ノーマルビュー

早大ものづくりプログラムで大賞受賞! “みまもる”ロボットをゼロから設計

著者: contributor
2025年6月3日 14:07

「自走する作り手でありたい」「ものプロへの参加は大きな成功体験」

創造理工学部 4年 玉山 康次郎(たまやま・こうじろう)
創造理工学部 4年 片桐 萌音(かたぎり・もね)

西早稲田キャンパス61号館WASEDAものづくり工房にて。左から片桐さん、玉山さん

新しいことに挑戦し失敗からも学ぶ意欲、計画を立て着実に遂行する能力、困難に立ち向かう力を有する学生の育成を目的として、2012年から2018年まで毎年開催されていた「WASEDAものづくりプログラム 」(以下、ものプロ)。2024年6月に6年ぶりに復活し、ファイナリストに13チームが選ばれ、アイデアをカタチにするための独創的な「ものづくり」に挑みました。その中から最優秀ものづくり大賞に選ばれたのは、玉山康次郎さん、片桐萌音さん、林浩次郎さん(創造理工学部 4年)が製作した、ヒトを“みまもる”フクロウ型アニマトロニクス(※1)「Patr-Owl(パトロール)」。今回は、チームを代表して玉山さんと片桐さんに、大賞受賞までの過程や今後の展望について聞きました。

(※1)動物やキャラクターなどをあたかも生きているかのように表現したロボット。

――どのような経緯でものプロに出場したのでしょうか?

玉山:私たちは大学1年生の頃から早稲田大学ROBOSTEP (公認サークル)に所属し、ロボコンに参加するなど、ものづくりに取り組んできました。3年生になり、他に「作り手」として成長できる機会を探していた時に、ものづくり工房に貼ってあったチラシを見つけ、参加を決めたんです。その際に、片桐さんに声を掛けました。

――Patr-Owlを作ろうと思ったきっかけは何ですか?

玉山:私は以前から遊園地でよく目にするアニマトロニクスの和やかな感じが大好きでした。やる気が出ず、だらだらしてしまっていたときに、自分の家に和やかに見守ってくれるようなロボットがいたらやる気が出るのになあ、と思ったのがきっかけです。

片桐:誰かに見守られることでやる気が出るという現象には、観察者効果(※2)が関わっています。普段は娯楽・展示用に使われるアニマトロニクスと観察者効果を結び付けることができれば、「監視」ではなく恐怖感を与えない「みまもり」になるのではないかと考えたんです。みまもりということで、目が特徴的な動物であるフクロウ型のロボットPatr-Owlを作ることに決めました。

(※2)他者から監視されていると感じることで、その人の行動や言動が変化する現象。

ものプロ最終成果報告で発表したポスター(※クリックして拡大)

――Patr-Owlの仕組みや制作過程を教えてください。

片桐:Patr-Owlの帽子に内蔵されているカメラが人の顔を認識して、その方向に目や体を向けて「みまもる」という仕組みになっています。フクロウは首の関節が多く、その滑らかな動きをできるだけ再現するために、6関節あるアームの構造を考えました。

Patr-Owlが人のいる方向に体を向ける様子

人の顔がある方向に目を向ける様子

玉山:製作にあたっては、片桐さんが中身の機構を作る機械設計と外装やデザイン回り、私はPatr-Owlの動きを制御するプログラムや基板の設計を担当しました。本番までの準備時間が足りなかったため、3月頃からは同じサークルに所属する林さんにも急きょ助っ人として参加してもらい、主にカメラで人の顔を画像認識する部分を担当してもらいました。

全てゼロから製作した回路、基板、中身のアーム機構、外装。プレゼン資料から(※クリックして拡大)

――ものプロを通して、苦労したことや成長できたことはありますか?

片桐さんが外装を作っている様子。西早稲田キャンパス63号館にて

玉山:2024年9月から2025年3月までの期間で、機械設計から回路設計、制御、外装製作まで全てゼロから行うという作業量に加え、初めて挑戦する技術も多かったため、もともと2人でやりきるにはハードルが高かったと思います。加えて、2024年はお互いのスケジュールがなかなか合わないことも多く、授業期間が終わった1月末からは追い込み期間として毎日西早稲田キャンパス内のラウンジや研究室にこもって作業し、基板へのはんだ付けはWASEDAものづくり工房で行いました。

片桐:帰宅後も外装を作っていたので、最終発表の2日前くらいからは全く寝ていませんでした。Patr-Owlが満足に動いたのも発表の前日で…。本当に間に合って良かったですし、やり切った結果が大賞受賞だったので、かなりうれしかったです!

ロボット制作をギリギリまでこだわった上でやりきり、大賞をいただくという体験ができたのは、自分の成長につながったと感じています。これまで出場したロボコンではやりきれなかったと思うことや結果に悔しい思いをしたこともあったので、今回のものプロへの参加は大きな成功体験になりました。

玉山私は突き詰めるタイプで、何事も「根本を理解する」ことにこだわりがあります。この考えは、早く作れることの方が評価されがちなロボット競技において、「いらないこだわり」と周りから言われてしまうこともあり、ロボット製作への向き合い方について迷うこともありました。そんな中、短い期間で自分の方法をやり通し、チームとして納得のいくロボットで大賞をもらうことができ、とても満足しています。

取材中の様子。西早稲田キャンパス61号館302教室にて

――大学ではどのようなことを学んでいますか?

玉山所属している石井裕之教授の研究室ではロボットと生物について学んでいて、生物の仕組みをロボットに応用する研究を行っています。私は総合機械工学科に所属していますが、実際にモノを製作する授業が多い学科です。他の大学だと、1・2年生では大学数学や物理化学など理系の一般教養のみを学ぶことが大半だと思いますが、早稲田では1年生から機械工学の講義や多くの実習に取り組める専門科目があり、本当に強みだと感じます。

片桐:私は岩﨑清隆教授の研究室に所属しています。医療分野に機械工学を応用する、という異分野融合系の研究室で、東京女子医大との共同施設「早稲田大学先端生命医科学センター(TWIns)」で研究を行っています。現在は人間の循環器(主に心臓や血管)をチューブやポンプなどで模擬した流体シミュレーターを作製し、動物実験での再現が難しい心不全などの病態を模擬してさまざまな現象を評価する研究に取り組んでいます。

――最後に、今後の展望について教えてください。

玉山:学外の人にもPatr-Owlを知ってもらいたいので、秋に東京ビッグサイトで開催されるMaker Faire Tokyo 2025 に参加したいと考えています。それまでに、首をかしげる、羽を広げるといった実現しきれなかったフクロウの動きを実装したいです。

