ノーマルビュー

組合せ最適化問題を解く新手法を開発

著者: contributor
2023年1月26日 14:43

制約をもつ組合せ最適化問題をイジング計算機で効率的かつ高精度に解くための新たな手法を開発

変数の個数を削減し性能向上、ソフトウェアへの応用に期待

発表のポイント

イジング計算機で現実世界の組合せ最適化問題を解くためには、最適化問題に含まれる多くの制約群を効率的に取り扱う必要がある。

本研究では、線形制約をイジング計算機で取り扱うための新しい手法として、組合せ最適化問題の記述に必要な変数の個数を削減し、イジング計算機の性能を改善する手法を構築した。

本手法を取り込んだイジング計算機ソフトウェアの開発により、高精度に現実世界の組合せ最適化問題を解くことが期待できる。

量子アニーリング計算機※1をはじめとするイジング計算機※2を現実世界の組合せ最適化問題※3に活用するためには、組合せ最適化問題がもつ制約を効率的に取り扱うことが重要となります。この問題に対して、早稲田大学理工学術院講師の白井達彦(しらい たつひこ)氏、同大学理工学術院教授の戸川望(とがわ のぞむ)氏らの研究グループは、線形制約※4をもつ組合せ最適化問題を、イジング計算機で効率的に解くための新しい手法(以下、本手法とする)を開発しました(図1)。この手法は、制約を用いて束縛スピンを自由スピンで表現することにより、自由スピンのみで組合せ最適化問題を記述するもので、本研究グループは、本手法を量子アニーリング計算機等のイジング計算機に適用し、既存イジング計算機でその有効性を確認しました。

本研究成果は、米国のIEEE Computer Societyが発行する『IEEE Transactions on Computers』online版にEarly Access Articlesとして2023年1月24日(火)(現地時間)に掲載されました。論文名:Spin-variable reduction method for handling linear equality constraints in Ising machines

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

現実世界のあらゆるところに存在する組合せ最適化問題は、大規模になるほど従来型のコンピュータで最適解を得ることが困難になるため、様々な解法が研究されています。中でも近年、量子アニーリング計算機をはじめとしたイジング計算機と呼ばれる新しいタイプの計算機が注目されています。イジング計算機は組合せ最適化問題の答えを得るのに特化した計算機です。イジング計算機は国内外で研究開発され、一般のユーザーもクラウド上で使用できる段階になっています。

しかし、イジング計算機を活用するにはまだ課題が多くあります。とくに、イジング計算機を使う際には、組合せ最適化問題を、スピン(イジング計算機における計算の単位。+1あるいは-1の二値をとる。)を変数にもつイジングモデルに変換する必要があります。ハードウェア制約により、現状のイジング計算機に入力可能なスピンの個数が制限されるため、組合せ最適化問題を少ないスピンの個数で効率的にイジングモデルに定式化することが重要となります。制約をもつ組合せ最適化問題をイジングモデルに定式化する手法として、これまでペナルティ法※6が用いられていました。しかし、ペナルティ法では十分なスピン数の削減を達成できてはいませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、連立一次方程式を解く一般的な手法である変数消去法のアイデアに基づいて、制約をもつ組合せ最適化問題をより少ない変数で記述する手法を構築しました。

まず、線形制約を利用することで、自由スピンと束縛スピンとに分離することを考えます。束縛スピンは、自由スピンの線形関数によって与えられます。たとえば、図1は、4個の頂点をもつグラフを2個の頂点をもつ2個のグラフに分割する問題です。各頂点について1個のスピンを対応させます。すると4個のスピンが必要となります。4個のスピンのうち、2個は赤丸(+1)、2個は青丸(-1)とする必要があります。これが制約です。ところが4個のスピンすべてを必ずしも独立に扱う必要はありません。4個のスピンのうち、任意の3個を自由スピン、1個を束縛スピンとします。すると、3個の自由スピンのうち1個が赤丸(+1)のとき束縛スピンは赤丸(+1)、一方で2個が赤丸(+1)のとき束縛スピンは青丸(-1)となることがわかります。自由スピンの値から自動的に束縛スピンの値が決まることになります。つまり、1個の束縛スピンを用いずに3個の自由スピンだけを用いて「3個の自由スピンのうち1個か2個を赤丸(+1)にせよ」という問題に置き換えることができます。本来4個のスピンが必要であった問題を、3個のスピンで記述できたことになります。

この考えを使い、我々は束縛スピンを用いずに、自由スピンのみを用いてもともとの組合せ最適化問題を記述できることを明らかにしました。上記のように組合せ最適化問題を自由スピンのみを用いて記述しているため、従来手法であるペナルティ法と比較して、必要なスピンの個数を削減することができます。自由スピンを変数とするイジングモデルを与えることによって、既存のイジング計算機に本手法を導入することができます。

 (3)そのために新しく開発した手法

本手法を用いて線形制約をもつ組合せ最適化問題をイジング計算機で解法することを考えます。さきほどの例では、4個のスピンのうち任意の1個を束縛スピンとしましたが、実際の線形制約の場合には、束縛スピンを任意に選択することはできません。つまり、どのスピンを束縛スピンあるいは自由スピンとして選択するかがポイントとなります。

そこで、束縛スピンを選択するための条件を理論的に明らかにしました。この条件が満たされるとき、本手法によって組合せ最適化問題の解の最適性が保たれることを理論的に証明しました。さらに本研究では、多数の線形制約をもつ組合せ最適化問題を、本手法で記述するためのアルゴリズムを提案しました。このアルゴリズムを用いることで、現実世界に現れるほぼすべての線形制約つき組合せ最適化問題に対して、本手法を適用することができます。とくに典型的な制約をもつ組合せ最適化問題に対して、具体的なイジングモデルの一般形を与えました。

(4)従来手法との比較

工場と地点が同じ個数与えられたとき、各工場を各地点に割り当てたときの地点間の輸送コストの合計を最小化する組合せ最適化問題である「二次割当問題」は、これまでイジング計算機で解法することが困難とされてきました。この二次割当問題に対して、本手法を組み込んだ場合と組み込まなかった場合(ペナルティ法)とを比較しました。その結果、必要なスピン数を削減しつつ、平均して残留エネルギー7を19%削減し、本手法の有効性が確認できました(図2)。

(5)研究の波及効果や社会的影響

本手法を使うことによって、必要最小限の変数の個数で組合せ最適化問題を解くことが可能になるため、イジング計算機を実利用する際に、変数の個数を削減し、また制約をもつ組合せ最適化問題を解法しやすい形式で解くことができます。本手法は既存のイジング計算機に簡単に導入することができることから、本手法を組み込んだソフトウェアの開発によって、イジング計算機で線形制約を取り扱う手法のスタンダードとなることが期待されます。

(6)今後の課題

イジング計算機は現在活発にハードウェアの性能向上が図られています。しかし、現状では利用可能なスピン数が限られているために、扱うことのできる組合せ最適化問題のサイズが限定されています。本研究は、イジング計算機が扱う問題のサイズを拡大するための有力な手法の一つですが、今後はさらに、実世界に見られる様々な問題に対し適用し、本手法の有効性を検証していく必要があります。

(7)研究者のコメント

本研究で開発した手法を使うことで、今後イジング計算機の性能がさらに改善し、新たにイジング計算機を活用できる事例が増えることを期待します。

 (8)用語解説

※1 量子アニーリング計算機

組合せ最適化問題を高速に解決すると期待される計算機。量子効果により量子重ね合わせ状態を実現させ、それを初期状態として用意し、徐々に量子効果を弱める。同時に組合せ最適化問題を表現するイジングモデルの効果を強めることにより、イジングモデルの安定状態を実現させるという機構で動作する。

※2 イジング計算機

組合せ最適化問題をイジングモデルで表現し、組合せ最適化問題を解決するマシンの総称。上記、量子アニーリング計算機はイジング計算機の一種である。

※3 組合せ最適化問題

膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。制約とは守らなければならないルールをさす。

※4 線形制約

変数が満たす必要のある線形等式のこと。たとえば、図1で赤丸と青丸の個数が等しいという制約は、という線形等式で与えられる(は番目の頂点が赤色、は番目の頂点が青色に対応する)。

※5 グラフ分割問題

与えられたグラフの頂点集合を2個の部分集合に分割する問題。それぞれの部分集合に含まれる頂点の個数を等しくするという制約の下、異なる部分集合の間を繋ぐ辺の数を最小にする組合せ最適化問題。

※6 ペナルティ法

制約つき最適化問題を制約なし最適化問題に変換する一つの方法。

※7 残留エネルギー

イジング計算機で組合せ最適化問題を解いた際に得られた解の精度を評価する指標の一つ。得られた解の目的関数の値と真の最適解の目的関数の値の差で与えられ、値が小さいほど解の精度が良いことを表す。

 (9)論文情報

雑誌名:IEEE Transactions on Computers
論文名:Spin-variable reduction method for handling linear equality constraints in Ising machines
執筆者名(所属機関名):Tatsuhiko Shirai(早稲田大学), Nozomu Togawa(早稲田大学)
※ 所属は論文投稿時
掲載日(現地時間):2023年1月24日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/10025381
DOI:https://doi.org/10.1109/TC.2023.3239539

(10)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名・研究課題名:科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「地理空間情報を自在に操るイジング計算機の新展開」(JPMJCR19K4)
研究代表者名:戸川望(早稲田大学・教授)
早稲田大学における研究代表者名:理工学術院 教授 戸川望

研究費名・研究課題名:基盤研究(C)「量子古典ハイブリッド計算技術による物質シミュレーション高速化手法の研究」
研究代表者名:田中宗(慶應義塾大学・准教授)
早稲田大学における研究代表者名:理工学術院 講師 白井達彦

最大性能の巨大負熱膨張物質

著者: contributor
2023年1月23日 15:09

最大性能の巨大負熱膨張物質

材料組織観察の結果を用いた物質設計

【要点】

最大の体積減少を示す負熱膨張物質を開発

コヒーレント放射光と電子顕微鏡による材料組織観察に基づいて物質を設計

光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材としての活用を期待

【概要】

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の西久保匠、酒井雄樹両特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授、量子科学技術研究開発機構の綿貫徹放射光科学研究センター長、大阪公立大学の森茂生教授らの研究グループは、昇温することでこれまでで最大の9.3%の体積収縮を示す巨大負熱膨張(用語1)物質Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3を開発した。

負熱膨張物質は、光通信や半導体製造装置などの構造材で、精密な位置決めを妨げる熱膨張を相殺(キャンセル)できる。体積の大きい低温相と小さい高温相が空間的に混在しながら共存する様子を初めて観測し、その結果に基づいて体積収縮を最大化する化学組成を決定した。

研究成果は1月18日に米国化学会誌「Chemistry of Materials」のオンライン版に掲載された。

研究グループには、東京工業大学の今井孝大学院生(研究当時)、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗主幹研究員、河口彰吾主幹研究員、量子科学技術研究開発機構の押目典宏研究員、島田歩派遣職員、菅原健人技術員、大和田謙二グループリーダー、町田晃彦上席研究員、東レリサーチセンターの久留島康輔研究員、早稲田大学の溝川貴司教授が参画した。

研究の背景

物質の多くは、温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。日常生活においては熱膨張の体積変化の影響は大きくないが、光通信や半導体製造など、精密な位置決めや部材の寸法管理が要求される局面では、このわずかな熱膨張が機能や精度低下につながる問題になる。例えばLSIでは、Siチップと基板、充填剤の熱膨張の違いが信頼性の低下につながる。そこで、温度が上昇すると収縮するという、“負の熱膨張”を持つ物質によって、構造材の熱膨張を相殺(キャンセル)することが試みられている。

これまで最大の体積収縮を示す物質は、同グループが見つけたペロブスカイト構造(用語2)の鉛(Pb)、ビスマス(Bi)、バナジウム(V)、酸素(O)からなる酸化物Pb0.8Bi0.2VO3で、400 Kから800 Kの昇温で7.9%の体積収縮が観測されていた。ベースとなる物質のPbVO3は代表的な強誘電体(用語3)であるPbTiO3と同じ極性(用語4)の正方晶構造を持ち、室温で圧力を加えると10.6%の体積減少を伴って非極性の立方晶相へ転移するが、常圧下で昇温すると分解してしまい、負熱膨張は示さない。PbをBiで置換すると、常圧での昇温によって立方晶相へ転移する負熱膨張を示すようになるが、Pb0.8Bi0.2VO3の低温正方晶相の体積がPbVO3より小さいため、温度上昇による体積収縮は10.6%ではなく、7.9%に減少してしまう。体積の大きな低温正方晶相と体積の小さな高温立方晶相が相分率を変えながら共存するため、平均の体積は連続的に減少する。これら2相が作る材料組織を最適化することで負熱膨張が起こる温度範囲を制御できると期待されるが、2相がどのように空間的に分布しているかはこれまで不明であった。

研究成果

今回の研究では、PbVO3のPbをBiではなくストロンチウム(Sr)で置換すると、正方晶の体積が減少しないまま立方晶相と2相共存するようになること、また、温度を変えても2相共存状態が変化せず、正方晶や立方晶単相に変化しないため、安定に取り出せることを見いだした。そこでPb0.82Sr0.18VO3に対して走査透過電子顕微鏡(用語5)観察を行い、正方晶と立方晶の接合界面を原子スケールで観察することに成功した。さらに、大型放射光施設SPring-8(用語6)のビームラインBL22XUでブラッグコヒーレントX線回折イメージング(用語7)と呼ばれる観察を行い、1つの結晶粒の中の正方晶相、立方晶相の空間的な分布を明らかにした(図1)。

また、立方晶を出現させる効果を持つSrに加えて、温度変化による相変化を促す効果を持つBiでもPbを置換することで、PbVO­3が本来持つ大きな体積変化を保ったままで負熱膨張を起こすことに成功し、SPring-8のビームラインBL02B2での放射光X線回折実験(用語8)で調べた微視的な格子定数(用語9)の変化から、Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3では低温正方晶相と高温立方晶相の体積差が11.1%もあり、450 Kから700 Kへの昇温で 9.3%もの体積収縮を示すことを確認した(図2)。この値はこれまでで最大であり、Smartecの商品名で市販されているマンガン窒化物負熱膨張材料の1.4%や、BNFOの商品名を持つBiNi0.85Fe0.15O3の2.4%と比べて巨大である。

図1 走査透過電子顕微鏡で観察した正方晶相と立方晶相の接合界面(左)と、ブラッグコヒーレントX線回折イメージングで明らかにした1つの粒子の中の立方晶相の分布(右)。

 

図2 Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3の低温正方晶相(極性)と高温立方晶相(非極性)。低温相を加熱すると、2相共存を介して、11.1%体積が小さい高温相に転移する。

社会的インパクト

負熱膨張材料は、半導体や精密加工で問題になる熱膨張を解決できるとして、大きな注目を集めている。今回の成果はこれまでで最大の体積収縮を示す材料を発見しただけでなく、材料組織の観測手法を確立した点で、今後の材料開発に大きく貢献すると期待される。

 今後の展開

今回開発したPb0.8Bi0.1Sr0.1VO3は、9.3%も体積が収縮する巨大な負熱膨張を示すが、温度履歴(用語10)が大きいという問題を持つ。こうした問題は正方晶相、立方晶相が共存する材料組織を最適化することで解決できると考えられるため、ブラッグコヒーレントX線回折イメージングによる組織観察で、昇降温を繰り返すことによる組織の変化を明らかにし、温度履歴の低減につなげたい。

付記

本研究の一部は、神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー:東正樹 東京工業大学 教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表:腰原伸也 東京工業大学 教授)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)の助成を受けて行った。

【用語説明】

(1) 負熱膨張

通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

(2) ペロブスカイト構造

一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

(3) 強誘電体

誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、また、外部電場によってその方向を変化できる物質。

(4) 極性

結晶構造中の陽イオン、陰イオンの変位のため、正の電荷と負の電荷の重心が一致せず、電気分極を持つこと。

(5) 走査透過電子顕微鏡

電子顕微鏡の一種。1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する。

(6) 大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

(7) ブラッグコヒーレントX線回折イメージング

数十ナノメートル~数マイクロメートルサイズの結晶粒子一粒を3次元可視化する計測技術。コヒーレントX線を利用したイメージング(コヒーレントX線回折イメージング)の一種で、結晶特有のブラッグ回折を利用する。原子の並び方に敏感であり、密度差として区別が難しい結晶内部の歪分布や相共存状態などを精度よく調べることが可能。今回は量研機構の専用装置を用いた。

(8) 放射光X線回折実験

物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

(9) 格子定数

結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。

(10) 温度履歴

昇温時の体積収縮と降温時の膨張が起こる温度が一致しないこと。

【論文情報】

掲載誌: Chemistry of Materials
論文タイトル:Polar-Nonpolar Transition Type Negative Thermal Expansion with 11.1% Volume Shrinkage by Design
著者:Takumi Nishikubo, Takashi Imai, Yuki Sakai, Masaichiro Mizumaki, Shogo Kawaguchi, Norihiro Oshime, Ayumu Shimada, Kento Sugawara, Kenji Ohwada, Akihiko Machida, Tetsu Watanuki, Kosuke Kurushima, Shigeo Mori, Takashi Mizokawa and Masaki Azuma
DOI:10.1021/acs.chemmater.2c02304

全国の高等専門学校生を対象とする新たな編入学制度(指定校推薦)を開始

著者: contributor
2023年1月16日 14:35

早大理工、2024年度から導入

全国の高等専門学校生を対象とする新たな編入学制度(指定校推薦)を開始

早稲田大学(東京都新宿区、総長:田中愛治、以下、早大)は、早大理工系の三学部(基幹理工学部創造理工学部先進理工学部、以下、早大理工)にて、工学系の学科・コースを有する全国の高等専門学校(以下、高専)に在籍する専門学校生を対象とした新たな編入学試験制度(指定校推薦、以下、新入試制度)を、2024年度より導入いたします。

【新入試制度概要】

制度名称:高等専門学校対象編入学試験(指定校推薦型)
実施学部:基幹理工学部創造理工学部先進理工学部
入学時期:2024年4月1日
試験方式:学校推薦型選抜(指定校推薦型入試)
編入年次:2年次または3年次(学科によって異なります)【下表参照】。
募集人員:各学科 若干名
募集学科:

