ノーマルビュー

糖尿病網膜症 無線測定システム開発へ

著者: contributor
2023年4月10日 16:54

コンタクトレンズにも搭載可能な感度2000倍に改善できる新しい原理の無線回路計測に成功

糖尿病網膜症や敗血症を無線で測るシステム開発へ

発表のポイント

  • スマートコンタクトレンズ等にも搭載可能な、新しい原理の回線回路(パリティ時間(PT)対称性共振結合回路(並列接続))を実現した。
  • 涙中糖度(0.1-0.6 mM)を無線で計測することに成功し、皮膚を介して血中乳酸を(0.0–4.0 mM)無線で計測することに成功した。
  • 本成果は、糖尿病網膜症や敗血症を無線で測るシステムの開発につながると期待される。
概要

早稲田大学大学院情報生産システム研究科の高松 泰輝(たかまつ たいき)助手、三宅 丈雄(みやけ たけお)教授の研究グループは、新しい原理の無線回路(パリティ時間(PT)対称性共振結合回路(並列接続))を開発し、センサ感度が2000倍に改善することを確かめました。本システムは、検出器側に負性抵抗を搭載することで効果を得るため、従来型センサ回路をそのまま利用できる特徴を有しています。本技術によって、これまで計測が困難であった涙中糖度(0.1 – 0.6 mM)の無線計測を実現しました。すなわち、健常者(平均値0.16±0.03 mM, 0.1-0.3 mM)と糖尿病患者((平均値0.35±0.04 mM, 0.15-0.6 mM)を数値で評価することが可能であり、世界で失明原因第1位の糖尿病網膜症の治療効果や予防に貢献し得るものとして期待されます。さらに、皮膚を介した血中乳酸の計測も本計測システムで実現したため、2.0mM以上で致死率が増加する敗血症のモニタリングへの応用も期待されます。

本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム(START)大学・エコシステム推進型大学推進型、東電記念財団、カシオ科学振興財団、キヤノン財団の助成によって実施されたものであり、「Advanced Materials Technologies」に4月8日(土)にオンライン版で公開されました。

微弱な生体信号を無線で測る新しい原理の共振結合回路システム

(1)これまでの研究で分かっていたこと

コンタクトレンズは、屈折異常を矯正して視力を補強するウェアラブルな高度医療機器としての利用が一般的でしたが、近年、これらレンズと電子デバイスを組み合わせた「スマートコンタクトレンズ」の開発が盛んです。その使途用途は、主に①視覚拡張機器、②生体情報計測機器、③疾病治療機器に大別され、これら新市場に向けた材料・デバイス・システム開発が進んでいます(図1)。これまでに、米国やスイス等の新興企業から幾つかのプロトタイプ(スマートコンタクトレンズ)が開発されてきました。しかし実用化が進まない主な要因は、無線システムの設計にあり、この仕様をどうするかによって性能(センサ機能、検出方式および消費電力)と価格(センサレンズ、無線計測器、レンズ素材)が大きく異なるためです。

図1:スマートコンタクトレンズにおける新産業創出

このような背景の中、三宅研究グループは、量子効果を取り入れたパリティ・時間(PT)対称性共振結合回路(Gain-Loss結合回路、並列接続)を新たに開発することで共振結合系の高Q値化※1を実現し、共振回路型バイオセンサ(化学抵抗器:数百 Ω)における微弱な抵抗変化(数Ω,これまでは計測が困難な信号)を増幅しながら測る無線計測システムを開発しました。例えば、涙に含まれる糖度(グルコース)を計測する場合、計測対象は微弱な信号変化(0.1~0.6 mM)となるため、既存技術(Loss-Loss 結合回路)における読み取りでは、グルコース濃度に伴う共振特性の変化率(感度)を読み取ることが極めて難しいものでした。一方、Gain-Loss 結合回路を用いた場合、結合系のQ値を理想的に高くすることができるため、高感度な無線計測が実現可能です。しかしながら、既存技術の回路系(直接接続)では、センサ側に溶液抵抗を含む高抵抗な糖度センサ(化学抵抗器(R1):数百 Ω)を直接組み込むことはできず、よって微弱な抵抗変化(r:数Ω)を共振回路特性に反映することは困難でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回、三宅研究グループでは、Gain-Loss結合のセンサ側に2極式バイオセンサ(化学抵抗器)を並列に接続することで、共振回路の振幅変調(AM)を成し遂げました。また、並列接続共振回路におけるパリティ・時間(PT)対称性について理論的な成立を証明し、実験的に結合系Q値の増加(高感度化)、および、微弱な生体信号を無線で計測するに成功しました(図2)。

図2:従来回路および新回路による計測システ

涙に含まれる生化学成分は、夾雑物を多く含むため、一般的に、反応選択性を有する酵素電極が用いられます。しかし、涙中糖度は、濃度が極端に低いため(0~0.5 mM)、得られる信号が微弱です(抵抗値変化が小さい)。既存技術(古典的なLoss-Loss共振結合回路)では、これを無線で測ることは非常に困難であるため、センサの特性を示すのみに留まり、無線で測るまでには至っていないのが現状でした(図2左図:従来法)。そこで、三宅研究グループで開発した繊維型酵素センサを新回路に組み込むことで、無線で高感度に計測することに成功しました(感度:2000 Ω/ 0.1mM、図2右図、図3:提案手法)。その結果、0.05 mM単位の糖度を見分けることが可能となるため(健常者の糖度: 0.05-0.2 mM、糖尿病患者の糖度: 0.15-0.5 mM)、糖尿病患者(現在までに1000万人以上いる)の健康管理に利用できることに加え、国内では失明原因第2位、グローバルでは失明原因第1位の糖尿病網膜症の無線計測が実現できることを実証しました。本システムは、センサ側の抵抗値(R1)と極性の異なる負性抵抗(-R2、ただし|R1 |=|R2 |)を検出器に設置するのみで良いため、既存のセンサをそのまま利用できことが特徴です。また、センサ側に電源を設置することが不要となるため、使い捨てレンズなどの消耗品センサの単価を抑えることが可能となります。なお、本無線計測システムは、ヒトのみを対象とするものでなく、犬などのペット産業にも応用することができます。

図3:従来法と新手法による糖度の無線計測

さらに、本無線計測の仕組みは、上述した体表計測に加え、体内への応用にも技術的優位性を示します(図4)。一般的に、体内埋め込みデバイスへの無線給電および無線計測を実現する際、皮膚において交流電場のエネルギー吸収が生じるため(誘電損失)、給電効率および計測感度が著しく低下します。実際に、市販のヒト皮膚を用いてエネルギー損失を確認したところ、皮膚によって計測インピーダンスが1/4低下し、さらに、無線計測(血中乳酸濃度)の感度が低下することを確認しました。

図4:皮膚を介した無線計測への応用

一方、PT対称性の仕組みを利用すると、皮膚抵抗を加味した負性抵抗を調整(チューニング)できるため、高いセンサ感度を維持させたまま無線計測が可能となります。

(3)研究の波及効果や社会的影響

今回の研究により、高感度で高利得な無線センサおよび計測システムを構築することに成功しました。ここでは、敗血症(乳酸アシドーシス)のバイオマーカーで知られる血中乳酸を測定対象とし、敗血症が疑われる患者の乳酸濃度(0-4.0 mM)を無線で測れることを確かめました。従って、本技術は、従来技術と比較して高感度・高利得などの技術的優位性を持ち、かつ、体表および体内埋め込みなど目的とする無線計測システム(センサ・リーダ・システム)として、幅広く利用することができます。

(4)今後の課題・研究者からのコメント

今後はこの研究成果の事業化に向け、本計測レンズを用いて医学部眼科の先生と共同で臨床試験に取り組んでいきます。また、本プロジェクトにご興味のある企業からのお問い合わせをお待ちしています。

(5)用語解説

※1 共振結合系の高Q値化
共振回路における共振のピークの鋭さを表す値「Q」(Quality factor)が大きいほど、共振回路の損失が少ない回路を実現できたと言えます。

(6)論文情報

雑誌名:Advanced Materials Technologies
論文名:Wearable, Implantable, Parity-Time Symmetric Bioresonators for Extremely Small Biological Signal Monitoring
執筆者名(所属機関名):Taiki Takamatsu, Y. Sijie, Takeo Miyake(Waseda University)
掲載日時:2023年4月8日(土)
掲載URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/admt.202201704
DOI:10.1002/admt.202201704

(7)研究助成

日本医療研究開発機構 官民による若手研究者発掘支援事業(Grant Number JP20he0422009j0001)、研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム(START)大学・エコシステム推進型大学推進型、東電記念財団、カシオ科学振興財団、キヤノン財団

令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 5名の教員が受賞

著者: contributor
2023年4月7日 17:42

このたび、早稲田大学の研究者5名が、科学技術分野で顕著な功績があったとして、「令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰」を受賞しました。
科学技術分野の文部科学大臣表彰は、科学技術に携わる者の意欲向上を図り、日本の科学技術水準の向上に寄与することを目的としており、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者に対し授与されています。

今後も本学では、中長期計画「Waseda Vision150」における研究ビジョンである「世界の平和と人類の幸福に貢献する研究」の実現に向け、未来をイノベートする独創的研究の促進を図ってまいります。

科学技術賞(研究部門)

氏名 所属・役職 業績名
尾形 哲也 理工学術院・教授  深層予測学習によるロボットのマルチタスク学習に関する研究
柴田 重信 理工学術院・名誉教授  時間栄養と時間運動の確立と健康科学への応用研究
竹山 春子 理工学術院・教授  シングルセル技術による環境有用微生物の深層解析研究
GUEST Martin Andrew 理工学術院・教授  tt*方程式および量子コホモロジーに関する一連の研究

若手科学者賞

氏名 所属・役職 業績名
水内 良 理工学術院・専任講師  自己複製分子システムを用いた原始生命進化に関する研究

 

最適な分子配置を正確かつ高速に予測

著者: contributor
2023年4月5日 14:56

世界初 次世代コンピューティングにより固体表面への分子吸着予測に成功

発表のポイント

  • 次世代コンピューティングの一つである量子インスパイアード技術※1「Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer」※2(以下、「デジタルアニーラ」)を用いた、固体表面への分子吸着の予測に世界で初めて成功
  • 組合せ爆発を起こさずに分子の吸着配位を高速に探索する新手法を開発
  • 分子配置の組合せが多い複合材料などにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能に

早稲田大学大学院先進理工学研究科博士1年の三瓶 大志(さんぺい ひろし)氏・七種 紘規(さえぐさ こうき)氏ならびに同大理工学術院の関根 泰(せきね やすし)教授らの研究グループは、慶應義塾大学理工学部の田中 宗(たなか しゅう)准教授、ENEOS株式会社とともに、次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式に属する富士通株式会社の量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」を用いて、固体表面への分子吸着を予測することに成功しました。量子インスパイアード技術を固体表面への分子吸着予測に活用する取り組みは世界初となります。

今回、「デジタルアニーラ」を用いて、組合せ爆発を起こさずに吸着配位を高速に探索する新しい方法を開発しました。本手法では、特に多くの分子が吸着している領域において、従来法よりもはるかに高速に、安定な分子配置を発見できることがわかりました。一例として、従来は38601秒かかっていた16分子の吸着の予測を、準備時間(1回のみ必要)2154秒と、「デジタルアニーラ」による計算132秒だけで完了でき、圧倒的な高速性を示すことができました。

今回の研究の位置づけ

また、得られた結果を株式会社Preferred NetworksとENEOS株式会社が共同で設立した株式会社Preferred Computational Chemistryが提供する汎用原子レベルシミュレータMatlantisで解析した結果、本手法による予測が正しいことがわかりました。この手法により、特に分子配置の組合せが多い複合材料や大規模モデリングにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能になります。

本研究成果は、2023年3月27日(現地時間)にアメリカ化学会の『JACS Au』のオンライン版で公開されました。

論文名:Quantum Annealing Boosts Prediction of Multimolecular Adsorption on Solid Surfaces Avoiding Combinatorial Explosion
DOI:10.1021/jacsau.3c00018

(1)これまでの研究で分かっていたこと

分子の表面への吸着現象は、触媒反応など多様な分野において必ず発生する重要な過程です。これらは理論計算を行うことで、原子レベルで触媒反応や吸着を捉えることが可能でした。このような理論計算により分子や原子の吸着に注目して触媒性能を評価する研究はこれまでにも多く存在しています。しかしこれら理論計算は、少ない分子の計算による精密な計算が主であり、分子の数が増えると組合せ爆発が起こるため、膨大な時間がかかることが課題でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

このように網羅的に高被覆率の吸着構造の探索を行うことは、正確な評価ができるが分子数に対して指数関数的な時間がかかります。一方、逐次探索による被覆率の影響評価は、少ないコストで済むが不正確なモデル構築で仮定して進めるため、正確性に欠けることが知られています。そこで研究グループは、富士通株式会社が有する組合せ最適化問題に特化したアニーリング方式に属する量子インスパイアード技術である「デジタルアニーラ」を活かして、表面化学分野における分子の吸着を予測することができないかと考え、取り組んできました。

(3)そのために新しく開発した手法

今回研究グループが開発した手法を図に示します。アニーリング方式では、最適化の対象となる式をQUBOと呼ばれる形式で記述する必要があります。そのためには固体表面への多分子の吸着という多値変数を、複数の2値変数で表現しなければなりません。このような中で、独自に吸着構造をQUBOと呼ばれる形式のモデルへと転換する手法を構築し、さらにそれを「デジタルアニーラ」によって解くことで、最適な構造を短い時間で計算して予測することが可能になりました。

本手法は、特に多くの分子が吸着している領域において、従来法よりもはるかに高速な探索と安定な分子配置を発見できることがわかりました。一例として、従来は38601秒かかっていた16分子の吸着の予測を、準備時間(1回のみ必要)2154秒と、「デジタルアニーラ」による計算132秒だけで完了でき、圧倒的な高速性を示すことができました。

また、得られた結果を株式会社Preferred NetworksとENEOS株式会社が共同で設立した株式会社Preferred Computational Chemistryが提供する汎用原子レベルシミュレータMatlantisで解析した結果、本手法による予測が正しいことがわかりました。これは、元の構造さえわかっていればモデルを組めるため、ニューラルネットワークポテンシャル※3による答え合わせが可能なことによります。この手法により、特に分子配置の組合せが多い複合材料や大規模モデリングにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能になります。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回の発見は、触媒反応や材料の合成などの多様な表面が関わる化学において、多くの分子の吸着を高速に正確に行うことができるという革新的な手法を作り上げ、次世代のコンピューティングを活かした化学の予測という新分野を開拓します。

(5)今後の課題

本研究は次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式を化学に用いた最初の報告です。今後、分子の傾きなどを組み入れて、多様な分子の吸着を予測できるように開発を続けていきたいと考えています。

