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悪性度の高い子宮頸癌の原因となるHPV18型の標的細胞とウイルス複製の特徴を解明

著者: contributor
2023年12月1日 12:42

悪性度の高い子宮頸癌の原因となるHPV18型の標的細胞とウイルス複製の特徴を解明

発表のポイント

◆悪性度の高い子宮頸癌の原因となるHPV18型の初期プロモーター活性を発光強度で測定する新たなシステムを開発しました。

◆患者由来の正常な子宮頸部のオルガノイドに同システムを導入することに成功し、HPV18型のウイルス複製に関わる因子としてヒストンシャペロン蛋白であるNPM3を同定しました。

◆本研究で開発したシステムは他の型のHPV感染症の研究に応用できる可能性があるほか、NPM3の解析がHPV18型発癌の機序解明や予防法・治療法の開発につながっていくことが期待されます。

概要

東京大学医学部附属病院女性診療科・産科の田口歩届出研究員、東京大学大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻の豊原佑典大学院生、曾根献文准教授、大須賀穣教授ならびに、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の松永浩子次席研究員早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻の竹山春子教授らの研究グループは、子宮頸癌(注1)の原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)(注2)の中でも悪性度の高い癌の原因とされるHPV18型の標的細胞に注目し、HPV18型の複製に関与する細胞内分子NPM3(注3)の同定に成功しました。

子宮頸癌は、HPVが子宮頸部のSCJ部位(図1)に感染すると細胞内でHPV初期プロモーターという遺伝子領域が活性化します。本研究グループは、HPV18型初期プロモーター下流に発光蛋白遺伝子を組み込んだベクターを作製し、患者由来のSCJオルガノイド(注4)に導入する世界初の実験を行いました。さらに、次世代シーケンサー(注5)を用い、シングルセル解析(注6)によって、初期プロモーターが活性化した個々の細胞の特徴を解析しました。これにより、SCJの中でもより未分化な細胞内でHPV18型初期プロモーターが活性化しやすいことや、ヒストンシャペロン蛋白(注7)であるNPM3がHPV18型ウイルスの複製に関わっていることを解明しました。

本研究成果は、日本癌学会誌「Cancer Science」の本掲載に先立ち、11月24日にオンライン版で掲載されました。

子宮は子宮体部と子宮頸部に大別され、出入り口にあたる子宮頸部は腟から連続する扁平上皮と子宮内膜から連続する腺上皮の移行部にあたり、SCJ(Squamocolumnar junction)と呼ばれます。

発表内容

(1)研究の背景

日本では子宮頸癌ワクチンの普及の遅れから若い世代の罹患者数が増加しており、ワクチンによる一次予防とともに、HPV感染後の子宮頸癌への進行予防法や治療法の開発が重要視されています。性交渉によりHPVがSCJに侵入し、細胞内でHPVの初期プロモーターが活性化することで感染が成立します。また、HPVには高リスク型と低リスク型があり、高リスク型の感染で子宮頸癌へ進展するリスクが高まります。高リスク型は約13種類知られており、特にHPV18型は、前がん病変で見つかりにくく、悪性度の高い腺癌や小細胞癌で見つかる頻度が高い管理が難しいHPVです。本研究では、HPV18型の感染標的細胞を同定し、感染成立や癌化の機構を解明するため、初期プロモーターの活性化に着目しました。患者さんから採取した検体の一部を特殊な環境下で三次元培養を行う手法で、人体臓器に模した小さな三次元培養(ヒト由来SCJオルガノイド)を作り出し、HPVプロモーターの活性を測定しました。

(2)研究の内容

婦人科癌手術を受けた患者さんから、正常と考えられる子宮頸部のSCJの一部を採取し、オルガノイド培養を行い(SCJオルガノイド)ました。まず、オルガノイドと正常子宮頸部SCJを対象に空間的位置情報を確認した上で、微小領域の遺伝子発現プロファイルを評価し、培養したSCJオルガノイドが子宮頸部SCJの性質を有することを確認しました。次に、HPV18型の初期プロモーターに注目し、初期プロモーターの活性を担う領域(LCR:Long control region)に発光蛋白遺伝子を繋いだベクターを作製しました。初期プロモーターが活性化すると発光するので、プロモーターの活性化を発光強度で測定できるシステムです(図2)。このベクターをSCJオルガノイドに導入しました。

導入後、細胞を1細胞ごとに分け、シングルセルソーティングで細胞の発光強度を測定し、発光細胞と非発光細胞を分取しました。ひとつひとつの細胞を個別に解析し、発光細胞と非発光細胞を比較することで、HPV18型初期プロモーターが活性化した細胞の特徴が示されました(図3)。その結果、169個の遺伝子においてHPV18型初期プロモーターが活性化した細胞で有意に発現上昇していることがわかりました(図4)。

この169個の遺伝子のうち、特に重要な遺伝子を探すため、HPV18型が複製するヒト上皮由来の細胞(NIKS細胞)で候補遺伝子の発現を低下させる実験を行ったところ、ヒストンシャペロン蛋白であるNPM3という遺伝子がHPV18型の複製に重要であることが示唆されました。NPM3は未分化幹細胞で多く発現することが報告されていますが、本研究でも、NPM3の遺伝子発現を低下させると細胞の分化能に関する遺伝子の発現が低下する傾向にありました。

以上のことから、HPV18型初期プロモーターが活性化しやすい細胞がSCJの未分化な細胞であること、そしてNPM3が未分化性の維持とHPV18型の複製に関与していることが示唆されました。従来、HPVがSCJの細胞の中でも特に未分化細胞に感染することで、癌化すると考えられてきましたが、本研究によって、ヒトの生体に近いオルガノイドでそれが裏付けられました。

(3)今後の展望

本研究では子宮頸部SCJオルガノイドでHPV18型初期プロモーター活性を測定する世界初の実験を行い、HPV感染細胞を同定しました。このシステムは今後、HPV感染症研究への幅広い応用が期待できます。また、NPM3がHPV18型の初期複製にどのように関わるかを明らかにすることで、HPV18型による発癌の機序解明、予防法・治療法の開発に繋がる知見が得られる可能性があります。

HPV18型のLCRが活性化すると、その下流のEGFP(蛍光)が発現し、発光するシステムを構築しました。

患者由来のSCJオルガノイドを作製し、HPV18型の初期プロモーターの遺伝子導入を行った後、1細胞ごとに分離し、発光細胞と非発光細胞へ振り分け、それぞれの細胞のシングルセル解析を行いました。

発光細胞と非発光細胞のシングルセル解析結果を比較すると、初期プロモーター活性のある発光細胞で169遺伝子の発現が有意に上昇していることがわかりました(図の遺伝子名は169遺伝子の一部、これらの中にNPM3も含む)。

発表者・研究者等情報

東京大学

医学部附属病院 女性診療科・産科 田口 歩 届出研究員(医師)
兼:大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任研究員
研究当時:東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 助教

大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学専攻
 豊原 佑典 大学院生(医学博士課程)
 曾根 献文 准教授 兼:医学部附属病院 女性外科
 大須賀 穣 教授 兼:医学部附属病院 女性外科

早稲田大学

ナノ・ライフ創新研究機構 松永 浩子 次席研究員
大学院先進理工学研究科生命医科学専攻 竹山 春子 教授

論文情報

雑誌名:Cancer Science
題 名:Identification of target cells of human papillomavirus 18 using squamocolumnar junction organoids
著者名:Yusuke Toyohara, Ayumi Taguchi*, Yoshiyuki Ishii, Daisuke Yoshimoto, Miki Yamazaki, Hiroko Matsunaga, Kazuma Nakatani, Daisuke Hoshi, Saki Tsuchimochi, Misako Kusakabe, Satoshi Baba, Akira Kawata, Masako Ikemura, Michihiro Tanikawa, Kenbun Sone, Mayuyo Uchino-Mori, Tetsuo Ushiku, Haruko Takeyama, Katsutoshi Oda, Kei Kawana, Yoshitaka Hippo, Yutaka Osuga(*責任著者)
DOIhttps://doi.org/10.1111/cas.15988

研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「単一細胞解析技術の統合によるHPV18型幹細胞発癌機構の解明(課題番号:23wm0325057h0001)」(研究代表者 田口歩)、新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「新規培養技術を用いた、扁平腺接合部細胞における高悪性度HPV18型の潜伏持続感染および発癌機構の解明(課題番号:20wm0325014h0001)」(研究代表者 田口歩)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)「1細胞/微小組織マルチオミックスのオールインワン解析による生命科学研究の支援(課題番号:JP22ama121055)」、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)「創薬等支援のための1細胞・微小生体組織のトランスクリプトーム解析(課題番号:JP21am0101104)」、科研費「子宮頸癌の起源細胞の同定と、発癌・分化機構の解明(課題番号:22K16853)」(研究代表者 河田啓)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)子宮頸癌

子宮頸部から発生する癌です。ヒトパピローマウイルスの感染が原因とされています。

(注2)ヒトパピローマウイルス(HPV:Human papillomavirus)

子宮頸癌をはじめ、頭頚部癌などさまざまな癌の原因となるウイルスです。子宮頸癌では性交渉を契機に感染が樹立するとされます。

(注3)NPM3(ヌクレオフォスミン〈NPM:Nucleophosmin〉)

ヒストンシャペロン蛋白のひとつ。未分化な細胞での発現が高いという報告があります。

(注4)オルガノイド

これまでの基礎研究はヒト由来の不死化された細胞株やマウスなどの代替生物を利用する方法が主流でしたが、近年、患者由来オルガノイド培養という新たな手法が開発されました。患者由来組織を用いた特殊な細胞培養方法で、従来法より人体に近い環境での細胞培養が可能です。

(注5)次世代シーケンサー

DNA/RNAの配列を読み取る技術です。

(注6)シングルセル解析

次世代シーケンサーの技術革新により、ひとつひとつの細胞ごとのDNA/RNA配列を読み取ることができる技術です。

(注7)ヒストンシャペロン蛋白

遺伝子であるDNAが格納されるヒストンと呼ばれる蛋白の解離会合に関連する補助的な蛋白。

スキルミオンスピン波リザバーの高度な文字認識機能を実証

著者: contributor
2023年12月1日 12:41

スキルミオンスピン波リザバーの高度な文字認識機能を実証

IoT時代を支える省エネ・安定・低コストな情報処理デバイスの実現に道

発表のポイント

現代エレクトロニクスの主要材料である半導体に比べ、磁性体は高い放射線耐性や熱擾乱耐性、繰り返し刺激に対する耐性を持つため、過酷な環境下で長期間、少ないエネルギー供給で、安定に動作することが要求されるIoT時代のユビキタス素子*1の材料に適しています。
磁性体を材料とするリザバーコンピューティング*2素子の一つである「スキルミオンスピン波リザバー」の情報処理性能を、実用的な情報処理タスクである「手書き文字認識タスク」において、数値シミュレーションにより検証しました。
その結果、スキルミオン結晶*3のスピン波が備えている「非線形変換性」と「短期記憶性」により、磁性体を利用したリザバーでも高い正答率で手書き数字を正しく認識できることを実証しました。
スキルミオン結晶をリザバー*4として活用することで、低コストで作れる安定性や省エネ性に優れたコンピューティング素子の実現が期待されます。

早稲田大学(以下、早大)理工学術院のリー・ムークン(Mu-Kun Lee)講師、および望月維人(もちづきまさひと)教授の研究グループ(以下、本研究グループ)は、磁性体中に発現するトポロジカル磁気渦の集合体「スキルミオン結晶」を伝わる磁気モーメントの波(スピン波)を新しい情報処理技術であるリザバーコンピューティングに活用することで、磁性体を材料とするリザバーでも人が手で書いた文字を高い精度で認識できることを数値シミュレーションにより実証しました。スキルミオン結晶は磁場を印加するだけで自発的に形成されるため、従来の磁性体を用いたリザバー素子と異なり、その作成において高度な微細加工や複雑な製造プロセスを必要としないという利点があります。来るべきIoT社会に向けて、低コストで作れる安定性や省エネ性に優れたコンピューティング素子を実現する道を切り拓きました。

本研究成果は、国際学術出版社であるNature Research社発行による『Scientific Reports』誌(論文名Handwritten digit recognition by spin waves in a Skyrmion reservoir)に2023年11月8日(木)(現地時間)に掲載されました。

(1) これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

現代の情報処理技術には「ノイマン型アーキテクチャ*5」が用いられています。このノイマン型の情報処理技術は、多くの問題において正しい解を与えますが、「計算時間の指数関数的な増大」や「デバイスの微細化限界」、「大きな消費電力」といった多くの致命的な問題を抱えています。これらの問題を解決すべく、「人間の脳」の機能を模倣した「非ノイマン型」の情報処理技術である「脳型コンピューティング」が世界中で精力的に研究されています。脳型コンピューティングは、(プログラミングではなく)「学習」により情報処理機能を獲得し、非決定論的で、消費電力を大幅に抑えることができるという特徴を持っています。

いくつかある脳型コンピューティング技術の中で大きな成功を収めているものの一つに、入力に対して非線形な応答を示す動的な媒質(リザバー)を利用する「リザバーコンピューティング」があります。この技術は、「音声認識」や「株価予想」などの時系列データ処理や、「画像認識」や「手書き文字認識」などのエラーへの寛容性を要するデータ処理に適しており、その根幹要素である「リザバー」として、これまでに光回路や生体、力学機械、半導体、磁性体など様々な材料や現象が研究・提案されてきました。

その中でも「磁性体」は、外界からのノイズ・擾乱に対する安定性と、小さな外場で駆動・制御できる省エネ性、外場に対する応答の高速性の観点から、他の材料に比べて大きな優位性を持っています。例えば「外界からのノイズ・擾乱に対する安定性」については、現代エレクトロニクスの主流材料である半導体が放射線やX線の被ばくに対して耐性がないことや、高温や低温で正しく動作しなくなること、繰り返し通電すると性能が劣化するなどの欠点があるのに対し、磁性体にはこのような欠点がありません。そのため、半導体素子が日常の比較的穏やかな環境下でしか使用できないのに対し、磁性体は放射線が飛び交う宇宙空間や原子炉周辺、野ざらし・雨ざらしの屋外、高温になるエンジンや炉の近くでも使用することができます。そのため、IoT時代を担うユビキタス素子の材料候補として注目されています。

このような背景から、スピントロニクス*6と呼ばれる研究分野において、磁性体を材料とするリザバーが精力的に研究されてきました。しかし、現在研究が進められている磁性体を利用したリザバーのほとんどは、微細加工によって作製された「スピントルク発振素子*7」を複数接続して使うものであり、その作成には高度な微細加工と複雑な製造プロセスを必要とします。

