃料合成反応から、燃料を消費して発電する燃料電池まで、あらゆるエネルギー変換反応には電極触媒が欠かせません。これらの反応に用いられる電極触媒の活性は、従来、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)やサイクリックボルタンメトリー(CV)※2などの過渡応答測定で評価されてきました。これらの技術は、取り扱いが容易で迅速なものの、活性を正確に決定することができません。また、物質移動※3によって律される反応では、電流応答は電位のスキャンレート※4に依存するため、誤差が大きくなります。さらに、実用上はこれらの触媒は定常状態(定電流・定電位)で使用されるため、その活性は過渡応答で決定された値よりもかなり小さくなることがあります。LSVやCVで活性を過大評価する原因には、電気二重層容量、寄生反応、触媒の自己酸化還元反応※5による電流の混入など様々なものがあります。これらの電流は、設定電位や電流を一定に保ち、界面※6が定常状態※7になるのを待つと、一般に観測されなくなります。例えば、クロノアンペロメトリー(CA)がその一例です。しかし、非常に時間のかかるCAを、すべての設定電位に対して行うと、何日もの時間がかかってしまいます。そこで、LSVやCVのように、電極触媒の活性を過大評価せず、CAのように時間をかけることなく、かつ活性を正確に測定できる代替手法を開発することが重要となっています。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、サンプルドカレントボルタメトリー(SCV)という先進的な方法を開発しました。SCVは以前からステップポテンシャルボルタメトリー (SPV)という方法名で知られていましたが、あまり使用されず、プロトコルにいくつかの曖昧な点がありました。本手法では、サンプリング時間とその反応の種類や印加電位への依存性を正確に記述しました。

(3)そのために新しく開発した手法

我々は、水の電気分解反応を具体的な対象として、サンプルドカレントボルタメトリー(SCV)と呼ばれる方法を開発しました。これは、基本的に短時間(60〜200秒)のCA測定をいくつかのステップ電位に対して行うものです。最初の数秒で、電気二重層容量と自己酸化還元反応による電流はなくなり、その後に観測される電流が目的の反応によるものになります。さらに数十秒間電位を維持することで、CAにかなり近い活性値を得ることができます。ステップ電位を定期的に上げることで、LSVやCVと同じようなボルタンメトリー電流密度-電圧曲線を、より高い精度で得ることができます。触媒の定常状態への到達の速さに応じて、サンプリング時間を短く設定することができます。

上図:Co(OH)2電極触媒を用いた1 M水酸化カリウム水溶液の水電解による酸素生成反応の測定結果の生データ。一定時間ごとにステップ状に電位を変化させて電流密度を測定。電流密度は電位を変化させた直後に大きく上昇した後、定常に達することがわかる。適切な電位間隔で、適切な待ち時間で電流密度を測定することで、正確性と迅速性を両立できる。

(4)研究の波及効果や社会的影響

多くの電解槽は、スケールアップの際に活性が低下することが商用化の妨げになっています。LSV/CVを使用して実験室で研究された触媒のほとんどは、大規模な運用に移行して定常状態で用いるとより低い性能を示します。これは、触媒自体ではなく、触媒の性能評価方法に起因するものです。本手法は、この問題を解決し、電解槽を円滑に実用化することに貢献します。

(5)今後の課題

今回開発した新たな方法は、従来から使われているLSVやCVよりも比較的精度が高いものの、オーミックドロップ※8の問題があります。今後は、より精度が高く、オーミックドロップの問題がない手法の開発を目指します。

(6)研究者からのコメント

電極触媒の研究開発は、水電解による水素製造、二酸化炭素の電解還元、燃料電池など、多様な分野で日々進められ、毎年数千件もの論文が報告されています。しかしCVやLSVでの評価が一般に用いられ、不正確な値が蓄積されてしまっています。より正確な値を簡易に評価する本方法により、正しいデータが蓄積され、基礎研究から社会実装までより着実に繋がり、エネルギーの有効利用や低炭素化が推進されることを願います。

