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キラル物質が示す光による電流生成機能を予言

著者: contributor
2025年6月9日 16:42

キラル物質が示す光による電流生成機能を予言
新しい光エレクトロニクス機能の開拓へ道

ポイント

  • 振動する電磁場であるレーザー光で物質中の電子を強く揺すると、その物質の新たな性質や機能を引き出せることが近年のレーザー技術の発展により少しずつ分かってきました。
  • 本研究では、キラルな結晶構造を持つコバルトとケイ素の化合物にレーザー 光を照射すると、その化合物中に指向性のある電流が生成される現象を理論計算により発見しました。またこの時に、照射した光の整数倍の周波数を持つ光が発生することも発見しました。
  • キラルな物質が示すこれらの興味深い現象を活用することで、光 による電流生成や電流のオン・オフ、電流方向のスイッチング、光信号から電気信号への変換、光信号の周波数変換など 、様々な新しい光エレクトロニクス機能の実現が期待できます。

概要

光照射により物質の性質や機能を自在に操ることは、物質科学におけるチャレンジングな課題ですが、レーザー技術の発展により、近年その研究は加速度的に進展しています。 今回、早稲田大学高等研究所大湊友也(おおみなとゆうや)講師と、同大学理工学術院望月維人(もちづきまさひと)教授は、キラルな結晶構造を持つ物質に光を照射すると、指向性のある電流が発生すると同時に、照射した光の整数倍の周波数を持つ光 が発生することを理論的に発見しました。この現象は、光による電流の生成やオン・オフ、電流方向のスイッチング、光信号から電気信号への変換、光信号の周波数変換など 、さまざまなエレクトロニクス技術への応用が期待できます。今回の発見は、キラルな物質が光エレクトロニクスデバイスの素材として高いポテンシャルを秘めていることを初めて明らかにした革新的な成果です。
本研究成果は、アメリカ物理学会発行のPhysical Review Research誌に2025年6月2日にオンラインで掲載されました。

図1 :左手と右手のように、鏡に写した像が元の像と重ならない構造を「キラルな構造」と呼ぶ。コバルトケイ素(CoSi)はキラルな結晶構造を持ち、[111]方向から結晶構造を観察すると、原子が螺旋状に配置されている。CoとSiで螺旋の巻き方が逆の構造になっている。キラルな結晶構造を持つ物質に光を照射して電子を励起すると、指向性のある電流が生成されるのと同時に、照射した光の整数倍の周波数を持つ光が発生する。光の強さと周波数を調整すると、電流のオン・オフや向きの切り替え、光信号から電気信号への変換、光信号の周波数変換など、さまざまな光エレクトロニクス機能を実現できる可能性がある。

キーワード:
レーザー光、円偏光、キラル結晶、コバルトケイ素(CoSi)、光電流生成、高次高調波発生、光エレクトロニクス機能

これまでの研究で分かっていたこと

光照射により物質中の電子を励起することで新しい物性現象や物質機能を引き出そうとする研究が、世界中の研究者を巻き込んで精力的に行われています。特に、近年のレーザー技術の発展は、そのような研究を大きく進展させました。
光を物性制御の手段として用いることの利点は、(1)高速の応答性、(2)摩耗フリーな非接触性、(3)共鳴励起 ※1を活用することによる省電力性、などが挙げられます。そのため、光による物性制御は、現象そのものに対する基礎科学的な興味に加え、技術応用上の観点からも多くの研究者の興味を集めています。
物質が示す最も有名な光誘起現象の一つに「光起電力効果」があります。これは、物質に光を照射することで電圧が生じ、電流が流れる現象です。例えば、シリコン半導体を使った太陽電池では、プラスの電気を帯びやすいp型半導体とマイナスの電気を帯びやすいn型半導体を張り合わせた接合デバイスに太陽光が照射されると電流が流れます。このような現象は、環境に優しく、安全でクリーンなエネルギー源として近年注目を集めています。
太陽電池で誘起される電流は、光の照射方向や偏光、強度に依らず、常に決まった方向に流れます。一方で、これらの光のパラメータを変えることで、電流のオン・オフや、電流の向きのスイッチングが実現できれば、双極性電源や、光-電気信号変換といったエレクトロニクス技術への応用の可能性が大きく広がります。しかし、そのような視点に立った研究はこれまでほとんどありませんでした。