一方、「スキルミオン」は2009年に発見されたナノサイズの磁気渦であり、キラル磁性体*8に磁場を印加するだけで自己組織化により無数に生成されます。さらに、生成されたスキルミオンは周期的に配列して結晶化することが知られています(スキルミオン結晶)。著者のひとりである望月は、2012年に、スキルミオン結晶を構成する一つ一つのスキルミオンがマイクロ波に対してスピントルク発振素子と同様の応答や振舞いをすることを発見しました。また、スキルミオンは、位相幾何学的な特徴を持つために、熱揺らぎなどの外部擾乱に対して堅牢であるという性質や、通常の磁気構造よりも小さな電磁場に対して鋭敏で巨大な応答を示すという性質を持っています。

2022年に著者たちは、スキルミオン結晶がリザバー応用に適した性質を有していることを、数値シミュレーションにより実証しました(参照プレスリリース:スキルミオン結晶のリザバーコンピューティング機能を実証 https://www.waseda.jp/top/news/82391)。具体的には、リザバーの性能を決定づける3つの機能、「入力信号の特徴を反映した出力を返す性質(汎化性)」、「入力信号を非線形に変換して出力する性質(非線形変換性)」、「短期の履歴情報を記憶し、長期の履歴情報を忘却していく性質(短期記憶性)」を、「入力時間推定タスク」、「偶奇判定タスク」、「短期記憶タスク」という3つのタスクを課すことで評価しました。その結果、スキルミオン結晶が高いレベルでこれらの機能を備えていることが示されました。しかし、この研究では、スキルミオンがリザバーとしての基本的な性質を備えていることは示されたものの、より実用的かつ実際的な情報処理タスクにおいて、どの程度の性能を発揮できるかは未知数のままでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

スキルミオン結晶中を伝播する磁気モーメントの波を活用するリザバー(スキルミオンスピン波リザバー)の実用的・実際的な情報処理タスクにおける性能を評価・実証できれば、安定かつ省電力で、応答が高速であるというスキルミオンの特性を生かした、安価で高性能なリザバーコンピューティング素子の実現に道が拓けます。

そこで本研究では、「MNISTデータベース*9」と呼ばれる「0から9までの10種類の数字の手書き文字画像のデータベース」を使って、スキルミオン結晶中のスピン波が持つ「手書き文字認識機能」の性能評価を、数値シミュレーションを用いて行いました。

その結果、スキルミオンスピン波リザバーが磁性体を材料とするリザバーとしては最高レベルの正確さで手書き数字を正しく認識でき、その正答率(88.2%)は最も有名な動的リザバーモデルの一つである「エコーステイトネットワークモデル(Echo-state network model)*10」の正答率(79.3%)を凌駕することを実証しました。もちろん、半導体エレクトロニクスに立脚する現在の手書き文字認識技術は高度に発達しており、その正答率は99%を凌駕するものもあります。したがって、認識精度の点で、我々のスキルミオンスピン波リザバーはこれらの既存技術に及んでいません。しかし、半導体素子の利用が実質的に不可能な過酷な環境下でも使用できる磁性体リザバー素子の可能性を切り拓き、IoT社会の要請に応えるユビキタス素子の新しい候補を提案した点に、本研究成果の意義があります。加えて、この磁性体リザバーが高度な微細加工や複雑な製造プロセスなしで、(その結果として)低コストで製造できることも大きな魅力であると考えています。

また、手書き文字データを磁場パルス信号に変換してスキルミオンスピン波リザバーに入力した後に、様々なタイミングで読み出したデータを用いて性能を評価・比較することで、スキルミオン結晶中を伝播するスピン波が複雑に散乱・干渉することで実現する「非線形変換性」と、散逸・緩和による振動強度の減少や位相情報の損失によって実現する「短期記憶性」によって、この優れたリザバー機能が実現していることを明らかにしました。

(3)そのために新しく開発した手法

本研究で行った数値シミュレーションでは、MNISTデータベースにある膨大な数の手書き数字画像の画素配列を、それぞれの画素のグレースケールに比例した強さの磁場パルスとして、設置した入力ノートからスキルミオン結晶に順次入力します。そして、この連続的に印加された磁場パルスによって誘起された磁気モーメントの振動が、スキルミオン結晶中を散乱・反射・干渉を繰り返しながら伝播し、読み出しノードの位置まで達する時空間ダイナミクスの様子を、磁気モーメントの時間発展方程式であるLLG方程式を用いてシミュレーションしました。

さらに、読み出し部での磁気モーメントの振動強度信号を読み出し、それに線形変換を施すことで、0から9までの数字のどれかに対応する回答を出力させます。この出力と、入力した手書きの数字が一致することを正答と呼び、正答率を上げるように線形変換の行列を最適化しました。そして、この「学習」と呼ばれる最適化プロセスを経て得られた行列を用いて、性能評価用の手書き数字画像のセットにおいて、どの程度正しく手書き数字を認識できるか、その正答率を評価しました。

この一連の性能評価のプロセスを遂行するために、手書き文字画像を入力用の磁場パルス信号に変換するモジュールと、磁化の時空間ダイナミクスをシミュレーションするモジュール、線形変換行列の最適化を行うモジュールを組み合わせた、統合的なプログラムコードを開発しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

スキルミオン結晶を利用したリザバーは、安定性、省電力性、高速性といったスピントロニクス素子の長所を兼ね備えると同時に、従来のスピントロニクス素子のような高度な微細加工や複雑な製造プロセスを必要としないため、低コストで作成できるという利点があります。今回の研究で、手書き文字認識のような実用性の高い情報処理タスクにおいても、優れた性能が示されたことで、これらの利点を生かしたリザバーコンピューティング素子は、IoT社会を支えるユビキタス素子*10として活躍することが期待されます。

(5)今後の課題

今回の研究では、スキルミオン結晶中を伝播するスピン波を活用するリザバーが、手書き文字認識という実用的な情報処理タスクにおいて、高いレベルの性能を発揮することが実証できました。今後はさらに、音声認識や会話認識、時系列データ予測などの、より高度で複雑な情報処理タスクにおいて、スキルミオンリザバーの実用性を検証していく必要があります。また、リザバー部分だけでなく、入力部や読み出し部も含めたシステム全体として、コンピューティングデバイスの理論設計を行うことや、最適なデバイス構造や入力信号パラメータ、磁性体材料の探索も重要な課題になります。

(6)研究者のコメント

今回の研究で、キラル磁性体に磁場を印加するだけで生成できるスキルミオンを用いたリザバーが、手書き文字認識という実用的な情報処理タスクにおいて、高い性能を発揮できることが実証できました。今後の研究開発により、スキルミオンを利用した高性能なリザバーコンピューティング素子が実現し、社会実装されることを期待しています。

(7)用語解説

※1 ユビキタス素子

英語「ubiquitous」の意味の通り、我々の日常生活や身の回りで広く使われるデバイスのこと。

※2 リザバーコンピューティング

脳機能を模倣した情報処理方式の一つ。入力信号をリザバーと呼ばれる媒質に通して非線形変換を施すことで高い次元のデータ空間にマップした後、線形変換によって出力を得る。線形変換に用いる行列(重み行列)を学習により最適化することで、それぞれの問題やタスクに対応する情報処理機能を獲得。時系列パターンの認識や、エラーへの寛容さが要求される情報処理に適している。

※3 スキルミオン結晶

磁性体中の磁気モーメントが集団で形成する「スキルミオン」と呼ばれる磁気渦が、三角格子状や正方格子状など空間周期的に配列した磁気秩序状態。様々な物性現象や物質機能の宝庫になっていることが、近年の研究で明らかになってきている。

※4 リザバー

リザバーコンピューティング(※2を参照)の根幹をなす構成要素で、入力信号を読み出し信号に変換する役割を果たす動的媒質。様々な材料や現象を利用して実現できるため、これまでに光回路や生体、力学機械、半導体、磁性体などを利用した多彩なリザバーが研究・提案されている。入力データを非線形に変換することで高い次元の情報空間にマップしたり、時系列データの過去の入力履歴を一定期間記憶することで情報の時空間相関を取り込んだりする役割を果たす。リザバーコンピューティングでは、リザバーで変換された信号を読み出し、これに重み行列を掛けて線形変換を行うことで情報処理を実行する。この時、リザバーによる信号変換はブラックボックスとして扱えるため、最適化が必要な行列は線形変換の重み行列に限定される。そのため少ない計算コースで情報処理ができるという利点がある。

※5 ノイマン型アーキテクチャ

ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)が提唱したコンピュータの基本構成。記憶部に計算手続きのプログラムが格納され、逐次処理方式で処理が実行される。現在のコンピュータのほとんどがこの方式を採用している。

※6 スピントロニクス

物質中の電子は、電気的な性質を担う「電荷」の自由度に加え、磁気的な性質を担う「スピン」の自由度を持っている。この電子のスピン自由度を積極的に活用し、エレクトロニクス技術への応用を目指す研究分野をスピントロニクスと呼ぶ。

※7 スピントルク発振素子

微細加工によって形成した強磁性体を積層させたスピントロニクス素子。直流電流を流すことで、強磁性体中の磁気モーメントが一定の周波数で歳差運動する。その結果、素子の両端にマイクロ波帯の交流電圧が生じる。スピントルク発振素子を複数接続させると、素子間の相互作用により発振の同期が起こるが、この現象を脳模倣型コンピューティングに応用する研究が進められている。

※8 キラル磁性体

鏡に映した像が元の像と重ならない構造をキラルな構造と呼び、構成原子の空間配列(結晶構造)がキラルである磁性体をキラル磁性体と呼ぶ。キラル磁性体では、隣り合う原子の磁気モーメントを互いに傾けようとするジャロシンスキー・守谷相互作用が働くために、しばしばスキルミオンのような磁気渦構造が発現する。

※9 MNISTデータベース

様々な画像処理アーキテクチャの学習・評価に使用される手書き数字画像の大規模なデータベース。米国商務省配下の研究所であるアメリカ国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology)で構築された。60,000枚の訓練用画像と10,000枚の評価用画像で構成されている。

※10 エコーステイトネットワークモデル(Echo-state network model)

リザバーコンピューティングの代表的なモデルの1つ。リザバーに入力した時系列信号の履歴が適度な時間、反響(エコー)として残り、十分時間がたつと消えていく状態(エコーステート)を活用する。リザバーから読み出した、過去の入力履歴を一定程度反映した変換された信号を、重み行列により線形変換することで実行する情報処理のモデル。

 (8)論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Handwritten digit recognition by spin waves in a Skyrmion reservoir
(スキルミオンリザバーにおけるスピン波伝搬を利用した手書き数字認識)
執筆者名(所属機関名): リー・ムークン望月維人(いずれも、早稲田大学)
掲載予定日時(現地時間):2023年11月8日
掲載URL:https://doi.org/10.1038/s41598-023-46677-w
DOI:10.1038/s41598-023-46677-w

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:国立研究開発法人化学技術振興機構 戦略的創造研究推進授業CREST
研究課題名:Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出
研究代表者名(所属機関名):于秀珍(理化学研究所)
研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)

研究課題名:スキルミオニクス創成に向けた基盤技術と材料の開拓 (課題番号:20H00337)
研究代表者名(所属機関名):望月維人(早稲田大学)
研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A) 公募研究 (課題番号:23H04522)
研究課題名:スピン模型のトポロジカル相転移を検出する汎用的な機械学習手法の開発
研究代表者名(所属機関名):望月維人(早稲田大学)

不規則なガラス構造に潜む規則性を発見

著者: contributor
2023年11月25日 16:38

不規則なガラス構造に潜む規則性を発見

ガラスの物性評価や効率的な新規ガラス開発の指針に

【発表のポイント】

ガラス (注1) 構造から抽出したリング形状を定量化することで、 無秩序に見えるガラス構造に内在する規則性を数値評価する技術を開発しました。

リング形状と その周辺における原子の存在確率を定量化することによって、ガラス中における結晶(注2) に類似する構造の抽出に成功しました。

新開発の材料構造の定量評価技術は、ガラス材料の物性発現の解明、さらに、データ駆動型の高性能材料探索への寄与が期待されます。

【概要】

ガラスは、窓ガラスやディスプレイのように現在の日常生活に欠かせない基盤材料です。一方で、 その原子配置が一見無秩序で複雑なために、 構造の理解や制御が難しく 、 合理的な機能材料設計には多くの課題が残されています。これらの課題を解決するためにガラス構造の定量的な評価技術が必要とされ、これまで国内外で幾何学などに基づく解析法の開発が取り組まれてきました。

東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター(同大学院情報科学研究科兼任) の志賀元紀教授と 早稲田大学理工学術院の平田秋彦教授ら の研究グループは、シリコンと酸素だけからなるシリカガラス(石英ガラス) のネットワークに内在するリング構造に着目して、 真円度および粗さという新たな指標を開発し、 リング構造の3 次元的な定量化に成功しました。 従来、 リングの構成原子数のみが解析に用いられてきましたが、 本指標を用いることで、 ガラスを構成するリングには、数種のシリカ結晶と同様なものと 、 ガラス独特の形状のリングが共存することを初めて明らかにしました。さらに、リング周辺における原子分布を定量化することによって、ガラスの局所構造は結晶と同様に異方性を持ち、強い秩序が存在することを明らかにしました。

本研究成果は、 Communications Materials 2023 11 3 日にオープンアクセス公開されました。

【詳細な説明】

研究の背景

ガラスは、窓ガラスやディスプレイのように日常的に欠かせない物に含まれており、 その機能をさらに強化することは大事な課題です。ガラスの原子配置は、結晶材料のような規則正しいものでなく一見すると無秩序ですが、隣接する原子間の化学結合長を超えた距離スケールでの規則性が放射光施設(注3 ) などでの計測によって確認されています。 一方、 ガラスにおける特性の理論的な理解を困難にしている原因はこの複雑な構造であるため、ガラスにおける構造の規則性を定量的に評価し、 構造と機能との関係を理解することは、機能性ガラスの合理的な開発のために大事な課題となっています。 近年、 結晶材料等においてデータ駆動科学(注4) は急速に普及しつつあります。これに基づく高効率的な材料設計を、ガラス材料に対して実施するためには、ガラス中におけるリングの構成原子数のみが解析の指標として用いられてきた従来のアプローチでは限界がありました。