(7)用語解説

※1 クロノアンペロメトリー
電位をステップ状に変化させて、各電位における電流の時間変化を測定する方法

※2 LSV / CV
印加する電位を一定の速度で変化させて、触媒の性能を評価するための分析法。

※3 物質移動律速
反応物が電極に到達する速度が全体の速度を律して反応速度を決定する状況。

※4 スキャンレート
印加電位が上昇または下降する速度。

※5 Self-redox reaction current
触媒自身の酸化や還元によって生じる電流。

※6 インターフェイス
触媒を保持する固体電極と電解液の接合部

※7 定常状態
電流がほとんど変化を示さなくなった状態

※8 オーミックドロップ
直列の抵抗により界面で発生する電位差の低下。

(8)論文情報

雑誌名:Journal of The Electrochemical Society
論文名:Worrisome Exaggeration of Activity of Electrocatalysts Destined for Steady-State Water Electrolysis by Polarization Curves from Transient Techniques
執筆者名(所属機関名):Sengeni Anantharaj (Waseda University), Subrata Kundu (CSIR -Central Electrochemical Research Institute), and Suguru Noda (Waseda University)
オンライン掲載日時:2022年1月5日(水)
掲載URL:https://iopscience.iop.org/article/10.1149/1945-7111/ac47ec/meta
DOI:10.1149/1945-7111/ac47ec

量子アニーリングマシン 新技術を開発

著者: contributor
2022年1月11日 16:35

量子アニーリングマシンで大規模な問題を解法するための技術を開発

発表のポイント

現状のイジングマシンは、ハードウエアの制約により、入力可能な問題規模が制限されていた
本研究では、最適性を失わずに大規模な組み合わせ最適化問題を小さな問題に分割する条件を解明し、さらに、解法可能な問題規模に小さくし繰り返し解法するアルゴリズムを開発した
本技術により、イジングマシンを使った現実世界の組み合わせ最適化問題の活用事例や活用範囲を広げることが期待できる

量子アニーリングマシン※1(イジングマシン※2)は、ハードウエア上の制約により、入力可能な問題規模が制限されていました。これを解消するため、早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構(東京都新宿区、機構長 木村啓二)客員次席研究員の跡部悠太(あとべ ゆうた)氏、多和田雅師(たわだ まさし)研究院講師同大学理工学術院の戸川望(とがわ のぞむ)教授らの研究グループは、最適性を失わずに大規模な問題を小さな問題に分割する条件をこのたび解明しました。さらにこれにもとづき、本研究グループは、小さな問題を繰り返し解法することで、量子アニーリングマシンやイジングマシンで大規模な問題を解法する技術を開発しました。

本研究成果は、米国のIEEE Computer Societyが発行する『IEEE Transactions on Computers』online版(Early Access)にPreprintとして2021年12月28日(火)(現地時間)に掲載されました。
論文名:Hybrid Annealing Method based on subQUBO Model Extraction with Multiple Solution Instances

(1) これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

現実世界のあらゆるところに存在する組合せ最適化問題※3は大規模になるほど、従来型のコンピュータで最適解を得ることが困難になるため、様々な解法が研究されています。中でも近年、量子アニーリングマシンをはじめとしたイジングマシンと呼ばれる新しいタイプの計算機が注目されています。イジングマシンは組合せ最適化問題の答えを得るのに特化した計算機です。イジングマシンは国内外で研究開発され、一般のユーザーもクラウド上で使用できる段階になっています(図1)。

しかし、イジングマシンを活用するにはまだ課題が多くあります。特に、イジングマシンはハードウエア上の制約で、入力可能な問題規模制限されており、現状のイジングマシンでは大規模な問題を直接解法することは非常に困難でした。既存研究では、発見的な手法※4によって、大規模な問題を小さな問題に分割してイジングマシンで解法していましたが、分割された問題の答えが、元の大規模な問題の答えと一致しているか理論的な条件は未解明のままでした。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、量子アニーリングマシンをはじめとするイジングマシンに入力可能な問題規模の制限を解決するために、まず、最適性を失わずに大規模な組合せ最適化問題を小さな問題に分割する条件を解明しました。これにより、イジングマシンによって、条件を満足した小さな問題を解法すれば、元の大規模な問題の答えと一致することを証明しました。また、大規模な問題からうまくこのような条件を抽出し、元の大規模な問題を、イジングマシンで解法可能な問題規模まで小さくして、繰り返し解法する新たなアルゴリズムを提案しました。提案したアルゴリズムは、理論的な裏付けのもとに、大規模な問題を小さな問題に分割して解法するため、従来技術に比較して、精度よく元の大規模な問題を解法することが可能となります。