推薦依頼指定校:早大内部基準に従って、学部ごとに毎年選出します。
推薦依頼時期:2023年1月中旬
※選考日程、出願可能な早大理工の学部・学科等の情報は、対象となる推薦依頼指定校に個別に伝達しています。

1.新入試制度導入の背景

早大は、創立150周年である2032年を見据えた中長期計画「Waseda Vision150」を策定し、その教旨で謳われている「学問を活用」する力を備えた「模範国民の造就」を一層進めるべく、教育研究の改革を進めています。早大の教旨における「模範国民」とは、地域や国内というローカルな場から、アジアや世界というグローバルな場に渡る様々なレベルにおいて、複雑化する現代の課題解決に挑む、叡智・志・実行力を兼ね備えた人材を指します。

早大が建学以来取り組んできたこのような人材育成をさらに加速するためには、高い志を持った優秀な学生を募集していく必要があります。新型コロナウイルスや地球温暖化など、明確な答えのない問題への対応が一層求められている現在、変化に対して受け身ではなく、主体的に関わりながら自ら問題を解決できる人材を育成するためには、多様なバックグラウンドを持つ入学者の選抜を実施することが必須と考えています。

早大は入試改革を「Waseda Vision150」における13の核心戦略のトップに据え、真に求める人材に入学してもらうべく検討と実践を継続的に推進しています。

2.新入試制度の目的

早大理工では、入試改革の具現化の一環として、新入試制度を導入することとしました。目的は以下の通りです。

  • 高等学校普通科出身の学生等とは異なる経験・技能を有する高専生を幅広く受け入れることによって、学生間の交流による相乗効果を高めていきます。
  • 早大の教育・研究リソースによって、理工系の専門家を志向する高専生が持つ潜在能力や将来の可能性を開花させていきます。
  • 高度な人材を輩出している高専と信頼関係を構築することによって、高専における早大理工の存在感を高めていきます。

3.新入試制度の目標

早大理工は、新入試制度の導入によって毎年一定数の高専生を幅広く受け入れることを目指しています。これによって成し遂げたい目標は以下の通りです。

  • 全国に設置されている高専に指定校枠を幅広く設け、首都東京の新宿にキャンパスが位置し、ダイバーシティに富み、奨学金制度や学生寮が充実する早大理工で学ぶ意欲を抱く優秀な学生を推薦していただくことで、入学者の出身地域の多様性の確保を目指していきます。
  • 大学編入を希望している高専生にとって、早大理工への編入が自身の未来を拓く魅力的な選択肢として位置付けられることを目指していきます。
  • 編入生の受け入れを出発点として、高専の教員との交流に発展させ、強い連携体制の構築を目指していきます。

4.2年次編入について

早大理工が実施している教育の全体的な特徴は、大学院への進学を前提とした高度な専門教育を入学後比較的早い段階から実施していることにあります。また、早大理工の各学科では、標準的な専門科目に加えて他大学の理工系学科では設置されていない学科独自の専門科目を、所属学生の専門性を高めるために多数用意しています。

新入試制度を設けるにあたり、早大理工は、上述した専門教育の特徴、受入学科の学問分野、受入学科と高専学科のカリキュラムの連続性を考慮したり、高専生が編入前に高専で取得した単位を、早大入学後の学部卒業単位としての認定を積極的に精査したりするなど、各学科のカリキュラムに合わせて編入した高専生の育成を第一に制度設計を行いました。そのため、編入学は3年次からが一般的ですが、新入試制度では導入する9学科のうち7学科で「2年次編入」としました。

5.出願資格

在籍学校長が人物、学業ともに優れていると認めるもので、以下、a ~ e のすべてを満たす者。

a. 推薦依頼のあった高等専門学校の学科・コースに在籍し、2024年3月に高等専門学校(本科)を卒業見込の者。
b. 推薦を依頼する早大理工の学部・学科への入学を第一志望とする者。
c. 入学後の勉学に関して明確な志向と意欲を持ち、それにふさわしい能力を備えた者。
d. 出願開始日から起算して、過去2年以内に受験したTOEFL-iBT(TOEFL-ITPは不可)、
IELTS(Academic Module)、TOEIC(IP、Speaking & Writingは不可)の内いずれかのスコアを出願期間内に提出可能な者。
e. 学業成績において、次の基準を満たす者。
① 4年次の学年の学科現員に対する学業成績の席次が、上位10%以内の者
② 席次を定めない高等専門学校では、在籍学校長が①と同等と認めて推薦する者

以上

Visualizing Complex Electron Wavefunction Using High-Resolution Attosecond Technology

著者: contributor
2023年1月12日 10:09

Researchers successfully record the phase distribution of electrons, unveiling the detailed structure of its complex wavefunction

The structure, dynamics, and functions of materials are predominantly determined by their constituent electrons. Owing to their quantum nature, electrons have “wave”-like characteristics. However, measuring the phase of an electron and its complex electron wavefunction is challenging. Using state-of-the-art attosecond technology, researchers at Waseda University and National Research Council of Canada have now successfully recorded the phase distribution of electrons ejected from a neon atom, allowing a complete, detailed visualization of the complex electron wavefunction.

The early 20th century saw the advent of quantum mechanics to describe the properties of small particles, such as electrons or atoms. Schrödinger’s equation in quantum mechanics can successfully predict the electronic structure of atoms or molecules. However, the “duality” of matter, referring to the dual “particle” and “wave” nature of electrons, remained a controversial issue. Physicists use a complex wavefunction to represent the wave nature of an electron. “Complex” numbers are those that have both “real” and “imaginary” parts—the ratio of which is referred to as the “phase”. However, all directly measurable quantities must be “real”. This leads to the following challenge: when the electron hits a detector, the “complex” phase information of the wavefunction disappears, leaving only the square of the amplitude of the wavefunction (a “real” value) to be recorded. This means that electrons are detected only as particles, which makes it difficult to explain their dual properties in atoms.

The ensuing century witnessed a new, evolving era of physics, namely, attosecond physics. The attosecond is a very short time scale, a billionth of a billionth of a second. “Attosecond physics opens a way to measure the phase of electrons. Achieving attosecond time-resolution, electron dynamics can be observed while freezing molecular motion,” explains Professor Hiromichi Niikura from the Department of Applied Physics, Waseda University, Japan, who, along with Professor D. M. Villeneuve—a principal research scientist at the Joint Attosecond Science Laboratory, National Research Council, and adjunct professor at University of Ottawa—pioneered the field of attosecond physics. Niikura and Villeneuve had previously developed a breakthrough method, attosecond re-collision, and also demonstrated the imaging of a molecular orbital or electron wavefunction in a molecule.

In a recent study published in Volume 106 Issue 6 (2022; page 063513) of Physical Review A on 23 December, 2022, these researchers employed another approach involving attosecond physics, using an attosecond laser pulse, or high-harmonic generation, to visualize a complex wavefunction. The attosecond laser pulse consists of coherent light with a wavelength much shorter than ultra-violet, referred to as extreme ultra-violet (EUV) light. When this pulse irradiates a gas, an electron is ejected. This process is referred to as photoionization. The attosecond pulse consists of a set of “harmonics” or different colors of light. By controlling the generation of the attosecond pulse, the researchers isolated two photoionization pathways—one consisting of a particular harmonic, and the other consisting of another harmonic along with an infrared pulse—to ionize neon. The electron wavefunctions produced by both pathways can interfere with each other. The interference pattern varies with the attosecond delay between the harmonics and the IR pulses. The team determined the phase and amplitude distributions of the photoelectron from the interference pattern and visualized its complex wavefunction. As the energy resolution is smaller than the bandwidth of the attosecond pulses, the researchers were successful in visualizing the detailed wavefunction structure. Furthermore, the researchers developed a method of disentangling the measured wavefunction into wavefunctions that are produced by individual ionization pathways.

Now that the researchers have successfully visualized the complex wavefunction of an electron—something that cannot be seen through conventional photoelectron spectroscopy—there’s so much more they can achieve! Niikura says, “Nowadays, photoelectron spectroscopy using EUV and X-ray has become a basic tool for investigating structures and dynamics of materials. The present method will provide a way to elucidate the quantum properties of electrons.” Visualizing the complete, detailed, complex electron wavefunction will be of significant impact in the fields of nanotechnology, chemistry, and molecular biology.

Reference

Authors: Takashi Nakajima1, Tasuku Shinoda1, D. M. Villeneuve2 and Hiromichi Niikura1
Title of original paper: High-resolution attosecond imaging of an atomic electron wavefunction in momentum space
Journal: Physical Review A
DOI: 10.1103/PhysRevA.106.063513
Latest Article Publication Date: 23 December, 2022
Affiliations: 1Department of Applied Physics, Waseda University, Japan
2Joint Attosecond Science Laboratory, National Research Council and University of Ottawa, Ontario, Canada

Image

Image title: Visualizing complex photoelectron wavefunctions using attosecond imaging technology
Image caption: Researchers measure the phase and amplitude of the complex electron wavefunctions (a,b), represented by color (or hue) for phase and brightness (or value) for amplitude (plotted in logarithmic scale), in the hue-saturation-value (HSV) color map, as shown in (c).
Image credits: Hiromichi Niikura from Waseda University
License type: Original content

About Professor Hiromichi Niikura from Waseda University

Hiromichi Niikura is a Professor at the Department of Applied Physics, Waseda University. He obtained his bachelors from Kyoto Institute of Technology, masters from Graduate School of Kyoto Institute of Technology, and Ph.D. from Graduate University for Advanced Studies, Institute for Molecular Science, Japan. His research focuses on atomic, molecular, and optical (AMO) physics. He has worked at National Research Council of Canada (2000-2009), where he conducted a pioneering work in attosecond physics, a new emerging field. Niikura was awarded the prestigious Japan Society for Promotion of Science (JSPS) award in 2012. Professor Niikura can be contacted at [email protected].

高信頼Seamless Access Network開発

著者: contributor
2023年1月10日 12:20

サイバーフィジカルインフラに向けた高信頼シームレスアクセスネットワークに関する研究開発を開始

「サイバーフィジカルインフラに向けた高信頼シームレスアクセスネットワークに関する研究開発」が情報通信研究機構の委託研究に採択

三菱電機株式会社(東京都千代田区、執行役社長 漆間啓、以下、三菱電機)、学校法人早稲田大学(東京都新宿区、理事長 田中愛治、以下、早稲田大学)、学校法人立命館(京都府京都市、理事長 森島朋三、以下、立命館大学)、国立大学法人名古屋工業大学(愛知県名古屋市、学長 木下隆利、以下、名古屋工業大学)、一般財団法人電力中央研究所(東京都千代田区、理事長 松浦昌則、以下、電力中央研究所)、公益財団法人鉄道総合技術研究所(東京都国分寺市、理事長 渡辺郁夫、以下、鉄道総合技術研究所)は共同で、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究「Beyond 5G機能実現型プログラムのうち一般課題」(採択番号04901)に応募し、採択されました。

本研究では、100 GHz帯の大容量通信デバイスの大幅な高出力化(目標出力10 W級)とアクセス伝送技術により、高速移動体や広域での10 Gbps以上の無線通信を可能とする要素技術の開発を行います。さらに、その無線通信と光ファイバ通信を融合したシームレスネットワークの制御技術を開発してネットワークの高信頼化を進め、電力システムにおける「電力ネットワークのリアルタイムスマートデジタルツイン(RSDT)」や、鉄道インフラにおける「状態に基づいたメンテナンス(状態監視保全:CBM)」に利用可能なプラットフォーム構築技術の確立を目指し、インフラ監視システムのユースケースでの機能実証を行います。

本研究では、以下の項目に取り組みます。

1. シームレスアクセス要素技術の研究開発

1-a)アクセス伝送技術に関する研究開発(早稲田大学)
1-b)ハイパワーテラヘルツデバイス技術に関する研究開発(三菱電機)
1-c)大容量通信デバイスに関する研究開発(立命館大学)

2. シームレスアクセスネットワークに関する研究開発

2-a)有無線ネットワーク制御技術に関する研究開発(名古屋工業大学)
2-b)高信頼通信ネットワークに関する研究開発(電力中央研究所)
2-c)鉄道インフラ監視システムに関する研究開発(鉄道総合技術研究所)

※本委託研究における本学の研究代表者は、理工学術院 川西哲也教授です。

本委託研究は2022年度(令和4年度)から2025年度(令和7年度)までの4年間実施の予定です。契約は約5億円での単年度毎であり、継続評価を受け契約更新を行います。

(参考リンク)
NICTウェブページ「Beyond 5G研究開発促進事業(一般型)」に係る令和4年度新規委託研究の公募(第1回)の結果
https://www.nict.go.jp/publicity/topics/2022/08/05-1.html

アト秒レーザーで波動関数を可視

著者: contributor
2022年12月27日 14:55

アト秒レーザーによる高分解能での複素数の波動関数の可視化に成功

発表のポイント

  • アト秒レーザーを用いることで、複素数の電子波動関数の詳細な構造を可視化した。
  • 電子密度分布だけではなく、電子の「位相」分布の測定に成功した。
  • アト秒レーザーパルスの発生方法を制御し、2つの過程の干渉を用いることで、これまで分からなかった運動量空間での電子波動関数の詳細な構造を高分解能で明らかにした。
  • そのことにより、量子コンピューター等の計算アルゴリズムの発展・検証や、複素数の波動関数測定による、新たな物質解析と超高速の量子制御法の開発が期待される。

早稲田大学理工学術院の新倉 弘倫(にいくら ひろみち)教授らは、カナダ国立研究機構のD. M. Villeneuve博士と共同で、アト秒レーザーによりネオン原子から放出された電子の波動関数※1を、位相分布も含めて高分解能で可視化する方法を開発しました。電子の「位相」と「振幅」がどのように分布しているのかがわかることで、「複素数」の電子波動関数を可視化することができます。本研究により、様々な物質の構造や機能がどのように発現しているのかを、波動関数の観点から解き明かすことが期待されます。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review A』に、“High-resolution attosecond imaging of an atomic electron wavefunction in momentum space” として、2022年12月23日(金)にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

様々な分子(生体分子)やマテリアルの構造や性質は、その電子の状態が大きな役割を果たしています。紫外光よりも波長の短い極端紫外光や軟X線を物質に当てると、電子が放出されます(アインシュタインの光電効果)。放出された電子の運動エネルギーや、どの方向に放出されたかを測定する光電子分光法は、物質の電子状態や構造を調べる方法として、SPring-8等の放射光などを光源として広く利用されています(図1)。

図1:従来の光電子分光法

放出された電子は、「つぶつぶ(粒子)」として観測されます。例えば図2の実験例では、レーザーを当てると試料から電子がある角度に放出され、検出器の上に輝点となってあらわれます(筆者による測定)。測定を多数回繰り返すと、電子の“ぽつぽつ”によりある形を持った分布となります。この分布はMax Bornの確率解釈(1926年)によると、波動関数の自乗 |Ψ|2 に相当するものになります。この例では、ネオン原子の電子のf-波、磁気量子数m=0が主な成分となります(Science 356,1150 (2017))。

図2:電子は粒として測定される

一方、電子は粒子性と波動性の2つの性質※2を持っており、波としての性質は、電子の「位相」として表されます。しかし、この“位相情報”は検出器に当たったときに消えてしまいます。すなわち、本来は図2の赤線の2つの部分では、電子の「位相」(または符号)が異なるはずなのに、検出器上ではただの「粒」としてしか観測されません。(広い意味でのコペンハーゲン解釈による波動関数の収縮)。

アト秒(=10のマイナス18乗秒)科学の方法を用いることで、電子の量子的な性質である「位相」を測定することが可能になってきました。位相がわかることにより、波動関数の自乗|Ψ|2 ではなく、複素数の波動関数 Ψ そのものを得ることが出来ることになります。2004年に筆者らは、アト秒再衝突電子を用いる方法(Nature 417, 917 (2002))により、窒素分子の分子軌道のイメージングに成功しました(Nature 432, 867, (2004))。アト秒レーザーパルス列※3を用いる方法では、2001年に、ヨーロッパなどのグループにより、主に「エネルギーごとの」電子の位相を測定する方法が開発されています(Science 292, 1689 (2001))。近年、筆者らは奇数次と偶数次を含むアト秒レーザーパルス列を用いることで、ネオン分子から放出された電子の「角度ごとの」位相を測定し、部分波にわける方法を開発しました(Science 356, 1150 (2017) )。一方、この方法は電子の3つの干渉過程を用いるため、解析方法が難しく、角度ごとのみの解析に留まっていました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

そこで本研究では、2017年の方法を発展させ、より簡単・直接的な方法で「角度ごと・エネルギーごとをあわせた運動量※4ごとの電子の位相と振幅を測定し」「複素数の波動関数全体を可視化する」方法を開発しました。具体的には、アト秒レーザーパルスの発生方法を制御することにより、「2つのイオン化過程のみの干渉」が起こるようにしました。このことにより、角度ごとではなく「電子の運動量ごと」の振幅と位相を直接、決定できます。これは、図2でいえば「検出器上のある点に来る粒ひとつの」位相と振幅を求めることに相当します。また、解析が非常に短時間で行えるようになりました。これにより、「複素数の波動関数全体」のイメージングが可能になり、これまではわからなかった運動量空間での電子波動関数の詳細な構造(位相の違いなど)が高分解能で明らかになりました。

(3)そのために新しく開発した手法

電子の位相を測定するためには、干渉を用います。アト秒レーザーパルス列(高次高調波)は、極端紫外領域の波長(エネルギー)の異なる複数の高調波を含んでいますが、その発生過程を制御することにより、2つのイオン化過程A,Bのみの干渉が起きるようにしました(図3)。具体的には、過程Aでは第14次高調波による1光子イオン化過程、過程Bでは第13次高調波と赤外光による2光子イオン化過程となります。ここで、第15次以上の高調波はほとんど発生しないようにしています。このパルスを気相の原子に当てると、それぞれの過程A,Bで異なる対称性を持った電子波動関数が生成します。それぞれの波動関数は干渉し、その干渉の様子は高次高調波と赤外光との時間差 τ を変えることで変化します。その変化から位相と振幅を決定します。

