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高性能高耐久性水電解セルを可能とするアニオン膜を開発

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2024年11月11日 14:58

高性能高耐久性水電解セルを可能とするアニオン膜を開発
~ポリフェニレン型高分子の置換基と組成の最適化で高導電率と安定性の両立が可能に~

山梨大学クリーンエネルギー研究センター・早稲田大学理工学術院の宮武 健治(みやたけ けんじ)教授らの研究グループは、電気エネルギーを用いて水素と酸素を得る水電解デバイスの性能を大幅に向上させる新たなアニオン膜※1、Quaternized Terphenylene Alkyl Fluorene(QTAF)の開発に成功しました。このQTAF膜はポリフェニレン型高分子※2の構造や置換基、共重合組成を新たに設計することにより実現され、常温から80℃の温度範囲で高い水酸化物イオン導電率(>100mS/cm)を示すとともに、膜厚50μm以下の薄膜にしても強靭な強度と気体バリア性を併せ持っています。その結果、高濃度のアルカリ水溶液(8M KOH水溶液)に長時間浸漬しても性能劣化や分解が起こりにくい特徴を有し、アルカリ水電解セル※3の電解質として求められる多くの性能を満たしています。

本研究で開発したQTAF膜を電解質として用い、遷移金属合金(NiCoO)からなる酸素発生電極触媒と組み合わせることで、高電流密度(2.0A/cm2)でも低いセル電圧(1.72V)で運転可能な高性能な水電解セルを開発することができました。1000時間作動しても性能がほとんど低下しない耐久性も確認されました。水素発生電極触媒の非貴金属化や更なる高電流密度化、電解条件の簡素化、スケールアップ、など解決すべき課題は残されていますが、低炭素社会に貢献するエネルギーデバイスの可能性を示すことができた成果であります。

発表のポイント

  • 側鎖にアンモニウム基を置換したポリフェニレン型高分子を用いて、水酸化物イオン導電率とアルカリ安定性に優れるアニオン膜を開発した。
  • 疎水性置換基とその組成の効果を最適化することにより、アニオン膜の導電率は170mS/cm(水中80℃)にまで達した。
  • 開発したアニオン膜と遷移金属系合金の酸素発生電極触媒を用いた水電解セルは、高性能(電流密度が2.0A/cm2でセル電圧が1.72V)と高耐久性(1000時間)を達成した。
  • 再エネ電力などを用いたグリーン水素製造デバイスとしての展開が期待できる。

図1:本研究で開発したアニオン膜QTAFの構造と写真。ベンゼン環を主骨格とする構造に少量のフッ素系置換基を組み合わせた構造が、イオン導電率と安定性の両立を可能にする。

本研究成果は、2024年9月29日(日)にドイツ化学会が発行するハイインパクトな学術雑誌『Advanced Energy Materials』のオンライン版で公開されました。

【論文情報】

雑誌名:Advanced Energy Materials
論文名:Polyphenylene-Based Anion Exchange Membranes with Robust Hydrophobic Components Designed for High-Performance and Durable Anion Exchange Membrane Water Electrolyzers Using Non-PGM Anode Catalysts
DOI:10.1002/aenm.202404089

これまでの研究で分かっていたこと

アニオン導電性高分子電解質膜(通称、アニオン膜)を用いるアニオン膜型水電解は、アルカリ水溶液を用いるアルカリ水電解の利点(貴金属触媒が不要で大規模化が容易)とプロトン膜型水電解の利点(高電流密度が可能で変動に対する応答性が高い、高純度の水素が得られる)を併せ持ち、非貴金属系の電極触媒やセパレータを用いることにより、プロトン膜型水電解に比べて高効率化と低コスト化のいずれもが優位となる可能性を持っている。しかし、現在のところ耐久性に優れるアニオン膜およびそれと組み合わせて高性能を発揮できる非貴金属電極触媒が開発途上段階であり、技術成熟度レベル(TRL)は3~4程度にとどまっている。日本は2030年ころの水素コスト目標値として30円/Nm3を掲げておりますが、この目標を達成するための水電解技術としてアニオン膜型水電解のTRL向上が強く望まれています。

世界中で数多くのアニオン膜に関する研究がありますが、水酸化物イオン導電率と安定性はトレードオフ関係を示すことが知られており、共に改善するための分子設計指針は明確ではありませんでした。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

化学的に安定性が高いポリフェニレン型高分子を主骨格に選択し、高導電性を発現するための構造として側鎖アンモニウム基、機械強度と伸びを大きくする効果がある部分フッ素基を組み合わせる構造に着目しました。その結果、イオン交換容量(IEC)※4を3程度にまで大きくしても製膜性に優れるアニオン膜(QTAF膜)を作製することができました。得られたQTAF膜は従来までのトレードオフ関係を打破する優れた性能を示すことが明らかになりました。QTAF膜の各種物性を詳細に明らかにするとともに、水電解セルとしての性能実証にも繋げました。

今回、新しく開発した手法

ポリフェニレンの構成成分を疎水部と親水部とに分け、疎水部の構造にベンゼン環が3つ連結したターフェニル構造とし分子の剛直性を増加させました。また、真ん中のベンゼン環に2つのトリフルオロメチル基を置換することにより、重合反応性の向上(生成する高分子の分子量の増大)と有機溶媒性への溶解性も付与する設計にしました。これにより、分子量(重量平均分子量)が750,000を超える巨大分子を得ることができ、薄膜化しても優れた靭性と柔軟性を併せ持つとともに、水中での水酸化物イオン導電率として非常に高い値(173mS/cm)を達成できました。また、従来までの常識とは異なり、疎水部の構造が親水部(アンモニウム基)の化学安定性にも効果があることが新たに分かり、800時間を超える加速アルカリ耐久性試験にも耐えうることを実証しました。

本研究により開発したQTAF膜は遷移金属系の酸素発生電極触媒と組み合わせて水電解セルとして応用可能で、その性能は電流密度1.0A/cm2ではセル電圧1.62V、2.0A/cm2でもセル電圧1.72Vと優れています。長時間運転を模擬した耐久性試験でも、セル電圧の変化率はわずか1.1 µV/h(100~1000時間)でした。

図2:(a) 開発したQTAF膜の水酸化イオン導電率とIECの関係。QTAF膜を用いた水電解セルの(b)電解性能と(c)耐久性。

研究の波及効果や社会的影響

水電解は用いる電解質材料により幾つかの種類に分類され、アルカリ水電解やプロトン膜型水電解は開発が先行しており、すでに実用化も進められています。しかし変動が大きい再エネ由来の電源と組み合わせても優れた性能を示し、また貴金属触媒が不要なアニオン膜型水電解は、グリーン水素製造とそれを用いた低炭素社会実現のために欠かせない技術です。特に資源に乏しい日本では、貴金属を用いないエネルギーデバイスは死活的に重要です。本研究で開発したアニオン膜を用いれば、現状のプロトン膜型水電解と同等性能をより低価格で達成できる可能性があります。今後、触媒材料の高性能化・最適化や耐久性などを改善するとともに、セルの大型化、スタック化(セルを直列に繋ぐこと)を企業との共同研究で推進し、早期に実用化することを目指します。

今後の課題

本研究のQTAF膜には、性能向上のために部分的なフッ素構造(トリフルオロメチル基など)が含まれています。そのため、現在規制の準備が国際的に進められているパーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(いわゆるPFAS)の対象になる可能性があります。そのため、部分的なフッ素構造を含まない化合物で、本研究で達成できた高性能と高安定性を併せ持つアニオン膜の開発を進めています。また、今回の水電解セルでは水素発生電極触媒としては貴金属(多孔性のカーボン担体に担持したPtナノ粒子)を用いています。両極ともに貴金属を用いないアニオン膜型水電解セルの検討も行っています。

研究者のコメント

アニオン膜型水電解は高効率に低コストで高純度なグリーン水素を提供できる技術として期待されていますが、まだ構成材料の候補が定まっていない段階で世界中で開発競争が盛んに行われています。数年前からドイツのEnaptor社がアニオン膜型水電解水素製造装置の販売を始めていますが、まだ市場は大きくありません。

今後、我々のQTAF膜の改良を更に進めるとともに、酸素発生だけでなく水素発生電極触媒も低コストな非貴金属系化合物で置き換えることを計画しており、アニオン膜型水電解の利点をフルに発現できるデバイスとして仕上げていきたいと考えています。

用語解説

※1 アニオン膜
負電荷を持つイオン(アニオン)が伝導する膜材料の総称。高分子アニオン膜では、一般的に四級アンモニウムなどのカチオン基が高分子に固定されており、対イオンであるアニオンが移動することができる。本研究で開発したアニオン膜では、水酸化物イオンが伝導する。

※2 ポリフェニレン型高分子
ベンゼン環が連続して結合して高分子の主鎖構造を形成した化合物の総称。結合位置や置換基の有無などによって数多くの構造があり得る。本研究でアニオン膜の構造として用いた高分子主鎖にはフルオレン構造が含まれているが、これも広義のポリフェニレン型高分子に分類できる。

※3 水電解セル
水を電気分解して水素と酸素を作る装置。高濃度アルカリ水溶液、プロトン導電性高分子膜、固体酸化物など電解質材料によって分類される。

※4 イオン交換容量(IEC)
イオン交換樹脂の単位重量当たりの交換可能なイオン量のこと。本研究のアニオン膜の場合、膜1gあたりのアンモニウム基のモル数を表す。一般的にこの値が大きいとイオン導電率が高くなる。

論文情報

雑誌名:Advanced Energy Materials
論文名:Polyphenylene-Based Anion Exchange Membranes with Robust Hydrophobic Components Designed for High-Performance and Durable Anion Exchange Membrane Water Electrolyzers Using Non-PGM Anode Catalysts
執筆者名(所属機関名):Fanghua Liu、Kenji Miyatake (宮武 健治)**、Ahmed Mohamed Ahmed Mahmoud、Vikrant Yadav、Fang Xian、Lin Gio、Chun Yik Wong、Toshio Iwataki (岩瀧 敏男)、Yuto Shirase (白勢 裕登)、Katsuyoshi Kakinuma (柿沼 克良)、Makoto Uchida (内田 誠)
山梨大学 大学院
**早稲田大学 先進理工学部 応用化学科
掲載日時(ドイツ時間):2024年9月29日(日)
掲載日時(日本時間):2024年9月29日(日)
掲載URL:https://doi.org/10.1002/aenm.202404089
DOI:10.1002/aenm.202404089

研究助成

研究費名:JST 革新的GX技術創出事業
研究課題名:グリーン水素製造用革新的水電解システムの開発
研究分担者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

研究費名:文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト
研究課題名:再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM)
研究分担者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

研究費名:NEDO 燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業
研究課題名:アニオン膜型アルカリ水電解セルの要素研究と実用化技術の確立
研究代表者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

インジェクション攻撃による被害を防ぐためのソフトウェア修正技術を 世界にさきがけて実現

著者: contributor
2024年11月11日 14:55

インジェクション攻撃による被害を防ぐためのソフトウェア修正技術を世界にさきがけて実現
専門知識を持たない開発者でもソフトウェア開発段階で文字列操作の誤りを容易に修正

発表のポイント

  • ソフトウェアの脆弱性を悪用した攻撃の中でも重大な脅威とされているインジェクション攻撃の主要な原因とされている文字列操作の誤りを修正する技術を開発しました。
  • この技術により、専門知識を持たないソフトウェア開発者でも正規表現に起因する文字列操作の誤りの修正が開発段階で可能となりました。
  • サービスの運用段階におけるソフトウェアの誤りの修正には多大なコストがかかりますが、この成果により、開発段階で誤りが修正できるため、コストの軽減と安全なサービスの実現が期待されます。

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と学校法人早稲田大学(本部:東京都新宿区 理事長:田中愛治 以下、「早稲田大学」)は、情報漏洩やサービス停止の原因となり得るインジェクション攻撃による被害を防ぐための、ソフトウェアを構成するプログラム中の文字列関数を用いた文字列操作の誤り(バグ)を修正する技術を世界で初めて実現しました。

ソフトウェアの脆弱性を悪用した最も大きな脅威の1つであるインジェクション攻撃は、プログラム中の文字列操作の誤りが主要な原因であることが知られています。本技術により、専門知識を持たないソフトウェア開発者でも容易に文字列操作の誤りを開発段階で修正することが可能となります。サービスの運用段階におけるソフトウェアの誤りの修正には多大なコストがかかりますが、開発段階で誤りが修正できるため、コストの軽減と安全なサービスの実現が期待できます。

本技術の詳細は、米国カリフォルニア州サクラメントにて開催されるソフトウェア工学分野の最難関国際会議IEEE/ACM ASE 2024(※1)にて2024年10月30日(米国時間)に発表します。

背景

ソフトウェアの脆弱性を悪用した攻撃は現代社会における重大な脅威です。最も大きな脅威の1つにインジェクション攻撃があります。インジェクション攻撃は、サーバなどへの攻撃手法のひとつで、サーバで利用しているデータベースなどに対して不正な入力情報を送信して、予期しない動作を引き起こします。この攻撃をもたらす欠陥はインジェクション脆弱性と呼ばれ、プログラム中の文字列操作の誤り(バグ)が主な原因であることが知られています。

ソフトウェアを構成するプログラム中で文字列操作を記述する際には文字列関数が利用されます。文字列関数は多くのプログラミング言語で提供されており、文字列の抽出・置換検索などの文字列操作を記述するために頻繁に利用されています。

しかし、文字列関数を利用して文字列操作を行う際には文字列関数が利用する正規表現(※2)やその他の入力情報、文字列関数自体の仕様に関する専門的な知識が要求され、適切に記述することは難しいことが知られています。

文字列操作を伴うプログラムはさまざまなソフトウェアで幅広く利用され、WebサイトのフォームにユーザがWebブラウザ経由で入力した情報をWebサイト側で加工処理するなど多くのサービスを実現しています。文字列操作に誤りがあるとサービスの誤動作を引き起こし、情報漏洩やサービス停止の原因となる場合があり、サービスの運用段階におけるソフトウェアの誤りの修正には多大なコストがかかります。また、この誤動作を意図的に起こそうとするサイバー攻撃も顕在化しており、安全なサービスの実現を脅かすリスク要因となっています。

研究の成果

これまでNTTと早稲田大学は共同で、プログラム中で文字列を扱う操作により発生し得る脆弱性や誤りを自動修正する技術の研究を行ってきましたが、その対象は正規表現に限定されていました(※3、※4)。

本成果では、プログラム中の文字列関数を使った文字列操作の誤りを、ソフトウェア開発者が与える入出力例を基に修正する技術を世界で初めて実現し、正規表現を含む文字列操作にまで修正対象を広げることを可能としました。

役割
NTT:問題の形式化と修正手法の考案。
早稲田大学理工学術院 寺内多智弘教授:NTTが考案した手法の理論的な正確さの検証。

本技術のポイント

本技術は、インジェクション攻撃の主要な原因であるプログラム中の文字列操作の誤りをソフトウェア開発者が与える入出力例を基に修正し、修正結果に誤りがないことを保証する技術です。

本技術のポイントは、以下の通りです(図1)。

文字列関数に期待する入出力例を表記する方法を考案

従来的な入出力のみを提示する例を用いた場合と比べ、ソフトウェア開発者が文字列関数に期待する入出力例を入力と出力だけでなく入力のどの部分をどのように変換したいのかも含めて表記できるようになり、適切な修正結果の出力に寄与します。この表記は、プログラムが満たすべき入出力の例を基にプログラムを生成する「Programming by Examples (PBE)」メソッド(※5)を用いて与えます。

文字列関数の振る舞いを理論モデルとして厳密に定義

この定義を用いることで、修正対象の文字列関数に与える情報であるパラメータがすべての入出力例を満たすための条件を導き出すことが可能となります。本技術では、Webアプリケーションなどで広く利用されている ECMAScript 2023 (※6) に準拠した文字列関数の振る舞いを厳密に定義しました。これにより、修正結果がすべての入出力例を満たすことを保証できるようになります。

理論モデルに従い、例を全て満たす形に文字列関数のパラメータを修正する技術を考案

修正結果のパラメータとなり得る候補を、明らかに入出力例を満たさないものを除外しつつ網羅的に探索する手法を考案しました。この手法では、現実的な時間内に修正処理を終えることが可能となります。また修正結果が修正前のパラメータに対して最小限の変更による修正が可能となり、ソフトウェア開発者が目視で容易に修正結果を確認できるようになります。

本技術により、ソフトウェアの脆弱性を悪用した攻撃の中でも重大な脅威とされているインジェクション攻撃の主要な原因とされている文字列操作の誤りを開発段階で修正可能となるため、修正コストの軽減とソフトウェア開発の品質向上に貢献できるものと期待されます。

図1 文字列関数に対する処理の例

今後の展開

サービスの運用段階におけるソフトウェアの誤りの修正には多大なコストがかかりますが、本技術が利用されていくことで、ソフトウェアの開発段階で誤りが修正できるため、コストの軽減と安全なサービスの実現が期待できます。またAIを用いたプログラムの自動生成において、非熟練者がAIを用いて作成したプログラムに含まれる誤りにどう対処するのかという新しい問題も生まれています。文字列操作の誤りを修正する本技術は、AIによる自動化のメリットを損なうことなくプログラムの安全性向上に寄与できるものと期待されます。今後は、文字列操作に伴う脆弱性そのものを修正する技術の研究を進める予定です。

用語解説

※1.ASE
Automated Software Engineering はIEEE/ACMによって運営されるソフトウェア工学分野の最難関国際会議。本技術は、2024年10月27日~11月1日に開催されるIEEE/ACM ASE 2024(39th IEEE/ACM International Conference on Automated Software Engineering )にて、下記のタイトル及び著者で発表されます。

タイトル:Repairing Regex-Dependent String Functions
著者:Nariyoshi Chida (NTT Social Informatics Laboratories), Tachio Terauchi (Waseda University)
URL: https://doi.org/10.1145/3691620.3695005

※2. 正規表現
コンピュータで特定の文字の並び(文字列)をルールに基づき簡略化して表現する方法の1つで、特定の文字列のパターンを検索・抽出・置換するときに用いられる。

※3.プログラム中の文字列チェック機能の脆弱性を自動修正する技術を世界に先駆けて実現~専門知識をもたない開発者でもReDoS脆弱性の修正が容易に~
https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/03/23/220323b.html

※4.プログラム中の文字列抽出機能を自動修正する技術を世界に先駆けて実現~専門知識をもたない開発者でも正規表現の修正が容易に~
https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/06/16/230616b.html

※5.ECMAScript 2023
ECMAScriptは、Webアプリケーションなどで広く利用されているプログラミング言語JavaScriptの標準規格。本技術は2023年に改定されたECMAScriptを対象に検証を実施。

※6 Programming by Examples (PBE)メソッド
プログラミングの知識を持たないエンドユーザでもプログラムを生成できるようにする手法の1つで、プログラムが満たすべき入出力の例を与えると、それを実現するプログラムを自動で生成する技術。

【参加者募集中】理工系研究者・大学院生対象:研究開発型スタートアップ対話イベント #3『研究には、お金が必要だ』

著者: contributor
2024年11月11日 14:51

#3 『研究には、お金が必要だ

研究資金を調達するには「資金計画」が必要

その計画をちょっと工夫すれば、「起業」できてしまう?!