個人の展望としては、ひたすら自分のやりたいことに貪欲に取り組み、新しいものを生み出す「自走する作り手」でありたいと思っています。

片桐:学部の3年間はロボコンやものプロに参加するなどロボット製作に集中していましたが、これからは研究分野である医工学の分野を全力で学び、研究に取り組んでいこうと思います。しばらくはロボットの設計とは違ったことをすることになりますが、必ずつながってくると思うので、将来的にはそれまでの知識や経験を融合させて、新しい価値を創生していけたらいいなと思っています。

大賞受賞後、表彰状を手にチームで記念撮影。左から玉山さん、片桐さん、林さん

第900回

取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
人間科学部 3年 西村 凜花

【プロフィール】
玉山康次郎:埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校卒業。漫画のせりふを覚えるのが好きで、漫画からロボット作りの着想を得ることも多い。お勧めの漫画は『進撃の巨人』諫山創(講談社)、『バガボンド』井上雄彦(講談社)、『Dr.STONE』稲垣理一郎(集英社)。

片桐萌音:東京都出身。東京都立日比谷高等学校卒業。創作全般が好きで、ミニ推理小説を書くことも。最近はミュージック・プログラミング(GEC設置科目)を受講したのがきっかけで、作曲にもチャレンジ中。

たった1ステップで多環式分子を構築

著者: contributor
2025年6月3日 14:06

たった1ステップで多環式分子を構築
70年の難題を打破する「合成ショートカット」を開発

ポイント

  • 天然物や医薬品に含まれる「多環式構造※1」を、わずか1回の反応で合成することに成功しました。
  • 3種類の簡単な原料を組み合わせた「ワンポット合成※2」「多成分反応※3」によって、複雑な構造を効率的に構築できます。
  • 多環式構造の合成反応における不安定な中間体の「o-キノジメタン※4」を、その場で発生・活用する新手法を開発しました。
  • 合成化学や創薬、機能性材料など幅広い分野への応用が期待されます。

概要

天然物や薬に含まれる「多環式構造」を簡単に作ることは、有機化学の長年の課題でした。

早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授の研究グループと名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の武藤慶(むとうけい)特任准教授は、パラジウム触媒を用いて3種類の簡単な原料から、化学的に複雑な多環式構造を一挙に構築する新手法を開発しました。

鍵となるのは、70年前に報告されて以来、合成が困難だった「o-キノジメタン」という高反応性中間体を、反応の途中でその場で生成・即座に利用する新技術です。本手法により、従来法と比べて工程数と時間を大幅に削減できることが確認されました。

本研究成果は、Cell Press 社『Chem』のオンライン版に2025年6月2日(月)11:00(アメリカ東部夏時間)に掲載されました。
論文名:Facile Generation of ortho-Quinodimethanes Toward Polycyclic Compounds

キーワード:
多環式化合物、Diels–Alder反応、o-キノジメタン、触媒反応、パラジウム、ワンポット合成、多成分反応、医薬品、天然物合成、反応設計

図 多環式構造構築のイメージ

これまでの研究で分かっていたこと

多環式化合物は、天然物や医薬品に頻出する構造であり、その効率的な合成は長年にわたり有機合成化学の大きな目標とされてきました。中でも、「Diels–Alder反応※5」は、複雑な環状構造を一挙に構築できる非常に強力な手法として知られています。

この反応において、特に高反応性で有用な中間体の一つが「o-キノジメタン(ortho-quinodimethane: oQDM)」です。o-キノジメタンは非常に高い反応性をもち、多環式構造の合成に適しています。しかし、高反応性の裏返しで、非常に不安定であるため、反応中に一時的に発生させて即座に利用する必要があります。

従来、o-キノジメタンを発生させるには、特殊な前駆体の多段階合成や、高温、高エネルギー条件が必要であり、反応設計の自由度や応用展開に制約がありました。この課題は、1950年代にo-キノジメタンが初めて報告されて以来、約70年にわたり解決されていませんでした。

図1 多環式化合物とその生成方法の性質・課題

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法

本研究では、これまで困難とされていた「o-キノジメタン(oQDM)」を簡便にその場で生成し、高効率に多環式化合物へと変換する合成法の確立を目指しました。

本研究グループは、汎用的な「2-ビニルハロアレーン※6」「ジアゾ化合物※7」「マロン酸誘導体※8」の3種類の原料を用い、パラジウム触媒の働きにより一挙に反応させる「多成分反応(マルチコンポーネントリアクション)」を設計しました。

これは、1つのフラスコ内で複数の反応(図2の①から③)を順番に制御して行う、非常に効率的な合成手法です。まず、図中の①と②の反応が起こって、一時的に生成されるo-キノジメタンからDiels–Alder反応(③)が進み、最終的に複雑な多環式骨格をもつ分子が得られます。

本手法の特長は以下の通りです:

  • 複雑な前駆体を準備する必要がなく、工程数を大幅に削減可能。
  • 一回の操作で複数の炭素―炭素結合形成が進行するため、効率性が高い。
  • 得られた生成物は医薬品や材料の中間体として多様な変換に対応。

図2 開発手法

研究の波及効果や社会的影響

本研究で開発された手法は、複雑な多環式構造を1工程で効率よく構築できる点において、従来の合成化学の限界を打ち破る画期的な技術です。工程短縮により、創薬や機能性材料の開発にかかる時間やコストの大幅な削減が期待されます。

さらに、今回の技術は実際に、多環式構造をもつ女性ホルモン様天然物「エクイレニン」の合成にも応用できており、医薬品開発への応用可能性も明らかとなりました。

また、使用する原料の汎用性が高く、分子の多様性が容易に制御できることから、化合物ライブラリの構築や新規分子探索にも活用が期待されます。加えて、「多成分反応」「その場生成」「ワンポット合成」といったグリーンケミストリーの要素も兼ね備えており、環境負荷の少ない持続可能な化学としての意義も大きいと考えられます。

課題、今後の展望

今回の研究では、多環式構造を高収率かつ高選択的に構築する新しい合成手法を確立しましたが、課題も残されています。現時点では反応の立体選択性(特に不斉合成※9)に関してはまだ限定的であり、医薬品や機能性分子の精密合成に向けて、今後は「キラル触媒※10」の導入によるエナンチオ選択的反応の実現が求められます。

また、今回使用した化合物群は実験室スケールでの検証が中心であり、今後はスケールアップやフロー合成への応用を通じて、工業的な展開可能性の検証が重要になります。

将来的には、本手法をより汎用的な合成プラットフォームとして発展させ、創薬、材料開発、学術研究といった幅広い分野への貢献を目指します。

研究者のコメント

本研究は、「細胞内で繰り広げられる目に見えない挑戦」——過酷な環境下でも栄養を届け続ける仕組み——に光を当てました。ミオシンXIが栄養輸送の“指揮者”として働くことを解明したことで、作物が痩せた土地や気候変動下でも力を発揮する可能性が拓けます。

