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プロジェクト研究所ちょっとお邪魔します! 医学を基礎とするまちづくり研究所

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2025年4月10日 17:12

ひとも、まちも元気にする医学✕都市計画学のチカラ

 

超高齢・縮退社会を迎えた日本に活力を取り戻すため、医学と都市計画学の出会いから生まれた新しい学術領域MBT(Medical Based Town)。奈良県立医科大学と双子の研究所をつくり、「ひとも元気に、まちも元気に。」を掲げて取り組む実践研究の成果がすでに見え始めています。所長を務める後藤春彦教授を訪ねました。

 

◆人生100年時代の「まちづくり」を考える新しい学問

後藤 春彦(所長/理工学術院教授)

──医学を基礎とするまちづくり(MBT: Medical Based Town)」の概念についてお聞かせください。どのようなことを目指しておられますか。

「人体の健康」と「都市の持続性」の追求、またそのために必要な医学と都市計画学の交流をテーマとする研究で、奈良県立医科大学の細井裕司教授(理事長兼学長)による提唱をきっかけに生まれました。出発点は「住居医学」という、病気の予防や健康維持に役立つ住まいのあり方に関する研究ですが、この概念をさらに発展させ、まちづくりへと拡大させたものがMBTです。

2012年に都市計画の専門家を求める奈良県立医科大からのオファーを受け、早稲田大学との共同研究が始まりました。同じ名称の研究所が両者に置かれ、互いに「ひとも元気に、まちも元気に。」をスローガンに掲げて活動しています。本学ではその後、2015年に重点領域研究の一つに位置づけられ、2020年から総合研究機構に現在のプロジェクト研究所として加わりました。

──医学と都市計画はまったく違う領域のようにも感じますが、両者の結びつきにはどんな背景があるのでしょうか。

実は100年以上も前からある考え方で、明治・大正期の政界で活躍した後藤新平などはその先人の一人です。関東大震災後の東京復興を指揮した人物ですが、医師でもあった後藤は「生物学の原則」に従ったまちづくりを進めたといいます。また同じ頃、パトリック・ゲデスというスコットランドの学者も、生物学を基礎とする都市理論を提唱しました。都市の近代化が進んで人口が増えるにつれ、医療や健康との結びつきが必然的に求められるようになったのです。

現代的な事情でいえば、日本の場合、少子高齢化の問題が大きく関係しています。2023年度の国民医療費は約47.3兆円。国民総生産(GDP)のおよそ8%を占め、明らかに日本経済を圧迫しています。医療費が最も多いのは60〜70代ですから、この世代の健康度を高めれば医療費は下がるはずですが、すでに病気になっている人の診療費を抑えるのは容易なことではありません。であれば、その予備軍である40〜50代をターゲットに未病対策を進めることで、10年後、20年後の医療費を押さえ込めるのではないか。つまり、健康をテーマに都市環境を整えることで、未病の人たちの発症を抑えて、社会を元気にする。それが、私たちの研究の起点となった問題意識です。

◆「お互い様の健康感」でコミュニティ全体を元気に

──人々の健康と都市環境はそれだけ密接な関係にあるということですね。

後藤春彦教授作成

そうですね。この図を見てください(下図参照)。「いくつもの健康(感)」を表したもので、横軸の上側を「個人(ひとり)の健康」、下側を「社会集団(みんな)の健康」に分け、縦軸の左側を「客観」、右側を「主観」としたマトリックスです。このうち左側の客観的健康に含まれる身体的健康や精神的健康、社会的健康、公衆衛生といったものは、主に医学が担う領域です。

これに対して、例えば「今日は体が重い/だるい」などと感じるのは、右側の個人の主観的健康感に当たります。それらを束ねて多くの人の主観を集めていくと、コミュニティ全体の健康感につながる。この状態は主観から客観への間に位置するため「間主観」ともいえます。コミュニティに属する人たちが互いに支え合うことで、孤独や無縁社会といった現代的な問題も克服できるという意味で、私はこれを「お互い様の健康感」と名づけました。これら主観に関する部分は医学の領域から離れるので、病院では診てもらえない。だから、私たちが取り組む意義があるわけです。

実は、主観的健康感が高い人は生命予後が長い、つまり病気や手術の後でより長く生きられることが、これまでの研究で明らかになっています。WHO(世界保健機関)も最近、主観的健康感の重要性を指摘するようになりました。では、どうすればその主観的健康感を高められるのか。個人の場合、それは家や建築などの住環境を整えることに関係し、社会集団ではまちづくりと密接に関わってくると、私たちは考えています。

──そうしたMBTの考え方や研究はどのような広がりを見せていますか。

『医学を基礎とするまちづくり』(水曜社)

細井先生と私が共著で『医学を基礎とするまちづくり』(水曜社)と題する書籍を出版したのが、2014年1月でした。その翌年、日本医学会総会でも発表し、多くの方に関心を持っていただけたように思います。私自身、以前は都市計画のような学問が人体に関する領域に踏み込むことはないと思っていましたが、なるほど主観的健康感という捉え方からであればアプローチできるかもしれないと気づき、この研究に着手しました。

今、健康とまちづくりに関連する研究活動を概観すると、奈良県立医科大と早稲田大学のほかにも、東京大学の高齢社会総合研究機構や、筑波大学発ベンチャー企業のつくばウエルネスリサーチなどが進めている取り組みに目が止まります。どちらも高齢者を対象に将来の社会保障制度に貢献することを視野に入れ、前者では在宅医療や高齢者住宅を含む地域社会のあり方を、後者では誰もが「健幸」になれるSmart Wellness Cityのかたちについて研究しています。

このように医学と都市の関係性に今、多くの研究者が目を向け始めていることは確かです。最近よくいわれる「ウェルビーイング」を追求する社会の潮流が、これに拍車を掛けているようです。

◆古い「町並み」を生かして取り組む「町なか」医療

──具体的な取り組みについてお聞かせください。どのような研究活動を進めていますか。

奈良県立医科大と一緒に取り組んでいる「今井町アネックス」プロジェクトがあります。今井町というのは奈良県橿原市にある江戸期に栄えた古い町で、当時の風情を今に伝える町家が至るところに残り、重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。その近隣にある医科大の附属病院、そして近く建設が予定される同大の新しいキャンパス、この3つをつなぐ地域を舞台として、「まちなか医療」と「まちなみ景観」の整備を一体に進めようというプロジェクトです。

江戸時代の面影を残す今井町の町並み

東西に約600m、南北に約310mにわたる保存地区には、全部で約760戸の家があり、そのうち500戸ほどが伝統的建造物となっています。ただ、人口が減るにつれて空き家が目立ちはじめているものの、保存地区ですから勝手に壊したり建て替えたりすることができません。この町並みを何とかして生かしながら、医療・健康のまちとして再生することはできないか。そんな思いから活動が始まりました。

そこで考えたのが、医科大の機能の一部を伝統的な町並みの中に取り込み、病院と自宅の間に医療を介在させる仕組みです。中世の町ですから、道幅が狭く、車は入ることができません。それがかえって車いすの練習や歩行訓練などのリハビリに適している。回復期にある患者さんをこうした環境で受け入れたら、病院の廊下でやるよりよほど人間的な支援ができるのではないかと提案しました。

また、絵画療法や園芸療法、音楽療法、運動療法といったものを町なかに持ち込んだり、ケア付きの共同住宅や患者さんの家族の宿泊所、退院してから自宅に戻るまでの滞在型リハビリ施設をつくったり。こうした場所に空き家を有効活用するわけです。実際、改修した長屋に早稲田の学生が泊まり込み、市民向けに健康測定やワークショップを行うことも続けてきました。医科大では外国人研究者のためのゲストハウスをつくり、そこで医師の方々が市民のための健康相談を開いています。ほかにも、放課後の児童クラブや女性専用のシェアハウスなど、アイディアは尽きません。

壊れかけた空き家を改修して外国人研究者のためのゲストハウスに

◆農村から大都市郊外まで全国展開を目指した活動へ

──たいへん実証的で、実践的な研究ですね。社会的意義が認められて公的助成プログラムにも採択されています。

今井町アネックスは「持続可能な多世代共創社会のデザイン」に貢献するとして、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)に選ばれました。また、今井町とは別の研究で、農林水産政策科学研究委託事業の助成を受けています。「農村健康観光」によって6次産業を創出する取り組みです。

6次産業というのは、1次・2次・3次の各産業を掛け合わせるもので、一般には農工商の連携が知られています。食料をつくり、食品に加工して、飲食店で販売するというように。ですが、それに留まらず、農工医の連携も考えられる。生薬を栽培し、漢方薬に加工して、医療に活かすのです。そこからさらに広げると、

後藤春彦教授作成

漢方医療から園芸療法に結びつけ、医療観光へと発展させられる可能性も見えてきます。もっと言えば、農家レストランから農家民泊、医療観光への展開もあるでしょう。

私たちはここに着目し、3次産業の最も高次な部分に医療観光を置き、その成果を地域の景観づくりに還元しながら1次産業にもプラスの効果を戻せるような、農村における「6✕n次産業化」を提案しています。

これに基づき、奈良県の農村を散策しながら薬草を摘み、農作業を体験してランチを楽しみ、薬草に関するワークショップにも参加する薬草ツアーを企画しました。すると、参加者は農作業などで肉体的には疲れても健康状態はむしろ上向き、精神的疲労度が下がることが、2種類の医学的調査によって確認できました。客観的健康と主観的健康の両方に効果が見られたのです。このツアーにはガイド役の学生を付けているのですが、農村の暮らしの知恵をあれこれ学びながら散策することで健康感もより高まる効果を期待してのことです。

また、別の調査では主観的健康感と住んでいる環境などとの関係性を調べてみました。中心市街地や住宅地、商業地区、高齢者タウンなどまったくプロフィールの異なる7つの地区を対象に、それぞれ十数人の中高齢者に参加してもらい、「認知環境」「物理的環境」「世代」「性別」によって主観的健康感がどう変わるかを見たものです。

結果は面白いことに、世代や性別を問わず、どんな場所に住んでいるかも関係なく、たった一つ「認知環境」だけに主観的健康感との相関関係が認められました。つまり、自分が暮らすまちのことを詳しく知っている人ほど、主観的健康感が高いということです。まちづくりと医療・健康が結びつくことを示す証左の一つといえますね。

──物理的環境が問われないのであれば、全国のいろいろな地域で健康づくりを進めることができそうです。

そうですね。細井先生もまさにそのことを指摘されていて、「全国に約80もの医科大学があるのだから、今井町と同じことを全国でできるはず」とおっしゃっています。主観的健康感が高くなれば、生命予後が長くなることがわかっているのですから、健康寿命を延ばすためには主観的健康感が大切であり、それには自分の住む地域にもっと関心を持ってもらえるよう工夫しなくてはなりません。

そうした考えから私たちは、早稲田大学建築・まちづくりリサーチファクトリーとの連携で、首都圏郊外の住宅地を再生するプロジェクトも同時に進めています。都市が大きく成長した時代はもう過ぎて、郊外には空き地や空き家が目立つようになりました。中山間地域で進む過疎化や地方都市のシャッター通り商店街も大きな問題ですが、実は縮退する大都市圏郊外の問題が手つかずのまま残されている。これを何とかするために、埼玉県越谷市などを実証フィールドとして、「Interknitted Town」と名づけた市街地再編集ビジョンに基づく活動に取り組んでいるところです。

──Interknitとは「編み合わせる」という意味ですね。

はい。いろいろな「穴」が空き始めた郊外のまちに、必要な機能を編み込んでいく。先進的なスマートシティの創造が織機の世界だとすれば、我々は手編みの世界。これからも地道で実効性のある実証研究を続けていくつもりです。

温度によるサリドマイド結晶の構造変化を明らかに

著者: contributor
2025年4月10日 17:11

温度によるサリドマイド結晶の構造変化を明らかに
分子環境と結晶熱膨張の関係の新たな知見で、キラル医薬品の結晶化や品質確保に期待

発表のポイント

  • 難治性疾患の治療薬としての薬効と薬害に繋がる催奇形性の性質をもつ、キラルな化合物サリドマイドについて、一方の鏡像異性体(R体またはS体)のみで構成される「エナンチオマー結晶」と等量のR体とS体から構成される「ラセミ結晶」の単結晶を育成し、世界で初めてサリドマイドの結晶構造の温度依存性を広い温度領域で測定し、エナンチオマー結晶とラセミ結晶の結晶構造の温度依存性に違いが見られることを明らかにしました。
  • 結晶構造が酷似しているエナンチオマー結晶とラセミ結晶において、その基本となる二量体の対称性の僅かな違いにより、両者の熱膨張挙動に違いが見られることが明らかとなりました。
  • この成果は、キラル医薬品の結晶化や品質確保に関する基礎的な知見となるとともに、分子結晶の構造と特性に関わる実験的および計算的アプローチにおいても有用な知見となります。

概要

早稲田大学理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授、同大学総合研究機構の中川鉄馬(なかがわけんた)主任研究員中西卓也(なかにしたくや)上級研究員、同大学大学院先進理工学研究科一貫制博士課程2年の松本綾香(まつもとあやか)、東京科学大学理学院化学系の関根あき子(せきねあきこ)助教、名古屋工業大学生命・応用化学類の柴田哲男(しばたのりお)教授、東京大学大学院工学系研究科の佐藤宗太(さとうそうた)特任教授らの共同研究グループは、世界で初めてサリドマイドの結晶構造の温度依存性を広い温度領域で測定し、エナンチオマー結晶とラセミ結晶の結晶構造の温度依存性に違いが見られることを明らかにしました。本研究成果は、キラル医薬品の結晶化や品質確保に役立つ基礎的な知見となるとともに、分子結晶の構造と特性に関わる実験的および計算的アプローチにおいても有用な知見となると期待されます。

本研究成果はアメリカ化学会により発行される「Journal of the American Chemical Society」にて2025年3月27日(木)にオンライン公開されました。

キーワード:
サリドマイド、単結晶X線構造解析、キラル、エナンチオマー、ラセミ(体)、二量体、熱膨張係数

図:本研究成果の概要

これまでの研究で分かっていたこと

自然界に溢れる左右の非対称性はキラリティ※1と呼ばれ、鏡像と互いに重ね合わせられない性質があります。サリドマイドは、鏡像異性体※2の存在するキラルな薬剤の代表例として知られ、催眠・鎮静剤や制吐剤として開発されましたが、妊婦が服用した際に生まれる胎児の催奇形性※3の報告を受けて販売が一旦中止され、世界中で大きな問題となりました。その後の研究で、サリドマイドの鏡像異性体(R体とS体)のうち、一方(S体)にのみ催奇形性があると報告されています。現在では、がん(多発性骨髄腫)やハンセン病など複数の難病に対する薬効が明らかとなり、サリドマイドは再び注目を集めています。

サリドマイドの結晶には、R体またはS体のみで構成される「エナンチオマー結晶」と、等量のR体とS体から構成される「ラセミ結晶」があり、ラセミ結晶には二つの多形(α形とβ形)が存在します。サリドマイドのエナンチオマー結晶とα形ラセミ結晶では、どちらも二量体(二分子会合体)※4が構造の基本となり、結晶中の分子の配置や分子間の距離は酷似しています。エナンチオマー結晶中の二量体では「同じキラリティを持つ二分子が対称ではない配置」にあり、ラセミ結晶中の二量体では「反対のキラリティを持つ二分子が対称な配置」にありますが、両結晶で分子間および分子内の構造がこれほど類似している例は多くありません。しかしながら、これまで両結晶の物理化学的な性質な違い、とくに温度を変化させたときに分子構造や結晶構造の変化にどのような違いがあるのかなど明らかにされていませんでした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、サリドマイドのエナンチオマー結晶とラセミ結晶について、温度変化に伴うそれぞれの結晶構造の変化を比べることで、分子環境の僅かな違いが結晶の熱膨張といった挙動に及ぼす影響を調べることを目的としました。そのためには、良質な単結晶を用いた精密な構造解析をさまざまな温度で行う必要があります。高温での測定に耐えられる単結晶試料を、エナンチオマー結晶とラセミ結晶の双方で溶媒蒸発法※5によって育成することで、−173~150 °Cという非常に幅広い温度領域での同一の単結晶試料を用いたX線構造解析を行うことができました。これにより、温度の変化によって結晶格子の単位胞※6の大きさと形(格子定数※6)、結晶内の分子の配列や配向、分子の立体配座※7がどのように変化するのかを両結晶で比較することができました。

格子定数の温度依存性、また、熱膨張係数の温度依存性には、エナンチオマー結晶とラセミ結晶とで明らかな違いが認められました。さらに、エナンチオマー結晶を構成する「同じキラリティを持つ二分子が対称ではない配置にある二量体」とラセミ結晶を構成する「反対のキラリティを持つ二分子が対称な配置にある二量体」それぞれに着目すると、前者では対を成す二種類の単量体の構造の違いが温度上昇に伴いさらに大きくなるのに対し、後者では対を成すR体分子とS体分子は構造変化の温度依存性が等しい(対称性が維持される)ことがわかりました。サリドマイド結晶内では、この二量体が三次元的に規則正しく並んでいるため、分子構造の自由度は隣接する分子の影響を互いに受けます。自由度に関連する反応空間※8の体積が対を成す単量体間で異なるか等しいかによって分子構造の温度依存性の違いが説明できること、また、二量体の対称性の違いが結晶構造の温度依存性の違いに繋がることを示しました。