図3:アト秒レーザーによる位相測定

この過程は、光や電子を用いた「2重スリット実験」との類似で考えることが出来ます。すなわち過程Aが片方のスリットを通るパス、過程Bがもう片方のスリットを通るパスに相当します。それぞれのパスを通過した光または電子は干渉して干渉縞を作ります。ここで、片方のパスの長さを変えると、干渉縞が移動します。その移動の様子から、位相を知ることが出来るというものです。本実験では、「片方のパスの長さを変えること」は「アト秒レーザーパルス(高次高調波)と赤外パルスの時間差をアト秒で変える」ことに相当します。なお実験装置等は早稲田大学西早稲田キャンパス51号館地下の新倉研究室で開発したものです。

実験結果:
アト秒レーザーパルスと赤外光の時間差 τ を変えて、ネオンガスから放出された電子の運動量分布を測定しました。それぞれの電子の運動量ごとの信号強度は、時間差 τ の関数として変動します。その変動の振幅の大きさと位相を求め、2次元の運動量上にマッピングしました(図4)。

図4:測定された波動関数

図4(a)が振幅、(b)が位相の分布を示します。(a)の振幅の大きさの分布に、6つのピークが見えています。例えば上と下のピーク(kx=0のところ)は、ほぼ同じ振幅の強度になっていますが、(b)の位相の値を見ると、赤・青の色の違いから、位相がπだけずれていることがわかります。この位相と振幅から、複素数の波動関数 Ψ を得ました。(c)と(d)に、複素数の波動関数の実部と虚部をそれぞれ示します。(c)の実部を見ますと、色の赤いほうがプラスの振幅、青いほうがマイナスの値の振幅になっており、区別がなされていることがわかります。また本研究では、振幅と位相、または実部と虚部という2つの量で特徴付けられる複素数の波動関数を1枚の図で表現するために、HSV(hue, saturation, value)表示を用いました。図5(a)は、上と同じ波動関数をこの表示で表したものです。(なお、全体の任意位相は(b)と(c)(d)、また図5とでは、シフトさせています。)色(hue)が位相(phase)、明るさ(value)が振幅(Amp.)を表します。”S”(saturation)の値は0.5にしています。図5(c)に、横軸を振幅、縦軸を位相としたときの2次元のHSVカラーマップを示します。このように表現することで、位相と振幅を含めた波動関数の詳細な構造がわかります。例えば高次高調波のエネルギー(波長)を少し変えると(図5(b))、測定される分布が大きく変わることがわかりました。

図5:測定された複素数の波動関数(HSV表示)

測定された波動関数 Ψ は、それぞれ過程Aと過程Bによって生成した波動関数の「積」になっています(Ψ=ψa ψ*b)。(過程Bのほうは複素共役をとります)。そこで測定された波動関数 Ψ を、過程1、過程2のそれぞれのイオン化過程によって生じた電子波動関数 ψa  と ψ*bとに分けるアルゴリズムを開発しました。図6にその結果を示します。

図6:個々のイオン化過程にわけた波動関数

このように分けることで、特徴的な6つのピーク構造の内側と外側の位相の違いは、主に過程Bによって生成したψ*b(第13次高調波+赤外光)の位相が異なっていることによって生じた、ということがわかりました。なお、Ψ の振幅の強度は対数スケールですが、ψa  と ψ*bはリニアスケールを用いて表示しています。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究で測定された電子波動関数は、ネオン原子内の他の電子や、イオン核との相互作用が顕著な、低エネルギーの電子のものです。このような電子相関過程が大きな場合は、最新の計算機でも、その正確な計算が困難になります。計算結果と比較するためには、本研究で示されたような位相を含めた「複素数」としての物理量を測定することが必要になります。現在発達中の、量子コンピューターなどの計算アルゴリズムの発展や、その検証に使えることが期待されます。また本研究では、コヒーレントなアト秒レーザーを用いて、電子の波としての性質を利用することで、通常の光電子分光法では測定が困難な電子の位相の分布の測定を可能にしました。アト秒レーザーパルスはテーブルトップで極端紫外領域~軟X線領域の光を発生できますが、本研究により、電子の位相分布や複素数の波動関数イメージングをもとにした、新規な位相・運動量分解光電子分光法や物質測定・量子状態の測定法の開発につながります。複素数の電子波動関数がわかることにより、新たな機能を持つ分子の創生や、より高輝度の蛍光物質の作成などが期待されます。

(5)今後の課題

本研究では気相の原子についての測定を行いましたが、同様の原理を用いて、配列した気相の分子や固体試料でも同様に、電子の位相分布を求める方法を開発することが今後の課題となります。本実験では、当研究室で開発された「長時間アト秒時間差を維持できる」高安定な光学系を用いました。このアト秒高安定性を利用して、本方法を固体試料の顕微分光法などに応用し、「異なる部位から放出された電子の位相分布」、時空間でのイメージングを可能にする「アト秒位相分解・光電子顕微鏡」の作成などが目標となります。

(6)研究者のコメント

「原子や分子などの電子状態はどのようになっているのか」は20世紀初頭の量子力学の発展により明らかにされてきました。物質や生体分子などの構造・機能を理解するためには、量子力学的な取り扱いが基本となっているため、物理だけではなく化学や生物系の分野でも波動関数などは必要な概念です。大学で量子力学・量子化学・物理化学などを学びますと、シュレーディンガーの波動方程式や、波動関数に出会うと思います。教科書には「波動関数の絵(計算結果)」が色分けされて掲載されていると思いますが、「計算結果ではなくて、直接、色(位相)をわけた波動関数を測定する」ということが、ひとつの目標でした。今回、アト秒レーザーパルスを用いた新たな光電子分光法により、位相の分布や複素数の波動関数を高分解能で可視化できることになりましたが、ぜひ教科書や講義等で、ご紹介いただければ幸いです。
【ご参考】https://www.f.waseda.jp/niikura/NHdenshi22.pdf

(7)用語解説

※1 波動関数
シュレーディンガー方程式の解としての、物質の波としての性質を現す複素数の関数(Ψ)。「波動関数の自乗|Ψ|2は粒子の存在確率を表す」という確率解釈が提唱され、実際の実験結果と関係付けられました。いわゆる「電子雲」と呼ばれることもあるものは、この「電子波動関数の自乗」に相当します。しかし、電子の存在確率を表す「波動関数の自乗」は、※2の図で言えば「振幅の自乗」に相当し、位相成分は測定されません。原子や分子などの電子状態は、自乗をとらない複素数の波動関数そのもの Ψ を元に表現されるため、電子の「確率分布(電子雲)」だけではなく「位相の分布」を得ることが重要でした。

※2 電子の粒子性と波動性
電子は粒として観測されますが、波としての性質を持っています。電子の振る舞いは、「波」を表す数式で記述でき、さまざまな現象は、電子を波として考えるとよく説明できる、という意味です。電子の波としての性質は、通常の波動と同じように「振幅」「位相」「周期」で決まります。波の大きさが振幅、波が基準となるところからどれだけ横にずれているのか、が位相となります。振幅と位相の2つの物理量をまとめて書くと、複素数での表示になり、実数の部分(実部)と虚数の部分(虚部)で表されます。

図7:電子は波として表される

※3 アト秒レーザーパルス(高次高調波)
高強度の赤外のレーザーパルス(基本波)を原子などに集光すると、極端紫外領域のレーザーパルスが発生します。そのスペクトルは、基本波の奇数次倍のエネルギー(または奇数次分の1の波長)を持つ高調波の列になります(高次高調波)。本研究では、基本波とその2倍波を重ねて高次高調波を発生しているため、第13次(基本波790nmのエネルギー1.57eVの13倍のエネルギー(または13分の1の波長))に加えて、偶数次である第14次も発生します。
【ご参考】「アト秒科学 かんたん解説」https://www.f.waseda.jp/niikura/attosum.htm

※4 運動量
電子は、ある方向にあるエネルギーで原子から放出されます。これはまとめて「あるkx,kyという運動量を持つ電子が放出される」と言い換えることが出来ます。本研究で用いた測定装置(Velocity Map Imaging)では、高いエネルギーを持つ電子はわっかの外側に、低いエネルギーをもつ電子は内側に検出され、角度とエネルギーの両方の「運動量分布」を測定できます。実際には3次元で電子は放出されますが、それを2次元に射影しています。

図8:電子の運動量測定

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review A 106, 063513 (2022).(アメリカ物理学会誌)
論文名:High-resolution attosecond imaging of an atomic electron wavefunction in momentum space
執筆者名(所属機関名):中嶋 孝史(なかじま たかし)(早稲田大学理工学術院先進理工学研究科)、篠田 祐(しのだ たすく)(早稲田大学理工学術院先進理工学研究科)、D. M. Villeneuve (カナダ国立研究機構&オタワ大学)、新倉 弘倫(早稲田大学理工学術院先進理工学部)*
*責任著者
掲載日(現地時間):2022年12月23日
掲載URL:https://journals.aps.org/pra/abstract/10.1103/PhysRevA.106.063513
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevA.106.063513

(9)研究助成

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究A 18H03903
研究課題名:アト秒位相分解波動関数イメージング法による新規な量子選択性の研究
研究代表者名(所属機関名):新倉弘倫(早稲田大学)

銀河系を伝播する宇宙線を高精度観測

著者: contributor
2022年12月20日 12:43

国際宇宙ステーション搭載の高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)による測定

宇宙線が銀河系内を伝播する様子の高精度観測に成功

発表のポイント

国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、宇宙線が銀河系内を伝播する間に生成されるホウ素の流量をTeV領域まで高精度に観測しました。
宇宙線が銀河系内を伝播する距離・時間の正確な観測には広いエネルギー領域での原子核の高精度な測定が望まれる一方、ホウ素の高エネルギー(TeV)領域での観測が困難な状況でした。
今回の観測成功により、これまで十分には解明されていなかった、星の元素合成では生成されないホウ素の宇宙空間における生成メカニズムの解明に重要な貢献が期待されています。

早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員(研究院准教授) 赤池 陽水(あかいけ ようすい)、早稲田大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居 祥二(とりい しょうじ)、イタリア・シエナ大学研究員 Paolo Maestroらは、神奈川大学、立命館大学、東京大学宇宙線研究所、弘前大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関とのイタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)として、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET、※1)がホウ素の流量をテラ電子ボルト(TeV)領域(※2)まで観測し、宇宙線が銀河系内を伝播する様子を高精度に明らかにしました。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』に、“The Cosmic-ray Boron Flux Measured from 8.4 GeV/n to 3.8 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station”として、2022年12月16日(金)<現地時間>にオンラインで掲載されました。

図1:「きぼう」船外実験プラットフォームに設置されたCALETの様子。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

宇宙線は、星の進化の過程で核融合反応により生成された元素が、進化の最終段階で超新星爆発などにより加速されて、宇宙空間に飛び散ったものです。しかし、地球上などで見られるリチウム、ベリリウム、ホウ素などの元素は、星の進化の過程では生成されないため、宇宙線が銀河系内を伝播する間に星間物質(ガス)と衝突して二次的に生成されたものであると考えられています。したがって、これらの原子核は、これまでよくわかっていなかった、宇宙線が銀河系内にどのくらいの時間閉じ込められ、どのように銀河系外へ漏れ出していくのかを知ることができるユニークな情報をもたらしてくれます。

この中でもホウ素(B)は、それより少し重い炭素(C)が星間物質と相互作用して生成される確率が高く、両者の比(B/C)の観測により宇宙線が銀河内をどれくらいの距離と時間で伝播するかを、明らかにすることが可能になります。宇宙線は銀河磁場(※3)によって散乱されて拡散的に伝播するため、エネルギーが高くなるほどより直線的に進むことにより、地球に到達するまでの距離が短くなり、それに比例して星間物質との衝突確率が減ることになります。

この結果、エネルギーが高くなるほど、ホウ素の生成確率がさがりB/Cはエネルギーの増大とともに減少することになります。この減少の様子(正確にはB/C比のエネルギースペクトル(※4)の形状)は、宇宙線の散乱に寄与する銀河磁場の構造や宇宙線が衝突を起こす星間物質の分布を反映します。このため、それらの理論的推測に基づく宇宙線の銀河内モデルが数多く提案されており、そのモデルの決定のために広いエネルギー領域でのB/C比の高精度な測定が望まれていました。しかし、高エネルギーになるほどホウ素の量は極めて少なく、TeV領域では炭素の数%ほどに減少するため、観測は困難な現状がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

ホウ素は宇宙空間で二次的に生成される原子核であるため、宇宙線が生成されてから地球に到達するまでの”歴史”を理解する鍵として、これまでに多くの観測が行われてきました。そのうち、2010 年代以降の代表的な観測として、PAMELA衛星や国際宇宙ステーション搭載AMS-02といった磁気スペクトロメータや、気球に搭載したカロリメータ型検出器(ATIC, CREAM など)が挙げられます。今回CALETは、図2に示すように、広いエネルギー測定範囲と確実な装置較正により、磁気スペクトロメータとカロリメータ型検出器によってカバーされていた領域を、単独の検出器として核子あたりのエネルギーで8.4ギガ電子ボルトから3.8テラ電子ボルトという広いエネルギー領域で、B/C比を高精度に観測することに成功しました。特に、高エネルギー側では宇宙線の銀河内伝播モデルの決定に重要なテラ電子ボルト領域での観測により、これまで未解決であった加速領域(超新星残骸)におけるホウ素の生成量について定量的な評価を与えています。

ほぼ同時に、同じカロリメータ型検出器DAMPEによって観測結果が報告されていますが、この観測ではB/C 比の結果のみが報告され、CALETのようにホウ素及び炭素のエネルギースペクトルの測定結果に基づくB/C比の観測ではなく、ホウ素や炭素の絶対値が報告されていません。このため、B/Cの観測結果に対する系統的誤差の見積もりが困難であり、誤差の評価が難しい状況にあります。今回の本研究グループによるCALETの観測では、炭素、ホウ素の絶対値に関する系統誤差に基づいて、B/C比の誤差を正確に求めており、正確なモデル選別のために貴重なデータを提供しています。

図2: CALETにより得られた核子あたりのエネルギーで8.4ギガ電子ボルトから3.8テラ電子ボルトの領域で得られたホウ素(B)、炭素(C)、及びB/C比のエネルギースペクトルの観測結果を、他の観測結果と比較して示す。ホウ素と炭素のエネルギースペクトルの縦軸にはエネルギーの2.7乗が積算されている。黄色のハッチ領域はCALETの系統的誤差を表し、その他の観測の誤差は統計誤差のみを示す。

(3)そのために新しく開発した手法

CALET は世界で初めて宇宙機に搭載された宇宙線シャワーを可視化できるカロリメータ型の観測装置です。CALET開発以降では、同種の観測装置である中国のDAMPE と米国のISS-CREAM が打ち上げられています。カロリメータ型の観測装置に対して、磁石を採用したマグネットスペクトロメータ型のPAMELA とAMS-02 が、電荷の正負の判定による反粒子を含む観測に現在成果を挙げています。カロリメータ型装置は、電荷の正負は判定できないものの、エネルギー測定がテラ電子ボルト以上まで可能です。これに対して、マグネットスペクトロメータ型装置は、テラ電子ボルト領域以下の観測に限られています。このため、両者はお互いの利点を生かして相補的な観測を実施しています。こうしたなかで、CALETはこれまで高精度観測が困難で未開拓な領域であったテラ電子ボルト領域での観測において成果をあげています。

(4)研究の波及効果や社会的影響

宇宙線は星の進化の過程で生成された元素が、特にその最終段階で超新星爆発などにより宇宙空間にばら撒かれ、超新星残骸で生成された衝撃波によって加速されると考えられています。しかし、この衝撃波加速やその後の宇宙空間への拡散などについては、まだまだ不明な部分が多く、その解明には宇宙線諸成分のエネルギースペクトルの高精度観測が不可欠です。今回の成果は星の元素合成では生成されない元素であるホウ素が、炭素と星間物質との相互作用により宇宙空間でどのようにして生成されるかを解明するために必要なB/C比の観測を世界で最も高精度にテラ電子ボルト領域まで達成しています。このことにより、これまで謎につつまれていたホウ素の起源を定量的に明らかにするために不可欠なデータを提供しています。

(5)今後の課題

星の元素合成で生成される宇宙線(一次成分)のエネルギースペクトルに加えて、それらの星間物質との相互作用によって宇宙空間で生成されるベリリウム、リチウム、ホウ素などの宇宙線(二次成分)の観測は、宇宙線の加速領域や銀河磁場構造の理解にとって重要です。しかし、これらの二次成分は絶対数が少ない上に、エネルギーの増大とともに一次成分に対してさらに減少します。そのために、これらの正確な理解のためには観測の継続により観測量を増やし、それぞれのエネルギースペクトル観測の精度をあげるとともに、より高エネルギー領域での観測が必要になります。このことにより、宇宙線の超新星残骸や銀河空間での伝播機構のさらに高精度な理解を目指します。

(6)研究者のコメント

CALETは2015年8月から約7年間の観測を継続的かつ安定して行い(※5)、これまでの観測が達成できなかった、テラ電子ボルト領域に及ぶ宇宙線諸成分の高度観測を達成しています。今回の研究成果は特に宇宙空間で二次的にしか生成されないホウ素の観測に成功し、これまで不確定性の大きかったホウ素の生成メカニズムを解明するために不可欠なデータを発表しています。

(7)用語解説

※1 CALET

CALorimetric Electron Telescope(CALET)はカロリメータ方式の宇宙線電子望遠鏡で、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験です。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置となっています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測することになります。カロリメータは、図3のように3つの層からできています。図3の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、原子番号を調べます。第2の層(IMC)では、粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。特に第三の層の厚さや使われている物質によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここが従来の観測装置に比べて高い性能を持っています。

図3:CALETの主検出であるカロリメータ部の装置概要。上から電荷測定器(CHD)、撮像型カロリメータ(IMC)、全吸収型カロリメータ(TASC)。1TeVの電子シャワーのシミュレーション例が上書きで示されている。

※2 TeV領域

エネルギーの単位の一つとして用いられる電子ボルト(eV)は、1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーを1電子ボルトとして定義されています。ここではその1兆倍のエネルギーがテラ電子ボルト(TeV)です。なお、現在地上で人工的に粒子を加速できるもっとも高いエネルギーは6.5TeVです。

※3 銀河磁場

銀河系内に存在する大局的な構造としての磁場のことで、宇宙線は電荷を帯びているので銀河内を運動する間に、磁場との間にはたらくローレンツ力によってその進行方向が変化します。このため、宇宙線が加速源から地球に到達するまでの時間や距離は、銀河磁場の強さや構造を反映します。

※4 スペクトル

本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線各成分のスペクトルは概ね冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7 程度ですので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。

※5 これまでのCALETによる観測

2015年8月に国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに設置され、同年10月より宇宙線観測を開始して以来、現在まで7年間以上にわたって順調に観測を継続しています。その結果、電子、陽子、ヘリウムから鉄、ニッケルまでの宇宙線各成分やガンマ線の観測で成果をあげています。このほか、太陽活動にともなう宇宙線流量の長期変動や宇宙天気予報観測を継続して実施しています。図1に、「きぼう」に設置されたCALETを示します。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review Letters
論文名:The Cosmic-ray Boron Flux Measured from 8.4 GeV/n to 3.8 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
著者名:Yosui Akaike (Waseda University), Paolo Maestro (Siena University), Shoji Torii (Waseda University) et al. (CALET Collaboration)
掲載日(現地時間):2022年12月16日(金)
掲載日(日本時間):2022年12月17日(土)
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.129.251103
DOI:10.1103/PhysRevLett.129.251103

(9)研究助成

研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名:  CALET長期観測による銀河宇宙線の起源解明と暗黒物質探索
研究代表者名(所属機関名): 鳥居祥二(早稲田大学)

研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(C)
研究課題名: 宇宙線原子核の直接観測による銀河宇宙線の加速・伝播機構の研究
研究代表者名(所属機関名): 赤池陽水(早稲田大学)

Discovering Rare Red Spiral Galaxy Population from Early Universe with the James Webb Space Telescope

著者: contributor
2022年12月16日 11:50

Discovering Rare Red Spiral Galaxy Population from Early Universe with the James Webb Space Telescope

The first image of NASA’s James Webb Space Telescope reveals a detailed morphology of highly redshifted spiral galaxies

Morphology of galaxies contain important information about the process of galaxy formation and evolution. With its state-of-the-art resolution, NASA’s James Webb Space Telescope has now captured several red spiral galaxies in its first image at an unprecedented resolution. Researchers from Waseda University have now analyzed these galaxies, revealing that these are among the furthest known spiral galaxies till date. The analysis further detected a passive red spiral galaxy in the early universe, a surprising discovery.