用語解説

※1 多環式構造
複数の環状構造が結合した分子構造のこと。多くの天然物や医薬品に含まれる基本骨格であり、合成が難しいことで知られる。

※2 ワンポット合成
複数の反応工程をひとつの容器で連続的に行う手法。工程短縮や廃棄物削減につながる。

※3 多成分反応
一般的に3つ以上の分子を反応させて1つの分子を合成する反応のこと。複数の分子がつながる位置の制御が必要なため、一般的に難しいことで知られる。

※4 o-キノジメタン(ortho-quinodimethane, oQDM)
非常に反応性が高い中間体で、多環式構造を作る上で重要な構成要素。安定性が低く、通常はその場で生成してすぐに使う。

※5 Diels–Alder反応
1930年代に発見された、有機分子同士をつなげて6員環を形成する代表的な化学反応。多環式化合物の合成に多用される。開発者のDiels博士とAlder博士はこの反応の功績により1950年ノーベル化学賞を受賞した。

※6 2-ビニルハロアレーン
芳香環にビニル基とハロゲンが結合した化合物。市販されているものもあり、取り扱いやすい。

※7 ジアゾ化合物
窒素を含む高エネルギーな化合物で、化学反応において炭素–炭素結合の形成などに使われる。

※8 マロン酸誘導体
炭素–炭素結合をつくる反応でよく使われる化合物群。反応性が高く、多くの有機反応で用いられる。

※9 不斉合成
右手・左手のような鏡像関係にある分子の片方を選択的に合成すること。

※10 キラル触媒
分子の立体構造(右手・左手のような鏡像関係)を識別して、特定の方向にだけ反応を促す触媒。

論文情報

雑誌名:Chem(Cell Press)
論文名:Facile Generation of ortho-Quinodimethanes Toward Polycyclic Compounds
執筆者名:Kazuya Inagaki(早稲田大学)、Yuna Onozawa(早稲田大学)、Yuki Fukuhara(早稲田大学)、Daisuke Yokogawa(東京大学)、Kei Muto*(名古屋大学ITbM)、Junichiro Yamaguchi*(早稲田大学)
掲載予定日時(現地時間):2025年6月2日
掲載予定日時(日本時間):2025年6月2日(予定)
掲載URL:https://doi.org/10.1016/j.chempr.2025.102615
DOI:10.1016/j.chempr.2025.102615

研究助成

研究費名: 日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名: 結合交換反応の開発と機械学習最適化
研究代表者名: 山口潤一郎(早稲田大学)
助成番号: JP21H05213(Digi-TOS) 

研究費名: 日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名: 触媒的かつ収束的なオルトキノジメタンの発生法と迅速多環式骨格構築
研究代表者名: 武藤慶(名古屋大学ITbM)
助成番号: JP24K01491

その他、JST ERATO JPMJER1901やCREST JPMJCR24T3も一部ご支援をいただきました。

箙の表現のモジュライ空間とその双有理幾何学について (2025/7/4)

著者: staff
2025年6月3日 10:20

演題:箙の表現のモジュライ空間とその双有理幾何学について

日時:2025年7月4日(金) 16:30~18:10

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 51号館 18-08

講師:山岸 亮

対象:学部生、大学院生、教職員、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:基幹理工学部 数学応用数理専攻

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

一段階多環構築戦略に基づく飽和カゴ状炭素骨格の合成研究(2025/7/26)

著者: staff
2025年6月3日 10:10

演題:一段階多環構築戦略に基づく飽和カゴ状炭素骨格の合成研究

日時:2025年7月26日(土) 14:30~16:10

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 63号館2階01会議室

講師:鈴木 孝洋

対象:学部生、大学院生、教職員、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 化学・生命化学専攻

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

LC-MS/MSによる創薬標的探索:ヒストン修飾から抗原ペプチドまで (2025/6/27)

著者: staff
2025年6月3日 09:58

演題:LC-MS/MSによる創薬標的探索:ヒストン修飾から抗原ペプチドまで

日時:2025年6月27日(金) 16:30~18:10

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 55号館S棟03-03号室

講師:川村 猛

対象:学部生、大学院生、教職員、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 化学・生命化学専攻

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

小型軽量テラヘルツ帯アンテナサブシステムを開発し、飛行中の航空機と地上実験局との間で高速データ通信に成功

著者: contributor
2025年6月2日 12:34

小型軽量テラヘルツ帯アンテナサブシステムを開発し、
飛行中の航空機と地上実験局との間で高速データ通信に成功

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(理事長:山川 宏、以下「JAXA」)研究開発部門センサ研究グループらと、学校法人早稲田大学(理事長:田中 愛治、以下「早稲田大学」)理工学術院の川西 哲也教授の研究グループは、高高度プラットフォーム(以下「HAPS」)1に搭載可能な小型軽量テラヘルツ帯2のアンテナサブシステム(通信用アンテナ、アンテナ追尾システム)および受信機を開発し、高度約3kmを飛行中の航空機に搭載して、アンテナを地上に向けて自動追尾させながら、地上と上空間の高速大容量通信(データ通信速度4Gbps)を実証しました(図1)。高速飛行中の航空機と地上実験局との間のデータ通信において、テラヘルツ帯の電波を用いた高速大容量通信に成功したのは今回が世界初3となります[1]- [6]。

図1 航空機と地上実験局間の通信実験イメージ ©JAXA/早稲田大学

本研究で得られた成果をもとに、HAPSと地上との通信の大容量化が実現出来れば、地上で使用されているネットワーク回線(LAN)レベルの高速通信を上空まで延伸させたように活用することが可能になり、大規模災害時の広域通信基地局、山間部や離島への高解像度の映像の伝送など、上空の通信網を使った多様なサービスの創出が期待されます[7]。

【開発・実験の詳細】

本研究では、92GHzから104GHzのテラヘルツ帯をカバーする高利得アンテナ(利得40dBi以上)を、新たに開発した宇宙用の高精度な複合材(CFRP4)にプラズマ溶射5の技術を応用して電磁波反射面を形成するとともに、飛行する航空機から地上実験局が位置する定点方向に自動的にビームを誤差0.2度以下で向け続けることが出来るアンテナ追尾機構を開発しました(以下、アンテナサブシステムという)。

本アンテナサブシステムは、将来のHAPS搭載を目指した試作装置であるため、航空機搭載品としての安全性を満たすとともに、-52℃~+40℃の温度範囲で動作するように設計しました。また、アンテナ追尾のための可動機構部を含めた高利得アンテナ部全体(図2、機体外搭載品)の重量は20kg以下になっています。