今回の取り組み

東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター(同大学院情報科学研究科兼任) の志賀元紀教授、早稲田大学理工学術院の平田秋彦教授、物質・材料研究機構マテリアル基盤研究センターの小野寺陽平主任研究員、産業技術総合研究所材料・化学領域の正井博和研究グループ付ら の研究グループは、材料中の化学結合ネットワークに内在するリング構造の規則性の3次元的な定量評価を行いました。これまでの研究では、ガラス中に存在するリングを構成する原子数のみを指標として解析が行われてきましたが、3次元的な形状の異なるリングを区別することは不可能でした。今回の研究では、 真円度粗さ という指標(図 1) を新たに定義することによって「リング形状」 の定量評価法を実現しました。

この技術を、窓ガラスなどに用いられるシリカ(SiO2)のガラス、 および、SiO2 組成を有する複数の結晶の構造解析に応用し、 ガラスおよび結晶に含まれるリングの代表的な特徴(形状および対称性)を網羅的に解析しました。 シリカ には他の化学組成の材料では見られないほど多様な結晶構造が存在しますが、今回の解析によって、 ガラス中には数種のシリカ結晶に類似した構造が存在する一方、ガラス特有の形状を有するリング構造も数多く存在していることを新たに明らかにしました。この新たな知見はリング形状の定量評価技術によって初めて得られたものであり 、 ガラス化および結晶化のような状態転移を理解するために重要な結果といえます。

本研究では、さらに、リング形状だけでなく 「リングの向き」を自動決定する計算法を開発し、その手法に基づき「リング周辺の原子の存在確率」 を計算する技術を開発しました(図 2)。この技術を用いたガラスの構造解析によって、ガラス構造の規則を理解する上で大事な 2 つの知見を得られました。

番目の知見は、 ガラス構造においても 、 結晶構造と同様な異方性が存在することです。 マクロ レベルのスケールでは、 ガラスは等方的と考えられていますが、 異方性を持つ局所構造の秩序を、リング構造の方位を揃えて原子分布を可視化することで、その特徴を初めて定量的に明らかにしました。

2番目の知見は、 ガラスに含まれる規則正しいリングの周辺には、 結晶に似た規則正しい構造秩序が形成されていること です。 ガラスにおいては、前述のように、化学結合長を超えた距離スケールでの構造の規則性が放射光施設などにおける計測によって確認されています。例えば、ガラスの回折実験で観測される特徴的な鋭いピーク(First Sharp Diffraction PeakFSDP(注5 ) は、ガラスにおいて、化学結合長を超えたスケールでの構造秩序(中距離構造秩序) が存在する証拠となります。 今回得られた知見は、これまでも議論されてきたこの構造秩序と密接に関係しており 、 すなわち、 中距離構造秩序あるいは FSDP の形成に寄与する構造ユニットを初めて同定した成果となります。

今後の展開

本研究で開発したリング形状の定量評価技術は、無秩序な構造に含む規則正しい構造ユニットの抽出を 可能にするだけでなく、ガラスにおける不規則なリング構造を定量的に議論することを可能にするものです。これによって、様々な条件で合成されたガラス構造の違い、そして、構造の違いが引き起こす物性の変化を捉えることができるようになります。さらには、様々な実験条件下で合成された材料の構造データ および物性データを蓄積・活用することによって、 機械学習(人工知能) に基づく 未合成材料の物性予測が実現できるようになると考えられます。 この未合成材料の物性予測技術は、 データ駆動型の高機能性材料の自動探索につながり、材料開発を加速的に推進すると期待されます。 本研究で開発された材料におけるガラス構造の定量評価法は、 将来的なガラスの物性予測及び新規材料探索だけでなく、材料科学の深化に寄与できるものと 考えられます。

【謝辞】

本 研 究 は 、 JSPS 科 研 費 JP20H05878JP20H05884JP23K17837JP20H05881JP20H05882JP20H04241JP19K05648 および JST さきがけJPMJPR16N6 の支援を受けたものです。

【用語説明】

1. ガラス:

不規則な原子配置から構成される 非晶質(アモルファス) の固体。 ガラスの構造は、 各原子の化学結合の数(配位数) や角度に分布があるが、完全に無秩序ではない。

2. 結晶:

規則正しい原子配置から 構成される固体。

3.  放射光施設:

放射光とは電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって曲げられた時に発生する強力な電磁波(光)のことである。放射光施設は高輝度 X 線などの放射光を用いて幅広い研究を行うための大型施設であり、 SPring-8(兵庫県佐用町) やナノテラス(仙台市) がこれにあたる。

4.  データ駆動科学:

既知データに基づいて新仮説の構築や未知事象の予測を行い、新しい事象や法則を発見する科学のアプローチ。

5.  First Sharp Diffraction PeakFSDP) :

ガラスの X 線回折実験や中性子回折実験によって観測される特徴的な鋭いピーク。ピーク位置から、化学結合長さを超える距離スケールでの構造秩序の証拠として知られる。

【論文情報】

タ イ ト ル:Ring-originated anisotropy of local structural ordering in amorphous and crystalline silicon dioxide
著者:Motoki Shiga*, Akihiko Hirata, Yohei Onodera, and Hirokazu Masai
*
責任著者: 東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター 教授 志賀元紀(しがもとき)
掲載誌:
Communications Materials
DOI:
https://doi.org/10.1038/s43246-023-00416-w
URL: https://www.nature.com/articles/s43246-023-00416-w

 

Discovery of Structural Regularity Hidden in Silica Glass

著者: contributor
2023年11月25日 16:35

Discovery of Structural Regularity Hidden in Silica Glass

Glass – whether used to insulate our homes or as the screens in our computers and smartphones – is a fundamental material. Yet, despite its long usage throughout human history, the disordered structure of its atomic configuration still baffles scientists, making understanding and controlling its structural nature challenging. It also makes it difficult to design efficient functional materials made from glass.

To uncover more about the structural regularity hidden in glassy materials, a research group has focused on ring shapes in the chemically bonded networks of glass. The group, which included Professor Motoki Shiga from Tohoku University’s Unprecedented-scale Data Analytics Center, and Professor Akihiko Hirata from Waseda University created new ways in which to quantify the rings’ three-dimensional structure and structural symmetries: “roundness” and “roughness.”

Using these indicators enabled the group to determine the exact number of representative ring shapes in crystalline and glassy silica (SiO2), finding a mixture of rings unique to glass and ones that resembled the rings in the crystals.

Additionally, the researchers developed a technique to measure the spatial atomic densities around rings by determining the direction of each ring.

They revealed that there is anisotropy around the ring, i.e., that the regulation of the atomic configuration is not uniform in all directions, and that the structural ordering related to the ring-originated anisotropy is consistent with experimental evidence, like the diffraction data of SiO2. It was also revealed that there were specific areas where the atomic arrangement followed some degree of order or regularity, even though it appeared to be a discorded and chaotic arrangement of atoms in glassy silica.

“The structural unit and structural order beyond the chemical bond had long been assumed through experimental observations but its identification has eluded scientists until now,” says Shiga. “Furthermore, our successful analysis contributes to understanding phase-transitions, such as vitrification and crystallization of materials, and provides the mathematical descriptions necessary for controlling material structures and material properties.”

Looking ahead, Shiga and his colleagues will use these techniques to come up with procedures for exploring glass materials, procedures that are based on data-driven approaches like machine learning and AI.

Their findings were published open access in the journal Communication Materials on November 3, 2023.

<Publication Details>

Title: Ring-originated anisotropy of local structural ordering in amorphous and crystalline silicon dioxide
Authors: Motoki Shiga, Akihiko Hirata, Yohei Onodera, and Hirokazu Masai
Journal: Communications Materials
DOI: 10.1038/s43246-023-00416-w

Understanding the Dynamic Behavior of Rubber Materials

著者: contributor
2023年11月14日 14:12

Understanding the Dynamic Behavior of Rubber Materials

Researchers present a novel experimental system for simultaneous measurement of dynamic mechanical properties and X-ray computed tomography

Rubber-like materials can exhibit both spring-like and flow-like behaviors simultaneously, which contributes to their exceptional damping abilities. To understand the dynamic viscoelasticity of these materials, researchers from Japan have recently developed a novel system that can conduct dynamic mechanical analysis and dynamic micro X-ray computed tomography simultaneously. This technology can enhance our understanding of the microstructure of viscoelastic materials and pave the way for the development of better materials.

Experimental setup for the simultaneous measurement of dynamic mechanical properties and dynamic micro X-ray CT.

Rubber-like materials, commonly used in dampeners, possess a unique property known as dynamic viscoelasticity, enabling them to convert mechanical energy from vibrations into heat while exhibiting spring-like and flow-like behaviors simultaneously. Customization of these materials is possible by blending them with compounds of specific molecular structures, depending on the dynamic viscosity requirements.

However, the underlying mechanisms behind the distinct mechanical properties of these materials remain unclear. A primary reason for this knowledge gap has been the absence of a comprehensive system capable of simultaneously measuring the mechanical properties and observing the microstructural dynamics of these materials. While X-ray computed tomography (CT) has recently emerged as a promising option for a non-destructive inspection of the internal structure of materials down to nano-scale resolutions, it is not suited for observation under dynamic conditions.

Against this backdrop, a team of researchers, led by Associate Professor (tenure-track) Masami Matsubara from the School of Creative Science and Engineering at the Faculty of Engineering at Waseda University in Japan, has now developed an innovative system that can conduct dynamic mechanical analysis and dynamic micro X-ray CT imaging simultaneously. Their study was made available online on October 19, 2023 and will be published in Volume 205 of the journal Mechanical Systems and Signal Processing on December 15, 2023.

By integrating X-ray CT imaging performed at the large synchrotron radiation facility Spring-8(BL20XU) and mechanical analysis under dynamic conditions, we can elucidate the relationship between a material’s internal structure, its dynamic behavior, and its damping properties,” explains Dr. Matsubara. At the core of this novel system is the dynamic micro X-ray CT and a specially designed compact shaker developed by the team that is capable of precise adjustment of vibration amplitude and frequency.

The team utilized this innovative system to investigate the distinctions between styrene-butadiene rubber (SBR) and natural rubber (NR), as well as to explore how the shape and size of ZnO particles influence the dynamic behavior of SBR composites.

The researchers conducted dynamic micro X-ray CT scans on these materials, rotating them during imaging while simultaneously subjecting them to vibrations from the shaker. They then developed histograms of local strain amplitudes by utilizing the local strains extracted from the 3D reconstructed images of the materials’ internal structures. These histograms, in conjunction with the materials’ loss factor, a measure of the inherent damping of a material, were analyzed to understand their dynamic behavior.

When comparing materials SBR and NR, which have significantly different loss factors, the team found no discernible differences between their local strain amplitude histograms. However, the histograms displayed wider strain distributions in the presence of composite particles like ZnO. This suggests that strain within these materials is non-uniform and depends on the shape and size of the particles, which may have masked any changes from the addition of the particles.

This technology can allow us to study the microstructure of rubber and rubber-like materials under dynamic conditions and can result in the development of fuel-efficient rubber tires or gloves that do not deteriorate. Moreover, this technology can also enable the dynamic X-ray CT imaging of living organs that repeatedly deform, such as the heart, and can even pave the way for the development of artificial organs,” says Dr. Matsubara, highlighting the importance of this study.

Overall, this breakthrough technology has the potential to advance the understanding of the microstructure of viscoelastic materials, likely opening the doors for the development of novel materials with improved properties.

Reference

Authors Masami Matsubara1, Ryo Takara2, Taichi Komatsu2, Shogo Furuta2, Khoo Pei Loon2, Masakazu Kobayashi2, Hitomu Mushiaki3, Kentaro Uesugi4, Shozo Kawamura2, and Daiki Tajiri2
Title of original paper In-situ measurement of dynamic micro X-ray CT and dynamic mechanical analysis for rubber materials
Journal Mechanical Systems and Signal Processing
DOI 10.1016/j.ymssp.2023.110875
Affiliations 1Department of Modern Mechanical Engineering, Waseda University
2Department of Mechanical Engineering, Toyohashi University of Technology
3Hyogo Prefectural Institute of Technology
4Japan Synchrotron Radiation Research Institute

About Waseda University

Located in the heart of Tokyo, Waseda University is a leading private research university that has long been dedicated to academic excellence, innovative research, and civic engagement at both the local and global levels since 1882. The University has produced many changemakers in its history, including nine prime ministers and many leaders in business, science and technology, literature, sports, and film. Waseda has strong collaborations with overseas research institutions and is committed to advancing cutting-edge research and developing leaders who can contribute to the resolution of complex, global social issues. The University has set a target of achieving a zero-carbon campus by 2032, in line with the Sustainable Development Goals (SDGs) adopted by the United Nations in 2015.

To learn more about Waseda University, visit https://www.waseda.jp/top/en

About Associate Professor Masami Matsubara

Masami Matsubara is an Associate Professor (tenure-track) at the School of Creative Science and Engineering of the Faculty of Science and Engineering at Waseda University, Japan. He earned his Ph.D. from Doshisha University. His research focuses on the mechanics of materials, mechatronics, and dynamic modelling. He has recently worked on vibration reduction methods and dynamic design for large-scale numerical analysis models and detailed design and experimental methods for component and unit testing. He is a member of the Japan Society of Mechanical Engineers (JSME) and SAE International. He received the JSME Medal for Outstanding Paper in 2014, 2020, and 2022.

