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見えてきた医理工連携の成果と展開(第4回日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム開催報告)

著者: contributor
2024年10月3日 14:38

2024年9月28日(土)、第4回「日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム~両校の実質的連携を目指した研究交流~」を早稲田大学121号館コマツホールにおいて開催しました。

日本医科大学と本学との連携は、2009年に締結した包括協定から始まり、実質的な研究連携への合意(2020年)を経て、本学附属校・系属校との高大接続連携に関する協定(2020年)へと発展してきました。2021年度からは、日本医科大学で選抜された3年生を、本学の理工系研究室に3週間迎え入れて交流を図る「研究配属」も実施しています。

シンポジウム冒頭の開会挨拶で、日本医科大学学長の弦間昭彦氏は、実質的な共同研究がかなり進んできているところであり、今後は「Well-being」をキーワードとして、より一層の連携を進めていきたいと述べられました。続く早稲田大学総長の田中愛治からは、改めて2020年度以降の実質的研究連携や高大接続連携への謝辞が述べられるとともに、医療とロボット工学との連携を例に、両大学の強みを様々に組み合わせることで、社会の要請に応える成果を多く生み出すことができるとの期待が述べられました。

左:日本医科大学学長の弦間昭彦氏、右:本学総長の田中愛治

開会挨拶に続く第一部では、日本医科大学2名、本学2名の研究者が両校の共同研究実績も含めた研究紹介を行いました。

  • 村上 善則(日本医科大学 先端医学研究所 分子生物学部門 特命教授)
    「多層的生体情報の統合による新規疾患予防法の開発」
  • 酒井 哲也(早稲田大学理工学術院 教授)
    「頭部MRI画像を用いた研究の進捗少々および関連しそうな画像処理分野の話題」
  • 山本 林(日本医科大学 先端医学研究所 遺伝子制御学部門 教授)
    「液滴オートファジーとエクソソーム分泌」
  • 澤田 秀之(早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 応用物理学科 教授)
    「末梢神経障害診断法の開発ならびにヒトの手の解剖学的構造を再現したBionic Fingerの開発」

研究紹介の様子(左から、村上特命教授、酒井教授、山本教授、澤田教授)

第二部では、日本医科大学生が早稲田大学における研究配属の成果発表を行い、優秀研究賞1件が選ばれました。

    
成果発表・質疑応答の様子

左から、日本医科大学学長の弦間昭彦氏、優秀研究賞を受賞した日本医科大学生、本学副総長の須賀晃一

閉会挨拶では、まず本学副総長の須賀晃一から、両大学の共同研究が様々に進んでいくことへの期待が語られました。さらに日本医科大学学生の研究配属についても触れ、早大創設者である大隈重信の言葉を交えながら、失敗から学ぶことが重要であるとの、学生への激励の言葉も送られました。次に、日本医科大学大学院医学研究科長の桑名正隆氏からは、すでに実質的連携が進んできているとの実感と、研究交流に限らず研究配属での学生指導や講義など、様々な機会を通して相乗的に連携を進め成果を生み出していくことへの意欲が述べられました。

当日参加した両大学の教員・研究者の集合写真

今後も、日本医科大学と本学は、研究と教育との両輪で連携を推進し、社会に貢献してまいります。

光合成微生物の力でサステナブルな細胞培養を実現

著者: contributor
2024年10月3日 14:28

光合成微生物の力でサステナブルな細胞培養を実現
-老廃物のアップサイクルで培養肉技術の課題解消への途を拓く-

発表のポイント

  • 乳酸を吸収する光合成微生物シアノバクテリアを動物細胞と共培養※1することで、相互に栄養素と老廃物を交換する培養システムを構築し、動物細胞の長期培養を実現
  • 成長因子※2を分泌する動物細胞とシアノバクテリアを共培養した時に得られる培養上清液※3は、動物細胞を単独で培養した時に得られる上清液よりも3倍以上骨格筋芽細胞の増殖を促進
  • 本培養上清液を用いることで培養肉※4生産の課題となっている動物血清の使用を削減できることを確認。今後、培養肉生産だけでなく、精密発酵やバイオ医薬生産に応用することで、食料・医薬品の生産コストの削減および環境負荷低減に貢献の可能性