図2 実験用航空機に搭載されたテラヘルツ帯の高利得アンテナと追尾機構部 ©JAXA/早稲田大学

通信実験では、実験用航空機(ダイヤモンドエアサービス社が運用するビーチクラフト式200T型を使用)の機体下部にある既設のレドーム※6内にアンテナサブシステムを搭載し、アンテナ自動追尾制御装置、テラヘルツ帯の通信実験装置は航空機のキャビン内に搭載しました(図3)。搭載された高利得アンテナは、アンテナ背面に取り付けた全地球航法衛星システム(GNSS)※7の受信機と慣性航法システム(INS)※8からの情報に基づき、飛行中に逐次、アンテナの方向を地上実験局に対して指向誤差が0.2度以下になるように自動制御しました。

図3 実験用航空機のキャビン内に設置したテラヘルツ帯の通信実験システム ©JAXA/早稲田大学

今回の通信実験では、テラヘルツ帯の地上実験局(関宿滑空場千葉県野田市)用として1.2m口径のカセグレンアンテナを取り付けたアンテナ駆動架台を開発しました。地上実験局には、航空機のキャビンに搭載した通信実験装置と同じ構成となる通信実験装置を地上局アンテナと組合せて設置しました。本実験で使用した通信実験装置は、この実験に先行して地上で実施した長距離・大容量伝送実験(地上実証試験)[7]と同じものを使用しています。地上での伝送実験では、アンテナは固定されていましたが、本実験では、航空機の高度や姿勢変動の影響下で、高速で飛行する航空機から地上局を高精度に連続的に追尾させることが可能なアンテナ自動追尾制御装置の性能検証にも成功したことになります。

通信実験での周波数帯は95.375GHz~96.625GHz(中心周波数96GHz、帯域幅1.25GHz)とし、実験試験局の免許を取得し、地上実験局の空中線電力を約250mWに制限して通信試験を実施しました。

実験用航空機は地上実験局の北側2kmを東から西への方向の高度2,896mを直線飛行と旋回飛行させました。この場合、地上局と航空機の直線距離は最短で3.5kmとなります。なお、航空機の対地速度は300km/h前後でした。

図4設営されたテラヘルツ帯地上実験局の様子 ©JAXA/早稲田大学

地上実験局のアンテナは、パン・ティルト・ズームのリモート制御機能を持つPTZカメラ(方向とズームを遠隔制御出来るカメラ)を用いて、撮影された航空機が画像の中央に位置するように航空機を自動追尾撮影するともに、地上実験局アンテナのビーム方向をPTZカメラの視野方向と同調させるように制御して、地上実験局アンテナの航空機追尾を行いました。

本通信実験では航空機と地上実験局との間に速度変化があるため、ドップラー効果で周波数が変化し、かつ、薄雲の影響で減衰量も変化する状態下で、帯域幅1.25GHzに対応するシンボルレート1Gシンボル/秒の条件において、変調方式QPSKおよび16APSKによる変復調動作での確認を行い、伝送速度4Gbpsの達成を確認しました。

次世代移動通信システムBeyond5G/6G9システムにおいては、非地上系ネットワーク(NTN)10と地上間の大容量通信を行うフィーダリンク11の一部を、テラヘルツ帯を用いた高速通信が担うことが期待されています。我々の研究グループは、92.25GHz~103.75GHz間に帯域幅1.25GHz(4Gbps)の通信チャンネルを6チャンネル配分することで、伝送速度20Gbps以上のフィーダリンクを提案しています。テラヘルツ帯を用いることで、少雨時でも所要CN比12が小さくなるような変調方式を自動選択させ、2Gbpsx6チャンネルにより10Gbpsの伝送速度を可能としています。

今後は、同時並行で開発を進めていた空中線電力1Wの増幅器を活用し、距離20kmにおいて伝送速度20Gbpsの通信達成に向けて研究を進めるとともに、HAPS等に搭載してフィーダリンクの実証を目指します。

【研究プロジェクトについて】

本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー) )の革新的情報通信技術研究開発委託研究(JPJ012368C00302およびJPJ012368C04901)、および科学技術振興機構の先端国際共同研究推進事業ASPIRE (JPMJAP2324)により実施したものです。

【各機関の主な役割】

JAXA:テラヘルツ帯の高利得アンテナサブシステムの開発
早稲田大学:テラヘルツ帯に対応した送受信機の開発

【用語解説】

※1 HAPS
High-Altitude Platform Stationの略称。高度約20km上空の成層圏を数日〜数か月の長期間に渡って無着陸で飛行できる無人航空機を指します。

※2 テラヘルツ帯
おおむね周波数100GHzから10THz(波長にして3mm-30μm)の電磁波領域を指す。下限については、2019年に米連邦通信委員会(Federal Communications Commission、FCC)が、新しい技術の開発やサービス展開に向けて、95GHzを超える周波数帯の利用に対する新ルールを発表していることから[3]、95GHz程度の周波数も含みます。

※3 世界初
地上と上空間の通信ではE帯(71GHzから86GHz)を使った通信実験例が最も高周波でした。今回の地上と上空間の通信実験では、W帯(95GHz)を利用して4Gbps以上の伝送速度を達成しており、テラヘルツ帯を含む周波数での地上と上空間の通信では世界初になります。

※4 CFRP
Carbon Fiber Reinforced Plastics(炭素繊維強化プラスチック)の略称。炭素繊維を樹脂(主にエポキシ樹脂)で固めた複合材料を指します。 軽くて強い、変形や熱膨張が少ない材料として、航空機、自動車などで使用されています。テラヘルツ帯の宇宙用アンテナでは広い温度範囲で形状の変形が少なくなるように、炭素繊維が一方向のものを繊維の方向を変えながら積層させて膨張や収縮が一様になるように製造し、さらに使用する樹脂の種類や炭素繊維の含有率を特別にチューニングしています。

※5 プラズマ溶射
プラズマアークを利用して溶かした金属材料を高速で基材に吹き付けて皮膜を形成させる技術のこと。

※6 レドーム
レドーム(radome)は、レーダなどのアンテナを格納し、風雨や太陽光から保護するためのカバーを指します。航空機用のレドームはアンテナを高速の気流から防御した上で機体の空気抵抗を小さくする形状をしています。レドームの素材には電波の透過率が高いグラスファイバーやポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などの誘電体が用いられます。

※7 全地球航法衛星システム(GNSS)
Global Navigation Satellite System(全地球測位衛星システム)の略で、GPSを含む複数の人工衛星からの電波を利用して現在位置を計測するシステムを指します。

※8 慣性航法システム(INS)
INS (Inertial Navigation System : 慣性航法装置)は、慣性空間における運動加速度及び角速度を検出して、航空機 の現在位置と速度を計測する装置を指します。