資金計画の秘伝、教えます。

 

【講演者】
明石宗一郎 早稲田大学アントレプレナーシップセンター事業化アドバイザー

 

早稲田大学創造理工学部経営システム工学科を卒業後、外資コンサルティング、外資ソフトウェアなどの企業を経て、ベンチャーキャピタルにて大企業の新規事業や技術シーズをカーブアウトして成長させるビジネスクリエーションに従事。

開催概要・申込み

日時:2024.11.18 (月) 18:00 ~ 20:00 ※軽食をご用意します

会場:西早稲田キャンパス 55号館S棟1階 竹内記念ラウンジ

対象:主に若手研究者および博士課程院生

定員:20名程度

主催:早稲田大学アントレプレナーシップセンター

申込:下記リンク先から要事前申し込み(※軽食手配のため、11月13日(水)までにお申し込みください。)

“ White Space of Research”

研究の余白には何かある。
余白の中で、当たり前を疑えたなら、
そこに新しい価値を見い出せるかも知れない。
時間や雑務に追われ、充血した目で考え出した発想よりも、
非日常の出会いから生み出された発想にこそ
「面白い!」が隠れているような気がする。
 “White Space of Research”
出会いの数だけ、余白は広がる。

 

※研究開発型スタートアップ対話イベント Dialogue Meeting “White Space of Research” は、研究者の皆さんが研究成果の実用化・起業を身近に感じていただくことを目的として、アントレプレナーシップセンターが企画するダイアログ(対話)企画です。毎月1回開催を予定しています。今後の開催もお楽しみに。

早稲田大学と東京科学大学 、超小型衛星でPale Blueと産学連携を開始

著者: contributor
2024年11月5日 18:39

早稲田大学と東京科学大学 、超小型衛星でPale Blueと産学連携を開始
~エコで優しい水推進機 で、宇宙科学・工学の新しい展開へ~

早稲田大学と東京科学大学は、2027年の打ち上げを目指し、50キログラム級超小型衛星GRAPHIUM (日本語で「アゲハ蝶」)の開発で、Pale Blue と連携を開始しました。同衛星には小型・高感度のガンマ線観測装置 INSPIREが搭載され、全天のモニタ観測をするほか、サブミッションとして空力を用いた「エコな」フォーメーション・フライト技術を実証します。その補助としても、エコで地球にやさしい水推進機の使用を予定しています。

超小型衛星GRAPHIUMの概要

図1:キロノバとレアメタル生成(想像図)

現在、地上には約300種類の元素が知られていますが、経済や産業、医療にとっても重要な金やプラチナ(レアメタル)が宇宙のどこでつくられるのか、いまだに謎に包まれています。最も有力な説は「キロノバ」と呼ばれる現象で、高密度な中性子星が合体するさいに、一気に金やプラチナが生成されるというものです(図1)。キロノバは強い重力波源としても知られますが、宇宙のどこで、いつ起きるか全く予想ができません。もし、全天のキロノバを監視しつつ、金やプラチナに特有なエネルギーをもつX線やガンマ線を捉えることができれば、そこが元素の生成現場と特定することができます。しかしながら、とくにガンマ線の観測は難しく、これまで打ち上げられた数少ない衛星はいずれも米国、欧州の4,000キログラム以上の大型衛星です。これらの衛星は観測視野も狭く、キロノバのような突発天体の観測には不向きでした。

超小型衛星GRAPHIUM(図2)は、「ひばり衛星」「うみつばめ衛星」に続き、東京科学大学と早稲田大学が合同で開発する超小型衛星プロジェクトです。主ミッションとして、キロノバなどの突発ガンマ線観測をかかげ、宇宙におけるレアメタルの生成現場を探査します。一度に全天の1/4をモニタする広視野かつ高感度のX線ガンマ線カメラ INSPIRE を搭載し、50キログラム級の衛星にもかかわらず従来の大型衛星に匹敵するガンマ線観測が可能です。これは、おもに通信や測位、産業で用いられてきた小型衛星に新しい息吹を与え、新しい科学の方向性を示すものです。さらに、GRAPHIUMの副ミッションとして、将来の宇宙工学を見すえた技術実証を予定しています。具体的には、マーカーとなる数キログラムの小物体を打ち出し、汎用的な光学カメラでこれを検知します。空力(大気抗力と揚力)を用いることで推進剤消費量を大幅に削減してフォーメーションを形成する「エコな」相対軌道制御の実証実験です(図3)。その補助としての推進機もエコで地球にやさしい水推進機の使用を予定しています。これまで用いられてきた推進剤は、有毒な化学物質の使用するものや高価で貯蔵が難しいなど、多くの課題がありました。GRAPHIUM ではPale Blue との産学連携により水推進機の実利用を拡大させます。

図2: 東京科学大学を中心とした超小型衛星プロジェクトの歴史と GRAPHIUM衛星

図3:空力を用いたフォーメーション・フライト(概念図)

GRAPHIUMのさらなる挑戦 ― 宇宙と医療の懸け橋へ

GRAPHIUM衛星の開発は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージング」プロジェクトの一環として実施しています。本研究プロジェクトでは、「元素固有の色」であるラインX線ガンマ線のイメージング技術と概念を通じ、宇宙から医療を貫く新しい学問の潮流を創成することを目的としています。特に、金やプラチナなどレアメタルの起源(宇宙科学)を探りつつ、医療応用の新しい可能性に着目し、これを根幹としながら関連分野や技術を網羅的に包括しつつ、研究を進めています(図4)。

金やプラチナは貴金属として経済や社会、産業にも深く根付き、パソコンやスマートフォンは「都市鉱山」と異名をとるほど、基板にレアメタルが多用されています。とくに、金は生体適合性が高く、もっとも安全な金属として多くの医療機器に用いられています。近年では、粒径が数十ナノメートル以下の粒である 「金ナノ粒子(AuNP)」 が抗がん剤など薬物を患部に運ぶ理想的なキャリアとして、さらには、光温熱治療でも大きな注目を集めています。一方で、常にネックとなるのが「体内の薬物動態を可視化する技術」です。一般的に、薬物がヒト体内の狙った箇所に、狙ったタイミングで届けられているかを確認する術はなく、治療効果の最適化や新しい薬剤の開発を困難にしています。もし、広い宇宙でキロノバを探す要領で、ヒト体内の金やレアプラチナを探すことができれば、これまで見えなかった薬物動態をも可視化できることになります。実際、我々の研究グループはキロノバで起こる金の元素合成にアイデアを得て、マウス体内でのAuNP分布を可視化することに成功しました。また、診断装置であるCT(コンピュータ断層撮影)に色付けをすることで、AuNPの分布のみを描出することに成功しています。これらは全て、小型衛星開発から得られた知見が活かされています。

図4:ERATOラインX線ガンマ線イメージングの概要

研究者のコメント

東京科学大学 総合研究院 量子航法センター 渡邉奎 特任助教 コメント
私たちは軌道上で衛星を変形させる可変形状機能を「ひばり」衛星で実証し、さらに空力を利用した軌道制御へ応用しようとしています。GRAPHIUMでは水推進と空力によりフォーメーション・フライトを低リソース・低コストに実証することを試みますが、これによって超小型衛星にとっての軌道制御のハードルが下がり、今後の超小型衛星ミッションがさらに多様化することを望んでいます。

東京科学大学 工学院 機械系 中条俊大 准教授 コメント
GRAPHIUMは、理学的にも工学的にも、超小型衛星としては非常に充実度が高いミッションを実施する計画です。その中のフォーメーション・フライト実験は、推進システムが必要なため以前は敷居が高いものでしたが、水推進機技術の発展により超小型衛星でもできるようになりました。空力と組み合わせた軌道制御は工学的には面白い実験ですので、実現が楽しみです。

早稲田大学 理工学術院 先進理工学研究科 片岡淳 教授 コメント
宇宙科学は衛星とともに大型化し進化してきましたが、同時に科学が本来もつべきフットワークの軽さや柔軟な探求心が、徐々に失われつつあります。ところが現在、世界中では年間300基を超える小型衛星が打ち上げられ、宇宙への敷居が急速に下がりつつあります。GRAPHIUMは、小型衛星を基軸として先端科学や宇宙工学に切り込むユニークなプロジェクトで、今後のモデルパターンとなると期待しています。

Pale Blue 共同創業者 兼 代表取締役 浅川純 コメント
先端科学や宇宙工学の新たな世界を切り開くGRAPHIUMは、「人類の可能性を拡げ続ける」という当社のミッションとの親和性も高く、この度ご一緒できることを大変嬉しく思います。小型衛星技術のさらなる発展と、宇宙ビジネスの活性化に貢献できるよう、大学や研究機関との連携を強化し、イノベーションを加速させていきます。

研究助成

本研究は、 JST ERATO JPMJER2102の支援を受けたものです 。

異常な病的タンパク質を作らないために―mRNAの品質を管理する仕組みの発見―

著者: contributor
2024年10月17日 17:02

異常な病的タンパク質を作らないために
―mRNAの品質を管理する仕組みの発見―

発表のポイント

  • 遺伝子DNAからメッセンジャーRNAが作られる転写反応で、転写が途中で誤って停止するために異常メッセンジャーRNAが作られています。このような異常メッセンジャーのうち、最終エキソンが3’側のイントロンまで伸長したタイプを3XTと名付けました。
  • 3XTの発生を監視して除去するために、核内RNA分解を制御するMTR4タンパク質とRNAに結合するhnRNPKタンパク質が協力していることを発見し、3XTを除去できないと3XTから異常な病的タンパク質が生産され、この病的タンパク質が細胞内に病的構造物を作ることを見いだしました。すなわち、病的構造体形成を阻害するRNA品質管理機構が細胞核内に存在していることを明らかにしました。
  • 本成果は、RNA品質管理機構を標的とした薬剤の開発や疾患の治療法の発展に貢献すると期待されます。

RNAプロセシング異常による異常RNA生成と異常構造体形成

概要

東京大学アイソトープ総合センターの秋光信佳教授、谷上賢瑞特任准教授、早稲田大学理工学術院の浜田道昭教授、曽超研究院講師、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授、関真秀特任准教授らによる研究グループは、RNAヘリカーゼMTR4(注1)がRNA結合タンパク質hnRNPK(注2)と協調し、転写反応中に起きるRNAプロセシング(注3)の制御異常で生じる異常RNA群(3XT,注4)を分解していることを明らかにしました。また、KCTD13 遺伝子座から発現するKCTD13 3XTの翻訳産物が、相分離(注5)制御を介して異常な構造体KeXT body(注6)を形成していることを見出しました(図1)。

本研究では、ナノポアシークエンサー(注7)を用いたdirect RNA sequencing技術(注8)を用いることで3XTの発見に繋がりました。異常RNAを分解することで、異常RNA翻訳産物の異常構造体形成を阻害するRNA品質管理機構が存在していることが明らかになり、この研究成果は様々な疾患の診断/治療法開発の重要な基盤となることが期待されます。

図1:KCTD13 3XT翻訳産物は、MTR4非存在下においてKeXT bodyを形成する

発表内容

RNAプロセシングは、キャップ構造の付加、スプライシング、ポリA付加など複数のプロセスによって、転写されたRNAを成熟したmRNAに変換する過程です。これらの制御異常は、異常タンパク質の産生に繋がり、がんや神経疾患など、多くの疾患に関与することが知られています。一方、細胞にはRNAが転写されて成熟mRNAに変化するまでを管理する仕組み(Surveillance system)が存在しており、異常RNAを識別して、適切に分解・排除しています。核内RNA分解機構は、RNA分解を担当するRNAエキソソーム複合体(注9)とRNA識別を担うRNAヘリカーゼMTR4によって形成されており、主に転写直後の単独エキソン転写産物を分解することが知られていました。しかし、RNAプロセシングの制御異常によって生じた複数のエキソンを持つ異常RNAの分解機構は明らかになっていませんでした。

本研究グループはまず、RNAプロセシングの破綻によって生じる異常RNAの分解機構に着目し、従来のRNAシークエンスに加え、RNA全長構造を可視化するdirect RNAシークエンスとポリアデニル化部位を検出する3’末端シークエンス(注10)を実施しました。結果、ポリアデニル化の脱制御により転写が途中で終結し、最終エキソンが3’側のイントロンまで伸長した異常RNAである3XTをMTR4が分解していることを見出しました。

続いて本研究グループは、単独エキソンであるmono-exon 3XTと、スプライシング制御を受け複数のエキソンを持つmulti-exon 3XTに3XTを分類(図2)し、分解機構が明らかになっていないmulti-exon 3XTに着目して研究を進めました。multi-exon 3XTの伸長領域(3XR: 3’ eXtended Region, 図2)に対してモチーフ解析を行ったところ、hnRNPKが当該3XRsに結合している可能性を見出しました。そこでhnRNPKの発現を抑制すると、multi-exon 3XTsの発現が増加することを発見しました。本研究グループはさらに研究を進め、hnRNPKはmulti-exon 3XTの3XRに結合し、RNAエキソソーム-MTR4複合体を当該3XTにリクルートすることで、multi-exon 3XTを分解する仕組みを見出しました。

最後に、MTR4によって制御される3XTsから生成される異常な翻訳産物が異常構造体を形成するのかを調べました。まず構造体形成予測を行い、KCTD13遺伝子座から発現するKCTD13 3XT由来タンパク質が、相分離を起こす可能性を有するペプチド配列を有しており、構造体を形成する可能性を見出しました。そこで、KCTD13 3XTタンパク質に対する抗体を作成し、MTR4を発現抑制したヒト子宮頸がん細胞株HeLa細胞における局在を確認したところ、KCTD13 3XTタンパク質が相分離制御を介して異常な病的構造体KeXT bodyを形成することを見出しました。

これらの結果から、RNAプロセシング異常を有する異常RNAを分解することで、異常RNAから翻訳されたタンパク質による病的構造体の形成を阻害するRNA品質管理機構が存在していることが明らかとなりました。これはRNA品質管理機構の破綻による病的構造体形成が様々な疾患を引き起こす可能性を示唆しており、様々な疾患に対するRNA品質管理機構を標的にした治療法の発展に寄与することが期待されます。

図2:3XT及び3XRの定義

発表者・研究者等情報

東京大学
アイソトープ総合センター
秋光 信佳 教授
谷上 賢瑞 特任准教授
Han  Han  研究当時:博士課程

大学院新領域創成科学研究科
鈴木 穣  教授
関  真秀 特任准教授

早稲田大学
理工学術院
浜田 道昭 教授
曽   超  次席研究員 (研究院講師)

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:The MTR4/hnRNPK complex surveils aberrant polyadenylated RNAs with multiple exons
著者名:Kenzui Taniue*, Anzu Sugawara, Chao Zeng, Han Han, Xinyue Gao, Yuki Shimoura, Atsuko Nakanishi Ozeki, Rena Onoguchi-Mizutani, Masahide Seki, Yutaka Suzuki, Michiaki Hamada, Nobuyoshi Akimitsu*
DOI: 10.1038/s41467-024-51981-8
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-51981-8

用語解説

(注1) MTR4
RNAヘリカーゼMTR4(MTREX)は、核内に局在し、RNAエキソソームのアクセサリータンパク質として機能する。RNA結合タンパク質と結合して様々な複合体を形成し、それぞれ特定の標的RNA群を識別する。また、MTR4はスプライシング機構にも関与することが知られており、多機能タンパク質として様々な局面で機能することが知られている。

(注2) hnRNPK
hnRNPKは、核に局在するDNA/RNA結合タンパク質であり、様々な生物学的プロセスを制御する。hRNPKの発現異常は、癌などの疾患の発症に関与する。hnRNPKは、RNAや一本鎖DNAを認識する3つのKHドメイン、核局在化シグナル、核シャトリングドメインを有しており、転写、mRNAスプライシング、RNAの輸送、翻訳などに関与することが知られているが、hnRNPKが核内RNA分解に関与していることは報告されていない。

(注3) RNAプロセシング
RNAプロセシングとは、細胞内で合成されたRNA分子が機能的な成熟RNAに変換される過程のこと。RNA ポリメラーゼ Ⅱによる転写反応で前駆体 mRNA(pre-mRNA)が合成されると、5’末端キャッピング,スプライシング,3’末端プロセシングなど様々なプロセシング反応により成熟 mRNA となる。また、選択的RNAスプライシングや選択的ポリA付加によって、遺伝子特異的かつ細胞型特異的にRNAアイソフォームを生成される。選択的RNAスプライシングや選択的ポリA付加は、タンパク質多様性の獲得に寄与し、多様な生理的条件下で細胞プロセスを制御する上で重要な役割を果たしている。

(注4) 3XT (3’ eXtended Transcript)
ポリアデニル化の脱制御により転写が途中で終結し、最終エキソンが3’側のイントロンまで伸長した異常RNAのこと。3XTは本研究グループが発見し、第1エキソンが伸長した3XTをmono-exon 3XT、2つ目以降のエキソンが伸長した3XTをmulti-exon 3XTと命名した。従来のエキソンからイントロンまで伸長した領域を3XR (3’ eXtended Region)と命名した。図2参照。

(注5) 相分離
相分離は、生物学において重要なプロセスであり、特定の条件下で細胞内の分子が自発的に分離し、異なる相(phase)を形成する現象を指す。このプロセスによって細胞内の特定の区域に分子が集中し、高次構造体やゲルのような凝集体を形成することで、効率的な生化学反応や転写や翻訳などの調節機構を効果的に実行することが可能となる。近年、相分離が多くの生物学的過程において重要な役割を果たしていることが示されており、相分離の異常によってがんや神経変性疾患の発症に繋がる可能性が示唆されている。

(注6) KeXT body (KCTD13 3eXtended Transcript-derived protein body)
KCTD13遺伝子座から発現するKCTD13 3XTの翻訳産物が形成する異常構造体のこと。KeXT bodyは主に細胞質で構成されるが、その構成因子や機能についてはまだ不明である。

(注7) ナノポアシークエンサー
細胞膜に存在するタンパク質を用いたナノスケールの孔(ナノポア)を使って、DNAやRNAの塩基配列を直接読み取る技術を用いたシークエンサーのこと。ナノポアシークエンサーは、他のシーケンシング技術と比べて非常に長いリード(数万塩基に及ぶことも可能)を読み取ることができ、複雑なゲノム領域や構造変異、RNAの全長構造の解析などの解析が可能になる。また、DNAだけでなく、RNAも直接シークエンスできるため、転写後修飾の研究にも利用されている。

(注8) direct RNA sequencing技術
ナノポアシークエンシング技術によるRNA分子を直接シークエンスする技術のこと。RNA分子がナノポアを通過する際に、各塩基(A、U、C、G)の違いによって生じる電流の変化をリアルタイムで検出し、電流の変化パターンを解析することで、RNAの塩基配列が決定する。cDNA合成やPCR増幅などのステップを経ずに、RNAを直接シークエンスすることで、PCRバイアスや逆転写エラーを回避することが出来る。

(注9) RNAエキソソーム複合体
RNAエキソソーム複合体は、真核細胞の核内でRNAの分解やプロセシングに重要な役割を果たすタンパク質複合体のこと。RNAエキソソームは、9つのタンパク質(EXOSC1 – EXOSC9)から構成されるRNA分解活性を持たないエキソソームバレルとRNA分解活性を有するDIS3やEXOSC10から成る。多くのRNA分子を対象とし、主に不必要なRNAや異常なRNAの分解を行う。RNAエキソソーム複合体の制御異常は、がんや神経変性疾患の様々な疾患と関連することが知られている。