(6)研究者のコメント

これまでの計算化学は正確ですが時間がかかることが課題でした。「デジタルアニーラ」は次世代コンピューティングの一つとして注目されており、組合せ最適化問題を解く手法として優れていることが知られ、物流分野などでは最近多く用いられてきています。これを化学における吸着に応用しようというのは初めての取り組みであり、困難を伴いましたが、多様なアイデアの組み合わせで実現することができました。今後のカーボンニュートラルに資する新たな化学反応の予測にこれらを応用していきたいと考えています。

(7)用語解説

※1 量子インスパイアード技術
量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く技術

※2 Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer(デジタルアニーラ)
現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。https://www.fujitsu.com/jp/digitalannealer/index.html

※3 ニューラルネットワークポテンシャル
従来からある原子シミュレータに対して、深層学習モデルを組み込むことで、原子スケールで分子や材料の挙動を再現して大規模な計算・予測・探索を行うことができること。

(8)論文情報

雑誌名:JACS Au
論文名:Quantum Annealing Boosts Prediction of Multimolecular Adsorption on Solid Surfaces Avoiding Combinatorial Explosion
執筆者名(所属機関名):Hiroshi Sampei#*1, Koki Saegusa#*1, Kenshin Chishima*1, Takuma Higo*1, Shu Tanaka*2, Yoshihiro Yayama*3, Makoto Nakamura*4, Koichi Kimura*4, and Yasushi Sekine*1
*1 早稲田大学
*2 慶應義塾大学
*3 ENEOS株式会社
*4 富士通株式会社
掲載日(現地時間):2023年3月27日
掲載URL:https://doi.org/10.1021/jacsau.3c00018
DOI:10.1021/jacsau.3c00018

(9)研究助成

研究費名:環境省
研究課題名:令和4年度地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業
(革新的多元素ナノ合金触媒・反応場活用による省エネ地域資源循環を実現する技術開発)
研究代表者名(所属機関名):関根 泰 教授(早稲田大学理工学術院)

世界初 共振で結晶の屈曲を大きく増幅

著者: contributor
2023年3月29日 17:31

結晶の共振固有振動による大きく高速な屈曲を世界で初めて発見

メカニカル結晶はアクチュエータやソフトロボットへ実用化する段階に到達

発表のポイント

光や熱などの外部刺激を動きに変換する「メカニカル結晶」の開発において、これまで光異性化・相転移・光熱効果などの現象が駆動源として用いられましたが、高速かつ大きな動きを創出することは難しく、課題でした。

本研究グループは、結晶に光を当てることで固有振動が起きて高速屈曲が生じ、この固有振動と同じ周波数の光を与えることによって生じる共振(共振固有振動)により、屈曲が大きく増幅することを世界で初めて発見しました。

共振固有振動を用いることであらゆる結晶を高速で大きく屈曲させることができるため、汎用性のある高速アクチュエーション機構として、ソフトロボットなどへの応用が期待されます。

早稲田大学(東京都新宿区、総長:田中愛治)ナノ・ライフ創新研究機構の小島秀子(こしまひでこ)招聘研究員と、同大理工学術院朝日透(あさひとおる)教授、同大学大学院先進理工学研究科4年(一貫制博士課程4年)・日本学術振興会特別研究員(DC1)の萩原佑紀(はぎわらゆうき)らの研究グループ(以下、本研究グループ)は、東京工業大学(東京都目黒区、学長:益一哉)物質理工学院の森川淳子(もりかわじゅんこ)教授らと、結晶に光を当てることで固有振動が起きて高速屈曲が生じることを発見しました。さらにこの固有振動と同じ周波数の光を与えることで、共振により屈曲が大きく増幅することを世界で初めて発見しました。今回の共振固有振動を用いることで、汎用性の高い高速結晶アクチュエータやソフトロボットの実現が期待されます。

本研究成果は、Springer Nature社発行による『Nature Communications』誌のオンライン版に2023年3月13日(月)(現地時間)に掲載されました。

論文名:Photothermally induced natural vibration for versatile and high-speed actuation of crystals

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

光や熱などの外部刺激を動きに変換する「メカニカル結晶」は、軽くて柔らかいアクチュエータ※1やソフトロボット※2への応用が期待されています(参考文献1)。私たちは過去15年間、結晶を動かす原理として、光異性化※3(参考文献2)や相転移※4(参考文献3)に注目して、多数のメカニカル結晶を開発しました。しかし、光異性化や相転移する結晶は数が限られています。特に、光異性化については屈曲する動きが遅く(数秒)、厚い結晶は屈曲しないといった問題点がありました(参考文献4)

本研究グループは2020年、光熱効果※5によって厚い結晶が25 Hzの高速で屈曲することを発見しました(参考文献5)。その後、別の結晶を用いて、光熱効果による屈曲の機構をシミュレーションにより明らかにしました(参考文献6)。しかし、この光熱効果による屈曲は小さく(0.2–0.5度)、大きな動きを創出することが課題でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

物体に外力を加えると、特有の周波数(固有振動数)で振動し続ける現象を固有振動といいます。この固有振動と同じ周波数の外力を加えると、共振と呼ばれる現象が発生して、振動が増幅されます。例えば、地震の際、建物の固有振動数と地震の周波数が一致すると共振して激しく揺れ、倒壊する恐れがあります。ギターやサックスなどの楽器は、弦やリードの動きで音(振動)を作り、箱や筒の中で共振させることで音を増幅しています。このように固有振動は私たちの日常に広く関わっていますが、動く材料を創るという観点では注目されていませんでした。

本研究の最初の目的は、熱膨張の大きい有機結晶に注目して、光熱効果による大きな屈曲を創出することでした。その研究中に、100ミリ秒で1.2度の光熱効果による大きな屈曲と同時に、390 Hzの高速で0.1度の微小な固有振動が起きていることを初めて発見しました(黒、図1a)。驚くことに、この固有振動と同じ390 Hzのパルス光を照射すると、共振により固有振動が3.4度に増幅されました(黒、図1b)。つまり、共振固有振動によって、結晶の高速で大きな屈曲が創出できることを世界で初めて発見しました。

この仕組みを解明するため、本研究グループは、光熱効果による熱が結晶内を伝導してできた温度勾配により結晶が変形し、同時に生じた熱応力※6が結晶の振動を起こすという機構を仮定し、結晶の屈曲をシミュレーションしました。その結果、共振を伴わない屈曲と共振により増幅された屈曲の両方を再現することができました(赤、図1a, b)。

さらに、結晶の形状を変えると200­–700 Hzの様々な共振固有振動が観察され、長く薄い結晶では「大きい屈曲」が、短く厚い結晶では「素早い屈曲」が創出できることがわかりました(図2a)。この共振固有振動について屈曲速度とエネルギー変換効率(光→屈曲運動)を、光異性化、光熱効果、非共振固有振動による屈曲と比較した結果、最も速い屈曲速度(0.2–0.7 m s-1)かつ最も高いエネルギー変換効率(~0.1 %)が得られることがわかりました(図2b)。

(3)そのために新しく開発した手法

正確な周波数のパルス光を照射するため、電子工作に広く用いられているArduino※7による制御システムを構築しました。光熱効果と固有振動の合わさった屈曲をシミュレーションするため、物体のあらゆる物理現象の計算に適している有限要素法※8を用いました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究において共振固有振動によって結晶を高速で大きく屈曲させられることを初めて発見し、シミュレーションによる再現にも成功しました。固有振動の共振に注目することで、あらゆる結晶を高速で大きく屈曲させることが可能です。また屈曲はシミュレーションできるため、結晶の種類やサイズ、光の照射条件などを変えれば望みの動きを設計することができます。

最終的にはこれまでの光異性化や相転移では難しかった、汎用性の高い高速結晶アクチュエータやソフトロボットの実現に期待が高まります。このような実用化へのアプローチにより、ヒトとロボットが融和して日常的に触れ合う、未来社会の創成に貢献できます。

(5)今後の課題

現状、固有振動で結晶が動く例はまだ本研究の1例のみなので、今後は別の結晶についても検討し共振固有振動の汎用性について実証する必要があります。さらに高速な固有振動を起こすことが出来れば、幅広い応用先の考案につながるため、高い固有振動数を持つヤング率※9の高い結晶に注目し検討する必要があると考えます。

(6)研究者のコメント

光で動く結晶はこの15年間で多数報告されてきました。今回、本研究グループの発見により、共振固有振動を用いてあらゆる結晶を高速で大きく動かせることがわかりました。本研究により、メカニカル結晶は実際にアクチュエータやソフトロボットへ実用化する段階に進んだと考えています。今後はアクチュエータやソフトロボットへの応用にも挑戦し、基礎研究から実用化まで、幅広く研究を展開したいと思います。

(7)用語解説

※1 アクチュエータ

光や電気といった入力信号を動きに変換する素子。

※2 ソフトロボット

金属など固い材料を用いず、柔らかい材料のみからなるロボット。

※3 光異性化

ある分子が光を吸収して別の分子に変化すること。

※4 相転移

光や熱などにより、材料がある状態から別の状態に変化すること。

※5 光熱効果

物質が光を吸収して熱を発生すること。

※6 熱応力

材料が熱的に膨張することで生じる力。

※7 Arduino

電気機器を制御するコンピュータの一種。

※8 有限要素法

物理現象を近似的に解くための数値解析手法。

※9 ヤング率

材料の変形しにくさを表す物性値。

参考文献】

  1. Koshima H. (ed) Mechanically Responsive Materials for Soft Robotics (2020). DOI: 10.1002/978352782220
  2. Koshima H. et al., Am. Chem. Soc., 2009. DOI: 10.1021/ja8098596
  3. Taniguchi T. et al., Commun., 2018. DOI: 10.1038/s41467-017-02549-2
  4. Koshima H. et al., J. Chem., 2021. DOI: 10.1002/ijch.202100093
  5. Hagiwara Y. et al., Mater. Chem. C., 2020. DOI: 10.1039/d0tc00007h
  6. Hasebe S. et al., Am. Chem. Soc., 2021. DOI: 10.1021/jacs.1c03588

(8)論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文名:Photothermally induced natural vibration for versatile and high-speed actuation of crystals
執筆者名(所属機関名):Yuki Hagiwara*a, Shodai Hasebe*a, Hiroki Fujisawa*b, Junko Morikawa*b, Toru Asahi*a, Hideko Koshima*a   
*a: 早稲田大学、*b: 東京工業大学
掲載日(現地時間):2023年3月13日(月)
掲載日(日本時間):2023年3月13日(月)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41467-023-37086-8
DOI10.1038/s41467-023-37086-8

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:文部科学省 科研費 基盤研究(B)
研究課題名:熱と光で自在に動くロボット結晶の開発
研究代表者名(所属機関名):小島 秀子(早稲田大学)

研究費名:文部科学省 科研費 特別研究員奨励費
研究課題名:光熱効果によるメカニカル結晶材料の多様化と可能性の拡大
研究代表者名(所属機関名):萩原 佑紀(早稲田大学)

研究費名:早稲田大学 アーリーバードプログラム
研究課題名:光熱駆動高速結晶メカニカルリレーの開発
研究代表者名(所属機関名):萩原 佑紀(早稲田大学)

最新の注目研究者をピックアップ

著者: contributor
2023年3月29日 09:42

早稲田大学の最新の注目研究者をピックアップした動画:Research Recap at Waseda University 2023を公開しました。是非ご覧ください。

本動画に登場する研究者

0:04  所千晴教授 (理工学術院)

研究分野:Environmental materials and recycling technology
Recent research: A Novel, Single Electrical Pulse Method for the Recycling of Lithium-Ion Battery Cathodes 
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100000777_en.html
2021年度早稲田大学リサーチアワード(大型研究プロジェクト推進)受賞者

0:11  三宅丈雄教授  (理工学術院)

研究分野:Soft electronics and biomedical engineering
Recent research: Controlling Biological Cells Electrochemically with Bioiontronics
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001422_en.html
2022年度早稲田大学PI飛躍プログラム支援対象者

0:22  コアド アレックス教授  (商学学術院)

研究分野:Business Economics and Entrepreneurship
Recent research: Growth Patterns and Exit Routes of Firms in Japan
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100002156_en.html
2021年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞者

0:28 大久保將史教授  (理工学術院)

研究分野:Batteries for a carbon neutral society
Recent research: Novel Materials and Optimal Electrochemical Conditions for Enhancing Ecofriendly Aqueous Batteries
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100002881_en.html
2021年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞者

0:36 有村俊秀教授  (政治経済学術院)

研究分野:Carbon Pricing: Emissions Trading and Carbon Tax
Recent research: Impact of Regional Emission Trading Systems on a Firm’s Overall Carbon Footprint
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100000111_en.html
次代の中学研究者2021

0:46 原太一教授  (人間科学学術院)

研究分野:Autophagy and food sciences
Recent research: Dietary Regulation of Autophagy for a Long and Healthy Life
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001493_en.html

0:53 渡邊克巳教授 (理工学術院)

研究分野:Cognitive science and Experimental psychology
Recent research: How do our own voices affect our emotional states?
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001331_en.html
次代の中学研究者2021

1:04 青木隆朗教授 (理工学術院)

研究分野:Quantum optics
Recent research: Towards Distributed Quantum Computing with Photon-based Coupling between Distant Atoms
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001117_en.html
次代の中学研究者2021

1:13 田中雅史講師 (文学学術院)

研究分野:Neuroscience
Recent research: Dopamine Drives Cultural Transmission of Song Learning in Zebra Finches 
Researcher details: https://w-rdb.waseda.jp/html/100001998_en.html
2022年度早稲田大学PI飛躍プログラム支援対象者

〔お知らせ〕実験装置リモート化プロモーションビデオの公開について

著者: contributor
2023年3月27日 09:59

材研の提案する実験装置のリモート化

 

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下、材研)は文部科学省より共同利用・共同研究拠点の認定を受け、「環境整合材料基盤技術共同研究拠点」の名のもと、多様な研究を展開しています。

共同利用・共同研究により、日本各地の多くの研究者が材研を利用していますが、新型コロナウイルス感染症の拡大により移動が制限され、研究の遂行が困難になった時期がありました。このことを受け、材研では各種実験装置のリモート化、すなわち電子顕微鏡など分析装置の観察像を遠隔地からリアルタイムで共有できる仕組みの構築に着手しました。

現在では社会全体がポストコロナの流れになり、コロナ前のような移動も可能になりつつありますが、「リモートで対応できることは今後もリモートで」という新しい考え方・行動様式により、材研が提案する実験装置のリモート化は引き続き重要なコンセプトであると考えています。

しかし、実験装置のリモート化と言っても実際どのように利用するのか、なかなかイメージが難しいのではないでしょうか?そこで実験装置のリモート化について紹介するための動画を制作しました。この動画をご覧いただき、ぜひ材研の利用をご検討ください。

研究設備とその利用方法はこちらをご覧ください。

 

2023年3月
早稲田大学各務記念材料技術研究所

A Sowing, Pruning, and Harvesting Robot for Synecoculture Farming

著者: contributor
2023年3月22日 11:01

A Sowing, Pruning, and Harvesting Robot for SynecocultureTM Farming

Researchers develop a four-wheeled, two orthogonal axes mechanism robot to maintain plants grown under solar panels

Synecoculture, a new farming method, involves growing mixed plant species together in high density. However, it requires complex operation since varying species with different growing seasons and growing speeds are planted on the same land. To address this need, researchers have developed a robot that can sow, prune, and harvest plants in dense vegetation grown. Its small, flexible body will help large-scale Synecoculture. This is an important step towards achieving sustainable farming and carbon neutrality.