※9 Beyond5G/6G
近年、普及が進む移動通信システムは第5世代(5G)とよばれています。これに対して、次世代システムのBeyond5Gでは第6世代(6G)の移動体通信システムでは、5Gと比べ、「10倍から100倍の大容量」、「1/10の低遅延」、「10倍の多数同時接続」、「1/100の低消費電力」の実現を目指しています。

※10 非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)
地上、海、空にある移動体間を多層的につなげる通信ネットワークシステムのことを指します。

※11 フィーダリンク
地上局をゲートウェイとして高度プラットフォームシステムなどの飛行体や衛星との間で通信を行う一対一の大容量通信回線のこと。

※12 CN比
通信における搬送波と雑音の強度比(キャリア対雑音比)で、信号の品質を示す指標のことで値が大きいほど良い品質となる。

【参考文献】

[1] HAPSモバイル、”世界初!HAPSモバイルとLoon、成層圏飛行中のLTE通信に成功 ~Sunglider のテストフライト中に、無線機を通してビデオ通話を実施~”、2020年10月、 https://www.softbank.jp/corp/set/data/news/press/group/pdf/press_20201008_02.pdf
https://www.softbank.jp/en/corp/set/data/news/press/group/pdf/press_20201008_02.pdf

[2] 国立研究開発法人情報通信研究機構、プレスリリース、”世界初、高度約4km上空から38GHz帯電波での5G通信の実証実験に成功”、2024年5月、https://www.nict.go.jp/press/2024/05/28-1.html

[3] NTT docomo、”ケニア上空の高度約20kmの成層圏を飛行するHAPSを介したスマートフォンへのデータ通信実証に成功”、2025年3月、https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2025/03/03_00.html

[4] H. Kitanozono, J. Suzuki, Y. Kishiyama, Y. Hokazono, T. Sotoyama, M. Ouchi, R. Miura, and H. Tsuji, “Development of high altitude platform station backhaul system using 38GHz band frequency,” in 2021 IEEE VTS 17th Asia Pacific Wireless Communications Symposium (APWCS), Japan, 2021, pp. 1-5.

[5] G. Otsuru, H. Tsuji, R. Miura, J. Suzuki, and Y. Kishiyama, “Efficient antenna tracking algorithm for HAPS ground station in millimeter-wave,” in 2022 25th International Symposium on Wireless Personal Multimedia Communications (WPMC), Denmark, 2022, pp. 261-266.

[6] Q. Tang, A. Tiwari, I. del Portillo, M. Reed, H. Zhou, D Shmueli, G. Ristroph, S. Cashion, D. Zhang, J. Stewart, P. Bondalapati, Q. Qu, Y. Yan, B. Proctor, and H. Hemmati., “Demonstration of a 40Gbps bi-directional air-to-ground millimeter wave communication link,” in IEEE MTT-S International Microwave Symposium (IMS), 2019, pp. 746-749.

[7] 早稲田大学、宇宙航空研究開発機構、”テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、95GHz帯を用いた長距離・大容量伝送に成功”、2025年3月、
https://www.jaxa.jp/press/2025/03/20250311-2_j.html

プロジェクト研究所ちょっとお邪魔します! ヒューマノイド研究所

著者: contributor
2025年5月29日 13:27

ヒトと社会の未来を想う深遠なるロボット工学の世界

なぜヒト型でなければならないのか。約60年前、故・加藤一郎教授によって研究が始められて以来、各界からの問いに応えるかのように進展を続けてきた日本発のヒューマノイド(人間型ロボット)開発。早稲田大学はその起点となり、産学の英知を交えながら世界の研究をリードしてきました。ヒューマノイド研究所所長の高西淳夫教授に振り返っていただきます。

◆早稲田が切り拓いてきた人間型ロボットの最前線

──早稲田大学はヒューマノイド(人間型ロボット)の研究で世界をリードしてきました。これまでの経緯についてご紹介ください。

高西淳夫(所長/理工学術院教授)

日本のロボット工学を切り拓いた故・加藤一郎教授によって、ヒューマノイドに関する最初の研究が早稲田大学で始まったのが1960年代の後半でした。学科横断の「WABOTプロジェクト」が70年に立ち上がり、73年には世界初のヒト型二足歩行ロボット「WABOT-1」が完成。84年になるとピアノを演奏する「WABOT-2」が登場して、翌年の「つくば科学万博」にも出展されました。この2体のロボットは今も西早稲田キャンパスの63号館に展示されています。

加藤先生の研究室で私が初めてロボット工学に触れたのは77年。理工学部の学生でした。それから大学院に進み、加藤先生のもとで研究を続けながら、新しい要素技術を織り込んだロボットシステムが次々に生まれる場に立ち合いました。ネットワークと接続可能な二足歩行ロボットの「WABIAN」や、人間の発声メカニズムを再現した発話ロボット「WT」、人間らしい情動を全身を使って表出する「KOBIAN」というように。

初期のヒューマノイドはもちろん、今の先端技術からすれば動きもぎこちなく稚拙なものでしたが、それでも世界に前例のない革新的な挑戦であったことは間違いありません。加藤先生は偉大な業績を遺して94年に逝去されましたが、私たちがその遺志を継ぎ、ヒューマノイドに関する多くの基盤技術と、それを支える有能な人材を数多く送り出してきました。ヒューマノイド研究所が発足したのは2000年4月。高度情報化社会における人間と機械の新しい関係を追究するその精神は、2020年にプロジェクト研究所として新たに発足した現在のヒューマノイド研究所にも綿々と受け継がれています。

1970年代以降、早稲田大学が起点となって多彩なヒューマノイドが次々に誕生。

──1960年代といえば、まさに「鉄腕アトム」の時代ですね。加藤先生はロボットが「人間型」であることにどんな意味を求めたのでしょうか。

当時の日本は高度経済成長期を迎え、製造業が勢いよく成長を始めた時期でした。エンジニアリングの技術が進展し、オートメーションによって工場の生産力はどんどん上がっていきました。おそらく製造業はこのまま伸びていく。では、その次を担う技術、応用できる分野は何だろう。そう考えたとき、加藤先生が着目したのがサービス産業だったといいます。

サービス業の担い手は人間です。その技術を開発するには、人間の身体の動かし方や五感の使い方といったものを工学的に解明する必要がありました。しかし、そのような先行研究は世界中のどこにもありません。ならば、自分たちで「ヒト」をつくってみよう。そんな発想が出発点になりました。

その頃、ヒトの手や腕の動きを代替するような産業ロボットはすでに出はじめていましたが、足や脚は未開発です。そこで、まず股関節や膝、足首などの動きを機械で再現し、次にそれを左右に並べて二足歩行の原型をつくる。さらにそこに上半身をつなげて全体を一つに統合する。そんな手順でヒューマノイドの研究が進んでいきました。