(注10) 3’末端シークエンス
3’末端シークエンスは、RNA分子の3’末端に付随するポリ(A)テールを利用して、遺伝子の転写物の末端部分を標識し、3’末端部分をシークエンスする技術。主に、遺伝子発現解析や3’UTRアイソフォームの存在量を測定するために用いられる。通常の全長RNA-seqと比較して、解析に必要なリード数が少なくて済むため、低コストでの発現解析が可能である。また、RNA量が少なくても高感度かつ高精度に発現解析を行うことができるので、遺伝子発現解析、ポリAテール解析、RNA安定性解析に加え、シングルセル解析などにも応用されている。

研究支援

本研究は、科研費「自然免疫応答を制御する長鎖非コードRNAに関する研究(課題番号:17KK0163)」、「リピート要素のde novo発見に基づく長鎖ノンコーディングRNAの機能の解明(課題番号:20H00624)」、「核内RNAボディによるクロマチン制御と熱ストレス応答(課題番号:21H00243)」、「ヒト細胞における新しい物理化学的ストレス感知・応答機構の解明と癌治療への応用(課題番号:21H04792)」、「lncRNA-RBP複合体によるユビキチン-プロテアソーム制御機構(課題番号:21H02758)」、「RNA品質管理機構によるイントロン-エクソン化RNA生成と癌維持機構への関与(課題番号:21K19402)」、「膵癌オルガノイドを用いた構造異常RNAの探索と機能解析(課題番号:22KK0285)」、「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(課題番号:22H04925)」、「Identification of repetitive elements involving genome regulation(課題番号:22K15093)」、「RNAを中心とした分子ネットワークに基づく生物学的相分離の俯瞰的・体系的理解(課題番号:23H00509)」、「生殖ライフスパンにおける RNAキネティクス計測(課題番号:23H04955)」、AMED「機能解析に基づく RNA 標的創薬のための統合 DB と AI システムの構築(課題番号:JP21ae0121049)」、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、小林財団、MSD生命科学財団、内藤記念科学振興財団、小野医学研究財団、ノバルティス科学振興財団の支援により実施されました。

見えてきた医理工連携の成果と展開(第4回日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム開催報告)

著者: contributor
2024年10月3日 14:38

2024年9月28日(土)、第4回「日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム~両校の実質的連携を目指した研究交流~」を早稲田大学121号館コマツホールにおいて開催しました。

日本医科大学と本学との連携は、2009年に締結した包括協定から始まり、実質的な研究連携への合意(2020年)を経て、本学附属校・系属校との高大接続連携に関する協定(2020年)へと発展してきました。2021年度からは、日本医科大学で選抜された3年生を、本学の理工系研究室に3週間迎え入れて交流を図る「研究配属」も実施しています。

シンポジウム冒頭の開会挨拶で、日本医科大学学長の弦間昭彦氏は、実質的な共同研究がかなり進んできているところであり、今後は「Well-being」をキーワードとして、より一層の連携を進めていきたいと述べられました。続く早稲田大学総長の田中愛治からは、改めて2020年度以降の実質的研究連携や高大接続連携への謝辞が述べられるとともに、医療とロボット工学との連携を例に、両大学の強みを様々に組み合わせることで、社会の要請に応える成果を多く生み出すことができるとの期待が述べられました。

左:日本医科大学学長の弦間昭彦氏、右:本学総長の田中愛治

開会挨拶に続く第一部では、日本医科大学2名、本学2名の研究者が両校の共同研究実績も含めた研究紹介を行いました。

  • 村上 善則(日本医科大学 先端医学研究所 分子生物学部門 特命教授)
    「多層的生体情報の統合による新規疾患予防法の開発」
  • 酒井 哲也(早稲田大学理工学術院 教授)
    「頭部MRI画像を用いた研究の進捗少々および関連しそうな画像処理分野の話題」
  • 山本 林(日本医科大学 先端医学研究所 遺伝子制御学部門 教授)
    「液滴オートファジーとエクソソーム分泌」
  • 澤田 秀之(早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 応用物理学科 教授)
    「末梢神経障害診断法の開発ならびにヒトの手の解剖学的構造を再現したBionic Fingerの開発」

研究紹介の様子(左から、村上特命教授、酒井教授、山本教授、澤田教授)

第二部では、日本医科大学生が早稲田大学における研究配属の成果発表を行い、優秀研究賞1件が選ばれました。

    
成果発表・質疑応答の様子

左から、日本医科大学学長の弦間昭彦氏、優秀研究賞を受賞した日本医科大学生、本学副総長の須賀晃一

閉会挨拶では、まず本学副総長の須賀晃一から、両大学の共同研究が様々に進んでいくことへの期待が語られました。さらに日本医科大学学生の研究配属についても触れ、早大創設者である大隈重信の言葉を交えながら、失敗から学ぶことが重要であるとの、学生への激励の言葉も送られました。次に、日本医科大学大学院医学研究科長の桑名正隆氏からは、すでに実質的連携が進んできているとの実感と、研究交流に限らず研究配属での学生指導や講義など、様々な機会を通して相乗的に連携を進め成果を生み出していくことへの意欲が述べられました。

当日参加した両大学の教員・研究者の集合写真

今後も、日本医科大学と本学は、研究と教育との両輪で連携を推進し、社会に貢献してまいります。

光合成微生物の力でサステナブルな細胞培養を実現

著者: contributor
2024年10月3日 14:28

光合成微生物の力でサステナブルな細胞培養を実現
-老廃物のアップサイクルで培養肉技術の課題解消への途を拓く-

発表のポイント

  • 乳酸を吸収する光合成微生物シアノバクテリアを動物細胞と共培養※1することで、相互に栄養素と老廃物を交換する培養システムを構築し、動物細胞の長期培養を実現
  • 成長因子※2を分泌する動物細胞とシアノバクテリアを共培養した時に得られる培養上清液※3は、動物細胞を単独で培養した時に得られる上清液よりも3倍以上骨格筋芽細胞の増殖を促進
  • 本培養上清液を用いることで培養肉※4生産の課題となっている動物血清の使用を削減できることを確認。今後、培養肉生産だけでなく、精密発酵やバイオ医薬生産に応用することで、食料・医薬品の生産コストの削減および環境負荷低減に貢献の可能性

早稲田大学理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授、同大大学院先進理工学研究科(一貫制博士課程)の秋尚雅(チュサンア)、および東京女子医科大学先端生命医科学研究所の清水達也(しみずたつや)教授、原口裕次(はらぐちゆうじ)特任准教授の研究グループは、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久(はすぬまともひさ)教授の研究グループと共同で、自浄作用および栄養循環を果たす食料生産システムを構築するため、光合成微生物を利用した新しい細胞培養システムを開発しました。

近年、持続可能な食肉生産技術として培養肉が注目されていますが、動物血清の使用や老廃物の蓄積および栄養枯渇により、多量の培養液使用とその廃液の発生が課題となっています。本研究では、動物細胞の代謝老廃物(乳酸・アンモニア)を栄養源(ピルビン酸・アミノ酸)に変換する光合成微生物のシアノバクテリアを成長因子分泌動物細胞と共培養することにより、動物血清を使用せず、さらに培養液の使用量を削減する低コストで低環境負荷の培養肉生産につながる細胞培養システムを実現しました。

本研究成果は、2024 年8月23日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』に発表されました。
論文名:A serum-free culture medium production system by co-culture combining growth factor-secreting cells and L-lactate-assimilating cyanobacteria for sustainable cultured meat production

図1:低コストで低環境負荷の循環型細胞培養システム

キーワード

培養肉、光合成、共培養、シアノバクテリア、成長因子、細胞増殖、培養システム、乳酸

これまでの研究で分かっていたこと

培養肉は、2012年にオランダ・マーストリヒト大学のMark Post教授によって初めて提唱され、大豆ミートや昆虫タンパクと並ぶ代替タンパク質の一種として、世界中で研究・開発が進められています。現在では、174社以上の培養肉ベンチャーが立ち上がり、特にアメリカやシンガポールでは市場化が進んでいます。これに伴い、世界中の投資家や企業からの関心が高まり、培養肉分野には31億ドル規模の投資が行われ、今後さらなる拡大が期待されています。(参考文献1)

従来の培養肉生産において、動物筋肉細胞の増殖のために動物血清が不可欠でしたが、そのコストや動物倫理に対する懸念が問題視されていました。そのため、血清を使わず、動物筋肉細胞を増殖できる培養方法が求められています。血清には細胞の成長因子といったタンパク質が含まれ、これらは特定の動物細胞から分泌されていることがわかっています。先行研究(参考文献2)において、ラット肝臓細胞が分泌する成長因子を含む培養上清液が、血清を使わずに牛骨格筋芽細胞の増殖を促進することを発見しました。成長因子分泌細胞を長期間培養すれば多量の成長因子が得られる一方で、乳酸やアンモニアなどの老廃物が蓄積することで培養液の性能が低下する問題があります。そのため、成長因子分泌細胞の培養上清液の血清代替としての性能を高めるためには、老廃物の除去が不可欠となります。さらに長期間の培養は栄養素の枯渇をもたらします。先行研究(参考文献3)では、乳酸を取り込みピルビン酸に変換するリコンビナント※5シアノバクテリアを開発しました。

そこで、本研究グループでは、成長因子を分泌する細胞と乳酸などの老廃物を取り込み、かつ老廃物を栄養素に変換するシアノバクテリアを共培養する新たな培養システムを考案しました。それにより、動物血清を用いることなく効率的な筋肉細胞の増殖が実現するのではないかと考えました。

今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

シアノバクテリアの一種であるシネココッカスは、光合成能力が高く、遺伝子組換え操作も容易で、さらに動物細胞に対して優れた生体適合性を持つことから、さまざまな分野で利用されています。本研究で使用したL-乳酸を取り込むシアノバクテリアも、シネココッカスのリコンビナント株であり、動物細胞の老廃物である乳酸とアンモニアを動物細胞の栄養素となるピルビン酸とアミノ酸に変換する能力は、先行研究(参考文献2)で確認されていました。しかし、動物細胞と共培養を行った時にも、この機能が発揮されるかは未知のままでした。

本研究で、このシアノバクテリアと成長因子を分泌するラット肝臓細胞を共培養すると、培養条件を最適化することで、シアノバクテリアが乳酸を3割以上、アンモニアを9割以上減少させることを確認しました。さらに、シアノバクテリアによって産生されたピルビン酸やアミノ酸は、動物細胞によって利用される量よりも多く、結果として培養上清液中に栄養源が多く残存していることが明らかになりました。この上清液を用い、血清を使わずに骨格筋芽細胞を増殖させたところ、その増殖率はラット肝臓細胞の単独培養上清液と比較して3倍以上であることを確認しました。すなわち、シアノバクテリアとの共培養を行うことで、成長因子分泌細胞の培養上清液の血清代替としての性能を高めることに成功しました。

研究の波及効果や社会的影響

この研究は、動物血清を使用せず、また培養液の使用量を低減可能な動物細胞培養法につながることから、培養肉生産のコスト削減と環境負荷の低減に寄与する可能性があります。動物細胞と光合成微生物を原料とし、動物を使用しない食肉生産技術として、将来的に食料問題や動物倫理、気候変動の課題解決に貢献することが期待されます。また、この細胞培養システムは、培養肉だけでなく、バイオ医薬品生産や再生医療など、さまざまな細胞培養分野にも適用可能な汎用性を持っています。

今後の課題

今後の課題としては、大量生産に向けて現在の平面培養システムを3次元培養システムにスケールアップし、それに応じた最適な培養条件を探索することが挙げられます。また、培養液の成分を網羅的に解析し、光合成微生物と動物細胞間の相互作用を解明することで、分子生物学的な知見を広げる研究にもつながります。

研究者のコメント

本研究の最終目標は、このシステムを活用した安全で安価な培養肉の生産です。今回得られた研究成果を基盤に、動物だけでなく魚類などさまざまな筋肉細胞から効率的に培養肉を作り出す技術の確立を目指しています。今後も、3次元培養システムの開発や最適な培養条件の探求を通じて、実用化に向けたステップを踏んでいく予定です。

用語解説・参考文献

※1 共培養
2種類以上の細胞を同じ培養液で一緒に培養することを指します。これにより、細胞間の相互作用が起こり、情報伝達物質や生理活性物質の分泌が向上する効果が期待されます。

※2 成長因子
細胞の増殖や分化を促進するタンパク質やペプチドのことです。成長因子は、細胞の情報伝達を刺激し、さまざまな生理的プロセスを制御します。

※3 培養上清液
細胞を培養した後の培養液を指します。この上清液には、細胞が分泌した成長因子やその他の分子(老廃物なども)が含まれ、細胞培養において正負両面(細胞の生存と増殖、細胞死・増殖停止の両側)にわたり重要な役割を果たします。

※4 培養肉
動物から採取した細胞を培養して、組織工学の技術を用いて作られる人工肉のことです。動物を直接屠殺することなく生産されるため、環境負荷や動物倫理に配慮した技術として注目されています。

※5 リコンビナント
遺伝子組換え技術を利用して作られた生物や物質を指します。特定の目的に応じて遺伝子操作を行い、新たな形質を持たせた微生物やタンパク質が「リコンビナント」として利用されます。

参考文献:

  1. Good Food Institute. (2024). 2023 State of the Industry Report: Cultivated meat and seafood. Good Food Institute. Retrieved 26, 2024, from: https://gfi.org/wp-content/uploads/2024/04/2023-State-of-the-Industry-Report-Cultivated-meat-and-seafood.pdf
  2. Yamanaka, K., Haraguchi, Y., Takahashi, H., Kawashima, I., & Shimizu, T. (2023). Development of serum-free and grain-derived-nutrient-free medium using microalga-derived nutrients and mammalian cell-secreted growth factors for sustainable cultured meat production. Scientific Reports13(1), 498.
  3. Haraguchi, Y., Kato, Y., Inabe, K., Kondo, A., Hasunuma, T., & Shimizu, T. (2023). Circular cell culture for sustainable food production using recombinant lactate-assimilating cyanobacteria that supplies pyruvate and amino acids. Archives of Microbiology205(7), 266.

論文情報

雑誌名:Scientific reports
論文名:A serum-free culture medium production system by co-culture combining growth factor-secreting cells and L-lactate-assimilating cyanobacteria for sustainable cultured meat production
執筆者名:秋尚雅(早稲田大学)、原口裕次 (東京女子医科大学)、朝日透(早稲田大学)、加藤裕一(神戸大学)、近藤昭彦(神戸大学)、蓮沼誠久(神戸大学)、清水達也*(東京女子医科大学)
掲載日時(日本時間):2024年8月23日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-70377-8
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-024-70377-8

研究助成

研究費名:内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業(管理法人:生物系特定産業技術研究支援センター)
研究課題名: 藻類と動物細胞を用いたサーキュラーセルカルチャーによるバイオエコノミカルな培養食料生産システム
研究代表者名(所属機関名):清水達也(東京女子医科大学)

ヒト常在菌の個別解析、新時代へ

著者: contributor
2024年10月3日 13:58

ヒト常在菌の個別解析、新時代へ
3万個の細菌ゲノム解読、抗生物質耐性遺伝子を追跡

発表のポイント

  • がん・炎症性腸疾患などの患者と健常者を含む日本人被検者51名から、世界最大規模3万個のヒト常在菌※1のシングルセルゲノム解析※2を実施。
  • 7万個の口腔内細菌・腸内細菌の高精度ゲノム情報を含むデータセットbbsag20を公開。
  • 従来の手法(メタゲノム解析※3)では見落とされていた300種以上の腸内細菌のゲノムを取得。
  • 遺伝子の「運び屋」可動性遺伝因子※4を介した抗生物質耐性遺伝子※5の広がりを個々の細菌レベルで解明。
  • 細菌の抗生物質耐性の広がり方をより深く理解する手がかりを提供し、将来的な医療や公衆衛生への応用に期待。

私たちの健康に重要な役割を果たすヒト常在菌。しかし、その全容解明には個々の細菌を詳しく調べる必要があり、これまでの技術では困難でした。早稲田大学理工学術院の細川正人(ほそかわまさひと)准教授と早稲田大学発スタートアップbitBiome社の研究グループは、革新的なシングルセルゲノム解析技術を用いて、この課題に挑戦し、世界最大規模の3万個の口腔内細菌および腸内細菌の個別ゲノム解析を行いました。構築したbbsag20データセットからは、従来法では見落とされていた数百種の細菌のゲノム・遺伝子が発見されました。また、抗生物質耐性遺伝子やその「運び屋」の存在が個々の細菌単位で明らかになり、細菌間での遺伝子のやり取りを詳細に調査することが可能になりました。この成果は、常在菌を対象とした個別化医療や新たな抗生物質耐性対策の開発に貢献する可能性があります。

図:本研究で用いた新しいシングルセルゲノム解析手法

本研究成果は、2024年10月2日(水)(現地時間)にSpringer NatureグループのBioMed Central社が発刊するオープンアクセス科学誌「Microbiome」で公開されました。
論文名:A Single Amplified Genome Catalog Reveals the Dynamics of Mobilome and Resistome in the Human Microbiome

キーワード

ヒト常在菌、シングルセルゲノム解析、腸内細菌、口腔内細菌、抗生物質耐性、個別化医療、可動性遺伝因子、プラスミド、ファージ

これまでの研究で分かっていたこと

ヒト常在菌は人間の健康に重要な役割を果たしています。これまでの研究で、以下のことが分かっていました:

  1. 口腔内や腸内には多数の細菌が存在し、複雑な生態系を形成しています。
  2. ヒト常在菌の構成は個人によって異なり、健康状態や疾病と関連があります。
  3. メタゲノム解析は、常在菌の全体的な構成を調べることができます。
  4. 抗生物質の使用が常在菌叢に影響を与え、薬剤耐性菌の出現につながる可能性があります。

しかし、これまで常在菌研究に使われてきたメタゲノム解析では全ての細菌をひとまとまりにDNAを分析するため、個々の細菌が持つ遺伝子の構成などを詳細に調べることが困難でした。そのため、可動性遺伝因子を介した細菌間での遺伝子のやり取りや、それによる抗生物質耐性の細菌種を超えた広がり方など、重要な詳細が不明のままでした。

今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、革新的なシングルセルゲノム解析技術を用いて、がん・炎症性腸疾患などの患者と健常者からなる日本人51名の被験者を対象に、ヒト常在菌の個別解析を大規模に行いました。主な成果は以下の通りです:

  1. 世界最大規模のシングルセルゲノムデータセットの構築
    3万個の口腔内・腸内細菌の個別ゲノム解析を実施し、高品質なゲノム情報を整理して公開しました。
  2. 従来の手法と組み合わせて常在菌叢を解明
    シングルセルゲノム解析では従来のメタゲノム解析では得られなかった種が多数獲得されました。両者の解析法を組み合わせることが常在菌叢の解明に効果的であることが分かりました。
  3. 抗生物質耐性遺伝子の伝播状況の解明
    個々の細菌レベルで抗生物質耐性遺伝子の分布を解析しました。プラスミド※6やファージ※7といった可動性遺伝因子が伝播を担っている可能性を調査しました。