Researchers have developed a small and flexible agricultural robot for Synecoculture farming. It has a four-wheel mechanism, two axes stand, robotic arm, camera unit, maneuvering system, and farming tools.

Synecoculture is a new agricultural method advocated by Dr. Masatoshi Funabashi, senior researcher at Sony Computer Science Laboratories, Inc. (Sony CSL), in which various kinds of plants are mixed and grown in high density, establishing rich biodiversity while benefiting from the self-organizing ability of the ecosystem. However, such dense vegetation requires frequent upkeep—seeds need to be sown, weeds need to be pruned, and crops need to be harvested. Synecoculture thus requires a high level of ecological literacy and complex decision-making. And while the operational issues present with Synecoculture can be addressed by using an agricultural robot, most existing robots can only automate one of the above three tasks in a simple farmland environment, thus falling short of the literacy and decision-making skills required of them to perform Synecoculture. Moreover, the robots may make unnecessary contact with the plants and damage them, affecting their growth and the harvest.

With the rising awareness of environmental issues, such a gap between the performance of humans versus that of conventional robots has spurred innovation to improve the latter.

A group of researchers led by Takuya Otani, an Assistant Professor at Waseda University, in collaboration with Sustainergy Company and Sony CSL, have designed a new robot that can perform Synecoculture effectively. The robot is called SynRobo, with “syn” conveying the meaning of “together with” humans. It manages a variety of mixed plants grown in the shade of solar panels, an otherwise unutilized space. An article describing their research was published in Volume 13, Issue 1 of Agriculture, on 21 December 2022. This article has been co-authored by Professor Atsuo Takanishi, also from Waseda University, other researchers of Sony CSL, and students from Waseda University.

Otani briefly explains the novel robot’s design. “It has a four-wheel mechanism that enables movement on uneven land and a robotic arm that expands and contracts to help overcome obstacles. The robot can move on slopes and avoid small steps. The system also utilizes a 360o camera to recognize and maneuver its surroundings. In addition, it is loaded with various farming tools—anchors (for punching holes), pruning scissors, and harvesting setups. The robot adjusts its position using the robotic arm and an orthogonal axes table that can move horizontally.”  

Besides these inherent features, the researchers also invented techniques for efficient seeding. They coated seeds from different plants with soil to make equally-sized balls. These made their shape and size consistent, so that the robot could easily sow seeds from multiple plants. Furthermore, an easy-to-use, human-controlled maneuvering system was developed to facilitate the robot’s functionality. The system helps it operate tools, implement automatic sowing, and switch tasks.

The new robot could successfully sow, prune, and harvest in dense vegetation, making minimal contact with the environment during the tasks because of its small and flexible body. In addition, the new maneuvering system enabled the robot to avoid obstacles 50% better while reducing its operating time by 49%, compared to a simple controller.

“This research has developed an agricultural robot that works in environments where multiple species of plants grow in dense mixtures,” Otani tells us. “It can be widely used in general agriculture as well as Synecoculture—only the tools need to be changed when working with different plants. This robot will contribute to improving the yield per unit area and increase farming efficiency. Moreover, its agricultural operation data will help automate the maneuvering system. As a result, robots could assist agriculture in a plethora of environments. In fact, Sustainergy Company is currently preparing to commercialize this innovation in abandoned fields in Japan and desertified areas in Kenya, among other places.”

Such advancements will promote Synecoculture farming, with the combination of renewable energy, and help solve various pressing problems, including climate change and the energy crisis. The present research is a crucial step toward achieving sustainable agriculture and carbon neutrality. Here’s hoping for a smart and skillful robot that efficiently supports large-scale Synecoculture!

This robot successfully sows, prunes, and harvests complex vegetation grown in the shade of solar panels. Its maneuvering system reduces operation time by 49%.

Reference

Authors: Takuya Otani1, Akira Itoh2, Hideki Mizukami2, Masatsugu Murakami2, Shunya Yoshida2, Kota Terae2, Taiga Tanaka2, Koki Masaya2, Shuntaro Aotake2,3, Masatoshi Funabashi3, and Atsuo Takanishi2
Title of original paper: Agricultural Robot under Solar Panels for Sowing, Pruning, and Harvesting in a Synecoculture Environment
Journal: Agriculture
DOI: 10.3390/agriculture13010018
Affiliations: 1: Waseda Research Institute for Science and Engineering, Waseda University, 2: Faculty of Science and Engineering, Waseda University, 3: Sony Computer Science Laboratories, Inc., Tokyo

About Professor Takuya Otani from Waseda Research Institute for Science and Engineering

Takuya Otani is an Assistant Professor at the Faculty of Science and Engineering at Waseda Research Institute for Science and Engineering. He received his Ph.D. degree from Waseda University in 2016. He is a member of the Virtual Reality Society of Japan, Japanese Council of IFToMM, Japan Society of Mechanical Engineers, Robotics Society of Japan, and IEEE. He received the Waseda e-Teaching Good Practice Award in 2021. His research interests include robotics and intelligent system, intelligent robotics, haptics, humanoid robotics, and mechanics and mechatronics. His recent work involves developing efficient robots for Synecoculture agriculture.

About Waseda University

Located in the heart of Tokyo, Waseda University is a leading private research university that has long been dedicated to academic excellence, innovative research, and civic engagement at both the local and global levels since 1882. The University has produced many changemakers in its history, including nine prime ministers and many leaders in business, science and technology, literature, sports, and film. Waseda has strong collaborations with overseas research institutions and is committed to advancing cutting-edge research and developing leaders who can contribute to the resolution of complex, global social issues. The University has set a target of achieving a zero-carbon campus by 2032, in line with the Sustainable Development Goals (SDGs) adopted by the United Nations in 2015.

To learn more about Waseda University, visit https://www.waseda.jp/top/en

About Synecoculture

Synecoculture is a method of farming that produces useful plants while making multifaceted use of the self-organizing ability of the earth’s ecosystem. Advocated by Dr. Masatoshi Funabashi of Sony Computer Science Laboratories, Inc., it is characterized by a comprehensive ecosystem utilization method that considers not only food production but also the impacts on the environment and health.

*”Synecoculture” is a registered trademark or a trademark of Sony Group Corporation.

About Sustainergy Company

Sustainergy Company, a Tokyo-based renewable-energy startup, its management philosophy is “making the world sustainable through energy”, has been developing and operating solar power generation projects in Japan, including large-scale farm-based solar power generation (Agrivoltaics). The company noticed that the space under the solar panels of many solar power plants is underutilized and thought that if Sony CSL’s Synecoculture farming method could be applied to the semi-shaded area under the solar panels, the degraded soil could be restored, and the land could be turned into greenery and farmland, thereby enabling both food production and renewable energy production on the same land. Sustainergy Company is preparing to commercialize this project in abandoned farmlands in Japan, desertified areas in Kenya, and other countries. To learn more about Sustainergy Company, visit https://sustainergy.co.jp/.

TWIns学生実験紹介動画~ある日の実験~を公開しました

著者: contributor
2023年3月14日 10:46

TWIns学生実験紹介~ある日の実験~

TWInsで行われている学生実験の様子を紹介

TWInsでは、研究室それぞれでの研究活動のか、学部学生が学生実験を行っています。この日は、学部3年生を対象にした「生物学実験」や「生命医科学実験」が行われていました。

実験を教えているTA、機器利用をサポートしている職員、実験中の学生にインタビュー

教員とともに学生に実験を教えているTAや、実験に使用する機器のメンテナンスや利用サポートをしている技術系職員、実験中の学生にインタビューを行いました。それぞれ、どんな想いで実験に関わっているのでしょうか。

TWInsの様々な実験施設を紹介

主に学生実験を行っている共用実験室をはじめ、講義室や組織形態実験室での実験の様子もご紹介します。普段はなかなか見ることのできない、高度な実験施設での実験の様子をぜひご覧ください!

今後もTWInsでの研究活動やイベントの模様を発信していきます。

TWIns公式youtubeチャンネルの登録もぜひ宜しくお願いいたします!

TWIns(東京女子医科大学・早稲田大学 連携先端生命医科学研究教育施設) – YouTube

組合せ最適化問題を解く新手法を開発

著者: contributor
2023年1月26日 14:43

制約をもつ組合せ最適化問題をイジング計算機で効率的かつ高精度に解くための新たな手法を開発

変数の個数を削減し性能向上、ソフトウェアへの応用に期待

発表のポイント

イジング計算機で現実世界の組合せ最適化問題を解くためには、最適化問題に含まれる多くの制約群を効率的に取り扱う必要がある。

本研究では、線形制約をイジング計算機で取り扱うための新しい手法として、組合せ最適化問題の記述に必要な変数の個数を削減し、イジング計算機の性能を改善する手法を構築した。

本手法を取り込んだイジング計算機ソフトウェアの開発により、高精度に現実世界の組合せ最適化問題を解くことが期待できる。

量子アニーリング計算機※1をはじめとするイジング計算機※2を現実世界の組合せ最適化問題※3に活用するためには、組合せ最適化問題がもつ制約を効率的に取り扱うことが重要となります。この問題に対して、早稲田大学理工学術院講師の白井達彦(しらい たつひこ)氏、同大学理工学術院教授の戸川望(とがわ のぞむ)氏らの研究グループは、線形制約※4をもつ組合せ最適化問題を、イジング計算機で効率的に解くための新しい手法(以下、本手法とする)を開発しました(図1)。この手法は、制約を用いて束縛スピンを自由スピンで表現することにより、自由スピンのみで組合せ最適化問題を記述するもので、本研究グループは、本手法を量子アニーリング計算機等のイジング計算機に適用し、既存イジング計算機でその有効性を確認しました。

本研究成果は、米国のIEEE Computer Societyが発行する『IEEE Transactions on Computers』online版にEarly Access Articlesとして2023年1月24日(火)(現地時間)に掲載されました。論文名:Spin-variable reduction method for handling linear equality constraints in Ising machines

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

現実世界のあらゆるところに存在する組合せ最適化問題は、大規模になるほど従来型のコンピュータで最適解を得ることが困難になるため、様々な解法が研究されています。中でも近年、量子アニーリング計算機をはじめとしたイジング計算機と呼ばれる新しいタイプの計算機が注目されています。イジング計算機は組合せ最適化問題の答えを得るのに特化した計算機です。イジング計算機は国内外で研究開発され、一般のユーザーもクラウド上で使用できる段階になっています。

しかし、イジング計算機を活用するにはまだ課題が多くあります。とくに、イジング計算機を使う際には、組合せ最適化問題を、スピン(イジング計算機における計算の単位。+1あるいは-1の二値をとる。)を変数にもつイジングモデルに変換する必要があります。ハードウェア制約により、現状のイジング計算機に入力可能なスピンの個数が制限されるため、組合せ最適化問題を少ないスピンの個数で効率的にイジングモデルに定式化することが重要となります。制約をもつ組合せ最適化問題をイジングモデルに定式化する手法として、これまでペナルティ法※6が用いられていました。しかし、ペナルティ法では十分なスピン数の削減を達成できてはいませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、連立一次方程式を解く一般的な手法である変数消去法のアイデアに基づいて、制約をもつ組合せ最適化問題をより少ない変数で記述する手法を構築しました。

まず、線形制約を利用することで、自由スピンと束縛スピンとに分離することを考えます。束縛スピンは、自由スピンの線形関数によって与えられます。たとえば、図1は、4個の頂点をもつグラフを2個の頂点をもつ2個のグラフに分割する問題です。各頂点について1個のスピンを対応させます。すると4個のスピンが必要となります。4個のスピンのうち、2個は赤丸(+1)、2個は青丸(-1)とする必要があります。これが制約です。ところが4個のスピンすべてを必ずしも独立に扱う必要はありません。4個のスピンのうち、任意の3個を自由スピン、1個を束縛スピンとします。すると、3個の自由スピンのうち1個が赤丸(+1)のとき束縛スピンは赤丸(+1)、一方で2個が赤丸(+1)のとき束縛スピンは青丸(-1)となることがわかります。自由スピンの値から自動的に束縛スピンの値が決まることになります。つまり、1個の束縛スピンを用いずに3個の自由スピンだけを用いて「3個の自由スピンのうち1個か2個を赤丸(+1)にせよ」という問題に置き換えることができます。本来4個のスピンが必要であった問題を、3個のスピンで記述できたことになります。

この考えを使い、我々は束縛スピンを用いずに、自由スピンのみを用いてもともとの組合せ最適化問題を記述できることを明らかにしました。上記のように組合せ最適化問題を自由スピンのみを用いて記述しているため、従来手法であるペナルティ法と比較して、必要なスピンの個数を削減することができます。自由スピンを変数とするイジングモデルを与えることによって、既存のイジング計算機に本手法を導入することができます。

 (3)そのために新しく開発した手法

本手法を用いて線形制約をもつ組合せ最適化問題をイジング計算機で解法することを考えます。さきほどの例では、4個のスピンのうち任意の1個を束縛スピンとしましたが、実際の線形制約の場合には、束縛スピンを任意に選択することはできません。つまり、どのスピンを束縛スピンあるいは自由スピンとして選択するかがポイントとなります。

そこで、束縛スピンを選択するための条件を理論的に明らかにしました。この条件が満たされるとき、本手法によって組合せ最適化問題の解の最適性が保たれることを理論的に証明しました。さらに本研究では、多数の線形制約をもつ組合せ最適化問題を、本手法で記述するためのアルゴリズムを提案しました。このアルゴリズムを用いることで、現実世界に現れるほぼすべての線形制約つき組合せ最適化問題に対して、本手法を適用することができます。とくに典型的な制約をもつ組合せ最適化問題に対して、具体的なイジングモデルの一般形を与えました。

(4)従来手法との比較

工場と地点が同じ個数与えられたとき、各工場を各地点に割り当てたときの地点間の輸送コストの合計を最小化する組合せ最適化問題である「二次割当問題」は、これまでイジング計算機で解法することが困難とされてきました。この二次割当問題に対して、本手法を組み込んだ場合と組み込まなかった場合(ペナルティ法)とを比較しました。その結果、必要なスピン数を削減しつつ、平均して残留エネルギー7を19%削減し、本手法の有効性が確認できました(図2)。