異なる戦略で形成した大脳オルガノイド血管系の特徴を明らかに

著者: contributor
2023年11月14日 14:10

異なる戦略で形成した大脳オルガノイド血管系の特徴を明らかに

移植医療や再生医療、ヒトに対する薬剤スクリーニングなど幅広い分野における応用に期待

発表のポイント

ヒト特有の脳の発生過程や疾患の解明、また治療薬開発の鍵としても注目を集める大脳オルガノイドは、それ自身が血管系を有さないために、酸素・栄養の供給や、毒性代謝物の排出が自発的にできず、そのためサイズも制限されるなどの課題に直面し、発展的な利用の足枷となっていました。
既に大脳オルガノイドに機能的な血管構造を導入する戦略が複数提案されてきましたが、それらを統合的に比較した研究がこれまで存在しなかったため、それぞれの血管形成戦略の特徴や課題などを正確に把握できませんでした。
今回の研究において、公開データセットで入手可能なシングルセルRNAシークエンシングデータを用いた解析を行うことにより、異なる戦略のもとで大脳オルガノイドに導入した血管構造を構成する細胞の特徴を明らかにすることができました。将来的に、より実際のヒトの脳に近い血管化大脳オルガノイドを作製する際の指標として活用されることが期待できます。

図1 機能的な血管構造を導入した大脳オルガノイドと胎児脳のシングルセルRNAシークエンシングデータの統合解析

早稲田大学(以下、早大)総合研究機構の片岡孝介(かたおかこうすけ)主任研究員理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授、大学院先進理工学研究科3年(一貫制博士課程3年)の佐藤由弥(さとうゆうや)らの研究グループ(以下、本研究グループ)は、公共データベース*1上のシングルセルRNAシークエンシングデータ*2を再解析し、ミニ人工脳である大脳オルガノイド*3において血管構造を導入するための複数の戦略(以下、血管化戦略)が、大脳オルガノイドを構成する神経系等に対して異なる影響を与えることを明らかにしました。さらに、血管構造を導入した大脳オルガノイド(以下、血管化大脳オルガノイド)における血管系と神経系の間の相互作用が、血管が正しく脳の血管として機能するために重要である可能性を示しました。

本研究成果は、ドイツ・イギリスに本拠を置く学術出版社であるSpringer Nature社発行による『BMC Biology』誌(論文名Integrative single-cell RNA-seq analysis of vascularized cerebral organoids)に2023年11月9日(木)午前1:00(グリニッジ標準時GMT)に掲載されました。

(1) これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

多能性幹細胞*4由来で人工培養された細胞集団であるヒト大脳オルガノイドは、ヒト大脳皮質の発生過程、組織、神経活動を模倣した、三次元のミニ人工脳です。大脳オルガノイドを用いた研究により、神経発生、進化、疾患の理解にかつてない機会がもたらされています。さらに、コロナウイルス感染症のパンデミックでは、ヒトオルガノイドモデルがその病態を理解する上で有望な結果を示し、治療薬開発の鍵としても注目されました。

このようにオルガノイドの応用範囲が急速に拡大しているにもかかわらず、大脳オルガノイドには未だにいくつかの課題があります。大きな課題のひとつに血管系が存在しないことが挙げられます。そのため、従来の大脳オルガノイドは、栄養、酸素、有害代謝産物の交換を培養液における受動的拡散のみに依存しています(図2)。血管系を持たない大脳オルガノイドはサイズも制限され、オルガノイドの中心部では細胞死が引き起こされてしまいます(図2)。

図2.血管を形成させていない従来の大脳オルガノイドの欠点

この課題を打破するために、大脳オルガノイドに機能的な血管構造を導入するための複数の戦略が提案されてきました。これらの研究では、血管構造の導入が大脳オルガノイドを構成する神経細胞などの細胞集団の機能、組成、細胞間相互作用等へ与える影響が独自に解析されてきました。しかし、これらの血管構造を導入するための異なる戦略が大脳オルガノイドに与える影響を実際の脳血管と統合的に比較した研究はなく、それぞれの血管化戦略の特徴や課題などが不明でした。そのため、それぞれの血管化大脳オルガノイドにおける血管構造が実際の脳の血管系をどれほど正確に模倣しているのかを確認することができず、より最適な実験プロトコルを見つけ出すことが難しいという問題がありました。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、異なる戦略で作製された血管化大脳オルガノイドを横断的に評価することを目的に、公開データセットで入手可能な血管化大脳オルガノイドと実際のヒト胎児脳のシングルセルRNAシークエンシングデータを統合的に比較しました。その結果、次の3点が明らかになりました。

①いずれの戦略で血管化しても大脳オルガノイドの遺伝子発現プロファイルは、非血管化大脳オルガノイドのそれと比べて、実際のヒト胎児脳の遺伝子発現プロファイルに近づくこと(図3)。

図3.血管を形成させることで大脳オルガノイドを構成する細胞集団の遺伝子発現プロファイルが胎児脳に近づく

横軸に各大脳オルガノイドを構成する各細胞種、縦軸に各血管化手法、各マスに実際のヒト胎児脳との遺伝子発現プロファイルの相関値(類似性を示す)を示す。相関値が高いほど胎児脳と近い遺伝子発現パターンを持つことを示す。本結果から、ほとんどの細胞種において、血管化によってヒト胎児脳との相関値は増加していることが明らかになった。

②血管化大脳オルガノイドにおける血管構造を構成する細胞には機能的に重要とされる遺伝子の一部が発現していないこと、およびこの遺伝子発現の欠損の特徴は血管化戦略によって異なること(図4)。

図4.血管化大脳オルガノイドにおける血管系は戦略によって異なる遺伝子発現プロファイルを持つ

横軸に各大脳オルガノイド、縦軸に血管特異的に発現するマーカー遺伝子を示す。実際の胎児脳の血管系細胞は、マーカー遺伝子をすべて発現しているにも関わらず、各血管化オルガノイドや血管オルガノイドは不十分な発現プロファイルを持つことがわかる。また、戦略によっても異なる発現プロファイルを持つこともわかる。
注:血管オルガノイドは、iPS/ES細胞を血管組織に分化誘導したオルガノイドであり、血管化オルガノイド(血管を形成した大脳オルガノイド)とは異なる。

③血管構造を構成する細胞と神経系の間の相互作用が、血管が脳血管としての特徴を作り出すために重要であり、血液脳関門*5などの脳に特徴的な血管系の機能に関与する遺伝子の発現に重要であること。

本研究成果により、複数の血管化戦略が神経系および血管系の細胞の分化や遺伝子発現プロファイルに及ぼす影響についての知見が得られました。本研究で得られた知見は、将来的に血管化大脳オルガノイドを作製する際の指標となると考えられます。

(3)研究の波及効果や社会的影響

血管化大脳オルガノイドは、細胞死が起こりにくく実際のヒトの大脳皮質に近いと考えられるため、これからの大脳オルガノイド研究のスタンダードになると考えられています。本研究成果は、血管化オルガノイドのベンチマークとしての活用が期待されます。より実際の胎児脳に近い血管化大脳オルガノイドが完成することで十分にオルガノイドが成熟できるようになり、成人への移植医療や再生医療、ヒトに対する薬剤スクリーニングなど幅広い分野における応用といった社会的影響が期待できます。

(4)今後の課題

今回、公開データセットで入手可能なシングルセルRNAシークエンシングデータを用いた解析により、異なる戦略のもとで大脳オルガノイドに形成させた血管系の特徴が明らかになりました。今後は、解析によって明らかになった血管化手法の弱点を克服する方法を模索するとともに、脳を構成する細胞の機能等、シングルセルRNAシークエンシングデータ以外の情報にも着目した研究を進めることが期待されます。

(5)研究者のコメント

オルガノイド技術は、癌などの疾患や老化などのこれまで人類が対抗できなかった壁を乗り越える可能性をもつ技術です。しかし、血管化などの問題から、実際の脳を十分に再現することができていないという現状があります。本研究成果が、より実際の胎児脳に近い大脳オルガノイド血管化手法のヒントとなり、これまで治療が難しかった疾病を解決する一助となると信じています。

(6)用語解説

1.公共データベース

研究者たちが行う研究で得られた塩基配列等のデータを保存、共有するためのオンラインプラットフォーム。これにより、研究者は自分たちの研究に必要なデータを簡単に検索し、アクセスすることができ、また自分たちのデータを世界中の他の研究者と共有することができる。公共データベース上のデータは、他の研究者によって新しいコンテキストで再利用されたり、実験結果を検証し再現するために使用されたりする。

2.シングルセルRNAシークエンシング

個々の細胞ごとのmRNA塩基配列を読み取る技術。従来のRNAシークエンシング技術は多数の細胞をまとめて分析するため、細胞の個々の違いを見ることができなかった。一方、シングルセルRNAシークエンシングは、多様な細胞から構成される組織においても各細胞に特徴的な遺伝子発現情報を解析することができる。

3.オルガノイド

人や動物の臓器の機能や構造を模倣した、三次元で培養された細胞集団。これらの細胞は、本物の臓器と類似した機能を持つため、薬物スクリーニングや疾患モデル、臓器移植などへの応用が期待されている。

4.多能性幹細胞

体内のさまざまな種類の細胞に分化する能力を持つ特殊な細胞。

5.血液脳関門

脳の血管と神経細胞などの細胞の間で物質の移動を制限する機構。全身投与された薬剤が中枢神経系に到達することも制限するため、神経疾患に対する治療薬開発の最も大きな障壁の一つにもなっている。

(9)論文情報

雑誌名:BMC Biology
論文名:Integrative single-cell RNA-seq analysis of vascularized cerebral organoids
執筆者名(所属機関名):Yuya Sato, Toru Asahi, Kosuke Kataoka (Waseda University)
掲載日時(現地時間):2023年11月9日(木)午前1:00(グリニッジ標準時GMT)
DOI:https://doi.org/10.1186/s12915-023-01711-1

(10)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:科学研究費補助金 若手研究
研究課題名:カンナビノイド受容体CB1によるマイトファジー調節機構と加齢性記憶障害への関与
研究代表者名(所属機関名):片岡孝介(早稲田大学)

研究費名:科学研究費補助金 若手研究
研究課題名:内在性カンナビノイド系の変調がもたらす加齢性記憶障害の分子基盤の解明
研究代表者名(所属機関名):片岡孝介(早稲田大学)

 

ALCA-Next「資源循環」領域に採択

著者: contributor
2023年11月14日 14:09

2023年度JST「戦略的創造研究推進事業 先端的カーボンニュートラル技術開発(ALCA-Next)」に採択

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の2023年度戦略的創造研究推進事業 先端的カーボンニュートラル技術開発(ALCA-Next)において、書類及び面接選考を経て、理工学術院 関根泰教授の提案が採択されました。(応募総数:198件、採択総数:28件)

採択された技術領域「資源循環」では、資源の効率的な循環利用を低環境負荷で可能とし、温室効果ガス排出量の削減に大きく貢献する技術や材料、化学的プロセスの研究開発を推進することを目指しています。資源循環の観点から、提案の斬新性や実現可能性、温室効果ガス排出量をどの程度削減可能かという点が重視され、エネルギーフローやマテリアルフローの観点から、温室効果ガス削減について定量的な目標を設定の上、それを達成する具体的な技術が示された提案であるかが優先された結果の採択となりました。

採択課題(技術領域:資源循環)

関根 泰(理工学術院 教授)
「ケミカルループ法による革新的CO2転換材料の開発」

 

ALCA-Nextとは

世界各国においてカーボンニュートラルの実現に向けた動きが加速し、GX(グリーントランスフォーメーション)関連投資も急速に拡大しています。GXの実現のためには、2050年のカーボンニュートラルを実現するとともに、産業競争力の強化、経済成長・発展が必要不可欠です。今後の温室効果ガス(GHG)削減目標の達成や将来産業の創出に向けては既存技術の導入だけではなく新規技術の創出が必要であり、そうした技術を継続的に生み出すためには、産業界における実証や技術開発と並行してアカデミアにおける研究開発と人材育成への支援、企業とアカデミアの真の連携による社会実装が求められます。
これに応えるために開始されたALCA-Nextは、カーボンニュートラルへの貢献という出口を明確に見据えつつ、個々の研究者の自由な発想に基づき、科学技術パラダイムを大きく転換するゲームチェンジングテクノロジー創出を目指す事業です。(出典:JST ACLA-Nextウェブサイト)

【設定されている技術領域】
・蓄エネルギー
・エネルギー変換
・資源循環  ※今回本学が採択された領域
・グリーンバイオテクノロジー
・半導体
・グリーンコンピューティング・DX

動的条件下でのX線CT撮影技術を開発

著者: contributor
2023年11月14日 14:08

動的条件下でのX線CT撮影技術を開発

―ゴム材料に限らず生体撮影も可能、バイオ関連分野への応用にも期待―

【研究のポイント】

材料の内部構造を非破壊検査する方法として普及しているX線CT※1は、動的条件下での材料の観察には不向きであった。
ストロボ効果※2を利用した動的条件下でのX線CT撮影技術を開発し、複合化したゴム材料の動的粘弾性試験※3と動的X線CTによる計測を同時に行うことが可能になった。
心臓のような繰り返し変形するようなものであれば、生体の動的X線CT撮影も可能となる技術で、テラヘルツ波を用いたCT撮影など、材料に限らず医療・バイオ関連分野への応用も期待できる。

【研究概要】

早稲田大学理工学術院松原真己(まつばら まさみ)准教授を中心とする研究グループは、複合化したゴム材料の内部構造および動的挙動と減衰特性にどのような関係性があるのかを解明するために、ストロボ効果を利用した動的条件下でのX線CT撮影技術(以下、動的X線CT )を開発(図1)、動的X線CTと動的粘弾性試験を同時に実施する実験系を構築し、ゴム材料のミクロな内部構造とマクロな特性である減衰特性の関係を分析しました。

図1:動的X線CTの概略図

本研究成果は、オランダのエルゼビア社が発刊する国際学術誌『Mechanical Systems and Signal Processing』にて、2023年10月19日(木)に掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

ゴム材料に微粒子を複合化すると、減衰特性が更に向上します。これは微粒子界面における摩擦や、微粒子による変形阻害等が要因であると指摘されていますが、直接観察した事例はなく、そのメカニズムは未解明でした。近年、材料内部の構造を非破壊検査する方法としてX線CTが普及し、マイクロ・ナノオーダーの分解能での計測が可能となってきました。一方で、X線CTは対象物を回転させながら計測するため、動的条件下での観察には不向きです。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと

材料の減衰特性評価では引張状態で振動を加え(加振)、そのときに発生する荷重と変位を計測する動的粘弾性試験がよく利用されます。この動的粘弾性試験の動的条件下においてX線CT撮影による計測を同時に実施することができれば、複合化したゴム材料の内部構造および動的挙動と減衰特性の関係性が明確になると考えました。

そこで本研究では、動的粘弾性試験では材料が繰り返し変形することに着目し、加振周期、CT回転ステージの回転速度、CT画像用のカメラのシャッタータイミングを制御することでストロボ効果を利用した撮影手法を開発しました。そして、大型放射光施設SPring-8※4(BL20XU)に、今回開発した新たな小型動的粘弾性試験を導入し、動的粘弾性試験と動的X線CTによる同時計測を実現しました。今回の成果を得るためには、 SPring-8の極めて明るく安定した光源と高速度カメラを利用したCTが必須でした。

この撮影技法が有効であるか確かめるため、制振材としてよく利用されるスチレンブタジエンゴム(SBR)に、球状、板状の形状をもつ酸化亜鉛(ZnO)を複合化した試験片を用意し、動的X線CTを実施しました。ZnOは安価かつ形状の種類が多く、複合材(微粒子)としてよく利用されます。静的および動的条件下のCT画像を比較した結果、動的条件下の内部構造を可視化できたことから本研究で開発した動的X線CTが有効であることを確認しました。