 (3) そのために新しく開発した手法

大規模な組合せ最適化問題の一部を抽出して、イジングマシンに入力可能な規模の小さな問題を作り、イジングマシンで解法することを考えます。この際、どのように小さな問題を作るかがポイントとなります。大規模な組合せ最適化問題の答えは複数のビットの集まりによって構成されます。ビットの集まりのうち「解として正しくないビット列」をすべて含むように規模の小さな問題を作り、イジングマシンで解法すれば、「解として正しくないビット列」はすべて「解として正しいビット列」に正しく修正されることが理論的に分かりました。このとき、規模の小さな問題が「正しくないビット列」をすべて含んでいれば、「正しいビット列」が含まれていても構いません。

つまり、ある程度大雑把にすべての「正しくないビット列」を含むように小さな問題を作り、これを繰り返しイジングマシンで解法すれば良いわけです。

そこで、従来の古典計算機を使って、問題の答えの候補を複数個準備します。これら候補は必ずしも正しい答えではありませんが、複数の答えのビット列を見比べて、多くの候補でビット列が一致しているものは「正しいビット列」であり、答えが一致しておらずばらついているものは「正しくないビット列」だと考えることができます。「正しくないビット列」だけを抽出して、実イジングマシンで解法することで、最終的に全体として正しい答えを得ることができます。

実際に、実イジングマシンで解法することができる問題規模に対して、8倍~32倍の大きな問題について、提案手法と従来手法(ランダム手法※5とqbsolv手法※6)とを比較した結果、本手法で得られる答えの精度が高いことが分かりました(図2)。

(4) 研究の波及効果や社会的影響

従来イジングマシンではハードウエア制約によって利用可能なビット数が制限されていたために規模の大きな問題は解くことが困難でしたが、本手法を使うことによってイジングマシンで計算することができます。そのため、量子アニーリングマシンを含むイジングマシンを使った、現実世界の組合せ最適化問題への活用事例を広げることができると考えられます。また、本研究は古典計算機とイジングマシンとを併用して問題を解法する取り組みでもあり、イジングマシンの活用範囲が大幅に広がります。

(5) 今後の課題

本研究では、イジングマシンに入力可能な問題規模の制限を解消することに成功しています。今後は、さらに実世界に見られるさまざまな問題に本手法を適用し、有効性を検証していく必要があります。

(6) 研究者のコメント

本研究ではイジングマシンを活用するために重要なハードウェアの制限を解決する手法を開発しました。イジングマシンを活用した事例は増えつつありますが、本研究で開発した手法を使って、今まで活用できなかった事例が増えることを期待します。

(7) 用語解説

※1 量子アニーリングマシン

組合せ最適化問題を高速に解決すると期待されるマシン。量子効果により量子重ね合わせ状態を実現させ、それを初期状態として用意し、徐々に量子効果を弱める。同時に組合せ最適化問題を表現するイジングモデルの効果を強めることにより、イジングモデルの安定状態を実現させるという機構で動作する。

※2 イジングマシン

組合せ最適化問題をイジングモデルで表現し、組合せ最適化問題を解決するマシンの総称。上記、量子アニーリングマシンはイジングマシンの一種である。

※3 組合せ最適化問題

膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。

※4 発見的な手法

ある問題を解法する手法は、問題の最適解を厳密に算出する手法や、おそらく良さそうと考えられる手続きを組み合わせる手法がある。発見的な手法とは後者の手法を表し、必ずしも元の問題の最適化が得られるとは限らない。