(5)研究の波及効果や社会的影響

本手法を使うことによって、必要最小限の変数の個数で組合せ最適化問題を解くことが可能になるため、イジング計算機を実利用する際に、変数の個数を削減し、また制約をもつ組合せ最適化問題を解法しやすい形式で解くことができます。本手法は既存のイジング計算機に簡単に導入することができることから、本手法を組み込んだソフトウェアの開発によって、イジング計算機で線形制約を取り扱う手法のスタンダードとなることが期待されます。

(6)今後の課題

イジング計算機は現在活発にハードウェアの性能向上が図られています。しかし、現状では利用可能なスピン数が限られているために、扱うことのできる組合せ最適化問題のサイズが限定されています。本研究は、イジング計算機が扱う問題のサイズを拡大するための有力な手法の一つですが、今後はさらに、実世界に見られる様々な問題に対し適用し、本手法の有効性を検証していく必要があります。

(7)研究者のコメント

本研究で開発した手法を使うことで、今後イジング計算機の性能がさらに改善し、新たにイジング計算機を活用できる事例が増えることを期待します。

 (8)用語解説

※1 量子アニーリング計算機

組合せ最適化問題を高速に解決すると期待される計算機。量子効果により量子重ね合わせ状態を実現させ、それを初期状態として用意し、徐々に量子効果を弱める。同時に組合せ最適化問題を表現するイジングモデルの効果を強めることにより、イジングモデルの安定状態を実現させるという機構で動作する。

※2 イジング計算機

組合せ最適化問題をイジングモデルで表現し、組合せ最適化問題を解決するマシンの総称。上記、量子アニーリング計算機はイジング計算機の一種である。

※3 組合せ最適化問題

膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。制約とは守らなければならないルールをさす。

※4 線形制約

変数が満たす必要のある線形等式のこと。たとえば、図1で赤丸と青丸の個数が等しいという制約は、という線形等式で与えられる(は番目の頂点が赤色、は番目の頂点が青色に対応する)。

※5 グラフ分割問題

与えられたグラフの頂点集合を2個の部分集合に分割する問題。それぞれの部分集合に含まれる頂点の個数を等しくするという制約の下、異なる部分集合の間を繋ぐ辺の数を最小にする組合せ最適化問題。

※6 ペナルティ法

制約つき最適化問題を制約なし最適化問題に変換する一つの方法。

※7 残留エネルギー

イジング計算機で組合せ最適化問題を解いた際に得られた解の精度を評価する指標の一つ。得られた解の目的関数の値と真の最適解の目的関数の値の差で与えられ、値が小さいほど解の精度が良いことを表す。

 (9)論文情報

雑誌名:IEEE Transactions on Computers
論文名:Spin-variable reduction method for handling linear equality constraints in Ising machines
執筆者名(所属機関名):Tatsuhiko Shirai(早稲田大学), Nozomu Togawa(早稲田大学)
※ 所属は論文投稿時
掲載日(現地時間):2023年1月24日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/10025381
DOI:https://doi.org/10.1109/TC.2023.3239539

(10)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名・研究課題名:科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「地理空間情報を自在に操るイジング計算機の新展開」(JPMJCR19K4)
研究代表者名:戸川望(早稲田大学・教授)
早稲田大学における研究代表者名:理工学術院 教授 戸川望

研究費名・研究課題名:基盤研究(C)「量子古典ハイブリッド計算技術による物質シミュレーション高速化手法の研究」
研究代表者名:田中宗(慶應義塾大学・准教授)
早稲田大学における研究代表者名:理工学術院 講師 白井達彦

最大性能の巨大負熱膨張物質

著者: contributor
2023年1月23日 15:09

最大性能の巨大負熱膨張物質

材料組織観察の結果を用いた物質設計

【要点】

最大の体積減少を示す負熱膨張物質を開発

コヒーレント放射光と電子顕微鏡による材料組織観察に基づいて物質を設計

光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材としての活用を期待

【概要】

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の西久保匠、酒井雄樹両特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授、量子科学技術研究開発機構の綿貫徹放射光科学研究センター長、大阪公立大学の森茂生教授らの研究グループは、昇温することでこれまでで最大の9.3%の体積収縮を示す巨大負熱膨張(用語1)物質Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3を開発した。

負熱膨張物質は、光通信や半導体製造装置などの構造材で、精密な位置決めを妨げる熱膨張を相殺(キャンセル)できる。体積の大きい低温相と小さい高温相が空間的に混在しながら共存する様子を初めて観測し、その結果に基づいて体積収縮を最大化する化学組成を決定した。

研究成果は1月18日に米国化学会誌「Chemistry of Materials」のオンライン版に掲載された。

研究グループには、東京工業大学の今井孝大学院生(研究当時)、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗主幹研究員、河口彰吾主幹研究員、量子科学技術研究開発機構の押目典宏研究員、島田歩派遣職員、菅原健人技術員、大和田謙二グループリーダー、町田晃彦上席研究員、東レリサーチセンターの久留島康輔研究員、早稲田大学の溝川貴司教授が参画した。

研究の背景

物質の多くは、温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。日常生活においては熱膨張の体積変化の影響は大きくないが、光通信や半導体製造など、精密な位置決めや部材の寸法管理が要求される局面では、このわずかな熱膨張が機能や精度低下につながる問題になる。例えばLSIでは、Siチップと基板、充填剤の熱膨張の違いが信頼性の低下につながる。そこで、温度が上昇すると収縮するという、“負の熱膨張”を持つ物質によって、構造材の熱膨張を相殺(キャンセル)することが試みられている。

これまで最大の体積収縮を示す物質は、同グループが見つけたペロブスカイト構造(用語2)の鉛(Pb)、ビスマス(Bi)、バナジウム(V)、酸素(O)からなる酸化物Pb0.8Bi0.2VO3で、400 Kから800 Kの昇温で7.9%の体積収縮が観測されていた。ベースとなる物質のPbVO3は代表的な強誘電体(用語3)であるPbTiO3と同じ極性(用語4)の正方晶構造を持ち、室温で圧力を加えると10.6%の体積減少を伴って非極性の立方晶相へ転移するが、常圧下で昇温すると分解してしまい、負熱膨張は示さない。PbをBiで置換すると、常圧での昇温によって立方晶相へ転移する負熱膨張を示すようになるが、Pb0.8Bi0.2VO3の低温正方晶相の体積がPbVO3より小さいため、温度上昇による体積収縮は10.6%ではなく、7.9%に減少してしまう。体積の大きな低温正方晶相と体積の小さな高温立方晶相が相分率を変えながら共存するため、平均の体積は連続的に減少する。これら2相が作る材料組織を最適化することで負熱膨張が起こる温度範囲を制御できると期待されるが、2相がどのように空間的に分布しているかはこれまで不明であった。

研究成果

今回の研究では、PbVO3のPbをBiではなくストロンチウム(Sr)で置換すると、正方晶の体積が減少しないまま立方晶相と2相共存するようになること、また、温度を変えても2相共存状態が変化せず、正方晶や立方晶単相に変化しないため、安定に取り出せることを見いだした。そこでPb0.82Sr0.18VO3に対して走査透過電子顕微鏡(用語5)観察を行い、正方晶と立方晶の接合界面を原子スケールで観察することに成功した。さらに、大型放射光施設SPring-8(用語6)のビームラインBL22XUでブラッグコヒーレントX線回折イメージング(用語7)と呼ばれる観察を行い、1つの結晶粒の中の正方晶相、立方晶相の空間的な分布を明らかにした(図1)。

また、立方晶を出現させる効果を持つSrに加えて、温度変化による相変化を促す効果を持つBiでもPbを置換することで、PbVO­3が本来持つ大きな体積変化を保ったままで負熱膨張を起こすことに成功し、SPring-8のビームラインBL02B2での放射光X線回折実験(用語8)で調べた微視的な格子定数(用語9)の変化から、Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3では低温正方晶相と高温立方晶相の体積差が11.1%もあり、450 Kから700 Kへの昇温で 9.3%もの体積収縮を示すことを確認した(図2)。この値はこれまでで最大であり、Smartecの商品名で市販されているマンガン窒化物負熱膨張材料の1.4%や、BNFOの商品名を持つBiNi0.85Fe0.15O3の2.4%と比べて巨大である。

図1 走査透過電子顕微鏡で観察した正方晶相と立方晶相の接合界面(左)と、ブラッグコヒーレントX線回折イメージングで明らかにした1つの粒子の中の立方晶相の分布(右)。

 

図2 Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3の低温正方晶相(極性)と高温立方晶相(非極性)。低温相を加熱すると、2相共存を介して、11.1%体積が小さい高温相に転移する。

社会的インパクト

負熱膨張材料は、半導体や精密加工で問題になる熱膨張を解決できるとして、大きな注目を集めている。今回の成果はこれまでで最大の体積収縮を示す材料を発見しただけでなく、材料組織の観測手法を確立した点で、今後の材料開発に大きく貢献すると期待される。

 今後の展開

今回開発したPb0.8Bi0.1Sr0.1VO3は、9.3%も体積が収縮する巨大な負熱膨張を示すが、温度履歴(用語10)が大きいという問題を持つ。こうした問題は正方晶相、立方晶相が共存する材料組織を最適化することで解決できると考えられるため、ブラッグコヒーレントX線回折イメージングによる組織観察で、昇降温を繰り返すことによる組織の変化を明らかにし、温度履歴の低減につなげたい。

付記

本研究の一部は、神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー:東正樹 東京工業大学 教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表:腰原伸也 東京工業大学 教授)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)の助成を受けて行った。

【用語説明】

(1) 負熱膨張

通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

(2) ペロブスカイト構造

一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

(3) 強誘電体

誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、また、外部電場によってその方向を変化できる物質。

(4) 極性

結晶構造中の陽イオン、陰イオンの変位のため、正の電荷と負の電荷の重心が一致せず、電気分極を持つこと。

(5) 走査透過電子顕微鏡

電子顕微鏡の一種。1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する。

(6) 大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

(7) ブラッグコヒーレントX線回折イメージング

数十ナノメートル~数マイクロメートルサイズの結晶粒子一粒を3次元可視化する計測技術。コヒーレントX線を利用したイメージング(コヒーレントX線回折イメージング)の一種で、結晶特有のブラッグ回折を利用する。原子の並び方に敏感であり、密度差として区別が難しい結晶内部の歪分布や相共存状態などを精度よく調べることが可能。今回は量研機構の専用装置を用いた。

(8) 放射光X線回折実験

物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

(9) 格子定数

結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。

(10) 温度履歴

昇温時の体積収縮と降温時の膨張が起こる温度が一致しないこと。

【論文情報】

掲載誌: Chemistry of Materials
論文タイトル:Polar-Nonpolar Transition Type Negative Thermal Expansion with 11.1% Volume Shrinkage by Design
著者:Takumi Nishikubo, Takashi Imai, Yuki Sakai, Masaichiro Mizumaki, Shogo Kawaguchi, Norihiro Oshime, Ayumu Shimada, Kento Sugawara, Kenji Ohwada, Akihiko Machida, Tetsu Watanuki, Kosuke Kurushima, Shigeo Mori, Takashi Mizokawa and Masaki Azuma
DOI:10.1021/acs.chemmater.2c02304

全国の高等専門学校生を対象とする新たな編入学制度(指定校推薦)を開始

著者: contributor
2023年1月16日 14:35

早大理工、2024年度から導入

全国の高等専門学校生を対象とする新たな編入学制度(指定校推薦)を開始

早稲田大学(東京都新宿区、総長:田中愛治、以下、早大)は、早大理工系の三学部(基幹理工学部創造理工学部先進理工学部、以下、早大理工)にて、工学系の学科・コースを有する全国の高等専門学校(以下、高専)に在籍する専門学校生を対象とした新たな編入学試験制度(指定校推薦、以下、新入試制度)を、2024年度より導入いたします。

【新入試制度概要】

制度名称:高等専門学校対象編入学試験(指定校推薦型)
実施学部:基幹理工学部創造理工学部先進理工学部
入学時期:2024年4月1日
試験方式:学校推薦型選抜(指定校推薦型入試)
編入年次:2年次または3年次(学科によって異なります)【下表参照】。
募集人員:各学科 若干名
募集学科:

推薦依頼指定校:早大内部基準に従って、学部ごとに毎年選出します。
推薦依頼時期:2023年1月中旬
※選考日程、出願可能な早大理工の学部・学科等の情報は、対象となる推薦依頼指定校に個別に伝達しています。

1.新入試制度導入の背景

早大は、創立150周年である2032年を見据えた中長期計画「Waseda Vision150」を策定し、その教旨で謳われている「学問を活用」する力を備えた「模範国民の造就」を一層進めるべく、教育研究の改革を進めています。早大の教旨における「模範国民」とは、地域や国内というローカルな場から、アジアや世界というグローバルな場に渡る様々なレベルにおいて、複雑化する現代の課題解決に挑む、叡智・志・実行力を兼ね備えた人材を指します。

早大が建学以来取り組んできたこのような人材育成をさらに加速するためには、高い志を持った優秀な学生を募集していく必要があります。新型コロナウイルスや地球温暖化など、明確な答えのない問題への対応が一層求められている現在、変化に対して受け身ではなく、主体的に関わりながら自ら問題を解決できる人材を育成するためには、多様なバックグラウンドを持つ入学者の選抜を実施することが必須と考えています。

早大は入試改革を「Waseda Vision150」における13の核心戦略のトップに据え、真に求める人材に入学してもらうべく検討と実践を継続的に推進しています。

2.新入試制度の目的

早大理工では、入試改革の具現化の一環として、新入試制度を導入することとしました。目的は以下の通りです。

  • 高等学校普通科出身の学生等とは異なる経験・技能を有する高専生を幅広く受け入れることによって、学生間の交流による相乗効果を高めていきます。
  • 早大の教育・研究リソースによって、理工系の専門家を志向する高専生が持つ潜在能力や将来の可能性を開花させていきます。
  • 高度な人材を輩出している高専と信頼関係を構築することによって、高専における早大理工の存在感を高めていきます。

3.新入試制度の目標

早大理工は、新入試制度の導入によって毎年一定数の高専生を幅広く受け入れることを目指しています。これによって成し遂げたい目標は以下の通りです。

  • 全国に設置されている高専に指定校枠を幅広く設け、首都東京の新宿にキャンパスが位置し、ダイバーシティに富み、奨学金制度や学生寮が充実する早大理工で学ぶ意欲を抱く優秀な学生を推薦していただくことで、入学者の出身地域の多様性の確保を目指していきます。
  • 大学編入を希望している高専生にとって、早大理工への編入が自身の未来を拓く魅力的な選択肢として位置付けられることを目指していきます。
  • 編入生の受け入れを出発点として、高専の教員との交流に発展させ、強い連携体制の構築を目指していきます。

4.2年次編入について

早大理工が実施している教育の全体的な特徴は、大学院への進学を前提とした高度な専門教育を入学後比較的早い段階から実施していることにあります。また、早大理工の各学科では、標準的な専門科目に加えて他大学の理工系学科では設置されていない学科独自の専門科目を、所属学生の専門性を高めるために多数用意しています。

新入試制度を設けるにあたり、早大理工は、上述した専門教育の特徴、受入学科の学問分野、受入学科と高専学科のカリキュラムの連続性を考慮したり、高専生が編入前に高専で取得した単位を、早大入学後の学部卒業単位としての認定を積極的に精査したりするなど、各学科のカリキュラムに合わせて編入した高専生の育成を第一に制度設計を行いました。そのため、編入学は3年次からが一般的ですが、新入試制度では導入する9学科のうち7学科で「2年次編入」としました。

5.出願資格

在籍学校長が人物、学業ともに優れていると認めるもので、以下、a ~ e のすべてを満たす者。

a. 推薦依頼のあった高等専門学校の学科・コースに在籍し、2024年3月に高等専門学校(本科)を卒業見込の者。
b. 推薦を依頼する早大理工の学部・学科への入学を第一志望とする者。
c. 入学後の勉学に関して明確な志向と意欲を持ち、それにふさわしい能力を備えた者。
d. 出願開始日から起算して、過去2年以内に受験したTOEFL-iBT(TOEFL-ITPは不可)、
IELTS(Academic Module)、TOEIC(IP、Speaking & Writingは不可)の内いずれかのスコアを出願期間内に提出可能な者。
e. 学業成績において、次の基準を満たす者。
① 4年次の学年の学科現員に対する学業成績の席次が、上位10%以内の者
② 席次を定めない高等専門学校では、在籍学校長が①と同等と認めて推薦する者

以上

Visualizing Complex Electron Wavefunction Using High-Resolution Attosecond Technology

著者: contributor
2023年1月12日 10:09

Researchers successfully record the phase distribution of electrons, unveiling the detailed structure of its complex wavefunction

The structure, dynamics, and functions of materials are predominantly determined by their constituent electrons. Owing to their quantum nature, electrons have “wave”-like characteristics. However, measuring the phase of an electron and its complex electron wavefunction is challenging. Using state-of-the-art attosecond technology, researchers at Waseda University and National Research Council of Canada have now successfully recorded the phase distribution of electrons ejected from a neon atom, allowing a complete, detailed visualization of the complex electron wavefunction.