研究の波及効果や社会的影響

キラルな分子のエナンチオマー結晶とラセミ結晶とを比較して、結晶を構成する二量体の対称性の僅かな違いにより結晶構造の温度依存性の違いが引き起こされることを、単結晶X線構造解析によって実際に示した今回の成果は、物理化学・有機化学・固体化学といった化学の幅広い分野や結晶学において興味深く重要な例であり、将来的に分子結晶の構造と特性を議論する実験的および計算的アプローチにおいて有用な知見となることが期待されます。

また、キラルな化合物は薬理活性を示すことが多く、数多くのキラル医薬品が開発されています。かつてサリドマイドが世界規模での薬害を引き起こしたように、医薬品におけるキラリティの理解と制御は非常に重要であり、医薬品開発においては結晶形の違いから安定性や溶解性の違いが生じることから、その構造と物理化学的性質の理解と制御もまた重要です。キラル分子の結晶において分子環境の僅かな違いが結晶構造の温度依存性に影響することを示した今回の成果は、キラル医薬品の結晶化や品質確保にも有用な基礎的な知見となることが期待されます。

課題、今後の展望

本研究で扱ったサリドマイドの結晶は非常に興味深い研究対象である一方、いくつかの条件が揃った特別な例とも言えるため、今回得られた重要な知見をもとに分子構造や結晶構造が類似した化合物でも同様の解析を行うことで、さらに議論が深まるものと期待されます。例えば多発性骨髄腫の標準治療薬として現在広く使用されているポマリドミドやレナリドミドなどをはじめとするサリドマイド誘導体との比較は、他のキラル医薬品も含めたさまざまな分子結晶の構造と特性を議論する上で有意義なものと考えられ、モデルに基づいた予測や再現と組み合わせることで幅広い議論が可能になることが期待されます。

研究者のコメント

サリドマイドは社会的にも有名で重要な薬剤でありながら、基礎物性的な研究はまだ不足しています。本研究をさらに発展させて、物理化学的な観点から、これまで明らかとなっていなかった固体におけるサリドマイドの熱的性質や固相反応について明らかにしていきたいと考えています。

用語解説

※1 キラル(キラリティ)
右手と左手のように、鏡に映したときに元の構造と重ね合わせることができない構造を指す。このような構造を持つ分子や結晶は、キラル分子やキラル結晶と呼ばれ、左右の区別が存在する性質をキラリティという。

※2 鏡像異性体
右手と左手のように互いに鏡像関係にあり、原子の並びは同じでも三次元空間における配置が異なる立体異性体を指す。エナンチオマーとも呼ぶ。

※3 催奇形性
妊婦が薬物を服用した際に、胎児に形態的異常を生じさせる性質。

※4 二量体
2つの分子が化学結合によって1つの分子として振る舞う状態。

※5 溶媒蒸発法
結晶化したい溶質を含む溶液から溶媒をゆっくり蒸発させることで、溶質を結晶として析出させる結晶育成手法。

※6 単位胞・格子定数
結晶中において、分子が三次元的に規則正しく繰り返し並ぶ際の最小の繰り返し単位を単位胞といい、その各辺の長さと角度を示すパラメータを格子定数という。

※7 立体配座
分子内の単結合が回転することによって生じる原子の空間的な配置。

※8 反応空間
結晶中の反応基に隣接する原子から、その原子のファンデルワールス半径に1.2Åを加えた距離を半径とする球面で囲まれる空間を指し、分子やその分子中の部位がどれだけ自由に動けるかを示す。

論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:How Temperature Change Affects the Lattice Parameters, Molecular Conformation, and Reaction Cavity in Enantiomeric and Racemic Crystals of Thalidomide
執筆者名(所属機関名):松本綾香(早稲田大学)、中川鉄馬*(早稲田大学)、中西卓也(早稲田大学)、関根あき子(東京科学大学)、古城綜佑(東京科学大学)、吉良美月(早稲田大学)、佐藤宗太(東京大学、分子科学研究所、早稲田大学)、柴田哲男(名古屋工業大学)、朝日透*(早稲田大学)
※共同筆頭著者 *共同責任著者
掲載日(現地時間):2025年3月27日(木)
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.4c18394
DOI110.1021/jacs.4c18394

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科研費 基盤研究 (C)
研究課題名:キラルドラッグサリドマイドの固体状態におけるキラリティ評価
研究代表者名(所属機関名):朝日透(早稲田大学)

テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、286.2GHz帯を用いた長距離・大容量OFDM無線伝送に成功

著者: contributor
2025年4月9日 11:25

テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、
286.2GHz帯を用いた長距離・大容量OFDM無線伝送に成功

発表のポイント

  • テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、300GHzの周波数帯を用いた大容量通信において、OFDMとしては世界トップクラスの距離70mのリアルタイム無線伝送を実現。
  • テラヘルツ帯を用いた高速通信の長距離化は、100Gbps以上の伝送速度をめざす次世代移動通信システムBeyond5G/6Gシステムにおいて、地上、海、空にある移動体をつなげる通信ネットワークでの活用が期待されている。
  • 本研究では、東京都新宿区の早稲田大学早稲田アリーナ内において72.4mの距離に対し、伝送速度8.19Gbpsのポイント・ツー・ポイント通信を確認。

早稲田大学理工学術院の川西哲也(かわにしてつや)教授の研究グループは、テラヘルツ帯※1に対応した無線通信システムを試作し、長距離・広帯域伝送の実験に成功しました。図1に示すように、早稲田大学 戸山キャンパス(東京都新宿区)の早稲田アリーナ内で72.4mの距離で、8.19Gbpsの伝送速度を実証しました。300GHz帯の周波数帯を用いた大容量通信において、Orthogonal Frequency Division Multiplexing (OFDM)※2としては世界トップクラスの70mの伝送距離を実証しました。今後はスタジアム等限定エリアの「中距離」の無線ネットワークのユースケースへの展開が期待されます。

図1 今回試作した286.2GHz帯OFDM無線通信システム(早稲田大学 早稲田アリーナ)

研究の背景

次世代移動通信システムBeyond5G/6G※3システムにおいて、テラヘルツ帯伝送システムは高速通信が担うことが期待されています。これまでは、マイクロ波帯(3GHz~30GHz)やミリ波帯(60GHz)が利用されてきました。しかし、利用可能な周波数の帯域幅が限定されているため、伝送速度は数百Mbpsから数Gbpsが限界となっています。5年程度に実用化が想定されるD帯(110-170GHz)とならんで、より高い周波数帯の300GHz帯(252-296GHz)でも通信規格IEEE802.15.3d-2017 [1]の研究開発が近年活発に行われています。

今回の研究成果について

286.2GHzのテラヘルツ領域までに対応するアンテナ、送信機および受信機を試作しました。高利得アンテナには、図2に示すように、4系統のビームフォーミング対応で40dBicの高利得なレンズ付き右旋円偏波パッチアンテナ※4と、47dBiの高利得なレンズ付き直線偏波コニカルホーンアンテナを開発しました。送受信RFアンプおよびミキサーには、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)のプロジェクトにおける共同受託者である日本電信電話株式会社(NTT)先端集積デバイス研究所が開発したテラヘルツ帯RFデバイス [2]を使用しました。今回の伝送実験は、中心周波数を286.2GHzに設定し、位相制御された4系統のRF信号をアンテナ放射後に空間合成することで特定実験試験局に許可される範囲内の等価等方放射電力(EIRP)※5 44dBmの高出力化を実現しました。早稲田アリーナ内で72.4mの距離に対して、帯域幅2.0GHzを使用した条件で、変調方式QPSK(伝送速度3.28Gbps) 、16-QAM(伝送速度6.55Gbps)および32-QAM(8.19Gbps)を用いたOFDM伝送を確認しました。

従来、300GHz帯ではSingle Carrier(SC)を用いた距離645mの通信[3]およびOFDMを用いた距離10mの通信[4]が報告されていました。今回は300GHz帯の周波数を利用した1Gbps以上の伝送容量の通信において、OFDMとして距離70mを超える世界初の伝送実験となりました。OFDMはSCに比べて一般的にスペクトル効率が高く、マルチパスフェージング※6に強いとされており今後多くの用途での活用が期待されます。

図2 実証システムの概要(上:ブロック図、左:受信SNRの距離特性、右:72.4mの実験風景)

今後の展開

multiple-input multiple-output(MIMO)※7により高い伝送容量への拡大を目指すとともに、リンクの利便性を向上するために必要なビームステアリング技術の試作と改良を行います。

用語解説

※1 テラヘルツ帯
おおむね周波数100GHzから10THz(波長にして3mm-30μm)の電磁波領域を指す。テラヘルツ帯の中には、無線通信に利用できる周波数帯がいくつか存在する。そのうち、110 GHzから170 GHzはD帯、252GHzから296GHzは300GHz帯と呼ばれる場合がある。

※2 Orthogonal Frequency Division Multiplexing (OFDM)
マルチキャリア変調方式の一種であり、一つの広帯域を複数の狭帯域なサブキャリアに分割してデータを並列に送信する技術。各サブキャリアは数学的な直交性を保つことで、互いの干渉を最小限に抑えながら、効率的なデータ通信が可能になる。

※3 Beyond5G/6G
最近サービスがはじまった移動通信システムは第5世代(5G)とよばれている。これに対して、次世代システムとしてBeyond5Gさらには 第6世代(6G)移動通信システムの開発が進められている。

※4 パッチアンテナ
導電体の平板(パッチ)を誘電体基板上に配置し、接地面と組み合わせたマイクロストリップ構造のアンテナ。

※5 等価等方放射電力(EIRP)
送信機が特定の方向に放射する電力を、等方性アンテナが全方向に放射する電力に置き換えた値。

※6 マルチパスフェージング
無線通信において送信信号が複数の異なる経路を通って受信機に到達することで生じる、時間的・周波数的な信号強度の変動現象を指す。

※7 multiple-input multiple-output(MIMO)
複数のアンテナを配置し、空間多重化やダイバーシティ技術を活用して通信容量や信号品質を向上させる無線通信技術。

参考文献

[1] ”IEEE Standard for High Data Rate Wireless Multi-Media Networks Amendment 2: 100 Gb/s Wireless Switched Point-to-Point Physical Layer”、Sep, 2017,  https://standards.ieee.org/ieee/802.15.3d/6648.

[2] H. Hamada et. al., “300-GHz-band 120-Gb/s wireless front-end based on InP-HEMT PAs and mixes,” IEEE J. Solite-State Circuits, vol. 55, No. 9, pp. 2316-2335, Sep. 2020.

[3] A Renau et. al., “Full frequency duplex link over 645m in the 300 GHz band”, Journée du Club Optique Micro-ondes (JCOM 2023), June, 2023, https://hal.science/hal-04160795/document.

[4] Y. Morishita et. al., “300-GHz-band self-heterodyne wireless system for real-time video transmission toward 6G,” in Proc. 2020 IEEE International Symposium on Radio-Frequency Integration Technology (RFIT), pp. 151–153, Sep. 2020.

研究プロジェクトについて

本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の革新的情報通信技術研究開発委託研究(JPJ012368C00302 および JPJ012368C04901)および科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業 ASPIRE (JPMJAP2324)により実施したものです。 

令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰を6名の教員が受賞

著者: contributor
2025年4月9日 09:58

このたび、早稲田大学の研究者6名が、科学技術分野で顕著な功績があったとして、「令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰」を受賞しました。
科学技術分野の文部科学大臣表彰は、科学技術に携わる者の意欲向上を図り、日本の科学技術水準の向上に寄与することを目的としており、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者に対し授与されています。

今後も本学では、中長期計画「Waseda Vision150」における研究ビジョンである「世界の平和と人類の幸福に貢献する研究」の実現に向け、未来をイノベートする独創的研究の促進を図ってまいります。

科学技術賞(研究部門)

氏名 所属・役職 業績名
浅川 達人 人間科学学術院・教授  標本調査と社会地区分析の結合によるフードデザート問題研究
齊藤 有希子 政治経済学術院・教授  地理空間上の企業間ネットワークとマクロ経済変動の研究
多湖 淳 政治経済学術院・教授  サーベイ実験の非欧米圏での実証と比較を通じた国際政治研究
辻川 信二 理工学術院・教授  宇宙の創世から現在の加速膨張に至る包括的な宇宙論の研究
森 達哉 理工学術院・教授  能動的セキュリティ対策技術に関する研究

 

科学技術賞(理解増進部門)

田中 香津生 理工学術院・主任研究員  中高生を対象とした素粒子探究活動の普及啓発

ケミカルループ法で化学原料製造と二酸化炭素再資源化を交互に実現

著者: contributor
2025年4月8日 13:12

ケミカルループ法で化学原料製造と二酸化炭素再資源化を交互に実現

発表のポイント

  • 従来の化学プラントは多くの場合、高温大型でしたが、ケミカルループ法※1によって低温・小型分散化が可能になります。
  • 高度な分析と計算化学により、化学品製造と二酸化炭素の再資源化が交互に同時に実現できる高効率材料を発見しました。
  • これらにより、従来のものより低温で小型分散型なプロセスにより化学原料製造と二酸化炭素再資源化が同時に実現可能になるとともに、その際に製造した化学原料であるエチレンと、二酸化炭素の再資源化は交互に分離して行われるため分離精製が簡略化できるようになります。

概要

インジウム酸化物という材料は、酸化と還元が起こりやすいという特徴を持つ固体酸化物材料で、薄膜系材料合成や液晶、半導体系材料の合成に重要な役割を果たすものです。
学校法人早稲田大学(理事長:田中 愛治、以下「早稲田大学」)大学院先進理工学研究科博士後期課程の渡辺 光亮(わたなべ こうすけ)氏ならびに同大学理工学術院関根 泰(せきね やすし)教授らの研究グループとJX金属株式会社の研究グループは、インジウム酸化物の表面を他の元素で修飾することで、容易に還元可能な表面を作りうること、その際に表面でたくさんの酸素を出し入れすることができることを見いだしました。
さらに、Ni-Cu合金※2の微粒子を表面に載せた材料は、873 Kという従来より大幅な低温にて、固体材料表面の格子酸素によるエタンの酸化的な脱水素によるエチレン(基幹化学原料※3)の製造(下記式1)と、その後に消費された表面酸素の復元のための二酸化炭素による再酸化、その際に同時に二酸化炭素が再資源化されること(下記式2)を発見しました。

式1:C2H6(エタン) + Vox(格子酸素) →C2H4(エチレン) + H2O + Olat(格子の欠陥)
式2:CO2 + Olat(格子欠陥) →CO + Vox(格子酸素)

このように、交互に2種類のガスを流すことで酸化と還元を繰り返す方法は、ケミカルループ法と呼ばれ、近年注目されています。※a今回の材料は大きな表面酸素容量(材料全体の重量に対して4wt%以上)を有し、インジウム種の酸化還元に関連してNi-Cu二元合金とNi-Cu-In三元合金※4間の動的な変化によって実現されました。入念な材料スクリーニング、特性評価、理論計算により、Ni-Cu合金がエチレンを生み出し、還元されたインジウム種の取り込みによって酸化還元を促進することが明らかになりました。

本研究成果は、2025年3月26日にアメリカ化学会発行の「ACS Catalysis」にオンライン版で公開されました。

図:一つの材料の上で、二酸化炭素の再資源化とエチレン製造が同時に達成される。

これまでの研究で分かっていたこと

これまでのエチレン製造は、エタンガスの高温での分解(エタンクラッキングと呼ばれる)が商業的に行われてきましたが、非常に温度が高く、炭素が大量に生成されるプロセスでした。※bまた、二酸化炭素の再資源化による一酸化炭素※5製造は、逆水性ガスシフトと呼ばれる水素による高温(800度以上)での還元であり、こちらも大量の水素を必要としつつ、高温耐性を有する高価な材料を必要としていました。
一方で固体酸化物材料は、水素や炭化水素などの還元性を有するガスに高温で接触させると、表面が還元されること、ならびに空気や酸素などの酸化剤を高温で接触させると表面が酸化されることは古くから知られてきました。これを活かして、上記の2つの反応である化学品合成と二酸化炭素再資源化を交互に行うことに世界で初めて成功しました。

今回の研究で実現したこと

本研究では、あらたな固体酸化物材料を開拓し、早稲田大学での実験研究と計算化学によってエタンガスの脱水素によるエチレン合成とその後に引き続いた二酸化炭素による表面再酸化と資源化を交互に繰り返すことができることを見いだしました。これによって、従来と比較して大幅に温度を下げることができ(=材料選定が楽になる)、外部からの水素を必要としなくなり(=コスト低減)、かつ生成物を自動的に分離することができることとなりました。

研究の波及効果や社会的影響

従来はエチレン製造、二酸化炭素の再資源化による一酸化炭素製造のいずれも800度を超える高い温度を必要とし、それぞれ独立に行われるので、エネルギーを大量に消費する反応でした。今回の発見により、これら2つの反応を、600度というステンレス系の安い材料を用いることができる低い温度でも、充分に高い転化率で進めることができるようになりました。この際に、従来課題となっていた炭素の生成は起こらず、外部水素も不要となり、生成物は交互に出てくるため分離も不要となりました。この技術は、化学品製造と二酸化炭素再資源化を同時に行いたい化学企業などによって実用化が大いに期待されるところです。