◆人間とロボットが共存する社会の到来に向けて

──身体の動きや情動についての研究がベースにあるということは、関連する課題やテーマも多岐にわたって広がりそうです。

そうですね。最初はサービス業での応用を念頭に始まった研究ですが、いろいろと追究していくと、ロボット工学の視点から人間そのものを理解することへと、アプローチの幅が広がっていきました。すると工学だけでなく、サイエンスの視点も必要になる。人間を科学するための道具としてのヒューマノイド。加藤先生がそんなふうにおっしゃっていたのを覚えています。先生はのちに、早稲田で人間科学部の創設にも携わりました。

そもそもヒューマノイドは、人間と同じような行動パターンを持ち、人間と同じ生活空間で作業をともにしながら違和感なく共存することを目標とするロボットです。家事や介護、スポーツ、エンターテインメントといった、日々の暮らしに密着した領域に広く役立つものでなければなりません。工学はもとより、生物学や心理学、医学、社会学など、人間に関わるあらゆる学問分野との連携が求められるのもそのためです。

──ホンダが2000年に発表した二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」の登場は、そんな未来を予感させるような出来事でした。

ヒューマノイドが社会に認知される一つのきっかけになりましたね。ホンダはそれ以前にも「P2」「P3」という試作版を発表して、世界の研究者から注目を浴びました。90年代にはそうした企業の開発も盛んになり、ソニーからも99年にペット型ロボットの「aibo(アイボ)」が出て、翌年にはヒューマノイドの「Qrio(キュリオ)」が発表されました。実はその開発過程で早稲田の研究チームにも声が掛かり、私もよく加藤研究室の先輩たちが働くソニーの研究所に通ったものです。そうした先見の明ある企業との共同研究は本当にありがたく、今思い出しても感謝の念に堪えません。

というのも、80年代ぐらいまではヒューマノイドに対する世界の目は厳しく、ヒト型の機械が現実社会の中に入っていく未来は考えられないといった見方が大勢でした。私も学生時代、なぜ役に立たないものを研究するのかと言われたほどです。二足歩行のロボットなんて必要ない、車輪とキャタピラを使えばいいだろうと。

ですが今、周知のようにヒューマノイドは世界中から注目され、米国や中国の資本が巨額を投じて開発を進めるようになりました。トレーニングやリハビリテーションの分野でも期待されています。「ロボカップ」をご存じですか? 自律移動型ロボットによる競技会で、2050年までにサッカーの世界チャンピオンチームと戦って勝つことを目標にしている活動です。そんな夢のような話も生まれるほど、いろいろな分野へと発想が広がってきています。

◆スポーツ、医療、農業など、限りなく広がるロボット活用の可能性

──高西先生ご自身はどのような研究を中心になさってきたのですか。

以下の2つの視点に沿って研究を進めてきました。
①ヒトの形態と機能を模したヒューマノイドを設計・製作し、これを用いて心身両面における人間の行為・行動や機能を再現することで、ヒトの工学モデルを構築する「ロボット工学的人間科学」
②その応用として医療・福祉・災害対応・教育支援など、人間に関わるロボットシステムに関する演繹的設計論の構築を目指す「人間モデル規範型ロボット工学」

ピッチング動作研究のために開発されたロボット上半身

具体的なテーマを細かくいえば枚挙にいとまがないのですが、わかりやすいところで挙げると、スポーツの訓練や医療教育、農作業支援などに関する研究開発があります。これらはプロジェクト研究所としてのここ5年間の活動テーマにも合致するものです。

まずスポーツ分野では、投擲や跳躍・走行、重量物の持ち上げといった基礎的な運動動作の再現を目指し、ヒューマノイドを用いて動きの大きさやスピードを変化させた実験を行っています。具体的には、ボールのピッチングを可能にするロボット上半身部の開発。腰のひねりを生かしつつ、肩の弾性や腕の振りを効果的に使って体幹部から手先へとエネルギーを伝達する投球の仕組みを再現しました。こうした研究はスポーツ科学の研究者と連携することにより、例えば大谷翔平選手のようなスーパーアスリートの養成にも生かせるでしょう。

日本ロボット学会からも高い評価を得た新生児蘇生法トレーニング・システム

医療分野では、臨床手技の実習に使える患者ロボットを開発し、熟練者の動作や知覚、意図するところを訓練者にフィードバックする方法について研究しています。ロボットによる症例の再現や、手技の評価にもつなげます。例えば、妊婦さんが分娩する際の緊急時に備えた新生児蘇生法というのがありますが、そのトレーニングシステムを開発し、日本ロボット学会から優秀講演賞(2020年度)と優秀研究賞(2021年度)をいただきました。

また、農業関連では太陽光発電に使うパネルの下が空洞になっていることに着目し、ロボットを活用してここで農作物をつくることで、緑化によるCO2吸収とエネルギー生産を両立させるプロジェクトを始めました。畑の畝に沿ってロボットを自律走行させたり、収穫物を認識して摘み取ったり、雑草を選り分けたりといった作業を可能にする技術の基礎研究を進めています。

──企業との共同研究で製品化され、実際に販売されているロボットもありますね。

京都科学によって製品化された縫合手技評価シミュレータ(画像提供:株式会社京都科学)

はい。医療教育用では特にそうした事例が多いですね。もともとは治療そのものに使える手術ロボットなどの開発を進めていて、その分野でも日本が世界に先駆けていたのですが、残念ながら今は欧米や中国に水をあけられているのが実状です。日本の場合はどうしても社会制度を整えるのが後追いになりがちですから、出発点はよくても社会に実装されるまでに時間がかかり、気がつけば海外に先を越されていたということがあるんですね。そこで、我々もある時点で教育用に舵を切りました。

最初に手掛けたのは、外科手術のための縫合手技評価シミュレータです。手術の後の縫合は針掛けと糸結びの連続ですが、熟練した外科医のようにできるまでには相応の訓練が必要です。医学生が自分で練習して評価も得られる機械があれば役立つだろうと、京都科学という医学・看護教育教材で知られる企業と一緒に開発しました。人間の皮膚を模した素材にセンサーを埋め込み、手技を実践しながら技能の度合いを計測・評価することができます。これは10年ほど前に製品化され、今も同社で販売しています。

テムザックが販売するデンタロイド(画像提供:株式会社テムザック)

歯学部生の実習用に開発したデンタロイドもあります。患者ロボットですね。音声認識機能を持たせ、指示に従って口を開けたり顔の向きを変えたりする。患者さんの咳き込みや、反射的に嘔吐しそうになる様子も再現可能なシミュレータです。こちらは昭和大学や工学院大学の協力も得て、オキノ工業ロボティクスという企業が持つ特許技術をもとにテムザック社によって製品化されました。

◆学術界、産業界で活躍するWASEDAの人とテクノロジー

──いろいろな研究者や専門家、企業との連携によって、ヒューマノイドの活躍の場が広がっているのですね。

そうですね。かつては散々な言われ方をした時期もありましたが、懸命に努力をして研究を続けていると、こうして声を掛けてくださる人たちが現れ、だんだんと仲間が増えていく。天上の加藤先生も満足しておられるんじゃないかな。苦労をともにしてきた方々とは今も年に何度か顔を合わせ、食事をしながら意見交換をしています。世の中の動きを見て、これからどんなロボットが求められていくのだろうかと。

──何か新しい展開を考えておられるのですか?