※5 ランダム手法

大規模な問題から、ランダムに小規模の問題を繰り返し抽出し、イジングマシンで解法する手法。

※6 qbsolv手法

D-Wave System社が提供するソフトウェア開発キットに含まれる手法で、発見的な手法に基づき、大規模な問題から小規模の問題を繰り返し抽出し、イジングマシンで解法する手法。

(8) 論文情報

雑誌名:IEEE Transactions on Computers
論文名:Hybrid Annealing Method based on subQUBO Model Extraction with Multiple Solution Instances
執筆者名(所属機関名):Yuta Atobe(早稲田大学), Masashi Tawada(早稲田大学), Nozomu Togawa(早稲田大学) ※ 所属は論文投稿時
掲載日(現地時間):2021年12月28日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/9664360
DOI:10.1109/TC.2021.3138629

(9) 研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名・研究課題名:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発/量子計算及びイジング計算システムの総合型研究開発」
研究代表者名:川畑史郎(産業技術総合研究所新原理コンピューティング研究センター・副研究センター長)
早稲田大学における研究代表者名:理工学術院 教授 戸川望

芳香環開環型フッ素化反応の開発

著者: contributor
2022年1月11日 09:21

芳香環にフッ素を導入しながら変形する
有機フッ素化合物の新規合成法の開発に成功

発表のポイント

  • 芳香環にフッ素を導入しながらその環を開き、変形する反応の開発に成功。
  • 様々な窒素を含む芳香環から第三級フッ素化合物の合成を実現。
  • 医農薬、材料科学の分野で活躍する有機フッ素化合物の新規合成法を提供。

早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、芳香環 (※1)にフッ素原子を導入しながら環を開き、変形する「芳香環開環型フッ素化反応」の開発に成功しました。

有機化合物にフッ素原子を導入すると、化学的・物理学的にも大きく性質を変化させることができることから、その導入法が盛んに研究されています。例えば、有機化合物に数多ある芳香環(芳香族化合物)にフッ素を導入する方法は様々です。しかし、芳香環の水素や置換基をフッ素に置き換えるものが多く、芳香環自体の形を変えるようなフッ素導入反応はほとんど知られていませんでした。もし、芳香環をフッ素導入と同時に変形することができれば、より多様な有機フッ素化合物を創出することができます。

今回の研究では、窒素を含む芳香環にフッ素化剤を作用させることで、フッ素を導入しながら、芳香環の結合(窒素―窒素結合)を切断し、有機フッ素化合物を合成することに成功しました。得られる有機フッ素化合物は元の構造からは全く異なる第三級フッ素化合物(※2)であり新形式の反応です。

今回の研究により、医薬品などを含む40種類以上の化合物を様々な第三級フッ素化合物に変換できました。また、芳香族化合物を原料とした、新たな有機フッ素化合物の合成法を提供することとなります。本研究成果は、複雑化合物の合成終盤での適用も可能であり、創薬化学研究における新規医薬品候補化合物の合成などへの応用が期待できます。

本研究成果は、英国王立化学会誌『Chemical Science』のオンライン版に2021年12月21日(現地時間)に掲載されました。

論文名:Ring-Opening Fluorination of Bicyclic Azaarenes (二環式アザアレーンの開環型フッ素化反応)

(1)これまでの研究で分かっていたこと

有機フッ素化合物は、撥水性・耐熱性の高い有機材料や、脂溶性や代謝安定性に優れた医農薬の原料として多用される注目物質です。そのため、現在世界中で多くの有機化合物へのフッ素導入反応が開発されています。例えば、有機化合物の代表格である芳香環(芳香族化合物)にフッ素を導入する手法も、日夜新しい方法が報告されています。しかし、芳香環の水素や置換基をフッ素に置き換えるものが多く、芳香環自体の形を変えるようなフッ素導入反応はほとんど知られていませんでした。もし、芳香環の形をフッ素導入と同時に変形することができれば、膨大に存在する芳香環から、より多様な有機フッ素化合物を創出することができます。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科博士後期課程3年小松田雅晃さん、理工学術院山口潤一郎教授ら)と武田薬品工業株式会社の研究グループは共同で、芳香環にフッ素を導入しながら形を変形し、第三級フッ素化合物を合成する新たな手法の開発に挑戦しました。