Spiral galaxies represent one of the most spectacular features in our universe. Among them, spiral galaxies in the distant universe contain significant information about their origin and evolution. However, we have had a limited understanding of these galaxies due to them being too distant to study in detail. “While these galaxies were already detected among the previous observations using NASA’s Hubble Space Telescope and Spitzer Space Telescope, their limited spatial resolution and/or sensitivity did not allow us to study their detailed shapes and properties,” explains Junior Researcher Yoshinobu Fudamoto from Waseda University in Japan, who has been researching galaxies’ evolution.

Now, NASA’s James Webb Space Telescope (JWST) has taken things to the next level. In its very first imaging of the galaxy cluster, SMACS J0723.3-7327, JWST has managed to capture infrared images of a population of red spiral galaxies at an unprecedented resolution, revealing their morphology in detail!

Against this backdrop, in a recent article published in The Astrophysical Journal Letters on 21 October 2022, a team of researchers comprising Junior Researcher Yoshinobu Fudamoto, Prof. Akio K. Inoue, and Dr. Yuma Sugahara from Waseda University, Japan, has revealed surprising insights into these red spiral galaxies. Among the several red spiral galaxies detected, the researchers focused on the two most extremely red galaxies, RS13 and RS14. Using spectral energy distribution (SED) analysis, the researchers measured the distribution of energy over wide wavelength range for these galaxies. The SED analysis revealed that these red spiral galaxies belong to the early universe from a period known as the “cosmic noon” (8-10 billion years ago), which followed the Big Bang and the “cosmic dawn.” Remarkably, these are among the farthest known spiral galaxies till date.

Rare, red spiral galaxies account for only 2% of the galaxies in the local universe. This discovery of red spiral galaxies in the early universe, from the JWST observation covering only an insignificant fraction of space, suggests that such spiral galaxies existed in large numbers in the early universe.

As a remarkable improvement over previous IRAC image (above), JWST’s unprecedented spatial resolution and high IR sensitivity reveals the morphological details of the red spiral galaxies (below) RS13 and RS14. This facilitates a detailed analysis revealing hitherto unknown features of red spiral galaxies belonging to the early universe.

The researchers further discovered that one of the red spiral galaxies, RS14, is a “passive” (not forming stars) spiral galaxy, contrary to the intuitive expectation that galaxies in the early universe would be actively forming stars. This detection of a passive spiral galaxy in the JWST’s limited field of view is particularly surprising, since it suggests that such passive spiral galaxies could also exist in large numbers in the early universe.

Overall, the findings of this study significantly enhances our knowledge about red spiral galaxies, and the universe as a whole. “Our study showed for the first time that passive spiral galaxies could be abundant in the early universe. While this paper is a pilot study about spiral galaxies in the early universe, confirming and expanding upon this study would largely influence our understanding of the formation and evolution of galactic morphologies,” concludes Fudamoto.

Reference

Title of original paper: Red Spiral Galaxies at Cosmic Noon Unveiled in the First JWST Image
DOI: 10.3847/2041-8213/ac982b
Journal: The Astrophysical Journal Letters
Article Publication Date: October 21, 2022
Authors: Yoshinobu Fudamoto1,2, Akio K. Inoue1,3, and Yuma Sugahara1,2
Affiliations:
1Waseda Research Institute for Science and Engineering, Faculty of Science and Engineering, Waseda University
2National Astronomical Observatory of Japan
3Department of Physics, School of Advanced Science and Engineering, Faculty of Science and Engineering, Waseda University

センサ位置決定 新アルゴリズム開発

著者: contributor
2022年12月14日 10:49

膨大な数の空間点データからなる現象を少数のセンサ情報から表現する

最適なセンサ位置を決定する新たなアルゴリズムを開発

広範な学術・産業応用や実用化前進に期待

発表のポイント

少数のセンサで複雑な現象を計測する技術が昨今注目を集めていますが、効率良く効果的に最適なセンサ位置を決定するための既存の計測手法は、コストや計測精度に難があり実用化に課題が多く存在していました。
一度に全センサ位置の最適な組み合わせを選択する新たなアルゴリズムを開発しました(図1)。この新たな計測手法を用いて、ノイズを多く含む実験データで精度検証を行い、その有効性を実証しました。
新たな計測手法の課題となる計算コストを低減するため、量子インスパイアード技術である富士通の「Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer」(以下、「デジタルアニーラ」)を用いたことで、高速に解を得ることができました。

早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程の井上智輝(いのうえともき)と同大学理工学術院教授の松田佑(まつだゆう)、ならびに東北大学流体科学研究所教授の永井大樹(ながいひろき)と同大大学院工学研究科博士課程後期の伊神翼(いかみつばさ)、愛知工業大学工学部教授の江上泰広(えがみやすひろ)らの研究グループ(以下、本研究グループ)は、センサ位置最適化問題を解消するため、従来研究されてきた方法論とは全く異なるアプローチで、60万点強の空間点データからなる多自由度の現象を、数十から数百点でのデータ情報を基に表現するための位置選択アルゴリズムを開発しました。また、実際にノイズを多く含む実験データへの応用を行い、その有効性を実証しました。さらに、組合せ最適化問題を高速に解く量子インスパイアード技術*1である富士通の「デジタルアニーラ」*2を用いることで、高速に解を得ました。

本研究成果は、オランダのエルゼビア社が発行する『Mechanical Systems and Signal Processingに2022年12月8日(木)(現地時間)に掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

少数のセンサで複雑な現象を計測する技術が注目を集めています。少数のセンサでの計測が実現できれば、低コストで現象を把握できます。またデータ取得・解析を高速に行うことができるため、これにより迅速な意思決定も可能になります。しかし少数のセンサで効果的な計測を行うためには、センサの位置を適切に決定する必要があります。このような問題はセンサ位置最適化問題*3と呼ばれています。

センサ位置最適化問題を解く方法として、凸緩和法*4や貪欲法*5が提案されています。しかし凸緩和法では計算コストが大きく、多くの空間点からなるデータの解析には不向きです。また凸緩和法は、ノイズを多く含む実際の実験データには有用でないことが指摘されていました。一方、貪欲法は計算コストが小さいものの局所解に陥ることが多いことが知られており、特にセンサ数が一定数を超えた場合、センサの位置をランダムに決定する乱択法よりも推定精度が低下してしまうという問題がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

貪欲法においてはセンサ位置を1点ずつ順にその選定時に最適となるように決定していきます。このとき、互いに似通った情報をもつ点を選択するようになると、貪欲法はセンサ位置の推定精度が悪化する特徴を有することに本研究グループは着目しました。

そこで本研究では、互いに近傍となる位置を選ばないように、またセンサ位置を1点ずつ順に選ぶのではなく、一度に全センサ位置の最適な組み合わせを選択することで貪欲法の問題点を解決できると考えました。例えば図2のように、貪欲法では1点ずつ順に1から5までの5点を選ぶときに各時点で最適な位置を選択します。このとき以前に選択した位置を考え直すということを行いません。これに対して本研究で提案した手法では、1点ずつ順に選ぶよりも5つの点の組み合わせとしてより適切な組み合わせが得られるのではないかと考えました。

(3)そのために新しく開発した手法

センサ位置最適化問題は、現象を効率的に表現する少数のセンサを選択する問題です。これは特徴的な挙動を示す位置を選ぶことであると言えます。本研究グループは、特徴的な挙動を示す位置を選びつつ、一方で似たような特徴を示す位置を選ばないような、センサ位置の組み合わせを選択するアルゴリズムを考えました。

そこで、任意の2つの空間位置に対して、現象の特徴を良く表し、かつ互いに類似性が低い場合に大きな値をとる重みを考えました。このように考えると、各空間位置をノード*6とし各ノード間を結ぶエッジ*7を上記の重みとするグラフと捉えることができます(図3)。すると目的とするセンサ位置の組み合わせは、一定値以上の重みをもったエッジを残した無向グラフにおいて、最大クリーク問題*8の解を与える組み合わせと考えることができます。最大クリーク問題は、その補グラフ*9に対する最大独立集合問題*10と等価であることが知られており、この最大独立集合問題を解くことでセンサ位置の組み合わせを決定しました。

なお、最大クリーク問題も最大独立集合問題もNP困難*11であることが知られています。本問題を通常のコンピュータで計算するには、たくさんの候補点からセンサ位置の組み合わせを決定することになり、計算コストが大きく困難です。そのため、本研究では、量子コンピュータなどで注目度の高い組み合わせ最適化問題に特化した新しいコンピュータの1つである富士通「デジタルアニーラ」を用いることで高速に解を得ました。

本研究では、提案した手法によって得られた解の妥当性を評価するために、NOAA-STTデータ(National Oceanic and Atmospheric Administration(アメリカ海洋大気庁)の提供している海水面温度変化データ)を用いた精度検証を行いました。これにより従来法と遜色なく少数の点での温度データのみから元の海水面温度分布を再現できることを示しました(図4)。

また実際にノイズを多く含む実験データに提案手法を適用しました。実験データは流れに直角に置かれた角柱後方にできるカルマン渦*12を感圧塗料法*13によって計測したもので、60万点強の空間点からなるデータであり非常に大きなスケールの対象です。またこのデータには非常に大きなノイズが含まれています(図5の左図)。本論文では、このような複雑な現象について、数十から数百点でのデータ情報を基に表現するためのセンサ位置の最適な配置を決定しました(図5の中図のピンク色の点)。そして、選択されたセンサ位置の情報を基にノイズを低減したデータを再構成しました(図5の右図)。この再構成されたデータを、半導体圧力センサによって計測したデータと比較しました。ここで半導体圧力センサは、感圧塗料法とは異なり計測点を設置した場所での計測値しか得られませんが、非常に精度が高いことが知られています。提案手法によって再構成したデータは、この半導体圧力センサでの計測結果と0.3%以下のずれであり非常によく一致することを確認し、本研究の有効性を示しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

センサ位置最適化問題では凸緩和法の高速化と貪欲法の高精度化の研究が主に行われていますが、本研究グループはこれらとは本質的に異なる新しいアプローチを提案するとともにその有効性を示しました。今後、センサ位置最適化問題の学術・産業応用へ大きなインパクトを与えると期待されます。

あわせて、センサ位置最適化問題は、NOAA-STT(海水面温度変化)のセンシングや流体力学に留まらず広範な応用が期待されています。同様に、本研究で応用例として扱った感圧塗料法は航空機・鉄道・自動車の空力設計への応用を通じ、安全性の向上や空力抵抗の低減に大きく貢献することが期待されています。これまで、感圧塗料法では計測ノイズが障害となり鉄道・自動車分野への応用は難しいとされてきました。しかし、本アルゴリズムによって感圧塗料法はこれらの問題への応用へ向けて前進すると考えられます。

量子コンピュータ、デジタルアニーラなど新しいタイプのコンピュータが注目されています。ただし上記のような実応用を見据えた技術への応用例はまだ数が少なく、このたびの研究成果は、これらのコンピュータの新しい応用としてもインパクトが大きいと考えています。

(5)今後の課題

複雑な現象を対象としたときに、どの程度の現象再現能に対してどの程度のセンサ数が必要なのか明らかにしたいと考えています。これによって実際の機械や環境モニタリングへの応用を行う際に、必要なセンサ数を決定することが可能となります。また実応用では事前に得られる情報に制限があることが想定されるため、このような場合にも有効なセンサ位置最適化についても研究を重ねたいと考えています。

(6)研究者のコメント

本研究では、センサ位置最適化問題に対して新しいアプローチを提案いたしました。センサ位置最適化問題はこれまで凸緩和法や貪欲法などを用いた解法が提案されています。このたび開発した新たな手法はこれらの手法と同等以上の結果を得ることができます。特に、従来の手法に比べてもセンサが満たすべき条件を素直に立式した直感的に理解しやすい方法となっているところが特長です。仮に問題や条件がかわっても、新手法のコンセプトを用いることで、比較的容易に問題に合わせて定式化を行い、解を得ることができる点が特に優れていると考えています。

(7)用語解説

※1 量子インスパイアード技術

量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く技術

※2 Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer(デジタルアニーラ)

現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。https://www.fujitsu.com/jp/digitalannealer/index.html

※3 センサ位置最適化問題

少数の位置でのデータから効率的に現象の表現を実現するための位置を決定する問題。

※4 凸緩和法

非凸の目的関数を凸関数で近似表現し計算する方法。

※5 貪欲法

一つ一つ順にその時に最適になるように解を決定する方法。

※6 ノード

グラフの頂点。本稿ではセンサ位置の候補点。

※7 エッジ

ノード間を結ぶ辺。

※8 最大クリーク問題

全てのノードの組にエッジが存在するグラフの部分をクリークと呼び、最大の大きさのクリークを見つける問題を最大クリーク問題という。本研究では全てのセンサ位置候補同士が、現象の特徴を良く表し、かつ互いに類似性が低い場合に大きな値をとる重みでつながれている必要があるためにクリークを考える。最大クリークを見つけることで、現象を表現するセンサ位置をもれなく選定することができる。

※9 補グラフ

エッジの有無を入れ替えたグラフ。すなわち元のグラフにおいて存在するエッジを削除し、エッジがないノード間にエッジを設けたグラフ。

※10 最大独立集合問題

どのノードもクリークに含まれないような集合のうち最大のものを見つける問題。エッジの有無を入れ替えたグラフ(補グラフ)に対する最大独立集合問題を考えることは、もとのグラフの最大クリーク問題を考えることと同じになる。

※11 NP困難

NPはNondeterministic Polynomialの頭文字。問題の大きさに対して、その多項式で表される時間で解くことができる問題をクラスNPと呼ぶ。これらの問題よりも多くの時間を要する問題をNP困難と呼び、問題が大きくなるほど膨大な計算時間を要する。近年、NP困難を解くためのツールとして量子コンピュータをはじめ新しいコンピュータが提案されている。

※12 カルマン渦

流れの中に角柱や円柱を置いたときに、これらの物体の後方で見られる特徴的な渦。角柱、円柱の両端から交互に渦が出ているように見える。

※13 感圧塗料法(Pressure-sensitive paint; PSP)

感圧塗料(PSP)は、一般に酸素消光作用を有するりん光分子とこれを模型表面に保持固定するためのバインダから構成される。PSP計測法では、このりん光分子の放つ発光の強度が圧力に応じて変化することから、PSPの発光強度分布を計測することで圧力分布を計測する。

(8)論文情報

雑誌名:Mechanical Systems and Signal Processing
論文名:Data-Driven Optimal Sensor Placement for High-Dimensional System Using Annealing Machine
執筆者名(所属機関名):井上智輝(早稲田大学大学院生)、伊神翼(東北大学大学院生)、江上泰広(愛知工業大学教授)、永井大樹(東北大学教授)長沼靖雄(富士通株式会社)、木村浩一(富士通株式会社)、松田佑*(早稲田大学教授)
掲載日時(現地時間): 2022年12月8日(木)
掲載URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0888327022010251
DOIhttps://doi.org/10.1016/j.ymssp.2022.109957

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)
「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究統括:雨宮 慶幸)

研究課題名:圧縮センシングを活用した高精度空力診断システムの構築 JPMJPR187A
研究代表者名(所属機関名):松田佑(早稲田大学)
研究費名:東北大学流体科学研究所一般公募共同研究:J22I020
研究課題名:構造化照明を用いた高精度PSP計測手法の開発
研究代表者名(所属機関名):松田佑(早稲田大学)、永井大樹(東北大学)

初期宇宙の赤い「渦巻銀河」を発見

著者: contributor
2022年12月14日 10:48

初期宇宙に存在した赤い渦巻銀河を発見

発表のポイント

  • 地球が属する天の川銀河と同様の渦巻構造をもつ「渦巻銀河」は、いつ・どのように生まれ、形作られたのかなどについて、望遠鏡の感度や空間分解能の限界から、分かっていなかった。
  • 米国NASAが2022年から運用開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のデータをもとに分析した結果、80億年から100億年前の宇宙に、これまで見られなかった赤い渦巻銀河を初めて発見した。
  • 本パイロット調査をもとに、さらに詳細に渦巻銀河形成についての分析を進めることで、いまだ謎多き銀河の成り立ちに関し、新たな知見を加えることが期待できる。