これらの成果を可能にしたのは、SAG-gel技術※8と呼ばれる新しいシングルセルゲノム解析手法です。SAG-gelは責任著者の細川が2018年に創業した早稲田大学発スタートアップであるbitBiome社にてbit-MAP®として商用化されており、現在、国内外の微生物研究者に広く利用されています。

この技術の特徴は以下の通りです:

  • 個々の細菌をゲル中に封入し、個別にゲノムを増幅・解析します。
  • 高い精度で多数の細菌ゲノムを同時に分析できます。
  • 従来の手法では困難だった、希少な細菌種の検出も可能です。

同一の試料を解析した場合、シングルセルゲノム解析とメタゲノム解析では、異なる細菌種のゲノムが獲得されます。シングルセルゲノム解析では460種、メタゲノム解析では327種のゲノムが得られ、両解析で共通するのは140種に留まります。細胞から分析を始めるシングルセルゲノム解析と、壊れた細胞から抽出したDNAから分析を始めるメタゲノム解析では、得られるデータの性質が異なることが示されています。

メタゲノム解析では、プラスミド・ファージなどの可動性遺伝子を各細菌ゲノムと紐づけて分析することが難しく、殆どが見落とされてしまいます。そのため、これらの可動性遺伝子にコードされる抗生物質耐性遺伝子がどれだけ存在するか、どの細菌が保有しているのかを知ることができません。一方、シングルセルゲノム解析では、各種抗生物質耐性遺伝子がどのプラスミド・ファージにコードされ、どの細菌種に保持されているのか、保有状況とネットワーク関係を明らかにすることができます。

この研究により、シングルセルゲノム解析が口腔内・腸内細菌叢の遺伝的多様性を理解することに役立つことが示されました。特に、プラスミドやファージなどの可動性遺伝因子を介した抗生物質耐性遺伝子の広がり方について、個人単位・細菌単位で把握することができる点が画期的であり、常在菌間における遺伝子のやり取りの理解につながることが期待されます。

本研究で解析したゲノムデータセットbbsag20は、CC-BY 4.0で誰でもダウンロードおよび利用することが可能です。
https://doi.org/10.25452/figshare.plus.24473008.v2

図1:SAG-gel/bit-MAP®技術の概要 (図中NGSはNext-generation sequencer(次世代シーケンサー))

図2:メタゲノム解析とシングルセルゲノム解析の比較:細菌ゲノム

図3:メタゲノム解析とシングルセルゲノム解析の比較:可動性遺伝因子・抗生物質耐性遺伝子

研究の波及効果や社会的影響

本研究の成果は、以下のような波及効果や社会的影響をもたらす可能性があります:

  1. 個別化医療の進展
    個人のヒト常在菌叢を詳細に分析することで、特定の疾患と関連する細菌種の特定が容易になり、新たな治療ターゲットの発見に寄与します。
  1. 抗生物質耐性対策の向上
    耐性遺伝子のプロファイルを詳細に把握し、より効果的な耐性菌対策の開発が可能になります。
    新たな抗生物質の開発や、既存薬の適切な使用法の確立に貢献します。
  1. 環境マイクロバイオーム研究への応用
    本技術は環境サンプルにも適用可能で、生態系の理解や環境保全に貢献します。土壌や水中の微生物群集の解析にも応用でき、農業や水質管理にも影響を与える可能性があります。

これらの効果により、医療費の削減や国民の健康増進、さらには環境保全など、幅広い社会的影響が期待されます。

今後の課題

今後の課題として、より多様なサンプルを用いたさらなるデータ収集が求められます。特に異なる地域や人種からのサンプルを追加することで、常在菌の世界的な多様性をより深く理解することが期待されます。また、長期的な観察を通じて、細菌叢の変化や疾患との関連を明らかにすることで、個別化医療の新たな道が開かれるでしょう。

具体的な展望:

  1. 疾患メカニズムの解明
    様々な疾患と口腔内・腸内細菌の関係がより詳細に明らかになることが期待されます。
  1. 抗生物質耐性のサーベイランス
    抗生物質耐性菌の特定や、抗生物質耐性遺伝子の運び手を特定し、耐性菌の発生や感染症の蔓延を予防することが期待されます。
  1. 環境マイクロバイオーム研究の発展
    人間の健康と環境の関連性がより明確になることが期待されます。

これらの課題に取り組むことで、マイクロバイオーム研究はさらに発展し、人類の健康と環境の理解に大きく貢献することが期待されます。

研究者のコメント

今回の研究成果は、ヒト常在菌の世界に新たな光を当てるものです。3万個もの細菌ゲノムを個別に解読したことで、これまで見えなかった微生物の多様性と相互作用が明らかになりました。独自技術であるシングルセルゲノム解析を活用することで、これまで見落とされてきた数多くの重要な情報を手にすることができることが証明されました。この知見は、個別化医療や抗生物質耐性問題など、現代社会が直面する健康課題の解決に大きく貢献すると確信しています。今後も研究を重ね、シングルセルゲノム解析がより多くの研究に活用される未来を創り、様々な生命現象の理解と活用に貢献したいと思います。

用語解説・参考文献

※1 ヒト常在菌:
人体に常時生息している微生物の総称です。皮膚、口腔、腸管、膣などの様々な部位に存在し、それぞれの環境に適応した細菌群が形成されています。これらの細菌は単に存在するだけでなく、人体の健康維持に重要な役割を果たしています。例えば、病原菌の侵入を防いだり、栄養素の吸収を助けたり、免疫系の発達を促したりします。

※2 シングルセルゲノム解析:
個々の細胞から遺伝情報(ゲノム)を読み取る最先端の技術です。従来の手法では、多数の細菌が混ざった状態でしか分析できませんでしたが、この技術により個別の細菌の詳細な遺伝情報を得ることが可能になりました。これにより、稀少な細菌種の発見や、細菌間での遺伝子のやりとりの詳細な観察が実現し、マイクロバイオームの理解が大きく進展しています。

※3 メタゲノム解析:
環境中(例えば腸内)の全ての微生物のゲノムを一括して解析する手法です。サンプル中の全DNAを抽出し、それを一度に解読します。個々の細菌を区別することは難しいですが、その環境に存在する微生物の種類や、それらが持つ遺伝子の全体像を効率的に把握することができます。腸内細菌叢の全体的な構成を知るのに適していますが、稀少な種の検出や細菌間の相互作用の理解には限界があります。

※4 可動性遺伝因子:
細菌間で移動可能な遺伝物質のことです。主にプラスミドやファージなどがあります。これらは細菌の主要な遺伝情報(染色体DNA)とは別に存在し、細菌間で容易に移動することができます。抗生物質耐性遺伝子などの重要な遺伝情報を運ぶ「運び屋」の役割を果たすため、細菌の進化や薬剤耐性の拡散において重要な役割を果たしています。

※5抗生物質耐性遺伝子:
細菌が抗生物質の効果を無効化するために持つ遺伝子のことです。これらの遺伝子により、細菌は抗生物質の存在下でも生存・増殖が可能になります。抗生物質の過剰使用などにより、これらの遺伝子を持つ細菌(薬剤耐性菌)が増加し、深刻な医療問題となっています。本研究では、これらの遺伝子がどのように細菌間で広がっているかを、個々の細菌レベルで初めて詳細に解析することに成功しました。

※6 プラスミド:
細菌の染色体DNAとは別に存在する小さな環状のDNA分子です。プラスミドは自己複製能力を持ち、細菌間で容易に伝達されることがあります。多くの場合、抗生物質耐性遺伝子や毒素遺伝子など、細菌の生存に有利な遺伝子を運びます。本研究では、プラスミドを介した抗生物質耐性遺伝子の伝播を個々の細菌レベルで観察することに成功し、耐性遺伝子がどのように広がっているかをより詳細に理解することができました。

※7 ファージ:
細菌に感染するウイルスの一種で、バクテリオファージとも呼ばれます。ファージは細菌に感染する際に、時として細菌のDNAの一部を別の細菌に運ぶ「運び屋」となることがあります。このプロセスを介して、抗生物質耐性遺伝子などの重要な遺伝情報が細菌間で伝達されることがあります。本研究では、ファージを介した遺伝子伝達の実態を、個々の細菌レベルで観察することができました。

※8 SAG-gel・bit-MAP:
本研究で用いられた新しいシングルセルゲノム解析手法です。SAGはSingle Amplified Genome(単一増幅ゲノム)の略です。この技術では、個々の細菌をゲル中に封入し、その中で細菌のDNAを増幅・解析します。これにより、高い精度で多数の細菌を同時に分析することが可能になりました。従来の手法では困難だった希少な細菌種の検出や、個々の細菌が持つ遺伝子の詳細な分析が実現し、マイクロバイオーム研究に革新をもたらしています。

論文情報

雑誌名:Microbiome
論文名:A Single Amplified Genome Catalog Reveals the Dynamics of Mobilome and Resistome in the Human Microbiome
執筆者名:Tetsuro Kawano-Sugaya1† , Koji Arikawa1,2†, Tatsuya Saeki1, Taruho Endoh1, Kazuma Kamata1, Ayumi Matsuhashi1 and Masahito Hosokawa1,2,3,4,5*

  1. bitBiome株式会社
  2. 早稲田大学 先進理工学研究科
  3. 産総研・早大 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ
  4. 早稲田大学 ナノライフ創新研究機構
  5. 早稲田大学 先進生命動態研究所

掲載日時(現地時間):2024年10月2日
DOI:https://doi.org/10.1186/s40168-024-01903-z

研究助成

研究費名:(公財)東京都中小企業振興公社 新製品・新技術開発助成事業
研究課題名:AI時代に向けた疾患特有の微生物データベースの開発
研究代表者名(所属機関名)bitBiome株式会社

ビール大麦試験圃場へのバイオ炭施用による効果を検証する新たな共同研究を開始

著者: contributor
2024年9月20日 09:13

学校法人早稲田大学・キリンホールディングス株式会社・栃木県農業総合研究センター
ビール大麦試験圃場へのバイオ炭施用による効果を検証する新たな共同研究を開始
~バイオ炭活用による農業分野での脱炭素実現の可能性を探求~


学校法人早稲田大学(理事長 田中 愛治、以下「早稲田大学」、研究代表者 理工学術院 教授 竹山 春子)は、キリンホールディングス株式会社(社長COO 南方 健志、研究代表者飲料未来研究所 所長 森木 博之)、栃木県農業総合研究センター(所長 柴田 和幸)と共同し、栃木県農業総合研究センターの大麦試験圃場において、バイオ炭※1施用によるビール大麦の生育状況、土壌改良の効果、土壌の微生物への影響等を測定する研究を2024年10月より新たに開始します。当研究を行うことで、環境再生型農業※2の可能性を探索しつつ、ビール大麦の土壌における生物多様性評価の一層の高度化、気候変動の緩和とともに、脱炭素社会の実現を目指します。

今回の共同研究では、栃木県農業総合研究センターがビール大麦の生育・収量への影響及び土壌の物理性・化学性の改善効果を解析します。 早稲田大学が土壌微生物の菌叢解析を行い、バイオ炭による土壌の微生物への影響と土壌改良の効果を測定します。キリンホールディングス株式会社は、祖業のビール事業を通じた強みである発酵・バイオテクノロジーの先進技術を生かし、試験計画の立案、解析データからのメカニズムの考察、および当研究全体の取りまとめを行います。 共同の取り組みでは、農地にバイオ炭を施用することによる効果を検証することに加えて、J-クレジット※3への申請を前提にした炭素貯留量の算定も予定しています。基礎研究の位置づけで取り組みつつ、畑へのバイオ炭施用の効果を測定することで技術的知見を蓄積し、将来的にはビール大麦栽培農家におけるバイオ炭施用の普及、そして、GHG※4排出量削減に貢献することも期待しています。

※1 農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に寄与
※2 燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度で未利用バイオマスを加熱して作られ、土壌への炭素貯留効果とともに土壌の透水性を改善する効果が認められている土壌改良資材
※3 J-クレジット制度とは温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度
※4 温室効果ガス

早稲田大学 竹山らは、独自に開発してきた、ラマン分光解析技術、微小組織打ち抜き技術、シングルセルゲノム解析技術を組み合わせることによって、従来にない解像度での土壌微生物解析技術を開発してきました。

2020年度からは、内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業(管理法人:生物系特定産業技術研究支援センター(生研支援センター))の研究開発プロジェクト「土壌微生物叢アトラスに基づいた環境制御による循環型協生農業プラットフォーム構築」(プロジェクトマネージャー 竹山春子)において、未来型食材の中心となるダイズを対象とし、土壌微生物の機能を最大限に発揮させた土壌を構築すること、さらには土壌の健康を新たなインデックス指標で評価することを目指し、最先端の技術を用いて植物と微生物の相互関係を解析し、有用微生物の取得やそれらのデータベース(土壌微生物叢アトラス)、土壌の生物的・化学的・物理的因子の網羅的情報のアーカイブ化を実施してきました。また、得られた多階層的ビッグデータを基にしたモデル化・シミュレーションを行い、「環境制御による循環型協生農業プラットフォーム」の構築を進めてきました。今回の共同研究は、こうした技術をビール大麦に応用展開して、循環型協生農業・脱炭素社会・気候変動緩和の実現を目指すものです。

Links

竹山春子教授(理工学術院)
大学院先進理工学研究科 竹山研究室
ムーンショット型農林水産研究開発事業
土壌微生物叢アトラスに基づいた環境制御による循環型協生農業プラットフォーム構築

実用性の高いカーボンリサイクル製品として、海水とCO2を原料とした全く新しいコンクリートを開発

著者: contributor
2024年9月17日 15:26

実用性の高いカーボンリサイクル製品として、海水とCO2を原料とした全く新しいコンクリートを開発

発表のポイント

  • 海水中のマグネシウムを用いてCO2を炭酸塩として固定したカーボンリサイクル材料「WMaCS(ダブルマックス)®」を開発しました。
  • WMaCS応用製品として、「普通ポルトランドセメント」※1を用いた従来のコンクリートとは全く異なる新しい世界初のコンクリートの開発に成功しました。配合により、 凝結時間と施工性、あるいは圧縮強度は、普通ポルトランドセメントを用いたコンクリートと同等です。
  • 新開発のコンクリートなど、WMaCS製の建設材料は、1m3あたり約20~110kgのCO2を長期間固定化できます。

早稲田大学理工学術院の中垣隆雄(なかがきたかお)教授と秋山充良(あきやまみつよし)教授の研究グループ(以下、本研究グループとする)は、海水中のマグネシウムを用いてCO2を炭酸塩として固定したカーボンリサイクル材料「WMaCS(ダブルマックス)®」を開発しました(Waseda Magnesium-based Carbon Sequestration materialsの略、登録商標)。WMaCSを応用した建設材料は、1m3あたり約20-110kgのCO2を長期間固定化できます。WMaCSの応用製品として新たに開発したコンクリートは、石灰由来のクリンカ※2を一切含まない独自の製法のため、従来の普通ポルトランドセメントを用いたコンクリートと硬化メカニズムは全く異なりますが、配合により、普通コンクリートと同等の施工性(約1-2時間の凝結時間)、あるいは、建設材料として十分な圧縮強度(25-75MPa)を実現しました。

図:WMaCS製造プロセスフロー

本研究成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDOとする)から2022年度に受託した「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発/研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業」(実証研究エリア)におけるプロジェクト「海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発(※)」(プロジェクトマネージャ:中垣隆雄教授、株式会社ササクラとの共同実施、以下、本プロジェクトとする)の研究活動によって得られたものです。

現在、本プロジェクトでは、広島県・大崎上島の実証研究エリアにおいて20トン/日の海水を用いたカーボンリサイクル技術のパイロットスケールの試験を開始しており、同エリアにて供給される石炭ガス化複合発電由来のCO2を用いて同様のコンクリートを製造する予定です。さらに、商用化を見据え、モルタルやボード材など様々な応用製品も開発中で、これらの製品の実用化を通して、カーボンリサイクル技術の早期社会実装を目指します。

※参考:「海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発を目指す」(2022年11月16日プレスリリース、https://www.waseda.jp/top/news/85546

図:WMaCSを用いたコンクリ―ト材の混錬

図:WMaCSを用いた様々なプレキャストコンクリート製品

図:材齢7日の円柱供試体の圧縮強度

研究の背景

CO2を分離回収し資源として有効活用するカーボンリサイクル技術は、日本政府によって2021年6月に策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」において、カーボンニュートラル社会を実現するためのキーテクノロジーとして位置付けられています。そのうち、現時点ではまだ高価なグリーン水素を用いず、再放出しない炭酸塩等へのCO2固定化は、先行して実現可能な技術として期待されています。CO2固定化材料には、CaO(酸化カルシウム)かMgO(酸化マグネシウム)が適しています。カルシウムもマグネシウムも海水中にイオンとして多く含まれており、本プロジェクトでは、カルシウムを石膏(CaSO4・2H2O)として、マグネシウムを塩化マグネシウム水和物(MgCl2・2H2O)としてそれぞれ回収し、後者を熱分解して得られるMgOを原料とした炭酸マグネシウムの応用製品の開発に取り組んできました.これらの一連の工程をグリーン電力等によって駆動し,コンクリート化することで1m3あたり約20~110kgのCO2を固定化できます。この炭酸マグネシウム材料は、前事業(※)の成果を基に得られたものであり、カーボンリサイクル材料「WMaCS(ダブルマックス)®(Waseda Magnesium-based Carbon Sequestration materialsの略)と名付けて商標(第6829796号)も登録しました。

従来のコンクリートに用いられる普通ポルトランドセメントは、天然にCO2が固定化されている石灰(CaCO3)を熱分解して得られたCaOが主成分のクリンカを使用しており、加熱用の燃料をカーボンニュートラル化しても、石灰由来の非エネルギー起源CO2の発生は避けられません。一方、普通ポルトランドにWMaCSを混ぜただけのコンクリートは施工性が悪化し、ひび割れ等が発生して強度も不足しておりました。

※参考:研究開発テーマ「海水および廃かん水を用いた有価物併産CO2固定化技術の研究開発」(2020年7月15日プレスリリース、https://www.waseda.jp/top/news/69663

今回の研究成果

本研究グループは、古くからある非水硬性のソレルセメントの技術にヒントを得て、材料と配合比を変えたコンクリートを作製し、性能評価を実施してきました。今回の研究成果は、混ぜ込むWMaCSの結晶を酸化マグネシウムの生成条件と炭酸塩化の条件によって制御し、ソレルセメントによって作製した粗骨材・細骨材および独自の配合比(特許出願済み)とすることで、コンクリートに求められる1-2時間程度の凝結時間による施工性の確保と25MPa以上の圧縮強度の両立に成功しました。現在、早稲田大学西早稲田キャンパス(東京都新宿区)にて露天の耐候試験を実施しており、種々の特殊添加剤が材料劣化の抑制に及ぼす影響などを検証中です。現在までに、製造から半年が経過した後でも、開発したコンクリートに特に目立った劣化は確認されておりません。