早稲田大学理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授、同大大学院先進理工学研究科(一貫制博士課程)の秋尚雅(チュサンア)、および東京女子医科大学先端生命医科学研究所の清水達也(しみずたつや)教授、原口裕次(はらぐちゆうじ)特任准教授の研究グループは、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久(はすぬまともひさ)教授の研究グループと共同で、自浄作用および栄養循環を果たす食料生産システムを構築するため、光合成微生物を利用した新しい細胞培養システムを開発しました。

近年、持続可能な食肉生産技術として培養肉が注目されていますが、動物血清の使用や老廃物の蓄積および栄養枯渇により、多量の培養液使用とその廃液の発生が課題となっています。本研究では、動物細胞の代謝老廃物(乳酸・アンモニア)を栄養源(ピルビン酸・アミノ酸)に変換する光合成微生物のシアノバクテリアを成長因子分泌動物細胞と共培養することにより、動物血清を使用せず、さらに培養液の使用量を削減する低コストで低環境負荷の培養肉生産につながる細胞培養システムを実現しました。

本研究成果は、2024 年8月23日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』に発表されました。
論文名:A serum-free culture medium production system by co-culture combining growth factor-secreting cells and L-lactate-assimilating cyanobacteria for sustainable cultured meat production

図1:低コストで低環境負荷の循環型細胞培養システム

キーワード

培養肉、光合成、共培養、シアノバクテリア、成長因子、細胞増殖、培養システム、乳酸

これまでの研究で分かっていたこと

培養肉は、2012年にオランダ・マーストリヒト大学のMark Post教授によって初めて提唱され、大豆ミートや昆虫タンパクと並ぶ代替タンパク質の一種として、世界中で研究・開発が進められています。現在では、174社以上の培養肉ベンチャーが立ち上がり、特にアメリカやシンガポールでは市場化が進んでいます。これに伴い、世界中の投資家や企業からの関心が高まり、培養肉分野には31億ドル規模の投資が行われ、今後さらなる拡大が期待されています。(参考文献1)

従来の培養肉生産において、動物筋肉細胞の増殖のために動物血清が不可欠でしたが、そのコストや動物倫理に対する懸念が問題視されていました。そのため、血清を使わず、動物筋肉細胞を増殖できる培養方法が求められています。血清には細胞の成長因子といったタンパク質が含まれ、これらは特定の動物細胞から分泌されていることがわかっています。先行研究(参考文献2)において、ラット肝臓細胞が分泌する成長因子を含む培養上清液が、血清を使わずに牛骨格筋芽細胞の増殖を促進することを発見しました。成長因子分泌細胞を長期間培養すれば多量の成長因子が得られる一方で、乳酸やアンモニアなどの老廃物が蓄積することで培養液の性能が低下する問題があります。そのため、成長因子分泌細胞の培養上清液の血清代替としての性能を高めるためには、老廃物の除去が不可欠となります。さらに長期間の培養は栄養素の枯渇をもたらします。先行研究(参考文献3)では、乳酸を取り込みピルビン酸に変換するリコンビナント※5シアノバクテリアを開発しました。

そこで、本研究グループでは、成長因子を分泌する細胞と乳酸などの老廃物を取り込み、かつ老廃物を栄養素に変換するシアノバクテリアを共培養する新たな培養システムを考案しました。それにより、動物血清を用いることなく効率的な筋肉細胞の増殖が実現するのではないかと考えました。