今後の課題

化学産業で交互に流すというプロセスは、これまであまりメジャーではありませんでした。今回の発見により、化学品合成と二酸化炭素の再資源化による一酸化炭素製造という2つの重要な反応を、同時かつ交互に進めることができるようになりました。さらにガス分離も不要なため、全体としての効率向上も期待できます。今後、プロセス全体としての効率を高める工夫を考えていくことが期待されます。

研究者のコメント

化学工業の世界はオンデマンド化、小型分散化が苦手と言われ、大型で高温のプロセスが多用されてきました。ケミカルループ法は大規模化には向かず、むしろ小規模分散型を得意とします。次世代の化学プロセスでこういった技術が利用されることを期待しています。

用語解説

※1 ケミカルループ法:
固体材料の気体による酸化と還元をそれぞれ独立した条件で行い、これを繰り返すことで従来の気体の固体触媒上での反応に比べて低温化が可能で、生成ガスの分離が不要になる手法。
※2  Ni-Cu合金:ニッケルと銅が互いに混じり合った合金。
※3 基幹化学原料:ポリバケツや医薬品など様々な化学物質の原料となる化合物。
※4 Ni-Cu-In三元合金:ニッケルと銅とインジウムが互いに混じり合った合金。
※5 一酸化炭素:
化学構造としてCOと書ける分子で、反応性が高いためあらゆる化学品(燃料・医薬品原料・化粧品・塗料など)の原料となり得る。

参考文献
※a Fast oxygen ion migration in Cu-In-oxide bulk and its utilization for effective CO2 conversion at lower temperature, Chemical Science, 12, 2108-2113, 2021. doi: 10.1039/d0sc05340f
※b Catalytic conversion of ethane to valuable products through non-oxidative dehydrogenation and dehydroaromatization, RSC Advances, 10, 21427-21453, 2020. doi: 10.1039/D0RA03365K

論文情報

雑誌名:ACS Catalysis
論文名:Oxidative Dehydrogenation of Ethane Combined with CO₂ Splitting via Chemical Looping on In₂O₃ Modified with Ni-Cu Alloy
執筆者名: 渡辺 光亮¹、比護 拓馬¹、七種 紘規¹、松本さくら¹、三瓶 大志¹、磯野 雄生²、下宿 彰²、古澤 秀樹²、関根 泰¹
1:早稲田大学
2:JX金属株式会社
掲載日:2025年3月26日
掲載URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.4c07737
DOI:https://doi.org/10.1021/acscatal.4c07737

研究助成

JST-ALCA-Next 番号 23836167
科研費 Grant Number JP24KJ2090
JST SPRING B2R101263202

土壌中でのナノプラスチックの土粒子への吸着性を評価

著者: contributor
2025年4月7日 16:58

土壌中でのナノプラスチックの土粒子への吸着性を評価
土壌中ナノプラスチックの移動挙動の解明に一歩前進

発表のポイント

  • ゼータ電位とpHの異なる土壌中でのポリスチレンナノプラスチックの吸着性を評価
  • 一定の条件下でナノプラスチックを吸着した土粒子が凝集し、粒子サイズが増大することを確認
  • 土壌中のナノプラスチックの移動挙動の解明が生態系への影響評価に貢献

土壌中ナノプラスチックの移動イメージ

概要

立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ネイチャーポジティブ技術実装研究センター 土田恭平 研究員、原淳子 研究チーム長、地圏資源環境研究部門 井本由香利 主任研究員、斎藤健志 主任研究員、早稲田大学 創造理工学部 環境資源工学科 川邉能成 教授は土壌中ナノプラスチックの移動挙動の解明を目的として、ナノプラスチックの凝集性や土粒子への吸着性と、土壌種の特性やpHとの関係を明らかにしました。

ナノプラスチックは粒子サイズが1~1000 nmのプラスチックで、土壌中にも多数存在している可能性があり、ヒトの健康への影響も大きいことが懸念されています。しかし、土壌中のナノプラスチックが土壌間隙に蓄積したり土粒子に吸着したりするなどしてどの程度その場に滞留するか、逆に、どの程度移動するかは明らかにされていません。

本研究において、絶対値が大きな負のゼータ電位をもつポリスチレンからなるナノプラスチックの場合、正のゼータ電位を有する土粒子には吸着しやすいことを実験的に確認し、酸性条件下ではさらにその吸着性が高くなることを明らかにしました。また、土粒子にナノプラスチックが吸着することで、土粒子自体が凝集して粒子サイズが大きくなることを確認しました。この結果から、正のゼータ電位を有する土壌に存在するナノプラスチックは、特に酸性条件下において、その場に滞留しやすく移動しにくいと推察されます。本成果により、土壌中ナノプラスチックの移動挙動が解明でき、ナノプラスチックの生態系への影響評価に貢献することが期待されます。

なお、この技術の詳細は、2025年4月4日に「Science of The Total Environment」に掲載されます。

下線部は【用語解説】参照

研究の社会的背景

ごみの不法投棄や河川の氾濫、農耕地でのプラスチックの利用、建築や土木工事に利用された資材の劣化や摩耗などに起因して、マイクロプラスチックが環境中へ流出していることが報告されています。陸上に存在するマイクロプラスチック量は海洋の423倍と推定されており、土壌中に多量のマイクロプラスチックが存在している可能性があります。また、ナノプラスチックはマイクロプラスチックが粉砕されることで生成され、マイクロプラスチックと同様に環境中に多く存在していると考えられます。

ナノプラスチックはマイクロプラスチックよりも動物や植物など生態系への影響が大きい可能性が報告されています。また、ナノプラスチックはその小ささから比表面積が大きく重金属類や残留性有機汚染物質を吸着しやすいため、汚染物質を吸着・脱着しながら土壌中を移動することで、汚染物質輸送を媒介する可能性があります。プラスチック生成時に使用された添加剤などの有毒成分がナノプラスチックから土壌へ浸出することで新たな汚染が生じる可能性もあり、ナノプラスチックによる生物多様性の損失が懸念されています。

研究の経緯

産総研と早稲田大学は、地圏環境中プラスチックの生態系への影響評価を目指しており、プラスチックと化学物質との相互作用や環境中のプラスチック分布状況の調査や新規測定手法の開発を行ってきました。ナノプラスチックはその小ささから生態系への影響を評価することが難しく、移動挙動についてはほとんど明らかにされていません。土壌中のナノプラスチックは凝集性が高いと粒径が大きくなるため移動しにくくなり、土粒子に吸着することでも移動しにくくなると考えられます。また、ナノプラスチックが吸着した土粒子が凝集することで土粒子は土壌間隙に滞留しやすくなり、ナノプラスチックはさらに移動しにくくなる可能性があります。そこで今回は、土壌中のナノプラスチックの移動挙動の解明を目的として、ナノプラスチックを含んだ土壌のpHの違いによるナノプラスチックの凝集性と、その土粒子への吸着性、また、ナノプラスチックが吸着した土粒子の凝集性の評価を行いました。

研究の内容

本研究では、梱包材などで広く一般的に使用されているポリスチレンのナノプラスチック試料を使用し、黒ぼく土と砂質土の2種類の土壌中での土粒子への吸着性の評価を行いました。ポリスチレンのナノプラスチックは、pH4, pH7, pH10において-31.8 mV, -52.1 mV, -60.0 mVと絶対値が大きな負のゼータ電位をもつため、土壌のpHに関わらずナノプラスチック同士が反発し凝集性は低くなります。一方で、黒ぼく土と砂質土のゼータ電位は、pH7においてそれぞれ19.9 mVと-23.6 mVでした。これらの土壌とナノプラスチック懸濁液を混合、振とうしたところ、黒ぼく土の方が砂質土よりナノプラスチックの吸着性が高いことが示されました。また、その時のプラスチック懸濁液のpHをpH4, pH7, pH10と変化させたところ、黒ぼく土においてはpHの値が低いほどよりナノプラスチックの吸着性が高くなり、砂質土におけるナノプラスチック懸濁液のpHはナノプラスチックの吸着性に影響しないことが示されました(図1)。

これらの結果は、ナノプラスチックと黒ぼく土のゼータ電位がそれぞれ負と正であったことから、粒子同士が引きつけあったためと考えられます。また、黒ぼく土の方が砂質土より比表面積が大きかったことも黒ぼく土の吸着性が大きかった要因であると考えられます。さらに、黒ぼく土のpH4, pH7, pH10におけるゼータ電位は36.6 mV, 19.9 mV, 4.02 mVとpHが低くなるほど増加する傾向があったこととも整合します。一方、砂質土においては、pH4, pH7, pH10におけるゼータ電位は-18.0 mV, -23.6 mV, -42.3 mVとpHが低くなるに従い絶対値は小さくなるものの一貫して負であったことから、pHによらず負のゼータ電位をもつナノプラスチックと反発しあったものと考えられます。

次に、両土壌種の土粒子の粒子サイズがナノプラスチックと混合することで、また、pH4, pH7, pH10とナノプラスチック懸濁液のpHを変えたことでどのように変化するかを調べました(図2)。黒ぼく土の場合は、ナノプラスチックが吸着したことにより粒子サイズが増大し、pHが低い方がより増大したことがわかりました。一方で、砂質土においてはナノプラスチックと混合したことで、また、ナノプラスチック懸濁液のpHを変えたことで粒子サイズに変化はありませんでした。この時、黒ぼく土へナノプラスチックが吸着したことで、黒ぼく土のゼータ電位はpH7で19.9 mVから-9.85 mVへ変化していました。ゼータ電位の絶対値が小さくなったことで、粒子同士が反発する力が弱くなり土粒子の凝集性が増加したと考えられます。土粒子の凝集性が高くなると、土粒子に吸着したナノプラスチックは土壌間隙に詰まりやすくなり、その場に滞留しやすく移動しにくいと推察されます。

以上から、正のゼータ電位を有する土壌に存在するポリスチレンからなるナノプラスチックは、特に酸性条件下においてその場に滞留しやすく移動しにくいこと、逆に、負のゼータ電位を有する土壌においては移動しやすいことが推察されます。

図1 ナノプラスチック(NPs)の土壌への吸着挙動
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

図2 ナノプラスチックの吸着による土粒子サイズ分布
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

今後の予定

今後は、ナノプラスチックの土壌間隙への蓄積や土粒子への吸着現象を考慮した、カラム通水試験やシミュレーションモデルの開発を行うことで、より詳細な土壌中のナノプラスチックの移動挙動を明らかにし、ナノプラスチックの生態系への影響評価に貢献します

用語解説

ナノプラスチック
大きさが1~1000 nmのプラスチックのこと。大きさが5 mm未満のマイクロプラスチックより人体への影響が大きい可能性がある。

ゼータ電位
粒子表面の帯電状態を表すパラメータで、分散/凝集性を評価する指標になる。

黒ぼく土
日本でみられる土壌のひとつで、火山灰由来の土壌である。リン酸吸収係数が高く、畑などに広く利用されている。土地利用の状況によってpHは異なる場合がある。

論文情報

掲載誌:Science of The Total Environment
論文タイトル:Effect of solution pH on nanoplastic adsorption onto soil particle surface and the aggregation of soil particles
著者:Kyouhei Tsuchida, Yukari Imoto, Takeshi Saito, Junko Hara, Yoshishige Kawabe
DOI10.1016/j.scitotenv.2025.178712

赤松大臣政務官 本学研究開発を視察

著者: contributor
2025年3月26日 09:31

赤松健 文部科学大臣政務官が所千晴教授の研究開発現場を視察

関係者による集合写真(左から近藤圭一郎 理工学術院長補佐、若尾真治 理事、赤松健 文部科学大臣政務官、所千晴 創造理工学部長、戸川望 理工学術院長)

2025年3月19日(水)、赤松健 文部科学大臣政務官らが、本学理工学術院創造理工学部長の所千晴教授を訪問し、リチウムイオン電池のリサイクルに係る研究開発現場を視察されました。

会の冒頭では理事の若尾真治教授、 理工学術院長の戸川望教授より本学の研究推進に係る紹介があり、その後所教授より、小型リチウムイオン電池の安全・安心な処理を目指した令和5年度東京都「大学研究者による事業提案制度」に提案された内容のほか、これまでの国による委託事業等を通じた資源循環を実現するための分離技術等、リサイクルを含むサーキュラーエコノミーの実現に向けた幅広い取り組みに係る紹介がありました。

その後所教授の実験室において電気パルスによる分離実験の実際のデモの様子を視察され、赤松政務官との間で実験条件や材料に関する詳細な意見交換がなされました。

後半のディスカッションの場では、所教授より自身の研究の将来展望について、利用者に近い内側の資源循環ループの確立に向けたリソーシングの重要性が指摘され、そのためには選択性・局所性の高い分離技術の研究開発が必要不可欠である旨のお話がありました。赤松政務官からは、適宜鋭いご質問をいただき、また所教授の研究について深いご理解・ご関心をいただき、大変有意義な意見交換となりました。

所教授よりリチウムイオン電池の材料サンプルについて説明を受ける赤松政務官

電気パルス分離実験室の様子

意見交換の様子(赤松政務官)

意見交換の様子(所教授)

層厚を制御した人工強磁性細線の作製に成功

著者: contributor
2025年3月24日 16:03

層厚を制御した人工強磁性細線の作製に成功
―人工強磁性細線を利用した大容量メモリや磁気センサ開発へ道筋―

発表のポイント

  • 層厚を制御した多層構造をもつ人工強磁性細線を二浴電析法により作製に成功した。
  • 層厚は最小で約3.5 nmの人工強磁性細線を作製できた。
  • 人工強磁性細線を利用した大容量メモリや磁気センサ開発へ道筋を開いた。

概要

岐阜大学 大学院自然科学技術研究科の修士課程1年の川名梨央さん、修士課程修了生(令和5年度)大口奈都子さん、工学部 山田啓介准教授、吉田道之助教、杉浦隆教授、嶋睦宏教授、名古屋大学 大学院工学研究科 大島大輝助教、名古屋大学 未来材料・システム研究所 加藤剛志教授、早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 齋藤美紀子招聘研究員、早稲田大学 先進理工学部 本間敬之教授、京都大学 化学研究所の小野輝男教授の研究グループは、層厚を制御した多層構造をもつ人工強磁性細線⁽¹⁾の作製を二浴電析(電気めっき)法⁽²⁾と細孔ナノテンプレートを用いて成功しました。層厚は数100 nmから最小で約3.5 nmの多層構造を有する人工強磁性細線が作製できました。さらに研究グループでは、1本の人工強磁性細線の磁気抵抗を測定し、人工強磁性細線の層厚が薄くなるほど、磁気抵抗比が増大することを確認しました。本研究の成果は、人工強磁性細線を利用する次世代磁気メモリや磁気センサの開発化へ道筋を開くものです。

本研究成果は、2025年3月20日(木)付でApplied Physics Expressに掲載されました。

研究の背景

次世代の情報記録デバイス実現を目指すスピントロニクス⁽³⁾では、次世代磁気メモリの候補として三次元磁壁移動型磁気メモリが提案され、研究開発が行われています(図1参照)。三次元磁壁移動型磁気メモリの構想では、細線1本で数ビットの記録容量をもつ人工強磁性細線が配置された構造となっており(図1(左図))、細線は記録層と磁壁層を交互に積層した多層構造になっています。中でも記録層はデータを保持する役割をもち、垂直方向の磁化の向きにより、データの0と1を区別します。一方、磁壁層は、記録層の磁化方向を緩やかに繋ぐ役割をもつ層として働く層で、磁壁層内の磁化は磁壁と呼ばれる磁化が緩やかに変化した領域となっています(図1(中図))。細線に電流を印加することで記録層のデータを動かし(図1(右図))、読み出し用の強磁性トンネル接合素子(Magnetic Tunneling Junction: MTJ)でデータを読み取ります。記録層と磁壁層として適している材料として、コバルト-プラチナ(Co-Pt)合金が計算による設計からわかっていましたが、メモリの開発に向け、メモリ素子となる人工強磁性細線の作製が一つの課題となっていました。

図1:三次元磁壁移動型磁気メモリの概略図 (左)三次元磁壁移動型磁気メモリの構造。(中央)人工強磁性細線の拡大図。(右)記録データ(0または1)の転送方法。細線に電流を印加することでデータを転送させます。

人工強磁性細線の作製として本研究グループでは、電析(電気めっき)法と細孔ナノテンプレートを用いた手法に注目しました。電析法を用いた多層構造細線では、以前にはパルス電析法⁽⁴⁾を用いた手法が多く報告されていました。しかしながら、細線の層厚を制御よく作製できた報告は少なく、多層構造細線の層厚の制御が課題となっていました。本研究グループでは、二浴電析法に注目し、層厚を制御した人工強磁性細線の作製を試みました。

研究成果

人工強磁性細線の作製は、材質がポリカーボネートの細孔ナノテンプレートを作用電極として加工し、コバルトとプラチナの濃度比が異なる電解質溶液を相互に電析する二浴電析法により作製しました(図2(a)参照)。電解質溶液は、組成比が異なる強磁性体であるコバルト-プラチナ(Co-Pt)合金を合成するために、濃度比が異なる2種類の電解質溶液を用いました。図2(b)に作製した人工強磁性細線の電子線回折による観察結果を示します。複数本の人工強磁性細線が像として写っており、Co₇₁Pt₂₉合金とCo₁₃Pt₈₇合金の層が綺麗に積層されていることがわかります。細線の直径は、約130 nm、Co₇₁Pt₂₉合金とCo₁₃Pt₈₇合金の1層の厚さの平均膜厚が11 nmでした。走査型電子顕微鏡による観察から細線の長さは最長で約19μ mmでした。試料作製の設計より、細線の積層数は最大で約1300層でした。