また、内部構造と減衰特性の関係を分析するため、CT画像からμmオーダーの空間でひずみ(局所ひずみ)を算出した結果、複合化する微粒子形状の違いによって材料内部のひずみが均一ではなく不均一になることがわかりました。図2 は立体像内で確認できた局所ひずみの大きさをヒストグラムとして評価したものです。SBR単体および球状の場合は、ヒストグラムは鋭いピークをもっており、均一な変形が起こっていることを示します。一方、板状では広域的な分布となっておりひずみの大きさにばらつきがあり、不均一な変形が起こっています。このように、ミクロな動的挙動の特徴を捉えることが可能となりました。

図2:スチレンブタジエンゴム(SBR)に酸化亜鉛(ZnO)の球状(左図)と板状(右図)を配合した際の局所ひずみの大きさを表した分布図(ヒストグラム)。

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究では動的条件下でのX線CT撮影技術の開発に取り組みました。例えば、生体であっても心臓のような繰り返し変形するようなものであれば、動的X線CT撮影が可能となる技術です。テラヘルツ波を用いたCT撮影にも利用でき、材料に限らず医療・バイオ関連分野への応用も期待できます。

(4)今後の課題

動的条件下でのX線CT撮影は可能になりましたが、複合化したゴム材料の減衰特性と動的挙動の関係性についてはまだ明確になっていません。動的挙動からエネルギー散逸に関わる情報を抽出することが課題となっています。

(5)研究者のコメント

もともと高速回転タイヤの接地面ゴムの微小変形計測用に組んできた撮影技法をX線CTに実装しました。提案法をベースに材料や構造物の力学特性を決定付ける構造的な因子は何かを探究できればと考えています。

(6)用語解説

※1 X線CT:

X線を用いて物体の断面像や立体像を得る手法。CTはComputed Tomographyの略で、コンピューター断層撮影を意味しています。

※2 ストロボ効果:

ストロボはストロボスコープの略で、ある時間間隔で光を点滅させることを指します。この点灯タイミングで撮影すれば、対象物が高速回転体であれば、あたかも止まったような画像を得ることができます。通常、回転体の回転周期よりも十分に短いフレームレート(1秒間に撮影できる画像の枚数)のカメラで撮影しなければ、回転体の撮影はできませんが、ストロボの点灯タイミングと回転体の回転位相をコントロールすることで、回転周期よりも長いフレームレートのカメラでも撮影が可能となります。ここではその効果をストロボ効果と呼んでいます。

※3 動的粘弾性試験:

試験片に変位振動を与え、それによって発生する応力と歪みを測定することにより、貯蔵弾性率、複素弾性率、損失係数(減衰特性)といった力学的特性を測定する方法です。

※4 大型放射光施設SPring-8:

太陽の100億倍もの明るさに達する「放射光」という光を使って、X線回折、小角X線散乱、X線CT、光電子分光などの分析ができる研究施設設。材料開発にとどまらず、生体の分析、半導体や燃料電池の開発など産業分野でも活用されています。

SPring-8 |http://www.spring8.or.jp/ja/

(7)論文情報

雑誌名Mechanical Systems and Signal Processing

論文名In-situ measurement of dynamic micro X-ray CT and dynamic mechanical analysis for rubber materials

執筆者名(所属機関名):松原真己1、髙良領2、駒津泰一2、古田将吾2、小林正和2、虫明仁夢3、上杉健太郎4、河村庄造2、田尻大樹2

1早稲田大学、2豊橋技術科学大学、3 兵庫県立工業技術センター、4 公益財団法人高輝度光科学研究センター)

掲載日(現地時間):2023年10月19日(木)

掲載URL:https://doi.org/10.1016/j.ymssp.2023.110875

DOI10.1016/j.ymssp.2023.110875

(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:科研費基盤研究(C)

研究課題名:動的X線CTによる微粒子複合ゴムの振動減衰メカニズムの解明

研究代表者名(所属機関名):松原真己(豊橋技術科学大学)

準安定相型メソポーラス半導体 (CuTe2)の合成に成功

著者: contributor
2023年11月14日 14:06

準安定相型メソポーラス半導体 (CuTe2)の合成に成功

~光エレクトロニクス材料として優れたテルル化合物の応用に道を~

【本研究のポイント】

電気化学的ミセル注1)集積法により、常温下で準安定相型注2)メソポーラス注3)半導体注4) (CuTe2)薄膜の合成に成功した。
準安定相CuTe2薄膜の合成に重要な基板素材として、アルミニウム基板を用いることで、優れた結晶性と長期安定性を示した。
本研究成果は、加工が困難だったテルル化合物を光エレクトロニクス材料として活用する新たな手法を提案するものであり、光伝導素子、可調光センサー、検出器などの改良への貢献が期待される。

【研究概要】

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の山内 悠輔 卓越教授(JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト研究総括、クイーンズランド大学教授、及び早稲田大学客員上級研究員(研究院客員教授)兼任)、濱田 崇 特任准教授、早稲田大学の江口 美陽 准教授らは、クイーンズランド大学とニューサウスウェールズ大学との共同研究で、適切な基板選択と電気化学的ミセル集積法を用いて、常温下で準安定相型メソポーラス半導体(CuTe2)の薄膜の合成に成功しました。

従来のCuTe2薄膜は、光伝導素子、可調光センサーおよび検出器などの光エレクトロニクス材料への応用が期待されていますが、熱的安定性が課題であり、常温下でも安定なCuTe2薄膜が望まれていました。

本研究グループは、常温下でも安定な準安定相型メソポーラスCuTe2薄膜の合成には、基板素材の選択が重要であることを明らかにし、アルミニウム基板上で合成したメソポーラス型CuTe2薄膜は、優れた結晶性と長期安定性を示すことを見出しました。この技術により1.67 eVのバンドギャップを有する準安定相型のメソポーラスCuTe2薄膜の合成が実現できることから、種々の照明条件下で優れた光応答を示すことになり、光伝導素子、可調光センサー、および検出器などへの応用が期待でき、光エレクトロニクス分野のさらなる発展が期待できます。

本研究成果は、2023年10月18日付アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

【研究背景と内容】

新規材料の探索は、学術的にも産業的にも重要であり、デバイスなどの高性能化、低消費電力、小型化、環境問題を含む新たな機能の創出につながります。材料の探索研究では、基底状態の構造を調べるなど、これまでに多くの効果的な材料が見つかっており、広く利用されています。最近では、高エネルギー状態である不安定な相(速度論的な構造)を持つ準安定相材料に注目が集まっています。この分野では、金属ハライドペロブスカイトや金属相(1T相)の二次元物質である遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide, TMDs)注5)など、優れた材料が報告されています。特に、準安定相な金属で狭いバンドギャップ相を持つ第VI族であるモリブデンやタングステンのTMDsは、水素発生電気触媒や高容積キャパシタンスなど優れた性能を示します。このグループに属するいくつかの広いバンドギャップを持つ材料は、量子スピンホール相などの絶縁特性を示すこともあります。金属ハライドペロブスカイトの場合、多様なポリモルフ構造を持つ新しい構造変換性半導体としても分類されています。これらの材料は、高い拡散定数や対称性を持つため、固体電池のアクティブ電極材料として理想的です。鉛ハライドペロブスカイトは、高性能な光伝導体と光電子デバイスの開発にも使用されています。

従来の準安定相材料の製造技術には、イオン注入、直接合成、複数の前駆体法、化学的合成、物理的または化学的堆積、圧縮、急速冷却、ソフトケミカル、コンビナトリアル合成や機械的摩耗などがあります。また、メカノケミカル手法を用いて機械的エネルギー(例:ボールミリング)によって化学反応を誘発する手法も準安定相結晶の合成に使用されています。この手法は比較的環境に優しく、有害な有機溶媒を必要としない利点が挙げられます。

特に、硫化物やセレン化物の銅ベースのTMDシステムは、電気的および磁気的特性に優れ、広く研究されています。また、テルライド材料注6)は高い光変換効率と優れた熱電特性を持つため、多くの研究が行われています。例えば、Cu2Teや CuTeなどの銅とテルルの組成が異なる材料は、熱電材料への応用においても大きな関心を集めています。銅-テルル化合物注7)は安定相と準安定相など様々な組成を持つため、その結晶構造は複雑であり、銅-テルル構造は既知の銅ハライド中で最も複雑です。これらの材料の合成では、高温や高圧など過激な条件が必要で、実用化には課題が残っています。加えて、テルルは希少な材料であるため、テルルの特徴的な特性を活用しながら、コスト削減も求められています。

この研究では、ポリマーミセルを用いるソフトテンプレート法と電気化学的手法によりCuTe2の結晶構造を制御しつつ、高品質で安定したCuTe2を低温と常圧下で合成する効果的な方法を開発しました(図1)。さらに、異なる温度でのCuTe2の化学組成の安定性を調べるため、金属電極の析出方法の検討、”その場”観察によって構造と化学的変化を評価した。また、合成したCuTe2半導体の光電子特性の調査を行いました。

本手法では、適切な基板選択とソフトテンプレート法を用いて、準安定相CuTe2半導体を合成しました(図1)。この手法では、ブロック共重合体注8)が自己組織化することでポリマーミセルを形成し、メソポーラス半導体を合成するための基礎となります。安定なミセルの利用、及び合成条件(例:温度)を変えることで、結晶性の制御を可能にし、電極の選択が、メソポーラス準安定相型CuTe2膜の成長を容易にすることを明らかにしました。特に、金属電極が、酸化または還元電位、pHレベル、および電解質組成などの電気化学反応条件に大きな影響を与えることが明らかになりました。

一般的に、還元電位が高い(金などの)金属電極は、析出物に含まれる不純物の量を減少させる傾向があり、還元電位が低い(アルミニウムなど)金属電極は不純物の量を増加させる傾向があります。各金属電極の化学反応性は、材料の構造、光学、および電気的特性を時間とともに変化させることが可能です。実際、種々の電極上でメソポーラス型テルル銅半導体の合成に成功しました。アルミニウム電極上で合成した準安定相型メソポーラスCuTe2半導体はポリマーミセルのサイズに相当する16.8 nmのメソ孔を有することを電子顕微鏡から確認しました(図2)。一方で、金電極上で合成した準安定相型メソポーラスCuTe2半導体は16.6 nmのメソ孔注9)を有していました。

メソポーラスCuTe2半導体の光応答性を調べるために、光センサーを作製しました。この光センサー作製では、センシング要素となるCuTe2を幅1μmのアルミ電極間に析出させました(図3)。このセンサーに、赤色発光ダイオード(LED)、緑色LED、およびエアマス1.5注10)の疑似太陽光を照射して、アルミニウム電極上で合成した準安定相型メソポーラスCuTe2薄膜の電気伝導性を測定しました。−10から+10 Vの電圧範囲で応答を示し、疑似太陽光、緑色LED(16.8 mW/cm2)および赤色LED(10.6 mW/cm2)下で、顕著な応答を示しました。アルミ電極で作製した組成の異なる準安定相型メソポーラス薄膜(CuTe)センサーの応答を類似の照明条件(強度および波長)で比較したところ、電流密度が高くなり、メソポーラスCuTe2薄膜の光応答性がメソポーラスCuTe薄膜を上回る結果となりました。この強い光吸収特性は、メソポーラスCuTe2薄膜のバンドギャップ(1.67 eV)が後者のメソポーラスCuTe薄膜(2.35 eV)よりも低いためと考えられます。

【成果の意義】

本研究では、適切な基板の選択、及び温度制御結晶化技術により、アルミ電極上に16.8nmのメソポーラス構造を持つ準安定相型CuTe2薄膜を電気化学析出法で合成することに成功しました。このメソポーラスCuTe2薄膜は、赤外線吸収材料(バンドギャップ、Eg = 1.67 eV)として機能しました。本研究で提案する手法は、前駆体のイオン濃度(CuイオンとTeイオン)を変化させることによって、銅−テルルの二元系のエネルギーバンドギャップ幅を制御できることを示しており、新たな工学アプローチを提案することになります(メソポーラスCuTe薄膜のバンドギャップ、Eg = 2.32 eV)。”その場”観察法により、電極材料の選択が化学組成と銅-テルル半導体の構造の安定性に大きな影響を与えることを明らかにしました。従来の特殊な容器を必要とする高温、高圧下での合成手法と比較して、低コストでの製造プロセスが可能になり、エネルギーペイバックタイム注11)の短縮も期待できます。以上から、高い光電変換効率と優れた熱電特性を示すテルルをベースとする材料を、汎用的に利用できる可能性があることを実証しました。

本成果は、光伝導素子、可調光センサー、および検出器などへの応用が期待でき、光エレクトロニクス分野のさらなる発展が期待できます。

本研究は、2020年度から始まった「JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト」の支援のもとで行われました。

【用語説明】

注1)ミセル:

水になじむ親水部と水になじまない疎水部を持つ両親媒性分子が集まってできたコロイドのこと。

注2)準安定相型:

安定相よりもギブスの自由エネルギーが大きい状態のこと。

注3)メソポーラス:

メソ細孔を有する多孔体のこと。

注4)半導体:

電気伝導性が導体と絶縁体との中間の物質のこと。

注5)遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide, TMDs):

構成式がMX2で、遷移金属原子(M)と硫黄、セレン、テルルなどのカルコゲン原子(X)で構成される物質群のこと。

注6)テルライド材料:

テルルを含む材料で、テルル化カドミウムやテルル化ビスマスなどがある。

注7)銅-テルル化合物:

銅とテルルから構成され、組成と結晶構造で性質が変化する。

注8)ブロック共重合体:

二種類の異なるポリマーが連結した高分子化合物のことで、ブロック共重合体はナノ構造を発現する自己組織化材料としても知られている。

注9)メソ孔:

直径2 nm以下の細孔をマイクロ細孔、直径2–50 nmの細孔をメソ細孔、直径50 nm以上の細孔をマクロ細孔と定義されている。

注10)エアマス1.5G:

エアマスとは太陽光のスペクトルを表し、大気通過量のこと。エアマス1.5はその通過量が1.5倍での到達光を表している。

注11)エネルギーペイバックタイム:

電力や熱などのエネルギーを生産するエネルギー設備の性能評価のこと。

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Mesoporous Metastable CuTe2 Semiconductor
著者:Aditya Ashok, Arya Vasanth, Tomota Nagaura, Caitlin Setter, Jack Kay Clegg, Alexander Fink, Mostafa Kamal Masud, Md Shahriar Hossain, Takashi Hamada, Miharu Eguchi, Hoang-Phuong Phan, and Yusuke Yamauchi
DOI: 10.1021/jacs.3c05846
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c05846

131.4億光年 最遠方の原始銀河団

著者: contributor
2023年11月14日 14:04

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とアルマ望遠鏡の最強タッグで、最遠方の原始銀河団を捉えることに成功