今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

シアノバクテリアの一種であるシネココッカスは、光合成能力が高く、遺伝子組換え操作も容易で、さらに動物細胞に対して優れた生体適合性を持つことから、さまざまな分野で利用されています。本研究で使用したL-乳酸を取り込むシアノバクテリアも、シネココッカスのリコンビナント株であり、動物細胞の老廃物である乳酸とアンモニアを動物細胞の栄養素となるピルビン酸とアミノ酸に変換する能力は、先行研究(参考文献2)で確認されていました。しかし、動物細胞と共培養を行った時にも、この機能が発揮されるかは未知のままでした。

本研究で、このシアノバクテリアと成長因子を分泌するラット肝臓細胞を共培養すると、培養条件を最適化することで、シアノバクテリアが乳酸を3割以上、アンモニアを9割以上減少させることを確認しました。さらに、シアノバクテリアによって産生されたピルビン酸やアミノ酸は、動物細胞によって利用される量よりも多く、結果として培養上清液中に栄養源が多く残存していることが明らかになりました。この上清液を用い、血清を使わずに骨格筋芽細胞を増殖させたところ、その増殖率はラット肝臓細胞の単独培養上清液と比較して3倍以上であることを確認しました。すなわち、シアノバクテリアとの共培養を行うことで、成長因子分泌細胞の培養上清液の血清代替としての性能を高めることに成功しました。

研究の波及効果や社会的影響

この研究は、動物血清を使用せず、また培養液の使用量を低減可能な動物細胞培養法につながることから、培養肉生産のコスト削減と環境負荷の低減に寄与する可能性があります。動物細胞と光合成微生物を原料とし、動物を使用しない食肉生産技術として、将来的に食料問題や動物倫理、気候変動の課題解決に貢献することが期待されます。また、この細胞培養システムは、培養肉だけでなく、バイオ医薬品生産や再生医療など、さまざまな細胞培養分野にも適用可能な汎用性を持っています。

今後の課題

今後の課題としては、大量生産に向けて現在の平面培養システムを3次元培養システムにスケールアップし、それに応じた最適な培養条件を探索することが挙げられます。また、培養液の成分を網羅的に解析し、光合成微生物と動物細胞間の相互作用を解明することで、分子生物学的な知見を広げる研究にもつながります。

研究者のコメント

本研究の最終目標は、このシステムを活用した安全で安価な培養肉の生産です。今回得られた研究成果を基盤に、動物だけでなく魚類などさまざまな筋肉細胞から効率的に培養肉を作り出す技術の確立を目指しています。今後も、3次元培養システムの開発や最適な培養条件の探求を通じて、実用化に向けたステップを踏んでいく予定です。

用語解説・参考文献

※1 共培養
2種類以上の細胞を同じ培養液で一緒に培養することを指します。これにより、細胞間の相互作用が起こり、情報伝達物質や生理活性物質の分泌が向上する効果が期待されます。

※2 成長因子
細胞の増殖や分化を促進するタンパク質やペプチドのことです。成長因子は、細胞の情報伝達を刺激し、さまざまな生理的プロセスを制御します。

※3 培養上清液
細胞を培養した後の培養液を指します。この上清液には、細胞が分泌した成長因子やその他の分子(老廃物なども)が含まれ、細胞培養において正負両面(細胞の生存と増殖、細胞死・増殖停止の両側)にわたり重要な役割を果たします。

※4 培養肉
動物から採取した細胞を培養して、組織工学の技術を用いて作られる人工肉のことです。動物を直接屠殺することなく生産されるため、環境負荷や動物倫理に配慮した技術として注目されています。

※5 リコンビナント
遺伝子組換え技術を利用して作られた生物や物質を指します。特定の目的に応じて遺伝子操作を行い、新たな形質を持たせた微生物やタンパク質が「リコンビナント」として利用されます。

参考文献:

  1. Good Food Institute. (2024). 2023 State of the Industry Report: Cultivated meat and seafood. Good Food Institute. Retrieved 26, 2024, from: https://gfi.org/wp-content/uploads/2024/04/2023-State-of-the-Industry-Report-Cultivated-meat-and-seafood.pdf
  2. Yamanaka, K., Haraguchi, Y., Takahashi, H., Kawashima, I., & Shimizu, T. (2023). Development of serum-free and grain-derived-nutrient-free medium using microalga-derived nutrients and mammalian cell-secreted growth factors for sustainable cultured meat production. Scientific Reports13(1), 498.
  3. Haraguchi, Y., Kato, Y., Inabe, K., Kondo, A., Hasunuma, T., & Shimizu, T. (2023). Circular cell culture for sustainable food production using recombinant lactate-assimilating cyanobacteria that supplies pyruvate and amino acids. Archives of Microbiology205(7), 266.

論文情報

雑誌名:Scientific reports
論文名:A serum-free culture medium production system by co-culture combining growth factor-secreting cells and L-lactate-assimilating cyanobacteria for sustainable cultured meat production
執筆者名:秋尚雅(早稲田大学)、原口裕次 (東京女子医科大学)、朝日透(早稲田大学)、加藤裕一(神戸大学)、近藤昭彦(神戸大学)、蓮沼誠久(神戸大学)、清水達也*(東京女子医科大学)
掲載日時(日本時間):2024年8月23日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-70377-8
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-024-70377-8

研究助成

研究費名:内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業(管理法人:生物系特定産業技術研究支援センター)
研究課題名: 藻類と動物細胞を用いたサーキュラーセルカルチャーによるバイオエコノミカルな培養食料生産システム
研究代表者名(所属機関名):清水達也(東京女子医科大学)

ヒト常在菌の個別解析、新時代へ

著者: contributor
2024年10月3日 13:58

ヒト常在菌の個別解析、新時代へ
3万個の細菌ゲノム解読、抗生物質耐性遺伝子を追跡

発表のポイント

  • がん・炎症性腸疾患などの患者と健常者を含む日本人被検者51名から、世界最大規模3万個のヒト常在菌※1のシングルセルゲノム解析※2を実施。
  • 7万個の口腔内細菌・腸内細菌の高精度ゲノム情報を含むデータセットbbsag20を公開。
  • 従来の手法(メタゲノム解析※3)では見落とされていた300種以上の腸内細菌のゲノムを取得。
  • 遺伝子の「運び屋」可動性遺伝因子※4を介した抗生物質耐性遺伝子※5の広がりを個々の細菌レベルで解明。
  • 細菌の抗生物質耐性の広がり方をより深く理解する手がかりを提供し、将来的な医療や公衆衛生への応用に期待。

私たちの健康に重要な役割を果たすヒト常在菌。しかし、その全容解明には個々の細菌を詳しく調べる必要があり、これまでの技術では困難でした。早稲田大学理工学術院の細川正人(ほそかわまさひと)准教授と早稲田大学発スタートアップbitBiome社の研究グループは、革新的なシングルセルゲノム解析技術を用いて、この課題に挑戦し、世界最大規模の3万個の口腔内細菌および腸内細菌の個別ゲノム解析を行いました。構築したbbsag20データセットからは、従来法では見落とされていた数百種の細菌のゲノム・遺伝子が発見されました。また、抗生物質耐性遺伝子やその「運び屋」の存在が個々の細菌単位で明らかになり、細菌間での遺伝子のやり取りを詳細に調査することが可能になりました。この成果は、常在菌を対象とした個別化医療や新たな抗生物質耐性対策の開発に貢献する可能性があります。

図:本研究で用いた新しいシングルセルゲノム解析手法

本研究成果は、2024年10月2日(水)(現地時間)にSpringer NatureグループのBioMed Central社が発刊するオープンアクセス科学誌「Microbiome」で公開されました。
論文名:A Single Amplified Genome Catalog Reveals the Dynamics of Mobilome and Resistome in the Human Microbiome

キーワード

ヒト常在菌、シングルセルゲノム解析、腸内細菌、口腔内細菌、抗生物質耐性、個別化医療、可動性遺伝因子、プラスミド、ファージ

これまでの研究で分かっていたこと

ヒト常在菌は人間の健康に重要な役割を果たしています。これまでの研究で、以下のことが分かっていました:

  1. 口腔内や腸内には多数の細菌が存在し、複雑な生態系を形成しています。
  2. ヒト常在菌の構成は個人によって異なり、健康状態や疾病と関連があります。
  3. メタゲノム解析は、常在菌の全体的な構成を調べることができます。
  4. 抗生物質の使用が常在菌叢に影響を与え、薬剤耐性菌の出現につながる可能性があります。

しかし、これまで常在菌研究に使われてきたメタゲノム解析では全ての細菌をひとまとまりにDNAを分析するため、個々の細菌が持つ遺伝子の構成などを詳細に調べることが困難でした。そのため、可動性遺伝因子を介した細菌間での遺伝子のやり取りや、それによる抗生物質耐性の細菌種を超えた広がり方など、重要な詳細が不明のままでした。

今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、革新的なシングルセルゲノム解析技術を用いて、がん・炎症性腸疾患などの患者と健常者からなる日本人51名の被験者を対象に、ヒト常在菌の個別解析を大規模に行いました。主な成果は以下の通りです:

  1. 世界最大規模のシングルセルゲノムデータセットの構築
    3万個の口腔内・腸内細菌の個別ゲノム解析を実施し、高品質なゲノム情報を整理して公開しました。
  2. 従来の手法と組み合わせて常在菌叢を解明
    シングルセルゲノム解析では従来のメタゲノム解析では得られなかった種が多数獲得されました。両者の解析法を組み合わせることが常在菌叢の解明に効果的であることが分かりました。
  3. 抗生物質耐性遺伝子の伝播状況の解明
    個々の細菌レベルで抗生物質耐性遺伝子の分布を解析しました。プラスミド※6やファージ※7といった可動性遺伝因子が伝播を担っている可能性を調査しました。

これらの成果を可能にしたのは、SAG-gel技術※8と呼ばれる新しいシングルセルゲノム解析手法です。SAG-gelは責任著者の細川が2018年に創業した早稲田大学発スタートアップであるbitBiome社にてbit-MAP®として商用化されており、現在、国内外の微生物研究者に広く利用されています。

この技術の特徴は以下の通りです:

  • 個々の細菌をゲル中に封入し、個別にゲノムを増幅・解析します。
  • 高い精度で多数の細菌ゲノムを同時に分析できます。
  • 従来の手法では困難だった、希少な細菌種の検出も可能です。

同一の試料を解析した場合、シングルセルゲノム解析とメタゲノム解析では、異なる細菌種のゲノムが獲得されます。シングルセルゲノム解析では460種、メタゲノム解析では327種のゲノムが得られ、両解析で共通するのは140種に留まります。細胞から分析を始めるシングルセルゲノム解析と、壊れた細胞から抽出したDNAから分析を始めるメタゲノム解析では、得られるデータの性質が異なることが示されています。

メタゲノム解析では、プラスミド・ファージなどの可動性遺伝子を各細菌ゲノムと紐づけて分析することが難しく、殆どが見落とされてしまいます。そのため、これらの可動性遺伝子にコードされる抗生物質耐性遺伝子がどれだけ存在するか、どの細菌が保有しているのかを知ることができません。一方、シングルセルゲノム解析では、各種抗生物質耐性遺伝子がどのプラスミド・ファージにコードされ、どの細菌種に保持されているのか、保有状況とネットワーク関係を明らかにすることができます。

この研究により、シングルセルゲノム解析が口腔内・腸内細菌叢の遺伝的多様性を理解することに役立つことが示されました。特に、プラスミドやファージなどの可動性遺伝因子を介した抗生物質耐性遺伝子の広がり方について、個人単位・細菌単位で把握することができる点が画期的であり、常在菌間における遺伝子のやり取りの理解につながることが期待されます。