今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

そこで本研究では、照射する光の進行方向や偏光に依存した電流のオン・オフや、電流方向のスイッチングが実現できる可能性を理論的に探索することを目指しました。この目的を達成するために本研究では、結晶構造自体が方向性を持つ「キラル結晶物質」に着目しました。「キラル」という言葉は、左手と右手のように、鏡に映した像と元の像が互いに重ね合わせることのできない関係にある構造を表します。物質の中にはキラルな結晶構造をもつ「キラル結晶物質」があります。例えば、結晶を構成する原子が螺旋状に並んでいる物質は典型的なキラル結晶物質です。そのような物質中の原子の配列は必然的に空間的な「向き」を持つことになります。
このような「向き」を持つキラル結晶物質に光を照射することで、結晶の向きと光の向き(照射方向や偏光)の相対的な関係に依存した指向性を持つ応答が起こるのではないかと考えました。そこで、コバルト(Co)とケイ素(Si)という2種類の元素から構成され、B20型と呼ばれるキラルな結晶構造を持つCoSiという化合物に着目し、その光照射に対する応答を調べました。
具体的には、CoSiに円偏光レーザー光※2を照射したときに起こる現象を、時間周期的な外場である「光の振動電磁場」で駆動された系を記述するフロケ理論 ※3と呼ばれる理論手法を用いて、コンピュータによる数値計算を行うことで調べました。その結果、(1) 制御可能な光電流生成と、(2)照射した光の整数倍の周波数を持つ光が発生する現象(高次高調波発生※4)が起こることを理論的に発見しました。

まず(1)に関して、レーザー光の照射により発生する電流の大きさを3種類の周波数の光 について計算した結果を図2(左)のグラフに示します。横軸はレーザー光電場、縦軸は発生する電流の大きさです。今回の設定では、光の入射方向と同じ方向に電流が流れます。理論的な解析の結果、これはキラルな結晶構造に由来する特徴的な光応答の一つであり、左円偏光と右円偏光で電流の向きが反転することが分かりました。さらにグラフから、レーザー光の強度や周波数を変化させると、電流の向き(符号)が変化していることが読み取れます。これは、光の強度や周波数を変えることで、光により生成される電流の向きをスイッチングできることを意味しており、本研究で発見された重要な現象の一つです

図2:キラル結晶物質CoSiに光を照射することで生成される電流の計算結果。 入射方向と平行な電流が生成され、光の偏光や周波数、強度に依存して電流の流れる向き(符号)が変わる。

次に、照射したレーザー光の整数倍の周波数を持つ光が発生する現象に関する計算結果を示します(図3左図参照)。このような現象は高次高調波発生と呼ばれます。下図のグラフは、レーザー光の入射方向に対して、平行方向と垂直方向の高次高調波発生の強さを計算した結果です。照射したレーザー光の周波数に対して、どの整数倍の周波数を持つ光が発生するかを示しています。これらのグラフから、照射光の偶数倍の周波数を持つ光が照射光と垂直な方向に発生・伝播し、奇数倍の周波数を持つ光が平行な方向に発生・伝播していることが読み取れます。つまり、図3右図の概念図に示すように、整数倍の周波数の偶奇に応じた特定の方向に光が発生・伝播することが分かります。理論的な解析の結果、この現象もキラルな結晶構造に由来する光応答であることが分かりました。今回明らかにした重要な点は、放射される光に整数倍の周波数の偶奇に応じた指向性があることです。このことは、キラル結晶物質が光の周波数と進行方向を変換する素子として活用できることを示しています。 そのため、レーザー光の制御性向上という点で光エレクトロニクスの発展に貢献する画期的な現象です。

図3:レーザー光照射によって高次高調波発生 が起きる。整数の偶奇によって放射方向が異なる。

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、キラルな物質で光を用いて電流を生成する原理および光の周波数と進行方向を変換する原理を理論的に発見したものであり、物質科学、光科学、エレクトロニクスの幅広い分野に影響を与えます。特に、CoSiという具体的な物質に対して新現象が現れる条件を理論的に提示したことにより、今回の理論予言検証を目指す実験研究や、他のキラル物質を対象とした光による電流生成現象の探索など、多くの関連研究 が発展していくと期待されます。例えば、CoSiと同様のキラルな結晶構造を持つMnSiやFeGe、あるいはキラルな分子結晶や金属有機構造体なども今後の研究対象として挙げられます。さらに、光によって電流を発生・制御する機能や、光の周波数変換を実現する性質は、光を用いた情報処理やエネルギー変換技術への応用展開を促進します。これにより、電子機器や通信技術の分野において、従来材料とは異なる動作原理に基づく新たな光機能デバイスの開発が期待されます。特に、キラルな構造に由来する指向性を活かすことで、光スイッチや光整流素子による低消費電力・高効率な次世代光エレクトロニクス技術の発展に貢献します。