図2:実験手法と作製した人工強磁性細線 (a)実験で用いた二浴電析法の概念図。(b)作製した複数本の人工強磁性細線の電子線回折による観察結果。細線の直径は約130 nm、Co₇₁Pt₂₉合金とCo₁₃Pt₈₇合金の1層の厚さの平均膜厚が11 nmです。Co₇₁Pt₂₉合金とCo₁₃Pt₈₇合金の層が綺麗に積層されていることがわかります。

図3には、電子線回折による層厚の異なる人工強磁性細線の観察結果を示します。図3(a)~(d)は、Co₇₁Pt₂₉合金とCo₁₃Pt₈₇合金の1層の厚さ平均膜厚が、それぞれ、(a)約 80, (b) 35, (c) 17, (d) 3.5 nmの試料を示しています。図3の観察結果より、層厚を人工的に制御できていることがわかります。さらに図3(d)に示すように、層厚は最小で約3.5 nmの人工強磁性細線が作製できました。

図3:電子線回折による層厚の異なる人工強磁性細線の観察結果 (a)~(d)は、Co₇₁Pt₂₉合金とCo₁₃Pt₈₇合金の1層の厚さの平均膜厚が、それぞれ(a)約 80, (b) 35, (c) 17, (d) 3.5 nmの人工強磁性細線です。人工強磁性細線の層厚を人工的に制御できていることがわかります。

図4には、1本の人工強磁性細線の磁気抵抗を測定した結果を示します。1本の細線に電極を微細加工とリフトオフ法により付けた試料の光学顕微鏡像を図4(a)に示します。電極を付けた1本の細線に電流と磁場を印加し、異方性磁気抵抗(Anisotropic Magnetoresistance: AMR) ⁽⁵⁾を測定しました。その結果、図4(b)に示すように、人工強磁性細線の層厚が薄くなるほど、磁気抵抗比が増大することを確認しました。その他の磁気抵抗測定においても細線内で磁壁移動を示唆できる測定結果が得られたことから、人工強磁性細線が図1に示す磁気メモリとして動作できることを確認できました。これらの結果より、人工強磁性細線を利用する次世代磁気メモリや磁気センサの開発へ繋がる結果を示すことができました。

図4:1本の人工強磁性細線の磁気抵抗測定 (a) 1本の人工強磁性細線に電極を付けた試料の光学顕微鏡による観察結果。(b)外部磁場印加は9.3 kOe、室温条件下で測定した各試料における磁気抵抗比の結果。平均膜厚が11 nmの人工強磁性細線は、単層Co₈₀Pt₂₀細線と比べると2.2倍大きな磁気抵抗比が得られました。

本研究の意義・今後の展望

本研究では、層厚を制御した多層構造をもつ人工強磁性細線の作製を二浴電析法と細孔ナノテンプレートを用いて成功しました。層厚は、最小で約3.5 nmの人工強磁性細線が作製できました。加えて、1本の細線に電極を付け、人工強磁性細線の層厚が薄くなるほど、磁気抵抗比が増大することを確認しました。これらの結果は、人工強磁性細線を利用する次世代磁気メモリや磁気センサの開発化へ繋がる結果です。今回の成果は、二浴電析法で層厚を制御して数ナノメートルオーダーの強磁性体の積層が可能である技術を示しただけでなく、省エネルギー・高密度・超小型化の次世代情報記録デバイスであるマルチビットに対応可能な磁気メモリの開発へ前進となる結果を示すことができました。

用語説明

(1)人工強磁性細線:組成の異なる強磁性金属同士の層厚がnmオーダーで多層構造になった細線のこと。1980年代頃から研究が始まった「人工格子」(各層の厚さを原子層単位で制御して積層した人工的多層膜のこと)になぞらえて「人工強磁性細線」と名付けた。

(2)二浴電析法:2種類の電解質溶液を利用して電析する手法。異なる電解質溶液で電析を行い、異なる物質を積層させることができる技術。一方で、積層させる電極などを異なる電解質溶液間で物理的に移動させる必要がある。

(3)スピントロニクス:電子の持つスピンの自由度を利用することで、従来のエレクトロニクスに無い新機能・高性能素子の実現を目指す研究開発分野。

(4)パルス電析法:時間とともに電流(または電圧)を変化させる電析法で、パルス波形を用いた手法。析出物の表面形態、結晶粒径、構造を制御できる手法である。直流電流(または直流電圧)に比べて拡散層の厚さを薄くでき、高いパルス電流密度で電析することができる。

(5)異方性磁気抵抗(Anisotropic Magnetoresistance: AMR):強磁性体の磁化の向きと電流方向のなす角度に依存して、電気抵抗が変化する現象。電流方向と磁化方向が平行の時が、電流方向と磁化方向が垂直の時と比べて電気抵抗が大きくなる。磁化方向は外部磁場によって方向を制御する。磁場(磁化)方向と電流方向が垂直の場合と平行の場合の磁気抵抗をそれぞれ測定し、その差から磁気抵抗比[%]を求める。磁気抵抗比が大きいほど磁気センサとしての感度が高いことを示している。

論文情報

雑誌名:Applied Physics Express
論文タイトル: Artificial control of layer thickness in Co-Pt alloy multilayer nanowires fabricated by dual-bath electrodeposition in nanoporous polycarbonate membranes
著者: Rio Kawana, Natsuko Oguchi, Daiki Oshima, Michiyuki Yoshida, Takashi Sugiura, Mikiko Saito, Takayuki Homma, Takeshi Kato, Teruo Ono, Mutsuhiro Shima, and Keisuke Yamada
DOI番号:10.35848/1882-0786/adbcf6

研究助成

川名 梨央(かわな りお):論文筆頭著者
岐阜大学 大学院自然科学技術研究科 修士課程1年

大口 奈都子(おおぐち なつこ)
岐阜大学 大学院自然科学技術研究科 修士課程修了(令和 5 年度)

大島 大輝(おおしま だいき)
名古屋大学 大学院工学研究科 助教

吉田 道之(よしだ みちゆき)
岐阜大学 工学部 助教

杉浦 隆(すぎうら たかし)
岐阜大学 工学部 教授

齋藤 美紀子(さいとう みきこ)
早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 招聘研究員

本間 敬之(ほんま たかゆき)
早稲田大学 先進理工学部 教授

加藤 剛志(かとう たけし)
名古屋大学 未来材料・システム研究所 教授

小野 輝男(おの てるお)
京都大学 化学研究所 教授

嶋 睦宏(しま むつひろ)
岐阜大学 工学部 教授

山田 啓介(やまだ けいすけ):論文責任著者
岐阜大学 工学部 准教授

研究サポート

本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「3次元磁気メモリの開発」(代表:小野輝男, 課題番号:JPMJCR21C1)の支援を受け実施された。本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究C(課題番号:24K08198)の支援を受け、また名古屋大学未来材料・システム研究所における共同利用・共同研究(課題番号:JPMXP1224NU0211)として実施された。

令和7年度環境研究総合推進費に早大から3件採択

著者: contributor
2025年3月24日 16:00

独立行政法人環境再生保全機構(ERCA)が公募する環境研究総合推進費の令和7年度新規課題に、本学から3件が採択されました。申請総数は477件で、このうち103件が採択された中の3件となります。

採択課題

気候変動領域

  • 革新型研究開発(若手枠A・B)
    磯谷 浩孝(理工学術院 環境総合研究センター 次席研究員)
    「アミン系固体吸収材を用いた二酸化炭素直接空気回収技術の開発加速のためのプロセスモデルの基盤構築」

資源循環領域

  • 環境問題対応型研究(一般課題、技術実証型)
    所 千晴(理工学術院 教授)
    「フィルム型ペロブスカイト太陽電池の前処理を主軸としたリサイクルプロセス提案および易解体設計へのフィードバック」
  • 次世代事業
    小野田 弘士(理工学術院 教授)
    「現場ニーズに立脚した分別・収集運搬・選別プロセスにおけるAI・ロボティクスソリューションの実用化開発」
環境研究総合推進費

環境研究総合推進費は、環境政策への貢献・反映を目的とした競争的研究資金制度です。「環境研究・環境技術開発の推進戦略」(令和元年5月環境大臣決定)に基づき、重点課題やその解決に資するテーマを提示した上で、広く産学民官の研究機関の研究者から提案を募り、応募された課題のうち、外部有識者等による事前評価を経て採択された課題について、研究開発を実施します。(ERCAプレスリリースより)

テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、95GHz帯を用いた長距離・大容量伝送に成功

著者: contributor
2025年3月14日 13:53

テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、
95GHz帯を用いた長距離・大容量伝送に成功

学校法人早稲田大学(理事長:田中 愛治、以下「早稲田大学」)理工学術院の川西 哲也教授の研究グループと、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(理事長:山川 宏、以下「JAXA」)研究開発部門センサ研究グループらは、テラヘルツ帯※1に対応した無線通信システムを試作し、4.4kmの距離で、大容量伝送を可能とする伝送速度4Gbpsの通信を実現しました(図1)。95GHz帯を用いた大容量通信において世界有数の通信距離※2を実証しました。

図1通信実験風景 ©早稲田大学/JAXA

次世代移動通信システムBeyond5G/6G※3システムにおいては、非地上系ネットワーク(NTN)※4の大容量通信を行うフィーダーリンク※5の一部を、テラヘルツ帯を用いた高速通信が担うことが期待されています。これまで、上空との通信にはXバンド(8GHz帯)やKaバンド(26GHz~40GHz)が利用されてきましたが[1][2]、利用可能な周波数の帯域幅が限定されているため、伝送速度は数百Mbpsから数Gbpsが限界となっています。我々は、図2に示すような高度20km程度以下の高高度プラットフォームシステム(HAPS:High Altitude Platform Station)や航空機に対するフィーダーリンクにおいて、テラヘルツ波を含む高い周波数帯の利用による伝送速度の向上を検討しています。具体的には、92GHz~94GHz、95GHz~100GHz、および102GHz~104GHzの周波数帯に対して、広帯域の複数チャンネルを活用することで、20Gbps以上の大容量通信を実現できます。

図2 地上系ネットワークとフィーダーリンク ©早稲田大学/JAXA

本研究においては、92GHzから104GHzのテラヘルツ領域までに対応するアンテナ、送信機および受信機を試作しました。長距離通信を担う高利得アンテナサブシステムとしては、図3に示すように、上空の飛行体に搭載可能な小型軽量の0.3m径カセグレンアンテナ※6と、地上局用の1.2m径カセグレンアンテナを開発し、最大出力を1Wとして設計した送信機と組み合わせました。今回は、周波数帯を95.375GHz~96.625GHz(中心周波数96GHz)に限定し、送信機の空中線電力は15mW(特定実験試験局で許可される範囲内の等価等方放射電力(EIRP)※7に対応)に設定して伝送実験を実施しました。実験では、6階建ビルの屋上(東京都小金井市)からスカイタワー西東京(東京都西東京市)までの4.4kmの距離に対して、帯域幅1.25GHzを使用したシンボルレート1Gシンボル/秒の条件で、変調方式QPSK(伝送速度2Gbps) および16QAM(4Gbps)を用いた伝送を確認しました。

(a)送信アンテナ(0.3m径;飛行体搭載用)

(b)受信アンテナ(1.2m径)

図3 アンテナサブシステムの外観 ©早稲田大学/JAXA

今後は、空中線電力1Wの送信機の試作などにより、伝送距離20kmおよび伝送速度20Gbpsの通信機能を実現するとともに、HAPSや航空機向けのフィーダーリンクに必要な飛行体へのアンテナ追尾技術の試作と改良を行います。将来的には、通信の大容量化により、地上で使用されているネットワーク回線(LAN)レベルの高速通信を上空まで延伸させることが可能になり、大規模災害時の広域通信基地局、山間部や離島への高解像度の映像の伝送など、上空の通信網を使った多様なサービスの創出が期待されます。

【研究プロジェクトについて】

本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー) )の革新的情報通信技術研究開発委託研究(JPJ012368C00302およびJPJ012368C04901)、および科学技術振興機構の先端国際共同研究推進事業ASPIRE (JPMJAP2324)により実施したものです。 

【各機関の主な役割】

早稲田大学:テラヘルツ帯に対応した送受信機の開発

JAXA:テラヘルツ帯高利得アンテナサブシステムの開発

【用語解説】

※1 テラヘルツ帯
おおむね周波数100GHzから10THz(波長にして3mm-30μm)の電磁波領域を指す。下限については、2019年に米連邦通信委員会(Federal Communications Commission、FCC)が、新しい技術の開発やサービス展開に向けて、95GHzを超える周波数帯の利用に対する新ルールを発表していることから[3]、95GHz程度の周波数を含むことも多い。

※2 世界有数の通信距離
従来、94GHzを用いた距離2.5kmの通信[4]および120GHz帯を用いた距離5.8kmの通信[5]が報告されていました。今回の実験では、95GHz帯を利用した1Gbps以上の伝送容量の通信において、4kmを超える世界トップレベルの通信距離を実証しました。

※3 Beyond5G/6G
近年、普及が進む移動通信システムは第5世代(5G)とよばれている。これに対して、次世代システムとしてBeyond5Gさらには 第6世代(6G)移動通信システムの開発が進められている。

※4 非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)
地上、海、空にある移動体を多層的につなげる通信ネットワークシステム。

※5 フィーダーリンク
地上局をゲートウェイとして高度プラットフォームシステムなどの飛行体や衛星との間で通信を行う一対一の通信。

※6 カセグレンアンテナ
主、副の反射器を持つパラボラアンテナの一種。

※7 等価等方放射電力(EIRP:Equivalent Isotropic Radiation Power)
送信機が特定の方向に放射する電力を、等方性アンテナが全方向に放射する電力に置き換えた値。

【参考文献】

[1] 国立研究開発法人情報通信研究機構、プレスリリース、”世界初、高度約4km上空から38GHz帯電波での5G通信の実証実験に成功”、2024年5月、https://www.nict.go.jp/press/2024/05/28-1.html
[2] 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構、サテナビお知らせ、 “先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)のKaバンド直接伝送系により3.6Gbpsの高速データ伝送に成功”、2024年7月、https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/news/2024/07/23/9544/index.html
[3] FCC, FCC press release, “FCC Takes Steps to Open Spectrum Horizons for New Services and Technologies”, https://docs.fcc.gov/public/attachments/DOC-356588A1.pdf
[4] X. Li et. al., “Delivery of 54-Gb/s 8QAM W-Band Signal and 32-Gb/s 16QAM K -Band Signal Over 20-km SMF-28 and 2500-m Wireless Distance,” in Journal of Lightwave Technology, vol. 36, no. 1, pp. 50-56, 2018.
[5] A. Hirata et al., “5.8-km 10-Gbps data transmission over a 120-GHz-band wireless link,” 2010 IEEE International Conference on Wireless Information Technology and Systems, Honolulu, USA, 2010.