The early 20th century saw the advent of quantum mechanics to describe the properties of small particles, such as electrons or atoms. Schrödinger’s equation in quantum mechanics can successfully predict the electronic structure of atoms or molecules. However, the “duality” of matter, referring to the dual “particle” and “wave” nature of electrons, remained a controversial issue. Physicists use a complex wavefunction to represent the wave nature of an electron. “Complex” numbers are those that have both “real” and “imaginary” parts—the ratio of which is referred to as the “phase”. However, all directly measurable quantities must be “real”. This leads to the following challenge: when the electron hits a detector, the “complex” phase information of the wavefunction disappears, leaving only the square of the amplitude of the wavefunction (a “real” value) to be recorded. This means that electrons are detected only as particles, which makes it difficult to explain their dual properties in atoms.

The ensuing century witnessed a new, evolving era of physics, namely, attosecond physics. The attosecond is a very short time scale, a billionth of a billionth of a second. “Attosecond physics opens a way to measure the phase of electrons. Achieving attosecond time-resolution, electron dynamics can be observed while freezing molecular motion,” explains Professor Hiromichi Niikura from the Department of Applied Physics, Waseda University, Japan, who, along with Professor D. M. Villeneuve—a principal research scientist at the Joint Attosecond Science Laboratory, National Research Council, and adjunct professor at University of Ottawa—pioneered the field of attosecond physics. Niikura and Villeneuve had previously developed a breakthrough method, attosecond re-collision, and also demonstrated the imaging of a molecular orbital or electron wavefunction in a molecule.

In a recent study published in Volume 106 Issue 6 (2022; page 063513) of Physical Review A on 23 December, 2022, these researchers employed another approach involving attosecond physics, using an attosecond laser pulse, or high-harmonic generation, to visualize a complex wavefunction. The attosecond laser pulse consists of coherent light with a wavelength much shorter than ultra-violet, referred to as extreme ultra-violet (EUV) light. When this pulse irradiates a gas, an electron is ejected. This process is referred to as photoionization. The attosecond pulse consists of a set of “harmonics” or different colors of light. By controlling the generation of the attosecond pulse, the researchers isolated two photoionization pathways—one consisting of a particular harmonic, and the other consisting of another harmonic along with an infrared pulse—to ionize neon. The electron wavefunctions produced by both pathways can interfere with each other. The interference pattern varies with the attosecond delay between the harmonics and the IR pulses. The team determined the phase and amplitude distributions of the photoelectron from the interference pattern and visualized its complex wavefunction. As the energy resolution is smaller than the bandwidth of the attosecond pulses, the researchers were successful in visualizing the detailed wavefunction structure. Furthermore, the researchers developed a method of disentangling the measured wavefunction into wavefunctions that are produced by individual ionization pathways.

Now that the researchers have successfully visualized the complex wavefunction of an electron—something that cannot be seen through conventional photoelectron spectroscopy—there’s so much more they can achieve! Niikura says, “Nowadays, photoelectron spectroscopy using EUV and X-ray has become a basic tool for investigating structures and dynamics of materials. The present method will provide a way to elucidate the quantum properties of electrons.” Visualizing the complete, detailed, complex electron wavefunction will be of significant impact in the fields of nanotechnology, chemistry, and molecular biology.

Reference

Authors: Takashi Nakajima1, Tasuku Shinoda1, D. M. Villeneuve2 and Hiromichi Niikura1
Title of original paper: High-resolution attosecond imaging of an atomic electron wavefunction in momentum space
Journal: Physical Review A
DOI: 10.1103/PhysRevA.106.063513
Latest Article Publication Date: 23 December, 2022
Affiliations: 1Department of Applied Physics, Waseda University, Japan
2Joint Attosecond Science Laboratory, National Research Council and University of Ottawa, Ontario, Canada

Image

Image title: Visualizing complex photoelectron wavefunctions using attosecond imaging technology
Image caption: Researchers measure the phase and amplitude of the complex electron wavefunctions (a,b), represented by color (or hue) for phase and brightness (or value) for amplitude (plotted in logarithmic scale), in the hue-saturation-value (HSV) color map, as shown in (c).
Image credits: Hiromichi Niikura from Waseda University
License type: Original content

About Professor Hiromichi Niikura from Waseda University

Hiromichi Niikura is a Professor at the Department of Applied Physics, Waseda University. He obtained his bachelors from Kyoto Institute of Technology, masters from Graduate School of Kyoto Institute of Technology, and Ph.D. from Graduate University for Advanced Studies, Institute for Molecular Science, Japan. His research focuses on atomic, molecular, and optical (AMO) physics. He has worked at National Research Council of Canada (2000-2009), where he conducted a pioneering work in attosecond physics, a new emerging field. Niikura was awarded the prestigious Japan Society for Promotion of Science (JSPS) award in 2012. Professor Niikura can be contacted at [email protected].

高信頼Seamless Access Network開発

著者: contributor
2023年1月10日 12:20

サイバーフィジカルインフラに向けた高信頼シームレスアクセスネットワークに関する研究開発を開始

「サイバーフィジカルインフラに向けた高信頼シームレスアクセスネットワークに関する研究開発」が情報通信研究機構の委託研究に採択

三菱電機株式会社(東京都千代田区、執行役社長 漆間啓、以下、三菱電機)、学校法人早稲田大学(東京都新宿区、理事長 田中愛治、以下、早稲田大学)、学校法人立命館(京都府京都市、理事長 森島朋三、以下、立命館大学)、国立大学法人名古屋工業大学(愛知県名古屋市、学長 木下隆利、以下、名古屋工業大学)、一般財団法人電力中央研究所(東京都千代田区、理事長 松浦昌則、以下、電力中央研究所)、公益財団法人鉄道総合技術研究所(東京都国分寺市、理事長 渡辺郁夫、以下、鉄道総合技術研究所)は共同で、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究「Beyond 5G機能実現型プログラムのうち一般課題」(採択番号04901)に応募し、採択されました。

本研究では、100 GHz帯の大容量通信デバイスの大幅な高出力化(目標出力10 W級)とアクセス伝送技術により、高速移動体や広域での10 Gbps以上の無線通信を可能とする要素技術の開発を行います。さらに、その無線通信と光ファイバ通信を融合したシームレスネットワークの制御技術を開発してネットワークの高信頼化を進め、電力システムにおける「電力ネットワークのリアルタイムスマートデジタルツイン(RSDT)」や、鉄道インフラにおける「状態に基づいたメンテナンス(状態監視保全:CBM)」に利用可能なプラットフォーム構築技術の確立を目指し、インフラ監視システムのユースケースでの機能実証を行います。

本研究では、以下の項目に取り組みます。

1. シームレスアクセス要素技術の研究開発

1-a)アクセス伝送技術に関する研究開発(早稲田大学)
1-b)ハイパワーテラヘルツデバイス技術に関する研究開発(三菱電機)
1-c)大容量通信デバイスに関する研究開発(立命館大学)

2. シームレスアクセスネットワークに関する研究開発

2-a)有無線ネットワーク制御技術に関する研究開発(名古屋工業大学)
2-b)高信頼通信ネットワークに関する研究開発(電力中央研究所)
2-c)鉄道インフラ監視システムに関する研究開発(鉄道総合技術研究所)

※本委託研究における本学の研究代表者は、理工学術院 川西哲也教授です。

本委託研究は2022年度(令和4年度)から2025年度(令和7年度)までの4年間実施の予定です。契約は約5億円での単年度毎であり、継続評価を受け契約更新を行います。

(参考リンク)
NICTウェブページ「Beyond 5G研究開発促進事業(一般型)」に係る令和4年度新規委託研究の公募(第1回)の結果
https://www.nict.go.jp/publicity/topics/2022/08/05-1.html

アト秒レーザーで波動関数を可視

著者: contributor
2022年12月27日 14:55

アト秒レーザーによる高分解能での複素数の波動関数の可視化に成功

発表のポイント

  • アト秒レーザーを用いることで、複素数の電子波動関数の詳細な構造を可視化した。
  • 電子密度分布だけではなく、電子の「位相」分布の測定に成功した。
  • アト秒レーザーパルスの発生方法を制御し、2つの過程の干渉を用いることで、これまで分からなかった運動量空間での電子波動関数の詳細な構造を高分解能で明らかにした。
  • そのことにより、量子コンピューター等の計算アルゴリズムの発展・検証や、複素数の波動関数測定による、新たな物質解析と超高速の量子制御法の開発が期待される。

早稲田大学理工学術院の新倉 弘倫(にいくら ひろみち)教授らは、カナダ国立研究機構のD. M. Villeneuve博士と共同で、アト秒レーザーによりネオン原子から放出された電子の波動関数※1を、位相分布も含めて高分解能で可視化する方法を開発しました。電子の「位相」と「振幅」がどのように分布しているのかがわかることで、「複素数」の電子波動関数を可視化することができます。本研究により、様々な物質の構造や機能がどのように発現しているのかを、波動関数の観点から解き明かすことが期待されます。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review A』に、“High-resolution attosecond imaging of an atomic electron wavefunction in momentum space” として、2022年12月23日(金)にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

様々な分子(生体分子)やマテリアルの構造や性質は、その電子の状態が大きな役割を果たしています。紫外光よりも波長の短い極端紫外光や軟X線を物質に当てると、電子が放出されます(アインシュタインの光電効果)。放出された電子の運動エネルギーや、どの方向に放出されたかを測定する光電子分光法は、物質の電子状態や構造を調べる方法として、SPring-8等の放射光などを光源として広く利用されています(図1)。

図1:従来の光電子分光法

放出された電子は、「つぶつぶ(粒子)」として観測されます。例えば図2の実験例では、レーザーを当てると試料から電子がある角度に放出され、検出器の上に輝点となってあらわれます(筆者による測定)。測定を多数回繰り返すと、電子の“ぽつぽつ”によりある形を持った分布となります。この分布はMax Bornの確率解釈(1926年)によると、波動関数の自乗 |Ψ|2 に相当するものになります。この例では、ネオン原子の電子のf-波、磁気量子数m=0が主な成分となります(Science 356,1150 (2017))。

図2:電子は粒として測定される

一方、電子は粒子性と波動性の2つの性質※2を持っており、波としての性質は、電子の「位相」として表されます。しかし、この“位相情報”は検出器に当たったときに消えてしまいます。すなわち、本来は図2の赤線の2つの部分では、電子の「位相」(または符号)が異なるはずなのに、検出器上ではただの「粒」としてしか観測されません。(広い意味でのコペンハーゲン解釈による波動関数の収縮)。

アト秒(=10のマイナス18乗秒)科学の方法を用いることで、電子の量子的な性質である「位相」を測定することが可能になってきました。位相がわかることにより、波動関数の自乗|Ψ|2 ではなく、複素数の波動関数 Ψ そのものを得ることが出来ることになります。2004年に筆者らは、アト秒再衝突電子を用いる方法(Nature 417, 917 (2002))により、窒素分子の分子軌道のイメージングに成功しました(Nature 432, 867, (2004))。アト秒レーザーパルス列※3を用いる方法では、2001年に、ヨーロッパなどのグループにより、主に「エネルギーごとの」電子の位相を測定する方法が開発されています(Science 292, 1689 (2001))。近年、筆者らは奇数次と偶数次を含むアト秒レーザーパルス列を用いることで、ネオン分子から放出された電子の「角度ごとの」位相を測定し、部分波にわける方法を開発しました(Science 356, 1150 (2017) )。一方、この方法は電子の3つの干渉過程を用いるため、解析方法が難しく、角度ごとのみの解析に留まっていました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

そこで本研究では、2017年の方法を発展させ、より簡単・直接的な方法で「角度ごと・エネルギーごとをあわせた運動量※4ごとの電子の位相と振幅を測定し」「複素数の波動関数全体を可視化する」方法を開発しました。具体的には、アト秒レーザーパルスの発生方法を制御することにより、「2つのイオン化過程のみの干渉」が起こるようにしました。このことにより、角度ごとではなく「電子の運動量ごと」の振幅と位相を直接、決定できます。これは、図2でいえば「検出器上のある点に来る粒ひとつの」位相と振幅を求めることに相当します。また、解析が非常に短時間で行えるようになりました。これにより、「複素数の波動関数全体」のイメージングが可能になり、これまではわからなかった運動量空間での電子波動関数の詳細な構造(位相の違いなど)が高分解能で明らかになりました。

(3)そのために新しく開発した手法

電子の位相を測定するためには、干渉を用います。アト秒レーザーパルス列(高次高調波)は、極端紫外領域の波長(エネルギー)の異なる複数の高調波を含んでいますが、その発生過程を制御することにより、2つのイオン化過程A,Bのみの干渉が起きるようにしました(図3)。具体的には、過程Aでは第14次高調波による1光子イオン化過程、過程Bでは第13次高調波と赤外光による2光子イオン化過程となります。ここで、第15次以上の高調波はほとんど発生しないようにしています。このパルスを気相の原子に当てると、それぞれの過程A,Bで異なる対称性を持った電子波動関数が生成します。それぞれの波動関数は干渉し、その干渉の様子は高次高調波と赤外光との時間差 τ を変えることで変化します。その変化から位相と振幅を決定します。