概要

早稲田大学理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト特任研究員の札本 佳伸(ふだもと よしのぶ)と同大理工学術院 教授の井上 昭雄(いのうえ あきお)および同大理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト 特任研究員の菅原 悠馬(すがはら ゆうま)の研究グループは、これまで確認されていなかった特異な「赤い渦巻銀河」を発見し、さらにそれが80億年から100億年前という初期の宇宙に存在することを明らかにしました。本成果は、2022年から米国NASAで運用が開始されたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のデータを元にした成果としては、国内の研究機関から初めて出版された論文となります。
本研究成果は、『The Astrophysical Journal Letters』(論文名:Red Spiral Galaxies at Cosmic Noon Unveiled in the First JWST Image)にて、2022年10月21日(金)に掲載されました。

図1:渦巻銀河の例M74(出典 NASA)。渦巻構造中に見える赤い領域は活発な星形成活動を行っている領域。我々の住む地球が属する天の川銀河も、このような構造を持っていると考えられており、近傍の宇宙には比較的数多く存在する銀河である。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

エドウィン・ハッブルによる銀河の分類法「ハッブル分類」にも見られるように、現在の宇宙には、楕円銀河や渦巻銀河など、見た目から分かりやすい形を持った銀河が多く存在します。なかでも渦巻銀河は、銀河中心に「バルジ」と呼ばれる楕円体の構造を持ち、特徴的な渦巻状の腕「渦状腕(かじょうわん)」を持つ、美しい円盤銀河です(図1)。現在の宇宙にある渦巻銀河は多くが比較的活発な星形成活動を行っており、我々の住む天の川銀河もそのひとつです。

これまでの研究では、このような渦巻構造を持つ銀河がいつ・どのように生まれ、どれほど過去の宇宙に存在するのか、分かっていませんでした。特に、80億年以上前の初期宇宙では、米国NASAのハッブル宇宙望遠鏡などによる観測の結果から、不規則な形態を持つ銀河が多いことが知られ、渦巻銀河はほとんど発見されていませんでした。このことから、渦状腕など銀河の形が整うためには銀河が生まれてから長い時間が必要で、もっと時代が下った、現在に近い時代の宇宙にしか存在しないのではないかと考えられてきました。

また近年、日本のすばる望遠鏡によって行われた大規模な探査によって、現在の宇宙にある渦巻銀河の98%は比較的活発な星形成活動を行っており、星形成活動が止まってしまった「年老いた」渦巻銀河※1は2%程度しか存在しないことが明らかになりました(嶋川 他、2022)。年老いた渦巻銀河の数が少ないということが、現在の宇宙だけの特徴なのか、それとも過去の時代の宇宙にある銀河を見れば現在とは異なる様子が見られるのかという疑問に対しては、望遠鏡の感度や空間分解能の制限から答えを得られていませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究チームは、2022年から運用を開始した米国NASAの宇宙望遠鏡ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が世界に向けて初公開したデータ、特に、これまでの観測では捉えられていなかった特異な銀河「赤い渦巻銀河」に注目しました。これらの「赤い渦巻銀河」はハッブル宇宙望遠鏡やスピッツァー宇宙望遠鏡による観測でも検出はされていたものの、空間分解能や感度の制限からその詳細な形態や性質については知られていませんでした。今回、スピッツァー宇宙望遠鏡より10倍の空間分解能、50倍の高感度をもつJWSTの革命的な性能によってその詳細な形態が初めて明らかになりました(図2)。

図2:本研究で詳細を調査した「赤い渦巻銀河」の代表例RS13とRS14の画像。上段が従来のスピッツァー望遠鏡による観測データ(約4ミクロンの赤外線単波長データを使用)。下段が、今回JWSTによって同じ銀河に対して得られたデータ(約1ミクロンから4ミクロンの赤外線波長データを用いて作られた擬似カラー画像)。JWSTの極めて優れた分解能と感度によってRS13、RS14ともに渦巻構造を持っていることが初めて明らかになり、さらに「赤い渦巻銀河」というこれまで知られていなかった銀河種族の存在が明らかになった。

我々は、この赤い渦巻銀河がどのような性質を持つのかを調べるパイロット調査として、最も赤い色を持つ2つの銀河(RS13、RS14:図2)について、JWSTから得られた測光データや分光データを元に分析を行いました。その結果、これらの赤い渦巻銀河が、80億年から100億年程度過去の、初期宇宙に存在する銀河であることが分かりました。さらに、RS14は星形成を行っていない、年老いた銀河であることも明らかになりました。年老いた渦巻銀河は現在の宇宙では極めて珍しいものの、今回のJWSTの初期観測データというほんの小さな領域の観測から発見されました。このことから、年老いた銀河は遠方宇宙ではこれまで考えられてきたよりも多く存在する可能性が示唆されます。一方で、初期宇宙に存在する赤い渦巻銀河や年老いた渦巻銀河はどのようにして形成されてきたのか、といった疑問が新たに生じる結果となりました。

(3)研究の波及効果や社会的影響

JWSTが初めて公開した画像の中に見られた特徴的な銀河「赤い渦巻銀河」についてパイロット調査を行うことで、初期宇宙においても渦巻銀河は多数存在し、またその中には年老いた渦巻銀河といった、近傍宇宙では極めて珍しい銀河も存在することを初めて示しました。これらの発見から、渦巻銀河形成の歴史や、ひいては宇宙の歴史全体の中で銀河の形態がどのように変化してきたのかについての研究に、新たな視点を与えることができたのではないかと考えています。

(4)今後の課題

本研究では、JWSTの画像に多数見られた赤い渦巻銀河のうち、最も赤い色を持った2つの銀河に対してパイロット調査を行いました。今後、さらに多数の赤い渦巻銀河について調査を行い、過去の宇宙に存在する渦巻銀河や年老いた渦巻銀河に対する研究を進めていくことで、いまだ謎多き銀河の成り立ちに関し、新たな知見を加えることができるものと考えています。

(5)研究者からのコメント

今回、従来の宇宙望遠鏡よりも10倍の空間分解能、50倍の感度を持つJWSTの驚異的な性能によって初めて得られた画像を目の当たりにして、これまでの我々が触れることができなかった宇宙の姿が明らかになってきました。本研究テーマである赤い渦巻銀河もその一つであり、今後も多様な発見が行われるものと考えています。JWSTによる新たな観測データは、我々の宇宙に対するこれまでの知識を大きく変えるものとして、これからも注目していく必要があると考えています。

(6)用語解説

※1 年老いた銀河
パッシブな銀河、とも呼ばれる。星形成活動がほとんどなく、その内部に存在する星は形成されてから比較的長い時間が経っているため年老いている。星形成活動に必要なガスが存在しない、赤い色を持つなどの特徴を持つ。

(7)論文情報

雑誌名:The Astrophysical Journal Letters
論文名:Red Spiral Galaxies at Cosmic Noon Unveiled in the First JWST Image
執筆者名(所属機関名):札本 佳伸(早稲田大学理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト 特任研究員)、井上 昭雄(早稲田大学理工学術院 教授)、菅原 悠馬(早稲田大学理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト 特任研究員)
掲載日時:2022年10月21日(金)
掲載URL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ac982b
DOI:10.3847/2041-8213/ac982b

(8)研究助成

研究費名:国立天文台ALMA共同科学研究事業 No.2020-16B
研究課題名:ALMA HzFINEST:高赤方偏移遠赤外線星雲輝線研究
研究代表者名(所属機関名):井上 昭雄(早稲田大学)

100度台でCO2をCOへ転換可能に

著者: contributor
2022年12月1日 09:07

100度台で二酸化炭素を一酸化炭素に転換する新材料とプロセスを発見

熱のロスを大幅に抑制しながら余剰な再生可能エネルギーによる再資源化が可能に

発表のポイント

  • 2050年カーボンニュートラル実現に向けて、化石資源利用の削減と二酸化炭素排出抑制が強く期待されている。
  • 従来700度以上が必要だった二酸化炭素から一酸化炭素への化学的転換を100度台という低温で実現可能にする新しい材料とプロセスを明らかにした。
  • 本技術により、熱のロスを大幅に抑制しながら、再生可能エネルギーが余っているときに必要に応じて二酸化炭素を再資源化するプロセスが実現できる。

早稲田大学理工学術院の関根 泰(せきね やすし)教授らの研究グループは、従来700度以上が必要だった二酸化炭素から一酸化炭素※1への化学的転換を100度台という低温で実現可能にする新しい材料とプロセスを明らかにしました。

2050年カーボンニュートラル実現に向けて、化石資源利用の削減と二酸化炭素排出抑制が強く期待されています。このような中で、回収した二酸化炭素を原料として再生可能エネルギー由来の水素を利用して化学品などを作り出すことができれば、二酸化炭素を循環利用することになり、化石資源消費を減らすことができます。本技術により、熱のロスを大幅に抑制しながら、再生可能エネルギーが余っているときに必要に応じて二酸化炭素を再資源化するプロセスが実現できます。

本研究成果は、2022年11月29日(現地時間)にイギリス王立化学会の『EES Catalysis』のオンライン版で公開されました。

論文名:Non-conventional low-temperature reverse water–gas shift reaction over highly dispersed Ru catalysts in an electric field
DOI:10.1039/D2EY00004K

(1)これまでの研究で分かっていたこと

回収した二酸化炭素を原料として、再生可能エネルギー由来の水素を反応させて化学品の原料である一酸化炭素を作る反応は、以下の式で表され、逆水性ガスシフト反応※2と呼ばれるよく知られた反応です。
CO2+H2→CO+H2O

一見簡単そうに見えるこの反応ですが、吸熱反応であるため高い温度を必要とし、従来は700度以上の温度域で触媒反応により実施されてきました。この際の高い温度がネックとなり、オンデマンドで再生可能エネルギーを利用しての駆動は難しいものでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

このような中、研究グループはこの逆水性ガスシフトを150度程度(=423 K程度)の低温で高い反応率・高い選択性ですすめる新しい技術を検討してきました。外部電場を印加した触媒反応がこの目的を実現しうることを見出し、低温でより高い性能を発現しうる触媒ならびにプロセスを探索してきた結果、ルテニウム金属微粒子をチタン酸ジルコニウムという安定な酸化物に担持した固体触媒が、本プロセスに非常に有効なことを見出しました。

(3)そのために新しく開発した手法

外部から直流電場を印加し、酸化物表面イオニクスを誘起することによって、低温でも反応が能動的に進行することを見出しました。その際の触媒の状態を、各種オペランド分光※3分析等によって明らかにすることができました。この結果、下の図に示すような新しい反応メカニズムで本反応が進行していることを見出すことができました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

従来700度以上が必要だった二酸化炭素から一酸化炭素への化学的転換を100度台で実現可能にした本技術は、その後に続く一酸化炭素を用いた各種有機合成反応の温度と温度域が近いため、総合的な熱のロスを大幅に抑えることが可能になり、またオンデマンドで駆動することが期待できます。これにより、再生可能エネルギーが余っているときに必要に応じて二酸化炭素を再資源化するプロセスが実現できます。

(5)今後の課題

大学でのラボ試験による結果を基に、より大型のプロセスへとスケールを上げていくことが期待されます。

(6)研究者のコメント

逆水性ガスシフトは、化学式が簡単に見える反応であり、かつ化学原料の基軸をなす一酸化炭素を作る重要な反応でありながら、高い温度を必要とする難しい反応と言われてきました。本技術によって、100度台で容易に本反応を進めることができるようになったことで、回収二酸化炭素を利用したオンデマンド化学品合成の可能性が拓かれたと思います。本技術を民間企業などとの協力によって素晴らしいものに仕上げていきたいと思っております。

(7)用語解説

※1 一酸化炭素
COと書くことができる分子。あらゆる化学品合成の原料となりうる非常に重要な分子である。一酸化炭素を原料として、各種燃料や化学品を作り出すことができる。

※2 逆水性ガスシフト
二酸化炭素と水素を反応させて一酸化炭素を作る反応。42 kJ/mol程度の吸熱反応であるため、平衡の制約から高温を必要とする。

※3 オペランド分光
固体触媒などの作動している環境で、その表面などを生け捕りにして観察すること。作動状態の触媒上で何が起こっているかを見ることができる手法である。

(8)論文情報

雑誌名:EES Catalysis (EES=Energy Environmental Science)
論文名:Non-conventional low-temperature reverse water–gas shift reaction over highly dispersed Ru catalysts in an electric field
執筆者名(所属機関名):Ryota Yamano(早稲田大学), Shuhei Ogo(高知大学), Naoya Nakano(早稲田大学), Takuma Higo(早稲田大学), Yasushi Sekine*(早稲田大学)
掲載日(現地時間):2022年11月29日
掲載URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2023/ey/d2ey00004k
DOI:10.1039/D2EY00004K

複雑な精密3次元構造体作製に成功

著者: contributor
2022年11月29日 17:13

光造形3Dプリンタ装置による複雑な形状の金属・樹脂の精密3次元構造体の作製に成功

発表のポイント

  • 光造形型3Dプリンタとめっきを組み合わせ、これまで製作が困難であった複雑で立体な金属・プラスチック複合材料部品、電子回路の作製に成功した。
  • 金属イオン含有樹脂に、選択的に無電解めっきを適用することによって、プラスチック上に綺麗な金属めっきを設けることが可能となった。
  • 様々なエレクトロニクスを自作できることが実証されたため、次世代エレクトロニクスの製造が求められているロボット・IoTデバイスの開発に大きな効果を発揮すると考えられる。
光造形3Dプリンタによる複雑な形状の金属・樹脂の精密3次元構造体の作製

概要

早稲田大学理工学術院梅津 信二郎(うめず しんじろう)教授、シンガポール南洋理工大学の佐藤 裕崇(さとう ひろたか)教授らの研究グループは、光造形3Dプリンタとめっきを組み合わせ、複雑な形状の金属・樹脂の精密3次元構造体を作製することに成功いたしました。新たに開発した、複数の樹脂を使用することが可能な光造形3Dプリンタ装置を用いて、標準樹脂と金属イオン含有樹脂(以下、活性前駆体)を組み合わせた立体構造物を作製いたしました。金属イオン含有樹脂に、選択的な無電解めっきを適用することによって、プラスチック上に綺麗な金属めっきを設けることができます。
本研究は、光造形3Dプリンタとめっき技術を利用するものであり、解像度40μmで、複雑形状で、様々な金属・プラスチック複合材料部品、電子回路などを作製できます。
本研究成果は、アメリカ化学会が発行する「ACS Applied Materials & Interfaces」に、2022年10月6日(木)にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

光造形型3Dプリンタを利用して、曲面上に高精度なプラスチック造形物を作製することは可能であったが、立体の表面だけでなく、内部表面にも金属を配置した金属・プラスチック複合材料部品や電子回路の作製はこれまでできてこなかった。3Dプリンタで造形したプラスチック造形物の表面全てにめっきを施すことは可能であったが、任意の箇所に金属を設ける技術ではなかった。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回、使用する樹脂に合わせて露光時間などを調整可能で、複数の樹脂を使用する光造形3Dプリンタ装置を開発し、標準樹脂と金属イオン含有樹脂(以下、活性前駆体)を組み合わせた立体構造物を作製した。金属イオン含有樹脂に、選択的な無電解めっきを適用できるため、プラスチック上に綺麗な金属めっきを設けることが可能となった。本アプローチには、①特定の金属パターンを有する複雑な金属・プラスチック 3D 部品を製造することができる、②高集積でカスタマイズ可能な 3 次元マイクロエレクトロニクスの造形が可能であるといったメリットがある。めっき可能な樹脂と通常樹脂から構成される立体を光造形3Dプリンタで造形し、その上で、めっきを施すことによって、めっき可能な樹脂の部分が金属となる。このプロセスは、単純な原理のため、複雑なエレクトロニクスの製造が可能ですが、「高価な製造装置」「複雑なプロセス」が不要である。

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究により、めっきを援用することで、3Dプリンタにより、金属とプラスチックから構成される立体造形物を複雑に造形可能なことを実証したことは大きな成果である。3Dプリンタは自由な造形が可能だと認識されているが、金属造形物の作製とプラスチック造形物の作製で使用される3Dプリンタは、異なるものである。様々なエレクトロニクスを自作できることを実証したため、次世代エレクトロニクスの製造が求められているロボット・IoTデバイスの開発に大きな効果を発揮すると考えられる。

(4)今後の課題

実用的なヘルスケアIoTデバイスの作製、小型の自律ロボットの開発を共同研究者と共に進めている。応用先を変更することによって、求められる機能や問題が変わるが、共同研究者とのディスカッションを行うことで、対応する。また、さらなるスペック向上に向けて、3Dプリンタの改良を行っている。

(5)研究者からのコメント

本研究は、アディティブマニュファクチャリング技術の発展にとって大きな意義がある。金属材料と機能性樹脂材料を組み合わせることで、単一材料では実現できない機能部品を製造することができ、3Dプリント技術の実用化・産業化を大きく促進できる。

(6)論文情報

雑誌名:ACS Applied Materials & Interfaces
論文名:New Metal–Plastic Hybrid Additive Manufacturing for Precise Fabrication of Arbitrary Metal Patterns on External and Even Internal Surfaces of 3D Plastic Structures
執筆者名(所属機関名):Kewei Song※1、Yue Cui※1、Tiannan Tao※1、Xiangyi Meng※1、曽根 倫成※2、吉野 正洋※2、梅津 信二郎※3、*、佐藤 裕崇※4、*
※1 早稲田大学大学院創造理工学研究科
※2 吉野電化工業株式会社
※3 早稲田大学理工学術院
※4 南洋理工大学
*責任著者
掲載日時:2022年10月6日(木)
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsami.2c10617
DOI:10.1021/acsami.2c10617

(7)研究助成

補助金名:文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援事業
補助事業名:Waseda Ocean 構想(モデル拠点名:ICT・ロボット工学拠点)
拠点リーダー名(所属機関名):尾形 哲也(早稲田大学)

補助金名:Singapore Ministry of Education [RG140/20]
研究課題名:Insect-Inspired Robot Developed Using Insect–Computer Hybrid Robot
研究代表者名: Hirotaka Sato

研究費名:JST未来社会創造事業 JPMJMI21I1
研究課題名:災害時にアクセスが困難な場所における生存者発見のための超環境適応ミニロボティクスシステム
主たる研究者名:梅津 信二郎、佐藤 裕崇