石灰を一切用いず、海水とCO2だけで作製できる世界初のコンクリートを実現したことで、コンクリートの抱える非エネルギー起源CO2も削減可能となります。

今後の展開このプロジェクトにより期待される波及効果

現在、本プロジェクトでは、(株)ササクラと広島県・大崎上島の実証研究エリアにおいて20トン/日の海水を用いたカーボンリサイクル技術のパイロットスケールの試験を開始しており、2024年度中に同エリアにて供給される石炭ガス化複合発電由来のCO2を用いて同様のコンクリートを作製する予定です。

WMaCSを用いたコンクリートは、消波ブロックやインターロッキングブロックなど、プレキャストコンクリート製品への展開を目指しています。一方、塩化物を大量に含み、従来のコンクリートのような強アルカリ性ではないため、普通鋼鉄筋を用いるのは困難です。そのため、水中への浸漬による溶脱イオンの測定や、ステンレス鋼鉄筋の腐食試験なども継続して実施中です。

さらに、商用化を見据え、モルタルやボード材など様々な応用製品も開発中で、これらの製品の実用化を通して、カーボンリサイクル技術の早期社会実装を目指します。

研究プロジェクトについて

事業名称:NEDO カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2有効利用拠点における技術開発 /研究拠点におけるCO2有効利用技術開発・実証事業(実証研究エリア)
テーマ「海水を用いた有価物併産カーボンリサイクル技術実証と応用製品の研究開発」
実施期間:2022年度から2024年度までの3年間(予定)

(参考)カーボンリサイクル実証研究拠点 https://osakikamijima-carbon-recycling.nedo.go.jp/
同パンフレットの6ページに本プロジェクトも記載。https://osakikamijima-carbon-recycling.nedo.go.jp/wp-content/themes/html/docs/panflet.pdf

研究者情報

学校法人早稲田大学
理工学術院創造理工学部総合機械工学科 中垣隆雄 教授
理工学術院創造理工学部社会環境工学科 秋山充良 教授

用語解説

※1 普通ポルトランドセメント
普通ポルトランドセメントは、建築や土木工事で広く使われているセメントの名称です。石灰石や粘土を高温で焼いた後、粉砕して作られます。このセメントは水,砂,砂利などと混ぜることでコンクリートとなり、建物や橋などの構造物に広く使われています。

※2 クリンカ
クリンカは、セメントの製造過程で生まれる中間製品です。石灰石や粘土を高温で焼き上げてできる硬い塊で、これを粉砕して普通ポルトランドセメントが作られます。クリンカの製造には熱エネルギーを必要とし、多くは化石燃料を使っています。例え化石燃料から脱却しても、石灰石(CaCO3)の熱分解由来のCO2発生は回避できません。

レーストラックアンチスキルミオンの動作実証に成功-次世代の情報デバイス開拓に期待-

著者: contributor
2024年9月9日 15:38

レーストラックアンチスキルミオンの動作実証に成功
─ 次世代の情報デバイス開拓に期待 ─

概要

早稲田大学理工学術院の望月維人教授、理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター電子状態マイクロスコピー研究チームのグァン・ヤオ特別研究員、于秀珍チームリーダー、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部基礎量子科学研究プログラムプログラムディレクター)、創発機能磁性材料研究ユニットの軽部皓介ユニットリーダー、強相関物質研究グループの田口康二郎グループディレクター、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)らの共同研究グループは、細線内に制限されたナノメートルスケールのアンチスキルミオン[1]を電流で駆動した際のダイナミクスの直接観察に成功し、アンチスキルミオンのレーストラック[2]輸送機能を見いだしました。

本研究成果により、トポロジカル構造を用いた、動作速度が大きくてかつ電力消費が少ないデバイスの実現が現実味を帯び、次世代の情報デバイスのさらなる開拓に期待が高まります。
今回、共同研究グループの成果により、ナノスケールの細線内に閉じ込められたアンチスキルミオンを電流で精密に制御できることが実証され、この結果から、スキルミオン[3]の反粒子であるアンチスキルミオンも次世代の高速かつ低消費電力の情報キャリアとして有望であることが明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(9月4日付)に掲載されました。

電流駆動アンチスキルミオンの概略図(a)とシミュレーションで得られたパルス運動結果(b)

背景

アンチスキルミオンは、磁気スキルミオンの反粒子で、室温においても安定なトポロジカルスピンテクスチャ(位相幾何的磁気変調構造)として、磁性体(Fe0.63Ni0.3Pd0.073P(Fe:鉄、Ni:ニッケル、Pd:パラジウム、P:リン、以下「FNPP」という)において発見されました1。スキルミオンは、渦状のトポロジカル構造であり、電流をスキルミオンに流すと、伝導電子はスキルミオンの創発磁場を受け、トポロジカルホール効果[4]を示します。その反作用として、スキルミオンは電流により偏向され、ホール運動をします。電流を流していない状態では、スキルミオンは試料中の欠陥などによってピン止めされ、安定に存在していますが、電流を流すと動き出します。具体的には、電流が閾値(しきいち)である臨界電流密度JCを超えると、スキルミオンは動き始め、さらに電流が大きくなると、電流の流れる方向と一定の角度(ホール角)を成しながら動く「フローモーション(流動)」(ホール運動)へ変化することがローレンツ電子顕微鏡(Lorentz TEM)[5]観察により明らかになっています2。また、スキルミオンのトポロジカルな性質により、運動するスキルミオンは欠陥を容易に回避できるため、スキルミオンを駆動する臨界電流密度は、磁壁[6]を駆動する臨界電流密度の10分の1の約1011アンペア毎平方メートル(A/m2)程度で済むという利点があり3、低消費電力な情報キャリアとして期待されています。

アンチスキルミオンは反渦構造をとっており、スキルミオンと同様にトポロジカルな性質を持つため、低電流で駆動できることが期待されていましたが、実証実験はまだ行われていませんでした。

注1)2021年1月26日プレスリリース「室温でアンチスキルミオンを示す新物質の発見」
https://www.riken.jp/press/2021/20210126_1/

注2)2021年11月24日プレスリリース「室温で単一スキルミオンの電流駆動に成功」
https://www.riken.jp/press/2021/20211124_1/

注3)2012年8月8日プレスリリース「電子スピンの渦『スキルミオン』を微小電流で駆動」
https://www.riken.jp/press/2012/20120808_2/

研究手法と成果

共同研究グループはまず、FNPPプレート(図1a、b)の長辺に平行なナノスケールのストライプ磁区[7]を生成し、その磁区内に約200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のアンチスキルミオンを閉じ込めました(図1c)。その後、ナノ秒パルス電流をストライプ磁区に平行に流しました。ローレンツ電子顕微鏡で観察した結果(図1c)、このアンチスキルミオンが電流方向に平行に移動することが確認されました。つまり、アンチスキルミオンがナノストライプ磁区に閉じ込められた場合、ホール運動が完全に抑制され、電流によるトポロジカル構造体のレーストラック輸送機能が実証されました。また、この観察結果は、シミュレーション結果(図1d)とよく一致し、計算により実験結果を再現できることが確認されました。

次に、FNPPプレートの短辺に平行するナノスケールのストライプ磁区を生成し、その磁区内に約600nmの長方形状のアンチスキルミオンを閉じ込めました(図1e)。その後、最初の実験と同様のナノ秒パルス電流をストライプ磁区に直交して流しました。ローレンツ電子顕微鏡で観察した結果(図1e)、このアンチスキルミオンは電流方向に垂直で、ストライプ磁区に平行して移動することが確認されました。つまり、アンチスキルミオンの移動方向は電流の方向によらず、ナノストライプの向きに制限されることが実証されました。この観察結果は、シミュレーション結果(図1f)とも一致しました。

図1 アンチスキルミオンの駆動ダイナミクスの直接観察
(a、b)アンチスキルミオンをストライプ磁区(細線)内に閉じ込め、その磁区に平行・直行してナノ秒(ns)パルス電流を流した実験のセットアップ(模式図)。
(c、d、e、f)ストライプ磁区(細線)に横電流を流した場合のアンチスキルミオンの平行移動(c、d)および縦移動(e、f)。(c、e)は実験結果、(d、f)はシミュレーション結果。ただし電流は、実験で流した方向と理論計算した方向が逆になっている。

系統的に電流駆動によるアンチスキルミオンの運動を調べた結果、ナノストライプ磁区に流れる電流の方向がアンチスキルミオンの運動速度に大きく影響することが分かりました。具体的には、電流をストライプ磁区に平行に流す場合と比較して、垂直に流した場合、アンチスキルミオンの運動速度が最大で6倍に増加することが明らかになりました(図2)。

図2 アンチスキルミオンの運動速度と電流密度
ストライプ(Str)磁区(細線)に平行(a)と垂直(b)に電流を流した場合のアンチスキルミオンの運動速度(v ̅)の電流密度(j)依存性。運動速度は、平行と比べ垂直の場合には6倍も速い。

今後の期待

本研究では、室温条件下でナノ細線中に閉じ込められたアンチスキルミオンの電流駆動ダイナミクスを直接観察し、その運動特性を初めて明らかにしました。特に、細線に流れる電流の方向がアンチスキルミオンの運動速度に与える影響を考察した結果、ナノ細線に垂直に電流を流すことで、運動速度が最大で6倍にも増加することを実証しました。スキルミオンだけでなく、その反粒子であるアンチスキルミオンの制御・利用が可能になることは、トポロジカル構造を活用した新たな高速電子デバイスの開発に向けた大きな一歩であり、スピントロニクス[8]分野における次世代技術の基盤を築く成果として非常に重要です。

論文情報

タイトル:Confined antiskyrmion motion driven by electric current excitations
著者名:Yao Guang, Xichao Zhang, Yizhou Liu, Licong Peng, Fehmi Sami Yasin, Kosuke Karube, Daisuke Nakamura, Naoto Nagaosa, Yasujiro Taguchi, Masahito Mochizuki, Yoshinori Tokura, Xiuzhen Yu
雑誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-024-52072-4

補足説明

[1] アンチスキルミオン
スキルミオン([3]参照)とは符号が逆のトポロジカル数「+1」を持つ反渦状の磁気構造体。トポロジカル数は、トポロジカル構造の安定性を表す指標で、ここでは渦の巻き数で定義される。アンチスキルミオンの中心を通る直線上のスピン配列は、面内に45°回転するごとにらせん型(スピンの回転面が伝搬方向と垂直である配列)とサイクロイド型(スピンの回転面が伝搬方向と平行である配列)交互に入れ替わり、90°回転するごとにスピンの回転方向が反転する。

[2] レーストラック
磁区の変化で情報を記録する媒体で、データが「トラック」(細い磁性材料のワイヤー)に沿って移動する様子がレースに例えられている。

[3] スキルミオン
固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体であり、トポロジカル数「-1」を持つ。スキルミオンの中心を通る直線上のスピン配列はどこを切っても同じらせん状である。内周スピン配列と外周スピン配列は反平行であり、その間のスピン配列は少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。

[4] トポロジカルホール効果
スキルミオンは電子に対し巨大な仮想磁場の源として働き、電子の運動を横方向に曲げることによりホール電圧が発生するが、これをトポロジカルホール効果と呼ぶ。

[5] ローレンツ電子顕微鏡(Lorentz TEM)
電子線が磁性体を通過する際にローレンツ力によって電子軌道の方向が変化する、その方向変化を可視化することにより、試料内部の磁気構造を観察する顕微鏡。

[6] 磁壁
磁性材料(磁石や強磁性体)の内部において、隣接する磁区(ドメイン)間で磁化の向きが異なる境界領域。

[7] ストライプ磁区
磁性材料内で磁化の方向が周期的に反転している磁区構造を示す。このような磁区は、細長い(ストライプ状の)構造を持ち、交互に反転する磁区が平行に並び、一定の周期性を持つ。

[8] スピントロニクス
電子の自転(スピン)現象を利用した電子工学。次世代の省電力・不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
電子状態マイクロスコピー研究チーム
特別研究員           グァン・ヤオ   (Guang Yao)
基礎科学特別研究員(研究当時) ポン・リソン   (Peng Licong)
基礎科学特別研究員(研究当時) ヤシン・フェミー (Yasin Fehmi)
チームリーダー         于 秀珍     (ウ・シュウシン)

強相関理論研究グループ
基礎科学特別研究員(研究当時) リュウ・イーヂョウ(Yizhou Liu)
(現 客員研究員)

グループディレクター      永長直人     (ナガオサ・ナオト)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)

創発機能磁性材料研究ユニット
ユニットリーダー        軽部皓介     (カルベ・コウスケ)

強相関物質研究グループ
上級研究員           中村大輔     (ナカムラ・ダイスケ)
グループディレクター      田口康二郎    (タグチ・ヤスジロウ)

強相関物性研究グループ
グループディレクター      十倉好紀     (トクラ・ヨシノリ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)

早稲田大学 理工学術院
研究院講師           ツァン・シーチャオ(Zhang Xichao)
教授              望月維人     (モチヅキ・マサヒト)

研究支援

本研究は、理研 TRIP イニシアティブにより実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「電子顕微鏡によるトポロジカルスピン構造とそのダイナミクスの実空間観察(研究代表者:于秀珍、19H00660)」「スキルミオニクス創成に向けた基盤技術と材料の開拓(研究代表者:望月維人、20H00337)」、同学術変革領域研究(A)「スピン模型のトポロジカル相転移を検出する汎用的な機械学習手法の開発(研究代表者:望月維人、23H04522)」、同基盤研究(S)「磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(研究代表者:十倉好紀、23H05431)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(研究代表者:于秀珍、JPMJCR20T1)」、早稲田大学特定課題研究助成費(2024C-153)による助成を受けて行われました。

若い超新星残骸SN1006で「磁場増幅」の証拠を発見~宇宙線加速のジレンマ解消にむけ、新たな一歩~

著者: contributor
2024年7月26日 13:29

若い超新星残骸SN1006で「磁場増幅」の証拠を発見
~宇宙線加速のジレンマ解消にむけ、新たな一歩~

ポイント

  • 若い超新星残骸SN1006の電波とX線の観測データを詳細に解析
  • 電波スペクトルの折れ曲がりと衝撃波の厚みから、100倍以上の磁場増幅を発見
  • 超新星残骸での宇宙線加速を示唆する、新たな証拠を提示

早稲田大学大学院先進理工学研究科の田尾 萌梨(たおもえり、修士課程1年)と、同大学・理工学術院の片岡 淳(かたおかじゅん)教授らの研究グループは、甲南大学理工学部の田中 孝明(たなかたかあき)准教授と共同で、約1000年前に爆発した超新星残骸SN1006で生ずる衝撃波で、磁場が100倍以上も増幅される確実な証拠を突きとめました。

我々の宇宙には「宇宙線」と呼ばれる高エネルギーの粒子が満ちており、その起源は謎に包まれています。宇宙線のスペクトルは1015電子ボルト(1ペタ電子ボルト:1PeV)に特徴的な折れ曲がりを持ち、それ以下の宇宙線は超新星爆発で生成されるとする説が有力です。ところが、加速される宇宙線の最大エネルギーは磁場に比例し、弱い星間磁場(1~10マイクロガウス:10-6~10-5G)では1PeVまで粒子を加速するのは困難で、未解決の難問(ジレンマ)となってきました。今回、研究チームは超新星残骸SN1006の衝撃波で磁場が100倍以上も増幅されていることを発見し、PeVのエネルギーを持つ宇宙線でも加速できる示唆を得ました。

本研究成果は、2024年7月24日(水)午前10時(英国夏時間)に『Astrophysical Journal Letters』のオンライン版で公開されました。

【論文情報】
雑誌名:Astrophysical Journal Letters
論文名:Observational Evidence for Magnetic Field Amplification in SN 1006
DOI:10.3847/2041-8213/ad60c7

これまでの研究で分かっていたこと

図1:宇宙線スペクトルの概観と「knee」

我々の宇宙には「宇宙線」と呼ばれる高エネルギーの粒子が満ちており、観測史上、最も高いエネルギーでは1020eV(eVは電子ボルト。エネルギーの単位)を超える粒子の存在が知られています。スイス・ジュネーブにある、人類最高の加速器Cern-LHCですら加速できる粒子のエネルギーは1013eVであることから、宇宙にははるかに効率が良い、未知の「巨大加速器」が、そこかしこに眠っていることになります。

宇宙線のスペクトルを詳細に見ると、図1のように1015eV(1PeV)付近に特徴的な折れ曲がりがあります。この構造は人間の体にたとえ、「knee(ひざ)」と呼ばれています。これまでの研究から、knee以下の宇宙線は我々の銀河系の中で生成され、knee以上の粒子は銀河系の外から到来すると考えられています。とくに、knee以下の宇宙線は星が最期におこす大爆発(超新星爆発)で、効率よく加速されると考えられています。実際、銀河系内で超新星爆発は約30年に1度の頻度で起きており、その都度1044ジュール(J)ものエネルギーを解放します。このうち1%でも宇宙線加速に消費されれば、エネルギー収支としては十分に賄える計算となります。

ところが、個々の粒子をkneeまで加速することは、簡単ではありません。衝撃波加速の理論では、加速される粒子の最大エネルギーは

と表されます。ここで、磁場強度が星間空間と同程度であれば は B~ 1 – 10μGμGは 10-6G。磁場の大きさ)、 ηは1~10程度の定数です。若い超新星残骸では年齢が概ね1000年(Tage ~ 1000 yr)、衝撃波の速度は概ね数千キロ/秒(Vsh~ 1000 – 3000 km/s)のため、最大エネルギーEmax は1PeVに遠く及ばない計算となります。Kneeに到達するには、100倍から1000倍も強い磁場が必要なのです。

これまで多くの若い超新星残骸では電波からガンマ線にわたる観測が行われ、多波長スペクトルからそこでの磁場は星間磁場と同程度の  が示唆されます。一方で、若い超新星残骸 RXJ1713.7-3946(Tage ~ 1600 yr)とカシオペアA(Tage ~ 300 yr) では、X線で明るく示される「ホットスポット」が数年の間に点滅する様子が確認されました(※1)。ここで、X線(keV:キロ電子ボルト程度)は、衝撃波で加速された電子のシンクロトロン放射(※2)と考えられ、放射で冷える時間は

で与えられます。つまり、X線の点滅はミリガウス(1mG = 1000μG)の強い磁場を示唆しますが、スペクトルから求めた磁場(10μG)とは大きく矛盾します。また、ほかの超新星残骸では磁場増幅の兆候は見つかっていません。この混沌とした状況に、多くの研究者が頭を悩ませてきました。

今回の研究で明らかになったこと

図2:超新星残骸SN1006。青はチャンドラ衛星によるX線観測、赤は電波観測、黄色は可視光による観測の合成画像(©NASA)

本研究では、超新星残骸の「プロトタイプ」とも呼べるSN1006に着目し、多波長スペクトルと画像解析から磁場増幅と宇宙線加速の謎に挑みました。

SN1006は、その名の通り西暦1006年に出現した超新星で、距離は太陽系から約6000光年で「おおかみ座」の方向にあります。爆発時には-7.5等級まで明るくなったことが知られています。これは歴史上最も明るく、昼間でも見ることができた明るさで、藤原定家の「明月記」、中国の「宋史」にも記載があります。