研究グループの一部、左前が今回の研究の中心である小松田雅晃さん

今回開発した開環型フッ素化反応により40種類以上の窒素を含む芳香族化合物を様々な第三級フッ素化合物に変換可能であることが分かりました。複雑な構造を有する医薬品誘導体をフッ素化することも可能であり、新たな含フッ素医薬品誘導体を簡便に提供することにも成功しています。機構解明研究により、この新反応の反応機構が明らかとなりました。また、本反応をキラル(※3)フッ素化合物の合成法へと展開することにも成功しました。

(3)そのために新しく開発した手法

今回、芳香族化合物の開環型フッ素化の開発にあたり、二環式アザアレーンという窒素―窒素結合を含む芳香環に着目しました。二環式アザアレーンに求電子的フッ素化剤(※4)を作用させることで、フッ素化に続き、窒素―窒素結合が切断され、芳香環の開環が進行すると考えました。反応条件の精査の結果、求電子的フッ素化剤として市販のSelectfluor®を用いることで、種々の二環式アザアレーンの芳香環開環型フッ素化が進行し、第三級フッ素化合物を与えることを発見しました。また、反応機構解明研究により反応はフッ素化のみが進行した中間体を経由することを確認しました。さらに、フッ素導入後のフッ素化剤が窒素―窒素結合を切断する役割(塩基)も担っていることを明らかにしました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回開発した開環型フッ素化は、芳香族化合物を求核剤(※5)とした求電子的フッ素化反応に分類されるものの、生成物として第三級フッ素化合物を与える新形式の反応です。市販のフッ素化剤を混ぜて、加熱するという、簡便かつ穏和という、工業的にも実施可能と思われる条件で反応が進行することも特徴です。そのため、複雑化合物の合成終盤での適用も可能であり、創薬化学研究における新規医薬品候補化合物の合成などへの応用が期待できます。

(5)今後の課題

非常にユニークな方法であるものの、適用できるアザアレーンが限られていることや、導入可能な官能基がフッ素のみであることが課題です。今後、より綿密な反応設計や条件の検討により、これらの課題を克服したいと考えています。

(6)研究者のコメント

これまで汎用性の高い芳香族化合物を有用化合物に変換する新奇反応の開発を精力的に行ってきました。本研究では、これまで類を見ない芳香族化合物の骨格を変化させながら有用なフッ素原子を導入する新反応の開発に成功しました。早稲田大学・武田薬品工業、両研究グループの綿密な共同研究により、この難易度の高い化学反応の開発を達成することができました。今後も、本研究で得た知見を活かし様々な芳香族化合物の新奇変換反応を開発していきたいと思います。

(7)用語解説

※1 芳香環・芳香族化合物
環状の不飽和有機化合物。容易に合成が可能。化学的に安定である。窒素や、酸素、硫黄(ヘテロ原子)などの入った芳香族化合物もある(ヘテロ芳香環)。

※2 第三級フッ素化合物
フッ素が直接結合している炭素原子に3個の炭素原子が結合している化合物。

※3 キラル
右手と左手の関係ように、ある分子とその鏡像を重ね合わせることができないときその分子をキラルという。

※4 求電子的フッ素化剤
電子が不足しているフッ素(F+)と有機化合物が反応してフッ素化合物を与える反応試薬。

※5 求核剤
電子が不足している化学種(求電子剤)と反応し電子を受け渡すことで化学結合を形成する化学種。

(8)論文情報

掲載雑誌:Chemical Science(英国王立化学会誌)
論文名:Ring-Opening Fluorination of Bicyclic Azaarenes(二環式アザアレーンの開環型フッ素化反応)
著者:Masaaki Komatsuda, Ayane Suto, Hiroki Kondo Jr., Hiroyuki Takada, Kenta Kato, Bunnai Saito, and Junichiro Yamaguchi(小松田雅晃1、須藤絢音1、近藤裕貴1、高田浩行2、加藤健太1、齊藤文内2、山口潤一郎1
所属:1.早稲田大学 2.武田薬品工業
掲載日(現地時間):2021年12月21日
DOI: 10.1039/D1SC06273E
掲載URL:https://doi.org/10.1039/D1SC06273E