「放射化イメージング」でマウス体内の金ナノ粒子を可視化

著者: contributor
2025年3月14日 11:14

「放射化イメージング」でマウス体内の金ナノ粒子を可視化
がん治療薬の長期的な動態イメージングに向けて

発表のポイント

  • がん治療薬を腫瘍へ運ぶ金ナノ粒子のイメージング技術をマウス実験で実証
  • これまで困難だった核医学治療薬(アルファ線放出核種)の長期動態追跡を実現
  • 様々な治療薬の長期的な体内動態をイメージングする手法としての応用に期待

概要

早稲田大学大学院先進理工学研究科博士後期課程1年の越川 七星(こしかわ ななせ)と、同大学理工学術院の片岡 淳(かたおか じゅん)教授らの研究チームは、大阪大学放射線科学基盤機構の豊嶋 厚史(とよしま あつし)教授、角永 悠一郎(かどなが ゆういちろう)特任助教(常勤)、加藤 弘樹(かとう ひろき)特任教授(常勤)、京都大学複合原子力科学研究所の高宮 幸一(たかみや こういち)教授らと共同で、薬剤キャリアである金ナノ粒子を直接可視化する「放射化イメージング※1」を提案し、実際に金ナノ粒子をマウスに投与して体内分布を可視化しました。

また、腫瘍をピンポイントで攻撃するアルファ線※2治療薬アスタチンAt-211を、放射化金ナノ粒子に標識※3することにも成功しました。これにより、これまで困難であったAt-211の長期的な動態追跡を実現しました。今後は様々な治療薬で、動態可視化への応用が期待されます。本成果をまとめた論文は、論文誌『Applied Physics Letters』の”Featured article”に選ばれたほか、AIP(米国物理学協会)発行の論文全体から顕著な成果を特集するScilight (Science highlight) で紹介されます。

本研究成果は、2025年3月12日(水)午前10時(米国東部標準時)に『Applied Physics Letters』のオンライン版で公開されました。

【論文情報】
雑誌名:Applied Physics Letters
論文名:Activation imaging of gold nanoparticles for versatile drug visualization: an in vivo demonstration
DOI:10.1063/5.0251048

図:金ナノ粒子のイメージング

これまでの研究で分かっていたこと

がんは、長きにわたって日本人の死因第一位であり、効果的で負担の少ない治療法が求められています。がんの治療法には様々なものがありますが、放射性の治療薬を投与して腫瘍へダメージを与える核医学治療は、手術が要らず副作用の少ない方法として注目されています。

近年、核医学の分野では、アルファ線を放出する治療薬が盛んに研究されています。アルファ線は狭い範囲に大きなエネルギーを与える放射線で、腫瘍だけを効果的に攻撃することが期待されます。中でも質量数211のアスタチン(At-211)は、国内のサイクロトロンで比較的簡単に製造できることから有望視されています。また、At-211はアルファ線だけでなく、エネルギー79 keV(キロ電子ボルト)のX線※2を放出します。マウスの体を透過してきたX線を検出することで、At-211を体の外からイメージングできます。

効果的かつ副作用の少ない治療を実現するには、At-211をはじめとする治療薬を腫瘍へ届け、集積させる必要があります。治療薬を腫瘍へ運ぶ「薬剤キャリア」として特に注目を集めているのが、ナノサイズ(直径が10-9 m程度)の金の粒子(金ナノ粒子)です。実際に、図1 (a)のように金ナノ粒子にAt-211を標識して腫瘍に投与すると、図1 (b)のように金ナノ粒子が腫瘍に留まり、高い治療効果が得られることがわかっています[1]。次のステップとして、マウス実験により集積から排出まで、数日間にわたる長期の動態を調べることが不可欠です。これまで、At-211からのX線を使ってAt-211標識金ナノ粒子のイメージングが行われてきました。しかし、At-211の半減期は7.2時間と短く、投与から2日後にはX線の強度は約1/100になってしまうため、数日間にわたる動態を追うことはできませんでした。また、この方法では体内でAt-211と金ナノ粒子が分離してしまっているかどうか調べられないことも問題でした。

図1:(a) At-211標識金ナノ粒子。At-211はアルファ線とX線を放出する。(b) At-211標識金ナノ粒子を投与したラットのイメージング結果(投与4時間後。Kato et al. (2021)[1]より転載)。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと

本研究では、金ナノ粒子の「放射化イメージング」により、At-211と金ナノ粒子の個別イメージング、そしてAt-211標識金ナノ粒子の長期的な動態追跡を目指しました。放射化とは、安定な原子を放射性同位体に変えることです。自然界に存在する金は質量数が197の安定な元素です。これに熱中性子(エネルギーの低い中性子)をぶつけると、金の原子核の一部が中性子を取り込んで質量数が198の金(Au-198)に変わります。Au-198は半減期が2.7日の放射性同位体で、エネルギー412 keVのガンマ線※2を放出します。金ナノ粒子に含まれる金の一部を放射性のAu-198に変え、ガンマ線を体外から検出することで、金ナノ粒子の体内分布を体外から可視化できます。

金ナノ粒子をイメージングする技術には、他にもトレーサー(放射性物質や造影剤)による標識やCTイメージング(コンピュータ断層撮影)があります。しかし、トレーサーが金ナノ粒子から外れてしまう可能性があること、CTでは金ナノ粒子が高濃度(mg/mL程度)でないとイメージングできないことが課題となっていました。放射化イメージングは金ナノ粒子を直接イメージングする手法であり、3桁も低い濃度(μg/mL程度)であってもイメージングができるという点で、これまでの制限を打破する方法となり得ます。At-211標識した放射化金ナノ粒子を図2 (a)に示します。79 keVのX線、412 keVのガンマ線を使ってAt-211と金ナノ粒子の分布を個別にイメージングし、At-211が金ナノ粒子から外れていないかを確認できると考えました。さらに、At-211は半減期7.2時間で急激に減衰しますが、半減期2.7日のAu-198は数日間ガンマ線を出し続けるので、At-211標識金ナノ粒子の集積と代謝を数日間にわたり追うことができます。

At-211と金ナノ粒子を独立にイメージングするには、数十 keVからMeV(メガ電子ボルト)付近まで、幅広いX線・ガンマ線を1台かつ同時に識別できる「広帯域のカメラ」が必要です。しかし、従来のSPECT(単一光子放射断層撮影)※4では約300 keV以下、PET(陽電子放出断層撮影)※5では511 keVのみと、イメージングできるX線・ガンマ線のエネルギーが限られていました。そこで、独自に開発した「ハイブリッド・コンプトンカメラ※6」をイメージング装置として用いました。ハイブリッド・コンプトンカメラは、低エネルギー(200 keV以下)用のピンホールモードと高エネルギー(200 keV以上)用のコンプトンモードの2種類の方法でイメージングができます。図2 (b)に示すように、装置は2枚の検出器(散乱体と吸収体)で構成され、散乱体には3×3 mm2の孔が空いています。低エネルギーのX線・ガンマ線は散乱体に当たると吸収され、孔を通ったものだけが吸収体に届くので、ピンホールカメラの原理でイメージングができます(図中①)。高エネルギーのガンマ線は散乱体でコンプトン散乱され、吸収体で吸収されます。散乱体・吸収体での検出エネルギーから散乱角を計算することでイメージングが可能です(図中②)。

図2:(a) At-211標識した放射化金ナノ粒子。(b) ハイブリッド・コンプトンカメラ。 低エネルギーのX線・ガンマ線は①のように、高エネルギーのガンマ線は②のように検出される。

新しく開発した手法と、それによる実証結果

本研究では、まずマウスに投与できる、極小サイズの金ナノ粒子を合成する手法を模索しました。試行を重ね、四塩化金酸(HAuCl4)を材料として粒径5 nm(ナノメートル)ほどの金ナノ粒子を安定的に合成することに成功しました。次に、京都大学研究用原子炉(KUR)[4]を用いて四塩化金酸を放射化し、同じ手順に沿って放射化金ナノ粒子を合成しました。続いて、At-211の標識で不可欠となる、メトキシポリエチレングリコール(mPEG)で放射化金ナノ粒子を表面修飾し、マウスの腫瘍に投与しました。ハイブリッド・コンプトンカメラで得られたガンマ線のエネルギースペクトルを図3 (a)に示します。412 keVにピークが見られ、放射化によるAu-198の生成が確認できました。投与9分後、4日後に、コンプトンモードでイメージングした結果を図3 (b)に示します。4日後も金ナノ粒子が腫瘍付近に留まっている様子をイメージングでき、これまで不可能であった長時間の動態追跡に有効な方法であることが示されました。

次に、放射化金ナノ粒子にAt-211を標識し、マウスの尾静脈から投与しました。投与9分後、2日後のガンマ線エネルギースペクトルとイメージング結果を図4に示します。投与9分後のエネルギースペクトルには、79 keV(At-211)と412 keV(Au-198)にピークが見られます。また、At-211と金ナノ粒子(Au-198)それぞれのイメージングに成功しました。79 keVのX線はピンホールモード、412 keVのガンマ線はコンプトンモードで解析することで、1回の測定でAt-211と金ナノ粒子の分布を個別に知ることができます。At-211と金ナノ粒子が概ね同じ位置に集積していることを確認できました。投与2日後のエネルギースペクトルでは、At-211の減衰によって79 keVのピークは非常に弱くなっている一方、Au-198由来の412 keVはピークの高さがあまり変わりません。イメージング結果では、At-211は減衰により分布を見ることができないのに対し、金ナノ粒子ははっきりとイメージングできています。このように、金ナノ粒子を放射化することで、At-211標識金ナノ粒子の長期的な動態追跡に成功しました。

図3:(a) 放射化金ナノ粒子のX線・ガンマ線エネルギースペクトル。(b) マウスに投与した放射化金ナノ粒子のイメージング結果(投与9分後、4日後)。

 

図4:(上)At-211標識した放射化金ナノ粒子のX線・ガンマ線エネルギースペクトルと、(下)At-211、放射化金ナノ粒子それぞれのイメージング結果(投与9分後、2日後)。投与2日後には減衰のためAt-211自体はイメージングできないが、キャリアである放射化金ナノ粒子がイメージングできる。

研究の波及効果や社会的影響

本研究では、At-211を放射化金ナノ粒子に標識することで、これまで困難であったAt-211と金ナノ粒子の同時イメージング、そしてAt-211標識金ナノ粒子の長期的な動態追跡に成功しました。同じように、抗がん剤など、これまで体外からイメージングできなかった様々な治療薬を放射化金ナノ粒子に標識することで、体内動態を調べられるようになる可能性があります。

また、金ナノ粒子のイメージングは、治療に最適な金ナノ粒子のサイズや形状を調べるためにも重要です。金ナノ粒子は、血管透過性・滞留性亢進効果(EPR効果)によって腫瘍へ集積するといわれています。EPR効果は2つの側面から成ります。1つ目は、正常な血管と異なり腫瘍付近の血管には隙間が空いているために、血中の金ナノ粒子が腫瘍付近でのみ漏れ出すことです。これによって金ナノ粒子が腫瘍へ運ばれると期待できます。2つ目は、腫瘍付近では異物を排出するリンパ系が未発達であり、金ナノ粒子が滞留しやすいことです。今回、腫瘍に直接投与した金ナノ粒子が4日後も腫瘍に留まっていたのは2つ目の要因によるものと考えています。しかし、これらの効果は金ナノ粒子のサイズ・形状など様々な条件に依存することがわかっています。さらに、金ナノ粒子が肝臓や脾臓(ひぞう)といった臓器に異物とみなされ、捕獲されることが問題視されており、この影響も金ナノ粒子のサイズや形状に依存します。そこで近年、多種多様な金ナノマテリアルが開発され、より腫瘍への集積量が大きく、健康な臓器への集積量が小さい条件を探す研究が活発に行われています。放射化イメージングは金を放射性同位体に変えるというシンプルな手法で、様々なサイズ・形状の金ナノ粒子を同様の方法でイメージングできると考えており、今後幅広い応用が期待できます。

今後の課題

本研究ではAt-211と放射化金ナノ粒子を広帯域X線・ガンマ線撮影装置であるハイブリッド・コンプトンカメラでイメージングしました。ハイブリッド・コンプトンカメラは広帯域であることや、X線やガンマ線の強度が弱くてもイメージングできることが強みですが、分解能には課題があります。マウスとの距離5 cmにおけるハイブリッド・コンプトンカメラの分解能は8 mm程度です。現状でも腫瘍や臓器への集積を大まかに見ることはできるものの、詳細なイメージングには2~3 mmの分解能が必要です。現在、より高分解能の装置を開発中で、より精度のよい放射化金ナノ粒子のイメージングに向けて研究を進めています。

用語解説

※1 放射化イメージング
一般に、原子には安定な同位体と、不安定な同位体があります。これらは原子核内部の陽子数(=原子番号)は同じで中性子数が異なるだけのため、化学的性質は変わりません。不安定な原子核は特定の半減期で崩壊し、安定な核種となります。その際に、余ったエネルギーをX線やガンマ線(以下※2を参照)として原子核の外に放出します。このガンマ線を可視化するのが、本研究の「放射化イメージング」です。

※2 アルファ線、X線、ガンマ線
放射線には様々な種類があります。アルファ線はヘリウムの原子核で、プラスの電荷を2つ持ちます。質量がとても重く、体内で飛ぶ距離が数十マイクロメートルと短い(細胞のサイズと同程度)ことが特長です。そのため、うまく腫瘍に集積させると、腫瘍細胞のみを選択的に殺傷することができます。一方で、X線やガンマ線は電磁波の一種で、電荷を持ちません。どちらも不安定な同位体から出ますが、原子核から出るエネルギーの高い電磁波をガンマ線、また電子軌道から出る比較的エネルギーの低い電磁波をX線として区別します。

※3 標識
化合物中で、特定の原子に放射性核種を結合することをいいます。今回の研究では、金ナノ粒子が治療薬を運ぶキャリアであり、ここに治療薬本体であるアスタチン(At-211)を標識しています。

※4 SPECT(単一光子放射断層撮影)
核医学診断法の1つで、放射性医薬品を体内に投与して、その分布を断層画像として描出します。たとえばTc-99m(テクノチウム)を骨の代謝や反応が盛んなところに集まる性質を持つ物質と化合させ、がんが骨のどの部位にどの程度転移しているかを診断することができます。Tc-99mの可視化には 140 keVのガンマ線が用いられます。他の薬剤でも、SPECT で可視化できるガンマ線はおおむね 300 keV 以下に限られます。

※5 PET (陽電子放出断層撮影)
こちらも広く行われている核医学診断法で、陽電子を放出する放射性核種で標識された医薬品を体内に投与し、その放射線を検出することで、腫瘍の位置や活性度を画像化する核医学検査です。対消滅するガンマ線を対向する検出器で捉えるため、原理上 511 keV のガンマ線のみを対象としたイメージング法です。

※6 ハイブリッド・コンプトンカメラ
ハイブリッド・コンプトンカメラは、異なるイメージング技術である「コンプトンカメラ」と「ピンホールカメラ」を1台で実現する新しい技術です。ハイブリッド・コンプトンカメラは散乱体と吸収体の2枚の検出器からなり、それぞれの検出器はシンチレータ(放射線が当たると蛍光を示す物質)と蛍光を読み出すセンサーで構成されます。低いエネルギーのX線は、散乱体を透過することができず、ピンホールを通ってきたものだけが吸収体に届きます。すなわち「散乱体がヒットせず、吸収体のみヒットする」「吸収体のエネルギーが (たとえば)200keV以下」の条件を課せば、ピンホールカメラとして可視化できます。一方で、高いエネルギーのガンマ線は、散乱体を透過して吸収体に届くもの、散乱体でコンプトン散乱して吸収体に届くもの、様々な成分が混ざります。しかしながら、「散乱体と吸収体が同時にヒットする」条件を課せば、通常のコンプトンカメラと同様に可視化することができます。

参考情報

[1] Kato et al. 2021, “Intratumoral administration of astatine-211-labeled gold nanoparticle for alpha therapy”, Journal of Nanobiotechnology, 19, 223,
DOI: 10.1186/s12951-021-00963-9

[2] 放射化イメージングについては以下を参照

  • Koshikawa et al. 2022, “Proof of concept of activation imaging with hybrid Compton camera”, Applied Physics Letters, 121, 193701, DOI: 10.1063/5.0116570
  • Koshikawa et al. 2023, “Activation imaging: New concept of visualizing drug distribution with wide-band X-ray and gamma-ray imager”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research – section A, 1045, 167599, DOI: 10.1016/j.nima.2022.167599
  • 「様々な元素の分布を可視化する「放射化イメージング」に成功」https://www.waseda.jp/top/news/85249

[3] ハイブリッド・コンプトンカメラについては以下を参照

  • Omata et al. 2020, “Performance demonstration of a hybrid Compton camera with an active pinhole for wide-band X-ray and gamma-ray imaging”, Scientific Reports, 10, 14064
    DOI: 10.1038/s41598-020-71019-5
  • 「X線ガンマ線の同時可視化を可能に」https://www.waseda.jp/top/news/69935

[4] 京都大学複合原子力科学研究所の研究用原子炉KUR については以下を参照
https://www.rri.kyoto-u.ac.jp/facilities/kur

論文情報

雑誌名:Applied Physics Letters
論文名:Activation imaging of gold nanoparticles for versatile drug visualization: an in vivo demonstration
執筆者名:Nanase Koshikawa1、Yuka Kikuchi1、Kazuo S. Tanaka1、Katsuyuki Tokoi2、Akina Mitsukai2, Hiroki Aoto2, Yuichiro Kadonaga3, Atsushi Toyoshima3, Hiroki Kato3, Kazuhiro Ooe3, Koichi Takamiya4, Jun Kataoka1

1. 早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻
越川 七星(論文筆頭著者)、菊池 優花、田中 香津生、片岡 淳

2. 大阪大学大学院 理学研究科 化学専攻
床井 健運、水飼 秋菜、青戸 宏樹

3. 大阪大学 放射線科学基盤機構
角永 悠一郎、豊嶋 厚史、加藤 弘樹、大江 一弘

4. 京都大学 複合原子力科学研究所
高宮 幸一
掲載予定日時(米国東部標準時):2025年3月12日(水)午前10時
掲載予定日時(日本時間):2025年3月13日(木)午前0時
DOI:10.1063/5.0251048
掲載予定URL:https://doi.org/10.1063/5.0251048

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージングプロジェクト」(2021~2026年度;グラント番号 JPMJER2102)の支援を得て実施したものです。ここに深く感謝申し上げます。

極めて安定な新規カンナビノイド生物学的等価体の不斉合成に成功

著者: contributor
2025年3月7日 18:49

極めて安定な新規カンナビノイド生物学的等価体の不斉合成に成功
カンナビノイドの医薬的応用へ期待

発表のポイント

  • 医療用途でのカンナビノイドの利用が注目を集めており、その生理活性を活かした薬理学的研究や、より効果的な生物学的等価体の開発が進められています。
  • 本研究では、これまでに例のない1,7-エンインを原料としたエナンチオ選択的[2+2+2]付加環化反応を開発し、適切な配位子の選択により、高いエナンチオ選択性とほぼ完全な位置選択性を達成。さらに、極めて安定な新規カンナビジオール生物学的等価体の候補化合物の合成に成功しました。
  • 特に、カンナビノイド受容体に対する新規な生物学的等価体の合成は、医薬品開発において重要な意味を持ち、本研究により、カンナビノイドの医薬的応用が期待されます。