研究費名:早稲田オープン・イノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム「JST SPRING Grant Number JPMJSP2128」
研究課題名:Research on Next Generation Robotics and IoT devices using Ultra-Precision 3D Metal/Plastic Printing Technology
研究代表者名(所属機関名):SONG, Kewei(早稲田大学)

未知なる染色体運搬因子を発見

著者: contributor
2022年11月29日 09:20

細胞分裂において染色体を分配する綱引き因子を発見

~定説を覆す発見により人工的に染色体を分配する装置の開発も視野に〜

発表のポイント

  • 細胞分裂における染色体の分裂異常は、細胞死やがん化、不妊やダウン症先天性染色体異常の原因となるため、染色体を正確に分配するメカニズムを明らかにすることは、医学的観点からも重要な課題である。
  • 本研究では、細胞内のどの因子がどのように働くことで染色体を引っ張り、運んでいくのか、染色体の綱引きをおこなう因子とその仕組みを発見した。
  • 従来の定説では微小管を伸長させる因子だと想定されてきた分裂酵母Dis1が、翻って微小管を短縮させる因子であることを実証し、それを基に人工的な染色体運搬装置を作製した。
  • これまで分裂酵母において不明であった「微小管を短縮して染色体を運搬する実行因子」を発見したことにより、細胞分裂の仕組みの捉え方が変わる可能性がある。

早稲田大学大学院先進理工学研究科 生命医科学専攻の博士課程3年 村瀬 裕一(むらせ ゆういち)および佐藤 政充(さとう まさみつ)教授、東京大学大学院総合文化研究科の矢島 潤一郎(やじま じゅんいちろう)准教授、岡山理科大学生命科学部の濱田 隆宏 (はまだ たかひろ)准教授らの共同研究グループは、微小管結合タンパク質の1つであるDis1タンパク質が、微小管の短縮の引き金を引くことで染色体を運搬する仕組みを明らかにしました。

本研究成果は、Nature Portfolio journals発行の『Communications Biology』(論文名:Fission yeast Dis1 is an unconventional TOG/XMAP215 that induces microtubule catastrophe to drive chromosome pulling)にて、2022年11月26日(土)にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

私たちの体では、2種類の細胞分裂がおこなわれています。私たちの誕生のルーツである1つの受精卵が体細胞分裂(※1)を繰り返すことによって約30兆個まで増殖し、生き物の形がつくられます。また、精子と卵子を生み出す際には、体細胞分裂とは異なる減数分裂(※2)が行われます。体細胞分裂において染色体の分配異常が起きると細胞死やがん化の原因となると考えられており、また減数分裂における染色体分配の異常は、不妊やダウン症などの先天性染色体異常の原因となります。したがって、染色体を正確に分配するメカニズムを明らかにすることは、これらの疾患や症状を治療したり予防したりする医学的観点からも重要な課題です。

体細胞分裂・減数分裂いずれの細胞分裂においても、染色体を新しい細胞(娘細胞)へと分配する際には、微小管(※3)と動原体(※4)の存在が必要不可欠です。まず、2つの極から伸長した微小管は、染色体の動原体を両側から捉えて結合します(図1の左)。その後、微小管が染色体を引っ張り、2個の娘細胞に運ぶことで染色体分配が完了します。ここで、動原体に結合した部分で微小管が短縮することによって染色体を運ぶ動力が生まれます。微小管は「チューブリン」というタンパク質が直線状に連結してできた管状の構造物で、末端のチューブリンが解離し続けることで、その長さが短くなります(図1の右)。

ここで重要になるのは、いったい「誰が」微小管を短縮させるのかという問題です。一般的には、微小管の短縮をおこなうのは特定のモータータンパク質(※5)である「キネシン-13」だと言われています。

しかし、この定説に従わない生物がいます。たとえば分裂酵母(※6)は、その「キネシン-13」を持っていません。そのかわりの役割を担うと言われている別のモータータンパク質を細胞から除去(ノックアウト)してもなお、微小管は短縮して染色体の運搬をおこなうことができます。このことは、分裂酵母ではモータータンパク質以外のタンパク質が微小管の短縮を引き起こすことを意味します。しかしながら、その因子は見つかっておらず、「誰が分裂酵母の微小管を短縮させるのか」つまり「誰が染色体を運搬する原動力を作り出しているのか」はこれまでまったくの謎に包まれていました(図1の右)。

図1:微小管は染色体の動原体部位を捕まえた後、短縮化することで染色体を分配する

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、微小管結合タンパク質の1つであるDis1タンパク質が、微小管の短縮の引き金を引くことで染色体を運搬する仕組みを明らかにしました(図1の右)。

Dis1タンパク質は、酵母からヒトまですべての真核生物で保存されているTOGファミリー(※7)に属するタンパク質です。私たちの研究室では過去の実験結果から、TOGファミリーに属するDis1タンパク質が微小管を短縮させる候補因子として見いだしていました。Dis1を人為的に欠失させた変異細胞では、減数分裂において微小管の短縮がほとんど起きなくなっていたからです。

しかしながら、私たちのDis1が微小管を短縮するという説は、逆風の中にありました。まず、Dis1のようなモータータンパク質ではない因子が微小管を短縮するという前例はありません。さらに風向きが悪いことに、多くの生物種において、TOGファミリーに属するタンパク質(つまり他生物におけるDis1の類似因子)は、短縮どころかまったく逆の機能を担うことが多くの研究者によって実証されていたからです。

つまり、Dis1は他のTOGファミリーの因子と同様に、微小管の末端にチューブリンを付加することで微小管の伸長を促進する因子だと考えられていました。私たちの過去の研究で得られたデータはこの定説と合致しません。そこで本研究では、試験管内での再構築実験(※8)と生細胞観察を用いて、Dis1タンパク質の生化学的な性質を調べることで、Dis1が微小管を短縮するという私たちの仮説の立証に取り組みました。

細胞から精製したチューブリンタンパク質を用いて試験管内で微小管を形成させて、そこに同じく精製したDis1タンパク質を添加した際に起きる微小管の長さの変化を顕微鏡下で観察しました(図2)。すると、Dis1の存在下では微小管のダイナミクスが激しくなること、特に微小管の短縮を促進する効果が見られました。この試験管内での検証実験により、私たちの仮説が正しいことが示されました。

図2 :試験管内でDis1の活性を調べたところ、Dis1は微小管を短縮化しうることが分かった

他方で、この検証結果は新たな疑問も生み出しました。もし仮に、Dis1が常に微小管を短縮させる機能を発揮すると仮定すると、微小管は伸長しづらくなり、そもそも染色体を結合することさえ不可能になるはずです。ということは、Dis1は機能を発揮するときと、しないときがあるのでしょうか?

そこで次に生細胞観察をおこないました。その結果、微小管が染色体の動原体を結合できたときのみ、Dis1が安定的に微小管に存在できることが分かりました。動原体を結合する前の微小管では、Dis1の局在が微小管の末端から消失しやすく、結果として微小管が伸長しやすいといえます(図3の左)。これに対して、動原体を結合した後の微小管末端においては、Dis1の局在が長い時間維持されていました(図3の右)。すなわち、微小管が動原体を結合した後のみ、Dis1がそこで微小管を短縮化できることを意味しています。このように、微小管が動原体を結合する前はDis1の機能はオフであり、結合後にオンになるといえます。

図3:微小管が動原体と結合することによってDis1が機能を発揮しやすくなる

だからこそ、最初は微小管がじゅうぶん伸長でき、動原体を結合した後は一転してDis1が微小管を短縮することで染色体を運搬できるといえます。

これらの実験結果から、Dis1は微小管を短縮化することで染色体を運搬することが見えてきました。では、細胞内に多種多様な因子がある中でも、Dis1さえあればじゅうぶんに染色体を運搬できるのでしょうか。私たちはこれを検証するために、細胞内に人工的な「バーチャル動原体」を作製して実験しました。この「バーチャル動原体」は、本来の動原体とは異なる場所(染色体腕部のクロマチン領域)に、Dis1タンパク質だけを人工的に集積させて作りあげたものです(図4)。染色体の1カ所にDis1を集積させただけの集合体であり、Dis1以外の動原体の因子は「バーチャル動原体」には存在しません。

減数分裂をおこなう分裂酵母細胞内にこれを導入したところ、微小管は、Dis1集合体である「バーチャル動原体」を結合したまま短縮を開始して、見事に染色体を運搬することができました。これらの検証結果から、微小管が染色体を運搬するためにはDis1さえあれば目的を達成できることが実証されました。いわば、「人工的な染色体分配システム」の基盤ができあがったと捉えており、今後さらなる応用を視野に入れています。

図4:発見をもとに、人工的に染色体を運搬するシステムを構築した —Dis1さえあれば運搬できる?

(3)研究の波及効果や社会的影響

従来は、Dis1をはじめとするすべてのTOGファミリーのタンパク質は微小管を伸長する因子であると考えられてきましたが、今回の私たちの研究結果は、Dis1が微小管を短縮化する意外な事実を示しています。本研究によって、これまでモータータンパク質だけが染色体を運ぶ原動力だと思われてきた常識が覆り、Dis1という非モータータンパク質による新しいメカニズムが発見できました。この発見は生物学的に細胞分裂研究の新しい1ページとなることでしょう。本研究内で開発したDis1によるバーチャル動原体の考え方をさらに応用すれば、人工的な染色体分配システムの作製が可能になり、合成生物学的な、あるいは医学的な応用ができるかもしれません。さらに、TOGファミリーがヒトでも酵母と同じように減数分裂においてこの機能を発揮しているとすれば、その異常が、ヒトの不妊やダウン症などの先天性染色体異常の原因となる可能性が高いため、生殖補助医療への応用が期待されます。

(4)今後の課題

TOGファミリータンパク質は微小管を伸長する因子として知られてきました。分裂酵母には今回のDis1の他にもう一つ別のTOGタンパク質であるAlp14が存在しますが、Alp14は微小管を伸長する因子です。つまり、同一生物種のなかに2つのTOGタンパク質があって、それらの機能は互いに正反対だと言えます。ではなぜDis1は、Alp14や他生物のTOGタンパク質とは真逆の「微小管を短縮化する」機能を発揮できるのでしょうか。今後はDis1と、Alp14や他のTOGタンパク質との配列や構造の違いに着目することで、なぜDis1が他と異なるTOGタンパク質として「進化した」のかを調べていくことが第一だと考えています。

(5)研究者からのコメント

Dis1が微小管の短縮に関わるという私たちの過去の観察結果は、この分野の定説に反することでした。しかし自分たちのデータを信じて、自分たちの仮説を検証しようと考え、試験管内における再構築実験と生細胞の観察を遂行しました。その結果、「未知なる染色体運搬因子の発見」と「常識やぶりといえるDis1の微小管の短縮化機能の実証」をともに達成できたと考えています。

(6)用語解説

※1 体細胞分裂
通常の細胞が増殖するためにおこなう細胞分裂の様式。体細胞分裂では、複製されて数が2倍になった染色体を2つの娘細胞へと均等に分配する。結果として、元々の細胞と同じ染色体を同じ数だけ持つクローン細胞が生み出されることとなる。体細胞分裂において染色体分配に異常が起きると、細胞死や、がん化の原因となるといわれる。

※2 減数分裂
通常の細胞が増殖するためにおこなう細胞分裂の様式。体細胞分裂では、複製されて数が2倍になった染色体を2つの娘細胞へと均等に分配する。結果として、元々の細胞と同じ染色体を同じ数だけ持つクローン細胞が生み出されることとなる。体細胞分裂において染色体分配に異常が起きると、細胞死や、がん化の原因となるといわれる。

※3 微小管
細胞骨格といわれる繊維状の細胞内構造体のひとつで、チューブリンと呼ばれるタンパク質が直線状に連結して作られた重合体。チューブリンが末端に付加されることで微小管は伸長し、染色体を捕まえることができる。逆に、チューブリンが末端から解離することで微小管は短縮し、既に捕まえた染色体を引っ張り、分配することができる。

※4 動原体
1本の染色体あたり1カ所、セントロメアと呼ばれるDNA配列の部分に約100種類程度のタンパク質が順次結合するかたちで形成される、巨大なタンパク質複合体。動原体の主たる役割は、分裂期に紡錘体の微小管が結合する場所としての働きであり、正しい染色体分配に不可欠なものである。微小管は動原体を結合したまま、チューブリンを解離して短縮することができる。

※5 モータータンパク質
キネシンなどのエネルギーを用いて運動するタンパク質の総称。そのなかでは、細胞骨格をレールとしてその上を「歩行運動」することで、物質輸送における乗り物として働くものが多い。本文にて述べたキネシン-13タンパク質はそれらとは異なり、微小管の末端に結合したままエネルギーを消費することで、チューブリンを微小管末端から解離する(微小管を短縮化する)働きを持つことが知られる。

※6 分裂酵母
単細胞の真核生物。染色体分配における基本原理などはヒトなどの高等生物と共通したシステムを持つとされ、古くから細胞現象を研究するためのモデル生物として用いられてきた。1回の細胞分裂が3時間と短いことから、体細胞分裂の研究に優れている。また、細胞の生育環境を変えることで容易に減数分裂の開始を誘導できることから、減数分裂の研究でもひろく用いられている。

※7 TOGファミリー
酵母からヒトまですべての生物で保存され、微小管末端へチューブリンを連結させる働きを共通して持つとされてきたタンパク質。こうした定説と異なり、分裂酵母のDis1が微小管を短縮させる因子であることを実証するためには、生化学的な性質の解明が必要であった。

※8 試験管内の再構築実験
細胞内のある分子メカニズムについて、関与が考えられている分子をそれぞれ精製し、細胞外の環境においてモデルを再現する実験のこと。試験管内という、細胞内の複雑な相互作用を排除した環境を用意し、分子の生化学的な性質を解明できる。

(7)論文情報

雑誌名:Communications Biology
論文名:Fission yeast Dis1 is an unconventional TOG/XMAP215 that induces microtubule catastrophe to drive chromosome pulling
執筆者名(所属機関名):村瀬裕一1,  山岸雅彦2,  岡田直幸1,3,  戸谷美夏1,4,5,  矢島潤一郎2,6,7, 濱田隆宏8、佐藤政充1,5,9
1: 早稲田大学・大学院先進理工学研究科(生命医科学専攻)、
2: 東京大学・大学院総合文化研究科(生命環境科学系)、
3: ポルト大学(ポルトガル)、4: 早稲田大学・国際理工学センター、
5: 早稲田大学・先進生命動態研究所、6: 東京大学・先進科学研究機構、
7: 東京大学・複雑系生命システム研究センター、
8: 岡山理科大学・生命科学部・生物科学科、
9: 早稲田大学・構造生物・創薬研究所
掲載日:2022年11月26日(土)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s42003-022-04271-2
DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-022-04271-2

(8)研究助成

研究費名:科研費 基盤研究(B)
研究課題名:微小管の形成メカニズムと細胞内新機能の発見
研究代表者名(所属機関名):佐藤 政充(早稲田大学)

CO2を選択的に吸着・脱離が可能に

著者: contributor
2022年11月21日 14:57

二酸化炭素を外部電位のスイッチひとつで選択的に吸着・脱離できることを発見

発表のポイント

  • 2050年カーボンニュートラル実現に向けて、二酸化炭素は選択的回収技術において多大なエネルギー消費が課題となっている。
  • 構造を制御した固体酸化物材料に外部から電位を与えることで、二酸化炭素をスイッチひとつで選択的に吸着・脱離できることを理論的に明らかにした。
  • 本技術によって、従来の液体方式とは異なる、乾式・小型でオンデマンド駆動が可能な二酸化炭素回収・濃縮プロセスを実現できる可能性がある。

早稲田大学理工学術院の関根 泰(せきね やすし)教授らの研究グループは、構造を制御した固体酸化物材料に外部から電位を与えることで、二酸化炭素をスイッチひとつで選択的に吸着することや脱離させることができることを理論的に明らかにしました。

2050年カーボンニュートラル実現に向けて、温暖化ガス排出抑制が喫緊の課題として取り上げられています。その中で最も量の多い二酸化炭素は、選択的回収技術において多大なエネルギー消費が課題となっていました。

本研究成果はこれまでの液体を用いた二酸化炭素回収とは異なる、乾式・小型でオンデマンド駆動が可能な二酸化炭素回収・濃縮プロセスを実現できる可能性を示しています。高効率で必要なときに必要なだけ二酸化炭素を回収・濃縮することができればカーボンニュートラルに資する新たな技術となりえます。

本研究成果は、2022年10月26日(現地時間)にイギリス王立化学会の『Physical Chemistry Chemical Physics』のオンライン版で公開されました。

論文名:Theoretical investigation of selective CO2 capture and desorption controlled by the electric field
DOI:10.1039/D2CP04108A

(1)これまでの研究で分かっていたこと

二酸化炭素回収においては、物理的あるいは化学的な吸収の手法が長らく提案されてきました。これは回収能力を有する液体に二酸化炭素を吹き込んで吸収させるものです。吸収は比較的容易に行えるものの、放出の際は外部から加熱する必要があり、発電所排ガスの二酸化炭素回収の場合では、生み出した電力の1割以上のエネルギーを消費してしまうという欠点がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

このような中、必要なときに必要なだけ固体材料に二酸化炭素を吸着させ、濃縮したものを外部制御で脱離・放出させられれば、画期的なものとなります。このようなコンセプトのもと、早稲田大学と韓国のHanyang大学が連携した国際共同研究によって、構造を制御した固体酸化物材料に外部から電位を与えることで二酸化炭素を選択的に吸着することや脱離させることができることを理論的に明らかにしました。

(3)そのために新しく開発した手法

今回、希土類の酸化物に異種の元素をドープ※1した材料を用いて、外部から直流の電位をプラスとマイナスのそれぞれで与えた場合の、二酸化炭素の吸着と脱離を詳細に解析しました。その結果、図に示すようにセリウム酸化物という材料に異種の金属を導入した材料を用いて、プラスの強い電位(電流は流さない)を与えた場合に二酸化炭素が選択的に吸着し、マイナスの電位に切り替えると二酸化炭素が脱離することを理論的に明らかにしました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

この発見は、これまでの液体を用いた二酸化炭素回収とは異なる、乾式・小型でオンデマンド駆動が可能な二酸化炭素回収・濃縮プロセスを実現できる可能性を示しています。このようにして得た二酸化炭素を再生可能エネルギーなどと組み合わせて再利用あるいは固定化すれば、化石資源消費を削減した社会の実現に一歩近づくことができます。