課題、今後の展望

今回の研究で理論的に発見した「円偏光レーザー光を照射した際のキラル結晶における電流スイッチングと偶奇に応じた高次高調波発生の指向性」の観測を目指して、実証実験を行うことがこれから取り組むべき課題です。実証実験が行われる段階に入れば、実験データを参考にして理論の精密化を行い、それによってより正確に実験データを解釈できる、というサイクルで理論と実験が両輪となって研究が進展していくと考えられます。

研究者のコメント

今回の研究では、キラル結晶へのレーザー光照射によって、新しい光エレクトロニクス機能としての応用可能性を秘めた現象を発見しました。これは光を使って電子を自在に操るという大きな目標に向けて、円偏光レーザー光とキラルな構造の組み合わせが有効であることを示しています。今後も、「光」と「キラル」をキーワードとする研究者間の交流を促進する新現象を発見して、次世代の光技術開発に貢献したいです。

用語解説

※1 共鳴励起
外場の周波数(例えば光による振動電場)を、電子のエネルギー準位差で決まる固有の周波数に一致させて、効率的に電子を励起することです。

※2 円偏光レーザー光
円偏光を持ったレーザー光のことです。ここで「円偏光」とは、光の電場ベクトルが一定の振幅で左回り(左円偏光)または右回り(右円偏光)に回転しながら進行する特殊な偏光状態のことです。一方、レーザー光とは、単一波長で位相の揃った光(コヒーレント光)であり高い指向性を持ちます。

※3 フロケ理論
常微分方程式の周期解を扱うための数学の理論で、時間周期的な外場によって駆動された電子の運動を時間に依らない電子の運動に置き換えて解析することができます。

※4 高次高調波発生
もとの光の整数倍の周波数をもつ光を作り出す現象で、アト秒光パルス(2023年ノーベル物理学賞)でも重要な役割を果たしています。

論文情報

雑誌名:Physical Review Research
論文名:Theory of photocurrent and high-harmonic generation with chiral fermions
執筆者名(所属機関名):大湊友也*(早稲田大学高等研究所・講師)、望月維人(早稲田大学理工学術院先進理工学部応用物理学科・教授) *筆頭著者
掲載日時:2025年6月2日(月)
掲載URL:https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.7.023218
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.7.023218

研究助成

研究費名:科研費 基盤研究(A)
研究課題名:スキルミオニクス創成に向けた基盤技術と材料の開拓
課題番号:JP20H00337
研究代表者名(所属機関名):望月維人(早稲田大学)

研究費名:学術変革領域研究(A) 『キメラ準粒子が切り拓く新物性科学』
研究課題名:キメラ準粒子の理論
課題番号:JP24H02231
研究代表者名(所属機関名):村上修一(東京大学)

研究費名:科研費 基盤研究(A)
研究課題名:スキルミオンが持つ新しい物質機能・物性現象の開拓とスキルミオニクスの創出
課題番号:JP25H00611
研究代表者名(所属機関名):望月維人(早稲田大学)

研究費名:科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 CREST
領域名:トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出
研究課題名:Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出
課題番号:JPMJCR20T1
研究代表者名(所属機関名):于秀珍(国立研究開発法人理化学研究所)

南海トラフ地震による災害廃棄物量は7~28万トン、 処理には1.6年以上必要

著者: contributor
2025年6月9日 16:41

南海トラフ地震による災害廃棄物量は7~28万トン、
処理には1.6年以上必要

南海トラフ地震影響域の早期復興とレジリエンス強化を目指して

ポイント

  • 地震や津波による災害廃棄物の量と処理時間を、その処理・輸送に関わる複数のインフラシステムの被災状況を踏まえて、リスクアプローチに基づき推定する数理モデルを開発しました。
  • 南海トラフ地震・津波の発生を想定した三重県南部のシミュレーションでは、災害廃棄物量は約7万トンから28万トンと推定され、その処理に少なくとも1.6年を要することが分かりました。
  • 本研究により、将来の巨大災害に対する迅速な復旧活動や災害廃棄物処理のためには、複数のインフラシステム管理主体が連携して対策を講じる重要性が明らかになりました。