概要

早稲田大学理工学術院の柴田 高範(しばたたかのり)教授らの研究グループは、ロジウム触媒を用いて、1,7-エンインと非対称アルキンの[2+2+2]付加環化反応を報告しました。適切な配位子の選択により、極めて高いエナンチオ選択性1とほぼ完全な位置選択性を達成し、さらに生成物の合成変換により新規な※2を有するカンナビノイド生物学的等価体※3の候補化合物の合成を行いました。

本研究成果は、2025年2月5日にアメリカ化学会により発行される「Journal of the American Chemical Society」にオンライン版で公開されました。

図1 原料の1,7-エンインから、不斉触媒を使い分けることで、2つの位置異性体を高不斉収率で合成

図2 中心不斉を有する生成物を軸不斉を有するカンナビジオール(CBD) 生物学的等価体の候補化合物へ合成変換

これまでの研究で分かっていたこと

カンナビノイド4は近年、医療用途における利用が注目を集めており、その生理活性を活かした薬理学的研究や、より効果的な生物学的等価体の開発が進められています。特に、全身に存在するカンナビノイド受容体と結合することで様々な薬理学的作用を及ぼすことが知られているカンナビジオールやΔ⁹-THC4の構造を模倣する分子設計が求められています。このような背景より有機合成の観点において、ベンゾ[c]クロメノール骨格5の合成が重要です。

一方、従来より遷移金属触媒を用いた[2+2+2]付加環化反応6が広く研究されており、ロジウム、イリジウム、ニッケル、ルテニウムなどが活性な遷移金属触媒として報告されました。特に、キラルなロジウム触媒を用いるエナンチオ選択的な反応の報告例は多いですが、そのほとんどは原料として反応性が高い1,6-エンインを用いる反応で、六員環の構築が可能な1,7-エンインを原料とする高エナンチオ選択的[2+2+2]付加環化反応の報告例はこれまでありませんでした。

今回新たに実現したこと

本研究では、これまで未開拓であった1,7-エンインを原料としたエナンチオ選択的[2+2+2]付加環化反応の開発を目指しました。その結果、カチオン性ロジウム触媒と適切な配位子を組み合わせることで、カンナビノイド類に含まれるベンゾ[c]クロメノール骨格の高選択的合成を実現しました。

また、計算化学的解析により、エナンチオ選択性の起源を解明し、使用する配位子の違いが反応の位置選択性に与える影響を明らかにしました。さらに本手法を応用し、中心キラリティを軸性キラリティへ変換することにより、新規な軸不斉を有するカンナビノイド生物学的等価体の候補化合物の合成を達成しました。本化合物は、構造的にカンナビジオールに類似しつつも、高い安定性を持つことが示され、カンナビノイド受容体に対する親和性の向上が期待されます。

そのために新しく開発した手法

本研究では、カチオン性ロジウム触媒を用いた1,7-エンインと非対称アルキンの[2+2+2]付加環化反応の最適化を行いました。特に、エナンチオ選択性および位置選択性を制御するために、配位子の選択が重要でした。計算化学的手法を用いた解析では、最適配位子である(S)-DTBM-BINAPの場合、強いC=O···H-C(sp2)相互作用を形成することが選択性を高める要因であることが示唆されました。もう一方の位置異性体を与える最適配位子である(R,R)-BenzP*では、空間的な嵩高さによる選択性を示し、それぞれ異なる選択性の制御機構が存在することが示唆されました。

研究の波及効果や社会的影響

本研究で開発された合成手法は、ベンゾ[c]クロメノール骨格を提供する簡便、かつ信頼性の高い方法であり、様々な官能基の導入、炭素鎖伸長が可能です。特に、カンナビジオール受容体に対する新規な生物学的等価体の合成は、医薬品開発において重要な意味を持つことが期待されます。本研究で得られた化合物は、カンナビノイド類の医薬的応用を拡大する可能性があります。

今後の課題

得られたカンナビノール類縁体の生理活性評価を進め、実際の医薬品開発への応用可能性を明らかにすることが重要です。さらに、本手法を他の多環式化合物の合成に応用することで、新規な生物活性物質の創出につながる可能性があります。今後は、触媒系のさらなる改良や、反応メカニズムのより詳細な理解を進めることで、さらに効率的な合成手法の開発を目指します。

用語解説

※1 エナンチオ選択性
右手と左手のように互いに鏡像の関係にある分子を鏡像異性体(エナンチオマー)と呼び、エナンチオ選択性とは、2つの鏡像異性体のうち、一方の鏡像異性体を優先的に合成すること。

※2 軸不斉
鏡像の関係にあることを「不斉」と言います。分子に生じる不斉において、ある軸周りの非対称により生じる不斉が軸不斉です。その代表例が、図2に示したような2つのベンゼン環の間の単結合が立体障害により自由回転できないことに起因する不斉であり、医薬品や機能性材料の分野で重要な構造です。

※3 生物学的等価体
医薬関連化合物において生物学的に同じ役割を果たす他の部分構造を生物学的等価体(bioisostere)と呼びます。薬物の主要な生物活性に影響を与えることなく、医薬に含まれる官能基を他のものに置換することで、活性を改善させる目的に有効となるアプローチです。

※4 カンナビノイド、カンナビジオール、Δ⁹-THC
カンナビノイドは、104種類ある薬用作物「大麻草」に含まれる生理活性物質の総称です。近年、先進国を中心として、医療利用が進んでいます。カンナビジオールやΔ⁹-THCはカンナビノイドの一種。

※5 ベンゾ[c]クロメノール骨格
酸素を含んだ六員環であるピラン環に2つのベンゼン環が縮環した三環式骨格をもつ芳香族アルコールであり、カンナビノイド類を含め、多くの天然物に共通する骨格です。

※6 付加環化反応
π電子系を持つ二つの分子が付加反応を起こして、環状化合物を生成する反応であり、原料と生成物で、原子損失がない原子効率100%の理想的な反応です。Diels-Alder反応を代表例として、有機反応の中でも重要な炭素−炭素結合形成法としての基幹反応です。

論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Ligand-Governed Regio- and Enantioselective [2 + 2 + 2] Cycloaddition of 1,7-Enynes: Assembly of the Benzo[c]chromen-1-ol Backbone and Access to Enantioenriched Cannabinol Bioisostere
執筆者名(所属機関名):いずれも所属は早稲田大学
King Hung Nigel Tang博士(先進理工学研究科博士課程。博士学位取得後、現在は理工学術院総合研究所招聘研究員)、Taichi Kishi(先進理工学研究科修士課程。修士学位取得後、現在は民間企業研究員)、Natsuhiko Sugimura博士(物性計測センターラボ職員)、Yuto Horio(先進理工学研究科修士課程2年)Takanori Shibata(理工学術院教授)
掲載日時(現地時間):2025年2月5日
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.4c18319

研究助成

研究費名:Special Research Projects and the Japan Science and Technology Agency (JST) Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation (W-SPRING), JPMJSP2128
研究課題名:New Environment‐Friendly Strategy for the Synthesis of Valuable Organic Materials via C–H Activation
研究代表者名(所属機関名):King Hung Nigel Tang (早稲田大学 大学院先進理工学研究科 博士課程、現在 理工学術院総合研究所 招聘研究員)

研究費名:大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 Research Center for Computational Science, Project 24-IMS-C390
研究課題名:触媒的[2+2+2]付加環化反応における位置選択性の反応機構解析
研究代表者名(所属機関名):柴田 高範 (早稲田大学理工学術院)

傷を自力で治す硬い多層シリコーン系薄膜を開発

著者: contributor
2025年3月5日 09:41

傷を自力で治す硬い多層シリコーン系薄膜を開発

発表のポイント

  • 損傷を自己修復可能な材料の開発は長寿命やメンテナンスフリーの観点から高いニーズがあります。
  • シロキサン(Si−O−Si)結合からなるシリコーン系材料は、日用品から医療、航空・宇宙分野に至るまで広く利用されています。従来のシリコーン系自己修復材料は、柔軟なゴム状材料に限定されており、また低分子量のシロキサン分子の生成により徐々に分解するため、長期的な安定性に課題がありました。
  • 本研究では、自己組織化プロセスを利用して架橋構造のシロキサン成分と直鎖構造のシロキサン成分をナノレベルで積層することで、亀裂の修復能力と高い硬度、長期的安定性を兼ね揃えた新材料の開発に成功しました。
  • 本材料は作製が簡便で、透明な薄膜として得られるため、保護コーティングなど様々な応用が期待できます。

概要

早稲田大学理工学術院の宮本佳明(みやもと よしあき)助手松野敬成(まつの たかみち)講師下嶋敦(しもじま あつし)教授らによる研究グループは、微細なひび割れの修復能力を有するシリコーン系薄膜を開発しました。シロキサン(Si–O–Si)結合からなるシリコーン材料は高い耐熱性、耐候性、透明性、絶縁性などの優れた特性から、幅広い分野で利用されています。ブロックコポリマーの自己組織化を利用してナノレベルの多層構造を構築することにより、従来のシリコーン系自己修復性材料の課題であった低分子量成分の生成・揮発による分解が抑制されると同時に、膜の硬度が大幅に向上しました。

本研究成果は英国王立化学会が発行するChemical Communications誌に2025年1月6日(月) (現地時間)に掲載されました。
論文名:Multilayered organosiloxane films with self-healing ability converted from block copolymer nanocomposites

図 本研究で開発した自己修復能を持つシリコーン系薄膜

キーワード:

シロキサン、自己修復、薄膜

これまでの研究で分かっていたこと

主骨格がシロキサン (Si–O–Si) 結合から成るシリコーン系材料は、透明性、絶縁性、高い化学的・熱的安定性を有し、幅広い分野で利用されています。損傷や機能劣化を温和な条件下で修復する能力を付与することは、材料の長寿命化、耐久性、安全性の向上の面で重要です。高分子材料においては、結合の組み換え反応を利用することで、外力により生じた傷を分子レベルで修復することが可能となります。シリコーン系材料の中でも最も一般的なポリジメチルシロキサン((Si(CH3)2O)n, PDMS) 系材料では、シラノレート(Si–O)基の導入によって、Si–O–Si結合の組み換えが促進され、切断しても再接合が可能となることが知られています。しかし、この修復機構では自己修復性と材料の硬さがトレードオフの関係にあり、従来の自己修復性PDMS系材料は、柔らかいゴム状のものに限定されていました。また、結合の組み換えに伴って低分子量環状シロキサンの生成と揮発が徐々に進行するため、材料の長期安定性を損なうだけでなく、揮発成分が周囲の電子部品に付着し、接触不良などの深刻な問題を引き起こす懸念もあります。

今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法

本研究グループは、3次元網目構造の有機シロキサン層と直鎖構造のPDMS層からなる多層構造体の新たな構築プロセスを提案しました。

まず初めに、ポリエチレンオキシド((C2H4O)n, PEO)とポリジメチルシロキサン(PDMS)からなるブロックコポリマー※1を用い、自己組織化プロセス※2によって有機シロキサン層とブロックコポリマー層からなる多層ナノコンポジット※3薄膜を作製しました。その後、PEOブロックを空気中での加熱により除去し、ブロックコポリマー層をPDMS層に転換しました(図1)。その後、得られた多層シリコーン薄膜中にシラノレート基を導入することで、薄膜上に生じた亀裂が80 °C、相対湿度40%の条件で修復することが確認されました(図2)。

図1. ブロックコポリマーナノコンポジットから多層ブロックコポリマーへの転換

図2. 亀裂の修復挙動の観察

従来の自己修復性PDMSエラストマーでは、60~200 °Cで低分子量の環状シロキサンが揮発することが確認されました。一方で、今回作製した材料ではこれらの揮発が全く確認されませんでした。このことから有機シロキサン層によって環状シロキサンの拡散が制限されたことが示唆されます。さらに、今回作製した材料は従来のPDMSエラストマーと比較して、約30倍の硬度を示すことが確認されました。

研究の波及効果や社会的影響

今回開発した材料は、高い硬度、亀裂の修復能力、透明性などの特徴から、保護コーティングとして有望です。環状シロキサンの揮発性が低いため、長期的安定性が高く、汚染リスクに敏感な電子部品へも適応可能と考えられます。

今後の課題

現状の修復プロセスは加熱や水蒸気を必要とするため、用途が制限される可能性があります。より穏やかな条件下で亀裂の修復を達成するために、さらなる材料設計が必要と考えています。

研究者のコメント

自己修復材料は市場規模の拡大が目覚ましい分野です。今回開発した自己修復性シリコーン系薄膜は従来の課題であった低分子量の環状シロキサンの揮発を抑制するとともに、比較的高い硬度を示します。無機のシロキサン骨格に由来する優れた耐熱性や耐候性と相まって、本材料は様々な分野における利用が期待できます。

用語解説

※1 ブロックコポリマー
2種類以上のポリマーを連結したポリマーのこと。特に親水的なポリマーと疎水的なポリマーを連結することにより界面活性剤として用いることが可能で、洗剤などに広く利用されている。

※2 自己組織化プロセス
外部からの誘導なしに、構成要素が自発的に秩序ある構造に配列するプロセスのこと。界面活性剤の自己組織化を利用することにより、層状やシリンダー状などの規則構造を数~数十ナノメートルスケールで有する構造体の作製が可能となる。

※3 ナノコンポジット
少なくとも1つの相がナノメートルのサイズである2つ以上の相によって形成される固体材料。ナノシートやナノ粒子、ナノファイバーなどを材料に導入することは工業的に良く行われている。

論文情報

雑誌名:Chemical Communications
論文名:Multilayered organosiloxane films with self-healing ability converted from block copolymer nanocomposites
執筆者名(所属機関名):Yoshiaki Miyamoto,a Takamichi Matsuno,a,b,c Atsushi Shimojima a,b,c*
a 早稲田大学先進理工学部応用化学科
b 早稲田大学理工学術院総合研究所
c 早稲田大学各務記念材料技術研究所
掲載日時(現地時間):2025年1月6日
掲載URL:https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2025/CC/D4CC05804F
DOI:https://doi.org/10.1039/d4cc05804f

研究助成

本研究は文部科学省先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム)JPMXS0440500024で共用された機器(C1025, C1028, C1049, C1051, G1026, G1028, G1033, G1036, G1064)を利用した成果です。

不透明な物質を透明に超高速切り替えに成功、未来の光信号処理デバイスへ

著者: contributor
2025年2月26日 15:23

不透明な物質を透明に超高速切り替えに成功、未来の光信号処理デバイスへ

発表のポイント

  • 本来は不透明なゲルマニウム(Ge)薄膜にパルスレーザーを集光照射することで、超高速で光のスイッチと波長の選択ができることを実証。
  • フェムト秒時間スケールでの現象を解析できる計測装置を開発し、Geに高密度な光励起をすると、励起された電子は瞬時にGeの複数のバンドの谷(多谷間)に配分されて緩和することを明らかにしました。
  • 多谷間構造中で励起電子の緩和・配分を制御することで、多彩な波長に対応した超高速・多色光スイッチングデバイスの実現ができ、光通信や光コンピュータへの応用が期待されます。

概要

不透明な物質であっても、高強度レーザー光の励起※1により、まるで物質が存在しないかのように光を透過させることができます。レーザーのON/OFFを超高速で切り替えれば、その物質の透明・不透明も超高速に切り替えられるでしょうか?さらに、単色光だけではなく、多色光も同時に超高速で透明・不透明に切り替え可能でしょうか?