約1000年経った現在におけるSN1006の姿を図2に示します。電波やX線では縁部(シェル)が明るい美しい球状の構造を持ち、まさに爆発による衝撃波が、星間空間を対称に広がっていく様子が見て取れます。1995年には日本の天文衛星「あすか」で初めて精密なX線分光観測が行われ、明るいシェルの部分は強いシンクトロン放射であることが確認されました。これは超新星爆発で、実際に衝撃波加速が起きている動かぬ証拠です(※3)。その後のチャンドラ衛星(米国)、ニュートン衛星(欧州)の詳細観測では、X線の衝撃波面が10秒角(地球までの距離6000光年から計算して、実際の厚みは~3光年)程度ときわめて薄いこと、また電波もX線も B~ 10μG の磁場中で生ずる、一連のシンクロトロン放射である、とする統一見解が得られました。しかしながら、この程度の磁場強度では、SN1006でPeVまでの宇宙線加速はできないはずです([式1]を参照)。

本研究は以下のアプローチで、この難問の解決に挑みました:

(A)Planck(プランク)衛星を加えた1-100GHz の広帯域電波スペクトル解析

(B)MeerKAT 望遠鏡とチャンドラ衛星による高解像度の電波/X線画像の直接比較

(C)多波長スペクトル解析による検証

図3:広帯域電波スペクトル。30GHz以上がPlanck衛星のデータ

(A)Planck衛星は、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が打ち上げたマイクロ波背景放射を観測する衛星で、これまで観測できなかった数十~100GHz(GHzは109Hz)での電波観測を行うことが可能です。本研究では既存の電波望遠鏡の観測結果とあわせることで、初めて1-100GHzの広帯域電波スペクトルを導出しました。結果を図3に示します。これまで、電波のスペクトルは折れ曲がりなく一直線にX線まで伸びると信じられてきましたが、本研究で( Vbrk = 36 ± 6 GHz)に折れ曲がりがあることが分かりました(※4)。これは、電子が強い磁場中で急激にシンクロトロン放射によりエネルギーを失う結果と考えられます。折れ曲がりの周波数は磁場の強さと超新星残骸の年齢(Tage = 1000 yr)に依存するため、ここから電波放射に寄与する磁場の下限値 B > 2mG  が得られました。

(B)続いて、超高解像度の電波画像とX線画像を直接比較し、SN1006の衝撃波面の厚みを比較しました。MeerKAT望遠鏡は南アフリカに設置された口径13.5メートル、64台からなる電波望遠鏡群で、1.4GHzの観測帯で過去最高の解像度(8秒角)を誇ります。一方で、チャンドラ衛星はX線領域で過去最高の解像度(0.5秒角)を持ち、これらの画像を直接比較することで新たな示唆が得られると期待されます。ここで、電波とX線は、エネルギー(または波長)にして8桁(約1億倍)もの開きがあることに注意が必要です。衝撃波面の厚みは、衝撃波の速度 Vsh と電子の冷却時間  の積で与えられるため、もし電波とX線が同じ磁場強度を持つシンクロトロン放射であるならば、[式2]より電波の厚みはX線よりも10,000倍も「厚い」はずです。その場合、電波ではシェル構造が見えず、全体がほぼ一様な球のように光って見えると考えられます。ところが図4を見ると、電波でも明るいシェルが見られ、X線との厚みの違いは高々10倍程度であることが分かります。これは、電波に寄与する磁場がX線領域よりもずっと強く、非常に速く冷却しているからに他なりません。この事実からも、電波に寄与する磁場の下限値   が得られます。一方で、X線を出す電子はエネルギーが高いため、 B~ 10μGで観測されたシェルの厚みを説明することが可能です。

図4:(a)-(d) SN1006の北東シェル、南西シェルの電波、X線画像の比較 (e)-(f) それぞれ1-4の白線に沿って作成した電波(緑色)とX線(赤色)の断面図。電波のシェルはX線より太いが、高々10倍程度であることが分かる

(C)上記ではSN1006で電波を出す領域の磁場の強さが非常に強く、かつX線を出す領域の磁場とは全く異なる可能性を示しました。

図5:SN1006の電波からガンマ線にわたる多波長スペクトル。電波とX線はシンクロトロン放射と考えられるが、別の成分で滑らかにつながらないことが分かる

それでは最後に、電波からガンマ線をつなぐ多波長スペクトルからSN1006で何が起きているのか、謎解きをしてみたいと思います。図5は、今回新しく解析した広帯域の電波スペクトル(図中青色)を加えた多波長データとなります。ここではさらに、可視光・紫外線の過去の観測から見積もった強度(図中黒丸)を新たに加えています。ここで、電波からX線は高エネルギー電子のシンクロトロン放射と考えられますが、今回検出された折れ曲がりのある第1成分(図中緑:ホットスポット)、さらには可視・紫外線とX線で滑らかにつながる第2成分(図中ピンク:全体平均)が混在していることが分かります。第2成分については、高エネルギーのガンマ線放射(同じ電子からの放射だが、逆コンプトン放射(※5)という別な放射)との強度比から、磁場が約 10 – 20μG と正確に求められました。これは従来の観測から得られる示唆と矛盾せず、また他の超新星残骸で信じられている磁場の強さでもあります。一方で、第1成分の電波放射を作るには、約100倍以上磁場が強められることが必要です。つまり、電波とX線では放射に主に寄与する磁場の強さが全く異なる、すなわち放射領域が異なることが初めて示されました。

研究の波及効果-宇宙線加速の謎解明へ

超新星残骸における磁場増幅は、宇宙線加速の観点からも極めて重要な問題です。今回の発見で超新星残骸SN1006のシェルには、磁場が100倍以上に増幅された領域が混在し、それが電波スペクトルの「折れ曲がり」と同時に「細いシェル」を説明することが分かりました。一方で、磁場強度が違うにも関わらず、電波とX線で観測されるシェル構造が似通っているのは何故でしょうか?また、他の若い超新星残骸RXJ1713.7-3946やカシオペアAで観測されたホットスポットの点滅は、SN1006では見えないのでしょうか?ここではその原因を考察します。

まず、電波とX線の画像が似ていることは、磁場が100倍以上も増幅された領域がシェルに沿って、ほぼ一様に広がっていることを示唆します。これらは衝撃波面に沿ってパッチ(ホットスポット)のように点在している可能性もありますし、極めて薄いシート状に広がっているのかもしれません。シンクロトロン放射の強度は磁場の2乗に比例するため、大まかに磁場増幅された領域の体積を見積もることができます。SN1006の場合、シェル全体の10万分の1程度しかないはずです。このような小さな(あるいは薄い)領域は、チャンドラ衛星の解像度をもってしても画像で分解することができません。また、仮に分解できたとしても、 Vbrk = 36 ± 6 GHzで折れ曲がった第1成分が、果たしてX線まで伸びているかも定かではありません。もちろん、今後の観測で、RXJ1713.7-3946やカシオペアA で観測された時間変動が見られれば、より強い制限を与えられることになります。

最後に、図4で求めた電波とX線の画像から、さまざまな位置で電波とX線のシェルの厚みを比較したプロットを図6に示します。全てのシェル領域で、磁場の増幅が見られ、増幅率は100-300倍程度であることが分かります。超新星残骸のプロトタイプともいえるSN1006で磁場増幅の確かな証拠が得られたことで、宇宙線加速の長年の謎であった「超新星残骸ではPeVまで加速できない?」問題に、重要かつ新たな示唆が得られたことになります。

図6:電波とX線のシェルの幅(図4)から求めた、衝撃波面での磁場圧縮率。場所ごとに差はあるが、概ね 100~300倍に圧縮していることが分かる

今後の課題

本研究では、有名な超新星残骸SN1006に対し、Planck衛星の広帯域電波観測、またMeerKAT電波望遠鏡、チャンドラ衛星を総動員した最先端の観測を駆使し、超新星残骸の磁場増幅、さらには宇宙線加速の問題に迫りました。もちろん、SN1006以外にも若い超新星残骸はたくさんあります。たとえば1604年に爆発したケプラー(Kepler)、1572年に爆発したティコ(Tycho)はチャンドラによるX線観測で細いシェルが明確に見えており(図7)、MeerKATを用いた同様な電波画像との比較が待たれます。また、約3700年前に爆発したPuppis AはPlanck衛星による電波観測で折れ曲がりが見えており、これらとSN1006の比較も重要な課題です。今後、研究チームではより広範な種類と年齢の超新星残骸で、磁場増幅の検証を行っていく予定です。

図7:現在、解析を進めているSN1006以外の若い超新星残骸の例

研究者のコメント

宇宙を飛び交う高エネルギー粒子「宇宙線」は1912年に、オーストリアの研究者 ヘス(V.HESS)による気球実験で発見されました。大型の加速器が作れない当時、宇宙線を利用した研究は素粒子物理の花形で、多くの発見をもたらしました。そして100年以上を経た現在、いまだに人類は自然界を超える加速器の製作に成功しておらず、また宇宙のどこで・どのように宇宙線が生成されるのかは、物理学・天文学共通の最重要な研究テーマとして君臨しています。今回の研究は、超新星残骸SN1006に着目したものですが、研究チームが開発した「スペクトルと画像を多波長で横断するアプローチ」は、超新星残骸以外のさまざまな天体への応用が可能で、宇宙に隠れた加速器の真の姿を照らしてくれるに違いありません。今後の研究にご期待ください。

用語解説

※1 若い超新星残骸で見つかった、X線ホットスポットの強度変化:
・ “Extremely fast acceleration of cosmic rays in a supernova  remnant”, Uchiyama, Y., Aharonian, F. A., Tanaka, T., Takahashi, T., & Maeda, Y. (2007), Nature, 449, 576
・ “Fast Variability of Nonthermal X-Ray Emission in Cassiopeia A: Probing Electron Acceleration in Reverse-Shocked Ejecta”, Uchiyama, Y., & Aharonian, F. A. (2008), The Astrophysical Journal, 677, L105

※2 シンクロトロン放射
高エネルギーに加速された粒子が、磁場中で出す放射。粒子の質量の4乗に比例して放射しづらくなるため、実際に観測されているのは軽い電子によるシンクロトロン放射だけである。

※3 ASCA衛星による SN1006の観測
・“Evidence for shock acceleration of high-energy electrons in the supernova remnant SN1006”,  K. Koyama, R. Petre, E. V. Gotthelf, U. Hwang, M. Matsuura, M. Ozaki & S. S. Holt, (1995), Nature, 378, 255

※4 SN1006 の電波スペクトルに折れ曲がりがあることは、以下の論文が最初に発表
・”Planck intermediate results: XXXI. Microwave survey of Galactic supernova remnants”, Planck collaboration, (2016), A&A, 586, A134

※5 逆コンプトン放射
高エネルギーに加速された電子が、エネルギーの一部を低エネルギーの光子(SN1006場合は、宇宙マイクロ波背景放射)に与えることで生ずる、高エネルギーの放射。

論文情報

雑誌名:Astrophysical Journal Letters
論文名:Observational Evidence for Magnetic Field Amplification in SN 1006
執筆者名:Moeri Tao1、Jun Kataoka1 and Takaaki Tanaka2

1.早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻 田尾  萌梨、片岡  淳 (論文責任著者)
2.甲南大学理工学部 物理学科 田中  孝明

掲載日時(英国夏時間):2024年7月24日(水)午前10時
掲載日時(日本時間):2024年7月24日(水)午後6時
DOI:10.3847/2041-8213/ad60c7
掲載予定URL:https://doi.org/10.3847/2041-8213/ad60c7

研究助成

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージングプロジェクト」(R3~8年度;グラント番号 JPMJER2102)および科学研究費補助金 基盤研究(B)「超新星残骸で加速される宇宙線総量の測定と粒子加速における注入問題の解決」(R2~5年度;グラント番号19H01936)の支援を得て実施したものです。

光でタンパク質の凝集を誘導するツールがアルツハイマー病患者等の脳に生じるタウ凝集生成メカニズムの新たな理解を導く

著者: contributor
2024年7月26日 13:28

光でタンパク質の凝集を誘導するツールがアルツハイマー病患者等の脳に生じるタウ凝集生成メカニズムの新たな理解を導く

ポイント

  • アルツハイマー病を含むタウオパチーと総称される神経変性疾患の患者脳では、タウと呼ばれるタンパク質が異常に集まり、大きな塊(アルツハイマー病では神経原線維変化※1)となって観察されます。その前段階には小さな塊(オリゴマー)がありますが、どのようにそれらが形成するかは十分に解明されていません。
  • 光感受性タンパク質CRY2oligを用いてタウタンパク質の小さな塊から大きな塊までの凝集過程を制御する実験系を構築しました。
  • この研究は、タウタンパク質の凝集メカニズムの一端を明らかにしており、タウオパチー病態理解のための基礎的知見が得られました。。

概要

早稲田大学理工学術院の坂内博子教授、学習院大学理学部生命科学科の添田義行助教、大学院生の小池力さん、高島明彦教授、椎葉一心助教、東京大学大学院理学系研究科の吉村英哲助教らからなる研究グループは、アルツハイマー病を含むタウオパチーと総称される神経変性疾患の患者脳に観察される特定の変異を持つタウタンパク質が、どのようにして異常な凝集体を形成するのか、その過程を明らかにしました。特に、光反応タンパク質CRY2oligを使用することで、タウタンパク質の動きを制御し、病気の進行メカニズムを解明する手がかりを得ることができました。

本研究成果は、タウタンパク質の凝集メカニズムの理解を促進し、アルツハイマー病等のタウオパチー病態理解のための基礎的知見の蓄積に貢献します。本研究成果は、2024年7月20日午前1時(日本時間)にCell Press(米国)の科学雑誌Structureに掲載されました。

研究の背景

タウタンパク質は、細胞の中に存在し、微小管という細胞の構造を安定させる細胞骨格に結合することが知られています。しかし、アルツハイマー病などの神経変性疾患では、タウタンパク質が異常リン酸化される等により、微小管から離れること、また水溶性の状態から不溶性の塊を作ってしまうことが知られています。この異常なタウタンパク質の密な塊(凝集体)が、病気の進行に関与していると考えられています。したがって、タウタンパク質が液体のような状態から固体の塊に変わる過程が病気の理解に重要でありますが、その研究は十分に行われておりません。この過程を理解するために、青色の光で反応するシロイヌナズナという植物由来のタンパク質の変異体CRY2olig使って、タウタンパク質の凝集を制御し、その過程を詳細に観察しました。

研究の内容

光照射によるタウタンパク質の変化

凝集しやすいP301L変異を持つタウタンパク質に光感受性タンパク質CRY2oligを融合させたタウタンパク質OptoTauを使用し、光照射に応答して変化するタウタンパク質の挙動をリアルタイムで操作しました。青色光の照射で、OptoTauは病気で観察されるようなリン酸化状態に変わり、また、細胞内でタウ同士が集まるクラスター形成が促進されました。このクラスターは細胞核の周りに集中しており、アグリソームという凝集タンパク質を処理するためのシステムに隔離されていることが観察されました。

アグリソームの破壊実験

微小管の形成を阻害する薬(ノコダゾール)を使用し、アグリソームを破壊しました。実験では、青色光の照射によってOptoTauが細胞全体に散在し、アグリソームではなく膜のない構造体が形成されました。これは、生命科学分野で注目されているトピックの1つである液-液相分離※2で形成されるドロップレットでありました。このような結果は、タウタンパク質は液滴のような構造から固体の塊に変わる過程が観察されたことを示しています。

N末端欠失OptoTauの効果

このOptoTauを真ん中付近で切断したN末端※3が欠失しているOptoTau-ΔNは、青色光の照射によってOptoTauより強力な凝集体を形成することが分かりました。また、これが正常なタウをタウ線維※4に変換させる種(シード)として機能することが示されました。この結果から、N末端の欠失がタウタンパク質の相互作用を強化し、液滴から安定した凝集体への変化を促進することがわかりました。さらにそのタウは、正常なタウを異常凝集タウに変換させる能力を持つこともわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義

本研究は、特定の変異を持つタウタンパク質がどのようにして異常な凝集体を形成するのか、その過程を明らかにしました。特に、光反応タンパク質CRY2oligを使用することで、タウタンパク質の動きを制御し、病気の進行メカニズムを解明する手がかりを得ることができました。これにより、アルツハイマー病などの治療法開発の基礎的知見の蓄積に貢献できる可能性があります。

発表者

添田 義行 学習院大学理学部生命科学科 助教
吉村 英哲 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助教
坂内 博子 早稲田大学先進理工学部電気・情報生命工学科 教授
小池 力 学習院大学⼤学院⾃然科学研究科 博士課程3年生
椎葉 一心 学習院大学理学部生命科学科 助教
高島 明彦 学習院大学理学部生命科学科 教授

論文情報

論文名:Intracellular Tau Fragment Droplets Serve as Seeds for Tau Fibrils
雑誌:Structure
著者名:Yoshiyuki Soeda, Hideaki Yoshimura, Hiroko Bannai, Riki Koike, Isshin Shiiba, Akihiko Takashima
DOI:https://doi.org/10.1016/j.str.2024.06.018

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「シンギュラリティ生物学」(領域番号8007) (課題番号18H05414および18H05410)、科学研究費助成事業(Grant Number 20K06896、23K05993、23H02102 、23K18116、22K15399、22H05574および24H01327)、武田科学振興財団、安倍能成記念教育基金学術研究助成金および日本医療研究開発機構(AMED)の課題番号JP15km0908001の支援により実施されました。また、本発表は学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費の助成を受けています。

用語解説

※1 神経原線維変化
神経原線維変化は、脳の神経細胞内でタウと呼ばれる微小管結合タンパク質が異常に凝集し、蓄積したものです。これは神経変性疾患の1つであるアルツハイマー病の病理学的特徴になっています。タウが異常蓄積する神経変性疾患はアルツハイマー病以外にもピック病や慢性外傷性脳症などがあり、それらの疾患はタウオパチーと総称されています。

※2 液-液相分離
液-液相分離(えき-えきそうぶんり)とは、2つ以上の液体が混ざり合わずに別々の層を形成する現象のことです。タンパク質でも起こり、形状は球状でタンパク質局所濃度を増加させると考えられています。液-液相分離して起こる球状の構造体はドロップレット、コンデンセート、コアソルベート等と呼ばれています。

※3  N末端
タンパク質の先頭は、アミノ基のもつN(窒素原子)に由来してN末端と呼ばれます。タウにおいては、図のN-terminalという部分が該当します。

 ※4 タウ線維
アルツハイマー病等の神経変性疾患において、タウタンパク質は多数集まることで凝集状態になっています。凝集状態は小さな塊から大きい塊に変化することで生じます。大きな塊には、タウが線維化したものが多数含まれます

<公務員・理系>【7/31】地方公務員セミナー ~東京都庁「技術職員」のしごと・働き方を知ろう!~

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2024年7月18日 14:06

 

都市づくり、環境、産業、文化、福祉など、一国に匹敵するほどのフィールドを持つ東京都。
当イベントは東京都庁職員の方にお越ししただき、東京都庁『技術職員』のしごとの魅力・働き方、キャリア、試験制度についてお伝えします。
今回は、都庁技術職の早大卒業生もご登壇いただきますので、しごと理解と合わせて、各自のキャリアへの視野を広げるきっかけとしてください。

タイトル

地方公務員セミナー
~東京都庁「技術職員」のしごと・働き方を知ろう!~

開催日時

2024年7月31日(水) 14:00~15:30(90分)
※90分のプログラムの後に、全体質疑応答・職種別個別対応(参加自由)の時間を取ります。

場所

キャリアセンター「セミナールーム」
(戸山キャンパス学生会館3階)

