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体温で自動的に展開する血管ステントを開発

著者: contributor
2026年1月22日 14:43

体温で自動的に展開する血管ステントを開発

発表のポイント

  • 本ステントは、冷却した状態では細く折り畳まれた形状を維持し、体内の所定位置まで安全に搬送できます。目的部位に到達した後、体温(約37℃)によりあらかじめ記憶させた拡張形状へ変形するため、外部からの加熱操作は不要です。
  • 4Dプリント技術により、患者ごとの血管形状に合わせた設計が可能です。複雑な血管にもなじみやすく、ずれや過度な圧迫を抑えることが期待されます。
  • 動物実験により、体内環境下での安全性およびステントとしての機能発現を確認しました。これにより、血管内治療への医療応用に向けた非臨床段階をクリアしています。
  • 本技術は、ステント留置手技の簡略化を可能にし、治療時間の短縮や手技に伴うリスク低減を通じて、低侵襲な血管治療に貢献します。その結果、医師および患者双方の負担軽減が期待され、次世代の血管治療や個別化医療への展開が見込まれます。

血管が狭くなる病気の治療では、体内で広がる「血管ステント※1」が使われていますが、従来は高温での加熱や複雑な操作が必要で、患者や医師の負担が課題でした。

早稲田大学理工学術院梅津 信二郎(うめず しんじろう)教授、東京大学医学部附属病院の廣瀬 佳代(ひろせ かよ)医師らの研究グループは体温と同じ37℃で自動的に広がる血管ステントを新たに開発しました。4Dプリント※2技術を用いることで、体内に入ると自然に元の形に戻り、外部から加熱する装置を必要としません。血管の形に合わせた設計も可能で、低侵襲で安全性の高い治療につながります。動物実験でも体内での機能と安全性を確認しており、次世代の個別化医療への応用が期待されます。

本研究成果は、2026年1月15日(木)に『Advanced Functional Materials』に掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

血管が狭くなる病気の治療では、世界中で血管ステントが広く使われてきました。金属製や高分子製のステントは、血管を内側から広げ、血流を回復させる役割を果たします。従来のステントは、バルーンで広げたり、高温で形を戻したりする必要があり、患者への負担が課題でした。また、高温を使う方法では、周囲の組織を傷つけるおそれがあり、医師の操作も複雑になります。

近年、形を記憶する材料や3D・4Dプリント技術が登場し、体内で形が変わる医療機器の研究が進んできました。しかし、体温と同じ温度で安全に作動し、実際に体内で使えることを示した例は限られていました。

今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

血管が狭くなる病気の治療では、血管内にステントを入れて血流を回復させますが、従来はバルーンで広げたり、高温で形を戻したりする操作が必要でした。このため、患者や医師にとって身体的・技術的な負担が課題となっていました。

本研究では、体温と同じ37℃で自動的に広がる血管ステントの実現を目指しました。研究グループは、体内環境そのものを利用して作動する仕組みに着目し、4Dプリント技術を用いて、時間とともに形が変化する血管ステントを開発しました。

図1:血管ステントの作動イメージの概要図

図1(e)に、本研究で開発した血管ステントの作動イメージを示します。カテーテル内では細く折りたたまれた状態で血管内に挿入され、体内に到達すると、体温(37℃)によって自然に元の形に戻り、血管を内側から支えます。この仕組みにより、外部から加熱する装置を用いる必要がなくなります。

本研究の重要な点は、作動温度が体温付近になるよう精密に調整した材料設計です。材料の組成を工夫することで、高温を使わず、安全な温度条件下で確実に形が回復することを可能にしました。図1(f)は、37℃の環境下で、時間の経過とともにステントが元の形に戻っていく様子を示したものです。短時間で確実に展開することが分かります。

さらに、4Dプリント技術を用いることで、血管の太さや形状に応じた設計が可能となりました。複雑な血管にもなじみやすく、過度な圧迫や位置ずれを抑えることが期待されます。実験では、体温条件下での確実な自動展開を確認しました。また、動物を用いた試験においても、体内で安定して機能し、安全性に問題がないことを示しました。

これらの結果から、本研究で開発した血管ステントは、低侵襲で安全性の高い新しい血管治療につながる可能性を示しています。

研究の波及効果や社会的影響

本研究で開発した体温作動※3型の血管ステントは、治療手技の簡略化につながる可能性があります。外部から加熱する装置を必要としないため、医師の操作負担を軽減し、治療時間の短縮や医療現場の安全性向上に寄与すると考えられます。

患者にとっては、低侵襲医療※4の考え方に沿った治療が期待されます。過度な拡張操作を避けられることで、術後の痛みや合併症のリスクを抑えることにつながる可能性があります。

また、4Dプリント技術を用いることで、血管の太さや形状に合わせた設計が可能となり、個別化医療の実現に向けた基盤技術となります。これは、高齢化が進む社会において、多様な患者に対応できる医療技術として重要な意味を持ちます。