私自身は間もなくして定年を迎えたら研究室を閉めることになりますが、後に続く研究者がどんどん育ってきています。外国からここに来て学び、新しいことを始めた人も大勢います。中国とドイツの学生が卒業後に立ち上げた、LP-RESEARCHというベンチャー企業もその一つです。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)といった分野に用いるセンシングシステムを開発しています。今ここにいる林家宇(Lin, Jia-Yeu)さんは台湾から来ていて、人間型サキソフォン演奏ロボットなどの研究で博士号を取りました。今は創造理工学部の講師です。

こういう有能な若い世代が、それぞれの専門を生かして社会に役立つ新しい技術をつくっていってもらえたらうれしいですね。それには人間や社会に関する研究が欠かせません。そこで生まれた発見が、新しい機械の発想へとつながっていく。例えば、車椅子に代わる二足歩行ロボット椅子や、被災地で役立つ災害対応ロボットのように。そしてそれを実社会に組み込むための制度づくりを、行政が迅速に進めてくれることを望みます。

高西研究室から生まれた人間型サキソフォン演奏ロボットとともに。右からヒューマノイド研究を受け継ぐ理工学術院講師の林家宇さんと、修士課程2年生の國谷大樹さん。

寝具が睡眠中の暖かさに与える影響を定量化

著者: contributor
2025年5月29日 13:20

寝具が睡眠中の暖かさに与える影響を定量化
良質な睡眠を得る環境条件に新たな知見

ポイント

  • 良質な睡眠を得る方法を示すため、寝室の温熱環境と寝具の熱抵抗(保温性能)について定量的な測定・検証を実施しました。
  • 寝具の熱抵抗や周囲温度に応じた暖冷房の効果を部位ごとに求め、同じ着衣および掛布団の組み合わせでも寝姿勢や掛布団のかけ方によって皮膚温が異なることを定量的に明らかにしました。
  • 実験では、22.6℃の環境下で着衣や掛布団の種類およびかけ方の組み合わせにより8.5℃相当の調整が可能であることが分かりました。

概要

早稲田大学スマート社会技術融合研究機構 研究助手の秋元 瑞穂(あきもと みづほ)、同大学理工学術院教授の田辺 新一(たなべ しんいち)およびデンマーク工科大学の研究者らのグループは、寝具が睡眠中の暖かさに与える影響についてサーマルマネキンおよび人体モデルによる測定と検証を行いました。その結果、同じ着衣および掛布団の組み合わせでも、睡眠中の姿勢や掛布団のかけ方によって皮膚温が異なることが定量的に明らかとなり、良質な睡眠を得るための環境条件についての新たな知見が得られました。

本研究成果は、Elsevier社発行の国際学術誌『Building and Environment』(論文名:Effect of Bedding on Total Thermal Insulation in Different Sleeping Postures Measured with Thermal Manikin and Modelled with JOS-3)の2025年7月1日(火)発行号に掲載される予定で、オンライン版が2025年4月26日(土)に公開されました。

キーワード:
睡眠、寝具、暖かさ、サーマルマネキン、人体モデル、等価温度、姿勢

図 本研究で実施した実験条件の例
数値は、身体とマットレス・枕・掛布団の接触体表面積割合※1を示しています。マネキンの右肩を下にする側臥位の接触体表面積割合は、仰臥位と同等であると仮定し、括弧内に示しています。

これまでの研究で分かっていたこと

睡眠の質の低下は免疫力や日中のパフォーマンスに悪影響を及ぼすことが報告されており、良質な睡眠の確保は喫緊の課題となっています。寝床内環境※2は、良質な睡眠に必要とされる快適な温熱条件を確保する上で重要です。この寝床内環境を形成する要素には、周囲の温度や湿度、人体から発生する熱、そして寝具の保温性能が含まれます。

本研究では、サーマルマネキン※3による測定と、人体体温調節モデルJOS-3※4を用いたシミュレーションを通じて、これらの要素の相互関係を検討しました。

研究の方法と明らかになったこと

周囲温度、睡眠時の姿勢、着衣、掛布団の種類およびかけ方についてさまざまな組み合わせの影響を検討し、寝具の熱抵抗※5を調査しました。また、サーマルマネキンに基づく等価温度※6を算出することで、寝具の熱抵抗や周囲温度に応じた暖冷房の効果を示し、JOS-3モデルに基づく等価温度の算出により発汗の影響も考慮しました。さらに、寝具による全身および局所の熱的影響について、その結果を考察しました。

例えば、図1に示す通り、全身平均の熱抵抗は身体とマットレス・枕・掛布団の接触体表面積割合が高くなるほど上昇する傾向(図1赤枠内)が確認されました。部位ごとの比較では仰臥位において腰部 背面、頭頂部、首後部、左右の背部といったマットレス接触面で熱抵抗が大きくなる傾向がみられる一方で、より掛布団との接触面が大きい側臥位では全体的に熱抵抗があることがわかります。寝具の熱抵抗は全身一様ではないため、寝姿勢・着衣・掛布団の種類およびかけ方に応じた局所的な温熱環境の評価が重要であることを明らかにしました。

また、サーマルマネキンによる測定とJOS-3シミュレーションを用いて、発汗を伴わずに寝具だけでどれだけの暖かさの調整ができるかを検討しました(図2)。たとえば、22.6°Cの環境下において、1.10~2.16 cloの範囲(図2赤枠内)で着衣や掛布団の種類およびかけ方を調整することは、等価温度で14.5~23.0°Cに相当し、寝具だけで約8.5°Cの調整が可能であることが読み取れます。

図1:ブランケット使用時、周囲温度22.6°Cにおける裸体マネキンの寝具の熱抵抗の比較
仰臥位(上段)および側臥位(下段)、ならびに接触体表面積割合ごとの結果を示しています。
パジャマ、羽毛布団の組み合わせの結果についても同様の傾向が確認されました。

図2:JOS-3モデルに基づく発汗を考慮した等価温度の周囲温度別比較
基準条件は、仰臥位のサーマルマネキンがパジャマを着用し、ブランケットを使用(接触体表面積割合54.4%)した状態で、周囲温度が22.6°Cの場合です。