プログラム

1.東京都の技術職員のしごと・魅力
2.早大卒業生(東京都技術職員)による「私のキャリアストーリー」
<登壇者>(予定)
・土木職
・建築職
・電気職
3.東京都庁の人事制度、働き方
4.採用試験制度(秋試験)に関する新たな取り組みについて

対象

全学年(理系学生)
※東京都庁技術職員(土木・建築・機械・電気)を検討中の方
※公務員(東京都庁)のしごとや技術職のしごとについて興味がある方
※学部1,2年生大歓迎

主催・共催

東京都人事委員会事務局
早稲田大学キャリアセンター

予約方法

①My waseda のキャリアコンパスにログイン
※初めて利用する方はこちらを参照の上、利用手続きをお願いします

②「ガイダンスに参加する」をクリック

③「ガイダンス一覧」から「地方公務員セミナー ~東京都庁「技術職員」のしごと・働き方を知ろう!~」をクリック⇒「申し込む」をクリック

※キャリアコンパスからの申し込みが難しい場合は、問合せ先記載の連絡先よりご連絡ください。

 

【問い合わせ】
早稲田大学キャリアセンター公務員支援担当
Email: career-govt#list.waseda.jp  ※#を@に変更のうえご送付ください。

 

研究成果の実用化に向けて ~Waseda PoC Fund 2024年度は過去最多の応募数から7課題を選定~

著者: contributor
2024年7月3日 14:10

タイプS採択者(左から清野准教授、紫藤博士1年、合田教授、小野口次席研究員※矢内教授はオンライン参加)

タイプA採択者(左から堀尾修士1年、寺原次席研究員、バイラムオメル学部4年)

2024年度 新規研究課題7件を採択

早稲田大学アントレプレナーシップセンターでは、早稲田大学から生まれた研究成果の早期実用化をめざし、研究開発型スタートアップの創出を加速化するための様々な取り組みを行っています。

2020年から始まった『早稲田PoC Fund Program』は、早稲田大学の研究成果をもとにしたビジネスアイデアを、PoC(プルーフ・オブ・コンセプト)と呼ばれるビジネス仮説検証を行うことによってビジネスモデルを確立させ、スタートアップ創出を支援するプログラムです。今年度はついに5年目を迎え、4月に締め切った公募ではこれまでで最多の応募がありました。早稲田大学の研究成果を研究室に留まらせることなく、社会実装し世界にダイレクトに貢献することをめざす研究者が増えてきたと言えます。

この多数の応募のなかから、厳正な書類・面接審査を経て2024年度の研究課題7件を決定しました。採択された研究課題は、仮説検証を行うための研究開発費と、ビジネスの専門家による伴走支援、そして起業活動に役立つ様々なWSの受講機会など、手厚いサポートが提供され、事業化をめざしていきます。

  • 2024年度 採択課題
研究代表者 所属 研究課題名
(タイプS)
合田 亘人 教授  先進理工学部 生命医科学科 2型糖尿病の根治を目指した膵細胞増殖活性化剤の開発
矢内 利政 教授 スポーツ科学部 投手の寿命を延ばす肩肘運動解析ドックの開発
清野 淳司 准教授(任期付) 先進理工学研究科 化学・生命化学専攻 抗がん活性予測AIシステムの開発と検証
小野口 真広 次席研究員 理工学術院総合研究所 新規RNA-タンパク質複合体解析技術の開発と創薬スクリーニングへの応用
紫藤 寛生 博士1年 創造理工学研究科 総合機械工学専攻 鑑賞者が表現者になる新感覚インタラクティブ・ロボット・アートの事業化
(タイプA)    
寺原 拓哉 次席研究員 理工学術院総合研究所 コンピューターシミュレーションを用いた美しく、機能性の高い製品デザインの提案
堀尾 優子 修士2年 人間科学研究科 バイオレメディエーションによる放射性セシウム回収・減容化システムの開発

(事業期間:2024年度末まで)

 

「研究者から起業家への飛躍」に向けたキックオフミーティング

講師の髙山氏

意見交換の様子

それぞれのPoC活動の開始に先立ち、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)より髙山幸次郎氏を講師に迎え、アカデミア発の起業において何に留意する必要があるか、事業化の「はじめの一歩」において特に重要となる論点は何かについて学びました。

各参加者の現在のビジネスアイデアにおいて想定されている「顧客」は何か、その「顧客」のどのような課題を解決しようとしているのか、なぜその課題が大きいのか等についてワークを通じて確認し、7月以降メンターとのやりとりを通じて本格化する活動の事前準備を行うことができました。ミーティング終了後にはアントレプレナーシップセンターの施設を見て回り、起業のイメージを深めた参加者もおられました。

3月に予定されているDemo Dayまでに、それぞれの研究がどのようなビジネスアイデアに変化しているのか、期待が高まります。

 

これまでに7件のスタートアップを創出

早稲田 PoC Fundは、これまでの4年間でタイプAを4件、タイプSを18件採択。 教員・研究員・大学院生を代表とする研究チームが、それぞれの研究課題にビジネスの創出プロフェッショナルの方々からの支援(ハンズオン的支援)を受けながら、試作品の研究開発や市場・インタビュー調査などを実施し、研究シーズを活用したビジネスアイデアのブラッシュアップに取組んできました。

その結果、これまでに7社が起業を果たし、うち、2社は早稲田大学のベンチャーキャピタルである、早稲田大学ベンチャーズから資金調達を行うなど、『早稲田PoC Fund Program』から着実な研究開発型スタートアップが生みだされています。

  • これまでに早稲田PoC Fund Programから生まれた企業
研究代表者 法人名
三宅丈雄 教授(情報生産システム研究科) ハインツテック株式会社
中尾洋一 教授(先進理工学部 化学・生命化学科 ) Ussio Lab.(株)
大橋啓之 客員上級研究員(ナノ・ライフ創新研究機構) 株式会社こころみ
青木隆朗 教授(理工学術院・応用物理学科) 株式会社Nanofiber Quantum Technologies
 陽 品駒 次席研究員(次世代ロボット研究機構) 株式会社HatsuMuv 
伊藤 悦朗 教授(教育・総合科学学術院) 株式会社 BioPhenoMA
原 太一 教授(人間科学学術院) Wellness AP Science 株式会社

早稲田大学は、これからも早稲田大学発の研究成果を安心・安全・便利な世界の実現に貢献するビジネスアイデアにし、新たなイノベーションの創出をめざしてしてまいります。『早稲田PoC Fund Program』の取り組みに、どうぞご期待ください。

 

研究室から生まれた成果が事業化されるまでのストーリーを語るMovie

大学の研究室から生まれた研究成果が、PoCファンドによる支援を経て、起業を果たした事業化までのストーリーを研究者が語る人気の動画コンテンツが好評公開中です。ぜひご覧ください。

The Challenges of Waseda’s startups #8 戸川望教授 株式会社Quanmatic

The Challenges of Waseda’s startups #9 伊藤悦郎教授 株式会社BioPhenoMA

 

早稲田PoCファンドプログラムとは?

2020年からアントレプレナーシップセンターが実施している、ギャップファンドプログラム。研究成果をもとにしたベンチャー企業を創出するために必要なビジネスアイデアの仮説検証(プルーフ・オブ・コンセプト)を行うための開発資金(ギャップファンド)の提供と専門家による伴走支援体制を構築。起業を通じた研究成果による社会貢献の実現を目的としています。提携ベンチャーキャピタルからの寄付を財源とするタイプAおよびB、JST  START 大学・エコシステム推進型 大学推進型を財源とするタイプSの3つのタイプがある。

 

本件に関するお問合せ

早稲田大学リサーチイノベーションセンター
アントレプレナーシップセンター 早稲田PoC Fund Program事務局 (担当:喜久里、酒匂、武藤)

ポリエステル衣類の放射線照射発光を発見、陽子線ビームの画像化にも成功

著者: contributor
2024年7月3日 11:25

ポリエステル衣類の放射線照射発光を発見、陽子線ビームの画像化にも成功
~放射線治療など様々な分野への応用に期待~

発表のポイント

  • ポリエステル製の生地や衣類が放射線照射で発光することを発見
  • 陽子線ビーム照射によるポリエステル衣類の発光画像化に成功
  • ポリエステル生地は柔らく、患者表面に密着して配置可能なため、放射線治療における表面発光計測など、さまざまな分野への応用が期待される

概要

早稲田大学理工学術院の山本 誠一(やまもと せいいち)上級研究員(研究院教授)および片岡 淳(かたおか じゅん)教授らのERATOプロジェクト研究チーム(プロジェクトリーダー:片岡 淳教授)は、神戸陽子線センターの山下 智弘(やました ともひろ)博士、東北大学未来科学技術共同研究センターの吉野 将生(よしの まさお)准教授、鎌田 圭(かまだ けい)准教授、東北大学金属材料研究所の吉川 彰(よしかわ あきら)教授、大阪大学大学院医学系研究科の西尾 禎治(にしお ていじ)教授と共同で、一般に市販されているポリエステル製の生地や衣類が放射線照射で発光することを発見しました。またポリエステル製の衣服が、放射線治療に使われる陽子線ビーム照射で発光している様子を短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)として可視化することにも成功しました。ポリエステル製の生地や衣類は柔らかく、自在に曲がるので、放射線治療のみならず、放射線計測に関連した様々な分野への応用が期待されます。

本研究成果は、2024 年6月12日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』に発表されました。

【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Scintillation of polyester fabric and clothing via proton irradiation and its utilization in surface imaging of proton pencil beams
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-024-62456-7

これまでの研究で分かっていたこと

放射線治療*1では正確な放射線照射が求められます。しかし、種々の要因により、正確な位置に放射線が照射されない可能性もあります。精度の高い治療を提供可能にするために、治療中に患者の位置と体表面における放射線ビーム位置を短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)として計測する方法が研究されています。

これまで、患者の表面に照射された放射線領域のリアルタイム画像確認のために、放射線治療用高エネルギーX線照射で発生するチェレンコフ光*2を画像化する方法が試みられてきました。しかし、陽子線治療ビームではチェレンコフ光がほとんど生成せず、リアルタイム画像化が困難でした。水や生体組織は、放射線に対して光を放出することが報告されていますが、放出される光はごくわずかであり、観察には暗箱と超高感度カメラが必要で、観察に長い時間がかかりました。放射線で良く光るシンチレータ*3を用いる方法も試みられていますが、一般にシンチレータは固いため、平らな部分に配置する必要がありました。

今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、患者体表面の複雑な形状に密着して配置可能なシンチレータ材料として、放射線照射で発光する生地と衣類を探索しました。シンチレータ材料を探索する中で、木綿などは放射線照射で発光しませんでしたが、ポリエステル製の生地や衣類は、放射線照射で良く発光することが分かりました。さらに画像化実験により、ポリエステル製の衣類が、陽子線ビーム照射で発光し、リアルタイムに画像化できることを確認しました。

そのために新しく開発した手法

今回、生地や衣類の放射線による発光を探索するために、放射線の一種であるアルファ線を種々の生地切片に照射することで、基礎的な性能を評価しました。この探索により、ポリエステル製の衣類は、他の衣類、例えば綿などとは異なり、アルファ線照射により、プラスチックシンチレータ(代表的なシンチレータの一つ)の10%から20%もの強度で発光することが明らかになりました。

これらの結果をもとに、ポリエステル製のシャツなどをリアルタイム画像化実験の材料として選択し、陽子線照射中の発光画像を高速高感度カメラで計測しました(図1)。

図1 陽子線照射中のポリエステル製Tシャツ画像化実験の模式図

その結果、部屋の電気を消した環境において、陽子線照射で発生する発光を、0.1秒間隔のリアルタイム画像として得ることに成功しました。また得られた発光画像から、陽子線ビーム照射発光の積算画像も得られました(図2)。

図2 Tシャツを着せたマネキン(白黒画像)と陽子線ビーム照射発光の積算画像(カラー表示の部分)

研究の波及効果や社会的影響

本研究により、陽子線ビーム照射中に衣服表面のリアルタイム発光画像を得ることが可能になりました。ポリエステル生地や衣類は柔らかく自在に曲がり、また縫い合わせることで任意の形状にすることが可能です。放射線治療を受ける患者さんにフィットするポリエステル製のシャツを着てもらうことで放射線照射による患者表面の発光を画像化できる可能性があります。またポリエステル生地や衣類は、衣料用に大量生産されているので低コストです。

これまでシンチレータというと、固く曲がらないものがほとんどでした。しかしポリエステル製の生地や衣類は自在に変形することから、今回発見した放射線照射発光現象は、これまでと異なる用途の広がりが期待されます。

今後の課題

今回、ポリエステル製の衣類を用いて、陽子ビームを0.1秒間隔でリアルタイム画像として観察できるようになりました。明るい環境で、より短い時間で陽子ビームを画像化するには、放射線照射発光の多い材料開発が必要です。陽子線以外にも、治療用X線や電子線、さらには診断用X線装置やCT装置の放射線照射位置リアルタイム計測にも応用できる可能性があるので、今後、画像化実験を進めます。

研究者のコメント

市販の廉価なポリエステル製の生地や衣類が放射線照射で発光することを発見できたのは大変幸運でした。この研究成果は、これまでシンチレータは硬くて変形しないのが常識の中で、柔らかく変形可能、さらに種々の形状に比較的容易に加工することが可能なシンチレータを実現したという新しさがあると思います。今後、さらに高性能で変形可能な新しいシンチレータ開発とその応用研究を積極的に進めていきます。

用語解説

1 放射線治療
放射線を用いて患者のがんを治療する方法。放射線の種類としては、X線やガンマ線、粒子線などが使われる。

2 チェレンコフ光
荷電粒子が光よりも速い速度で物質を通過するときに発生する光。放射線治療におけるX線や電子線照射で発生するので、画像化して放射線治療に応用する研究がおこなわれている。

 シンチレータ
放射線があたることにより発光する物質。放射線の検出や画像化するときに用いられる。

論文情報

雑誌名 :Scientific Reports
論文名 :Scintillation of polyester fabric and clothing via proton irradiation and its utilization in surface imaging of proton pencil beams
執筆者名:Seiichi Yamamoto1)*, Tomohiro Yamashita2), Masao Yoshino3), Kei Kamada3), Akira Yoshikawa3), Teiji Nishio4), Jun Kataoka1)

1.早稲田大学 理工学術院 山本 誠一 (論文責任著者)、片岡 淳
2.神戸陽子線センター 山下 智弘
3.東北大学 未来科学技術共同研究センター 吉野 将生、鎌田 圭、吉川 彰
4.大阪大学 大学院医学系研究科 西尾 禎治

掲載日:2024 年6月12日
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-62456-7

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造推進事業 ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージング」(R3~8年度;グラント番号 JPMJER2102)、科学研究費補助金基盤研究(B)「チェレンコフ光閾値以下のエネルギーの放射線照射による水の発光現象の医療応用」(R4~8年度;グラント番号22H03019)、および科学研究費補助金基盤研究(A)「マイクロ共晶体構造を応用した量子線弁別型超高解像度イメージング装置の開発」(R1~5年度;グラント番号19H00672)の支援を得て実施したものです。

NEDO「エネルギー・環境分野における革新的技術の国際共同研究開発」に採択

著者: contributor
2024年7月2日 17:18

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募する2024年度「エネルギー・環境分野における革新的技術の国際共同研究開発」に、本学理工学術院 小柳津研一教授の提案が採択されました。21件の提案に対し、外部有識者による厳正なる採択審査及びNEDO内の審査を経て9件が採択されたなかの1件となります。

採択課題

  • 小柳津 研一(理工学術院 教授)
    非金属系蓄電物質を用いた系統用次世代レドックスフロー電池に関する国際共同研究開発
    (研究開発課題名:希少金属に依存しない系統用次世代レドックスフロー電池に関する国際共同研究開発)

 

「エネルギー・環境分野における革新的技術の国際共同研究開発」について

地球温暖化問題の解決のためには既存のエネルギー技術開発の延長のみでは不十分であり、世界共通の地球規模の課題である気候変動問題に対応しつつ、経済の成長を図っていくため(環境と成長の好循環)には、国内外の先進的技術などを活用しながら、エネルギー・環境分野におけるイノベーションの創出を図っていくことが重要です。
本事業は、国内外の先進的技術等を活用しながら、2040年以降の実用化につながる新たな革新的エネルギー・環境技術を産み出していくイノベーションの創出を図ることで、我が国が主導する形で世界共通の地球規模課題である気候変動問題に対応しつつ、同時に我が国の経済成長に貢献することを目指します。
NEDO webサイトより)

▶ 研究開発課題一覧(PDF

試行錯誤で学んだことで起きてしまう判断のバイアスは世界共通

著者: contributor
2024年7月2日 17:16

試行錯誤で学んだことで起きてしまう判断のバイアスは世界共通

発表のポイント

  • 人間は試行錯誤によって学習しますが、場合によっては最適でない判断をすることがあります。異なる社会経済的・文化的背景において、学習によって起きる判断のバイアスがどのように現れるかはわかっていませんでした。
  • 経済的判断の傾向に関する調査の結果、情報を把握した上で行う意識的な判断においてリスクを回避する傾向は国によって違いがありましたが、試行錯誤の学習によって生じたバイアスには社会経済的・文化的背景の影響が見られませんでした。
  • この研究結果は、多様な背景を持つ個人がどのように意思決定をしているのかについて明らかにしたもので、産業界や政策立案者にも貴重な洞察を提供すると思われます。

概要

パリ高等師範学校のHernán Anlló博士、Stefano Palminteri教授と早稲田大学理工学術院の渡邊克巳教授らの研究グループは、社会経済的・文化的背景が異なる11カ国の人々の経済的判断の傾向を調査し、明示的な情報にもとづいたリスク回避の傾向などは国によって違いがあっても、試行錯誤を通じた学習による行動のバイアスにはほとんど違いが見られないことを明らかにしました。

本研究成果は、英国科学誌『Nature Human Behaviour』に、2024年6月14日(現地時間)にオンラインで掲載されました(論文名:Comparing experience- and description-based economic preferences across 11 countries)。

これまでの研究で分かっていたこと

人間を含む動物は、試行錯誤によって学習します。これを強化学習※1といいます。強化学習は本来、報酬を多くし、罰を少なくするという単純な目的を持っています。しかし文脈によっては最適でない判断につながることが知られていました。強化学習は、医療、教育、経済、経営、政策などの分野に広範な影響を及ぼすにもかかわらず、異なる社会経済的・文化的背景などが、強化学習にどのように影響するかは分かっていませんでした。

今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

この疑問を解決するために、強化学習における文脈効果を確実に捉える実験的アプローチを用いて、社会経済的・文化的に異なる11カ国の人々の経済的判断の傾向を調査しました。

(実際の報酬ではなく例えになりますが)、
A:75%で一万円(期待値※2=7500円)
B:25%で一万円(期待値=2500円)
C:75%で一千円(期待値=750円)
D:25%で一千円(期待値=250円)