概要

災害廃棄物は、被災地の復旧や産業に深刻な影響を及ぼし、その処理速度は震災からの復興に要する時間、すなわちレジリエンス※1に直結します。南海トラフ地震では全国で約4.2億トン、東日本大震災の約21倍の災害廃棄物が発生すると推計されており、事前の合理的なマネジメント手法の確立が急務です。
早稲田大学理工学術院秋山充良(あきやまみつよし)教授、青木康貴(あおきこうき)博士、Bandung Institute of TechnologyのAbdul Kadir Alhamid博士、Lehigh University ATLSS CenterのDan M. Frangopol教授、および東北大学災害科学国際研究所の越村俊一(こしむらしゅんいち)教授の研究グループは共同で、地震と津波のマルチハザード※2により発生する災害廃棄物の量と処理時間を算定する数理手法を開発しました。本手法は、災害廃棄物対策の立案や沿岸地域のレジリエンス強化に貢献すると期待されます。

本研究成果はエルゼビア社が発行する国際学術誌「Reliability Engineering & System Safety」に2025年5月14日(水) (現地時間)にオンライン公開されました。
論文名:Resilience-based estimation of the disaster waste disposal time considering interdependencies between waste disposal and road network systems under seismic and tsunami hazards in coastal communities

キーワード:
レジリエンス、リスク、災害廃棄物、南海トラフ、地震、津波、マルチハザード、インフラシステム、橋梁・道路ネットワーク

図 本研究による災害廃棄物の量と処理時間を算定する数理手法の概要

これまでの研究で分かっていたこと

2011年の東日本大震災では、地震と津波によって約2,300万トンの災害廃棄物が発生し、その処理が復旧・復興の大きな障害となりました。このような経験から、災害廃棄物の迅速な処理が地域の早期復興、すなわちレジリエンス強化に不可欠であると認識されてきました。しかし、これまでの研究では、地震と津波のマルチハザードにより発生する災害廃棄物に焦点を充てたものは限られていました。さらに、廃棄物の処理・輸送に関わる複数のインフラシステム(例:廃棄物処理施設、橋梁・道路ネットワーク)の被災状況や相互依存性※3を考慮した研究は見られませんでした。そのため、南海トラフ地震の影響下にある沿岸地域およびインフラシステムの中で、災害廃棄物の処理に要する時間を精緻に評価するための定量的手法は、これまで確立されていませんでした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、地震および津波により被災した沿岸域における災害廃棄物の量とその処理に要する時間を、廃棄物の処理と輸送を担うインフラシステムの被災状況と、それらが復旧していく過程を考慮して推定する新たな数理手法を開発しました。提案手法では、廃棄物処理システムと道路ネットワークの性能の時空間的変化を定式化し、質量保存則および最小費用流原理※4に基づく動的解析により、両システムの相互依存性を考慮した災害廃棄物処理の動態評価を可能にしました。
さらに、地震・津波ハザードの強度、構造物の安全性と復旧に要する時間、災害廃棄物量、および仮設処理施設の性能の推定に関する不確かさやモデル誤差を全確率の定理※5に基づいて統合することで、確率論的に処理時間を推定します。これにより、南海トラフ地震・津波に起因する多様な被害シナリオを考慮しつつ、想定外の事象の発生を抑制した信頼性の高い予測が可能となります。
ケーススタディとして、南海トラフ地震・津波の発生を想定し、三重県の約6分の1の面積を占める東紀州地域に位置する仮想の廃棄物処理システムおよび橋梁・道路ネットワークを対象に提案手法を適用しました。その結果、対象地域で発生する災害廃棄物量は、30および70パーセンタイル※6において、それぞれ約7万トンと28万トンと推定され、その処理には少なくとも1.6年を要することが明らかになりました。

さらに、災害廃棄物処理に関わるパラメータ(既設処理施設の安全性、仮設処理施設の設置に要する時間および処理能力、道路網の交通容量)に対する感度解析※7を行い、図-1に示す結果を得ました。図-1は、道路ネットワーク上の橋梁の耐震性が高いおよび低い場合に、対象パラメータに乗ずる係数と、地震発生から500日後までに災害廃棄物の処理が完了する確率の関係を示しています。図-1より、同じ災害廃棄物対策を施した場合でもその効果は、橋梁の耐震性が高く震災後も車両が道路ネットワークを通行しやすいほど、高いことが分かります。この結果は、災害廃棄物処理のマネジメント手法を確立するためには、廃棄物処理システムおよび橋梁・道路ネットワークの管理者が連携して、震災前に対策を講じる必要性を示しています。

図-1 災害廃棄物処理に関わるパラメータの感度解析結果 (対象パラメータに乗ずる係数と災害廃棄物処理の完了確率の関係)