学術的には、体温という穏やかな条件で作動する材料設計と4Dプリント技術の組み合わせは、血管ステントにとどまらず、他の医療用デバイスへの応用も期待されます。体内環境を利用して機能する医療機器の研究を進めるうえで、新たな方向性を示す成果といえます。

課題、今後の展望

本研究では、体温で自動的に広がる血管ステントの基盤技術を示しましたが、臨床応用に向けてはさらなる検討が必要です。現段階では、動物を用いた試験による安全性評価にとどまっており、長期間体内に留置した場合の挙動や、実際の血管環境における影響については、今後詳細な検証が求められます。

また、血管の部位や病状によって求められるステントの特性は異なるため、さまざまな条件に対応できる設計の最適化が課題となります。耐久性や分解の進み方などについても、用途に応じた調整が必要です。

今後は、より実際の治療環境に近い条件での評価を進めるとともに、医療現場のニーズを取り入れた改良を重ねていく予定です。これにより、安全性と有効性の両立を目指します。

将来的には、本研究で確立した体温作動型の設計思想と4Dプリント技術が、血管ステントに限らず、他の医療用デバイスにも応用されることが期待されます。体内環境を活用して機能する医療機器の開発が進むことで、より患者に優しい治療の選択肢が広がる可能性があります。

研究者のコメント

血管治療を、より安全で患者さんに優しいものにしたいという思いから研究を進めてきました。体温だけで自然に広がるステントは、治療の負担を減らし、医療現場の選択肢を広げる可能性があります。今後も実用化を見据え、現場に役立つ医療技術の開発を進めていきたいと考えています。

用語解説

※1 血管ステント:
血管が狭くなった部分に入れ、内側から広げて血流を保つための医療用器具。心臓や脳などの血管治療で広く使われている。

※2 4Dプリント:
3Dプリントに「時間による形の変化」という要素を加えた技術。環境の変化に応じて、作製した物体が自ら形を変えることができる。

※3 体温作動(37℃):
人の体温と同じ温度条件で作動すること。本研究では、外部から加熱することなく、体内環境だけでステントが広がる仕組みを指す。

※4 低侵襲医療:
手術や治療による体への負担をできるだけ小さくする医療の考え方。痛みや回復期間の軽減が期待される。

論文情報

雑誌名:Advanced Functional Materials
論文名:Adaptive 4D-Printed Vascular Stents with Low-Temperature-Activated and Intelligent Deployment
執筆者名(所属機関名):Yannan Li(早稲田大学)、Yifan Pan(早稲田大学)、Chikahiro Imashiro(東京大学)、Chaolun Xu(早稲田大学)、Jianxian He(早稲田大学)、Jingao Xu(早稲田大学)、Kewei Song(早稲田大学)、Ze Zhang(早稲田大学)、Chen Gao(東南大学)、Junbo Jiang(華南理工大学・広州第一人民医院)、Runhuai Yang(安徽医科大学)、Kayo Hirose(東京大学医学部附属病院)*、Shinjiro Umezu(早稲田大学)* *責任著者
掲載日時:2026年1月15日(木)
DOI:https://doi.org/10.1002/adfm.202521468
掲載URL:https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adfm.202521468

研究助成

研究費名:科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)(JP24K21600)
研究課題名:リアルタイム汗測定を行うための生物模倣したマイクロ流路の開発
研究代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学)

研究費名:科学研究費助成事業 基盤研究(B)(JP23K26069)
研究課題名:汗生理学構築のためのリアルタイムモニタリングシステム
研究代表者名(所属機関名):廣瀬 佳代(東京大学)

研究費名:科学研究費助成事業 基盤研究(B)(JP23K26077)
研究課題名:成熟化した人工心筋細胞組織を対象としたスマート薬効評価システム
研究代表者名(所属機関名):梅津 信二郎(早稲田大学)

初期宇宙で最速級に成長する超巨大ブラックホールを発見

著者: contributor
2026年1月22日 10:10

初期宇宙で最速級に成長する超巨大ブラックホールを発見

約 120 億年前の初期宇宙で、想像を超える速さで成長する超巨大ブラックホール(クエーサー)が見つかりました。早稲田大学や東北大学の研究者を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡による観測から、非常に多くのガスを飲み込みながら成長しているにもかかわらず、X線でも電波でも明るく輝く特異なクエーサーを発見しました。これまで同時には起こらないと考えられてきた現象が重なって確認されたことで、超巨大ブラックホールの成長のしくみに新たな視点をもたらす成果です。

図1:超巨大ブラックホールの想像図。中心のブラックホールにガスが降着し、降着円盤やジェットを形成しています。(クレジット:NASA/JPL-Caltech )

 