図3:アト秒レーザーによる位相測定

この過程は、光や電子を用いた「2重スリット実験」との類似で考えることが出来ます。すなわち過程Aが片方のスリットを通るパス、過程Bがもう片方のスリットを通るパスに相当します。それぞれのパスを通過した光または電子は干渉して干渉縞を作ります。ここで、片方のパスの長さを変えると、干渉縞が移動します。その移動の様子から、位相を知ることが出来るというものです。本実験では、「片方のパスの長さを変えること」は「アト秒レーザーパルス(高次高調波)と赤外パルスの時間差をアト秒で変える」ことに相当します。なお実験装置等は早稲田大学西早稲田キャンパス51号館地下の新倉研究室で開発したものです。

実験結果:
アト秒レーザーパルスと赤外光の時間差 τ を変えて、ネオンガスから放出された電子の運動量分布を測定しました。それぞれの電子の運動量ごとの信号強度は、時間差 τ の関数として変動します。その変動の振幅の大きさと位相を求め、2次元の運動量上にマッピングしました(図4)。

図4:測定された波動関数

図4(a)が振幅、(b)が位相の分布を示します。(a)の振幅の大きさの分布に、6つのピークが見えています。例えば上と下のピーク(kx=0のところ)は、ほぼ同じ振幅の強度になっていますが、(b)の位相の値を見ると、赤・青の色の違いから、位相がπだけずれていることがわかります。この位相と振幅から、複素数の波動関数 Ψ を得ました。(c)と(d)に、複素数の波動関数の実部と虚部をそれぞれ示します。(c)の実部を見ますと、色の赤いほうがプラスの振幅、青いほうがマイナスの値の振幅になっており、区別がなされていることがわかります。また本研究では、振幅と位相、または実部と虚部という2つの量で特徴付けられる複素数の波動関数を1枚の図で表現するために、HSV(hue, saturation, value)表示を用いました。図5(a)は、上と同じ波動関数をこの表示で表したものです。(なお、全体の任意位相は(b)と(c)(d)、また図5とでは、シフトさせています。)色(hue)が位相(phase)、明るさ(value)が振幅(Amp.)を表します。”S”(saturation)の値は0.5にしています。図5(c)に、横軸を振幅、縦軸を位相としたときの2次元のHSVカラーマップを示します。このように表現することで、位相と振幅を含めた波動関数の詳細な構造がわかります。例えば高次高調波のエネルギー(波長)を少し変えると(図5(b))、測定される分布が大きく変わることがわかりました。

図5:測定された複素数の波動関数(HSV表示)

測定された波動関数 Ψ は、それぞれ過程Aと過程Bによって生成した波動関数の「積」になっています(Ψ=ψa ψ*b)。(過程Bのほうは複素共役をとります)。そこで測定された波動関数 Ψ を、過程1、過程2のそれぞれのイオン化過程によって生じた電子波動関数 ψa  と ψ*bとに分けるアルゴリズムを開発しました。図6にその結果を示します。

図6:個々のイオン化過程にわけた波動関数

このように分けることで、特徴的な6つのピーク構造の内側と外側の位相の違いは、主に過程Bによって生成したψ*b(第13次高調波+赤外光)の位相が異なっていることによって生じた、ということがわかりました。なお、Ψ の振幅の強度は対数スケールですが、ψa  と ψ*bはリニアスケールを用いて表示しています。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究で測定された電子波動関数は、ネオン原子内の他の電子や、イオン核との相互作用が顕著な、低エネルギーの電子のものです。このような電子相関過程が大きな場合は、最新の計算機でも、その正確な計算が困難になります。計算結果と比較するためには、本研究で示されたような位相を含めた「複素数」としての物理量を測定することが必要になります。現在発達中の、量子コンピューターなどの計算アルゴリズムの発展や、その検証に使えることが期待されます。また本研究では、コヒーレントなアト秒レーザーを用いて、電子の波としての性質を利用することで、通常の光電子分光法では測定が困難な電子の位相の分布の測定を可能にしました。アト秒レーザーパルスはテーブルトップで極端紫外領域~軟X線領域の光を発生できますが、本研究により、電子の位相分布や複素数の波動関数イメージングをもとにした、新規な位相・運動量分解光電子分光法や物質測定・量子状態の測定法の開発につながります。複素数の電子波動関数がわかることにより、新たな機能を持つ分子の創生や、より高輝度の蛍光物質の作成などが期待されます。

(5)今後の課題

本研究では気相の原子についての測定を行いましたが、同様の原理を用いて、配列した気相の分子や固体試料でも同様に、電子の位相分布を求める方法を開発することが今後の課題となります。本実験では、当研究室で開発された「長時間アト秒時間差を維持できる」高安定な光学系を用いました。このアト秒高安定性を利用して、本方法を固体試料の顕微分光法などに応用し、「異なる部位から放出された電子の位相分布」、時空間でのイメージングを可能にする「アト秒位相分解・光電子顕微鏡」の作成などが目標となります。

(6)研究者のコメント

「原子や分子などの電子状態はどのようになっているのか」は20世紀初頭の量子力学の発展により明らかにされてきました。物質や生体分子などの構造・機能を理解するためには、量子力学的な取り扱いが基本となっているため、物理だけではなく化学や生物系の分野でも波動関数などは必要な概念です。大学で量子力学・量子化学・物理化学などを学びますと、シュレーディンガーの波動方程式や、波動関数に出会うと思います。教科書には「波動関数の絵(計算結果)」が色分けされて掲載されていると思いますが、「計算結果ではなくて、直接、色(位相)をわけた波動関数を測定する」ということが、ひとつの目標でした。今回、アト秒レーザーパルスを用いた新たな光電子分光法により、位相の分布や複素数の波動関数を高分解能で可視化できることになりましたが、ぜひ教科書や講義等で、ご紹介いただければ幸いです。
【ご参考】https://www.f.waseda.jp/niikura/NHdenshi22.pdf

(7)用語解説

※1 波動関数
シュレーディンガー方程式の解としての、物質の波としての性質を現す複素数の関数(Ψ)。「波動関数の自乗|Ψ|2は粒子の存在確率を表す」という確率解釈が提唱され、実際の実験結果と関係付けられました。いわゆる「電子雲」と呼ばれることもあるものは、この「電子波動関数の自乗」に相当します。しかし、電子の存在確率を表す「波動関数の自乗」は、※2の図で言えば「振幅の自乗」に相当し、位相成分は測定されません。原子や分子などの電子状態は、自乗をとらない複素数の波動関数そのもの Ψ を元に表現されるため、電子の「確率分布(電子雲)」だけではなく「位相の分布」を得ることが重要でした。

※2 電子の粒子性と波動性
電子は粒として観測されますが、波としての性質を持っています。電子の振る舞いは、「波」を表す数式で記述でき、さまざまな現象は、電子を波として考えるとよく説明できる、という意味です。電子の波としての性質は、通常の波動と同じように「振幅」「位相」「周期」で決まります。波の大きさが振幅、波が基準となるところからどれだけ横にずれているのか、が位相となります。振幅と位相の2つの物理量をまとめて書くと、複素数での表示になり、実数の部分(実部)と虚数の部分(虚部)で表されます。

図7:電子は波として表される

※3 アト秒レーザーパルス(高次高調波)
高強度の赤外のレーザーパルス(基本波)を原子などに集光すると、極端紫外領域のレーザーパルスが発生します。そのスペクトルは、基本波の奇数次倍のエネルギー(または奇数次分の1の波長)を持つ高調波の列になります(高次高調波)。本研究では、基本波とその2倍波を重ねて高次高調波を発生しているため、第13次(基本波790nmのエネルギー1.57eVの13倍のエネルギー(または13分の1の波長))に加えて、偶数次である第14次も発生します。
【ご参考】「アト秒科学 かんたん解説」https://www.f.waseda.jp/niikura/attosum.htm

※4 運動量
電子は、ある方向にあるエネルギーで原子から放出されます。これはまとめて「あるkx,kyという運動量を持つ電子が放出される」と言い換えることが出来ます。本研究で用いた測定装置(Velocity Map Imaging)では、高いエネルギーを持つ電子はわっかの外側に、低いエネルギーをもつ電子は内側に検出され、角度とエネルギーの両方の「運動量分布」を測定できます。実際には3次元で電子は放出されますが、それを2次元に射影しています。

図8:電子の運動量測定

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review A 106, 063513 (2022).(アメリカ物理学会誌)
論文名:High-resolution attosecond imaging of an atomic electron wavefunction in momentum space
執筆者名(所属機関名):中嶋 孝史(なかじま たかし)(早稲田大学理工学術院先進理工学研究科)、篠田 祐(しのだ たすく)(早稲田大学理工学術院先進理工学研究科)、D. M. Villeneuve (カナダ国立研究機構&オタワ大学)、新倉 弘倫(早稲田大学理工学術院先進理工学部)*
*責任著者
掲載日(現地時間):2022年12月23日
掲載URL:https://journals.aps.org/pra/abstract/10.1103/PhysRevA.106.063513
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevA.106.063513

(9)研究助成

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究A 18H03903
研究課題名:アト秒位相分解波動関数イメージング法による新規な量子選択性の研究
研究代表者名(所属機関名):新倉弘倫(早稲田大学)

銀河系を伝播する宇宙線を高精度観測

著者: contributor
2022年12月20日 12:43

国際宇宙ステーション搭載の高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)による測定

宇宙線が銀河系内を伝播する様子の高精度観測に成功

発表のポイント

国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、宇宙線が銀河系内を伝播する間に生成されるホウ素の流量をTeV領域まで高精度に観測しました。
宇宙線が銀河系内を伝播する距離・時間の正確な観測には広いエネルギー領域での原子核の高精度な測定が望まれる一方、ホウ素の高エネルギー(TeV)領域での観測が困難な状況でした。
今回の観測成功により、これまで十分には解明されていなかった、星の元素合成では生成されないホウ素の宇宙空間における生成メカニズムの解明に重要な貢献が期待されています。

早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員(研究院准教授) 赤池 陽水(あかいけ ようすい)、早稲田大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居 祥二(とりい しょうじ)、イタリア・シエナ大学研究員 Paolo Maestroらは、神奈川大学、立命館大学、東京大学宇宙線研究所、弘前大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関とのイタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)として、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET、※1)がホウ素の流量をテラ電子ボルト(TeV)領域(※2)まで観測し、宇宙線が銀河系内を伝播する様子を高精度に明らかにしました。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』に、“The Cosmic-ray Boron Flux Measured from 8.4 GeV/n to 3.8 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station”として、2022年12月16日(金)<現地時間>にオンラインで掲載されました。

図1:「きぼう」船外実験プラットフォームに設置されたCALETの様子。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

宇宙線は、星の進化の過程で核融合反応により生成された元素が、進化の最終段階で超新星爆発などにより加速されて、宇宙空間に飛び散ったものです。しかし、地球上などで見られるリチウム、ベリリウム、ホウ素などの元素は、星の進化の過程では生成されないため、宇宙線が銀河系内を伝播する間に星間物質(ガス)と衝突して二次的に生成されたものであると考えられています。したがって、これらの原子核は、これまでよくわかっていなかった、宇宙線が銀河系内にどのくらいの時間閉じ込められ、どのように銀河系外へ漏れ出していくのかを知ることができるユニークな情報をもたらしてくれます。

この中でもホウ素(B)は、それより少し重い炭素(C)が星間物質と相互作用して生成される確率が高く、両者の比(B/C)の観測により宇宙線が銀河内をどれくらいの距離と時間で伝播するかを、明らかにすることが可能になります。宇宙線は銀河磁場(※3)によって散乱されて拡散的に伝播するため、エネルギーが高くなるほどより直線的に進むことにより、地球に到達するまでの距離が短くなり、それに比例して星間物質との衝突確率が減ることになります。

この結果、エネルギーが高くなるほど、ホウ素の生成確率がさがりB/Cはエネルギーの増大とともに減少することになります。この減少の様子(正確にはB/C比のエネルギースペクトル(※4)の形状)は、宇宙線の散乱に寄与する銀河磁場の構造や宇宙線が衝突を起こす星間物質の分布を反映します。このため、それらの理論的推測に基づく宇宙線の銀河内モデルが数多く提案されており、そのモデルの決定のために広いエネルギー領域でのB/C比の高精度な測定が望まれていました。しかし、高エネルギーになるほどホウ素の量は極めて少なく、TeV領域では炭素の数%ほどに減少するため、観測は困難な現状がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

ホウ素は宇宙空間で二次的に生成される原子核であるため、宇宙線が生成されてから地球に到達するまでの”歴史”を理解する鍵として、これまでに多くの観測が行われてきました。そのうち、2010 年代以降の代表的な観測として、PAMELA衛星や国際宇宙ステーション搭載AMS-02といった磁気スペクトロメータや、気球に搭載したカロリメータ型検出器(ATIC, CREAM など)が挙げられます。今回CALETは、図2に示すように、広いエネルギー測定範囲と確実な装置較正により、磁気スペクトロメータとカロリメータ型検出器によってカバーされていた領域を、単独の検出器として核子あたりのエネルギーで8.4ギガ電子ボルトから3.8テラ電子ボルトという広いエネルギー領域で、B/C比を高精度に観測することに成功しました。特に、高エネルギー側では宇宙線の銀河内伝播モデルの決定に重要なテラ電子ボルト領域での観測により、これまで未解決であった加速領域(超新星残骸)におけるホウ素の生成量について定量的な評価を与えています。

ほぼ同時に、同じカロリメータ型検出器DAMPEによって観測結果が報告されていますが、この観測ではB/C 比の結果のみが報告され、CALETのようにホウ素及び炭素のエネルギースペクトルの測定結果に基づくB/C比の観測ではなく、ホウ素や炭素の絶対値が報告されていません。このため、B/Cの観測結果に対する系統的誤差の見積もりが困難であり、誤差の評価が難しい状況にあります。今回の本研究グループによるCALETの観測では、炭素、ホウ素の絶対値に関する系統誤差に基づいて、B/C比の誤差を正確に求めており、正確なモデル選別のために貴重なデータを提供しています。

図2: CALETにより得られた核子あたりのエネルギーで8.4ギガ電子ボルトから3.8テラ電子ボルトの領域で得られたホウ素(B)、炭素(C)、及びB/C比のエネルギースペクトルの観測結果を、他の観測結果と比較して示す。ホウ素と炭素のエネルギースペクトルの縦軸にはエネルギーの2.7乗が積算されている。黄色のハッチ領域はCALETの系統的誤差を表し、その他の観測の誤差は統計誤差のみを示す。