研究の波及効果や社会的影響

災害廃棄物は、その処理に膨大な時間、資本、労働力、および土地を要し、復興活動の大きな妨げとなります。本研究成果は、迅速な復興に貢献する災害廃棄物対策に資する情報を提供できます。
本研究では、構造物の損傷が災害廃棄物の発生、輸送、および処理に及ぼす影響に加えて、その推定の妥当性を定量化して災害廃棄物の処理期間を推定しました。これは、最悪な被害想定のみを対象とした多くの既往の検討や研究と比較して、より実践的かつ合理的な災害廃棄物マネジメントに貢献する可能性があります。

課題、今後の展望

本研究で得られた成果は、現時点で入手可能なデータおよび知見を活用し、また、多くの仮定の下で対象地域を数理モデル化したものです。本研究のさらなる高度化には、地震断層のモデルの設定や、災害廃棄物処理に関係するパラメータの定量化・精緻化などに関する継続した検討が不可欠です。
地震動・津波(マルチハザード)の影響を受ける広範な橋梁・道路ネットワークとその周辺にある一般家屋等の全ての構造物を含めた都市空間、および震災からの復興に伴う被害状況の時間変化をモデル化した本手法は、他の災害への応用も期待できます。例えば、地域のハザードの状況などを勘案しながら、優先的に取り組む対策(耐震補強か浸水対策か)の意思決定を助けるツールとなり得ます。

研究者のコメント

南海トラフ地震による地震動や津波は極めて強大であり、耐震補強の進捗が十分でない現状を鑑みると、多くの構造物が損壊することは避けらないといえます。そのため、構造物が破壊され、災害廃棄物が発生することを前提とした事前対策の必要性に着目して、本研究に取り組みました。本論文は早稲田大学、東北大学、Lehigh大学の国際共同研究の成果であり、災害廃棄物マネジメントに対する世界初の重要な貢献です。今後は計算機上の仮想空間に留まらず、実社会での応用に向けて研究を深化させていきます。

用語解説

※1 レジリエンス
地域やインフラシステムが有する、社会的混乱を最小限に留めながら復旧活動を実施し、災害の影響を緩和する能力を表す概念。
※2 マルチハザード
地震、津波、豪雨など、構造物やインフラシステムに影響を及ぼす多様な自然災害の総称。従来の耐震設計または浸水対策といった個別の対応を拡張し、複数の災害を総合的に考慮した構造設計を促す。
※3 相互依存性
複数のシステムや構成要素が互いに影響を及ぼし合う関係性。本研究では、例えば道路網が寸断されると災害廃棄物の輸送が困難となり、結果として廃棄物処理が遅れるように、廃棄物処理システムと道路ネットワークの性能が互いに影響を及ぼしながら、廃棄物処理の進捗を規定する。
※4 最小費用流原理
ネットワーク上で物資を運ぶ際に、輸送コストが最小となる効率的な流れを求めるための原則。
※5 全確率の定理
直接的に推定し難いある事象の発生確率を、それが生じる原因となる複数の排反事象の発生確率などを用いて算定するための規則。本研究では、災害廃棄物の処理時間に関わる確率が、構造物の損壊や廃棄物の量などの発生確率から求められる。
※6 パーセンタイル
データを小さい順に並べたときに、特定の値がデータ全体の中でどの位置にあるかを百分率で表したもの。リスクアプローチに特有の算定指標であり、例えば30パーセンタイルは、データを昇順に並べた際に、全体の30%の位置にある値を指す。
※7 感度解析
システムや数理モデルの出力に対して、各入力パラメータの変動がどの程度影響を与えるかを評価する手法。本研究では、災害廃棄物の処理時間に対して影響度の高い要因・対策を特定するために用いた。

論文情報

雑誌名:Reliability Engineering & System Safety
論文名:Resilience-based estimation of the disaster waste disposal time considering interdependencies between waste disposal and road network systems under seismic and tsunami hazards in coastal communities
執筆者名(所属機関名):青木康貴(早稲田大学)、秋山充良*(早稲田大学)、Abdul Kadir Alhamid(Bandung Institute of Technology)、Dan M. Frangopol(Lehigh University)、越村俊一(東北大学) *:責任著者
掲載日時(現地時間):2025年5月14日
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0951832025004430
DOI:https://doi.org/10.1016/j.ress.2025.111242

研究助成

研究費名:科学研究費助成事業(科研費)・基盤研究(A)
課題名:地球温暖化による荷重・作用の激甚化と橋梁・道路ネットワークのレジリエンス評価(23H00217)
代表者名(所属機関名):秋山充良(早稲田大学)

研究費名:科学研究費助成事業(科研費)・国際共同研究加速基金(海外連携研究)
課題名:ドローン撮影画像を用いた劣化橋梁の健全性診断のための機械学習モデルの構築(24KK0090)
研究代表者名(所属機関名):秋山充良(早稲田大学)

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