研究の波及効果や社会的影響

本研究の成果は、寝室の温熱環境と寝具の熱抵抗について定量的な測定を行い、その影響を明らかにしたことです。近年の気候変動による夜間の気温上昇を背景に、寝室環境におけるオーバーヒート対策は優先すべき課題です。睡眠中の暑熱ストレスのリスク評価にあたり、寝具の熱抵抗やその影響に関する知見は非常に実用性が高いといえます。

今後の展望

本研究グループでは実際の寝室での実態調査も行っており、これらの調査と本研究で得られた寝具の影響を組み合わせることが重要になると考えています。また、近年、高い吸湿性能をもつ繊維素材を含んだ寝具が開発されていることを踏まえると、今回使用したものとは異なる特性をもつマットレスや着衣、掛布団を用いたさらなる調査が必要です。水分含有量や相対湿度が寝具の断熱性に与える影響についても、より詳細な検討が期待されます。

今回の実験から得られたデータを用いて、より実際に近いシミュレーションモデルを作成するなどして、良質な睡眠に関してより幅広く研究を進めてまいります。

用語解説

※1 接触体表面積割合
掛布団のかかり具合を数値化するために提案された、仰臥位における全身の体表面積に対する身体とマットレス・枕・掛布団の接触体表面積割合を意味します。本研究では、着衣や掛布団に関する条件間の比較が目的であるため、パジャマの有無や寝姿勢の変化は接触体表面積割合に影響しないと仮定しています。

※2 寝床内環境
掛布団によって覆われた内側に形成される環境を意味します。

※3 サーマルマネキン
サーマルマネキンは衣服の熱抵抗測定のために作られた人体形状を有する発熱体であり、人間の着衣状態における衣服の温熱特性を再現させるためのダミーです。

※4 JOS-3(Joint system thermoregulation model)
早稲田大学田辺新一研究室グループにより開発された人体体温調節モデル。皮膚温、深部体温、発汗量などの人体の熱生理反応を、全身および17部位の局所においてシミュレーションするための数値モデルです。

※5 寝具の熱抵抗
皮膚表面から寝具の外表面までの熱抵抗を意味し、本研究においては着衣・マットレス・枕・掛布団による保温性能を意味します。特に衣服の熱抵抗値は着衣量と呼ばれ、クロ(clo)という単位で表されます。1 cloは男性の厚手のビジネススーツの衣服組み合わせに相当し、数値が大きいほど暖かいことを意味します。

※6 等価温度
人体からの発熱や人体形状を考慮した体感温度の指標。

論文情報

雑誌名:Building and Environment
論文名:Effect of bedding on total thermal insulation in different sleeping postures measured with thermal manikin and modelled with JOS-3
執筆者名(所属機関名):秋元 瑞穂*(早稲田大学)、篠田 純(デンマーク工科大学)、Mariya P. Bivolarova(デンマーク工科大学)、田辺 新一(早稲田大学)、Pawel Wargocki(デンマーク工科大学)
論文掲載予定日:2025年7月1日
掲載URL: https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2025.113074
DOI:10.1016/j.buildenv.2025.113074

研究助成

研究費名:科研費 特別研究員奨励費22KJ2956
研究課題名:室内環境が良質な睡眠に与える影響に関する研究
研究代表者名(所属機関名):秋元瑞穂(早稲田大学)

研究費名:ASHRAE 1837-RP
研究課題名:The Effects of Ventilation in Sleeping Environments
研究代表者名(所属機関名):Pawel Wargocki(デンマーク工科大学)

バイオベンチャーが創る藻類バイオマス産業    ~未来の化学産業~(2025/6/11)

著者: staff
2025年5月27日 15:26

演題:バイオベンチャーが創る藻類バイオマス産業  ~未来の化学産業~

日時:2025年6月11日(水) 15:05~16:45

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 52号館-302

講師:藤田 朋宏

対象:学部生、大学院生、教職員、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 応用化学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

 

酵母人工プロモータのシンプルデザイン(2025/6/5)

著者: staff
2025年5月27日 13:25

演題:酵母人工プロモータのシンプルデザイン

日時:2025年6月5日(木) 10:40-12:20

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス54号館-302

講師:冨永 将大

対象:学部生、大学院生、教職員、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 応用化学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

From Darboux transformations and Lax pairs to symplectic correspondences and integrable maps(2025/6/10)

著者: staff
2025年5月27日 11:56

演題:From Darboux transformations and Lax pairs to symplectic correspondences and integrable maps

日時:2025年6月10日(火) 16:30-18:10

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 62W号館1階大会議室A(東側)

講師:Andrew Hone

対象:学部生、大学院生、教職員、学外者、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:基幹理工学 研究科 数学応用数理専攻

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

(リンク先URL)https://soliton.w.waseda.jp/kouenkai.html

BIOcatalystによる物質生産~無機/有機材料と生体触媒との複合系による光エネルギー駆動型の水素生産~(2025/6/7)

著者: staff
2025年5月20日 09:56

演題:BIOcatalystによる物質生産~無機/有機材料と生体触媒との複合系による

光エネルギー駆動型の水素生産~

日時:2025年6月7日(土) 14:00-15:00

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス63号館2-05会議室

講師:本田 裕樹

対象:学部生、大学院生、教職員、学外者、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 応用化学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

(リンク先URL)https://www.waseda-applchem.jp/ja/

天然物生合成酵素の構造機能解析と物質生産への応用(2025/6/7)

著者: staff
2025年5月20日 09:54

演題:天然物生合成酵素の構造機能解析と物質生産への応用

日時:2025年6月7日(土) 16:30-17:30

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス63号館2-05会議室

講師:森 貴裕

対象:学部生、大学院生、教職員、学外者、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 応用化学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

(リンク先URL)https://www.waseda-applchem.jp/ja/

酵素集合体の形成による細胞の代謝制御(2025/6/7)

著者: staff
2025年5月20日 09:54

演題:酵素集合体の形成による細胞の代謝制御

日時:2025年6月7日(土) 15:30-16:30

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス63号館2-05会議室

講師:三浦 夏子

対象:学部生、大学院生、教職員、学外者、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 応用化学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

(リンク先URL)https://www.waseda-applchem.jp/ja/

黒麹菌細胞壁多糖ニゲラン合成酵素遺伝子の発見から再スタートするニゲラン研究(2025/6/7)

著者: staff
2025年5月20日 09:54

演題:黒麹菌細胞壁多糖ニゲラン合成酵素遺伝子の発見から再スタートするニゲラン研究

日時:2025年6月7日(土) 13:00-14:00

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス63号館2-05会議室

講師:上地 敬子

対象:学部生、大学院生、教職員、学外者、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 応用化学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

(リンク先URL)https://www.waseda-applchem.jp/ja/

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