(5)今後の課題

本研究はコロナ禍の中での国際共同研究のため、理論化学での検討によりこのような現象が起こりうることを明らかにできましたが、今後は実際にこの材料を用いた二酸化炭素のオンデマンド回収装置を稼働させて、従来に比して低いエネルギーで回収・濃縮が可能なことを実証していきたいと考えています。

(6)研究者のコメント

二酸化炭素の回収に要するコストは、1トン当たり排気ガスからだと2000-5000円程度、大気からだと20000円程度以上かかると言われています。かつ装置が液体を用いた回収と加熱による再生からなり、大型で小回りがきかないものでした。本発見をベースに小型のオンデマンド駆動可能な乾式の二酸化炭素回収装置を実現させ、高効率で必要なときに必要なだけ二酸化炭素を回収・濃縮することができればカーボンニュートラルに資する新たな技術となります。

(7)用語解説

※1 元素のドープ
酸化物の構造をつくる元素に対して、違う元素を微量置き換えて入れることにより、酸化物の構造を歪ませたり性能を向上させることができる手法のこと。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Chemistry Chemical Physics
論文名:Theoretical investigation of selective CO2 capture and desorption controlled by the electric field
執筆者名(所属機関名):Koki Saegusa*1, Kenshin Chishima*1, Hiroshi Sampei*1, Kazuharu Ito*1, Kota Murakami*1, Jeong Gil Seo*2 and Yasushi Sekine*1
*1 早稲田大学
*2 韓国Hanyang大学
掲載日(現地時間):2022年10月26日
掲載URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/CP/D2CP04108A
DOI:10.1039/D2CP04108A

(9)研究助成

研究費名:JSPS二国間共同研究
研究課題名:電場アシスト二酸化炭素捕捉メカニズムの研究
研究代表者名(所属機関名):Prof. Jeong Gil Seo(韓国Hanyang大学)

海水によるカーボンリサイクル技術

著者: contributor
2022年11月17日 10:27

2022 年度 NEDO の公募研究開発プロジェクト事業に採択

海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発を目指す

発表のポイント

カーボンニュートラルの実現に向けて、CO2 を分離回収し資源として有効活用するカーボンリサイクル技術はキーテクノロジーとして位置づけられています。
カーボンリサイクル技術の2030年実用化を目指し、海水を起点とした炭酸マグネシウムへのCO2固定化技術についてパイロットスケールでの試験を実施します。
高品質な有価物の併産と主力である炭酸マグネシウム派生製品の実用化を通して、カーボンリサイクル技術の早期社会実装を目指します。

2022年10月26日、学校法人早稲田大学(東京都新宿区、理事長:田中愛治)理工学術院の中垣隆雄(なかがきたかお)教授をPM(プロジェクトマネージャー)とし、同大理工学術院の秋山充良(あきやまみつよし)教授らの研究グループ(以下、本研究グループとする)と、株式会社ササクラ(本社:大阪府大阪市、代表取締役社長:笹倉敏彦)の島田統行(しまだのりゆき)らによる提案が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDOとする)による「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発/研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業」(実証研究エリア)において、プロジェクト「海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発」(以下、本プロジェクトとする)として採択されました。

本プロジェクトでは、広島県・大崎上島の実証研究エリアにおいて供給される石炭ガス化複合発電由来のCO2と、20トン/日の海水を用いてカーボンリサイクル技術のパイロットスケールの試験を実施します。あわせて、CO2を炭酸マグネシウムとして固定化し、コンクリート用の人工細骨材や壁面材として利用するための製造法も同時に開発します。

(1) これまでの研究で分かっていたこと(研究の背景)

CO2 を分離回収し資源として有効活用するカーボンリサイクル技術は、日本政府によって2021年6月に策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」*1において、カーボンニュートラル社会を実現するためのキーテクノロジーとして位置付けられています。2021 年7 月にはカーボンリサイクル技術ロードマップ*2も改訂されています。

カーボンリサイクル技術の2030 年の実用化に向けて、当該技術の開発を効率的に進めることを目指し、石炭ガス化複合発電の燃焼前分離としてCO2が回収されている大崎クールジェン(広島県・大崎上島)に付設された研究拠点において、CO2 有効利用に係る要素技術開発および実証試験を行い、経済性やCO2 削減効果などの評価がなされています。

(2) 今回のプロジェクトで新たに実現しようとすること

本研究グループと株式会社ササクラは、日揮グローバル株式会社とともに、NEDOの2020年度公募プロジェクト「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2排出削減・有効利用実用化技術開発/炭酸塩、コンクリート製品・コンクリート構造物へのCO2利用技術開発」(以下、前プロジェクトとする)に採択され、2020~2021年度にかけて実施して参りました。

※参考:研究開発テーマ「海水および廃かん水を用いた有価物併産CO2固定化技術の研究開発」
2020年7月15日プレスリリース、https://www.waseda.jp/top/news/69663

前プロジェクトでは、海水を用いて軟水・高純度石膏・芒硝・食塩・カリウム肥料などの有価物を併産しつつ、塩化マグネシウムの水和物を経由して酸化マグネシウムを得て、CO2を含むガスとの気固接触によって炭酸マグネシウムとして固定化するまでの工程をベンチスケールの試験設備で成功させました。

今回のプロジェクトでは前プロジェクトによる成果を基に、大崎クールジェンの実証研究エリアにおいてパイロットスケールに拡大し、以下の項目に取り組みます。

  • 現地の回収CO2と20トン/日の海水を起点として、前事業で開発した共飽和法とビーズミルによる研削鉱物化法を中心とした新プロセスを採用し、炭酸マグネシウムへのCO2固定化技術を実証します。
  • 得られた炭酸マグネシウムは新開発のコンクリート用の人工細骨材のほか、壁面材などの建築材へ利用し、それらの製造法も同時に開発します。
  • 国内火力発電所に付設された海水淡水化プラントを想定し、同発電所のCO2分離回収システムと組み合わせたCO2固定化の熱物質収支および経済性評価に関するフィージビリティスタディを実施します。

(3) このプロジェクトにより期待される波及効果

本プロジェクトでは、炭酸マグネシウムとして半永久的にCO2を固定化できるカーボンリサイクルの実現に大きな一歩となります。また、フィージビリティスタディを通して、構築するプロセスに関するCAPEX および OPEXなどの経済性評価、併産品およびカーボンリサイクル製品の市場性の評価、これらの市場性も考慮したCO2削減効果など具体的に検討します。また、経済性・市場性評価やCO2削減効果の結果を示すことで、カーボンリサイクル技術の収益化による早期社会実装につながることが期待されます。さらに、気候変動によって増加が見込まれる海外の淡水需要にも対応するとともに、現地のカーボンニュートラル化にも貢献します。

(4) 各機関の役割

早稲田大学
(協力企業)吉野石膏株式会社
中垣研究室

プロセス運転条件のファインチューニングを担当。特に最終製品に必要な炭酸マグネシウムの結晶構造を得るために、塩化マグネシウム水和物の熱分解と気固接触による炭酸塩化のプロセスを改良。得られた高純度石膏、炭酸マグネシウムは吉野石膏(株)にて試作品製造および品質評価を実施。

秋山研究室

炭酸マグネシウムを高い割合で含むコンクリート開発を担当。特に炭酸マグネシウムなどを用いた人工細骨材を開発し、従来のコンクリート製品と同等以上の強度発現の配合条件を探求。

株式会社ササクラ

広島県大崎上島の研究拠点において、海水20トン/日のプラントのEPC(エンジニアリング、調達、および建設設置)および連続運転を担当。また、塩酸発生抑制や炭酸カルシウム併産などオプショナルなプロセスも同時に開発・実証することで、技術ラインナップを強化。燃焼後のCO2分離回収付き国内火力発電への適用を想定したフルスケールプラントのフィージビリティスタディも実施。

 (5) 中垣PM(プロジェクトマネジャー)のコメント

CCUS*3は、カーボンニュートラルの実現において、当面依存せざるを得ない化石燃料由来のCO2に対して有力な解決策です。カーボンリサイクルはその中核技術であり、グリーン成長戦略の14テーマの一つとしても位置づけられています。一方、CO2フリー水素の利用を前提としたカーボンリサイクル製品は、コストや追加的なエネルギー消費などの観点で旧来の同等製品を代替するには時間がかかるとされ、間近に控えた2030年には先導的な役割として、水素を用いない炭酸塩などのカーボンリサイクル製品開発が期待されています。

海水淡水化プラントの廃かん水を用い、塩化マグネシウム/酸化マグネシウムを経由して炭酸マグネシウムへCO2を固定化する技術は2015年に中垣研究室が原案を開発しています。その後、早稲田大学西早稲田キャンパス(東京都新宿区)でのベンチスケール試験を経て、パイロットスケールレベルの実証試験着手に今回ようやく到達しました。高品質な有価物の併産と主力である炭酸マグネシウム派生製品の実用化を通して、カーボンリサイクル技術の早期社会実装を目指すとともに、海外の水資源の確保が困難な地域に対して、水供給とCO2固定化の一石二鳥で貢献していきたいと考えています。

※IEA(国際エネルギー機関)が主催するGHGT-14(2018年10月メルボルンにて開催)にて初めて発表、Proceedingsは2019年4月公開。「Feasibility Study of Net CO2 Sequestration Using Seawater Desalination Brine with Profitable Polyproduction of Commodities」https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3365716##(特願2019-080243「二酸化炭素の固定化方法」特許出願済み。)

(6) 事業名称情報

事業名称:NEDO カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発 /研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業(実証研究エリア)
テーマ「海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発」
実施期間:2022年度から2024年度までの3年間
(参考)カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発/研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業」(実証研究エリア)に係る実施体制の決定について https://www.nedo.go.jp/koubo/EV3_100252.html

 (7) 参画(共同研究)基幹・研究者情報

学校法人早稲田大学
理工学術院創造理工学部総合機械工学科 中垣隆雄 教授
理工学術院創造理工学部社会環境工学科 秋山充良 教授

株式会社ササクラ
 研究開発部研究開発室 室長 島田統行

 (8) 用語解説

*1: 「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」

日本政府によって2020年10月に、2050年カーボンニュートラルを目指すことが宣言されています。そこで、2050年カーボンニュートラルの達成のために、2021年6月に経済産業省を中心とした関連省庁が一体となって、経済と環境の好循環を作っていく産業政策=グリーン成長戦略が策定されました。「イノベーション」を実現し、革新的技術を「社会実装」することを目指し、成長が期待される14の重点分野を選定。それぞれに高い目標を設定し、日本の新たな成長戦略として捉えられています。
※参考)経済産業省 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html

 *2: カーボンリサイクル技術ロードマップ

2019年6月に経済産業省が中心となって策定した、カーボンリサイクル技術に関する目標、技術課題、タイムフレームを設定し、その拡大・普及の道筋を示しイノベーションの加速化を目的としたもの。2021年6月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定されたことの基づき、2021年7月に一部改訂されています。改訂においては、①進展のあった新たな技術分野(DAC、合成燃料)を追記、②カーボンリサイクル製品(汎用品)の普及開始時期を2040年頃に前倒しし、③国際連携の取り組みが追記されています。
※参考)経済産業省 https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210726007/20210726007.html

*3: CCUS

「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略で、発電所や工場などから排出されたCO2を分離回収し、そのCO2を地下貯留あるいは炭素を含む製品に利用しようという取り組みです。国内では、北海道苫小牧市において30万トンのCO2が地下に圧入されています。また、CO2を原料として,例えば航空機用の合成燃料(Sustainable Aviation Fuel、SAF)などに利用するプロジェクトなどが進んでいます。
※参考)資源エネルギー庁 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html

逆の位置のエポキシド還元的開裂反応

著者: contributor
2022年5月6日 11:37

従来とは逆のエポキシドの還元的開裂反応に成功
~ジルコニウムと可視光に着目した触媒を開発~

発表のポイント

  • エポキシドからラジカルを与えるジルコノセン/可視光レドックス触媒系を開発。
  • チタノセン触媒では切れなかった炭素–酸素結合を開裂することに成功。
  • 糖やテルペンなどの天然由来分子を含む幅広いエポキシドの開環を達成。

早稲田大学理工学術院の太田英介(おおたえいすけ)講師山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、世界初のジルコノセン/可視光レドックス触媒系を構築し、エポキシド (※1)の環を開き、ラジカル (※2)を生成する「還元的開環反応」の開発に成功しました。

エポキシドは反応性が高く、容易に合成可能なため、その有用化合物への化学変換は盛んに研究されてきました。一般的にエポキシドは他の分子の攻撃を受けて開環しますが、還元的開環反応ではエポキシドが開環した後、他の分子を攻撃することができます。この還元的開環反応には、チタノセン触媒 (※3)が古くから利用され、数々の反応がこの30年に渡って生み出されてきました。チタノセン触媒を用いる開環反応では、エポキシドの二つの炭素–酸素結合のうち、一方の結合が開裂します。今回、研究チームはジルコノセン触媒 (※4)により、チタノセン触媒では開裂しなかったエポキシドのもうひとつの炭素–酸素結合を開裂することに成功しました。チタノセン触媒と相補的に利用可能な触媒系の世界初の発見は、還元的開裂反応の進展に大きな役割を果たすと期待されます。

今回の研究では、ジルコノセンと可視光レドックス触媒 (※5)存在下、エポキシドに可視光を照射することで、炭素–酸素結合が開裂し、アルコールを合成することに成功しました。また、本触媒系を利用したアセタール形成反応や分子内環化反応も達成し、糖やテルペンなどの天然由来分子を含む40種類以上のエポキシドを様々なアルコールへと変換できました。

本研究成果は、Cell Press 社『Chem』のオンライン版に2022年5月3日(現地時間)に掲載されました。

論文名:Catalytic Reductive Ring Opening of Epoxides Enabled by Zirconocene and Photoredox Catalysis(ジルコノセン/可視光レドックス触媒系によるエポキシドの触媒的開環反応)

DOI: 10.1016/j.chempr.2022.04.010

(1)これまでの研究で分かっていたこと

エポキシドは反応性に富む、有機合成化学における基本的な構造です。多くの医農薬品にもこの構造が含まれており、通常は他の分子の攻撃を受けて開環します。一方、還元的開環反応を利用すると、エポキシドからラジカルを生成し、他の分子を攻撃することができます。この還元的開環反応は代替法がほとんどないユニークな反応で、現在有機合成分野で広く使われています。この反応の触媒にはチタノセンが頻用され、広範なエポキシドに適用できます。エポキシドの還元的開環反応では、まずチタノセン触媒が還元を受け、エポキシドが配位します。その後、エポキシドがもつ二つの炭素–酸素結合のうち一方が開裂します。チタノセン触媒を用いた場合は、安定な中間体(ラジカル)を与えるように炭素–酸素結合が開裂し、置換数の少ないアルコールを与えます。

その一方で、もう片方の炭素–酸素結合を切断しラジカルを生成する反応も、少数ながら報告されています。しかし、反応に利用可能なエポキシドや、開環後に攻撃できる分子が限られるという課題がありました。もし、チタノセン触媒反応と同様に、種々のエポキシドに適用でき、様々な分子へ攻撃できる反応が開発できれば、エポキシドから多様なアルコール類を合成でき、分子構築の幅が広がると期待できます。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科博士後期課程1年会田和広さん、修士課程2年平尾まりなさん、理工学術院太田英介講師山口潤一郎教授ら)は、ジルコノセン触媒を利用して、チタノセン触媒を用いた場合とは逆の位置で、エポキシドの炭素–酸素結合を開裂する触媒系の開発に挑戦しました。

研究グループの一部、右前が今回の研究の中心である会田和広さん

今回開発した還元的開環反応により40種類以上のエポキシドが様々なアルコールに変換可能であることが分かりました。複雑な構造を有する天然物誘導体のエポキシドを開環することも可能です。また、開裂によって生成したラジカルを利用して、様々な分子へ攻撃すること(官能基化)にも成功しました。

(3)そのために新しく開発した手法

今回、エポキシドの還元的開裂反応の開発にあたり、チタノセン触媒と同族元素をもつジルコノセン触媒に着目しました。チタノセンよりも酸素と強く結合するジルコノセンを用いれば、エポキシドの開環反応はより発熱的になると考えられます。物理化学の原理の一つBell-Evans-Polanyi則 (※6)に従うと、反応が発熱的になれば、遷移状態 (※7)の構造はより原系に近づくと予想されます。本研究では遷移状態の構造を変化させるアプローチで、今まで開裂しなかったエポキシドの炭素–酸素結合の切断を試みました。実際に、ジルコノセン/可視光レドックス触媒を利用した還元的開環反応では、チタノセン触媒を用いた場合とは逆の位置で、エポキシドの炭素–酸素結合を切断することに成功しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回開発した還元的開裂反応は、ジルコノセン触媒を炭素–酸素結合の開裂に利用した点において画期的です。古くから知られるジルコノセン触媒の新たな機能を引き出すことに成功しました。地殻内存在量が高いジルコニウムと可視光で駆動する本反応は、環境低負荷型反応の側面をもち、今後さらに改良を進めることで、将来的にはエネルギー問題にも貢献できる可能性があります。

(5)今後の課題

チタノセン触媒では切れなかった炭素–酸素結合の開裂に成功したものの、開裂する結合の選択性制御はまだ不完全です。また、エポキシド開裂後の変換反応が水素化、アセタール化、環化反応に限られることも課題です。今後は、より詳細な反応機構解明研究や綿密な反応設計、条件検討により、これらの課題を解決したいと考えています。

(6)研究者のコメント

本研究では、これまで類を見ないジルコノセン/可視光レドックス触媒系の開発に成功しました。前例のない触媒系の構築には苦労しましたが、この独自開発した触媒系を利用して、今後も様々な未踏反応の開発に挑戦します。

(7)用語解説

※1 エポキシド
三環性のエーテル化合物。有機合成に汎用され、容易に合成が可能。求核剤との反応に多用される。

※2 ラジカル
不対電子をもつ反応性の高い分子。化学結合が均等開裂することで生成する。

※3 チタノセン触媒
二つのシクロペンタジエニル基にチタンが挟まれた構造をもつ金属錯体。塩素原子をもつチタノセンジクロリドは最も代表的なチタノセン触媒。

※4 ジルコノセン触媒
二つのシクロペンタジエニル基にジルコニウムが挟まれた構造をもつ金属錯体。

※5 可視光レドックス触媒
可視光で励起され酸化還元反応を引き起こす光触媒。一つの触媒が酸化と還元の両反応を担うため、本触媒を利用した特徴的な反応が近年発見されている。

※6 Bell-Evans-Polanyi則
活性化エネルギーとエネルギー変化の間に直線関係が成り立つという経験則。この原理に従うと、発熱的である反応ほど活性化エネルギーは低くなる。

※7 遷移状態
原系から生成系への反応過程において、最もエネルギーの高い状態。

(8)論文情報

雑誌名:Chem
論文名:Catalytic Reductive Ring Opening of Epoxides Enabled by Zirconocene and Photoredox Catalysis(ジルコノセン/可視光レドックス触媒系によるエポキシドの触媒的開環反応)
執筆者名(所属機関名):Kazuhiro Aida, Marina Hirao, Aiko Funabashi, Natsuhiko Sugimura, Eisuke Ota, and Junichiro Yamaguchi (Waseda University) (会田和広、平尾まりな、船橋藍子、杉村夏彦、太田英介山口潤一郎)(早稲田大学)
掲載日時(現地時間):5月3日午前11時
掲載日時(日本時間):5月4日午前1時
掲載URL:https://doi.org/10.1016/j.chempr.2022.04.010
DOI:10.1016/j.chempr.2022.04.010

(9)研究助成

本研究は、科研費(基板(B)、学術変革研究A「デジタル有機合成」、若手研究)、ERATO、住友財団、福岡直彦財団、里見奨学会、JXTG エネルギー株式会社(現・ENEOS株式会社)による支援を受けて行われました。

「TWIns」ってどんなところ?