(9)研究助成

本研究は、科研費(挑戦的研究萌芽、基盤研究(B)、学術変革領域研究(A)、特別研究員奨励費)、ERATO、早稲田大学アーリーバードプログラムによる支援を受けて行われました。

生命科学研究の現場におけるDXを推進

著者: contributor
2021年12月24日 10:25

2021年度CRESTに本学研究者1名が採択、新たな生命システムの発見を目指す

2021年9月21日、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の2021年度戦略的創造研究推進事業(CREST)の新規研究課題について、本学から1件「ありえた生体高分子ネットワークを創出するBioDOSの構築(木賀大介 理工学術院 教授)」の採択が決定しました。当該研究領域には69件の応募があり、うち6件が採択され、そのうちの1件となります。
木賀教授の提案は、深層学習AIと論理推論AIを組み合わせたBio Discovery OS(BioDOS)を構築することで、人間の認知バイアスを超えた「ありえた生命のかたち」を設計することを目指すものです。さらに、設計した遺伝子ネットワークが、種々の生物や培養条件で動作可能であることを示すことで、これまでの合成生物学と伝統的な生物学の良い関係と同様に、自然界の改めての探索による新たな生命システムの発見につながることが期待されます。

採択課題

【研究代表者】木賀 大介(理工学術院 教授)
【研究領域】データ駆動・AI駆動を中心としたデジタルトランスフォーメーションによる生命科学研究の革新
【研究課題名】ありえた生体高分子ネットワークを創出するBioDOSの構築

 

JST戦略的創造研究推進事業(CREST)とは

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が所管する事業のひとつで、国が定める戦略目標の達成に向けて、研究総括の運営のもと課題達成型基礎研究を推進し、科学技術イノベーションを生み出す革新的技術シーズを創出するためのチーム型研究です。研究代表者は、自らが立案した研究構想の実現に向けて、産・学・官の研究者からなる複数の共同研究グループで構成される最適な研究チームを編成し、研究課題を実施します。

 

接着剤いらずの超柔軟導電接合

著者: contributor
2021年12月23日 16:08

接着剤いらずの超柔軟導電接合

フレキシブルエレクトロニクスの集積化に貢献

理化学研究所(理研)開拓研究本部染谷薄膜素子研究室の福田憲二郎専任研究員(創発物性科学研究センター創発ソフトシステム研究チーム専任研究員)、染谷隆夫主任研究員(同チームリーダー、東京大学大学院工学系研究科教授)、早稲田大学大学院創造理工学研究科梅津信二郎教授らの共同研究グループは、接着剤を用いずに高分子フィルム上に成膜された金同士を電気的に直接接続する技術の開発に成功しました。

本研究成果は、次世代のウェアラブルデバイスにおける配線技術や、フレキシブルエレクトロニクスの集積化に向けた、フレキシブルな実装技術への応用に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、水蒸気プラズマ[1]を用いる新しい接合技術(Water Vapor Plasma-assisted Bonding;WVPAB)を開発しました。この技術を用いると、異なる薄膜基板上の金電極同士を配線する際に、接着剤を介さず、電極同士を直接接合できます。接着剤を一切用いないため、接合部の最小曲げ半径は0.5 mm未満と非常に柔軟です。金属同士の直接接合であるため、WVPAB接合部の抵抗は0.07Ωと極めて低抵抗を達成しました。機械的耐久性も1万回の曲げで電気抵抗の変化が1%未満と優れており、かつ熱安定性にも優れ、100℃で500時間加熱しても酸化による劣化は生じず、むしろ金属結合が促進されることで、電気抵抗が8%改善しました。また、別々の薄膜基板上に作製したフレキシブルな有機太陽電池[2]と有機発光ダイオード(有機LED)[3]を、超薄型配線フィルムを介して相互接続することにも成功し、WVPABが超薄型フレキシブルエレクトロニクスシステムに応用できることを実証しました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(12月22日付:日本時間12月23日)に掲載されました。