早稲田大学理工学術院の賈軍軍(じゃ じゅんじゅん)教授、中部大学の山田直臣(やまだ なおおみ)教授、産業技術総合研究所の八木貴志(やぎ たかし)研究グループ長らは、多谷間物質※2Geにパルスレーザーを照射することで、幅広い波長の光に対して透明・不透明を同時かつ超高速に切り替られることを実証しました。この成果は、光信号を物理的に切り替える技術の一つとして、将来のマルチバンド通信や量子コンピュータなど用の超高速光スイッチの開発への応用が期待できます。

本研究成果は、『Physical Review Applied』(論文名:Multivalley Optical Switching in Germanium)にて、2025年2月24日(現地時間)にオンラインで掲載されました。

図1 光スイッチングデバイスの動作概略図およびその原理

キーワード:

多谷間構造、谷間散乱、光スイッチングデバイス、過渡透過※3、Pauli Blocking Effect

これまでの研究で分かっていたこと

光学材料の屈折率や消衰係数など光学定数は、光の強度が低い場合には一定とみなせます。しかし、光の強度が強くなると、光学定数が光の強度に依存して変化する非線形性が現れます。この非線形光学現象を利用すると、レーザー波長の変換など、通常の光学系では実現できない多彩な光の操作が可能になります。しかし、従来の非線形光学材料は、高強度レーザーなどの照射によりある決められた波長において光学非線形性が発現するのが一般的でした。

一方、半導体材料では、バンドギャプ※4以上の高強度レーザーを用いると、多数の電子が価電子帯から伝導帯※5に高密度に励起され、これらは電子-フォノン散乱によって伝導帯の下部を一時的に占有することができます。この伝導帯の下部における電子の占有(Pauli Blocking効果※6)によって、一時的に光を透過できる状態が生じます。この現象は、直接半導体材料であるInN(窒化インジウム)ですでに観測されており、光の高速スイッチング技術として注目されています。しかし、InNの透明化が起こるのは、近赤外領域のバンドギャプ付近に限られていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、近赤外から可視光領域にわたる幅広い波長帯域で高速に透明化する新たなアプローチを提案し、その実証に成功しました。固体物質の多谷間構造を利用し、パルスレーザーの高密度光励起を用いることで、近赤外から可視光にわたる多色光の透過・不透過が超高速で切り替わることを初めて観測しました。これは、これまで明らかにされていなかった新たな研究成果となります。

一般的に、光が固体物質中の電子を伝導帯に励起すると、電子は超高速で緩和し、その後電子-正孔の再結合などを経て元の状態に戻ります。Geや酸化物のような化学結合の強い物質では、励起後の緩和過程がピコ秒※7以下で起きるため、観測・制御・利用は非常に困難です。本研究では、フェムト秒※7時間スケールでの現象を解析できる計測装置を開発し、透過・不透過の超高速切り替え現象を実験的に解明しました。そのメカニズムは、励起された電子が谷間散乱を経て多谷間に配分され、各谷間に瞬時に滞在することでPauli Blockingが発生します(図1)。これは、電子が伝導帯の空状態を占有することで、光が吸収されず透過する現象です。Geにおいて、この現象により、530 nmと600 nmの可視光と~900 nmの近赤外光が、数百フェムト秒の時間スケールで同時に透過することが確認されました。これは、多波長に対応したスイッチング材料としての実現可能性を示しています。

研究の波及効果や社会的影響

本研究では、多谷間物質へのフェムト秒パルスレーザー照射により、励起電子の多谷間配分を高精度に制御することで、広帯域の波長に対応した超高速多色光スイッチングデバイスの実現可能性を示しました。

今回の成果は、単に超高速な物理現象の観測・解明にとどまらず、持続可能な高度情報化社会を実現するための基盤技術としても重要な役割を果たすと考えられます。例えば、光通信においてマルチバンド通信や光コンピュータのロジック素子への応用のように情報通信分野において波及効果をもたらすことが期待されています。特に、 多波長でスイッチングできることのメリットは、複数の光信号を時間差で重ねることで、より多くの光信号を伝送可能にする点です。今回の実証物質Geはシリコンフォトニクスとの高い整合性を有しているため、本原理に基づく多色光スイッチングは、シリコンフォトニクスの構成素子の一つとして、より高速なデータ通信やセキュリティの向上に貢献し、増加し続けるインターネットトラフィックの課題解決に寄与することが期待されます。

課題と今後の課題

今回の研究では、多谷間物質を最先端のパルスレーザー技術と融合させ、広帯域の波長に対応した光スイッチング材料の創出を目指して研究を進めました。この成果により、単一波長での光を伝搬する従来の通信方式よりも、広帯域・多波長での受送信が可能となり、光ファイバの伝送容量が大幅に拡大し、大容量・高速データ通信への貢献が期待されます。しかしながら実用化に向けては、既存の光通信波長帯にマッチングする材料の創出などの課題が残されています。今後は、これまでの研究成果を基盤とし、新しい材料設計技術を活用して広帯域対応の多谷間物質を創出し、超高速光スイッチングデバイスの実用を検討していきます。これにより、将来的には光通信や量子コンピュータのへの応用につながることが期待されます。

研究者のコメント

この研究では、多谷間構造を持つゲルマニウム薄膜において、励起された電子がバンド構造内の複数の谷に超高速で分布することを観測しました。この超高速な物理現象を活用することで、多色光の超高速光スイッチングデバイスの実現に向けた重要な成果が得られました。今後は、多谷間物質を用いて、伝導帯内で電子を超高速に注入する技術をさらに発展し、新たな物理現象の発見とともに、より多くの革新的なデバイス応用の実現が期待されています。

用語解説

※1 励起
原子や分子が外部からエネルギーを与えられ、エネルギーの低い安定した状態から、より高いエネルギー状態に移ることを指します。

※2 多谷間物質
固体物質の伝導帯の底を谷間と呼び、谷間を一つ以上持つ半導体を多谷間物質といいます。

※3 過渡透過
光が物質を通過する際に、時間とともに変化する透過特性を指します。

※4 バンドギャプ
固体物理において、光(または外部エネルギー源)が電子を価電子帯から伝導帯へ励起するために必要なエネルギー差を指します。

※5 伝導帯
固体物理学における半導体や絶縁体のバンド構造の一部で、電子が自由に移動できるエネルギー範囲のことを指します。光照射や熱などの外部エネルギーにより、電子が価電子帯から伝導帯に励起されることができます。

※6 Pauli Blocking効果
高密度な電子が伝導帯に占有された半導体において、新たな電子はそこに遷移できず、光の吸収がブロックされる現象を指します。

※7 ピコ秒、フェムト秒
 1ピコ秒は1秒の1兆分の1、すなわち 10−12 秒、1フェムト秒は1秒の1000兆分の1、すなわち 10−15 秒に相当します。

論文情報

雑誌名:Physical Review Applied
論文名:Multivalley optical switching in germanium
執筆者名(所属機関名):Junjun Jia* (Waseda University)、Hossam A. Almossalami (Zhejiang University)、Hui Ye* (Zhejiang University)、Naoomi Yamada (Chubu University)、Takashi Yagi  (National Chubu University)
掲載予定日時(現地時間):2025年2月24日
掲載URL:https://journals.aps.org/prapplied/abstract/10.1103/PhysRevApplied.23.024060
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.23.024060

ナノメートルの物質で起こる光のねじれ現象を解明

著者: contributor
2025年1月29日 15:27

ナノメートルの物質で起こる光のねじれ現象を解明
自然界のねじれ現象の解明と制御に貢献

発表のポイント

  • ナノの世界が見える特殊な光学顕微鏡を使って、ナノ物質近傍にできる光のねじれを立体的に可視化しました。
  • ナノ物質の近くに光が集まること、このとき光のねじれが強くなること、また、光が集まりその強度が増すよりも、光ねじれの方が緩やかに起こることを発見しました。詳しい理論解析から、その物理起源を明らかにしました。
  • 金属ナノ物質でおこる電子の動きを制御することで、光のねじれを制御し、分子のねじれの高感度検出と自然界のねじれ現象の解明や制御につながることが期待されます。

概要

早稲田大学理工学術院の井村 考平(いむら こうへい)教授、同学術院の長谷川 誠樹(はせがわ せいじゅ)助教は、光のねじれとその立体特性を直接観測する手法を開発し、金ナノ物質近傍の光の強度とそのねじれを精密に計測し、金属ナノ物質で起こる電子の分布によって、光のねじれ具合が違うことを明らかにしました。さらに、光を集める強さとねじれの強さには違いがあること、「光の広がりと比べて、光のねじれがゆっくりとほどけること」をはじめて発見しました。これは、これまで解明されていなかった新たな光の特性になります。また、理論計算を行い実験結果がよく再現されること、その結果から今回の発見の起源を明らかにしました。この研究成果は、光のねじれを利用した分子の高感度検出をはじめ、光のねじれを活用した、自然界のねじれ現象の解明と制御につながることが期待されます。

本研究成果は、『Nano Letters』(論文名:Three-Dimensional Visualization of Chiral Nano-Optical Field around Gold Nanoplates via Scanning Near-Field Optical Microscopy)にて、2024年12月20日(現地時間)にオンラインで掲載されました。

図 ナノ物質近傍にできる光のねじれ

キーワード:

光のねじれ、金属ナノ物質、光アンテナ効果、分子の掌性(キラリティー)、ナノスケールの光学顕微鏡(近接場光学顕微鏡)

研究の背景

自然界には、アミノ酸や生体分子をはじめ、貝殻や渦巻きなど、さまざまな物体や現象において構造の対称性が右手と左手の鏡像関係となる掌性が存在します。これを英語ではキラリティー※1と呼びます。この掌性は、分子や構造体のねじれと関係があり、生体内において非常に重要な働きをすることが知られています。例えば、右回りのねじれは薬効を示すが、その逆はそうでない場合があることが知られています。したがって、分子のねじれを制御して合成すること、またそれを高感度に検出することが極めて重要です。

分子のねじれの方向により右回りの円偏光と左回りの円偏光に対する光の吸収の強さが違っていることから、分子のねじれの検出にこの円偏光に対する光吸収の違いが利用できます。しかし、その感度は非常に低いことが知られています。これを高感度にする方法として、ナノ物質の利用が提案されています。金属ナノ物質※2では、光を物質近傍に閉じ込める光アンテナ効果があり、分子を金属ナノ物質に近づけることで高感度化を実現できる可能性があります。分子のねじれを検出するためには、ナノ物質近傍で光がねじれる空間とそのメカニズムを解明する必要がありますが、通常の光学顕微鏡は、光の回折現象により空間分解能に制限があり、ナノ物質近傍の光のねじれを直接観測することはできませんでした。

これまでの研究で分かっていたこと

ナノサイズの金属ナノ物質に光を照射すると、物質内部の電子が集団で振動するようになります(これをプラズモン※2と呼びます)。これにより、光はナノ物質近傍に空間的、時間的に閉じ込められ、光の強度が局所的に強くなります。光の閉じ込め具合は、電子の運動の空間的な分布、またその時間特性と関係すると予想されます。しかし、ナノ物質内の電子の空間分布を直接観測することは容易ではありません。

私たちの研究グループは、ナノスケールの光学顕微鏡の高度化をすすめて、ナノ物質の電子の空間分布と光特性の関係を研究してきました。これまでに、電子の分布により、光の閉じ込め効果が違うことは明らかになっていました。しかし、光のねじれに関する詳細な知見はありませんでした。近年になり、金属ナノ物質近傍で光のねじれが大きくなることが報告され、それを制御し、分子のねじれ選択的な結晶化など、さまざまな応用につなげる研究が精力的に行われています。また、光のねじれの観察についても国内のいくつかの研究グループを中心に報告されるようになってきています。

図1.ナノスケールの光学顕微鏡で観察した金ナノプレートの電子の分布と光のねじれ図

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために開発した手法

本研究では、電子の分布と光のねじれに関係があること、光の集まり方とねじれ方には違いがあることを初めて明らかにしました(図1)。特に、光のねじれ方・ほどけ方に関する発見は、これまで解明されてこなかった成果となります。

ナノスケールの光の空間分布を観測する手法は、ここ20年で大きく進展しています。しかし、ナノ物質近傍の光のねじれは、これを観察するのが容易ではありませんでした。一方、ナノ物質の化学合成やナノ加工技術の進展により、ナノ物質を用いた光ねじれに関する研究が近年急速に進展しています。私たちは、光のねじれを理解することが、その制御と応用において本質的に重要であると考えました。

そこで本研究では、私たちがこれまで開発してきたナノスケールの光学顕微鏡※3に光のねじれ測定を可能とする光学系を組み合わせて、装置をあらたに開発しました。さらに、光の広がりとねじれの度合いを評価するために、立体的な観測手法を組み合わせることを考案しました。これらにより、今回の重要な発見へとつなげることができました。

開発した装置の模式図を図2に示します。この装置では、微小な開口に発生する小さな光の粒(ナノスケールの光)を局所的に試料に照射して、試料から透過してくる光のねじれを装置下部の光学部品(ねじれ検出光学系)で選別し、検出します。また、光を照射する微小開口部分と試料表面との距離をナノメートルの精度で制御することで立体的な観測を実現しています。

図2.光のねじれの観測を可能とするナノスケールの光学顕微鏡

研究の波及効果や社会的影響

私たち自身をはじめ自然界には、さまざまなところに分子のねじれが関係する現象があります。しかし、その起源は必ずしも十分に解明されたとは言えない状況です。分子のねじれを高感度に検出し、それを制御することは、生命の起源をはじめ、病理診断の効率化や医薬品の開発において、今後さらに重要性を増すと考えられます。また、光のねじれを利用することで、高度な光通信が実現することも提案されており、今回の成果は、自然現象の解明や健康社会の実現に貢献するだけでなく、高度な持続可能な社会を実現する上でも基盤となる知見であると考えられます。

課題と今後の課題

今回の研究では、光のねじれと金属の電子の分布にどのような関係があるのか、その立体的な特性を解明することを目的に研究を進めました。これらにより、光のねじれの本質に迫る成果につながりました。しかし、現状では、これを自在に制御するには至っていません。これまでに、金属ナノ物質に関する基礎的知見を明らかにしてきました。今後は、これらを基盤として、光のねじれを制御し、さらに分子のねじれの選択的な高感度検出や結晶化などの応用につなげることを検討しています。これらにより、将来、病理診断の効率化や創薬、さらには自然界に存在するねじれの起源の解明につながることが期待されます。

研究者のコメント

これまでナノ物質を対象に研究を展開してきました。ナノ物質は、分子やバルク(固体)とは大きく異なる光特性を示します。その起源は、物質のサイズと光の波長のサイズが同程度になることにより、物質と光が互いに相互作用することに起因します。金属ナノ物質でおこる光のねじれの増大もよく似た起源ですが、その本質に迫ることができたことで、今後の光のねじれの先端的応用につながると期待されます。今回の成果を得る上で、精密な計測と高度な解析が必要となりました。これは、私たちのこれまでの取り組みが実を結んだ成果です。本研究で報告した物質や光の本質に迫る成果は、化学をはじめ物質科学、また生命科学分野に波及効果をもたらすことを期待しています。

用語解説

※1 分子の掌性(キラリティー)
乳酸など分子には、構成元素、また構造が同じで、対称性のみが異なる分子が存在する。これらは、鏡像関係にあり、ほとんどの化学的な特性は同じで、光に対する特性のみが違う。これらをL体、D体で区別する場合がある。生体内のアミノ酸は、すべてL体である。

※2 金属ナノ物質
数nmから数mmサイズの金属粒子(構造体)。コロイドと呼ばれることもある物質。金属ナノ物質では、光により物質内部の自由電子の集団的な振動(プラズモンと呼ばれる)が誘起される。特定の波長(色)の光により、この集団電子運動が誘起されることから、特異な光学特性を示す。中世ヨーロッパの教会にあるステンドグラスや江戸切子の赤色は、金ナノ粒子による光吸収と散乱に起因する。

※3 ナノスケールの光学顕微鏡(近接場光学顕微鏡)
生体組織など微小な試料を観測する場合には、カラー撮影が可能な光学顕微鏡が利用される。光学顕微鏡は、光をレンズで集光し、これを試料に照射して観察する。空間分解能(どれくらい小さなものを観察できるか)は、光の回折現象(光の集光限界)により制限され、可視域(波長380-780 nm)では光の波長の半分程度(波長600 nmの場合、約300 nm)。これよりも小さなものを観察するためには、光の回折現象に依存しないナノスケールの顕微鏡が必要となる。これを達成する顕微鏡の一つが、近接場光学顕微鏡。この顕微鏡では、波長サイズ以下の微小な開口に発生する小さな光の粒(近接場光)を試料に照射して、試料の観察を行う。空間分解能は、開口径程度となる。本研究では、空間分解能は100 nm程度である。

論文情報

雑誌名:Nano Letters
論文名:Three-Dimensional Visualization of Chiral Nano-Optical Field around Gold Nanoplates via Scanning Near-Field Optical Microscopy
執筆者名:長谷川誠樹※(早稲田大学),井村考平*(早稲田大学) ※筆頭著者、*責任著者
掲載日時(現地時間):2024年12月20日
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.nanolett.4c05151
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05151

研究助成

本研究は、科学研究費補助金 学術変革領域研究A「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革(尾松孝茂領域代表)」公募研究「超螺旋光によるナノキラル光場の創成とその可視化」(課題番号:23H01927、研究代表者:井村考平)、基盤研究B「光場制御と強結合によるナノ光増強場の高度化と機能開拓」(課題番号:23H04604、研究代表者:井村考平)の支援により実施されました。

レニウム-オスミウム法による火山性塊状硫化物鉱床の生成年代決定

著者: contributor
2024年12月20日 09:44

レニウム-オスミウム法による火山性塊状硫化物鉱床の生成年代決定
日本列島における海嶺沈み込み現象のタイミングを確度良く制約

発表のポイント

  • 宮崎県延岡市および北海道下川町に胚胎する火山性塊状硫化物の生成年代をレニウム-オスミウム (Re-Os) 法によって決定し、宮崎県槙峰鉱床の生成年代は約8,900万年前、下川鉱床の生成年代は約4,800万年前であることを明らかにした
  • 日本列島における直近の中央海嶺 (イザナギ-太平洋海嶺) 沈み込み現象がいつ起こったのかを、鉱床の生成年代値から確度良く制約することに成功した
  • 地質帯の成り立ちが複雑な北海道や日本列島構造史の理解増進につながることが期待される

概要

早稲田大学理工学術院教授の野崎達生 (のざきたつお) 、東京大学大学院工学系研究科准教授の高谷雄太郎 (たかやゆうたろう) 、高知大学海洋コア国際研究所客員助教の中山健 (なかやまけん)、東京大学大学院工学系研究科教授ならびに千葉工業大学次世代海洋資源研究センター所長・主席研究員の加藤泰浩 (かとうやすひろ) の研究グループは、日本列島付加体中の現地性玄武岩を伴う別子型鉱床である宮崎県槙峰鉱床および北海道下川鉱床の生成年代をレニウム-オスミウム (Re-Os) 法によって決定し、白亜紀後期~古第三紀にかけて日本列島で起こった海嶺沈み込み現象のタイミングを確度良く制約することに成功しました。

本研究成果は、国際学術出版社であるNature Research社発行による『Scientific Reports』誌に2024年12月3日 (火) (現地時間) に掲載されました。

[論文情報]
論文名:Re-Os dating of the Makimine and Shimokawa VMS deposits for new age constraints on ridge subduction beneath Japanese Islands
DOI:10.1038/s41598-024-80799-z