発表概要

日本の橋本拓也助教(筑波大学)とスペインのJavier Álvarez-Márquez研究員(スペイン宇宙生物学センター)を中心とし、早稲田大学理工学術院の菅原悠馬次席研究員井上昭雄教授も参加する国際研究チームは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とアルマ望遠鏡を使った観測により、最も遠い131.4億光年かなたにある原始銀河団の中でも、とくに銀河が密集している大都市圏に相当する「コア領域」を捉えることに成功しました。多くの銀河が狭い領域に集まることで、銀河の成長が急速に進んでいることが明らかになりました。さらに研究チームはシミュレーションを活用して大都市圏の姿の将来予想をしたところ、数千万年以内には大都市圏が1つのより大きな銀河になることを明らかにしました。銀河の生まれと育ちに関わる重要な手がかりとなることが期待されます。

図1 (左)ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とアルマ望遠鏡で調べた原始銀河団A2744ODz7p9の中でも銀河の密集した「大都市圏」の想像図。(右)「大都市圏」の未来予想図(数千万年後の姿)。Credit: 国立天文台

研究の背景

星の集団である銀河の中で、個々の星がどのようにして生まれ、死に、その残骸からまた新しい星が生まれていくのか、そしてその集団としての銀河がどうやって成長していくのかを知ることは、宇宙における私たちのルーツを知ることでもあり、天文学の重要なテーマです。100個以上もの銀河がお互いの重力で集まった集団は銀河団と呼ばれ、これは宇宙における最も大きな構造の一つです。地球に比較的近い銀河の観測から、銀河同士が密集した環境のほうが、個々の星の生死のサイクルが急速に進むことが知られており、これは「環境効果」と呼ばれています。しかし、宇宙の歴史において、この環境効果はいつごろから存在したのかは、よく分かっていませんでした。これを知るためには、宇宙が誕生して間もないころの銀河団の祖先を観測する必要があります。銀河団の祖先は原始銀河団と呼ばれ、10個程度の、およそ100億光年以上かなたの銀河の集団です。幸い、天文学では、遠くの宇宙を観測することで、昔の宇宙の姿を観測することができます。例えば、130億光年かなたの銀河からの光や電波は130億年の時間をかけて地球に届くので、今、私たちが観測するのは、130億年前のその銀河の姿なのです。ただし、130億光年もの距離を旅して届く光や電波はその間に弱まってしまうので、観測する望遠鏡には高い感度と空間分解能が求められます。

研究内容と成果

日本の橋本拓也助教(筑波大学)とスペインのJavier Álvarez-Márquez 研究員(スペイン宇宙生物学センター)を中心とする国際研究チームは、高い感度と空間分解能を持つジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST、可視光・赤外線を観測)とアルマ望遠鏡(電波を観測)を用いて、原始銀河団A2744z7p9ODの「コア領域」を調べました。原始銀河団A2744z7p9ODは、欧米の研究グループによるJWSTを用いた観測により、最も遠い131.4億光年[1]かなたの原始銀河団であることが発表されていました[2]。「しかし、この原始銀河団の中で最も銀河候補が多い『大都市圏』に当たる『コア領域』を隈なく観測することはできておらず、銀河の環境効果が始まっているかどうかは不明でした。そこで私たちは、コア領域に注目した研究をすることにしたのです。」と研究をリードした橋本拓也助教(筑波大学)は語ります。

研究チームはまず、この原始銀河団のコア領域のJWSTによる観測に挑みました。可視光から近赤外線までの波長をスペクトル観測する装置NIRSpecの面分光モードを用いることで、視野内のすべての場所のスペクトルを同時に取得することができます。得られた面分光の解析手法を改良しながら、高い空間分解能でコア領域を調べました。その結果、天の川銀河の半径のさらに半分相当の36,000光年を一辺とする四角形領域の中で、電離した酸素イオンの光 ([OIII] 5008Å)を4つの銀河から検出することに成功しました(図2左)。この光の赤方偏移(宇宙膨張により光源の銀河が遠ざかっていることによる波長の伸び)から、4つの銀河の地球からの距離は131.4億光年と同定されました。JWSTデータの解析をリードした菅原悠馬研究員(早稲田大学/国立天文台)は「共同研究者とともに苦心して解析したデータから、酸素イオンの光がほとんど同じ距離で4箇所も検出されたときは驚きました。コア領域の“銀河候補”は、確かに原始銀河団のメンバーだったのです。」と語ります。

さらに、研究チームは、この領域についてすでに取得されていた、アルマ望遠鏡による塵の出す電波の観測データに注目しました。解析の結果、4つの銀河のうち3つから、塵の出す電波を検出しました (図2右)。これは、これほど過去の時代にある原始銀河団として、塵が検出された初めての例です。銀河の中の塵は、銀河を構成している重い星々がその進化段階の終末期に引き起こす超新星爆発により供給され、それが新しい星の材料になると考えられています。このため、銀河に多量の塵があることは、銀河内の第1世代の星の多くがすでに一生を終えており、銀河の成長が進んでいることを示しています。研究チームの立ち上げ時から本研究に携わったLuis Colina教授(スペイン宇宙生物学センター)は、「同じ原始銀河団のうち、コア領域以外の密集していない銀河では、塵は検出されませんでした。これは、多くの銀河が狭い領域に集まることで銀河の成長が急速に進んでいることを示しており、138億年前の宇宙誕生からわずか7億年余りの時代に環境効果が存在していたと考えられます。」と研究の意義を語ります。

図2. 背景のカラー画像はJWSTに搭載されたカメラで取得された、原始銀河団A2744ODz7p9のコア領域の光の強度(青→緑→黄→赤の順に強くなる)のマップ。光が強い箇所に銀河の候補が存在することを示す。四角形領域の一片は、天の川銀河の半径のさらに半分程度の大きさに相当する。(左) 等高線はJWSTに搭載された装置NIRSpecで取得した電離酸素の放つ光の分布を表す。4つの銀河が、131.4億光年かなたに同定された。(右)等高線はアルマ望遠鏡で取得した塵の放つ電波の分布を表す。4つの銀河のうちの3つから塵の放射が認められる。図中左下の白丸は、アルマ望遠鏡データのビームサイズを表す。
Credit: JWST (NASA, ESA, CSA), ALMA (ESO/NOAJ/NRAO), T. Hashimoto et al.

さらに、研究チームは、このコア領域に密集した4つ銀河が、どのように形成され、進化するのかを理論的に検証するため、銀河形成シミュレーションを行いました。その結果、観測された天体と同じく宇宙が誕生してから6.8億年のころに、図3(a)のようなガスの粒子が密集した領域が存在し、図3(b)のように拡大をすると狭い領域に密集した4つの銀河が形成されることが示されました。この4つの銀河の進化を追うために、シミュレーションでは、銀河を構成する星やガスの運動、化学反応、星の形成や爆発現象といった物理過程を計算しました。すると、数千万年という、宇宙の進化のタイムスケールとしては短い時間で合体し、より大きな銀河に進化することが示されました。「今回の観測銀河の再現は、我々のシミュレーションが高い空間分解能と多数の銀河サンプルを有するからこそ可能でした。今後はコア領域の形成メカニズムやその力学的性質を詳細に探っていきたいです。」とシミュレーションデータの解析を行なった仲里佑利奈大学院生(東京大学)は語っています。

図3. 銀河形成シミュレーションによる本天体の成⻑の予想。(a)宇宙年齢 6.89 億年における原始銀河団 A2744z7p9OD に似た領域のガスの密度の様子。(b)は(a)のコア領域の拡大図で、JWST で観測された領域相当の領域。図の濃淡は、酸素イオンの光の分布を示す。(b)から(d)は、シミュレーション天体の進化の様子。4つの銀河が次第に合体を繰り返して、より大きな天体へと進化する様子を表す。Credit: T. Hashimoto et al.

Javier Álvarez-Márquez 研究員 (スペイン宇宙生物学センター)は、「今後、原始銀河団A2744z7p9ODについて、アルマ望遠鏡でさらに高感度の観測を実施し、これまでの感度では見えなかった銀河が存在するかどうかを調べます。また、今回その威力が実証されたJWSTとアルマ望遠鏡のタッグによる観測をより多くの原始銀河団に適用し、銀河の成長メカニズムを明らかにしていくことで、宇宙における我々のルーツに迫ります。」と展望を語っています。

論文情報

この観測成果は、T. Hashimoto et al. “Reionization and the ISM/Stellar Origins with JWST and ALMA (RIOJA): The core of the highest redshift galaxy overdensity confirmed by NIRSpec/JWST’’として天文学専門誌 The Astrophysical Journal Letters に2023年8月30日付で受理され、今後掲載予定です。

研究成果は日本天文学会2023年秋季年会で9月20日に発表いたしました。

今回の研究を行なった研究チームのメンバーは、以下の通りです。

橋本 拓也(筑波大学)、Javier Álvarez-Márquez(スぺイン宇宙生物学センター)、札本 佳伸(千葉大学)、Luis Colina(スペイン宇宙生物学センター)、井上 昭雄(早稲田大学)、仲里 佑利奈(東京大学)、Daniel Ceverino (マドリード自治大学)、吉田 直紀(東京大学、Kavli IPMU)、Luca Costantin(スペイン宇宙生物学センター)、菅原 悠馬(早稲田大学、国立天文台)、Alejandro Crespo Gómez (スペイン宇宙生物学センター)、Carmen Blanco-Prieto (スペイン宇宙生物学センター)、馬渡 健(筑波大学)、Santiago Arribas (スペイン宇宙生物学センター)、Rui Marques-Chaves (ジュネーヴ大学)、Miguel Pereira-Santaella(スペイン基礎物理学研究所)、Tom J.L.C. Bakx(チャルマース工科大学)、萩本 将都(名古屋大学)、橋ヶ谷 武志 (京都大学)、松尾 宏 (国立天文台、総合研究大学院大学)、田村 陽一(名古屋大学)、碓氷 光崇(筑波大学)、任 毅 (早稲田大学)

助成金情報

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号 20K14516、22H01257、22H04939、23H00131)、日本学術振興会卓越研究員事業(HJH02007)、ALMA 共同科学研究事業(2020-16B)、the Spanish Ministry of Science and Innovation/State Agency of Research (PIB2021-127718NB-100)、Program “Garantía Juveníl” from the “Comunidad de Madrid” 2021 (CM21 CAB M2 01)、Co- munidad de Madrid under Atracción de Talento (2018-T2/TIC-11612)、the Ramón y Cajal program of the Spanish Ministerio de Ciencia e Innovación (RYC2021-033094-I )の補助を受けて行われました。

 

アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

注釈

[1] 今回の天体の赤方偏移は、z = 7.88でした。これをもとに最新の宇宙論パラメータ(H0 = 67.7 km/s/Mpc, Ωm = 0.3111, ΩΛ =0.6899 )で距離を計算すると、131.4億光年になります。

[2] A2744z7p9ODは、欧米の研究グループを率いる森下貴弘研究員(カリフォルニア工科大学)らによって最初に距離が決定されました。

ロボットアーム運動生成 旧来比4倍を超える高速計算手法を開発

著者: contributor
2023年10月16日 11:25

ロボットアーム運動生成 旧来比4倍を超える高速計算手法を開発

量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」を活用した世界初の取り組み

発表のポイント

ロボットの運動時のエネルギー消費の低減に向けて、効率的な運動軌道を導いたり、その軌道を実現する各時間の加減速への考慮を行ったりするための最適化計算は、これまで運動そのものに比べて膨大な時間を要し、ロボット開発やその進歩にとって大きな障壁となっていました。
組合せ最適化問題を高速に解くことに特化した「デジタルアニーラ」の技術を用いて、ロボットアーム先端の軌道求める最適制御問題として定式化しました。
今回開発した計算手法によって、エネルギー消費の観点で最適な運動生成を達成する高速計算を実現すると同時に約10%のエネルギー消費の低減をもたらすことができました。

早稲田大学(以下、早大)理工学術院総合研究所の大谷拓也(おおたにたくや)次席研究員ならびに同大理工学術院の高西淳夫(たかにしあつお)教授らの研究グループは、富士通株式会社(以下、富士通)との産学連携により、次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式に属する、富士通の量子インスパイアード技術*1「デジタルアニーラ*」を用いて、ロボットの構造に応じたエネルギー消費の少ない運動を高速で計算する手法を提案しました。量子インスパイアード技術をロボットアームの運動生成に活用する取り組みとしては世界初となります。

本研究成果は世界最大の学術研究団体であり、全世界に40万人を超える会員を有する米国電子電気学会(IEEE)発行の『IEEE access』に2023年9月28日(木)(現地時間)に掲載されました。

【論文情報】
雑誌名:IEEE access
論文名:Energy Efficient Path and Trajectory Optimization of Manipulators with Task Deadline Constraints
DOI10.1109/ACCESS.2023.3320143

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

近年、様々な場面でロボットの実用化が進み始めている一方で、エネルギー不足の問題は、ロボット分野のみならず、世界的な問題として深刻化しています。ロボットのエネルギー効率が低いと、エネルギーが無駄に消費されてしまいます。人間は、身体に多くの関節を持ち、手の位置が同じでも様々なポーズで実現することができ、楽な姿勢をすればエネルギー消費は減ります。人間と同じく、ロボットがどのように動くかによってエネルギー消費は変わります。

そのため、ロボットが腕を動かして作業をする際の手の位置が同じであっても、どのように動くかをロボット自身が自動でエネルギー消費の少ない運動を求める計算ができれば、ロボットの運動時のエネルギー消費を低減できます。しかし、腕や足は複数の関節から成ることでその計算が複雑となるため、運動に対して膨大な時間が必要でした。また、ロボットの動く軌道と、その軌道を実現する際の各時間の加減速を同時に考慮することは困難でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

ロボットのエネルギー消費を低減する方法として、ロボットができる運動範囲の中からエネルギー消費の少ないポーズを考慮できれば、作業時間の一部はエネルギー消費の少ないポーズを経由して動くことができます。また、ロボット内にバネがある場合にはバネがロボットの腕の重さを支えてくれるポーズをとるなど、ロボットの取れる範囲で最適な動作を計画することができると考えました。さらに、ロボットに指示する作業完了時間に余裕がある場合は、作業時間すべてを使ってゆっくり動くよりも、エネルギー消費の少ない楽な姿勢で待機しておき残りの時間で動く運動も、エネルギー消費を低減することには有効です。