をもらえる選択肢があったとします。このような選択肢の「〜%で〜円」の部分を明示的に示して判断させる「宝くじ課題」では、「AとB」のどちらか、「CとD」のどちらかを選ばせると、当然期待値の高いAとCを選びます。これを何度も繰り返した後に、今度は「AとD」「BとC」をペアにして選ばせても、AとCを選びます。ただし、このような意識的な判断の時に、報酬を得られないというリスクを回避する傾向(例えば「BとC」をペアとしたときに、期待値は低いが報酬を得られる確率は高いCを選択する傾向)は国によってかなり違っていました。

一方、「〜%で〜円」の部分を明示的に示さずに、試行錯誤によって学習させる「強化学習課題」も行いました。「AとB」「CとD」の組み合わせで学習し、期待値の高いAとCを選ぶようになった後に、「AとD」「BとC」をペアでどちらを選ぶかをみると、「AとD」ではAを選ぶのですが、「BとC」だと確率的には期待値の低いCを選ぶことのほうが多くなりました。さらには、このような最適でない行動をする程度は、今回調べた全ての国でほとんど違いが見られませんでした。

つまり、経済的判断において、情報を説明された上で行う意識的な判断は社会経済的・文化的背景によって違いが出てきますが、強化学習によって(おそらく無意識的に)形成される行動は、ほとんど影響を受けないことが示唆されます。

研究の波及効果や社会的影響

日本人はリスクをとらない傾向が強いと言われることがあります。例えば、1億円が当たる確率が1%の方が、5万円が当たる確率が50%の場合よりも、期待値という点では優れています。でも、報酬を得られないことを避ける傾向が高ければ、2番目の選択肢がより高い効用を持つように見えるかもしれません。

しかしながら、本研究はこのような明確に情報が与えられた時の判断と、個人が試行錯誤の結果学んだ行動にはズレがあるということを示しています。この結果は、個人の意思決定だけではなく、医療・教育・経済・経営・政策などより大きな枠組みを捉えるときも重要な知見となります。

今後の課題

本研究は、社会がグローバルな結びつきを強める中、人間の意思決定を支える共通の基盤としての強化学習を調べたものになります。この研究結果は、多様な背景を持つ個人がどのように複雑な意思決定をしているのかについて明らかにし、産業界や政策立案者にも貴重な洞察を提供するものだと考えています。今回は国というものを、文化的・経済的背景を表すものとして一時的に用いましたが、今後はさまざまな集団や個人差なども考慮して、人間の意思決定の普遍的な部分と多様性を解明していきたいと考えています。

研究者のコメント

私たちの判断や気持ち、行動が文化・環境に影響されるという説は、さまざまな場面で語られることがありますが、動物としての人間がもつ基礎的なプロセスと複雑に絡み合っていて、「どの側面でどの程度」という捉えをしなければ、実際に役には立ちません。「日本人だから」「遺伝が全てだ」「人はそれぞれ違う」「人はみんな同じ」など単純な言い切りをせずに、研究を通じて丁寧に紐解いていくことが必要だと思います。

用語解説

※1 強化学習
報酬に基づく試行錯誤を通じた学習。獲得した経験に基づいて行動することを可能にするメカニズムや行動のこと。

※2 期待値
1回の試行で確率的に得られる値の平均値。期待値がより高くなる選択をすることが、確率的に「良い」選択といえる。

論文情報

雑誌名:Nature Human Behaviour
論文名:Comparing experience- and description-based economic preferences across 11 countries
執筆者名(所属機関名):Hernán Anlló(パリ高等師範学校/早稲田大学) ―他24名― Katsumi Watanabe (早稲田大学)、Stefano Palminteri(パリ高等師範学校)
掲載日時(現地時間):2024年6月14日
掲載URLhttps://www.nature.com/articles/s41562-024-01894-9
DOI10.1038/s41562-024-01894-9

研究助成

研究費名:ムーンショット型研究開発事業
研究課題名:非接触表面情報からの身体運動を伴う場合の心身状態の推定
研究代表者(所属機関名):渡邊克巳(早稲田大学)

研究費名:科研費基盤(A)
研究課題名:クロスモーダル型人間拡張技術の知的基盤の構築
研究代表者名(所属機関名):渡邊克巳(早稲田大学)

貴金属原子を孤立させた金属ナノ多孔体

著者: contributor
2024年6月25日 13:32

貴金属原子を孤立させた金属ナノ多孔体

本研究のポイント

  • アモルファス(非晶質)注1)骨格の金属ナノ多孔体注2)上での置換メッキにより貴金属シングルアトム(単一原子)を析出
  • 高い表面積の支持体を利用することで、貴金属原子を12 wt%程度まで導入させることに成功
  • 高活性な水素発生電極触媒として機能し、高い安定性を保持

研究概要

名古屋大学大学院工学研究科の山内 悠輔 卓越教授、Yunqing Kang(カン ユンチン)外国人特別研究員(JSPS)、早稲田大学理工学術院の朝日 透 教授らの研究グループは、豪州クイーンズランド大学との共同研究で、アモルファス(非晶質)の金属骨格からなるナノ多孔体を支持体として用いて、貴金属原子を均一に孤立分散させる方法を提案しました。

特に、原子レベルで分散した白金族金属注3)の原子は独特の幾何学的構造を持ち、高い原子利用効率を実現できるため、次世代ナノ触媒注4)として非常に有望です。近年では、カーボン支持体注5)に単核の金属活性点が固定化されたシングルサイト触媒注6)が注目されていますが、多くの場合、これらの金属はイオン状態であり、カーボン支持体とは配位結合しています。そのため、構造的な安定性に欠けるなどの問題がありました。

本研究では、均一に白金原子を分散させる理想的な支持体として、均一なメソ細孔を持ち、骨格がアモルファス状態のニッケルで構成されたナノ多孔体を提案しました。高い表面積を有する支持体上での置換メッキ注7)により、白金原子が孤立形成し、最大で12 wt%までの均一に分散させることが可能になりました。Pt原子とNi原子は金属結合で結ばれており、優れた電気触媒による水素発生性能を示し、長時間にわたり安定した状態でした。また、本手法により他の金属原子や複数の種類の金属原子なども同時に孤立して形成させることもでき、シングルサイト触媒の新たな合成法として今後注目されると期待しています。

本研究成果は、2024年6月21日付オープンアクセス雑誌「Science Advances」にて掲載されました。

左から(早稲田大学)朝日透教授、(名古屋大学)Yunqing Kang外国人特別研究員、山内 悠輔卓越教授

研究背景と内容

原子レベルで分散された金属は、その高い金属利用効率と独自の幾何学的構造により、様々な触媒用途のための有望な材料として注目されています。特に、白金族金属は、単一原子(シングルアトム)を形成する場合,非常に高い触媒活性を示しますが、その一方で不安定になりやすいという課題があります。

この問題を解決するための効果的な手法の一つとして、特定の支持体上にシングルアトムを形成させ、それらの相互作用を強化することで触媒活性を調整する方法が挙げられます。そのため、優れた触媒活性を持ちながらも、高価な金属の利用効率を最大化できるため、原子レベルで分散された貴金属原子を高い担持量で導入する新規触媒の研究が盛んに行われています。

これまで、窒素含有カーボン複合材料、金属酸化物、金属硫化物などの様々な支持体がシングルアトムをうまく分散させる理想的な基質として広く研究されてきました。しかし、これらの支持体上では、多くの場合、シングルアトムの酸化状態(金属イオンの状態)を形成しています。別の手法として、単一原子合金を形成する方法があります。この合金中では、ゲスト金属原子が他の金属基質によって隔離され孤立状態になっているため、お互いの金属は金属結合でつながっています。これまでに、Pt/Ni(Ni基質へのPt孤立原子の導入)、Pt/Cu、Ir/Co、Pd/Cuなど報告されてきましたが、すべての基質はナノ構造を持たないものや結晶性ナノ粒子に限定されているため、多くのシングルアトムを導入できませんでした。

本研究では、アモルファス骨格を有するナノポーラスニッケル(Ni)を支持体として用いて、置換反応によって生成された原子レベルで均一に分散したPt原子を導入することに成功しました。高い表面積を有する支持体上での置換メッキにより、白金原子が形成し、最大で12 wt%までの白金原子を均一に分散させることが可能になりました(図1,図2)。Pt原子とNi原子は金属結合で結ばれており、長時間にわたり安定で、優れた電気触媒による水素発生性能を示します。

図1. (A) 低倍率の走査型電子顕微鏡(SEM;スケールバー:1 μm)、(B) 高倍率のSEM(スケールバー:500 nm)、(C) 生成物のイラスト図、(D) 透過型電子顕微鏡(TEM)画像(スケールバー:100 nm)、(E) HAADF-STEM像(スケールバー:50 nm)、(F) 元素マッピング(スケールバー:500 nm)、及び(G) ラインスキャン元素マッピングプロファイル。

図2.(A) 粉末X線回折(XRD)パターン、(B) 高解像度HAADF-STEM画像(スケールバー:5 nm)、及び(C) (B)の選択領域の拡大HAADF-STEM画像(スケールバー:1 nm)。赤い円で囲まれた明るい点は、原子レベルで分散された白金原子の位置を示している。

成果の意義

貴金属は、その高い触媒活性から広く利用されていますが、原子レベルで分散させたシングルアトム触媒は、貴金属の利用効率を最大限に引き出すために非常に有望であります。シングルアトム触媒は、原子一つ一つが活性点となるため、触媒表面全体で効率的に反応を進めることができます。さらに、本研究ではこれらを高い表面積を持つナノ多孔体に担持することで、高い導入量を実現しながら、安定した性能を維持することが可能になりました。

本研究成果により、水素生成反応やその他のエネルギー変換プロセスにおいて、高効率で耐久性のある触媒を提供することが期待されます。また、貴金属の効率的な利用を促進することで、経済的かつ環境に優しい触媒システムの開発にも貢献すると期待されます。

 

本研究は、2020年10月から始まったJST-ERATO『山内物質空間テクトニクスプロジェクト』の支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1)アモルファス(非晶質):
原子が規則正しく並んでおらず、結晶構造を持たず、無秩序に配置されている状態を特徴とする。これにより、特定の物理的特性や化学的特性が生じ、さまざまな応用分野で重要な役割を果たしている。

注2)ナノ多孔体:
ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)スケールの細孔(ポア)を持つ材料のことを指す。これらの細孔は、材料全体の特性に大きな影響を与え、特に表面積の増大や物質の吸着、触媒反応、分子の分離などの応用において重要。

注3)白金族金属(Platinum Group Metals, PGM):
周期表の第5族および第6族に属する6つの貴金属を指す。具体的には、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)。これらの金属は、化学的性質や物理的性質が類似しており、特に触媒としての優れた性能から広く利用されている。

注4)ナノ触媒:
ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)サイズの粒子を持つ触媒のこと。その極小サイズによって特有の物理的、化学的特性を持ち、従来の触媒よりも高い触媒活性や選択性を示すことが多い。

注5)支持体:
触媒における支持体とは、触媒活性物質を保持し、その分散を助けるための材料のこと。

注6)シングルサイト触媒:
触媒活性の中心となる金属原子が単一の原子として存在する触媒のことを指す。

注7)置換メッキ(ちかんめっき):
ある金属基質上に別の金属を析出させる化学プロセスの一つ。このプロセスでは、基質となる金属が溶液中の別の金属イオンと化学的に反応し、基質の表面に新しい金属が析出することによって、メッキ(薄い金属層)が形成される。この反応は、基質金属の溶解と新しい金属の析出が同時に進行するため、置換メッキと呼ばれる。

(8)論文情報

雑誌名: Science Advances
論文タイトルMesoporous amorphous non-noble metals as versatile substrates for high loading and uniform dispersion of Pt-group single atoms
著者:Yunqing Kang(外国人特別研究員)(名古屋大学), Shuangjun Li, Ovidiu Cretu, Koji Kimoto, Yingji Zhao, Liyang Zhu, Xiaoqian Wei, Lei Fu, Dong Jiang, Chao Wan, Bo Jiang, Toru Asahi(早稲田大学), Dieqing Zhang, Hexing Li, Yusuke Yamauchi(名古屋大学)
URLhttps://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ado2442
DOI:10.1126/sciadv.ado2442

土壌中のナノプラスチック濃度の測定技術を開発

著者: contributor
2024年6月14日 15:13

土壌中のナノプラスチック濃度の測定技術を開発
地圏環境中に拡散したプラスチック粒子量分布の把握に貢献

ポイント

  • 紫外可視分光光度計を用いて、土壌中のプラスチック濃度を簡便に測定する技術を開発
  • 従来法では検出が困難だった大きさ1 µm以下のナノプラスチックに対応
  • 地圏環境中のナノプラスチック量分布を基に、ヒトへのプラスチック暴露量の評価に貢献

土壌中にあるナノプラスチックのイメージ

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループ 土田 恭平 研究員(現在 早稲田大学大学院創造理工学研究科地球・環境資源理工学専攻博士課程在籍)、井本 由香利 主任研究員、斎藤 健志 主任研究員、原 淳子 研究グループ長、早稲田大学創造理工学部環境資源工学科 川邉 能成 教授は、土壌中のナノプラスチックの濃度を測定する技術を開発しました。

近年、増え続けるプラスチックごみが社会問題となっています。とりわけ、大きさ1 µm以下のプラスチックはナノプラスチックと呼ばれ、人体への影響が懸念されています。ナノプラスチックは摂取や吸入などによって人体に取り込まれると考えられているため、ヒトへのリスク評価のためにも土壌を含む地圏環境にどれだけの濃度で分布しているかを知る必要があります。しかし、従来手法で検出できる土壌中プラスチックの最小サイズは約1 µmであるため、土壌中のナノプラスチック※1の分布状況は明らかになっていません。

今回開発した技術は、ナノプラスチックと土壌粒子の吸光度スペクトル※2の差を利用して、土壌有機物や土粒子とナノプラスチックを分離せずに、従来法では難しかった土壌試料中のナノプラスチック濃度を算定します。
なお、今回の成果の詳細は、2024年5月28日に「Ecotoxicology and Environmental Safety」に掲載されました。

開発の社会的背景

ごみの不法投棄や河川の氾濫、農耕地でのプラスチックの利用、建築土木利用された資材の劣化や摩耗などに起因して、マイクロプラスチック※3が環境中へ流出していることが報告されています。陸上に存在するマイクロプラスチック量は海洋の4~23倍と推定されており、土壌中に多量のマイクロプラスチックが存在している可能性があります。また、ナノプラスチックはマイクロプラスチックが粉砕されることで生成され、マイクロプラスチックと同様に土壌中に存在していると考えられます。

ナノプラスチックは赤血球を破壊し、細胞に侵入してミトコンドリアDNAに損傷を与えることが明らかになっています。ナノプラスチックはマイクロプラスチックよりも人体への影響が大きい可能性があるため、土壌を含む地圏環境中のナノプラスチックの存在量を明らかにすることで暴露※4・リスク評価を行う必要があります。土壌中の微小なプラスチックの濃度を測定する従来の手法では、土壌試料を適切に前処理した後に土粒子と比重分離を行い、フィルターでプラスチックを回収します。この方法では、フィルターや装置の性能から1 µm以上の大きさのプラスチック粒子しか検出できないため、土壌中のナノプラスチックの分布状況は明らかになっていません。よって、ヒトへのナノプラスチックの暴露量評価をより詳細に行うために、土壌中ナノプラスチックの濃度評価手法を確立する必要がありました。

研究の経緯

産業技術総合研究所 地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループは、環境中のプラスチックのリスク評価を目指しており、プラスチックと化学物質との相互作用や、プラスチックの土壌中での移動性の解明、環境中のプラスチック分布状況の調査を行ってきました。今回はマイクロプラスチックより人体への影響が大きい可能性があるナノプラスチックの地圏環境中の分布を明らかにするために、土壌中のナノプラスチックの濃度測定技術を開発しました。

研究の内容

本研究では、粒度分布や有機物の含有量など特性の異なる6種類の土壌サンプルと203 nmのポリスチレンの微小な粒子を混合して6種類の土壌懸濁液(ポリスチレン濃度5 mg/L)を用意しました。土壌粒子とナノプラスチックの吸光度スペクトルは図1のように異なるため、1つの土壌懸濁液に対して2つの波長の吸光度を測定することで、懸濁液中の土壌とナノプラスチックのそれぞれの濃度を定量できます。今回の6種類の土壌懸濁液に対して200 nmから500 nmまでの範囲で20 nm間隔で異なる2つの波長の組み合わせを試しました。その結果、波長220~260 nmおよび波長280~340 nmの吸光度での組み合わせで、算出されるナノプラスチック濃度とサンプル濃度の5 mg/Lとの差が最小になりました。これら2つの範囲の波長の組み合わせがさまざまな性質の土壌懸濁液中のナノプラスチック濃度を算定するのに適していると考えられます。

また、ナノプラスチック含有量の異なる乾燥土壌サンプルを用意し、これらの試料から土壌懸濁液を作成しナノプラスチック濃度を測定することで(図2)、土壌懸濁液中のナノプラスチック濃度と乾燥土壌中のナノプラスチック濃度との検量線を作成しました。この検量線はナノプラスチックの土粒子への吸着を考慮したものであり、直線関係を示していました。以上から、ナノプラスチックの土粒子への吸着を考慮した検量線を作成することで、もとの土壌中のナノプラスチック濃度を正確に測定できることが分かりました。また、本技術の測定下限を明らかにするため、さまざまなナノプラスチック含有量の乾燥土壌サンプルを用意し本技術でナノプラスチック濃度を算出したところ、土壌中ナノプラスチック濃度が0.2 mg/g以上のとき、用意した6種類すべての土壌ナノプラスチック濃度を変動係数10%以内の誤差で測定できました。これにより紫外可視分光光度計※5を用いた乾燥土壌中ナノプラスチック濃度測定は、測定下限0.2 mg/gで有効であると示されました。

図1 ナノプラスチックと土壌の吸光度スペクトル ※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

図2 土壌中ナノプラスチック濃度測定の流れ ※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

今後の予定

今回開発した技術により、環境土壌におけるポリエチレンやポリエチレンテレフタラートなどのナノプラスチックを定量し、地圏環境におけるナノプラスチック分布とその移動について明らかにしたいと考えています。

論文情報

掲載誌:Ecotoxicology and Environmental Safety
論文タイトル:A novel and simple method for measuring nano/microplastic concentrations in soil using UV-Vis spectroscopy with optimal wavelength selection.
著者:Kyouhei Tsuchida, Yukari Imoto, Takeshi Saito, Junko Hara, Yoshishige Kawabe
DOIhttps://doi.org/10.1016/j.ecoenv.2024.116366

用語解説

※1 ナノプラスチック
大きさが1千分の1 mm(1 µm)以下のプラスチック。マイクロプラスチックより人体への影響が大きいと懸念されている。

※2 吸光度スペクトル
物質が各波長の光をどの程度吸収するかを表したグラフ。

※3 マイクロプラスチック
大きさが5 mm以下のプラスチック。環境中への流出が問題視されている。

※4 暴露
物質が体内に入ること。体内への侵入経路は呼吸や飲食などのほかに皮膚接触なども考えられる。

※5 紫外可視分光光度計
紫外から可視領域までの光を試料に照射することにより、各波長に対する試料の透過率を取得する装置である。特定の波長において対象物が光を吸収する値が異なる特性を利用して、幅広い分野で化学分析に利用されている。

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