キーワード:
火山性塊状硫化物 (VMS) 鉱床、別子型鉱床、日本列島、付加体、レニウム-オスミウム(Re-Os) 法、海嶺沈み込み、槙峰鉱床、下川鉱床

図:本研究により明らかとなった槙峰・下川鉱床のRe-Osアイソクロン年代と生成場

これまでの研究で分かっていたこと

我々の暮らしている日本列島の基盤岩は、主に過去4億年以降に形成された付加体※1から構成されています。この長い歴史の中で、日本列島には中央海嶺※2が複数回沈み込んだと考えられています。熱源である中央海嶺が沈み込むことによって、現在の日本列島に分布する『対の変成帯』※3や大規模花崗岩体 (バソリス)※4の形成およびそれに伴う構造浸食などが引き起こされたと考えられており、構造史※5を考えるうえで海嶺沈み込み現象は重要な地質学的イベントです。この海嶺沈み込み現象の起こった年代値 (タイミング) は、海嶺起源の玄武岩上に累重した堆積岩中に含まれる微化石年代※6などを用いて見積もられてきましたが、海嶺沈み込み現象に伴う熱的作用によって微化石の保存状態が悪くなってしまうなど,確度・精度良く数値年代を出す手法が限られていました。

付加体中には過去に海底で形成された鉱床が胚胎しており、現在の日本列島においても陸上で多種多様な鉱床が観察されます。本研究では、現地性玄武岩※7を伴う別子型鉱床※8に着目することで、海嶺沈み込み現象のタイミングを決定することを試みました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、四万十帯北帯に胚胎する宮崎県延岡市槙峰鉱床と日高帯に胚胎する北海道下川町下川鉱床を研究対象としました。両鉱床ともに現地性玄武岩を伴う別子型鉱床に分類されます。レニウム-オスミウム (Re-Os) 法※9を用いて、両鉱床を構成する硫化鉱物※10のRe-Osアイソクロン年代※9を求めた結果、宮崎県槙峰鉱床は8,940 ± 120万年前、北海道下川鉱床は4,820 ± 90万年前に生成したことが明らかになりました。

以下の地質学的・地球化学的特徴から、両鉱床が生成したのは陸源砕屑物 (砂岩・泥岩) が供給されるような大陸に比較的近い沿海の中央海嶺であることが明らかになりました;

  1. 鉱石を構成する硫化鉱物のRe-Osアイソクロン年代が鉱床母岩と接する堆積岩 (砂岩・泥岩) の微化石年代の範囲と類似すること
  2. 硫化物鉱石は現地性玄武岩を伴い、チャート※11を伴わないこと
  3. 硫化物鉱石は母岩の玄武岩に比べて放射壊変起源である208Pbに富む鉛同位体比組成※12を有すること
  4. 太平洋の中央海嶺玄武岩に比べて高く・幅広い硫黄同位体比組成 (d34S)※13を有すること
  5. 変質・変成鉱物組合せから見積もられる地温勾配が、槙峰地域は他の周辺地域に比べて高いこと

したがって、両鉱床のRe-Osアイソクロン年代は、中央海嶺が現在の宮崎県あるいは北海道を形成した地質帯に沈み込む直前の数値年代を表していると考えられます。

研究の波及効果や社会的影響と今後の展望

本研究により、付加体中の現地性玄武岩を伴う別子型鉱床の生成年代 (Re-Os年代) を求めることによって、海嶺沈み込み現象が起こったタイミングを確度良く数値年代で追跡できることが明らかになりました。このような鉱床学的・地球化学的研究を進めることで、地質帯の成り立ちが複雑な北海道の成り立ちや日本列島構造史、また同手法を世界中の別子型鉱床に適用することによって地球史の理解増進につながると期待されます。さらに、このような過去の海嶺沈み込み現象が起こったタイミングを決定していくことで、新たな別子型鉱床の発見に繋がることも期待されます。

研究者のコメント

日本は資源のない国だと思われることが多いですが、海洋プレートが沈み込んでいる上の島弧に位置しているため、海底鉱物資源だけでなく陸上にも多種多様な鉱床が胚胎しています。鉱床は資源の供給源だけでなく、過去に起こった元素の異常濃集プロセスの産物であるため、地球史の記録媒体とも見なせます。鉱床学と最新の地球化学的分析手法を組合せることで、今後も我々が地球をより良く、より深く理解することに貢献できると確信しています。

用語解説

※1 付加体
海溝やトラフにおいて海洋プレートが沈み込む時に、海洋底にたまっていた堆積物が剥ぎ取られて陸側に押し付けられていくが、この作用を付加作用と呼び、その結果陸側に形成された地質体を付加体と呼ぶ。したがって、付加体には過去の海洋底で生成した鉱床も胚胎する。

※2 中央海嶺
大洋の中央部を走る比高2~3 km、長さ数千kmの海底山脈。中央海嶺は地殻熱流量が大きく、固体地球内部から放出される熱エネルギーの大部分は中央海嶺から火山活動として放出されている。したがって、中央海嶺はいわば海洋プレートが生産される場である。

※3 対の変成帯
高圧型変成帯と低圧型変成帯が対をなして並走する場合、これを『対の変成帯』と呼ぶ。日本における典型的な例は、西南日本の三波川変成帯と領家帯である。

※4 バソリス
露出面積が100 km2以上の大規模な花崗岩体のこと。底盤とも呼ばれる。

※5 構造史
ある地質体やそれを構成する岩石などが,どのような過程を経て今に至っているかを表す歴史のこと。

※6 微化石年代
同定に種々の顕微鏡を必要とする化石のことを総称として微化石と呼ぶ。堆積岩には、放散虫、有孔虫、コノドントなどがしばしば含まれており、これらの種の産出組合せから決定した堆積年代のこと。

※7 現地性玄武岩
陸源砕屑物の堆積場において噴出もしくは貫入した緑色岩 (玄武岩) のこと。槙峰・下川地域の現地性玄武岩は、陸源砕屑物 (砂岩・泥岩) を伴うにも関わらず、その全岩化学組成は島弧玄武岩ではなく、中央海嶺玄武岩に類似する。

※8 別子型鉱床
海底⽕⼭・熱⽔活動に伴う噴気性堆積鉱床で、⽕⼭岩を⺟岩とする鉱床を火山性塊状硫化物 (VMS = Volcanogenic Massive Sulfide) 鉱床と呼ぶ。VMS鉱床のうち、特に過去に中央海嶺で生成して陸上に取り込まれたものを別子型鉱床、島弧・背弧の海底熱水鉱床に由来するものを⿊鉱鉱床と呼ぶ。

※9 レニウム-オスミウム (Re-Os) 法
Re、Osは原⼦番号75番、76番の元素であり、Osは6つある⽩⾦族元素の1つ。Reには185Reと187Reの2つの同位体が存在するが、これらのうち187Re量が半分に減少するまでの時間 (半減期) は416億年で、β線を放射して187Osを⽣じる。この放射壊変系を利⽤した年代決定法がRe-Os法である。化学分析により得られる187Re/188Os ⽐と187Os/188Os⽐から近似直線 (等時線:アイソクロン) を引き、その傾きから年代値 (Re-Osアイソクロン年代) を計算することができる。

※10 硫化鉱物
鉱物の分類上で、硫黄と結合している鉱物群。本研究に用いた硫化物鉱石試料は、主に黄鉄鉱 (FeS2)、磁硫鉄鉱 (Fe1-xS)、黄銅鉱 (CuFeS2)、閃亜鉛鉱 (ZnS) などから構成される。

※11 チャート
二酸化ケイ素 (SiO2) を主成分とする硬く緻密な珪質堆積岩の総称。主に放散虫と呼ばれる二酸化ケイ素の骨格を持つ海生浮遊性プランクトンの死骸が、陸域から遠く離れた深海底に降り積もってできた岩石。

※12 鉛同位体比組成
天然の鉛を構成する4種の安定同位体 (204Pb,206Pb,207Pb,208Pb) の存在比。一般には非放射壊変起源の204Pbに対する206Pb/204Pb比、207Pb/204Pb比、208Pb/204Pb比を指し、鉱床を構成する金属元素の起源の解明などに用いられる。

※13 硫黄同位体比組成 (δ34S)
試料の34S/32Sから標準物質の34S/32Sの差分を取り、それを標準物質の34S/32Sで割り算して、1,000を掛けたもの (=千分率を取ったもの)。式で表すと δ34S = ((34S/32S)sample-(34S/32S)standard))/((34S/32S)standard) x 1000。標準物質として、一般的にVienna-Canyon Diablo Troilite (VCDT) が用いられる。δ34Sの単位はパーミル (‰:千分率) (参考;パーセント、%:百分率)。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Re-Os dating of the Makimine and Shimokawa VMS deposits for new age constraints on ridge subduction beneath Japanese Islands
執筆者名 (所属機関名):野崎達生 (早稲田大学・海洋研究開発機構・東京大学・神戸大学)、高谷雄太郎 (東京大学・早稲田大学・海洋研究開発機構)、中山健 (高知大学)、加藤泰浩 (東京大学・千葉工業大学)
掲載日時 (現地時間):2024年12月3日 (火)
掲載URL:https://doi.org/10.1038/s41598-024-80799-z

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助事業 学術変革領域研究 (B);JP23H03812
研究課題名:局所マルチ硫黄同位体分析から読み解く熱水鉱床生成における微生物活動の寄与
研究代表者名 (所属機関名):野崎達生 (早稲田大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助事業 基盤研究 (B);JP23K26607
研究課題名:熱水鉱床形成における微生物活動の寄与を定量化する~生物鉱学の創成を目指して~
研究代表者名 (所属機関名):野崎達生 (早稲田大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助事業 基盤研究 (S);JP20H05658
研究課題名:地球環境変動・資源生成の真に革新的な統合理論の創成
研究代表者名 (所属機関名):加藤泰浩 (東京大学)

新技術でCFRPから炭素繊維を加熱・薬剤レス、エネルギー効率10倍で回収

著者: contributor
2024年12月18日 09:11

新技術でCFRPから炭素繊維を加熱・薬剤レス、エネルギー効率10倍で回収
資源循環型社会の構築に向け、処理困難な材料の前処理法として期待

発表のポイント

  • 電気パルス直接放電法を用いて炭素繊維強化プラスチック(CFRP)から炭素繊維を効率的に回収する手法を開発
  • 開発技術は、加熱や薬剤を必要とせず、従来の破砕法に比べ長繊維で、加熱法に比べ高強度の炭素繊維を回収可能。また、従来の電気パルス法をさらに改良し、エネルギー効率10倍増を達成
  • 現状では有効な解体方法がないCFRP廃棄物の前処理法として有望

概要

炭素繊維強化プラスチック(CFRP)※1は、高強度かつ軽量な特性から航空機や自動車、風力発電など広く利用されていますが、そのリサイクルは困難であり、資源循環型社会の構築において大きな課題となっています。

早稲田大学理工学術院の所千晴(ところ ちはる)教授、同大学大学院院創造理工学研究科博士課程1年の佐藤啓太(さとう けいた)、同大学カーボンニュートラル社会研究教育センターの犬束学(いぬつか まなぶ)准教授、同大学理工学術院の小板丈敏(こいた たけとし)講師らの研究グループは、電気パルス直接放電法を用いて、CFRPから炭素繊維を効率的かつ高純度に回収する新技術を開発しました。

従来の電気パルス水中破砕法と比較し、新規法ではジュール熱発熱と絶縁破壊による樹脂の気化と膨張力を活用して、炭素繊維の長さや強度をほぼ維持したまま回収可能であることを示しました。さらに、新規法ではエネルギー効率が従来法の約10倍高いことも確認されました。本研究は、従来の破砕法や加熱法だけでは困難であったCFRP廃棄物の高効率で低環境負荷なリサイクルに新たな可能性を提供するものです。

図:本研究にて開発した電気パルス直接放電法

本研究成果は、国際学術出版社であるNature Research社発行による『Scientific Reports』誌に2024年11月30日(土)(現地時間)に掲載されました。論文名:Efficient recovery of carbon fibers from carbon fiber-reinforced polymers using direct discharge electrical pulses

キーワード:
サーキュラーエコノミー、資源循環、マテリアルリサイクル、CFRPリサイクル、革新的リサイクル技術、炭素繊維、廃棄物削減、風力発電、水素タンク

これまでの研究で分かっていたこと

CFRPは、軽量で高い強度を持つため、航空機、自動車、風力発電、スポーツ用品など、多岐にわたる分野で使用されています。一方で、CFRPのリサイクルは困難であり、特に樹脂マトリックスから炭素繊維を分離するプロセスが課題となっています。

従来のリサイクル方法として、粉砕、熱分解、化学分解が検討されてきました。しかし、粉砕では炭素繊維が短くなり、その強度が著しく低下します。熱分解では、樹脂を高温で燃焼させることで分離が可能ですが、CO2排出への懸念や、炭素繊維の強度が50~85%低下するという問題があります。化学分解では、有機溶媒を使用して樹脂を溶解しますが、高価な設備と環境への影響が課題となっています。

近年、電気パルスを用いた手法として、水中破砕法が提案されました。この方法では、水中の電気パルス放電より生じる衝撃波を利用して材料を破砕しますが、数百回の放電が必要であり、炭素繊維と樹脂の選択的な分離には限界があります。

このように、CFRPにはより効率的で環境負荷の低いリサイクル技術の開発が求められてきました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、そのために新しく開発した手法

CFRPのリサイクルにおいて効率化と環境負荷の低減を実現するため、従来課題とされていた炭素繊維と樹脂の分離プロセスに革新をもたらす「電気パルス直接放電法」を新たに開発しました。この方法では、高電圧パルスをCFRP内部に直接放電することで、ジュール熱と樹脂の気化による膨張力を利用し、効率的に繊維と樹脂を分離します。

従来の電気パルス水中破砕法は、水中への放電によって生じる衝撃波を利用して分離を行っていましたが、直接放電法は電気パルスのエネルギーをより直接的にCFRP内部に伝えることが可能です。この結果、回収された炭素繊維は元の強度の81%を保持し、従来法に比べエネルギー効率が約10倍高いことが確認されました。また、直接放電法で得られた繊維には付着樹脂が少なく、表面のクラックや劣化もほとんど見られず、再利用の可能性が飛躍的に向上しました。

研究の波及効果や社会的影響

本研究では、CFRPリサイクルの課題であった高エネルギー消費と炭素繊維の品質低下を同時に解決できることを示しました。ジュール熱の利用により、短時間で樹脂を気化させ、繊維を効率的に分離するこの技術は、環境負荷を最小限に抑えながら、航空機や風力発電などで発生するCFRP廃棄物の持続可能な資源循環型社会構築に貢献すると期待されます。さらに、この技術は、リチウムイオン電池など他の複合材料や産業廃棄物への応用可能性も秘めており、幅広い分野での資源活用を促進し、持続可能な社会の実現に大きく貢献することが期待されます。

課題、今後の展望

本研究で開発した電気パルス直接放電法は、CFRPのリサイクルにおいて多くの可能性を示しましたが、いくつかの課題が残されています。まず、1回のパルス照射で回収される炭素繊維の量が少ないことが挙げられます。このため、繰り返し照射を含むプロセスの最適化や、よりCFRP内部に効率的に放電を誘導できる電極構造の改良が求められます。

さらに、回収された炭素繊維の方向性が揃っていない点は、再利用プロセスにおける課題となっています。これを解決するためには、回収繊維を均一に処理できるプロセスの開発や、新たな用途への適用可能性を検討する必要があります。

また、現在の実験室規模から、産業的スケールへの拡大に際して効率やコストの検証が必要です。本技術を工業的にスケールアップする際には、現在使用している装置が特殊であることから、装置製造コストの低減や大規模処理への対応が重要です。この点について、装置の汎用性を高める設計や運用コストを削減する方法の検討が必要です。

研究者のコメント

サーキュラーエコノミーを実現するためには、本研究で取り組んだような解体技術の高度化が必要不可欠です。これまでは破砕粉砕や人手による作業に依存していましたが、環境負荷を低減し、労働集約的でないプロセスを実現するには、従来の方法に代わる革新的な技術が求められます。本研究で提案した電気パルス直接放電法のような新たな外部刺激を利用した技術は、処理が困難な材料の前処理法として大きな可能性を秘めています。今後もこれらの技術を発展させ、資源循環型社会の構築に貢献していきたいと考えています。

用語解説

※1 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)

炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic:CFRP)は、強化材として炭素繊維と母材(マトリックス樹脂)としてプラスチックを複合してできる素材。炭素繊維が持つ「導電性・耐熱性・低熱膨張率・反応特性・自己潤滑性・高熱伝導性」といった特徴を兼ね備え、様々な用途へ幅広く使われる。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Efficient recovery of carbon fibers from carbon fiber-reinforced polymers using direct discharge electrical pulses
執筆者名(所属機関名):所千晴* (早稲田大学理工学術院)、佐藤啓太(早稲田大学大学院創造理工学研究科)、犬束学(早稲田大学カーボンニュートラル社会研究教育センター)、小板丈敏(早稲田大学理工学術院) *責任著者
掲載日時(現地時間):2024年11月30日(土)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-76955-0

研究助成

科研費 基盤研究B 電気パルスを外部刺激とした高選択性分離技術確立のための機構解明 所千晴(早稲田大学)23K25037

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