(3)そのために新しく開発した手法

CALET は世界で初めて宇宙機に搭載された宇宙線シャワーを可視化できるカロリメータ型の観測装置です。CALET開発以降では、同種の観測装置である中国のDAMPE と米国のISS-CREAM が打ち上げられています。カロリメータ型の観測装置に対して、磁石を採用したマグネットスペクトロメータ型のPAMELA とAMS-02 が、電荷の正負の判定による反粒子を含む観測に現在成果を挙げています。カロリメータ型装置は、電荷の正負は判定できないものの、エネルギー測定がテラ電子ボルト以上まで可能です。これに対して、マグネットスペクトロメータ型装置は、テラ電子ボルト領域以下の観測に限られています。このため、両者はお互いの利点を生かして相補的な観測を実施しています。こうしたなかで、CALETはこれまで高精度観測が困難で未開拓な領域であったテラ電子ボルト領域での観測において成果をあげています。

(4)研究の波及効果や社会的影響

宇宙線は星の進化の過程で生成された元素が、特にその最終段階で超新星爆発などにより宇宙空間にばら撒かれ、超新星残骸で生成された衝撃波によって加速されると考えられています。しかし、この衝撃波加速やその後の宇宙空間への拡散などについては、まだまだ不明な部分が多く、その解明には宇宙線諸成分のエネルギースペクトルの高精度観測が不可欠です。今回の成果は星の元素合成では生成されない元素であるホウ素が、炭素と星間物質との相互作用により宇宙空間でどのようにして生成されるかを解明するために必要なB/C比の観測を世界で最も高精度にテラ電子ボルト領域まで達成しています。このことにより、これまで謎につつまれていたホウ素の起源を定量的に明らかにするために不可欠なデータを提供しています。

(5)今後の課題

星の元素合成で生成される宇宙線(一次成分)のエネルギースペクトルに加えて、それらの星間物質との相互作用によって宇宙空間で生成されるベリリウム、リチウム、ホウ素などの宇宙線(二次成分)の観測は、宇宙線の加速領域や銀河磁場構造の理解にとって重要です。しかし、これらの二次成分は絶対数が少ない上に、エネルギーの増大とともに一次成分に対してさらに減少します。そのために、これらの正確な理解のためには観測の継続により観測量を増やし、それぞれのエネルギースペクトル観測の精度をあげるとともに、より高エネルギー領域での観測が必要になります。このことにより、宇宙線の超新星残骸や銀河空間での伝播機構のさらに高精度な理解を目指します。

(6)研究者のコメント

CALETは2015年8月から約7年間の観測を継続的かつ安定して行い(※5)、これまでの観測が達成できなかった、テラ電子ボルト領域に及ぶ宇宙線諸成分の高度観測を達成しています。今回の研究成果は特に宇宙空間で二次的にしか生成されないホウ素の観測に成功し、これまで不確定性の大きかったホウ素の生成メカニズムを解明するために不可欠なデータを発表しています。

(7)用語解説

※1 CALET

CALorimetric Electron Telescope(CALET)はカロリメータ方式の宇宙線電子望遠鏡で、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験です。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置となっています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測することになります。カロリメータは、図3のように3つの層からできています。図3の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、原子番号を調べます。第2の層(IMC)では、粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。特に第三の層の厚さや使われている物質によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここが従来の観測装置に比べて高い性能を持っています。

図3:CALETの主検出であるカロリメータ部の装置概要。上から電荷測定器(CHD)、撮像型カロリメータ(IMC)、全吸収型カロリメータ(TASC)。1TeVの電子シャワーのシミュレーション例が上書きで示されている。

※2 TeV領域

エネルギーの単位の一つとして用いられる電子ボルト(eV)は、1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーを1電子ボルトとして定義されています。ここではその1兆倍のエネルギーがテラ電子ボルト(TeV)です。なお、現在地上で人工的に粒子を加速できるもっとも高いエネルギーは6.5TeVです。

※3 銀河磁場

銀河系内に存在する大局的な構造としての磁場のことで、宇宙線は電荷を帯びているので銀河内を運動する間に、磁場との間にはたらくローレンツ力によってその進行方向が変化します。このため、宇宙線が加速源から地球に到達するまでの時間や距離は、銀河磁場の強さや構造を反映します。

※4 スペクトル

本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線各成分のスペクトルは概ね冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7 程度ですので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。

※5 これまでのCALETによる観測

2015年8月に国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに設置され、同年10月より宇宙線観測を開始して以来、現在まで7年間以上にわたって順調に観測を継続しています。その結果、電子、陽子、ヘリウムから鉄、ニッケルまでの宇宙線各成分やガンマ線の観測で成果をあげています。このほか、太陽活動にともなう宇宙線流量の長期変動や宇宙天気予報観測を継続して実施しています。図1に、「きぼう」に設置されたCALETを示します。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review Letters
論文名:The Cosmic-ray Boron Flux Measured from 8.4 GeV/n to 3.8 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
著者名:Yosui Akaike (Waseda University), Paolo Maestro (Siena University), Shoji Torii (Waseda University) et al. (CALET Collaboration)
掲載日(現地時間):2022年12月16日(金)
掲載日(日本時間):2022年12月17日(土)
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.129.251103
DOI:10.1103/PhysRevLett.129.251103

(9)研究助成

研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名:  CALET長期観測による銀河宇宙線の起源解明と暗黒物質探索
研究代表者名(所属機関名): 鳥居祥二(早稲田大学)

研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(C)
研究課題名: 宇宙線原子核の直接観測による銀河宇宙線の加速・伝播機構の研究
研究代表者名(所属機関名): 赤池陽水(早稲田大学)

Discovering Rare Red Spiral Galaxy Population from Early Universe with the James Webb Space Telescope

著者: contributor
2022年12月16日 11:50

Discovering Rare Red Spiral Galaxy Population from Early Universe with the James Webb Space Telescope

The first image of NASA’s James Webb Space Telescope reveals a detailed morphology of highly redshifted spiral galaxies

Morphology of galaxies contain important information about the process of galaxy formation and evolution. With its state-of-the-art resolution, NASA’s James Webb Space Telescope has now captured several red spiral galaxies in its first image at an unprecedented resolution. Researchers from Waseda University have now analyzed these galaxies, revealing that these are among the furthest known spiral galaxies till date. The analysis further detected a passive red spiral galaxy in the early universe, a surprising discovery.

Spiral galaxies represent one of the most spectacular features in our universe. Among them, spiral galaxies in the distant universe contain significant information about their origin and evolution. However, we have had a limited understanding of these galaxies due to them being too distant to study in detail. “While these galaxies were already detected among the previous observations using NASA’s Hubble Space Telescope and Spitzer Space Telescope, their limited spatial resolution and/or sensitivity did not allow us to study their detailed shapes and properties,” explains Junior Researcher Yoshinobu Fudamoto from Waseda University in Japan, who has been researching galaxies’ evolution.

Now, NASA’s James Webb Space Telescope (JWST) has taken things to the next level. In its very first imaging of the galaxy cluster, SMACS J0723.3-7327, JWST has managed to capture infrared images of a population of red spiral galaxies at an unprecedented resolution, revealing their morphology in detail!

Against this backdrop, in a recent article published in The Astrophysical Journal Letters on 21 October 2022, a team of researchers comprising Junior Researcher Yoshinobu Fudamoto, Prof. Akio K. Inoue, and Dr. Yuma Sugahara from Waseda University, Japan, has revealed surprising insights into these red spiral galaxies. Among the several red spiral galaxies detected, the researchers focused on the two most extremely red galaxies, RS13 and RS14. Using spectral energy distribution (SED) analysis, the researchers measured the distribution of energy over wide wavelength range for these galaxies. The SED analysis revealed that these red spiral galaxies belong to the early universe from a period known as the “cosmic noon” (8-10 billion years ago), which followed the Big Bang and the “cosmic dawn.” Remarkably, these are among the farthest known spiral galaxies till date.

Rare, red spiral galaxies account for only 2% of the galaxies in the local universe. This discovery of red spiral galaxies in the early universe, from the JWST observation covering only an insignificant fraction of space, suggests that such spiral galaxies existed in large numbers in the early universe.

As a remarkable improvement over previous IRAC image (above), JWST’s unprecedented spatial resolution and high IR sensitivity reveals the morphological details of the red spiral galaxies (below) RS13 and RS14. This facilitates a detailed analysis revealing hitherto unknown features of red spiral galaxies belonging to the early universe.

The researchers further discovered that one of the red spiral galaxies, RS14, is a “passive” (not forming stars) spiral galaxy, contrary to the intuitive expectation that galaxies in the early universe would be actively forming stars. This detection of a passive spiral galaxy in the JWST’s limited field of view is particularly surprising, since it suggests that such passive spiral galaxies could also exist in large numbers in the early universe.

Overall, the findings of this study significantly enhances our knowledge about red spiral galaxies, and the universe as a whole. “Our study showed for the first time that passive spiral galaxies could be abundant in the early universe. While this paper is a pilot study about spiral galaxies in the early universe, confirming and expanding upon this study would largely influence our understanding of the formation and evolution of galactic morphologies,” concludes Fudamoto.

Reference

Title of original paper: Red Spiral Galaxies at Cosmic Noon Unveiled in the First JWST Image
DOI: 10.3847/2041-8213/ac982b
Journal: The Astrophysical Journal Letters
Article Publication Date: October 21, 2022
Authors: Yoshinobu Fudamoto1,2, Akio K. Inoue1,3, and Yuma Sugahara1,2
Affiliations:
1Waseda Research Institute for Science and Engineering, Faculty of Science and Engineering, Waseda University
2National Astronomical Observatory of Japan
3Department of Physics, School of Advanced Science and Engineering, Faculty of Science and Engineering, Waseda University

センサ位置決定 新アルゴリズム開発

著者: contributor
2022年12月14日 10:49

膨大な数の空間点データからなる現象を少数のセンサ情報から表現する

最適なセンサ位置を決定する新たなアルゴリズムを開発

広範な学術・産業応用や実用化前進に期待

発表のポイント

少数のセンサで複雑な現象を計測する技術が昨今注目を集めていますが、効率良く効果的に最適なセンサ位置を決定するための既存の計測手法は、コストや計測精度に難があり実用化に課題が多く存在していました。
一度に全センサ位置の最適な組み合わせを選択する新たなアルゴリズムを開発しました(図1)。この新たな計測手法を用いて、ノイズを多く含む実験データで精度検証を行い、その有効性を実証しました。
新たな計測手法の課題となる計算コストを低減するため、量子インスパイアード技術である富士通の「Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer」(以下、「デジタルアニーラ」)を用いたことで、高速に解を得ることができました。

早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程の井上智輝(いのうえともき)と同大学理工学術院教授の松田佑(まつだゆう)、ならびに東北大学流体科学研究所教授の永井大樹(ながいひろき)と同大大学院工学研究科博士課程後期の伊神翼(いかみつばさ)、愛知工業大学工学部教授の江上泰広(えがみやすひろ)らの研究グループ(以下、本研究グループ)は、センサ位置最適化問題を解消するため、従来研究されてきた方法論とは全く異なるアプローチで、60万点強の空間点データからなる多自由度の現象を、数十から数百点でのデータ情報を基に表現するための位置選択アルゴリズムを開発しました。また、実際にノイズを多く含む実験データへの応用を行い、その有効性を実証しました。さらに、組合せ最適化問題を高速に解く量子インスパイアード技術*1である富士通の「デジタルアニーラ」*2を用いることで、高速に解を得ました。

本研究成果は、オランダのエルゼビア社が発行する『Mechanical Systems and Signal Processingに2022年12月8日(木)(現地時間)に掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

少数のセンサで複雑な現象を計測する技術が注目を集めています。少数のセンサでの計測が実現できれば、低コストで現象を把握できます。またデータ取得・解析を高速に行うことができるため、これにより迅速な意思決定も可能になります。しかし少数のセンサで効果的な計測を行うためには、センサの位置を適切に決定する必要があります。このような問題はセンサ位置最適化問題*3と呼ばれています。

センサ位置最適化問題を解く方法として、凸緩和法*4や貪欲法*5が提案されています。しかし凸緩和法では計算コストが大きく、多くの空間点からなるデータの解析には不向きです。また凸緩和法は、ノイズを多く含む実際の実験データには有用でないことが指摘されていました。一方、貪欲法は計算コストが小さいものの局所解に陥ることが多いことが知られており、特にセンサ数が一定数を超えた場合、センサの位置をランダムに決定する乱択法よりも推定精度が低下してしまうという問題がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

貪欲法においてはセンサ位置を1点ずつ順にその選定時に最適となるように決定していきます。このとき、互いに似通った情報をもつ点を選択するようになると、貪欲法はセンサ位置の推定精度が悪化する特徴を有することに本研究グループは着目しました。

そこで本研究では、互いに近傍となる位置を選ばないように、またセンサ位置を1点ずつ順に選ぶのではなく、一度に全センサ位置の最適な組み合わせを選択することで貪欲法の問題点を解決できると考えました。例えば図2のように、貪欲法では1点ずつ順に1から5までの5点を選ぶときに各時点で最適な位置を選択します。このとき以前に選択した位置を考え直すということを行いません。これに対して本研究で提案した手法では、1点ずつ順に選ぶよりも5つの点の組み合わせとしてより適切な組み合わせが得られるのではないかと考えました。

(3)そのために新しく開発した手法

センサ位置最適化問題は、現象を効率的に表現する少数のセンサを選択する問題です。これは特徴的な挙動を示す位置を選ぶことであると言えます。本研究グループは、特徴的な挙動を示す位置を選びつつ、一方で似たような特徴を示す位置を選ばないような、センサ位置の組み合わせを選択するアルゴリズムを考えました。

そこで、任意の2つの空間位置に対して、現象の特徴を良く表し、かつ互いに類似性が低い場合に大きな値をとる重みを考えました。このように考えると、各空間位置をノード*6とし各ノード間を結ぶエッジ*7を上記の重みとするグラフと捉えることができます(図3)。すると目的とするセンサ位置の組み合わせは、一定値以上の重みをもったエッジを残した無向グラフにおいて、最大クリーク問題*8の解を与える組み合わせと考えることができます。最大クリーク問題は、その補グラフ*9に対する最大独立集合問題*10と等価であることが知られており、この最大独立集合問題を解くことでセンサ位置の組み合わせを決定しました。

なお、最大クリーク問題も最大独立集合問題もNP困難*11であることが知られています。本問題を通常のコンピュータで計算するには、たくさんの候補点からセンサ位置の組み合わせを決定することになり、計算コストが大きく困難です。そのため、本研究では、量子コンピュータなどで注目度の高い組み合わせ最適化問題に特化した新しいコンピュータの1つである富士通「デジタルアニーラ」を用いることで高速に解を得ました。

本研究では、提案した手法によって得られた解の妥当性を評価するために、NOAA-STTデータ(National Oceanic and Atmospheric Administration(アメリカ海洋大気庁)の提供している海水面温度変化データ)を用いた精度検証を行いました。これにより従来法と遜色なく少数の点での温度データのみから元の海水面温度分布を再現できることを示しました(図4)。