多くの銀河の中心には、太陽の数百万倍から数百億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールが存在します。ブラックホールは周囲の物質を引き寄せて成長し、その過程で強い光を放ちます(図1)。ブラックホールの周りには、ガスが円盤状に回り込む構造(降着円盤)や、より内側の高温ガス領域、さらに一部の物質が高速で噴き出す「ジェット」が形成されます。そのため、可視光や紫外線、X線、電波など、さまざまな種類の光で観測されます。特に明るいものは「クエーサー」と呼ばれますが、こうした天体がどのように成長し、その母銀河の成長とどのように関連しているのかは、いまだ大きな謎です。

この謎を解く重要な手がかりの1つが「超エディントン降着」と呼ばれる状態です。ブラックホールが物質を取り込む速さ(質量降着率)には理論的な上限がありますが、いくつかの天体ではこの上限を超えた「超エディントン降着」が観測されています。これは、ブラックホールが短時間で急激に大きくなる可能性を示すもので、初期宇宙にすでに巨大なブラックホールが存在していた理由を説明する有力な手段とされています。

早稲田大学の 先進理工学研究科 修士課程の小渕紗希子(所属研究室:理工学術院 教授 井上昭雄研究室)、東北大学の市川幸平准教授を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡の多天体近赤外撮像分光装置 MOIRCS(モアックス)を用いた分光観測により、初期宇宙にあるクエーサー周辺のガスの運動を調べ、超巨大ブラックホールの質量を高い精度で測定しました。その結果、「超エディントン降着」段階にあるクエーサーを約 120 億年前の宇宙で発見しました。X線での明るさから見積もると、このクエーサーの質量降着率は理論的な上限値の約 13 倍になります。この換算が正しければ、これまでに観測された同程度の質量を持つ超巨大ブラックホールの中では最も急速に成長している天体が発見されたことになります(図2)。

図2:今回発見された天体(eFEDS J084222.9+001000;赤い星)と過去の観測天体(紫や緑の印)のブラックホール質量(横軸)とクエーサーの光度(ブラックホールの成長率;縦軸)。実線はブラックホールの成長率(質量降着率)の理論的な限界(エディントン限界)を表し、点線はその限界値の 10 倍でガスが降着した場合を表しています。すばる望遠鏡の観測でブラックホールの質量が求められたことによって、本天体がエディントン限界を超えた「超エディントン降着」を示すことが明らかになりました。(クレジット:国立天文台)

特筆すべきは、このクエーサーがX線でも電波でも明るく輝いていることです。これまで、「超エディントン降着」の段階では、高温ガス領域が効率的に冷やされためX線が弱くなり、電波で観測されるジェットも目立たなくなると考えられていました。しかし本研究によって、超エディントン降着にありながら、X線と電波の双方で明るいクエーサーが初めて発見されました。従来は想定されていなかった特異なメカニズムが、このクエーサーに隠されている可能性があります。

研究チームは、極めて明るいX線が観測された理由として、超巨大ブラックホールの成長の勢いが変化している可能性を提唱しています。星やガスの塊との衝突などによって一時的に大量のガスが流入すると、ブラックホールは急激に成長して「超エディントン降着」に入り、その後、元の状態へ戻っていきます。その過程で超エディントン降着と明るいX線放射が同時に現れる可能性が考えられます。今回の天体でも同様の現象が起きているならば、初期宇宙で超巨大ブラックホールの成長が変動を伴いながら進行する過程を初めて捉えたことになります。

また、電波の明るさは、このクエーサーが、母銀河での星生成を抑制しうるほどの極めて激しいジェットを放出していることを示しています。「超エディントン降着」とジェット放射の関係は未解明ですが、今回の発見は、初期宇宙において母銀河と中心の超巨大ブラックホールがどのように影響し合いながら成長するのかを理解する上で、重要な手がかりになるでしょう。

論文の主著者の小渕さんは、「今回の発見は、これまで困難とされていた初期宇宙における超巨大ブラックホールの形成過程を解明することに繋がるかもしれません。今後、このクエーサーにおけるX線や電波の放射機構を探るとともに、まだ見つかっていない類似天体が存在しているのかどうかについても明らかにしていきたいです」と展望を語っています。

本研究成果は、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に 2026年1月21日付で掲載されました(Obuchi et al. “Discovery of an X-ray Luminous Radio-Loud Quasar at z = 3.4: A Possible Transitional Super-Eddington Phase“)。

すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。

研究助成

本研究成果は、科学研究費補助金(課題番号:25K01043、23K13154、22H00157)、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR2466)、稲盛財団研究助成によるサポートを受けています。

論文情報

雑誌名:THE ASTROPHYSICAL JOURNAL
論文名:Discovery of an X-Ray Luminous Radio-loud Quasar at z = 3.4: A Possible Transitional Super-Eddington Phase
掲載日時:2026年1月21日
DOI:https://doi.org/10.3847/1538-4357/ae1d6d

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