1.背景

近年、皮膚や洋服に貼り付けて使用する次世代ウェアラブルデバイスの実用化を目指し、センサーや電源などの高性能化・薄膜化が進んでいます。電子素子を薄膜化することで、人間の皮膚が持つ複雑な曲面に対して隙間なく密着して貼り付く次世代ウェアラブルデバイスが開発できます。このようなデバイスは、身体への装着負荷を減らし、継続的な生体モニタリングが可能です。例えば、この次世代ウェアラブルデバイスとモノのインターネット(IoT)技術を組み合わせることで、自宅療養患者や二次感染の可能性がある患者との遠隔診断が実現し、医療関係者の負担軽減および救急対応の迅速化に貢献できると考えられています。

このような生体継続モニタリングに向けたウェアラブルデバイスの実用化には、個々のセンサーや電源の高性能化とともに、複数の電子素子を集積化できる配線技術・実装技術が重要です。これらの技術には、金属のような導電性とデバイスの柔軟性を損なわない十分に低い剛性の実現、さらに、デバイスの損傷を防ぐために低温のプロセスで配線することが必要です。

しかし、従来の電子素子同士の配線方法は、導電性接着剤層を介する必要があり、その接着層の厚みによって接合部の剛性が増加するという課題がありました。十分な接着力と高導電性を実現するためには、加熱・加圧工程が必要であるため、プラスチックフィルムを用いた電子素子の配線は困難でした。一方で、表面活性化接合[4]など従来の金属の直接接合技術は、接合面の許容表面粗さRMS[5]が1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)未満と非常に高い平坦性が必須であるため、フレキシブル基板上の金属同士の接合に適応することは不可能でした。

2.研究手法と成果

共同研究グループは、2マイクロメートル(μm、1μm は100万分の1 メートル)厚の高分子材料パリレン[6]基板上に蒸着した金電極(表面粗さRMS = 約7 nm)に対して、水蒸気プラズマを照射し、大気中で金電極同士を接触させることで、金属結合が生じることを発見しました。そして、この新しい接合方法を「水蒸気プラズマ接合(WVPAB: Water Vapor Plasma-assisted Bonding)」と名付けました(図1)。

図2に、WVPABで接合した金電極の断面を走査型透過電子顕微鏡(STEM)[7]で観察した結果を示しています。上下別々の基板上に蒸着された二つの金電極の一部がWVPABによって一体化(境界線が消失)し、強固に接合していることを確認しました。

WVPABを用いて接合した薄膜サンプルと、従来接合手法の異方導電性テープ(ACF)[8]で接合した薄膜サンプルの接合部の柔軟性を比較したところ、ACF接合の最小曲率半径が1 mm以上であるのに対し、WVPABの最小曲率半径は0.5 mm未満でした。つまり、WVPABによって接合した薄膜には接着層がないため、優れた柔軟性を持つことを確認しました(図3)。

また、WVPABによる直接接合は機械的耐久性と、熱安定性にも優れていることを確認しました。曲げ半径2.5 mmで1万回繰り返し曲げた後でも、電気抵抗の変化は1%未満でした(図4(a))。大気中、100℃で500時間加熱しても電気抵抗の上昇は観察されず、むしろ金属同士の結合が促進されることで電気抵抗が8%減少することを確認しました(図4(b))。

さらに、超薄型のフレキシブルエレクトロニクスの集積化デバイスへの応用も実証しました。厚さ約3μmの超薄型有機太陽電池と超薄型有機LED、複数の超薄型配線を、WVPABにより相互接続することに成功しました(図5)。WVPABによって素子や基板に損傷は無く、実際に太陽電池に光を照射し、発電した電力で有機LEDが発光することを確認しました。この集積化デバイスは、配線や接合部を含めた全体が柔軟な超薄型のフレキシブルエレクトロニクスシステムです。

3.今後の期待

本研究によって、薄膜基板上の金電極同士を水蒸気プラズマ処理によって接合する新たな接合技術を開発しました。この技術は、大気中室温で加圧することなく、複数のフレキシブルエレクトロニクスを一つのシステムとして集積することを容易にし、従来研究の分厚い接着剤で接続されたフレキシブルエレクトロニクスシステムの柔軟性を向上させることが可能です。