そこで本研究では、次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式に属する富士通株式会社の量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」を用いて、ロボットの構造に応じたエネルギー消費の少ない運動を高速で計算する手法(次項「(4)そのために新しく開発した手法」参照)を提案しました。本手法では、従来の運動生成手法よりもはるかに高速に、ロボットの可動範囲全体を考慮した低エネルギー消費の運動を生成できることがわかりました。一例として、従来はロボットの運動を数式として表現して連続的に計算する手法である内点法*3を用いて440秒かかっていた3秒間のロボット運動生成を、「デジタルアニーラ」による計算100秒で完了できました。旧来比で4倍以上の圧倒的な高速性を示すことができました。また、ロボットアームを前に伸ばす動作や、腕を上げる動作をシミュレーションし、ロボットの各部の重さや長さ、ばねの有無などを考慮してエネルギー消費を計算することで、腕を伸ばす際に短い状態で待機してから伸ばす動作や、腕を上げる際に真上にゆっくり上げてから少し前に出すような動作が生成されました(図2)。さらに、ロボット内にバネがある場合には、ばねが支えられる範囲で腕の重さを支えてもらえる位置に腕を移動した後、目標に到達する運動が生成されました。これらによって、一般的な比較対象として用意した、運動の開始地点から終了地点までの等速直線軌道を通った場合に対して、関節に必要な力の合計が約10%減少でき、エネルギー消費が少なくなりました。

(3)そのために新しく開発した手法

本研究が解くロボットの運動生成問題は、ロボットの運動時のエネルギー消費を最小化する離散化された一連のロボットアームの手の位置を求める最適制御問題として定式化します。本研究で提案する運動計画法は、主に以下の①~⑤からなる5つのステップから構成されます。

  1. ロボットの手の可動範囲を離散化する。
  2. 離散化された手の位置とそれらの組合せにおける各関節角度、角速度、角加速度を計算する。
  3. 実行する作業に応じて目的関数と制約条件を設定する。
  4. コスト最小化問題を二次制約なし二値最適化(QUBO)に変換する。
  5. イジングマシンによる最適化計算を行う。

空間内でのロボットの幅広い動作を単純化するために、ロボットの手の位置を離散化します。従来は、ロボットの運動方程式を構築し連続最適化問題として解く手法が提案されていましたが、ロボットのダイナミクスが複雑であると運動方程式も複雑になり数学的に解くことが難しいことが大きな課題でした。そこで、ロボットの手の位置の時間変化が軌道であるとして連続的な軌道を各瞬間の手の位置の組み合わせと考え、各瞬間にどの手の位置にあるかを組合せ最適化計算によって求めます。ロボットが消費するエネルギーはある時刻に手先位置がどのように変化したかによって計算できるため、離散化した手の位置の中から、手の位置同士の組合せごとに必要なエネルギーを計算し、ロボットのエネルギー消費ライブラリ*4を作成します。このデータから、各時刻の手先位置変化に必要なエネルギーの運動開始から終了までの合計が最小となる手の位置の一連の組み合せを求めます。

本研究では、量子現象に着想を得たデジタル回路設計により複雑な組合せ最適化問題を高速に解くことに特化した技術である、富士通の「デジタルアニーラ」を用いました。これにより、シミュレーテッド・アニーリング*5などの従来の手法よりも高速に組合せ最適化問題を解くことができます。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究は、ロボットアームを持つ形状のようなロボットであれば汎用的に使用できる技術となっており、論文の中でも複数のロボットアームに対して、それぞれに異なる運動を生成しています。これらによってエネルギー消費を低減できれば、これからロボットが普及していく際にも、ロボットのエネルギー問題を解決することに貢献できると考えます。また、ロボットのエネルギー消費が小さくなれば同じバッテリであっても稼働時間が長くなり、さらには、屋外環境や宇宙など、エネルギー量が限られる空間でのロボットの活躍にも貢献できると期待しています。

(5)今後の課題

現状の課題として、より関節数の多いロボットの運動生成を行うには長い時間を要してしまいます。最適化を行う範囲を段階的に設定して最適化するなどによって、さらに大規模な運動生成を高速に計算する手法が求められます。今後は、ロボットでの様々な運動生成の実証を進めるとともに、ロボットの大きさや重さだけでなく、各部の構造の違いとしてギヤの違いなどをさらに考慮していくことを目指します。

(6)研究者のコメント

最先端の量子インスパイアード技術を用いることで多くのロボットのエネルギー消費低減に貢献できる技術を開発できました。複雑なロボットの運動は既存の計算手法では解くことが難しく、量子コンピューティング技術を用いることでロボット技術もさらに発展すると思うので、これからも研究を進めます。

(7)用語解説

1 量子インスパイアード技術

量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く技術

2 「デジタルアニーラ」

現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。Fujitsu Computing as a Service Digital Annealer として提供。

3 内点法

連続最適化問題のアルゴリズムであり、特に大規模な問題を高速に解くことができる。

4 エネルギー消費ライブラリ

本研究で用いる、ロボットがあるポーズからあるポーズに短時間で運動するとどの程度のエネルギーを消費するかを、ロボットが実行可能なポーズすべてについて計算しまとめたもの。

5 シミュレーテッド・アニーリング

「焼きなまし法」とも呼ばれ、大域的最適化問題へのアプローチ方法の一つ。金属を熱してから冷ます焼きなましの工程をコンピュータ計算に応用しており、最適化問題を解くために古くから使われている。

 (8)論文情報

雑誌名:IEEE access
論文名:Energy Efficient Path and Trajectory Optimization of Manipulators with Task Deadline Constraints
執筆者名(所属機関名):Takuya Otani (Waseda University)、 Makoto Nakamura (Fujitsu Ltd.)、Koichi Kimura (Fujitsu Ltd.)and 、Atsuo Takanishi (Waseda University)
掲載日:2023年9月28日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/10266335
DOI:10.1109/ACCESS.2023.3320143

 

 

 

進む、医理工研究交流(第3回日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム開催報告)

著者: contributor
2023年10月16日 10:55

2023年9月30日(土)、第3回「日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム~両校の実質的連携を目指した研究交流~」を日本医科大学橘桜ホールにおいて開催しました。

日本医科大学と本学との連携は、2009年に締結した包括協定から始まり、実質的な研究連携への合意(2020年)を経て、本学附属校・系属校との高大接続連携に関する協定(2020年)へと発展してきました。2021年度からは、日本医科大学で選抜された3年生を、本学の理工系研究室に3週間迎え入れて交流を図る「研究配属」も実施しています。

シンポジウム冒頭の開会挨拶で、日本医科大学学長の弦間昭彦氏から、合同シンポジウム等を通した両大学の対話により、公的資金の獲得や論文という形で具体的な成果が現れつつあること、また、今後の一層の発展へ向けた期待が述べられました。続いて、早稲田大学副総長の須賀晃一から、研究面のみならず、高大接続連携や日医大3年生の3週間の研究配属など、教育面での連携についても着実に歩を進めており、研究と教育の両輪でさらに連携を進めることで、社会に貢献していきたいとの意気込みが語られました。

左:日本医科大学学長の弦間昭彦氏、右:本学副総長の須賀晃一

開会挨拶に続く第一部の研究紹介では、日本医科大学2名、本学2名の研究者が研究紹介を行いました。

  • 澤田 秀之(早稲田大学理工学術院 教授)
    「温度と微小振動刺激を利用した化学療法誘発性末梢神経障害性疼痛の診断法の開発」
  • 山口 博樹(日本医科大学血液内科学 教授)
    「医工連携による造血幹細胞移植診療における新規バイオマーカーの探索」
  • 酒井 哲也(早稲田大学理工学術院 教授)
    「人を救うコンピュータサイエンスに関するいくつかの話題」
  • 福原 茂朋(日本医科大学分子細胞構造学 教授)
    「血管透過性の制御機構と疾患・加齢によるその破綻メカニズム」

研究紹介の様子(左から、澤田教授、山口教授、酒井教授、福原教授)

第二部では、日本医科大学生が早稲田大学における研究配属の成果発表を行い、優秀研究賞1件が選ばれました。

 

 

成果発表・質疑応答の様子

左から、本学副総長の須賀晃一、優秀研究賞を受賞した日本医科大学生、日本医科大学学長の弦間昭彦氏

閉会挨拶では、まず本学常任理事の本間敬之から、日本医科大学が持つニーズと、本学がもつ手法や材料とをマッチングさせることで今回講演があったような素晴らしい成果が得られるので、今後もそのような機会を広げていきたいとの抱負が語られました。また、日本医科大学大学院医学研究科長の桑名正隆氏から、早大附属校・系属校生の日本医科大学への推薦、日本医科大学生の研究配属、研究者間の共同研究等を通じて世代を超えた幅広い交流ができており、これらが今後のさらなる両校の発展につながるものと期待しているとのお言葉がありました。

左:本学常任理事の本間敬之、右:日本医科大学大学院医学研究科長の桑名正隆氏

今後も、日本医科大学と本学は、研究と教育との両輪で医理工連携を推進し、社会に貢献してまいります。

量子コンピュータのアルゴリズム開発

著者: contributor
2023年9月6日 12:54

Quanmatic社、英国OQC社と早稲田大学

量子コンピュータのアルゴリズム開発における基本合意書を締結

アルゴリズムに強みを持つ早稲田大学発のスタートアップ 株式会社Quanmatic(東京都新宿区、代表取締役:古賀 純隆、以下、Quanmatic)、欧州のゲート式量子コンピュータ*1のリーディングプレーヤである英国Oxford Quantum Circuits社(英国レディング、CEO:イラーナ・ウィスビー、以下、OQC)早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構(東京都新宿区、機構長:木村啓二、以下、早大GCS機構)は、2023年8月29日(火)にOQCのゲート式量子コンピュータを用いたアルゴリズム開発における基本合意書(Memorandum of understanding:以下基本合意書)を締結いたしました。

本基本合意書は、Quanmatic・OQC・早大GCS機構がOQCのハードウェアにおいて効率的に動作するアルゴリズムの開発と、現実問題への応用を目指すことを目標にしております。継続的な共同開発を行うことにより、ゲート式量子コンピュータによる実社会の課題の解決の早期実現を目指します。当面は早大GCS機構の戸川研究室が強みを持つ最適化の近似解アルゴリズムを現状のOQCのLUCY*2をベースに開発し、OQCの次世代ハードウェアであるTOSHIKO*3のリリースに伴い更に量子ビット数を増加させたハードウェアで、更に幅広いアルゴリズムを開発します。

Quanmatic 代表取締役社長 古賀純隆氏のコメント

この度は、欧州に拠点を置くゲート式量子コンピュータのリーディングプレーヤであるOQCと協業できることを誇りに思います。1日も早い量子コンピュータを用いた社会の重要課題の解決に努めてまいります。

OQCジャパン カントリーマネージャー 杉浦敦氏のコメント

Quanmatic様、早稲田大学様のアルゴリズム開発プラットフォームとして協業に参加することを光栄に思います。OQCはワールドクラスの量子コンピューティング・アズ・ア・サービスプラットフォームをシームレスに提供し、その高い可用性と信頼性により開発をより一層推進することに貢献します。

早稲田大学 戸川望教授のコメント

OQC社の量子コンピュータの実機と、Quanmaticの量子ソフトウェアに、大学の研究成果として得られた基盤的な量子アルゴリズムを導入することで、大きく量子アルゴリズム研究が進むことを期待しております。

用語解説

*1:ゲート式量子コンピュータ

量子力学を利用した汎用計算機。

*2:LUCY

OQC社が開発・運用しているゲート式量子コンピュータで、ヨーロッパで初めて商用に稼働したシステム。プライベート接続のほか、Amazon Braketからも利用が可能。

*3:TOSHIKO

OQC社が開発している次世代のゲート式量子コンピュータ。商用のデータセンターに設置され、Enterprise Ready Quantum Solutionとして広く一般に量子コンピューティング・アズ・ア・サービスを提供する。

【株式会社Quanmaticについて】

Quanmatic社は、量子関連技術の活用を目的としたコンピュータサイエンスアルゴリズムの開発を目的とし、早稲田大学戸川望教授(Chief Scientific Officer)の研究シーズを元に、CEO古賀純隆、慶應義塾大学田中宗准教授(Chief Technology Officer)とChief Product Officer武笠陽介の4名で2022年10月に設立したスタートアップです。アルゴリズム知財をビジネス課題に適用するための最適化エンジンの開発を継続して進め、ハードウェアに依存しない汎用的な量子計算技術の効率化ソリューションを展開します。https://quanmatic.com/

【OQCについて】

OQCは、量子コンピューティングの世界的なリーディングカンパニーです。お客様が量子をより身近に利用して、画期的な発見ができるよう支援します。当社の量子コンピュータは、データセンター、プライベートクラウド、Amazon Braketで利用可能です。OQCに関する詳細はこちらにてご覧いただけます。www.oxfordquantumcircuits.com

【早稲田大学戸川研究室について】

早稲田大学戸川研究室は、同大理工学術院基幹理工学部情報通信学科ならびに同大グリーン・コンピューティング・システム研究機構で研究教育活動を行っております。量子ソフトウェア、量子アプリケーションなどを研究開発し、産官学が連携して社会課題の解決を目指しています。 https://www.togawa.cs.waseda.ac.jp/professor.html

Direct Power Generation from Methylcyclohexane Using Solid Oxide Fuel Cells

著者: contributor
2023年8月31日 09:35

Direct Power Generation from Methylcyclohexane Using Solid Oxide Fuel Cells

Researchers have successfully generated electricity directly from methylcyclohexane, an organic hydride, using solid oxide fuel cells, with lower energy than conventional catalytic dehydrogenation reactions.

Methylcyclohexane is very promising as a hydrogen carrier that can safely and efficiently transport and store hydrogen. However, the dehydrogenation process using catalysts has issues due to its durability and large energy loss. Recently, Japanese researchers have succeeded in using solid oxide fuel cells to generate electricity directly from methylcyclohexane and recover toluene for reuse. This research is expected to not only reduce energy requirements but also explore new chemical synthesis by fuel cells.

Caption: Solid oxide fuel cells can generate electricity directly from organic hydrides and have potential applications in chemical synthesis. Credit: Akihiko Fukunaga from Waseda University

Methylcyclohexane (MCH), a type of organic hydride, is expected to be an excellent hydrogen carrier because it remains liquid at room temperature, is easy to transport, has low toxicity, and has a higher hydrogen density than high-pressure hydrogen. Dehydrogenation—the process of removing hydrogen atoms from molecules—in the presence of a catalyst, yields hydrogen and the byproduct toluene, which can then be used to generate electricity to produce CO2-free power. However, the dehydrogenation reaction is an endothermic reaction, and energy loss as well as the facilities required for the reaction are issues.