本研究で解析したゲノムデータセットbbsag20は、CC-BY 4.0で誰でもダウンロードおよび利用することが可能です。
https://doi.org/10.25452/figshare.plus.24473008.v2

図1:SAG-gel/bit-MAP®技術の概要 (図中NGSはNext-generation sequencer(次世代シーケンサー))

図2:メタゲノム解析とシングルセルゲノム解析の比較:細菌ゲノム

図3:メタゲノム解析とシングルセルゲノム解析の比較:可動性遺伝因子・抗生物質耐性遺伝子

研究の波及効果や社会的影響

本研究の成果は、以下のような波及効果や社会的影響をもたらす可能性があります:

  1. 個別化医療の進展
    個人のヒト常在菌叢を詳細に分析することで、特定の疾患と関連する細菌種の特定が容易になり、新たな治療ターゲットの発見に寄与します。
  1. 抗生物質耐性対策の向上
    耐性遺伝子のプロファイルを詳細に把握し、より効果的な耐性菌対策の開発が可能になります。
    新たな抗生物質の開発や、既存薬の適切な使用法の確立に貢献します。
  1. 環境マイクロバイオーム研究への応用
    本技術は環境サンプルにも適用可能で、生態系の理解や環境保全に貢献します。土壌や水中の微生物群集の解析にも応用でき、農業や水質管理にも影響を与える可能性があります。

これらの効果により、医療費の削減や国民の健康増進、さらには環境保全など、幅広い社会的影響が期待されます。

今後の課題

今後の課題として、より多様なサンプルを用いたさらなるデータ収集が求められます。特に異なる地域や人種からのサンプルを追加することで、常在菌の世界的な多様性をより深く理解することが期待されます。また、長期的な観察を通じて、細菌叢の変化や疾患との関連を明らかにすることで、個別化医療の新たな道が開かれるでしょう。

具体的な展望:

  1. 疾患メカニズムの解明
    様々な疾患と口腔内・腸内細菌の関係がより詳細に明らかになることが期待されます。
  1. 抗生物質耐性のサーベイランス
    抗生物質耐性菌の特定や、抗生物質耐性遺伝子の運び手を特定し、耐性菌の発生や感染症の蔓延を予防することが期待されます。
  1. 環境マイクロバイオーム研究の発展
    人間の健康と環境の関連性がより明確になることが期待されます。

これらの課題に取り組むことで、マイクロバイオーム研究はさらに発展し、人類の健康と環境の理解に大きく貢献することが期待されます。

研究者のコメント

今回の研究成果は、ヒト常在菌の世界に新たな光を当てるものです。3万個もの細菌ゲノムを個別に解読したことで、これまで見えなかった微生物の多様性と相互作用が明らかになりました。独自技術であるシングルセルゲノム解析を活用することで、これまで見落とされてきた数多くの重要な情報を手にすることができることが証明されました。この知見は、個別化医療や抗生物質耐性問題など、現代社会が直面する健康課題の解決に大きく貢献すると確信しています。今後も研究を重ね、シングルセルゲノム解析がより多くの研究に活用される未来を創り、様々な生命現象の理解と活用に貢献したいと思います。

用語解説・参考文献

※1 ヒト常在菌:
人体に常時生息している微生物の総称です。皮膚、口腔、腸管、膣などの様々な部位に存在し、それぞれの環境に適応した細菌群が形成されています。これらの細菌は単に存在するだけでなく、人体の健康維持に重要な役割を果たしています。例えば、病原菌の侵入を防いだり、栄養素の吸収を助けたり、免疫系の発達を促したりします。

※2 シングルセルゲノム解析:
個々の細胞から遺伝情報(ゲノム)を読み取る最先端の技術です。従来の手法では、多数の細菌が混ざった状態でしか分析できませんでしたが、この技術により個別の細菌の詳細な遺伝情報を得ることが可能になりました。これにより、稀少な細菌種の発見や、細菌間での遺伝子のやりとりの詳細な観察が実現し、マイクロバイオームの理解が大きく進展しています。