本研究では金電極とパリレン基板のみを対象としましたが、この技術はプラズマ条件や接合用電極の表面粗さRMSを調整することで、幅広い素材に対応できる汎用的な集積技術となる可能性があります。次世代のウェアラブルデバイスにおけるフレキシブルな接合の実装に大きく貢献すると期待できます。

4.論文情報

タイトル:Direct gold bonding for flexible integrated electronics
著者名:Masahito Takakuwa, Kenjiro Fukuda, Tomoyuki Yokota, Daishi Inoue, Daisuke Hashizume, Shinjiro Umezu, and Takao Someya
雑誌:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.abl6228

5.補足説明

[1] 水蒸気プラズマ

ガス源に水を使用したプラズマ処理方法。水由来のガス雰囲気下でプラズマ処理を行うことで、処理面の還元作用が得られる。

[2] 有機太陽電池

有機半導体を光電変換層として用いた太陽電池のこと。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。

[3] 有機発光ダイオード(有機LED)

OLEDや有機ELとも呼ばれる。有機半導体を光電変換層として用いた発光ダイオード。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、軽量で柔らかい特徴をもつ。

[4] 表面活性化接合

真空中室温で金属結合を生じさせる直接接合方法。真空中で中性子ビームやアルゴンビームエッチングを用いて接合表面に付着している有機物や酸化膜、吸着した水などを除去し、活性化エネルギーの高い状態で接合面を接触させると、常温で強固な接合を得ることが可能。

[5] 表面粗さRMS

Root-Mean-Squareの略。二乗平均粗さ。凹凸の平均線からのプロファイルの高さの偏差の二乗平均値。

[6] パリレン

高分子材料の一種。化学気層堆積法によって良質の均一薄膜が形成できる。生体適合性に優れているため、さまざまな生体・医療用途に応用されている。

[7] 走査型透過電子顕微鏡(STEM)

透過型電子顕微鏡の一種。試料組成に関するコントラストを強く反映できることから、組成情報を得たい場合、透過型電子顕微鏡よりもSTEMが優れている。また走査型のため透過型電子顕微鏡よりも厚みのある試料の測定にも向いている。STEMはScanning Transmission Electron Microscopyの略。

[8] 異方導電性テープ(ACF)

不導体である熱硬化性樹脂を接着剤として、その中に導体の粒子が分散している構造を持つ。電極と電極の間に挿入し、熱と圧力を加えることで、導体粒子を介した電気的なパスが形成されることで、導通が形成される。ACF はAnisotropic Conductive Filmの略。

共同研究グループ

理化学研究所

開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室

専任研究員 福田 憲二郎(ふくだ けんじろう)(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 専任研究員)

主任研究員 染谷 隆夫(そめや たかお)(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー、東京大学 大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター

創発ソフトシステム研究チーム

研修生 髙桑 聖仁(たかくわ まさひと)(早稲田大学大学院 創造理工学研究科 総合機械工学専攻 博士課程1年)

物質評価支援チーム

チームリーダー 橋爪 大輔(はしづめ だいすけ)

専門技術員 井ノ上 大嗣(いのうえ だいし)

早稲田大学

大学院 創造理工学研究科 総合機械工学専攻
教授 梅津 信二郎(うめず しんじろう)

東京大学

大学院工学系研究科 電気系工学専攻
准教授 横田 知之(よこた ともゆき)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」のうち「弾性グラディエントナノ薄膜を利用した自由変形可能な太陽電池の創成(研究代表者:福田 憲二郎)」、JSPS特別研究員奨励費「水蒸気プラズマを用いた超柔軟な導電接合技術の開発(研究代表者:髙桑聖仁)」、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「ウルトラフレキシブル有機太陽電池の開発 (研究代表者:福田憲二郎)」、早稲田大学理工学術院総合研究所若手研究者支援事業(アーリーバードプログラム)「薄膜金電極同士の直接接合によるフレキシブル配線の低接触抵抗化とノイズ増加の抑制(研究代表者:髙桑聖仁)」による支援を受けて行われました。

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