また実際にノイズを多く含む実験データに提案手法を適用しました。実験データは流れに直角に置かれた角柱後方にできるカルマン渦*12を感圧塗料法*13によって計測したもので、60万点強の空間点からなるデータであり非常に大きなスケールの対象です。またこのデータには非常に大きなノイズが含まれています(図5の左図)。本論文では、このような複雑な現象について、数十から数百点でのデータ情報を基に表現するためのセンサ位置の最適な配置を決定しました(図5の中図のピンク色の点)。そして、選択されたセンサ位置の情報を基にノイズを低減したデータを再構成しました(図5の右図)。この再構成されたデータを、半導体圧力センサによって計測したデータと比較しました。ここで半導体圧力センサは、感圧塗料法とは異なり計測点を設置した場所での計測値しか得られませんが、非常に精度が高いことが知られています。提案手法によって再構成したデータは、この半導体圧力センサでの計測結果と0.3%以下のずれであり非常によく一致することを確認し、本研究の有効性を示しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

センサ位置最適化問題では凸緩和法の高速化と貪欲法の高精度化の研究が主に行われていますが、本研究グループはこれらとは本質的に異なる新しいアプローチを提案するとともにその有効性を示しました。今後、センサ位置最適化問題の学術・産業応用へ大きなインパクトを与えると期待されます。

あわせて、センサ位置最適化問題は、NOAA-STT(海水面温度変化)のセンシングや流体力学に留まらず広範な応用が期待されています。同様に、本研究で応用例として扱った感圧塗料法は航空機・鉄道・自動車の空力設計への応用を通じ、安全性の向上や空力抵抗の低減に大きく貢献することが期待されています。これまで、感圧塗料法では計測ノイズが障害となり鉄道・自動車分野への応用は難しいとされてきました。しかし、本アルゴリズムによって感圧塗料法はこれらの問題への応用へ向けて前進すると考えられます。

量子コンピュータ、デジタルアニーラなど新しいタイプのコンピュータが注目されています。ただし上記のような実応用を見据えた技術への応用例はまだ数が少なく、このたびの研究成果は、これらのコンピュータの新しい応用としてもインパクトが大きいと考えています。

(5)今後の課題

複雑な現象を対象としたときに、どの程度の現象再現能に対してどの程度のセンサ数が必要なのか明らかにしたいと考えています。これによって実際の機械や環境モニタリングへの応用を行う際に、必要なセンサ数を決定することが可能となります。また実応用では事前に得られる情報に制限があることが想定されるため、このような場合にも有効なセンサ位置最適化についても研究を重ねたいと考えています。

(6)研究者のコメント

本研究では、センサ位置最適化問題に対して新しいアプローチを提案いたしました。センサ位置最適化問題はこれまで凸緩和法や貪欲法などを用いた解法が提案されています。このたび開発した新たな手法はこれらの手法と同等以上の結果を得ることができます。特に、従来の手法に比べてもセンサが満たすべき条件を素直に立式した直感的に理解しやすい方法となっているところが特長です。仮に問題や条件がかわっても、新手法のコンセプトを用いることで、比較的容易に問題に合わせて定式化を行い、解を得ることができる点が特に優れていると考えています。

(7)用語解説

※1 量子インスパイアード技術

量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く技術

※2 Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer(デジタルアニーラ)

現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。https://www.fujitsu.com/jp/digitalannealer/index.html

※3 センサ位置最適化問題

少数の位置でのデータから効率的に現象の表現を実現するための位置を決定する問題。

※4 凸緩和法

非凸の目的関数を凸関数で近似表現し計算する方法。

※5 貪欲法

一つ一つ順にその時に最適になるように解を決定する方法。

※6 ノード

グラフの頂点。本稿ではセンサ位置の候補点。

※7 エッジ

ノード間を結ぶ辺。

※8 最大クリーク問題

全てのノードの組にエッジが存在するグラフの部分をクリークと呼び、最大の大きさのクリークを見つける問題を最大クリーク問題という。本研究では全てのセンサ位置候補同士が、現象の特徴を良く表し、かつ互いに類似性が低い場合に大きな値をとる重みでつながれている必要があるためにクリークを考える。最大クリークを見つけることで、現象を表現するセンサ位置をもれなく選定することができる。

※9 補グラフ

エッジの有無を入れ替えたグラフ。すなわち元のグラフにおいて存在するエッジを削除し、エッジがないノード間にエッジを設けたグラフ。

※10 最大独立集合問題

どのノードもクリークに含まれないような集合のうち最大のものを見つける問題。エッジの有無を入れ替えたグラフ(補グラフ)に対する最大独立集合問題を考えることは、もとのグラフの最大クリーク問題を考えることと同じになる。

※11 NP困難

NPはNondeterministic Polynomialの頭文字。問題の大きさに対して、その多項式で表される時間で解くことができる問題をクラスNPと呼ぶ。これらの問題よりも多くの時間を要する問題をNP困難と呼び、問題が大きくなるほど膨大な計算時間を要する。近年、NP困難を解くためのツールとして量子コンピュータをはじめ新しいコンピュータが提案されている。

※12 カルマン渦

流れの中に角柱や円柱を置いたときに、これらの物体の後方で見られる特徴的な渦。角柱、円柱の両端から交互に渦が出ているように見える。

※13 感圧塗料法(Pressure-sensitive paint; PSP)

感圧塗料(PSP)は、一般に酸素消光作用を有するりん光分子とこれを模型表面に保持固定するためのバインダから構成される。PSP計測法では、このりん光分子の放つ発光の強度が圧力に応じて変化することから、PSPの発光強度分布を計測することで圧力分布を計測する。

(8)論文情報

雑誌名:Mechanical Systems and Signal Processing
論文名:Data-Driven Optimal Sensor Placement for High-Dimensional System Using Annealing Machine
執筆者名(所属機関名):井上智輝(早稲田大学大学院生)、伊神翼(東北大学大学院生)、江上泰広(愛知工業大学教授)、永井大樹(東北大学教授)長沼靖雄(富士通株式会社)、木村浩一(富士通株式会社)、松田佑*(早稲田大学教授)
掲載日時(現地時間): 2022年12月8日(木)
掲載URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0888327022010251
DOIhttps://doi.org/10.1016/j.ymssp.2022.109957

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)
「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究統括:雨宮 慶幸)

研究課題名:圧縮センシングを活用した高精度空力診断システムの構築 JPMJPR187A
研究代表者名(所属機関名):松田佑(早稲田大学)
研究費名:東北大学流体科学研究所一般公募共同研究:J22I020
研究課題名:構造化照明を用いた高精度PSP計測手法の開発
研究代表者名(所属機関名):松田佑(早稲田大学)、永井大樹(東北大学)

初期宇宙の赤い「渦巻銀河」を発見

著者: contributor
2022年12月14日 10:48

初期宇宙に存在した赤い渦巻銀河を発見

発表のポイント

  • 地球が属する天の川銀河と同様の渦巻構造をもつ「渦巻銀河」は、いつ・どのように生まれ、形作られたのかなどについて、望遠鏡の感度や空間分解能の限界から、分かっていなかった。
  • 米国NASAが2022年から運用開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のデータをもとに分析した結果、80億年から100億年前の宇宙に、これまで見られなかった赤い渦巻銀河を初めて発見した。
  • 本パイロット調査をもとに、さらに詳細に渦巻銀河形成についての分析を進めることで、いまだ謎多き銀河の成り立ちに関し、新たな知見を加えることが期待できる。

概要

早稲田大学理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト特任研究員の札本 佳伸(ふだもと よしのぶ)と同大理工学術院 教授の井上 昭雄(いのうえ あきお)および同大理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト 特任研究員の菅原 悠馬(すがはら ゆうま)の研究グループは、これまで確認されていなかった特異な「赤い渦巻銀河」を発見し、さらにそれが80億年から100億年前という初期の宇宙に存在することを明らかにしました。本成果は、2022年から米国NASAで運用が開始されたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のデータを元にした成果としては、国内の研究機関から初めて出版された論文となります。
本研究成果は、『The Astrophysical Journal Letters』(論文名:Red Spiral Galaxies at Cosmic Noon Unveiled in the First JWST Image)にて、2022年10月21日(金)に掲載されました。

図1:渦巻銀河の例M74(出典 NASA)。渦巻構造中に見える赤い領域は活発な星形成活動を行っている領域。我々の住む地球が属する天の川銀河も、このような構造を持っていると考えられており、近傍の宇宙には比較的数多く存在する銀河である。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

エドウィン・ハッブルによる銀河の分類法「ハッブル分類」にも見られるように、現在の宇宙には、楕円銀河や渦巻銀河など、見た目から分かりやすい形を持った銀河が多く存在します。なかでも渦巻銀河は、銀河中心に「バルジ」と呼ばれる楕円体の構造を持ち、特徴的な渦巻状の腕「渦状腕(かじょうわん)」を持つ、美しい円盤銀河です(図1)。現在の宇宙にある渦巻銀河は多くが比較的活発な星形成活動を行っており、我々の住む天の川銀河もそのひとつです。

これまでの研究では、このような渦巻構造を持つ銀河がいつ・どのように生まれ、どれほど過去の宇宙に存在するのか、分かっていませんでした。特に、80億年以上前の初期宇宙では、米国NASAのハッブル宇宙望遠鏡などによる観測の結果から、不規則な形態を持つ銀河が多いことが知られ、渦巻銀河はほとんど発見されていませんでした。このことから、渦状腕など銀河の形が整うためには銀河が生まれてから長い時間が必要で、もっと時代が下った、現在に近い時代の宇宙にしか存在しないのではないかと考えられてきました。

また近年、日本のすばる望遠鏡によって行われた大規模な探査によって、現在の宇宙にある渦巻銀河の98%は比較的活発な星形成活動を行っており、星形成活動が止まってしまった「年老いた」渦巻銀河※1は2%程度しか存在しないことが明らかになりました(嶋川 他、2022)。年老いた渦巻銀河の数が少ないということが、現在の宇宙だけの特徴なのか、それとも過去の時代の宇宙にある銀河を見れば現在とは異なる様子が見られるのかという疑問に対しては、望遠鏡の感度や空間分解能の制限から答えを得られていませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究チームは、2022年から運用を開始した米国NASAの宇宙望遠鏡ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が世界に向けて初公開したデータ、特に、これまでの観測では捉えられていなかった特異な銀河「赤い渦巻銀河」に注目しました。これらの「赤い渦巻銀河」はハッブル宇宙望遠鏡やスピッツァー宇宙望遠鏡による観測でも検出はされていたものの、空間分解能や感度の制限からその詳細な形態や性質については知られていませんでした。今回、スピッツァー宇宙望遠鏡より10倍の空間分解能、50倍の高感度をもつJWSTの革命的な性能によってその詳細な形態が初めて明らかになりました(図2)。

図2:本研究で詳細を調査した「赤い渦巻銀河」の代表例RS13とRS14の画像。上段が従来のスピッツァー望遠鏡による観測データ(約4ミクロンの赤外線単波長データを使用)。下段が、今回JWSTによって同じ銀河に対して得られたデータ(約1ミクロンから4ミクロンの赤外線波長データを用いて作られた擬似カラー画像)。JWSTの極めて優れた分解能と感度によってRS13、RS14ともに渦巻構造を持っていることが初めて明らかになり、さらに「赤い渦巻銀河」というこれまで知られていなかった銀河種族の存在が明らかになった。

我々は、この赤い渦巻銀河がどのような性質を持つのかを調べるパイロット調査として、最も赤い色を持つ2つの銀河(RS13、RS14:図2)について、JWSTから得られた測光データや分光データを元に分析を行いました。その結果、これらの赤い渦巻銀河が、80億年から100億年程度過去の、初期宇宙に存在する銀河であることが分かりました。さらに、RS14は星形成を行っていない、年老いた銀河であることも明らかになりました。年老いた渦巻銀河は現在の宇宙では極めて珍しいものの、今回のJWSTの初期観測データというほんの小さな領域の観測から発見されました。このことから、年老いた銀河は遠方宇宙ではこれまで考えられてきたよりも多く存在する可能性が示唆されます。一方で、初期宇宙に存在する赤い渦巻銀河や年老いた渦巻銀河はどのようにして形成されてきたのか、といった疑問が新たに生じる結果となりました。

(3)研究の波及効果や社会的影響

JWSTが初めて公開した画像の中に見られた特徴的な銀河「赤い渦巻銀河」についてパイロット調査を行うことで、初期宇宙においても渦巻銀河は多数存在し、またその中には年老いた渦巻銀河といった、近傍宇宙では極めて珍しい銀河も存在することを初めて示しました。これらの発見から、渦巻銀河形成の歴史や、ひいては宇宙の歴史全体の中で銀河の形態がどのように変化してきたのかについての研究に、新たな視点を与えることができたのではないかと考えています。

(4)今後の課題

本研究では、JWSTの画像に多数見られた赤い渦巻銀河のうち、最も赤い色を持った2つの銀河に対してパイロット調査を行いました。今後、さらに多数の赤い渦巻銀河について調査を行い、過去の宇宙に存在する渦巻銀河や年老いた渦巻銀河に対する研究を進めていくことで、いまだ謎多き銀河の成り立ちに関し、新たな知見を加えることができるものと考えています。

(5)研究者からのコメント

今回、従来の宇宙望遠鏡よりも10倍の空間分解能、50倍の感度を持つJWSTの驚異的な性能によって初めて得られた画像を目の当たりにして、これまでの我々が触れることができなかった宇宙の姿が明らかになってきました。本研究テーマである赤い渦巻銀河もその一つであり、今後も多様な発見が行われるものと考えています。JWSTによる新たな観測データは、我々の宇宙に対するこれまでの知識を大きく変えるものとして、これからも注目していく必要があると考えています。

(6)用語解説

※1 年老いた銀河
パッシブな銀河、とも呼ばれる。星形成活動がほとんどなく、その内部に存在する星は形成されてから比較的長い時間が経っているため年老いている。星形成活動に必要なガスが存在しない、赤い色を持つなどの特徴を持つ。

(7)論文情報

雑誌名:The Astrophysical Journal Letters
論文名:Red Spiral Galaxies at Cosmic Noon Unveiled in the First JWST Image
執筆者名(所属機関名):札本 佳伸(早稲田大学理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト 特任研究員)、井上 昭雄(早稲田大学理工学術院 教授)、菅原 悠馬(早稲田大学理工学術院総合研究所 次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト 特任研究員)
掲載日時:2022年10月21日(金)
掲載URL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ac982b
DOI:10.3847/2041-8213/ac982b

(8)研究助成

研究費名:国立天文台ALMA共同科学研究事業 No.2020-16B
研究課題名:ALMA HzFINEST:高赤方偏移遠赤外線星雲輝線研究
研究代表者名(所属機関名):井上 昭雄(早稲田大学)

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