著者: contributor
2022年4月28日 09:23

-「TWIns」では、どんな研究が行われている?

 東京女子医科大学 × 早稲田大学

早稲田大学の工学の技術、東京女子医科大学の医療の技術を組み合わせ、 今までにない新しい医療機器の開発を行っています。

早稲田大学の岩﨑研究室では、膝の靱帯断裂の治療に用いる、体内で再生する治療機器を東京女子医科大学と共同開発しています。

学部 × 学科

あらゆる生命系の実験ができる、学生実験室があります。

先進理工学部生命医科学科と創造理工学部総合機械工学科の学生たちが それぞれの専門を活かし、共同で研究を行っています。

先進理工学部生命医科学科、武岡研究室のナノシートと呼ばれる厚さ数十~数百ナノメートルの高分子超薄膜の技術と、創造理工学部総合機械工学科、岩田研究室の電子デバイスの基盤技術を融合させ、ナノシート上にエレクトロニクスを実装する取組みを行っています。

ナノシートは生体適合性が高いため、電子化することで皮膚一体型のデバイスが実現可能であり、例えば皮膚密着型のウェアラブルチケットとして、イベント会場等への応用が期待出来ます。

研究室 × 研究室

壁に仕切られない実験スペースで、分野の異なる様々な研究が行われています。

ここはオープンラボと呼ばれる研究室ごとの仕切りのない実験スペースで、海外では珍しくないですが日本で導入している研究施設はまだ数少ないです。TWInsでは、先進理工学部生命医科学科の全研究室がここで研究活動を行っています。

仕切りがないことで他研究室の実験の様子もわかりやすく、「なにをやっているの?」というところから、共同研究のヒントが見つかることも。

また、TWInsの1階では、教育学部生物学専修と先進理工学部電気・情報生命工学科という異なる学部学科の学生たちが、隣接する同じフロアで研究活動を行っています。

いかがでしたか?少しTWInsでの活動を知っていただけたでしょうか。

今後もTWInsで行われる様々な先進的研究をご紹介していきます。

この度、公式youtubeチャンネルも開設したので、ぜひチャンネル登録をお願いします!

TWIns(東京女子医科大学・早稲田大学 連携先端生命医科学研究教育施設) – YouTube

宇宙線の鉄/ニッケル成分の高精度観測

著者: contributor
2022年4月19日 09:05

宇宙線の鉄・ニッケル成分の最高エネルギー領域に至るスペクトルを測定

発表のポイント

国際宇宙ステーション(ISS)搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、世界で最も高いエネルギー領域での宇宙線の鉄とニッケル成分の高精度な観測に成功した
これまで測定された宇宙線スペクトルの形状はスペクトル全体の総合的理解が困難な状況であったが、CALETの測定結果は、首尾一貫した実験的描像を描くことを可能にした
CALETで得られた信頼性の高い宇宙線原子核スペクトルは、天文学の他分野でも使用される重要な基礎データとなり得る

早稲田大学理工学術院主任研究員(研究院准教授)赤池陽水(あかいけようすい)、シエナ大学研究員Caterina Checchia、Francesco Stolziと、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他研究機関、イタリア、米国の共同研究グループは、早稲田大学理工学術院名誉教授 鳥居祥二(とりいしょうじ)が代表研究者を務める国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(CALET: 高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、銀河宇宙線中の鉄とニッケルの世界最高エネルギー領域に至る高精度なスペクトルの観測を成功しました。

ISSで5年間以上の定常観測を継続しているカロリメータ型検出器CALETは、核子あたり10ギガ電子ボルトから2.0テラ電子ボルトの広いエネルギー領域で、宇宙線中の鉄成分のスペクトル*3、*4の高精度直接観測を行い、テラ電子ボルト領域に至るまでスペクトルの冪(べき)は-2.60で一定であることを測定しました。さらに、宇宙線中のニッケル成分についても、核子あたり8.8ギガ電子ボルトから240ギガ電子ボルトの領域で観測を行い、鉄成分と同様にスペクトルの冪(べき)は-2.51で一定であることがわかりました。今回の結果は、より軽い原子核のスペクトルに一般的に見られているスペクトルの硬化が存在しないことを示しており、今まさに活発に議論されている銀河宇宙線の加速*5・伝播機構のモデル検証のために重要な情報を提供するものです。これまでの観測結果との比較を含めて、研究コミュニティへ速報する意義があると判断され、鉄成分の結果は2021年6月14日に、ニッケル成分は2022年4月1日に、それぞれ国際学術雑誌Physical Review Letters』誌に掲載されました。

宇宙線は約100年前に発見されて以来、素粒子や宇宙の謎を解明する重要な情報をもたらしてきました。しかし、高エネルギーの宇宙線がどこでどのように加速されるのかは、まだ未解明な部分が多く残されています。これまでの多岐にわたる観測から、我々が住む銀河系内を起源とする宇宙線(銀河宇宙線)は「超新星爆発に伴う衝撃波で加速され、銀河系内を星間磁場により拡散的に伝播して地球に飛来する」という“標準モデル”による理解が一般的です。

このモデルでは、地球で観測される宇宙線スペクトルの形状は単調な冪型(べきがた)のスペクトル(指数関数形状のスペクトル)が予測されます。しかし、近年の気球や人工衛星、ISSによる直接観測で、陽子やヘリウム、さらに炭素や酸素などの原子番号(電荷:Z)が6程度以下の軽い原子核では、単純な冪形状からのズレ「スペクトル硬化」が報告されています。これは“標準モデル”では理解できない結果であり、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、その解釈をめぐって現在活発な研究が繰り広げられています。その解明の重要な鍵となるのが、星の核融合反応による元素合成の最終段階で生成される鉄(Z=26)とニッケル(Z=28)です。これより重い原子核は、星が超新星爆発を起こす直前にはほとんど存在しないため、この鉄とニッケルが星の進化の最終段階や加速機構の直接的な情報をもたらす重要な宇宙線成分となっています。

鉄成分のエネルギー領域は、これまで磁気スペクトロメータ (PAMELA, AMS-02) とカロリメータ(ATIC, CREAM, NUCLEONなど)の2種類の検出器によって別々に観測されていましたが、全領域を単独の検出器で高精度に観測できたのは今回のCALETの観測が初めてです。また、ニッケル成分の観測はその存在量の少なさゆえに、高エネルギー領域での高精度な観測はこれまでほとんど行われていませんでしたが、今回観測に成功しました。

これらの観測結果から得られた重要な成果として、鉄とニッケルのエネルギースペクトルは誤差の範囲内で単一冪の形をしており、軽い原子核で観測されていたスペクトルの硬化について否定的な結果です。最終的な結論は、今後のさらに高統計かつ高エネルギー領域での観測の結果で確認する必要がありますが、今回のCALETの測定結果は、宇宙線の加速・伝播機構モデルにおける積年の懸案事項を解決し、首尾一貫した実験的描像を描くために重要な示唆を与えることが期待されます。さらに、信頼性の高い宇宙線原子核スペクトルは、天文学の他分野でも使用される重要な基礎データになりえます。

論文情報】

・雑誌名:Physical Review Letters 126, 241101, 2021
・論文名:Measurement of the Iron Spectrum in Cosmic Rays from 10 GeV/n to 2.0 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
・著者名:O. Adriani et al. (CALET Collaboration), corresponding Authors: Yosui Akaike, Caterina Checchia and Frncesco Stolzi
・DOI: 10.1103/PhysRevLett.126.241101
・紙面掲載:Volume 126, Issue 24, 14 June 2021

・雑誌名:Physical Review Letters 128, 131103, 2022
・論文名:Direct Measurement of the Nickel Spectrum in Cosmic Rays in the Energy Range from 8.8 GeV/n to 240 GeV/n with CALET on the International Space Station
・著者名:O. Adriani et al. (CALET Collaboration), corresponding Authors: Yosui Akaike, Gabriele Bigongiari, Caterina Checchia and Frncesco Stolzi
・DOI: 10.1103/PhysRevLett.128.131103
・紙面掲載:Volume 128, Issue 13, 1 April 2022

ウェブ掲載:

宇宙航空研究開発機構 JAXA https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/pickout/73228.html

早稲田大学 https://www.waseda.jp/top/news/79755

(1)これまでの研究で分かっていたこと

近年の目覚ましい発展により明らかになってきた、エックス線やガンマ線を含む宇宙における高エネルギー放射の最終的な理解には、その源となっている荷電宇宙線*2解が必須となります。これは、電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトル*3に,黒体輻射(ふくしゃ)に代表される熱的放射を観測しています。これに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速*5と伝播が隠されているためです。

地球に降り注ぐ宇宙線、そのなかでも特に銀河宇宙線を観測するには、大気の希薄な高い高度で直接捉える(直接観測)ことが不可欠です。そのため、国内外で飛翔体を用いた様々な装置が考案され観測が実施されてきました。この結果、「超新星残骸における衝撃波によって加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出す」という”標準モデル“による理解が進んでいます。

さらに2000年代に入って以降、素粒子実験で開発された粒子検出技術を駆使した宇宙線の直接観測が本格化し、南極周回実験や宇宙空間における観測が実施されています。その結果、陽子、ヘリウムや炭素、酸素等の主要な原子核成分に対し、単純な冪形状からのずれ、「スペクトル硬化」が示唆されています。これは宇宙線の加速や伝播機構に新たな仮説を導入した理論モデルの必要性を示唆しており、数多くの理論モデルが提案され、活発な議論が繰り広げられています。宇宙線の主成分である陽子についは、CALETの観測でもスペクトルの硬化を既に報告していますが、ヘリウム、炭素、酸素などの原子番号(電荷:Z)が6程度の軽い元素と、鉄、ニッケルといった重い元素におけるスペクトルの高精度観測による、両者のスペクトル構造の違いに注目が集まっています。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

現在の宇宙線の直接観測は、主に磁気スペクトロメータとカロリメータの2種類の検出器による観測が主流です。

磁気スペクトロメータは磁場を持つ検出器で、通過する粒子の曲がり具合とその向きから粒子の運動量と電荷の正負を測定する検出器です。原理的に高精度な観測を達成することが可能ですが、観測エネルギーがテラ電子ボルト以下に制限されます。その代表的観測装置であるAMS-02はISSにおいて、2011年から現在まで観測を継続し、鉄までの重原子核成分について高精度な観測結果を報告しています。

カロリメータ型検出器は、高エネルギーの入射粒子が生成する粒子シャワーを、厚い物質量を持つ検出器で吸収することでエネルギー測定します。このため、高エネルギー領域での観測に適しており、その代表例としてCALETがあげられます。CALETは世界で初めての宇宙空間での観測のために開発された本格的なカロリメータ型検出器です。そして、広いエネルギー測定範囲と確実な装置較正により、磁気スペクトロメータと従来のカロリメータ型検出器によってカバーされていた領域を単独の検出器として初めて観測し、AMS-02では困難なテラ電子ボルトを上回る高いエネルギー領域まで原子核成分の観測を達成しています。

(3)そのために新しく開発した手法

CALETは2015年8月にISSに搭載され、同年10月より宇宙線観測を開始し、現在まで5年以上観測を順調に継続しています。原子核のエネルギースペクトルを測定するためには、高い電荷選別性能とエネルギー測定性能を持つ検出器で長期間観測し、データを蓄積する必要があります。CALETは日本の本格的な宇宙線観測装置で、特に高エネルギー電子の観測に最適化されていますが、図1に示すように原子番号(Z)が1から28の陽子からニッケルまで、エネルギーと種類を判別できる電荷測定性能と1ギガ電子ボルトから1ペタ電子ボルト*1の6桁に及ぶ広いエネルギー測定性能を持ち、陽子や原子核成分の観測にも優れた測定性能を発揮します。

CALETは図2に示すように3種類の検出器を組み合わせて構成されている装置です。検出器上部に電荷測定器(Charge Detector: CHD)を配置し、入射粒子の電荷を測定します。中央の解像型カロリメータ(Imaging Calorimeter: IMC)は、粒子が入射した位置と飛来した方向を測定します。最下部の全吸収型カロリメータ(Total Absorption Calorimeter: TASC)は、地球大気より厚い物質量を持ち、高エネルギーの入射粒子が生成するシャワー粒子のエネルギーを測定します。この3つ検出器から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。特にTASCの厚さや使われている物質と信号の読み出し方法によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここが従来の観測装置に比べて高い性能を持っています。

図3はテラ電子ボルト領域のエネルギーを持つ鉄の原子核の観測例を示しています。上層から入射しCHDを通過した鉄がIMC内で核相互作用によって粒子シャワーを起こし、シャワーエネルギーがTASCによって測定されます。入射粒子のエネルギーがほぼ全て吸収される電子とは異なり、検出器からの漏れ出しは大きくなりますが、シャワーエネルギーの測定精度は高く、テラ電子ボルト領域まで含めて一様なエネルギー応答を有しています。これは磁気スペクトロメータでは得られない重要な特徴です。さらに、CHDとIMCを組み合わせること入射粒子の核種を正確に決定することができます。

(4)今回の研究で得られた結果及び知見

2015年10月13日から5年間以上にわたる継続的な観測で得られたデータを用いて、CALETにより測定された鉄とニッケルのエネルギースペクトルを図4に、他の観測データと比較して示します(赤点)。

黄色のバンドはCALETの観測に伴う現時点での統計誤差であり、緑色のバンドは系統誤差を含む全誤差です。図に示されているように、CALETの鉄のスペクトルの絶対値はAMS-02に比べて有意に低い観測結果でしたが、スペクトルの形状はAMS-02ともよく合致した結果となっています。一方CALETのニッケルの結果は、まだエネルギー領域が200GeV/nに限られるものの、鉄とのスペクトルの比はエネルギーによらず一定の値を示しており、両者がほぼ同じ加速・伝播機構で説明できることを示しています。

カロリメータによる原子核測定は独自の利点はあるものの難しさも大きく、系統誤差の見積もりも容易ではありません。CALETでは、加速器ビームによる性能検証実験やシミュレーション計算を駆使して詳細な系統誤差の評価を実施しています。さらに、鉄のスペクトルはAMS-02以外の多くの観測結果とは、誤差が大きいものの絶対値を含めて一致する傾向を示しています。AMS-02との絶対値の違いについては、まだ未知の系統的誤差に関する慎重な相互検証が必要です。

さらに、CALETは今後の観測データの蓄積により、原子核あたり100 テラ電子ボルト領域に至る陽子・原子核スペクトルを決定することで、電荷に比例する加速限界の発見を目指します。これは、超新星残骸における衝撃波加速のエネルギー上限に対する直接検証となります。一方、加速限界が見られず冪スペクトルが100テラ電子ボルト領域まで伸びている場合も、非常に重要な観測結果となります。衝撃波近傍における磁場増幅等により加速限界が実際に増大しているということを、荷電粒子の観測により直接示すことになるためです。

(5)研究の波及効果や社会的影響

CALETの観測には国内外から多くの関心が寄せられ、特に観測項目の一つである暗黒物質は宇宙における最大の謎の一つとして、新聞雑誌だけでなく国外向けのTV番組などでも放映されています。このことにより、CALETの科学成果だけでなくISSにおける「きぼう」の意義が再認識されるという成果も挙がっています。今回の成果もこれに続く波及効果を生むと期待されます。

(6)今後の課題

これまでに観測された荷電宇宙線のスペクトルは、硬化の現象が陽子、ヘリウムや炭素、酸素では既に確認されています。しかしスペクトル硬化の原因として提案されている理論モデルの正否の判定には、ここで報告した鉄やニッケルのようなさらに重い原子核におけるスペクトルのより精密な測定が非常に重要になります。さらに、ホウ素/炭素比のエネルギー依存性の観測も重要な役割を果たします。鉄やニッケルは星の元素合成過程の最終段階で生成され、超新星爆発に伴う衝撃波で加速され星間空間に放出される一次成分のみで構成されていますが、ホウ素は一次成分の宇宙線が銀河内を伝播中に星間物質と相互作用してできる二次的な成分です。このため、両者の測定が加速機構に加えて銀河内伝播の拡散過程を定量的に理解する上で重要になります。CALETはホウ素/炭素比テラ電子ボルト領域までの観測も実施しており、これまでの観測結果を総合することにより、スペクトル硬化の解明への貢献が可能になると考えられます。

(7)用語解説

*1 電子ボルト

エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルト、1015倍のペタ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。

*2 スペクトル硬化

冪の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が減っていくことを示します。逆に、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことは、スペクトルの軟化と呼ばれています。

*3 宇宙線

宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは陽子・原子核、電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。そのうち特に銀河系内の超新星爆発などで加速された宇宙線は銀河宇宙線と呼ばれています。

*4 スペクトル

本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。全宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7程度ですので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。

*5 宇宙線加速

高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。

 

❌