※3 メタゲノム解析:
環境中(例えば腸内)の全ての微生物のゲノムを一括して解析する手法です。サンプル中の全DNAを抽出し、それを一度に解読します。個々の細菌を区別することは難しいですが、その環境に存在する微生物の種類や、それらが持つ遺伝子の全体像を効率的に把握することができます。腸内細菌叢の全体的な構成を知るのに適していますが、稀少な種の検出や細菌間の相互作用の理解には限界があります。

※4 可動性遺伝因子:
細菌間で移動可能な遺伝物質のことです。主にプラスミドやファージなどがあります。これらは細菌の主要な遺伝情報(染色体DNA)とは別に存在し、細菌間で容易に移動することができます。抗生物質耐性遺伝子などの重要な遺伝情報を運ぶ「運び屋」の役割を果たすため、細菌の進化や薬剤耐性の拡散において重要な役割を果たしています。

※5抗生物質耐性遺伝子:
細菌が抗生物質の効果を無効化するために持つ遺伝子のことです。これらの遺伝子により、細菌は抗生物質の存在下でも生存・増殖が可能になります。抗生物質の過剰使用などにより、これらの遺伝子を持つ細菌(薬剤耐性菌)が増加し、深刻な医療問題となっています。本研究では、これらの遺伝子がどのように細菌間で広がっているかを、個々の細菌レベルで初めて詳細に解析することに成功しました。

※6 プラスミド:
細菌の染色体DNAとは別に存在する小さな環状のDNA分子です。プラスミドは自己複製能力を持ち、細菌間で容易に伝達されることがあります。多くの場合、抗生物質耐性遺伝子や毒素遺伝子など、細菌の生存に有利な遺伝子を運びます。本研究では、プラスミドを介した抗生物質耐性遺伝子の伝播を個々の細菌レベルで観察することに成功し、耐性遺伝子がどのように広がっているかをより詳細に理解することができました。

※7 ファージ:
細菌に感染するウイルスの一種で、バクテリオファージとも呼ばれます。ファージは細菌に感染する際に、時として細菌のDNAの一部を別の細菌に運ぶ「運び屋」となることがあります。このプロセスを介して、抗生物質耐性遺伝子などの重要な遺伝情報が細菌間で伝達されることがあります。本研究では、ファージを介した遺伝子伝達の実態を、個々の細菌レベルで観察することができました。

※8 SAG-gel・bit-MAP:
本研究で用いられた新しいシングルセルゲノム解析手法です。SAGはSingle Amplified Genome(単一増幅ゲノム)の略です。この技術では、個々の細菌をゲル中に封入し、その中で細菌のDNAを増幅・解析します。これにより、高い精度で多数の細菌を同時に分析することが可能になりました。従来の手法では困難だった希少な細菌種の検出や、個々の細菌が持つ遺伝子の詳細な分析が実現し、マイクロバイオーム研究に革新をもたらしています。

論文情報

雑誌名:Microbiome
論文名:A Single Amplified Genome Catalog Reveals the Dynamics of Mobilome and Resistome in the Human Microbiome
執筆者名:Tetsuro Kawano-Sugaya1† , Koji Arikawa1,2†, Tatsuya Saeki1, Taruho Endoh1, Kazuma Kamata1, Ayumi Matsuhashi1 and Masahito Hosokawa1,2,3,4,5*

  1. bitBiome株式会社
  2. 早稲田大学 先進理工学研究科
  3. 産総研・早大 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ
  4. 早稲田大学 ナノライフ創新研究機構
  5. 早稲田大学 先進生命動態研究所

掲載日時(現地時間):2024年10月2日
DOI:https://doi.org/10.1186/s40168-024-01903-z

研究助成

研究費名:(公財)東京都中小企業振興公社 新製品・新技術開発助成事業
研究課題名:AI時代に向けた疾患特有の微生物データベースの開発
研究代表者名(所属機関名)bitBiome株式会社

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