Recently, a team of researchers from Japan, led by Professor Akihiko Fukunaga from the Department of Applied Chemistry at Waseda University, has succeeded in generating electricity directly from MCH using solid oxide fuel cells (SOFC). Their work was made available online on July 4, 2023 in Volume 348 of Applied Energy.

The research team tried to perform two processes simultaneously in a fuel cell: dehydrogenation from organic hydrides, which is an endothermic reaction, and electricity generation, which is an exothermic reaction. To achieve this, they used an anode-supported solid oxide fuel cell with a higher operating temperature than that of a polymer electrolyte fuel cell. They operated it at a temperature that did not allow pyrolysis of organic hydrides and under conditions that prevented carbon deposition at the electrodes. The production ratio of toluene to benzene was 94:6. This achievement demonstrated the possibility of generating electricity without using dehydrogenation facilities which were conventionally required and using less energy than that required for dehydrogenation reactions using catalysts.
In addition, “It was elucidated that by changing the conditions, oxygen groups could be introduced into the aromatic skeleton using a fuel cell” reveals Fukunaga.

These results indicate that the MHC reacts with the conducting oxygen ions in the SOFC to successfully generate electricity. Thus, power can be generated directly from MHC, and the energy required for direct power generation is lesser than that required for the conventional catalyst-assisted dehydrogenation reaction of MCH.

“Fuel cells have been studied and developed as devices that produce highly efficient, carbon-free electricity through the electrochemical reaction of hydrogen and oxygen. In this study, we have demonstrated that this device can be applied to control dehydrogenation reactions from organic hydrides and oxygen substitution reactions of aromatic rings. In the future, new synthetic chemistry may be created by applying fuel cells.” concludes Fukunaga. Here’s hoping that the proposed technology will pave the way to a sustainable hydrogen-based society!

Reference

Authors

Akihiko Fukunaga1, Asami Kato1, Yuki Hara1, and Takaya Matsumoto

Title of original paper

Dehydrogenation of Methylcyclohexane Using Solid Oxide Fuel Cell – A Smart Energy Conversion

Journal

Applied Energy

DOI

10.1016/j.apenergy.2023.121469

Affiliations

1 Department of Applied Chemistry, Waseda University

About Waseda University

Located in the heart of Tokyo, Waseda University is a leading private research university that has long been dedicated to academic excellence, innovative research, and civic engagement at both the local and global levels since 1882. The University has produced many changemakers in its history, including nine prime ministers and many leaders in business, science and technology, literature, sports, and film. Waseda has strong collaborations with overseas research institutions and is committed to advancing cutting-edge research and developing leaders who can contribute to the resolution of complex, global social issues. The University has set a target of achieving a zero-carbon campus by 2032, in line with the Sustainable Development Goals (SDGs) adopted by the United Nations in 2015.

To learn more about Waseda University, visit https://www.waseda.jp/top/en

About Professor Akihiko Fukunaga

Dr. Akihiko Fukunaga is a Faculty of Science and Engineering at the School of Advanced Science and Engineering at Waseda University in Japan. He received his Ph.D. from Waseda University in 1999 and has been a Professor of Applied Chemistry there since 2019. Prior to that, he worked at JXTG Nippon Oil & Energy Corporation from 1984 to 2019, where he successfully commercialized the residential fuel cell system, EneFarm. His research interests include energy materials, hydrogen, fuel cells, and carbon recycling.

雲水の野外観測で初めてAMPsを検出

著者: contributor
2023年8月23日 17:33

雲水の野外観測で初めてマイクロプラスチックの存在を実証

雲水中のマイクロプラスチックが想定以上に環境および健康リスクを高めていることが明らかに

発表のポイント

  • これまで、野外観測により雨水から大気中マイクロプラスチック(AMPs)が検出されてきましたが、雲水中にAMPsが含まれていることは実証されていませんでした。
  • 本研究グループは、自由対流圏*1に位置する富士山頂(標高 3,776 m)、大気境界層に位置する富士山南東麓(標高1,300 m)、および丹沢大山山頂(標高1,252 m)で2021年から2022年にかけて雲水44試料を採取し、世界で初めて雲水の野外観測によりAMPsの存在を明らかにし、その特徴や起源を解明しました。
  • 本研究により、雲水中ではカルボニル基などの親水基を有するAMPsが濃縮され、本来は親水基を有しないポリエチレン、ポリプロピレンも紫外線劣化が進行することにより、これまでの想定以上にAMPsが雲凝結核*2や氷晶核として機能し、環境および健康リスクを高めていることが明らかになりました。

概要

早稲田大学理工学術院大河内 博(おおこうち ひろし)教授、同理工学術院博士後期課程4年の王 一澤(おう いちたく)、東洋大学理工学部応用化学科の反町 篤行(そりまち あつゆき)教授、およびPerkinElmer Japan合同会社をはじめとする研究グループは、雲水中に含まれる大気中マイクロプラスチック(Airborne MicroPlastics: AMPs)存在量と特徴を解明することに初めて成功しました。

マイクロプラスチックによる大気汚染の危険性が叫ばれる中、本研究成果はAMPsの実態解明の一貫として雲水中AMPsの存在量を明らかにすることで、まだ黎明期である同分野の今後の研究の必要性と新たな課題を浮き彫りにしました。

図1:大気中マイクロプラスチックの想定される起源と環境リスク

本研究成果は、『Environmental Chemistry Letters』誌(論文名:Airborne hydrophilic microplastics in cloud water at high altitudes and their role in cloud formation)にて、2023年8月14日(現地時間)にオンライン掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

自由対流圏は風速が強いため、主要な大気汚染物質の長距離輸送経路であるといえます。大気中マイクロプラスチック(AMPs)も自由対流圏エアロゾルから検出されており、自由対流圏を通じて極域に輸送されていることが先行のモデル研究によって明らかにされています。極域生態系は脆弱であることから、大気を通じて大量のAMPsが輸送されると、重大な環境破壊が懸念されます。
AMPsは大気中を輸送されるだけではなく、上空では紫外線が強いことから、地上部よりも劣化速度が速く、温室効果ガスであるメタンや二酸化炭素を放出したり、雲凝結核や氷晶核として雲形成を促進する可能性が指摘されています。

これまでの野外観測により、雨水からはAMPsが検出されています。プラスチックは疎水性であるために水をはじきますが、紫外線劣化したり、有機汚染物質や重金属が表面吸着すると親水性になることが指摘されてきました。しかしながら、雲水中にAMPsが含まれていることは野外観測により実証されていませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

世界ではじめて雲水の野外観測によりAMPsの存在を明らかにし、その特徴や起源を明らかにすることを目的として、自由対流圏に位置する富士山頂(標高 3,776 m)、大気境界層に位置する富士山南東麓(標高1,300 m)、丹沢大山山頂(標高1,252 m)で2021年から2022年にかけて雲水44試料を採取しました。

図2:雲水の採取地点

この結果、3地点で雲水から合計70個、9種類のAMPsを検出しました。さらに、PM2.5と比較すると雲水ではポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド6(PA)、ポリカーボネート(PC)などカルボニル基を有するポリマーが多く、本来はカルボニル基を有さないポリプロピレン(PP)では紫外線劣化が進行したものが多いことを明らかにしました。形状は破片状が多く、平均濃度は3地点で6.7~13.9(個/L)であり、実粒径は7.1~94.6 μmでした。さらに、後方流跡解析により、自由対流圏の雲水中AMPsの起源として、海洋マイクロプラスチックの飛散および輸送が重要である可能性が示されました。

図3:雲水中AMPsの実粒径分布と形状割合

 

図4:雲水中AMPsの個数濃度とポリマー組成(PE:ポリエチレン、PP:ポリプロピレン、PE/PP:エチレンプロピレン共重合体、PUR:ポリウレタン、PA:ポリアミド6、PC:ポリカーボネート、AR:アクリル樹脂、EP:エポキシ樹脂)

 

(3)そのために新しく開発した手法

PerkinElmer Japan合同会社との共同研究により、µFTIR ATRイメージング法*3によるAMPs計測手法の新規開発に取り組み、最小粒径で2 µm程度までの計測を可能にしました。また、AMPs劣化度評価とともに劣化度を考慮したAMPs専用データベースを新たに構築しました。作業効率と定量精度向上のために最終ろ過面積(Φ4mm)の22.4 %計測を標準とし、低濃度試料分析では最終ろ過面積をΦ1 mmに絞り、全面積70 %以上の計測を可能としました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究により、カルボニル基を有するAMPsが雲水中に濃縮されていることが明らかになったことから、カルボニル基を有する汎用プラスチックのみならず、本来は親水基を有しないポリエチレン、ポリプロピレンも紫外線劣化が進行することにより、カルボニル基や水酸基などの親水基を有することにより、モデル研究による想定以上に雲凝結核や氷晶核として機能している可能性が高いことが明らかになりました。

 

図5:カルボニルインデックスとヒドロキシルインデックス*4によるポリプロピレン劣化度評価

 

AMPsの雲形成能が高ければ、太陽光をより散乱して放射収支に影響を及ぼすとともに、降雨量分布を変化させ、気候変動に関与している可能があります。また、気候変動のみならず、健康リスクも懸念されます。雨水はすべての陸水の源ですが、雲水にAMPsが含まれていれば「プラスチックの雨」が地上に降り注ぐことになります。すなわち、AMPsを空気から直接、肺に取り込むだけではなく、雨水として地上に降りそそぐことにより水源を汚染し、陸水を利用する農業や畜産業を通じて体内摂取量を増大させ、健康リスクを高める可能性があります。今後、AMPsの存在量とその環境および健康リスクについての知見をさらに集積することが重要となります。

(5)今後の課題

本研究では、雲水中AMPsの実態解明を国内山間部3箇所で行いましたが、全容解明にはほど遠い状況です。全世界における高所山岳域、航空機を用いた陸域および海洋の雲水中AMPsの実態解明が必要となります。そのためには、国際ネットワークの構築が喫緊の課題といえます。
一方、AMPsの紫外線劣化に伴うメタンや二酸化炭素放出量の実測およびモデル研究はほとんど行われていません。AMPsが地球温暖化に影響するのか、地球冷却化に影響するのは未だに未解明であり、地球温暖化の将来予測において不確実性を増大させている可能性があります。

(6)研究者のコメント

本研究は、AMPsの実態解明の一貫として、雲水中AMPsの存在量と特徴を明らかにしたものです。AMPsの先行研究は手法が統一されておらず、十分な精度管理も行われていない状況です。AMPs研究は黎明期であることから、産官学民連携のオールジャパンでAMPs研究を推進し、世界をリードしてまいります。

(7)用語解説

※1 自由対流圏
対流圏内の大気境界層上空にある、地上からの直接的な影響を受けにくい高度約2から2.5 kmより上空の大気層のことです。自由対流圏は、地上から放出される大気汚染物質の影響を直接受けないのでバックグランド大気とも呼ばれています。

※2 雲凝結核
大気中では吸湿性粒子が存在しており、相対湿度が100%(水飽和)を超えると微水滴(雲粒)が形成されます。これらの吸湿性粒子は一般的には凝結核(condensation nucleus)といい、1~2%未満の水過飽和度で雲粒の大きさまで成長するものを雲凝結核(cloud condensation nucleus: CCN)と呼びます。

※3 µFTIR ATRイメージング法
プラスチック分析に使用される代表的な方法が、フーリエ変換型赤外分光法(Fourier Transform Infrared Spectroscopy; FTIR)です。数mm程度の大きさであればFTIRで分析可能ですが、100 µm以下の微小な物質をFTIRで判別する場合には顕微FTIR (micro FTIR; µFTIR)が利用されます。
大気中マイクロプラスチックを前処理後に集めた最終フィルタ上の広い面積を、可能な限り小さな領域に分割するので計測には非常に時間がかかります。このような広い面積の膨大なスペクトルを高速、高感度で取得する技術が赤外イメージング(FTIRイメージング)です。ATR(Attenuated Total Reflection)イメージングは、サンプルにATRクリスタルと呼ばれる高屈折率の光学結晶を接触させた状態でイメージング測定する方法であり、FTIRイメージング測定法の中で最も小さいものが測定できる技術です。

※4 カルボニルインデックスとヒドロキシルインデックス
光酸化されたPEやPPには分子量低下、カルボニル基や水酸基の生成と増加、サンプル表面の多数の割れや孔の発生などが観察されます。カルボニルインデックス(carbonyl index)やヒドロキシルインデックス(hydroxyl index)はプラスチックの劣化度の指標であり、プラスチックの光酸化によって生成したカルボニル(C=O)ピークの吸光度とベースとなるメチレン(CH2)ピークの吸光度の比、水酸基(OH)ピークの吸光度とベースとなるメチレン(CH2)ピークの吸光度の比から算出されます。

(8)論文情報

雑誌名:Environmental Chemistry Letters
論文名:Airborne hydrophilic microplastics in cloud water at high altitudes and their role in cloud formation
執筆者名(所属機関名):王 一澤1、 大河内 博1、 谷 悠人1、 速水 洋1、 皆巳 幸也2、 勝見 尚也2、竹内 政樹3、 反町 篤行4、 藤井 佑介5、 梶野 瑞王6、 足立 光司6、 石原 康宏7、 岩本 洋子7、 新居田 恭弘8
(1早稲田大学、 2石川県立大学、 3徳島大学、 4東洋大学、 5大阪公立大学、 6気象研究所、 7広島大学、8 PerkinElmer Japan合同会社)
掲載日時(現地時間):2023年8月14日
掲載URL:https://doi.org/10.1007/s10311-023-01626-x
DOI:10.1007/s10311-023-01626-x

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20215003)
研究課題名:大気中マイクロプラスチックの実態解明と健康影響
研究代表者名(所属機関名):大河内 博(早稲田大学)

 

AIとヒトの未来 どう共生していけばいいの? AIロボット研究所の教授に聞きました

著者: contributor
2023年6月21日 16:28

2022年の終わり頃から、「ChatGPT」をはじめとする生成系人工知能(以下、生成AI)が大きな話題を呼んでいます。ChatGPTは入力欄に聞きたいことを打ち込むと、まるで人と話しているかのように答えを返してくれる対話型のAIです。その利便性の高さから、従来の検索エンジンに替わる新たなツールとして注目されています。

こうしたAIは私たちの暮らしや未来をどう変えていくのでしょうか。また、私たちはAIとどう付き合っていけばいいのでしょうか。今回は早大生が実際にChatGPTを体験した上で、早稲田大学の「AIロボット研究所」の尾形哲也教授と河原大輔教授に話を聞きました。

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